(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6593751
(24)【登録日】2019年10月4日
(45)【発行日】2019年10月23日
(54)【発明の名称】下肢筋力測定システム
(51)【国際特許分類】
A61B 5/22 20060101AFI20191010BHJP
【FI】
A61B5/22 200
【請求項の数】2
【全頁数】9
(21)【出願番号】特願2015-159360(P2015-159360)
(22)【出願日】2015年8月12日
(65)【公開番号】特開2017-35374(P2017-35374A)
(43)【公開日】2017年2月16日
【審査請求日】2018年7月31日
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成27年2月16日 三重大学工学研究科 研究領域A H26年度 修士論文発表会(電気系)において文書をもって発表。
(73)【特許権者】
【識別番号】304026696
【氏名又は名称】国立大学法人三重大学
(72)【発明者】
【氏名】駒田 諭
(72)【発明者】
【氏名】石田 翔平
(72)【発明者】
【氏名】平井 淳之
【審査官】
清水 裕勝
(56)【参考文献】
【文献】
特開2015−077397(JP,A)
【文献】
米国特許出願公開第2008/0216570(US,A1)
【文献】
特開2007−061137(JP,A)
【文献】
特開2010−142451(JP,A)
【文献】
国際公開第2004/107976(WO,A1)
【文献】
石田翔平 ほか,辺計測法による出力分布の描画方法,電気学会産業応用部門全国大会講演論文集,2014年,No.2-22
【文献】
駒田諭 ほか,コサイン調律に基づく肢の出力分布描画と筋力評価手法の提案,電気学会論文誌D(産業応用部門誌),2015年10月 1日,Vol.135, No.10,p.1033-1039
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61B 5/06−5/22
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
下肢先端で発揮される力を3対6筋群モデルの6角形の出力分布図で出力する下肢筋力測定システムであって、
前記6角形の出力分布図の各辺の傾きを、コサイン調律の考え方から求まる筋力二乗和最小を基に、各筋群力と下肢先端での出力との関係を示す擬似行列から求め、
前記6角形の出力分布図の各辺を、実測される下肢先端力測定値と前記傾きから求め、前記求まった各辺の下肢先端最大力から、筋力二乗和の最小化に基づくコサイン調律によって各筋群力の最大力を決定することを特徴とする下肢筋力測定システム。
【請求項2】
前記下肢筋力測定システムの下肢筋力測定装置が背付ベッドと、
ベッドに固定され足首を挿入可能なベルトと、
該ベルトの内側に配置され足首に当接して足が発揮する2軸方向の力をセンシングするセンサと、
前記センサの出力データの収集と処理を行いながら測定手順をガイドするコントローラと、
前記出力データの処理結果と前記測定手順を表示するモニターと、で構成されることを特徴とする請求項1に記載の下肢筋力測定システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は下肢の筋力を出力分布図として計測し、さらに各筋群の筋力を算出するためのシステムに関する。
【背景技術】
【0002】
関節トルク測定器を用いた筋力評価手法は、関節周りに発生するトルクを測定するのみの簡易な方法でありながら測定結果の再現性が高く、一般的に用いられている。しかし、関節トルクは関節周りの複数の筋の合力であるため、個々の筋力を分類して評価することが困難である。
【0003】
最大筋力の評価に筋骨格モデルを導入する手法として、熊本らの提案した機能別実効筋理論がある。この方法では、四肢の動きを2次元平面の運動に限定することで、複数の筋をその働きによって6つの筋群に分類したモデルを用いる。このモデルでは出力分布と呼ばれる肢先端で発揮される最大力の範囲が幾何学的な特徴を持つ6角形で定義され、測定された出力分布図から個々の最大筋力の評価が可能である。特許文献1には出力分布図を計測する発明、および出力分布図から各筋群の筋力を求める発明が開示されている。特許文献2には出力分布図の測定の信頼性を高める発明が開示されている。
【0004】
