(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6589867
(24)【登録日】2019年9月27日
(45)【発行日】2019年10月16日
(54)【発明の名称】動物の輸送ストレスを軽減する方法及びそれを用いた動物の輸送方法
(51)【国際特許分類】
A61D 1/00 20060101AFI20191007BHJP
【FI】
A61D1/00 Z
【請求項の数】4
【全頁数】7
(21)【出願番号】特願2016-542589(P2016-542589)
(86)(22)【出願日】2015年8月11日
(86)【国際出願番号】JP2015072767
(87)【国際公開番号】WO2016024589
(87)【国際公開日】20160218
【審査請求日】2018年6月21日
(31)【優先権主張番号】特願2014-164674(P2014-164674)
(32)【優先日】2014年8月13日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】504258527
【氏名又は名称】国立大学法人 鹿児島大学
(74)【代理人】
【識別番号】100095407
【弁理士】
【氏名又は名称】木村 満
(74)【代理人】
【識別番号】100162259
【弁理士】
【氏名又は名称】末富 孝典
(74)【代理人】
【識別番号】100133592
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 浩一
(74)【代理人】
【識別番号】100168114
【弁理士】
【氏名又は名称】山中 生太
(72)【発明者】
【氏名】川口 博明
【審査官】
山口 賢一
(56)【参考文献】
【文献】
韓国公開特許第10−2011−0064751(KR,A)
【文献】
米国特許出願公開第2017/367923(US,A1)
【文献】
米国特許出願公開第2017/326029(US,A1)
【文献】
実開昭58−133342(JP,U)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61D 1/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
輸送手段による輸送の対象となる、動物の輸送ストレスを軽減する方法であって、前記動物はイヌであり、前記イヌの輸送開始前に、前記イヌの経絡であって、耳介の背面に沿った耳尖部の血管上に位置する経絡である耳尖へ円皮針を用いて物理刺激を行うことを特徴とする動物の輸送ストレスを軽減する方法。
【請求項2】
輸送手段による輸送の対象となる、動物の輸送ストレスを軽減する方法であって、前記動物は子牛であり、前記子牛の輸送開始60分前に、前記子牛の経絡であって、耳介の背面に沿った耳尖部の血管上に位置する経絡である耳尖へ円皮針を用いて物理刺激を行うことを特徴とする動物の輸送ストレスを軽減する方法。
【請求項3】
輸送対象となる動物に、請求項1または2記載の動物の輸送ストレスを軽減する方法を適用することを特徴とする動物の輸送方法。
【請求項4】
前記円皮針を用いた物理刺激を、輸送中も継続して行うことを特徴とする請求項3記載の動物の輸送方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、輸送手段による輸送の対象となる、ヒトを除くほ乳類である、動物の輸送ストレスを軽減する方法及びそれを用いた動物の輸送方法に関する。
【背景技術】
【0002】
各種輸送手段による動物の輸送や移動は日常的に行われているが、ヒトと同様に、「乗り物酔い」等の過剰なストレス反応を呈する動物は少なくない。例えば、伴侶動物であるイヌでは、自動車等による輸送の際に、嘔吐や元気消失等の「乗り物酔い」に類似した症状を呈することが知られている。また、畜産動物である豚等の場合には、輸送ストレスによる体調の悪化の問題に加え、価格低下の原因となる肉質の低下(ムレ肉)を引き起こし、経済的問題に発展することがある。さらに、馬運車や航空機による競走馬の輸送の際に、発熱、呼吸器疾患等の症状を呈する、いわゆる「輸送熱」を発症する場合があることが知られている。輸送熱は、調教スケジュールの変更や出走の延期を余儀なくされることによる経済損失の発生以外に、肺炎や胸膜炎への移行による死亡リスクの増大等の問題もある。
