【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)平成28年度 次世代がん医療創生研究事業「M期染色体動態異常を標的とした新規がん治療法の開発」産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【文献】
阿部優介 ほか,HP1 は分裂期染色体分配の正確性を保証している,日本癌学会シンポジウム/共同利用・共同研究拠点シンポジウム抄録集,2015年,Page.42
【文献】
Anti-HP1 alpha(phospho S92) antibody ab50514,abcam,2007年,URL,<https://www.abcam.co.jp/hp1-alpha-phospho-s92-antibody-ab50514.pdf>
【文献】
高垣謙太郎 ほか,Aurora B によるM 期チェックポイントの制御,生化学,2008年,抄録CD, Page.2T11-4
【文献】
HIRAGAMI-HAMADA KYOKO et al.,N-TERMINAL PHOSPHORYLATION OF HP1{ALPHA} PROMOTES ITS CHROMATIN BINDING,MOLECULAR AND CELLULAR BIOLOGY,2011年 3月,Vol. 31, No. 6,PP. 1186-1200
【文献】
TANNO, Y et al.,The innner centromere-shugoshin network prevents chromosomal instability,SCIENCE,2015年 9月18日,Vol. 349, Issue 6253,1237-1240
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特表2010−523534号公報
【特許文献2】特表2015−520222号公報
【特許文献3】国際公開第2014/112144号
【特許文献4】国際公開第2008/063525号
【特許文献5】国際公開第2008/013807号
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Thompson, S.L. et al., 2010, Cuur. Biol., Vol.20, R285-R295.
【非特許文献2】Kelly, A.E., and Funabiki, H., 2009, Curr. Opin. Cell Biol., Vol.21,p.51-58.
【非特許文献3】Carmena, M. et al., 2012, Nat. Rev. Mol. Cell Biol., Vol.13,p.789-803.
【非特許文献4】Cimini, D. et al., 2006, Curr. Biol. Vol. 16, p.1711-1718.
【非特許文献5】Ainsztein, A.M. et al., 1998, J. Cell Biol., Vol.143, p.1763-1774.
【非特許文献6】Kang, J. et al., 2011, Mol.Biol. Cell, Vol.22, p.1181-1190.
【非特許文献7】Salimian, K.J. et al., 2011, Curr. Biol., Vol.21, p.1158-1165.
【非特許文献8】DeLuca, K.F. et al., 2011, J. Cell Sci., Vol.124, p.622-634.
【非特許文献9】Zaytsev, A.V. et al., 2014, J, Cell Biol., Vol.206, p.45-59.
【非特許文献10】Brasher S.V. et al., 2000, EMBO J., Vol.19, p.1587-1597.
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】HP1のINCENPへの結合量を示す。
図1AはCPCの免疫沈降実験に用いた抗INCENP抗体の特異性を示す図。
図1Bは、Aurora B、Survivin、及びHP1のサブタイプ(α、β、γ)とINCENPの結合を示す図。
図1CはHP1サブタイプをsiRNAによりそれぞれ発現抑制し、INCENPとの結合を解析した図。
図1Dは、HP1各サブタイプのCPCへの結合の定量的な解析結果を示す図。
【
図2】HP1各サブタイプのINCENPへの結合を示す図。
図2Aは正常細胞株RPE1細胞(ヒト網膜色素上皮細胞)、HeLa細胞(ヒト子宮頸癌由来細胞)でのINCENPへのHP1の結合を示す図。
図2Bは、HP1各サブタイプ、及びINCNENPのセントロメアへの局在を示す図。
【
図3】悪性形質転換の有無によるM期のHP1各サブタイプのCPCへの結合量の違いを示す。
図3A、Bは、種々の正常細胞株と種々の癌細胞株でのINCENPに結合しているHP1サブタイプの量を示す図。癌細胞では、INCENPに結合するHP1の量がいずれも減少していることを示している。
【
図4】HP1のCPCにおける機能を示す。
図4AはHP1を発現抑制させることによるCPCの複合体形成への影響を示す図。
図4B〜DはHP1の発現を抑制させることによるAurora Bの基質(H3、Hec1、Dsn1)に対するリン酸化への影響を示す図。HP1のRNAiまたはAurora B阻害剤(ZM)によってAurora Bによるリン酸化が抑制される。
【
図5】HP1のSer92のリン酸化を特異的に認識する抗体(抗HP1α−pS92)の反応性の解析結果を示す。
図5AはHP1αの92位のセリンの周辺の領域を模式的に示す図。92位がセリンの場合にはAurora Bによってリン酸化されるが、アラニンに置換された変異体S92Aはリン酸化されない。
図5B、C、Dは抗HP1α−pS92抗体の特異性を検討した図。
図5Bは、細胞分裂間期、HP1のsiRNAによる発現抑制、Aurora B阻害剤ZMでAurora Bのリン酸化を阻害すると、HP1α−pS92抗体が反応しないことを示す。
図5Cは抗HP1α−pS92抗体の特異性を示す図。抗HP1α−pS92抗体は、GFP−HP1αと内在性HP1αには反応するが、92位のセリンをアラニンに換えたGFP-HP1αS92A変異体には反応しない。
図5Dは抗HP1α−pS92抗体が分裂中期のHP1αを検出することを示す図。
