特許第6593548号(P6593548)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6593548
(24)【登録日】2019年10月4日
(45)【発行日】2019年10月23日
(54)【発明の名称】質量分析装置及びイオン検出装置
(51)【国際特許分類】
   H01J 49/10 20060101AFI20191010BHJP
   G01N 27/62 20060101ALI20191010BHJP
【FI】
   H01J49/10
   G01N27/62 G
【請求項の数】3
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2018-546947(P2018-546947)
(86)(22)【出願日】2016年10月24日
(86)【国際出願番号】JP2016081447
(87)【国際公開番号】WO2018078693
(87)【国際公開日】20180503
【審査請求日】2018年11月6日
(73)【特許権者】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110001069
【氏名又は名称】特許業務法人京都国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】西口 克
【審査官】 鳥居 祐樹
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2014/084015(WO,A1)
【文献】 国際公開第2016/117066(WO,A1)
【文献】 特開2004−095451(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01J 49/04−49/10
G01N 27/62
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
大気圧雰囲気であるイオン化室内に液体試料を噴霧するイオン化プローブを含むイオン源と、該イオン源で生成された、前記イオン化プローブから噴霧された試料液滴中に含まれる成分由来のイオンを前記イオン化室から真空室へと送るイオン導入部と、を具備し、前記イオン化プローブからの液体試料の噴霧方向と前記イオン導入部による前記イオン化室内からのイオンの導入方向とが直交又は斜交するように、前記イオン化プローブ及び前記イオン導入部の配置が定められてなる質量分析装置において、
a)前記イオン導入部とは非接触でその導入口の周囲を囲むように配置された集束電極と、
b)前記イオン化プローブからの試料液滴の噴霧流を挟んで前記イオン導入部の導入口及び前記集束電極と対向する位置に配置された反射電極と、
c)前記イオン化プローブと前記反射電極及び前記集束電極との間に配置され、該イオン化プローブから噴霧される液滴及びそれから発生するイオンが通過可能である開口部が設けられた電場遮蔽用の補助電極と、
d)前記反射電極と前記集束電極との間を通過する噴霧流中のイオンが該集束電極へと向かうとともに該集束電極から前記導入口に向かう電場を形成するように、前記反射電極、前記集束電極、及び前記イオン導入部の導入口にそれぞれ異なる電圧を印加する電圧印加部と、
を備えることを特徴とする質量分析装置。
【請求項2】
請求項1に記載の質量分析装置であって、
前記イオン化プローブからの液体試料の噴霧方向と前記イオン導入部によるイオンの導入方向とは直交し、
前記集束電極は、前記イオン導入部が挿通される開口部を有し、該イオン導入部の導入口の中心軸に直交する面に平行に延展する平板状の電極であり、
前記反射電極は、前記集束電極に平行な平板状の電極、又は噴霧流の中心軸に平行な直線を中心軸とする部分円筒状の電極であることを特徴とする質量分析装置。
【請求項3】
a)大気圧雰囲気中に液体試料を噴霧するイオン化プローブと、
b)前記イオン化プローブからの噴霧流の前方に配置され、その噴霧流から発生したイオンを検出するイオン検出電極と、
c)前記イオン検出電極とは非接触でその周囲を囲むように配置された集束電極と、
d)前記イオン化プローブからの噴霧流を挟んで前記イオン検出電極及び前記集束電極と対向する位置に配置された反射電極と、
e)前記イオン化プローブと前記反射電極及び前記集束電極との間に配置され、該イオン化プローブから噴霧される液滴及びそれから発生するイオンが通過可能である開口部が設けられた電場遮蔽用の補助電極と、
f)前記反射電極と前記集束電極との間を通過する噴霧流中のイオンが該集束電極へと向かうとともに該集束電極から前記イオン検出電極に向かう電場を形成するように、前記反射電極、前記集束電極、及び前記イオン検出電極にそれぞれ異なる電圧を印加する電圧印加部と、
