特許第6593070号(P6593070)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6593070
(24)【登録日】2019年10月4日
(45)【発行日】2019年10月23日
(54)【発明の名称】冷間鍛造時効硬化鋼部品の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C21D 8/06 20060101AFI20191010BHJP
   B21J 5/00 20060101ALI20191010BHJP
   C22C 38/00 20060101ALN20191010BHJP
   C22C 38/24 20060101ALN20191010BHJP
   C22C 38/46 20060101ALN20191010BHJP
【FI】
   C21D8/06 A
   B21J5/00 A
   !C22C38/00 301Z
   !C22C38/24
   !C22C38/46
【請求項の数】3
【全頁数】15
(21)【出願番号】特願2015-192713(P2015-192713)
(22)【出願日】2015年9月30日
(65)【公開番号】特開2017-66477(P2017-66477A)
(43)【公開日】2017年4月6日
【審査請求日】2018年5月9日
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100106909
【弁理士】
【氏名又は名称】棚井 澄雄
(74)【代理人】
【識別番号】100175802
【弁理士】
【氏名又は名称】寺本 光生
(74)【代理人】
【識別番号】100134359
【弁理士】
【氏名又は名称】勝俣 智夫
(74)【代理人】
【識別番号】100188592
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 洋
(74)【代理人】
【識別番号】100064908
【弁理士】
【氏名又は名称】志賀 正武
(72)【発明者】
【氏名】山下 朋広
(72)【発明者】
【氏名】根石 豊
(72)【発明者】
【氏名】江頭 誠
(72)【発明者】
【氏名】松本 斉
【審査官】 鈴木 葉子
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2012/053541(WO,A1)
【文献】 特開2003−055714(JP,A)
【文献】 特開平10−147837(JP,A)
【文献】 特開2013−159794(JP,A)
【文献】 特開2004−003009(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C21D 8/00− 8/10
C22C 38/00−38/60
B21J 5/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C:0.02〜0.13%、
Si:0.01〜0.50%、
Mn:0.20〜0.70%、
S:0.005〜0.020%、
Al:0.005〜0.050%、
Cr:0.02〜1.50%、
V:0.02〜0.50%、
N:0.003〜0.030%
を含有し、かつ
P:0.020%以下
に制限され、残部がFeおよび不可避的不純物からなる化学組成を有し、
しかも金属組織が、フェライトとパーライトを主体として、フェライトおよびパーライトの総面積率が90%以上である熱間圧延鋼材を素材とし、
前記素材に対し、製品の部品における、少なくとも疲労強度が要求される部位に0.2以上の相当ひずみが付与されるように冷間鍛造を施し、
さらに前記素材のAc3点以下の温度域で時効硬化処理を施して、前記素材のV含有量に対する前記部位における析出物として析出したVの量の比率であるV析出量が40%以上である冷間鍛造時効硬化鋼部品を得ることを特徴とする冷間鍛造時効硬化鋼部品の製造方法。
【請求項2】
前記熱間圧延鋼材が、さらに、Cu:0.20%以下、Ni:0.20%以下およびMo:0.20%以下のうちの1種以上を含有することを特徴とする請求項1に記載の冷間鍛造時効硬化鋼部品の製造方法。
【請求項3】
製品の部品の使用時において最大応力が生じると想定される箇所を含み、少なくともその最大応力の90%以上の応力が生じると想定される領域を、前記部位としていることを特徴とする請求項1、請求項2のいずれかの請求項に記載の冷間鍛造時効硬化鋼部品の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、冷間鍛造部品の製造方法に関し、より詳しくは、冷間鍛造により成形した後、時効硬化処理を施して機械構造部品等として用いられる冷間鍛造時効硬化鋼部品の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
