(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6597078
(24)【登録日】2019年10月11日
(45)【発行日】2019年10月30日
(54)【発明の名称】被削性に優れた機械構造部材用鋼管とその製造方法
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20191021BHJP
C21D 8/10 20060101ALI20191021BHJP
C21D 9/08 20060101ALI20191021BHJP
C22C 38/06 20060101ALI20191021BHJP
C22C 38/50 20060101ALI20191021BHJP
B21B 23/00 20060101ALI20191021BHJP
B21B 37/74 20060101ALI20191021BHJP
【FI】
C22C38/00 301Z
C21D8/10 A
C21D9/08 E
C22C38/06
C22C38/50
B21B23/00 Z
B21B37/74 C
【請求項の数】13
【全頁数】16
(21)【出願番号】特願2015-174488(P2015-174488)
(22)【出願日】2015年9月4日
(65)【公開番号】特開2017-48441(P2017-48441A)
(43)【公開日】2017年3月9日
【審査請求日】2018年5月9日
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100077517
【弁理士】
【氏名又は名称】石田 敬
(74)【代理人】
【識別番号】100087413
【弁理士】
【氏名又は名称】古賀 哲次
(74)【代理人】
【識別番号】100113918
【弁理士】
【氏名又は名称】亀松 宏
(74)【代理人】
【識別番号】100187702
【弁理士】
【氏名又は名称】福地 律生
(74)【代理人】
【識別番号】100140121
【弁理士】
【氏名又は名称】中村 朝幸
(74)【代理人】
【識別番号】100172269
【弁理士】
【氏名又は名称】▲徳▼永 英男
(72)【発明者】
【氏名】上田 侑正
(72)【発明者】
【氏名】加藤 文士
【審査官】
伊藤 真明
(56)【参考文献】
【文献】
特開2007−119865(JP,A)
【文献】
特開2006−274310(JP,A)
【文献】
特開2006−274315(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00−38/60
C21D 8/10
C21D 9/08− 9/14
B21B 23/00
B21B 37/74
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.30〜0.60%、Si:0.05〜0.40%、Mn:0.50〜1.00%、P:0.03%以下、S:0.005〜0.03%、Al:0.01〜0.08%を含有し、残部Fe及び不可避的不純物からなるシームレス鋼管であって、
(i)上記鋼管の金属組織が、マルテンサイトを含まず、(a)微細パーライト、又は、ベイナイトを含む微細パーライト、及び、(b)旧オーステナイト粒界に不連続に析出した、面積率で15%未満のフェライトからなり、
(ii)上記鋼管の肉厚t(mm)の中心から、肉厚方向に±0.45tの範囲の硬度が、250〜300Hvであり、
(iii)前記金属組織における微細パーライトのラメラー間隔が、前記シームレス鋼管の肉厚t(mm)の中心から、肉厚方向に±0.45tの範囲で、0.05〜3.00μmである
ことを特徴とする被削性に優れた機械構造部材用鋼管。
【請求項2】
前記シームレス鋼管が、さらに、質量%で、N:0.0060%以下を含有することを特徴とする請求項1に記載の被削性に優れた機械構造部材用鋼管。
【請求項3】
前記シームレス鋼管が、さらに、質量%で、O:0.0060%以下を含有することを特徴とする請求項1又は2に記載の被削性に優れた機械構造部材用鋼管。
【請求項4】
前記シームレス鋼管が、さらに、質量%で、Ti:0.002〜0.05%、Cr:0.05〜0.50%、Ni:0.05〜1.00%、Cu:0.05〜1.00%、Mo:0.05〜0.50%、及び、Nb:0.001〜0.10%の1種又は2種以上を含有することを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の被削性に優れた機械構造部材用鋼管。
