(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】6595086
(24)【登録日】2019年10月4日
(45)【発行日】2019年10月23日
(54)【発明の名称】アミノ酸分析方法及びアミノ酸分析システム
(51)【国際特許分類】
G01N 30/88 20060101AFI20191010BHJP
G01N 30/26 20060101ALI20191010BHJP
G01N 30/54 20060101ALI20191010BHJP
【FI】
G01N30/88 F
G01N30/26 A
G01N30/54 A
【請求項の数】5
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2018-241936(P2018-241936)
(22)【出願日】2018年12月26日
【審査請求日】2019年2月4日
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 (1)平成30年2月14日に埼玉大学大学院 理工学研究科 博士課程前記課程 化学系専攻 応用化学コースの修士論文発表会(要旨集)にて発表 (2)平成30年5月24日に日刊工業新聞第23面にて発表 (3)平成30年5月26日〜27日に公益社団法人日本分析化学会 第78回分析化学討論会 講演プログラム集にて発表 (4)平成30年7月4日に日経産業新聞朝刊第7面にて発表
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】504190548
【氏名又は名称】国立大学法人埼玉大学
(74)【代理人】
【識別番号】100098707
【弁理士】
【氏名又は名称】近藤 利英子
(74)【代理人】
【識別番号】100135987
【弁理士】
【氏名又は名称】菅野 重慶
(74)【代理人】
【識別番号】100168033
【弁理士】
【氏名又は名称】竹山 圭太
(74)【代理人】
【識別番号】100161377
【弁理士】
【氏名又は名称】岡田 薫
(72)【発明者】
【氏名】渋川 雅美
【審査官】
大瀧 真理
(56)【参考文献】
【文献】
特開2015−215174(JP,A)
【文献】
特開2014−142258(JP,A)
【文献】
特開2002−243715(JP,A)
【文献】
特表2005−504969(JP,A)
【文献】
猪又将志、齋藤伸吾、渋川雅美,超高温水陽イオン交換クロマトグラフィーにおけるアミノ酸の保持挙動,第73回分析化学討論会講演要旨集,2013年,p.37,C1010
【文献】
渋川雅美,森永遼太、齋藤伸吾,分析化学,2016年11月 5日,Vol,65, No.11,pp.615-623
【文献】
SHIBUKAWA, Masami et al.,Analytical Chemistry,2009年,Vol.81, No.19,pp.8025-8032
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 30/00 − 30/86
B01J 20/281− 20/292
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
陽イオン交換樹脂を充填した分離カラムに、塩基性アミノ酸を含む複数種のアミノ酸を含有する試料を溶離液とともに流通させて前記アミノ酸を分離する工程と、
分離した前記アミノ酸を検出する工程と、を有し、
前記溶離液が、多塩基酸、陽イオン源、及び水を含有するpH5.0以下の溶離液であり、
前記陽イオン源が、アルカリ金属塩であるとともに、前記アルカリ金属塩を構成するアルカリ金属が、リチウム(Li)及びナトリウム(Na)の少なくともいずれかであり、
100℃以上の温度域を含む温度勾配をかけて加温した前記分離カラムに前記試料を流通させるアミノ酸分析方法。
【請求項2】
前記多塩基酸が、硫酸、セレン酸、リン酸、二リン酸、クエン酸、スルホサリチル酸、及びフルオロフタル酸からなる群より選択される少なくとも一種である請求項1に記載のアミノ酸分析方法。
【請求項3】
前記温度勾配の最高温度が210℃である請求項1又は2に記載のアミノ酸分析方法。
