(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、図面を参照しながら、本発明の一側面に係るレーザ溶接方法の好適な実施形態について詳細に説明する。
【0019】
図1は、本発明に係るレーザ溶接機の一実施形態を示す概略正面図である。同図に示すように、レーザ溶接機1は、ワーク同士を所定の溶接予定線に沿ってレーザ溶接する装置として構成されている。レーザ溶接機1は、いわゆるハンドトーチ型のレーザ溶接機であり、例えばファイバレーザ発振器を内蔵する箱状の本体部2と、本体部2から延びる可撓性のケーブル3の先端に設けられたトーチ部4とを備えている。
【0020】
本体部2は、CPU、メモリ、通信インタフェイス、ハードディスク等を備えたコンピュータシステムを内蔵し、レーザ発振条件等の制御を行う部分である。本体部2の上面側には、ディスプレイ5が設置されている。ディスプレイ5には、レーザ光の出力値やパルス幅などの諸条件の設定値、レーザ発振器の実温度・実出力値などが表示されるようになっている。また、本体部2の底面側には、キャスター6が設けられており、レーザ溶接機1が移動自在となっている。
【0021】
トーチ部4は、ファイバレーザ発振器からのレーザ光を外部に出射する部分である。トーチ部4は、レーザ溶接を行う作業者が把持しやすい外径の略円筒状をなしている。トーチ部4の周面には、滑り止めや保護ガラスなどが設けられている。トーチ部4の先端には、コンタクトチップ7が着脱自在に取り付けられる。コンタクトチップ7は、中空の筒状部材であり、トーチ部4を通ったレーザ光は、コンタクトチップ7の先端から外部に出射する。レーザ溶接機1では、溶接対象や用途に応じて、先端形状の異なるコンタクトチップ7が用意されている。
【0022】
レーザ溶接機1には、保護メガネ(不図示)が付属している。保護メガネの左右のレンズには、トーチ部4から出射するレーザ光に対応する波長の光をカットする機能が付加されている。このような保護メガネを装着することにより、レーザ溶接の際にレーザ光(若しくはその反射光)が作業者の目に直接入射してしまうことを防止でき、レーザ溶接時における作業者の安全性の向上が図られる。また、レーザ溶接機1には、インターロック機構のためのアースが設けられていることが好ましい。
【0023】
さらに、レーザ溶接機1は、レーザ光の照射によって実施されたレーザ溶接部の溶接品質の良否を判断する機能と、レーザ光の照射によって実施された面取り加工の加工状態の良否を判断する機能と、形成される接合体における接合過程を記録する機能とを有している。
図2は、
図1に示したレーザ溶接機の機能的な構成要素を示すブロック図である。同図に示すように、レーザ溶接機1は、上記機能を実現するための構成として、フォトダイオード(光検出部)51と、マイクロホン(音検出部)52と、走査計測部53と、判断装置61とを有している。
【0024】
フォトダイオード51は、レーザ光の照射位置で生じる光の強度を検出する部分である。本実施形態では、フォトダイオード51は、保護メガネにおけるレンズ又はフレームの内側に設けられている。したがって、フォトダイオード51は、主として、レーザ光の照射位置で生じる可視光のうち、保護メガネでカットされる波長を除いた波長帯の光の強度を検出する。フォトダイオード51は、光強度の検出結果を示すデータを判断装置61に出力する。
【0025】
マイクロホン52は、レーザ光の照射位置で生じる音の強度を検出する部分である。本実施形態では、マイクロホン52は、保護メガネにおけるレンズ又はフレームの外側に設けられている。マイクロホン52は、主として、可聴域(20Hz〜20kHz程度)の周波数の音の強度を検出する。マイクロホン52は、音強度の検出結果を示すデータを判断装置61に出力する。
【0026】
走査計測部53は、レーザ光の照射位置の走査量を計測する部分である。本実施形態では、走査計測部53は、ロータリエンコーダによって構成されている。走査計測部53は、例えばレーザ溶接機1のトーチ部4の先端部分に設けたローラ(不図示)の回転量を計測することにより、レーザ光の照射位置の走査量を計測する。走査計測部53は、フォトダイオード51及びマイクロホン52と同期して走査量の計測を開始し、走査量の検出結果を示すデータを判断装置61に出力する。
