特許第6596427号(P6596427)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6596427
(24)【登録日】2019年10月4日
(45)【発行日】2019年10月23日
(54)【発明の名称】改変型β−ガラクトシダーゼ
(51)【国際特許分類】
   C12N 15/56 20060101AFI20191010BHJP
   C12N 9/38 20060101ALI20191010BHJP
   C12P 19/18 20060101ALI20191010BHJP
   C12N 1/15 20060101ALI20191010BHJP
   C12N 1/19 20060101ALI20191010BHJP
   C12N 1/21 20060101ALI20191010BHJP
   C12N 5/10 20060101ALI20191010BHJP
【FI】
   C12N15/56
   C12N9/38ZNA
   C12P19/18
   C12N1/15
   C12N1/19
   C12N1/21
   C12N5/10
【請求項の数】10
【全頁数】18
(21)【出願番号】特願2016-544188(P2016-544188)
(86)(22)【出願日】2015年8月13日
(86)【国際出願番号】JP2015072885
(87)【国際公開番号】WO2016027747
(87)【国際公開日】20160225
【審査請求日】2018年6月19日
(31)【優先権主張番号】特願2014-166897(P2014-166897)
(32)【優先日】2014年8月19日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000216162
【氏名又は名称】天野エンザイム株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100114362
【弁理士】
【氏名又は名称】萩野 幹治
(72)【発明者】
【氏名】石川 一彦
(72)【発明者】
【氏名】石原 聡
(72)【発明者】
【氏名】山口 庄太郎
【審査官】 松田 芳子
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2010/140435(WO,A1)
【文献】 Biosci. Biotechnol. Biochem.,2011年,Vol.75, No.6,p.1194-1197
【文献】 Biochemistry,1990年,Vol.29,p.11001-11008
【文献】 日本農芸化学会誌,2001年,Vol.75 臨時増刊,p.313
【文献】 Biosci. Biotechnol. Biochem.,2013年,Vol.77, No.1,p.73-79
【文献】 J. Bacteriol.,2002年,Vol.184, No.12,p.3385-3391
【文献】 FEBS J.,2015年 5月,Vol.282,p.2540-2552
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 15/09
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/WPIDS/BIOSIS(STN)
SwissProt/GeneSeq
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
配列番号4に示すアミノ酸配列と90%以上同一であるアミノ酸配列からなる基準β−ガラクトシダーゼにおいて、以下の(1)〜(3)からなる群より選択される一又は二以上のアミノ酸がプロリンであるアミノ酸配列からなり、基準β−ガラクトシダーゼよりも耐熱性が向上しているβ−ガラクトシダーゼ:
(1)配列番号4に示すアミノ酸配列の166番目のリジンに相当するアミノ酸;
(2)配列番号4に示すアミノ酸配列の307番目のグリシンに相当するアミノ酸;
(3)配列番号4に示すアミノ酸配列の833番目のアラニンに相当するアミノ酸。
【請求項2】
(1)と(2)、(1)と(3)、又は(1)〜(3)が置換対象である、請求項1に記載のβ−ガラクトシダーゼ。
【請求項3】
基準β−ガラクトシダーゼが、配列番号4に示すアミノ酸配列からなる、請求項1又は2一項に記載のβ−ガラクトシダーゼ。
【請求項4】
配列番号9〜15のいずれかのアミノ酸配列からなる、請求項1に記載のβ−ガラクトシダーゼ。
【請求項5】
請求項1〜のいずれか一項に記載のβ−ガラクトシダーゼをコードする遺伝子。
【請求項6】
請求項に記載の遺伝子を含む組換えDNA。
【請求項7】
請求項に記載の組換えDNAを保有する微生物。
【請求項8】
請求項1〜のいずれか一項に記載のβ−ガラクトシダーゼを含む酵素剤。
【請求項9】
β-1,3結合、β-1,4結合及びβ-1,6結合の中の少なくとも一つを有する、二糖、オリゴ糖又は多糖に対して、請求項1〜のいずれか一項に記載のβ−ガラクトシダーゼを作用させることを特徴とする、オリゴ糖の製造方法。
【請求項10】
以下のステップ(I)〜(III)を含む、β−ガラクトシダーゼの調製法:
(I)配列番号9〜15のいずれかのアミノ酸配列をコードする核酸を用意するステップ;
(II)前記核酸を発現させるステップ、及び
(III)発現産物を回収するステップ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はβ−ガラクトシダーゼに関する。詳細には、バチルス・サーキュランス由来のβ−ガラクトシダーゼの改変及び改変型酵素の用途などに関する。本出願は、2014年8月19日に出願された日本国特許出願第2014−166897号に基づく優先権を主張するものであり、当該特許出願の全内容は参照により援用される。
【背景技術】
【0002】
β-ガラクトシダーゼ(EC3.2.1.23)は、β−D−ガラクトシド結合を加水分解してD−ガラクトースを遊離する酵素であり、一般に微生物および動植物中に広く存在している。β−ガラクトシダーゼは別名ラクターゼとも呼ばれている。また、β−ガラクトシダーゼはガラクトシド結合を転移させる能力をも有しており、この能力を利用してガラクトオリゴ糖(ガラクトース残基を有するオリゴ糖)を製造する方法が知られている。
【0003】
麹菌アスペルギルス・オリゼ(Aspergillus oryzae)、酵母クルイベロマイセス・ラクティス(Kluyveromyces lactis)、クルイベロマイセス・マルキナス(K. marxinus)や細菌バチルス・サーキュランス(Bacillus circulans)などがβ−ガラクトシダーゼを産生することが知られている。この中で、バチルス・サーキュランス由来のβ−ガラクトシダーゼ(特許文献1、非特許文献1)はラクトースからガラクトオリゴ糖を生成可能な酵素であり、工業的なガラクトオリゴ糖製造において重要な酵素である(例えば、「ビオラクタ」の商品名でβ−ガラクトシダーゼ製剤が販売されている)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】国際公開第2010/140435号パンフレット
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Song, J., Abe, K., Imanaka, H., Imamura, K., Minoda, M., Yamaguchi, S., & Nakanishi, K. (2010). Causes of the production of multiple forms of β-galactosidase by Bacillus circulans. Bioscience, biotechnology, and biochemistry, 75(2), 268-278.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
