(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
母材鋼板を複数の化成処理浴で処理して、前記母材鋼板の少なくとも一方の表面上に2層に分離した金属クロム層ならびに当該金属クロム層上の粒状の3価クロム化合物を含む、または粒状の3価クロム化合物および粒状の金属クロムを含むクロム含有層を形成する化成処理工程を有し、
前記複数の化成処理浴は、3価クロムイオン0.10〜250g/Lと、硫酸イオン1.0〜250g/Lと、ギ酸イオン1.0〜250g/Lと、ホウ酸イオン1.0〜150g/Lとを含み、
前記複数の化成処理浴のpHが3.0以上であり、
前記母材鋼板を前記複数の化成処理浴の間で移動させる時に0.1秒以上20秒以下の無電解時間を設ける、
ことを特徴とする容器用鋼板の製造方法。
前記複数の化成処理浴は、さらに、塩化物イオン1.0〜100g/Lと、カリウムイオン1.0〜100g/Lと、を含むことを特徴とする請求項5〜7のいずれか一項に記載の容器用鋼板の製造方法。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下に、本発明の好適な実施の形態について詳細に説明する。
<容器用鋼板の構成>
まず、本発明の一実施形態に係る容器用鋼板の構成について詳細に説明する。
【0013】
本実施形態に係る容器用鋼板は、母材鋼板と、鋼板の少なくとも一方の表面上に位置する金属クロム層と、金属クロム層上に位置するクロム含有層と、を有する。
【0014】
(母材鋼板)
母材鋼板(以下、単に鋼板と呼ぶ場合がある。)は、本実施形態に係る容器用鋼板の母材である。本実施形態で用いられる鋼板については特に限定されるものではなく、通常、容器材料として用いられる公知の鋼板を使用することが可能である。かかる公知の鋼板の製造方法や材質についても特に限定されるものではなく、通常の鋼片製造工程から、熱間圧延、酸洗、冷間圧延、焼鈍、調質圧延等の公知の工程を経て製造されたものでよい。
【0015】
(金属クロム層)
鋼板の少なくとも一方の表面上には、金属クロム層が位置している。金属クロム層は、主として金属クロムを含む。金属クロム層は、3価クロム化合物を含まない。金属クロムは、外部雰囲気に接した際にその表面が酸化して不動態を形成し、この結果、優れた化学的安定性を示す。したがって、金属クロム層は、その上層に配置されるクロム含有層とともに、優れた耐食性を示す。
【0016】
金属クロム層の付着量(含有量)は、特に限定されないが、Cr量で、好ましくは1.0mg/m
2以上、より好ましくは2.0mg/m
2以上である。また、金属クロム層の付着量(含有量)は、特に限定されないが、Cr量で、好ましくは350mg/m
2以下、より好ましくは330mg/m
2以下である。金属クロム層の付着量がCr量で1.0mg/m
2以上であると、十分な耐食性が担保される。一方で、金属クロム層の付着量がCr量で350mg/m
2を超えると、耐食性の向上効果が飽和し、またクロム含有層の表面の凹凸が増加することで光沢度が低下する。したがって、コスト削減および外観の観点から上記範囲内であることが好ましい。
【0017】
なお、上述した金属クロム層の付着量は、金属クロムのCr量換算(金属Cr量)である。
【0018】
また、金属クロム層は、硫酸化合物を含んでもよい。硫酸化合物は、酸化クロムの脱水反応を促進させることにより、ピンホールの少ない強固な金属クロム層を形成し、金属クロム層の耐食性を向上させる。
【0019】
このような硫酸化合物としては、特に限定されないが、例えば、硫酸イオン、硫化水素、硫化ナトリウム等が挙げられる。
【0020】
金属クロム層中における硫酸化合物の含有量は、S量で、好ましくは0.10mg/m
2以上、より好ましくは0.20mg/m
2以上である。また、金属クロム層中における硫酸化合物の含有量は、S量で、好ましくは40mg/m
2以下、より好ましくは35mg/m
2以下である。硫酸化合物の含有量がS量で0.10mg/m
2以上であると、十分な耐食性向上効果が得られる。一方で、硫酸化合物の含有量がS量で40mg/m
2を超えると、硫酸化合物を含むことによる耐食性向上効果が飽和する。
【0021】
金属クロム層は、例えば、粒状の金属クロムや他の粒子が積層することにより形成された層であってもよいし、連続して一体化した層(例えば膜状の層)であってもよい。金属クロム層が粒状の金属クロムや他の粒子が積層することにより形成された層である場合、粒状の金属クロムの平均粒径は、特に限定されないが、好ましくは10nm以上、より好ましくは15nm以上であり、また好ましくは100nm以下、より好ましくは90nm以下である。金属クロム層中の粒状の金属クロムの平均粒径が10nm以上であると表面積が増加することにより、金属クロム層とクロム含有層との密着性が向上し、この結果、耐食性が向上する。一方、金属クロム層中の粒状の金属クロムの平均粒径が100nm以下であると金属クロム層が密になり、耐食性がより一層向上する。
