【文献】
SAKANO, D., et al.,VMAT2 identified as a regulator of late-stage β-cell differentiation,Nature Chemical Biology,2014年 2月,Vol. 10,pp. 141-148,(published online; 15 DEC. 2013)
【文献】
NOSTRO, M. C., et al.,Stage-specific signaling through TGFβ family members and WNT regulates patterning and pancreatic sp,Development and Stem Cells,2011年,Vol. 138,pp. 861-871
【文献】
白木伸明, 粂昭苑,ES/iPS細胞から内胚葉組織への分化誘導方法の開発,Dojin News,2013年11月28日,No. 149,pp. 1-6
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明を詳細に説明するが、本発明は以下に記載の態様に限定されるものではない。
本明細書において用いられる用語は、特に言及しない限り、当該分野で通常用いられる意味を有する。また、本明細書中で、「A〜B」を言った場合は、下限としてAを含み、上限としてBを含む意味で用いられる。
本明細書において、「インスリン産生細胞」とは、インスリン分泌促進物質および高血糖に反応してインスリンを分泌する細胞であって、他の膵ホルモンに比べてインスリン発現能力が有意に優れている細胞を意味する。ここで他の膵ホルモンとしては、例えば、グルカゴンやソマトスタチンを上げることができる。
本明細書においてインスリン産生細胞の製造を意図して「製造」または「作製」という用語を用いる場合は、「分化(誘導)」と置き換えることもでき、また、特に断りがない限り、それらの用語は交換可能に用いられる。
【0014】
本明細書において「多能性幹細胞」とは、自己複製能を有しインビトロにおいて培養することが可能で、かつ、個体を構成する細胞に分化しうる多分化能を有する細胞をいう。具体的には、胚性幹細胞(ES細胞)、胎児の始原生殖細胞由来の多能性幹細胞(GS細胞)、体細胞由来の人工多能性幹細胞(iPS細胞)、体性幹細胞等をあげることができるが、本発明で好ましく用いられるのはiPS細胞またはES細胞であり、特に好ましくは、ヒトiPS細胞およびヒトES細胞である。
【0015】
ES細胞は、哺乳類動物由来のES細胞であればよく、その種類や取得方法などは特に限定されない。哺乳動物としては、例えば、マウス、ラット、モルモット、ハムスター、ウサギ、ネコ、イヌ、ヒツジ、ウシ、ウマ、ヤギ、サルまたはヒト等をあげることができ、好ましくは、マウスまたはヒトであり、さらに好ましくはヒトである。
ES細胞は、一般的には、胚盤胞期の受精卵をフィーダー細胞と一緒に培養し、増殖した内部細胞塊由来の細胞をばらばらにして、さらに、植え継ぐ操作を繰り返し、最終的に細胞株として樹立することができる。このように、ES細胞は、受精卵から取得することが多いが、受精卵以外、例えば、脂肪組織、胎盤、精巣細胞から取得することもでき、いずれのES細胞も本発明の対象である。
【0016】
また、iPS細胞(人工多能性幹細胞)とは、分化多能性を獲得した細胞のことで、体細胞(例えば、線維芽細胞など)へ分化多能性を付与する数種類の転写因子(分化多能性因子)遺伝子を導入することにより、ES細胞と同等の分化多能性を獲得した細胞のことである。「分化多能性因子」としては、多くの因子が報告されており、特に限定しないが、例えば、Octファミリー(例えば、Oct3/4)、Soxファミリー(例えば、Sox2、Sox1、Sox3、Sox15およびSox17など)、Klfファミリー(例えば、Klf4、Klf2など)、Mycファミリー(例えば、c−Myc、N−Myc、L−Mycなど)、Nanog、LIN28などを挙げることができる。iPS細胞の樹立方法については、多くの報告がなされており、それらを参考にすることができる(例えば、Takahashiら,Cell 2006,126:663−676;Okitaら,Nature 2007,448:313−317;Wernigら,Nature 2007,448:318−324;Maheraliら,Cell Stem Cell 2007,1:55−70;Parkら,Nature 2007,451:141−146;Nakagawaら,Nat Biotechnol 2008,26:101−106;Wernigら,Cell Stem Cell 2008,10:10−12;Yuら,Science 2007,318:1917−1920;Takahashiら,Cell 2007,131:861−872;Stadtfeldら,Science 2008 322:945−949など)。
【0017】
1.インスリン産生細胞の分化誘導方法
本発明の分化誘導方法は、幹細胞からインスリン産生細胞を分化誘導する方法である。本発明の分化誘導方法はまた、内胚葉細胞あるいは原腸管細胞や膵臓前駆細胞をインスリン産生細胞へと分化誘導する方法である。
【0018】
本発明は、幹細胞を、以下の工程(1)〜(5)で培養することを特徴とする、インスリン産生細胞の分化誘導方法:
(1)幹細胞を、(1−1)アクチビン受容体様キナーゼ−4,7の活性化剤およびGSK3阻害剤を含む培地で培養し、次いで、(1−2)アクチビン受容体様キナーゼ−4,7の活性化剤含む培地で培養する工程、
(2)前記工程(1)で得られた細胞を、ヘッジホッグシグナル伝達阻害剤およびFGFを含む培地で培養する工程、
(3)前記工程(2)で得られた細胞を、レチノイン酸受容体アゴニスト、ヘッジホッグシグナル伝達阻害剤、およびBMPシグナル伝達阻害剤(、好ましくはさらにTGF−βI型アクチビン受容体様キナーゼ−4,5,7阻害剤)を含む培地で培養する工程、
(4)前記工程(3)で得られた細胞を、TGF−βI型アクチビン受容体様キナーゼ−4,5,7阻害剤、およびBMPシグナル伝達阻害剤(、好ましくはさらにプロテインキナーゼC活性化因子)を含む培地で培養する工程、
(5)前記工程(4)で得られた細胞を、ホスホジエステラーゼ阻害剤(、好ましくはさらに、GLP−1受容体アゴニスト、ニコチンアミド、およびアデニル酸シクラーゼ活性化因子のいずれか1以上、より好ましくは2以上、特に好ましくは全て)を含む培地で培養する工程、
である。
【0019】
本発明の分化誘導方法(製造方法)において用いることができる幹細胞は、当該分野で通常用いられている方法にて培養・維持できる。
哺乳動物由来のES細胞の培養方法は常法により行うことができる。例えば、フィーダー細胞としてマウス胎児線維芽細胞(MEF細胞)を用い、白血病阻害因子、KSR(ノックアウト血清代替物)、ウシ胎仔血清(FBS)、非必須アミノ酸、L−グルタミン、ピルビン酸、ペニシリン、ストレプトマイシン、β−メルカプトエタノールを加えた培地、例えばDMEM培地を用いて維持することができる。
iPS細胞の培養も定法により行うことができる。例えば、フィーダー細胞としてMEF細胞を用いて、bFGF、KSR(ノックアウト血清代替物)、非必須アミノ酸、L−グルタミン、ペニシリン、ストレプトマイシン、β−メルカプトエタノールを加えた培地、例えばDMEM/F12培地を用いて維持することができる。
これらの幹細胞を原料として用いて、本発明の分化誘導方法により、インスリン産生細胞を製造することができる。さらには、ゼノフリー培養系で本発明の分化誘導方法を用いることにより、異種抗原汚染のないインスリン産生細胞を得ることができる。
【0020】
1−1.本発明の工程(1)は、工程(1−1)および工程(1−2)の2つの工程からなり、(1−1)アクチビン受容体様キナーゼ−4,7の活性化剤およびGSK3阻害剤を含む培地で培養し、次いで、(1−2)アクチビン受容体様キナーゼ−4,7の活性化剤含む培地で培養することを特徴とする。
好ましくは、本発明の工程(1)における(1−2)の培地は、実質的にGSK3阻害剤を含まない培地である。
この工程により、幹細胞を内胚葉細胞へと分化誘導できる。
【0021】
本工程で使用されるアクチビン受容体様キナーゼ(ALK)−4,7の活性化剤は、ALK−4および/またはALK−7に対し活性化作用を有する物質から選択される。本工程で使用されるアクチビン受容体様キナーゼ−4,7の活性化剤の例としては、アクチビン、Nodal、Myostatinが挙げられ、好ましくはアクチビンである。
本工程では、いずれのアクチビンを用いることができ、例えば、アクチビンは、アクチビンA、B、C、DおよびABが知られているが、本工程においてはそのいずれのアクチビンも用いることができる。本工程に用いるアクチビンとしては、特に好ましくはアクチビンAである。また、用いるアクチビンとしては、ヒト、マウス等いずれの哺乳動物由来のアクチビンをも使用することができるが、分化に用いる幹細胞と同一の動物種由来のアクチビンを用いることが好ましく、例えばヒト由来の幹細胞を出発原料とする場合、ヒト由来のアクチビン、特にはヒト由来のアクチビンAを用いることが好ましい。これらのアクチビンは商業的に入手可能である。
本工程における培地中のアクチビン受容体様キナーゼ−4,7の活性化剤の濃度は、用いる種類によって適宜設定されるが、ヒトアクチビンAを使用する場合の濃度は、通常0.1〜200ng/ml、好ましくは5〜150ng/ml、特に好ましくは10〜100ng/mlである。
本発明の工程(1)の工程(1−1)および工程(1−2)において使用するアクチビン受容体様キナーゼ−4,7の活性化剤の種類および濃度は、同一であっても異なってもよいが、同じ種類が好ましく、また同じ濃度が好ましい。
【0022】
本工程においては、アクチビン受容体様キナーゼ−4,7の活性化剤とともにGSK3阻害剤を含む培地を用いることを特徴とする。
本工程で用いられるGSK3阻害剤は、GSK3α阻害活性を有する物質、GSK3β阻害活性を有する物質、およびGSK3α阻害活性とGSK3β阻害活性とを併せ持つ物質からなる群より選択される。本工程で用いるGSK3阻害剤としては、GSK3β阻害活性を有する物質またはGSK3α阻害活性とGSK3β阻害活性とを併せ持つ物質が好ましい。
上記GSK3阻害剤として、具体的にはCHIR98014、CHIR99021、ケンパウロン(Kenpaullone)、AR−AO144−18、TDZD−8、SB216763、BIO、TWS−119およびSB415286等が例示される。これらは市販品として購入可能である。また、市販品として入手できない場合であっても、当業者であれば既知文献に従って調製することもできる。
