特許第6592306号(P6592306)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6592306
(24)【登録日】2019年9月27日
(45)【発行日】2019年10月16日
(54)【発明の名称】リン吸着用多孔質膜およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C08J 9/28 20060101AFI20191007BHJP
   B01D 67/00 20060101ALI20191007BHJP
   B01D 71/36 20060101ALI20191007BHJP
   B01D 71/68 20060101ALI20191007BHJP
【FI】
   C08J9/28CEW
   C08J9/28CEZ
   C08J9/28CFJ
   B01D67/00
   B01D71/36
   B01D71/68
【請求項の数】10
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2015-163373(P2015-163373)
(22)【出願日】2015年8月21日
(65)【公開番号】特開2017-39874(P2017-39874A)
(43)【公開日】2017年2月23日
【審査請求日】2018年7月26日
(73)【特許権者】
【識別番号】599011687
【氏名又は名称】学校法人 中央大学
(74)【代理人】
【識別番号】100096714
【弁理士】
【氏名又は名称】本多 一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100124121
【弁理士】
【氏名又は名称】杉本 由美子
(74)【代理人】
【識別番号】100176566
【弁理士】
【氏名又は名称】渡耒 巧
(74)【代理人】
【識別番号】100180253
【弁理士】
【氏名又は名称】大田黒 隆
(72)【発明者】
【氏名】山村 寛
【審査官】 大村 博一
(56)【参考文献】
【文献】 特表平11−501973(JP,A)
【文献】 特開2015−024373(JP,A)
【文献】 特開2013−151671(JP,A)
【文献】 特開2014−195787(JP,A)
【文献】 国際公開第2011/062277(WO,A1)
【文献】 特開2009−297707(JP,A)
【文献】 国際公開第2005/056175(WO,A1)
【文献】 国際公開第2011/125785(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C08J 9/00− 9/42
B29C 44/00−44/60;67/20
B01D 15/00−15/42
B01D 53/22;61/00−71/82
C02F 1/28,1/44
H01M 2/14− 2/18
D01F 1/00− 6/96
D01F 9/00− 9/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ジルコニウム化合物が添加されてなるポリマーからなるリン吸着用多孔質膜であって、
前記ポリマー100質量部に対して、前記ジルコニウム化合物が、ジルコニウム基準で2.5〜12.5質量部添加されてなることを特徴とするリン吸着用多孔質膜。
【請求項2】
前記ポリマーが、耐塩基性を有する高分子重合体である請求項1記載のリン吸着用多孔質膜。
【請求項3】
前記ポリマーが、ポリスルホン、スルホン化ポリスルホン、ポリエーテルスルホンおよびポリテトラフルオロエチレンからなる群から選ばれる少なくとも一種である請求項1または2記載のリン吸着用多孔質膜。
【請求項4】
請求項1〜3のうちいずれか一項記載のリン吸着用多孔質膜の製造方法であって、
ポリマーと、ジルコニウム化合物と、溶剤と、を含む膜原液を用いて、非溶媒誘起相分離法にて形成することを特徴とするリン吸着用多孔質膜の製造方法。
【請求項5】
前記膜原液が、さらに添加剤を含む請求項4記載のリン吸着用多孔質膜の製造方法。
【請求項6】
前記ポリマーが、耐塩基性を有する高分子重合体である請求項4または5記載のリン吸着用多孔質膜の製造方法。