【0022】
(クロム含有層)
クロム含有層は、金属クロム層上に配置される。そして、クロム含有層は、少なくとも粒状の3価クロム化合物を含み、さらに任意に粒状の金属クロムを含み得る。そして、粒状の3価クロム化合物および粒状の金属クロムの平均粒径は10nm以上100nm以下である。3価クロム化合物は金属クロムと同様に、優れた化学的安定性を有し、容器用鋼板の耐食性を向上させる。さらに、3価クロム化合物を含むクロム含有層が鋼板の最外表面を覆うことにより、塗料密着性を向上させる。そして、クロム含有層は、このような平均粒径が上述したような範囲の粒状の3価クロム化合物または当該3価クロム化合物および金属クロムが堆積して形成されていることにより、優れた光沢を発現しつつ、金属クロム層とともに優れた耐食性を示す。
【0023】
上述したように、クロム含有層において、粒状の3価クロム化合物および金属クロムの平均粒径は、10nm以上100nm以下である。粒状の3価クロム化合物および金属クロムの平均粒径が10nm未満の場合、3価クロム化合物および金属クロムの表面積が少なくなる結果、容器用鋼板の塗料密着性を十分なものとすることができない。塗料密着性が十分でないと、外部からの腐食因子が直接的にクロム含有層に接触するため、クロム含有層上に塗料が存在する箇所として耐食性が低下することとなる。一方で、粒状の3価クロム化合物および金属クロムの平均粒径が100nmを超えると、容器用鋼板の表面に露出する粒状の3価クロム化合物および金属クロムが大きすぎる結果、容器用鋼板表面への入射光がこれらにより散乱してしまい、容器用鋼板の光沢が低くなる。粒状の3価クロム化合物および金属クロムの平均粒径は、上述した範囲内であればよいが、好ましくは15nm以上、より好ましくは20nm以上であり、また好ましくは95nm以下、より好ましくは90nm以下である。
【0024】
なお、3価クロム化合物としては、酸化クロム(III)、水酸化クロム(III)、硫化クロム(III)、塩化クロム(III)等が挙げられ、これらのうちいずれか1種単独でまたは2種以上の組み合わせとしクロム含有層に含まれ得る。
また、クロム含有層は、3価クロム化合物および金属クロム以外の化合物を含んでもよい。例えば、鉄、鉄化合物、酸化鉄、ニッケル、水酸化ニッケル、スズ、スズ化合物、酸化スズを含んでいてもよい。なお、クロム含有層において、このような3価クロム化合物および金属クロム以外の化合物の含有量は、金属クロムおよび3価クロム化合物の合計の含有量に対しCr換算量で、好ましくは20%以下、より好ましくは10%以下である。これにより、クロム含有層を密に形成することができ、容器用鋼板の耐食性がより一層向上する。
【0025】
また、クロム含有層の付着量(含有量)は、Cr量で、1.0mg/m
2以上100mg/m
2以下である。これにより、容器用鋼板は、高い光沢と十分な耐食性とを同時に発現する。これに対し、クロム含有層の付着量がCr量で1mg/m
2未満であると、容器用鋼板の耐食性を十分なものとすることができない。クロム含有層の付着量(含有量)は、Cr量で、好ましくは2.0mg/m
2以上、より好ましくは5.0mg/m
2以上である。また、クロム含有層の付着量(含有量)は、Cr量で、好ましくは95mg/m
2以下、より好ましくは80mg/m
2以下である。
【0026】
なお、上述したクロム含有層の付着量は、金属クロムおよび3価クロム化合物のCr量換算(金属Cr量)の合計量である。
【0027】
また、クロム含有層は、金属クロム層と同様に、硫酸化合物を含んでもよい。これにより、金属クロム層の耐食性がより一層向上する。このような硫酸化合物としては、特に限定されないが、例えば、上述した金属クロム層に含まれ得る硫酸化合物が挙げられる。
【0028】
クロム含有層中における硫酸化合物の含有量は、S量で、好ましくは0.10mg/m
2以上、より好ましくは0.20mg/m
2以上である。また、クロム含有層中における硫酸化合物の含有量は、S量で、好ましくは40mg/m
2以下、より好ましくは35mg/m
2以下である。硫酸化合物の含有量がS量で0.10mg/m
2以上であると、十分な耐食性向上効果が得られる。一方で、硫酸化合物の含有量がS量で40mg/m