【請求項4】
前記陽イオン交換樹脂が、スルホ基を有する強酸性陽イオン交換樹脂である請求項1〜3のいずれか一項に記載のアミノ酸分析方法。
【請求項5】
多塩基酸、陽イオン源、及び水を含有するpH5.0以下の溶離液と、
陽イオン交換樹脂を充填した分離カラムと、
100℃以上の温度域を含む温度勾配をかけて前記分離カラムを加温する加温機構と、
前記分離カラムに、塩基性アミノ酸を含む複数種のアミノ酸を含有する試料を前記溶離液とともに流通させる加圧機構と、
前記分離カラムで分離した前記アミノ酸を検出する検出部と、
を備え、
前記陽イオン源が、アルカリ金属塩であるとともに、前記アルカリ金属塩を構成するアルカリ金属が、リチウム(Li)及びナトリウム(Na)の少なくともいずれかであるアミノ酸分析システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アミノ酸分析方法、及びそれに用いるアミノ酸分析システムに関する。
【背景技術】
【0002】
アミノ酸分析方法は、タンパク質の一次構造を決定するための方法として重要である。そして、近年、血液や尿中の遊離アミノ酸を分析及び測定して病状を診断する、或いは食品や医薬品の開発時にアミノ酸組成を分析する等、アミノ酸分析方法の応用分野が広がりつつある。
【0003】
アミノ酸を効率的に分離及び分析する方法としては、イオン交換クロマトグラフィーがある。イオン交換クロマトグラフィーでは、分離カラムに充填するイオン交換樹脂の種類を変更することで、アミノ酸の溶出時間が変化する。このため、イオン交換樹脂の分子構造や交換容量を制御することで、分析精度及び分析速度の向上が図られてきた。例えば、スルホ基を含む特定の官能基を有する、交換容量が所定の範囲に制御された液体クロマトグラフィー用の充填剤、及びそれを用いる分析方法が提案されている(特許文献1)。
【0004】
また、イオン交換クロマトグラフィーでは、溶離液(緩衝液、移動相)の流量、分離カラムの温度、溶離液の組成等の分離パラメータを変更することで、アミノ酸の溶出時間が変化する。そして、分離パラメータの変更が溶出時間に与える影響はアミノ酸毎に異なるため、分離パラメータを適切に設定することで、分析精度及び分析速度の向上が図られてきた。例えば、微細なイオン交換樹脂を充填した、長さ(L)と内径(R)の比(L/R)が特定の範囲内にある分離カラムを用いるアミノ酸分析装置、及びそれを用いたアミノ酸分析方法が提案されている(特許文献2)。さらに、緩衝液のpH及び分離カラムの温度を制御することで、高速かつ高精度にアミノ酸を分析する方法が提案されている(特許文献3)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2015−215174号公報
【特許文献2】特開2002−243715号公報
【特許文献3】特開2014−142258号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1〜3で提案された分析方法では、複数種の溶離液を用意及び使用する必要があるため、分析装置自体が大型化・複雑化しやすい。また、用意した複数種の溶離液の切り替えや温度等を厳密に制御しながら分析する必要があるため、必ずしも簡便な方法であるとは言えない上に、試料中のアミノ酸の数(種類)等によっては分析完了までにかなりの時間を要する場合もあった。さらに、一つの分析が終了した後、次の分析に取りかかる前に最初の溶離液でカラムを平衡化する時間が必要となるので、一定時間内での測定回数が少ないという問題が根源的に存在していた。
【0007】
本発明は、このような従来技術の有する問題点に鑑みてなされたものであり、その課題とするところは、試料中のアミノ酸をより短時間で高精度に分離及び分析することが可能な、汎用性の高いアミノ酸分析方法を提供することにある。また、本発明の課題とするところは、上記のアミノ酸分析方法に用いるアミノ酸分析システムを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
すなわち、本発明によれば、以下に示すアミノ酸分析方法が提供される。
[1]陽イオン交換樹脂を充填した分離カラムに