を備えることを特徴とするイオン検出装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は質量分析装置及びイオン検出装置に関し、さらに詳しくは、略大気圧雰囲気中に液体試料を噴霧して該試料中の成分をイオン化するイオン源を備える質量分析装置及びイオン検出装置に関する。
【背景技術】
【0002】
液体クロマトグラフ(LC)の検出器として質量分析装置を用いた液体クロマトグラフ質量分析装置(LC−MS)では、液体試料中の化合物をイオン化するために、エレクトロスプレイイオン化法(ESI)、大気圧化学イオン化法(APCI)、大気圧光イオン化法(APPI)などの大気圧イオン化法によるイオン源が用いられている。こうした大気圧イオン源を用いた質量分析装置では、略大気圧雰囲気であるイオン化室内で生成したイオンを真空雰囲気に維持される真空室に導入する必要があり、分析感度を向上させるためには、イオン化室内で生成されるイオン量を増加させること、及び、イオン化室から真空室へのイオンの導入効率を向上させること、の二点が特に重要である。
【0003】
典型的な大気圧イオン源であるESIイオン源においてイオン生成量を増加させることを目的として、イオン化プローブから噴霧された帯電液滴に対し加熱ガスを吹き付けることで帯電液滴の脱溶媒化を促進させる技術が知られている。例えば特許文献1に記載の装置では、イオン化プローブから噴霧される帯電液滴の進行方向と交差するように加熱ガスを吹き付ける構成が採られている。一方、特許文献2に記載の装置では、イオン化プローブからの帯電液滴の噴霧流と同軸円筒状に加熱ガスを噴出する、つまりは帯電液滴の進行方向と加熱ガスの流れ方向とが同方向である構成が採られている。これら構成のいずれにおいても、イオン生成量を増加させるのに有効であることが実証されている。現在、市販されている大気圧イオン源を搭載した質量分析装置のほぼ全てにおいて、上記二つの方式のいずれかを基本とする加熱ガスを用いた脱溶媒技術が採用されている。
【0004】
一般に大気圧イオン源では、イオン化プローブから噴霧された試料液滴の中でサイズの大きな液滴が真空室に導入されることを防止するために、イオン化プローブからの液滴の噴霧方向と真空室へのイオン導入方向とが直交又は斜交するように、イオン化プローブとイオン導入部(例えばイオン導入管やサンプリングコーンなど)の配置が決められている。そして、試料液滴から生成されたイオンは、主としてイオン導入部の両端の差圧によって生じる、イオン化室内からイオン導入部へ流れ込むガス流に乗って、イオン導入部に吸い込まれ真空室へと送られる。
【0005】
通常、上述した脱溶媒促進のための加熱ガスの噴出方向は差圧によってイオン導入部へ流れ込むガス流の方向とは一致しない。そのため、そうした加熱ガスの流れはイオン導入部へと流れ込むガス流を増加させる作用を有さない。また、特許文献2に記載された構成において、加熱ガスの流れは、イオン導入口付近においてイオン導入方向と直交するガス流、つまりは、イオン導入を妨げる方向のガス流となり得る。そのため、加熱ガスはイオン生成量の増加には有効であるものの、イオン化室から真空室へのイオンの導入効率を向上させるという観点では決して有効であるとはいえない。
【0006】
イオン導入効率を向上させる一つの方法として特許文献2では、イオン導入口に印加する電圧を調整しその近傍に適宜の電場を形成することで、イオン導入口付近に存在しているイオンを電場の作用でイオン導入口の方向に誘引して収集することが提案されている。しかしながら、イオン導入方向に直交する方向に流れる加熱ガスの強い流れに逆らってイオンを十分に収集し得るほど強い電場を形成することは困難である。そのため、こうした方法では、イオン化室から真空室へのイオンの導入効率を大きく向上させることは困難である。
【0007】
こうした課題に対し、本出願人は特許文献3で新規な大気圧イオン源の構成を提案している。該特許文献3に記載の質量分析装置では、イオン化プローブから吐き出された噴霧流の前方に、その噴霧流の中心軸を中心軸とする円筒状の補助電極と同じく円筒状の反射電極をその軸方向に所定間隔離して配置し、その両電極の間の空間にイオン導入口を配置する。そして、補助電極及びイオン導入部を接地し、反射電極に測定対象イオンと同極性の所定の直流電圧を印加する。これにより、補助電極と反射電極の間の空間に、噴霧流に乗って進行する試料成分由来のイオンや帯電液滴を反射させる反射電場が形成されるとともに、イオン導入口付近にイオンを該入口に集束させる集束電場が形成される。これら電場の作用によって、試料成分由来のイオンは噴霧流中のガス流から分離されてイオン導入口に集まり、効率良くイオン導入部中に吸い込まれる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】米国特許第5412208号明細書
