(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
固体状の炭素に水素と炭素以外の他元素を添加した真空アーク放電に用いられる固体状の蒸発源であって、前記蒸発源の全原子量に対する他元素の添加率Xが0at.%<X≦10at.%に調整され、前記蒸発源の密度が1.8〜2.3g/cm3の範囲であり、真空アーク放電前の蒸発源表面のエネルギー分散型X線分析による元素分布像における前記他元素の表面被覆面積率をAm(%)とし、前記エネルギー分散型X線分析から得られた前記蒸発源表面における前記他元素の元素比をMm(at.%)としたとき、前記表面被覆面積率と前記元素比の比率r=Am/Mmが5≦r≦20であり、前記他元素は珪素であり、前記他元素は炭化珪素として添加されることを特徴とする他元素含有蒸発源。
前記蒸発源のCuKα線によるX線回折スペクトルを測定したとき、格子定数が2.46から2.67の範囲に表れるα型の炭化珪素で6Hに分類される六方晶結晶構造の(1,0,1)面のピーク強度をIsとし、格子定数が2.46から2.55の範囲に表れる前記6Hに分類される六方晶結晶構造の(1,0,2)面のピーク強度又はβ型の炭化珪素で3Cに分類される立方晶結晶構造の(1,1,1)面のピーク強度をIfとしたとき、強度比Is/Ifが0.02≦Is/If≦0.4の範囲にある請求項3に記載の他元素含有蒸発源。
500nm〜700nmの波長に設定されたレーザー光を用いて前記蒸発源のラマン分光スペクトルを測定したとき、グラファイト構造由来のGバンド、グラファイト構造の欠陥由来のDバンドが前記ラマン分光スペクトルに検出され、前記Gバンドのピーク強度と面積強度と半値幅をIg、Ag、Wgとし、前記Dバンドのピーク強度と面積強度と半値幅をId、Ad、Wdとし、ピーク強度比Id/Igが0.7以下であり、面積強度比Ad/Agが0.9以下であり、半値幅Wgが60cm-1以下であり、半値幅Wdが85cm-1以下である請求項1〜4のいずれかに記載の他元素含有蒸発源。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
前述のように、特許文献1〜3には、フィルタードアーク蒸着法によりta−C膜を対象物である金型、工具又は摺動部材に形成することが開示されている。しかしながら、ta―C膜は、硬くて耐摩耗性が高く、化学的にも安定であるものの耐熱性に劣り、700℃以上の高温で剥離が生じるなどの問題がある。
特許文献4に記載されるa−DLC−Si膜は、反応室内に反応ガスとしてメタン(CH
4)を1%、水素(H
2)を99%含むガスを供給すると共に、レーザー光をSi蒸発源に照射して、蒸発させたSiをDLCに添加している。メタンガスや水素ガスを導入することから、成膜されるDLC膜はa−C:Hが基本構造である。よって、特許文献4の場合、水素フリーのDLC膜やsp
3結合の比率の高いta−Cに比べ、耐久性が低いことは明らかである。
【0007】
特許文献5に記載される硬質炭素膜は、成膜時にTMSガスを導入することによってSiが添加されており、TMSガスに含まれる水素が硬質炭素膜に含まれることを抑制することは極めて困難である。実際に、特許文献5の表2には、硬質炭素膜が水素(H)を含むことが示されている。更に、同文献の段落[0021]に記載されるように、耐熱性の評価を熱処理前後における面粗さのRa値のみで行っているため、実際に耐熱性が向上されているかどうかを明示するものとなっていない。
【0008】
これに対し、特許文献6〜8には蒸発源に他元素金属を含有させて成膜させており、特に特許文献6、8はアーク放電により成膜している。
しかし、これらの膜を実際に成膜すると、アーク放電に伴い添加元素が表面に溶出、析出、浮き出し、及び/又は偏析し、極端に放電が不安定になる。これはアーク放電の放電点が数万℃という高温になり、これにより蒸発源を気化させているため、放電点周辺も高温に晒され溶融部が形成されることで生じる現象で、アーク放電特有の現象と考えられる。更に、炭素と金属を混合して焼結することにより蒸発源を製作する場合、金属の融点が低くなるために焼結温度を十分に上げられないので、蒸発源の緻密性が低くなりやすい。極端に緻密性が低い場合、穴状に放電が進む異常な放電モードとなり、この異常な放電モードは成膜レートが極端に低く、膜硬度等も低くなってしまうため、緻密性の高い膜が成膜できるという真空アーク法の利点がなくなってしまう。前述の特許文献には、これらの問題は記載されておらず、当然、この解決策も未提案となっている。
なお、特許文献7には水分の除去に注視しているが、水分の除去法はそのものは、予め真空脱気することも容易である他、放電前に予備放電(特許文献3の段落[0016])参照)することでも十分に除去可能であり、必ずしも蒸発源の吸着水を減少させることは必要ではない。アーク放電の蒸発源の場合、前述のように放電中の添加元素の溶出、析出、浮き出し、及び/又は偏析を抑止することが重要になるが、この点に関する記載はない。
【0009】
本発明は、耐熱・耐摩耗性に優れたDLC膜の形成に好適で、実用的な成膜レートと十分な放電安定性を有する他元素含有蒸発源を提供することを目的としている。
本発明は、該他元素含有蒸発源により耐熱・耐摩耗性に優れたDLC膜を形成するDLC膜形成方法を提供することを別の目的としている。
本発明は、該DLC膜形成方法に基づいて耐熱・耐摩耗性に優れたDLC膜を形成することのできるDLC膜形成装置を提供することを更に別の目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0010】