、塩基性アミノ酸を含む複数種のアミノ酸を含有する試料を溶離液とともに流通させて前記アミノ酸を分離する工程と、分離した前記アミノ酸を検出する工程と、を有し、前記溶離液が、多塩基酸、陽イオン源、及び水を含有するpH5.0以下の溶離液であり、
前記陽イオン源が、アルカリ金属塩であるとともに、前記アルカリ金属塩を構成するアルカリ金属が、リチウム(Li)及びナトリウム(Na)の少なくともいずれかであり、100℃以上の温度域を含む温度勾配をかけて加温した前記分離カラムに前記試料を流通させるアミノ酸分析方法。
[2]前記多塩基酸が、硫酸、セレン酸、リン酸、二リン酸、クエン酸、スルホサリチル酸、及びフルオロフタル酸からなる群より選択される少なくとも一種である前記[1]に記載のアミノ酸分析方法。
[3]
前記温度勾配の最高温度が210℃である前記[1]又は[2]に記載のアミノ酸分析方法。
[4]前記陽イオン交換樹脂が、スルホ基を有する強酸性陽イオン交換樹脂である前記[1]〜[3]のいずれかに記載のアミノ酸分析方法。
【0009】
さらに、本発明によれば、以下に示すアミノ酸分析システムが提供される。
[5]多塩基酸、陽イオン源、及び水を含有するpH5.0以下の溶離液と、陽イオン交換樹脂を充填した分離カラムと、100℃以上の温度域を含む温度勾配をかけて前記分離カラムを加温する加温機構と、前記分離カラムに
、塩基性アミノ酸を含む複数種のアミノ酸を含有する試料を前記溶離液とともに流通させる加圧機構と、前記分離カラムで分離した前記アミノ酸を検出する検出部と、を備え
、前記陽イオン源が、アルカリ金属塩であるとともに、前記アルカリ金属塩を構成するアルカリ金属が、リチウム(Li)及びナトリウム(Na)の少なくともいずれかであるアミノ酸分析システム。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、試料中のアミノ酸をより短時間で高精度に分離及び分析することが可能な、汎用性の高いアミノ酸分析方法を提供することができる。さらに、本発明によれば、上記のアミノ酸分析方法に用いるアミノ酸分析システムを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】本発明のアミノ酸分析システムの一実施形態を示す模式図である。
【
図2】実施例1のアミノ酸分析の結果を示すクロマトグラムである。
【
図3】比較例1のアミノ酸分析の結果を示すクロマトグラムである。
【
図4】参考例1のアミノ酸分析の結果を示すクロマトグラムである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
<アミノ酸分析方法>
以下、本発明の実施の形態について説明するが、本発明は以下の実施の形態に限定されるものではない。本明細書における「アミノ酸」には、たんぱく質を構成する20種類のアミノ酸の他、ヒドロキシプロリン(HyPro)、メチオニンスルホン(MetSON)、ヒドロキシリジン(HyLys)、オルニチン(Orn)、ノルバリン(Norval)、システイン酸(CysO
3H)、シトルリン(Cit)等のその他のアミノ酸が包含される。
【0013】
本発明者らは、アミノ酸のカルボキシ基の酸解離定数及び陽イオン交換クロマトグラフィーにおけるイオン交換選択係数の温度依存性(100℃以上の超高温領域を含む)について調査した。その結果、アミノ酸のカルボキシ基の酸解離定数が温度上昇とともに減少し、超高温領域では顕著に減少することが判明した。これは、温度上昇に伴って水の誘電率が低下し、カルボキシ基の解離が抑制されたためであると推測される。また、アミノ酸のイオン交換選択係数が温度上昇とともに減少し、超高温領域(例えば、150℃前後)ではすべてのアミノ酸のイオン交換選択係数がほぼ同じ値になることが判明した。これは、温度上昇に伴って水の誘電率が低下し、疎水性相互作用が減少したためであると推測される。さらに、一部のアミノ酸のイオン交換選択係数が、高温条件と常温条件で逆転することが判明した。これは、疎水性相互作用の減少により、アミノ酸のサイズがイオン交換に影響を及ぼしたためであると推測される。
【0014】