図5Eは抗HP1α−pS92抗体によりセントロメアに局在するHP1αが検出されることを示す図。
図5F、5Gは抗HP1α−pS92抗体によりCPCを構成するタンパク質が効率よく免疫沈降されてくることを示す図。
図5HはHP1αのリン酸化とAurora Bの活性化の相関を示す図。抗HP1α−pS92抗体を用いてCPCを免疫沈降すると、INCENP特異抗体を用いて免疫沈降したCPCに比べて、HP1結合量が多いことを示す(左側)。またHP1結合量が多いCPCの方がAurora B活性が高いことを示す(右側)。
【
図6】HP1のINCENPへの結合は、Aurora Bのキナーゼ活性を増強・維持する、つまりHP1はAurora Bのアロステリック活性化因子であることを示す。
図6AはHP1に結合しないINCENP変異体の模式的構造(
図6A左)、及びその発現を示す図(
図6A右)。
図6BはHP1に結合しないINCENP変異体の発現によりAurora Bキナーゼ活性が抑制されることを示す図。
図6C、6DはHP1存在下、非存在下でのAurora Bキナーゼ活性を示す図。
図6Eは、INCENPに結合しないHP1変異体ではAurora Bキナーゼ活性の増強は起きないことを示す図。
図6Fはリン酸化型HP1が結合しているCPC構成タンパク質のリン酸化を解析した図。
図6Gは、HP1αの添加によってAurora Bの酵素反応速度が上昇すること示した図。
図6HはHP1がINCENPと結合することによりAurora Bの基質への親和性が高くなっていることを示す図。
【
図7】動原体におけるAurora B基質であるHec1のリン酸化には、HP1によるCPCのアロステリックな調節が不可欠であることを示す。
図7AはHP1に結合しないINCENP変異体発現細胞では、Hec1のリン酸化が抑えられることを示す。
図7Aで用いたHP1に結合しないINCENP変異体は、Aurora Bの活性が低いために二次的にセントロメアへの局在量が低下する。そこで、セントロメアにおけるCPC量が減少したことによる影響を検討するため、
図7Bでは、CPCを強制的にセントロメアに局在させるCB−INCENP−EGFPを用いて同様の解析をした。その結果、Hec1のリン酸化が同様に抑制されたことから、HP1のアロステリックな活性化が一義的に重要であることが示された。
【
図8】正常細胞と癌細胞でのAurora Bの活性の違いを示す。
図8Aは形質転換していない細胞と癌細胞とでAurora Bの基質のリン酸化の違いを示す図。
図8B、CはAurora Bの基質であるDsn1のリン酸化の細胞種による違いを示す図。
図8DはRPE1細胞、HeLa細胞において、INCENP変異体を用い、内在性INCENPも枯渇させた状態でAurora Bの基質のリン酸化の変化を示す図。
【
図9】正常細胞においてHP1のCPCへの結合が正確な染色体分離に必要であることを示す。
図9Aは正常細胞、癌細胞、それぞれに由来する細胞株において、細胞が野生型あるいはHP1に結合しないINCENP変異体を発現したときに発生する染色体分配エラーの変化を示す。
図9BはHP1を過剰発現させ、染色体分配エラーを解析した図。
図9Cは正常細胞と癌細胞でのHP1のCPCへの結合、Aurora B活性を模式的に示す。癌細胞では正常細胞に比べて、正確な染色体分離に必要な量(閾値)のHP1がCPCに結合しないため、Aurora Bのキナーゼ活性が不足し、染色体分離のミスの頻度が増大する。
図9DはRPE細胞において悪性形質転換によりINCENPへのHP1の結合が減少することを示す図。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明者らは、細胞分裂に伴う染色体の分配を詳細に解析した結果、Aurora Bが適正に機能して、染色体分配の正確性を保障するためにはHP1がCPCに結合することによるアロステリックな効果が不可欠であることを見出し、本発明を完成した。本発明者らにより分子レベルで解明された癌細胞と正常細胞の分裂の違いを利用して、抗癌剤をスクリーニングすることができる。
【0019】
また、本発明の染色体不安定性の評価方法によって、HP1α、γのリン酸化を指標として、Aurora Bの活性化を評価することができる。したがって、単にAurora Bの量的な違いのみに注目して得られた従来の抗癌剤とは異なり、広範な癌細胞に特異的に作用する抗癌剤を得られる可能性がある。特に、ハイスループットスクリーニング(HTS)によって選択されたヒット化合物をさらにライブ・イメージング解析によって解析し、癌細胞特異的に染色体分配異常を増幅して細胞死を誘導する化合物であるかを判断できる。これにより、癌細胞に特異的な化合物を選択することが可能となる。
【0020】
本発明の抗癌剤のスクリーニング方法は、HP1とCPCとの相互作用、結合の変動に影響を与えることのできる化合物を探索し得る方法であれば、どのような方法を用いてもよい。ここで、結合の変動とは、量的な変化だけではなく、HP1のリン酸化の程度、INCENPとの結合量、局在の変化など質的な変化を指す。例えば、HP1が直接結合するINCENPとの相互作用に影響を与える化合物をHTSにより探索することができる。HP1とINCENPが結合する領域はすでに解析されていることから、その領域を用いた大腸菌の発現系、培養細胞の発現系を利用することができる。本発明者らは、すでにバインディングアッセイ、アルファアッセイによりHP1とINCENPの結合を解析可能な系を構築していることから、これを利用して化合物のスクリーニングを行うことができる。
【0021】
また、染色体不安定性を獲得した癌細胞では、HP1とINCENPとの結合が低下しているのに対し、染色体が安定で二倍体を維持している培養細胞では、HP1とINCENPとの結合が高い傾向があることが明らかとなった。したがって、これら2種類の培養細胞に対して、作用の異なる化合物をスクリーニングすることも可能である。
【0022】
さらに、癌細胞においては、内在性のHP1量及びAurora Bの発現量によって化合物の作用が異なる可能性がある。そこで、HTSで得られた化合物は、細胞の分裂像の観察による染色体分離ミスの頻度を計測するという細胞レベルでの評価検討を行うことで、候補化合物を絞り込むことができる。
【0023】