炭素蒸発源に金属を添加したDLCをアーク放電により成膜する場合、極端に高い炭素の融点(3700℃付近)に対し、通常の金属は約1000+α℃程度の融点であるため、高温の陰極点付近において、表面の金属が溶出、析出、浮き出し、及び/又は偏析してしまい、この影響で放電が極端に不安定になってしまう。このため、数分以上の時間を安定して放電させることが難しく、DLCの成膜において、十分な膜厚を成膜することが難しくなっている。更に、蒸発源表面の組成比が変化するため、結果的に膜の組成比も成膜中に変化しがちになり、DLC膜の品質が安定しないという問題も生ずる。
本発明は、上記の蒸発源の物性に起因する成膜不具合につき鋭意検討し、研究した結果なされたものであり、本発明の第1の形態は、固体状の炭素に水素と炭素以外の他元素を添加した真空アーク放電に用いられる固体状の蒸発源であって、前記蒸発源の全原子量に対する他元素の添加率Xが0at.%<X≦10at.%に調整され、前記蒸発源の密度が1.8〜2.3g/cm
3の範囲であり、蒸発源表面のエネルギー分散型X線分析による元素分布像における前記他元素の表面被覆面積率をAm(%)とし、前記エネルギー分散型X線分析から得られた前記蒸発源表面における前記他元素の元素比をMm(at.%)としたとき、前記表面被覆面積率と前記元素比の比率r=Am/Mmが5≦r≦20であることを特徴とする他元素含有蒸発源である。
【0011】
本発明の第2の形態は、前記他元素が珪素である他元素含有蒸発源である。
【0012】
本発明の第3の形態は、前記他元素の化合物粒子が炭化物、酸化物、窒化物又は硫化物からなる他元素含有蒸発源である。
【0013】
本発明の第4の形態は、前記他元素の化合物が炭化珪素である他元素含有蒸発源である。
【0014】
本発明の第5の形態は、前記他元素及び他元素化合物の粒子サイズが10nmから20μm以下である他元素含有蒸発源である。
【0015】
本発明の第6の形態は、前記炭化珪素がα型及び/又はβ型の結晶構造を有する他元素含有蒸発源である。
【0016】
本発明の第7の形態は、前記蒸発源のCuKα線によるX線回折スペクトルを測定したとき、格子定数が2.46から2.67の範囲に表れるα型の炭化珪素で6Hに分類される六方晶結晶構造の(1,0,1)面のピーク強度をIsとし、格子定数が2.46から2.55の範囲に表れる前記6Hに分類される六方晶結晶構造の(1,0,2)面のピーク強度又はβ型の炭化珪素で3Cに分類される立方晶結晶構造の(1,1,1)面のピーク強度をIfとしたとき、強度比Is/Ifが0.02≦Is/If≦0.4の範囲にある他元素含有蒸発源である。
【0017】
本発明の第8の形態は、500nm〜700nmの波長に設定されたレーザー光を用いて前記蒸発源のラマン分光スペクトルを測定したとき、グラファイト構造由来のGバンド、グラファイト構造の欠陥由来のDバンドが前記ラマン分光スペクトルに検出され、前記Gバンドのピーク強度と面積強度と半値幅をIg、Ag、Wgとし、前記Dバンドのピーク強度と面積強度と半値幅をId、Ad、Wdとし、ピーク強度比Id/Igが0.7以下であり、面積強度比Ad/Agが0.9以下であり、半値幅Wgが60cm
−1以下であり、半値幅Wdが85cm
−1以下である他元素含有蒸発源である。
【0018】
本発明の第9の形態は、第1〜第8のいずれかの形態に係る他元素含有蒸発源を真空雰囲気下に配置し、前記他元素含有蒸発源から蒸発物質を発生させ、対象物の表面に前記蒸発物質を有するDLC膜を形成することを特徴とするDLC膜形成方法である。
【0019】
本発明の第10の形態は、第1〜第8のいずれかの形態に係る他元素含有蒸発源が真空雰囲気下に配置され、前記他元素含有蒸発源から蒸発物質を発生させる発生手段を備え、対象物の表面に前記蒸発物質を有するDLC膜を形成することを特徴とするDLC膜形成装置である。
【発明の効果】
【0020】
第1の形態に係る他元素含有蒸発源は以下の特徴的構成(a)〜(c)を有する。
(a)該他元素含有蒸発源は、水素と炭素以外の他元素が、添加率Xとして0at.%<X≦10at.%に調整されて添加された固相の蒸発源である。
(b)該蒸発源の密度が1.8〜2.3g/cm
3の範囲である。
(c)表面被覆面積率Am(%)と、前記他元素の元素比Mm(at.%)の比率r(=Am/Mm)が5≦r≦20である。
特徴的構成(a)〜(c)を有した他元素含有蒸発源を真空アーク法の成膜に用いることによって、優れた耐熱・耐摩耗性を備えた他元素含有DLC膜を合成することができる。また、本形態においては、該他元素含有蒸発源が固相の蒸発源として成膜に供し得るので、炭化水素系のガス導入をしなくて済み、水素フリーで強度に優れた他元素含有のDLC膜(例えば、a−C膜やta−C膜)を合成することができる。更に、(c)を有することにより、添加他元素が微細化しかつ均一に分散した状態になる。これによって、放電により前記他元素が溶出、析出、浮き出し、及び/又は偏析しても、表面に希薄且つ均一に分散するため、長時間の安定した放電が可能となる。その結果、実用的な生産が実現可能になる。
【0021】
本発明の第2の形態によれば、前記他元素が珪素であり、炭素に対する前記珪素の含有率Xが0at.%<X≦10at.%であるから、より良好な耐熱性をDLC膜に付与することができる。即ち、本形態においては、珪素含有蒸発源を固相の蒸発源として成膜に供し得るので、優れた耐熱・耐摩耗性の耐熱特性と、水素フリーで強度に優れた珪素含有DLC膜を合成することができる。
【0022】
本発明の第3の形態によれば、前記他元素の化合物粒子が炭化物、酸化物、窒化物又は硫化物からなる他元素含有蒸発源を固相の蒸発源として成膜に供することによって、優れた耐熱特性と、水素フリーで強度に優れた他元素含有DLC膜を合成することができる。また、一般に炭化物、酸化物、窒素化物又は硫化物となることで、融点が上がるため、前述のようにアーク放電に伴う蒸発源表面への前記他元素の溶出、析出、浮き出し、及び/又は偏析を抑止することが可能となるため、長時間の安定した放電が可能となる。この結果、実用的な生産が実現可能になる。更に、一般に化合物化することで、化学的に安定化するため、粉末作成/成形時の安全性も向上する。