【請求項7】
前記ポリマーが、ポリスルホン、スルホン化ポリスルホン、ポリエーテルスルホンおよびポリテトラフルオロエチレンからなる群から選ばれる少なくとも一種である請求項6記載のリン吸着用多孔質膜の製造方法。
【請求項8】
前記ジルコニウム化合物の量が、前記膜原液に対しジルコニウム基準で0.5〜2.5質量%である請求項4〜7のうちいずれか一項記載のリン吸着用多孔質膜の製造方法。
【請求項9】
前記添加剤がポリビニルピロリドンまたはポリエチレングリコールである請求項5〜8のうちいずれか一項記載のリン吸着用多孔質膜の製造方法。
【請求項10】
前記溶剤がN−メチル−2−ピロリジノンである請求項4〜9のうちいずれか一項記載のリン吸着用多孔質膜の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リン吸着用多孔質膜(以下、単に「多孔質膜」とも称す)およびその製造方法に関し、詳しくは、透水性とリンの回収性に優れ、かつ、容易に再生利用が可能なリン吸着用多孔質膜およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
食糧需要の高まりと資源の乱獲により、近年、農作物の育成に不可欠とされているリン鉱石の枯渇が懸念されている。日本はリン資源のほぼ全量を輸入に頼っており、戦略資源としてその確保は喫緊の課題であるといえる。一方、輸入されたリンの約15%は下水等の生活排水に流入しており、これにより、川や海の富栄養化が引き起こされ、赤潮等の原因になっている。このような状況の中、今日、下水に含まれるリンを回収し、再利用する技術が注目を集めている。代表的なリン回収技術としては、ヒドロキシアパタイト(HAP)法やリン酸マグネシウムアンモニウム(MAP)法が挙げられる。
【0003】
しかしながら、HAP法は、反応速度が遅いため、巨大な反応層が必要になること、および、回収した結晶粒子のリン含有率が低いことから、その実用に応じては多大なコストを要することが課題になっている。また、MAP法は、回収したMAPがリンとアンモニアを等量ずつ含んでいるため、利用がリン酸アンモニウム系肥料の原料として用いる方法に限定されてしまい、これがMAP法の普及を妨げる原因となっている。
【0004】
近年、新しいリン吸着剤としてジルコニウムが注目されている。例えば、特許文献1では、ジルコニウムを多孔構造に成形したジルコニウムメゾ構造体を用いた、高効率でのリンの溶出を可能にしたリン回収方法およびリン回収システムが提案されている。具体的には、廃水に凝集剤を添加して生成した凝集汚泥からリンを溶出させるリン溶解槽と、溶出したリン溶液にジルコニウムメゾ構造体を添加して、このジルコニウム構造体にリンを吸着させるリン吸着反応槽と、ジルコニウムメゾ構造体からリンを溶出させるリン溶出槽と、リン酸カルシウムとして回収するリン回収槽とを有し、リン溶解槽では、凝集汚泥にクエン酸を添加してリンを溶出させる。また、ジルコニウムメゾ構造体を添加してこのジルコニウムメゾ構造体にリンを吸着させた後に、残ったクエン酸溶液を再び凝集汚泥に添加してリンを溶出させている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2009−61416号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1で提案されているジルコニウムメゾ構造体を用いたリンの回収方法は、HAP法やMAP法と比較して、低濃度域でリンの吸着性能に優れ、非常に高い吸着量、かつ、吸着速度を示す。しかしながら、ジルコニウムメゾ構造体は微粒子状のため、実使用時にはカラム化等の固定化が必要となる。また、ジルコニウムメゾ構造体を、下水のような有機性汚濁物質の多い廃水へ適用する場合、ジルコニウムメゾ構造体の孔部に汚濁物質が詰まってしまうため、リンの吸着能がすぐに低下してしまう。また、ジルコニウムメゾ構造体を再生利用するためには洗浄が必要であるが、洗浄の作業性が悪く、再生利用には不向きであるという問題を有している。
【0007】
