(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
請求項5に記載の分解容器において、前記フッ素系ゴムは、フッ化ビニリデン系ゴム、テトラフルオロエチレン−プロピレン系ゴム、またはテトラフルオロエチレン−パープルオロビニルエーテル系ゴムである、分解容器。
請求項7に記載の前処理装置において、前記回転防止部は、前記容器の外面に形成される凹部と、前記収容部に形成されると共に前記凹部に係合する凸部とから構成される、前処理装置。
請求項7または8に記載の前処理装置において、前記収容部は、前記容器を加熱する加熱ブロック、前記容器を冷却する冷却ブロック、及び前記容器を供給する供給ラックの少なくとも一つに設けられる、前処理装置。
請求項12に記載の前処理装置において、前記開閉機は、前記蓋体及び前記把持具を一体的に回転することにより、前記容器本体に対して前記蓋体を開閉する、前処理装置。
【発明を実施するための形態】
【0018】
〔概要〕
本発明者らは、硝酸を使用した血液等の検体(生体試料)の迅速な加熱加圧分解処理を可能とするため、熱伝導に優れ、加熱及び加圧に耐え、さらには硝酸による溶解が実質的に無い特殊な金属である「チタン」を使用した加熱効率に優れる専用の分解容器を開発した。また、本発明の分解容器は、自動装置にて容器本体のキャップの開閉、生体試料や溶液等の分注を可能とした設計となっている。
【0019】
血液中
10B濃度を測定するための前処理に用いる分解容器は、血液等の生体試料(検体)に濃硝酸を添加し、加熱加圧の状態で湿式分解処理に耐える必要がある。したがって分解容器の材質は下記の条件を満たす必要がある。
・耐熱温度:少なくとも200℃
・耐圧力 :少なくとも1.6Mpa
・耐硝酸性
上記条件を満たすべく、本発明者らは、耐熱性、耐圧性、耐食性を兼備したチタンで形成された分解容器を作成した。
【0020】
チタンの溶融点は1668℃であることから耐熱性に優れている。さらに、チタンは、硝酸のような酸化性の強い酸に対して特に優れた耐食性を示す。これは、チタン表面に形成される酸化皮膜が強固で安定しており、不動態皮膜として機能するためである。後述の実施例で説明するように、濃硝酸に対する耐薬品性試験を行った結果、ホウ素及びその他金属元素の溶出は認められなかった。加えて、チタンの比重は4.51g/cm
3と小さく非常に軽量であるため、分解容器としての操作性にも優れることが期待される。
【0021】
耐薬品性樹脂やガラス、石英などを使用した従来の分解容器とは異なり、本発明の分解容器は、強度及び熱伝達の優れた純チタン製の一重構造とすることで、迅速な加熱冷却を可能とし、加圧に対する強度を十分に確保した。
【0022】
本発明において「生体試料」、「検体」とは、血液、組織、食品などの生体に関連する物質を含む。また、本発明において「チタン」とは、純度が99%以上のチタン、より好ましくは純チタンを含む。純チタンとは、N、C、H、Fe、Oを合計で約0.2〜約0.5%含み、JIS規格で定める1種〜4種の何れかを用いることができる。なお、好ましくは、純チタンの2種を用いることができる。
【0023】
〔分解容器〕
本発明の一実施形態に係る分解容器100を説明する。
図1及び2に示すように、分解容器100は、チタン製で一重構造の容器本体110と、チタン製で一重構造のキャップ(蓋体)120と、パッキン130(
図2(c))とから構成される。容器本体110及びキャップ110は、好ましくは、チタン製ブロックを切削加工して成形される。
図1に示すように、有底円筒状の容器本体110は、開口部111と、開口部111側の外周面に形成された雄ねじ部112と、容器本体110の底面113と、底面113側の外周面に等間隔で複数形成される容器本体凹部114と、底面113に複数形成される円形の底面凹部116と、開口部111から底面113の近傍まで延びる内部空間118とを備える。内部空間118の下端には、半球状に窪んだ凹部が形成されている。
【0024】
