(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0014】
本実施の形態にかかる頭外定位処理の概要について説明する。
本実施形態にかかる頭外定位処理は、個人の空間音響伝達特性(空間音響伝達関数ともいう)あるいは外耳道伝達特性(外耳道伝達関数ともいう)を用いて頭外定位処理を行うものである。本実施形態では、スピーカから聴取者の耳までの空間音響伝達特性、及びヘッドホンを装着した状態での外耳道伝達特性を用いて頭外定位処理を実現している。
【0015】
本実施の形態では、ヘッドホン装着状態でのヘッドホンスピーカユニットから外耳道入口までの特性である外耳道伝達特性を利用している。そして、外耳道伝達特性の逆特性(外耳道補正関数ともいう)を示す逆フィルタを用いてフィルタ処理を行うことで、外耳道伝達特性を補正する。これにより、外耳道伝達特性をキャンセルすることができる。
【0016】
さらに、ユーザからの入力に応じて、外耳道伝達特性補正を行わない非補正帯域を設定する。すなわち、ヘッドホンで再生可能な全周波数帯域において、一部の帯域を非補正帯域として設定する。具体的には、外耳道伝達特性の逆フィルタにおいて、ユーザからの入力により設定された非補正帯域のフィルタ係数を変更する。非補正帯域では逆フィルタによる外耳道伝達特性補正を行わないように逆フィルタのフィルタ係数を0dBとする。このようにすることで、ヘッドホンの音質をどの程度反映させるかを設定することができる。よって、ヘッドホンのユーザにとって好ましい音質で頭外定位することができる。
【0017】
例えば、ユーザが非補正帯域を設定するための入力を行う。すると、本実施の形態の頭外定位処理装置は、予め設定された逆フィルタのフィルタ係数の内、非補正帯域におけるフィルタ係数が0dBとなるように設定する。次に、本実施の形態の頭外定位処理装置は、非補正帯域のフィルタ係数が変更された逆フィルタを補正フィルタとし、補正フィルタを再生信号に畳み込む。そして、本実施の形態の頭外定位処理装置は、補正フィルタが畳み込まれた再生信号をヘッドホン又はイヤホンから出力する。このようにすることで、ヘッドホン特有の音質を残しながら、頭外定位処理を行うことができる。
【0018】
また、フィルタ係数を0dBとする非補正帯域を可変とすることも可能である。例えば、ユーザが非補正帯域の幅、及び位置(周波数)を調整できるようにしてもよい。このようにすることで、ユーザが好みの音質になるように調整することができる。
【0019】
本実施の形態にかかる頭外定位処理装置は、パーソナルコンピュータなどの情報処理装置であり、プロセッサ等の処理手段、メモリやハードディスクなどの記憶手段、液晶モニタ等の表示手段、タッチパネル、ボタン、キーボード、マウスなどの入力手段、ヘッドホン又はイヤホンを有する出力手段を備えている。あるいは、頭外定位処理装置は、スマートホンやタブレットPCであってもよい。
【0020】
本実施の形態にかかる頭外定位処理装置100を
図1に示す。
図1は、頭外定位処理装置のブロック図である。頭外定位処理装置100は、ヘッドホン43を装着するユーザUに対して音場を再生する。そのため、頭外定位処理装置100は、左チャンネル(以下Lchと記載する)と右チャンネル(以下Rchと記載する)のステレオ入力信号XL、XRについて、頭外定位処理を行う。LchとRchのステレオ入力信号XL、XRは、CD(Compact Disc)プレーヤなどから出力される音楽再生信号である。なお、頭外定位処理装置100は、物理的に単一な装置に限られるものではなく、一部の処理が異なる装置で行われてもよい。例えば、一部の処理がパソコンなどにより行われ、残りの処理がヘッドホン43に内蔵されたDSP(Digital Signal Processor)などにより行われてもよい。
【0021】