2を超えると、硫酸化合物を含むことによる耐食性向上効果が飽和する。
【0029】
また、金属クロム層と前記クロム含有層における、硫酸化合物の合計量は、S量で、好ましくは0.5mg/m
2以上、より好ましくは1.0mg/m
2以上である。また、金属クロム層と前記クロム含有層における、硫酸化合物の合計量は、S量で、好ましくは80mg/m
2以下であり、より好ましくは60mg/m
2以下である。これにより、硫酸化合物を含むことによる耐食性の向上効果を顕著に得ることができる。
【0030】
以上説明した本実施形態に係る容器用鋼板は、金属クロム層と、所定の平均粒径および付着量である粒状の3価クロム化合物を含む、または当該3価クロム化合物および粒状の金属クロムを含むクロム含有層と、を有する、すなわち2層に分離した金属クロム層とクロム含有層とを有することにより、耐食性に優れている。また、容器用鋼板表面に露出したクロム含有層の所定量の粒状の3価クロム化合物および粒状の金属クロムが上述した範囲内の平均粒径を有することにより、容器用鋼板の光沢が高くなる。これにより、容器用鋼板の外観が優れたものとなる。さらに、上記クロム含有層が鋼板の最外表面を覆うことにより、塗料密着性が向上するため優れた耐食性を得ることができる。そして、上述したような本実施形態に係る容器用鋼板は、後述するように、原料として6価クロムを用いずに3価クロムを用いて製造することが可能である。
【0031】
なお、3価クロム化合物および金属クロムの粒子が、鋼板上のコーティング層の深さ方向において全体にわたって、混合されている場合、優れた外観は得られない。この理由は明らかではないが、3価クロム化合物は、一般に緑色を呈しやすく、この為、層の深さ方向全体において乱反射により3価クロム化合物の色が反映されることが推測される。
【0032】
<その他の実施形態>
次に、本発明の他の実施形態について説明する。以下、本実施形態と上述した実施形態との相違点を主として説明し、同様の事項については説明を省略する。
【0033】
まず、上述した実施形態においては、鋼板の一方の表面のみにおいて金属クロム層が形成され、この金属クロム層上にクロム含有層が形成されていたが、本発明はこれに限定されない。例えば、本発明に係る容器用鋼板は、鋼板の両面において、金属クロム層と、この金属クロム層上にクロム含有層と、を有していてもよい。これにより、鋼板の両面において外観、特に光沢、および耐食性に優れた容器用鋼板となる。
【0034】
さらに、本発明の容器用鋼板は、鋼板の一方の表面に金属クロム層が形成され、この金属クロム層上にクロム含有層が形成されていればよく、他方の面に他の機能、成分を有する層が形成されていてもよい。
【0035】
<容器用鋼板の分析方法>
以下に、本実施形態に係る容器用鋼板の各成分等の分析方法について記載する。
(層構成)
まず、金属クロム層およびクロム含有層の境界は、X線光電子分光法(XPS)を用いて容器用鋼板の深さ方向における結合エネルギーのスペクトルを取得し、得られた結合エネルギーのスペクトルのピークに基づき決定することができる。すなわち、容器用鋼板の深さ方向におけるスペクトルのCrおよび3価クロム化合物の結合エネルギーのピークを断定し、Crのピークのみが認められる層が金属クロム層であり、3価クロム化合物または3価クロム化合物およびCrのピークが認められる層がクロム含有層であると定義することができる。Crのピークのみが認められるスペクトルと、3価クロム化合物または3価クロム化合物およびCrのピークが認められるスペクトルと、が認められる場合が、金属クロム層とクロム含有層とが2層に分離した状態である。結合エネルギーのピークの断定は、例えば、ピークの曲率の符号が変化した点が、結合エネルギーの位置にピークが認められると断定することができる。
【0036】
また、容器用鋼板を構成する金属クロム層およびクロム含有層におけるCrおよびSの含有量は、例えば、X線光電子分光法(XPS)の定量分析法により測定することが可能である。
【0037】
(平均粒径)
クロム含有層中に存在し得る粒状の金属クロムおよび3価クロム化合物の平均粒径は、例えば、走査型電子顕微鏡(SEM)によりクロム含有層の表面の画像を得て、当該表面画像中に存在する粒状の金属クロムおよび3価クロム化合物について、複数個、例えば100個を特定して粒径を測定し、その粒径を平均することにより得られる。ここで用いる平均粒径とは、拡大率50000倍で得られた表面画像中で、粒径1nm以上の粒の平均粒径である。