そこで、本発明の目的は、透水性とリンの回収性に優れ、かつ、容易に再生利用が可能な多孔質膜およびその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、上記課題を解消するために鋭意検討した結果、粒子状のジルコニウム化合物を多孔質膜に分散させることによって、上記課題を解消できることを見出した。本発明者は、かかる知見を基にさらに鋭意検討した結果、ポリマーにジルコニウム化合物を分散させるにあたって、膜原液に添加剤および溶剤を加え、非溶媒誘起相分離法を用いて膜を形成することで、リンの吸着に優れた多孔質膜が得られることを見出して、本発明を完成するに至った。
【0009】
すなわち、本発明のリン吸着用多孔質膜は、ジルコニウム化合物が添加されてなるポリマーからなるリン吸着用多孔質膜であって、
前記ポリマー100質量部に対して、前記ジルコニウム化合物が、ジルコニウム基準で2.5〜12.5質量部添加されてなることを特徴とするものである。
【0010】
本発明のリン吸着用多孔質膜においては、前記ポリマーは、耐塩基性を有する高分子重合体であることが好ましく、好適にはポリスルホン、スルホン化ポリスルホン、ポリエーテルスルホンおよびポリテトラフルオロエチレンからなる群から選ばれる少なくとも一種である。
【0011】
また、本発明のリン吸着用多孔質膜の製造方法は、本発明のリン吸着用多孔質膜の製造方法であって、
ポリマーと、ジルコニウム化合物と、溶剤と、を含む膜原液を用いて、非溶媒誘起相分離法にて形成することを特徴とするものである。


【0012】
本発明のリン吸着用多孔質膜の製造方法においては、前記膜原液は、さらに添加剤を含むことが好ましい。また、本発明のリン吸着用多孔質膜の製造方法においては、前記ポリマーは、耐塩基性を有する高分子重合体であることが好ましく、ポリスルホン、スルホン化ポリスルホン、ポリエーテルスルホンおよびポリテトラフルオロエチレンからなる群から選ばれる少なくとも一種であることがより好ましい。また、本発明のリン吸着用多孔質膜の製造方法においては、前記ジルコニウム化合物の量は、前記膜原液に対しジルコニウム基準で0.5〜2.5質量%であることが好ましい。さらに、本発明のリン吸着用多孔質膜の製造方法においては、前記添加剤がポリビニルピロリドンまたはポリエチレングリコールであることが好ましい。さらにまた、本発明のリン吸着用多孔質膜の製造方法においては、前記溶剤はN−メチル−2−ピロリジノンであることが好ましい。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、透水性とリンの回収性に優れ、かつ、容易に再生利用が可能な多孔質膜およびその製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】本発明の多孔質膜によるリンの吸着におけるリン濃度と時間の関係を示すグラフである。
図2】本発明の多孔質膜の膜面積当たりのリンの吸着量の変化を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の実施の形態について、詳細に説明する。
本発明の多孔質膜は、リンを選択的に吸着するジルコニウム化合物が添加されてなるポリマーからなるものである。本発明の多孔質膜は、その形状については特に制限はなく、平膜状、中空糸状、管状等様々な形状とすることができる。これらの中でも、単位面積、単位体積当たりの処理水量の観点から、中空糸膜形状が特に好ましい。
【0016】
多孔質膜を形成するポリマーとしては、耐熱性、耐薬品性等に優れたポリマーが好ましい。例えば、ポリスルホン、スルホン化ポリスルホン、ポリエーテルスルホン、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリテトラフルオロエチレン、ポリフッ化ビニリデン、ポリケトン等が挙げられる。この中でも特に、化学的に安定で強度に優れ、かつ、アルカリ性水溶液に対して非常に優れた耐性を有する、ポリスルホン、ポリエーテルスルホン、スルホン化ポリスルホンやフッ素系ポリマーであるポリテトラフルオロエチレン、ポリフッ化ビニリデン等が好ましい。このようなポリマーを用いることで、リンの脱着の際に用いるアルカリ溶液に対して耐性を持たせている。なお、本発明の多孔質膜においては、ポリマーは1種単独で用いてもよく、2種以上を混合して用いてもよい。
【0017】