頭外定位処理装置100は、頭外定位処理部10と、入力部31、逆フィルタ記憶部32、補正フィルタ生成部33、表示部34、フィルタ部41、フィルタ部42、及びヘッドホン43を備えている。
【0022】
頭外定位処理部10は、畳み込み演算部11、12、21、22を備えている。畳み込み演算部11、12、21、22は、空間音響伝達特性を用いた畳み込み処理を行う。頭外定位処理部10には、CDプレーヤなどからのステレオ入力信号XL、XRが入力される。頭外定位処理部10には、空間音響伝達特性が設定されている。頭外定位処理部10は、各チャンネルのステレオ入力信号XL、XRに対し、空間音響伝達特性を畳み込む。空間音響伝達特性は頭部伝達関数HRTFであってもよい。
【0023】
空間音響伝達特性は、4つの伝達特性Ls、Lo、Ro、Rsを有している。4つの伝達特性は、
図2に示すような測定装置を用いて、求めることができる。
図2では、受聴者1の前方に左スピーカ5Lと右スピーカ5Rが設置されている。また、受聴者1の左耳3Lの外耳道入口、又は鼓膜位置に収音用のマイク2Lが設置される。受聴者1の右耳3Rの外耳道入口、又は鼓膜位置に収音用のマイク2Rが設置される。なお、受聴者1は、人でもよく、ダミーヘッドでもよい。したがって、本実施形態において、受聴者1は人だけでなく、ダミーヘッドを含む概念である。
【0024】
左スピーカ(SpL)5Lからのインパルス応答を左のマイク2L、及び右のマイク2Rで測定する。これにより、左スピーカ5Lと左のマイク2L間の伝達特性(伝達関数ともいう)Lsと、左スピーカ5Lと右のマイク2R間の伝達特性Loを得ることができる。また、右スピーカ(SpR)5Rからのインパルス応答を左のマイク2L、及び右のマイク2Rで測定する。これにより、右スピーカ5Rと左のマイク2L間の伝達特性Roと、右スピーカ5Rと右のマイク2R間の伝達関数Rsを求めることができる。このように、ある受聴者1に対して2回のインパルス応答測定を行うことで、4つの伝達特性Ls、Lo、Ro、Rsが得られる。あるいは、ユーザUがプリセットされた複数の空間音響伝達特性のうちの適切なものを選択することで、空間音響伝達特性を設定するようにしてもよい。したがって、
図2における受聴者1と
図1におけるユーザUは同一人物であってもよく、異なる人物であってもよい。当然、受聴者1とユーザUとが異なるよりも、同一であるほうが頭外定位処理の効果は高い。
【0025】
そして、畳み込み演算部11は、Lchのステレオ入力信号XLに対して伝達特性Lsを畳み込む。畳み込み演算部11は、畳み込み演算データを加算器24に出力する。畳み込み演算部21は、Rchのステレオ入力信号XRに対して伝達特性Roを畳み込む。畳み込み演算部21は、畳み込み演算データを加算器24に出力する。加算器24は2つの畳み込み演算データを加算して、フィルタ部41に出力する。
【0026】
畳み込み演算部12は、Lchのステレオ入力信号XLに対して伝達特性Loを畳み込む。畳み込み演算部12は、畳み込み演算データを、加算器25に出力する。畳み込み演算部22は、Rchのステレオ入力信号XRに対して伝達特性Rsを畳み込む。畳み込み演算部22は、畳み込み演算データを、加算器25に出力する。加算器25は2つの畳み込み演算データを加算して、フィルタ部42に出力する。
【0027】
フィルタ部41、42には外耳道伝達特性に応じた逆フィルタが設定されている。そして、頭外定位処理部10での処理が施された再生信号に逆フィルタを畳み込む。フィルタ部41で加算器24からのLch信号に対して、逆フィルタを畳み込む。同様に、フィルタ部42は加算器25からのRch信号に対して逆フィルタを畳み込む。逆フィルタは、ヘッドホン43を装着した場合に、ユーザ各人の外耳道入口とスピーカ間の伝達特性をキャンセルする。このようにすることで、ヘッドホン43の特性が補正(キャンセル)される。なお、ダミーヘッドを用いる場合は鼓膜位置にマイク2R、2Lを設置できるため、この場合の逆フィルタは、鼓膜とヘッドホンスピーカユニット間の伝達特性をキャンセルすることになる。
