【実施例】
【0024】
以下に、実施例を挙げ、本発明を更に詳細に説明するが、本発明の主旨を超えない限り、本発明は、かかる実施例に限定されるものではない。
【0025】
1.引張強さの測定方法
炭素繊維の単繊維の最大引張荷重を、JIS R7606に準拠した方法で、インストロン社製「万能材料試験機5582」を用いて測定した。
【0026】
2.比表面積の測定方法
炭素繊維の比表面積を、Quantachrome社製「Autosorb−1」を用いて、BET法により測定した。尚、吸着ガスとしてクリプトンガスを用いた。
【0027】
3.サイジング剤により表面処理された炭素繊維製品からのデサイジング
改質炭素繊維の製造に用いる炭素繊維素材は、サイジング剤により集束された炭素繊維束の市販品である、東レ社製高性能炭素繊維「トレカT700SC−12000」(商品名、以下、「市販品」という。)の表面被覆樹脂部を、以下の方法により除去(デサイジング)したものである。
はじめに、市販品を、25℃のアセトン中に24時間浸漬した後、アセトン、エタノール及び水、の順に、25℃で10分間ずつ、超音波洗浄を行い、大気雰囲気中、120℃で乾燥した。
次いで、
図1に示すデサイジング処理装置4を用いて、洗浄した炭素繊維束41における表面被覆樹脂部の残渣の熱分解を、酸素含有率が低減されたアルゴン雰囲気にて行い、実質的に炭素原子からなる炭素繊維の束を、熱分解前の炭素繊維の形状を維持した状態で回収した。単繊維の直径は、約7.0μmである。
具体的には、上記のようにして洗浄した炭素繊維束41を、熱処理炉45内に配設されたアルミナ製炉心管47の中に設置した状態で、アルゴン供給部42から酸素ポンプ43を介して、酸素含有率が低減されたアルゴンを炉心管47内に連続的に供給し、昇温速度5℃/分にて500℃まで加熱し、500℃で1時間熱処理を行った。尚、炭素繊維束41を、熱処理炉45内に配設していないときの、500℃における炉心管47内の酸素分圧は10
−31atmであり、また、炭素繊維束41の熱分解を行っているときの、炉心管47から排出された気体の酸素分圧(センサー温度:736℃)は約10
−22atmであった。
【0028】
4.改質炭素繊維の製造装置
改質炭素繊維の製造に用いた装置は、
図2に示される。この製造装置6は、表面処理に供される炭素繊維素材(炭素繊維束)5を内部に配置する炭素繊維処理部(以下、「炭素繊維処理ユニット」という。)7、及び、飽和水蒸気を含む気体を、電磁誘導加熱された発熱体86により加熱して、過熱水蒸気を含む高温気体を製造する高温気体製造部(以下、「気体加熱ユニット」という。)8を、取り外し可能として上下に配し、更に、いずれも図示していないが、高周波交流電源、水蒸気製造用ボイラー、送気ポンプ、水蒸気を気体加熱ユニット8内に供給するために、水蒸気製造用ボイラーと気体加熱ユニット8における気体導入部82とを連結する配管、並びに、窒素を気体加熱ユニット8内に供給するために、窒素供給部と気体加熱ユニット8における気体導入部82とを連結する配管、を備える。
【0029】
気体加熱ユニット8において、発熱体86は、La
0.8Sr
0.2MnO
3+δからなる円板型焼結体(直径24mm、厚さ10mm)により構成される。
この円板型焼結体を5個単位で用い、
図3に示すように、焼結体の中心を結んだときに正五角形を描くように、隣り合う焼結体の外周側面を線接触させつつ配置してこれを1段とし、アルミナ製のヒータスペーサを介して、上方に36度ずつずらして段積した。これにより、積み上げられた焼結体に包囲されて上下に通気可能な構造を備える複合型の発熱体86を得た。そして、この発熱体86を、支持台(図示せず)の上に設置した状態で、チタン酸アルミニウム(Al
2TiO
5)からなる円筒状の外装体(内径69mm)84の内部に、その内壁に接触しないように、配置した。また、この外装体84の外側であって、発熱体86を包囲するように且つ外装体84の外壁に接触しないように、螺旋状の励磁コイル88を配設した。
【0030】
炭素繊維処理ユニット7は、チタン酸アルミニウム(Al
2TiO
