特許第6588006号(P6588006)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6588006p300を阻害する化合物によるがんの治療への応答性を予測する方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6588006
(24)【登録日】2019年9月20日
(45)【発行日】2019年10月9日
(54)【発明の名称】p300を阻害する化合物によるがんの治療への応答性を予測する方法
(51)【国際特許分類】
   C12Q 1/6876 20180101AFI20191001BHJP
   C12N 15/12 20060101ALI20191001BHJP
   G01N 33/53 20060101ALI20191001BHJP
   G01N 33/574 20060101ALI20191001BHJP
   A61P 35/00 20060101ALI20191001BHJP
【FI】
   C12Q1/6876 ZZNA
   C12N15/12
   G01N33/53 D
   G01N33/53 M
   G01N33/574 A
   A61P35/00
【請求項の数】6
【全頁数】23
(21)【出願番号】特願2016-504207(P2016-504207)
(86)(22)【出願日】2015年2月23日
(86)【国際出願番号】JP2015054991
(87)【国際公開番号】WO2015125956
(87)【国際公開日】20150827
【審査請求日】2017年12月20日
(31)【優先権主張番号】特願2014-32928(P2014-32928)
(32)【優先日】2014年2月24日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】510097747
【氏名又は名称】国立研究開発法人国立がん研究センター
(73)【特許権者】
【識別番号】307010166
【氏名又は名称】第一三共株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001047
【氏名又は名称】特許業務法人セントクレスト国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】河野 隆志
(72)【発明者】
【氏名】荻原 秀明
(72)【発明者】
【氏名】冨永 裕一
(72)【発明者】
【氏名】樋口 才飛
【審査官】 戸来 幸男
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2011/085039(WO,A2)
【文献】 国際公開第2008/157680(WO,A2)
【文献】 Clin. Cancer Res.,2005年,vol.11,pp.512-519
【文献】 Oncogene,2011年,vol.30, no.18,pp.2135-2146
【文献】 PLoS One,2012年,vol.7, no.12,pp.e52810(1-10)
【文献】 Mol. Cancer Ther.,2013年,vol.12, no.5,pp.610-620
【文献】 J. Radiat. Res.,2014年 2月11日,vol.55, no.4,pp.613-628
【文献】 日本臨床,2014年 2月20日,vol.72, suppl.2,pp.34-39
【文献】 Nat. Rev. Drug. Discov.,2011年,vol.10, no.5,pp.351-364
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12Q 1/00−1/70
C12N 15/00−15/90
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS/
WPIDS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
PubMed
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
がん患者由来の生物学的試料を用い、該生物学的試料中に含まれるCBPの機能抑制の有無を検出し、CBPの機能抑制が検出された患者を、p300を阻害する化合物によるがんの治療への応答性があると判定することを含む、p300を阻害する化合物によるがんの治療への応答性を予測する方法。
【請求項2】
がん患者由来の生物学的試料を用い、該生物学的試料中におけるCBPの機能抑制の有無を検出し、CBPの機能抑制が検出された患者を、p300を阻害する化合物によるがんの治療の対象として選別することを含む、p300を阻害する化合物によるがんの治療の対象を選別する方法。
【請求項3】
生物学的試料中におけるCBPの機能抑制の有無を、下記の(a)〜(c)のいずれかに記載の分子を有効成分とする試薬により検出する、請求項1または2に記載の方法
(a)CBP遺伝子に特異的に結合するオリゴヌクレオチドプライマー
(b)CBP遺伝子に特異的に結合するオリゴヌクレオチドプローブ
(c)CBPタンパク質に特異的に結合する抗体
【請求項4】
がんが、肺がん、膀胱がん、リンパ腫、および腺様嚢胞がんからなる群より選択される、請求項1〜3のいずれかに記載の方法。
【請求項5】
p300を阻害する化合物を含む、CBPの機能抑制が検出されたがんの治療剤。
【請求項6】
がんが、肺がん、膀胱がん、リンパ腫、および腺様嚢胞がんからなる群より選択される、請求項5に記載の治療剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、CBPの機能抑制を指標とした、p300を阻害する化合物によるがんの治療への応答性を予測する方法およびがんの治療の対象を選別する方法に関する。また、本発明は、p300を阻害する化合物による、CBPの機能抑制が生じているがんの治療方法に関する。さらに本発明は、これらの方法に用いられる、CBPの機能抑制の有無を検出するための試薬に関する。さらに本発明は、p300の阻害を指標とした、CBPの機能抑制が生じているがんの治療に用いる化合物のスクリーニング方法に関する。
【背景技術】
【0002】
チロシンキナーゼ阻害剤は、肺腺がんに見られるEGFR変異やALK融合といったチロシンキナーゼ遺伝子に活性化変異を伴なう固形がんに有効である(非特許文献1)。我々および他の研究者は、最近、肺腺がんにおけるRETがん遺伝子融合を同定したが(非特許文献2)、これは治療標的としてのチロシンキナーゼ遺伝子の重要性を支持している。
【0003】
一方、クロマチン制御タンパク質のサブユニット(例えば、ヒストンアセチルトランスフェラーゼであるCBP/CREBBPおよびp300/EP300、ヒストンメチルトランスフェラーゼであるMLL2およびSETD2、ヒストンデメチラーゼであるJARID1CおよびUTX、クロマチンリモデリング因子であるBRG1、ARID1A、ARID2、PBRM1、およびSNF5など)をコードする遺伝子の不活性化体細胞変異は、がん細胞のゲノムワイドなシークエンス解析によって最初に同定されて以来、多くの興味を引いてきた。これらの変異は、転写やDNA二重鎖切断修復における機能を阻害していると考えられ、がんの発症および/または進行に決定的な意味を持つように思われる。
【0004】
しかしながら、これらの変異を有するがん細胞を特異的に標的化するための治療戦略はいまだ開発されていない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Pao W, Girard N. Lancet Oncol. 2011;Feb;12(2):175−80
【非特許文献2】Shaw AT, et al. Nat Rev Cancer. 2013;Nov;13(11):772−87