また、GSK3のmRNAに対するアンチセンスオリゴヌクレオチドやsiRNA等もGSK3阻害剤として使用することができる。これらはいずれも商業的に入手可能であるか既知文献に従って合成することができる。
本工程で用いられるGSK3阻害剤は、好ましくはCHIR99021(6−[[2−[[4−(2,4−ジクロロフェニル)−5−(4−メチル−1H−イミダゾール−2−イル)−2−ピリミジニル]アミノ]エチル]アミノ]ニコチノニトリル)、SB216763(3−(2,3−ジクロロフェニル)−4−(1−メチル−1H−インドール−3−イル)−1H−ピロール−2,5−ジオン)、およびSB415286(3−[(3−クロロ−4−ヒドロキシフェニル)アミノ]−4−(2−ニトロフェニル)−1H−ピロール−2,5−ジオン)からなる群から選択され、特に好ましくはCHIR99021である。
GSK3阻害剤の培地中の濃度は、用いるGSK3阻害剤の種類によって適宜設定されるが、GSK3阻害剤としてCHIR99021を使用する場合の濃度は、通常0.1〜20μM、好ましくは1〜5μMである。GSK3阻害剤としてSB415286を使用する場合の濃度は、通常0.1〜20μM、好ましくは1〜10μMである。GSK3阻害剤としてSB216763を使用する場合の濃度は、通常0.1〜30μM、好ましくは0.5〜20μMである。
【0023】
本工程においては、アクチビン受容体様キナーゼ−4,7の活性化剤とともにGSK3阻害剤を含む培地、およびアクチビン受容体様キナーゼ−4,7の活性化剤を含む培地を用いることを特徴とする。好ましくは、後者のアクチビン受容体様キナーゼ−4,7の活性化剤を含む培地とは、実質的にGSK3阻害剤を含まない培地である。このような条件下に幹細胞を培養すれば、より好適に内胚葉細胞へと分化させることができる。
上記「実質的にGSK3阻害剤を含まない培地」とは、培地中にGSK3阻害剤を積極的に添加しないことを意味し、幹細胞を培養する培地中にGSK3阻害剤が微量に含まれることを排除する意味ではない。例えば、幹細胞をアクチビン受容体様キナーゼ−4,7の活性化剤およびGSK3阻害剤を含む培地で培養した後、アクチビン受容体様キナーゼ−4,7の活性化剤を添加しているがGSK3を添加していない培地に交換することにより、幹細胞をアクチビン受容体様キナーゼ−4,7の活性化剤は含むが「実質的にGSK3阻害剤を含まない培地」で培養することができる。
【0024】
本工程で用いる培地は、特に限定されず、通常、幹細胞を培養するのに用いられる培地(以下、基礎培地ということもある)に、アクチビン受容体様キナーゼ−4,7の活性化剤または、アクチビン受容体様キナーゼ−4,7の活性化剤およびGSK3阻害剤を添加してなる培地である。
上記基礎培地としては、例えば、BME培地、BGjB培地、CMRL 1066培地、Glasgow MEM培地、Improved MEM培地、IMDM培地、Medium 199培地、Eagles MEM培地、αMEM培地、DMEM培地、ハム培地、RPMI 1640培地、Fischer’s、およびこれらの混合培地等をあげることができるが、動物細胞の培養に用いることのできる培地であれば特に限定されない。これらの培地は市販されており入手可能である。
本発明で用いられる培地は、血清含有培地であっても無血清培地であってもよい。無血清培地とは、無調整または未精製の血清を含まない培地を意味し、精製された血液由来成分や動物組織由来成分(例えば、増殖因子)が混入している培地は無血清培地に該当するものとする。本工程で用いられる培地が血清含有培地である場合はウシ胎児血清などの哺乳動物の血清が使用できる。培地は、好ましくは無血清培地、さらに好ましくは化学的に定義されていない成分を含まない無血清培地である。
【0025】
本工程で用いられる培地はまた、血清代替物を含んでいてもよい。血清代替物としては、例えば、アルブミン、トランスフェリン、脂肪酸、コラーゲン前駆体、微量元素(例えば亜鉛、セレン)、B−27サプリメント、N2サプリメント、ノックアウトシーラムリプレースメント(KSR)、2−メルカプトエタノール、3’−チオールグリセロール、またはこれらの均等物が挙げられる。これらの血清代替物は、市販されている。好ましくは、ゼノフリーB−27サプリメントまたはゼノフリーノックアウトシーラムリプレースメント(KSR)をあげることができ、例えば、0.01〜10重量%、好ましくは0.1〜2.0重量%の濃度にて、培地中に添加できる。
本工程で用いられる培地はまた、他の添加物、例えば、脂質、アミノ酸(例えば、非必須アミノ酸)、ビタミン、増殖因子、サイトカイン、抗酸化剤、2−メルカプトエタノール、ピルビン酸、緩衝剤、無機塩類、抗生物質(例えばペニシリンやストレプトマイシン)または抗菌剤(例えばアンホテリシンB)等を含有してもよい。
本工程で用いられる培地は、特に好ましくは、無血清培地であり、かつ、化学的に定義された原材料のみを含む培地である。それにより、異種抗原汚染が軽減されたあるいは汚染がない分化した細胞を得ることができる。
本工程においては、B−27サプリメントを添加したDMEM培地が好適に用いられる。
【0026】
本工程は、使用する幹細胞の培養に適した培養温度(通常30〜40℃、好ましくは37℃程度)で、CO
2インキュベーター内にて培養することによって実施される。培養期間は、工程全体としては、2日〜10日(好ましくは2日〜6日)であり、工程(1−1)は、1日〜3日(好ましくは1日〜2日)、工程(1−2)は、1日〜7日(好ましくは2日〜5日)である。
【0027】
本工程において、幹細胞が内胚葉細胞に分化したことの確認は、内胚葉細胞特異的に発現するタンパク質や遺伝子(以下、内胚葉マーカーという場合がある)の発現変動を評価することによって行うことができる。上記内胚葉マーカーの発現変動の評価は、例えば、抗原抗体反応を利用したタンパク質の発現評価方法、定量RT−PCRを利用した遺伝子発現評価方法等によって行なうことができる。上記内胚葉マーカーの例としては、SOX17、FOXA2があげられる。
【0028】
1−2.工程(2)は、前記工程(1)で得られた細胞を、ヘッジホッグシグナル伝達阻害剤およびFGFを含む培地で培養することを特徴とする。この工程により、内胚葉細胞を原腸管細胞へと分化誘導できる。
【0029】
本工程で用いられるヘッジホッグシグナル伝達阻害剤は、ヘッジホッグシグナル伝達の阻害活性を有する物質であれば特に制限されず、天然に存在する物質であっても、化学的に合成された物質であってもよい。ヘッジホッグシグナル伝達阻害剤の好ましい例としては、シクロパミン、KAAD−シクロパミン(28−[2−[[6−[(3−フェニルプロパノイル)アミノ]ヘキサノイル]アミノ]エチル]−17β,23β−エポキシベラトラマン−3−オン)、KAAD−シクロパミンの類似体、ジェルビン(17,23β−エポキシ−3β−ヒドロキシベラトラマン−11−オン)、ジェルビンの類似体、SANT−1、ヘッジホッグ経路遮断抗体等が挙げられ、KAAD−シクロパミンが特に好ましい。
本工程における培地中のヘッジホッグシグナル伝達阻害剤の濃度は、用いる阻害剤の種類によって適宜設定されるが、0.01〜5μMが好ましく、0.02〜2μMがより好ましく、0.1〜0.5μMがさらに好ましい。
【0030】
本工程における培地は、さらにFGFを含む培地である。ヘッジホッグシグナル伝達阻害剤とともにFGFを培地に添加することにより、分化誘導効率を高めることができる。
本工程に用いることができるFGFとしては、FGF−1、FGF−2(bFGF)、FGF−3、FGF−4、FGF−5、FGF−6、FGF−7、FGF−8、FGF−9、FGF−10、FGF−11、FGF−12、FGF−13、FGF−14、FGF−15、FGF−16、FGF−17、FGF−18、FGF−19、FGF−20、FGF−21、FGF−22、FGF−23等をあげることができ、好ましくは、FGF−2(bFGF)、FGF−5、FGF−7、FGF−10であり、さらに好ましくはFGF−10である。これらは、天然型であってもよいしまた組換タンパクであってもよい。
本工程における培地中のFGFの濃度は、5〜150ng/mLが好ましく、10〜100ng/mLがより好ましく、20〜80ng/mLがさらに好ましい。
本工程において特に好ましい組合せは、KAAD−シクロパミンとFGF−10である。
【0031】
本工程で用いる培地は、前記工程(1)で例示した基礎培地(所望により、前記工程(1)で例示した各種添加物、血清または血清代替物を含有していてもよい)に、ヘッジホッグシグナル伝達阻害剤、さらにFGFを添加することにより調製される。本工程で用いる培地は、上記工程(1)と同種の基礎培地を用いて調製されたものであっても、異種の基礎培地を用いて調製されたものであってもよいが、好ましくは、B−27サプリメントを添加したRPMI1640培地である。なお、工程(2)においては、工程(1)よりも低い濃度のB−27サプリメントを用いることが好ましい。
【0032】
本工程は、使用する幹細胞の培養に適した培養温度(通常30〜40℃、好ましくは37℃程度)で、CO
2インキュベーター内にて培養することによって実施される。培養期間は、1日〜5日(好ましくは1日〜3日、より好ましくは1日〜2日)である。
【0033】
本工程において、内胚葉細胞が原腸管細胞に分化誘導されたことの確認は、原腸管細胞特異的に発現するタンパク質や遺伝子(以下、それらを原腸管細胞マーカーということがある)の発現変動を、例えば、抗原抗体反応を利用したタンパク質の発現評価方法や定量RT−PCRを利用した遺伝子発現評価方法等により評価することによって行うことができる。上記細胞マーカーとして、FOXA2、HNF1b、HNF4a等があげられる。
【0034】
1−3.工程(3)は、前記工程(2)で得られた細胞を、レチノイン酸受容体アゴニスト、ヘッジホッグシグナル伝達阻害剤、およびBMPシグナル伝達阻害剤を含む培地で培養することを特徴とする。好ましくは、さらにTGF−βI型アクチビン受容体様キナーゼ−4,5,7阻害剤を含む培地で培養することを特徴とする。この工程により、原腸管細胞が膵前駆細胞(pancreatic progenitor cells)へと分化誘導できる。
【0035】