【0027】
判断装置61は、物理的には、レーザ溶接機1内に内蔵されるコンピュータシステムによって構成されている。判断装置61は、
図2に示すように、データ受信部62と、前処理部63と、判断部64と、データ格納部65とを備えている。
【0028】
データ受信部62は、フォトダイオード51、マイクロホン52、及び走査計測部53から検出結果を示すデータを受信する部分である。データ受信部62は、フォトダイオード51及びマイクロホン52から受信したデータを前処理部63に出力する。また、データ受信部62は、走査計測部53から受け取ったデータを受信時刻と合わせてデータ格納部65に格納する。前処理部63は、データ受信部62から受け取ったデータに前処理を行う部分である。ここでの前処理は、例えば移動平均差分処理、移動平均処理などである。前処理部63は、前処理実行後のデータを判断部64に出力する。
【0029】
判断部64は、レーザ溶接部の溶接品質の良否、及び面取り加工の加工状態の良否を判断する部分である。判断部64は、レーザ溶接部及び面取り加工が正常に実施された場合の基準データを保有しており、当該基準データと前処理部63から前処理実行後のデータとに基づいてマハラノビス距離の算出を行い、算出されたマハラノビス距離を閾値と比較して良否判断を行う。判断部64は、判断結果を示す情報をデータ格納部65に格納する。データ格納部65は、良否判断の判断結果を格納する部分である。データ格納部65は、判断部64から受け取った情報を、ワークの接合体の識別情報及び走査計測部53の検出結果のデータと関連付けて記憶する。
【0030】
図3は、レーザ溶接機を用いて形成される接合体の一例を示す断面図である。同図に示すように、本実施形態で例示する接合体11は、ステンレス鋼製の鉄道車両の出入口枠(第1のワーク)12を外板(第2のワーク)13に溶接してなる接合体である。
【0031】
出入口枠12は、鉄道車両の側構体に設けられるドアの配置空間を形成する枠部材である。出入口枠12は、例えば厚さ1.0mm〜6.0mm程度のステンレス鋼によって形成されている。出入口枠12の一端側は平坦部14となっており、他端側は平坦部14から折れ曲がる折曲部15となっている。また、外板13は、鉄道車両の側構体の外郭部分を形成する平板部材である。外板13は、例えば厚さ1.0mm〜3.0mm程度のステンレス鋼によって形成されている。外板13は、例えば出入口枠12よりも薄いが、厚さの大小関係に特に制限はない。外板13と出入口枠12とが等厚であってもよい。
【0032】
接合体11は、折曲部15の折れ曲がり方向が車内側を向くように、鉄道車両構体に適用される。本実施形態では、出入口枠12における平坦部14の車両外側面(主面)14aに対して外板13の端部16が重ね合されている。出入口枠12と外板13との重ね合わせ部分Pには、レーザ溶接又は抵抗スポット溶接が施されており、当該重ね合わせ部分Pの延在方向(ここでは
図3の奥行方向)に沿って所定の間隔でスポット溶接部W1が形成されている。
【0033】
また、出入口枠12の車両外側面14aと外板13における端部16側の端面16aとには、レーザ溶接による隅肉溶接が施されており、重ね合わせ部分Pの延在方向に沿って連続的なレーザ溶接部W2が形成されている。このような連続的なレーザ溶接部W2の形成により、出入口枠12と外板13とが強固かつ水密に接合されている。
【0034】
外板13における端部16の車両外側の角部16bには、面取り加工が施されている。接合体11では、出入口枠12の車両外側に外板13が重ね合されており、外板13の車両外側に出入口枠12が重ね合される場合と比較すると、鉄道車両の側構体に出入口枠12の厚さ分の張り出しが生じることがなく、良好な外観を形成できる。一方、出入口枠12の近傍に外板13の端部16が位置しているため、接合体11を側構体に適用した鉄道車両では、乗客等が外板13の端部16に触れる可能性がある。したがって、外板13の角部16bを面取り加工によってR形状としておくことが好適である。
【0035】
続いて、上述した接合体11の製造工程について説明する。
