特許第6594209号(P6594209)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 吉川工業株式会社の特許一覧

<>
  • 特許6594209-金属溶射皮膜の作製方法 図000003
  • 特許6594209-金属溶射皮膜の作製方法 図000004
  • 特許6594209-金属溶射皮膜の作製方法 図000005
  • 特許6594209-金属溶射皮膜の作製方法 図000006
  • 特許6594209-金属溶射皮膜の作製方法 図000007
  • 特許6594209-金属溶射皮膜の作製方法 図000008
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6594209
(24)【登録日】2019年10月4日
(45)【発行日】2019年10月23日
(54)【発明の名称】金属溶射皮膜の作製方法
(51)【国際特許分類】
   C23C 4/06 20160101AFI20191010BHJP
【FI】
   C23C4/06
【請求項の数】4
【全頁数】8
(21)【出願番号】特願2016-652(P2016-652)
(22)【出願日】2016年1月5日
(65)【公開番号】特開2017-122253(P2017-122253A)
(43)【公開日】2017年7月13日
【審査請求日】2018年10月22日
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 ・第62回材料と環境討論会講演集、第413頁、公益社団法人腐食防食学会、2015年(平成27年)10月20日発行に掲載 ・第62回材料と環境討論会、福岡工業大学、2015年(平成27年)11月6日開催にて発表
(73)【特許権者】
【識別番号】000159618
【氏名又は名称】吉川工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001601
【氏名又は名称】特許業務法人英和特許事務所
(74)【代理人】
【識別番号】100107825
【弁理士】
【氏名又は名称】細見 吉生
(72)【発明者】
【氏名】大森 康弘
(72)【発明者】
【氏名】熊井 隆
(72)【発明者】
【氏名】森本 敬治
(72)【発明者】
【氏名】申 喜夫
【審査官】 池ノ谷 秀行
(56)【参考文献】
【文献】 特開昭60−131875(JP,A)
【文献】 特開2004−083964(JP,A)
【文献】 特開平03−040936(JP,A)
【文献】 国際公開第2015/115394(WO,A1)
【文献】 特開2007−056327(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 4/00−4/18
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
溶射により、溶射材料中の酸化銅を亜酸化銅に還元して基材上に亜酸化銅を含有する金属溶射皮膜を作製する、金属溶射皮膜の作製方法。
【請求項2】
溶射材料として、Al合金、Zn合金、Ni合金、Fe合金、Ni基アモルファス合金又はFe基アモルファス合金の粉末に酸化銅の粉末を添加したものを使用する、請求項に記載の金属溶射皮膜の作製方法。
【請求項3】
溶射は、溶融した溶射材料の噴流を囲むように冷却ガスを噴射しながら実施する、請求項1又は2に記載の金属溶射皮膜の作製方法。
【請求項4】
冷却ガスとして窒素ガス又は不活性ガスを使用する、請求項に記載の金属溶射皮膜の作製方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、亜酸化銅を含有する金属溶射皮膜作製方法に関する。
【背景技術】
【0002】
亜酸化銅(CuO)はフジツボなどの海洋生物の忌避成分であるため、亜酸化銅を含有する塗料は、いわゆる防汚塗料として船底などに広く適用されている(例えば特許文献1及び非特許文献1参照)。
【0003】
しかし、亜酸化銅を含有する塗料により形成される塗膜は、塗膜形成要素として樹脂を含有するため、金属皮膜に比べるとどうしても耐傷付き性に劣り、耐紫外線性などの耐候性にも劣る。また、塗膜は、基材に対して単に塗布することにより形成するため、基材に対する密着性(接着性)も十分とはいえない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平8−12513号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】亀山 道弘、小島 隆志、今井 祥子、柴田 俊明、上田 浩一、桐谷 伸夫、菅澤 忍:海上技術安全研究所報告 第12巻 第1号(平成24年度)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明が解決しようとする課題は、従来の塗膜に比べ、耐傷付き性、耐候性及び基材に対する密着性を向上させ得る、亜酸化銅を含有する新たな皮膜作製方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するため、本発明者らは、溶射技術の適用により亜酸化銅を含有する金属溶射皮膜を作製しようという発想のもと、その作製方法について鋭意検討した。その結果、溶射材料に酸化銅を添加すると溶射により酸化銅が亜酸化銅に還元され、これにより亜酸化銅を含有する金属溶射皮膜を作製できるという知見を得た。