図2に示すように、キャップ120は、容器本体110の開口部111側の部分を収容する収容部121と、収容部121の内周面に形成される雌ねじ部122と、キャップ120の上面縁から側面にかけて等間隔で形成される複数のキャップ切欠部124と、キャップ120の上面に等間隔で形成される複数の凹部126と、キャップ120の上面の中心に形成される円形の凹部128とを備える。
図2(a)の側面図から明らかなように、キャップ切欠部124は、好ましくは縦が短いL字状に形成されている。キャップ切欠部124にはキャップ120の上面と一体化された張出部125を有する。キャップ切欠部124には、後述する開閉ヘッド720のフィンガー(把持具)が嵌め込まれた状態で、開閉ヘッド720及びキャップ120を容器本体110に対して回転することにより、分解容器を開閉することができる。
【0025】
図2(c)に示すパッキン130(緩衝部材)は、好ましくは円盤状またはリング状に形成され、収容部121内の上面に嵌め込み等で取り付けられる。パッキン130の材料としては、耐熱性、耐薬品性が優れたフッ素系ゴムを用いることができる。フッ素系ゴムとしては、フッ化ビニリデン系ゴム、テトラフルオロエチレン−プロピレン系ゴム、テトラフルオロエチレン−パープルオロビニルエーテル系ゴム等を用いることができる。フッ化ビニリデン系ゴムとして、特に好ましくは、バイトン(登録商標)、ダイエル(登録商標)、ダイニオン(登録商標)等を用いることができる。
【0026】
図3の模式図には、分解容器100を、後述する加熱ブロック510等の収容部に装着しようとする状態を記載している。なお、
図3において、キャップ120の形状は簡略化のため、
図2とは異なる形状で図示している。加熱ブロック510には、有底円筒状の容器本体110を熱伝導可能に隙間なく収容する円柱状の容器本体収容空間512を備える。容器本体収容空間512の内面には、容器本体110の複数の凹部114と係合する複数の凸部514が配置される。凹部114は容器本体110の長手方向に延び、凸部514は容器本体収容部502の長手方向に延びている。凹部114及び凸部514から容器本体110の回転防止部が構成される。容器本体100を容器本体収容空間512に収容する際に、凸部514及び凹部114が整合した状態で容器本体110を容器本体収容空間512の底まで押し込むと、凸部514が凹部114に嵌り込む。これによって、加熱ブロック510の円周方向に容器本体110が回転することを防止できる。なお、
図3では、加熱ブロック510の容器本体収容空間512の内面に凸部504を設けたが、後述する冷却ブロック520や供給ラック210の容器本体収容部に同様に複数の凸部を設けることができる。
【0027】
〔前処理装置〕
本発明の一実施形態に係る前処理装置1000を説明する。前処理装置1000は、検体(生体試料)を収容した分解容器100を備え、好ましくは自動的に検体の前処理を行う。
図4の上面図に示すように、前処理装置1000は、検体等を装置に供給する検体供給部200と、検体を容器本体110に分注する検体分注部300と、濃硝酸を容器本体110に分注する硝酸分注部400と、加熱加圧下で検体を分解した後冷却する加熱冷却部500と、分解検体を希釈して取り出す検体希釈部600と、分解容器100を搬送する検体搬送部700と、レール800と、図示しない制御部とを備える。
【0028】
検体供給部200は供給ラック210を備える。供給ラック210は、前処理の手順にしたがって、レール800にそって検体供給部200から検体分注部300を経て硝酸分注部400に向かうx軸方向に移動可能である。また、供給ラック210は逆方向にも移動可能である。供給ラック210の移動は、好ましくはモータ等により制御部が自動的に行うことができる。供給ラック210には、容器本体110と、キャップ120と、分注用のチップ220と、採血管230とをそれぞれ収容する収容部が形成されている。
【0029】
検体分注部300には、検体分注ノズル310が設けられている。検体分注ノズル310は、供給ラック210に対して分注可能な分注位置(実線)と、分注位置から退避した退避位置(破線)との間で回動可能に設けられている。検体分注ノズル310は、