オリゴ糖の製造は、基質である糖類(ラクトースなど)に酵素を加えた後、一般的に加温して行われる。この酵素反応では、基質の溶解度を高めるためや雑菌の汚染などを防ぐために、反応温度はなるべく高いことが望ましい。酵素による糖転位反応は一般に基質濃度が高いほど効率よく進行することが知られている。また、高温のほうが基質の溶解度が高いため、基質濃度を高めることができる。このため、工業的な生産においては特に、酵素の耐熱性の向上が望まれる。一方、酵素工学技術などにより酵素の改変を行った際に酵素の安定性が低下してしまうことが報告されている。酵素の性質は改良されたものの、酵素の安定性(耐熱性など)が影響を受け、実用化に至らない場合もある。このような場合に更に改変を加え、酵素の安定性を向上させることができれば、実用化へと大きく前進する。
【0007】
そこで本発明は、オリゴ糖の製造等において有用なβ-ガラクトシダーゼの耐熱性を高める技術、その成果物及び用途等を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
これまでの研究から、バチルス・サーキュランスが生産するβ−ガラクトシダーゼは分子量の異なる4種類の酵素、即ち、分子量195kDのβ−ガラクトシダーゼ(BgaD-A、配列番号1)、分子量160kDのβ−ガラクトシダーゼ(BgaD-B、配列番号2)、分子量135kDのβ−ガラクトシダーゼ(BgaD-C、配列番号3)、及び分子量86kDのβ−ガラクトシダーゼ(BgaD-D、配列番号4)で構成されていることが知られている。この中でBgaD-Dは、酵素活性がある最小サイズのβ−ガラクトシダーゼであり、最も糖転移活性が高い。この特性故にBgaD-Dは特にオリゴ糖の製造に有用である。この点に注目し、BgaD-Dの立体構造を同定することを試みた。具体的には、沈殿剤として0.4 M sodium citrate tribasic dihydrate、1.0 M sodium acetate trihydrate (pH4.0)、25% w/v Polyethylene glycol 3,350を使用したハンギングドロップ蒸気拡散法を採用することにし、高純度に精製したBgaD-Dを用いて結晶化を目指した。約1年の時間を要したが、不均一溶液の界面付近に僅かに3つの結晶を見出すことに成功した。この中から結晶を選択し、結晶構造解析用装置にマウントすることを試みた。その結果、1つの結晶において、その反射データを収集することに成功した。そこで、本データを用い、位相決定ソフトで約2週間の計算を行った。その結果、幸運にもBgaD-Dの立体構造の同定に成功した。続いて、立体構造情報に基づき耐熱化に有効と予想されるアミノ酸を特定し、変異を導入することにした。各変異体の特性を詳細に検討した結果、3箇所の変異点が耐熱化に有効であった。更なる検討の結果、有効な変異を組み合わせることにより、耐熱性が一層向上することが明らかとなった。下記の発明は、主として以上の成果及び考察に基づく。
[1]配列番号4に示すアミノ酸配列と90%以上同一であるアミノ酸配列からなる基準β−ガラクトシダーゼにおいて、以下の(1)〜(3)からなる群より選択される一又は二以上のアミノ酸がプロリンであるアミノ酸配列からなるβ−ガラクトシダーゼ:
(1)配列番号4に示すアミノ酸配列の166番目のリジンに相当するアミノ酸;
(2)配列番号4に示すアミノ酸配列の307番目のグリシンに相当するアミノ酸;
(3)配列番号4に示すアミノ酸配列の833番目のアラニンに相当するアミノ酸。
[2]基準β−ガラクトシダーゼよりも耐熱性が向上している、[1]に記載のβ−ガラクトシダーゼ。
[3](1)と(2)、(1)と(3)、又は(1)〜(3)が置換対象である、[1]又は[2]に記載のβ−ガラクトシダーゼ。
[4]基準β−ガラクトシダーゼが、配列番号4に示すアミノ酸配列からなる、[1]〜[3]のいずれか一項に記載のβ−ガラクトシダーゼ。
[5]配列番号9〜15のいずれかのアミノ酸配列からなる、[1]に記載のβ−ガラクトシダーゼ。
[6]配列番号1〜3のいずれかのアミノ酸配列と90%以上同一であるアミノ酸配列からなる基準β−ガラクトシダーゼにおいて、以下の(1)〜(3)からなる群より選択される一又は二以上のアミノ酸がプロリンであるアミノ酸配列からなるβ−ガラクトシダーゼ。
(1)配列番号4に示すアミノ酸配列の166番目のリジンに相当するアミノ酸;
(2)配列番号4に示すアミノ酸配列の307番目のグリシンに相当するアミノ酸;
(3)配列番号4に示すアミノ酸配列の833番目のアラニンに相当するアミノ酸。
[7][1]〜[6]のいずれか一項に記載のβ−ガラクトシダーゼをコードする遺伝子。
[8][7]に記載の遺伝子を含む組換えDNA。
[9][8]に記載の組換えDNAを保有する微生物。
[10][1]〜[6]のいずれか一項に記載のβ−ガラクトシダーゼを含む酵素剤。
[11]β-1,3結合、β-1,4結合及びβ-1,6結合の中の少なくとも一つを有する、二糖、オリゴ糖又は多糖に対して、[1]〜[6]のいずれか一項に記載のβ−ガラクトシダーゼを作用させることを特徴とする、オリゴ糖の製造方法。
[12]以下のステップ(i)及び(ii)を含む、β−ガラクトシダーゼの設計法:
(i)配列番号1〜4のアミノ酸配列と90%以上同一であるアミノ酸配列からなる基準β−ガラクトシダーゼのアミノ酸配列において、以下の(1)〜(3)からなる群より選択される一又は二以上のアミノ酸を特定するステップ:
(1)配列番号4に示すアミノ酸配列の166番目のリジンに相当するアミノ酸;
(2)配列番号4に示すアミノ酸配列の307番目のグリシンに相当するアミノ酸;
(3)配列番号4に示すアミノ酸配列の833番目のアラニンに相当するアミノ酸。
(ii)基準β−ガラクトシダーゼのアミノ酸配列を基にして、ステップ(i)で特定されたアミノ酸がプロリンに置換されたアミノ酸配列を構築するステップ。
[13]基準β−ガラクトシダーゼが、配列番号4に示すアミノ酸配列からなる、[12]に記載の設計法。
[14]以下のステップ(I)〜(III)を含む、β−ガラクトシダーゼの調製法:
(I)配列番号9〜15のいずれかのアミノ酸配列、又は[12]若しくは[13]に記載の設計法によって構築されたアミノ酸配列をコードする核酸を用意するステップ;
(II)前記核酸を発現させるステップ、及び
(III)発現産物を回収するステップ。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】各種変異体の酵素活性。(A)40℃と60℃での活性測定値。(B)活性比(60℃での活性測定値/40℃での活性測定値)
図2】円二色性分散計によるタンパク質変性温度の解析結果(単独変異体)。
図3】円二色性分散計によるタンパク質変性温度の解析結果(多重変異体)。
図4】野生型酵素(WT)とK166Pを含む各変異体のCD値(222nm)の温度変化。
【発明を実施するための形態】
【0010】
説明の便宜上、本発明に関して使用する用語の一部について以下で定義する。
(用語)
