特許第6593243号(P6593243)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6593243
(24)【登録日】2019年10月4日
(45)【発行日】2019年10月23日
(54)【発明の名称】イオントラップ質量分析装置
(51)【国際特許分類】
   H01J 49/42 20060101AFI20191010BHJP
   H01J 49/16 20060101ALI20191010BHJP
   H01J 49/02 20060101ALI20191010BHJP
   G01N 27/62 20060101ALI20191010BHJP
【FI】
   H01J49/42
   H01J49/16
   H01J49/02
   G01N27/62 V
【請求項の数】7
【全頁数】15
(21)【出願番号】特願2016-81328(P2016-81328)
(22)【出願日】2016年4月14日
(65)【公開番号】特開2017-191737(P2017-191737A)
(43)【公開日】2017年10月19日
【審査請求日】2018年10月29日
(73)【特許権者】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110001069
【氏名又は名称】特許業務法人京都国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】山内 祥聖
(72)【発明者】
【氏名】高橋 秀典
【審査官】 鳥居 祐樹
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2015/133259(WO,A1)
【文献】 米国特許出願公開第2016/0372311(US,A1)
【文献】 特開平10−012187(JP,A)
【文献】 特開2004−206933(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 27/62
H01J 49/00−49/48
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料成分由来のイオンをイオントラップの内部で解離して生成したプロダクトイオンを質量分析するイオントラップ質量分析装置であって、
a)試料成分由来のイオンを電場の作用により捕捉するイオントラップと、
b)前記イオントラップに捕捉されているイオンに水素ラジカルを照射することで該イオンを解離させる水素ラジカル照射部と、
c)前記イオントラップに捕捉されているイオンに熱を与えることで前記水素ラジカルによるイオンの解離を促進させる熱付与部と、
を備えることを特徴とするイオントラップ質量分析装置。
【請求項2】
請求項1に記載のイオントラップ質量分析装置であって、
マトリクス支援レーザ脱離イオン化法によるイオン源をさらに備え、該イオン源により生成した1価のイオンに対して前記イオントラップ内で解離を行うことを特徴とするイオントラップ質量分析装置。
【請求項3】
請求項1又は2に記載のイオントラップ質量分析装置であって、
前記熱付与部は、前記イオントラップを構成する複数の電極の間に配置された絶縁体であるセラミックヒータと、該セラミックヒータに加熱電力を供給する加熱電源部と、前記イオントラップ内に熱媒体としてバッファガスを導入するガス導入部と、
を含むことを特徴とするイオントラップ質量分析装置。
【請求項4】
請求項1又は2に記載のイオントラップ質量分析装置であって、
前記熱付与部は、前記イオントラップの外側でバッファガスを加熱するガス加熱部と、
前記イオントラップ内に前記ガス加熱部により加熱されたバッファガスを導入するガス導入部と、
を含むことを特徴とするイオントラップ質量分析装置。
【請求項5】
請求項4に記載のイオントラップ質量分析装置であって、
前記ガス加熱部は、前記バッファガスを前記イオントラップに導入するためのガス導入管を加熱するヒータと、該ヒータに加熱電力を供給する加熱電源部と、
を含むことを特徴とするイオントラップ質量分析装置。
【請求項6】
請求項3又は4に記載のイオントラップ質量分析装置であって、
前記バッファガスはイオントラップ内に捕捉したイオンをクーリングするのに利用されるクーリングガスを兼ねることを特徴とするイオントラップ質量分析装置。
【請求項7】
請求項1に記載のイオントラップ質量分析装置であって、
前記熱付与部からイオンに熱を与える際の温度を変化させたときにそれぞれ得られる一つの試料成分由来の複数のプロダクトイオンの強度情報を用いて、該試料成分の構造情報を推定するデータ処理部をさらに備えることを特徴とするイオントラップ質量分析装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、試料成分由来のイオンを電場の作用によりイオントラップ内に捕捉し、その捕捉したイオンを1又は複数段階に解離させ、その解離により生成されたプロダクトイオンを質量分析するイオントラップ質量分析装置に関する。なお、ここでいうイオントラップ質量分析装置は、イオントラップ自体でプロダクトイオンを質量電荷比に応じて分離しつつ外部の検出器で検出する質量分析装置のほか、イオントラップからプロダクトイオンを放出して例えば飛行時間型質量分析器などの外部の質量分離器で質量電荷比に応じて分離して検出する質量分析装置も含むものとする。