自動車用部品、産業機械用部品および建設機械用部品などの機械構造部品の素材となる構造用鋼としては、機械構造用炭素鋼および機械構造用合金鋼が用いられている。
これらの鋼材から部品を製造するために、従来は、主として「熱間鍛造−切削」工程が実施されてきたが、近年は、生産性の向上を目的に熱間鍛造から冷間鍛造への切替えが志向され、「冷間鍛造−切削」工程を採用する傾向が強まっている。このように熱間鍛造に代えて冷間鍛造を適用すれば、鍛造上がり材でのニアネットシェイプ化が図られ、鍛造後の切削量の削減により生産性の向上を図ることができる。
【0003】
しかしながら、一般に、冷間鍛造は、加工度が大きいために、加工荷重が高い、金型寿命が短い、部品に割れが発生し易いといった問題が生じる。したがって、「冷間鍛造−切削」工程に転換するためには、素材となる鋼材の冷間鍛造性(冷鍛性)を高めること、すなわち冷間鍛造時の荷重を小さくし、割れ発生を抑制することが最も重要な課題となっている。
【0004】
一方、冷間鍛造によって得られた冷間鍛造部品、すなわち自動車用部品、産業機械用部品および建設機械用部品など機械構造部品には、高い疲労強度が求められる。冷間鍛造後に高い疲労強度を示すためには、冷間鍛造後の硬さを高くすることが有効である。そのためには、素材の硬さが高くなるように素材成分などを調整することが考えられるが、冷間鍛造前の素材の硬さを高くすれば、冷間鍛造性を低下させてしまう。すなわち、素材の鋼材において、冷間鍛造性と疲労強度とを両立させることは極めて困難であった。
【0005】
そこで、このような問題を解決すべく、冷間鍛造部品の疲労強度を高くするために、冷間鍛造後に、Ac3以上の温度に加熱して、焼入れ焼戻しあるいは高周波焼入れの熱処理を行い、全体または表面を硬化することが従来から行われている。
しかしながら、このような方法では、熱処理後の部品硬度が高くなるために、最終の仕上げ加工における被削性の低下が避けられず、冷間鍛造による生産性向上のメリットが有効に発揮され得ないという問題があった。
【0006】
そこで、切削加工の段階では硬度を必要以上に高めておかず、切削加工後に硬度を高める熱処理、すなわち時効硬化処理を適用するようにした、いわゆる時効硬化用鋼材が従来から提案されている。
【0007】
例えば、特許文献1には、化学成分が質量%で、C:0.01〜0.15%、Si:0.05%以下、Mn:0.10〜0.90%、P:0.030%以下、S:0.030%以下、Cr:0.50〜2.0%、V:0.10〜0.50%、Al:0.01〜0.10%、N:0.00080%以下およびO:0.0030%以下を含有し、残部はFeおよび不純物からなり、399×C+26×Si+123×Mn+30×Cr+32×Mo+19×V≦160以下、20≦(669.3×logC−1959.3×logN−6983.3)×(0.067×Mo+0.147×V)≦80、160≦140×Cr+125×Al+235×V、90≦511×C+33×Mn+56×Cu+15×Ni+36×Cr+5×Mo+134×V≦170を満たし、組織がフェライト・パーライト組織、フェライト・ベイナイト組織またはフェライト・パーライト・ベイナイト組織で、かつ、フェライトの面積率が70%以上であり、抽出残渣分析による析出物中のV含有量が0.10%以下であり、芯部硬さがビッカース硬さで220以上、0、20mm以上であることを特徴とする冷鍛窒化用鋼、冷鍛窒化用鋼材および冷鍛窒化部品に関する技術が開示されている。
【0008】
また特許文献2には、化学成分が質量%で、C:0.06〜0.50%、Si:0.05%以下、Mn:0.5〜1.0%以下、V:0.10〜0.60%を含み、初析フェライトとパーライトとの合計量が面積率で90%以上であり、かつ前記初析フェライト量が式f=100−125[C]+22.5[V]で示されるf値以上の面積%であり、前記初析フェライト中にVCが析出した冷間加工性に優れた冷間圧造用鋼に関する技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】国際公開第2012/053541号
【特許文献2】特開2000−273580号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