本工程で用いられるレチノイン酸受容体(RAR)アゴニストは、天然に存在するレチノイドであっても、化学的に合成されたレチノイド、レチノイド骨格を持たないレチノイン酸受容体アゴニスト化合物やレチノイン酸受容体アゴニスト活性を有する天然物であってもよい。RARアゴニストとしての活性をもつ天然レチノイドの例としては、レチノイン酸(異性体が存在するが、それらも包含する)をあげることができる。レチノイン酸の例としては、これに限定されないが、オール・トランス異性体(トレチノン)、9−シス−レチノイン酸(9−シスRA)をあげることができる。また、化学的に合成されたレチノイドは当技術分野で公知である。レチノイド骨格を持たないレチノイン酸受容体アゴニスト化合物の例としては、Am80、AM580、TTNPB、AC55649が挙げられる。レチノイン酸受容体アゴニスト活性を有する天然物の例としては、ホノキオール、マグノロールが挙げられる。本工程で用いられるRARアゴニストは、好ましくはレチノイン酸、AM580(4−[[5,6,7,8−テトラヒドロ−5,5,8,8−テトラメチル−2−ナフタレニル]カルボキシアミド]ベンゾイック アシッド)、TTNPB(4−[[E]−2−[5,6,7,8−テトラヒドロ−5,5,8,8−テトラメチル−2−ナフタレニル]−1−プロペニル]ベンゾイックアシッド)、AC55649(4’−オクチル−[1,1’−ビフェニル]−4−カルボキシリックアシッド)であり、さらに好ましくはレチノイン酸である。本工程で用いられるRARアゴニストの培地中の濃度は、用いるRARアゴニストの種類によって適宜選択されるが、RARアゴニストとしてレチノイン酸を用いる場合の濃度は、通常0.1〜100μM、好ましくは0.5〜10μMである。RARアゴニストとしてTTNPBを用いる場合の濃度は、通常0.02〜20μM、好ましくは0.05〜10μMである。RARアゴニストとしてAM580を用いる場合の濃度は、通常0.02〜20μM、好ましくは0.05〜10μMである。RARアゴニストとしてAC55649を用いる場合の濃度は、通常0.02〜20μM、好ましくは0.1〜10μMである。
【0036】
本工程で用いられるヘッジホッグシグナル伝達阻害剤の例としては、工程(2)で例示したヘッジホッグシグナル伝達阻害剤があげられ、KAAD−シクロパミンが特に好ましい。本工程において用いるヘッジホッグシグナル伝達阻害剤は、工程(2)で用いたものと同じであっても異なってもよい。本工程において用いられるヘッジホッグシグナル伝達阻害剤の濃度は、用いる阻害剤の種類によって適宜設定されるが、0.01〜5μMが好ましく、0.02〜2μMがより好ましく、0.1〜0.5μMがさらに好ましい。
【0037】
本工程にもおいて用いられるBMPシグナル伝達阻害剤とは、BMPとBMP受容体(I型またはII型)との結合を介するBMPシグナル伝達の阻害活性を有する化合物を意味し、該阻害剤には、タンパク質性阻害剤および低分子阻害剤が包含される。タンパク質性阻害剤としては、天然の阻害剤であるNOGGIN、CHORDIN、FOLLISTATIN、CERBERUS、GREMLIN等を挙げることが出来る。NOGGINは、BMP受容体へのBMP4の結合を阻害することによってBMPシグナル伝達を阻害することが知られている。また、低分子阻害剤としては、転写因子SMAD1、SMAD5またはSMAD8を活性化する能力をもつBMP2、BMP4、BMP6またはBMP7を阻害する化合物である、例えばDORSOMORPHIN(6−[4−(2−ピペリジン−1−イルエトキシ)フェニル]−3−ピリジン−4−イルピラゾロ[1,5−a]ピリミジン)およびその誘導体をあげることができる。この他にも、BMPI受容体キナーゼ阻害剤としてLDN−193189(4−(6−(4−ピペラジン−1−イル)フェニル)ピラゾロ[1,5−a]ピリジン−3−イル)キノリン)およびその誘導体をあげることができる。これらの化合物は市販されており入手可能であるが、市販品として入手できない場合には、既知文献に従って調製することもできる。本工程において用いられるBMPシグナル伝達阻害としては、上記のうち特にNOGGINが好ましい。
BMPシグナル伝達阻害剤の培地中の濃度は、用いる阻害剤の種類によって適宜選択されるが、NOGGINを用いる場合の濃度は、通常10ng/ml〜1000ng/ml、好ましくは50ng/ml〜500ng/ml、さらに好ましくは100ng/ml〜500ng/ml、最も好ましくは200ng/ml〜300ng/mlである。
【0038】
本工程において任意に用いられるTGF−βI型アクチビン受容体様キナーゼ−4,5,7阻害剤は、TGF−βI型アクチビン受容体様キナーゼ(ALK)−4、ALK−5およびALK−7からなる群より選択される少なくとも一種のALKに対し阻害活性を有する化合物から選択される。本工程で用いるALK−4,5,7の阻害剤としては、SB−431542、SB−505124、SB−525334、A−83−01、GW6604、LY580276、ALK5阻害剤II、TGFβRIキナーゼ阻害剤VIIIおよびSD−208等が挙げられる。これらは市販品として入手可能であるが、市販品として入手できない場合には、既知文献に従って調製することもできる。
また、ALK−4,5,7のmRNAに対するアンチセンスオリゴヌクレオチドやsiRNA等もALK−4,5,7の阻害剤として使用することができる。
【0039】
本工程で用いるALK−4,5,7の阻害剤としては、SB−431542(4−[4−(1,3−ベンゾジオキソール−5−イル)−5−(2−ピリジニル)−1H−イミダゾール−2−イル]−ベンズアミドまたはその水和物)、A−83−01(3−[6−メチル−2−ピリジニル]−N−フェニル−4−[4−キノリニル]−1H−ピラゾル−1−カルボチオアミド)、ALK5阻害剤II(2−[3−[6−メチルピリジン−2−イル]−1H−ピラゾル−4−イル]−1,5−ナフチリジン)、TGFβRIキナーゼ阻害剤VIII(6−[2−tert−ブチル−5−[6−メチル−ピリジン−2−イル]−1H−イミダゾル−4−イル]−キノキサリン)が好ましく、SB−431542(4−[4−(1,3−ベンゾジオキソール−5−イル)−5−(2−ピリジニル)−1H−イミダゾール−2−イル]−ベンズアミドまたはその水和物)がさらに好ましい。
【0040】
ALK−4,5,7の阻害剤の培地中の濃度は、用いる阻害剤の種類によって適宜選択されるが、ALK−4,5,7の阻害剤としてSB−431542を用いる場合の濃度は、通常、0.1〜50μM、好ましくは1〜20μMである。ALK5阻害剤IIを用いる場合の濃度は、通常0.05〜50μM、好ましくは0.2〜10μMである。A−83−01を用いる場合の濃度は、通常0.05〜50μM、好ましくは0.1〜10μMである。TGFβRIキナーゼ阻害剤VIIIを用いる場合の濃度は、通常0.05〜50μM、好ましくは0.1〜10μMである。
【0041】
本工程で用いる培地は、前記工程(1)で例示した基礎培地(所望により、前記工程(1)で例示した各種添加物、血清または血清代替物を含有していてもよい)に、レチノイン酸受容体アゴニスト、ヘッジホッグシグナル伝達阻害剤、およびBMPシグナル伝達阻害剤(、好ましくはさらにTGF−βI型アクチビン受容体様キナーゼ−4,5,7阻害剤)を添加することにより調製される。本工程で用いる培地は、上記工程(1)や工程(2)と同種の基礎培地を用いて調製されたものであっても、異種の基礎培地を用いて調製されたものであってもよいが、好ましくは、B−27サプリメントを添加したDMEM培地である。
【0042】
本工程は、使用する幹細胞の培養に適した培養温度(通常30〜40℃、好ましくは37℃程度)で、CO
2インキュベーター内にて培養することによって実施される。培養期間は、2日〜10日(好ましくは3日〜9日、より好ましくは5日〜8日)である。
【0043】
本工程において、原腸管細胞が膵前駆細胞に分化誘導されたことの確認は、膵前駆細胞特異的に発現するタンパク質や遺伝子(以下、それらを膵前駆細胞マーカーということがある)の発現変動を、例えば、抗原抗体反応を利用したタンパク質の発現評価方法や定量RT−PCRを利用した遺伝子発現評価方法等により評価することによって行うことができる。上記細胞マーカーとして、PDX1、HNF6、SOX9等があげられる。
【0044】
1−4.工程(4)は、前記工程(3)で得られた細胞を、TGF−βI型アクチビン受容体様キナーゼ−4,5,7阻害剤、およびBMPシグナル伝達阻害剤を含む培地で培養することを特徴とする。好ましくは、さらにプロテインキナーゼC活性化因子を含む培地で培養することを特徴とする。この工程により、膵前駆細胞が内分泌前駆細胞(endocrine progenitor)へと分化誘導できる。
【0045】
本工程において用いられるTGF−βI型アクチビン受容体様キナーゼ−4,5,7阻害剤は、TGF−βI型アクチビン受容体様キナーゼ(ALK)−4、ALK−5およびALK−7からなる群より選択される少なくとも一種のALKに対し阻害活性を有する化合物から選択される。本工程で用いるALK−4,5,7の阻害剤としては、SB−431542、SB−505124、SB−525334、A−83−01、GW6604、LY580276、ALK5阻害剤II、TGFβRIキナーゼ阻害剤VIIIおよびSD−208等が挙げられる。これらは市販品として入手可能であるが、市販品として入手できない場合には、既知文献に従って調製することもできる。
また、ALK−4,5,7のmRNAに対するアンチセンスオリゴヌクレオチドやsiRNA等もALK−4,5,7の阻害剤として使用することができる。
【0046】
本工程で用いるALK−4,5,7の阻害剤としては、SB−431542(4−[4−(1,3−ベンゾジオキソール−5−イル)−5−(2−ピリジニル)−1H−イミダゾール−2−イル]−ベンズアミドまたはその水和物)、A−83−01(3−[6−メチル−2−ピリジニル]−N−フェニル−4−[4−キノリニル]−1H−ピラゾル−1−カルボチオアミド)、ALK5阻害剤II(2−[3−[6−メチルピリジン−2−イル]−1H−ピラゾル−4−イル]−1,5−ナフチリジン)、TGFβRIキナーゼ阻害剤VIII(6−[2−tert−ブチル−5−[6−メチル−ピリジン−2−イル]−1H−イミダゾル−4−イル]−キノキサリン)が好ましく、ALK5阻害剤IIがさらに好ましい。
【0047】
ALK−4,5,7の阻害剤の培地中の濃度は、用いる阻害剤の種類によって適宜選択されるが、ALK−4,5,7の阻害剤としてALK5阻害剤IIを用いる場合の濃度は、通常0.05〜50μM、好ましくは0.2〜10μMである。SB−431542を用いる場合の濃度は、通常、0.1〜50μM、好ましくは1〜20μMである。A−83−01を用いる場合の濃度は、通常0.05〜50μM、好ましくは0.1〜10μMである。TGFβRIキナーゼ阻害剤VIIIを用いる場合の濃度は、通常0.05〜50μM、好ましくは0.1〜10μMである。
【0048】