【0028】
フィルタ部41は、補正されたLch信号をヘッドホン43の左ユニット43Lに出力する。フィルタ部42は、補正されたRch信号をヘッドホン43の右ユニット43Rに出力する。ユーザUは、ヘッドホン43を装着している。ヘッドホン43は、Lch信号とRch信号をユーザUに向けて出力する。これにより、ユーザUが受聴する音の音像は、ユーザUの頭外に定位される。
【0029】
表示部34は、液晶モニタなどの表示デバイスを備えている。後述するように、表示部34は、非補正帯域の設定画面等を表示する。
【0030】
入力部31は、タッチパネル、ボタン、キーボード、マウスなどの入力デバイスを有しており、ユーザUからの入力を受け付ける。具体的には、入力部31は、周波数軸上の非補正帯域を設定するための入力を受け付ける。また、入力部31はヘッドホン43に搭載されたスイッチ等であってもよい。ユーザUは、入力部31を操作することで、フィルタ係数の補正を行う周波数軸上の非補正帯域を設定する。そして、設定された非補正帯域が、補正フィルタ生成部33に出力される。例えば、非補正帯域の上限値、及び下限値が補正フィルタ生成部33に出力される。なお、全周波数帯域において、非補正帯域が2以上あってもよい。
【0031】
逆フィルタ記憶部32には、フィルタ部41、42での畳み込み処理に用いられる外耳道伝達特性の逆フィルタ(逆特性)が記憶されている。なお、外耳道伝達特性は、予め計測しておいたものを用いてもよいし、いくつかのプリセットされた特性から選択してもよい。外耳道伝達特性の測定には、例えばダミーヘッドやユーザUに対するインパルス応答測定が用いられる。ダミーヘッド又はユーザUに対してマイクを装着して、インパルス応答を測定する。
図3にインパルス応答測定により得られた外耳道伝達特性とその逆特性の一例を示す。
【0032】
測定により得られた外耳道インパルス応答を離散フーリエ変換して、時間領域から周波数領域に変換する。これにより、各周波数の振幅特性(振幅スペクトル、パワースペクトル)と位相特性(位相スペクトル)とが算出される。そして、振幅特性の逆特性を外耳道伝達特性の逆フィルタとする。
【0033】
この際、高周波数帯域における受聴者の違和感を抑制するため、特許文献2に記載の平滑化処理を行うことが望ましい。具体的には高域境界周波数よりもさらに高域側(本実施の形態においては14kHz以上)において、外耳道伝達関数の振幅特性に関わらず、逆フィルタの振幅成分を一定値(本実施の形態においては0dB)とする。ここで、高域境界周波数は、頭外音像定位処理を実施する周波数帯域のうち、高域側の境界周波数を指す。この平滑化処理により、周波数振幅特性のノッチに起因する高音ノイズの発生を防止できる。
なお、平滑化処理した周波数帯域は、本発明の非補正帯域には含まないこととする。
【0034】
図4は、外耳道伝達特性と平滑化逆特性の周波数振幅特性を示す図であり、
図3に示す外耳道インパルス応答を離散フーリエ変換した周波数領域の外耳道伝達特性の逆特性を示している。
図4において、横軸が対数尺度の周波数(Hz)であり、縦軸が振幅(dB)である。外耳道伝達特性の周波数領域における各周波数での振幅がフィルタ係数となる。なお、
図4に示す周波数軸上の逆特性を逆離散フーリエ変換すると、
図3に示す逆応答となる。
【0035】
補正フィルタ生成部33は、逆フィルタ記憶部32に記憶された逆フィルタのフィルタ係数を読み出して、補正フィルタを生成する。補正フィルタ生成部33は、予め求められている外耳道伝達特性の逆フィルタのフィルタ係数を変更することで、補正フィルタを生成する。例えば、補正フィルタ生成部33は、非補正帯域における逆フィルタのフィルタ係数を0dBに変更する。このようにして、補正フィルタ生成部33は、補正フィルタを生成する。さらに、補正フィルタ生成部33は、フィルタ係数が変更された逆フィルタを逆離散フーリエ変換することで、補正フィルタを時間領域のフィルタにしてもよい。