以上の結果を踏まえ、本発明者らは、100℃以上の高温高圧水(超高温水)を利用した陽イオン交換クロマトグラフィーにより、アミノ酸をより短時間で高精度に分離及び分析可能となることを見出し、本発明を完成するに至った。すなわち、本発明のアミノ酸分析方法は、陽イオン交換樹脂を充填した分離カラムに複数種のアミノ酸を含有する試料を溶離液とともに流通させてアミノ酸を分離する工程(分離工程)と、分離したアミノ酸を検出する工程(検出工程)とを有する。使用する溶離液は、多塩基酸、陽イオン源、及び水を含有するpH5.0以下の溶離液である。そして、100℃以上の温度域を含む温度勾配(温度グラジエント)をかけて加温した分離カラムに試料を流通させる。以下、本発明のアミノ酸分析方法の詳細について説明する。
【0015】
(分離工程)
分離工程では、陽イオン交換樹脂を充填した分離カラムに複数種のアミノ酸を含有する試料を溶離液とともに流通させてアミノ酸を分離する。また、100℃以上の温度域を含む温度勾配をかけて加温した分離カラムに試料を流通させる。これにより、試料中のアミノ酸を高精度に分離することができる。
【0016】
温度勾配(温度グラジエント)は100℃以上の温度域を含んでいればよく、120℃以上の温度域を含むことが好ましく、150℃以上の温度域を含むことがさらに好ましい。具体的な温度グラジエントは、例えば、室温(25℃)や室温付近の温度(40℃前後)から210℃までの範囲などであり、好ましくは、40℃前後から200℃までの範囲である。温度上昇速度は一定にしてもよく、一定にしなくてもよい。分析しようとする試料に応じて温度上昇速度を適宜設定することができる。さらには、段階的に温度を上昇させてもよい。
【0017】
分離カラムを100℃以上の温度に加温するには、通常、溶離液の気化(沸騰)を回避するために加圧する。例えば、2〜30MPa程度、好ましくは2〜20MPa程度、さらに好ましくは2〜10MPa程度に溶離液を加圧した状態で分離カラムに流通させればよい。例えば、分離カラムの下流側に背圧コイル等を配置することで、分離カラムに流通させる溶離液を加圧することができる。
【0018】
[分離カラム]
分離カラムには、陽イオン交換樹脂が充填されている。分離カラムのサイズは、分析対象となる試料の種類や量などに応じて適宜設定することができる。本発明のアミノ酸分析方法は、従来の陽イオン交換クロマトグラフィーを利用するアミノ酸分析方法によりも高いカラム効率でアミノ酸を分離及び分析することが可能であるため、より小さいサイズの分離カラムを用いることができる。
【0019】
分離カラムに充填する陽イオン交換樹脂としては、従来の陽イオン交換クロマトグラフィーで用いられる陽イオン交換樹脂を用いることができる。なかでも、スルホ基(−SO
3H)を有する強酸性陽イオン交換樹脂を用いることが好ましい。但し、100℃以上の温度域に加温されることから、100℃以上の温度域に加温した場合であっても実質的に変性等しない、耐熱性を有する陽イオン交換樹脂を用いることが好ましい。そのような陽イオン交換樹脂としては、例えば、スチレン−ジビニルベンゼン共重合体(PSDVB)にスルホ基を導入した樹脂などを挙げることができる。PSDVB等の樹脂の耐熱性は、例えば架橋度を適宜設計することなどにより制御することができる。陽イオン交換樹脂の市販品としては、例えば、商品名「MCI GEL CK10S」(三菱ケミカル社製、架橋度:10%、交換容量:2.0meq/mL、粒径:11μm)、商品名「MCI GEL CK10U」(三菱ケミカル社製、架橋度:10%、交換容量:2.0meq/mL、粒径:5μm)などを挙げることができる。
【0020】
[溶離液]
移動相として用いる溶離液は、多塩基酸、陽イオン源、及び水を含有する水性の溶離液(水溶液)である。このような多塩基酸と陽イオン源を含有する溶離液とともに、100℃以上の温度域を含む温度勾配をかけて加温した分離カラムに試料を流通させることで、試料中のアミノ酸をより短時間で高精度に分離することができる。
【0021】
多塩基酸に代えて、塩酸(HCl)等の一塩基酸を用いても、複数種のアミノ酸を短時間で高精度に分離することは困難であり、例えば、200℃まで昇温したとしてもリジン(Lys)やアルギニン(Arg)等の塩基性アミノ酸を分離カラムから溶出させることができない。これに対して、多塩基酸を含有する溶離液を用いれば、上記の塩基性アミノ酸を分離し、分離カラムから溶出させることができる。