表面に露出した金属クロム層中の粒状の金属クロムの平均粒径を測定するには、例えば、走査型電子顕微鏡(SEM)により金属クロム層の表面の画像を得て、当該表面画像中に存在する粒状の金属クロムについて、複数個、例えば100個を特定して粒径を測定し、その粒径を平均することにより得られる。ここで用いる平均粒径とは、拡大率50000倍で得られた表面画像中で、粒径1nm以上の粒の平均粒径である。
しかし、金属クロム層が表面に出ている表1の比較例a6、a8では平均粒径は、観察できないほど小さく、測定できなかった。
【0038】
<容器用鋼板の製造方法について>
次に、本実施形態に係る容器用鋼板の製造方法について、詳細に説明する。本実施形態に係る容器用鋼板の製造方法は、鋼板を複数の化成処理浴で処理して、前記鋼板の少なくとも一方の表面上に2層に分離した金属クロム層ならびに当該金属クロム層上の粒状の3価クロム化合物を含む、または粒状の3価クロム化合物および粒状の金属クロムを含むクロム含有層を形成する化成処理工程を有する。複数の化成処理浴は、3価クロムイオン0.10〜250g/Lと、硫酸イオン1.0〜250g/Lと、ギ酸イオン1.0〜250g/Lと、ホウ酸イオン1.0〜150g/Lと、を含み、複数の化成処理浴のpHが3.0以上である。鋼板を複数の化成処理浴の間で移動させる時に0.1秒以上20秒以下の無電解時間を設ける。
【0039】
本実施形態に係る容器用鋼板の製造方法では、まず、必要に応じて、鋼板に対して公知の前処理が実施される。
【0040】
次いで、複数の化成処理浴中で処理して、金属クロム層およびクロム含有層を同時に形成する。金属クロム層およびクロム含有層は、複数の化成処理浴を用いて、例えば、電解処理(例えば、陰極電解処理)により形成される。なお、本実施形態に係る容器用鋼板の実際の処理では複数の化成処理浴を用いるので、化成処理浴間の無電解時間が存在する。この無電解時間を設けることにより、2層の分離した金属クロム層およびクロム含有層を形成することができる。なお、無電解時間とは、化成処理工程において、容器用鋼板を複数の化成処理浴の間で移動させる時に生じる電解処理を行わない時間である。
【0041】
また、複数の化成処理浴(化成処理液)は、上述したように、3価クロムイオン0.10〜250g/Lと、硫酸イオン1.0〜250g/Lと、ギ酸イオン1.0〜250g/Lと、ホウ酸イオン1.0〜150g/Lとを含む。
【0042】
3価クロムイオンは、金属クロム層およびクロム含有層中の金属クロムおよびクロム化合物の原料となる。3価クロムイオンの添加量が0.10g/L未満であると、金属クロムおよび3価クロム化合物の鋼板への析出効率が低下する。一方で、3価クロムイオンの添加量が250g/Lを超えると、金属クロムおよび3価クロム化合物の付着効率の上昇が飽和する。複数の化成処理浴は、好ましくは3価クロムイオンを5〜220g/L含む。
【0043】
硫酸イオンは、鋼板への金属クロムおよび3価クロム化合物の析出効率を向上させる。また、硫酸イオンは、金属クロム層およびクロム含有層中に硫酸化合物として析出し、容器用鋼板の耐食性を向上させる。硫酸イオンの添加量が1.0g/L未満であると、金属クロムおよび3価クロム化合物の鋼板への析出効率が低下する。一方で、硫酸イオンの添加量が250g/Lを超えると、金属クロムおよび3価クロム化合物の付着効率の上昇が飽和する。複数の化成処理浴は、好ましくは硫酸イオンを5〜220g/L含む。
【0044】
ギ酸イオンは、pHの緩衝作用を発揮し、複数の化成処理浴のpHひいては成分組成を安定化させるとともに、金属クロムおよび3価クロム化合物の鋼板への析出効率を向上させる。ギ酸イオンの添加量が1.0g/L未満であると、金属クロムおよび3価クロム化合物の鋼板への析出効率が低下する。一方で、ギ酸イオンの添加量が250g/Lを超えると、金属クロムおよび3価クロム化合物の付着効率の上昇が飽和する。複数の化成処理浴は、好ましくはギ酸イオンを5〜220g/L含む。
【0045】
ホウ酸イオンは、錯化作用を有し、複数の化成処理浴中の3価クロムイオンを安定化させる。また、金属クロムおよび3価クロム化合物の粒子の偏析を防止し、金属クロムおよび3価クロム化合物の粒子の粒径を比較的小さなものとすることができる。さらに、ホウ酸イオンは、金属クロムおよび3価クロム化合物の鋼板への付着効率を向上させる。ホウ酸イオンの添加量が1.0g/L未満であると、金属クロムおよび3価クロム化合物の鋼板への析出効率が低下する。一方で、ホウ酸イオンの添加量が150g/Lを超えると、金属クロムおよび3価クロム化合物の付着効率および偏析防止効果が飽和する。複数の化成処理浴は、好ましくはホウ酸イオンを5〜120g/L含む。
【0046】