【0003】
近年、動物を人間の利益のために利用する際に、動物が感じる苦痛の回避及び除去等に極力配慮しようというアニマルウェルフェアに対する関心が世界的に高まってきており、輸送時の動物の苦痛を極力排除しようとする種々の取り組みがなされている。欧州連合では、輸送中の動物の保護に関する理事会指令第91/628/EEC号及び第95/29/EC号において、動物の輸送に際し遵守すべき条件を定めている。
【0004】
また、家禽や家畜のストレスを改善するためのストレス改善剤が提案されている。例えば、特許文献1には、オールスパイス及び/又はクローブ、或いはオイゲノール及び/又はβ−カリオフィレンを有効成分として含有することを特徴とする家禽・家畜類のストレスの改善剤及びそれを含む家禽・家畜類のストレスの改善用飼料が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2008−19251号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、ハーブ類等を含む薬剤の投与自体が動物にとってストレスの原因となる場合もあるし、豚や肉牛等の家畜類の場合には、薬剤の種類によっては投与が規制又は制限される場合もある。
【0007】
本発明はかかる事情に鑑みてなされたもので、輸送手段による輸送の対象となる、ヒトを除くほ乳類に幅広く適用でき、安全性が高く、適用時に動物にもたらす苦痛や副作用が少ない、動物の輸送ストレスを軽減する方法及びそれを用いた動物の輸送方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
前記目的に沿う本発明の第1の態様は、輸送手段による輸送の対象となる
、動物の輸送ストレスを軽減する方法であって、
前記動物はイヌであり、前記
イヌの輸送開始前に、
前記イヌの
経絡であって、耳介の背面に沿った耳尖部の血管上に位置する経絡である耳尖へ円皮針を用いて物理刺激を行うことを特徴とする動物の輸送ストレスを軽減する方法を提供することにより上記課題を解決するものである。
なお、本発明において、輸送ストレスを「軽減」することには、輸送ストレスの発生前に動物の体表面の所定の1又は複数の部位への物理刺激を行うことにより、その発生を未然に抑制することも含まれる。
【0009】
本発明の第
2の態様
は、輸送手段による輸送の対象となる、動物の輸送ストレスを軽減する方法
であって、前記動物
は子牛であり、前記子牛の輸送開始60分前に、前記子牛の経絡であって、耳介の背面に沿った耳尖部の血管上に位置する経絡である耳尖へ円皮針を用いて物理刺激を行うことを特徴とする動物の輸送ストレスを軽減する方法を提供することにより上記課題を解決するものである。
【0013】
本発明の第
3の態様は、輸送対象となる動物に、本発明の第1の態様
又は第2の態様に係る動物の輸送ストレスを軽減する方法を適用することを特徴とする動物の輸送方法を提供することにより上記課題を解決するものである。
【0015】
本発明の第
3の態様に係る動物の輸送方法において、前記
円皮針を用いた物理刺激を、輸送中も継続して行ってもよい。
【発明の効果】
【0016】
本発明の動物の輸送ストレスを軽減する方法及び動物の輸送方法では、薬剤の投与を必要としないため、食肉用の家畜等を含む幅広い動物に適用可能であり、副作用が少なく、安全性が高い。また、本発明の動物の輸送ストレスを軽減する方法及び動物の輸送方法は、適用対象となる動物にも過度の苦痛やストレスをもたらすおそれが低く、施術者の負担も軽減できる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】犬の耳尖に円皮鍼を刺入した状態を示す写真である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