用語「改変型のβ−ガラクトシダーゼ」とは、特定のβ−ガラクトシダーゼ(説明の便宜上、「基準β−ガラクトシダーゼ」と呼ぶ)を改変ないし変異して得られる酵素である。基準β−ガラクトシダーゼは、バチルス・サーキュランスが生産するβ-ガラクトシダーゼである。これまでの研究から、バチルス・サーキュランスのβ-ガラクトシダーゼは分子量の異なる4種類の酵素、即ち、分子量195kDのβ−ガラクトシダーゼ(以下、BgaD-Aとも呼ぶ)、は分子量160kDのβ−ガラクトシダーゼ(以下、BgaD-Bとも呼ぶ)、分子量135kDのβ−ガラクトシダーゼ(以下、BgaD-Cとも呼ぶ)、及び分子量86kDのβ−ガラクトシダーゼ(以下、BgaD-Dとも呼ぶ)で構成されていることが知られている。本発明では、これら4種類の酵素のいずれかを基準β−ガラクトシダーゼとする。従って、典型的には、基準β−ガラクトシダーゼは、BgaD-Aのアミノ酸配列(配列配列1)、BgaD-Bのアミノ酸配列(配列配列2)、BgaD-Cのアミノ酸配列(配列配列3)、BgaD-Dのアミノ酸配列(配列配列4)のいずれかを有することになるが、配列番号1〜4のいずれかのアミノ酸配列と90%以上同一であるアミノ酸配列を有する酵素(β−ガラクトシダーゼ活性を示すものに限る)を基準β−ガラクトシダーゼとして用いることも可能である。好ましくは配列番号1〜4のいずれかのアミノ酸配列と95%以上同一であるアミノ酸配列を有する酵素(β−ガラクトシダーゼ活性を示すもの)、より好ましくは配列番号1〜4のいずれかのアミノ酸配列と98%以上同一であるアミノ酸配列を有する酵素(β−ガラクトシダーゼ活性を示すものに限る)、最も好ましくは配列番号1〜4のいずれかのアミノ酸配列と99%以上同一であるアミノ酸配列を有する酵素(β−ガラクトシダーゼ活性を示すものに限る)を基準β−ガラクトシダーゼとして用いる。尚、BgaD-A、BgaD-B、BgaD-C及びBgaD-Dをコードする塩基配列をそれぞれ配列番号5、6、7及び8に示す。
【0011】
上記4種類の酵素の中でBgaD-Dは最も糖転移活性が高く、オリゴ糖の製造に特に有用である。そこで、本発明の最も好ましい態様の一つでは、BgaD-Dのアミノ酸配列(配列番号4)からなるβ−ガラクトシダーゼを基準β−ガラクトシダーゼとする。
【0012】
本発明では、改変ないし変異として「アミノ酸の置換」が行われる。従って、改変型のβ−ガラクトシダーゼと基準β−ガラクトシダーゼを比較すると、一部のアミノ酸残基に相違が認められる。尚、本明細書では、改変型のβ−ガラクトシダーゼのことを、改変型酵素、変異β−ガラクトシダーゼ、変異体などとも呼ぶ。
【0013】
本明細書では慣例に従い、以下の通り、各アミノ酸を1文字で表記する。
メチオニン:M、セリン:S、アラニン:A、トレオニン:T、バリン:V、チロシン:Y、ロイシン:L、アスパラギン:N、イソロイシン:I、グルタミン:Q、プロリン:P、アスパラギン酸:D、フェニルアラニン:F、グルタミン酸:E、トリプトファン:W、リジン:K、システイン:C、アルギニン:R、グリシン:G、ヒスチジン:H
【0014】
また、変異点のアミノ酸残基(置換の対象となるアミノ酸残基)を、アミノ酸の種類を表す上記1文字とアミノ酸の位置を表す数字との組合せで表現する。例えば、166番目のリジンが変異点であれば「K166」と表現される。
【0015】
(改変型β−ガラクトシダーゼ)
本発明の第1の局面は改変型のβ−ガラクトシダーゼ(改変型酵素)に関する。本発明の改変型酵素は、配列番号1〜4に示すアミノ酸配列と90%以上同一であるアミノ酸配列からなる基準β−ガラクトシダーゼにおいて、以下の(1)〜(3)からなる群より選択される一又は二以上のアミノ酸がプロリンに置換されたアミノ酸配列を有する。
(1)配列番号4に示すアミノ酸配列の166番目のリジン(K166)に相当するアミノ酸
(2)配列番号4に示すアミノ酸配列の307番目のグリシン(G307)に相当するアミノ酸
(3)配列番号4に示すアミノ酸配列の833番目のアラニン(A833)に相当するアミノ酸
【0016】
後述の実施例に示す通り、変異点となるアミノ酸残基は、BgaD-D(配列番号4)の立体構造に基づき特定したアミノ酸残基の内、詳細な検討によって耐熱性の向上に有効であることが確認されたものである。本発明では、これらのアミノ酸残基を標的として改変し、耐熱性の向上を図る。
【0017】
基準β−ガラクトシダーゼは、配列番号1〜4のいずれかのアミノ酸配列と90%以上(好ましくは95%以上、より好ましくは98%以上、最も好ましくは99%以上)同一であるアミノ酸配列を有する。基準β−ガラクトシダーゼの中で、配列番号4のアミノ酸配列と同一のアミノ酸配列を有するもの以外では、アミノ酸の挿入や欠失などによって、置換対象のアミノ酸残基の番号(当該配列の中での位置)に違いが生ずることがある。この点を考慮して本発明では、置換対象のアミノ酸を特定する表現として「相当するアミノ酸」を使用する。ここで、用語「相当する」とは、比較されるタンパク質(酵素)間においてその機能の発揮に同等の貢献をしていることを意味する。例えば、基準のアミノ酸配列(即ち、配列番号4のアミノ酸配列)に対して比較対象のアミノ酸配列を、一次構造(アミノ酸配列)の部分的な相同性を考慮しつつ、最適な比較ができるように並べたときに(このときに必要に応じてギャップを導入し、アライメントを最適化してもよい)、基準のアミノ酸配列中の特定のアミノ酸に対応する位置のアミノ酸を「相当するアミノ酸」として特定することができる。一次構造同士の比較に代えて、又はこれに加えて立体構造(三次元構造)同士の比較によって「相当するアミノ酸」を特定することもできる。立体構造情報を利用することによって信頼性の高い比較結果が得られる。この場合は、複数の酵素の立体構造の原子座標を比較しながらアライメントを行っていく手法を採用できる。尚、BgaD-A、BgaD-B、BgaD-C、BgaD-Dを基準β−ガラクトシダーゼとした場合の「相当するアミノ酸」は次の通りである。
(1)配列番号4に示すアミノ酸配列のK166に相当するアミノ酸
BgaD-AではK166
BgaD-BではK166
BgaD-CではK166
BgaD-DではK166
(2)配列番号4に示すアミノ酸配列のG307に相当するアミノ酸
BgaD-AではG307
BgaD-BではG307
BgaD-CではG307
BgaD-DではG307
(3)配列番号4に示すアミノ酸配列のA833に相当するアミノ酸
BgaD-AではA833
BgaD-BではA833
BgaD-CではA833
BgaD-DではA833
【0018】
後述の実施例の欄で説明したように、置換対象アミノ酸(1)〜(3)はβターンを構成する。本発明では当該アミノ酸をプロリンに置換することによって酵素の構造を安定化させ、耐熱性の向上を図る。プロリンは、イミノ基(=NH)上のH原子が他のアミノ酸のカルボキシル基と分子間脱水して(=N-CO-)という、特徴的なペプチド結合を形成する。このペプチド結合ではN原子上に水素がなくなり、水素結合を形成できなくなる。また、環状構造であるために内部の結合角度が固定されており、タンパク質の立体構造を安定化する。このような構造の安定化をもたらす特徴的な作用を示す限り、置換後のアミノ酸であるプロリンが修飾されていてもよい。ここでの修飾の例としてヒドロキシル化、アセチルヒドロキシプロリンを挙げることができる。
【0019】
後述の実施例に裏づけられるように、置換対象アミノ酸(1)〜(3)の併用、即ち、複合的な改変はより一層の耐熱性向上をもたらす。そこで、本発明の改変型酵素の好ましい態様では上記(1)〜(3)の中の二つが、更に好ましい態様では上記(1)〜(3)の全てがプロリンに置換されている。尚、(1)のプロリンへの置換が特に有用であることが明らかとなっていることから(実施例を参照)、(1)〜(3)の中の二つをプロリンに置換させる場合には、(1)と(2)又は(1)と(3)の組合せを選択するとよい。
【0020】