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、このような状況に鑑みてなされたものであり、その目的は、CBPの機能抑制を有するがん細胞を特異的に標的化するための治療戦略の開発にある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
合成致死療法は、極めて有望ながん治療法である。例えば、BRCA1およびBRCA2遺伝子は、PARP1遺伝子と合成致死の関係を有する。BRCA1欠損型またはBRCA2欠損型のがん細胞の増殖は、PARP1タンパク質の機能に依存している。そしてこの所見は、BRCA1/BRCA2欠損型腫瘍を治療するためのPARP阻害剤の開発という形で臨床の場に移行している(Chan DA, et al. Nat Rev Drug Discov. 2011;10:351−64)。他にも、合成致死療法は、DNAミスマッチ修復や細胞代謝に関与する遺伝子が欠損したがんの治療において提案されてきた(Muller FL, et al. Nature. 2012;488:337−42、Chan DA, et al. Sci Transl Med. 2011;3:94ra70、Martin SA, et al. Cancer Cell. 2010;17:235−48)。本発明者らは、合成致死療法を、CBP変異を持つがん細胞を特異的に殺傷するための治療戦略に応用すべく鋭意検討を行った。
【0008】
その結果、本発明者らは、CBP変異を持つがん細胞において、p300タンパク質の発現抑制や機能阻害を行うと、当該がん細胞の増殖が顕著に抑制される一方、CBP野生型細胞においては、このような増殖抑制が生じないことを見出した。また、増殖が抑制されたがん細胞においては、アネキシンV/PI染色で陽性細胞の割合が増加していたことから、アポトーシスが誘導されていることが判明した。さらに、CBP変異を持つがん細胞を移植したマウスを用いた実験から、p300の発現抑制による、CBP変異を持つがん細胞の増殖抑制効果が、in vivoにおいても実証された。
【0009】
以上の結果から、本発明者らは、CBPとp300が合成致死の関係にあり、p300(特にそのヒストンアセチルトランスフェラーゼ活性)を阻害する治療が、CBP機能抑制型がんの治療のための有望なアプローチになることを見出した。また、この治療戦略においては、がん患者をCBPの機能抑制を指標に選別した上で、p300阻害剤を投与できるため、コンパニオン診断に基づく効率的な治療が可能であることも明らかとなった。
【0010】
さらに、本発明者らは、CBP変異型がんの治療に有用な薬剤のスクリーニングを、p300を阻害するか否かを指標に行うことができることをも見出し、本発明を完成するに至った。
【0011】
従って、本発明は、CBP変異等のCBP機能抑制を有するがん細胞を特異的に標的化するための合成致死療法および当該合成致死療法のためのコンパニオン診断に関するものであり、より詳しくは、以下の発明を提供するものである。
【0012】
(1)がん患者由来の生物学的試料を用い、該生物学的試料中に含まれるCBPの機能抑制の有無を検出し、CBPの機能抑制が検出された患者を、p300を阻害する化合物によるがんの治療への応答性があると判定することを含む、p300を阻害する化合物によるがんの治療への応答性を予測する方法。
【0013】
(2)がん患者由来の生物学的試料を用い、該生物学的試料中におけるCBPの機能抑制の有無を検出し、CBPの機能抑制が検出された患者を、p300を阻害する化合物によるがんの治療の対象として選別することを含む、p300を阻害する化合物によるがんの治療の対象を選別する方法。
【0014】
(3)がん患者由来の生物学的試料を用い、該生物学的試料中に含まれるCBPの機能抑制の有無を検出し、CBPの機能抑制が検出された患者に対し、p300を阻害する化合物を投与することを含む、CBPの機能抑制が生じているがんの治療方法。
【0015】
(4)(1)から(3)いずれかに記載の方法において、CBPの機能抑制の有無を検出するための試薬であって、下記の(a)〜(c)のいずれかに記載の分子を有効成分とする試薬。
(a)CBP遺伝子に特異的に結合するオリゴヌクレオチドプライマー
(b)CBP遺伝子に特異的に結合するオリゴヌクレオチドプローブ
(c)CBPタンパク質に特異的に結合する抗体
(5)CBPの機能抑制が生じているがんの治療に用いる化合物のスクリーニング方法であって、p300を阻害するか否かを指標として化合物を選別する工程を含む方法。
【0016】
(6)p300を阻害する化合物を含む、CBPの機能抑制が検出されたがんの治療剤。
【発明の効果】
【0017】
本発明により、CBPの機能抑制を指標として、効率的に、p300阻害剤によるがんの治療への応答性を予測することが可能となった。本発明によれば、がん患者由来の生物学的試料におけるCBPの機能抑制(例えば、不活性化変異や発現低下)の有無を検出し、CBPの機能抑制が生じている患者を選別した上で、患者に対してp300阻害剤によるがんの治療を施すことができる。このため、がん患者の治療成績を大きく向上させることが可能となる。CBP遺伝子に対するプローブやプライマー、およびCBPに対する抗体を用いれば、このようなCBPの機能抑制の有無の検出によるコンパニオン診断を効率的に行うことが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1】CBP変異を持つがん細胞株におけるp300の発現抑制の効果を示す図である。Aは、ウェスタンブロッティングの結果を示す写真であり、Bは、細胞生存率を示すグラフであり、Cはコロニー形成率を示すグラフである。
図2】正常細胞株におけるp300の発現抑制の効果を示す図である。上は、各正常細胞株における細胞増殖を検出した結果を示すグラフであり、下は、各正常細胞株においてsiRNAによりp300消失が生じていることを確認した写真である。
図3】CBP変異を持つがん細胞株のp300阻害剤C646に対する感受性を示す図である。Aは、肺がん細胞株の生存率を示すグラフであり、Bは肺がん細胞株に対するC646のIC50を示すグラフである。Cは、リンパ腫細胞株の生存率を示すグラフであり、Dはリンパ腫細胞株に対するC646のIC50を示すグラフである。
図4】CBP変異を持つがん細胞株におけるp300の発現抑制による細胞死の機序を示す図である。上は、細胞死とアポトーシス、細胞老化、およびオートファジーとの一般的な関係を示す図であり、下は、各種マーカーの変化を検出した写真である。
図5】CBP変異を持つがん細胞株におけるp300の発現抑制によるアポトーシスの誘導をアネキシンV染色性を指標に検出した結果を示すグラフである。Aは、sip300のトランスフェクション後96時間目の結果を示し、Bは、C464処理後48時間後および96時間後の結果を示す。
図6】CBP変異を持つがん細胞株を移植したマウスにおけるp300の発現抑制の効果を示す図である。上は、実験の概要を示す図であり、下は、対照がん細胞(左)およびDoxの作用によりp300の発現が抑制されるがん細胞(右)を移植したマウスにおける腫瘍の増殖を測定した結果を示すグラフである。
図7】肺がん細胞株およびリンパ腫細胞株におけるCBPの変異を示す図である。図中、「HoD」はホモ欠失を、「HeD」はヘテロ欠失を示す。また、「N」はナンセンス変異を、「F」はフレームシフト変異を、「MD」はドメイン内のミスセンス変異を、「M」はミスセンス変異を、それぞれ示す。
図8】A549細胞(CBP野生型)およびH520細胞(CBP変異型)における各種ヒストンアセチルトランスフェラーゼ(HAT)の発現抑制の効果を示す図である。縦軸は細胞の生存率(コロニー形成率)を示す。
図9】各種CBP野生型細胞株およびCBP変異型細胞株におけるp300発現抑制時のc−Myc発現量変化を示す図である。