【特許文献2】国際公開第2009/124298号
【特許文献3】国際公開第2016/117066号
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】チン・ウー(Ching Wu)、ほか3名、「セパレイション・オブ・アイソメリック・ペプタイズ・ユージング・エレクトロスプレー・イオナイゼイション/ハイ-リゾリューション・イオン・モビリティ・スペクトロメトリ(Separation of Isomeric Peptides Using Electrospray Ionization/High-Resolution Ion Mobility Spectrometry)」、アナリティカル・ケミストリー(Anal. Chem.)、2000年、Vol.72、pp.391-395
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
上記特許文献3に記載の構成によれば、それ以前の構成のイオン源に比べてイオン収集効率を上げることが可能である。しかしながら、例えば液体試料の流量が多い場合、或いは、液体試料を噴霧するためにネブライズガス流を利用する場合など、噴霧流の勢いが強くなると、イオンの収集効率を上げることが難しくなる傾向にある。これは、反射電場によってイオンがガス流から分離されても勢いのある噴霧流に押されてイオン導入口まで到達しにくくなるためであると考えられる。
【0011】
本発明はこうした課題を解決するために成されたものであり、その目的とすることろは、特にイオン化プローブから噴き出す噴霧流の勢いが強いような場合であっても、その噴霧流中で生成されたイオンや帯電液滴を極力無駄にすることなく効率良く収集して後段へ送ったり検出したりすることができる質量分析装置及びイオン検出装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記課題を解決するために成された本発明に係る質量分析装置は、大気圧雰囲気であるイオン化室内に液体試料を噴霧するイオン化プローブを含むイオン源と、該イオン源で生成された、前記イオン化プローブから噴霧された試料液滴中に含まれる成分由来のイオンを前記イオン化室から真空室へと送るイオン導入部と、を具備し、前記イオン化プローブからの液体試料の噴霧方向と前記イオン導入部による前記イオン化室内からのイオンの導入方向とが直交又は斜交するように、前記イオン化プローブ及び前記イオン導入部の配置が定められてなる質量分析装置において、
a)前記イオン導入部とは非接触でその導入口の周囲を囲むように配置された集束電極と、
b)前記イオン化プローブからの試料液滴の噴霧流を挟んで前記イオン導入部の導入口及び前記集束電極と対向する位置に配置された反射電極と、
c)前記イオン化プローブと前記反射電極及び前記集束電極との間に配置され、該イオン化プローブから噴霧される液滴及びそれから発生するイオンが通過可能である開口部が設けられた電場遮蔽用の補助電極と、
d)前記反射電極と前記集束電極との間を通過する噴霧流中のイオンが該集束電極へと向かうとともに該集束電極から前記導入口に向かう電場を形成するように、前記反射電極、前記集束電極、及び前記イオン導入部の導入口にそれぞれ異なる電圧を印加する電圧印加部と、
を備えることを特徴としている。
【0013】
なお、本発明に係る質量分析装置において、電圧印加部は、反射電極、集束電極、及びイオン導入部の導入口に異なる電圧値の電圧を印加するが、そのうち、いずれか一つは0Vでもよい。一般に、或る部位を0Vにする場合、該部位は接地される。したがって、反射電極、集束電極、及びイオン導入部の導入口のいずれかの電位が0Vに定められる場合には、その部位に電圧印加部から0Vの電圧が印加されるわけでなく、その部位を単に接地するだけでよい。
【0014】
本発明に係る質量分析装置において、イオン源は例えばESIイオン源、APCIイオン源、APPIイオン源などである。イオン源がESIイオン源である場合には、イオン化プローブの先端部には液体試料を帯電させるための所定の直流高電圧が印加される。また、イオン源がAPCIイオン源である場合には、イオン化プローブと補助電極との間又はその近傍に、バッファイオンを生成するためのコロナ放電を生起させる放電電極が設けられる。さらにまた、イオン源がAPPIイオン源である場合には、イオン化プローブから噴出され補助電極に至るまでの空間を通過する噴霧流に対し紫外光などの光を照射する光源が設けられる。
