【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成22年度、独立行政法人科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業チーム型研究(CREST) 研究領域「先端光源を駆使した光科学・光技術の融合展開」における研究課題「高性能レーザーによる細胞光イメージング・光制御と光損傷機構の解明」、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記光学素子は、前記第1セグメントの光成分を反射する反射部と、前記第2セグメントの光成分を透過させる光透過部とを有することを特徴とする請求項1に記載の光学測定装置。
前記光学素子は、前記プローブ信号光の断面の強度変化の極性が反転する前記径方向の位置で前記プローブ信号光を空間的に分離するように構成されることを特徴とする請求項2に記載の光学測定装置。
前記第1ファイバ束と前記第2ファイバ束の境界は、前記プローブ信号光の断面の強度変化の極性が反転する前記径方向の位置にあることを特徴とする請求項4に記載の光学測定装置。
前記バランス検出器は、前記第1セグメントの光成分を入力とする第1ポートと、前記第2セグメントの光成分を入力とする第2ポートを有し、前記差分を表わす電気信号を出出力することを特徴とする請求項1〜6のいずれか1項に記載の光学測定装置。
【背景技術】
【0002】
光学顕微鏡は電子顕微鏡や原子間力顕微鏡と比べて生体の活動を非接触で生きたままで観察でき、さらに試料の断面像や3次元像を測定できるなどの利点がある。通常の光学顕微鏡で観察できる構造の大きさは光の回折限界によって決まり、波長の半分程度(たとえば400nm帯半導体レーザーで200nm程度)であるが、近年、この限界を超えた様々な超解像光学顕微鏡が提案されている。STED(Stimulated Emission Depletion:誘導放出抑制)顕微鏡は、分子の誘導放出を利用することで通常の回折限界値の4〜5倍程度(50nm程度)で生体試料の観察が可能である。また試料中の分子を個別に発光させてその試料内で位置を逐次記録するPALM(Photoactivated localization microscopy)/STORM(Stochastic optical reconstruction microscopy)では、約10倍の超解像が実現できる。またモアレの原理を応用したSIM(Structured illumination microscopy)では2倍程、解像度が向上する。
【0003】
上述の超解像顕微鏡はすべて蛍光分子で標識した試料を対象としており、光を出さない無蛍光性分子は観察することができない。蛍光分子は試料に光照射を続けると、三重項状態への遷移やそれに伴って起こる光化学反応により分子が光らなくなってしまう問題がある(光褪色)。蛍光分子を観察する限り光褪色は避けることができず、蛍光顕微鏡全般の大きな問題となっている。特に生体のナノスケールの動態を追跡する1分子蛍光計測では、光照射した分子は通常数十ミリ秒で光らなくなってしまうため、長時間のタイムラプス測定が難しい。STEDやPALM/STORMにおいてもこの光褪色の影響が避けられないため、試料を高濃度で標識する必要があるが、光褪色は生きた細胞にとっては光毒作用を引き起こすため好ましくない。
【0004】
蛍光を出さない無蛍光性分子は、光励起状態の寿命が短く化学的に安定で褪色の影響がない(あるいは少ない)ため、光学顕微鏡での観察に有用である。蛍光分子と無蛍光性分子の双方が観察可能な新しい超解像光学顕微法がフォトサーマル顕微鏡である。フォトサーマル顕微鏡は、試料の光励起にともなう微小な屈折率変化を検出するレーザー顕微イメージング法で、近年、金属ナノ粒子やカーボンナノチューブをプローブ分子に用いた生体組織の測定が行われている。また、生体内に存在するミオグロビン、ヘモグロビンなど代謝を司る分子やメラニン色素などの無蛍光性生体分子を、標識することなく超解像イメージングできる利点がある。
【0005】
図1Aに示すフォトサーマル顕微鏡100は、波長の異なる2つのレーザー光(ポンプ光L1及びプローブ光L2)を試料10に入射し、ポンプ光(励起光)L1を吸収した分子近傍の温度上昇に伴う微弱な屈折率変化を、プローブ光L2の透過率変化として検出する。レーザーの焦点位置を試料中で走査することで、光吸収体のコントラスト像を測定する。