前述の特許文献1に開示されている技術は、優れた冷間鍛造性および冷間鍛造後の被削性を有する鋼および鋼材を提供するとともに、冷間鍛造と窒化の処理が施された部品に、高い芯部硬さ、高い表面硬さおよび深い有効硬化層深さを具備させることができる。しかしながら、特許文献1では、疲労強度については全く言及されておらず、したがって耐久比(疲労強度/引張強度)の向上については検討されていなかったのである。
【0011】
一方、特許文献2に開示されている技術は、圧延ままで冷間加工に供することができる冷間圧造用鋼に係るものであって、熱間圧延中にV炭化物(VC)を析出させ、固溶Cを減少させることによって冷間鍛造性を高めた鋼を提供するものである。しかしながら、特許文献2の技術は、疲労強度を考慮したものではない。また、強度を向上させる場合は、調質処理することを前提としており、調質処理後の硬化した状態で切削が必要となり、被削性の低下が避けられなかった。
【0012】
本発明は以上の事情を背景としてなされたもので、冷間鍛造工程において高い冷間鍛造性を示し、同時に冷間鍛造による加工硬化および冷間鍛造後の時効硬化によって、高い耐久比が得られるようにした冷間鍛造部品の製造方法を提供することを課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上述の課題を解決するために本発明者等が種々実験・検討を重ねた結果、下記(A)〜(E)の事項が明らかとなった。
【0014】
(A)優れた冷間鍛造性を得るためには、鍛造に供する素材(鋼)の硬さを低減することが必要である。素材の硬さを低減することによって鍛造荷重を低下させることができる。また、冷間鍛造時の割れを抑えるためには、素材となる鋼のC量を低減することが効果的である。
【0015】
(B)冷間鍛造後の硬さを抑えながらも、高い疲労強度を得るためには、部品の耐久比(疲労強度/引張強度)を高めることが肝要である。部品の耐久比を高めるためには、冷間鍛造による加工硬化と炭窒化物の析出を活用することが効果的である。なお本発明における高い耐久比とは、0.55以上の耐久比であることを指す。0.60以上であればなお望ましい。
【0016】
(C)冷鍛性を保持したままで、V炭窒化物を析出させるためには、冷間鍛造後にAc3点以下の温度域に昇温することによって得られる時効析出を活用することが効果的である。
【0017】
(D)冷間鍛造によって相当ひずみを付与することによって、V炭窒化物の析出が促進されて、部品の耐久比が向上することが明らかになった。
【0018】
(E)冷間鍛造時に高い鍛造性を示すためにC量を低減し、冷間鍛造後に時効析出処理のための昇温を実施しても、素材の化学組成を適切に制御すれば、充分な時効析出が得られ、部品の耐久比が向上することが明らかになった。
【0019】
本発明は、以上の(A)〜(E)の知見に基づいて完成されたものであり、その要旨は、下記(1)〜(2)に示す冷間鍛造時効硬化鋼部品の製造方法にある。
【0020】
(1)質量%で、
C:0.02〜0.13%、
Si:0.01〜0.50%、
Mn:0.20〜0.70%、
S:0.005〜0.020%、
Al:0.005〜0.050%、
Cr:0.02〜1.50%、
V:0.02〜0.50%、
N:0.003〜0.030%
を含有し、かつ
P:0.020%以下
に制限され、残部がFeおよび不可避的不純物からなる化学組成を有し、
しかも金属組織が、フェライトとパーライトを主体として、フェライトおよびパーライトの総面積率が90%以上である熱間圧延鋼材を素材とし、
前記素材に対し、製品の部品における、少なくとも疲労強度が要求される部位に0.2以上の相当ひずみが付与されるように冷間鍛造を施し、
さらに前記素材のAc3点以下の温度域で時効硬化処理を施して、前記素材のV含有量に対する前記部位における析出物として析出したVの量の比率であるV析出量が40%以上である冷間鍛造時効硬化鋼部品を得ることを特徴とする冷間鍛造時効硬化鋼部品の製造方法。
【0021】
(2)前記熱間圧延鋼材が、さらに、Cu:0.20%以下、Ni:0.20%以下およびMo:0.20%以下のうちの1種以上を含有することを特徴とする前記(1)の冷間鍛造時効硬化鋼部品の製造方法。
【0022】
(3)製品の部品の使用時において最大応力が生じると想定される箇所を含み、少なくともその最大応力の90%以上の応力が生じると想定される領域を、前記部位としていることを特徴とする、前記(1)、(2)のいずれかの冷間鍛造時効硬化鋼部品の製造方法。
【発明の効果】
【0023】