図4のx軸及びy軸に対して垂直な方向に移動可能である。供給ラック210が分注位置に移動した状態で、供給ラック210の重量を測定する天秤330が分注位置の下方に設けられている。制御部は、好ましくは検体分注ノズル310の回動、垂直方向の移動、吸引、及び吐出を自動的に制御することができる。
【0030】
硝酸分注部400には、硝酸分注ノズル410と、硝酸容器420と、水容器430とが設けられている。硝酸分注ノズル410は、硝酸容器420から濃硫酸を吸引可能な硫酸吸引位置(破線)と、レール800上で供給ラック210に対して水または濃硝酸を分注可能な分注位置(破線)と、水容器430から水を吸引可能な水吸引位置(実線)との間で回動可能に設けられている。硝酸分注ノズル410は、
図4のx軸及びy軸に対して垂直な方向に移動可能である。制御部は、好ましくは硝酸分注ノズル410の回動、垂直方向の移動、吸引、及び吐出を自動的に制御することができる。
【0031】
加熱冷却部500は、容器100を加熱する加熱ブロック510と、容器100を冷却する冷却ブロック520とを備える。加熱ブロック510には、図示しない撹拌ユニットを備えてもよい。搬送部700は、硝酸分注部400と、加熱冷却部500と、検体希釈部600との何れか2つの間で、分解容器100(容器本体110及びキャップ120)をクランプ(把持)した状態で移動枠710にそってx軸方向に移動可能である。また、搬送部700の開閉ヘッド(開閉機)720は、供給ラック210上でキャップ120をクランプした状態で回転することにより、キャップ120を容器本体110に対して取り付けまたは取り外すことができる。制御部は、好ましくは加熱ブロック510の加熱、冷却ブロック520の冷却、搬送部700による移動、開閉ヘッド720によるキャップの開閉動作を、自動的に制御することができる。
【0032】
検体希釈部600は回転可能なターンテーブル形状の希釈クラック610を備え、希釈ラック610上には、分解検体を回収する回収容器611と、容器本体110を保持する容器本体保持部612と、希釈容器613と、共洗い用希釈容器614と、分注用チップ収容部615とが設けられている。さらに、検体希釈部600は、希釈検体を収容する検体収容部620と、検体収容部620に検体を分注するために、希釈ラック610上で希釈検体を吸引する検体吸引ノズル630と、希釈ラック610上で希硝酸を吸引して分注する希硝酸分注ノズル640とを備える。検体吸引ノズル630は、検体収容部620に希釈検体を分注可能な検体分注位置(破線)と、希釈ラック610上の希釈検体を吸引可能な検体吸引位置(実線)との間で回動可能に設けられている。検体吸引ノズル630、希硝酸分注ノズル640は、
図4のx軸及びy軸に対して垂直な方向に移動可能である。さらに、希釈ラック610の下には、好ましくは、希釈容器本体の重量を測定する天秤650と、希釈試料を含む溶液を撹拌する撹拌ユニット660との一方または双方を設けることができる。制御部は、好ましくは希釈ラック610の回動、検体吸引ノズル630や希硝酸分注ノズル640の垂直方向の移動、吸引、及び吐出を、自動的に制御することができる。
【0033】
前処理装置1000は、好ましくは図示しないICP−MSに接続することができる。具体的には、分解希釈された検体を、検体希釈部600の検体収容部620からICP-MSの測定部に移送可能に接続することができる。前処理装置1000には、好ましくは各部の操作を外部から視認できるように、窓等を設けることができる。
【0034】
〔開閉ヘッド〕