また、複数の化成処理浴は、塩化物イオンを1.0〜100g/L含んでもよい。塩化物イオンは、pHの調節のために添加されるとともに、複数の化成処理浴における導電性の向上に寄与する。これにより、金属クロム層およびクロム含有層の付着効率が向上する。複数の化成処理浴中の塩化物イオンの含有量が1.0g/L以上であれば、上述した効果を十分に得ることができる。また、複数の化成処理浴中の塩化物イオンの含有量が100g/Lを超えると、付着効率の向上効果が飽和する。複数の化成処理浴は、好ましくは塩化物イオンを2.0〜95g/L含む。
【0047】
また、複数の化成処理浴は、カリウムイオンを1.0〜100g/L含んでもよい。カリウムイオンは、pHの調節のために添加され、得られる容器用鋼板の外観向上に寄与する。複数の化成処理浴中のカリウムイオンの含有量が1.0g/L以上であれば、上述した効果を十分に得ることができる。また、複数の化成処理浴中のカリウムイオンの含有量が100g/Lを超えると、付着効率の向上効果が飽和する。複数の化成処理浴は、好ましくはカリウムイオンを2.0〜95g/L含む。
【0048】
また、複数の化成処理浴の溶媒としては、例えば、脱イオン水、蒸留水等を使用できる。溶媒の好ましい電気伝導度は10μS/cm以下で、好ましくは5μS/cm以下、さらに好ましくは3μS/cm以下である。ただし、上記複数の化成処理浴の溶媒は、これに限定されず、溶解する材料や形成方法および金属クロム層およびクロム含有層の形成条件等に応じて、適宜選択することが可能である。ただし、安定的な各成分の付着量安定性に基づく工業生産性、コスト、環境面から、脱イオン水、蒸留水を用いることが好ましい。
【0049】
また、複数の化成処理浴のpHは、3.0以上である。複数の化成処理浴のpHがこのように比較的大きいことにより、金属クロム層およびクロム含有層の付着効率が向上するとともに、金属クロム層およびクロム含有層の各層において、金属クロムおよび3価クロム化合物の粒子が、その粒径について均一化される。この結果、得られる容器用鋼板の外観が優れたものとなる。これに対し、複数の化成処理浴のpHが3.0未満である場合、得られる容器用鋼板の外観は優れたものとならない。特に、容器用鋼板の光沢が低下する。これは、化成処理工程において、3価クロム化合物と金属クロムとが、コーティング層全体に渡り混合されて析出されるためであると考えられる。
【0050】
また、複数の化成処理浴のpHは、3.0以上であればよいが、好ましくは3.1以上、より好ましくは3.3以上である。また、複数の化成処理浴のpHの上限は特に限定されないが、pH上昇により浴中にクロム沈殿物が発生するため、複数の化成処理浴のpHは、好ましくは7.0以下、より好ましくは6.5以下である。
【0051】
この複数の化成処理浴の温度は、例えば、5℃以上90℃未満とすることが好ましい。複数の化成処理浴の温度が5℃以上であると、金属クロム層およびクロム含有層の形成効率を十分なものとし、経済的に金属クロム層およびクロム含有層を形成することができる。また、複数の化成処理浴の温度が90℃未満である場合には、形成される皮膜組織を均一にすることができ、欠陥、割れ、マイクロクラック等の発生を抑制して、緻密な皮膜形成を可能とすることができる。この結果、金属クロム層およびクロム含有層における腐食等の起点の発生を抑制することができる。
なお、複数の化成処理浴の温度は、界面における複数の化成処理浴の反応性を高めるとともに、金属クロム層およびクロム含有層の付着効率を向上させるため、鋼板の表面温度よりも高いことが好ましい。
【0052】
かかる複数の化成処理浴を利用して、電解処理(陰極電解処理)により金属クロム層およびクロム含有層を形成する場合、電解処理を行う際の電流密度は、0.5A/dm
2以上50A/dm
2以下であることが好ましい。電流密度が0.5A/dm
2未満である場合には、複数の化成処理浴の組成によっては、金属クロム層およびクロム含有層の付着量が低下するとともに、電解処理時間が長くなる場合があるため、好ましくない。また、電流密度が50A/dm
2超である場合には、複数の化成処理浴の組成によっては、金属クロム層およびクロム含有層の付着量が過剰になり、形成された金属クロム層およびクロム含有層のうち、付着が不十分な金属クロム層およびクロム含有層が、電解処理後の水洗等による洗浄工程で洗い流される(剥離する)可能性があるため、好ましくない。
電解処理の間に0.1秒以上20秒以下の無電解時間を設ける必要がある。無電解時間を設けることにより、2層の分離した金属クロム層およびクロム含有層を形成することができる。0.1秒未満では2層分離の効果が不十分であり、20秒超では電解処理時間が長くなる場合がある。
【0053】