本発明者らは、HP1がCPCに結合することがAurora Bを十分に活性化するのに必要であることを見出した。さらに、当該活性化が生じている際にCPCに結合しているHP1αは、92番目のセリン残基がリン酸化していることを明らかにした。このリン酸化を特異的に認識する抗体(HP1α−pS92抗体)は、細胞内でのAurora Bの働きを評価するツールにもなり得る。HP1αの分裂期におけるCPCへの結合やAurora Bの活性化はHP1αのリン酸化と相関することから、この抗体を用いることによって、単にHP1αのリン酸化だけではなく、CPC、Aurora Bの機能を評価することができる。
【0024】
具体的には、得られた候補化合物で培養細胞を処理した後、M期におけるAurora Bの活性化をHP1αのリン酸化を特異的に認識する抗体で検出し解析を行えばよい。さらに、Aurora Bの活性化に対して効果のあった化合物で、癌細胞と正常二倍体細胞とを処理し、細胞増殖曲線、死細胞の割合変化により薬効を評価すればよい。また、癌細胞が特異的に感受性を示した化合物については、化合物処理後の細胞分裂像をライブ・イメージングにより観察し、致死性の染色体分配異常の発生の有無を調べる等、細胞増殖が抑えられた原因を確認することができる。本発明でいうライブ・イメージングとは、染色体分配の状況を可視的に計測できる方法であれば手法を問わないが、例えば、染色体を蛍光体で標識した細胞を作製し、その細胞分裂像のタイムラプス画像を4D共焦点倒立型蛍光顕微鏡装置を用いて自動的に取得して、網羅的に染色体動態を解析する方法が挙げられる。
【0025】
このスクリーニング方法は、染色体分配異常を起こす癌細胞の機能を修正するのではなく、HP1-CPC結合不全に基づく染色体分配異常という特性を獲得した癌細胞の異常をさらに増悪させることによって致死的な方向に導き、結果として癌細胞を根絶するという本発明者らの新規知見から導き出された機序に基づくものである。したがって、十分なHP1-CPC結合により染色体分配異常を起こさない正常細胞には影響は少ないと期待され、これにより、癌細胞の細胞分裂を特異的に標的とする化合物を得ることができる。
【0026】
従来は、癌細胞に過剰に発現する因子を阻害的に抑止することで抗癌活性を得ることを狙った抗癌剤が多く、この場合、当該因子が癌細胞よりも少ない発現量で細胞機能を維持する正常細胞にも傷害を引き起こし、重大な副作用(具体的な臨床像では、白血球減少、脱毛、嘔吐、全身倦怠など)が問題になる場合が多かった。しかし、本発明の機序に基づいて選択された染色体不安定化の増幅化合物によれば、癌細胞で特徴的に低下している機能である細胞分裂異常にさらに負荷をかけて、癌細胞を死滅させることができる。この場合、高レベルで維持されている正常細胞の機能に対する悪影響は軽微であると期待でき、従来の抗癌剤に比べて副作用の軽微な化合物を見出すことにつながることが期待される。
【0027】
一方、HP1には、α、β、γの3つのサブタイプがあるが、HP1γも細胞分裂時にAurora Bによってリン酸化を受ける部位があることが判明している。HP1αの92位のセリン周辺のアミノ酸配列の相同性から、HP1γはSer83がリン酸化部位であると考えられる。したがって、HP1γのセリンのリン酸化を特異的に認識する抗体も、HP1αの92番目のセリンのリン酸化を認識する抗体同様に使用することができる。HP1γの83位のセリンのリン酸化を特異的に認識する抗体は、本発明で記載している方法、あるいは公知の方法に基づいて作製することができる。
【0028】
本発明では、上記のHP1αの92番目のセリンのリン酸化を認識する抗体として、ウサギを免疫して得られたポリクローナル抗体を用いているが、当該部位のリン酸化を認識するものであればどのような抗体を用いてもよい。すなわち、本発明の抗体としてはHP1αの92番目のセリンのリン酸化を認識するモノクローナル抗体や、抗体の機能的断片が含まれる。抗体の機能的断片には、Fab、Fab´、F(ab´)
2、単鎖抗体(scFv)、ジスルフィド安定化V領域断片(dsFv)、もしくはCDRを含むペプチドなどの抗体の機能的断片が含まれる。抗体の機能的断片は、ペプシン、又はパパインなどの酵素によって消化する等公知の方法によって得ることができる。
【0029】
以下にHP1の作用について詳しく説明しながら、本発明について詳述する。まず、使用した試薬、方法等について概略を記載する。
【0030】
(1)抗体
本発明において、作製した抗体は以下の通りである。INCENP抗体はウサギに合成ペプチドC+DLEDIFKKSKPRYHKRTSS(配列番号1、アミノ酸876〜894位)を免疫することにより作製し、抗原に対してアフィニティ精製して用いた。HP1αの92位のセリンのリン酸化を特異的に検出する抗体は、合成ペプチドC+NKRK(pS)NFSNS(配列番号2、アミノ酸88〜97位)をウサギに免疫することによって作製した。得られた抗体はリン酸化ペプチド、非リン酸化ペプチドのカラムを用い、アフィニティ精製して用いた。また、市販の抗体については、順次記載する。
【0031】
(2)細胞培養
HeLa(子宮頸癌細胞株)、RPE1(網膜色素上皮細胞株)、TIG−3(胎児肺由来細胞株)、U2OS(骨肉腫細胞株)、HT−1080(線維肉腫細胞株)、A549(肺胞基底上皮腺癌細胞株)、BJ(線維芽細胞株)、MIA PaCa−2(膵癌細胞株)、HCT116(結腸腺癌細胞株)、DLD−1細胞(結腸腺癌細胞株)はDME培地、H522(肺腺癌細胞株)、PK45H細胞(膵癌細胞株)はRPMI−1640、LoVo細胞(大腸癌細胞株)はHamF12にそれぞれ10% FCS、0.2mM L−グルタミン、100U/mlペニシリン、100μg/mlストレプトマイシンを加え、5%CO
2、37℃で培養した。
【0032】
(3)RNAi
siRNAの標的配列(Invitrogen社製)は以下のとおりである。
INCENP(ORF):5’-CAGUGUAGAGAAGCUGGCUACAGUG-3’(配列番号3)
HP1α(5’UTR):5’-CCUUAGUCUUUCAGGUGGAACGGUG-3’(配列番号4)
HP1α(ORF):5’-UAACAAGAGGAAAUCCAAUUUCUCA-3’ (配列番号5)
HP1β(ORF):5’-GGAUAAGUGUUUCAAGGCAACCUUU-3’ (配列番号6)
HP1γ(ORF):5’-UCUUAACUCUCAGAAAGCUGGCAAA-3’ (配列番号7)
【0033】
また、siRNAの導入は、RNAi MAX transfection reagent(Invitrogen製)により、抗生物質を添加していない培地を用いて行った。コントロールは、H