開閉ヘッド720は、容器100を開閉するために、キャップ120を容器本体110に取り付けるか、取り外すものである。開閉ヘッド720は、キャップ120のキャップ切欠部124に対して嵌め込み及び取り外しが可能な複数のフィンガー(不図示)を備える。フィンガーは、キャップ切欠部124の側面形状に合わせて略L字状に形成され、キャップ切欠部124に嵌め込まれた嵌込位置と、キャップ切欠部124から取り外した取外位置との間で移動可能である。例えば、フィンガの上端をモータ等の回動装置で回動可能に開閉ヘッドに取り付けることにより、嵌込位置と取外位置との間で移動可能となる。また、開閉ヘッド自体は、不図示のモータ等の駆動装置を用いて容器100の長手方向軸線に対して回転に構成されている。したがって、開閉ヘッド720のフィンガーがキャップ120に嵌め込まれた状態で、開閉ヘッド720を回転することにより、開閉ヘッド720とキャップ120とが一体となって容器本体110に対して回転して、分解容器を開閉することができる。
【0035】
〔前処理の動作〕
本発明の分解容器及び前処理装置を用いた血等の検体の前処理操作を説明する。検体供給部200は、検体の供給を行う専用ユニットである供給ラック210に、予め血液等の検体、反応用の容器本体110、キャップ120、及び検体分注用のチップ搭載し、装置1000に供給する。これらが供給された状態で前処理が開始される。前処理が開始されると、制御部は供給ラック210を検体供給部200から検体分注部300に移動する。
検体分注部300では、検体供給部200より送られた検体ラック210より、分注ノズル310が分注用チップを取得し、検体を容器本体110へ分注する。好ましくは、この容器本体110の下方に設置された天秤330により、分注量の測定も行われる。検体分注部300で容器本体110に検体を分注した後、検体ラック210は、検体分注部300から硝酸分注部400に移送される。
【0036】
硝酸分注部400では、検体が分注された容器本体110に、硝酸分注ノズル410を用いて硝酸の分注を行う。分注に使用するチップは手差しまたは自動で行うことができる。好ましくは、分注時に硝酸分注ノズル410に装着されたチップに付着した硝酸を薄めるために、水容器430を用いて分注後チップの洗浄を行うことができる。チップは硝酸容器の交換時に交換することができる。硝酸分注部400で容器本体110に硝酸を分注した後、検体ラック210上で、開閉ヘッド720のフィンガー(把持具)がキャップ120をクランプし、容器本体110に装着して容器100を密閉する。容器100の密閉後、開閉ヘッド720が容器100のキャップ120をクランプしたまま、硝酸分注部400から加熱冷却部500に容器100を移送する。
【0037】
加熱冷却部500では、最初に容器100が加熱ブロック510にセットされ、所定時間、容器100が150℃〜200℃に加熱される。好ましくは、検体の分解を促進するため、容器100を震盪撹拌装置で撹拌しつつ加熱してもよい。所定時間経過後、容器100は、検体搬送部700を用いて加熱ブロック510から冷却ブロック520に移送され冷却される。冷却後、検体搬送部700が容器100を冷却ブロック510から検体希釈部600に移送する。
【0038】
検体希釈部600は、分解された検体の希釈を行うために、下記の動作を実行する。
(a)検体希釈部600の希釈ラック610で、開閉ヘッド720により容器本体110からキャップ120を取り外す。
(b)キャップ120が外された容器本体110に、共洗い用の希硝酸を分注する。
(c)容器本体110から共洗い用の希硝酸が加えられた分解検体を希釈容器613に分注する。
(d)希釈容器613の重さ測定し、共洗いに使用する液量を決定する。
(e)共洗い用の希硝酸で、容器本体110を共洗いし、その全量を検体吸引ノズル630を用いて希釈容器613に分注する。(複数回)
(f)希釈容器613の重さを天秤660で測定後、希釈容器613を撹拌する。
(g)希釈容器613から希釈検体を検体吸引ノズル630を用いて吸引し、ICP−MSの測定部に供給する。
【0039】
〔まとめ〕
本発明により、血液試料中のホウ素を迅速、正確に計測するための酸分解処理用の容器として機能するチタン製の加圧分解用の容器を提供することができる。本発明の容器は、本発明者らが開発した血中ホウ素濃度測定用の前処理装置に使用され、同装置をBNCTに適用することにより、血液試料前処理の迅速化、自動化、効率化に貢献でき、得られる測定結果の信頼性も高くなることが期待される。さらに、加速器中性子源装置の発展及び血液前処理装置の小型化、簡便化により、治療の一連の工程を病院内で実施することが可能となる。