また、電解処理を行う時間(電解処理時間)は、0.05秒以上10秒以下であることが好ましい。電解処理時間が0.05秒未満である場合には、複数の化成処理浴の組成によっては、金属クロム層およびクロム含有層の付着量が低下し、所望の性能が得られない場合がある。一方、電解処理時間が10秒超である場合には、複数の化成処理浴の組成によっては、金属クロム層およびクロム含有層の付着量が過剰になり、形成された金属クロム層およびクロム含有層のうち、付着が不十分な金属クロム層およびクロム含有層が、電解処理後の水洗等による洗浄工程で洗い流される(剥離する)可能性がある。
【0054】
以上の化成処理工程により、鋼板上に2層に分離した金属クロム層およびクロム含有層が同時に形成される。
なお、粒状の金属クロムおよび3価クロム化合物の合計の析出量は、電流密度および処理時間により制御することができる。また、金属クロム層の付着量とクロム含有層の付着量との比についても、電流密度により制御することができる。すなわち、電解処理において、電流密度が大きいほど、析出する金属クロム量の比率が大きくなり、金属クロム層の比率が増加する。なお、同様にして電流密度を制御することにより、クロム含有層中における金属クロム量と3価クロム化合物量との比率についても同時に制御することが可能である。そして、電流密度を調節しつつ処理時間を変更することにより、金属クロムおよび3価クロム化合物の合計の析出量が制御される。
【0055】
さらに、クロム含有層における粒状の金属クロムの平均粒径は複数の化成処理浴中の含有硫酸イオン量により制御することができる。すなわち、複数の化成処理浴中の硫酸イオン量を増加させることにより、クロム付着初期の微細なクロム析出効率を増加させて粒状の金属クロムの粒径を小さくすることができる。また、クロム含有層における粒状の3価クロム化合物の平均粒径は複数の化成処理浴の温度により制御することができる。すなわち、複数の化成処理浴の浴温を低くすることにより、析出効率が低下し、局所電流が流れやすくなる結果、析出する3価クロム化合物の粒径が大きくなる。
【0056】
その後、必要に応じて、金属クロム層およびクロム含有層の形成された鋼板に対して、公知の後処理が実施される。このような流れで処理が行われることで、本実施形態に係る容器用鋼板が製造される。
【実施例】
【0057】
以下に、試験例を示しながら、本発明の実施形態に係る容器用鋼板および容器用鋼板の製造方法について、具体的に説明する。なお、以下に示す試験例は、本発明の実施形態に係る容器用鋼板および容器用鋼板の製造方法のあくまでも一例であって、本発明の実施形態に係る容器用鋼板および容器用鋼板の製造方法が、下記の例に限定されるものではない。
【0058】
<実施例1>
まず、試験に用いる鋼板(母材鋼板)を用意した。鋼板は、一般的な容器用として用いられる鋼板を用いた。
【0059】
次に、鋼板表面上に金属クロム層およびクロム含有層を以下の方法により同時に形成した。これにより、容器用鋼板を得た。
【0060】
金属クロム層およびクロム含有層は、化成処理浴中に鋼板を浸漬させた状態で通電処理を行うことにより形成した。また、化成処理浴は、原則として、3価クロムイオン50g/Lと、硫酸イオン50g/Lと、ギ酸イオン50g/Lと、ホウ酸イオン40g/Lとを含むものを使用した。化成処理浴のpHについて、表1の発明例A1〜A6および比較例a1〜a10は3.5、表2の発明例B1〜B8は3.5、表3の発明例C1〜C3は3.9とした。表1の発明例A1〜A6および比較例a1〜a8は、0.15秒の無電解時間を設けている例であり、比較例a9およびa10は無電解時間を設けていない例である。表2の発明例B1〜B8の無電解時間は1.5秒、表3の発明例C1〜C3の無電解時間は1.7秒とした。また、目的とする金属クロム層およびクロム含有層の付着量に合わせて、化成処理浴中の各成分および電解処理の条件を適宜変更した。
【0061】
表1〜3に各例について得られた容器用鋼板の構成を示す。なお、各層における各成分の付着量(含有量)は、X線光電子分光法(XPS)で測定した。各層のCrの付着量(Cr量)は、X線光電子分光法(XPS)により約1.5nmピッチごとの深さ方向分析のピーク分離で行った。ピーク分離はX線光電子分光法(XPS)に付属するデータ処理ソフトで行った。具体的にはX線光電子分光法(XPS)には、Quantera SXM(アルバック・ファイ製)を、データ処理ソフトはMultiPakを使用した。各層のSの付着量(S量)はX線光電子分光法(XPS)で得られた各層の深さに対して、GDSの深さ方向分析により得られた表層から各層までの信号強度の積算値で同定した。信号強度の積算値とSの付着量(含有量)の検量線は、一般的な標準試料で事前に作成した。なお、表4および表6の各層における各成分の付着量(含有量)についても同様の測定方法で行った。