【請求項5】
前記シームレス鋼管の肉厚が5〜30mmであることを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載の被削性に優れた機械構造部材用鋼管。
【請求項6】
前記金属組織における微細パーライトのラメラー間隔が0.05〜3.00μmであることを特徴とする請求項1〜5のいずれか1項に記載の被削性に優れた機械構造部材用鋼管。
【請求項7】
前記金属組織の引張強度が、740〜900MPaであることを特徴とする請求項1〜6のいずれか1項に記載の被削性に優れた機械構造部材用鋼管。
【請求項8】
請求項1〜4のいずれか1項に記載のシームレス鋼管を950〜1100℃に加熱し、次いで、840℃以上から、冷却速度50℃/秒以上で加速冷却を開始し、350〜550℃で加速冷却を停止することにより、
(i)上記鋼管を、マルテンサイトを含まず、(a)微細パーライト、又は、ベイナイトを含む微細パーライト、及び、(b)旧オーステナイト粒界に不連続に析出した、面積率で15%未満のフェライトからなる金属組織とし、
(ii)上記鋼管の肉厚t(mm)の中心から、肉厚方向に±0.45tの範囲の硬度を、250〜300Hvとする
ことを特徴とする被削性に優れた機械構造部材用鋼管の製造方法。
【請求項9】
前記加速冷却を、シームレス鋼管を円周方向に回転して行うことを特徴とする請求項8に記載の被削性に優れた機械構造部材用鋼管の製造方法。
【請求項10】
前記加速冷却の停止後、放冷することを特徴とする請求項8又は9に記載の被削性に優れた機械構造部材用鋼管の製造方法。
【請求項11】
前記シームレス鋼管の肉厚が5〜30mmであることを特徴とする請求項8〜10のいずれか1項に記載の被削性に優れた機械構造部材用鋼管の製造方法。
【請求項12】
前記シームレス鋼管が、請求項1〜4のいずれか1項に記載のシームレス鋼管と成分組成が同じ円筒状ビレットを圧延及び延伸して製造したものであることを特徴とする請求項8〜11のいずれか1項に記載の被削性に優れた機械構造部材用鋼管の製造方法。
【請求項13】
前記円筒状ビレットの直径が、100〜180mmであることを特徴とする請求項12に記載の被削性に優れた機械構造部材用鋼管の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、機械構造部材、特に、シリンダ、シャフト等の中空の駆動系機械構造部材に好適な被削性に優れた機械構造部材用鋼管とその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車、産業機械、及び、建産機に使用する機械部品は、多くの場合、棒鋼素材を鍛造や切削で所定の形状に加工し、その後、調質熱処理で所要の機械特性を付与して使用する。一方、機械部品のコストダウンのため、中空形状の機械部品には、必要な機械特性を既に有する鋼管素材を用い、鍛造工程及び/又は熱処理工程の短縮又は省略を図る試みがなされている。
【0003】
しかし、一般に、鋼管素材は、棒鋼素材より高価であるので、鋼管素材を中空形状の機械部品の製造に用いても、工程の短縮・省略によるコストダウン効果が得られない場合がある。
【0004】
例えば、特許文献1には、鋼管製造コストのさらなる低減のため、熱間製管後の調質熱処理を省略した、機械構造用の非調質型継目無鋼管が提案されているが、強度の確保のために所要量の合金元素を添加するので、必然的にコストの上昇は避けらず、また、製鋼プロセス上の困難を伴う場合がある。
【0005】
そこで、熱間製管の直後に加速冷却を行って、強度の向上を図る方法が提案されている。例えば、特許文献2には、最終仕上げ圧延後の鋼管の内表面を放冷し、外表面をAr
3点以上の温度から10〜60℃/秒で、550〜400℃まで冷却し、以後放冷する高強度シームレス鋼管の製造方法が提案されている。
【0006】
上記高強度シームレス鋼管では、C量が、マルテンサイトの生成抑制のため、0.3%以下に制限されているが、機械構造用鋼管の場合、部品加工の後、部品表面に高周波焼き入れを施し、疲労特性や耐摩耗性を付与する場合が多い。
【0007】
高周波焼入れで得られる表面硬さはC量で決まり、通常、所要の表面強度を得るためには、0.3%以上のC量が必要であるが、高C量の鋼管を加速冷却すると、鋼管表面が局所的に硬化して、その後の切断や機械加工が困難になり、また、焼割れが発生することがある。
【0008】