【0036】
接合体11を製造するにあたっては、
図4に示すように、まず、出入口枠12及び外板13を用意し、出入口枠12の車両外側面14aに外板13の端部16を重ね合わせる(配置工程)。次に、抵抗スポット溶接機などを用い、出入口枠12と外板13との重ね合わせ部分Pにスポット溶接部W1を形成する。
【0037】
スポット溶接部W1の形成の後、出入口枠12の車両外側面14aと外板13の端部16側の端面16aとの重ね合わせ部分Pに沿って連続的なレーザ溶接部W2を形成する(溶接工程)。
図5は、溶接工程でレーザ溶接機に適用する第1のコンタクトチップ7Aの一例を示す図である。同図に示すように、第1のコンタクトチップ7Aは、例えば導電性材料によって形成され、中空の円筒状をなしている。第1のコンタクトチップ7Aを形成する導電性材料は、ワークに傷を発生させない観点から、ワークの形成材料よりも硬度が低い材料であることが好適である。このような導電性材料としては、例えば銅、銅合金、導電性カーボンなどが挙げられる。
【0038】
第1のコンタクトチップ7Aは、ワークに対して所定の傾斜角をもって接触するように設計されている。ここでは、出入口枠12及び外板13に対し、第1のコンタクトチップ7Aが45°傾斜して接触するように設計されている。また、第1のコンタクトチップ7Aは、トーチ部4の先端に取り付けられた状態において、第1のコンタクトチップ7Aの中心軸L1とレーザ溶接機1の本体部2から導光されるレーザ光の光軸とが略一致するように設計されている。
【0039】
第1のコンタクトチップ7Aの先端側には、凸状部21と、切欠部22とが設けられている。凸状部21は、レーザ溶接の際にワークに接触する部分である。凸状部21は、出入口枠12の車両外側面14aに接する第1面23と、外板13の端面16aに接する第2面24とによって構成されている。第1面23と第2面24とは、第1のコンタクトチップ7Aの先端において略直角をなしている。第1面23と第2面24とがなす角部25は、第1のコンタクトチップ7Aの中心軸L1上に位置している。この角部25には、R形状の切欠部26が設けられている。
【0040】
切欠部22は、レーザ溶接の際にワークから発生する溶接ヒュームを第1のコンタクトチップ7Aの外部に放出する部分である。溶接ヒュームとは、溶接時にワークの表面で発生した金属蒸気が空気中で凝固した粉塵である。切欠部22は、第1のコンタクトチップ7Aの周面の一部を第2面24に連続して矩形に切り欠くことによって形成されている。切欠部22により、凸状部21をワークに接触させた状態においても凸状部21の近傍の内部空間が外部に露出し、溶接ヒュームの放出経路が形成される。
【0041】
溶接工程では、
図6に示すように、上記の第1のコンタクトチップ7Aをトーチ部4の先端に取り付ける。そして、トーチ部4を出入口枠12及び外板13に対して45°程度傾けて把持し、第1のコンタクトチップ7Aにおける凸状部21の第1面23を出入口枠12の車両外側面14aに接触させると共に、第2面24を外板13の端面16aに接触させる。第1のコンタクトチップ7Aの切欠部26は、出入口枠12の車両外側面14aと外板13の端面16aとがなす隅部に対向する。
【0042】
この状態で、トーチ部4からレーザ光を照射し、トーチ部4を出入口枠12の車両外側面14aと外板13の端部16との重ね合わせ部分Pに沿って手動で走査していくことにより、重ね合わせ部分Pに沿って連続的なレーザ溶接部W2を形成する。これにより、出入口枠12の車両外側面14aと外板13の端面16aとが隅肉溶接され、レーザ溶接部W2によって出入口枠12と外板13とが水密かつ強固に接合される。
【0043】
なお、溶接工程においては、レーザ溶接機1のアースを出入口枠12又は外板13に対して接続しておくことが好ましい。この場合、第1のコンタクトチップ7Aが銅、銅合金、導電性カーボンなどの導電性材料によって形成されているので、トーチ部4、ワーク、アースを介した回路の通電状態に基づいて、レーザ溶接機1のインターロック機構を実現できる。例えば、第1のコンタクトチップ7Aがワークに接触しておらず、回路の通電状態がオフとなっている場合に、レーザ溶接機1からのレーザ光の出射を禁止することで、作業の安全性を担保できる。