【0036】
非補正帯域の設定において、ユーザは、ヘッドホンの音質を残す割合を入力することができる。例えば、ユーザが0〜100%の内の割合を入力すると、割合に応じて非補正帯域が設定される。具体的には、全周波数帯域に対して、外耳道伝達特性を補正しない非補正帯域の割合をユーザUが数値入力する。この割合は対数尺度とすることが望ましい。
【0037】
全周波数帯域を10Hz〜24kHzとし、サンプリング周波数Fs=48kHzであるとする。非補正帯域の開始周波数(下限値)をFstartとし、非補正帯域の終了周波数(上限値)をFendとする。この場合、以下の式(1)により、対数尺度の割合が求められる。なお、全周波数帯域の下限は10Hzに限らず、例えば0Hzや20Hzでも構わない。
100・(logFend−logFstart)/(log24000-log10) ・・・(1)
【0038】
非補正帯域の初期値が4kHz〜8kHzの場合、全周波数帯域10Hz〜24kHzに対する非補正帯域の割合は、約9%となる。ユーザが、この割合を増加させた場合は、開始周波数(下限値)が低い方、終了周波数(上限値)が高い方へそれぞれ移動する。
【0039】
非補正帯域の割合を100%とすれば、外耳道伝達特性が全く補正されなくなり、ヘッドホンの音質100%の頭外定位処理が実行される。これをヘッドホン音質モードと呼ぶ。反対に、非補正帯域の割合を0%とすれば、全周波数帯域で補正が行われるため、測定したスピーカの音質そのものになる。これをスピーカ音質モードと呼ぶ。一方、上記のように非補正帯域におけるフィルタ係数の一部が変更された補正フィルタを用いる場合を中間音質モードと呼ぶ。このように、割合を入力することで、モードを切り替えることができる。
【0040】
以下、
図5〜12を用いて、非補正帯域の設定について、詳細に説明する、
図5、
図7、
図9、
図11は、非補正帯域を設定するための操作を受け付ける表示画面の一例を示す図である。
図6、
図8、
図10、
図12は、フィルタ係数が変更された逆特性、即ち補正フィルタの振幅特性を示す図である。
【0041】
まず、表示部34が
図5に示すような初期設定画面を表示する。
図5では、非補正帯域を設定するためのバーを表示する。具体的には、全体の周波数帯域である10Hz〜24kHzを示す枠内に、非補正帯域に対応するバー(ハッチング部分)が表示される。バーの位置、及び幅によって非補正帯域が設定される。ここでは、非補正帯域Aの初期値として、4kHz〜8kHzが設定されている。なお、非補正帯域Aよりも低い周波数帯域(10Hz〜4kHz)を補正帯域Bとして、非補正帯域Aよりも高い周波数帯域(8kHz〜24kHz)を補正帯域Cとする。非補正帯域Aは補正帯域Bと補正帯域Cとの間に配置される。具体的には、ユーザUはマウス又はタッチパネルを操作して、バーの位置、及び幅を調整することで、非補正帯域Aを設定する。
【0042】
4kHz〜8kHzが非補正帯域Aとする場合、逆特性は、
図6に示すようになる。非補正帯域Aでは逆フィルタの振幅が0dBとなる。
図6では、非補正帯域Aにおける補正フィルタのフィルタ係数を太線で示している。すなわち、
図6では、補正フィルタ生成部33によって変更されたフィルタ係数が太線で示されている。補正帯域B、Cでは、
図4のフィルタ係数と同じ係数となる。
【0043】
図7に、非補正帯域Aを変更する場合の設定画面の一例を示す。表示部34が
図7に示す設定画面を表示する。
図7では帯域幅を一定として、開始周波数(下限値)を調整する。
図7において、白抜き矢印は表示画面上のカーソルを示し、黒矢印は非補正帯域Aの範囲が変更可能であることをユーザUに示している。