【背景技術】
【0002】
高分子化合物を同定したりその構造を解析したりするために、近年、目的とする化合物由来のイオンを1又は複数段階に解離させ、それにより生成されたプロダクトイオン(フラグメントイオン)を質量電荷比に応じて分離して検出する質量分析法が広く利用されている。このような質量分析のための装置としては、イオントラップ飛行時間型質量分析装置などがよく知られている。こうした質量分析装置においてイオントラップに捕捉されている分子量の大きなイオンを解離する手法としては、励振させたイオンをアルゴンなどのガスに衝突させて解離を誘起する衝突誘起解離(CID=Collision Induced Dissociation)法が最も一般的であるが、複数の赤外線光子をイオンに吸収させることで該イオンの内部エネルギを高めイオンを解離させる赤外多光子吸収解離(IRMPD=Infrared Multi-Photon Dissociation)法も知られている。また、タンパク質やペプチド由来のイオンの解離には電子移動解離(ETD=Electron Transfer Dissociation)法や電子捕獲解離(ECD=Electron Capture Dissociation)法なども広く用いられている。
【0003】
ETD法では、負の分子イオンを反応イオンとしてイオントラップ内に照射し、それをイオントラップ内で試料成分由来のイオンと衝突させ相互作用を生じさせる。この相互作用によって反応イオンの電子が試料成分由来のイオンのプロトンに移動し、該プロトンは水素ラジカルに変化する。この反応により生成されるイオンのラジカル種が結合特異的に解離する。一方、ECD法では、電子をイオントラップ内に照射し、イオントラップ内で試料成分由来のイオンのプロトンに電子を付加させる。それにより、該プロトンは水素ラジカルに変化し、この反応により生成されるイオンのラジカル種が結合特異的に解離する。
【0004】
ETD法やECD法はCID法などの衝突性解離法とは異なり、不対電子誘導型の解離法であるため、ペプチド主鎖のN−Cα結合の開裂が特異的に起こる。そのため、低エネルギCIDでは生成されにくい、c/z系列のフラグメントイオンが盛んに生成される。また、糖鎖などの修飾部位が保持されたまま解離するため、修飾物の同定や修飾部位の特定がし易く、高分子化合物の構造解析に有用である。
【0005】
しかしながら、ETD法やECD法においては、試料成分由来の1価イオンはラジカル反応後にすぐに中性化してしまうため、理論的に、2価以上の多価イオンの解離しか行うことができない。そのため、生成されるイオンの殆どが1価であり、現在、生体試料のイオン化に最も広範に利用されているマトリクス支援レーザ脱離イオン化(MALDI)イオン源との組み合わせには難がある。また、ETD法やECD法は一般的に正イオンに対してのみ有効であって、負イオンを解離させることは難しい。また、1回の解離毎にイオンの価数が減少するため、アミノ酸の側鎖を含むインモニウムイオンを生成するために複数回の解離を行うという操作は、アミノ酸残基数以上の価数を持つイオンにしか適用することができない。
【0006】
こうした従来のイオン解離法における幾つかの課題を解決するために、本発明者らは水素付着解離法(Hydrogen-Attachment Dissociation、以下HAD法と略す)を開発し特許文献1において提案している。簡単にいうとHAD法は水素ラジカル(=水素原子)をイオンに付着させてイオンを解離する方法であり、解離メカニズム自体はECD法やETD法と類似していると考えられており、いずれも不対電子誘導型のイオン解離法であるということができる。解離メカニズムは類似しているものの、ECD法やETD法では電子を分子イオンに与えることで該イオンを解離させるため、解離に伴い分子イオンの価数が減る。これに対し水素ラジカルは中性であってHAD法では解離に伴い分子イオンの価数が減ることはないため、1価を含む全てのイオンに適用可能であるという大きな利点がある。
【0007】
しかしながら、HAD法はECD法やETD法と同様にイオン解離効率が低く、そのためにプロダクトイオンの検出感度が低い。また、HAD法は解離箇所の網羅率を示すシーケンスカバレージ(主鎖の全ペプチド結合数に対して解離したペプチド結合の数の割合)が低い。シーケンスカバレージが低いとペプチドのプロダクトイオンスペクトルから得られる情報が少ないため、アミノ酸配列の推定精度が低下したり推定不能になったりし易いという問題がある。また、HAD法では、分子イオン内で水素の移動が起き、移動した水素の分だけ解離イオンの質量が±数Da変化し(これを水素転移という)、結果として解離イオンのピークが分散し強度が下がってしまうことも課題である。ただし、水素転移は水素が付着してから解離するまでに時間を要した場合に発生すると考えられており、イオン解離効率を向上させることで解離するまでの時間が短縮されれば、同時に水素転移も抑制されると考えられる。
【0008】