上記背景を踏まえ、特許文献3には、C:0.3超〜0.6質量%の機械構造部材用鋼管を、高価な合金を添加せず、また、調質熱処理をせずに、安価に製造する方法が提案されている。しかし、特許文献3の機械構造部材用鋼管においては、円周方向及び長手方向において硬さのバラツキが生じ、安定した加工精度が得られず、その原因は、フェライトの不均一生成にあることが判明した。
【0009】
そこで、特許文献4には、C:0.3〜0.6質量%の機械構造部材用鋼管と、該鋼管を、高価な合金成分の添加、及び、調質熱処理を必要とせずに、安価に製造する製造方法が提案されている。特許文献4の機械構造部材用鋼管においては、フェライト+パーライト組織におけるフェライトの生成量を制御して、硬さのバラツキを抑制したので、安定した加工精度が得られている。
【0010】
しかし、近年、建産械などに使用される機械構造部材の軽量化が志向され、従来よりも高硬度の、具体的には、250Hv以上の機械構造部材用鋼管が求められるようになった。これまで、焼入れ・焼戻し処理で高硬度を達成してきたが、切削加工時に発生する切削粉が細かく分断せず、切削効率が低下するという問題が顕在化した。その結果、所要の硬度とともに、良好な被削性を有する機械構造部材用鋼管が求められるようになった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開2004−292857号公報
【特許文献2】特許第3503211号公報
【特許文献3】特開2006−274310号公報
【特許文献4】特開2007−119865号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は、上記要望を踏まえ、機械構造部材用鋼管の被削性を、所要の硬度の下で高めることを課題とし、該課題を解決する機械構造部材用鋼管と、その製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、上記課題を解決する手法について鋭意検討した。その結果、金属組織がマルテンサイト又は焼戻しマルテンサイトを含む場合、切削粉が長くなって、切削効率が低下するのに対して、金属組織がパーライト主体の場合、切削粉が短く分断されて、切削効率が向上することを知見した。
【0014】
さらに、本発明者らは、目標硬度を達成するために必要な金属組織と、該金属組織を形成するために必要な製造条件について検討した。その結果、所要の温度以上の鋼管を、所要の冷却速度で冷却すれば、旧オーステナイト粒界に不連続に析出するフェライトの量と、さらには、パーライトのラメラー間隔を適切に制御することができ、目標硬度を容易に達成できることを知見した。
【0015】
即ち、本発明者らは、被削性及び硬度に及ぼす金属組織と、所要の被削性及び硬度を達成する金属組織を形成するための成分組成と製造条件を検討し、上記課題を解決できる上記知見を見いだした。
【0016】
本発明は、上記知見に基づいてなされたもので、その要旨は以下のとおりである。
【0017】
(1)質量%で、C:0.30〜0.60%、Si:0.05〜0.40%、Mn:0.50〜1.00%、P:0.03%以下、S:0.005〜0.03%、Al:0.01〜0.08%を含有し、残部Fe及び不可避的不純物からなるシームレス鋼管であって、
(i)上記鋼管の金属組織が、マルテンサイトを含まず、(a)微細パーライト、又は、ベイナイトを含む微細パーライト、及び、(b)旧オーステナイト粒界に不連続に析出した、面積率で15%未満のフェライトからなり、
(ii)上記鋼管の肉厚t(mm)の中心から、肉厚方向に±0.45tの範囲の硬度が、250〜300Hvである
ことを特徴とする被削性に優れた機械構造部材用鋼管。
【0018】
(2)前記シームレス鋼管が、さらに、質量%で、N:0.0060%以下を含有することを特徴とする前記(1)に記載の被削性に優れた機械構造部材用鋼管。
【0019】
(3)前記シームレス鋼管が、さらに、質量%で、O:0.0060%以下を含有することを特徴とする前記(1)又は(2)に記載の被削性に優れた機械構造部材用鋼管。
【0020】
(4)前記シームレス鋼管が、さらに、質量%で、Ti:0.002〜0.05%、Cr:0.05〜0.50%、Ni:0.05〜1.00%、Cu:0.05〜1.00%、Mo:0.05〜0.50%、及び、Nb:0.001〜0.10%の1種又は2種以上を含有することを特徴とする前記(1)〜(3)のいずれかに記載の被削性に優れた機械構造部材用鋼管。
【0021】
(5)前記シームレス鋼管の肉厚が5〜30mmであることを特徴とする前記(1)〜(4)のいずれかに記載の被削性に優れた機械構造部材用鋼管。