【0040】
本発明の分解容器は耐硝酸性に優れ、容器本体からの元素溶出の可能性が極めて低いことから、BNCT用血液前処理に用いる容器以外の利用として、チタン以外の元素の分析(硝酸使用)にも使用できる。また、密封型の容器となっているため、水銀、ヨウ素、セレン等といった揮発性元素の分析にも利用可能となる。血液中の重金属の分析については、近年、重金属による中毒の診断等のほか、作業環境との関連や生活環境からの摂取に対する疫学調査等にも用いられることが多く、その需要は増している。
【実施例】
【0041】
本発明の実施例では、上述したチタン製の分解容器を製作するために行った実験や考慮した事項について説明する。
【0042】
〔形状の最適化〕
従来は、汎用性に優れる分解容器本体の使用が主流であったが、本発明では、加熱加圧効率の向上及び容器本体冷却時間の短縮化のため、血液試料の分解に特化した、寸法及び厚みを最小化した密封型小型容器本体を提案する。従来のテフロンを使用した樹脂製の内容器よりも熱伝達効率が良く、さらに、加圧に耐える強度も十分であり、容器の小型化による、迅速な加熱冷却を可能とした。血液分解用専用容器として設計し、自動機による、容器の開閉や、試薬注入を可能とし、煩雑な処理が不要となる、迅速かつ正確な生体試料の分解処理を可能とした。また、耐硝酸性に優れる純チタンを用いることで、容器からの金属元素の溶出のおそれを最小限に抑えることができ、チタン以外の幅広い元素の分析を可能とした。
【0043】
本発明の容器、及びこの容器に対応する前処理装置を使用することで、血液試料前処理の大幅な迅速化、簡便化を図ることができ、最終的には、正確な測定結果が得られることにつながる。すなわち、下記に示す通り、諸分野の研究の発展に貢献できることが期待される。
・BNCTにおいては、臨床応用のみならず、新規ホウ素化合物の開発等、腫瘍細胞へ
の集積度/選択性の向上を目的とした分野の研究の発展につながる。
・血液中の重金属の分析にも適用できる。近年、重金属による中毒の診断等のほか、
作業環境との関連や生活環境からの摂取に対する疫学調査等にも用いられることが多く、その需要は増している。
・BNCTにおいて、ホウ素薬剤を投与した患者より採取された血液検体の酸分解処理に用いる。
【0044】
〔材質の選択〕
そこで、表1に示す通り、耐圧性、耐熱性、耐酸・耐塩化物腐食性を兼備した純チタンのみで形成された一重構造の容器本体を作成した。従来の分解容器本体の外容器の材質として多用されSUS304と、本発明に用いた純チタンとの物理的特性を表2に示す。
【0045】
表2に示す通り、純チタンの溶融点は1668℃であることから耐熱性にも優れる。さらに、チタンは、硝酸のような酸化性の強い酸に対して特に優れた耐食性を示す。これは、チタン表面に形成される酸化皮膜が強固で安定しており、不動態皮膜として機能するためである。硝酸に対する耐食性は、0.127mm/year未満である。加えて、チタンの比重は4.51(g/cm
3)と小さく非常に軽量であるため、分解容器としての操作性にも優れることが期待される。
【0046】
【表1】
【0047】
【表2】
【0048】
〔形状の選択〕
従来は、汎用性に優れる分解容器の使用が主流であったが、本発明では、加熱加圧効率の向上及び容器本体冷却時間の短縮化のため、血液試料の分解に特化した、寸法及び厚みを最小化した密封型小型容器を提案する。最大加熱温度200℃での蒸気圧が1.6Mpa(水換算)に耐え得る最小制限厚さに可能な限り近い厚みとした。具体的には、次の通りである。分解容器本体のサイズは、内径15mm×長さ50mmとする(内容量は約9mL)。
【0049】
圧力:P=1.6MPa
容器本体外径:D=17mm
許容引張応力:ρ×η=30N/mm
2
腐食α=0
パイプ材の厚さtを求める第1の式:t
1=PD/(2×ρ×η+0.8×P)+0
パイプ材の厚さtを求める第2の式:t
2=(PD/(2×ρ×η))+α
加熱温度:200℃
蒸気圧:16450hPa(15.84kgf/cm