また、本発明の多孔質膜においては、リンの吸着剤としてジルコニウム化合物を含有する。本発明の多孔質膜においては、ジルコニウムとしては、オキシ塩化ジルコニウム(ZrOCl)、四塩化ジルコニウム(ZrCl)、硝酸ジルコニウム(Zr(NO)、硫酸ジルコニウム(Zr(SO)等のジルコニウム化合物を用いることができる。これらは例えば、硫酸ジルコニウム4水和物(Zr(SO・4HO)等のように含水塩であってもよく、ジルコニウムメゾ多孔体であってもよい。本発明の多孔質膜においては、ジルコニウム化合物も1種単独で用いてもよく、2種以上を混合して用いてもよい。
【0018】
本発明の多孔質膜においては、ジルコニウム化合物の添加量は、ポリマー100質量部に対して、ジルコニウム基準で2.5〜12.5質量部である。好ましくは、5〜10質量部であり、より好ましくは、6.5〜8.5質量部である。ジルコニウム化合物の添加量が、ジルコニウム基準で2.5質量部未満であると、リンの吸着効果を良好に得られないからである。一方、ジルコニウム化合物の添加量が、ジルコニウム基準で12.5質量部を超えると、膜の物理強度が著しく低下するとともに、膜製造の作業性が低下するため、実用化に適さない。なお、ジルコニウム化合物の平均粒子径は、微細なものほど好ましく、特に、20μm以下が好適である。
【0019】
本発明の多孔質膜においては、膜厚は特に制限されるものではないが、80〜500μmが好ましい。膜厚が80μm未満になると膜の強度が低下し、かつ、含有するジルコニウム量が少なくなり、リンの飽和吸着量が低下してしまう。一方、500μmを超えると、膜の抵抗が増加し、透水性が低下してしまう。また、本発明の多孔質膜が中空糸膜状である場合、中空糸膜の内径は0.5〜2.5mm程度が好ましい。上記範囲を満たすことで、多孔質膜の機械的強度を十分に確保することができる。
【0020】
また、本発明の多孔質膜においては、表面の孔径についても特に制限されるものではなく、必要な透水性能とリン吸収性能とを有するように適宜設計することができるが、好適には10nm〜100nmである。表面の孔径が10nm未満であると透水性が著しく減少してしまう。一方、100nmを超えると、下水中の汚泥が溶出するため、実用に適さない場合がある。より効率的な多孔質膜として、孔径は20〜30nmであることが好ましい。孔径を30nm以下とすることで、下水中の有機物が孔に詰まることを良好に防止することができ、透水性能、リン吸収性能および目詰まりを高度にバランスすることができる。さらに、表面開口率は5〜25%が好ましい。表面開口率が上記範囲よりも大きくなると、多孔質膜の機械的強度が低下してしまい、破損しやすくなるおそれがある。
【0021】
本発明の多孔質膜は、リン吸着剤であるジルコニウム化合物を膜に固定しているため、優れた取り扱い性を有する。すなわち、粒子状のジルコニウム化合物の場合、吸着剤を回収するプロセスが必要な他、アルカリ溶液による吸着剤の再生時、吸着剤をカラムに詰めた際には、汚泥がカラムに詰まるという問題も生じる。一方、膜にジルコニウム化合物を固定することで、吸着剤の回収プロセスが不要となり、また、汚泥の閉塞といった問題も、膜の洗浄プロセスにより解消される。さらに、吸着したリンはアルカリ溶液により容易に脱離するため、再生利用にも適している。なお、リンの脱着に用いるアルカリ溶液は、例えば、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム等のアルカリ金属水酸化物の水溶液、水酸化マグネシウム、水酸化カルシウム等のアルカリ土類金属水酸化物の水溶液等を用いることができる。この際、アルカリ溶液のpHは10〜12程度とすればよい。
【0022】
次に、本発明の多孔質膜の製造方法について説明する。
本発明の多孔質膜の製造方法は、上述の本発明の多孔質膜の製造方法であり、ポリマーと、ジルコニウム化合物と、溶剤と、を含む膜原液を用い、非溶媒誘起相分離法(NIPS法)にて多孔質膜を製造する。NIPS法は、非溶媒を含む凝固浴に膜原液を浸漬することで、非溶媒と溶媒の交換が促進され、ポリマー層と溶媒相が分離する現象を利用した多孔質膜形成手法である。非溶媒の温度や種類、膜原液の粘度等を変化させることで溶媒の交換速度が変化し、形成される多孔構造が変化する。ここで、ポリマー、ジルコニウム化合物は、前述のものと同様のものを用いることができる。