【0022】
(6)前記金属組織における微細パーライトのラメラー間隔が0.05〜3.00μmであることを特徴とする前記(1)〜(5)のいずれかに記載の被削性に優れた機械構造部材用鋼管。
【0023】
(7)前記金属組織における微細パーライトのラメラー間隔が、前記シームレス鋼管の肉厚t(mm)の中心から、肉厚方向に±0.45tの範囲で、0.05〜3.00μmであることを特徴とする前記(1)〜(5)のいずれかに記載の被削性に優れた機械構造部材用鋼管。
【0024】
(8)前記金属組織の引張強度が、740〜900MPaであることを特徴とする前記(1)〜(7)のいずれかに記載の被削性に優れた機械構造部材用鋼管。
【0025】
(9)前記(1)〜(4)のいずれかに記載のシームレス鋼管を950〜1100℃に加熱し、次いで、840℃以上から、冷却速度50℃/秒以上で加速冷却を開始し、350〜550℃で加速冷却を停止する
ことを特徴とする被削性に優れた機械構造部材用鋼管の製造方法。
【0026】
(10)前記加速冷却を、シームレス鋼管を円周方向に回転して行うことを特徴とする前記(9)に記載の被削性に優れた機械構造部材用鋼管の製造方法。
【0027】
(11)前記加速冷却の停止後、放冷することを特徴とする前記(9)又は(10)に記載の被削性に優れた機械構造部材用鋼管の製造方法。
【0028】
(12)前記シームレス鋼管の肉厚が5〜30mmであることを特徴とする前記(9)〜(11)のいずれかに記載の被削性に優れた機械構造部材用鋼管の製造方法。
【0029】
(13)前記シームレス鋼管が、前記(1)〜(4)のいずれかに記載のシームレス鋼管と成分組成が同じ円筒状ビレットを圧延及び延伸して製造したものであることを特徴とする前記(9)〜(12)のいずれかに記載の被削性に優れた機械構造部材用鋼管の製造方法。
【0030】
(14)前記円筒状ビレットの直径が、100〜180mmであることを特徴とする前記(13)に記載の被削性に優れた機械構造部材用鋼管の製造方法。
【発明の効果】
【0031】
本発明によれば、機械構造部材、特に、シリンダ、シャフト等の中空の駆動系機械構造部材に好適な、被削性に優れた機械構造部材用鋼管とその製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【
図1】S45材の切削粉の形状を示す図である。(a)は、パーライト主体の金属組織の切削粉の形状を示し、(b)は、マルテンサイトを含む金属組織の切削粉の形状を示す。
【発明を実施するための形態】
【0033】
本発明の被削性に優れた機械構造部材用鋼管(以下「本発明鋼管」ということがある。)は、質量%で、C:0.30〜0.60%、Si:0.05〜0.40%、Mn:0.50〜1.00%、P:0.03%以下、S:0.005〜0.03%、Al:0.01〜0.08%を含有し、残部Fe及び不可避的不純物からなるシームレス鋼管であって、
(i)上記鋼管の金属組織が、マルテンサイトを含まず、(a)微細パーライト、又は、ベイナイトを含む微細パーライト、及び、(b)旧オーステナイト粒界に不連続に析出した、面積率で15%未満のフェライトからなり、
(ii)上記鋼管の肉厚t(mm)の中心から、肉厚方向に±0.45tの範囲の硬度が、250〜300Hvである
ことを特徴とする。
【0034】
本発明の被削性に優れた機械構造部材用鋼管の製造方法(以下「本発明製造方法」ということがある。)は、質量%で、C:0.30〜0.60%、Si:0.05〜0.40%、Mn:0.50〜1.00%、P:0.03%以下、S:0.005〜0.03%、Al:0.01〜0.08%を含有し、残部Fe及び不可避的不純物からなるシームレス鋼管を950〜1100℃に加熱し、次いで、840℃以上から、冷却速度50℃/秒以上で加速冷却を開始し、350〜550℃で加速冷却を停止する
ことを特徴とする。
【0035】
以下、本発明鋼管と本発明製造方法について説明する。
【0036】
(1)本発明鋼管
本発明鋼管の成分組成、即ち、素材鋼管であるシームレス鋼管(以下「本発明シームレス鋼管」ということがある。)の成分組成を限定する理由について説明する。以下、%は、質量%を意味する。
【0037】
C:0.30〜0.60%
Cは、鋼の焼入性を高め所要の強度と硬度を確保するのに有効な元素である。0.30%未満では、250〜300Hvの鋼管硬度を得ることができず、また、高周波焼入れで550Hv以上の表面硬度を得ることができないので、Cは0.30%以上とする。安定的に硬度を確保する点で、0.35%以上が好ましい。