図7では、
図5に比べて非補正帯域Aが低周波数側に移動している。
【0044】
図7に示す非補正帯域Aが設定された場合の逆特性は
図8に示すようになる。非補正帯域Aでは逆フィルタの振幅が0dBとなる。
図8では、非補正帯域Aにおける補正フィルタのフィルタ係数を太線で示している。補正帯域B、Cでは、
図4のフィルタ係数と同じ係数となる。
【0045】
図9に、非補正帯域Aの帯域幅を変更する場合の設定画面の一例を示す。表示部34が
図9に示す設定画面を表示する。
図9では、非補正帯域Aの開始周波数(下限値)と終了周波数(上限値)が変更可能であることが黒矢印で示されている。
図9に示すように、非補正帯域Aを初期設定(4kHz〜8kHz)から広くすることができる。
図9では、非補正帯域Aの開始周波数(下限値)が2kHzとなっており、終了周波数(上限値)が8kHzとなっている。
【0046】
図9に示す非補正帯域Aが設定された場合の逆特性は
図10に示すようになる。非補正帯域Aでは逆フィルタの振幅が0dBとなる。
図10では、非補正帯域Aにおける補正フィルタのフィルタ係数を太線で示している。補正帯域B、Cでは、
図4のフィルタ係数と同じ係数となる。なお、
図9では、非補正帯域Aを初期設定から広げたが、狭くしてもよい。具体的にはバーの両端をそれぞれ左右へ移動させる、あるいはマウスのホイールを回すこと等により、開始周波数と終了周波数が等しい割合(対数尺度)で拡張又は縮小する。
【0047】
さらに、
図11、
図12に示すように非補正帯域を2つ設定することも可能である。
図11では、
図6の非補正帯域Aよりも低周波数側に非補正帯域Dが設定されている。非補正帯域Dは全体の下限値である10Hzから200Hzに設定されている。ユーザUはマウス又はタッチパネルを操作することで、非補正帯域Dの上限値を調整することができる。補正帯域Bが非補正帯域Aと非補正帯域Dとの間に配置される。
【0048】
図11に示す非補正帯域A、Dが設定された場合の逆特性は
図12に示すようになる。非補正帯域A、Dでは逆フィルタの振幅が0dBとなる。
図12では、非補正帯域A、Dにおける補正フィルタのフィルタ係数を太線で示している。補正帯域B、Cでは、
図4のフィルタ係数と同じ係数となる。非補正帯域Dの下限値は、全体の下限値10Hzとなっている。よって、ユーザUは、非補正帯域Dの終了周波数(上限値)を自由に設定することができる。このように、2つの非補正帯域A、Dを設定するようにしてもよい。もちろん、2以上の非補正帯域を設定するようにしてもよい
【0049】
上述したように、非補正帯域において、補正フィルタ生成部33はフィルタ係数を変更する。そして、補正フィルタ生成部33は、変更されたフィルタ係数を有する振幅特性を逆離散フーリエ変換する。このように、補正フィルタ生成部33は、非補正帯域において、逆フィルタにおけるフィルタ係数を変更することで、補正フィルタを生成する。フィルタ部41、42には、補正フィルタ生成部33で生成された補正フィルタが逆フィルタとして設定される。フィルタ部41、42は、補正フィルタを用いて、Lch信号、及びRch信号に畳み込み処理を行う。そして、フィルタ部41は、左の補正フィルタが畳み込まれたLch信号をフィルタ部42の左ユニット42Lに出力する。フィルタ部42は、右の補正フィルタが畳み込まれたRch信号をヘッドホン43の右ユニット42Rに出力する。
【0050】
本実施の形態では、ユーザUが入力部31を操作することで、周波数軸上の非補正帯域を設定することができる。ユーザUの入力に応じて設定された非補正帯域において、補正フィルタ生成部33がフィルタ係数を0dBとしている。すなわち、補正フィルタ生成部33は、非補正帯域におけるフィルタ係数が0となる補正フィルタを生成する。補正フィルタ生成部33が生成した補正フィルタを用いて、フィルタ部41、フィルタ部42が畳み込み処理を行っている。このようにすることで、ヘッドホンの音質を残したまま、音像を頭外に定位することができる。ヘッドホンを用いた場合でも、ユーザにとって好ましい音質で頭外定位することができる。