【0044】
レーザ溶接部W2の形成の後、外板13の端部16の面取り加工を行う(加工工程)。
図7は、溶接工程でレーザ溶接機に適用する第2のコンタクトチップ7Bの一例を示す図である。同図に示すように、第2のコンタクトチップ7Bは、第1のコンタクトチップ7Aと同様に、例えば銅、銅合金、導電性カーボンなどの導電性材料によって形成され、中空の円筒状をなしている。
【0045】
第2のコンタクトチップ7Bは、ワークに対して所定の傾斜角をもって接触するように設計されている。ここでは、出入口枠12及び外板13に対し第2のコンタクトチップ7Bが45°傾斜して接触するように設計されている。また、第2のコンタクトチップ7Bは、トーチ部4の先端に取り付けられた状態において、第2のコンタクトチップ7Bの中心軸L2とレーザ溶接機1の本体部2から導光されるレーザ光の光軸とが略一致するように設計されている。
【0046】
第2のコンタクトチップ7Bの先端側には、凹状部31と、切欠部32とが設けられている。凹状部31は、レーザ溶接の際にワークに接触する部分である。凹状部31は、外板13の車両外側面16cに接する第1面33と、外板13の端面16aに接する第2面34とによって構成されている。第1面33と第2面34とは、第2のコンタクトチップ7Bの先端において略直角をなしている。第1面33と第2面34とがなす隅部35は、第2のコンタクトチップ7Bの中心軸L2上に位置している。この隅部35には、R形状の切欠部36が設けられている。
【0047】
切欠部32は、第1のコンタクトチップ7Aの切欠部22と同様に、レーザ溶接の際にワークから発生する溶接ヒュームを第2のコンタクトチップ7Bの外部に放出する部分である。切欠部32は、第2のコンタクトチップ7Bの周面の一部を第1面33に連続して矩形に切り欠くことによって形成されている。切欠部32により、凹状部31をワークに接触させた状態においても凹状部31の近傍の内部空間が外部に露出し、溶接ヒュームの放出経路が形成される。
【0048】
また、第2のコンタクトチップ7Bの先端側には、出入口枠12の車両外側面14aに接する第3面37が設けられている。第3面37は、第2面34に連続して切欠部32の反対側に形成されている。第2面34と第3面37とは、第2のコンタクトチップ7Bの先端において略直角をなしている。第2面34と第3面37とがなす角部38は、第2のコンタクトチップ7Bの中心軸L2に対し、切欠部32の反対側にずれて位置している。
【0049】
加工工程では、
図8に示すように、上記の第2のコンタクトチップ7Bをトーチ部4の先端に取り付ける。そして、トーチ部4を出入口枠12及び外板13に対して45°程度傾けて把持し、第2のコンタクトチップ7Bにおける凹状部31の第1面33を外板13の車両外側面16cに接触させると共に、第2面34を外板13の端面16aに接触させる。また、第2のコンタクトチップ7Bの第3面37を出入口枠12の車両外側面14aに接触させる。第2のコンタクトチップ7Bの切欠部36は、外板13の端部16の角部16bに対向する。
【0050】
この状態で、トーチ部4からレーザ光を照射し、トーチ部4を出入口枠12の車両外側面14aと外板13の端部16との重ね合わせ部分Pに沿って手動で走査していくことにより、外板13の端部16の角部16bをR状に加工する。角部16bの面取り加工により、角部16b及びその近傍に生じていたバリ等も同時に除去される。以上の工程により、
図2に示した接合体11が得られる。
【0051】
なお、加工工程においても、レーザ溶接機1のアースを出入口枠12又は外板13に対して接続しておくことが好ましい。第2のコンタクトチップ7Bも銅、銅合金、導電性カーボンなどの導電性材料によって形成されているので、トーチ部4、ワーク、アースを介した回路の通電状態に基づいて、レーザ溶接機1のインターロック機構を実現できる。
【0052】
上述の工程では、外板13に出入口枠12を重ねわせる配置工程の後、レーザ溶接部W2を形成する溶接工程の前に、出入口枠12と外板13とをスポット溶接部W1によって接合している。外板13の厚さに比べて出入口枠12の厚さが大きい場合、レーザ溶接のみでは溶接強度の確保に必要な入熱量が過剰になることが考えられる。したがって、スポット溶接部W1によって出入口枠12と外板13の溶接強度を十分に確保した上で、水密性確保のためのレーザ溶接を組み合わせることで、レーザ溶接時のワークへの入熱量を抑えることができる。