本発明の冷間鍛造時効硬化鋼部品の製造方法によれば、冷間鍛造時における冷間鍛造性が優れ、しかも焼入れ焼戻しや高周波焼入れなどを行うことなく、時効硬化処理によって高い耐久比と被削性が確保できる。そのため、従来一般的であった「熱間鍛造−切削」工程に代えて、「冷間鍛造−時効硬化処理−切削」工程によって、自動車部品、産業機械部品、建設機械部品など機械構造部品を製造することができ、鍛造上がり材でニアネットシェイプ化を図って、生産性を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
図1】冷間鍛造において付与する相当ひずみと製品の耐久比との関係についての実験結果を示すグラフである。
図2】製品の部品におけるV析出量と製品の耐久比との関係についての実験結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下に、本発明の冷間鍛造時効硬化鋼部品の製造方法について、詳細に説明する。
【0026】
本発明の冷間鍛造時効硬化鋼部品の製造方法においては、熱間圧延鋼材を素材として、それ以降の製造プロセスを規定しているが、製造プロセス条件のみならず、素材である熱間圧延鋼材の成分組成、及び金属組織状況も重要である。そこで、先ず、素材の成分組成について説明する。なお、以下の記載中における各元素の含有量の「%」は、全て「質量%」を意味する。
【0027】
本発明の冷間鍛造時効硬化鋼部品の製造方法において、素材として用いられる熱間圧延鋼材は、必須成分として、C:0.02〜0.13%、Si:0.01〜0.50%、Mn:0.20〜0.70%、S:0.005〜0.020%、Al:0.005〜0.050%、Cr:0.02〜1.50%、V:0.02〜0.50%、N:0.003〜0.030%を含有する鋼である。そこで先ずこれらの必須成分元素の限定理由について説明する。
【0028】
<C:0.02〜0.13%>
Cは、機械構造部品としての強度を高めるために必要な元素である。しかしながら、その含有量が0.13%を超えれば、冷間鍛造時に割れが発生するため、Cの含有量を0.13%以下とした。またC含有量が0.02%未満では、時効硬化処理後に400MPa以上の引張強度、250MPa以上の疲労強度を確保できない。このため、Cの含有量を0.02%以上とした。なお、Cの含有量は、0.03%以上、0.10%未満とすることが望ましい。
【0029】
<Si:0.01〜0.50%>
Siは、鋼の溶製時の脱酸用として必要な元素であり、この効果を得るために0.01%以上のSiを含有させる。しかしながらSiは、フェライトを固溶強化するため、Siの含有量が0.50%を超えれば、冷間鍛造性を低下させてしまう。したがって、Siの含有量は0.50%以下とした。なお、Siの含有量は、0.05%以上、0.45%以下とすることが望ましい。
【0030】
<Mn:0.20〜0.70%>
Mnは、固溶強化元素として最終部品の強度を高める。Mnの含有量が0.20%未満では最終部品の強度が不足し、また0.70%を超えれば、冷間鍛造性を低下させてしまう。このため、Mnの含有量を0.20〜0.70%とした。なお、Mnの含有量は、0.25%以上、0.65%以下とすることが望ましい。
【0031】
<S:0.005〜0.020%以下>
Sは、被削性を向上させる元素である。被削性向上の効果を得るためには0.005%以上のSを含有する必要がある。一方、0.020%を超えてSを含有すれば、鋼中に粗大な硫化物を生成させ、冷間鍛造時の割れ発生の原因となる。したがって、Sの含有量を0.005〜0.020%とした。なお、Sの含有量は、0.018%以下とすることが望ましい。
【0032】
<V:0.02%〜0.50%>
Vは、時効硬化処理の際に炭窒化物を形成することによって、疲労強度と耐久比を高めるために有効である。この効果を得るために、Vを0.02%以上含有させる。一方、合金コストの観点から、Vの上限を0.50%とした。なお、V含有量は0.03%以上であることが望ましい。
【0033】
<Al:0.005〜0.050%>
Alは、鋼精錬時の脱酸剤である。脱酸の効果を得るために0.005%以上のAlを含有させる。一方、その含有量が0.050%を超えれば、鋼中に粗大なAl介在物が生成され、冷間鍛造時の割れ発生の原因となる。したがって、Alの含有量を0.050%以下とした。なお、Alの含有量は、0.045%以下とすることが望ましい。
【0034】
<Cr:0.02〜1.50%>
Crは、固溶強化元素として鍛造後の疲労強度を高める効果を有する。Cr含有量が0.02%未満であれば、この効果は得られない。一方、Crは炭化物生成元素であるため、Cr含有量が1.50%を超えれば、鋼中に安定なCr炭化物が生成され、V炭窒化物の析出を阻害する場合がある。このため、Crの含有量を0.02〜1.50%とした。なお、Crの含有量は、0.03%以上とすることが望ましく、1.30%以下とすることが望ましい。