図10】CBP変異型細胞におけるp300機能抑制によりc−Myc発現抑制および細胞増殖抑制が生じる機構を模式的に示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
<がんの治療への応答性を予測する方法、がんの治療の対象を選別する方法>
本発明において、腫瘍、悪性腫瘍、がん、悪性新生物、がん腫、肉腫等を総称して、「腫瘍」または「がん」と表現する。本発明において、CBPとp300ががん細胞において合成致死の関係にあり、CBPの機能抑制が生じているがん細胞において、p300を阻害すると、当該がん細胞の増殖を抑制しうることが見出された。この知見に基づけば、CBPの機能抑制を指標として、p300を阻害する化合物によるがんの治療への応答性を評価することができる。従って、本発明は、がん患者由来の生物学的試料を用い、該生物学的試料中に含まれるCBPの機能抑制の有無を検出し、CBPの機能抑制が検出された患者を、p300を阻害する化合物によるがんの治療への応答性があると判定することを含む、p300を阻害する化合物によるがんの治療への応答性を予測する方法を提供する。
【0020】
また、こうしてCBPの機能抑制が検出された患者は、p300を阻害する化合物によるがんの治療に適しており、CBPの機能抑制を指標として、p300を阻害する化合物によるがんの治療が有効な患者と有効でない患者とを選別し、効率的な治療を行うことができる。従って、本発明は、がん患者由来の生物学的試料を用い、該生物学的試料におけるCBPの機能抑制の有無を検出し、CBPの機能抑制が検出された患者を、p300を阻害する化合物によるがんの治療の対象として選別することを含む、p300を阻害する化合物によるがんの治療の対象を選別する方法をも提供する。
【0021】
本発明において「がん患者」とは、がんに罹患しているヒトのみならず、がんに罹患していると疑いのあるヒトであってもよい。本発明の方法において、CBPの機能抑制の有無を検出する対象となるがん患者としては特に制限はなく、全てのがん患者を対象とすることができる。CBPの機能抑制が認められるがんは、例えば、肺がん、膀胱がん、リンパ腫、腺様嚢胞がん等であってもよい。肺がんの10%、膀胱がんの13%、リンパ腫の20〜40%、および腺様嚢胞がんの7%のサブセットにおいてCBPが変異していることが知られているため、本発明の方法によれば、このような頻度のがん患者を「治療の対象」として選別しうる。
【0022】
本発明において用いられる「生物学的試料」としては、CBPの機能抑制の有無を検出しうるものであれば、特に制限はないが、好ましくはがん生検検体である。これらの試料から得られるタンパク質抽出物や核酸抽出物(mRNA抽出物、mRNA抽出物から調製されたcDNA調製物やcRNA調製物等)であってもよい。
【0023】
本発明における「CBP」および「p300」は、ともに、クロマチン制御に関与するヒストンアセチルトランスフェラーゼであり、両者はパラログの関係にある。ヒト由来の天然型CBPゲノムDNAの典型的な塩基配列を配列番号:1に、ヒト由来の天然型CBP cDNAの典型的な塩基配列を配列番号:2に、ヒト由来の天然型CBPタンパク質の典型的なアミノ酸配列を配列番号:3に示す。また、ヒト由来の天然型p300ゲノムDNAの典型的な塩基配列を配列番号:4に、ヒト由来の天然型p300 cDNAの典型的な塩基配列を配列番号:5に、ヒト由来の天然型p300タンパク質の典型的なアミノ酸配列を配列番号:6に示す。変異を生じていないCBPやp300であっても、多型などにより、配列に個体差が生じうることは理解されたい。
【0024】
本発明における「CBPの機能抑制」には、CBPの不活性化、活性低下および発現低下の双方が含まれる。CBPの不活性化は、典型的には、CBPにおける不活性型変異に起因するものである。不活性型変異は、例えば、CBPのヒストンアセチルトランスフェラーゼ(HAT)ドメイン(配列番号:3に記載のアミノ酸配列の1342〜1648位)におけるミスセンス変異、また、全領域に亘るナンセンス変異、遺伝子の全体あるいは部分的な欠失などにより生じうるが、CBPを不活性化させる限り、これらに制限されない。CBPの変異の例を、表1および図7に示す。なお、表1中の略称は、次の通りである。SCC,小細胞がん;AdC,腺がん;SqC,扁平上皮がん;LCC,大細胞がん;NT,未試験;ND,未検出。*異常サイズ。†対応する非がん組織DNAが利用不可。
【0025】
【表1】
【0026】
また、CBPの発現低下には、転写レベルでの発現の低下および翻訳レベルでの発現の低下の双方が含まれる。
【0027】
本発明における「CBPの機能抑制の検出」の手法としては、特に制限はないが、例えば、下記の方法が挙げられる。
【0028】
−CBPの変異の検出−
本発明において「変異を検出する」とは、原則として、ゲノムDNA上の変異を検出することを意味するが、当該ゲノムDNA上の変異が転写産物における塩基の変化や翻訳産物におけるアミノ酸の変化に反映される場合には、これら転写産物や翻訳産物における当該変化を検出すること(即ち、間接的な検出)をも含む意味である。
【0029】
本発明の方法の好ましい態様は、がん患者のCBP遺伝子領域の塩基配列を直接決定することにより、変異を検出する方法である。本発明において「CBP遺伝子領域」とはCBP遺伝子を含むゲノムDNA上の一定領域を意味する。該領域には、CBP遺伝子の発現制御領域(例えば、プロモーター領域、エンハンサー領域)やCBP遺伝子の3’末端非翻訳領域なども含まれる。これら領域における変異は、例えば、CBP遺伝子の転写活性に影響を与えうる。
【0030】
この方法においては、先ずがん患者由来の生物学的試料からDNA試料を調製する。DNA試料としては、ゲノムDNA試料、およびRNAからの逆転写によって調製されるcDNA試料が挙げられる。
【0031】
生物学的試料からゲノムDNAまたはRNAを抽出する方法としては特に制限はなく、公知の手法を適宜選択して用いることができ、例えば、ゲノムDNAを抽出する方法としては、SDSフェノール法(尿素を含む溶液またはエタノール中に保存した組織を、タンパク質分解酵素(proteinase K)、界面活性剤(SDS)、およびフェノールで該組織のタンパク質を変性させ、エタノールで該組織からDNAを沈殿させ抽出する方法)、Clean Columns(登録商標、NexTec社製)、AquaPure(登録商標、Bio−Rad社製)、ZR Plant/Seed DNA Kit(Zymo Research社製)、AquaGenomicSolution(登録商標、Mo Bi Tec社製)、prepGEM(登録商標、ZyGEM社製)、BuccalQuick(登録商標、TrimGen社製)を用いるDNA抽出方法が挙げられる。また、RNAを抽出する方法としては、例えば、フェノールとカオトロピック塩とを用いた抽出方法(より具体的には、トリゾール(Invitrogen社製)、アイソジェン(和光純薬社製)等の市販キットを用いた抽出方法)や、その他市販キット(RNAPrepトータルRNA抽出キット(Beckman Coulter社製)、RNeasy Mini(QIAGEN社製)、RNA Extraction Kit(Pharmacia Biotech社製)等)を用いた方法が挙げられる。さらに、抽出したRNAからcDNAを調製するのに用いられる逆転写酵素としては特に制限されることなく、例えば、RAV(Rous associated virus)やAMV(Avian myeloblastosis virus)等のレトロウィルス由来の逆転写酵素や、MMLV(Moloney murine leukemia virus)等のマウスのレトロウィルス由来の逆転写酵素が挙げられる。
【0032】