本工程で用いられるBMPシグナル伝達阻害剤の例としては、工程(3)で例示したBMPシグナル伝達阻害剤があげられ、NOGGINが特に好ましい。本工程において用いるBMPシグナル伝達阻害剤は、工程(3)で用いたものと同じであっても異なってもよい。本工程において用いられるBMPシグナル伝達阻害剤の濃度は、用いる阻害剤の種類によって適宜設定されるが、NOGGINを用いる場合の濃度は、通常10ng/ml〜1000ng/ml、好ましくは50ng/ml〜500ng/ml、さらに好ましくは100ng/ml〜500ng/ml、最も好ましくは200ng/ml〜300ng/mlである。
【0049】
本工程において任意に用いられるプロテインキナーゼC活性化因子は、プロテインキナーゼCシグナル伝達を活性化し、内胚葉系の細胞を膵臓特殊化に向かわせる活性を有していれば時に制限なく用いることができる。例えば、(−)−インドラクタムV(ILV)、(2S,5S)-(E,E)-8-(5-(4-(トリフルオロメチル)フェニル)-2,4-ペンタジエノイルアミノ)ベンゾラクタム、ホルボール-12-ミリステート-13-アセテート、およびホルボール-12,13-ジブチレートをあげることができるが、好ましくは、ILVである。本工程で用いられるプロテインキナーゼC活性化因子の培地中の濃度は、用いる化合物の種類によって適宜選択されるが、ILVを用いる場合の濃度は、通常1〜1000nM、好ましくは10〜500nMである。
【0050】
本工程で用いる培地は、前記工程(1)で例示した基礎培地(所望により、前記工程(1)で例示した各種添加物、血清または血清代替物を含有していてもよい)に、TGF−βI型アクチビン受容体様キナーゼ−4,5,7阻害剤、およびBMPシグナル伝達阻害剤(、好ましくはさらにプロテインキナーゼC活性化因子)を添加することにより調製される。本工程で用いる培地は、上記工程(1)、工程(2)または工程(3)と同種の基礎培地を用いて調製されたものであっても、異種の基礎培地を用いて調製されたものであってもよいが、好ましくは、B−27サプリメントを添加したDMEM培地である。
【0051】
本工程は、使用する幹細胞の培養に適した培養温度(通常30〜40℃、好ましくは37℃程度)で、CO
2インキュベーター内にて培養することによって実施される。培養期間は、1日〜5日(好ましくは1日〜3日、より好ましくは2日〜3日)である。
【0052】
本工程において、膵前駆細胞が内分泌前駆細胞に分化誘導されたことの確認は、内分泌前駆細胞特異的に発現するタンパク質や遺伝子(以下、それらを内分泌前駆細胞マーカーということがある)の発現変動を、例えば、抗原抗体反応を利用したタンパク質の発現評価方法や定量RT−PCRを利用した遺伝子発現評価方法等により評価することによって行うことができる。上記細胞マーカーとして、NGN3、PAX4、NEUROD1等があげられる。
【0053】
1−5.工程(5)は、前記工程(4)で得られた細胞を、ホスホジエステラーゼ阻害剤を含む培地で培養することを特徴とする。好ましくは、さらに、GLP−1受容体アゴニスト、ニコチンアミド、およびアデニル酸シクラーゼ活性化因子のいずれか1以上、より好ましくは2以上、特に好ましくは全てを含む培地で培養することを特徴とする。この工程により、内分泌前駆細胞が膵内分泌細胞へと分化誘導できる。
【0054】
本工程で用いられるホスホジエステラーゼ阻害剤は、ホスホジエステラーゼ(PDE)を阻害することにより、cAMPあるいはcGMPの細胞内濃度を上昇させる化合物であり、当該活性を有する限り特に制限なく用いることができるが、例えば、IBMX(3−イソブチル−1−メチルキサンチン)、ジブチルcAMP等が挙げられる。好ましくは、IBMXである。ホスホジエステラーゼ阻害剤の濃度は、用いる阻害剤の種類によって適宜選択されるが、IBMXを使用する場合の濃度は、通常5〜1000μM、好ましくは50〜500μMであり、ジブチルcAMPを使用する場合の濃度は、通常10〜4000μM、好ましくは100〜1000μMである。
【0055】
本工程で任意に用いられるGLP−1受容体アゴニストは、GLP−1(グルカゴン様ペプチド−1)の受容体に対する作動薬としての活性を有する物質である。GLP−1受容体アゴニストとしては、例えば、GLP−1、GLP−1MR剤、NN−2211、AC−2993(エキセンジン−4)、BIM−51077、Aib(8,35)hGLP−1(7,37)NH
2、CJC−1131等をあげることができるが、特に、エキセンジン−4が好ましい。これらの物質は市販されており入手可能でありが、市販品として入手できない場合には、既知文献に従って調製することもできる。他にも、多くのGLP−1受容体作動薬が市販されており、それらも本工程で用いることができる。GLP−1受容体アゴニストの培地中の濃度は、用いるアゴニストの種類によって適宜選択されるが、エキセンジン−4を用いる場合の濃度は、通常1〜1000ng/ml、好ましくは10〜500ng/ml、より好ましくは20〜200ng/mlである。
【0056】
本工程では、ニコチンアミド(ナイアシンまたはニコチン酸アミドとも呼ばれる)をその培地中に添加することができる。ニコチンアミドは、そのポリADPリボース合成阻害剤としての機能により、膵β細胞の細胞死を抑制することが報告されている。当該ニコチンアミドの培地中の濃度は、通常0.1〜20mM、好ましくは5〜20mMである。
【0057】
本工程では、アデニル酸シクラーゼ活性化因子をその培地中に添加することができる。アデニル酸シクラーゼ活性化因子としては、例えば、フォルスコリンまたはその誘導体をあげることができる。アデニル酸シクラーゼ活性化因子の培地中の濃度は、用いる活性化因子の種類によって適宜選択されるが、フォルスコリンを用いる場合の濃度は、通常0.1〜100μM、好ましくは2〜50μである。
【0058】
本工程で用いる培地は、前記工程(1)で例示した基礎培地(所望により、前記工程(1)で例示した各種添加物、血清または血清代替物を含有していてもよい)に、ホスホジエステラーゼ阻害剤(、好ましくはさらに、GLP−1受容体アゴニスト、ニコチンアミド、およびアデニル酸シクラーゼ活性化因子のいずれか1以上、より好ましくは2以上、特に好ましくは全て)を添加することにより調製される。本工程で用いる培地は、上記工程(1)〜(4)の何れかと同種の基礎培地を用いて調製されたものであっても、異種の基礎培地を用いて調製されたものであってもよいが、好ましくは、B−27サプリメントを添加したDMEM/F12培地である。
【0059】
本工程は、使用する幹細胞の培養に適した培養温度(通常30〜40℃、好ましくは37℃程度)で、CO
2インキュベーター内にて培養することによって実施される。培養期間は、1日〜15日(好ましくは2日〜10日、より好ましくは5日〜10日)である。
【0060】
本工程において、内分泌前駆細胞が膵内分泌細胞に分化誘導されたことの確認は、膵内分泌細胞特異的に発現するタンパク質や遺伝子(以下、それらを膵内分泌細胞マーカーということがある)の発現変動を、例えば、抗原抗体反応を利用したタンパク質の発現評価方法や定量RT−PCRを利用した遺伝子発現評価方法等により評価することによって行うことができる。また、培地中に分泌される膵ホルモンの量を測定することにより評価することもできる。培地中に分泌される膵ホルモンの量の測定は、ウエスタンブロッティング解析、ELISA法などの方法またはそれに準じる方法等により行なうことができる。上記細胞マーカーとして、INS、GCG、SST等があげられる。
【0061】
上記のとおり本発明は、幹細胞からインスリン産生細胞の分化誘導方法を提供するが、本発明の工程(2)〜工程(5)を用いれば、本発明の工程(1)を経て得られた内胚葉細胞以外の内胚葉細胞を出発材料として膵生前駆細胞を効率良く分化誘導することもできる。従って、本発明はまた、内胚葉細胞を出発材料としたインスリン産生細胞の分化誘導方法であり、幹細胞由来の内胚葉細胞を、以下の工程(a)〜(d)で培養することを特徴とする、インスリン産生細胞の分化誘導方法:
(a)内胚葉細胞を、ヘッジホッグシグナル伝達阻害剤、およびFGFを含む培地で培養する工程、
(b)前記工程(a)で得られた細胞を、レチノイン酸受容体アゴニスト、ヘッジホッグシグナル伝達阻害剤、およびBMPシグナル伝達阻害剤(、好ましくはさらにTGF−βI型アクチビン受容体様キナーゼ−4,5,7阻害剤)を含む培地で培養する工程、
(c)前記工程(b)で得られた細胞を、TGF−βI型アクチビン受容体様キナーゼ−4,5,7阻害剤、およびBMPシグナル伝達阻害剤(、好ましくはさらにプロテインキナーゼC活性化因子)を含む培地で培養する工程、および
(d)前記工程(c)で得られた細胞を、ホスホジエステラーゼ阻害剤(、好ましくはさらに、GLP−1受容体のアゴニスト、ニコチンアミド、およびアデニル酸シクラーゼ活性化因子のいずれか1以上、より好ましくは2以上、特に好ましくは全て)を含む培地で培養する工程、
でもある。
上記のそれぞれの工程で培地に添加される物質の例は、既に上記した通りである。
【0062】
本発明の分化誘導方法を用いて、幹細胞をインスリン産生細胞へ効率的に分化誘導することができ、それにより、インスリンを特異的に産生する細胞(インスリン分泌促進物質および高血糖に反応してC−ペプチドを分泌する細胞であって、他の膵ホルモンに比べてインスリン発現能力が有意に優れている細胞)を大量に供給できる。このインスリン産生細胞は、医薬(特に細胞医療のための医薬)や、糖尿病治療薬を開発するためのツールとして用いることができる。
【0063】
上記に本発明を説明したが、以下本発明の方法の好ましい態様について、いくつかの例を挙げて説明する。
本発明の方法の一つの好ましい態様における特徴は、高濃度のNOGGINが、未分化幹細胞を、PDX1陽性膵臓前駆細胞へ、次いでNGN3発現膵内分泌前駆細胞への分化を特異的に増強する一方、肝臓や腸の細胞への誘導を抑制するのに重要な役割を果たすことである。また、本発明の方法の他の好ましい態様における特徴は、機能的に成熟したβ細胞の様々なマーカーを発現するインスリンシングルポジティブ細胞(INSULIN-single positive cell)への分化のために、エキセンジン−4とニコチンアミドとともにIBMXが重要な役割を果たすことである。そして、このような好ましい態様を用いて分化誘導された細胞は、様々なインスリン分泌促進物質および高グルコースに応答して放出される内因性のC−ペプチドのプールを含んでいる。
【0064】
本発明の方法の別の好ましい態様における特徴は、本明細書で示した5段階の分化誘導プロトコルに従い、hiPS細胞から、内因性インスリンプールを有しそしてグルコースに敏感な態様でインスリン分泌することができる機能的INS産生β細胞を作製することができ、成熟したINSシングルポジティブ膵臓β細胞への分化を誘導することができることである。