【0006】
ポンプ−プローブ測定の解像度は、焦点面におけるポンプ光とプローブ光の空間分布で決まる。屈折率変化を起こす領域がレーザーのスポットサイズより十分小さい場合、顕微鏡の解像度(点広がり関数)はポンプ光とプローブ光の空間分布の積となるため、通常の光学顕微鏡と比べて解像度が向上する。円形のビームを入射したときは1.4倍、円環状のビームを入射した場合は約2倍、解像度が向上する(たとえば、非特許文献1参照)。また、フォトサーマル信号の角度依存性についての考察がなされている(たとえば、非特許文献2参照)。
【0007】
レーザー計測の分野では、光ノイズ除去のためにバランス検出器(BD:Balanced Detector)120が一般的に用いられる。バランス検出法とは、試料10に入射する前の光(参照光)と試料10に入射した後の光(信号光)を測定し、二つの差分からレーザーの光ノイズ(コモンモード成分)を除去し、試料10に起因した信号のみを検出する方法である。試料10を透過した信号光は最適な信号対雑音比を得るために虹彩絞り(ID:iris diaphragm)で制限され、中心部分だけがバランス検出器120の信号ポート「sig」に導かれる。参照光はマルチモードファイバMMFによりバランス検出器120の参照ポート「ref」に導かれて差分が取られる。
【0008】
バランス検出器120の出力はロックイン増幅器30に供給される。ポンプ光L1は周波数ω1で変調されており、プローブ光L2は周波数ω2で変調されている。ロックイン増幅器30は、バランス検出器120の出力を変調周波数の差分|ω1−ω2|でロックイン検出する(たとえば、非特許文献3参照)。
【0009】
レーザー顕微鏡の場合、試料の吸収強度や屈折率が空間的に一様でないため、信号光の(フォトサーマル効果とは関係のない静的な)透過率はレーザー走査に伴って変化する。そのため信号光と参照光の強度比が変動してしまい、光ノイズを効率的に除去できない。この問題を解決するために、信号光と参照光の強度比を一定にする自動バランス検出器(ABD:Automatic Balanced Detector)が提案されている(たとえば、特許文献1及び2参照)。提案されている自動バランス検出は、強度比の変動を自動補償する特殊な機能を用いて応答速度が遅いため、高速測定が難しい。
図1Bは、ポンプ−プローブ測定と差周波を用いたロックイン検出に自動バランス検出器220を適用したフォトサーマル顕微鏡200の概略図である。差周波(ビート周波数)の大きさ|ω1−ω2|を固定した状態で変調周波数ω1とω2を変えることで、高速検出器を用いなくても試料分子の応答が広い周波数領域で測定される。
【発明を実施するための形態】
【0019】
<第1実施形態>
図2は、第1実施形態の光学測定装置1の概略図である。光学測定装置1は、ポンプ−プローブ法により試料10に生じる変化を測定し、試料10を透過した信号光を、ビームの径方向に2つのセグメントに分離して差分を検出することで、高速、高感度の測定を実現する。
【0020】
光学測定装置1は、ポンプ光源としての光源11と、プローブ光源としての光源12を有する。
図2の例では、光源11は波長450nmの半導体レーザーであり、試料10を光励起するためのポンプ(励起)光L1を出力する。光源12は波長660nmの半導体レーザーであり、光励起された試料10に生じる変化を検出するプローブ(検出)光L2を出力する。光学測定装置1は、フォトサーマル効果を利用して顕微測定する点で、フォトサーマル顕微鏡と称してもよい。フォトサーマル効果とは、光エネルギーを熱に変換する効果である。試料10内でポンプ光を吸収した分子からの発熱により、その分子の近傍で温度が上昇して屈折率が微小に変化する。プローブ光L2は、その屈折率の変化を検知する。
【0021】
ポンプ光L1の強度は周波数ω1で変調され、プローブ光L2の強度は周波数ω2で変調される。変調手段は特に図示しないが、光源11と光源12の内部にそれぞれの変調周波数に対応する低周波信号生成器を組み込んでもよいし、光源11と光源12の外部から変調信号を印加してもよい。
【0022】