【0053】
本実施形態では、溶接工程において、レーザ溶接機1からパルスレーザを出射してレーザ溶接部W2を形成する。レーザ溶接の条件は、例えばパルス幅10ms〜30ms、周波数10Hz〜30Hz、入熱量10J〜30J程度である。レーザ溶接部W2は、個々のナゲットをオーバーラップさせることによって形成してもよい。また、加工工程においては、レーザ溶接機1からCWレーザを出射して面取り加工を行う。この場合のCWレーザの出力は、例えば200W〜250W程度である。
【0054】
次に、溶接工程で形成するレーザ溶接部W2の溶接品質の良否を判断する溶接判断工程、及び加工工程で面取り加工を行った外板13の端部16の加工状態の良否を判断する加工判断工程について説明する。
【0055】
上述した溶接工程及び加工工程では、レーザ溶接機1のトーチ部4を作業者が把持し、手動でトーチ部4の走査が行われる。トーチ部4の走査にあたって手元のぶれが生じると、レーザ溶接部W2の溶接品質及び端部16の加工状態に異常が生じるおそれがある。
【0056】
溶接工程では、例えば
図9(a)に示すように、ワークに対する第1のコンタクトチップ7Aの傾斜角が設定(ここでは45°)よりも小さくなり、レーザ光の照射位置が出入口枠12の車両外側面14aと外板13の端面16aとがなす隅部から外れてしまう場合がある。この場合、ワークの溶け込み量が減少し、観測される光の強度が正常時に比べて弱くなる傾向がある。
【0057】
また、例えば
図9(b)に示すように、第1のコンタクトチップ7Aが外板13の車両外側面16cに乗り上がり、車両外側面16cのみにレーザ光が照射されてしまう場合がある。この場合、レーザ光の照射位置で生じる光が出入口枠12の車両外側面14aと外板13の端面16aとがなす隅部で遮られなくなるので、観測される光の強度が正常時に比べて強くなる傾向がある。
【0058】
また、手元のぶれに起因するものではないが、例えば
図9(c)に示すように、出入口枠12と外板13との間の隙間量が許容範囲を超えてしまう場合がある。このような隙間量の異常は、ワークの平面度の不足、重ね合わせ部分Pでのスポット溶接部W1の形成などに起因して生じることがある。この場合、レーザ光の照射位置で生じる光が隙間に入り、観測される光の強度が正常時に比べて弱くなる傾向がある。
【0059】
加工工程では、例えば
図10(a)に示すように、第2のコンタクトチップ7Bが外板13の端面16aに当接せず、レーザ光の照射位置が外板13の角部16bから外れてしまう場合がある。この場合、レーザ光が外板13の端面16aにのみ照射されるため、観測される光の強度が正常時に比べて弱くなる傾向がある。
【0060】
また、例えば
図10(b)に示すように、第2のコンタクトチップ7Bが外板13の車両外側面16cに当接せず、レーザ光の照射位置が外板13の角部16bから外れてしまう場合がある。この場合、レーザ光が外板13の車両外側面16cで反射するため、観測される光の強度が正常時に比べて強くなる傾向がある。
【0061】
溶接工程において、上記
図9(a)〜(c)のような異常が生じた状態でレーザ溶接部W2が形成された場合には、いずれの場合も観測される音の強度が正常時に比べて弱くなる傾向がある。一方、加工工程において上記
図10(a)(b)のような異常が生じた状態で面取り加工がなされた場合でも、観測される音の強度は正常時に対して差異が見られない傾向がある。
【0062】
このような異常の要因と、異常の要因に基づく光強度及び音強度の傾向とを鑑み、溶接工程では、レーザ光の照射位置で生じる光の強度を、作業者が装着した保護メガネのレンズ又はフレームの内側に設けたフォトダイオード51によって検出する。また、溶接工程では、レーザ光の照射位置で生じる音の強度を、作業者が装着した保護メガネのレンズ又はフレームの外側に設けたマイクロホン52によって検出する。一方、加工工程では、音の強度の検出は行わず、レーザ光の照射位置で生じる光の強度のみを、作業者が装着した保護メガネのレンズ又はフレームの内側に設けたフォトダイオード51によって検出する。