【0015】
本発明に係る質量分析装置において、測定対象のイオンが正イオンである場合には、例えばイオン導入部を接地電位(0V)とし、電圧印加部は反射電極に0Vよりも高い所定の電圧V1を印加し、集束電極に電圧V1よりも低く0Vよりも高い所定の電圧V2を印加すればよい。即ち、V1>V2>0である電圧V1、V2をそれぞれ反射電極、集束電極に印加すればよい。なお、補助電極も接地電位とすればよい。
【0016】
反射電極の電位と集束電極及びイオン導入部の導入口との電位差(V1−V2、V1)によって、反射電極と集束電極及びイオン導入部との間の空間、つまりはイオン化プローブからの噴霧流が通過する空間には、イオンや帯電液滴等の荷電粒子を噴霧流の流れ方向に直交する又は斜交する方向に押す力を有する反射電場が形成される。噴霧流とほぼ同方向に進行する荷電粒子は該反射電場の作用で偏向され、ガス流と分離される。反射電極と集束電極及びイオン導入部とは対向して配置されているため、荷電粒子をガス流と直交する方向に押す力は強い。そのため、荷電粒子は特にガス流の勢いが強い噴霧流の中心軸付近を迅速に外れ、ガス流の影響を受けにくくなる。
【0017】
一方、集束電極とイオン導入部との間の空間には、荷電粒子をその周囲からイオン導入部に集める方向に押す力を有する集束電場が形成される。そのため、上述したように反射電場によって荷電粒子が集束電極に近づくに伴い集束電場の作用が強まり、ガス流から分離された荷電粒子はイオン導入部の導入口付近に効率良く集まる。このようにして、本発明に係る質量分析装置では、噴霧流の勢いが強い場合であっても、生成されたイオンや帯電液滴を効率良くイオン導入部の導入口へと導き、イオン導入部を通して真空室へと送り込むことができる。
【0018】
本発明に係る質量分析装置の好ましい一態様として、
前記イオン化プローブからの液体試料の噴霧方向と前記イオン導入部によるイオンの導入方向とは直交し、
前記集束電極は、前記イオン導入部が挿通される開口部を有し、該イオン導入部の導入口の中心軸に直交する面に平行に延展する平板状の電極であり、
前記反射電極は、前記集束電極に平行な平板状の電極、又は噴霧流の中心軸に平行な直線を中心軸とする部分円筒状の電極である構成とすることができる。
【0019】
また、略大気圧雰囲気であってガス流と電場とが存在するイオン化室内におけるイオンの運動速度はイオン移動度に依存する。また、イオン移動度は、イオンの質量、価数、中性粒子(例えば残留ガス分子)との衝突断面積などに依存する。そのため、イオン導入部の導入口に到達し得るイオンの効率という観点でみると、イオンの質量電荷比によって反射電場及び集束電場の最適な強さが相違する。即ち、各電極に印加する電圧を変化させることで反射電場及び集束電場の強さを変化させると、イオン導入部の導入口に効率良く到達するイオンの質量電荷比が変化することになる。
【0020】
そこで本発明に係る質量分析装置において、電圧印加部は、測定対象であるイオンの質量電荷比に応じて、前記反射電極、前記集束電極、及び前記イオン導入部の導入口の少なくとも一つに印加する電圧を変化させる構成としてもよい。
例えば、質量分離器として四重極マスフィルタを用い、所定の質量電荷比範囲に亘るスキャン測定を行う場合には、そのスキャン測定に際し四重極マスフィルタに印加する電圧を走査するのに同期して、反射電極、集束電極、及びイオン導入部の導入口のいずれか一つに印加する電圧も走査するとよい。
【0021】
この構成によれば、測定対象であるイオンの質量電荷比に関係なく、イオン化室から真空室へのイオン導入効率を高くすることができる。
【0022】
また上述したように、反射電極、集束電極、及びイオン導入部の導入口の少なくともいずれか一つに印加する電圧を変化させて反射電場及び集束電場の強さを変化させると、イオン導入部の導入口に効率良く到達するイオンの質量電荷比が変化する、ということは、電気移動度に応じて帯電粒子を分離する微分型電気移動度分級装置(DMA=Differential Mobility Analyzer)に相当する機能を実現し得ることを意味する。
【0023】
即ち、本発明に係るイオン検出装置は、
a)大気圧雰囲気中に液体試料を噴霧するイオン化プローブと、
b)前記イオン化プローブからの噴霧流の前方に配置され、その噴霧流から発生したイオンを検出するイオン検出電極と、
c)前記イオン検出電極とは非接触でその周囲を囲むように配置された集束電極と、
d)前記イオン化プローブからの噴霧流を挟んで前記イオン検出電極及び前記集束電極と対向する位置に配置された反射電極と、