【0035】
<N:0.003〜0.030%>
Nは、冷間鍛造後の時効硬化処理においてVと結合し、炭窒化物として析出することによって耐久比を向上させる効果を示す。この効果を得るために、0.003%以上のNを含有させる。しかしながら、過剰にNが含有されれば、冷鍛性低下の原因となるため、その含有量を0.030%以下とする。なお、Nの含有量は、0.025%以下とすることが望ましい。
【0036】
本発明の冷間鍛造時効硬化鋼部品の製造方法で使用する熱間圧延鋼材は、基本的には、上述のCからNまでの各元素を必須成分とし、その残部はFeおよび不純物からなるものであれば良いが、不純物中のPについては、0.05%以下に制限する。このようなPの規制理由について次に説明する。なおここで不純物とは、鉄鋼材料を工業的に製造する際に、原料としての鉱石、スクラップまたは製造環境などから混入するものを指す。
【0037】
<P:0.020%以下>
Pは、鋼中に不可避的に含有される成分であり、鋼中で偏析しやすく、局所的な延性低下の原因となる。特に、その含有量が0.020%を超えれば、局所的な延性低下が著しくなる。したがって、Pの含有量を0.020%以下と制限した。なお、Pの含有量は、0.018%以下に制限することが望ましい。
【0038】
さらに本発明の冷間鍛造時効硬化鋼部品の製造方法で使用する熱間圧延鋼材は、前述のようなCからNまでの元素を含有すると同時に、Pを前述のように制限するばかりでなく、さらに、Cu、Ni、およびMoのうちの1種以上の元素を含有してもよい。そこでこれらの選択的添加元素について、次に説明する。
【0039】
<Cu:0.20%以下>
Cuは鋼の疲労強度を高める効果を有するため、0.20%以下含有させてもよい。一方、Cuが0.20%を超えれば、冷間鍛造性の低下を招く。そこで冷間鍛造性確保の観点から、Cuを含有させる場合のCuの量は、0.20%以下とした。なおCuを含有させる場合のCuの量は0.15%以下とすることが好ましい。
【0040】
<Ni:0.20%以下>
Niは鋼の疲労強度を高める効果を有するため、0.20%以下含有させてもよい。一方、Niが0.20%を超えれば、冷間鍛造性の低下を招く。冷間鍛造性確保の観点から、Niを含有させる場合のNiの量は、0.20%以下とした。なおNiを含有させる場合のNiの量は0.15%以下とすることが好ましい。
【0041】
<Mo:0.20%以下>
Moは鋼の疲労強度を高める効果を有するため、0.20%以下含有させてもよい。一方、Moが0.20%を超えれば、冷間鍛造性の低下を招く。冷間鍛造性確保の観点から、Moを含有させる場合のMoの量は、0.20%以下とした。なおMoを含有させる場合のMoの量は0.15%以下とすることが好ましい。
【0042】
本発明の冷間鍛造時効硬化鋼部品の製造方法において素材として用いられる熱間圧延鋼材は、その金属組織(ミクロ組織)の状況も重要である。そこで、金属組織について次に説明する。
【0043】
<金属組織について>
本発明で使用する熱間圧延鋼材の金属組織(ミクロ組織)は、好ましくは、フェライト、またはフェライトおよびパーライトの混合組織である。より具体的には、ミクロ組織において、フェライトおよびパーライトの好ましい総面積率は90%以上である。ベイナイトおよびマルテンサイトは、フェライトおよびパーライトと比較して冷間鍛造性に劣り、冷間鍛造時の割れの発生原因となりうる。したがって、上記ミクロ組織において、ベイナイトおよびマルテンサイトの総面積率は、好ましくは5%以下とする。なお冷間鍛造時の割れを抑制する観点から、ベイナイト組織、マルテンサイト組織はその生成量が0であっても構わない。
【0044】
<製造方法概要>
本発明の冷間鍛造時効硬化鋼部品の製造方法においては、前述のような成分組成、金属組織を有する熱間圧延鋼材を素材とし、製品の部品における、少なくとも疲労強度が要求される部位に相当歪みが0.2以上の相当ひずみが付与されるように冷間鍛造を施し、さらに前記素材のAc3点以下の温度域で時効硬化処理を施して、前記部位におけるV析出量が40%である冷間鍛造時効硬化鋼部品を得る。そこで先ず、素材の熱間圧延鋼材の製造方法の一例について説明する。
【0045】
<素材の製造方法について>
先ず上述の化学組成を満たす溶鋼を準備し、造塊法によりインゴットを製造するか、または連続鋳造法により鋳片を製造する。またインゴットまたは鋳片を、熱間圧延(分塊圧延等)してビレットを製造してもよい。