【0023】
本発明の第4の形態によれば、前記他元素の化合物が炭化珪素である他元素含有蒸発源を固相の蒸発源として成膜に供することによって、優れた耐熱特性と、水素フリーで強度に優れた珪素含有DLC膜を合成することができる。また、珪素単体に比べ炭化珪素は融点が上がるため、前述のようにアーク放電に伴う蒸発源表面への溶出、析出、浮き出し、及び/又は偏析を抑止することが可能になり、長時間の安定した放電が可能となる。この結果、実用的な生産が実現可能になる。
【0024】
本発明の第5の形態によれば、前記他元素及び他元素化合物の粒子サイズが10nmから20μm以下である他元素含有蒸発源を固相の蒸発源として成膜に供することによって、優れた耐熱特性と、水素フリーで強度に優れた珪素含有DLC膜を合成することができる。また、放電により前記他元素が溶出、析出、浮き出し、及び/又は偏析しても、表面に希薄且つ均一に分散するため、長時間の安定した放電が可能となる。この結果、実用的な生産が実現可能になる。
【0025】
本発明の第6の形態によれば、α型及び/又はβ型の結晶構造を有する炭化珪素を用いることにより、真空アーク法の成膜によって、優れた耐熱特性を備えた珪素含有DLC膜を合成することができる。
【0026】
本発明の第7の形態によれば、炭化珪素として、前記蒸発源のCuKα線によるX線回折スペクトルを測定したとき、格子定数が2.46から2.67の範囲に表れるα型の炭化珪素で6Hに分類される六方晶結晶構造の(1,0,1)面のピーク強度をIsとし、格子定数が2.46から2.55の範囲に表れる前記6Hに分類される六方晶結晶構造の(1,0,2)面のピーク強度又はβ型の炭化珪素で3Cに分類される立方晶結晶構造の(1,1,1)面のピーク強度をIfとしたとき、強度比Is/Ifが0.02≦Is/If≦0.4の範囲にあれば、優れた耐熱特性と、水素フリーで強度に優れた珪素含有DLC膜を合成することができる。また、添加する炭化珪素が安定なα型構造を主に持つことから、前述のようにアーク放電に伴う蒸発源表面への溶出、析出、浮き出し、及び/又は偏析を更に抑止することが可能になり、長時間の安定した放電が可能となる。この結果、実用的な生産が実現可能になる。
【0027】
本発明の第8の形態によれば、500nm〜700nmの波長に設定されたレーザー光を用いて前記蒸発源のラマン分光スペクトルを測定したとき、グラファイト構造由来のGバンド、グラファイト構造の欠陥由来のDバンドが前記ラマン分光スペクトルに検出され、前記Gバンドのピーク強度と面積強度と半値幅をIg、Ag、Wgとし、前記Dバンドのピーク強度と面積強度と半値幅をId、Ad、Wdとし、ピーク強度比Id/Igが0.7以下であり、面積強度比Ad/Agが0.9以下であり、半値幅Wgが60cm
−1以下であり、半値幅Wdが85cm
−1以下である他元素含有蒸発源を固相の蒸発源として成膜に供することによって、優れた耐熱特性と、水素フリーで強度に優れた珪素含有DLC膜を合成することができる。また、この場合、蒸発源の主成分であるグラファイトは均一で安定な構造となり緻密性が上がることによって前述のような穴状の放電を抑止できるため、実用的な生産を実現することができる。
【0028】
第9の形態に係るDLC膜形成方法によれば、第1〜第8のいずれかの形態に係る他元素含有蒸発源を真空雰囲気下に配置し、前記他元素含有蒸発源から蒸発物質を発生させ、対象物の表面に前記蒸発物質を有するDLC膜を形成するので、優れた耐熱特性と、水素フリーで強度に優れた珪素含有DLC膜を合成することができる。本形態に係るDLC膜形成方法を、切削工具、切断工具、成型加工工具、精密金型、ガラスプレス用金型、摺動部品又は装飾品等の物品に適用して、該物品に他元素を含有するDLC膜を被膜することにより、好適な耐久性(耐熱特性及び強度)を付与することができる。係る好適な耐久性の付与によって、切削工具、切断工具、成型加工工具、精密金型、ガラスプレス用金型、摺動部品等の耐熱性を向上させて高温の条件下で繰り返し使用し得る付加価値を具備することができる。
【0029】
本発明の第10の形態によれば、第1〜第8のいずれかの形態に係る他元素含有蒸発源が真空雰囲気下に配置され、前記他元素含有蒸発源から蒸発物質を発生させる発生手段を備え、対象物の表面に前記蒸発物質を有するDLC膜を形成するので、優れた耐熱性と、水素フリーで強度に優れた珪素含有DLC膜を合成することのできるDLC膜形成装置を提供することができる。また、本発明に係る他元素含有蒸発源は1台に限らず、複数台を使用することも可能である。即ち、係るDLC膜形成装置としては、真空容器壁面に複数個の蒸発物質の発生機構を備え、処理面積を拡大したり、成膜レート向上させてもよい。
また、蒸発源を縦型円筒形としてもよく、この場合、より大面積への成膜が可能になる。更には、真空アーク成膜装置に限らず、レーザーアブソレーション成膜装置や、パルスレーザーアーク成膜装置やこれらを複合化させた装置でもよい。特に、真空アーク法とレーザーアークを併用する手法は、溶出、析出、浮き出し、及び/又は偏析した前記他元素をレーザーで気化することが可能なため、併用又は交互に利用することで安定した放電が可能になり、好適である。更に、陰極である蒸発源(ターゲット)からの前述の手法による真空アークプラズマを磁場で誘導する輸送ダクトにフィルター機能を具備させたフィルタードアーク成膜装置等に構成することができる。
【発明を実施するための形態】
【0031】