イオン解離効率を改善するために、ECD法やETD法では、外部から補助的にエネルギを与える方法(サプリメンタルアクティベーション法と総称される)が試みられている。サプリメンタルアクティベーション法としては、CID法と同様の操作をイオンが解離しない程度の低いエネルギで以て行うコリジョナルアクティベーション(Collisional Activation)法(非特許文献4など参照)、IRMPD法と同様の操作をイオンが解離しない程度の低いエネルギで以て行うIRアクティベーション(IR Activation)法(非特許文献5、6など参照)、イオントラップを構成する電極を加熱しガスを介すなどしてイオンを熱浴してイオンのエネルギを高めるサーマルアクティベーション(Thermal Activation)法(非特許文献1〜3参照)などの試みが行われ、イオン解離効率の向上やシーケンスカバレージの改善などの効果が報告されている。
【0009】
一方、HAD法はごく最近確立された方法であり、サプリメンタルアクティベーション法の検討は殆ど行われていない。特許文献1には、HAD法のイオン解離効率を向上させる一手法として、コリジョナルアクティベーション法が効果的であることが示されているものの、それ以外のサプリメンタルアクティベーション法の適用例はない。HAD法へのコリジョナルアクティベーション法の適用は確かに効果的ではあることが確認されているものの、イオンを励振させるためにイオントラップの電極に印加する電圧の値又は周波数、反応時間、背景ガス圧などの適切な条件が試料の種類等によって異なり、そうした条件の調整がかなり面倒である。また、そうした条件の調整を誤ると、HAD法ではなくCID法による解離が起こってしまい、糖鎖等の翻訳後修飾が脱離して翻訳後修飾を受けたペプチドの同定が困難になる、という問題もある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】国際公開第2015/133259号
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】ブッチャー(David J. Butcher)、ほか3名、「サーマル・ディソシエイション・オブ・ゲイズオス・ブラッディキニン・イオンズ、(Thermal Dissociation of Gaseous Bradykinin Ions)」、Journal of Physical Chemistry A、1999年、Vol. 103、pp.8664-8671
【非特許文献2】ピテリ(Sharon J. Pitteri)、ほか2名、「エレクトロン-トランスファー・イオン/イオン・リアクションズ・オブ・ダブリー・プロトネイテッド・ペプタイズ:エフェクト・オブ・エレベイテッド・バス・ガス・テンパレイチャー(Electron-Transfer Ion/Ion Reactions of Doubly Protonated Peptides: Effect of Elevated Bath Gas Temperature)」、Anal. Chem. 2005年、Vol. 77、pp.5662-5669
【非特許文献3】ブルーカー(Kathrin Breuker)、ほか4名、「ディテイルド・アンフォールディング・アンド・フォールディング・オブ・ゲイズオス・ユビキティン・イオンズ・キャラクタライズド・バイ・エレクトロン・キャプチャー・ディソシエイション(Detailed Unfolding and Folding of Gaseous Ubiquitin Ions Characterized by Electron Capture Dissociation)」、Journal of American Chemical Society、2002年、Vol. 124、pp.6407-6420
【非特許文献4】スワニー(Danielle L. Swaney)、ほか5名、「サプリメンタル・アクティベイション・メソッド・フォー・ハイ-エフィシェンシー・エレクトロン-トランスファー・ディソシエイション・オブ・ダブリー・プロトネイテッド・ペプタイド・プリカーサズ(Supplemental Activation Method for High-Efficiency Electron-Transfer Dissociation of Doubly Protonated Peptide Precursors)」、Anal. Chem. 2007年、Vol. 79、pp.477-485
【非特許文献5】レドヴィナ(Aaron R. Ledvina)、ほか6名、「インフラレッド・フォト-アクティベイション・リデューシズ・ペプタイド・フォールディング・アンド・ハイドロゲン・アトム・マイグレイション・フォローイング・イーティーディー・タンデム・マス・スペクトロメトリー(Infrared Photo-Activation Reduces Peptide Folding and Hydrogen Atom Migration Following ETD Tandem Mass Spectrometry)」、Angewandte Chemie International Edition、2009年、Vol. 48、Issue 45、pp.8526-8528