強度変調を受けたポンプ光L1とプローブ光L2は、それぞれ図示しないシングルモードファイバーによって空間モードが整えられる。ポンプ光L1は、ミラー13によってダイクロイックミラー14に導かれる。ポンプ光L1とプローブ光L2は、ダイクロイックミラー14を通して同軸に重ね合わされて対物レンズ15に入射する。試料10を透過した光はコンデンサレンズ17で集光され、コリメートされる。コリメート後のビームの直径は、たとえば17mmである。フィルタ18によりポンプ光L1がカットされ、プローブ光のみが透過する。フィルタ18を出た光は、励起光の吸収による屈折率変化の情報の乗せた信号光L3である。
【0023】
光学測定装置1は、光軸に沿ってフィルタ18の後ろに配置される光学素子40を有する。光学素子40は、信号光L3をスポットの径方向に中央部と辺縁部とに分離する。光学素子40は、たとえば、ガラス板41に直径12.7mm(0.5インチ)のミラー42を取り付けた光学素子である。光学素子40に入射した信号光L3の中心部分(第1セグメント)はミラー42によって反射され、中心光成分L3aとしてバランス検出器20の信号ポート21に導かれる。光学素子40のガラス板41を透過した信号光L3の辺縁部分(第2セグメント)は、辺縁光成分L3bとしてバランス検出器20の参照ポート22に導かれる。ガラス板41に替えて、任意の光透過部材を用いてもよい。
【0024】
後述するように、信号光L3の中心部と辺縁部を分割する最適角は、理論計算と実験結果とから見積もることができる。開口数0.95の対物レンズ15を用いた場合、信号光L3の中心部と辺縁部を分割する最適角は、約0.27π[rad]と見積もられる。
【0025】
半導体レーザーのノイズを除去するため、中心光成分L3aと辺縁光成分L3bの光強度が等しくなるように、光強度の強い方(実施形態では中心光成分L3a)を絞り19を用いて微調整する。バランス検出器20は、中心光成分L3aと辺縁光成分L3bをそれぞれ電流に変換して引き算を行い、差分を表わす電気信号をロックイン増幅器30に出力する。
【0026】
ロックイン増幅器30は、フォトサーマル効果による情報を載せた信号光L3から差周波成分|ω1−ω2|をヘテロダイン的に検出する。
図2の例では、ポンプ光L1の変調周波数ω1は1.0MHz、プローブ光L2の変調周波数ω2は1.1MHzである。これらの変調周波数は、ポンプ光L1及びプローブ光L2の振動周波数よりもはるかに小さい。試料10をピエゾステージ16に固定し、試料10を走査しながら各点で信号を検出して図示しない演算装置に出力することで、顕微イメージを測定することができる。
【0027】
従来は、
図1(B)に示すように、試料10の走査により透過光強度が変動するため、信号光と参照光の差分を出力する前に、信号ポート「sig」と参照ポート「ref」の出力を一定に保つ自動利得調整が必要であった。これに対し、第1実施形態では、信号光L3を径方向の2つのセグメントに分離して差分をとることで、自動バランス検出(自動利得調整)を用いずに、信号光強度を向上し、かつ光ノイズを低減する。
【0028】
図3はフォトサーマル効果による散乱を説明する図、
図4は本発明の原理を説明する図である。
図3に示すように、フォトサーマル効果により屈折率変化が起きている媒質中を伝搬する平面波(プローブ光L2)は、進行方向とは別の方向へ偏向(散乱)される。その振舞いは量子力学的な散乱と同等の式で理論的に記述することができ、伝搬する光は有限の相互作用力である湯川ポテンシャル(U(r)=U
0×(e
−mr/r))型の散乱を受ける。
【0029】
実際のフォトサーマル顕微鏡では、レーザー光を対物レンズ15を介して試料10に集光させるため、さまざまな進行方向をもった平面波が試料10に入射していると考えることができる。このことを考慮して発散する透過光断面のフォトサーマル効果による強度変化パターンを計算した結果が、
図4(a)である。理論の詳細は、非特許文献2に記載されている。
【0030】
図4(a)では、入射光(透過光)の集光(発散)角度を0.4π[rad]としているが、集光(発散)角度は、対物レンズ15の焦点距離、開口数(NA)等によって異なり得る。透過光断面(スポット)の中心の集光(発散)角度は0π[rad]であり、中心から離れるにつれて角度が大きくなる。光の中心部ではフォトサーマル効果により光強度は増加するが、辺縁部は逆に減少する。