本発明に係るDLC膜は、耐熱特性を向上させるために他元素が添加されており、以下、実施例として、耐熱性の向上が比較的顕著であった珪素(Si)をDLC膜に添加した場合と、その蒸発源について詳細を記載する。
実施例では、DLC膜の成膜に、黒鉛に他元素として珪素を添加して混合した複合元素系蒸発源(珪素含有蒸発源)を用いている。
【0032】
本実施例に係る珪素含有蒸発源はC−SiC焼結体である。このC−SiC焼結体の作製手順S1〜S4は以下の通りである。
S1.蒸発源の原材料は高純度黒鉛粉末と高純度SiCである。黒鉛粉末には、極力、純度が高く、細かい粒子の高純度黒鉛粉末を使用し、本実施例では平均粒径4.2μm、灰分4ppmの高純度黒鉛粉末を使用している。高純度SiCとしては、不純物5.4ppmの低不純物濃度の珪素炭化物を使用している。
S2.次に、振るい分級にて0.9mm以下としたSiC粒子をジェットミルを用いて微粒子にまで粉砕する。この微粉化における粉接部はSiCである。本実施例における微粉化後のSiCの平均粒径は4μmである。
SiCの微細化においては、炭化物の純度を極力維持したまま微粉化するのが好ましく、一般的なボールミルを使用する場合、ケースやボールをSiCで形成すれば該純度を維持したまま微粉化が可能である。
S3.高純度黒鉛粉末と微粉化SiCを乳鉢に入れて所定の比率に混合する。この混合にはミリング装置を使用して行うことも可能である。この比率は後述するSi添加率X、蒸発源密度に関係する。
S4.高純度黒鉛粉末と微粉化SiCの混合物を所定の型に封入する。加圧装置によって型内の混合物に予備プレスを付加した後、ホットプレス、熱間静水圧成形(HIP:Hot Isostatic Pressing)、熱間鍛造、放電プラズマ焼結法(SPS:Spark Plasma Sintering)などにより、
昇温速度:10℃/分〜500℃/分
焼結温度:1500℃〜2200℃
焼結圧力:10MPa〜200MPa
保持時間:0〜2時間
の焼結を行ってC−SiC焼結体を作製する。なお、より好ましくはSPSにて炉内を真空排気しながら、焼結温度を2000℃以上、焼結圧力を50MPa以上、保持時間を30分以上で焼結を行うことによって、より緻密な蒸発源を得ることができる。
【0033】
図1は、本発明に係るDLC膜形成装置1を示す。DLC膜形成装置1は、真空アーク放電による成膜を行うT字型フィルタードアーク装置であり、蒸発物質発生部8、フィルター部12及び処理部4から構成されている。蒸発物質発生部8には、シールド30が設けられた蒸発源2と、蒸発源2に電圧を印加する電源22と、電源22に接続された陽極28と、電流制限抵抗器24を介して電源22に接続されるトリガ電極26と、発生させたアークを安定させるアーク安定化用コイル32とが設けられている。蒸発源2の表面にトリガ電極26により真空アーク放電を生起して蒸発物質のプラズマを発生させる。
【0034】
プラズマは、プラズマ引出用コイル34によってフィルター部12に誘導され、ドロップレットを含む蒸発物質が混合進行路48を進行する。混合進行路48を進行するプラズマは、プラズマ屈曲用コイル36により屈曲部46で主進行路18に誘導され、ドロップレットはドロップレット進行方向40に進んでドロップレット捕集部42に捕集される。ドロップレットが分離されたプラズマは、2点鎖線7で示すように、プラズマガイド用コイル38により主進行路18を誘導されて処理部4内に導入される。処理部4には、DLCの成膜が施される対象物6を取り付ける取付台44が配設されている。主進行路18を進行してきたプラズマの蒸発物質が対象物6表面に到達してDLC膜が成膜される。
【0035】
上記作製工程により作製されたC−SiC焼結体を蒸発源2に使用することによって、単一の珪素含有蒸発源により蒸発物質にSiを添加してSi含有DLC膜を合成することが可能になる。
【0036】
係るC−SiC焼結体に対して、珪素含有蒸発源としての成膜性能を確認するために行った検証実験を以下に説明する。検証実験としては例えば、DLC膜形成装置1の蒸発源として、上記C−SiC焼結体、従来の黒鉛(カーボン)単体、Si元素を低密度で含有させたC−Si焼結体を夫々使用して各種物性の比較を行った。以下、蒸発源をターゲットと称する場合があり、また、C−SiC焼結体、C−Si焼結体を夫々、C/SiC、C/Siと簡略表記する場合がある。
【0037】
図2はDLC膜形成装置1において、実施例のC−SiC焼結体(2B)、比較例1の低密度C/Si焼結体(2A)、比較例2のカーボン焼結体(2C)を夫々、ターゲットに使用してアーク電流:50Aで真空アーク放電を5〜30分間までで可能な限り長時間、行った後のターゲット表面状態を示す。
【0038】
比較例1においては緻密性が低く、(2A)に示すように穴状にアーク放電した。これは、Si無添加のカーボンターゲットであっても緻密性が低い炭素系の蒸発源であれば生じる現象で、該現象の特徴は放電点が殆ど移動せずに、ターゲットの内側で放電が持続してしまうことにある。このため、比較例1のターゲットは、イオンの引き出し効率も極端に低くなり、この結果、成膜レートも低くなりDLCの成膜には適さない。これに対し、C/SiCターゲットでは緻密性が高いため、(2B)に示すように上記の放電痕を生ずることなく、従来の標準的な無添加カーボンターゲット(比較例2)と同様な良好な放電モードを示し、かつ実用的な成膜レートを得ることができる。
【0039】
図3は、粉末グラファイトに金属としてSiを混合して焼結したターゲット(比較例)を用いた場合における、アーク放電後のエネルギー分散型X線分析(EDS)による元素分布像を示す。同図の(3A)、(3B)及び(3C)は夫々、前述の条件での放電後の同ターゲット表面状態を示す走査型電子顕微鏡(SEM)像、C分布SEM像、Si分布SEM像である。
【0040】