【0009】
すなわち、本発明の一観点によれば、「溶射により、溶射材料中の酸化銅を亜酸化銅に還元して基材上に亜酸化銅を含有する金属溶射皮膜を作製する、金属溶射皮膜の作製方法」が提供される。この本発明の作製方法において、溶射材料としては、Al合金、Zn合金、Ni合金、Fe合金、Ni基アモルファス合金又はFe基アモルファス合金の粉末に酸化銅の粉末を添加したものを使用することができる。また、溶射は、溶融した溶射材料の噴流(溶射火炎(フレーム))を囲むように冷却ガスを噴射しながら実施することができる。このとき冷却ガスとしては、窒素ガス又は不活性ガスを使用することができる。
【発明の効果】
【0010】
本発明の金属溶射皮膜は、皮膜のマトリックスが金属であるので、従来の塗膜に比べ、耐傷付き性及び耐候性を向上させ得る。また、溶射により基材と密着するので、基材に対する密着性も向上させ得る。さらに、亜酸化銅を含有するので、海洋生物の忌避効果(防汚性)を発揮し得る。そして、皮膜のマトリックスにAl合金、Zn合金、Ni合金、Fe合金、Ni基アモルファス合金、Fe基アモルファス合金といった防食性又は耐食性材料を適用することで、防汚性と防食性又は耐食性を兼ね備えた皮膜の提供が可能となる。
【0011】
さらに、従来、亜酸化銅を含有する金属溶射皮膜の作製方法は確立されていなかったところ、本発明によれば、溶射材料に酸化銅を添加して溶射するという簡単な方法によって亜酸化銅を含有する金属溶射皮膜の作製が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】本発明の亜酸化銅を含有する金属溶射皮膜(以下「亜酸化銅含有溶射皮膜」という。)の作製に使用する溶射装置の一例を示す概略断面図である。
図2】本発明の亜酸化銅含有溶射皮膜のSEMによる断面観察の一例を示す。
図3】本発明の亜酸化銅含有溶射皮膜のエネルギー分散型X線分析(EDS)の一例を示す。
図4】本発明の亜酸化銅含有溶射皮膜のX線回折測定(XRD)の一例を示す。
図5】本発明の亜酸化銅含有溶射皮膜の塩水浸漬試験結果の一例を示す。
図6】本発明の亜酸化銅含有溶射皮膜の海洋浸漬試験結果の一例を示す。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明の亜酸化銅含有溶射皮膜は、図1に示す溶射装置によって作製可能である。
【0014】
同図に示す溶射装置は、公知の粉末式フレーム溶射ガンの先端に2重筒構造のシリンダーノズルを取り付けてある。この溶射装置では、粉末式フレーム溶射ガンに溶射材料とともに燃焼ガスが供給され、粉末式フレーム溶射ガンの先端から、溶融した溶射材料(以下「溶射粒子」という。)を含む溶射火炎(フレーム)が噴流として噴射される。この溶射粒子の噴流は、2重筒構造のシリンダーノズルの内筒内を進行する。一方、2重筒構造のシリンダーノズルの内筒と外筒の間に冷却ガスを供給する。これにより、冷却ガスが溶射粒子の噴流を囲むように噴射される。この冷却ガスにより溶射粒子が急冷されるとともに、溶射粒子と大気との接触が抑えられ、溶射粒子の酸化が抑制される。
【0015】
本発明では溶射材料として酸化銅の粉末を添加したものを使用する。そうすると、この溶射材料中の酸化銅が溶射中に還元されて亜酸化銅に変化し、これにより亜酸化銅含有溶射皮膜が得られる。溶射材料中の酸化銅の添加量(含有量)は4〜35mol%であることが好ましい。また、図1に示したように冷却ガスを噴射しながら溶射を実施すると、この冷却ガスによる急冷効果及び大気遮断効果により、酸化銅の還元が進み過ぎて銅になるのを抑制できるとともに、皮膜組織を微細化することができ皮膜特性が向上する。冷却ガスとしては、窒素ガス又は不活性ガスを使用することが好ましい。
【0016】
本発明の亜酸化銅含有溶射皮膜のマトリックスは、Al合金、Zn合金、Ni合金、Fe合金、Ni基アモルファス合金又はFe基アモルファス合金とすることができる。すなわち、溶射材料として、Al合金、Zn合金、Ni合金、Fe合金、Ni基アモルファス合金又はFe基アモルファス合金の粉末に酸化銅の粉末を添加したものを使用することで、これらをマトリックスとする亜酸化銅含有溶射皮膜が得られる。
【0017】