[第1の実施の形態]
本発明の第1の実施の形態に係る動物の輸送ストレスを軽減する方法(以下、「輸送ストレスの軽減方法」と略称する場合がある。)は、動物の輸送開始前に、動物の体表面の所定の1又は複数の部位への物理刺激を行うことにより、輸送手段による動物の輸送に起因する輸送ストレス、それに伴う各種身体症状の発生を軽減するものである。
【0019】
輸送ストレスの軽減方法の適用対象となる動物は、輸送手段による輸送の対象となる、ヒトを除くほ乳類であれば、特に限定されない。動物としては、伴侶動物(ペット及び介護動物)、家畜、競走馬、実験動物、展示動物等が挙げられ、それらの具体例としては、イヌ、ネコ、サル、ウサギ、リス、マウス、ラット、モルモット、ハムスター、ウシ、ウマ、ブタ、ヒツジ、ヤギ等が挙げられる。
【0020】
物理刺激の種類としては、動物に過度の苦痛や不快感をもたらさない任意の物理刺激が挙げられるが、輸送ストレスの軽減に効果を有する物理刺激として、鍼、灸、あん摩、マッサージ、圧刺激、温刺激、冷刺激、磁気刺激、電気刺激、低周波刺激及び超音波刺激が好ましく用いられ、大がかりな器具を必要とせず、施術が容易である点で、鍼、灸、あん摩、マッサージが特に好ましい。物理刺激として、これらのうち任意の2以上を組み合わせて用いてもよい。
【0021】
鍼を用いて物理刺激を行う場合には、毫鍼、てい鍼、三稜鍼、接触鍼、小児鍼、円皮鍼、皮内鍼(鍼が皮内に留置されるため、食肉用の動物に対して用いることができない。)、粒鍼、灸頭鍼(灸による温熱刺激と組み合わせて用いる場合。)、電気鍼(電気刺激と組み合わせて用いる場合。)等の鍼のうち任意のものを用いることができるが、皮膚に貼り付け可能な円形の粘着テープの粘着面から針体が突出した円皮鍼が特に好ましく用いられる。施術が容易で、動物に過度な苦痛やストレスをもたらすおそれが低いためである。
【0022】
物理刺激を行う部位は、用いられる物理刺激の種類にもよるが、輸送ストレスの軽減が達成される限りにおいて特に制限されない。物理刺激として、鍼、灸又はあん摩、マッサージを用いる場合には、物理刺激を行う部位は、経絡(つぼ)であることが好ましい。物理刺激を行う経絡は、輸送ストレスを軽減する効果を有する限り特に限定されないが、上述の皮内鍼を用い、かつ耳介を有する動物の場合、左右の耳介の背面に沿った耳尖部の血管上である耳尖が特に好ましい。輸送ストレスを軽減する効果が高いことに加え、口や前肢が届きにくい部位であるため、動物が自分で除去したり、誤食・誤嚥したりするおそれが低い点で好ましいからである。
【0023】
参考のため、
図1に、イヌの耳尖に円皮鍼を刺入した状態を示す。例えば、通院、レジャー等で自動車などにイヌを乗車させる場合、乗車前に、
図1に示すようにイヌの耳尖に円皮鍼を刺入することで、イヌの乗り物酔い(例えば、嘔吐、吐き気、よだれ、元気消失)を軽減させることが可能となる。
【0024】
軽減の対象となる輸送ストレスは、症状のいかんによらず、輸送に起因して何らかの身体の変調をもたらす任意のストレスが含まれる。輸送ストレスの強度は、例えば、急性ストレスに対する生理学的反応の指標を用いて評価することができる。生理学的反応の指標としては、個体差が少なく、他の生理学的反応の影響を受けにくく、ストレスの強度に応じて迅速に反応するものが好ましく用いられる。ストレスの強度の評価に好ましく用いられる生理学的反応の指標としては、血中コルチゾール濃度、血中アドレナリン濃度、血中ノルアドレナリン濃度、血中ドーパミン濃度が挙げられる。
【0025】
[第2の実施の形態]
本発明の第2の実施の形態に係る動物の輸送方法(以下、「輸送方法」と略称する場合がある。)は、輸送対象となる動物に、本発明の第1の実施の形態に係る動物の輸送ストレスを軽減する方法を適用することにより、輸送ストレスを軽減しつつ、動物を輸送するものである。
【0026】