【0022】
硫酸(H
2SO
4)の第二酸解離定数(Ka;HSO
4−→H
++SO
42−)は、25℃でpKa=2.0である一方、200℃ではpKa=4.3であり、温度上昇に伴って顕著に減少する。これにより、常温(25℃)でpH3.0である硫酸水溶液は、200℃ではpH5.0にまで上昇する。すなわち、多塩基酸を含有する水溶液を溶離液として使用し、第2段階又はそれ以上の段階での酸解離平衡に及ぼす温度効果を利用し、100℃以上の超高温域を含む温度グラジエントをかけることで、一種類の溶離液を用いるだけで、温度グラジエントのみならずpHグラジエントをかけることができる。これにより、使用する溶離液の種類を減らすことができるとともに、分離条件をより簡易に制御するだけで試料中のアミノ酸を高精度に分離することができる。さらに、使用する溶離液は一種類のみでよく、溶出に際して制御するパラメータも温度条件のみでよいことから、分離カラムの温度を室温等の初期状態に戻すだけで、次回以降の分析を再現性よく速やかに実施することができる。すなわち、本発明のアミノ酸分析方法は、複数種類の溶離液を用いる従来の分析方法と異なり、分離カラム中の溶離液を初期状態に戻すために長時間かけて平衡化する必要がない。
【0023】
多塩基酸としては、硫酸(H
2SO
4)、セレン酸(H
2SeO
4)、リン酸(H
3PO
4)、及び二リン酸(H
4P
2O
7)などの無機多塩基酸;クエン酸、スルホサリチル酸及びフルオロフタル酸などの有機多塩基酸;などを挙げることができる。なかでも、酸性領域で第2段階の酸解離が起こり、試料中のアミノ酸を高精度に分離可能であるとともに、安価で入手しやすく、汎用性に優れていることから、硫酸を用いることが好ましい。
【0024】
室温(25℃)における溶離液のpHは5.0以下であり、好ましくは4.5以下、さらに好ましくは4.0以下、特に好ましくは3.5以下である。溶離液のpHが高すぎると、分析対象となるアミノ酸が陽イオン交換樹脂に保持されずに溶出しやすくなり、分離能が低下する。なお、溶離液のpHの下限については特に限定されないが、2.0以上であればよい。溶離液のpHは、例えば、多塩基酸の濃度を調整すること等により適宜制御することができる。
【0025】
陽イオン源は、溶離液中で解離して陽イオン(H
+を除く)を生成する成分である。陽イオン源としては、アルカリ金属塩を用いることが好ましい。アルカリ金属塩を構成するアルカリ金属としては、リチウム(Li)、ナトリウム(Na)、カリウム(K)などを挙げることができる。なかでも、リチウムやナトリウムが好ましく、安価で入手しやすいなどの点からナトリウムがさらに好ましい。なお、アルカリ金属の種類によってアミノ酸の保持時間が変動する。このため、溶離液に用いる陽イオン源の種類を適宜選択することで、分離対象となるアミノ酸の溶出時間を適宜制御することができる。
【0026】
溶離液中の陽イオン源の含有量は特に限定されない。溶離液中の陽イオン源の含有量は、例えば、陽イオンの濃度が0.01〜0.2mol/Lとなる量とすればよく、0.02〜0.1mol/Lとなる量とすることが好ましい。
【0027】
(検出工程)
検出工程では、分離工程で分離した試料中のアミノ酸を検出する。アミノ酸の検出は、従来公知の手法にしたがって実施すればよい。アミノ酸を検出する方法としては、例えば、(i)カルボキシ基の吸収を利用してUV検出する方法;(ii)ニンヒドリンと反応させて可視吸光度で検出する方法;(iii)o−フタルアルデヒドと反応させて蛍光検出する方法;などを挙げることができる。なかでも、上記(ii)及び(iii)の方法のようなポストカラム誘導体化法は、反応を自動化することができるとともに、定量性及び再現性に優れているために好ましい。
【0028】
<アミノ酸分析システム>
図1は、本発明のアミノ酸分析システムの一実施形態を示す模式図である。
図1に示す実施形態のアミノ酸分析システム100は、前述のアミノ酸分析方法に用いるシステムであり、溶離液2、分離カラム4、カラムオーブン6等の加温機構、ポンプ8等の加圧機構、及び検出器10等の検出部を備える。
【0029】