図4(a)の下側のグラフに示すように、光の中心側(光強度増加領域a)の強度変化のパターン(極性)と、光の辺縁部(光強度減少領域b)の強度変化のパターン(極性)は、ある角度を境に反転する。
図4(a)の例では、中心から0.27π[rad]の点を境に、信号強度が強くなる領域と、信号強度が弱くなる領域に分けられる。すべての角度にわたって光強度を積分すると増加と減少が打ち消しあってゼロとなる。
【0031】
透過光全体でみると強度は変化していないが(エネルギー保存)、フォトサーマル効果によりビームの中心部に光が集まってくると考えることができる。そのため、今までのフォトサーマル顕微鏡では、辺縁部を絞りでカットしたり、低開口数の対物レンズで透過光を集光したりするなどして、中心部の光(光強度増加)のみを検出していた。
【0032】
しかし、辺縁部の光もフォトサーマル効果により強度変化(光強度減少)を受けているので、辺縁部の光を活用することで信号強度を向上させることができる。これが、本発明の根本原理である。
【0033】
図4(b)に示すように、本発明では、透過光の中心部と辺縁部を空間的に分けて別々に検出し、その後、二つの差分を計算することで、信号強度を2倍向上させる。透過光の中心光成分L3aは、
図4(a)の光強度増加領域aの光成分に対応し、辺縁光成分L3bは
図4(a)の光強度減少領域bの光成分に対応する。信号光L3の中心部と辺縁部を分割する最適角は、信号変化の強度の符号が反転する点(
図4では0.27π[rad])である。
【0034】
フォトサーマル信号をs、レーザー強度ノイズをδpとすると、中心光成分L3aの強度は(s+δp)、辺縁光成分L3bの強度は(−s+δp)となる。2つの光成分の差分を取ると、
(s+δp)−(−s+δp)=2s (1)
となり、信号強度を2倍にできるだけではなく、光源11及び12の光ノイズ(中心部と辺縁部の同相モードノイズ)を除去することができる。
【0035】
ポンプ光L1とプローブ光L2の走査中に、屈折率や吸収強度の非均一性に起因する(フォトサーマル効果とは無関係の)静的な透過率変化の影響を受けても、一つのビームの中心部と辺縁部は試料10の同じ位置を透過するので、中心光成分L3aと辺縁光成分L3bの強度比は常に一定に保たれる。そのため両者の強度比を調整するための自動バランス検出法などの特殊な装置を必要としないことも特徴である。
【0036】
図5は、第1実施形態の光学測定装置1による測定結果を、従来法による測定結果と比較する図である。
図5(a)は、
図1(a)の従来のバランス検出(BD)による測定結果を示し、
図5(b)は、
図1(b)の従来の自動バランス検出(ABD)による測定結果を示す。
図5(c)は、
図2の光学測定装置1を用いた実施例の測定結果を示す。
図5(c)の測定法は、信号光を径方向に中心部と辺縁部に分割して差分を取るので、便宜上「RSB(Radial Segment Balance)」法と称する。
【0037】
図5(a)〜
図5(c)において、マウスメラノーマのスライス(凍結切片、厚さ20μm)を試料10として用い、試料10上の同一領域を走査範囲とする。試料10に入射するポンプ光L1の強度は80μW、プローブ光L2の強度を200μWである。ロックイン増幅器30の時定数は0.5ms、1ピクセル当たりの滞在時間は1msで、イメージサイズは(200×200)ピクセルである。
【0038】
図5(a)〜
図5(c)の画像中の黒い斑点はメラニン顆粒である。
図5(c)のRSB法による測定は、
図5(a)の従来のバランス検出(BD)及び
図5(b)の従来の自動バランス検出(ABD)と比べて、明らかに信号強度が強くなっている。
図5(a)の矢印Bで示すぼんやりとした影は、ノイズである。従来のバランス検出(BD)では、試料10中の静的吸収強度や屈折率の非均一性により、信号光と参照光の強度比がずれてしまい、両者の差分をとるだけでは光ノイズを十分に除去することができない。
【0039】
図5(b)の自動バランス検出(ABD)は、オードゲイン制御により信号光と参照光の強度比の変動を補償して光ノイズを抑制しているが、
図5(c)のRSB法と比較して鮮明度(強度)が劣る。空間解像度は、
図5(c)のRSB法と
図5(b)のABDで同じであり、通常の明視野顕微鏡による観察像と比較して30%向上している。