【非特許文献6】レドヴィナ(Aaron R. Ledvina)、ほか7名、「アクティベイテッド-イオン・エレクトロン・トランスファー・ディソシエイション・インプルーブス・ジ・アビリティ・オブ・エレクトロン・トランスファー・ディソシエイション・トゥー・アイデンティファイ・ペプタイズ・イン・ア・コンプレックス・ミクスチャー(Activated-Ion Electron Transfer Dissociation Improves the Ability of Electron Transfer Dissociation to Identify Peptides in a Complex Mixture)」、Anal. Chem. 2010年、Vol. 82、pp.10068?10074
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は上記課題を解決するためになされたものであり、その目的とするところは、HAD法によるイオン解離効率の向上とシーケンスカバレージの改善を図ることができるイオントラップ質量分析装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者は、従来、ETD法やECD法で試みられているサプリメンタルアクティベーション法の中でサーマルアクティベーション法に着目し、HAD法にサーマルアクティベーション法を適用した実験を繰り返し行った。その結果、HAD法にサーマルアクティベーション法を適用した場合、イオンに熱を浴びせるための熱源の温度を適切に制御することにより、翻訳後修飾を受けたペプチドの翻訳後修飾を脱離させることなくイオン解離効率を十分に向上させることができ、またサーマルアクティベーション法を適用しない場合には実質的に殆ど解離が生じない結合を切断してシーケンスカバレージを改善できることが確認できた。本発明はこうした実験的な知見に基づいてなされたものである。
【0014】
即ち、上記課題を解決するためになされた本発明は、試料成分由来のイオンをイオントラップの内部で解離して生成したプロダクトイオンを質量分析するイオントラップ質量分析装置であって、
a)試料成分由来のイオンを電場の作用により捕捉するイオントラップと、
b)前記イオントラップに捕捉されているイオンに水素ラジカルを照射することで該イオンを解離させる水素ラジカル照射部と、
c)前記イオントラップに捕捉されているイオンに熱を与えることで前記水素ラジカルによるイオンの解離を促進させる熱付与部と、
を備えることを特徴としている。
【0015】
上記イオントラップは、1個のリング電極と一対(2個)のエンドキャップ電極とから成る3次元四重極型の構成、又は複数本のロッド電極を含むリニア型の構成のいずれかである。
【0016】
本発明に係るイオントラップ質量分析装置では、電場の作用によりイオントラップ内に捕捉されているイオンに対し水素ラジカル照射部から所定流量の水素ラジカルを照射して解離(つまりはHAD法による解離)を生じさせるが、その水素ラジカルの照射時又は照射後に熱付与部は捕捉されているイオンに熱を与える。これにより、捕捉されているイオンの内部エネルギは高くなり、その分子内の結合が切れ易くなってイオン解離効率が向上する。また、水素ラジカルの照射を受けただけでは結合エネルギを超えなかった部位でも、熱により活性化されてイオンの内部エネルギが結合エネルギを超えるようになるため、解離する部位が増加してシーケンスカバレージが向上する。また、熱を付与されたイオンが温度平衡に達するとそれ以上イオンには熱によるエネルギは与えられないため、熱によりイオンに与えるエネルギは温度のみで調整することができる。そのため、解離効率やシーケンスカバレージをできるだけ向上しつつ、翻訳後修飾などが脱離しないように解離条件を調整することが容易になる。
【0017】
なお、イオンの解離操作はイオントラップの内部で行われるが、解離により生成されたプロダクトイオンの質量分離はイオントラップの機能自体を利用してもよいし、或いは、イオントラップからプロダクトイオンを排出したあとにイオントラップの外部に設けた質量分離器(例えば飛行時間型質量分離器)で行うようにしてもよい。
【0018】
また本発明に係るイオントラップ質量分析装置は、好ましくは、マトリクス支援レーザ脱離イオン化(MALDI)法によるイオン源をさらに備え、該イオン源により生成した1価のイオンに対して前記イオントラップ内で解離を行う構成とするとよい。
【0019】
HAD法ではECD法やETD法と異なり、解離に際してイオンの価数の減少がないので、1価のイオンを良好に解離することができる。MALDI法では主として1価のイオンが生成されるが、上記構成によれば、MALDI法によるイオン源で生成されイオントラップに導入されて捕捉されている、主として1価の分子イオンを的確に解離させ、それによって得られる様々なプロダクトイオンの質量情報を収集することができる。
【0020】
本発明に係るイオントラップ質量分析装置においてイオントラップ内に捕捉されているイオンに対して熱を付与する方法は特に問わないが、イオンが効率的に熱を浴びるようにするために、本発明に係るイオントラップ質量分析装置の一実施態様として、
前記熱付与部は、前記イオントラップを構成する複数の電極の間に配置された絶縁体であるセラミックヒータと、該セラミックヒータに加熱電力を供給する加熱電源部と、前記イオントラップ内に熱媒体としてバッファガスを導入するガス導入部と、を含む構成とするとよい。
【0021】
例えば3次元四重極型のイオントラップの場合、セラミックヒータはリング電極とエンドキャップ電極とにそれぞれ接触するようにそれら電極の間に配置される構成とすることができる。