ここで、改変型酵素のアミノ酸配列の例を配列番号9〜15に示す。これらの配列はBgaD-Dに対して1アミノ酸置換、2アミノ酸置換((1)と(2)のアミノ酸に対して、(1)と(3)のアミノ酸に対して、又は(2)と(3)のアミノ酸に対して)、又は3アミノ酸置換((1)と(2)と(3)のアミノ酸に対して)を施すことによって得られる改変型酵素のアミノ酸配列である。配列番号とアミノ酸置換の対応関係は次の通りである。
アミノ酸配列 : アミノ酸置換
A. 配列番号9 : K166P
B. 配列番号10 : G307P
C. 配列番号11 : A833P
D. 配列番号12 : K166PとG307P
E. 配列番号13 : K166PとA833P
F. 配列番号14 : G307PとA833P
G. 配列番号15 : K166PとG307PとA833P
【0021】
ここで、一般に、あるタンパク質のアミノ酸配列の一部を変異させた場合において変異後のタンパク質が変異前のタンパク質と同等の機能を有することがある。即ちアミノ酸配列の変異がタンパク質の機能に対して実質的な影響を与えず、タンパク質の機能が変異前後において維持されることがある。この技術常識を考慮すれば、上記(1)〜(3)からなる群より選択される一又は二以上のアミノ酸がプロリンに置換されたアミノ酸配列からなる改変型酵素と比較した場合に、アミノ酸配列の僅かな相違が認められるものの(但し、アミノ酸配列の相違は上記アミノ酸置換が施された位置以外の位置で生ずることとする)、特性に実質的な差が認められないものは、上記改変型酵素と実質同一の酵素とみなすことができる。ここでの「アミノ酸配列の僅かな相違」とは、典型的には、アミノ酸配列を構成する1〜数個(上限は例えば3個、5個、7個、10個)のアミノ酸の欠失、置換、若しくは1〜数個(上限は例えば3個、5個、7個、10個)のアミノ酸の付加、挿入、又はこれらの組合せによりアミノ酸配列に変異(変化)が生じていることをいう。「実質同一の酵素」のアミノ酸配列と、基準となる上記改変型酵素のアミノ酸配列との同一性(%)は、例えば90%以上であり、好ましくは95%以上であり、より好ましくは98%以上であり、最も好ましくは99%以上である。尚、アミノ酸配列の相違は複数の位置で生じていてもよい。「アミノ酸配列の僅かな相違」は、好ましくは保存的アミノ酸置換により生じている。
【0022】
ところで、バチルス・サーキュランス由来β−ガラクトシダーゼの一つがWO2010/098561に示されている。当該β−ガラクトシダーゼに対して、本明細書が開示するアミノ酸置換に相当する変異を施し、改変型β−ガラクトシダーゼを取得することも可能である。尚、WO2010/098561が開示するβ−ガラクトシダーゼをコードする配列は、本願における基準β−ガラクトシダーゼの一つをコードする配列(配列番号5)と約70%の同一性を示す。
【0023】
(改変型β−ガラクトシダーゼをコードする核酸等)
本発明の第2の局面は本発明の改変型酵素に関連する核酸を提供する。即ち、改変型酵素をコードする遺伝子、改変型酵素をコードする核酸を同定するためのプローブとして用いることができる核酸、改変型酵素をコードする核酸を増幅又は突然変異等させるためのプライマーとして用いることができる核酸が提供される。
【0024】
改変型酵素をコードする遺伝子は典型的には改変型酵素の調製に利用される。改変型酵素をコードする遺伝子を用いた遺伝子工学的調製法によれば、より均質な状態の改変型酵素を得ることが可能である。また、当該方法は大量の改変型酵素を調製する場合にも好適な方法といえる。尚、改変型酵素をコードする遺伝子の用途は改変型酵素の調製に限られない。例えば、改変型酵素の作用機構の解明などを目的とした実験用のツールとして、或いは酵素の更なる改変体をデザイン又は作製するためのツールとして、当該核酸を利用することもできる。
【0025】
本明細書において「改変型酵素をコードする遺伝子」とは、それを発現させた場合に当該改変型酵素が得られる核酸のことをいい、当該改変型酵素のアミノ酸配列に対応する塩基配列を有する核酸は勿論のこと、そのような核酸にアミノ酸配列をコードしない配列が付加されてなる核酸をも含む。また、コドンの縮重も考慮される。
【0026】
本発明の核酸は、本明細書又は添付の配列表が開示する配列情報を参考にし、標準的な遺伝子工学的手法、分子生物学的手法、生化学的手法などを用いることによって、単離された状態に調製することができる。
【0027】
本発明の他の態様では、本発明の改変型酵素をコードする遺伝子の塩基配列と比較した場合にそれがコードするタンパク質の機能は同等であるものの一部において塩基配列が相違する核酸(以下、「相同核酸」ともいう。また、相同核酸を規定する塩基配列を「相同塩基配列」ともいう)が提供される。相同核酸の例として、本発明の改変型酵素をコードする核酸の塩基配列を基準として1若しくは複数の塩基の置換、欠失、挿入、付加、又は逆位を含む塩基配列からなり、改変型酵素に特徴的な酵素活性を有するタンパク質をコードするDNAを挙げることができる。塩基の置換や欠失などは複数の部位に生じていてもよい。ここでの「複数」とは、当該核酸がコードするタンパク質の立体構造におけるアミノ酸残基の位置や種類によっても異なるが例えば2〜40塩基、好ましくは2〜20塩基、より好ましくは2〜10塩基である。
【0028】
以上のような相同核酸は例えば、制限酵素処理、エキソヌクレアーゼやDNAリガーゼ等による処理、位置指定突然変異導入法(Molecular Cloning, Third Edition, Chapter 13 ,Cold Spring Harbor Laboratory Press, New York)やランダム突然変異導入法(Molecular Cloning, Third Edition, Chapter 13 ,Cold Spring Harbor Laboratory Press, New York)による変異の導入などによって得られる。また、紫外線照射など他の方法によっても相同核酸を得ることができる。
【0029】
本発明の他の態様は、本発明の改変型酵素をコードする遺伝子の塩基配列に対して相補的な塩基配列を有する核酸に関する。本発明の更に他の態様は、本発明の改変型酵素をコードする遺伝子の塩基配列、或いはそれに相補的な塩基配列に対して少なくとも約60%、70%、80%、90%、95%、99%、99.9%同一な塩基配列を有する核酸を提供する。
【0030】
本発明の更に別の態様は、本発明の改変型酵素をコードする遺伝子の塩基配列又はその相同塩基配列に相補的な塩基配列に対してストリンジェントな条件下でハイブリダイズする塩基配列を有する核酸に関する。ここでの「ストリンジェントな条件」とは、いわゆる特異的なハイブリッドが形成され、非特異的なハイブリッドが形成されない条件をいう。このようなストリンジェントな条件は当業者に公知であって例えばMolecular Cloning(Third Edition, Cold Spring Harbor Laboratory Press, New York)やCurrent protocols in molecular biology(edited by Frederick M. Ausubel et al., 1987)を参照して設定することができる。ストリンジェントな条件として例えば、ハイブリダイゼーション液(50%ホルムアミド、10×SSC(0.15M NaCl, 15mM sodium citrate, pH 7.0)、5×Denhardt溶液、1% SDS、10% デキストラン硫酸、10μg/mlの変性サケ精子DNA、50mMリン酸バッファー(pH7.5))を用いて約42℃〜約50℃でインキュベーションし、その後0.1×SSC、0.1% SDSを用いて約65℃〜約70℃で洗浄する条件を挙げることができる。更に好ましいストリンジェントな条件として例えば、ハイブリダイゼーション液として50%ホルムアミド、5×SSC(0.15M NaCl, 15mM sodium citrate, pH 7.0)、1×Denhardt溶液、1%SDS、10%デキストラン硫酸、10μg/mlの変性サケ精子DNA、50mMリン酸バッファー(pH7.5))を用いる条件を挙げることができる。