2)
【0050】
上記条件及び式から求めたパイプ材の厚さは、t
1=0.444mm、t
2=0.453mmとなった。したがって、必要な壁厚は約0.46mm以上である。また切削加工のため、3mm以上とすることが好ましい。本発明のチタン製の容器本体及びキャップの壁厚は、0.4〜5mmとすることができ、生体試料分解容器の容量は5〜20mlとすることができる。
また、測定対象元素の損失及び外部からの混入を防ぐため、本発明の容器は密封状態での加熱冷却処理が行える構造とした。密封した容器内で加熱処理を施すことで分解反応を促進させることができる。
【0051】
〔チタンの耐薬品性試験〕
チタン製の分解容器の製作に際し、濃硝酸に対するチタンの耐薬品性試験を行った。同時に、チタン及びその他元素がホウ素定量上干渉元素となり得るか確認するために、予備試験を通じて基礎データを取得することとした。予備試験の目的は下記の通りである。
・濃硝酸環境下におけるチタン及びその他元素の溶出の有無の確認
・チタン及びその他元素のホウ素定量への影響の有無の確認
【0052】
濃硝酸に純チタンで形成された棒を1時間程浸し、その一部を分取した後、一定量のホウ素標準液を添加、さらに0.5M硝酸を用いて20倍希釈した上で、ICP−OES(誘導結合発光分光装置:Agilent5100)によりチタン及びその他金属元素の定量試験及びホウ素濃度定量試験を行った。定量の結果、チタンの溶出量は320ng/hourと非常に微量であった。また、その他の元素の溶出は認められなかった。ホウ素濃度定量結果は、表3の通りである。
【0053】
【表3】
【0054】
以上の結果より、チタンは耐硝酸性に優れ、また、微量溶出チタンもホウ素の定量に影響をほとんど及ぼさないことが確認されたため、加圧分解容器本体の材質としてチタンを用いることとした。
【0055】
〔チタン加圧分解容器本体の製作及び性能試験〕
次に、加熱加圧下でのチタン加圧分解容器本体の耐熱圧性及び耐食性を確認した。手順としては、先ずは濃硝酸のみを添加した分解試験により容器本体の耐圧性、耐熱性及び耐食性に問題がないことを確認した上で、第二段階として実際に血液試料、濃硝酸を添加し分解処理を施すことで、血液試料の分解状況の確認を行った。
チタン製の加圧分解用の容器を用いて、先ずは濃硝酸のみによる耐食性試験を行った。表4の通り、加熱温度:150℃/200℃条件下での計3回の分解試験を行った。
【0056】
【表4】
【0057】
分解試験の加熱直後は、NO
2の発生により、容器中の溶液は一部赤褐色を示した。分解試験実施から15時間経過後、全ての溶液は、無色透明を示した。このことから、温度が150℃〜200℃、分解時間が2分程では、チタン含めその他元素の溶出の可能性は極めて低いことがわかった。
【0058】
チタン製の容器が十分な耐熱性及び耐圧性を備えることが確認されたことから、続いて、実際に血液試料を用いて分解試験を行った。表5に示す分解温度が130℃〜200℃の条件下で計12回の分解試験を行った。分解試験実施から15時間経過後の、分解溶液の状況を表6に示す。(加熱直後は、NO
2の発生により、一部赤褐色を示した。)
【0059】
【表5】
【0060】
分解溶液の外観を目視にて確認し、沈殿や浮遊物が残存していない状態のものを“完全分解”、濁りや沈殿、浮遊物が生じたものについては“不完全分解”とした。
【0061】
【表6】
【0062】
i)分解温度、分解時間
表6に示す通り、130℃及び150℃条件下では、目標値である分解時間が2分以内では完全分解が実現されなかった。一方、200℃条件下では、分解時間が2分間で完全分解された。
【0063】
ii)冷却時間
冷却時間が不十分であると判断されたものについては、冷却時間の左側に「*」を付した。表6に示す通り、#15ついては、冷却後、蓋を開けた際に二酸化窒素ガスと思われる赤褐色の気体が発生した。分析対象元素であるホウ素は蒸気圧が比較的高く、蒸気の外部への放出の過程で揮散し損失する可能性が大いにあることから、分解時間に対し十分な冷却が必要である。表6によると、分解温度200℃条件下で処理したものについては、分解時間が5分を超える場合は冷却時間を4分以上確保する必要があると思われる。分解時間が4分以下のものについては、冷却時間は3分程で十分であると考えられた。