【0051】
非補正帯域Aは、4kHz〜8kHzの帯域を含むように設定することが好ましい。さらに、低周波数側の非補正帯域Dは、500Hz以下の帯域を含むようにすることが好ましい。換言すると、非補正帯域Aと非補正帯域Dとの間の補正帯域Bは、1kHz〜4kHzとすることが好ましい。頭外定位処理が必要な帯域は、聴感上最も感度が高い1kHz〜4kHzと考えられているからである。よって、非補正帯域Aの開始周波数(下限値)を4kHz以上とすることが好ましく、さらに5kHz以上とすることがより好ましい。また、非補正帯域Dの終了周波数は500Hz以上とし、1kHz以下とする。これらの周波数は、複数名の被験者による実験に基づいて得られたものである。また、これらの周波数を用いることで、人間の聴感上最も感度が高い1kHz〜4kHzにおいて、外耳道伝達特性が補正される。
【0052】
さらに、高い周波数帯域に構成周波数を持つシンバルやトライアングルは約8kHz以上に多くの倍音が含まれている。よって、8kHz以上について、外耳道伝達特性を補正しないと、額周辺に音像が定位してしまう。よって、音像を頭外に定位させるためには、非補正帯域Aの終了周波数(上限値)を8kHz以下とすることが好ましい。こうすることで、ヘッドホン音質を適度に残したまま、適切に音像を定位させることができる。ヘッドホンを用いた場合でも、ユーザにとって好ましい音質で、頭外に定位することができる音場を再生することができる。
【0053】
ユーザUが非補正帯域を設定することができるので、定位位置が変化したり、音像がぼやけたりして、音場全体のまとまりがなくなってしまうことを防げる。例えば、非特許文献1に比べて広帯域で補正することができる。広帯域の周波数成分で構成されている一つの楽器(例えば、パイプオルガンやピアノ)の音像をぼやけさせることなく定位させることができる。また、倍音構成の豊富な楽器(例えば、バイオリンやオーボエ、あるいはピアノの低音)では、フィルタ処理していない低域倍音と、フィルタ処理された高域倍音の定位が頭内から頭外につながってしまうことを防ぐことができる。さらに、特定の狭い帯域のみ定位が変わることを防げるため、全体としてまとまりがあり、違和感のない音場を再生することができる。音質の観点からのみ見ても、特定の狭い帯域だけスピーカの音質になることを防げるため、まとまりのある音質で再生することができる。よって、優れた音質での音場再生が可能になる。
【0054】
上記のように非補正帯域を可変とすることで、本人の好みに合わせたヘッドホン音質と頭外定位のバランスを調整することができるようになる。なお、ヘッドホン音質モード、スピーカ音質モード、中間音質モード、を切替え可能にしてもよい。例えば、ヘッドホン43、又は入力部31に設けられたスイッチやボタンでモード切替するようにしてもよい。また、表示部34は、入力部31における操作に応じて、補正後のフィルタの振幅特性を表示してもよい。
【0055】
スピーカ音質モードでは、逆フィルタのフィルタ係数を変更しないでフィルタ処理が行われる。したがって、フィルタ部41、フィルタ部42が、
図4に示すような逆フィルタを用いて、畳み込み処理を行う。よって、伝達特性Ls、Lo、Ro、Rsの測定に用いられたスピーカの音質で、最も頭外定位感の高い音場再生ができる。
【0056】
一方、ヘッドホン音質モードの場合、全周波数帯域においてフィルタ係数が0dBとなる。換言すると、フィルタ部41、フィルタ部42がフィルタ処理を行わない。よって、頭外定位処理部10で畳み込み処理が行われたLch信号とRch信号がそれぞれヘッドホン43の左ユニット43L、右ユニット43RからユーザUに向けて出力される。ヘッドホン音質モードでは、ヘッドホン特有の音質を維持したまま頭外定位感のある音場再生ができる。