【0031】
本発明の更に他の態様は、本発明の改変型酵素をコードする遺伝子の塩基配列、或いはそれに相補的な塩基配列の一部を有する核酸(核酸断片)を提供する。このような核酸断片は、本発明の改変型酵素をコードする遺伝子の塩基配列を有する核酸などを検出、同定、及び/又は増幅することなどに用いることができる。核酸断片は例えば、本発明の改変型酵素をコードする遺伝子の塩基配列において連続するヌクレオチド部分(例えば約10〜約100塩基長、好ましくは約20〜約100塩基長、更に好ましくは約30〜約100塩基長)にハイブリダイズする部分を少なくとも含むように設計される。プローブとして利用される場合には核酸断片を標識化することができる。標識化には例えば、蛍光物質、酵素、放射性同位元素を用いることができる。
【0032】
本発明のさらに他の局面は、本発明の遺伝子(改変型酵素をコードする遺伝子)を含む組換えDNAに関する。本発明の組換えDNAは例えばベクターの形態で提供される。本明細書において用語「ベクター」は、それに挿入された核酸を細胞等のターゲット内へと輸送することができる核酸性分子をいう。
【0033】
使用目的(クローニング、タンパク質の発現)に応じて、また宿主細胞の種類を考慮して適当なベクターが選択される。大腸菌を宿主とするベクターとしてはM13ファージ又はその改変体、λファージ又はその改変体、pBR322又はその改変体(pB325、pAT153、pUC8など)等、酵母を宿主とするベクターとしてはpYepSec1、pMFa、pYES2等、昆虫細胞を宿主とするベクターとしてはpAc、pVL等、哺乳類細胞を宿主とするベクターとしてはpCDM8、pMT2PC等を例示することができる。
【0034】
本発明のベクターは好ましくは発現ベクターである。「発現ベクター」とは、それに挿入された核酸を目的の細胞(宿主細胞)内に導入することができ、且つ当該細胞内において発現させることが可能なベクターをいう。発現ベクターは通常、挿入された核酸の発現に必要なプロモーター配列や、発現を促進させるエンハンサー配列等を含む。選択マーカーを含む発現ベクターを使用することもできる。かかる発現ベクターを用いた場合には、選択マーカーを利用して発現ベクターの導入の有無(及びその程度)を確認することができる。
【0035】
本発明の核酸のベクターへの挿入、選択マーカー遺伝子の挿入(必要な場合)、プロモーターの挿入(必要な場合)等は標準的な組換えDNA技術(例えば、Molecular Cloning, Third Edition, 1.84, Cold Spring Harbor Laboratory Press, New Yorkを参照することができる、制限酵素及びDNAリガーゼを用いた周知の方法)を用いて行うことができる。
【0036】
宿主細胞としては、取り扱いの容易さの点から、大腸菌(エシェリヒア・コリ)、出芽酵母(サッカロマイセス・セレビシエ)などの微生物を用いることが好ましいが、組換えDNAが複製可能で且つ改変型酵素の遺伝子が発現可能な宿主細胞であれば利用可能である。大腸菌の例としてT7系プロモーターを利用する場合は大腸菌BL21(DE3)pLysS、そうでない場合は大腸菌JM109を挙げることができる。また、出芽酵母の例として出芽酵母SHY2、出芽酵母AH22あるいは出芽酵母INVSc1(インビトロジェン社)を挙げることができる。
【0037】
本発明の他の局面は、本発明の組換えDNAを保有する微生物(即ち形質転換体)に関する。本発明の微生物は、上記本発明のベクターを用いたトランスフェクション乃至はトランスフォーメーションによって得ることができる。例えば、塩化カルシウム法(ジャーナル オブ モレキュラー バイオロジー(J.Mol. Biol.)、第53巻、第159頁 (1970))、ハナハン(Hanahan)法(ジャーナル オブ モレキュラー バイオロジー、第166巻、第557頁 (1983))、SEM法(ジーン(Gene)、第96巻、第23頁(1990))、チャング(Chung)らの方法(プロシーディングズ オブ ザ ナショナル アカデミー オブ サイエンシーズ オブ ザ USA、第86巻、第2172頁(1989))、リン酸カルシウム共沈降法、エレクトロポーレーション(Potter,H. et al., Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 81, 7161-7165(1984))、リポフェクション(Felgner, P.L. et al., Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 84,7413-7417(1984))等によって実施することができる。尚、本発明の微生物は、本発明の改変型酵素を生産することに利用することができる。
【0038】
(改変型β−ガラクトシダーゼを含む酵素剤)
本発明の改変型酵素は例えば酵素剤の形態で提供される。酵素剤は、有効成分(本発明の改変型酵素)の他、賦形剤、緩衝剤、懸濁剤、安定剤、保存剤、防腐剤、生理食塩水などを含有していてもよい。賦形剤としてはデンプン、デキストリン、マルトース、トレハロース、乳糖、D-グルコース、ソルビトール、D-マンニトール、白糖、グリセロール等を用いることができる。緩衝剤としてはリン酸塩、クエン酸塩、酢酸塩等を用いることができる。安定剤としてはプロピレングリコール、アスコルビン酸等を用いることができる。保存剤としてはフェノール、塩化ベンザルコニウム、ベンジルアルコール、クロロブタノール、メチルパラベン等を用いることができる。防腐剤としてはエタノール、塩化ベンザルコニウム、パラオキシ安息香酸、クロロブタノール等と用いることができる。
【0039】
(改変型β−ガラクトシダーゼの用途)
本発明の更なる局面は改変型酵素又は酵素剤の用途を提供する。用途の例は、ガラクトオリゴ糖の製造、乳糖不耐症患者のための医薬やサプリメントの製造・加工、乳製品(低乳糖牛乳等の加工乳、粉乳(脱脂粉乳、育児粉乳など)、ヨーグルトなど)の製造・加工、医療用食品(メディカルフード)の製造・加工である。
【0040】
本発明の改変型酵素はガラクトオリゴ糖の製造に特に有用である。ガラクトオリゴ糖の製造においては、例えば、予め加熱溶解させた乳糖液(例えば30%〜50%の乳糖、pH 7.0)に所定量(例えば50 U〜1000 U)の改変型酵素を加え、58℃前後で1〜10時間放置し、ガラクトオリゴ糖を生成させる。本発明の改変型酵素は耐熱性が向上していることから比較的高温下での反応が可能であり、これによって製造効率の向上がもたらされる。尚、ガラクトオリゴ糖はGal-(Gal)n-Glc(nは0〜5程度)で表される(Gal:ガラクトース残基、Glc:グルコース残基)。結合様式にはβ1-6、β1-3、β1-4、β1-2の他、α1-3、α1-6などがある。
【0041】
改変型酵素は野生型酵素と特性が異なる。従って、改変型酵素と野生型酵素の併用によって、野生型酵素単独では製造できなかった(或いはその製造に適さなかった)ガラクトオリゴ糖を製造することが可能になる。特性の異なる複数の改変型酵素と野生型酵素を併用することにすれば、製造されるガラクトオリゴ糖の種類を更に増加させることができる。このように改変型酵素(1種類又は2種類以上)と野生型酵素の併用も、様々なガラクトオリゴ糖を作り分けることに有効である。
【0042】