Al合金及びZn合金は犠牲防食作用により亜酸化銅含有溶射皮膜の防食性を向上させる。また、Ni合金、Fe合金、Ni基アモルファス合金及びFe基アモルファス合金は、亜酸化銅含有溶射皮膜の表面に不働態皮膜などを形成するので、亜酸化銅含有溶射皮膜の耐食性を向上させる。すなわち、亜酸化銅含有溶射皮膜のマトリックスをAl合金、Zn合金、Ni合金、Fe合金、Ni基アモルファス合金又はFe基アモルファス合金とすることで、亜酸化銅による防汚性とマトリックスによる防食性又は耐食性を兼ね備えた亜酸化銅含有溶射皮膜を得ることができる。
【0018】
防汚性を向上させる点から、亜酸化銅含有溶射皮膜中の亜酸化銅の含有量は0.2mol%以上であることが好ましく、亜酸化銅含有溶射皮膜中の銅成分のうち亜酸化銅の割合は5mol%以上であることが好ましい。また、亜酸化銅含有溶射皮膜を塩水(5質量%塩化ナトリウム水溶液)に浸漬したときの銅成分の溶出量は0.005μg/cm/day(0.02mg/L)以上であることが好ましい。
【実施例】
【0019】
図1の溶射装置を用いて、マトリックス用材料に酸化銅を添加した溶射材料を基材に対して溶射し、亜酸化銅含有溶射皮膜を作製した。具体的な溶射条件は、以下のとおりである。
【0020】
マトリックス用材料としては、Al−5質量%Mg合金(Al合金)、Zn−4質量%Mg合金(Zn合金)、SUS316(Fe合金)、Ni−15質量%Al合金(Ni合金)、Ni基アモルファス合金及びFe基アモルファス合金の粉末を使用した。このマトリックス用材料に酸化銅の粉末(D50=30μm)を添加して溶射材料とした。溶射材料中の酸化銅の含有量は40質量%(18〜37mol%)となるようにした。
【0021】
燃焼ガスとしてはアセチレンガスと酸素ガスを使用し、その体積比(アセチレンガス:酸素ガス)は、6:5とした。冷却ガスとして窒素ガスを使用し、その流量は400〜600L/minとした。
【0022】
基材はSS400とし、ブラスト処理を行い、表面粗度をRa:3.5〜4.5μm程度とした。アモルファス合金を含む溶射材料を溶射する際には、基材を250〜300℃に予熱したのち溶射を行った。
【0023】
溶射中の溶射材料の供給量は10〜15g/minとし、基材上の亜酸化銅含有溶射皮膜の膜厚は200〜250μmとした。
【0024】
得られたそれぞれの亜酸化銅含有溶射皮膜について、SEMによる断面観察、エネルギー分散型X線分析(EDS)及びX線回折測定(XRD)を実施した。また、防食性の評価として、塩水浸漬試験(条件:5質量%塩化ナトリウム水溶液)を実施した。そして、塩水浸漬試験を行った溶液について誘導結合プラズマ質量分析(ICP−MS)を行い、溶液中の銅成分の含有量、すなわち銅成分の溶出量を評価した。
【0025】
これらの評価結果を表1にまとめて示す。また図2〜5には、SEM観察結果、XRD結果、EDS結果及び塩水浸漬試験結果の生データ例として、マトリックスがAl−Mg合金である亜酸化銅含有溶射皮膜のものを示す。さらに図6には、マトリックスがAl−Mg合金である亜酸化銅含有溶射皮膜を実際の海洋に浸漬した結果を示す。
【0026】
【表1】
【0027】
表1に示すように、全ての溶射皮膜について亜酸化銅の存在が確認され、亜酸化銅含有溶射皮膜が得られていることが確認された。本実施例において、亜酸化銅含有溶射皮膜中の亜酸化銅含有量はX線回折ピークのピーク比により定量したが、マトリックスがSUS316の場合は亜酸化銅とSUS316のX線回折ピークが分離できなかったため、マトリックスがアモルファス合金の場合はハローピークが存在していたため、亜酸化銅含有量は定量できなかった。
【0028】
また、今回得られた亜酸化銅含有溶射皮膜からは銅成分の溶出が確認されたので、本発明の亜酸化銅含有溶射皮膜は海洋生物の忌避効果(防汚性)を発揮し得ると考えられる。
【0029】
さらに、図2のSEM観察結果及び図3のEDS結果に示すように、亜酸化銅含有溶射皮膜中の亜酸化銅は皮膜中にほぼ均一に分散しており、基材に沿うような偏平状の形状を有している。溶射に伴う基材との衝突により偏平状に変形したものと考えられる。このように、皮膜中で亜酸化銅が偏平状になると表面積が増大するので、皮膜からの銅成分の溶出量が増大して、海洋生物の忌避効果(防汚性)の増大につながると考えられる。
【0030】
図5及び図6に示すように、マトリックスがAl−Mg合金である亜酸化銅含有溶射皮膜は、塩水浸漬試験及び海洋浸漬試験の結果、基材の腐食による赤さびの発生が抑制されることが確認された。すなわち、マトリックスを防食性を有する金属とすることで防食性を発揮でき、しかもこのマトリックス中に亜酸化銅を含有することで、海洋生物の忌避効果(防汚性)も発揮できるといえる。
【0031】
なお、比較のため、酸化銅に替えて亜酸化銅を添加した溶射材料を使用して図1の溶射装置により溶射を行ったところ、亜酸化銅が銅に還元され亜酸化銅を含む皮膜は得られなかった。
図1
図2
図3
図4
図5
図6