5)からなる円筒状の外装体(内径69mm)72の内壁に、チタン酸アルミニウムからなる炭素繊維配置部74を形成し、直線状の炭素繊維素材(炭素繊維束)5が、外装体72の直径を描くように、炭素繊維素材(炭素繊維束)5を配置した。発熱体86により生成した過熱水蒸気を含む高温気体は、送気ポンプの作用により、気体加熱ユニット8から一定速度で上昇して炭素繊維処理ユニット7内に供給され、炭素繊維素材(炭素繊維束)5に接触する。炭素繊維素材(炭素繊維束)5の表面処理は、炭素繊維処理ユニット7内に配置された熱電対77(炭素繊維の処理温度確認用の熱電対)により、高温気体(過熱水蒸気を含む雰囲気)が所定の温度であることを確認したところで開始される。
尚、表面処理に供される炭素繊維素材(炭素繊維束)5の処理温度を一定に保持しやすくするために、1面側から他面側に通気性を有する、最小孔径が黒崎播磨社製多孔質アルミナフォーム「ファインポーラスセラミックスFSA−07」からなる円板状部材(厚さ4mm)76、78が、炭素繊維素材(炭素繊維束)5の下方側及び上方側に、それぞれ、配されて、炭素繊維素材(炭素繊維束)5が、炭素繊維処理ユニット7における外装体72の内壁と、多孔質部材76、78とで包囲されたような処理室が形成されている。
【0031】
5.改質炭素繊維の製造
製造装置6は、上記のように、炭素繊維処理ユニット7と、気体加熱ユニット8とを、取り外し可能とすることができるので、以下の実験においては、炭素繊維処理ユニット7における準備と、気体加熱ユニット8における準備とを別々に行った。
まず、高周波交流電源から、励磁コイル88に周波数50kHzの電圧を供給して、発熱体86を発熱させた。そして、水蒸気製造用ボイラーにより得られた飽和水蒸気を、5kg/時間の速度で、気体導入部82から気体加熱ユニット8内に供給した。その後、発熱体86を駆動させて、400℃以上の所定の温度の過熱水蒸気からなる雰囲気を形成可能であることを確認した。尚、実施例又は比較例の改質炭素繊維を製造する際には、内部の炭素繊維配置部74に炭素繊維素材(炭素繊維束)5を設置した炭素繊維処理ユニット7を、気体加熱ユニット8の上部に組み付けた状態で、飽和水蒸気並びに窒素ガス及び/又は二酸化炭素ガスの所定量を、気体加熱ユニット8内に供給した。
【0032】
実施例1
飽和水蒸気の供給量を5kg/時間で固定し、92体積%の飽和水蒸気に対して、4体積%の窒素ガスと、4体積%の二酸化炭素ガスとなるように調整した混合気体を、気体導入部82から気体加熱ユニット8内に供給した。そして、気体加熱ユニット8内の発熱体86により加熱し、上記速度で連続的に炭素繊維処理ユニット7に供給した。その後、熱電対77により混合ガスの温度が500℃であることを確認したところで、この温度における炭素繊維素材(デサイジングされた炭素繊維束)5の加熱処理を開始するとともに、気体加熱ユニット8における原料ガスの更なる加熱を中断した。500℃における加熱処理を5分間行った後、放冷した。次いで、熱電対77により雰囲気温度が400℃であることを確認し、炭素繊維処理ユニット7を気体加熱ユニット8から取り外し、改質炭素繊維束を得た。
その後、上記の方法により、試験数20として単繊維の引張強さを測定したところ、平均値5.20GPaを得た(
図4参照)。また、この引張強さのワイブル分布から求めたワイブル形状母数は5.59であった。尚、この
図4において示されたプロットは、複数試料の測定値における平均値を反映するものであり、プロットの上下に明示したエラーバーは、測定値の正規分布の標準偏差σの値を反映するものである。
【0033】
実施例2
炭素繊維素材(炭素繊維束)5の処理に用いた原料ガスの温度を500℃に代えて400℃とし、また、炭素繊維処理ユニット7を気体加熱ユニット8から取り出す温度を350℃とした以外は、実施例1と同様にして、炭素繊維素材(炭素繊維束)5の加熱処理を行い、改質炭素繊維束を得た。そして、単繊維の引張強さを測定したところ、平均値5.71GPaを得た(
図4参照)。ワイブル形状母数は4.37であった。また、比表面積を測定したところ、0.49m
2/gであった。
【0034】
実施例3
炭素繊維素材(炭素繊維束)5の処理に用いた原料ガスの温度を500℃に代えて600℃とした以外は、実施例1と同様にして、炭素繊維素材(炭素繊維束)5の加熱処理を行い、改質炭素繊維束を得た。そして、単繊維の引張強さを測定したところ、平均値4.64GPaを得た(
図4参照)。ワイブル形状母数は6.83であった。
【0035】
比較例1
炭素繊維素材(炭素繊維束)5から取り出した単繊維の引張強さを測定したところ、平均値3.78GPaを得た(