2Oのみを添加したものを用いた。細胞株HeLa、HT−1080、A549、HCT116、DLD−1に対しては50nM siRNAオリゴヌクレオチドを、U2OS、RPE1、TIG−3には20nM siRNAオリゴヌクレオチドをトランスフェクションした。
【0034】
(4)イムノブロット法
細胞は20mM Tris(pH7.4)、100mM NaCl、20mM β−glycerophosphate、5mM MgCl
2、1mM NaF、0.1% Triton X−100、10%グリセロール、1mM DTT、0.1μMオカダ酸に、タンパク質分解酵素阻害剤(Complete EDTA−free、ロシュ製)を加えた免疫沈降緩衝液に溶解して用いた。SDS‐PAGEを行い、PVDFメンブレンにトランスファー後、一次抗体はCan Get Signal Immunoreaction Enhancer Solution 1(TOYOBO製)、二次抗体はHRP標識抗体(Amersham製)を用い、ルミノール及びクマル酸(Sigma製)により化学発光させて解析した。ChemDoc XRS(Bio‐Rad製)で画像を取得し、Quality One software(Bio‐Rad製)で解析を行った。
【0035】
(5)免疫沈降法
分裂期の細胞は、上記免疫沈降緩衝液に1U/μl OmniCleave Endonuclease(Epicentre製)を加え、4℃で30分間静置した。4℃で15,000rpm、10分間遠心し、上清をさらに遠心し、上清を免疫沈降に用いた。プロテインA‐Sepharose(Bio‐Rad製)に抗体を結合させ、細胞抽出液と反応させて免疫沈降を行った。免疫沈降した試料のイムノブロットには、二次抗体としてペルオキシダーゼ標識Mouse TrueBlot ULTRA、又はRabbit TrueBlot(eBioscience製)を用いた。
【0036】
(6)免疫染色法
細胞は、カバーグラスの上で培養し、4%パラフォルムアルデヒドを含むPHEM緩衝液(60mM PIPES、25mM HEPES、10mM EGTA、2mM MgCl
2、pH7.0)又はPBSで室温にて固定した。0.2〜1.0%Triton X−100を含む上記緩衝液で処理し、3% BSAを含む緩衝液でブロッキングを行った。MetaMorph software(MDS Analytical Technologies製)により作動するCoolSNAP HQカメラ(Photometrics製)を装備したAxioImagerM1 miacroscope(Zeiss製)で画像を取得した。蛍光強度の解析はImageJ software(National Institute of Health)によって行った。
【0037】
(7)インビトロ・キナーゼアッセイ
キナーゼアッセイは、キナーゼ緩衝液(20mM Tris-HCl、50mM MgCl
2、100mM NaCl、20μM ATP、pH7.5)に0.2mCi/ml[γ-
32P]ATPに基質を添加して行った。基質はGST‐Hec1(1−80)、又は組換えヒストンH3(New England Biolas製)を用いた。20nM INCENP、120nM GST‐Aurora Bに1μM HP1の存在下、又は非存在下で30℃20分反応させ、Laemmli sample bufferにより反応を停止した。リン酸化はTyphoon scanner(GE Healthcare製)、及び液体シンチレーションカウンターにより解析した。
【0038】
なお、以下、特に断らない限りは、上記方法及び当分野の標準的な方法により解析を行った。
1.CPCに結合するHP1の量
HP1は、INCENPに結合することによって、CPCに結合することは知られていたが、CPCの機能に対するその相互作用の意義は不明であった(非特許文献5、6)。蛍光顕微鏡観察の結果から、HP1がCPCと同様に有糸分裂時にセントロメアに局在することが明らかとなった。そこで、CPCとHP1の相互作用を免疫沈降によって解析した(
図1)。
【0039】
図1Aは、分裂同調していないHeLa細胞(Asynchronous)、M期の細胞、INCENP siRNAを導入後48時間後のM期のHeLa細胞から得た抽出物をINCENPに特異的な抗体(P240、Cell Signaling Technology製)を用いてイムノブロット法により解析したものである。RNAiによってINCENPの量が減少すること、また、M期のINCENPはリン酸化を受けているため、同調していないHeLa細胞のINCENPと比較して移動度が遅いことが示された。
【0040】
次に、HP1のサブタイプによりINCENPに対する結合が異なるか解析を行った(
図1B)。HP1には、α、β、γの3種のサブタイプが存在する。M期のHeLa細胞抽出物をINCENP抗体、あるいはコントロールIgGによって免疫沈降し、CPCを構成するINCENP、Aurora B(clone 6、BD Bioscience製)、Survivin(71G4B7E、Cell Signaling Technology製)に対する抗体と、HP1α抗体(clone 15.19s2、Millipore製)、HP1β抗体(clone 1MOD-1A9、Millipore製)、HP1γ抗体(clone 2MOD-1G6、Millipore製)を用いてイムノブロット法により解析した。M期のCPCにはHP1αだけではなく、β、γもINCENPに結合していることが明らかとなった。
【0041】
さらに、HeLa細胞においてRNAiによりHP1の各サブタイプのHP1の発現を抑制し、上記と同様にM期の細胞抽出物をINCENP抗体、コントロールIgGで免疫沈降し、HP1の各サブタイプの抗体を用いてイムノブロット法により解析した。HP1の各サブタイプをRNAiにより発現抑制させると、その代わりに他のサブタイプのHP1のINCENPへの結合が増加することが明らかとなった(
図1C)。
【0042】
また、精製したリコンビナントHP1サブタイプタンパク質を用いて定量的な解析を行ったところ、M期のHeLa細胞ではCPCの約10%がHP1と結合していることが明らかとなった(
図1D)。
【0043】
2.悪性形質転換の有無によるM期のHP1各サブタイプのCPCへの結合量の違い
