特許第6597430号(P6597430)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 三菱マテリアル株式会社の特許一覧

<>
  • 特許6597430-強誘電体膜及びその製造方法 図000006
  • 特許6597430-強誘電体膜及びその製造方法 図000007
  • 特許6597430-強誘電体膜及びその製造方法 図000008
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6597430
(24)【登録日】2019年10月11日
(45)【発行日】2019年10月30日
(54)【発明の名称】強誘電体膜及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   H01L 41/187 20060101AFI20191021BHJP
   H01L 41/318 20130101ALI20191021BHJP
   H01L 41/43 20130101ALI20191021BHJP
【FI】
   H01L41/187
   H01L41/318
   H01L41/43
【請求項の数】6
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2016-54836(P2016-54836)
(22)【出願日】2016年3月18日
(65)【公開番号】特開2016-184728(P2016-184728A)
(43)【公開日】2016年10月20日
【審査請求日】2018年9月26日
(31)【優先権主張番号】特願2015-64152(P2015-64152)
(32)【優先日】2015年3月26日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006264
【氏名又は名称】三菱マテリアル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100085372
【弁理士】
【氏名又は名称】須田 正義
(74)【代理人】
【識別番号】100129229
【弁理士】
【氏名又は名称】村澤 彰
(72)【発明者】
【氏名】桜井 英章
(72)【発明者】
【氏名】藤井 順
(72)【発明者】
【氏名】曽山 信幸
【審査官】 上田 智志
(56)【参考文献】
【文献】 欧州特許出願公開第00485907(EP,A1)
【文献】 米国特許第05272341(US,A)
【文献】 特開2014−157822(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01L 41/187,41/318,41/43,
27/11502
C01G 25/00
C04B 35/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数の焼成膜からなる強誘電体膜であって、
Pb、Zr及びTiを含有するペロブスカイト構造の金属酸化物からなり、
Li、Na及びKの合計含有量が1質量ppm以上3質量ppm以下であり、
前記複数の焼成膜を構成する各焼成膜の一方の面におけるLi、Na及びKの合計含有量が、他方の面におけるLi、Na及びKの合計含有量の5倍以上12倍以下である
ことを特徴とする強誘電体膜。
【請求項2】
前記各焼成膜において、前記一方の面と前記他方の面との間で、Li、Na及びKの合計含有量は、膜厚方向に一定の濃度傾斜を形成する請求項1記載の強誘電体膜。
【請求項3】
前記複数の焼成膜のうち、任意の隣接する一対の焼成膜を第1焼成膜、第2焼成膜と定義した場合、前記第1焼成膜の前記他方の面は前記第2焼成膜の前記一方の面に隣接する請求項2記載の強誘電体膜。
【請求項4】
前記第2焼成膜の前記一方の面におけるLi、Na及びKの合計含有量は、前記第1焼成膜の前記他方の面におけるLi、Na及びKの合計含有量の5倍以上12倍以下である請求項3記載の強誘電体膜。
【請求項5】
Pb、Zr及びTiを含有する強誘電体膜形成用液組成物を基板上に塗布して前駆体膜を形成する塗布工程と、