本発明の方法の一つの好ましい態様において、ステージ3で膵臓前駆細胞を誘導するために、RA、KAAD−シクロパミン、SB431542およびNOGGINを組み合わせた処理が用いられる。ヘッジホッグシグナル伝達は、ゼブラフィッシュとマウスの胚発生期間中、膵臓内分泌細胞のRAが媒介する仕様(RA-mediated specification)に拮抗することが報告されている。それ故、このステージでのKAAD−シクロパミンとRAの使用は、それらの既知の重要性と一致している。本発明の分化誘導系においては、AFP陽性細胞は、高濃度のNOGGIN(200〜300ng/mL)で減少するが、このことは、BMPが、膵臓分化に要求されるが、肝分化には阻害的であるということと一致している。BMPシグナル伝達はまた、SMAD4を介してCDX2の発現を増加させるが、このことは、NOGGINによるCDX2のダウンレギュレーションを説明できるかもしれない。
【0065】
本発明の方法の他の一つの好ましい態様において、ステージ4で、Alk5i、ILVおよびNOGGINの組み合わせを適用して、膵臓の前駆細胞からのEP細胞の効率的な誘導が行われる。このようにして、そのほとんどがNEUROD1およびPAX4を共発現しているNGN3発現EP細胞を高い割合で誘導できる。
さらに、NGN3転写物は、このステージで高発現し、そして、1または2日以上の日数以内に徐々に消失したが、このことは、インビボでのこの遺伝子の一過性発現と一致する。膵臓内分泌細胞、特にβ細胞の分化の重要な調節因子であるNKX6.1は、ステージ3とステージ4の細胞の両方で発現されており、このことは、本発明の培養系で誘導した前駆細胞が、膵β細胞へと分化する能力を有していることを示している。
【0066】
本発明の方法の別の一つの好ましい態様において、ステージ5で、エキセンジン−4およびニコチンアミドに加えて、IBMXおよびFRKLの両方が用いられ、C−ペプチド産生細胞の誘導を促進できる。IBMXおよびFRKLは、細胞内cAMPを増加させることが知られており、このことは、細胞内cAMPレベルがINS陽性細胞の分化を増強する重要な要因の一つであることを示唆している。
また、IBMXとFRKLの組合せのすべての条件で、優勢なC−ペプチド/PDX1ダブルポジティブ細胞を観察される。C−ペプチドを発現しなかったPDX1陽性細胞もまた存在していたが、これらの細胞は、高度にPDX1陽性であり、上皮前駆細胞またはその前駆体かもしれない。エキセンジン−4およびニコチンアミドに加えて、IBMXおよびFRKLは、C−ペプチドポジティブ細胞への分化を同様に促進するが、エキセンジン−4、ニコチンアミドおよびIBMXの組合せは、以下の考察に基づくと、INS−発現細胞への内分泌前駆細胞の誘導のためのより良い条件であると考えることができる。まず、SST−シングルおよびCP/SSTダブルポジティブ細胞の数は、IBMXベースの条件よりも、FPKLベースの条件の方が比較的高かったが、このことは、IBMXとFRKLの両方が細胞内cAMPを増加したものの、FRKLが他の経路に作用することによりSSTポジティブ細胞を促進した可能性があることを示唆している。第二に、PDX1シングルポジティブ細胞の数もまた、IBMXベースの条件よりもFRKLベースの条件で高かったことは、FRKLはまた、他の細胞型を作製するために作用したことを反映している。第三に、β細胞特異的な遺伝子の発現が、FRKLに誘導される細胞よりもIBMX誘導細胞では比較的高かった。
【0067】
ポリホルモン性(polyhormonal)細胞の存在は、げっ歯類およびヒトの両者で、初期の胎児の発達の主要な移行段階の間に報告されている。ポリホルモン性細胞が膵内分泌前駆細胞や膵臓の発達の胎児段階に属する未熟細胞型を表すかどうかは不明である。以前の研究では、移植後のポリホルモン性細胞が生体内でGCG発現細胞へと分化したこと、そして、ダイナミッククロマチンリモデリングが、この成熟した細胞型へのこの移行の間に起こることが報告されている。最近では、免疫不全マウスに移植したヒトES細胞由来の膵臓内胚葉細胞が、グルコース応答性INS分泌細胞へとさらに分化および成熟することが示されており、このことは、インビトロで得られた膵臓の前駆体が生体内で成熟しうることを示唆している。本発明者らは、本発明の分化誘導培養において、IBMXの添加が効果的にポリホルモン性細胞を減少し、そしてINSシングルポジティブ細胞を増加させたことを示した。したがって、本発明の方法を用いて、インビトロで、正しいステージにおける正しいシグナル伝達経路の活性化によって、INSシングルポジティブ細胞を誘導することが可能であることを示している。
【0068】
本発明の方法における特徴として、NOGGINおよびIBMXの両方が、hiPS由来細胞からのINSシングルポジティブ細胞の作製において重要な役割を果たしている。本発明者らにより、本発明の一つの実施態様として、IBMXに関わりなくINSポジティブ細胞を作製するためにステージ3および4においてNOGGINの添加が不可欠である一方、ステージ3および4における高濃度のNOGGIN(200ng/mL)とともにステージ5のIBMXは協同して、INSシングルポジティブ細胞の作製を促進しそして制御していることが確認された。従って、本発明の一つの態様としての、高濃度のNOGGINおよびIBMXの組合せによるNOGGINとIBMXの複合効果が、内因性C−ペプチド含有量とグルコース刺激性C−ペプチド分泌を改善し、さらに、機能的に成熟したβ細胞を作製するために重要である。
【0069】
本発明の別の一つの好ましい態様として、ゼノフリーの分化誘導系が提供される。動物由来の物質は臨床用途には望ましくない。そのため、hiPS細胞は、将来の臨床用途におけるリスクを最少化するために、ゼノフリー培養系で作製され、維持され、そして分化されなければならない。本明細書の記載の方法は、幹細胞(例えば、hiPS細胞)の維持と分化の両方において、フィーダー細胞なしでゼノフリーの足場、補完物および因子を使用して、hiPS細胞をINSポジティブ細胞へと分化させることができる。
【0070】
2.細胞を含む医薬
本発明は、上記した本発明の分化誘導方法により製造されたインスリン産生細胞を含む医薬を提供する。ここで、インスリン産生細胞とは、インスリン分泌促進物質または高血糖に反応してC−ペプチドを分泌する細胞であって、他の膵ホルモンに比べてインスリン発現能力が有意に優れている細胞である。
本発明の分化誘導方法は、ゼノフリーの培養系においても、効率よくインスリン産生細胞を分化誘導(製造)することができる。従って、本発明の医薬は、哺乳動物(例えば、ヒト、マウス、ラット、モルモット、ブタ、サル)に投与した際に、異種抗原汚染がなく安全である。
本発明の医薬のヒトへの投与形態(移植方法)としては、例えば、ヒト患者の右下腹部に小切開を置き、腸間膜の細い血管を露出して直視下にカテーテルを挿入して細胞を移植する方法;エコーにて肝臓の門脈を同定して、カテーテルを穿刺して細胞を移植する方法;または腹部エコーガイド下に脾臓を直接穿刺することにより脾臓に移植する方法(Nagata H,Ito M,Shirota C,Edge A,McCowan TC,Fox IJ:Route of hepatocyte delivery affects hepatocyte engraftment in the spleen.Transplantation,76(4):732−4,2003.参照)があげられる。なかでも、エコーを用いて細胞移植を行う方法の方が、侵襲が少ないため好ましく、このような方法の具体例として、腹部エコーガイド下に直接穿刺することにより脾臓や肝臓に移植する方法が挙げられる。本発明の医薬の投与量(移植量)は、例えば、1×10
8〜1×10
10細胞/個体、好ましくは、5×10
8〜1×10
10細胞/個体、さらに好ましくは、1×10
9〜1×10
10細胞/個体である。本発明の医薬において、患者本人の細胞あるいは組織適合型が許容範囲のドナーの細胞を用いて作成されたインスリン産生細胞、特にはゼノフリー培養系で分化誘導(製造)したインスリン産生細胞を用いることが好ましい。また、本発明の医薬の投与量(移植量)は、投与される患者の年齢、体重、症状などによって適宜変更することができる。
【0071】
本発明の医薬のうち、インスリン産生細胞を含む医薬は、それ自体の投与(移植)により、患者の体内でインスリンの産生(分泌)が可能となり、インスリン産生(分泌)の低下に起因する疾患である糖尿病の治療に有用である。
【0072】
3.スクリーニング方法
本発明はまた、上記した本発明のインスリン産生細胞の分化誘導方法により作製されたインスリン産生細胞を用いた糖尿病治療薬のスクリーニング方法である。
本発明のスクリーニング方法は、例えば、以下のようにして実施される。
本発明で分化誘導したインスリン産生細胞を用い、(a)試験化合物存在下でインスリン産生細胞を培養した場合と、(b)試験化合物非存在下でインスリン産生細胞を培養した場合における、該細胞内のインスリン発現量または該細胞外へのインスリン分泌量をそれぞれ測定し、比較する方法が挙げられる。
【0073】
インスリン発現量としては、インスリンの発現量、インスリンをコードするポリヌクレオチド(例、mRNAなど)の発現量などが挙げられる。インスリンの発現量および分泌量は、公知の方法、例えば、インスリンを認識する抗体を用いて、細胞抽出液中や培地中などに存在するインスリンを、ウエスタンブロッティング解析、ELISA法などの方法またはそれに準じる方法等により測定することができる。
インスリンのmRNA量の測定は、公知の方法、例えば、ノーザンハイブリダイゼーション、S1マッピング法、PCR法、定量RT−PCR法、DNAチップあるいはアレイ法またはそれに準じる方法に従って行うことができる。
【0074】
インスリン産生細胞の培養は、インスリンが発現および/または分泌される条件下であれば特に限定されず公知の方法に従って行うことができる。培地としては、例えば、約1〜20%の牛胎児血清を含む、MEM培地、DMEM培地、RPMI 1640培地、または199培地が用いられる。
試験化合物としては、特に制限がなく、例えば、合成化合物、天然化合物、低分子化合物、ペプチド、タンパク質、ならびに、動植物または生体由来の抽出物をあげることができる。
本発明のスクリーニング方法を用いて、インスリン産生を抑制(阻害)する物質および促進する物質のいずれも検出することができる。このようにしてスクリーニングされたインスリン産生を促進する物質は、糖尿病治療薬として有用である。
【実施例】
【0075】