e)前記イオン化プローブと前記反射電極及び前記集束電極との間に配置され、該イオン化プローブから噴霧される液滴及びそれから発生するイオンが通過可能である開口部が設けられた電場遮蔽用の補助電極と、
f)前記反射電極と前記集束電極との間を通過する噴霧流中のイオンが該集束電極へと向かうとともに該集束電極から前記イオン検出電極に向かう電場を形成するように、前記反射電極、前記集束電極、及び前記イオン検出電極にそれぞれ異なる電圧を印加する電圧印加部と、
を備えることを特徴としている。
【0024】
本発明に係るイオン検出装置では、例えば補助電極及びイオン導入部の導入口は接地され、電圧印加部は集束電極への印加電圧を一定に維持しつつ、反射電極に印加する電圧を所定のシーケンスに従って変化させる。すると、反射電極と集束電極との間の空間に形成される反射電場の強さが時間的に変化し、それに伴い、イオン検出電極に最も効率良く到達するイオンのイオン移動度が変化することになる。したがって、イオン検出電極に到達したイオン(荷電粒子)の量を反映した検出信号に基づいて、イオン移動度とイオン強度とのおおまかな関係を示すイオン移動度スペクトルを求めることができる。また、電圧印加部から反射電極及び集束電極に印加する電圧を所定の値に固定することで、特定のイオン移動度を有するイオンのみを選択的に検出することができ、例えば該イオンの強度の時間的な変化を示すクロマトグラムを得ることができる。
【発明の効果】
【0025】
本発明に係る質量分析装置によれば、大気圧雰囲気にあるイオン化室内で生成されたイオンを効率良く収集してイオン導入部を通して真空室に導入することができる。特にイオン化プローブから噴き出す噴霧流の勢いが強いような場合であっても、その噴霧流中で生成されたイオンや帯電液滴を極力無駄にすることなく効率良く収集しイオン導入部へと送り込むことができる。それにより、質量分析に供されるイオンの量が従来よりもさらに増加するので、分析感度を向上させることができる。
また、本発明に係るイオン検出装置によれば、簡易な構成で以てイオン移動度スペクトル等を得ることができる。それにより、イオン移動度計の小型軽量化、低コスト化などを実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
図1】本発明の第1実施例である質量分析装置の概略構成図。
図2】第1実施例の質量分析装置のイオン源の概略構成図。
図3図2に示したイオン源における等電位線及びイオン軌道のシミュレーション結果を示す図。
図4】従来の質量分析装置によるマススペクトル(a)、及び、該マススペクトルを基準としたときの本実施例の質量分析装置によるマススペクトル上の各ピークの信号強度の増加比を示す図(b)。
図5】本発明の変形例である質量分析装置におけるイオン源の概略構成図。
図6】本発明の第2実施例であるイオン検出装置の概略構成図。
【発明を実施するための形態】
【0027】
本発明の一実施例(第1実施例)である質量分析装置について、添付図面を参照して説明する。図1は第1実施例の質量分析装置の概略全体構成図、図2は該質量分析装置におけるイオン源の概略構成図である。
【0028】
図1において、イオン化室1は略大気圧雰囲気であり、分析室4は図示しない高性能の真空ポンプによる真空排気によって高真空雰囲気に維持される。イオン化室1と分析室4との間には第1中間真空室2と第2中間真空室3と、が設けられている。即ち、この質量分析装置は、イオン化室1からイオンの進行方向に段階的に真空度が高くなる多段差動排気系の構成である。
【0029】
イオン化室1内にはESI用のイオン化プローブ5から、試料成分を含む液体試料が片寄った電荷を付与されつつ噴霧される。液体試料の流量が大きい場合には、試料を噴霧するノズルを囲むように設けたネブライズガス管(図2中の5a参照)から加熱したネブライズガスを噴出させ、液体試料の噴霧を補助するようにしてもよい。こうしたイオン化プローブ5の先端から噴霧された帯電液滴は周囲の大気に接触して微細化され、液滴から溶媒が蒸発する過程で試料成分が電荷を持って飛び出してイオンとなる。また、イオン化プローブ5からの噴霧流の前方には、後述する機能を有する補助電極6、反射電極7、及び集束電極8が配置されている。
【0030】