【0038】
一方、0.60%を超えると、硬度が上昇しすぎて、靭性及び切削性が低下するので、Cは0.60%以下とする。好ましくは0.55%以下である。
【0039】
Si:0.05〜0.40%
Siは、脱酸と、フェライトの固溶強化に有効な元素である。0.05%未満では、添加効果が充分に発現しないので、Siは0.05%以上とする。好ましくは0.10%以上である。一方、0.40%を超えると、靭性を損なうので、Siは0.40%以下とする。好ましくは0.35%以下である。
【0040】
Mn:0.50〜1.00%
Mnは、オーステナイト域を拡大して、初析フェライトを減らし、パーライト分率を高めるとともに、パーライト変態開始温度を低下させて、パーライトのラメラー間隔を狭くし、金属組織の強度向上に寄与する元素である。0.50%未満では、添加効果が充分に発現しないので、Mnは0.50%以上とする。好ましくは0.55%以上である。
【0041】
一方、1.00%を超えると、マルテンサイトが生成し易くなり、マルテンサイトを含まない所要の組織((a1)微細パーライト、又は、ベイナイトを含む微細パーライト、及び、(b)旧オーステナイト粒界に不連続に析出した、面積率で15%未満のフェライト)が安定的に生成し難くなるので、Mnは1.00%以下とする。好ましくは0.90%以下である。
【0042】
P:0.03%以下
Pは、伸びや靱性を阻害するので、少ないほど好ましい元素である。0.03%を超えると、伸びや靭性が著しく低下するので、Pは0.03%以下とする。好ましくは0.01%以下である。下限は0%を含むが、Pを0.001%程度以下に低減すると、製造コストが大幅に上昇するので、実用鋼管上、0.001%が実質的な下限である。
【0043】
S:0.005〜0.03%
Sは、切削性の向上に寄与する元素である。0.005%未満では、添加効果が充分に発現しないので、Sは0.005%以上とする。好ましくは0.010%以上である。一方、0.03%を超えると、伸びや靭性が低下するので、Sは0.03%以下とする。好ましくは0.02%以下である。
【0044】
Al:0.01〜0.08%
Alは、脱酸に有効な元素である。0.01%未満では、添加効果が充分に発現しないので、Alは0.01%以上とする。好ましくは0.02%以上である。一方、0.08%を超えると、粗大なAl酸化物が生成し、伸びや靭性が低下するので、Alは0.08%以下とする。好ましくは0.07%以下である。
【0045】
本発明シームレス鋼管は、上記元素の他、N:0.0060%以下、及び/又は、O:0.0060%以下を含有してもよい。
【0046】
N:0.0060%以下
Nは、微細な窒化物を形成し、組織の微細化に寄与する元素である。しかし、0.0060%を超えると、粗大な窒化物(AlNやTiN)が生成し、伸びや靭性を阻害するので、Nは0.0060%以下とする。下限は、0%を含むが、0.0005%程度以下に低減すると、製造コストが大幅に上昇するので、実用鋼管上、0.0005%が実質的な下限である。
【0047】
O:0.0060%以下
Oは、脱酸後、不可避的に残留し、粒内変態の核として機能する酸化物を生成する元素である。Oが0.0060%を超えると、粗大な酸化物が生成し、伸びや靭性が低下するので、0.0060%以下とする。下限は、0%を含むが、0.0005%程度以下に低減すると、製造コストが大幅に上昇するので、実用鋼管上、0.0005%が実質的な下限である。
【0048】
本発明シームレス鋼管は、さらに、他の特性の向上のため、Ti:0.002〜0.05%、Cr:0.05〜0.50%、Ni:0.05〜1.00%、Cu:0.05〜1.00%、Mo:0.05〜0.50%、及び、Nb:0.001〜0.10%の1種又は2種以上を含有してもよい。
【0049】
Ti:0.002〜0.05%
Tiは、TiNを形成し、オーステナイト粒の成長抑制に寄与する元素である。オーステナイト粒が粗大化すると、焼入れ性が過剰となり、マルテンサイトが混じる可能性が高まる。0.002%未満では、添加効果が充分に発現しないので、Tiは0.002%以上とする。好ましくは0.004%以上である。
【0050】
一方、0.050%を超えると、粗大なTiCやTiNが析出して、低温靭性が低下するので、Tiは0.050%以下とする。好ましくは0.020%以下である。
【0051】
Cr:0.05〜0.50%