尚、複数の酵素(複数の改変型酵素の併用、或いは野生型酵素と1種類又は2種類以上の改変型酵素の併用)を使用してガラクトオリゴ糖(複数種類のガラクトオリゴ糖の混合物)を得る方法は、大別して、各酵素を別々に使用して製造したガラクトオリゴ糖を混合する方法、原料(乳糖)に対して同時に複数の酵素を作用させる方法、及び原料に対して複数の酵素を段階的に作用させる方法がある。
【0043】
(改変型β−ガラクトシダーゼの設計法)
本発明の更なる局面は改変型酵素の設計法に関する。本発明の設計法では、以下のステップ(i)及び(ii)を実施する。
ステップ(i):配列番号1〜4のいずれかのアミノ酸配列と90%以上同一であるアミノ酸配列からなる基準β−ガラクトシダーゼのアミノ酸配列において、以下の(1)〜(3)からなる群より選択される一又は二以上のアミノ酸を特定する。
(1)配列番号4に示すアミノ酸配列の166番目のリジンに相当するアミノ酸
(2)配列番号4に示すアミノ酸配列の307番目のグリシンに相当するアミノ酸
(3)配列番号4に示すアミノ酸配列の833番目のアラニンに相当するアミノ酸
【0044】
置換対象アミノ酸(1)〜(3)は、β−ガラクトシダーゼの耐熱性向上に有効なアミノ酸として同定されたアミノ酸である。本発明の設計法では、これらのアミノ酸をプロリンに置換することにより、β−ガラクトシダーゼの耐熱性向上を図る。
【0045】
本発明の設計法における変異の対象はβ−ガラクトシダーゼである。変異対象酵素は典型的には野生型酵素(天然において見出される酵素)である。しかしながら、既に何らかの変異ないし改変が施された酵素を変異対象酵素とすることを妨げるものではない。変異対象酵素は、配列番号1〜4のいずれかのアミノ酸配列と90%以上同一であるアミノ酸配列を有する。ここでの同一性は、好ましくは95%以上、より好ましくは98%以上、最も好ましくは99%以上である。
【0046】
本発明ではステップ(i)の後、以下のステップ(ii)を行う。
ステップ(ii):基準β−ガラクトシダーゼのアミノ酸配列を基にして、ステップ(i)で特定されたアミノ酸配列がプロリンに置換されたアミノ酸配列を構築する。
【0047】
(改変型β−ガラクトシダーゼの調製法)
本発明の更なる局面は改変型酵素の調製法に関する。本発明の調製法の一態様では、本発明者らが取得に成功した改変型酵素を遺伝子工学的手法で調製する。この態様の場合、配列番号9〜15のいずれかのアミノ酸配列をコードする核酸を用意する(ステップ(I))。ここで、「特定のアミノ酸配列をコードする核酸」は、それを発現させた場合に当該アミノ酸配列を有するポリペプチドが得られる核酸であり、当該アミノ酸配列に対応する塩基配列からなる核酸は勿論のこと、そのような核酸に余分な配列(アミノ酸配列をコードする配列であっても、アミノ酸配列をコードしない配列であってもよい)が付加されていてもよい。また、コドンの縮重も考慮される。「配列番号9〜15のいずれかのアミノ酸配列をコードする核酸」は、本明細書又は添付の配列表が開示する配列情報を参考にし、標準的な遺伝子工学的手法、分子生物学的手法、生化学的手法などを用いることによって、単離された状態に調製することができる。ここで、配列番号9〜15のアミノ酸配列はいずれも、BgaD-Dのアミノ酸配列に変異を施したものである。従って、BgaD-Dをコードする遺伝子(配列番号8)に対して必要な変異を加えることによっても、配列番号9〜15のいずれかのアミノ酸配列をコードする核酸(遺伝子)を得ることができる。位置特異的塩基配列置換のための方法は当該技術分野において数多く知られており(例えば、Molecular Cloning, Third Edition, Cold Spring Harbor Laboratory Press, New Yorkを参照)、その中から適切な方法を選択して用いることができる。位置特異的変異導入法として、位置特異的アミノ酸飽和変異法を採用することができる。位置特異的アミノ酸飽和変異法は、タンパクの立体構造を基に、求める機能の関与する位置を推定し、アミノ酸飽和変異を導入する「Semi-rational,semi-random」手法である(J.Mol.Biol.331,585-592(2003))。例えば、KOD-Plus-Mutagenesis Kit (東洋紡社)、Quick change(ストラタジーン社)等のキット、Overlap extention PCR(Nucleic Acid Res. 16,7351-7367(1988))を用いて位置特異的アミノ酸飽和変異を導入することが可能である。PCRに用いるDNAポリメラーゼはTaqポリメラーゼ等を用いることができる。但し、KOD-PLUS-(東洋紡社)、Pfu turbo(ストラタジーン社)などの精度の高いDNAポリメラーゼを用いることが好ましい。
【0048】
本発明の他の一態様では本発明の設計法によって設計されたアミノ酸配列を基にして改変型酵素を調製する。この態様の場合ステップ(I)では本発明の設計法によって構築されたアミノ酸配列をコードする核酸を用意することになる。例えば、本発明の設計法によって構築されたアミノ酸配列に基づいて、改変型酵素をコードする遺伝子に対して必要な変異(即ち、発現産物であるタンパク質における、特定位置でのアミノ酸の置換)を加え、改変型酵素をコードする核酸(遺伝子)を得る。
【0049】
ステップ(I)に続いて、用意した核酸を発現させる(ステップ(II))。例えば、まず上記核酸を挿入した発現ベクターを用意し、これを用いて宿主細胞を形質転換する。「発現ベクター」とは、それに挿入された核酸を目的の細胞(宿主細胞)内に導入することができ、且つ当該細胞内において発現させることが可能なベクターをいう。発現ベクターは通常、挿入された核酸の発現に必要なプロモーター配列や、発現を促進させるエンハンサー配列等を含む。選択マーカーを含む発現ベクターを使用することもできる。かかる発現ベクターを用いた場合には、選択マーカーを利用して発現ベクターの導入の有無(及びその程度)を確認することができる。
【0050】
次に、発現産物である改変型酵素が産生される条件下で形質転換体を培養する。形質転換体の培養は常法に従えばよい。培地に使用する炭素源としては資化可能な炭素化合物であればよく、例えばグルコース、シュークロース、ラクトース、マルトース、糖蜜、ピルビン酸などが使用される。また、窒素源としては利用可能な窒素化合物であればよく、例えばペプトン、肉エキス、酵母エキス、カゼイン加水分解物、大豆粕アルカリ抽出物などが使用される。その他、リン酸塩、炭酸塩、硫酸塩、マグネシウム、カルシウム、カリウム、鉄、マンガン、亜鉛などの塩類、特定のアミノ酸、特定のビタミンなどが必要に応じて使用される。
【0051】
一方、培養温度は30℃〜40℃の範囲内(好ましくは37℃付近)で設定することができる。培養時間は、培養対象の形質転換体の生育特性や改変型酵素の産生特性などを考慮して設定することができる。培地のpHは、形質転換体が生育し且つ酵素が産生される範囲内に調製される。好ましくは培地のpHを6.0〜9.0程度(さらに好ましくはpH7.0付近)とする。
【0052】
続いて、発現産物(改変型酵素)を回収する(ステップ(III))。培養後の菌体を含む培養液をそのまま、或いは濃縮、不純物の除去などを経た後に酵素溶液として利用することもできるが、一般的には培養液又は菌体より発現産物を一旦回収する。発現産物が分泌型タンパク質であれば培養液より、それ以外であれば菌体内より回収することができる。培養液から回収する場合には、例えば培養上清をろ過、遠心処理して不溶物を除去した後、減圧濃縮、膜濃縮、硫酸アンモニウムや硫酸ナトリウムを利用した塩析、メタノールやエタノール又はアセトンなどによる分別沈殿法、透析、加熱処理、等電点処理、ゲルろ過や吸着クロマトグラフィー、イオン交換クロマトグラフィー、アフィニティクロマトグラフィー等の各種クロマトグラフィー(例えば、セファデックス(Sephadex)ゲル(GEヘルスケアバイオサイエンス)などによるゲルろ過、DEAEセファロースCL-6B (GEヘルスケアバイオサイエンス)、オクチルセファロースCL-6B (GEヘルスケアバイオサイエンス)、CMセファロースCL-6B(GEヘルスケアバイオサイエンス))などを組み合わせて分離、精製を行ことにより改変型酵素の精製品を得ることができる。他方、菌体内から回収する場合には、培養液をろ過、遠心処理等することによって菌体を採取し、次いで菌体を加圧処理、超音波処理などの機械的方法またはリゾチームなどによる酵素的方法で破壊した後、上記と同様に分離、精製を行うことにより改変型酵素の精製品を得ることができる。