Aurora Bを介した染色体の分配エラーを低下させる機能は、形質転換していない二倍体細胞である網膜色素細胞株RPE1では、HeLa細胞に比べてより安定に機能することが報告されている(非特許文献7)。そこで、HP1のCPCへの結合と分裂エラーとが相関するか、この2種の細胞株を用いて解析を行った。
【0044】
M期のRPE1細胞、HeLa細胞の抽出物をINCENP抗体によって免疫沈降し、CPCを構成するINCENP、Aurora B、Survivin、Borealinに対する抗体(Novus Biologicals製)とHP1の各サブタイプに対する抗体を用いて、イムノブロット法により解析した。
図2A下のヒストグラムは、INCENPと共沈してくる各HP1サブタイプの量をRPE1細胞での値を1.0として表示したものである。その結果、2つの細胞間でHP1各サブタイプの発現に大きな差は見られなかったにもかかわらず、CPCに結合しているHP1の量は、RPE1細胞の方がHeLa細胞の2〜4倍多いことが明らかとなった。すなわち、HP1とCPCとの結合は、HP1の発現量に依存しているわけではないことが示された。
【0045】
さらに、CPCに結合しているHP1の量が、セントロメアに局在するHP1の量と相関するかを蛍光顕微鏡により解析した(
図2B)。RPE1細胞、HeLa細胞のM期の細胞をHP1α(MAB3584、Chemicon製)、β、γ、及びINCENP抗体で共染色し解析した。HP1α、β、γ抗体による染色強度をINCENP抗体での染色強度によって正規化し、ヒストグラムとして表示した(
図2B下)。ヒストグラムは、4つの細胞で140以上のセントロメアを解析した結果を示している。HeLa細胞におけるセントロメアに局在するHP1の蛍光強度は、RPE1細胞と比較して明らかに低下していることが示された。
【0046】
3.種々の癌細胞でのHP1のCPCへの結合
次に、CPCに結合しているHP1量を種々の癌細胞を用いて解析した。正常細胞、癌細胞由来の細胞株を用いて、CPCに結合しているHP1α、β、γの量を解析した。ヒト由来の形質転換していない細胞株として、BJ(線維芽細胞株)、TIG−3(胎児肺由来細胞株)、RPE1(網膜色素上皮細胞株)、癌細胞株として、A549(肺胞基底上皮腺癌細胞株)、H522(肺腺癌細胞株)、HeLa(子宮頸癌細胞株)、HT−1080(線維肉腫細胞株)、LoVo(大腸癌細胞株)、MIA PaCa−2(膵癌細胞株)、PK45H(膵癌細胞株)、U2OS(骨肉腫細胞株)から細胞抽出液を調整し、抗INCENP抗体で免疫沈降を行い、共沈してくるINCENP、AuroraB、Survivin、Borealin、HP1の各サブタイプの量を検討した。結果を
図3Aに示す。ヒストグラムは、
図2Aと同様に、INCENPと共沈してくる各HP1サブタイプの量をRPE1細胞での値を1.0として表示したものである。
【0047】
INCENP抗体によって共沈してくるタンパク質の量は、CPCを構築するサブユニットであるINCENP、AuroraB、Survivin、Borealinについては、形質転換していない細胞、癌細胞を問わずほぼ一定であった。これに対し、CPCに結合しているHP1の各サブタイプの量は、すべての癌細胞で形質転換していない細胞に比べて著しく少なくなっている。
【0048】
さらに、染色体の分配異常が比較的少ないことが知られているHCT116、DLD−1(いずれもヒト結腸腺癌細胞株)を用いて同様の解析を行った(
図3B)。HP1のINCENPへの結合は、染色体の分配異常が比較的少ないHCT116、DLD−1でも、染色体不安定性を示す他の癌細胞株と同様に低下していることが明らかとなった。したがって、HP1のINCENPへの十分な量の結合が染色体分配異常を抑制するためには必要であることが示唆された。
【0049】
このことは、HP1とCPCの相互作用に影響を与える物質を得ることができれば、広範な癌に対して奏効する医薬となる可能性を意味している。すなわち、染色体不安定性が生じている癌細胞は、HP1とINCENPとの結合が低下していることから、その結合をさらに低下させることができれば、染色体不安定性を増強し、癌細胞のアポトーシス誘導、分裂停止を誘導できる可能性がある。なお、染色体の分配異常が生じる率は、RPE1細胞株で5%以下、染色体が不安定であるとされるHT-1080では30%程度、染色体分配の異常が比較的少ないとされるHCT116、DLD−1細胞株では8%程度であった。
【0050】
4.HP1のCPCにおける機能
HP1のCPCへの結合の機能的重要性を解析するために、すべてのサブタイプのHP1をRNAiにより枯渇させ、CPCの複合体形成を解析した(
図4A)。siRNAをトランスフェクションした後、INCENP抗体、又はコントロールIgGで免疫沈降し、CPCを構成するINCENP、Aurora B、Survivin、HP1の各サブタイプをイムノブロット法により解析した。その結果、すべてのサブタイプのHP1の発現を抑制しても、CPCの複合体形成はほとんど影響を受けないことが明らかとなった。
【0051】
次に、Aurora Bの活性化を基質のリン酸化の程度によって解析した。HeLa細胞にHP1のすべてのサブタイプのsiRNAをトランスフェクションし、すべてのHP1を発現抑制させた。また、HeLa細胞をAurora B阻害剤であるZM447439(ZM、Tocris製)を低濃度(0.4μM)、または高濃度(2.0μM)で処理し解析した。細胞を固定した後、ヒストンH3の10位のセリンのリン酸化を認識する抗体(H3−pS10、6G3、Cell Signaling Technology製)(
図4B)、Hec1の44位のセリンのリン酸化を認識する抗体(Hec1-pS44、非特許文献8)、Hec1抗体(9G3.23、Novus Biologicals製)(
図4C)、Dsn1の100位のセリンのリン酸化を認識する抗体(Dsn-pS100、非特許文献9)(
図4D)を用い、蛍光顕微鏡によって解析を行った。リン酸化Hec1、及びDsn1はリン酸化の状態が区別しにくかったので、蛍光強度をHec1に対して正規化しヒストグラムとして表示している。各サンプルについて10細胞から150以上の動原体を解析してヒストグラムとして表示している。
【0052】
Aurora Bの基質として知られているヒストンH3(Ser10)(
図4B)及びCENP-A(Ser7)(図示せず。)はほとんどHP1の枯渇による影響を受けなかったが、動原体に存在するAurora Bの基質であるHec1(Ndc80複合体)、Dsn1(Mis12複合体)は著しくリン酸化が抑制されていた(