溶離液2は、デガッサー12を経由した後、ポンプ8で加圧されて送液される。複数種のアミノ酸を含有する試料は、インジェクター14から系内に導入される。カラムオーブン6は、100℃以上の温度域を含む温度勾配をかけるように分離カラム4を加温することが可能な加温機構である。分離カラム4は、このカラムオーブン6によって100℃以上の温度域を含む温度勾配をかけて加温される。
【0030】
分離カラム4の上流側には、分離カラムに導入される溶離液及び試料を加温しうるプレヒーター16が配置されている。なお、分離カラムの下流側には背圧コイル20が配置されおり、分離カラム4に流通させる溶離液が100℃以上に加温された際に気化しないように加圧することができる。系内に導入された試料は、溶離液とともに、温度制御されたプレヒーター16及び分離カラム4へと順次導入される。温度制御された分離カラム4内を試料が流通することで、試料中の複数のアミノ酸が分離され、分離カラム4から順次流出する。
【0031】
分離カラム4から流出したアミノ酸は、ポンプ18を通じて別途送液された、ニンヒドリンやo−フタルアルデヒド等の反応試薬を含有する反応液22と混合されるとともに、反応コイル24内で反応してアミノ酸誘導体が生成する。生成したアミノ酸誘導体は反応コイル24から流出し、検出器10に導入されて同定される。
【0032】
上記のアミノ酸分析システムを用いて実施される本発明のアミノ酸分析方法は、前述の通り、複数種の溶離液を用いなくとも、一種類の溶離液を用いるだけで、試料中の複数種のアミノ酸をより短時間で高精度に分離して同定することができる。さらに、アミノ酸を高いカラム効率で分離可能であることから、より小型の分離カラムを用いても十分な精度でアミノ酸を分析することができる。このため、本発明のアミノ酸分析システムは、システム全体の規模(サイズ)が、従来の分析システムに比してコンパクトである。また、硫酸等の多塩基酸や、アルカリ金属塩等の陽イオン源などの比較的安価で入手容易な成分を用いて調製される溶離液を用いるため、汎用性も高い。さらに、温度条件(温度勾配)を制御するだけで複数種のアミノ酸を高精度に分離できるので、操作自体も簡易であるとともに、一定時間内での測定回数を大幅に増やすことができる。
【実施例】
【0033】
以下、本発明を実施例に基づいて具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。なお、実施例、比較例中の「部」及び「%」は、特に断らない限り質量基準である。
【0034】
<分離カラム>
スチレン−ジビニルベンゼン共重合体(PSDVB)にスルホ基を導入した強酸性陽イオン交換樹脂(商品名「MCI GEL CK10U」、三菱ケミカル社製、架橋度:10%、交換容量:2.08meq/mL、粒径:5μm)を用意した。用意した強酸性陽イオン交換樹脂をステンレス製のカラムに湿式充填法で充填し、分離カラムを作製した。
【0035】
<溶離液>
(溶離液(1))
硫酸(H
2SO
4)及び硫酸ナトリウム(Na
2SO
4)を水に溶解させて、陽イオン(Na
+)濃度が0.1mol/Lであり、pHが3.0である溶離液(1)を調製した。
【0036】
(溶離液(2))
塩酸(HCl)及び塩化ナトリウム(NaCl)を水に溶解させて、陽イオン(Na
+)濃度が0.1mol/Lであり、pHが3.0である溶離液(2)を調製した。
【0037】
<アミノ酸分析>
(実施例1)
作製した分離カラム及び調製した溶離液(1)を用いて、
図1に示す構成と同様のアミノ酸分析システムを構成した。15種類のアミノ酸(アスパラギン酸(Asp)、セリン(Ser)、グルタミン酸(Glu)、グリシン(Gly)、アラニン(Ala)、バリン(Val)、メチオニン(Met)、ロイシン(Leu)、イソロイシン(Ile)、チロシン(Tyr)、フェニルアラニン(Phe)、トリプトファン(Trp)、ヒスチジン(His)、リジン(Lys)、アルギニン(Arg))を含有する試料をインジェクターから系内に導入し、40℃から200℃までの温度域で所定の温度勾配をかけて加温した分離カラムを用いてアミノ酸を分離及び分析した。溶離液(1)の流速は0.8mL/minとし、分離カラムと反応コイルの間にステンレス製の背圧コイルを設けて分離カラム内の圧力が10〜18MPa程度となるように調整した。なお、o−フタルアルデヒドを含有する反応液を使用し、ポストカラム反応を利用した蛍光検出により分離したアミノ酸を検出した。得られたクロマトグラムを