Crは、強度の向上に寄与する元素である。0.05%未満では、添加効果が充分に発現しないので、Crは0.05%以上とする。好ましくは0.08%以上である。一方、0.50%を超えると、Cr化合物が析出し、伸びや靭性が低下するので、Crは0.50%以下とする。好ましくは0.45%以下である。
【0052】
Ni:0.05〜1.00%
Niは、強度の向上に寄与する元素である。0.05%未満では、添加効果が充分に発現しないので、Niは0.05%以上とする。好ましくは0.08%以上である。一方、1.00%を超えると、偏析して組織が不均一になり、伸びや靭性が低下するので、Niは1.00%以下とする。好ましくは0.90%以下である。
【0053】
Cu:0.05〜1.00%
Cuは、強度の向上に寄与する元素である。0.05%未満では、添加効果が充分に発現しないので、Cuは0.05%以上とする。好ましくは0.08%以上である。一方、1.00%を超えると、溶接性が低下するので、Cuは1.00%以下とする。好ましくは0.90%以下である。
【0054】
Mo:0.05〜0.50%
Moは、強度の向上に寄与する元素である。0.05%未満では、添加効果が充分に発現しないので、Moは0.05%以上とする。好ましくは0.08%以上である。一方、0.50%を超えると、溶接性が低下するので、Moは0.50%以下とする。好ましくは0.40%以下である。
【0055】
Nb:0.001〜0.10%
Nbは、組織の微細化と、靭性の向上に寄与する元素である。0.001%未満では、添加効果が充分に発現しないので、Nbは0.001%以上とする。好ましくは0.005%以上である。一方、0.10%を超えると、粗大なNb化合物が生成し、伸びや靭性が低下するので、Nbは0.10%以下とする。好ましくは0.06%以下である。
【0056】
次に、本発明鋼管の金属組織と硬度について説明する。
【0057】
本発明鋼管は、上記成分組成の他、(i)鋼管の金属組織が、マルテンサイトを含まず、(a)微細パーライト、又は、ベイナイトを含む微細パーライト、及び、(b)旧オーステナイト粒界に不連続に析出した、面積率で15%未満のフェライトからなり、(ii)鋼管の肉厚t(mm)の中心から、肉厚方向に±0.45tの範囲の硬度が、250〜300Hvであることを特徴とする。ここで、マルテンサイトとは、焼戻しマルテンサイトも含むこととする。
【0058】
金属組織:微細パーライト、又は、ベイナイトを含む微細パーライト
本発明鋼管の金属組織は、基本的には、マルテンサイトを含まない、(a1)微細パーライト、又は、(a2)ベイナイトを含む微細パーライトからなる組織において、(b)フェライトが、旧オーステナイト粒界に、面積率で15%未満、不連続に析出した金属組織である。
【0059】
前述したように、金属組織がマルテンサイトを含む場合、切削粉が長くなって、切削効率が低下するのに対して、金属組織がパーライト主体の場合、切削粉が短く分断されて、切削効率が向上する。このことは、本発明者らが見いだした知見である。
【0060】
図1に、S45材の切削粉の形状を示す。
図1(a)に、パーライト主体の金属組織の切削粉の形状を示し、
図1(b)に、マルテンサイトを含む金属組織の切削粉の形状を示す。パーライト主体の金属組織の切削粉は、短く分断されているのに対し、マルテンサイトを含む金属組織の切削粉は、分断されずに長いままなので、該金属組織の被削性は悪く、切削効率は低い。
【0061】
金属組織中にマルテンサイトが存在すると、被削性が劣化し、切削効率が低下するので、本発明鋼管の金属組織は、基本的には、マルテンサイトを含まない、(a1)微細パーライト、又は、(a2)ベイナイトを含む微細パーライト、及び、(b)フェライトからなる組織とする。
【0062】
また、前述したように、所要の温度以上の鋼管を、所要の冷却速度で冷却すれば、旧オーステナイト粒界に不連続に析出するフェライトの量と、さらには、パーライトのラメラー間隔を適切に制御することができ、目標硬度を容易に達成することができる。このことも、本発明者らが見いだした知見である。
【0063】
旧オーステナイト粒界にフェライトが連続的に析出すると、鋼管の円周方向及び/又は肉厚方向において均一に高硬度を維持できないので、鋼管の冷却速度を適宜調整して、フェライトを旧オーステナイト粒界に不連続に析出させ、その面積率を15%未満とする。
【0064】
微細パーライトのラメラー間隔は0.05〜3.00μmが好ましい。特に、本発明シームレス鋼管の肉厚t(mm)の中心から、肉厚方向に±0.45tの範囲で、0.05〜3.00μmが好ましい。微細パーライトのラメラー間隔を、上記範囲で、0.05〜3.00μmとすることにより、250〜300Hvの硬度を、安定的に得ることができる。