以下、実施例を用いて本発明を詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0076】
(A)材料および方法
(1)セルライン
ヒトiPS(hiPS)セルラインを用いた。hiPSセルラインは、国立成育医療研究センター(東京、日本)の豊田らによって確立された(Yamazoeら、J Cell Sci 26, 5391-5399, 2013)Toeを、NIBIO(日本)のセルバンクから得た。 Toeは、当初は、非特許文献11に記載の異種混入条件下で増殖させ、未分化の状態で維持した。
【0077】
(2)ゼノフリー(異種非含有)での未分化hiPS細胞の培養
凍結保存されたhiPS細胞を溶解し、ゼノフリー条件下で、ゼノフリー合成足場(Synthemax II −SC基板、Corning)でコーティングされたCellBIND細胞培養皿(Corning)上で、hiPS細胞維持培地で培養した。異種含有培養での維持培地は、ペニシリン−ストレプトマイシン(50単位/mL ペニシリン、50μg/mL ストレプトマイシン、ナカライテスク)、2mM L−グルタミン(L−Gln、ナカライテスク)、1%非必須アミノ酸(NEAA、Life Technologies)、0.1mM 2−メルカプトエタノール(2−ME、Sigma-Aldrich)、20%(v/v)ノックアウト血清代替物(Kockout SR、Life Technologies)、および5ng/mLの組換えヒトFGF2(rhFGF2、Pepro Tech)を補充したKockout DMEM/F12(Life Technologies)からなる。これに対し、Knockout SRおよびrhFGF2 をそれぞれ、Kockout SR xeno−free Cell Therapy System(CTS)(Life Technologies)およびxeno−free rhFGF2(Pepro Tech)に置き換え、1% Knockout SR growth factor cocktail CTS(Life Technologies)を添加し、ゼノフリー培養のための、維持培地を調製した。未分化hiPS細胞は、手動で、細胞解離緩衝液(Life Technologies)を用いて細胞コロニーを解離させて、細胞スクレーパー(Asahi)を使用して小さなクラスタを回収することにより、3〜4日ごとに1:3の割合で継代した。細胞は、当初異種含有条件の下で拡張させ、次いで、分化に使用する前に、ゼノフリー条件下で連続して継代した。
【0078】
(3)未分化hiPS細胞のインビトロでの分化
膵臓分化は、3代継代後、未分化hiPS細胞を、TrypLE Select CTS(Life Technologies)を用いて分離した後、セルスクレーパーを用いて回収し、Synthemax II−SC Substrateでコーティングした96ウェルのCellBIND細胞培養プレート上に1×10
5細胞/ウェルの密度で播種した。その後、細胞を、10μM Rock 阻害剤(Y−27632、和光)を加えたゼノフリー維持培地を用いて1日間培養し、次いで、Rock阻害剤無しで、80〜90%コンフルエントになるまでさらに1〜2日間培養した。その後、細胞を、以下に示す膵臓分化のための主要なステージへと向けた:胚体内内胚葉細胞(DE、ステージ1)、原腸管細胞(PG、ステージ2)、膵臓前駆細胞(PP、ステージ3)、内分泌前駆細胞(EP、ステージ4)、およびホルモン発現内分泌細胞(EC、ステージ5)(
図2参照)。
【0079】
ステージ1では、分化を開始するために、細胞を最初にCa2
+およびMg2
+(Sigma-Aldrich)を含まないPBSでの軽く洗浄し、次いで、ペニシリン−ストレプトマイシン、2mM L−Gln、1%NEAA、0.1mM 2−ME、2%(v/v) B27supplement XenoFree CTS(Life Technologies)、100ng/mL組換えヒトアクチビンA(Act、HumanZyme)、および3μM CHIR99021(TOCRIS Bioscience)を添加したDMEM高グルコース培地(Life Technologies)で2日間培養し、引き続きさらに3日間、CHIR99021なしで培養した。培地は、1日毎に新しくした。
【0080】
ステージ2では、細胞を、ペニシリン−ストレプトマイシン、2mM L−Gln、1% NEAA、0.1mM 2−ME、1%(v/v) B27 supplement XenoFree CTS、0.25 μM KAAD−シクロパミン(Cyc、Stemgent)、および50 ng/mlの組換えヒト線維芽細胞増殖因子10(FGF10、Pepro Tech)を添加したPRMI 1640培地(Life Technolofgies)で培養した。
【0081】
ステージ3では、細胞を、ペニシリン−ストレプトマイシン、2mM L−Gln、1%NEAA、0.1mM 2−ME、1%(v/v) B27 supplement XenoFree CTS、2μM オールトランスレチノイン酸(RA、Stemgent)、0.25μM Cyc、10μM SB431542(SB、TGF−βIアクチビン受容体様キナーゼ−4,5,7阻害剤、CALBIOCHEM)、および200ng/mlの組換えヒトNOGGIN(Nog、BMPシグナル伝達阻害剤、R&D Systems)を添加したDMEM高グルコース培地で6日間培養した。培地は2日毎に交換した。
【0082】
ステージ4では、細胞を、ペニシリン−ストレプトマイシン、2mM L−Gln、1%NEAA、0.1mM 2−ME、1%(v/v) B27 supplement XenoFree CTS、5μM Alk5i(TGF−βIアクチビン受容体様キナーゼ−4,5,7阻害剤、CALBIOCHEM)、300nM (−)インドラクタムV(ILV、R&D Systems)、および200ng/mL Nogを添加したDMEM高グルコース培地で2日間培養した。
【0083】
ステージ5では、細胞を、ペニシリン−ストレプトマイシン、2mM L−Gln、1%NEAA、0.1mM 2−ME、および1%(v/v) B27 supplement XenoFree CTSを添加したDMEM/F12培地を用いて、50ng/mlのエキセンジン−4(Ex−4、Cell Sciences)、10mM ニコチンアミド(NA、Sigma-Aldrich)、および/または100μM 3−イソブチル−1−メチルキサンチン(IBMX、ホスホジエステラーゼ阻害剤、和光)、および/または10μM フォルスコリン(FRKL、アデニル酸シクラーゼ活性化剤、和光)の条件にて8日間培養した。培地は2日毎に交換した。
【0084】
ゼノフリー培養では、培地の成分/因子を、0.1%ヒト血清アルブミン(HSA、Sigma-Aldrich)、PBS、またはDMSOを用いて再構成した。同様のゼノフリー培養技術を、他の2つの市販されているゼノフリー足場である、CELLstart(Life Technologies)および組換えヒトビトロネクチン(rhVTN、Life Technologies)上でのhiPS細胞の維持および分化にも用いた。
【0085】
(4)フリーサイトメトリー
フローサイトメトリーは、Martinら(非特許文献12)に記載の方法に若干の修正を加え、異種抗原性因子N−グリコリルノイラミン酸(Neu5Gc)に対して行った。簡単に述べると、細胞を15分間37℃で、細胞解離緩衝液で処理して解離し、マイクロピペットを用いて単一細胞懸濁液として回収した。次いで、細胞をPBSで2回洗浄した後、0.5%(v/v)のブロッキング剤(BA、Sialix)を加えたPBS(0.5%BA/PBS)を用いて1回洗浄した。染色は、全量50μl中の1.0×10
6細胞を、0.5%BA/PBS中、ニワトリ抗Neu5Gc IgY抗体(Ab)(1:200希釈、Sialix)、ニワトリIgYネガティブコントロール(1:200希釈、Sialix)とともに、あるいは一次抗体なしで、60分間、4℃でインキュベートした。0.5%BA/PBSで3回洗浄した後、細胞を、0.5%BA/PBS中で、1:500希釈のAlexa Fluor 488ロバ抗ニワトリ抗体(Molecular Probes)とともに60分間、4℃でインキュベートした。フローサイトメトリーは、BD FACSCanto フローサイトメーター(BD Biosciences)で実施し、FlowJoソフトソフトウェアバージョン7.6.5(Tree Star, Inc.)を用いて分析した。
【0086】
(5)定量RT−PCR分析
総RNAを、TRI試薬(Sigma-Aldrich)を用いて各ステージの細胞から抽出し、ゲノムDNAの混入は、デオキシリボヌクレアーゼI(Sigma-Aldrich)で消化することにより除去した。成人ヒト膵臓の総RNAは、市販品(Clontech)を購入した。cDNAは、オリゴdTおよびReverTraAce RT−試薬キット(東洋紡)を用いて、2.0μgのRNAから調製した。リアルタイムPCRに用いたプライマー配列を、その長さとともに下記の表1に示す(フォワードプライマーの配列を上から配列番号1〜30、リバースプライマーの配列を上から配列番号31〜60とする)。リアルタイムPCRは、7500FASTリアルタイムPCRシステム(Applied Biosystems)で行った。PCR増幅は、10μLの2хThunderbird SybrqPCR Mix(東洋紡)、8.5μLのミリQ水、0.5μLの0.25μMフォワードおよびリバースプライマー、および1.0μLの鋳型cDNA、を含む全量20μlの反応混合物中で行い、40サイクル(サイクル条件:50℃で2分間、95℃で10分間、および、95℃で15秒間と60℃で1分の40サイクル)で停止した。各標的遺伝子の発現は、ハウスキーピング遺伝子であるグリセルアルデヒド−3−リン酸デヒドロゲナーゼ(GAPDH)の発現レベルに対して標準化した。
【0087】
【表1】
【0088】
(6)アルカリホスファターゼ(AP)染色
培養細胞は、4%(w/v)パラホルムアルデヒド(ナカライテスク)で固定し、PBSで洗浄し、次いでアルカリホスファターゼ緩衝液(100mMトリス−HCl[pH9.5]、100mMNaCl、50mMMgCl
2、および0.1%Tween−20)とともに、室温で30分間インキュベートした。次に、発色反応を、35μg/mLの4−ニトロブルーテトラゾリウムクロライドおよび17.5μg/mLの5−ブロモ−4−クロロ−3−インドリルリン酸(Roche Diagnostics)を用いて、暗所にて、室温で30分間行った。その後、細胞を、1mMEDTA/PBSで洗浄し、4%パラホルムアルデヒドで固定し、最後に画像を取得した。
【0089】
(7)免疫細胞化学分析