特許文献2においてはオーバル形出力分布からのコサイン調律に基づく各筋群力算出手法も開示されている。出力分布は6角形で表現されるが、実際の出力は頂点部分が丸まっており、実測値と出力分布の間には誤差がある。そこで、出力分布計測で求まる各辺の最大力と、出力分布の頂点からベジエ曲線を用い頂点部分を丸めたオーバル形出力分布を描く方法が提案された。また、実測値との誤差が低減されたオーバル形力分布からコサイン調律に基づいて各筋群力を算出する手法も提案された。ここに、各筋は至適方向と呼ばれる筋活動が最大となる方向からコサインの形状で活動度が低減する所謂コサイン調律に基づいて、オーバル型出力分布との誤差が最小となる各筋群の筋力と至適方向の組を算出する手法が提案された。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2000−210272「筋力評価方法およびシステム」
【特許文献2】特開2015−077397「下肢の出力分布図測定と筋力算出システム」
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】D. Nozaki, et al: "Muscle activity determined by cosine tuningwith a non-trivial preferred direction during isometric force exertion by lower limb", J. Neurophysiol, Vol. 93, pp. 2614-2624, 2005
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
従来の機能別実効理論では4〜6方向の下肢先端での最大力を計測し、幾何学的特徴を満足するように出力分布を作図し、一対の拮抗筋力の比率に適宜の数値を設定するなどの仮定を用いて機能別実効筋力を求める。そのため、測定困難な辺が1つでもあると筋力全体に影響する。
【0008】
特許文献1では、生体間でできるだけ誤差が少ない仮定を用いて、測定した出力分布から各筋群力を導出しているが、被験者のその仮定からのズレが筋群力の誤差となる。さらに、出力分布の1辺の測定結果が全ての筋群力の結果に影響するため、測定がうまく行かない出力分布の辺が1つでもあると、筋群力の計算結果全体的に影響が生じる。
【課題を解決するための手段】
【0009】
請求項1に記載の発明は、下肢先端で発揮される力について3対6筋群モデルを用い、6角形出力分布図を出力する下肢筋力測定システムである。
この下肢筋力測定システムで求まる6角形出力分布図では、6角形の出力分布図の各辺の傾きを、コサイン調律の考え方から求まる筋力二乗和最小を基に、各筋群力と下肢先端での出力との関係を示す擬似行列から求める。
また、6角形の出力分布図の各辺は、実測される下肢先端力測定値と前記傾きから求め、求まった各辺の下肢先端最大力から、筋力二乗和の最小化に基づくコサイン調律によって各筋力の最大力が決定される。
【0010】
請求項2に記載の発明は請求項1に記載された下肢筋力測定装置であって、背付ベッドと、ベッドに固定され足首を挿入可能なベルトが設けられ、ベルトの内側には足首に当接して足が発揮する2軸方向の力をセンシングするセンサが配置される。また、本発明の下肢筋力測定装置にはセンサの出力データの収集と処理を行いながら測定手順をガイドするコントローラと、前記データ処理結果と前記測定手順を表示するモニターが設けられる。従って、本発明の下肢筋力測定装置に不慣れな者であっても、測定の途中経過を確認しながら次の測定手順に順次ガイドされ、容易に測定を完了させることができる。
【発明の効果】
【0011】
従来技術の下肢先端の6角形出力分布図では、6角形の対向辺は互いに並行かつ長さが等しい特徴を用いて、少なくとも4方向での下肢先端の最大力を計測して出力分布を作図する。この方法で作成される出力分布の各辺では、2つの筋群力が最大値になっている。また、各筋群の筋力を導出するには出力分布の計測が完了している必要があり、出力分布の1辺でも正確に計測が行えていないと、筋力全体に影響する。さらに、筋力を導出する際に何らかの仮定が必要であるため、筋力値がその仮定に依存する。
しかし、本発明の作図では、各筋群力の導出に前記仮定が不要である。即ち、本発明では、6角形の出力分布の辺毎に独立して計測を行い、辺毎に最大値を確定させて筋群力を導出する。従って、ある辺での測定結果が他の辺の筋群力に影響を与えることはない。一部の筋群力の測定だけで計測目的が達成される場合、必要とされる筋群力のみに限定した測定ができるので、6角形出力分布図を完成させることが必須であった従来法に比べ、大幅に計測時間を短縮できる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】下肢の2関節リンク機構の3対6筋モデル図である。
【
図2】コサイン調律に基づく出力分布図と筋力が最大となる筋を表した図である。
【
図3】出力分布図作成に於ける辺計測法を示す図である。