図4C、D)。
【0053】
低濃度のZM447439処理が、Hec1及びDsn1のリン酸化に対してHP1の枯渇と同様の抑制効果を与えることから、HP1の枯渇によってAurora Bの活性化が抑制されていることが示唆された。
【0054】
5.HP1αの92位のセリンのリン酸化を認識する抗体(抗HP1α−pS92抗体)の特異性、及びHP1のCPCへの結合とAurora Bキナーゼ活性との相関
次にAurora Bの活性がHP1によって影響を受けるか解析を行った。HP1の92位のSerのリン酸化を特異的に検出する抗体(以下、抗HP1α−pS92抗体と記載する。)を解析に用いた。
【0055】
抗HP1α−pS92抗体は、ヒトHP1αの配列をもとに合成ペプチドC+NKRK(pS)NFSNSをウサギに免疫することによって作製した。
図5Aは、HP1αの分裂期にリン酸化される92位のセリン残基を含む領域を模式的に示している。この領域はHP1αのヒンジ領域にあり、種間で保存されている(
図5A左パネル)。また、92位のセリンをアラニンに置換したS92A変異体は、Aurora Bによるリン酸化を著しく阻害する(
図5A右パネル)。また、ここでは示さないが、HP1γにも相同の領域である83位に、Aurora Bによってリン酸化されるセリンが存在する。HP1γの83位のセリンもHP1αの92位のセリンと同等の意義を持つものと考えられる。
【0056】
抗HP1α−pS92抗体の特異性、及びこの抗体を免疫沈降、イムノブロット法、細胞染色に用いた場合に、感度良くリン酸化されたHP1αを検出できることを以下に示す。RNAiによってHP1αの発現を抑制させ、あるいはAurora B阻害剤によってAurora Bの活性化を抑制した細胞をチミジン処理、あるいはノコダゾール処理により有糸分裂の間期、あるいは中期に同調した細胞から抽出物を得て解析に用いた。解析は、HP1α抗体、抗HP1α−pS92抗体を用いてイムノブロット法により行った(
図5B)。HP1α抗体は、RNAiでその発現を抑制した場合を除き、間期、中期、Aurora Bの活性の有無にかかわらず、HP1αを検出しているのに対し、抗HP1α−pS92抗体を用いたブロットでは、Aurora Bが活性化している中期の細胞においてのみバンドが検出された。すなわち、抗HP1α−pS92抗体はHP1αのリン酸化を特異的に検出できるだけではなく、HP1αの92位のリン酸化を指標にAurora Bの活性化を特異的に検出することができることを示している。
【0057】
また、抗HP1α−pS92抗体は、HP1αの92位のリン酸化に特異的であり、92位のセリンをアラニンに置換した変異体を認識することはない。野生型HP1αとGFPタンパク質の融合体GFP-HP1αWT(WT)、92位のセリンをアラニンに置換したHP1αとGFPタンパク質の融合体GFP-HP1αS92A(S92A)をHeLa細胞に導入し、分裂中期の細胞の抽出物をイムノブロット法により解析した(
図5C)。
【0058】
分裂中期であっても92位のセリンをアラニンに置換した変異体はリン酸化を受けないことから、抗HP1α−pS92抗体は、92位のセリンをアラニンに置換した変異体を認識することはない。すなわち、リン酸化されたHP1αのみを特異的に検出することを示している。
【0059】
また、抗HP1α−pS92抗体は、免疫染色に用いても感度良くリン酸化型のHP1αを検出することが示された(
図5D、E)。間期、分裂中期、siRNAによってHP1αの発現を抑制した分裂中期の細胞、ZM447439によりAurora Bの活性を抑制した分裂中期の細胞を抗HP1α−pS92抗体により免疫染色を行った(
図5D)。コントロールとして示した分裂中期の細胞のみ染色が確認され、間期の細胞、HP1αの発現を抑制した細胞や、Aurora Bの活性化を抑制した細胞ではリン酸化されたHP1αは検出されなかった。
【0060】
さらに、リン酸化型HP1αはセントロメアにのみ局在することを免疫染色により示した(
図5E)。92位のセリンがリン酸化されたHP1αは、Aurora Bと同様にセントロメアに局在することが免疫染色により明らかとなった。
【0061】
また、抗HP1α−pS92抗体を用いて免疫沈降を行うと、CPCを構成するINCENP、Aurora B、Survivin、Borealin、他のHP1サブタイプが共沈してくることが示された(
図5F、G)。抗HP1α−pS92抗体を用いて免疫沈降を行うと、INCENP抗体を用いて免疫沈降を行った場合同様、CPCを構成するAurora B、Survivin、Borealinが共沈してくる。一方、HP1αで免疫沈降した場合には、共沈してくるこれらCPCを構成するタンパク質の量は著しく少ない(
図5F)。また、RNAiによって、HP1α、INCENPの発現を抑制すると、抗HP1α−pS92抗体によって共沈してくるCPC構成タンパク質の量は著しく減少する(
図5G)。
【0062】
以上示したように、抗HP1α−pS92抗体は、92位のセリンのリン酸化を特異的に認識し、イムノブロット法、細胞染色、免疫沈降など種々の解析に用いることができる(
図5B〜G)。特記すべきことは、抗HP1α−pS92抗体が捉えるHP1αは、CPCと結合しているものを選択的に認識するので、Aurora Bの活性化、特にCPCがセントロメアに局在する際の活性化を感度良く検出することができることである。すなわち、リン酸化HP1αは簡便にAurora Bの活性を反映する非常に良いツールとして活用することができる。
【0063】
次に、HP1のCPCへの結合が、Aurora Bの活性化に必要であることを示す。抗HP1α−pS92抗体、INCENP抗体を用いて免疫沈降を行い、CPCを構成するタンパク質、HP1の各サブタイプについてイムノブロット法により解析を行った(
図5H左パネル)。抗HP1α−pS92抗体で免疫沈降した場合もINCENPで免疫沈降した場合と同様、CPCを構成するタンパク質が共沈されていた。さらに、Aurora Bのキナーゼ活性は、抗HP1α−pS92抗体で免疫沈降した分画の方が、INCENP抗体で免疫沈降した分画に比べて著しく高い活性を有することが示された(
図5H右パネル)。この結果は、HP1のCPCへの結合がAurora Bの活性に必要であることを示唆する。また、抗HP1α−pS92抗体、INCENP抗体、どちらの抗体で免疫沈降した分画のキナーゼ活性もAurora Bの阻害剤であるZM447439の添加によって阻害されることから、抗HP1α−pS92抗体によって免疫沈降された分画のキナーゼ活性はAurora Bによるものであることが確認された。