【0023】
本発明の多孔質膜の製造方法においては、多孔質膜の孔径を制御するために、さらに添加剤を添加することが好ましい。添加剤としては、水、ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、ポリビニルメチルエーテル、カルボキシビニルポリマー、カルボキシメチルセルロース、ポリアクリル酸ナトリウム、ナフタレンスルホン酸塩のホルマリン縮合物、ポリスチレンスルホン酸塩、ビニル化合物とカルボン酸系単量体との共重合物の塩、ポリアルキレンポリアミン、さらに、テトラエチレングリコール、トリエチレングリコール等のポリエチレングリコール類が挙げられる。これらの中でも、増粘作用が高く、人体に無害であるポリビニルピロリドン(PVP)が好ましい。
【0024】
本発明の多孔質膜の製造方法においては、添加剤としてポリビニルピロリドンを用いる場合は、ポリビニルピロリドンの重量平均分子量は、2,000〜2,000,000の範囲が好ましく、2,000〜1,000,000の範囲がより好ましく、2,000〜50,000の範囲がさらに好ましい。ポリビニルピロリドンの重量平均分子量を上記範囲とすることで、多孔質膜の膜原液の粘度を良好に調整することができ、多孔質膜の形成が容易になる。
【0025】
本発明の多孔質膜の製造方法おいては、膜原液に用いる溶剤としては、例えば、ジメチルスルホキシド(DMSO)、N−メチル−2−ピロリジノン(NMP)、ジメチルアセトアミド(DMAC)、ジメチルホルムアミド(DMF)等を挙げることができる。好適には、高沸点、低凝固点でありながらポリスルホンと親和性の高い、N−メチル−2−ピロリジノン(沸点:204℃、凝固点:−23℃)である。本発明の多孔質膜の製造方法においては、これらの溶剤は単独で用いてもよく、2種以上を混合して用いてもよい。
【0026】
NIPS法においては、膜原液の粘度が適切な範囲になければ、多孔質膜に成形することができない場合がある。本発明の多孔質膜の製造方法においては、膜原液の粘度としては、500〜4,000mPa・s程度が適しており、1,000〜3,000mPa・s程度が好ましい。膜原液の粘度は、膜原液中のポリマー、ジルコニウム化合物、添加剤および溶剤の濃度を適宜設計することにより、調整することができる。
【0027】
本発明の多孔質膜の製造方法においては、膜原液中のポリマーの割合は、12〜20質量%であることが好ましい。ポリマー濃度を上記範囲に調整することにより、適切な強度と透水性を備えた膜となる。また、膜原液中のジルコニウム化合物の割合は、ジルコニウム基準で、0.5〜2.5質量%程度が好ましい。ジルコニウム化合物の割合が、ジルコニウム基準で0.5質量%未満であると、リンの吸着効果を良好に得られないからである。一方、ジルコニウム化合物の添加量がジルコニウム基準で2.5質量%を超えると、膜の物理強度が著しく低下するとともに、膜製造の作業性が低下するため、実用化に適さない。
【0028】
さらに、膜原液中の添加剤の割合は、5〜30質量%であることが好ましい。さらにまた、膜原液中の溶剤の割合は、50〜70質量%であることが好ましい。添加剤の割合が5質量%未満であったり、溶剤の割合が50質量%未満であると、適切な孔径、表面開口率を有する多孔質膜が得られ難くなってしまう場合がある。一方、添加剤の割合が30質量%を超えたり、溶剤の割合が70質量%を超えると、強度のある多孔質膜が得られ難い場合がある。
【0029】
本発明の多孔質膜の製造方法は、上述の膜原液を用いて、非溶媒誘起相分離法にて多孔質膜を形成する。この際、凝固浴として、非溶媒を用いることができるが、ポリマーの凝固速度を調整するために、非溶媒と溶媒とを含む混合液を用いてもよい。凝固浴として非溶媒と溶媒の混合液を用いる場合、非溶媒を少なくとも90質量%含むことが好ましい。溶媒濃度が10質量%を超えると、ポリマーが凝固しにくく、目的とする孔径が得られない場合がある。一方、溶媒の濃度が10質量%以下であることで、ポリマーの凝固速度が適切に制御され、多孔質層が安定的に形成される。なお、凝固浴として、非溶媒と溶媒との混合液を用いた場合であっても、溶媒濃度が5質量%未満の場合、ポリマーの凝固速度が過度に速くなり、孔径が小さくなり過ぎることがある。また、凝固浴の温度によって凝固速度を調整することもできる。凝固浴の温度は、例えば10〜80℃の範囲で調整すればよい。