この態様においては、次いで、CBP遺伝子領域の変異部位を含むDNAを単離し、単離したDNAの塩基配列を決定する。該DNAの単離は、例えば、CBP遺伝子領域の変異を挟み込むように設計された一対のオリゴヌクレオチドプライマーを用いて、ゲノムDNA、あるいはRNAを鋳型としたPCR等によって行うことができる。単離したDNAの塩基配列の決定は、マキサムギルバート法やサンガー法など当業者に公知の方法で行うことができる。
【0033】
決定したDNAもしくはcDNAの塩基配列を対照(例えば、同一患者の非がん組織由来のDNAもしくはcDNAの塩基配列)と比較することにより、がん患者のがん細胞におけるCBP遺伝子領域の変異の有無を判別することができる。
【0034】
CBP遺伝子領域の変異を検出するための方法は、DNAやcDNAの塩基配列を直接決定する方法以外に、変異の検出が可能な種々の方法によって行うことができる。
【0035】
例えば、本発明における変異の検出は、以下のような方法によっても行うことができる。まず、生物学的試料からDNAもしくはcDNA試料を調製する。次いで、CBP遺伝子領域の変異を含む塩基配列に相補的な塩基配列を有し、レポーター蛍光色素およびクエンチャー蛍光色素が標識されたオリゴヌクレオチドプローブを調製する。そして、前記DNA試料に、前記オリゴヌクレオチドプローブをハイブリダイズさせ、さらに前記オリゴヌクレオチドプローブがハイブリダイズした前記DNA試料を鋳型として、CBP遺伝子領域の前記変異を含む塩基配列を増幅する。そして、前記増幅に伴うオリゴヌクレオチドプローブの分解により、前記レポーター蛍光色素が発する蛍光を検出し、次いで検出した前記蛍光を対照と比較する。このような方法としては、ダブルダイプローブ法、いわゆるTaqMan(登録商標)プローブ法が挙げられる。
【0036】
さらに別の方法においては、生物学的試料からDNAもしくはcDNA試料を調製する。次いで、DNA二重鎖間に挿入されると蛍光を発するインターカレーターを含む反応系において、前記DNA試料を鋳型として、CBP遺伝子領域の前記変異を含む塩基配列を増幅する。そして、前記反応系の温度を変化させ、前記インターカレーターが発する蛍光の強度の変動を検出し、検出した前記温度の変化に伴う前記蛍光の強度の変動を対照と比較する。このような方法としては、HRM(high resolution melting、高分解融解曲線解析)法が挙げられる。
【0037】
さらに別の方法においては、まず、生物学的試料からDNAもしくはcDNA試料を調製する。次いで、CBP遺伝子領域の変異部位を含むDNAを増幅する。さらに、増幅したDNAを制限酵素により切断する。次いで、DNA断片をその大きさに応じて分離する。次いで、検出されたDNA断片の大きさを、対照と比較する。このような方法としては、例えば、制限酵素断片長変異(Restriction Fragment Length Polymorphism/RFLP)を利用した方法やPCR−RFLP法等が挙げられる。
【0038】
さらに別の方法においては、まず、生物学的試料からDNAもしくはcDNA試料を調製する。次いで、CBP遺伝子領域の変異部位を含むDNAを増幅する。さらに、増幅したDNAを一本鎖DNAに解離させる。次いで、解離させた一本鎖DNAを非変性ゲル上で分離する。分離した一本鎖DNAのゲル上での移動度を対照と比較する。このような方法としては、例えばPCR−SSCP(single−strand conformation polymorphism、一本鎖高次構造変異)法が挙げられる。
【0039】
さらに別の方法においては、まず、生物学的試料からDNAもしくはcDNA試料を調製する。次いで、CBP遺伝子領域の変異部位を含むDNAを増幅する。さらに、増幅したDNAを、DNA変性剤の濃度が次第に高まるゲル上で分離する。次いで、分離したDNAのゲル上での移動度を対照と比較する。このような方法としては、例えば、変性剤濃度勾配ゲル電気泳動(denaturant gradient gel electrophoresis:DGGE)法が挙げられる。
【0040】
さらに別の方法としては、生物学的試料から調製したCBP遺伝子領域の変異部位を含むDNA、および、該DNAにハイブリダイズするオリゴヌクレオチドプローブが固定された基板、を用いる方法がある。このような方法としては、例えば、DNAアレイ法等が挙げられる。
【0041】
さらに別の方法においては、まず、生物学的試料からDNAもしくはcDNA試料を調製する。また、「CBP遺伝子領域の変異部位の塩基の1塩基3’側の塩基およびその3’側の塩基配列に相補的な塩基配列を有するオリゴヌクレオチドプライマー」を調製する。次いで、該DNAを鋳型とし、該プライマーを用いて、ddNTPプライマー伸長反応を行う。次いで、プライマー伸長反応産物を質量分析機にかけ、質量測定を行う。次いで、質量測定の結果から遺伝子型を決定する。次いで、決定した遺伝子型を対照と比較する。このような方法としては、例えば、MALDI−TOF/MS法が挙げられる。
【0042】
さらに別の方法においては、まず、生物学的試料からDNAもしくはcDNA試料を調製する。次いで、5’−「CBP遺伝子領域の変異部位の塩基およびその5’側の塩基配列と相補的な塩基配列」−「CBP遺伝子領域の変異部位の1塩基3’側の塩基およびその3’側の塩基配列とハイブリダイズしない塩基配列」−3’(フラップ)からなるオリゴヌクレオチドプローブを調製する。また、「CBP遺伝子領域の変異部位の塩基およびその3’側の塩基配列と相補的な塩基配列を有するオリゴヌクレオチドプローブ」を調製する。次いで、調製したDNAに、上記2種類のオリゴヌクレオチドプローブをハイブリダイズさせる。次いで、ハイブリダイズしたDNAを一本鎖DNA切断酵素で切断し、フラップを遊離させる。一本鎖DNA切断酵素としては、特に制限はなく、例えばcleavaseが挙げられる。本方法においては、次いで、フラップと相補的な配列を有するオリゴヌクレオチドプローブであって、レポーター蛍光およびクエンチャー蛍光が標識されたオリゴヌクレオチドプローブをフラップにハイブリダイズさせる。次いで、発生する蛍光の強度を測定する。次いで、測定した蛍光の強度を対照と比較する。このような方法としては、例えば、Invader法が挙げられる。
【0043】
さらに別の方法においては、まず、生物学的試料からDNAもしくはcDNA試料を調製する。次いで、CBP遺伝子領域の変異部位を含むDNAを増幅する。そして、増幅したDNAを一本鎖に解離させ、解離させた一本鎖DNAのうち、片鎖のみを分離する。次いで、CBP遺伝子領域の変異部位の塩基の近傍より1塩基ずつ伸長反応を行い、その際に生成されるピロリン酸を酵素的に発光させ、発光の強度を測定する。そして、測定した蛍光の強度を対照と比較する。このような方法としては、例えば、Pyrosequencing法が挙げられる。
【0044】
さらに別の方法においては、まず、生物学的試料からDNAもしくはcDNA試料を調製する。次いで、CBP遺伝子領域の変異部位を含むDNAを増幅する。次いで、「CBP遺伝子領域の変異部位の塩基の1塩基3’側の塩基およびその3’側の塩基配列に相補的な塩基配列を有するオリゴヌクレオチドプライマー」を調製する。次いで、蛍光ラベルしたヌクレオチド存在下で、増幅したDNAを鋳型とし、調製したプライマーを用いて一塩基伸長反応を行う。そして、蛍光の偏光度を測定する。次いで、測定した蛍光の偏光度を対照と比較する。このような方法としては、例えば、AcycloPrime法が挙げられる。
【0045】
さらに別の方法においては、まず、生物学的試料からDNAもしくはcDNA試料を調製する。次いで、CBP遺伝子領域の変異部位を含むDNAを増幅する。次いで、「CBP遺伝子領域の変異部位の塩基の1塩基3’側の塩基およびその3’側の塩基配列に相補的な塩基配列を有するオリゴヌクレオチドプライマー」を調製する。次いで、蛍光ラベルしたヌクレオチド存在下で、増幅したDNAを鋳型とし、調製したプライマーを用いて、一塩基伸長反応を行う。次いで、一塩基伸長反応に使われた塩基種を判定する。次いで、判定された塩基種を対照と比較する。このような方法として、例えば、SNuPE法が挙げられる。