図4参照)。ワイブル形状母数は5.33であった。また、比表面積を測定したところ、0.37m
2/gであった。
【0036】
比較例2
炭素繊維素材(炭素繊維束)5の処理に用いた原料ガスの温度を500℃に代えて700℃とした以外は、実施例1と同様にして、炭素繊維素材(炭素繊維束)5の加熱処理を行い、改質炭素繊維束を得た。そして、単繊維の引張強さを測定したところ、平均値3.65GPaを得た(
図4参照)。ワイブル形状母数は5.96であった。また、比表面積を測定したところ、0.48m
2/gであった。
【0037】
比較例3
炭素繊維素材(炭素繊維束)5の処理に用いた原料ガスの温度を500℃に代えて800℃とした以外は、実施例1と同様にして、炭素繊維素材(炭素繊維束)5の加熱処理を行い、改質炭素繊維束を得た。そして、単繊維の引張強さを測定したところ、平均値3.40GPaを得た(
図4参照)。ワイブル形状母数は7.72であった。
【0038】
実施例4
炭素繊維素材(炭素繊維束)5の処理に用いた原料ガスを、96体積%の飽和水蒸気、2体積%の窒素ガス及び2体積%の二酸化炭素ガスからなるものとした以外は、実施例1と同様にして、炭素繊維素材(炭素繊維束)5の加熱処理を行い、改質炭素繊維束を得た。そして、単繊維の引張強さを測定したところ、平均値4.73GPaを得た(
図4参照)。ワイブル形状母数は4.07であった。
【0039】
実施例5
炭素繊維素材(炭素繊維束)5の処理に用いた原料ガスを、96体積%の飽和水蒸気、2体積%の窒素ガス及び2体積%の二酸化炭素ガスからなるものとし、この原料ガスの温度を500℃に代えて600℃とした以外は、実施例1と同様にして、炭素繊維素材(炭素繊維束)5の加熱処理を行い、改質炭素繊維束を得た。そして、単繊維の引張強さを測定したところ、平均値4.18GPaを得た(
図4参照)。ワイブル形状母数は5.66であった。
【0040】
比較例4
炭素繊維素材(炭素繊維束)5の処理に用いた原料ガスを、96体積%の飽和水蒸気、2体積%の窒素ガス及び2体積%の二酸化炭素ガスからなるものとし、この原料ガスの温度を500℃に代えて700℃とした以外は、実施例1と同様にして、炭素繊維素材(炭素繊維束)5の加熱処理を行い、改質炭素繊維束を得た。そして、単繊維の引張強さを測定したところ、平均値3.97GPaを得た(
図4参照)。ワイブル形状母数は6.55であった。
【0041】
比較例5
炭素繊維素材(炭素繊維束)5の処理に用いた原料ガスを、96体積%の飽和水蒸気、2体積%の窒素ガス及び2体積%の二酸化炭素ガスからなるものとし、この原料ガスの温度を500℃に代えて800℃とした以外は、実施例1と同様にして、炭素繊維素材(炭素繊維束)5の加熱処理を行い、改質炭素繊維束を得た。そして、単繊維の引張強さを測定したところ、平均値3.10GPaを得た(
図4参照)。ワイブル形状母数は6.06であった。
【0042】
比較例6
炭素繊維素材(炭素繊維束)5の処理に、500℃の過熱水蒸気のみを用いた以外は、実施例1と同様にして、炭素繊維素材(炭素繊維束)5の加熱処理を行い、改質炭素繊維束を得た。そして、単繊維の引張強さを測定したところ、平均値3.86GPaを得た(
図4参照)。ワイブル形状母数は4.92であった。
【0043】
比較例7
炭素繊維素材(炭素繊維束)5の処理に、600℃の過熱水蒸気のみを用いた以外は、実施例1と同様にして、炭素繊維素材(炭素繊維束)5の加熱処理を行い、改質炭素繊維束を得た。そして、単繊維の引張強さを測定したところ、平均値3.51GPaを得た(
図4参照)。ワイブル形状母数は4.40であった。
【0044】
比較例8
炭素繊維素材(炭素繊維束)5の処理に、700℃の過熱水蒸気のみを用いた以外は、実施例1と同様にして、炭素繊維素材(炭素繊維束)5の加熱処理を行い、改質炭素繊維束を得た。そして、単繊維の引張強さを測定したところ、平均値3.25GPaを得た(
図4参照)。ワイブル形状母数は4.00であった。また、比表面積を測定したところ、0.53m
2/gであった。
【0045】
比較例9
炭素繊維素材(炭素繊維束)5の処理に、800℃の過熱水蒸気のみを用いた以外は、実施例1と同様にして、炭素繊維素材(炭素繊維束)5の加熱処理を行い、改質炭素繊維束を得た。そして、単繊維の引張強さを測定したところ、平均値3.15GPaを得た(