【
図4】本システムで用いる出力分布図と、実効筋力算出アルゴリズムのフロー図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
機能別実効筋と機能別実効筋力について
図1を用いて説明する。下肢の矢状面内の2関節運動に対して、筋の関節に対する機能別に分類した3対6筋を機能別実効筋と定義する。具体的には、第一関節4に寄与する一関節筋群、及び第二関節5に寄与する一関節筋群そして第一関節4と第二関節5の両関節に寄与する二関節筋群で表され、各機能別実効筋が関節で発揮するトルクは機能別実効筋力と呼ぶ。
【0014】
図1の下肢先端6での矢印は機能的に分類された各筋群が先端で発揮する力の大きさと方向を表し、膝関節5と先端6を結んだ線分、股関節4と膝関節5を結んだ線分、股関節4と先端6を結んだ線分の何れかと平行である。
【0015】
膝と股の関節トルクT=[Thip,Tknee]
Tと拮抗筋を1つの筋でまとめた機能別実効筋力Tfem=[T
1,T
2,T
3]
Tとの関係を
【数1】
と表す。ここで、Gは
【数2】
となる。
【0016】
次に、先端6での発揮力F=[Fx,Fy]
Tと関節トルクT=[Thip,Tknee]
Tと下肢姿勢の関数であるヤコビ行列Jを用いて次式で表される。
【数3】
【0017】
中枢神経によるコサイン調律では筋力の二乗和が最小となるように筋力を分配するため、先端力F=[Fx,Fy]
Tと拮抗筋を1つの筋でまとめた機能別実効筋力Tfem=[T
1,T
2,T
3]
Tの関係式に擬似逆行列
【数4】
を適用する。ここで、+は疑似逆行列を表す。これにより、筋力の二乗和Tfem
TTfemが最小となる。
【0018】
次に、
図2に示すコサイン調律に基づく出力分布を求める。
【数5】
これは等式制約により筋力二乗和を最小にしつつ、各筋群力の上下限を満足する中で発揮力7の大きさ|F|を最大化する。
図2の辺8はある方向について発揮力7を最大化して求めた辺である。また、発揮力の方向θを0〜360°として、全ての方向について計算すれば残る5方向についての発揮力の最大値が求まり、6角形が作成される。ある筋群が最大力に達する時、発揮力の大きさ|F|は上限|Fmax|になるので、各辺上では1つの筋群力が最大となる。
【0019】
ここでは下肢の先端発揮力から出力分布を計測する手法と、その結果から未知の各筋群力を導出する手法を述べる。出力分布の各辺の呼び名を筋力が最大になる筋の呼び名と対応させる。出力分布のs辺の傾きa
Sは辺上の力Fmax_s=[|Fmax_s|cosθ, |Fmax_s|sinθ]の角度θに対する微小変位により定義可能である。
【数6】
【0020】
次に、a
Sの算出に必要なFmax_sを定義する。まず、[数4]の擬似逆行列を次式で定義する。
【数7】
この時、コサイン調律に基づく出力分布辺上の力Fmax_sと機能別実効筋力の最大値Tmax_sとの関係は次式となる。
【数8】
ここで、Zx_i,Zy_iのiにはそれぞれ同じ筋の番号が代入される (例: s=e1ならばi=1,s=f3ならばi=3)。
【0021】
上式からコサイン調律に基づく出力分布辺上の力の大きさは次式となる。
【数9】
これより、その微小変位は次式となる。
【数10】
[数6]に[数10]を代入すると、
【数11】
となり、コサイン調律に基づく出力分布のs辺の傾きa
Sはヤコビ行列JとGの要素のみによって決定されるため、下肢の姿勢には依存するが筋力には依存しない。また、拮抗する筋同士の辺は同じ傾きを持つ。
【0022】
上式で決定された出力分布のs辺の傾きa
Sを用いて、計測された下肢先端力Fから出力分布の各辺を決定する方法を示す。その方法は
図3に示すように、ある辺11を測定する時、力の計測点9に対しての辺11と同じ傾きの直線を引き、その直線の中心からの距離10を算出する。
【0023】
この中心からの距離が最も大きい時、その最大の計測点は出力分布図のその辺上にあることを意味するので、この最大計測点12と直線11を保存しておく。これらより、被験者が下肢先端力を発揮した時、最も原点から遠い出力分布の辺上の計測点Fmax_sを決定できる。そして、これを6つの辺で実施し、各直線の交点を頂点とすることで6角形の出力分布図を作図できる。
【0024】
図2のように、コサイン調律に基づく出力分布のs辺はTsが上限Tmax_sに達した時の先端での最大力Fmax_sである。そのため、s辺を構成する最大力Fmax_sを[数8]に代入して最大機能別実効筋力Tmax_sを得る。
【0025】
さらに本システムでは、リアルタイムで出力分布図を描きつつ測定を行えるような出力分布作図プログラムを組んでいる。そのプログラムのアルゴリズムは