【0040】
図6は、第1実施形態の測定法による信号強度の向上効果を示す図である。
図6(a)は、
図5(b)と
図5(c)のX−X’ラインに沿った強度プロファイルを比較する図、
図6(b)は従来の自動バランス検出(ABD)に対する第1実施形態のRBS法の強度比を示す図である。
図6(a)では、全体にわたってRSB法による検出強度が従来のABDによる検出強度よりも高い。
図6(b)は、ピーク強度比をプロットしたものであり、その平均強度比は、1.7〜1.8である。
【0041】
図4を参照して説明した理論計算では、信号強度は最高で2倍となるが、実際の測定では、後方散乱成分の存在や、最適な分割角度からのズレのため、2倍よりもやや小さくなる。これらの要因は寄与が小さいため、理論では考慮されていない。
【0042】
図7は、ノイズ成分を比較する図であり、
図5(a)〜
図5(c)のY−Y’ラインに沿った強度プロファイルである。従来の自動バランス検出(ABD)は、従来のバランス検出(BD)と比較してノイズが低減されている。第1実施形態のRSB法も同様に、従来のバランス検出(BD)と比較して、不規則な上下振動が抑制されている。これは、第1実施形態のRSB法では、中心光成分L3aと辺縁光成分L3bの両方が試料10を通過しているため、試料走査中の強度比の変動がなく、単純に差分をとる通常のバランス検出だけでも全領域で光ノイズを抑制できるからである。
【0043】
図8及び
図9は、第1実施形態のRSB法は、従来、光源ノイズの除去に用いられていた自動バランス検出を必要としないことを示す図である。
図8(a)は、第1実施形態のRSB法により観察される画像、
図8(b)は
図2の第1実施形態の光学系に自動バランス検出器220を適用して観察される画像である。両画像で、自動バランス検出器の使用の有無にかかわらず、ノイズの影響はほとんどみられない。信号光を径方向に分離して中心光成分と辺縁光成分の差を検出することで、応答速度の遅い自動バランス検出を用いなくても測定領域全体にわたって光ノイズを抑制できることがわかる。
【0044】
図9は、
図8(a)と
図8(b)のC−C’ラインに沿ったノイズの強度プロファイルである。この図からも、第1実施形態のRSB法は、従来の自動バランス検出を行わなくても十分に光源ノイズを低減できることがわかる。
【0045】
以上述べたように、第1実施形態の光学測定法はフォトサーマル信号の角度依存性を利用して、信号対雑音比を向上させる。試料透過後の信号光の中心部と辺縁部を空間的に分離して、両者の差分をバランス検出で測定することで、信号強度が従来の自動バランス検出の約2倍になり、同時にレーザー光源の光ノイズ(同相モードノイズ)を除去することができる。信号光の中心部と辺縁部は試料10中で同じ位置を透過するため、透過率が非一様な試料を走査しても中心光成分と辺縁光成分の強度比は一定となるからである。
【0046】
第1実施形態の光学測定装置1は、蛍光顕微鏡では見ることができない「光らない」組織の3次元構造を超解像で観察することができる。メラノーマ細胞やマウスの神経細胞、内臓など様々な生体組織の3次元イメージングにも適用することができる。また、触媒、太陽電池や発光素子などの光電子材料の評価などの用途にも役立つ。
【0047】
光学測定装置1は光源を選ばないので、低コスト、省スペースで維持管理の容易な連続発振半導体レーザーを光源として利用できる。特殊な自動バランス検出を用いずに、信号雑音比を向上できるので、低い強度のレーザー入射で試料10のダメージを抑えつつ、高速に測定することができる。特に、生きた細胞の測定に必須のリアルタイム測定に適している。
【0048】
なお、
図2の例では、光学素子40を用いて信号光(情報を載せたプローブ光)L3を径方向に沿って空間的に分離したが、信号光L3を空間的に分離できる任意の構成を採用してもよい。
<第2実施形態>
図10は、第2実施形態の光学測定装置2の概略構成図である。第2実施形態では、プローブ信号光を径方向にセグメント分離する光学手段として、分岐ファイバ束(BFB:bifurcated Fiber Bundle)を用いる。また、実施形態のRSB法をガルバノスキャナと組み合わせて、より高速、高解像の顕微システムを実現する。第1実施形態の光学測定装置1と同じ構成要素には同じ符号を付けて、重複する説明を省略する。