【0064】
6.HP1のINCENPへの結合とAurora Bの活性化
野生型INCENP(WT)、あるいはHP1結合領域を欠失しているINCENP変異体(ΔHP)、及びINCENPのHP1結合領域であるPxVxIの3アミノ酸残基をアラニンに置換した3A変異体(3A、非特許文献6)を培養細胞で安定して発現する形質転換細胞を構築した(
図6A)。これら細胞株を用いてHP1のINCENPへの結合がAurora B活性に与える影響を解析した。INCENP変異体を発現している細胞では、INCENP(myc)と共沈してくるHP1は著しく少なく(
図6B中央パネル)、また、GST-Hec1を基質としてAurora Bのキナーゼアッセイを行うと野生型のINCENPを発現している細胞と比較して、有意にAurora Bキナーゼ活性が抑制されている(
図6B右パネル)。
【0065】
INCENP、Aurora B、HP1αの組換えタンパク質を用いて、インビトロ・キナーゼアッセイを行った(
図6C)。HP1存在下ではAurora Bが高い活性を示すのに対し、HP1非存在下では著しく活性が抑制されていることが明らかとなった。さらに、HP1αだけではなく、HP1β、γも同様にAurora Bに対して高い活性を付与することが示された(
図6D)。しかしながら、二量体を形成することができず、INCENPに結合することができないHP1変異体I165E(非特許文献10)は、Aurora Bを活性化する作用がない(
図6E)。したがって、HP1のINCENPへの物理的な結合が、Aurora Bの活性化に必要であり、HP1はAurora Bに対してアロステリックな効果をもつことが示された。
【0066】
HP1に結合している分画と、結合していない分画についてCPCを構成する各タンパク質のリン酸化の程度を解析した(
図6F)。タンパク質のリン酸化の解析は、30μM Phostag acrylamide(NARD Institute製)、60μM MnCl
2を含むPhostag-SDS-PAGEによった。INCENPによるAurora Bのアロステリックな活性化は、リン酸化を介して行われることが知られている。しかし、Aurora BやINCENPのリン酸化には差が見られなかったことから、HP1による活性の増強効果は従来から知られているものとは異なる機構によると考えられる。
【0067】
そこで、Aurora Bの酵素速度論的解析を行った結果(
図6G)、HP1αはAurora Bが単位時間あたりに基質をリン酸化する反応速度を著しく増大させることが明らかとなった。さらに、GSTプルダウンアッセイにより、GST-Aurora Bと結合するタンパク質の解析を行ったところ、HP1がINCENPと結合できる条件では、GST-Aurora Bと結合するHec1の量が増加したことから、Aurora Bの基質に対する親和性が高くなることが明らかとなった。
図6Hに示すように、Aurora Bの活性は、HP1α存在下に対し、HP1α非存在下、あるいは、INCENPに結合することができないHP1変異体I165E存在下では有意に低下している。したがって、Aurora Bの活性化には、HP1αのINCENPへの結合が必要である。
【0068】
以上の結果は、HP1がINCENPを介してCPCに結合することが、Aurora Bにアロステリックな活性化をもたらすこと、また、その活性化は酵素反応速度を高めるという、酵素の基本的機能を上昇させるものであることを示している。
【0069】
HP1が細胞内でもCPCのアロステリックな調節を行っていることを証明するために、HP1の有無によってAurora Bの基質のリン酸化の変化を解析した。野生型INCENP(WT)、又はHP1結合部位を欠失しているINCENP(ΔHP変異体)を安定的に発現しているHeLa細胞を用い、内在性のINCENPはRNAiにより抑制し、Aurora Bの基質となるHec1のリン酸化を抗Hec1−pS44抗体を用いて免疫染色により解析した。相対的な蛍光強度は、Hec1で正規化してヒストグラムに表した。
図7Aに示すように、ΔHP変異体を発現させ、さらに内在性のINCENPの発現を抑制している細胞では、Hec1のリン酸化レベルの顕著な低下が観察された。
【0070】
さらに、内在性のINCENPの代わりに、CB-INCENP-EGFP(INCENP、CENP-B、EGFPの融合タンパク質)を発現させ、セントロメアにCPCを局在させ、HP1によるリン酸化のレベルが変わるか解析した。CPCがセントロメアに局在しているのにもかかわらず、ΔHP変異体によってCPCにHP1が結合していない状態では、Aurora Bが介在する基質のリン酸化は増加しないことが示された(
図7B)。
【0071】
HP1のCPCへの結合がAurora Bの活性化には必要であることが示されたことから、癌細胞ではAurora Bの活性が二倍体よりも低いのではないかと考えた。RPE1、HT−1080、U2OS細胞を用い、INCENPによる免疫沈降、及びAurora Bのインビトロ・キナーゼアッセイを行った。癌細胞であるHT−1080、U2OS細胞では、CPCに結合したHP1の量が少なく、Aurora Bの活性も形質転換していないRPE1細胞よりも低かった(
図8A)。
【0072】
癌細胞と二倍体細胞株でのAurora B活性の違いが動原体の基質のリン酸化に影響するか否かを、形質転換していないRPE1、TIG-3細胞と、癌細胞であるHeLa、U2OS細胞を用い、免疫染色により解析した。動原体に存在するAurora Bの基質であるDsn1のリン酸化(
図8B)、Dsn1の局在(
図8C)を免疫染色により解析した。相対的な蛍光強度はHec1の蛍光強度に対して求め、ヒストグラムとして表示している。有糸分裂前中期におけるリン酸化Dsn1の量は癌細胞においては、形質転換していない細胞に対して、顕著に低いレベルであった。
【0073】
形質転換していない細胞と癌細胞との間のAurora Bが介在するリン酸化の違いが、HP1がCPCに結合する量に起因するのであれば、HP1とINCENPの結合を阻害する条件では、形質転換していない細胞においては、癌細胞に比較してより大きな違いが見られるものと仮定した。野生型INCENP(WT)、変異体INCENP(ΔHP)を発現しているHeLa細胞、あるいはRPE1細胞で、内因性INCENPをRNAiにより枯渇させ、リン酸化型のDsn1の量を免疫染色で解析を行った(