前記前駆体膜を加熱して複合酸化物に転化させ、仮焼膜を形成する仮焼工程と、
前記仮焼膜を焼成して結晶化させ、焼成膜を形成する焼成工程と、を少なくとも3回ずつ実施する強誘電体膜の製造方法であって、
前記強誘電体膜形成用液組成物は、Li、Na及びKを合計で3質量ppm以上10質量ppm以下含有し、
前記仮焼工程では、基板上面から10mmの高さにおけるキャリアガスの風速を0.1m/秒以上1.0m/秒以下とする
ことを特徴とする強誘電体膜の製造方法。
【請求項6】
請求項1ないし4いずれか1項に記載の強誘電体膜を有する電子部品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、寿命信頼性を向上した強誘電体膜及びその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
赤外線センサー、圧電フィルター、振動子、レーザーの変調素子、光シャッター、キャパシタ膜、不揮発性のメモリ等に使用される強誘電体膜として、Pb、La、Zr及びTiを含有したペロブスカイト構造のPLZT膜が用いられている。例えば、特許文献1には、Li、Na及びKの含有量を低減し、リーク電流を抑えたPLZT膜が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特許第2956356号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1に記載のようにLi、Na及びKの含有量を低減すれば、PLZT膜のリーク電流を低減できるものの、寿命信頼性という観点では、十分な特性が得られない場合があった。
【0005】
本発明の目的は、寿命信頼性に優れた強誘電体膜とその製造方法を提供することである
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の第1の観点は、複数の焼成膜からなる強誘電体膜であって、Pb、Zr及びTiを含有するペロブスカイト構造の金属酸化物からなり、Li、Na及びKの合計含有量が1質量ppm以上3質量ppm以下であり、前記複数の焼成膜を構成する各焼成膜の一方の面におけるLi、Na及びKの合計含有量が、他方の面におけるLi、Na及びKの合計含有量の5倍以上12倍以下であることを特徴とする強誘電体膜である。
【0007】
本発明の第2の観点は、第1の観点に基づく発明であって、前記各焼成膜において、前記一方の面と前記他方の面との間で、Li、Na及びKの合計含有量は、膜厚方向に一定の濃度傾斜を形成する強誘電体膜である。
【0008】
本発明の第3の観点は、第2の観点に基づく発明であって、前記複数の焼成膜のうち、任意の隣接する一対の焼成膜を第1焼成膜、第2焼成膜と定義した場合、前記第1焼成膜の前記他方の面(Li等の濃度が低い側の面)は前記第2焼成膜の前記一方の面(Li等の濃度が高い側の面)に隣接する強誘電体膜である。
【0009】
本発明の第4の観点は、第3の観点に基づく発明であって、前記第2焼成膜の前記一方の面(Li等の濃度が高い側の面)におけるLi、Na及びKの合計含有量は、前記第1焼成膜の前記他方の面(Li等の濃度が低い側の面)におけるLi、Na及びKの合計含有量の5倍以上12倍以下である強誘電体膜である。
【0010】
本発明の第5の観点は、Pb、Zr及びTiを含有する強誘電体膜形成用液組成物を基板上に塗布して前駆体膜を形成する塗布工程と、前記前駆体膜を加熱して複合酸化物に転化させ、仮焼膜を形成する仮焼工程と、前記仮焼膜を焼成して結晶化させ、焼成膜を形成する焼成工程と、を少なくとも3回ずつ実施する強誘電体膜の製造方法であって、前記強誘電体膜形成用液組成物は、Li、Na及びKを合計で3質量ppm以上10質量ppm以下含有し、前記仮焼工程では、基板上面から10mmの高さにおけるキャリアガスの風速を0.1m/秒以上1.0m/秒以下とすることを特徴とする強誘電体膜の製造方法である。
【0011】
本発明の第6の観点は、第1ないし第4の観点のいずれかの観点に基づく強誘電体膜を有する電子部品である。
【発明の効果】
【0012】