【0049】
光学測定装置2は、ポンプ光源としての光源31と、プローブ光源としての光源32を有する。
図10の例では、光源31は波長520nmの半導体レーザーであり、試料10を光励起するためのポンプ(励起)光(図中、「L
pump」と表記)を出力する。光源32は波長640nmの半導体レーザーであり、光励起された試料10に生じる変化を検出するプローブ(検出)光(図中、「L
pump」と表記)を出力する。ポンプ光の強度は周波数ω1で変調されている。
【0050】
ポンプ光は、レンズ51により偏光保持単一モードファイバ(PMSMF:Polarization Maintained Single Mode Fiber)52に入射し、アクロマティックコリメータ(AC)とミラー13によってダイクロイックミラー14に導かれる。プローブ光は、レンズ53により、PMSMF54に入射し、メニスカスレンズ55でビーム発散角が調整されてダイクロイックミラー14に入射する。ポンプ光とプローブ光L2は、ダイクロイックミラー14を通して同軸に重ね合わされ、ミラー56及び1/4波長板57を介して、ガルバノスキャナ60に導かれる。ガルバノスキャナ60は、ダイクロイックミラー14により同軸に重ねられたポンプ光とプローブ光をX−Y面内で高速走査する。ポンプ光とプローブ光はレンズ61,62により、対物レンズ15の瞳面に拡大投影されて試料10上を走査する。
【0051】
試料10はピエゾステージ16に固定されている。ピエゾステージをZ軸方向(光軸方向)に駆動することで、試料10を3次元走査して、試料10の厚さ方向の情報を得ることができる。試料10を透過したポンプ光とプローブ光は、コンデンサレンズ17で集光され、コリメートされる。フィルタ18によりポンプ光がカットされ、プローブ光のみが透過する。
【0052】
第1実施形態では、試料10をピエゾステージでX−Y方向に動かすことで、X−Y面内の走査を行っていたが、機械的な動作速度には限界がある。第2実施形態では、ガルバノミラーを用いた高速走査により、レーザー顕微イメージングで高速測定が実現する。たとえば、ピエゾステージ16のみを使った走査では、200×200ピクセルの1フレーム測定に40秒程度の時間がかかる。これに対し、ガルバノスキャナ60を用いる場合、同じ試料に対して200×200ピクセルのイメージングを約2秒で行うことができる。
【0053】
フィルタ18を出たプローブ光は、レンズ63、64を介して、分岐ファイバ束(BFB)70に入射する。分岐ファイバ束70の入射面は、コンデンサレンズ17の瞳共役位置に配置されており、試料10上を走査されたプローブ光は、レンズ63,64により分岐ファイバ束70の入射面に縮小投影される。
【0054】
分岐ファイバ束70は、中央または内側部分の光ファイバを束ねた第1ファイバ束71と、外周または外側部分の光ファイバを束ねた第2ファイバ束72に分岐されており、プローブ光は径方向に沿って2つのセグメントに分離される。分離されたプローブ光は、それぞれバランス検出器20の2つの入力ポート201、202に入力され、差分が検出される。バランス検出器20は、第1実施形態と同様に、プローブ光の内側領域に含まれるノイズと、プローブ光の外側領域に含まれるノイズを相殺し、かつ信号光の強度を2倍に強めた光を出力する。バランス検出器20の出力は、ロックイン増幅器30により、変調周波数ω1でロックイン検出される。この構成により、高い信号対雑音比で高速測定が可能になる。
【0055】
図11は、分岐ファイバ束70の概略図である。
図11に示す例では、径方向に分割されるプローブ光Lprobeの内径d1は2mm、外径d2は4mmである。これは、分岐ファイバ束70への入射光の集光角度を0.4π[rad]としたときに、0.27π[rad]の集光角で分離する場合に相当する。この分離点は、対物レンズ15の焦点距離や開口数、レンズ64の焦点距離等により調整可能である。
【0056】
内側部分(「inner」)の第1ファイバ束71は、バランス検出器20の入力ポート201に接続されている。外側部分(「outer」)の第2ファイバ束72は、バランス検出器20の入力ポート202に接続されている。図示は省略するが、バランス検出器20は2つの光検出器を用いて、それぞれの入力光を検出する。第2実施形態では、比較的大面積のフォトダイオードを用いて、2つに分割された第1ファイバ束71と第2ファイバ束72のそれぞれの出射光を検出する。