イオン化室1と第1中間真空室2との間は、本発明におけるイオン導入部に相当する細径の加熱キャピラリ9により連通している。この加熱キャピラリ9の両開口端には圧力差があるため、この圧力差によって、加熱キャピラリ9を通しイオン化室1内から第1中間真空室2に流れるガス流が形成される。イオン化室1内で生成された試料成分由来のイオンは、主としてこのガス流の流れに乗って加熱キャピラリ9に吸い込まれ、その出口端から、ガス流とともに第1中間真空室2内に吐き出される。第1中間真空室2と第2中間真空室3とを隔てる隔壁には頂部に小径のオリフィスを有するスキマー11が設けられている。第1中間真空室2内にはイオン光軸を取り囲んで配置された複数の電極板から成るイオンガイド10が配置され、第1中間真空室2内に導入されたイオンはこのイオンガイド10により形成される電場の作用によってスキマー11のオリフィス近傍に収束され、該オリフィスを通して第2中間真空室3へと送り込まれる。
【0031】
第2中間真空室3内には多重極(例えば八重極)型のイオンガイド12が配設されており、このイオンガイド12により形成される高周波電場の作用によってイオンは収束されて分析室4に送り込まれる。分析室4内でイオンは四重極マスフィルタ13の長軸方向の空間に導入され、四重極マスフィルタ13に印加されている高周波電圧と直流電圧とにより形成される電場の作用により、特定の質量電荷比を有するイオンのみが四重極マスフィルタ13を通り抜けてイオン検出器14に到達する。イオン検出器14は到達したイオンの量に応じた検出信号を生成し、図示しないデータ処理部へと送る。イオン化室1内で生成される試料成分由来のイオンのうち、測定対象であるイオンの損失を極力抑えつつ最終的にイオン検出器14に入射させることで、高い感度の分析が実現できる。
【0032】
図2に示すように、便宜上、イオン化プローブ5からの噴霧流の中心軸に沿った吹出し方向をZ軸方向、これに直交する加熱キャピラリ9の中心軸に沿った吸込み方向をX軸方向、X軸方向及びZ軸方向に直交する方向をY軸方向とする。
【0033】
イオン化室1内において、イオン化プローブ5の最も直近には、X軸−Y軸平面に平行に延展する平板状であって、噴霧流の中心軸を中心とする所定径の円形状の開口部6aが形成されてなる補助電極6が配置されている。加熱キャピラリ9の入口側末端部は、その周囲を、Y軸−Z軸平面に平行に延展する平板状である集束電極8で囲まれている。加熱キャピラリ9の入口側末端部は、集束電極8に形成されている円形状の開口部8aの中心位置に配置されており、その入口端9aは噴霧流に面する集束電極8の表面よりも僅かに突出している。噴霧流を挟んで加熱キャピラリ9の入口端9a及び集束電極8と対向して、Y軸−Z軸平面に平行に延展する平板状である反射電極7が配置されている。即ち、噴霧流は互いに平行である反射電極7と集束電極8とで挟まれており、補助電極6はその反射電極7及び集束電極8とイオン化プローブ5との間に位置している。
【0034】
補助電極6及び加熱キャピラリ9と電気的に接続された導電性の隔壁は接地されており、その電位は0Vである。反射電極7には反射電極電源部22から所定の直流電圧V1が印加され、集束電極8には集束電極電源部23から所定の直流電圧V2が印加され、イオン化プローブ5には、液体試料を静電噴霧するためにノズル電源部21から最大で数kV程度の直流高電圧が印加される。反射電極7及び集束電極8にそれぞれ印加される電圧V1、V2の極性は測定対象であるイオンの極性に応じたものであり、測定対象イオンが正イオンである場合には、電圧V1、V2の極性はいずれも正である。各電源部21、22、23において生成される電圧は制御部20により制御される。
【0035】
以下の説明では、測定対象イオンが正イオンである場合を想定するが、測定対象イオンが負イオンである場合には印加電圧の極性が変わるだけである。
【0036】
反射電極7へ印加される電圧V1、集束電極8へ印加される電圧V2、及び、加熱キャピラリ9へ印加される電圧V3(この例では0V)は、V1>V2>V3に定められる。例えば、V1=6kV、V2=4kV、V3=0Vである。
ノズル電源部21からイオン化プローブ5に印加される正の高電圧によって、液体試料は正に帯電して噴霧される。図2中に太実線矢印で示すように、イオン化プローブ5からの噴霧流は概ね下向き(Z軸方向)に進む。試料液滴から発生する正極性のイオンもほぼ同方向に進行する。これらのほぼ全てがガス流とともに補助電極6の開口部6aを通過し、反射電極7と集束電極8とで挟まれる空間に進行する。補助電極6は接地されているので、補助電極6を挟んだ両側の空間における電場は互いに殆ど影響を受けない。
【0037】
上述したように正極性である電圧V1、V2、V3の関係はV1>V2>V3となっている。そのため、反射電極7と集束電極8との間には、反射電極7から集束電極8へ向かう方向に正イオンを押す力を有する反射電場が形成される。また、反射電極7と加熱キャピラリ9との電位差は反射電極7と集束電極8との電位差よりも大きいため、反射電極7から加熱キャピラリ9へ向かってより強くイオンを押す力を有する反射電場が形成される。さらにまた、集束電極8から加熱キャピラリ9へ向かう方向に、つまりは集束電極8の開口部8aの内縁部からその中心方向に向かって正イオンを押す力を有する集束電場も形成される。