【0046】
なお、変異がCBPタンパク質におけるアミノ酸の変化(例えば、置換、欠失、挿入)を伴うものであれば、生物学的試料から調製される試料はタンパク質であってもよい。このような場合、変異を検出するには、該変異によりアミノ酸の変化が生じた部位に特異的に結合する分子(例えば、抗体)を用いる方法等を利用することができる。抗体を用いたタンパク質の検出法については、後述する。
【0047】
−CBPの発現低下の検出−
本発明における「CBPの発現低下」とは、通常、対照(例えば、健常者や同一患者の非がん組織における発現レベル)との比較において、それよりも発現レベルが低いことを意味する。
【0048】
CBP発現量を転写レベルで検出する方法においては、まず、上記の方法でがん患者由来の生物学的試料からRNAまたはcDNAを調製する。次いで、オリゴヌクレオチドプライマーまたはオリゴヌクレオチドプローブをそれぞれ増幅反応またはハイブリダイゼーション反応に用い、その増幅産物またはハイブリッド産物を検出する。このような方法としては、例えば、RT−PCR法、ノザンブロット法、ドットブロット法、DNAアレイ法、in situハイブリダイゼーション法、RNアーゼプロテクションアッセイ法、mRNA−seqなどを利用できる。当業者であればCBP cDNAの塩基配列(例えば、配列番号:2)を基に各方法に適したオリゴヌクレオチドプライマーやオリゴヌクレオチドプローブを常法により設計することができる。
【0049】
CBP発現量を翻訳レベルで検出する方法においては、まず、がん患者由来の生物学的試料からタンパク質試料を調製する。次いで、CBPタンパク質に特異的な抗体を抗原抗体反応に用い、CBPタンパク質に対する抗体の結合を検出する。CBPに特異的な抗体が標識されている場合には、直接的にCBPタンパク質を検出することができるが、標識されていない場合には、さらに、当該抗体を認識する標識された分子(例えば、二次抗体やプロテインA)を作用させて、当該分子の標識を利用して、間接的にCBPタンパク質を検出することができる。このような方法としては、例えば、免疫組織化学(免疫染色)法、ウェスタンブロッティング法、ELISA法、フローサイトメトリー、イメージングサイトメトリー、ラジオイムノアッセイ、免疫沈降法、抗体アレイを用いた解析法等を利用することができる。免疫組織化学によれば、組織におけるがん細胞の形態や分布状態などの付加的な情報も同時に入手しうるという利点もある。
【0050】
使用する抗体の種類や由来などは特に制限はないが、好ましくはモノクローナル抗体である。十分な特異性でCBPを検出可能である限り、オリゴクローナル抗体(数種〜数十種の抗体の混合物)やポリクローナル抗体を用いることもできる。また、Fab、Fab'、F(ab')2、Fv、scFv、sc(Fv)2、dsFv、およびダイアボディー等の、抗体の機能的断片やその多量体(例えば、ダイマー、トリマー、テトラマー、ポリマー)を用いることもできる。抗CBP抗体としては、市販品であってもよい。
【0051】
CBPタンパク質の検出は、質量分析法(MS)を使用して行うこともできる。特に液体クロマトグラフィーと連結した質量分析計(LC/MS)による解析は鋭敏であるため有利である。質量分析法による測定は、例えば、生物学的試料からタンパク質を調製し、当該タンパク質を標識し、タンパク質を分画し、分画したタンパク質を質量分析に供し、質量分析値からCBPタンパク質を同定することにより行うことができる。標識としては、当技術分野で公知の同位体標識試薬を用いることができ、適当な標識試薬を市販品として入手することができる。また分画も当技術分野で公知の方法により行うことができ、例えば市販の強陽イオンカラム等を用いて行うことができる。
【0052】
−その他−
遺伝子の発現低下は、プロモーターの過剰メチル化が要因の一つであることが当該技術分野で公知である。従って、CBPの機能抑制の有無の検出においては、CBP遺伝子プロモーターのメチル化を指標として検出することも考えられる。プロモーターのメチル化の検出には、例えば、メチル化されたシトシンをウラシルに変換する活性を有するバイサルファイト処理後の塩基配列の変化を塩基配列決定により直接的に検出する方法や、バイサルファイト処理前の塩基配列は認識できる(切断できる)がバイサルファイト処理後の塩基配列は認識できない(切断できない)制限エンドヌクレアーゼを利用して間接的に検出する方法などの公知の方法を利用することができる。
【0053】
こうしてCBPの機能抑制、例えば、CBPの機能を喪失させる不活性化変異が検出された場合、CBPの発現低下が検出された場合、あるいはCBPの不活性化や発現低下を引き起こすその他の現象(例えば、プロモーターの過剰メチル化)が検出された場合には、当該患者は、p300を阻害する化合物によるがんの治療への応答性があると判定することができ、また、当該患者をp300を阻害する化合物によるがんの治療の対象として選別することができる。ここで「がんの治療への応答性」は、p300を阻害する化合物ががんに対して治療的効果を発揮し得るか否かを示す指標である。当該応答性の判定においては、応答性の有無のみならず、応答性がある場合におけるその程度の評価(例えば、高い応答性が期待できる、中程度の応答性が期待できる等の評価)を含めてもよい。従って、CBPの機能抑制の程度に応じて、例えば、中程度の応答性が期待できるレベルで、治療の対象となる患者を選別してもよい。
【0054】
一方、CBPの機能抑制が認められなかった場合には、当該患者をp300を阻害する化合物によるがんの治療の対象から除外することができる。これにより治療の奏功率を向上させることができる。
【0055】
なお、本治療の標的であるp300が正常に発現していない場合には、p300を阻害する化合物によるがんの治療を効果的に実施することができないおそれがある。従って、がんの治療への応答性の予測やがん患者の選別においては、さらに、p300の正常な発現も指標に加えることができる。p300の発現の検出の手法は、上記CBPの発現の検出の場合と同様である。
【0056】
<がんの治療方法>
また、本発明は、がん患者由来の生物学的試料を用い、該生物学的試料中に含まれるCBPの機能抑制の有無を検出し、CBPの機能抑制が検出された患者に対し、p300を阻害する化合物を投与することを含む、CBPの機能抑制が生じているがんの治療方法を提供する。
【0057】
本治療に用いる「p300を阻害する化合物」としては特に制限はなく、公知の化合物であってもよく、後述のスクリーニングにより同定される化合物であってもよい。
【0058】
p300を阻害する化合物は、その特性に応じて、錠剤、散剤、顆粒剤、カプセル剤、液剤などの各種形態として、がん患者に対して、経口的な投与あるいは非経口的な投与(例えば、静脈投与、動脈投与、局所投与)を行うことができる。投与量は、p300を阻害してがんを治療するのに有効な量であれば特に制限はない。化合物の性質の他、がん患者の年齢、体重、症状、健康状態、がんの進行状況などに応じて、適宜選択すればよい。投与頻度としても、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、1日あたりの投与量を、1日に1回で投与してもよいし、複数回に分けて投与してもよい。p300を阻害する化合物をヒトに投与する場合、投与量の範囲は、1日当たり、約0.01mg/kg体重〜約500mg/kg体重、好ましくは、約0.1mg/kg体重〜約100mg/kg体重である。ヒトに投与する場合、好ましくは、1日あたり1回、あるいは2から4回に分けて投与され、適当な間隔で繰り返すのが好ましい。また、1日量は、医師の判断により必要によっては上記の量を超えてもよい。
【0059】
これによりがん患者におけるCBPの機能抑制が生じているがん細胞において、さらにp300を阻害することができ、合成致死の効果により、がんを治療することができる。