【0053】
上記のようにして得られた精製酵素を、例えば凍結乾燥や真空乾燥或いはスプレードライなどにより粉末化して提供することも可能である。その際、精製酵素を予めリン酸緩衝液、トリエタノールアミン緩衝液、トリス塩酸緩衝液やGOODの緩衝液に溶解させておいてもよい。好ましくは、リン酸緩衝液、トリエタノールアミン緩衝液を使用することができる。尚、ここでGOODの緩衝液としてはPIPES、MES又はMOPSが挙げられる。
【0054】
通常は、以上のように適当な宿主−ベクター系を利用して遺伝子の発現〜発現産物(改変型酵素)の回収を行うが、無細胞合成系を利用することにしてもよい。ここで、「無細胞合成系(無細胞転写系、無細胞転写/翻訳系)」とは、生細胞を用いるのではく、生細胞由来の(或いは遺伝子工学的手法で得られた)リボソームや転写・翻訳因子などを用いて、鋳型である核酸(DNAやmRNA)からそれがコードするmRNAやタンパク質をin vitroで合成することをいう。無細胞合成系では一般に、細胞破砕液を必要に応じて精製して得られる細胞抽出液が使用される。細胞抽出液には一般に、タンパク質合成に必要なリボソーム、開始因子などの各種因子、tRNAなどの各種酵素が含まれる。タンパク質の合成を行う際には、この細胞抽出液に各種アミノ酸、ATP、GTPなどのエネルギー源、クレアチンリン酸など、タンパク質の合成に必要なその他の物質を添加する。勿論、タンパク質合成の際に、別途用意したリボソームや各種因子、及び/又は各種酵素などを必要に応じて補充してもよい。
【0055】
タンパク質合成に必要な各分子(因子)を再構成した転写/翻訳系の開発も報告されている(Shimizu, Y. et al.: Nature Biotech., 19, 751-755, 2001)。この合成系では、バクテリアのタンパク質合成系を構成する3種類の開始因子、3種類の伸長因子、終結に関与する4種類の因子、各アミノ酸をtRNAに結合させる20種類のアミノアシルtRNA合成酵素、及びメチオニルtRNAホルミル転移酵素からなる31種類の因子の遺伝子を大腸菌ゲノムから増幅し、これらを用いてタンパク質合成系をin vitroで再構成している。本発明ではこのような再構成した合成系を利用してもよい。
【0056】
用語「無細胞転写/翻訳系」は、無細胞タンパク質合成系、in vitro翻訳系又はin vitro転写/翻訳系と交換可能に使用される。in vitro翻訳系ではRNAが鋳型として用いられてタンパク質が合成される。鋳型RNAとしては全RNA、mRNA、in vitro転写産物などが使用される。他方のin vitro転写/翻訳系ではDNAが鋳型として用いられる。鋳型DNAはリボソーム結合領域を含むべきであって、また適切なターミネータ配列を含むことが好ましい。尚、in vitro転写/翻訳系では、転写反応及び翻訳反応が連続して進行するように各反応に必要な因子が添加された条件が設定される。
【実施例】
【0057】
1.目的
Bacillus circulans由来β−ガラクトシダーゼ(BgaD-D)は、糖転位反応を利用してラクトースを基質としたガラクトオリゴ糖の製造に使用されている(非特許文献1)。ラクトースは温度を上げると溶解度が増すことから、ガラクトオリゴ糖の製造を行う際の反応温度は高いほど望ましい。酵素工学技術によってBgaD-Dの耐熱性を向上できれば、より高い温度で高濃度のラクトースを基質とした酵素反応が可能になり、オリゴ糖の生産性向上を期待できる。また、より高温でオリゴ糖の製造を行うことで雑菌の汚染も防ぐことができる。更には、別の目的(例えば基質特異性の向上)で改変したことによって酵素の安定性が低下した際にも、耐熱性向上をもたらす変異を加えることができれば、これまでと同様の反応条件で効率的なオリゴ糖の製造を行うことが可能となる。このように、酵素工学技術によってBgaD-Dの耐熱性を向上させることは、産業的に非常に有用である。そこで、BgaD-Dの耐熱性の向上を目指し、以下の検討を行った。
【0058】
2.方法
(1)BgaD-Dの立体構造の解析
BgaD-Dの立体構造を解明すべく、以下の実験を行った。まず、HISTrap HP 1mL(GEヘルスケア社)を使い、Binding bufferとElution bufferを用いて精製を行った。本精製で使用したBinding buffer、Elution bufferの組成を以下に示す。
Binding buffer :20 mM リン酸ナトリウム、0.2 M NaCl、20 mM Imidazole(pH 7.4)。
Elution buffer :10 mM リン酸ナトリウム、0.1 M NaCl、0.25 M Imidazole(pH 7.4)。
前述の通り精製した後、Amicon, Centricon YM-10 (Millipore, Billerica, MA, USA)を用い、精製したBgaD-D酵素サンプルを20 mM Tris-HCl (pH 8.0)の緩衝液に対して透析し、さらに10mg/mlにまで濃縮した。得られた濃縮サンプルを用いて、種々の結晶化条件でスクリーニング実験を行った。その結果、沈殿剤として0.4 M sodium citrate tribasic dihydrate、1.0 M sodium acetate trihydrate (pH4.0)、25% w/v Polyethylene glycol 3,350を使用したハンギングドロップ蒸気拡散法により、不均一溶液の界面付近に結晶を見出すことに成功した。大型放射高施設Spring8を利用し、得られた結晶の反射データを収集した。BALBES (Long et al., 2008)を用いた分子同型置換法により位相を決定し、COOT (Emsley & Cowtan, 2004)及びREFMAC5 (Murshudov et al., 2011)を用いて最終的な分子構築に成功し、BgaD-Dの立体構造を得た。このように、BgaD-Dの立体構造を同定することに成功した。尚、BgaD-Dの立体構造データは蛋白質構造データバンク(大阪大学蛋白質研究所)へ登録した(登録番号3WQ7、未公開)。
【0059】
(2)耐熱性変異点の設計と変異酵素の作製
BgaD-Dの立体構造情報から、耐熱化に効果があると予想される変異導入点を特定した。具体的には、プロリン置換によるβターンの補強又はジスルフィド(SS)結合の導入をもたらす、合計9箇所の変異導入点を特定し、変異体を作製することにした。まず、立体構造の動きやすいところを補強するために、K166、D167、G306、G307、E720及びA833をプロリンに置換した。一方、大腸菌LacZとの比較から、βターンを補強する目的で、G101、G102及びG349をプロリンに置換した。但し、G101とG102は同時にプロリンに置換することにした(二重変異体)。また、立体構造上でジスルフィド結合による架橋ができる程度に近い位置にあるスレオニン(T211とT315)をシステインに置換した。
【0060】