細胞を、4%パラホルムアルデヒドで固定し、15分間PBSで洗浄し、次いで、1%トリトンX−100(ナカライテスク)で10分間処理して透過性処理した。PBST(PBS中、0.1%Tween−20[ナカライテスク])で洗浄した後、細胞を、20%(v/v)ブロッキングワン(Blocking one)(BO:ナカライテスク)を添加したPBST(20%BO/PBST)で1時間ブロッキングし、次いで、一次抗体とともに4℃で一晩インキュベートした。以下の一次抗体を使用した:マウス抗OCT3/4(1:100、Santa Cruz Biotechnology、sc−5279);ウサギ抗NANOG(1:100、リプロセル、RCAB003P);マウス抗SSEA4(1:100、R&D Systems、BAM1435);マウス抗TRA 1−81(1:100、ミリポア、MAB4381);ウサギ抗SOX2(1:100、ミリポア、AB5603);マウス抗SSEA1(1:100、BioLegend、125603);ヤギ抗SOX17(1:100、R&D Systems、AF1924);ウサギ抗HNF3β/FOXA2(1:300、ミリポア、#07−633);ヤギ抗HNF4α(1:100、Santa Cruz Biotechnology、SC− 6556);ヤギ抗PDX1(1:100、R&D Systems、AF2419);ウサギ抗HNF6(1:100、Santa Cruz Biotechnology、sc−13050);ウサギ抗SOX9(1:200、ミリポア、AB5535);マウス抗CDX2(1:500、BioGenex、MU392−UC);マウス抗AFP(1:200、MONOSAN、MON4035);ヒツジ抗NGN3(1:200、R&D Systems、AF3444);ウサギ抗PAX4(1:200、Abcam、ab42450);ヤギ抗NEUROPED1(1:100、R&D Systems、AF2746);モルモット抗インスリン(1:500、DAKO、A0564);ウサギ抗C−ペプチド(1:200、Cell Signaling Technology、#4593);マウス抗グルカゴン(1:300、Sigma-Aldrich、G2654);ヤギ抗ソマトスタチン(1:500、Santa Cruz Biotechnology、sc−7819);ウサギ抗ソマトスタチン(1:500、DAKO、A0566);ウサギ抗膵臓POLYPEPTIDE(1:300、DAKO、A0619);マウス抗アミラーゼ(1:100、Santa Cruz Biotechnology、sc−46657);ウサギ抗UCN3(1:500、Phoenix Pharmaceuiticals、G−019−28)、ヤギ抗−ISL1(1:100、R&D Systems、AF1837);およびウサギ抗IAPP(1:200、Abacam、ab15125)。翌日、細胞を、PBSTで洗浄後、1:1000に希釈した二次抗体(Alexa Fluor 488−,568−,または633−を接合したロバまたはヤギの、抗マウス、抗ヤギ、抗ウサギ、抗ヒツジまたは抗モルモットIgG)(Molecular Probes)とともに、暗所で、室温で、2時間インキュベートした。一次および二次抗体は全て、20%BO/PBSTで希釈した。核は、4’、6−ジアミジノ−2−フェニルインドール二塩酸(DAPI、Roche Applied Science)で対比染色した。PBSTで3回洗浄した後、最終的に画像を、ImageXpress Microスキャニングシステム(Molecular Devices、日本)で取得し、MetaXpress細胞画像解析ソフトウェア(Molecular Devices、日本)を用いて定量分析を行った。
【0090】
(8)C−ペプチド(分泌および分泌量)分析
ステージ5の終わりの分化した細胞を、最初に、最小必須培地、2.5mMグルコースおよび1%B27 Supplement XenoFree CTSを含有するDMEM(Life Technologies)で30分間、37℃でインキュベートした。この最初のインキュベーションは洗浄として扱った。その後培地を捨て、次いで、ウェル当たり100μlの2.5mMのグルコースを含有するDMEMで、37℃で1時間インキュベートした。上清を回収し、同一の細胞をさらに、20mMグルコースを含有するDMEMまたは2.5mMのグルコースを含有するDMEMに、さらに種々の刺激因子、例えば、2μMの(−)−Bay K8644(Sigma-Aldrich)、100μMのトルブタミド(和光)、250μMのカルバコール(Sigma-Aldrich)、0.5mMのIBMX、または30mMの塩化カリウム(KCl)(和光)を添加した培地にて、1時間培養した。上清を再度回収し、分析まで−20℃で保存した。最後に、1%プロテアーゼインヒビターカクテル(ナカライテスク)を含有するPBS中の0.01%トリトンX−100を用いて細胞を溶解し、細胞内のC−ペプチドおよびタンパク質レベルを定量した。C−ペプチドレベルは、ヒトC−ペプチドELISAキット(ALPCO Diagnostics)を用いて、製造者の指示に従って測定した。細胞溶解物中の全タンパク質は、BIO−RAD試薬キット(Bio-Rad Laboratories)を用いて定量した。C−ペプチドの量は、全タンパク質の対応する量に対して標準化した。
【0091】
(B)実施例および比較例
実施例1:ゼノフリー条件での未分化hiPS細胞の自己複製および維持
(A)(2)に従って、ゼノフリー条件下で、未分化hiPS細胞を継代した。その結果、ヒト多能性幹細胞培養物の異種汚染の指標であるN−グリコリルノイラミン酸(Neu5Gc)のレベルが、2継代(P2)後は、ゼノフリー条件で増殖したhiPS細胞において検出できないレベルまで低下したことを見出した。ゼノフリー条件で増殖したhiPS細胞(P3)は、アルカリホスファターゼ染色およびOct4、NANOG、SOX2、TRA1−81およびSSEA−4の発現によって確認したところ、それらの指標は、異種含有条件(P0)で増殖したhiPS細胞のそれと同様であり、自己複製および多能性を維持していることが確認された。hiPS細胞分化に関連したマーカーであるSSEA1の発現は検出できず、このことは、hiPS細胞がゼノフリー条件で未分化状態に維持されていることを示唆している。
図1に示すように、ゼノフリー条件で約30継代まで増殖したhiPS細胞は、シャープなエッジ、フラットそして密に詰まったコロニーの構造という多能性幹細胞の特徴である、独特の形態を示した。従って、本発明者らが見出したゼノフリー系は、hiPS細胞の多能性を維持しつつ、細胞を、非ヒト由来因子からの汚染なしの状態にするのに有効であることが判った。
【0092】
実施例2:高濃度NOGGIN存在下での膵臓前駆細胞への分化
段階的にプロトコルを最適化することで、ゼノフリー条件下で、hiPS細胞を膵臓ホルモン発現細胞へと分化させる5段階のプロトコルの開発を試みた。上記(A)(3)に記載の条件にて、未分化hiPS細胞から内分泌細胞への分化を行った。分化の5段階のプロトコルの概略を
図2に示す。
最初に、ゼノフリー条件で、膵臓を生じる胚細胞層である胚体内内胚葉細胞を作製することにした。ステージ1では、hiPS細胞を、アクチビンA、およびGSK3β特異的阻害剤であるCHIR99021とともに2日間培養し、次いで、アクチビンAのみで3日間培養して、胚体内内胚葉細胞(DE)への分化を誘導した。
図3に示すように、ステージ1の終わりで、殆どの細胞はSOX17/FOXA2二重陽性細胞(全細胞の71.7±2.8%)に分化し、DEマーカー遺伝子であるSOX17の転写物を発現していたが、一方、未分化hiPA細胞マーカー遺伝子であるOCT4は著しく減少していた。
【0093】
ステージ2では、FGF10およびヘッジホッグシグナル伝達阻害剤であるKAAD−シクロパミンを添加するとともに、アクチビンAを取り除き、原腸管(PG)への移行を可能にした。
図4に示すように、ステージ2の終わりにて、HNF4a/FOXA2二重陽性細胞の大きな割合(全細胞の77.7±2.3%)およびの腸管マーカー遺伝子であるFOXA2、HNF1bおよびHNF4aのアップレギュレーションを検出した。
【0094】
ステージ3では、レチノイン酸(RA)、KAAD−シクロパミン、SB431542(SB、TGF−βI型アクチビン受容体様キナーゼ−4,5,7阻害剤)、およびNOGGIN(BMPシグナル伝達阻害剤)を用いた組合せ処理により、PG細胞のPDX1陽性膵臓前駆(PP)細胞への分化を誘導した。NOGGINを、培地に、100、200および300ng/mL添加(Nog 100、Nog 200、Nog 300)して分化細胞を作製した。各遺伝子の発現を定量RT−PCRおよび免疫細胞化学分析により確認した。定量RT−PCRの結果を
図5に、免疫細胞化学分析の結果を
図6に示す。100ng/mLのNOGGIN処理で、培養細胞のかなりの割合がAFP陽性の肝細胞およびCDX2陽性(主にPDX1/CDX2−二重陽性)の腸前駆細胞として出現したが、それらは、200〜300ng/mLのNOGGIN処理で著しく減少した(
図5、上パネル)。定量RTPCR分析の結果も、高濃度のNOGGINで、CDX2およびAFP遺伝子発現が著しく減少し、一方、PDX1および後部前腸遺伝子であるHNF6およびNKX6.1の発現は、著しくアップレギュレートされていることを示していた(
図5、下パネル)。初期膵臓背側芽の遺伝子であるHLXB9の発現も、著しくアップレギュレートされていた(
図5、下パネル)。これらの結果は、BMPシグナル伝達が膵臓の運命への分化を阻害し、高濃度のNOGGINが、高い割合の膵臓前駆細胞への分化をもたらすことを示唆している。
ステージ3の培地で200ng/mLのNOGGINを添加した場合は、PDX1陽性細胞の約62%がHNF6と共発現しており、約59%がSOX9と共発現していた一方、全DAPI陽性細胞の、たった8%の細胞がCDX−2陽性であり、4%の細胞がAFP陽性であった(
図5上パネル、
図6)。これらの結果より、高濃度のNOGGINは、膵臓への分化を誘導する一方、他の分家系等への分化を抑制した。このことは、高濃度のNOGGINは、効率的に膵臓前駆細胞への分化を導いたことを示唆している。
【0095】
実施例3:高割合での細胞のNGN3陽性膵内分泌前駆細胞への分化
Alk5i(TGF−βI型アクチビン受容体キナーゼ−4,5,7阻害剤)、NOGGIN、およびプロテインキナーゼC活性化因子の処理が、膵前駆細胞から内分泌前駆細胞(EP)への分化を促進することが報告されている(非特許文献5)。ゼノフリー系において、これらの因子を用いて膵前駆細胞からNGN3陽性内分泌前駆細胞への分化を試験した。各遺伝子の発現を定量RT−PCRおよび免疫細胞化学分析により確認した。定量RT−PCRの結果を