【0060】
治療対象となるがんとしては、例えば、肺がん、膀胱がん、リンパ腫、腺様嚢胞がん等が挙げられるが、これらのがんに限定されない。
【0061】
<CBPの機能抑制の有無を検出するための試薬>
また、本発明は、上記の方法において、CBPの機能抑制の有無を検出するための試薬であって、下記の(a)〜(c)のいずれかに記載の分子を有効成分とする試薬を提供する。
(a)CBP遺伝子に特異的に結合するオリゴヌクレオチドプライマー
(b)CBP遺伝子に特異的に結合するオリゴヌクレオチドプローブ
(c)CBPタンパク質に特異的に結合する抗体
上記ポリヌクレオチドプライマーは、CBPゲノムDNAやcDNAの塩基配列情報(例えば、配列番号:1や2)に基づき、上記した手法や増幅する領域に即したプライマーとなるように、また、CBP遺伝子以外の遺伝子の増幅産物が極力生じないように設計すればよい。このようなオリゴヌクレオチドプライマー設計は、当業者であれば、常法により行うことができる。オリゴヌクレオチドプライマーの長さは、通常15〜50塩基長、好ましくは15〜30塩基長であるが、手法および目的によってはこれより長くてもよい。
【0062】
上記ポリヌクレオチドプローブは、CBPゲノムDNAやcDNAの塩基配列情報(例えば、配列番号;1や2)に基づき、上記した手法やハイブリダイズさせる領域に即したプライマーとなるように、また、CBP遺伝子以外の遺伝子へのハイブリダイズが極力生じないように設計すればよい。このようなオリゴヌクレオチドプローブ設計は、当業者であれば、常法により行うことができる。オリゴヌクレオチドプローブの長さは、通常、15〜200塩基長、好ましくは15〜100塩基長、さらに好ましくは15〜50塩基長であるが、手法および目的によってはこれより長くてもよい。
【0063】
オリゴヌクレオチドプローブは、適宜標識して用いることが好ましい。標識する方法としては、T4ポリヌクレオチドキナーゼを用いて、オリゴヌクレオチドの5’端を32Pでリン酸化することにより標識する方法、およびクレノウ酵素等のDNAポリメラーゼを用い、ランダムヘキサマーオリゴヌクレオチド等をプライマーとして32P等のアイソトープ、蛍光色素、またはビオチン等によって標識された基質塩基を取り込ませる方法(ランダムプライム法等)を例示することができる。
【0064】
本発明のオリゴヌクレオチドプライマーおよびオリゴヌクレオチドプローブは、例えば市販のオリゴヌクレオチド合成機により作製することができる。オリゴヌクレオチドプローブは、制限酵素処理等によって取得される二本鎖DNA断片として作製することもできる。また、本発明のオリゴヌクレオチドプライマーおよびオリゴヌクレオチドプローブは、天然のヌクレオチド(デオキシリボヌクレオチド(DNA)やリボヌクレオチド(RNA))のみから構成されていなくともよく、非天然型のヌクレオチドにてその一部または全部が構成されていてもよい。非天然型のヌクレオチドとしては、PNA(polyamide nucleic acid)、LNA(登録商標、locked nucleic acid)、ENA(登録商標、2’−O,4’−C−Ethylene−bridged nucleic acids)、およびこれらの複合体が挙げられる。
【0065】
上記CBPタンパク質に特異的に結合する抗体は、ポリクローナル抗体であれば、抗原(CBPタンパク質、その部分ペプチド、またはこれらを発現する細胞など)で免疫動物を免疫し、その抗血清から、従来の手段(例えば、塩析、遠心分離、透析、カラムクロマトグラフィーなど)によって、精製して取得することができる。また、モノクローナル抗体は、ハイブリドーマ法や組換えDNA法によって作製することができる。
【0066】
ハイブリドーマ法としては、代表的には、コーラーおよびミルスタインの方法(Kohler&Milstein, Nature 1975;256:495)が挙げられる。この方法における細胞融合工程に使用される抗体産生細胞は、抗原(CBPタンパク質、その部分ペプチド、またはこれらを発現する細胞など)で免疫された動物(例えば、マウス、ラット、ハムスター、ウサギ、サル、ヤギ)の脾臓細胞、リンパ節細胞、末梢血白血球などである。免疫されていない動物から予め単離された上記の細胞またはリンパ球などに対して、抗原を培地中で作用させることによって得られた抗体産生細胞も使用することが可能である。ミエローマ細胞としては公知の種々の細胞株を使用することが可能である。抗体産生細胞およびミエローマ細胞は、それらが融合可能であれば、異なる動物種起源のものでもよいが、好ましくは、同一の動物種起源のものである。ハイブリドーマは、例えば、抗原で免疫されたマウスから得られた脾臓細胞と、マウスミエローマ細胞との間の細胞融合により産生され、その後のスクリーニングにより、CBPタンパク質に特異的なモノクローナル抗体を産生するハイブリドーマを得ることができる。CBPタンパク質に対するモノクローナル抗体は、ハイブリドーマを培養することにより、また、ハイブリドーマを投与した哺乳動物の腹水から、取得することができる。
【0067】
組換えDNA法は、上記抗体をコードするDNAをハイブリドーマやB細胞等からクローニングし、適当なベクターに組み込んで、これを宿主細胞(例えば哺乳類細胞株、大腸菌、酵母細胞、昆虫細胞、植物細胞など)に導入し、本発明の抗体を組換え抗体として産生させる手法である(例えば、P.J.Delves,Antibody Production:Essential Techniques,1997 WILEY、P.Shepherd and C.Dean Monoclonal Antibodies,2000 OXFORD UNIVERSITY PRESS、Vandamme AM, et al. Eur. J. Biochem. 1990;192:767−775)。抗体をコードするDNAの発現においては、重鎖または軽鎖をコードするDNAを別々に発現ベクターに組み込んで宿主細胞を形質転換してもよく、重鎖および軽鎖をコードするDNAを単一の発現ベクターに組み込んで宿主細胞を形質転換してもよい(WO94/11523号公報参照)。抗体は、上記宿主細胞を培養し、宿主細胞内または培養液から分離・精製し、実質的に純粋で均一な形態で取得することができる。抗体の分離・精製は、通常のポリペプチドの精製で使用されている方法を使用することができる。トランスジェニック動物作製技術を用いて、抗体遺伝子が組み込まれたトランスジェニック動物(ウシ、ヤギ、ヒツジまたはブタなど)を作製すれば、そのトランスジェニック動物のミルクから、抗体遺伝子に由来するモノクローナル抗体を大量に取得することも可能である。
【0068】
こうして得られた抗体もしくはその遺伝子を基に、Fab、Fab'、F(ab')2、Fv、scFv、sc(Fv)2、dsFv、およびダイアボディー等の、抗体の機能的断片やその多量体(例えば、ダイマー、トリマー、テトラマー、ポリマー)を調製することができる。
【0069】
直接的にCBPタンパク質に結合した抗体量を検出する場合、得られた抗CBP抗体は、直接、酵素、放射性同位体、蛍光色素またはアビジン−ビオチン系等により標識して用いられる。一方、CBPタンパク質に結合した抗体量を、二次抗体などを利用して検出する間接的検出方法を実施する場合、得られた抗CBP抗体(一次抗体)は標識する必要はなく、検出に際しては、当該抗体を認識する標識された分子(例えば、二次抗体やプロテインA)を用いればよい。
【0070】
本発明の試薬においては、有効成分としての上記分子の他、必要に応じて、滅菌水や生理食塩水、緩衝剤、保存剤など、試薬として許容される他の成分を含むことができる。
【0071】
<がんの治療に用いる化合物のスクリーニング方法>
また、本発明は、CBPの機能抑制が生じているがんの治療に用いる化合物のスクリーニング方法であって、p300を阻害するか否かを指標として化合物を選別する工程を含む方法を提供する。