こうした構成では、セラミックヒータにより電極自体が加熱され、熱を持ったバッファガスがイオンに接触することで該イオンに熱を付与するとともに、加熱された各電極からの輻射熱によりイオンは加熱される。捕捉されているイオンの周囲の大部分は電極で囲まれているため、効率良くイオンに熱を与えることができ、安定的にイオン解離効率の向上やシーケンスカバレージの改善が期待できる。
【0022】
また本発明に係るイオントラップ質量分析装置の別の実施態様として、
前記熱付与部は、前記イオントラップの外側でバッファガスを加熱するガス加熱部と、前記イオントラップ内に前記ガス加熱部により加熱されたバッファガスを導入するガス導入部と、を含む構成としてもよい。ここで、ガス加熱部は、バッファガスを前記イオントラップに導入するためのガス導入管を加熱するヒータと、該ヒータに加熱電力を供給する加熱電源部と、を含む構成とすることができる。
こうした構成では、専ら熱を持ったバッファガスがイオンに接触することで該イオンに熱を付与することができる。
【0023】
なお、上記イオントラップ質量分析装置において、バッファガスはイオントラップ内に捕捉したイオンをクーリングするのに利用されるクーリングガスを兼ねるものとすればよい。それにより、イオンに熱を与えるために付加する構成要素を最低限に抑えることができる。
【0024】
また本発明に係るイオントラップ質量分析装置において、熱付与部からイオンに熱を与える際の温度の変化に対するイオン解離効率の変化は化合物分子内で一様ではなく、場合によっては温度を上げるとイオン解離効率が下がる場合もある。これは、解離のし易さ・しにくさに影響を及ぼす分子内水素結合により形成されるフォールディングと呼ばれる立体構造が加熱によって変化するためであると推測できる。
そこで、この現象を利用し、本発明に係るイオントラップ質量分析装置では、熱付与部からイオンに熱を与える際の温度を変化させたときにそれぞれ得られる一つの試料成分由来の複数のプロダクトイオンの強度情報を用いて、該試料成分の構造情報を推定するデータ処理部をさらに備える構成とするとよい。
【発明の効果】
【0025】
本発明に係るイオントラップ質量分析装置によれば、従来のHAD法に比べてイオン解離効率を向上させ、且つシーケンスカバレージを改善することができる。また、イオンに与える熱の熱源の温度を適切に調整することによって、糖鎖等の翻訳後修飾を脱離させることなくシーケンスカバレージを改善することができる。それによって、MSn分析で得られるプロダクトイオンの情報が増えるため、糖ペプチドなどの目的試料の同定や構造解析の精度が向上する。
【図面の簡単な説明】
【0026】
図1】本発明の第1実施例であるイオントラップ質量分析装置の概略構成図。
図2】第1実施例のイオントラップ質量分析装置においてセラミックヒータの設定温度の変化に対する実測のプロダクトイオンスペクトルの推移を示す図。
図3】第1実施例のイオントラップ質量分析装置においてセラミックヒータの設定温度の変化に対する各プロダクトイオンのピーク強度の推移をまとめたグラフ。
図4】第1実施例のイオントラップ質量分析装置においてセラミックヒータ温度を150℃とした場合に得られたプロダクトイオンスペクトルを示す図。
図5】本発明の他の実施例(第2実施例)であるイオントラップ質量分析装置の概略構成図。
図6】第1実施例のイオントラップ質量分析装置においてレニン由来の各プロダクトイオンの強度とセラミックヒータの設定温度との関係を実測した結果を示すグラフ。
図7】本発明の他の実施例(第3実施例)であるイオントラップ質量分析装置の概略構成図。
【発明を実施するための形態】
【0027】
本発明の第1実施例であるイオントラップ質量分析装置について、添付図面を参照して説明する。
図1は本実施例のイオントラップ質量分析装置の概略構成図である。本実施例の質量分析装置は、真空雰囲気に維持される図示しない真空チャンバの内部に、目的試料中の成分をイオン化するイオン源1と、イオン源1で生成されたイオンを高周波電場の作用により捕捉するイオントラップ2と、イオントラップ2から射出されたイオンを質量電荷比に応じて分離する飛行時間型質量分離部3と、分離されたイオンを検出するイオン検出器4と、を備える。本実施例のイオントラップ質量分析装置はさらに、イオントラップ2内に捕捉されているイオンを解離させるべく該イオントラップ2内に水素ラジカルを導入するための水素ラジカル照射部5と、イオントラップ2内に所定のガスを供給するガス供給部6と、トラップ電圧発生部7と、制御部8と、データ処理部9と、ヒータ電源部10と、を備える。
【0028】
ここでは、イオン源1はMALDIイオン源であり、試料にレーザ光を照射して該試料中の成分をイオン化する。イオントラップ2は、円環状のリング電極21と、該リング電極21を挟んで対向配置された一対のエンドキャップ電極22、24と、を含む3次元四重極型のイオントラップである。制御部8による指示に応じてトラップ電圧発生部7は、上記電極21、22、24それぞれに対し、所定のタイミングで高周波電圧、直流電圧のいずれか一方又はそれらを合成した電圧を印加する。飛行時間型質量分離部3はこの例ではリニア型であるが、リフレクトロン型やマルチターン型等でもよく、また飛行時間型の質量分離器ではなく、例えばイオントラップ2自体のイオン分離機能を利用して質量分離を行うものやオービトラップなどでもよい。