図7に、免疫細胞化学分析の結果を
図8および9に示す。ステージ4の培地に、Alk5i、200ng/mLのNOGGIN、およびILV(プロテインキナーゼC活性化因子)を添加したときに、NGN3転写産物が顕著にアップレギュレートされた一方、AFPおよびCDX2転写物がステージ3細胞と同レベルに維持されていた(
図7)。しかしながら、ステージ4の培地において、NOGGIN無しまたは低濃度のNOGGINを添加したときは、AFPおよびCDX2転写物はステージ3と比べて増加し、そしてAFPおよびCDX2陽性細胞が表れた(
図7、
図8)。200ng/mLのNOGGINは、膵臓前駆細胞の内分泌前駆細胞への分化を案内しながらAFPおよびCDX2陽性細胞の再出現を抑制するために必要であることが判った。
【0096】
ステージ4では、ステージ3の細胞と比べ、分化した細胞では、NEUROD1およびPAX4などの内分泌前駆細胞遺伝子の転写産物も顕著に増加した(
図9)。免疫染色の結果は、Alk5i、200ng/mLのNOGGIN、およびILVで処理した場合に、77.1(±2.2)%がNGN3を発現し、それらの殆どがNEUROD1およびPAX4を共発現していたことを示した(
図9)。このことは、内分泌前駆系統への分化の確約を反映している。
【0097】
実施例4:IBMXによる内分泌前駆細胞からのインスリン陽性細胞への高割合での誘導
次に、内分泌前駆細胞からインスリン(INS)発現細胞への分化を行った。ステージ5において、培地に、エキセンジン−4(GLP−1受容体のペプチドアゴニスト)、ニコチンアミド、IBMX(ホスホジエステラーゼ阻害剤)、およびフォルスコリン(FRKL、アデニル酸シクラーゼ活性化因子)を添加した。各遺伝子の発現を定量RT−PCRおよび免疫細胞化学分析により確認した。定量RT−PCRの結果を
図10に、免疫細胞化学分析の結果を
図11および
図12に示す。定量RT−PCRの結果は、分化した細胞が、INS、グルカゴン(GCG)およびソマトスタチン(SST)転写物を発現したことを示したが、GCGの発現レベルは、INSおよびSSTと比較して、すべての条件において非常に低かった(
図10)。
【0098】
ステージ5の基本培地(DMEM/F12、1% B27、エキセジン−4、およびニコチンアミド)にIBMXまたはFRKLあるいはその両方を添加した場合に、INS発現は有意にアップレギュレートされた。免疫染色の結果は、分化した細胞の5〜8%に及ぶ細胞が、新規(de novo)のインスリン合成の副産物であるC−ペプチド(CP)陽性であった(
図11、
図12)。全ての条件において、GCG−シングルポジティブ細胞(〜0.3−0.6%)またはCP/GCG−ダブルポジティブ(〜0.3−1.4%)細胞の割合は非常に少なかった。SST−シングルポジティブ(〜0.75−2.25%)細胞またはCP/SST−ダブルポジティブ細胞(〜1.2−2.4%)は、GCG−ポジティブ細胞に比べて割合が高かった。IBMX、FRKLまたは両方で処理した細胞のうちのCPシングルポジティブ細胞の割合は、それぞれ、〜6.5−6.7%、〜5.6−6.4%、〜5.1−5.6%であり、それらは対照DMSOで処理したもの(〜3.2−3.6%)よりも有意に高かった(
図11、
図12)。CP/SST−ダブルポジティブ細胞およびSST−シングルポジティブ細胞の割合は、KFRL処理およびIBMX+KFRL処理において、DMSO処理細胞より高かった。またFRKL処理におけるCP/SSTダブルポジティブ細胞の割合およびIBMX+FRKL処理細胞におけるSSTシングルポジティブ細胞の割合は、IBMX処理細胞よりも有意に高かった(
図11、
図12)。
【0099】
免疫染色の結果もまた、DMSO処理条件(〜15%)に比べて、IBMX、FRKL、およびIBMX+FRKLの条件において、それぞれ、〜22%、〜27%、〜28%という有意に高い割合のPDX1ポジティブ/CPネガティブ細胞を示した。これらは、殆ど単層で観察され、クラスタ化された構造中には観察されなかった。このことは、それらがまだ、膵臓前駆段階の未成熟な細胞である可能性を示している。これらの全ての培養条件において、各実験で、非常に少ないPANCREATIC POLYPEPTIDE−ポジティブおよびAMYLASE−ポジティブ細胞が観察された。
また、定量RT−PCRを用いて、4つの全ての条件における細胞の、β細胞特異的マーカー、例えば、PDX1、NKX6.1、MAF−A、ISL−1、UROCORTIN−3(UCN3)、GLUKOKINASE(GCK)、膵島アミロイドポリペプチド(IAPP)およびSLC30A8のmRNA発現を評価した。結果を
図13に示す。DMSO−誘導細胞よりもIBMX誘導分化細胞において、これらの全て条件でβ−細胞成熟遺伝子の発現レベルが有意に高かった。
【0100】
グルコース応答における分化した細胞のC−ペプチドの分泌レベルを調べたところ、空腹状態を真似た2.5mMの細胞外グルコースレベルでは、C−ペプチドシグナルの限界検出のみが確認された。結果を
図14左図に示す。これに対し、20mMのグルコースに応答して、全ての条件で、C−ペプチド分泌は有意に上昇した(ベースの2.1〜2.7倍)。また、4つの条件の全てで細胞内のC−ペプチド含有量を検出した。そのレベルは、DMSOにより誘導された細胞(〜46ng/mgタンパク質)に比べ、IBMX誘導細胞(〜66ng/mgタンパク質)およびFRKL誘導細胞(〜62ng/mgタンパク質)で有意に高かった。結果を
図14右図に示す。このことは、分化した細胞内にC−ペプチドプールが存在することを裏付けている。
【0101】
実施例5:インビトロで作製されたINS発現細胞の成熟特性
誘導されたINS発現細胞の成熟β細胞特性を確認するために、様々なインスリン分泌促進物質に対して応答させた分化した細胞内のC−ペプチド分泌を試験した。結果を
図15に示す。塩化カリウム(KCl)の添加による細胞の直接の脱分極は、1時間のインキュベーション中の分泌C−ペプチドを〜8.3倍に増加させた。細胞内の機能的KATPチャンネルの存在は、KATPチャネル遮断薬であるトルブタミドを添加した基準レベルに対してC−ペプチドの放出が〜3.0倍に増加したことから裏付けられる。L型VDCCアゴニストである(−)BAY K8644の処理は、C−ペプチド放出を〜4.9倍び刺激し、このことは、VDCC(s)の機能的な活性化を示唆している。さらに、インスリン分泌に影響を及ぼすcAMPに対する細胞応答性を評価した。IBMX(ホスホジエステラーゼ阻害剤)を用いたcAMPレベルの増加は、約4.9倍の増加を示し、そしてカルバコール(ムスカリン作動薬)処理は、分泌されたC−ペプチドレベルを約7.0倍に増加した。結果を
図15に示す。免疫細胞化学分析はまた、多くのINSポジティブまたはCPポジティブ細胞がβ細胞成熟マーカーである、UROCORTIN−3(UCN3)、IAPPおよびISL1を共発現していることを示した。結果を
図16に示す。これらの結果は、培養中に誘導されたINS発現細胞は、機能的に成熟していたことを示唆している。
【0102】
実施例6:hiPS由来細胞からINS発現細胞への分化に対するNOGGINとIBMXの効果
hiPS細胞由来の細胞を適切に導き、INSシングルポジティブ細胞へと分化させるキーとなる因子を検討したところ、NOGGINとIBMXが協同して、hiPS由来細胞からINS発現細胞への分化を高めることが判った。ステージ3と4で200ng/mLのNOGGIN(Nog 200)を添加し、そしてステージ5でIBMXを添加した場合のみ、INSの転写物発現が有意にアップレギュレートされたが、NOGGIN不存在では、hiPS由来細胞は、非常に低いレベルのINSしか発現しなかった(
図17)。
免疫細胞化学分析の結果は、INSポジティブ細胞は、NOGGIN不存在では殆ど検出されなかったが、NOGGINを200ng/mL添加すると、NOGGINを100ng/mL添加した場合に比べて高割合のEC細胞をもたらすことを示した(
図18、
図19)。IBMXと200ng/mLのNOGGINの添加は、さらに、INS−シングルポジティブ細胞の割合を増加させた。分化誘導工程においてIBMXと高濃度のNOGGIN(200 ng/mL)を用いた場合に、C−ペプチド含量およびGSIS活性もまた有意に増加した(
図21)。上記の結果は、NOGGINとIBMXが協同して、hiPS由来細胞のINS産生細胞への分化を促進し制御していることを支持している。
【0103】
実施例7:インビトロで作製されたINS発現細胞の異種汚染の確認
分化した細胞における非ヒト由来の汚染の程度を、Neu5Gcの発現を検出することによって評価した。フローサイトメトリーの結果、ゼノフリー培養条件を用いた場合に、ステージ4およびステージ5の終わりにて、Neu5Gcの発現は検出できなかった。このことは、本発明で用いた分化誘導系がゼノフリーであることを示している。また、他の市販のゼノフリー足場上で、膵臓分化を検討したところ、CELLstart(フィブロネクチンから成る)およびrhVTN基質から剥がした細胞は、大きな塊を形成することを見出した(
図21)。したがって、CELLstartおよびrhVTNは、長期の分化培養において、Synthemaxほど適していなかった。さらに、膵臓系譜への分化効率も、CELLstartまたはrhVTNよりもSynthemaxが優れていた。このことは、PDX1、HNF6、NKX6.1、HLXB9およびINSの有意に高い発現、およびAFPおよびCDX2遺伝子の有意に低い発現によって示された(
図22)。
【0104】
上記したように、本発明者らは、ヒト化および/または組換えの補助物質および因子を含有する無血清培地と合成足場(synthetic scaffold)を使用して、初めてのhiPS細胞からインスリン発現β細胞を誘導するための、定義されたゼノフリー培養系を確立した。そして、本発明者らは、BMPシグナル伝達阻害剤であるNOGGINと、ホスホジエステラーゼ阻害剤であるIBMXが協同的に働くことにより、hiPS由来細胞が、様々なインスリン分泌促進物質および高血糖に反応してC−ペプチドの分泌を示し、また、機能的に成熟したβ細胞のいくつかのマーカーを発現する機能的に成熟したインスリン発現細胞に分化することを増強しそしてそのように導くことを示した。
【0105】
上記の記載は、本発明の目的および対象を単に説明するものであり、添付の特許請求の範囲を限定するものではない。添付の特許請求の範囲から離れることなしに、記載された実施態様に対しての、種々の変更および置換は、本明細書に記載された教示より当業者にとって明らかである。