【0065】
金属組織の引張強度は740〜900MPaが好ましい。引張強度が740MPa未満であると、機械構造用部材に求められる強度を満足るrことができない。一方、引張強度が900MPaを超えると、加工工具の摩耗が著しくなる。
【0066】
上記金属組織は、所要の温度に加熱した本発明シームレス鋼管を、所要の冷却速度で加速冷却し、所要の温度範囲で加速冷却を停止することにより得ることができる。この加速冷却については後述する。
【0067】
硬度:250〜300Hv
硬度は、本発明シームレス鋼管の肉厚をt(mm)としたとき、肉厚の中心から、肉厚方向に±0.45tの範囲で、250〜300Hvとする。機械構造部材用鋼管を機械構造部材として使用する場合、通常、表面から0.05tの表層部分は研削で除去されるので、機械構造部材用鋼管として実質的に使用される範囲、即ち、肉厚の中心から、肉厚方向に±0.45tの範囲を、硬度を規定する範囲とした。
【0068】
上記範囲の硬度が250Hv未満では、機械構造部材としての強度を確保できないので、上記範囲の硬度は250Hv以上とする。好ましくは260Hv以上である。一方、上記範囲の硬度が300Hvを超えると、加工工具の摩耗が著しくなるので、上記範囲の硬度は300Hv以下とする。好ましくは290Hv以下である。
【0069】
本発明シームレス鋼管の肉厚は、本発明鋼管を適用する機械構造部材の肉厚に応じて適宜設定すればよいが、肉厚が30mmを超えると、現状の冷却装置では、鋼管の外表面側と内表面側での冷却速度の差が大きくなり、所望の金属組織が均一に形成されない場合がある。それ故、現状の冷却装置を前提とすれば、本発明シームレス鋼管の肉厚は30mm以下が好ましい。より好ましくは25mm以下である。本発明シームレス鋼管の肉厚の下限は、特に限定しないが、実用鋼管上、5mmが好ましい。
【0070】
(2)本発明製造方法
本発明製造方法は、本発明シームレス鋼管を950〜1100℃に加熱し、次いで、840℃以上から、冷却速度50℃/秒以上で加速冷却を開始し、350〜550℃で加速冷却を停止する。
【0071】
加熱温度:950〜1100℃
本発明シームレス鋼管の温度が950℃未満では、熱間圧延において、粒成長が進行し難く、オーステナイト粒が不均一になる。その結果、オーステナイト粒が微細な領域にて、フェライトの生成頻度が増大し、硬度が低下するので、加熱温度は950℃以上とする。好ましくは980℃以上である。
【0072】
通常、生産性の観点から、造管後、室温まで、一旦冷却せずに、シームレス鋼管を950〜1100℃に加熱するが、室温まで冷却したシームレス鋼管を950〜1100℃に加熱してもよい。
【0073】
冷却開始温度:840℃以上
シームレス鋼管の温度が840℃に達する前に加速冷却を開始する。冷却開始温度が840℃未満では、冷却開始時の金属組織をオーステナイト単相に維持することが難しいので、冷却開始温度は840℃以上とする。好ましくは870℃以上である。シームレス鋼管の温度が840℃に達する前に加速冷却を開始すればよいので、冷却開始温度の上限は限定しない。
【0074】
冷却速度:50℃/秒以上
シームレス鋼管を、冷却開始温度840℃以上の温度から、冷却速度:50℃/秒以上で、冷却停止温度:350〜550℃まで加速冷却する。冷却速度が50℃/秒未満では、フェライト分率が過大となり、硬度が低下するので、冷却速度は50℃/秒以上とする。好ましくは55℃/秒以上である。
【0075】
冷却速度の上限は、特に限定しないが、現状の冷却装置の冷却限界が、実質的な上限である。
【0076】
冷却停止温度:350〜550℃
所要の金属組織を得るため、冷却速度50℃/秒以上で、冷却停止温度:350〜550℃まで加速冷却する。冷却停止温度が350℃未満であると、金属組織中にマルテンサイトが混在し、被削性が低下するので、冷却停止温度は350℃以上とする。好ましくは370℃以上である。
【0077】
一方、冷却停止温度が550℃を超えると、パーライトのラメラー間隔が粗大となるので、冷却停止温度は550℃以下とする。好ましくは500℃以下である。加速冷却の停止後は、放冷が好ましい。
【0078】
シームレス鋼管を加速冷却する冷却方法は、鋼管の表面部及び中心部で50℃/秒以上の冷却速度を達成し得る冷却方法であればよく、特定の冷却方法に限定されないが、鋼管の円周方向、長手方向、及び、肉厚方向において均一に冷却することができ、所要の金属組織を均一に安定して形成することができる点で、シームレス鋼管を円周方向に回転して行う冷却方法が好ましい。