次いで、上記のようにして得られたインゴット、鋳片またはビレットを熱間圧延して、本発明法における素材としての熱間圧延鋼材を製造する。熱間圧延には、例えば連続式熱間圧延方法を適用すればよい。
【0046】
ここで、最終的な冷間鍛造時効硬化鋼部品のV析出量を40%以上とするためには、熱間圧延の最終圧延での圧延温度(最終圧延を実施するスタンドの入側での鋼材温度)を900℃以上にすることが好ましい。また前述のミクロ組織を得るためには、好ましくは、熱間圧延後の鋼材を放冷する。この場合、冷却中にマルテンサイトおよびベイナイトが発生しにくくなり、ミクロ組織中のマルテンサイトおよびベイナイトの面積率を5%以下に抑えることが可能となる。
【0047】
次に上述のような熱間圧延鋼材を用いて、高い耐久比を有する冷間鍛造時効硬化鋼部品を製造するプロセスの一例について説明する。
【0048】
<冷間鍛造時効硬化鋼部品の製造方法について>
前述のような熱間圧延鋼材に対して、先ず所望の部品形状を得るための冷間鍛造を実施して、中間製品を製造する。冷間鍛造は、製品の部品における、少なくとも疲労強度が要求される部位に相当歪みが0.2以上の相当ひずみが付与されるように施す。
次いで中間製品に対して、時効硬化処理を施し、前記の少なくとも疲労強度が要求される部位におけるV析出量が40%である冷間鍛造時効硬化鋼部品を得る。
具体的には、中間製品を、200℃以上、Ac3点以下の温度に加熱して、この温度で、好ましくは30分以上保持する。熱処理温度が200℃未満であれば、V炭窒化物の析出が起こらないため、高い耐久比が得られない。熱処理温度がAc3点を超えれば、V析出物が粗大化して高い耐久比が得られないばかりでなく、オーステナイト変態により熱処理ひずみが発生する。また上記温度での保持時間が30分未満であれば、V炭窒化物の析出が起こらず、高い耐久比が得られないおそれがある。一方、上記温度での保持時間が長すぎれば、同様の効果は得られるが、製造コストが高くなる。したがって、好ましい保持時間は180分以下である。
なお、Ac3点は、以下の式によって算出することができる。
Ac3(℃)=−230.5×C+31.6×Si−20.4×Mn−39.8×Cu−18.1×Ni−14.8×Cr+16.8×Mo+912
【0049】
<冷間鍛造での相当ひずみについて>
前述のように、冷間鍛造においては、少なくとも製品の部品において疲労強度が要求される部位に相当ひずみ0.2以上が付与されるように鍛造成形する必要がある。冷間鍛造で付与される相当ひずみが0.2未満では、加工硬化の程度が小さく、高い耐久比を得ることができない。ここで、部品形状によっては、部品全体に相当ひずみ0.2以上を付与することが困難な場合も考えられるため、その場合は、疲労強度が要求される部位に冷間鍛造によって0.2以上の相当ひずみを付与すればよい。
【0050】
<疲労強度が要求される部位について>
製品の部品の使用時において最大応力が生じると想定される箇所を含み、少なくともその最大応力の90%以上の応力が生じると想定される領域を、前記の疲労強度が要求される部位とし、少なくともその領域に、冷間鍛造により相当ひずみ0.2以上が付与されればよい。具体的には、例えば製品の部品に付与される最大応力の位置を有限要素法解析(FEM解析)によって特定し、最大応力〜最大応力×0.9の領域を、前記の疲労強度が要求される部位とすることが好ましい。
【0051】
<相当ひずみ0.2以上について>
冷間鍛造において、疲労強度が要求される部位に付与する相当ひずみを0.2以上とする根拠は、次のような実験結果に基づくものである。
C:0.05〜0.12%、Si:0.05%、Mn:0.45%、V:0.09〜0.25%を含有し、残部はFeを主とする複数の直径36mmの鋼材に対して、加工率10%の冷間鍛造を模擬した直径34mmへの引抜き加工、加工率20%の冷間鍛造を模擬した直径32mmへの引抜き加工、加工率50%の冷間鍛造を模擬した直径25mmへの引抜き加工、加工率75%の冷間鍛造を模擬した直径18mmへの引抜き加工をそれぞれ実施し、Ac3変態点以下で30〜60分保持する熱処理(時効硬化処理)を実施後、引張試験、小野式回転曲げ疲労試験を実施して、耐久比を調べた。ここで、直径34mmの引抜き材の相当ひずみは0.1、直径32mmの引抜き材の相当ひずみは0.2、直径25mmの引抜き材の相当ひずみは0.7、直径18mmの引抜き材の相当ひずみは1.4である。
【0052】
図1に、これらの相当ひずみの値と、耐久比との関係を示す。図1より、疲労強度が要求される部位に冷間鍛造によって0.2以上の相当ひずみを付与し、時効硬化処理を行うことによって、耐久比を0.55以上にすることができることが明らかとなった。そこで、望まれる耐久比を得るために必要な相当ひずみを0.2以上とした。