図4は、実施例のC/SiCターゲット(微粉化したSiCを添加したターゲット)のアーク放電後のEDS元素分布を示す。同図の(4A)、(4B)及び(4C)は夫々、前述の条件での放電後の同ターゲット表面状態を示すSEM像、C分布SEM像、Si分布SEM像である。
【0041】
図3及び
図4におけるSEM分析は、日本電子製SEM(型式JSM6010LA)を用いて倍率50倍、加速電圧10kVでSEM観察により行い、また、このSEMに付属するEDSのマッピング分析により各元素像の観察を行った。
【0042】
比較例のターゲットの場合、(3B)及び(3C)に示すように、含有C、Siが偏在していることが分かった。Si又はそれが反応したSiCが、放電の陰極点よりも大きな数百μm程度の大きさで偏在したような領域があるとアーク放電の運動が阻害されるため、放電が極端に不安定になると考えられる。Si、SiCの各電気抵抗率がSi:約10
3Ω・cm 、SiC:10
6〜10
8Ω・cmと焼結カーボン(C:約10
-3Ω・cm)に比べて桁違いに高く、偏在したSi/SiCの部分で電気抵抗が高いために放電が阻害されるためと推察できる。
【0043】
これに対し、実施例のC/SiCの場合には、(4C)に示されるように、Si又はそれが反応したSiCが偏在することなく均一な分布となっている。このように蒸発源表面でSi又はSiCが広い範囲に均一かつ希薄にに分散する結果、C/SiCターゲットは長時間の安定したアーク放電が可能になる。
【0044】
金属添加物の分散度合い、粒度等を評価する一つの指標として、上記マッピング分析による分析表面における添加金属の表面被覆面積率(以下、面積率という。)が利用できる点に鑑み、C/SiCターゲットとC/Siターゲットの各面積率を求めて比較した。
【0045】
面積率は、単純に表面付近の粒子の射影面積と考えれば概ね元素比に比例し、粒子半径に反比例すると考えられる。また、母材粒径に対して添加物の粒径が大幅に大きい場合、添加物が遮蔽されてしまい表面からは見えづらくなる。これは、添加粒子が凝集している場合も同様の現象が生じるため、見かけの粒子径が大きくなるほど面積率はさらに低下することになる。
そこで、この比較実験においては、添加金属の面積率Am、EDSの元素分析結果によるモル比率をMmとして、これらの比r(=Am/Mm)を用いて粒子径及び分散度を評価した。
なお、EDSは元素分析の手法としては、比較的装置が安価で、幅広い元素の評価が可能なことから、本評価に好適といえる。また、評価方法が異なると、分析結果に差異が生じることから、本発明はEDS法により特定されている。
【0046】
図5の(5A)、(5B)は夫々、比較例のC/Siターゲットにおける含有C分布、含有Si分布を示すSEM写真である。
図6の(6A)、(6B)は夫々、実施例のC/SiCターゲットにおける含有C分布、含有Si分布を示すSEM写真である。
【0047】
面積率の算出は各元素ごとに色分けして、市販のソフトウェア(三谷商事株式会社製WinROOF)を用いて行った。この算出に際しては、500倍より高い倍率であると局所的なデータしか得られず、また、500倍より低い倍率であると、微細な粒子の評価が出来なくなるので、倍率500前後の視野で行うのが最適である。比較例の(5A)と(5B)に基づいて求めた、C、Siの各面積率は84.7%、4.5%であった。実施例の(6A)と(6B)に基づいて求めた、C、Siの各面積率は68.5%、4.1%である。
【0048】
図7は各種実施例に係るターゲットと各種比較例に係るターゲットの作製条件、該ターゲットを用いた放電実験における放電状態、放電可能時間、成膜レート、面積率等の実験結果をまとめた表(以下、
図7の表を表1と称する。)である。
【0049】
表1の放電実験において実施した実施例1〜9は、前述の作製工程S1〜S4によりSi添加率X、密度、添加金属の面積率を変えて作製された複数種のC/SiC焼結体をターゲットに使用して行った放電実験例である。Si添加率X(at.%)は、蒸発源の全原子量に対するSiの添加割合であり、1、2、3、5の4種類である。例えば、実施例4、5は夫々、Si添加率1at.%、2at.%のC/SiC粉末をSPSにて真空雰囲気下で焼結温度2000℃、焼結圧力50MPaで30分間保持して焼結したターゲットに使用し、アーク電流50A、真空度5×10
−3Pa以下の条件で放電させて成膜した場合であり、以下放電条件は全て同一である。
【0050】
比較例4は、Si添加率5(at.%)でSPSにより焼結温度1060℃、焼結圧力50MPaで30分間保持して焼結したC/Si焼結体で、低密度なC/Siターゲットを使用した放電実験例である。この場合、穴状の放電となり、極端に低い成膜レートしか得られない結果となっており、実生産には適さないことが解る。
【0051】
比較例5は、Si添加率5(at.%)でSPSに代えて、HIPにより焼結温度2000℃、焼結圧力50MPaで10分間保持して焼結したC/SiC焼結体をターゲットに使用した放電実験例である。この場合も十分な緻密性が得られず、穴状の放電となり、極端に低い成膜レートしか得られない結果となっており、実生産には適さないことが解る。
【0052】
比較例6は、実施例1〜9と同様に作製したC/SiC焼結体であるが、十分な添加物の分散が得られていなかったターゲットに使用した放電実験例である。この場合、放電可能時間が短く、実生産には適さないことが解る。
【0053】
表1には、実施例1〜9、比較例4〜6の実験結果として、EDS分析によるSi元素比Mm(at.%)、ターゲット自体の密度(g/cm
3)、Si面積比Am(%)、r(=Am/Mm)、各粒子の平均重心距離(μm)及び平均中心距離(μm)のデータ値が挙げられている。平均重心距離及び平均中心距離の数値からは、該数値が小さければ小さいほど均一な粒子分布となっていることが分かる。