本発明の第1の観点の強誘電体膜は、Li、Na及びKの合計含有量が1質量ppm以上3質量ppm以下であり、複数の焼成膜を構成する各焼成膜の一方の一面におけるLi、Na及びKの合計含有量が、他方の面におけるLi、Na及びKの合計含有量の5倍以上12倍以下であるので、優れた寿命信頼性を備える。即ち、このような本発明の強誘電体膜では、各焼成膜がLi、Na及びKを所定量含有し、かつ一つの焼成膜と隣接する焼成膜との界面において、Li、Na及びKの含有量が急激に変化して濃度傾斜を生じる。この焼成膜界面におけるLi等含有量の急激な変化が、酸素欠陥の膜厚方向への移動を抑制し、強誘電体膜の寿命向上に寄与する。
【0013】
本発明の第5の観点の強誘電体膜の製造方法によれば、Li等を合計で3質量ppm以上10質量ppm以下含有する強誘電体膜形成用液組成物(以下、液組成物と略記する。)を用い、仮焼工程で基板上面から10mmの高さにおけるキャリアガスの風速を0.1m/秒以上1.0m/秒以下とするので、所定の含有量でLi等を含むとともにその濃度が傾斜し、これにより優れた寿命信頼性を備えた強誘電体膜を得ることができる。
【0014】
本発明の第6の観点の電子部品は、上述の強誘電体膜を有するので、優れた寿命信頼性を備える。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】本発明実施形態の強誘電体膜の断面模式図である。
図2】本発明実施形態の強誘電体膜の厚さ方向におけるLi等の濃度変化を示すグラフである。
図3】本発明実施形態の仮焼工程に用いるホットプレート装置の要部断面図である
【発明を実施するための形態】
【0016】
次に本発明を実施するための形態を図面に基づいて説明する。ただし、本発明は本実施形態の構成に限定されない。
【0017】
〔強誘電体膜〕
図1に示すように、本実施形態の強誘電体膜10は、下部電極11を有する基板12のこの下部電極11上に形成された5層の焼成膜101からなる。強誘電体膜10は、Pb、Zr及びTiを含有するペロブスカイト構造の金属酸化物からなり、Li、Na及びKの合計含有量が1質量ppm以上3質量ppm以下である。そして、図2に示すように、各焼成膜101の一方の面におけるLi、Na及びK(以下、Li等と略記する。)の合計含有量が、他方の面におけるLi、Na及びKの合計含有量の5倍以上12倍以下である。強誘電体膜10は、Pb、Zr及びTiに加え、Laを含有していてもよい。
【0018】
(1) Li等の合計含有量
強誘電体膜10のLi等の合計含有量が3質量ppm以下であるので、膜中の粒界に不純物の偏析が少なく、リーク電流が生じにくい。これにより時間が経過しても絶縁破壊を生じにくく、寿命安定性に優れる。なお、Li等の合計含有量を1質量ppm未満であると、Li等の好ましい濃度傾斜が得られにくくなるため、Li等の合計含有量は1質量ppm以上とする。また、Li、Na及びKの合計含有量が3質量ppmを超えると、リーク電流が過大となって、結果として寿命が短くなる。また、各焼成膜の一方の面におけるLi等の合計含有量が、他方の面におけるLi等の合計含有量の5倍未満であると、焼成膜の厚さ方向におけるLi等の濃度傾斜が小さく、焼成膜界面におけるLi等含有量の変化が小さくなり、酸素欠陥の移動抑制機能が不十分となって寿命が短くなる。Li等の合計含有量は、1質量ppm以上3質量ppm以下である。
【0019】
(2) Li等の焼成膜中の濃度傾斜
各焼成膜101の一方の面におけるLi等の合計含有量が、他方の面におけるLi等の合計含有量の5倍以上であるので、焼成膜の厚さ方向におけるLi等の濃度傾斜が十分であり、焼成膜界面におけるLi等含有量の急激な変化により、この焼成膜界面が酸素欠陥移動を抑制する。この結果、本実施形態の強誘電体膜は寿命安定性に優れる。なお、Li等の濃度傾斜を大きくするためには、Li等の合計含有量を増やす必要があるが、上述の理由でLi等の合計含有量は3質量ppm以下としなければならない。このため、Li等の焼成膜中の濃度傾斜は12倍以下とする。この濃度傾斜は、5倍以上10倍以下であることがより好ましく、5倍以上9倍以下であることが更に好ましい。
【0020】
この濃度傾斜は、最大値から最小値に向けた一定の濃度傾斜であることが好ましい。しかし、濃度変化の傾向が一方向(減少方向又は増加方向)に保たれていれば、この理想的な一定の濃度傾斜(質量ppm/nm)から、局所的に±20%程度外れてもよい。