【0053】
<V析出量について>
本発明の製造方法によって得られる冷間鍛造時効硬化鋼部品は、上記のような疲労強度が要求される部位において、40%以上のV析出量が必要である。V析出量が40%未満では、時効硬化の程度が小さく、高い耐久比を得ることができない。なおここでV析出量とは、冷間鍛造時効硬化鋼部品に含有されるVのうち、炭窒化物として析出したVの量比(%)を意味する。
【0054】
<V析出量の測定方法について>
V析出量は、次の抽出残渣分析法により求められる。
すなわち、10mm×10mm×10mmの試料を、鋼材の中心位置から切り出し、抽出残渣分析用試料とする。10%AA系(テトラメチルアンモニウムクロライド、アセチルアセトン、メタノールを1:10:100で混合した液体)溶液中で、試料を定電流電気分解する。
より具体的には、試料の表面の付着物を除去するため、先ず、電流:1000mA、時間:28分、室温の条件で、試料に対して予備電気分解を行う。その後、試料表面の付着物をアルコール中で超音波洗浄して試料から除去する。付着物を除去された試料の質量(電気分解前の試料の重量)を測定する。
【0055】
次いで、電流:173mA、時間:142分、室温の条件で試料を電気分解する。電気分解した試料を取り出し、試料表面の付着物(残渣)をアルコール中で超音波洗浄して試料から除去する。その後、電気分解後の溶液および超音波洗浄に用いた溶液を、メッシュサイズ0.2μmのフィルターで吸引ろ過して残渣を採取する。
このようにして付着物(残渣)が除去された試料の質量(電気分解後の試料の質量)を測定する。そして電気分解前後の試料の質量の測定値の差から、「電気分解された試料の質量」を求める。
【0056】
一方、上記のフィルター上に採取された残渣を、シャーレに移して乾燥させ、質量を測定する。その後、JIS G1258に準拠して、ICP発光分析装置(高周波誘導結合プラズマ発光分光分析装置)により残渣を分析して、「残渣中のVの質量」を求める。求めた「残渣中のVの質量」を前述の「電気分解された試料の質量」と鋼材のV質量%を掛けて得られる「電気分解された試料中の全V質量」で除して、百分率表示したものを、「V析出量(%)とする。
【0057】
<V析出量40%以上について>
次にV析出量40%以上と規定した根拠を説明する。
C:0.05〜0.12%、Si:0.05%、Mn:0.45%、V:0.09〜0.25%を含有し、残部はFeを主とする複数の直径36mmの鋼材、言い換えればV析出量を種々変化させた鋼材に対して、加工率10%の冷間鍛造を模擬した直径34mmへの引抜き加工、加工率20%の冷間鍛造を模擬した直径32mmへの引抜き加工、加工率50%の冷間鍛造を模擬した直径25mmへの引抜き加工、加工率75%の冷間鍛造を模擬した直径18mmへの引抜き加工をそれぞれ実施し、Ac3変態点以下で30〜60分保持する熱処理(時効硬化処理)を実施後、引張試験、小野式回転曲げ疲労試験を実施し、耐久比を調べた。ここで、直径34mmの引抜き材の相当ひずみは0.1、直径32mmの引抜き材の相当ひずみは0.2、直径25mmの引抜き材の相当ひずみは0.7、直径18mmの引抜き材の相当ひずみは1.4である。
【0058】
図2に、測定した耐久比とV析出量との関係を示す。図2より、疲労強度が要求される部位のV析出量を40%以上とすることによって、耐久比を0.55以上にすることができることが明らかとなった。そこで、望まれる耐久比を得るために必要なV析出量を40%以上と規定した。
【0059】
本発明の作用・効果を検証するために行なった実施例を以下に示す。
【実施例】
【0060】
<丸棒鍛伸材の作製について>
表1に示す化学成分を有する鋼A〜Lを真空溶解にて150kg溶製し、インゴットを製造した。
表1に示すように、鋼A〜Iの化学組成は本発明の範囲内であり、一方、鋼J〜Lの化学組成は本発明の範囲から外れている。
製造されたインゴットに対して、熱間圧延を模擬した熱間鍛造を実施して、直径42mmの丸棒鍛伸材を製造した。熱間鍛造における加熱温度(℃)および仕上げ温度(℃)は、表2の試験番号1〜12に示すとおりである。
【0061】
【表1】
【0062】
【表2】
【0063】
<ミクロ組織観察について>
各試験番号1〜12の丸棒鍛伸材を、軸方向に対して垂直な方向で切断(横断)してサンプルを採取した。サンプルを樹脂に埋め込んだ後、上記切断された面(観察面)を研磨した。研磨後の観察面に対してナイタル腐食を実施してミクロ組織を観察し、ミクロ組織中の相(フェライト、パーライト、ベイナイト、マルテンサイト)を特定した。さらに、観察面において、フェライトおよびパーライトの面積率を求めた。