図2に示す。
【0038】
(比較例1)
溶離液(1)に代えて溶離液(2)を用いたこと以外は、前述の実施例1と同様にして、アミノ酸を分離及び分析した。得られたクロマトグラムを
図3に示す。
【0039】
(参考例1)
三菱ケミカル社のホームページ(https://www.diaion.com/products/mcigel_05_ck03.html)に掲載されている、スチレン−ジビニルベンゼン共重合体(PSDVB)にスルホ基を導入した強酸性陽イオン交換樹脂を充填したカラム(商品名「MCI GEL CK10U」、架橋度:10%、交換容量:2.08meq/mL、粒径:5μm、カラムの内径:6.0mm×長さ:120mm)を用いたアミノ酸分析の結果を示すクロマトグラムを
図4に示す。
【0040】
<評価>
図2及び3中、クロマトグラムの各ピークとアミノ酸との対応関係は以下の通りである。
1:アスパラギン酸(Asp)
2:セリン(Ser)
3:グルタミン酸(Glu)
4:グリシン(Gly)
5:アラニン(Ala)
6:バリン(Val)
7:メチオニン(Met)
8:ロイシン(Leu)
9:イソロイシン(Ile)
10:チロシン(Tyr)
11:フェニルアラニン(Phe)
12:トリプトファン(Trp)
13:ヒスチジン(His)
14:リジン(Lys)
15:アルギニン(Arg)
【0041】
図2に示すように、硫酸及び硫酸ナトリウムを含有する溶離液(1)を移動相とし、40℃から200℃までの温度域で所定の温度勾配をかけて加温した分離カラムを用いた場合には、約55分で15種類のアミノ酸を分離できたことがわかる。これに対して、
図3に示すように、塩酸及び塩化ナトリウムを移動相とした場合には、実施例1と同様の温度勾配をかけてもヒスチジン、リジン、及びアルギニンが溶出しなかったことがわかる。
【0042】
図4に示すように、100℃以上の温度域を含む温度勾配をかけなくとも、実施例1と同等の時間で17種類のアミノ酸を分離可能であることがわかる。但し、各クロマトグラムから読み取ったピーク幅と保持時間から算出した理論段高さのうちで最も低いものは、
図4では約2.67μm(リジン)であるのに対し、
図2では約0.53μm(トリプトファン)と、約1/5の値を示した。すなわち、100℃以上の温度域を含む所定の温度勾配をかけて分離した実施例1では、温度勾配をかけずに分離した参考例1に比して、分離性能が格段に向上したことがわかる。
【0043】
また、(i)参考例1では複数種(4種)の溶離液を用いる必要があるのに対し、実施例1では一種の溶離液を用いれば足りること;(ii)参考例1では次の測定前に長時間かけて分離カラムを平衡化する必要があるのに対し、実施例1では分離カラムの温度を下げるだけなので、速やかに次の測定を開始できること;などが明らかである。
【産業上の利用可能性】
【0044】
本発明のアミノ酸分析方法は、試料中のアミノ酸をより短時間で高精度に分離及び分析することができるとともに、汎用性も高いため、例えば、病状診断の他、食品や医薬品の検査及び開発用の分析方法として有用である。
【符号の説明】
【0045】
2:溶離液
4:分離カラム
6:カラムオーブン
8,18:ポンプ
10:検出器
12:デガッサー
14:インジェクター
16:プレヒーター
20:背圧コイル
22:反応液
24:反応コイル
100:アミノ酸分析システム
【要約】
【課題】試料中のアミノ酸をより短時間で高精度に分離及び分析することが可能な、汎用性の高いアミノ酸分析方法を提供する。
【解決手段】陽イオン交換樹脂を充填した分離カラム4に複数種のアミノ酸を含有する試料を溶離液2とともに流通させてアミノ酸を分離する工程と、分離したアミノ酸を検出する工程とを有し、溶離液2が、2価以上の無機酸、陽イオン源、及び水を含有するpH5.0以下の溶離液であり、100℃以上の温度域を含む温度勾配をかけて加温した分離カラム4に試料を流通させるアミノ酸分析方法である。
【選択図】
図1