以上より、加熱加圧下でもチタンは優れた耐熱圧性及び耐食性を示すことが確認された。また、5〜10分の加圧時間で血液試料が完全に分解されることが確認できた。
【0064】
〔チタン加圧分解容器本体を用いたホウ素添加回収試験〕
続いて、分解処理をした際に、ホウ素を損失させることなく確実に回収できるか確認するために、ホウ素添加回収試験を実施した。濃硝酸のみを添加したホウ素添加回収試験により、分解・希釈処理の一連の過程でのホウ素の損失の有無を確認した上で、次に実際に血液試料に濃硝酸を添加して分解処理し、血液試料の分解過程でのホウ素の揮散の有無を確認した。
【0065】
チタン加圧分解容器本体に、B
4H
16N
2O
11溶液(ホウ素濃度:1μg/mL)を1mL及び濃硝酸3mLを添加後、上述したように分解温度が200℃、分解時間が2分の条件下で分解処理を行った。なお、添加したホウ素1μg(=1μg/mL×1mL)は、実際の治療にて採血検体として想定される血中ホウ素濃度20μg/mLの50mg相当分に対応する。
【0066】
3分間容器本体を冷却後、分解溶液を100mLに定容し、最終濃度が10μg/Lとなるよう希釈操作を行った。また、ホウ素濃度の測定は内標準法、ホウ素同位体比の測定は比較標準化法を用いた。なお、B
4H
16N
2O
11溶液を添加しない濃硝酸溶液中のホウ素濃度をブランク濃度とし、得られた回収率よりブランク差し引きを行った。この操作により、濃硝酸に含有するホウ素の他、容器本体からのホウ素溶出分も同時に差し引くことが出来る。ホウ素濃度及び同位体比の繰り返し測定(n=3)を行った結果を表7に示す。
【0067】
【表7】
【0068】
ホウ素の損失は無く、同位体比についても良好な結果が得られた。
チタン製の容器を用いた分解処理において、ホウ素の損失がないことが確認されたため、続いて、血液試料を用いたホウ素添加回収試験を行った。
【0069】
全血液試料50mgを分解容器に秤量し、B
4H
16N
2O
11溶液(ホウ素濃度:1μg/mL) 1mL及び濃硝酸3mLをそれぞれ添加後、分解温度が200℃、分解時間が2分の条件下で加熱分解処理を行った。なお、添加したホウ素1μg(=1μg/mL×1mL)は、実際の治療にて採血検体として想定される血中ホウ素濃度20μg/mLの血液試料50mg相当分に対応する。
【0070】
3分間容器本体を冷却後、分解溶液を100mLに定容し、最終濃度が10μg/Lとなるよう希釈操作を行った。また、ホウ素濃度の測定は内標準法、ホウ素同位体比の測定は比較標準化法を用いた。なお、B
4H
16N
2O
11溶液を添加しない濃硝酸溶液中のホウ素濃度をブランク濃度とし、得られた回収率よりブランク差し引きを行った。この操作により、血液中のホウ素濃度の他、容器本体からのホウ素溶出、硝酸に含有するホウ素分も同時に差し引くことができる。分解操作は2回実施した。ホウ素濃度及び同位体比の測定結果を表8に示す。
【0071】
【表8】
【0072】
回収率については、本来得られるべき値から±3%程の差が生じたが、これは、血液試料に元来含まれるホウ素濃度が試料毎に一定ではなかったため、正確なブランク差し引きが出来なかったことが原因として考えられた。
以上より、チタン加圧分解容器本体を用いた分解処理において、血液試料中のホウ素を損失させることなく、確実に分解処理できることが確認された。
【0073】
〔性能試験結果のまとめ〕
・加熱加圧下、濃硝酸存在下においてもチタンは優れた耐熱圧性及び耐食性を示すことが確認された。
・市販分解容器本体を用いた場合、血液試料の分解及び容器本体の冷却に30分以上要していたが、本発明において血液試料の全分解に特化した小型の容器を使用することで、前処理総時間を5〜10分に短縮することが可能となった。
・測定対象元素であるホウ素を損失させることなく、確実に血液試料を分解・溶液化できることも確認できた。