【0029】
水素ラジカル照射部5は、水素ラジカルを貯留した又は水素ラジカルを生成する水素ラジカル供給源51と、流量を調整可能であるバルブ52と、水素ラジカルを噴出するノズル53と、ノズル53からの噴出流の中心軸上に開口を有し、拡散する水素分子等のガスを分離して細径の水素ラジカル流を取り出すスキマー54と、を含む。
また、ガス供給部6は、バッファガスやクーリングガスなどとして使用されるヘリウム、アルゴンなどを貯留したガス供給源61と、流量を調整可能であるバルブ62と、ガス導入管63とを含む。
【0030】
本実施例のイオントラップ質量分析装置における分析動作を概略的に説明する。
イオン源1においてペプチド混合物などの試料から生成された各種イオン(主として1価のイオン)はパケット状にイオン源1から射出され、入口側エンドキャップ電極22に形成されているイオン導入孔23を経てイオントラップ2の内部に導入される。イオントラップ2内に導入されたペプチド由来のイオンは、トラップ電圧発生部7からリング電極21に印加される電圧によってイオントラップ2内に形成される高周波電場に捕捉される。そのあと、トラップ電圧発生部7からリング電極21等に所定の電圧が印加され、それによって目的とする特定の質量電荷比を有するイオン以外の質量電荷比範囲に含まれるイオンは励振され、イオントラップ2から排除される。これにより、イオントラップ2内に、特定の質量電荷比を有するプリカーサイオンが選択的に捕捉される。
【0031】
それに続き、ガス供給部6においてバルブ62が開放され、イオントラップ2内にクーリングガスとしてHeなどの不活性ガスが導入されることで、プリカーサイオンのクーリングが行われる。これにより、プリカーサイオンはイオントラップ2の中心付近に収束される。その状態で、水素ラジカル照射部5のバルブ52が開放され、水素ラジカル(水素原子)を含むガスがノズル53から噴出する。その噴出流の前方に位置するスキマー54により、水素ガス(水素分子)などのガスは除去され、スキマー54の開口を通過した水素ラジカルは細径のビーム状となって、リング電極21に穿設されているラジカル粒子導入口26を通過する。そして、この水素ラジカルはイオントラップ2内に導入され、イオントラップ2内に捕捉されているプリカーサイオンに照射される。
【0032】
このときにイオンに照射される水素ラジカルの流量が所定流量以上になるように、バルブ52の開度などは予め調整されている。また、水素ラジカルの照射時間も予め適宜に設定されている。それによって、プリカーサイオンは不対電子誘導型の解離を生じ、ペプチド由来のプロダクトイオンが生成される。生成された各種プロダクトイオンはイオントラップ2内に捕捉され、クーリングが行われる。そのあと、所定のタイミングでトラップ電圧発生部7からエンドキャップ電極22、24に直流高電圧が印加され、これにより、イオントラップ2内に捕捉されていたイオンは加速エネルギを受け、イオン射出孔25を通して一斉に射出される。
【0033】
こうして一定の加速エネルギを持ったイオンが飛行時間型質量分離部3の飛行空間に導入され、飛行空間を飛行する間に質量電荷比に応じて分離される。イオン検出器4は分離されたイオンを順次検出し、この検出信号を受けたデータ処理部9は、例えばイオントラップ2からのイオンの射出時点を時刻ゼロとする飛行時間スペクトルを作成する。そして、予め求めておいた質量校正情報を用いて飛行時間を質量電荷比に換算することにより、フラグメントイオンによるマススペクトルを作成する。データ処理部9ではこのマススペクトルから得られる情報(質量情報)等に基づく所定のデータ処理を行うことで、試料中の成分(ペプチド)を同定する。
【0034】
本実施例のイオントラップ質量分析装置では、イオントラップ2内に捕捉したイオンに対し水素ラジカルを直接的に照射することにより、イオンを解離させてプロダクトイオンを生成する。特許文献1にも開示されているように基本的に水素ラジカルの照射によってイオンは解離するものの、このイオントラップ質量分析装置は、イオンの解離効率を高めるとともにイオン解離のシーケンスカバレージを大きくする、つまりは結合部位特異性を小さくするために、以下に述べるような特徴的な構成を備えている。
【0035】
即ち、このイオントラップ質量分析装置では、イオントラップ2のリング電極21とエンドキャップ電極22、24との間の電気的絶縁性を確保しつつそれら電極21、22、24の相対的位置を保つための絶縁体(アルミナセラミック)部材をセラミックヒータ28に置き換えている。セラミックヒータ28はヒータ電源部10に接続されており、制御部8の制御の下でヒータ電源部10がセラミックヒータ28に加熱電力を供給すると、セラミックヒータ28は発熱する。そして、セラミックヒータ28からの熱伝導により各電極21、22、24も加熱される。セラミックヒータ28には図示しない熱電対が埋め込まれており、熱電対によるセラミックヒータ28のモニタ温度に基づいて供給される加熱電力は調整され、セラミックヒータ28での発熱量はフィードバック制御される。これにより、セラミックヒータ28は目標温度に精度良く調整される。
【0036】