【0021】
(3) 焼成膜の層数
強誘電体膜10は、2層以上23層以下の焼成膜101からなることが好ましい。複数の焼成膜101を積層することによって強誘電体膜10内に界面が導入される。この界面が酸素欠陥の移動を抑制するトラップとしての役割を果たし、酸素欠陥の移動度低下に寄与する。結果として、この強誘電体膜10の寿命信頼性をより一層、向上することができる。焼成膜101の層数を2層以上23層以下としたのは、下限値未満では強誘電体膜10内に界面が導入されないため、更なる寿命信頼性の向上を図ることができず、上限値を越えると作製に時間がかかるからである。焼成膜101の層数は、2層以上6層以下がより好ましく、2層以上3層以下が更に好ましい。
【0022】
焼成膜101を積層するときは、複数の焼成膜のうち、任意の隣接する一対の焼成膜を第1焼成膜、第2焼成膜と定義した場合、第1焼成膜の他方の面(Li等の濃度が低い側の面)が第2焼成膜の一方の面(Li等の濃度が高い側の面)に隣接する方向で積層する。これにより、焼成膜界面において、Li等含有量を急激に変化させることができる。
【0023】
第2焼成膜の一方の面(Li等の濃度が高い側の面)におけるLi等の合計含有量は、第1焼成膜の他方の面(Li等の濃度が低い側の面)におけるLi等の合計含有量の5倍以上とすることが好ましい。この焼結膜界面におけるLi等の合計含有量の急激な変化については、好ましくは5倍以上10倍以下であり、更に好ましくは5倍以上9倍以下である。しかし、本発明はこれら好ましい範囲に特に限定されない。
【0024】
(4) 焼成膜の膜厚
各焼成膜101の膜厚tは、45nm以上500nm以下の範囲にあることが好ましい。下限値未満では均一な連続膜が得にくく、上限値を越えるとクラックを生じることがあるからである。厚さtは、45nm以上135nm以下がより好ましく、60nm以上120nm以下がさらに好ましい。強誘電体膜10の膜厚Tは150nm以上5000nm以下の範囲にあることが好ましい。下限値未満では生産性の悪い膜になり、また、リーク電流密度が高くなる等の特性面での不具合が発生する場合がある。一方、上限値を超えるとクラックが発生する場合がある。膜厚Tは、200nm以上4000nm以下がより好ましく、250nm以上3000nm以下が更に好ましい。
【0025】
(5) 金属原子比
強誘電体膜10は、金属原子比Pb:La:Zr:Tiが(0.95〜1.25):(0〜0.05):(0.40〜0.55):(0.45〜0.60)であることが好ましい。このような金属原子比とする理由は、比誘電率が高く、強誘電体として優れた特性を有するからである。金属原子比Pb:La:Zr:Tiは(1.00〜1.15):(0〜0.03):(0.50〜0.55):(0.45〜0.50)とすることがより好ましく、(1.05〜1.10):(0.01〜0.03):(0.51〜0.53):(0.47〜0.49)とすることが更に好ましい。
【0026】
(6) 強誘電体膜の基板及び下部電極
強誘電体膜10を形成する基板12としては、例えば、シリコン基板、SiO/Si基板やサファイア基板等の耐熱性基板が用いられる。下部電極11としては、例えば、PtやIr、Ru等の導電性を有し、強誘電体膜10と反応しない材料が用いられる。
【0027】
〔強誘電体膜形成用液組成物〕
強誘電体膜形成用液組成物(以下、液組成物と略記する。)は、強誘電体膜10を形成するための原料溶液であり、ペロブスカイト構造の金属酸化物を構成するための前駆体を所望の比率で溶媒に溶解し、コーティングに適した濃度に調整したものである。
【0028】
(1) Li等の合計含有量
液組成物は、Li等を合計で3質量ppm以上10質量ppm以下含有する。Li等の合計含有量が3質量ppm以上であるので、十分な濃度傾斜を有する焼成膜101を得ることができ、10質量ppm以下であるので、得られる強誘電体膜10に含まれるLi等の合計濃度を低く抑えることができる。Li等の合計含有量は、3質量ppm以上5質量ppm以下であることがより好ましい。液組成物中のLi等の合計含有量は、例えば、各金属成分を金属有機化合物の形で蒸留、昇華、再結晶を繰り返し、或いはこれらを組み合わせるという、特許文献1に記載の方法により調整することができる。