【0079】
本発明シームレス鋼管は、本発明シームレス鋼管と成分組成が同じ溶鋼を、通常の方法で鋳造し、円筒状ビレットを製造し、次いで、該ビレットを、通常の条件で圧延及び延伸して製造する。円筒状ビレットの大きさは、特に限定されず、製造する機械構造用部材に応じて適宜選択するが、生産性の点から、直径100〜180mmの円筒状ビレットが好ましい。
【実施例】
【0080】
次に、本発明の実施例について説明するが、実施例での条件は、本発明の実施可能性及び効果を確認するために採用した一条件例であり、本発明は、この一条件例に限定されるものではない。本発明は、本発明の要旨を逸脱せず、本発明の目的を達成する限りにおいて、種々の条件を採用し得るものである。
【0081】
(実施例1)
表1に示す成分組成の溶鋼を、転炉−連続鋳造プロセスにより鋳造し、直径170mmの円筒状ビレットを製造した。このビレットを1230℃に加熱し、マンネスマン−プラグミル方式で穿孔−圧延して、シームレス素鋼管を製造した。
【0082】
【表1】
【0083】
シームレス素鋼管を900〜1050℃に再加熱し、縮径圧延して、肉厚:5〜28mmのシームレス鋼管を製造し、リング冷却により、鋼管外表面側から水冷した。表2に、冷却条件を示す。
【0084】
【表2】
【0085】
製造したシームレス鋼管においては、肉厚t(mm)の中心から、肉厚方向に±0.45tの範囲の金属組織を、走査型電子顕微鏡及び光学顕微鏡を用いて観察するとともに、JIS Z 2244の規定に準拠して、試験力10kgfにてビッカース硬度(Hv)を測定した。また、JIS Z 2241の規定に準拠して、引張強度を測定した。
【0086】
フェライト分率は、390μm×318μmの領域のナイタールエッチング組織を光学顕微鏡にて3視野撮影し、画像解析によって算出した。また、ラメラー間隔は、10μm×9.4μmの領域のピクラールエッチング組織を走査電子顕微鏡にて3視野撮影し、画像解析によって算出した。
【0087】
被削性は、鋼管表面を、NC旋盤にて、次の切削条件で切削し、切削粉の平均長さが15mm以下の場合を、被削性が良好(表3中、○)と判定し、切削粉の平均長さが15mmを超える場合を、被削性が劣る(表3中、×)と判定した。
【0088】
切削条件 工具:CNMG120408N−SU
切込み:1mm
送り量:0.2mm/rev
切削速度:200m/分
【0089】
表3に、観察、測定、算出、及び、評価の結果を示す。
【0090】
【表3】
【0091】
発明例1〜21では、金属組織が、マルテンサイトを含まず、(a)微細パーライト、又は、ベイナイトを含む微細パーライト、及び、(b)面積率で15%未満のフェライトからなり、硬度が250〜300Hvで、被削性が良好である。
【0092】
比較例22では、冷却停止温度が、本発明で規定する冷却停止温度の上限550℃を超える600℃で、適切でないため、ラメラー間隔が粗大となり、硬度が、本発明で規定する硬度の下限250Hvより低い。
【0093】
比較例23では、加速冷却開始温度が、本発明で規定する加速冷却開始温度の下限840℃より低い770℃で、適切でないため、フェライトが過剰に生成し、硬度が、本発明で規定する硬度の下限250Hvより低い。
【0094】
比較例24では、冷却停止温度が、本発明で規定する冷却停止温度の下限350℃より低い300℃で、適切でないため、マルテンサイトが混入し、被削性が悪いとともに、硬度が、本発明で規定する硬度の上限300Hvを超える。
【0095】
比較例25では、冷却速度が、本発明で規定する冷却速度の下限50℃/秒より遅い40℃/秒で、適切でないため、フェライトが過剰に生成し、硬度が、本発明で規定する硬度の下限250Hvより低い。
【0096】
比較例26では、加熱温度が、本発明で規定する加熱温度の下限950℃より低い900℃で、適切でないため、焼入れ性が低下し、フェライトが過剰に生成し、硬度が、本発明で規定する硬度の下限250Hvより低い。
【0097】
比較例27では、焼戻しマルテンサイト組織が形成されているため、硬度(強度)が、本発明で規定する範囲内にあっても、被削性が悪い。
【産業上の利用可能性】
【0098】
前述したように、本発明によれば、機械構造部材、特に、シリンダ、シャフト等の中空の駆動系機械構造部材に好適な、被削性に優れた機械構造部材用鋼管とその製造方法を提供することができる。よって、本発明は、鋼管製造及び利用産業において利用可能性が高いものである。