【0030】
非溶媒としては、水、ヘキサン、ペンタン、ベンゼン、トルエン、四塩化炭素、o−ジクロロベンゼン、トリクロロエチレン、エチレングリコール、ジエチレングリコール、トリエチレングリコール、テトラエチレングリコール、プロピレングリコール、ブチレングリコール、ペンタンジオール、ヘキサンジオール、メタノール、エタノール、プロパノール、低分子量のポリエチレングリコール等の脂肪族炭化水素、芳香族炭化水素、芳香族多価アルコール、塩素化炭化水素、またはその他の塩素化有機液体およびその混合溶媒等が挙げられる。なお、凝固浴に用いる溶媒としては、前述の膜原液の溶媒と同様のものを用いることができる。
【0031】
本発明の多孔質膜の製造方法においては、膜原液を用いて非溶媒誘起相分離法にて多孔質膜を形成する手法としては、膜原液を成型用口金から押し出して凝固浴中で凝固させる湿式製膜法、または、膜原液を成形用口金から押し出した後に所定の空走区間を確保した後に凝固浴中で凝固させる乾湿式製膜法のいずれも適用可能である。口金としては、例えば、スリット口金、二重管式口金、三重管式口金等を用いることができる。多孔質膜して中空糸膜を製造する場合、口金としては、中空糸膜紡糸用の二重管式口金、三重管式口金等を用いればよい。
【0032】
湿式製膜法にて中空糸膜を形成するにあたって二重管式口金を用いる場合、二重管式口金の外側の管から膜原液を吐出し、中空部形成流体を内側の管から吐出しながら凝固浴中で固化することで、中空糸膜状の成形物とすることができる。また、三重管式口金の外側の管から膜原液を吐出し、中間の管から膜原液中のポリマー以外のポリマー溶液を吐出し、中空部形成流体を内側の管から吐出しながら凝固浴中で固化することで、中空糸膜とすることができる。三重管式口金は、2種のポリマー溶液を用いる場合に好適である。例えば、三重管式口金の外側の管と中間の管から2種の膜原液を吐出し、中空部形成液体を内側の管から吐出しながら凝固浴中で固化することで、中空糸膜とすることができる。
【0033】
中空部形成流体には、通常、気体または液体を用いることができる。本発明の多孔質膜の製造方法においては、中空部形成流体としては、上述した非溶媒を用いることが好ましく、例えば、イオン交換水等の水が好ましい。また、中空部形成流体と非溶媒の組成を変えることにより、二種の構造を有する中空糸膜を形成することもできる。中空部形成流体は、冷却して供給してもよいが、非溶媒の冷却力のみで中空糸膜を固化するのに十分な場合は、中空部形成流体は冷却しなくてもよい。
【0034】
上述のように、二重管式口金や三重管式口金を用いた製造方法で中空糸膜を製造した場合、非溶媒の量を、平膜を製造した場合よりも少なくすることができるという利点を有している。なお、多孔質膜状の成形物として平膜を製造する場合、膜原液をキャストして、凝固浴に浸漬させることによって製造することができる。また、スリット口金を用いて、凝固浴に膜原液を吐出することでも製造することができる。
【0035】
本発明の多孔質膜の製造方法においては、孔径の調整は、非溶媒の種類、膜原液の粘度および温度によって相分離速度を調整することによって、制御することができる。一般的には、相分離速度が速いと表面の平均孔径が小さくなり、遅いと大きくなる。また、膜原液に非溶媒を添加することも、相分離速度の制御に有効である。なお、膜原液の粘度は、上述した範囲から適宜選択すればよく、膜原液の温度は、製膜性の観点から、通常、10〜140℃の範囲内で選定することが好ましい。
【0036】
本発明の多孔質膜の製造方法においては、ポリマーと、ジルコニウム化合物と、溶剤と、好ましくは添加剤と、を含む膜原液と用いて、非溶媒誘起相分離法にて成形することが重要であり、これにより、透水性とリンの回収性に優れ、かつ、容易に再生利用が可能な多孔質膜を製造することができ、上記要件以外については特に制限はない。例えば、本発明の多孔質膜の製造方法により得られた多孔質膜は、適切な非溶媒中に数時間〜数日間静置することで、残存する溶媒を完全に置換させることが好ましい。