また、金属クロム層およびクロム含有層の境界は、各容器用鋼板の断面試料を作成し、X線光電子分光法(XPS)を用いて容器用鋼板の深さ方向におけるCrおよび3価クロム化合物の結合エネルギーのスペクトルを取得し、Crのピークのみが認められる層が金属クロム層であり、3価クロム化合物または3価クロム化合物およびCrのピークが認められる層がクロム含有層である、と定義した。また、クロム含有層における粒状の3価クロム化合物および金属クロムの平均粒径は走査型電子顕微鏡(SEM)での表面観察を行った。走査型電子顕微鏡の拡大率を50000倍とし、各粒状の3価クロム化合物および金属クロムの粒径1nm以上の粒を100個特定し、これらより平均粒径を測定、算出することにより行った。なお、表中の化合物についての「−」は、その化合物を含有していないことを示す。また、表1の比較例a6およびa8の平均粒径についての「−」は、平均粒径が観察できないほど小さく測定できなかったため、「−」で示した。表1の比較例a9およびa10の金属クロム層の金属Cr量についての「−」は、金属クロムを含有していなかったので金属クロム層を確認できなかったことを示す。
【0062】
得られた容器用鋼板について、以下に示すように耐食性および光沢度(外観)を評価した。
【0063】
(耐食性)
得られた容器用鋼板からφ35mmの円形の試験片を切り出し、採取した。得られた試験片を3%酢酸を入れた耐熱瓶の口に乗せて固定した後、121℃で60分の熱処理を行った。耐食性試験液が試験片に触れる耐熱瓶の口の面積に対する、腐食した面積の割合で耐食性を評価した。より詳細には、試験片が試験液と接触する面積に対する腐食面積の割合に従い、以下の1〜10点の評点をつけた。なお、かかる耐食性試験において、評点が5点以上のものが、容器用鋼板として使用することが可能である。
【0064】
1点:90%以上
2点:80%以上90%未満
3点:70%以上80%未満
4点:60%以上70%未満
5点:50%以上60%未満
6点:40%以上50%未満
7点:30%以上40%未満
8点:20%以上30%未満
9点:10%以上20%未満
10点:10%未満
【0065】
(光沢度)
得られた容器用鋼板について、光沢度計の測定角度を20°とし、光沢度測定を行い、光沢度を得た。光沢度は、JIS Z 8741に準拠した方法で測定することができる。容器用鋼板としての商品の外観は、光沢度が15以上を良好、15未満を不良と判断した。
【0066】
【表1】
【0067】
【表2】
【0068】
【表3】
【0069】
表1〜3から明らかなように、本発明の容器用鋼板は、耐食性に優れるとともに高い光沢度を有し、優れた外観を有していた。これに対し、比較例a1〜a10に係る容器用鋼板は、十分な耐食性を有していないか、光沢度が低く外観に劣っていた。比較例a9、a10に係る容器用鋼板は、無電解時間を設けていない比較例である。比較例a9、a10に係る容器用鋼板は、金属クロム層を確認できなかった。すなわち、比較例a9、a10に係る容器用鋼板は、金属クロム層とクロム含有層が容器用鋼板の上に2層に分離していない。その結果、光沢度が低く、十分な耐食性を有していない。
表1の3価クロム化合物が含まれていない比較例a6、a8において、耐食性が高い値を示したが、これは実験室での測定結果であり、実際の使用では、周囲環境により耐食性が悪くなり、このような高くない値を示す可能性がある。
【0070】
図1に、発明例A6に係る容器用鋼板の表面の走査型電子顕微鏡(SEM)による観察像を示す。走査型電子顕微鏡は、JSM−7001F(日本電子製)を使用した。走査型電子顕微鏡の拡大率は50000倍、視野サイズは2×1.5μmとした。
図1により、容器用鋼板の表面には粒状の金属クロムおよび粒状の3価クロム化合物の粒子による緻密なクロム含有層が形成されていることが観察された。
【0071】
図2は、発明例A1に係る容器用鋼板におけるX線光電子分光法(XPS)により測定した容器用鋼板の断面の深さ方向分析の結果を示すスペクトルである。X線光電子分光法(XPS)には、Quantera SXM(アルバック・ファイ製)を、データ処理ソフトはMultiPakを使用した。
図2の右側の縦軸は、sputter cycleであり、表層から約1.5nm毎の測定回数を示す。
図2の左側の縦軸は、c/sであり、1秒間に検出される信号のカウント数を示す。
図2において、下側が表層、上側が深層(容器用鋼板側)である。