【0057】
図12は、第2実施形態の光学測定装置2の変形例として、光学測定装置3の概略構成を示す。
図12の変形例では、ポンプ光源として、第1波長の第1ポンプ光源31−1と第2波長の第2ポンプ光源31−2を用いて、多色フォトサーマル顕微鏡を実現する。
図10の光学測定装置2と同じ構成要素には同じ符号を付けて、重複する説明を省略する。
【0058】
第1ポンプ光源31−1は、たとえば波長が405nmの半導体レーザーである。第2ポンプ光源31−2は、たとえば波長が520nmの半導体レーザーである。第1ポンプ光源31−1から出力される第1ポンプ光は、周波数ω1で強度変調がかけられ、第2ポンプ光源31−2から出力される第2ポンプ光は、周波数ω2で強度変調がかけられている。異なる波長のポンプ光を用いることで試料10内に異なる励起反応を生じさせ、プローブ光を用いて、各波長のポンプ光を吸収した分子から異なる発熱(屈折率変化)を観測することができる。
【0059】
第1ポンプ光源31−1からのポンプ光は、ミラー81によりダイクロイックミラー82上で、第2ポンプ光源31−2からのポンプ光と同軸に重ね合される。同軸に重ねられ2つのポンプ光は、レンズ51によりPMSMF52に入射し、アクロマティックコリメータ(AC)とミラー13によってダイクロイックミラー14に導かれ、プローブ光と同軸に重ねられる。
【0060】
2色のポンプ光とプローブ光は、
図10と同様に、ガルバノスキャナ60により試料10上を高速走査される。この高速走査により、試料10のX−Y面内で2種類の励起反応が生じる。また、ピエゾステージ16をZ軸(入射光の光軸方向)に駆動することで、試料10の内部の励起反応を測定することができる。試料10を透過したポンプ光とプローブ光は、コンデンサレンズ17で集光され、コリメートされる。フィルタ18によりポンプ光がカットされ、プローブ光のみが透過する。
【0061】
図10と同様に、コンデンサレンズ17の瞳共役位置に分岐ファイバ束70の入射面が配置されており、走査されたプローブ光はレンズ63,74により分岐ファイバ束70の入射面に縮小投影される。分岐ファイバ束70の内側部分の第1ファイバ束71を伝搬する信号光は、バランス検出器20の入力ポート201に入力され、外周部分の第2ファイバ束72を伝搬する信号光は入力ポート202に入力される。
【0062】
バランス検出器20の出力(強度が2倍に増強された差信号)は、ロックイン増幅器30−1と30−2にそれぞれ入力される。ロックイン増幅器30−1は、差信号を周波数ω1で同期検出し、第1ポンプ光源31−1からのポンプ光により励起された試料情報を抽出する。ロックイン増幅器30−2は、差信号を周波数ω2で検出し、第2ポンプ光源31−2からのポンプ光により励起された試料情報を抽出する。
【0063】
図12の構成では、ガルバノスキャナ60を用いた高速走査と、プローブ光を径方向に分割する分岐ファイバ束70により、高速かつ高い信号対雑音比の多色測定が実現する。
【0064】
図13は、第2実施形態の光学測定装置2の別の変形例として、光学測定装置4の概略構成を示す。
図13の変形例では、多色かつ、多モードの光学測定装置4を実現する。
図12の光学測定装置3と同じ構成要素には同じ符号を付けて、重複する説明を省略する。
【0065】
異なる波長の第1ポンプ光源31−1と第2ポンプ光源31−2を用いて、多色でフォトサーマル測定する点は、
図12の光学測定装置3と同様である。
図13では、多色のフォトサーマル顕微測定に加えて、別の種類の光学測定、たとえば蛍光顕微測定を行う。これをマルチモード測定と称する。
【0066】
ポンプ光(第1ポンプ光源31−1からの第1ポンプ光と第2ポンプ光源31−2からの第2ポンプ光を含む)とプローブ光は、ダイクロイックミラー14により同軸に重ねられる。このダイクロイックミラー14と試料10の間の光路に、偏光ビームスプリッタ(PBS)85が挿入されている。試料10を透過したプローブ光は、
図10及び
図12と同様に、分岐ファイバ束70で径方向に分離されて、バランス検出器20でバランス検出される。バランス検出器20の出力信号は、ロックイン増幅器30−1で周波数ω1でロックイン検出され、ロックイン増幅器30−2で周波数ω2でロックイン検出される。