輸送方法の適用対象となる動物については、上述の輸送ストレスの軽減方法の適用対象と同様であるため、説明を省略する。また、輸送手段は、例えば、自動車、鉄道、船舶、航空機等が挙げられるが、輸送手段についても特に制限はなく、通常、動物の輸送に用いられる任意の輸送手段に対し、本実施の形態に係る輸送方法を適用できる。
【0027】
動物への物理刺激は、輸送開始前の所定時間前に行うのが好ましい。輸送開始前のどのタイミングで物理刺激を開始するかは、動物の種類、輸送手段の種類や輸送手段の内部環境等によるが、例えば、子牛の場合だと、輸送開始約60分前に物理刺激を開始することが好ましい。また、物理刺激は、輸送中も継続して行ってもよい。上述の円皮鍼を用いて物理刺激を行う場合、円皮鍼を刺入したまま輸送を行うことにより、簡便に物理刺激を継続して行うことができる。
【実施例】
【0028】
次に、本発明の作用効果を確認するために行った実施例について説明する。
実施例1:子牛における、輸送ストレスに及ぼす円皮鍼刺入の効果の検討
子牛における、輸送ストレスの影響をみるため、生後4〜10日、11〜14日、15〜21日の子牛について、輸送実験(輸送手段:トラック輸送、輸送時間:約60分、距離:約40km)前後の血中コルチゾール濃度の変化を測定した。結果を表1に示す。なお、血中コルチゾール濃度の単位は(ng/mL)である。また、表中、添え字a及びbは、t検定において、a−b間P<0.05で有意であることを示す。
【0029】
【表1】
【0030】
表1より明らかなように、いずれの日齢においても輸送後に血中コルチゾール濃度は有意に増大しており、輸送は子牛にストレスを与えることがわかる。なお、血中コルチゾール濃度は、特に4−10日の日齢の群で有意に増大することがわかった。また、この結果から、輸送ストレスの指標として血中コルチゾール濃度が有用であることも確認された。
【0031】
生後11〜14日の子牛を対照区と鍼治療区とに分け、後者に対しては、輸送実験開始約60分前に、円皮鍼(セイリン株式会社製、パイオネックス(登録商標)、鍼長1.8mm)を左右の耳尖に刺入し、輸送実験を行った。輸送実験終了後、対照区及び鍼治療区の血中コルチゾール濃度、血中アドレナリン濃度、血中ノルアドレナリン濃度、血中ドーパミン濃度の測定を行った。結果を表2に示す。なお、血中コルチゾール濃度、血中アドレナリン濃度、血中ノルアドレナリン濃度、血中ドーパミン濃度の単位は(ng/mL)である。また、表中、添え字a及びbは、t検定において、a−b間P<0.05で有意であることを示す。
【0032】
【表2】
【0033】
表2の結果より、鍼治療区において、血中ノルアドレナリン濃度及び血中ドーパミン濃度が対照区よりも有意に減少していることが確認された。この結果より、子牛への円皮鍼の刺入は、ストレスを感知すると即時に働くノルアドレナリン及びドーパミンの分泌の抑制効果があり、上位中枢においてストレス反応を抑制することを示唆している。
【0034】
本発明は、本発明の広義の精神と範囲を逸脱することなく、様々な実施の形態や変形が可能である。また、上述した実施の形態は、本発明を説明するためのものであり、本発明の範囲を限定するものではない。すなわち、本発明の範囲は、実施の形態ではなく、特許請求の範囲によって示される。そして、特許請求の範囲内及びそれと同等の発明の意義の範囲内で施される様々な変形が、本発明の範囲内とみなされる。
【0035】
本発明は、2014年8月13日に出願された日本国特許出願2014−164674号に基づく。本明細書中に日本国特許出願2014−164674号の明細書、特許請求の範囲、図面全体を参照として取り込むものとする。
【産業上の利用可能性】
【0036】
本発明によると、アニマルウェルフェアに配慮しつつ、施術者にも適用対象となる動物にも負担の少ない簡便な方法により、伴侶動物(ペット及び介護動物)、家畜、競走馬、実験動物等のあらゆる動物について、輸送時のストレスを軽減でき、更に畜産動物の場合には、輸送時のストレスによる品質低下を防止できる。本発明は、輸送業、畜産業、ペット産業等の分野における動物の輸送に幅広く適用可能である。