図2に示す発明例A1では、表層から30nmまでの深さを測定した。
図2の下側2本のスペクトルにおいて、574.60eVでCrのピークが、577.2eVで酸化クロム(III)のピークが、577.1eVで水酸化クロム(III)のピークが認められる。すなわち、この下側2本のスペクトルの深さの範囲が、クロム含有層である。一方で、これら2本以外のスペクトル(
図2の下から3番目のスペクトルから上側の全てのスペクトル)は、Crのみのピークが認められる。すなわち、これらスペクトルの深さの範囲が、金属クロム層である。よって、同実施形態に係る容器用鋼板は、鋼板上に2層に分離した金属クロム層とクロム含有層とを配置していることが分かる。
【0072】
<実施例2>
まず、試験に用いる鋼板(母材鋼板)を用意した。鋼板は、一般的な容器用として用いられる鋼板を用いた。
【0073】
次に、鋼板表面上に金属クロム層およびクロム含有層を以下の方法により同時に形成した。これにより、容器用鋼板を得た。
【0074】
金属クロム層およびクロム含有層は、表4に示す組成の化成処理浴中に鋼板を浸漬させた状態で通電処理(電解処理)を行うことにより形成した。本実施例の無電解時間は2.2秒とした。このとき、原則として、化成処理浴の温度は、60℃、電流密度は、10A/dm
2、通電時間は、1秒とし、目的とする金属クロム層およびクロム含有層の付着量に合わせて、電解処理の条件を適宜変更した。
【0075】
表4に各例について得られた容器用鋼板の構成を示す。なお、表4中の各構成の値は、上述した方法により測定を行うことにより得られた値である。
また、得られた容器用鋼板について、上記のように耐食性および光沢度(外観)を評価した。結果を表4に合わせて示す。なお、表4中の化合物についての「−」は、その化合物を含有していないことを示す。
【0076】
【表4】
【0077】
表4から明らかなように、本発明に係る製造方法により製造された容器用鋼板D1〜D12は、耐食性に優れるとともに高い光沢度を有し、優れた外観を有していた。これに対し、比較例d1〜d6係る製造方法により製造された容器用鋼板は、十分な耐食性を有していないか、光沢度が低く外観に劣っていた。特に化成処理浴のpHが低い比較例d5およびd6においては、光沢度計による測定の結果、外観が著しく劣っていた。
【0078】
<実施例3>
まず、試験に用いる鋼板(母材鋼板)を用意した。鋼板は、一般的な容器用として用いられる鋼板を用いた。
【0079】
次に、鋼板表面上に金属クロム層およびクロム含有層を以下の方法により同時に形成した。これにより、容器用鋼板を得た。
【0080】
金属クロム層およびクロム含有層は、表5に示す組成の化成処理浴中に鋼板を浸漬させた状態で電解処理を行うことにより形成した。なお、電解処理の条件は、表5に示す通りとした。本実施例の無電解時間は0.5秒とした。なお、表5中の化合物についての「−」は、その化合物を含有していないことを示す。電解処理についての「−」は、電流を与えていないことを示す。
【0081】
表6に各例について得られた容器用鋼板の構成を示す。なお、表6中の各構成の値は、上述した方法により測定を行うことにより得られた値である。
また、得られた容器用鋼板について、上記のように耐食性および光沢度(外観)を評価した。結果を表6に合わせて示す。
【0082】
【表5】
【0083】
【表6】
【0084】
表5、6から明らかなように、本発明に係る製造方法により製造された容器用鋼板E1〜E9は、耐食性に優れるとともに高い光沢度を有し、優れた外観を有していた。
【0085】
以上、添付図面を参照しながら本発明の好適な実施形態について詳細に説明したが、本発明はかかる例に限定されない。本発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者であれば、特許請求の範囲に記載された技術的思想の範疇内において、各種の変更例または修正例に想到し得ることは明らかであり、これらについても、当然に本発明の技術的範囲に属するものと了解される。
本発明に係る容器用鋼板は、母材鋼板と、金属クロム層と、クロム含有層と、を有し、前記金属クロム層は、前記母材鋼板の少なくとも一方の表面上に位置し、前記クロム含有層は、前記金属クロム層上に位置し、粒状の3価クロム化合物を含み、または粒状の3価クロム化合物および粒状の金属クロムを含み、前記金属クロム層および前記クロム含有層は、前記母材鋼板の上に2層に分離して配置され、前記クロム含有層において、前記3価クロム化合物および前記金属クロムの平均粒径が10nm以上100nm以下であり、前記クロム含有層の付着量は、Cr量で、1.0mg/m