【実施例】
【0037】
以下、実施例を用いて本発明をより詳細に説明する。
<実施例1>
ポリマーとして、耐アルカリ性を示すポリスルホン(PSf)、溶剤として、ポリスルホンと親和性の高いN−メチル−2−ピロリジノン(NMP)、添加剤として増粘作用の高いポリビニルピロリドン(PVP、K=30)を選定し、担持するジルコニウムとして、硫酸ジルコニウム(IV)4水和物を用いた。膜原液は140℃に保温した溶剤に、ポリマーおよび添加剤を順次撹拌・溶解させた後に、100℃以上で真空乾燥した硫酸ジルコニウム(IV)4水和物を添加することで調製した。膜原液の組成は、PSfを14.1質量%、NMPを66.1質量%、PVPを15.7質量%、硫酸ジルコニウム(IV)4水和物を4.1質量%とした。
【0038】
調製した膜原液を用いて、NIPS法により多孔質膜を形成した。具体的には、90℃に保温した膜原液を厚さが200μmとなるようにガラスに塗布し、40〜50℃の超純水に投入することで相分離を誘起した。固化後は蒸留水中に2日間静置することで残存する有機溶媒(NMP)を完全に置換した。さらに、70℃に保温した500mg/Lの次亜塩素酸ナトリウム水溶液に2時間静置した後に、50℃に保温した蒸留水に1時間静置することで膜中に残存する添加剤(PVP)を完全に除去した。得られた多孔質膜の厚みは100μmであり、平均孔径は22.3nm、開孔率は7.6%であった。
【0039】
<ジルコニウムの定着確認試験>
相分離により溶出したジルコニウム量を測定した結果、添加したジルコニウム量62.1mg−Zr/1.5g−dopeに対し、4.73mg−Zr/1.5g−dopeの溶出が確認された。これにより、膜原液中の7.6%のジルコニウムが相分離の際に非溶媒中に溶出し、92.4%が多孔質膜に残存していたことがわかる。多孔質膜の開孔率が7.6%であることを考慮すると、相分離の際に溶媒側に存在したジルコニウムが、非溶媒と交換された際に溶出したと考えられる。これらの結果から、ジルコニウムは相分離中、溶媒、ポリマーおよび添加剤間で偏在するのではなく、これらの中に均一に分布しており、相分離によってポリマー部分に残存したジルコニウムが膜形成の際に残存していると考えられる。
【0040】
<純水透水性能の評価>
得られた多孔質膜の透水性能を、直径47mmの加圧式ろ過ホルダーに多孔質膜を設置し、一定圧力(100kPa)、一定温度条件下における1分間の純水透水量を計測することで求めた。
【0041】
得られた多孔質膜について純水透水性能を評価した結果、3,100LMH(1時間当たりの平方メートル当たりのリットル)であり、本発明の多孔性膜は、市販のMF/UF膜と同等の透水性能を有することがわかった。
【0042】
<リン吸着速度の評価>
得られた多孔質膜(115cm)を52.48mg−P/Lのリン酸溶液(1L)に投入し、25℃、180rpmの条件で撹拌することで、リン酸を多孔質膜に吸着させた。試験中、一定時間ごとに溶液を採水し、0.45μmフィルターでろ過後にICPによりリン濃度を測定した。本発明の多孔質膜のリン吸着速度を測定した結果を図1に示す。
【0043】
図1は、実施例1の多孔質膜によるリンの吸着におけるリン濃度と時間の関係を示すグラフであり、図1から、吸着開始から徐々に溶液中のリン酸濃度が低下し、10時間後にリン濃度が平衡に達していることがわかる。この結果から、実施例1の多孔質膜によるリン吸着速度は、0.54mg−P/(min・m)であることがわかった。嫌気汚泥を膜ろ過する際には、膜透過速度が非常に遅いことから、ここで得られた吸着速度でも十分に溶液中のリンを回収できると推測できる。膜面積当たりのリンの吸着量は、320mg−P/mとなった。通常、嫌気性硝化排液中には60.4mg−P/Lのリンが含まれることを考えると、約0.19m/L程度の膜面積が必要となる。
【0044】
この膜面積および吸着速度を元に物質収支をとると、(1)のようになる。
(蓄積速度)=(流入速度)−(流出速度)−(吸着反応速度)・・・(1)
蓄積速度は、定常状態なので0となる。
流入・流出速度を(2)、(3)のようにおくと、
流入速度=流入濃度×流速=Qin×Cin・・・(2)
流出速度=流出濃度×流速=0×Qin=0・・・(3)