各変異に対応するプライマーを作成し、PCR法により変異の導入(アミノ酸の置換)を行った。具体的には、プライマーを設計し、KOD plus Mutagenesis kit(東洋紡社)を用いて、inverse PCR法で変異導入を行った。製品のプロトコールに従って、PCR産物をセルフライゲーション後に大腸菌DH5alpha株の形質転換を行った。形質転換体からプラスミドを回収し、シーケンスを行い変異を確認した。一方、得られたプラスミドで大腸菌BL21株(タカラバイオ社)またはOrigamiB株(メルク社)を形質転換し、以下のプロトコールでタンパク質の発現を行った。
(タンパク質発現のプロトコール)
(i) 1.5 mL LB(アンピシリンを含有)培地で前培養(37℃、一晩)
(ii) 0.06 mLの培養物を3 mL LB(アンピシリンを含有)培地に添加
(iii) 37℃、4時間培養
(iv) 試験管を氷上に移して、0.75μL 1M IPTGを加える
(v) 15℃、24時間培養
(vi) 集菌してリン酸バッファー(pH7.4)で洗浄
(vii) 0.25 mL リン酸バッファー(pH7.4)にけん濁
(viii) 超音波処理による菌体の破砕(30秒、3回)
(ix) 遠心処理で上清を回収
【0061】
円二色性分散計による解析のために酵素を精製した。N末にHISタグをつけた融合タンパク質としてBgaD-Dとその変異体を発現させ、ニッケルカラムを用いて精製した。具体的には、HISTrap HP 1ml(GEヘルスケア社)を使い、以下のバッファーで精製を行った。
結合用バッファー:20 mM リン酸ナトリウム, 0.2 M NaCl, 20 mM Imidazole, pH 7.4
溶出用バッファー:10 mM リン酸ナトリウム, 0.1 M NaCl, 0.25 M Imidazole, pH 7.4
【0062】
結合用バッファーでカラムに結合させてから、同じバッファーで洗浄した。その後、溶出用バッファーで結合成分をカラムから溶出させた。溶出したサンプルについて、電気泳動と加水分解活性の測定を行い、酵素の精製を確認した。
【0063】
(3)酵素活性による簡易評価
加水分解測定法は過去の文献(WO2010/140435)を参考にして行った。基質としてο-Nitrophenyl-β-D-galactopyranoside(ONPG)を使い、2点の温度で酵素活性を測定した。ラクターゼがONPG(終濃度20 mM)にpH 6.0、40℃又は60℃で作用するとき、反応初期の1分間に1μmolのο-Nitrophenylを生成する酵素量を1ユニット(U)とした。大腸菌抽出液をサンプル(酵素)とし、40℃と60℃でOD420を測定して酵素の活性値を算出した。
【0064】
(4)単独変異体(シングルミュータント)の温度変性評価
野生型及び変異体(変異導入BgaD-D)を、発現後にHISTrap HP 1mlを用いて精製した。BgaD-Dのアミノ酸配列に基づき1.882=1mg/mlと計算し、精製酵素のOD280の測定結果よりタンパク濃度を算出した。また、円二色性分散計の熱安定性測定プログラムを用い変性温度を測定した。尚、過去の文献(Yamashiro, K., Yokobori, S. I., Koikeda, S., & Yamagishi, A. (2010). Improvement of Bacillus circulans β-amylase activity attained using the ancestral mutation method. Protein Engineering Design and Selection, 23(7), 519-528.)を参考にし、円二色性分散計の測定条件を以下のように設定した。
装置: 円二色性分散計 J-820(日本分光株式会社)
サンプル濃度: 0.1mg/ml
バッファー: 20 mM Tris-HCl (pH 8.0)
測定波長: 222 nm
温度上昇: 1℃/min
測定温度: 45〜90℃
【0065】
(5)多重変異体の温度変性評価
野生型及び多重変異導入変異体についても、上記同様の方法及び条件で温度変性を評価した。
【0066】
3.結果
(1)酵素活性による簡易評価
野生型(WT)と9種類の変異体について、平常時の活性測定温度である40℃で酵素活性の検証を行った。その結果、変異体G306Pは全体的な活性低下が見られた(図1(A))。酵素の性質を変えずに、耐熱性を上げることが目的であることから、加水分解活性に影響のある変異G306Pは目的に合っていないと判断した。
【0067】
次に、40℃と60℃でONPG分解活性を測定して、酵素の熱安定性の簡易的な比較を行った。二重変異体(G101P, G102P)と変異体G306Pでは60℃における酵素活性が殆ど認められず、変異の影響で熱安定性が低下したと思われた(図1(A))。すべての変異体について、60℃における活性を、40℃における活性を基準とした相対値(60℃における活性測定値/40℃における活性測定値)で比較した。その結果、二重変異体(G101P, G102P)と変異体G306Pを除く7種類の変異体では、活性比が野生型と同程度であった(図1(B))。そこで、これら7種類の変異体は耐熱性が向上している可能性があると判断し、円二色性分散計による解析を行った。
【0068】
(2)単独変異体(シングルミュータント)の温度変性評価
野生型と上記7種類の変異体について、円二色性分散計を用いて変性温度を測定した。その結果、変異体K166Pでは2.9℃、変異体G307Pでは0.3℃、変異体A833Pでは0.4℃の変性温度の上昇が見られた。一方、それ以外の変異体の変性温度は野生型とほぼ同じであった(図2)。尚、同一条件で5回以上測定し、結果を積算して評価した。
【0069】
以上のように、3つの有望な変異点が見出された。そこで、当該3つの変異点を組み合わせた多重変異体を作製し、耐熱性が相加的に向上するか否かを検証することにした。
【0070】
(3)多重変異体の温度変性評価
野生型と3種類の二重変異体、1種類の三重変異体を作製し、円二色性分散計により変性温度を測定した。その結果、二重変異体(K166P, G307P)で3.3℃、二重変異体(K166P, A833P)で1.8℃、二重変異体(G307P, A833P)で0.9℃、三重変異体(K166P, G307P, A833P)で4.2℃の変性温度の上昇が見られた(図3)。円二色性分散計によるCD値(222nm)の変化をグラフにして変性過程を解析した。野生型に比較して、変異K166Pを含む変異体は温度の高いほうにシフトしており、K166P、G307P及びA833Pの三重変異体が最も高い温度にシフトすることが分かった(図4)。以上の結果から、K166をプロリンに置換し、さらに複数の変異を組み合わせることが、大幅な耐熱性向上に有効であることが判明した。
【産業上の利用可能性】
【0071】
本発明の改変型酵素は野生型酵素よりも耐熱性に優れる。この特性を活かし、オリゴ糖の効率的な製造(合成)への利用が期待される。乳糖不耐症患者のための医薬やサプリメントの製造・加工、乳製品(低乳糖牛乳等の加工乳、粉乳(脱脂粉乳、育児粉乳など)、ヨーグルトなど)の製造・加工、医療用食品(メディカルフード)の製造・加工等にも本発明を利用可能である。
【0072】
この発明は、上記発明の実施の形態及び実施例の説明に何ら限定されるものではない。特許請求の範囲の記載を逸脱せず、当業者が容易に想到できる範囲で種々の変形態様もこの発明に含まれる。本明細書の中で明示した論文、公開特許公報、及び特許公報などの内容は、その全ての内容を援用によって引用することとする。
図1
図2
図3
図4
【配列表】
[この文献には参照ファイルがあります.J-PlatPatにて入手可能です(IP Forceでは現在のところ参照ファイルは掲載していません)]