【0038】
上述したように補助電極6の開口部6aを通過したイオンを含む噴霧流は、反射電極7と集束電極8との間の空間を下向きに進行するが、上記反射電場の作用により、正電荷を有するイオンは集束電極8の方向へと押され、ガス流から分離される。特に、噴霧流に乗ったイオンが加熱キャピラリ9の入口端9aを通過したあとの領域では、イオンを入口端9aに向けて斜め上方向に押し戻す力がイオンに作用する。そのため、ガス流はそのまま下向きに進行するのに対し、イオンや未だイオン化していない微小な帯電液滴等の荷電粒子はガス流から分離されるとともに上方向に押し戻され、加熱キャピラリ9の入口端9a付近に停滞する。そして、拡がっている上記荷電粒子は集束電極8と加熱キャピラリ9との間に作用する集束電場の作用によって、入口端9aに近づくように収束される。
【0039】
こうして加熱キャピラリ9の入口端9a近傍に集まったイオンや微小帯電液滴は加熱キャピラリ9に吸い込まれ、第1中間真空室2へと送られる。帯電液滴中の溶媒は加熱キャピラリ9を通過する間にも気化するので、加熱キャピラリ9内でもイオン化が進行する。このようにして、本実施例の質量分析装置では、従来はガス流に乗ったまま進行して廃棄されてしまっていた大量のイオンや微小帯電液滴を、効率的に収集することができる。
【0040】
図3は、イオン源における等電位線及びイオン軌道のシミュレーション計算結果を示す図である。
図3(a)に示した等電位線は、加熱キャピラリ9の中心軸を含むX軸−Z軸平面上の等電位線である。イオンを押す力は基本的にこの等電位線に直交する方向に作用する。また等電位線の間隔が狭いほどイオンに作用する力は大きい。図3(a)から、加熱キャピラリ9の入口端9aの近傍では該入口端9aにイオンに向かう強い力がイオンに作用することが分かる。こうした電場の作用により、図3(b)に示すように、ほぼ全てのイオンがガス流から分離されて反射され、加熱キャピラリ9の入口端9aに向かって集束している。これによって、従来であれば廃棄されていた多数のイオンを有効に第1中間真空室へと導入できることが確認できる。
【0041】
上記のようなイオン収集効率向上の効果を確認するために、実際の装置で行った実験について説明する。この実験では、従来の質量分析装置で所定の試料を測定した結果であるマススペクトルを基準とし、本実施例の質量分析装置で同じ試料を測定した結果であるマススペクトル上の各ピークの信号強度の増加比を調べた。図4(a)は基準のマススペクトル、図4(b)はピーク強度の増加比である。図4(b)から分かるように、幅広いm/z範囲に亘り信号強度は2〜3倍増加している。このことから、本実施例の質量分析装置ではイオン収束効率の向上によって信号強度が確かに改善していることが確認できる。
【0042】
本実施例の質量分析装置において、加熱キャピラリ9の入口端9aへのイオンの収集効率は、反射電極7と集束電極8との間の空間に形成される電場の強さや等電位線の形状とイオンの質量電荷比とに依存する。そのため、測定対象のイオン、具体的には四重極マスフィルタ13で選択しようとしているイオンの質量電荷比に合わせて反射電極7及び集束電極8へ印加する電圧V1、V2を変化させることが分析感度を向上させるうえで有効である。
【0043】
そこで本実施例の質量分析装置では例えば、予め測定対象イオンの質量電荷比毎に最適な電圧V1、V2を実験的に求め、質量電荷比と最適電圧V1、V2との関係を示す計算式やテーブルを作成し制御部20の内部に格納しておく。そして、目的試料の分析を実施する際に、上記計算式やテーブルに基づいて、四重極マスフィルタ13に印加する電圧に応じて(つまりは四重極マスフィルタ13で選択しようとするイオンの質量電荷比に応じて)、制御部20は最適電圧V1、V2を求め、反射電極7及び集束電極8に印加する電圧がそれぞれ最適電圧V1、V2になるように電源部22、23を制御する。所定の質量電荷比範囲に亘るスキャン測定を行うべく四重極マスフィルタ13に印加する電圧が走査される場合には、その走査に同期して電圧V1、V2を変化させる。これによって、全ての質量電荷比範囲に亘り、高い効率でイオンを第1中間真空室2以降へ導入することができる。
【0044】