セラミックヒータ28によりイオントラップ2の各電極21、22、24を加熱している状態で、上述したようにイオントラップ2内に水素ラジカルを導入した時点からプロダクトイオンをイオントラップ2から排出して質量分析する時点までの間に、ガス供給部6からイオントラップ2内にバッファガスであるHeガスを断続的に導入する。バッファガスを介してイオントラップ2の各電極21、22、24の熱がイオンに伝搬し、この熱によりイオンが活性化されて、つまりは熱によるエネルギが付与されてイオン解離効率が向上する。また、熱を加えない状態では切断されにくかった結合(つまりは結合エネルギが他よりは高かった結合部位)が切れ易くなり、より多くの種類のプロダクトイオンが生成され易くなり、シーケンスカバレージが向上する。
【0037】
本実施例のイオントラップ質量分析装置の効果を確認するための実験について説明する。この実験では、セラミックヒータ28の設定温度を60℃から170℃の間で複数段階に設定し、O結合型糖ペプチドであるムチン(Mucin)5ACの1価のプロトン付加イオン([M+H]+)を解離させることで得られたプロダクトイオンスペクトルを取得した。図2は、セラミックヒータ28の設定温度の変化に対する実測のプロダクトイオンスペクトルの推移を示す図である。
【0038】
図2において、特に温度変化に対してピーク強度の変化が顕著であるプロダクトイオン(c8、c9、c11イオン)を楕円で囲んで示している。これらプロダクトイオンでは、セラミックヒータ28の設定温度が60〜150℃の間で上昇するに伴いピーク強度が明瞭に増加していることが分かる。例えば、c8イオンはセラミックヒータ28の温度が60℃であるときには殆どピークが観測できないのに対し、セラミックヒータ28の温度が150℃であるときには十分な強度で以てピークが観測されている。
【0039】
図3は、セラミックヒータ28の設定温度の変化に対する各プロダクトイオンのピーク強度値の推移をまとめたグラフである。この図から、特にc9イオンではピーク強度が最大15倍程度増大しており、イオン解離効率が大幅に改善されていることが分かる。また、解離箇所についても、60℃では6箇所にすぎなかったが150℃及び170℃では10箇所に増加しており、シーケンスカバレージが33%から47%に向上していることが確認できた。これは、設定温度が高くなりイオンに与えられる熱エネルギが増加することで、設定温度が低い場合には切断されなかった、結合エネルギが比較的高い結合部位も切断されるに至ったものと推測できる。
【0040】
図4は、Mucin 5ACに対してセラミックヒータ温度を150℃とした場合に得られたプロダクトイオンスペクトルの拡大図である。不対電子誘導型ではないイオン解離法であるCID法では、Mucin 5ACのアミノ酸配列式のN末端側から3番目と13番目のアミノ酸であるスレオニン(省略記号T)に結合したN−アセチルガラクトサミン(GalNAc)が脱離したプロダクトイオンが生じる場合があることが知られている。また、HAD法に共鳴電場によるイオンの励振による解離促進法(上述したコリジョナルアクティベーション法)を適用した場合でも、イオントラップの電極への印加電圧や反応時間、背景ガス圧などをそれぞれ適切に調整しないとN−アセチルガラクトサミンが脱離したプロダクトイオンが生じ得ることを本発明者らは実験的に確認している。
【0041】
一方、図4に示したプロダクトイオンスペクトルでは、N−アセチルガラクトサミンが脱離したプロダクトイオンは検出されておらず、単に温度を適切に設定しさえすれば、N−アセチルガラクトサミンを脱離させることなくペプチド結合を切断したイオン解離が実現できていることが確認できる。このように、本実施例のイオントラップ質量分析装置においては、簡単な制御によってペプチドの翻訳後修飾を脱離させることなくHAD法のイオン解離効率及びシーケンスカバレージを向上させることができるという効果があることを実験結果から確認することができる。
【0042】
次に、本発明の他の実施例(第2実施例)のイオントラップ質量分析装置を図5により説明する。図5において上記第1実施例と同じ構成要素には同じ符号を付している。
第1実施例のイオントラップ質量分析装置では、リング電極21とエンドキャップ電極22、24との間にセラミックヒータ28を配置していたが、この第2実施例ではそれに代えて、ガス供給部6においてガス供給源61からイオントラップ2内にガスを供給するガス導入管63の周囲にガス導入管ヒータ64を追加している。このガス導入管ヒータ64にヒータ電源部10から加熱電力を供給してガス導入管63を予め加熱しておき、上記実施例においてバッファガスをイオントラップ2内に導入するのと同じタイミングでガス供給部6からイオントラップ2内にバッファガスであるHeガスを導入する。このときバッファガスはヒータ64付近のガス導入管63で加熱され高温の状態でイオントラップ2に入る。このため、高温のバッファガスがイオンに衝突する際に、該バッファガスの熱がイオンに伝搬し上記実施例と同様に水素ラジカルの照射によるイオン解離が促進される。
【0043】
また、イオントラップ2内に捕捉されているイオンに或る程度安定的に熱を付与できる構成であれば、上記実施例以外の構成でも構わない。
【0044】