図4に示す通りで、まず下肢先端で発揮される二次元平面の力の値を計測する(ステップS1)。
【0026】
計測点を通り、[数11]式の出力分布の辺の傾きa
Sより3種類の傾きをそれぞれ持った直線を引く。(ステップS2)ここで、3つの各直線は傾きが同じ出力分布図の辺同士と比較するために中心からの距離を算出する。(ステップS3)それぞれ原点からの距離を比較し(ステップS4)、距離が大きくなっていれば新たな辺として採用するため直線とその直線を作る最大計測点を保存する(ステップS5)。そうでなければ以前のままとする。ただし、同じ傾きの辺は各直線に対して2つ存在するため、原点に対して同じ側の辺とだけ行う。
【0027】
最大計測点から[数8]により対応する実効筋力を算出する。
保存された直線6本から出力分布図が算出できる(ステップS6)。そして、求まった出力分布図と実効筋力をモニター画面に表示し(ステップS7)、これを繰り返すことでリアルタイムでの最大の出力分布図の描画と最大実効筋力の表示が可能となる。このプログラムは被験者が再度最大力を発揮し出力分布の辺より大きくなれば、その力の値で新たな辺を構成するのでプログラムが動作している間は常に測定が可能となる。
【実施例】
【0028】
筋力二乗和最小化に基づく出力分布図の作図と筋力算出を行う装置は、装置全体としては
図5のように被験者を任意姿勢で下肢先端を固定し、先端発揮力を計測できる装置と、力センサ26の値から出力分布作図プログラム等の処理をするコンピュータと計測結果を表示するモニター27から成る。このモニター画面上にコンピュータの処理結果を表示する方法はグラフィックプログラムインターフェイスOpenGLを用いて行っている。
【0029】
被験者を一姿勢で固定した状態で下肢の先端での力を測定する必要があるが、被験者が目標の姿勢(
図6の股関節角度θ1と膝関節角度θ2)で測定を行うために力センサ26を有する下肢先端を接続する部分が二次元平面内の任意の位置で固定可能な装置を用いる。
【0030】
図5のような2自由度を持つ装置は下肢接続部分の位置を所定の位置で固定することで、被験者を目標の姿勢にさせる。
【0031】
また測定円滑化のために被験者は力の値を視覚的に認識ができるように
図5のモニター画面内25のようにリアルタイムで下肢先端の力の大きさと方向を矢印として表示し、同時にこれまでに求まった現時点での出力分布図と[数8]で求めた6つの実効筋力も表示している。
【0032】
これにより被験者は自身が現在発揮している下肢先端の力の大きさと方向と共に、これまでに測定された出力分布図が表示されているため、指定された目標の辺に向けて力を発揮することが可能となる。
【0033】
測定の流れは
図7のフロー図のようになっている。まず、大腿部と下腿部のL1とL2を計測し(ステップS8)、被験者の目標の関節角度θ1とθ2になるように装置の姿勢を合わせる(ステップS9)。被験者を目標の姿勢で固定させ(ステップS10)、脱力状態にさせて力センサに加わる力を読み取る。これは被験者の下肢先端の発揮力のみ測定したいので、下肢の重さを除くために脱力状態の力センサの値を読み取り、重力補償する(ステップS11)。
【0034】
この処理が終わったら、[数11]を用いて出力分布の辺の傾きを計算し、被験者の出力分布計測を開始する(ステップS13)。そして被験者に辺の方向に向けて最大力発揮したかどうか確認して(ステップS14)、測定を終了する(ステップS15)。
【0035】
従来の機能別実効理論では4〜6方向の下肢先端での最大力を計測し、幾何学的特徴を満足するように出力分布を作図し、何らかの仮定を用いて機能別実効筋力を求める。そのため、測定がうまく行かない辺が1つでもあると筋力全体に影響する。一方、本発明の手法は先行技術で必須であった一対の拮抗筋力の比率に適宜の数値を設定するなどの仮定は不要で、辺毎に筋力が独立して求まり、1つの筋力を対象とするならば1方向の最大力の測定のみで良い。そのため、6辺全てを計測せずに、計測したい筋に対応した辺に対する最大力を計測するだけで計測を終了することが可能である。
【産業上の利用可能性】
【0036】
本装置は、従来の測定装置に比べ短時間で、しかも被験者への負担が少なく計測できるため、多数の計測モニターが必要とされる疫学調査に応用することが可能で、様々な現象と筋力との関連を明らかにする調査などに活用できる。例えば、疫学調査結果を基に、評価と診断を行うことで問題解決を定量的に行うことが可能となり、転倒予防などの対策を検討する場合などにも効果的な活用が期待できる。
【符号の説明】
【0037】
1 下肢大腿部
2 下肢下腿部
3 足
25 体幹部
28 足置場移動用スライダ
29 スライダの回転軸
30 測定装置背もたれ部
31 体幹固定ベルト
32 下腹部固定ベルト
33 測定装置座部
34 手すり