【0029】
(2) 前駆体
液組成物に配合される前駆体としては、Pb、La、Zr又はTiの各金属元素に、有機基がその酸素又は窒素原子を介して結合している有機金属化合物を用いることができる。例えば、金属アルコキシド、その部分加水分解物、金属ジオール錯体、金属トリオール錯体、金属カルボン酸塩、金属β−ジケトネート錯体、金属β−ジケトエステル錯体、金属β−イミノケト錯体及び金属アミノ錯体からなる群より選ばれた1種又は2種以上を用いることができる。特に好ましい化合物は、金属アルコキシド、その部分加水分解物、金属カルボン酸塩である。
【0030】
液組成物には、これらの前駆体が所望の金属原子比を与えるような割合で含まれる。
例えば、金属原子比Pb:La:Zr:Tiが(0.95〜1.25):(0〜0.05):(0.40〜0.55):(0.45〜0.60)となる割合とするのが好ましい。これにより、上述のような好ましい金属原子比を有する強誘電体膜10を得ることができる。このうち、金属原子比Pb:La:Zr:Tiは(1.00〜1.15):(0〜0.03):(0.50〜0.55):(0.45〜0.50)とすることがより好ましく、(1.05〜1.10):(0.01〜0.03):(0.51〜0.53):(0.47〜0.49)とすることが更に好ましい。
【0031】
液組成物100質量%中に占める前駆体の割合は、酸化物換算で10質量%以上35質量%以下とするのが好ましい。下限値未満では、1回のコーティングで十分な膜厚が得られにくく、上限値を超えると、強誘電体膜にクラックが発生する場合がある。前駆体の割合は、10質量%以上20質量%以下がより好ましく、12質量%以上17質量%以下が更に好ましい。なお、酸化物換算での割合とは、液組成物に含まれる金属元素が全て酸化物になったと仮定した時に、液組成物100質量%に占める金属酸化物の割合のことをいう。
【0032】
(3) 溶媒
液組成物の調製に用いられる溶媒は、使用する原料に応じて適宜決定される。例えば、カルボン酸、アルコール、エステル、ケトン類、エーテル類、シクロアルカン類、芳香族系、その他テトラヒドロフラン等、あるいはこれらの2種以上の混合溶媒を用いることができる。
【0033】
(4) 高分子化合物
また、液組成物には、液粘度を調整するために、ポリビニルピロリドン(PVP)やポリエチレングリコール等の高分子化合物を含ませてもよい。高分子化合物の割合は、前駆体1モルに対してモノマー換算で0.15モル以上0.50モル以下の範囲が好ましい。下限値未満では、クラックが発生する場合があり、上限値を超えるとポアが発生する場合がある。
【0034】
(5) 安定化剤
また、安定化剤として、β−ジケトン類、β−ケトン酸類、β−ケトエステル類、オキシ酸類、上記オキシ酸の低級アルキルエステル類、オキシケトン類、ジオール、トリオール、高級カルボン酸、アルカノールアミン類、多価アミン等を、(安定化剤分子数)/(金属原子数)で0.2以上3以下程度添加しても良い。特に、β−ジケトン類及び多価アルコール類を添加することが好ましい。β−ジケトン類としてはアセチルアセトンが、多価アルコール類としてはプロピレングリコールを添加することが好ましい。
【0035】
[液組成物の製造方法]
液組成物を調製するには、まず、上述した前駆体を所望の金属原子比を与える割合になるように秤量する。前駆体と溶媒とを反応容器内に投入して混合し、好ましくは窒素雰囲気中、150℃以上160℃以下の温度で30分以上3時間以下の間、還流し反応させる。続いて、蒸留やエバポレーション等の方法により、脱溶媒する。アセチルアセトン等の安定化剤を添加する場合は、脱溶媒後の合成液に安定化剤を添加し、先と同様の条件で再度還流を実施する。更に、溶媒を添加して希釈し、液組成物中に占める各成分濃度を上述した所望の濃度に調整する。必要に応じて高分子化合物を所望の割合になるよう添加し、好ましくは室温付近の温度で30分以上3時間以下の間、撹拌し均一に分散させる。これにより、液組成物が得られる。
【0036】
〔強誘電体膜の製造方法〕