上記第1、第2実施例では、ガスを介して又はガスによってより直接的にイオンを熱浴させることでイオンの解離効率を高めると共にシーケンスカバレージを向上させるようにしていたが、化合物の構造推定にサーマルアクティベーション法をより積極的に活用することもできる。即ち、図2図3等で説明したように、通常、HAD法にサーマルアクティベーション法を併用した場合、加熱温度(図1の構成ではセラミックヒータ28の設定温度)を所定温度範囲内で上げれば上げるほどイオン解離効率は向上する。しかしながら、本願発明者らの検討によれば、一部の化合物において一部のプロダクトイオンの検出感度は加熱温度を上げるに従い低下する、つまりは該プロダクトイオンに関連するイオン解離効率は加熱温度を上げるほど下がることが判明した。
【0045】
図6は、図1に示した実施例のイオントラップ質量分析装置を用い、ペプチドの一種であるレニン(Renin)由来の複数種のプロダクトイオンの強度とセラミックヒータ28の設定温度との関係を実測した結果を示すグラフである。図6(b)に示すように、多くのプロダクトイオンは温度を上げるに従い強度が増加している、つまりはイオン解離効率が向上している。これに対し図6(a)に示すように、c12、c13の2種類のプロダクトイオンは逆に温度を上げるに従い強度が減少しており、c12、c13イオンのC末端側の結合は温度を上げるほど切断されにくくなっていることを示している。
【0046】
このようにイオン解離効率の挙動が相違するメカニズムは解明されているわけではないが、上記実験結果から、次のようなメカニズムであることが推測できる。即ち、常温(又は相対的に低い温度範囲)では、アミノ酸配列のN末端側(左側)のD〜Vのアミノ酸残基の領域(DRVYIHPFHLLV)において分子内水素結合による立体構造(フォールディング)が発生しており、この領域では解離しにくく(結合が切れにくく)なっている。一方、このとき、c12イオン、c13イオンのC末端側の結合は、分子内水素結合による立体構造の外部にあり、比較的解離し易くなっている。この状態からこのイオンを加熱すると、上記分子内水素結合による立体構造が弛んでD〜Vのアミノ酸残基の領域でも解離が起こり易くなり、立体構造を形成しないほぼ直線的に延びた状態ではc12、13イオンよりもc8イオン〜c11イオンの結合のほうが相対的に解離され易く、この性質が表れたものとみることができる。換言すれば、分子内水素結合により形成される立体構造によって解離し易い箇所と解離しにくい箇所とが生じるが、加熱によって該立体構造が変化してそれに伴い解離し易い箇所も変化するために、上述したような温度によるイオン解離効率の挙動の相違が生じるものと推測できる。
【0047】
こうした推定に基づく化合物の構造推定のデータ処理を組み込んだ第3実施例のイオントラップ質量分析装置の概略構成を図7に示す。このイオントラップ質量分析装置では、制御部8はセラミックヒータ28の設定温度が所定の温度範囲内で所定ステップ幅で変化するようにヒータ電源部10を制御する。また制御部8は、設定温度が変化する毎に、同じ試料中の目的成分由来の分子イオンをプリカーサイオンとしたプロダクトイオンの質量分析を実行するように、イオン源1、イオントラップ2、飛行時間型質量分離部3、及びイオン検出器4を制御する。これにより、データ処理部9には、異なる設定温度におけるプロダクトイオンスペクトルがそれぞれ得られる。
【0048】
プロダクトイオン強度抽出部91は、それら複数のプロダクトイオンスペクトルから予め決められた(又は自動的に抽出された)複数の質量電荷比におけるピーク強度をそれぞれプロダクトイオンの強度として抽出する。このプロダクトイオン強度抽出部91による結果から、セラミックヒータ28の設定温度の変化に対するプロダクトイオン強度の変化が、プロダクトイオン毎に判明する。そこで、構造解析部92は、設定温度の上昇とともに強度が増加しているプロダクトイオンに対応する結合部位と、逆に設定温度の上昇とともに強度が減少しているプロダクトイオンに対応する結合部位とを判別し、それが視覚的に識別可能であるように、その目的成分の化学構造を表示部11の画面上に表示する。或いは、温度変化に伴い、分子内水素結合による立体構造が変化する様子をグラフィカルに描出する等、構造情報の表示の態様は適宜に変形することができる。
【0049】
なお、上記実施例は本発明の一例にすぎず、本発明の趣旨の範囲で適宜、変形、追加、修正を行っても本願特許請求の範囲に包含されることは当然である。例えば、上記実施例のイオントラップ質量分析装置では、イオントラップは3次元四重極型の構成であるが、リニア型イオントラップでもよい。
【符号の説明】
【0050】
1…イオン源
2…イオントラップ
21…リング電極
22、24…エンドキャップ電極
23…イオン導入孔
25…イオン射出孔
26…ラジカル粒子導入口
28…セラミックヒータ
3…飛行時間型質量分離部
4…イオン検出器
5…水素ラジカル照射部
51…水素ラジカル供給源
52…バルブ
53…ノズル
54…スキマー
6…ガス供給部
61…ガス供給源
62…バルブ
63…ガス導入管
64…ガス導入管ヒータ
7…トラップ電圧発生部
8…制御部
9…データ処理部
91…プロダクトイオン強度抽出部
92…構造解析部
10…ヒータ電源部
11…表示部
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7