【0054】
比較例4、5の場合には、
図2の(2A)に示したような穴状にアーク放電が生じてターゲットとして不適切であるという結果であった。比較例6の場合にも穴状にアーク放電が多少生じるという結果が得られた。これらに対して、実施例1〜9の場合には穴状のアーク放電モードを生ずることなく良好な放電状態となりターゲットとして適切であるという結果が得られた。特には実施例1〜9のうち実施例4、5のターゲットが最も良好な放電状態を呈した。但し、放電可能時間そのものは実施例6〜9の方が長く、rが高い方がより長時間の放電が可能となる傾向が見られる。
【0055】
上記の放電実験の分析結果から、作製工程S1〜S4により作製され、SPS焼結されたC/SiC焼結体をターゲットに使用するに際して、5≦r≦20である場合に安定した放電が可能になると共に、r<5では、微粉化が不十分で、安定した放電が得られないことが判明した。
【0056】
1500℃以下の比較的低温で焼結したカーボン系の焼結体はアモルファスカーボン相(グラッシーカーボン相)になり易いことが分かっている。このアモルファスカーボン相は密度が低くなる傾向があるので、該焼結体アーク放電用のターゲットとして用いた場合には前述の穴状放電モードの原因となるため、好ましく無い。しかしながら、C/Si焼結体の場合、Siの融点が1410℃程度と低く、焼結温度を1500℃以上に上げるとSiが噴出するため、加圧出来なくなってしまい、焼結できなくなる。このため、C/Si焼結体は前述のように、十分に緻密な焼結体を得づらく、アーク放電用のターゲットとしては好ましくない。
【0057】
アモルファスカーボン相の有無に関する評価は焼結体に対するラマン分光測定をして結晶構造物性を確認することによって簡便に行うことができる。
本実施形態においては、C/SiC焼結体の結晶構造物性の観点からラマン分光法によりC/Si焼結体、C焼結体及びα型SiC粉末との比較測定を行った。この測定にはJYOBIN−YVON製のラマン分光機(型式:LABRAM−HR−800)を用いて、レーザー光としてAr−Laser(波長:515nm)を使用した。
【0058】
図8は各被測定対象(C/SiC焼結体、C/Si焼結体、C焼結体及びα型SiC粉末)のラマン分光測定によるスペクトル変化を示すラマンシフト(cm
−1)−強度(a.u.)のラマンスペクトル図である。同図(8a)、(8b)、(8C)及び(8d)は夫々、C/SiC焼結体、C/Si焼結体、C焼結体及びα型SiC粉末のラマン分光測定によるスペクトル変化を示す。
【0059】
アモルファスカーボン相はDバンド(1360cm
−1付近)、Gバンド(1580cm
−1付近)の各ピークの半値幅が広く、Dピークの強度が強くなることが知られている。
図8の各ラマンスペクトルから、Dバンド及びGバンドのピーク半値幅とDピーク強度の比較観察をすることによって、C/SiC粉末を焼結した実施例のターゲットがアーク放電用のターゲットとして好ましいものであることが分かる。特に、該実施例のターゲットでは、高温相である六方晶型(6H)SiCのTOモードのピークを確認することができる。これは安定なSiCが形成されていることを意味している。
【0060】
図9は各種実施例に係るターゲットと各種比較例に係るターゲットの作製条件、該ターゲットを用いた放電実験における放電条件、ラマン分光測定等の実験結果をまとめた表(以下、
図9の表を表2と称する。)である。
【0061】
表2の実施例2、3、5、8、9は、表1に掲げたC/SiC焼結体の実施例に対応する。実施例2、3、5、8、9の各C/SiC焼結体の焼結温度は夫々、1800℃、2000℃、2100℃、2100℃、2100℃である。比較例1は、HIPにより焼結温度2100℃で焼結して作製したC焼結体である。比較例2は、SPSにより焼結温度1800℃で焼結して作製したC焼結体である。比較例3は、SPSにより焼結温度1500℃で焼結して作製したC/Si焼結体である。比較例4は、表1に掲げた比較例に対応し、SPSにより焼結温度1060℃で焼結して作製したC/Si焼結体である。比較例3の場合、Si添加量が20at.%であり、比較例4及び5つの実施例よりも多くなっている。
【0062】
表2には、ラマン分光測定結果として、各実施例及び各比較例の焼結体のDバンド及びGバンドのピーク半値幅(cm
−1)、Dバンド及びGバンドのピーク強度比及び面積強度比が挙げられている。
【0063】
各実施例では、既に表1で示したように、良好な放電状態を得ることができ、また、比較例1、2もまた、無添加黒鉛ターゲットに相当し、放電異常は見られなかった。一方、比較例3、4では前述の穴状アーク放電の異常を生じた。
【0064】
表2の各焼結体のラマン分光測定結果から、金属を含有したターゲットにおいて安定した放電を行ううえで、以下のラマン分光特性R1、R2を必要とすることが判明した。
(R1)500nm〜700nmの波長に設定されたレーザー光を用いて蒸発源のラマン分光スペクトルを測定したとき、グラファイト構造由来のGバンド、グラファイト構造の欠陥由来のDバンドがラマン分光スペクトルに検出される。
(R2)Gバンドのピーク強度と面積強度と半値幅をIg、Ag、Wgとし、Dバンドのピーク強度と面積強度と半値幅をId、Ad、Wdとしたとき、ピーク強度比Id/Igが0.7以下であり、面積強度比Ad/Agが0.9以下であり、更に半値幅Wgが60cm
−1以下であり、半値幅Wdが85cm
−1以下である。
【0065】
実施例に係るC−SiC焼結ターゲットと、比較例に係るC−Si焼結ターゲットと、標準的に利用されている焼結カーボンターゲットと、焼結前のα-SiC粉末のX線回折測定を行った。