図4参照)。ワイブル形状母数は4.72であった。
【0046】
比較例10
炭素繊維素材(炭素繊維束)5の処理に用いた原料ガスを、96体積%の飽和水蒸気及び4体積%の窒素ガスからなるものとした以外は、実施例1と同様にして、炭素繊維素材(炭素繊維束)5の加熱処理を行い、改質炭素繊維束を得た。そして、単繊維の引張強さを測定したところ、平均値4.08GPaを得た(
図4参照)。ワイブル形状母数は4.93であった。
【0047】
比較例11
炭素繊維素材(炭素繊維束)5の処理に用いた原料ガスを、96体積%の飽和水蒸気及び4体積%の窒素ガスからなるものとし、この原料ガスの温度を500℃に代えて600℃とした以外は、実施例1と同様にして、炭素繊維素材(炭素繊維束)5の加熱処理を行い、改質炭素繊維束を得た。そして、単繊維の引張強さを測定したところ、平均値3.94GPaを得た(
図4参照)。ワイブル形状母数は5.00であった。
【0048】
比較例12
炭素繊維素材(炭素繊維束)5の処理に用いた原料ガスを、96体積%の飽和水蒸気及び4体積%の窒素ガスからなるものとし、この原料ガスの温度を500℃に代えて700℃とした以外は、実施例1と同様にして、炭素繊維素材(炭素繊維束)5の加熱処理を行い、改質炭素繊維束を得た。そして、単繊維の引張強さを測定したところ、平均値3.55GPaを得た(
図4参照)。ワイブル形状母数は4.53であった。また、比表面積を測定したところ、0.47m
2/gであった。
【0049】
比較例13
炭素繊維素材(炭素繊維束)5の処理に用いた原料ガスを、96体積%の飽和水蒸気及び4体積%の窒素ガスからなるものとし、この原料ガスの温度を500℃に代えて800℃とした以外は、実施例1と同様にして、炭素繊維素材(炭素繊維束)5の加熱処理を行い、改質炭素繊維束を得た。そして、単繊維の引張強さを測定したところ、平均値3.35GPaを得た(
図4参照)。ワイブル形状母数は4.02であった。
【0050】
比較例14
炭素繊維素材(炭素繊維束)5の処理に用いた原料ガスを、96体積%の飽和水蒸気及び4体積%の二酸化炭素ガスからなるものとし、この原料ガスの温度を500℃に代えて500℃とした以外は、実施例1と同様にして、炭素繊維素材(炭素繊維束)5の加熱処理を行い、改質炭素繊維束を得た。そして、単繊維の引張強さを測定したところ、平均値3.84GPaを得た(
図4参照)。ワイブル形状母数は4.51であった。
【0051】
比較例15
炭素繊維素材(炭素繊維束)5の処理に用いた原料ガスを、96体積%の飽和水蒸気及び4体積%の二酸化炭素ガスからなるものとし、この原料ガスの温度を500℃に代えて600℃とした以外は、実施例1と同様にして、炭素繊維素材(炭素繊維束)5の加熱処理を行い、改質炭素繊維束を得た。そして、単繊維の引張強さを測定したところ、平均値3.82GPaを得た(
図4参照)。ワイブル形状母数は4.80であった。
【0052】
比較例16
炭素繊維素材(炭素繊維束)5の処理に用いた原料ガスを、96体積%の飽和水蒸気及び4体積%の二酸化炭素ガスからなるものとし、この原料ガスの温度を500℃に代えて700℃とした以外は、実施例1と同様にして、炭素繊維素材(炭素繊維束)5の加熱処理を行い、改質炭素繊維束を得た。そして、単繊維の引張強さを測定したところ、平均値3.46GPaを得た(
図4参照)。ワイブル形状母数は5.58であった。また、比表面積を測定したところ、0.40m
2/gであった。
【0053】
比較例17
炭素繊維素材(炭素繊維束)5の処理に用いた原料ガスを、96体積%の飽和水蒸気及び4体積%の二酸化炭素ガスからなるものとし、この原料ガスの温度を500℃に代えて800℃とした以外は、実施例1と同様にして、炭素繊維素材(炭素繊維束)5の加熱処理を行い、改質炭素繊維束を得た。そして、単繊維の引張強さを測定したところ、平均値3.29GPaを得た(
図4参照)。ワイブル形状母数は5.56であった。
【0054】
図4から明らかなように、本発明の実施態様である実施例1〜5で得られた改質炭素繊維の引張強さは、比較例1の処理前の炭素繊維の引張強さに比べて、1.1倍以上高かった。従って、破壊の起点となる表面の欠陥が残存した状態では、その表面がサイズ剤等で被覆されたものであっても、強度の改善は得られず、穏和な酸化反応により、炭素繊維自体を改質することが効果的であることが分かる。