イオン移動度はイオンの質量電荷比に依存し、上述したように電圧V1、V2を変化させると加熱キャピラリ9に効率良く導入されるイオンの質量電荷比が変化する。そこで、測定対象であるイオンの収集効率が常に良好になるように、電圧V1、V2を四重極マスフィルタ13への印加電圧と同期して変化させるのではなく、補助電極6、反射電極7、集束電極8及び加熱キャピラリ9を、観測するイオンの移動度を変化させるイオン移動度分析部として利用したり、特定の移動度を持つイオンのみを選択するイオン移動度フィルタとして利用したりすることもできる。
【0045】
例えば、四重極マスフィルタ13で選択するイオンの質量電荷比を固定した状態で、電圧V1、V2の少なくとも一方を適宜に走査することにより、特定の質量電荷比を有し且つイオン移動度が相違する種々のイオンの強度を求めることができる。また、電圧V1、V2を固定し、四重極マスフィルタ13で選択するイオンの質量電荷比を所定質量電荷比範囲に亘り変化させることにより、特定のイオン移動度を有するイオンについて質量電荷比とイオン強度との関係を調べることができる。
【0046】
なお、第1実施例の質量分析装置では、補助電極6、反射電極7、及び集束電極8をいずれも平板状としたが、それら電極の形状を変更することもできる。図5は、反射電極7を部分円筒形状(円筒体をその中心軸を含む平面に平行な面で切断した形状)とした場合の例である。この図では、Z軸方向を紙面に直交する方向としており、図中のUは噴霧流の中心軸である。反射電極7の形状をこのようにすることで、反射電極7と集束電極8との間の空間に形成される電場によりイオンに作用する力は、より一層、イオンを入口端9aに向かう方向に働く。それによって、イオンの収集効率をより一層向上させることができる。
【0047】
次に本発明の他の実施例(第2実施例)であるイオン検出装置について説明する。図6は本実施例のイオン検出装置の概略構成図である。
上述したように、図2に示した構成において電圧V1、V2を変化させると、特定の質量電荷比を有するイオンが加熱キャピラリ9の入口端9aに到達する効率が変化する。即ち、加熱キャピラリ9の入口端9aへのイオンの収集効率はイオン移動度の依存性を有する。本実施例のイオン検出装置では、このことを利用しイオンをイオン移動度に応じて分離して検出する。
【0048】
即ち、本実施例のイオン検出装置では、第1実施例の質量分析装置において加熱キャピラリ9の入口端9aが位置していた箇所にイオン検出電極30を設け、該イオン検出電極30で得られたイオン電流をアンプ31で増幅して検出信号として出力する。イオン移動度とイオン強度との関係を示すイオン移動度スペクトルを取得したい場合には、制御部20は電圧V1、V2のいずれか一方又は両方が所定の範囲で走査されるように電源部22、23を制御する。すると、イオン検出電極30に最も効率良く到達するイオンの移動度が変化するため、イオン検出電極30による検出信号に基づいてイオン移動度スペクトルを作成することができる。また、特定のイオン移動度を有するイオンのイオン強度の時間的変化を観測したい場合には、制御部20は、そのイオン移動度に応じた電圧V1及び/又はV2が反射電極7及び/又は集束電極8への印加されるように電源部22、23を制御する。すると、そのイオン移動度を有するイオンがイオン検出電極30に最も効率良く到達する状態が持続するため、検出信号に基づいて、その特定のイオン移動度を有するイオンにおけるクロマトグラムを作成することができる。
【0049】
従来のイオン移動度を利用した検出装置では、イオン移動度に応じてイオンを高い分解能で分離することができる反面、電場を形成する電極の構成や一定流速のガス流を形成する構造等が複雑で装置が大掛かりになる。それに対し、本実施例のイオン検出装置では、イオン移動度に応じてイオンを分離する部分の構成が非常に簡素であるので、小型で安価な装置を実現することができ、例えば液体クロマトグラフ用の検出器のオプションとして好適な装置を提供することができる。もちろん、図6の構成においても図5に示した形状の反射電極7を用いる等、電極の形状を適宜変更することができる。
【0050】
また、上記実施例はいずれも本発明の一例に過ぎず、本発明の趣旨の範囲で適宜、変更や修正、追加を行っても本願特許請求の範囲に包含されることは当然である。
【符号の説明】
【0051】
1…イオン化室
2…第1中間真空室
3…第2中間真空室
4…分析室
5…イオン化プローブ
6…補助電極
6a…開口部
7…反射電極
8…集束電極
8a…開口部
9…加熱キャピラリ
9a…入口端
10…イオンガイド
11…スキマー
12…イオンガイド
13…四重極マスフィルタ
14…イオン検出器
20…制御部
21…ノズル電源部
22…反射電極電源部
23…集束電極電源部
30…イオン検出電極
31…アンプ
図1
図2
図3
図4
図5
図6