表2中の「ミクロ組織」中の「F/P」は、観察したミクロ組織において、フェライトおよびパーライトの面積率が95%以上であったことを意味する。
【0064】
<冷間鍛造性評価試験について>
各試験番号1〜12の丸棒鍛伸材から、直径14mm、高さ21mmの円柱状試験片を切り出した。円柱状試験片を用いて、室温での圧縮試験による冷間鍛造性評価を実施した。
具体的には、圧縮試験において、加工率(=(1−加工後の試験片高さ/加工前の試験片高さ)×100)が70%の時点(以下、70%加工という)で、試験片のき裂の有無を観察した。観察は、目視にて(肉眼、または簡単な拡大鏡を用いて)、微細な割れ(長さ0.5〜1.0mm)の有無を観察した。
各試験番号1〜12において、5本ずつ上記圧縮試験を実施した。5本とも割れが確認されないことを目標とした。
【0065】
<冷間鍛造について>
各試験番号1〜12の丸棒鍛伸材に対して、ピーリング加工を実施し、直径36mmの丸棒を製造した。丸棒に対して、加工率75%の冷間鍛造を模擬した引抜き加工を実施して、直径18mmの丸棒を製造した。
【0066】
<時効硬化処理について>
製造された直径18mmの丸棒に対して、時効硬化処理を実施した。時効硬化処理での熱処理温度はいずれも600℃であり、保持時間はいずれも60分であった。
【0067】
<V析出量測定について>
時効処理後の直径18mmの丸棒の中心部から10mm×10mm×10mmの抽出残渣試験片を採取した。抽出残渣試験片を用いて、前述の方法により、抽出残渣によるV析出量(質量%)を求めた。V析出量は、40%以上を目標とした。
【0068】
<硬さ試験について>
時効硬化処理後の直径18mmの丸棒を、軸方向に対して垂直な方向で切断(横断)してサンプルを採取した。サンプルを樹脂に埋め込んだ後、上記切断された面(観察面)を研磨した。その後、観察面に対して、JIS Z2244に準拠したビッカース硬さ試験を実施した。試験力は9.8Nとした。測定箇所は、丸棒鍛伸材の中心付近の任意の5点とした。測定された5点の値の平均を、その試験番号の硬さ(Hv)とした。
【0069】
<引張試験および疲労試験について>
時効硬化処理後の直径18mmの丸棒を用いて、JIS Z2241に準拠した引張試験、およびJIS Z2274に準拠した小野式回転曲げ疲労試験を実施して、引張強度(MPa)および疲労強度(MPa)を求め、さらに、耐久比(=疲労強度/引張強度)を求めた。耐久比は、0.55以上を目標とした。
【0070】
<試験結果について>
表2に各試験結果を示す。表2を参照すれば、試験番号1〜9の化学組成は本発明の範囲内であり、しかも熱間圧延後のミクロ組織がフェライト・パーライト組織からなり、フェライトおよびパーライトの総面積率が90%以上であった。その結果、70%加工において割れが確認されず、優れた冷間鍛造性が得られた。さらに、疲労強度が要求される部位に冷間鍛造で付与される相当ひずみが0.2以上であり、時効処理後のV析出量が40%以上であった。その結果、耐久比はいずれも0.55以上であり、高い耐久比が得られた。
【0071】
これに対して、試験番号10〜12では、所望の冷間鍛造性または耐久比が得られなかった。
具体的には、試験番号10の場合、C含有量が本発明で規定するC含有量の上限を超えた。そのため、70%加工において、き裂が観察され、目標とする冷間鍛造性が得られなかった。
また試験番号11の場合、V含有量が本発明で規定するV含有量の下限未満であった。そのため、目標とする冷間鍛造性は得られたものの、耐久比が0.53と低く、目標とする耐久比が得られなかった。
さらに試験番号12の場合、Cr含有量が本発明で規定するCr含有量の上限を超えた。そのため、耐久比が0.52と低く、目標とする耐久比が得られなかった。
【0072】
以上、本発明の実施の形態および実施例を説明した。しかしながら、上述した実施の形態および実施例は、本発明を実施するための例示に過ぎない。したがって、本発明は上述した実施形態、実施例に限定されることなく、その趣旨を逸脱しない範囲内で適宜変更して実施することができる。
【0073】
以上のとおり、本発明の製造方法によって得られた冷間鍛造時効硬化鋼部品は、冷間鍛造工程において高い冷間鍛造性を有し、冷間鍛造による加工硬化および冷間鍛造後の時効硬化によって、高い耐久比を示す。そのため、これまで「熱間鍛造‐切削」工程で製造していた自動車部品、産業機械用部品、建設機械用部品など機械構造部品の製造に広く適用可能であり、部品のニアネットシェイプ化に貢献できる。
図1
図2