図8D)。その結果、ΔHP変異体を発現させ、かつ内因性のINCENPをRNAiにより発現抑制したRPE1細胞では、HeLa細胞に比べより大きな変化が観察された。
【0074】
7.HP1のCPCへの結合の正確な細胞分裂への影響
次に、HP1のCPCへの結合が、正確な細胞分裂に影響を与えるか解析を行った(
図9A)。種々の細胞に野生型、又はΔHP変異体を発現させ、さらに内在性のINCENPをRNAiにより枯渇させた。形質転換していないRPE1、TIG-3細胞株では、ΔHP変異体を発現させ、内在性のINCENPを枯渇させると、染色体の分配エラーが増加した。これに対し、癌細胞株ではHP1のCPCへの結合が細胞分裂の安定性に何ら影響を与えなかった。おそらく、癌細胞ではCPCに結合しているHP1の量が既に低下しているので、さらに低下することによる影響はみられないものと考えられる。
【0075】
HP1αを過剰に発現させた系でINCENPに結合したHP1の量を解析した(
図9B)。GFP-HP1αをHeLa細胞で過剰発現させ、INCENPで免疫沈降を行った。過剰発現されたHP1はCPCに組み込まれていたにもかかわらず、代償的に、内因性のHP1の解離を引き起こしていた。そのため、HP1発現量を高めても、分配エラーを抑止することはできなかった。癌細胞では正常細胞に比べて、正確な染色体分離に必要な量のHP1がCPCへ結合していない。そのため、Aurora Bキナーゼの活性が十分に起こらず、染色体分離エラーの頻度が増加するものと考えられる(
図9C)。
【0076】
さらに、RPE1細胞を形質転換させたRPE1−67RのINCENPに対する結合を免疫沈降により解析した(
図9D)。その結果、RPE1細胞を形質転換させることによって、HP1のINCENPへの結合の減少が観察された。すなわち、形質転換とHP1のINCENPへの結合は強い相関があることを示唆している。
【0077】
以上、示してきたように、調べたすべての癌細胞ではHP1のINCENPへの結合が低下していた。さらに、HP1はAurora Bの基質に対する結合親和性を高め、Aurora B活性を維持・増強することによって、アロステリックな効果をもたらしていることが明らかとなった。
【0078】
8.抗癌剤のスクリーニング方法
上記結果は、癌細胞ではINCENPとHP1の結合が低下し、Aurora Bが適正に機能していないことを示している。したがって、HP1とINCENPを介したCPCの相互作用に影響を与える化合物をスクリーニングすることによって、染色体の不安定性に影響を与える化合物を得ることができる。癌細胞でAuraro Bの機能をさらに低下させる化合物は、癌細胞の染色体不安定性がさらに増すように作用し、癌細胞の細胞分裂を阻害し、死滅させることができると考えられる。癌細胞で見られるAurora Bの脆弱性を利用するような抗癌剤は、癌細胞のみを標的とし得る新しいコンセプトの抗癌剤となる可能性がある。
【0079】
このような化合物をスクリーニングする方法としては、INCENPとHP1がイン・ビトロで結合する系を構築し、結合に影響を与えるような化合物のスクリーニングを行えばよい。INCENPとHP1の結合に影響を与えるような化合物は公知のどのような方法を用いてもよいが、ここではバインディングアッセイとアルファアッセイを用いる系について説明する。
【0080】
野生型HP1αとINCENP121−270位の領域(配列番号8、INCENP WT)をバインディングアッセイに用いた。INCENPの121−270位の領域にはHP1の結合に必要なモチーフPxVxIが含まれている。この領域のモチーフとして重要な3つのアミノ酸をアラニンに置換した変異体(配列番号9、INCENP 3A)をコントロールとして用い、等温滴定型カロリメトリーにより解離定数を求めた。等温滴定型カロリメトリー測定装置は、例えばMicroCal iTC2000システム(GEヘルスケアバイオサイエンス社製)など、どのような装置でもよく常法により測定を行えばよい。
【0081】
Hisタグ、あるいはGSTタグを上記ペプチドに付与し、等温滴定型カロリメトリーを用い解離定数を測定した。結果を表1に示す。なお、解離定数は5回の実験の平均値から算出している。INCENP WTは、解離定数0.102μMという高い親和性でHP1αに結合する。すなわち、INCENPとHP1との結合を非常に感度良く検出することができる系が構築されていることを示している。また、HP1との結合モチーフに変異を導入したINCENP 3A変異体はHP1とは結合せず、特異的な結合であることを示している。
【0082】
このバインディングアッセイの系に候補化合物を添加すればINCENPとHP1との結合に影響を与える化合物をスクリーニングすることができる。さらに、より高感度で操作の容易なアルファアッセイによりHP1とINCENPとの結合の解析を行う系も構築した。Hisタグ、あるいはGSTタグを捕捉可能なアクセプタービーズ、ドナービーズを用い、常法により蛍光シグナルを検出することにより、HP1αとINCENPとの相互作用を測定した。その結果、HisあるいはGSTタグをHP1αとINCENPの160−210位領域(配列番号10)に付与し、上記アクセプタービーズ、ドナービーズを用いたアルファアッセイにより結合を高感度で検出することができた。したがって、バインディングアッセイ、あるいはアルファアッセイを用いたHTSを行い、HP1とINCENPの結合に影響を及ぼす化合物をスクリーニングすることができる。
【0083】
上述のように、第一工程として、INCENPとHP1の結合をイン・ビトロ解析を用いたHTSにより行い、化合物を選択し、第二工程でライブ・イメージング等により細胞分裂を観察し染色体分配精度を評価することによって、さらに候補化合物を絞り込み、本発明のコンセプトに合致した化合物を選択することができる。ライブ・イメージングで染色体分配を解析することにより、癌細胞に特異的に作用する化合物であるかを評価することができる。
【0084】
加えて、HP1の92位のセリンのリン酸化を特異的に検出する抗体は、直接的にはHP1のリン酸化を検出するものではあるが、それだけではなく、Aurora Bの機能を特異的に反映するものであることから、本発明のスクリーニングに加えて、研究ツールとしても利用価値の高いものである。