【0072】
本発明のスクリーニング系に適用する被験化合物としては特に制限はなく、例えば、合成低分子化合物ライブラリー、遺伝子ライブラリーの発現産物、ペプチドライブラリー、siRNA、抗体、細菌放出物質、細胞(微生物、植物細胞、動物細胞)の抽出液および培養上清、精製または部分精製ポリペプチド、海洋生物、植物または動物由来の抽出物、ランダムファージペプチドディスプレイライブラリーが挙げられる。被験化合物は、公知のp300阻害剤の誘導体(例えば、C646の誘導体)であってもよい。
【0073】
本発明における「p300の阻害」は、p300の活性の阻害および発現の阻害の双方を含む意である。CBPとp300の合成致死においては、p300のヒストンアセチルトランスフェラーゼ活性の消失が寄与していると考えられることから、スクリーニングの指標とするp300の阻害は、好ましくはp300のヒストンアセチルトランスフェラーゼ活性の阻害である。ヒストンアセチルトランスフェラーゼ活性の検出においては、例えば、ラジオアイソトープで検出する方法(Lau OD, et al. J. Biol. Chem. 2000;275:21953−21959)、ヒストンアセチルトランスフェラーゼ反応時に副産物として生成するCoA−SHを蛍光で検出する方法(Gao T, et al. Methods Mol Biol. 2013;981:229−38)、およびNADHにより検出する方法(Berndsen CE, Denu JM. Methods. 2005;36:321−331)等を利用することができる。
【0074】
スクリーニングにおいては、この検出系に、被験化合物を作用させて、その後のヒストンアセチルトランスフェラーゼ活性を検出すればよい。検出の結果、対照(例えば、被験化合物を添加しない場合)におけるp300のヒストンアセチルトランスフェラーゼ活性と比較して、当該活性が減少していれば、p300の活性が阻害されたと評価することができる。
【0075】
CBPとp300はパラログの関係にあるが、スクリーニングにより得られる化合物は、副作用の低減等の観点から、p300により特異的であることが好ましい。p300特異的であるか否かは、例えば、それぞれの分子に対する結合実験や活性阻害実験を行うことにより評価することができる。従って、本発明のスクリーニングにおいては、p300により特異的であるか否かを指標として化合物を選別する工程を含んでもよい。
【0076】
p300の発現の阻害を検出する場合には、例えば、p300を発現する細胞に、被験化合物を作用させて、その後のp300の発現を、上記した方法により転写レベルまたは翻訳レベルで検出すればよい。また、p300のプロモーターの下流にレポーター遺伝子が連結された発現構築物を利用したレポーターアッセイ系を用いてもよい。検出の結果、対照(例えば、被験化合物を添加しない場合)におけるp300の発現(レポーター系においては、それを代替するレポーターの発現)と比較して、発現が減少していれば、p300の発現が阻害されたと評価することができる。
【0077】
本発明のスクリーニングにより同定された化合物は、薬理学上許容される担体と混合し、公知の製剤学的方法で製剤化することにより、医薬品とすることができる。薬理学上許容される担体としては、例えば、滅菌水や生理食塩水、植物油、溶剤、基剤、乳化剤、懸濁剤、界面活性剤、安定剤、香味剤、芳香剤、賦形剤、ベヒクル、防腐剤、結合剤、希釈剤、等張化剤、無痛化剤、増量剤、崩壊剤、緩衝剤、コーティング剤、滑沢剤、着色剤、甘味剤、粘稠剤、矯味矯臭剤、溶解補助剤あるいはその他の添加剤等が挙げられるが、これらに制限されない。
【実施例】
【0078】
以下、本発明を実施例によりさらに具体的に説明するが、本発明は実施例に制限されるものではない。
【0079】
[実施例1] CBP変異を持つがんの合成致死に基づく治療戦略の開発
1.材料および方法
(1)細胞株
A549、H1299、H157、SQ5、H1703、LK2、およびH520(NSCLC)、RL、Loucy、RC−K8、U2932、Ramos、Farage、SUP−T1、WSU−NHL、VAL、SUDHL5、Jurkat、TE8、TE10を10%のウシ胎児血清(FBS)を添加したRPMI−1640またはDMEM中で培養した。MRC−5細胞(正常線維芽細胞)、HEK293T細胞(不死化腎上皮細胞)、RPE−1細胞(不死化網膜上皮細胞)を10% FBSを添加したDMEM中で培養した。
【0080】
(2)短鎖干渉(si)RNA
各種タンパク質のノックダウンには、ON−TARGET plus SMARTpool siRNA(Dharmacon社)を用いた。トランスフェクションにはLipofectamine RNAiMAX(Invitrogen社)を用いた。非標的化siRNA(L−001810−10)を陰性対照として用いた。
【0081】
(3)イムノブロット分析
以下のタンパク質に対して特異的な抗体を用いて、文献(Ogiwara H, et al. Oncogene 2011;5;30:2135−46)に記載されたように、イムノブロッティングを実施した。CBP(Santacruz社;sc−369X)、p300(Santacruz社;sc−48343X)、H3(Active motif社;39163)、H3K18ac(Millipore社;07−354)、β−actin(Cell signaling Technologies社;4970)、cleaved PARP(Cell signaling Technologies社;5625)、p21/CDKN1A(Cell Signaling Technologies社;2947)、LC3B(Cell Signaling Technologies社;3868)。
【0082】
(4)細胞生存アッセイ
がん細胞の生存に及ぼすsiRNAノックダウンの影響を、クロノゲニック生存アッセイ(clonogenic survival assays)を用いて評価した。Lipofectamine RNAiMAX(Invitrogen社)を用いてがん細胞株にsiRNAs(50nM)をトランスフェクションした。2日後に細胞をトリプシン処理し、カウントし、6ウェルの培養皿に特定の数で再度播種し、さらに12日間(各種HATのノックダウンにおいては14日間)培養してコロニーを形成させた。次いで、細胞を50%(v/v)メタノール/0.01%(w/v)クリスタルバイオレットを含む溶液中で5分間固定しコロニー数をカウントした。
生存率の評価は、CellTiter−Glo Luminescent Cell Viability Assay kit(Promega社)を使用して、細胞内ATPレベルを測定することによって決定した。Lipofectamine RNAiMAX(Invitrogen社)を用いてがん細胞株にsiRNAs(50nM)をトランスフェクションした。2日後に細胞をトリプシン処理し、カウントし、96ウェルプレートに特定の数で再度播種した。細胞の生存率を測定するために、CellTiter−Glo Luminescent Cell Viability Assay kit(Promega社)を細胞に添加し、Envision(PerkinElmer社)で蛍光を測定した。
【0083】
(5)細胞周期分析
細胞をトリプシン処理し、遠心分離し、PBSで洗浄して、氷冷した70%エタノールで固定化した。次いで、細胞を再度遠心分離し、200μg/mlのRNアーゼAおよび5μg/mlのヨウ化プロピジウムを含有するPBSでインキュベートして、Guava flow cytometry(Millipore社)で細胞周期分布を分析した。
【0084】
(6)アネキシンV/PI染色によるアポトーシス分析