【0057】
一方、中間音質モードでは、上記のように補正フィルタ生成部33が補正フィルタを用いて、畳み込み処理が行われる。すなわち、フィルタ部41、フィルタ部42が左右の補正フィルタを、Lch信号、Rch信号にそれぞれ畳み込む。そして、補正フィルタが畳み込まれたLch信号とRch信号がそれぞれヘッドホン43の左ユニット43L、右ユニット43RからユーザUに向けて出力される。非補正帯域において外耳道伝達特性補正を行わない中間音質モードでは、上記のように、非補正帯域ではフィルタ係数が0dBとなり、非補正帯域以外の補正帯域では逆フィルタのフィルタ係数がそのまま用いられる。このような補正フィルタを用いて、畳み込み処理を行うため、ヘッドホンの音質を適度に残しながら、頭外定位感の高い音場再生ができる。
【0058】
また、頭外定位処理部10により頭外定位処理のオンオフを切り替えるようにしてもよい。頭外定位処理をオフとしても、中間音質モードで再生していれば、切替え時の音質の変化を小さくすることができる。
【0059】
なお、上記の説明ではヘッドホン43から音場を再生する例を説明したが、イヤホンによって、音場を再生してもよい。この場合、逆フィルタ記憶部32が、イヤホンの外耳道伝達特性の逆フィルタを格納しており、フィルタ部41、及びフィルタ部42がこの逆フィルタを用いる。頭外定位処理された再生信号をユーザに対して出力する出力部が、ヘッドホン43又はイヤホンを有していればよい。
【0060】
本実施の形態にかかる頭外定位処理方法は、外耳道伝達特性の逆フィルタを用いて頭外定位を行う頭外定位処理方法であって、ユーザからの入力に基づいて、非補正帯域を設定するステップと、前記逆フィルタにおいて、前記非補正帯域のフィルタ係数を変更することで、補正フィルタを生成するステップと、空間音響伝達特性を用いて、再生信号に対して畳み込み処理を行うステップと、畳み込み処理された前記再生信号に対して、前記補正フィルタを畳み込み処理するステップと、前記補正フィルタが畳み込まれた再生信号を、ヘッドホン又はイヤホンからユーザに向けて出力するステップと、を備えたものである。
【0061】
上記信号処理のうちの一部又は全部は、コンピュータプログラムによって実行されてもよい。上述したプログラムは、様々なタイプの非一時的なコンピュータ可読媒体(non−transitory computer readable medium)を用いて格納され、コンピュータに供給することができる。非一時的なコンピュータ可読媒体は、様々なタイプの実体のある記録媒体(tangible storage medium)を含む。非一時的なコンピュータ可読媒体の例は、磁気記録媒体(例えばフレキシブルディスク、磁気テープ、ハードディスクドライブ)、光磁気記録媒体(例えば光磁気ディスク)、CD−ROM(Read Only Memory)、CD−R、CD−R/W、半導体メモリ(例えば、マスクROM、PROM(Programmable ROM)、EPROM(Erasable PROM)、フラッシュROM、RAM(Random Access Memory))を含む。また、プログラムは、様々なタイプの一時的なコンピュータ可読媒体(transitory computer readable medium)によってコンピュータに供給されてもよい。一時的なコンピュータ可読媒体の例は、電気信号、光信号、及び電磁波を含む。一時的なコンピュータ可読媒体は、電線及び光ファイバ等の有線通信路、又は無線通信路を介して、プログラムをコンピュータに供給できる。
【0062】
以上、本発明者によってなされた発明を実施の形態に基づき具体的に説明したが、本発明は上記実施の形態に限られたものではなく、その要旨を逸脱しない範囲で種々変更可能であることは言うまでもない。