【0067】
試料10からの戻り光(蛍光)は、入射光路を反対方向に戻って、偏光ビームスプリッタ85により、光電子増倍管(PMT:Photomultiplier Tube)89に導かれる。より詳細には、偏光ビームスプリッタ85で反射された戻り光のうち、ポンプ光とプローブ光はフィルタ86によりカットされ、蛍光はレンズ87によりマルチモードファイバ(MMF)88に入力される。蛍光は、MMF88により光電子増倍管(PMT:Photomultiplier Tube)89に入力され、電気信号に変換される。得られた電気信号により、たとえば蛍光の測定が可能になる。
【0068】
蛍光は、ポンプ光で励起された分子が異なる波長の光を放出する現象である。それにより試料10内部の蛍光イメージングが可能になる。
図13の光学測定装置4は、一つの装置を用いて、フォトサーマル効果を利用した顕微イメージングと、蛍光測定によるイメージングを実現する。
【0069】
図14は、
図10の光学測定装置2を用いて測定したマウス脳標本のフォトサーマル画像を、ロックインのみで検出した従来のフォトサーマル画像と比較して示す図である。
図10(a)が従来法、
図10(b)が第2実施形態の手法によるフォトサーマル画像である。ポンプ光(波長520nm)の入射強度は3.8mW、変調周波数ω1は120kHz、プローブ光(波長640nm)の入射強度は6mWである。ロックイン増幅器30の時定数は20μs、1ピクセルの測定時間は20μs、ピクセル数600×600、測定時間は9秒である。
【0070】
図15は、
図14の破線ラインの位置での信号強度分布を示す。実線が第2実施形態の光学測定装置2による信号強度を示し、点線が従来法(バランス検出なし、ロックイン検出のみのフォトサーマル顕微法)による信号強度を示す。第2実施形態でプローブ光を径方向にセグメント分離して差分をとる方法(RSB法)により、信号強度は約2倍に向上する。他方、レーザー強度ノイズを相殺することで信号対雑音比が向上している。
図15の測定例では、信号強度が2倍、ノイズの振幅が1/2になっていることから、信号対雑音比は従来の4倍に向上している。
【0071】
このことは、
図14の画像からも確認される。
図14(b)では、脳標本の血管壁だけでなく、グリア細胞内に存在しているグリコーゲン顆粒などの網目状構造の詳細を高感度かつ高分解(平面方向の分解能が約150nm)でイメージングされている。
【0072】
また、測定速度は信号対雑音比の2乗に比例することから、信号雑音比が4倍に向上すると、測定速度は16倍になり、測定時間は1/16に短縮される。
【0073】
図16は、マウス脳標本の3次元測定画像(Z−スタック像)である。
図10の光学測定装置2を用いて、600×600×30voxelの3次元画像を約5分で測定している。試料10の観察範囲は70μm×70μm×20μmである。
【0074】
第2実施形態の構成では、RSB法により光軸方向にも高い分解能(400nm以下)を有しており、共焦点蛍光イメージングや多光子励起蛍光顕微鏡と同じように、厚さのある試料の断層像や3次元像を観測できる。
図16の画像は、
図10の光学測定装置2でピエゾステージ16を用いて、試料10の深さ位置を光軸方向に変化させて30枚測定した画像をスタックしたものである。X−Y平面内の走査をガルバノスキャナ60で行っており、グリア細胞由来の3次元網目状構造の様子を実用的な時間(約5分)で観察できる。
【0075】
第2実施形態の光学測定装置2〜4は、マウス骨格筋の虚血過程の観察にも適用可能である。生きた生体試料は動いてしまうので、高速測定が重要である。生きた状態のマウス骨格筋の虚血過程を観察する場合、フォトサーマル画像で筋肉中のシトクロムやミオグロビンなどのヘム蛋白を高感度で観察できる。また、虚血過程でミトコンドリアの形状が変わっている様子を観察できる。
【0076】
第1実施形態と第2実施形態を通して、RSB法により信号雑音比が向上するので、より弱いパワーのレーザー光で観察できるようになり、試料の熱ダメージを低減することができる。
【0077】
この出願は、2015年1月9日に日本国特許庁に出願された特許出願第2015−003066号に基づき、その全内容を含むものである。