【0063】
まず、溶接判断工程について説明する。
図11は、溶接工程におけるフォトダイオード51での光強度の検出結果を示すデータの一例を示す図である。同図では、横軸が時間、縦軸が電圧(光強度)となっている。溶接工程では、トーチ部4からパルスレーザを出射してレーザ溶接部W2の形成を行っている。したがって、データの波形パターンは、レーザのパルス間隔に応じた時間間隔で複数のピークを有するものとなる。各ピークでは、典型的には、パルスの照射開始と共に光強度が急激に増加し、オーバーシュート部分を経て、パルスの照射終了と共に光強度が急激に減少する。つまり、各ピークにおいて、光強度が極めて急峻に大きく立ち上がり、そして、その後すぐ急峻に立ち下がる。
【0064】
次に、前処理部63において、フォトダイオード51で得られたデータに移動平均差分処理が施される。移動平均差分処理は、所定データ点ごとの移動平均値を算出し、算出された移動平均値を元の値から減算する処理である。移動平均差分処理により、
図11で示したデータの波形パターンからDC成分が除去され、
図12に示すように、各ピークの頂部に含まれる高周波成分のみが抽出される。
【0065】
移動平均差分処理の実行後、判断部64において、データの波形パターンの正規化が行われる。この正規化では、始めに移動平均差分処理後の値の平均値μ及び標準偏差σが算出され、これらに基づいて標本線が設定される。
図13に示す例では、μ、±1.5σ、±3.0σの5本の標本線が設定されている。標本線の設定数に理論上の制限はないが、解析負荷を考慮すると、5本〜11本程度とすることが好適である。
【0066】
標本線の設定後、正規化値として存在量及び変化量が算出される。存在量は、標本線よりも絶対値の大きい値を有するデータの数である。また、変化量は、データの波形パターンが標本線と交差する回数である。
図13に示す例では、例えば+3.0σの標本線に対しては、存在量=2、変化量=0となる。存在量及び変化量は、例えば各標本線について所定のサンプリング区間(例えば0.1秒)内で算出される。サンプリング周波数が1kHz、サンプリング区間が0.1秒である場合、サンプリング区間中に100個のデータが存在する。サンプリング区間を時間軸に沿ってずらしていくことにより、各区間内での存在量及び変化量がそれぞれ算出される。
【0067】
図14は、溶接工程におけるマイクロホン52での音強度の検出結果を示すデータの一例を示す図である。同図では、横軸が時間、縦軸が電圧(音強度)となっている。同図に示すように、データの波形パターンは、レーザ光の照射の開始に応じて立ち上がり、レーザ光の照射中はほぼ一定となり、レーザ光の照射の終了に応じて立ち下がる。マイクロホン52で得られたデータは、前処理部63による前処理が施されずに判断部64に出力される。
【0068】
次に、判断部64において、MT(Mahalanobis-Taguchi)システムを利用したマハラノビス距離の算出が行われる。MTシステムとは、マハラノビスの距離という基本概念を用いて状態の変化を判別する多変量解析手法であり、複数の測定量(多変数)をマハラノビスの距離(1つの変数)で表現して取り扱う手法である。マハラノビスの距離の詳細については、例えば特開2006−160153号公報等を参照されたい。
【0069】
マハラノビス距離の算出に当たっては、光強度のデータの正規化値と、音強度のデータ(生データ)の出力値とに基づいて、MTシステムの単位空間の生成がなされる。判断部64には、予め基準となる単位空間(以下、「基準単位空間」と称す)が格納されている。基準単位空間は、レーザ溶接部W2が正常に形成された場合の光強度の検出結果のデータの正規化値と、音強度のデータ(生データ)の出力値とを含む数値行列を、データ数に応じて形成したものである。
【0070】
判断部64では、溶接工程における光強度のデータの正規化値と、音強度のデータ(生データ)の出力値とに基づいて、判断対象となる単位空間(以下、「対象単位空間」と称す)の生成が行われる。対象単位空間は、溶接工程において得られた光強度の検出結果のデータの正規化値と、音強度のデータ(生データ)の出力値とを含む数値行列を、データ数に応じて形成したものである。