フローサイトメトリーによりアポトーシス細胞を検出するために、Annexin V−FITC/PI apoptosis detection kit(Roche社)をメーカーの使用説明書に従って用いた。すなわち、細胞ペレットを1×binding buffer中に懸濁し、暗中で20分間Annexin V−FITCおよびPIとインキュベートした。次いで、細胞の蛍光をフローサイトメトリーで分析した。
【0085】
(7)shRNAレンチウイルスの生成
tet誘導性細胞株を作製するために、細胞株にshRNA発現レンチウイルスベクター由来のpTRIPZ(Open Biosystems社)をトランスダクションした。shRNAをコードするプラスミドをTrans−LentiviralTM Packaging System(Open Biosystems社)を用いてパッケージングプラスミドとともに293T細胞にトランスフェクションした。翌日に増殖培地を交換し、レンチウイルスを含む上清を回収し、遠心分離により濃縮した。
【0086】
(8)In vivo分析
tet誘導性の細胞株であるLK2−shp300細胞およびLK2−shNT細胞(50% Matrigel中で2×10細胞/マウス;BD Biosciences社)をカウントし、氷上で1:1の培地/Matrigel(BD Bioscience社)で再懸濁し、国立がん研究センターの実験動物に関する倫理委員会によって承認されたプロトコールで、7週齢の雌BALB/c−nu/nuマウス(CLEA Japan社)の脇腹の皮下に注入した。3週間後、腫瘍が200mm以上の大きさに到達したとき、マウスを無作為に2群に分け、doxycycline(200 ppm)を含有する餌または対照餌のいずれかを与えた。腫瘍の成長を、ノギスを使用して1週間に2回測定した。移植した腫瘍の体積は、ノギスを使用して3〜4日毎に、次の式で計算した。式:V=L×W/2(Vは体積(mm)、Lは最大直径(mm)、Wは最小直径(mm))。実験の最後に、標準的なプロトコールに従って、マウスを屠殺した。
【0087】
(9)統計的分析
全ての実験を三重実験で行った。データは、平均±SDで示した。薬剤処理した細胞と非処理の細胞との差は、スチューデントのt検定で評価し、統計的有意差をアスタリスクで示した(「*」はP<0.05を、「**」はP<0.01を、「***」はP<0.001を、「****」はP<0.0001をそれぞれ示す)。
【0088】
2,結果
(1)CBP変異型がん細胞のp300依存性増殖
我々は、細胞増殖アッセイおよびクロノゲニック生存アッセイを用いて、siRNAを介したp300消失が、CBP野生型がん細胞株およびCBP変異型がん細胞株の増殖に与える影響を比較した(図1A〜C)。その結果、検証した全てのCBP変異型細胞において細胞増殖とコロニー形成の抑制が観察されたが、これはCBP野生型細胞株では観察されなかった。
【0089】
p300ノックダウンは、CBPおよびp300を発現する、非がん性の線維芽細胞株MRC5、不死化腎上皮細胞株HEK293T、および不死化網膜上皮細胞RPE−1の増殖には影響を与えなかった(図2)。
【0090】
これらの結果は、CBP変異型がん細胞が、その増殖をp300に依存していることを示唆した。
【0091】
(2)CBP変異型の肺がんおよびリンパ腫のp300阻害剤C646に対する感受性
我々は、次に、CBP変異型の肺がん細胞およびリンパ腫細胞に対するp300阻害剤C646の影響を検証した。その結果、CBP変異型がん細胞がCBP野生型がん細胞よりもC646に対して高い感受性を有することを観察した(図3A,C)。C646のCBP変異型がん細胞に対するIC50値は、CBP野生型がん細胞に対するIC50値と比較して低い傾向にあった(スチューデントのt検定でp<0.01)(図3B,D)。これらの結果は、p300のヒストンアセチルトランスフェラーゼ活性の阻害が、CBP変異型がん細胞の致死効果を特異的に引き起こすことを示唆した。
【0092】
(3)CBP変異型がん細胞におけるp300消失によるアポトーシスの誘導
我々は、次に、p300の消失や阻害によるCBP変異型がん細胞の増殖阻害のメカニズムについて検証した。CBP変異型H1703細胞におけるsiRNAを介したp300消失は、分解されたPARP(アポトーシスのバイオマーカー)の量を増加させたが、p21/CDKN1A(細胞老化のバイオマーカー)やLC3B(オートファジーのバイオマーカー)の量は増加させなかった(図4)。これと一致して、アネキシンVで染色した細胞のフローサイトメトリー分析により、siRNAによるp300の消失が、CBP変異型のH1703細胞およびLK2細胞において、アネキシンV陽性アポトーシス細胞の割合を増加させるが、CBP野生型のH157細胞やSQ5細胞では増加させないことが確認された(図5A)。
【0093】
上記のp300阻害剤C646を利用した結果(図5B)も含めて考慮すれば、これらの結果は、p300の消失や阻害が、アポトーシスを誘導することによって、CBP変異型がん細胞の増殖を特異的に抑制することを示唆する。
【0094】
(4)in vivoにおけるCBP変異型がん細胞のp300依存性増殖
in vivo前臨床バリデーションモデルとして、CBP変異型LK2細胞を用いて、テトラサイクリン誘導shRNA発現システムにより、非標的化shRNAあるいはshp300を発現する細胞を作製し、ヌードマウスの皮下に移植した。移植腫瘍が200mm以上の大きさになった後、RNAiを誘導するために、マウスにdoxycyclineを投与し、経時的に腫瘍の増殖を測定した。図6に示すように、LK2 shp300異種移殖片の増殖は、Dox処理したマウスで有意に抑制されたが、LK2 shNT異種移殖片では有意に抑制されなかった。このことは、in vivoにおけるCBPとp300との合成致死の関係を裏付けるものである。
【0095】
(5)各種HATノックダウンによる細胞生存率への影響
A549細胞(CBPは野生型)およびH520細胞(CBPは変異型)における各種HATのノックダウンによる細胞生存率へ影響を観察した。A549細胞においては各種HATのノックダウンにより細胞生存率への影響は見られなかったが、H520細胞においてはp300のノックダウンにより有意な細胞生存率低下が確認された(図8)。
【0096】
(6)p300のノックダウンによるc−Myc発現への影響
各種細胞におけるp300ノックダウン時のc−Mycタンパク質発現の変化を観察した。
【0097】
CBPが野生型であるH1299細胞、SQ5細胞、H157細胞においてはp300ノックダウンによるc−Mycタンパク質の発現に変化はみられなかったが、CBPが変異型であるLK2細胞、H1703細胞、H520細胞、TE8細胞、TE10細胞およびCBPをノックアウトしたH1299細胞においては、p300ノックダウンにより有意なc−Mycタンパク質の発現減少が確認された(図9)。
【0098】
CBPおよびp300の両方の機能抑制が生じた細胞においてc−Mycの発現低下がみられたことから、CBPの機能抑制がみられる細胞に対するp300阻害剤の効果を確認するマーカーとしてc−Mycを用いることが可能であると考えられた。
【産業上の利用可能性】
【0099】
本発明により、CBPの機能が抑制されたがん細胞を特異的に標的化するための治療戦略が提供された。本発明において、CBPとp300が合成致死の関係にあり、p300を阻害する治療が、CBPの機能が抑制されたがんの治療のための有望なアプローチになることが判明した。また、この治療戦略においては、がん患者をCBPの機能抑制を指標に選別した上で、p300阻害剤を投与できるため、コンパニオン診断に基づく効率的な治療が可能であることも明らかとなった。従って、本発明は、医療分野、特にがん治療の分野において、大きく貢献しうるものである。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
【配列表】
[この文献には参照ファイルがあります.J-PlatPatにて入手可能です(IP Forceでは現在のところ参照ファイルは掲載していません)]