吸着反応速度=吸着速度×膜面積=0.54×A・・・(4)
(1)〜(4)より、
0=Q×C−0.54×A
∴Q/A=0.54/C≡Flux
Cin=60.4mg−P/Lより、膜ろ過Fluxは0.013m/dayとなる。
【0045】
<実下水中でのリン酸吸着性能の評価>
活性汚泥沈澱池の上澄水を1L採水し、得られた多孔質膜を25cm投入して上記と同様に吸着性能評価試験を実施した。12時間後の溶液を採水し、0.45μmのPTFE膜でろ過後にICPによりリン濃度を測定し、原水中のリン濃度と比較することで、開発膜によるリン除去性能を算出した。
【0046】
実下水中を用いてリン酸吸着性能を実施した結果、12時間で72mg−P/mのリンを吸着した。これは、上記リン吸着速度の試験における値と比べると248mg−P/m低いが、実下水中には様々な物質が含まれており、それらと吸着競合した結果であると推測される。一方で、実際の水処理においては吸着量よりも吸着速度にシステムが依存することから、観察された吸着量は実用に足る値と考えられる。
【0047】
<繰り返し吸着試験>
得られた多孔質膜にリンを飽和吸着させた後、水酸化ナトリウム水溶液でリンを脱着し、再度リン酸溶液で吸着試験を行った。その結果、202mg−P/mのリン酸が吸着した。図2は、本発明の多孔質膜の膜面積当たりのリンの吸着量の変化を示すグラフである。1回目の試験で得られた吸着量と比較すると、リン吸着能の再生率は63%であり、この値は、再生利用の可能性を示す値であると言える。
【0048】
以上より、本発明の多孔質膜は、透水性能とリンの回収性に優れ、かつ、容易に再生利用が可能であることが確かめられた。したがって、本発明の多孔質膜は、膜ろ過とリン回収を同時に行うことができる。
【0049】
<実施例1、2および比較例1〜3>
実施例1に加えて、実施例2および比較例1〜3として、下記表1に示す組成を有する膜原液を用いて、多孔質膜を製造した。ポリマーとしてはPSfを、溶剤としてはNMPを、添加剤としてはPVPを、ジルコニウム化合物としては硫酸ジルコニウム(IV)4水和物を用いた。表中の単位は質量%である。また、膜原液は140℃に保温した溶剤に、ポリマーおよび添加剤を順次撹拌・溶解させた後に、硫酸ジルコニウム(IV)4水和物を添加することで調製した。得られた各多孔質膜につき、孔径、強度およびリン吸着量の評価を行った。得られた結果を同表に併記する。なお、多孔質膜の強度は以下の手順で評価した。また、リン吸着量は150mg−P/m以上、孔径は10nm以上であれば、性能上十分であるといえる。
【0050】
<強度試験>
膜基材を幅15mm(長さ約60mm)の帯状にカットし、チャック間距離が40mmとなるよう、引っ張り試験装置にセットした。ロードセル条件を100kgf・レンジ10%とし、20mm/minの引張り速度にて引張り試験を実施し、応力−歪み曲線を得た。得られた曲線から、弾性変形部分と塑性変形部分の接線を直線にて描き、両者の交点を降伏点として、その点にあたる強度と降伏伸度を求めた。膜の縦方向・横方向それぞれについて、5枚の試料を測定し、その平均値を降伏強度(N/15mm)および降伏伸度(%)とした。強度および伸度がそれぞれ、20N/15mm、1.2%以上の場合を○とした。得られた結果を表1に併記する。
【0051】
<リン吸着量>
角多孔質膜(115cm)を52.48mg−P/Lのリン酸溶液(1L)に投入し、25℃、180rpmの条件で撹拌することで、リン酸を多孔質膜に吸着させ、リン吸着量を求めた。得られた結果を表1に併記する。
【0052】
【表1】
※1:カッコ内の数値は、ジルコニウム化合物をジルコニウム基準で表した値(質量%)である。
※2:作製した多孔質膜中の、ポリマー100質量部に対するジルコニウムの量であり、ジルコニウム化合物をジルコニウム基準で表した値である。
【0053】
本発明の製造方法により製造した、実施例1、2の多孔質膜は、強度およびリンの吸着量に優れていることがわかる。特に、膜原液に添加剤を加えた実施例1の多孔質膜は、下水の処理に適した20〜30nmの孔径を有していた。これに対し、比較例1の多孔質膜では、十分なリン吸着量が得られなかった。また、比較例2および3は製膜することができなかった。
図1
図2