図10は実施例、比較例、カーボンターゲット、α-SiC粉末のX線回折測定結果を示す。図中の(10a)〜(10d)は夫々、実施例、比較例、α-SiC粉末、グラファイト粉末につき実測した回折パターンである。
図10の実施例はSi添加量を1at.%としたC/SiC焼結体の実施例8(表1、2参照)に相当する。また、比較例はSi添加量を20at.%としたC/Si焼結体の比較例3(表2参照)に相当する。
図10のグラファイト粉末は比較例2(表2参照)のカーボンターゲットに相当する。
【0066】
X線回折には、ブルカー・エイエックス製X線回折装置(型式:D2−PHASER)を使用し、Θ−2Θ法で測定した。測定条件はCuKα線(λ:1.5406Å)、加速電圧30kV、2Θ域が10〜80°である。
【0067】
X線回折測定結果においては、Hex.(1,0,1)とHex.(1,0,3)の有無からSiC組成の結晶構造を、六方構造(Hexagonal)SiC(α-SiC:高温相)と、面心立方構造(F.C.C)SiCに区別して識別可能である。
図10の実施例のX線回折においては、α-SiC(6H)由来のピークが出現しており、アーク放電に伴うSiCの溶出、析出、浮き出し、及び/又は偏析を抑止するには、高温で安定なα-SiCが好適なターゲット材料であると考えられる。
【0068】
上記実施例以外の焼結体についてもX線回折測定を行った。
図11は別の実施例、比較例及び参考例のX線回折スペクトルのピーク強度及び強度比を示す表である(以下、
図11の表を表3と称する。)。
ここで、X線回折スペクトルにおけるFピーク、Sピーク及びTピークは次のように定義されている。FピークはHex.(1,0,2)又はFCC(1,1,1)に対応し、2θ域は35.2〜36.5°である。SピークはHex.(1,0,1)に対応し、2Θ域は33.6〜34.6°である。TピークはHex.(1,0,3)に対応し、2Θ域は38〜38.6°である。また、Fピーク、Sピークの強度を夫々、If、Isと表している。
【0069】
表3には実施例2、8、9のC/SiC焼結体(表1、2参照)のピーク強度及び強度比が挙げられている。また、比較例として、HIPにより焼結したC/SiC焼結体(表1参照)及びC/Si焼結体(表2参照)のピーク強度及び強度比が挙げられている。更に、参考例として、Hex−SiC、F.C.C−SiC及びα−SiC粉末の各既知データが挙げられている。
【0070】
表3のX線回折スペクトルのピーク強度及び強度比から、珪素を含有したターゲットにおいて安定した放電を行ううえで、以下のX線回折特性X1を必要とすることが判明した。
(X1)蒸発源のCuKα線によるX線回折スペクトルを測定したとき、格子定数が2.46から2.67の範囲に表れるα型の炭化珪素で6Hに分類される六方晶結晶構造の(1,0,1)面のピーク強度をIsとし、格子定数が2.46から2.55の範囲に表れる前記6Hに分類される六方晶結晶構造の(1,0,2)面のピーク強度又はβ型の炭化珪素で3Cに分類される立方晶結晶構造の(1,1,1)面のピーク強度をIfとしたとき、強度比Is/Ifが0.02≦Is/If≦0.4の範囲にある。
【0071】
ターゲットの表面付近の電気抵抗は放電の安定性に極めて高い影響を与えるので、本実施形態に係る焼結体と比較例の焼結体の体積電気抵抗率ρ(Ω・cm)を測定して比較した。
【0072】
図12は2つの実施例31、32のC−SiC焼結ターゲットと、4つの比較例11、21、22、23の体積電気抵抗率ρの測定結果を示す。この測定は電気抵抗測定器(Loresta−GP MCP−T600を用いて、ISO3915に準拠した4端子法により焼結体の電気伝導度を計測して行った。
【0073】
比較例11、21、22は、無添加C焼結体であり、夫々、密度が異なる。比較例11と比較例21、22は、夫々、HIP、SPSにより焼結して作製したC焼結体である。比較例23は、SPSにより焼結して作製したC/Si焼結体である。実施例31、32は、SPSにより焼結して作製され、密度が異なるC/SiC焼結体である。比較例23と実施例31、32のSi含有割合(Si/SiC(mol%))は夫々、3.4、1、1である。
【0074】
実施例31、32の場合には放電実験から良好な放電結果が得られたが、比較例21、22の場合、放電実験から穴状放電結果となったことから、放電面付近の電気伝導度は予め十分に小さいことが、放電の安定性には重要であることが分かった。即ち、体積電気抵抗率ρの測定結果から、焼結体の体積電気抵抗率ρは、1.0×10
-3Ω・cm≦ρ≦8.0×10
-3Ω・cmの範囲であれば、穴状の放電になりづらく、安定した放電が可能である。
【0075】
以上の各種比較実験の評価結果から、アーク放電用ターゲットに好適な構成条件は以下のようになる。
(1)常温常圧で固体状の炭素に水素と炭素以外の他元素(例えば、Si)を添加した真空アーク放電に用いられる固体状の蒸発源において、蒸発源の全原子量に対する他元素の添加率Xが0at.%<X≦10at.%に調整され、蒸発源の密度が1.8〜2.3g/cm
3の範囲であるのが好ましい。
(2)他元素の化合物粒子として炭化物、酸化物、窒化物又は硫化物等を使用することができる。また、他元素及び他元素化合物の粒子サイズが10nmから20μm以下の微細粒子が好ましい。特に、SiCを使用する場合、α型SiC及び/又はβ型SiCを使用することができる。
(3)CuKα線によるX線回折スペクトルに基づくX線回折特性X1、つまり、強度比Is/Ifが0.02≦Is/If≦0.4の範囲にあることが好ましい。(4)ラマン分光スペクトルに基づくラマン分光特性R1、R2、つまり、GバンドとDバンドにおけるピーク強度比Id/Igが0.7以下であり、面積強度比Ad/Agが0.9以下であり、更にGバンドの半値幅Wgが60cm