【0071】
判断部64では、基準単位空間と対象単位空間とを用いてマハラノビス距離が算出される。判断部64では、マハラノビス距離の閾値が例えば4に設定されており、マハラノビス距離が4以下である場合にはレーザ溶接部W2の溶接品質が正常であると判断され、マハラノビス距離が4を超えている場合にはレーザ溶接部W2の溶接品質が異常であると判断される。
【0072】
続いて、加工判断工程について説明する。
図15は、加工工程における光検出部での光強度の検出結果を示すデータの一例を示す図である。同図では、横軸が時間、縦軸が電圧(光強度)となっている。加工工程では、トーチ部4からCWレーザを出射して外板13の端部16の面取り加工を行っている。したがって、データの波形パターンは、レーザ光の照射の開始に応じて立ち上がり、レーザ光の照射中はほぼ一定となり、レーザ光の照射の終了に応じて立ち下がる。
【0073】
次に、前処理部63において、フォトダイオード51で得られたデータに移動平均処理が施される。移動平均処理は、一定区間ごとのデータの平均値を区間をずらしながら算出する処理である。移動平均処理により、
図15で示したデータの波形パターンから高周波ノイズ成分が除去され、
図16に示すように、波形パターンがスムージングされる。
【0074】
移動平均処理の実行後、判断部64において、データの波形パターンの正規化が行われる。この正規化では、溶接判断工程と同様に、始めに移動平均処理後の値の平均値μ及び標準偏差σが算出され、これらに基づいて標本線が設定される。ここでの標本線の設定は、例えば溶接判断工程と同様に、μ、±1.5σ、±3.0σの5本とされる。そして、サンプリング区間を時間軸に沿ってずらしていくことにより、各区間内での存在量及び変化量がそれぞれ算出される。
【0075】
判断部64では、基準単位空間と対象単位空間とを用いてマハラノビス距離が算出される。判断部64では、マハラノビス距離の閾値が例えば4に設定されており、マハラノビス距離が4以下である場合には外板13の端部16の加工状態が正常であると判断され、マハラノビス距離が4を超えている場合には外板13の端部16の加工状態が異常であると判断される。なお、加工判断工程では、加工工程における光強度のデータの正規化値と、光強度のデータ(生データ)の出力値とに基づいてMTシステムの単位空間の生成を行うことが好適である。
【0076】
溶接判断工程及び加工判断工程における判断結果は、接合体11の識別情報及び走査計測部53の検出結果のデータと関連付けてデータ格納部65に記憶される。また、溶接判断工程及び加工判断工程における判断結果は、レーザ溶接機1のディスプレイ5に表示される。
【0077】
以上説明したように、このレーザ溶接方法では、ハンドトーチ型のレーザ溶接機1を用いることで、自動溶接の場合とは異なり、レーザ光の倣い性を確保するための複雑なティーチング作業が不要となり、溶接の作業性を向上できる。また、このレーザ溶接方法では、溶接判断工程において、レーザ溶接中にレーザ光の照射位置で生じる光の強度及び音の強度の検出結果に基づき、マハラノビス距離を用いてレーザ溶接部W2の溶接品質の良否を判断する。多変量解析であるマハラノビス距離を用いることで、レーザ溶接作業時の手元のぶれによる種々の要因を加味してレーザ溶接部W2の溶接品質の良否を精度良く判断でき、形成される溶接部の品質管理を簡単に実施できる。
【0078】
また、このレーザ溶接方法では、溶接工程において、レーザ溶接機1からパルスレーザを照射してレーザ溶接部W2を形成している。そして、溶接判断工程において、フォトダイオード51から得られた光強度の検出結果のデータに対して移動平均差分処理を行うと共に、移動平均差分処理後のデータを標準偏差に基づいて正規化し、得られた正規化値を含む数値行列に基づいてマハラノビス距離を算出している。
【0079】