−1以下であり、Dバンドの半値幅Wdが85cm
−1以下であることが好ましい。
【0076】
上記構成条件を満たす他元素含有蒸発源によれば、添加金属を微粉化し、均一に分散させ、かつ添加金属を炭化物、酸化物、窒化物等として混合し、添加物融点を上げることによってより安定した放電を可能にすることができる。また、焼結時の焼結温度を引き上げることも可能になり、これにより更に高密度な焼結体が得られ、成膜レートの向上やドロップレットと呼ばれる不純物の発生を抑止することができる。特に、添加物に炭化物を使用すると、膜中の不純物の混入を抑止できるため、より良質の成膜を行える。なお、被焼結粉体の微粉化によって、微粉化乃至高分散化効と共に、同時に焼結体の高密度化にも繋がるため、より良質の成膜に寄与し得る。
【0077】
上記構成条件を満たす他元素含有蒸発源を真空雰囲気下に配置して、他元素含有蒸発源から蒸発物質を発生させ、対象物の表面に前記蒸発物質を有するDLC膜を形成するDLC膜形成方法に基づいて、DLC膜形成装置1によってDLC膜を形成してその成膜の膜硬度を比較した。
成膜条件は、アーク電流:50A、真空度:5×10
−3Pa以下、基板バイアス:DC100Vで30分間成膜した。
【0078】
図13は、比較例1のC焼結体、比較例4のC/Si焼結体及び実施例4のC/SiC焼結体をターゲットに使用して、予め鏡面加工した超高基材試料の表面にDLC膜を成膜した成膜実験例を示す。
図13には、比較例1、比較例4及び実施例4のターゲットによって得られたDLC膜から計測した膜中Si元素比率(at.%)と膜硬度(GPa)が挙げられている。既に述べたように、放電状態評価でいえば、比較例1及び実施例4の場合は良好であり、比較例4は不適切な穴状放電を生ずる。
【0079】
比較例4の成膜実験から、穴状放電となるターゲットによる膜は、膜中の添加物の比率が大幅に上昇し、更に膜硬度も極端に低下していることが解る。これは成膜レートが低く、成膜時のイオンの比率が低下したため、カーボン間の結合形態として、ダイヤモンド型のsp
3結合の比率が低下していることを示唆している。一方、実施例4のターゲットの場合、膜の組成比のズレが少なく、生産性の向上だけでなく、安定した品質の成膜が可能になっている他、膜質においても膜硬度の向上により耐磨耗皮膜として著しい性能向上が期待することができる。
これは、つまり本発明のターゲットが、高いsp
3比率を持つ高硬度な金属添加DLC膜を得るのに好適となっていることを示唆している。
【0080】
図14は、本発明に係るSi含有DLC膜を熱処理したときのラマン分光スペクトルの変化を示すグラフ図である。
このラマン分光分析には、励起光源として、レーザー波長515nmのレーザー光を用いて、レーザーラマン分光光度計によりSi含有DLC膜のラマン分光スペクトルの測定を行っている。
【0081】
加熱試験における熱処理では、該DLC膜が成膜された基材を各熱処理温度まで加熱しており、熱処理前と、所定の熱処理温度まで加熱した珪素含有DLC膜のラマン分光スペクトルを測定した。各熱処理温度は、図示のように、800℃、850℃、900℃及び950℃である。熱処理装置内の到達真空度を3.0×10
−2Paとし、各熱処理温度まで2時間で昇温後、1時間保持し、その後、常温まで冷却を行った。試験前後には、アルゴンガスのパージを行った。
【0082】
熱処理前のスペクトル(a)では、矢印Hで示したHバンドが現れている。バンドHはハイブリッドバンドであり、GバンドとDバンドの合成バンドである。更に、波数が1000〜1200cm
−1の間にピークを有するSバンドが測定されている。800℃、850℃、900℃で熱処理が施された珪素含有DLC膜のスペクトル(b)〜(d)では、Hバンドがハイブリッドバンドとして測定されている。従って、800℃〜900℃における高温の熱処理を行っても、珪素含有DLC膜の構造がほぼ保持されていることは明白であることから、珪素含有蒸発源をターゲットとして使用することにより耐熱性に優れたSi含有DLC膜を形成することが可能となる。
熱処理温度が950℃であるスペクトル(e)では、GバンドとDバンドが明確に分離してハイブリッドバンドが測定されなくなっている。即ち、スペクトル(e)は、熱処理によって珪素含有DLC膜の構造が変化したことを示しており、基材表面の被膜としての特性が変化していることを示している。
【0083】
図15は、
図14の比較例として珪素を添加していない従来のDLC膜を熱処理したときのラマン分光スペクトルの変化を示す。
この比較例においても、
図14と同様に、励起光源として波長515nmのレーザー光が用いて、熱処理前と熱処理温度800℃、850℃、900℃、950℃のラマン分光スペクトルを測定している。
図15のスペクトル(a)では、熱処理前にハイブリッドバンドであるHバンドが現れているが、熱処理温度800℃のスペクトル(b)では、既にハイブリッドバンドであるHバンドが分離してGバンドとDバンドが現れている。同様に、850℃、900℃、950℃のスペクトル(c)〜(e)でもGバンドとDバンドが分離したラマン分光スペクトルが測定されている。即ち、比較例のDLC膜は、
図14に示した珪素含有DLC膜に比べて、耐熱性が低く、800℃以上で構造が変化していることを示している。従って、
図14、15に示した実施例と比較例のラマン分光スペクトルの熱処理温度に対する変化から、本発明における珪素の添加によりDLC膜に好適な耐熱特性が付与されたことが明確に示されている。また、DLC膜における耐熱特性の向上を示す明確な実測データとして、ラマン分光スペクトルにおけるハイブリッドバンド(Hバンド)が高温での熱処理後も分離されないことを示していることからも、本発明に係る実施例と比較例の実質的な差異は明白になっている。