溶接工程においてCWレーザを用いる場合、溶接の途中でトーチ部4の走査を止めると、止めた位置でワークに孔が開いてしまうことが考えられる。これに対し、パルスレーザを用いる場合、溶接の途中でトーチ部4の走査を止めた場合でも、止めた位置でワークに孔が開いてしまうことが防止され、その位置からレーザ溶接を再開できる。また、溶接判断工程において、フォトダイオード51から得られた光強度の検出結果のデータに対して移動平均差分処理を行うことで、データ中のDC成分を除去できる。これにより、マハラノビス距離を用いた溶接品質の良否判断の精度を向上できる。
【0080】
さらに、このレーザ溶接方法では、また、外板13の端部16の面取り加工を行う加工工程において、レーザ溶接機1からCWレーザを照射して端部16の面取り加工を行っている。そして、加工判断工程において、フォトダイオード51から得られた光強度の検出結果のデータに対して移動平均処理を行うと共に、移動平均処理後のデータを標準偏差に基づいて正規化し、得られた正規化値を含む数値行列に基づいてマハラノビス距離を算出している。加工判断工程において、フォトダイオード51から得られた光強度の検出結果のデータに対して移動平均処理を行うことで、データ中の高周波ノイズ成分を除去できる。これにより、マハラノビス距離を用いた加工状態の良否判断の精度を向上できる。
【0081】
本実施形態では、出射するレーザ光の波長をカットする保護メガネが付属されたレーザ溶接機1を用い、保護メガネにおけるレンズ又はフレームの内側にフォトダイオード51を設けている。これにより、ワーク表面などで生じるレーザ光の反射光成分をカットできる。また、レーザ光の走査と共に作業者が移動することで、レーザ光の照射位置とフォトダイオード51とが離れてしまうことがないため、フォトダイオード51による検出結果の信号強度が低下してしまうことも防止できる。したがって、溶接品質及び加工状態の良否判断の精度を一層向上できる。
【0082】
また、本実施形態では、レーザ溶接機1によるレーザ光の照射位置の走査量を走査計測部53によって計測している。レーザ光の照射位置の走査量を計測することで、レーザ溶接によって得られる接合体11のトレーサビリティの確立が可能となる。走査計測部53は、フォトダイオード51及びマイクロホン52と同期して走査量の計測を行っているので、異常の判断がなされた時刻と走査量とを照合することで、ワークにおける異常の発生箇所の特定が可能となっている。
【0083】
本発明は、上記実施形態に限られるものではない。例えば上記実施形態では、第1のワークとして出入口枠12を例示したが、第1のワークは、鉄道車両構体における開口部を保持する他の枠部材であってもよい。このような枠部材としては、例えば窓枠や幌枠などが挙げられる。また、第2のワークは、外板に限られない。本発明は、第1のワークと第2のワークとの隅肉溶接に広く適用可能である。また、本発明は、アルミニウム合金製の鉄道車両構体に用いられるワーク、マグネシウム合金製の鉄道車両構体のワークなどにも適用可能である。
【0084】
また、上記実施形態では、出入口枠12及び外板13に対し、第1のコンタクトチップ7A及び第2のコンタクトチップ7Bが45°傾斜するように凸状部21及び凹状部31が設計されているが、当該傾斜角が45°〜75°となる範囲で凸状部21及び凹状部31が設計されていてもよい。いずれの傾斜角の場合においても、第1のコンタクトチップ7A及び第2のコンタクトチップ7Bは、トーチ部4に対して同軸に取り付けられることが好ましい。
【0085】
また、上記実施形態では、保護メガネのレンズ又はフレームの内側にフォトダイオード51を設けているが、保護メガネのレンズ又はフレームの外側に設けてもよく、溶接ブースの天井部、ワークの近傍に設けてもよい。マイクロホン52の位置についても同様である。マイクロホン52による音強度の検出は、省略してもよい。また、マイクロホン52に代えてAE波を検出する手段を音検出部として用いてもよい。
【0086】
また、上記実施形態では、ロータリエンコーダによって走査計測部53を構成しているが、タコジェネレータなどを用いてトーチ部4の走査速度を計測するようにしてもよい。この場合も、速度と時間の関係から異常の発生箇所の特定を行うことが可能である。トーチ部4を直接把持してレーザ溶接を行うのではなく、トーチ部4を台車等で保持する場合、台車の走行ローラの回転数などを走査計測部53で計測するようにしてもよい。