本実施形態の強誘電体膜の製造方法では、Li等を合計で3質量ppm以上10質量ppm以下含有する上述した液組成物を用い、仮焼工程で基板上面から10mmの高さにおけるキャリアガスの風速を0.1m/秒以上1.0m/秒以下とする。これにより、所定の含有量と濃度傾斜でLi等を含む本実施形態の強誘電体膜を得ることができる。キャリアガスの風速とは、最外層の前駆体膜10a上における、最外層の前駆体膜10aに対して平行方向での風速であり、基板12の上面から10mmの高さにおける点(図3の点P)でのキャリアガスの風速を意味する。
【0037】
ここで、液組成物に含有されるLi等が3ppm未満であると、十分な濃度傾斜を有する焼成膜を得ることができず、10質量ppmを超えると、得られる強誘電体膜に含まれるLi等の合計濃度が過度に増大するため好ましくない。また、キャリアガスの風速が0.1m/秒未満であると、熱処理時のLi等の揮発が不十分となり膜中に残留するLi等の合計濃度が過大となり、かつ適当な濃度傾斜を有する焼成膜を得ることができず、1.0m/秒を超えると、前駆体膜からの物質除去のスピードが速すぎて、得られる焼成膜にクラックが生じるため好ましくない。
【0038】
図3に示すように、本実施形態の強誘電体膜10の製造方法では、Pb、Zr及びTi、必要に応じてLaを含有する強誘電体膜形成用液組成物を基板12上に塗布して前駆体膜10aを形成する塗布工程と、前駆体膜10aを加熱して複合酸化物に転化させ、仮焼膜10bを形成する仮焼工程と、仮焼膜10bを焼成して結晶化させ、焼成膜101を形成する焼成工程と、を少なくとも1回ずつ実施する。焼成膜101を複数層設ける場合には、塗布工程、仮焼工程及び焼成工程を、適宜、繰り返し実施する。
【0039】
(1) 塗布工程
塗布工程では、図3に示すように、基板12表面に形成された下部電極11(図1参照)上に液組成物を塗布して前駆体膜10aを形成する。なお、図3には下部電極を図示していない。この時の液組成物の塗布量は、上述したように、焼成後の焼成膜101の膜厚が45nm以上500nm以下になるように設定される。コーティング法については、特に限定されないが、スピンコート、ディップコート、LSMCD(Liquid Source Misted Chemical Deposition)法又はスピンスプレー法等が挙げられる。
【0040】
(2) 乾燥工程
塗布工程の後、低沸点溶媒や吸着した水分子を除去するために、前駆体膜10aを加熱する乾燥工程を実施してもよい。加熱温度は、溶媒の種類によっても異なるが、通常は50℃以上200℃以下程度であり、65℃以上75℃以下の範囲がより好ましい。ただし、次の仮焼工程における加熱の昇温中に、低沸点溶媒等を除去することができるので、乾燥工程は省略し、仮焼工程において低沸点溶媒等を除去することとしてもよい。
【0041】
(3) 仮焼工程
仮焼工程では、前駆体膜10aを加熱して複合酸化物に転化させ、仮焼膜10bを形成する。仮焼工程と上述の乾燥工程は、例えば、図3に示すホットプレート装置15を用いて行われる。ホットプレート装置15は、チャンバ16と、上面が水平なサセプタ17と、このサセプタに埋め込まれたヒータ18を備える。チャンバ16の上部中央にはホットプレート装置内にキャリアガスGを供給するための供給口16aが設けられ、その下部のサセプタ17の両側にはキャリアガスGを排出するための排出口16bが設けられる。ヒータ18には、図示しない温度制御機構付きのヒータ電源装置が接続される。サセプタ17の上面には、前駆体膜10aを有する基板12が載せられる。このホットプレート装置15では、チャンバ16の供給口16aから導入されたキャリアガスGが基板11の中心に向かった後、基板11の上面に沿って流れてチャンバ16の下部の排出口16bから排出されるようになっている。キャリアガスGの風速は、図示しない排気機構を調整することにより、制御することができる。
【0042】
仮焼工程では、基板12をサセプタ17上に載せ、ホットプレート装置15内にキャリアガスGを流しながら加熱する。ここで、基板12上面から10mmの高さhにおけるP点のキャリアガスGの風速を0.1m/秒以上1.0m/秒以下とする。キャリアガスGの流れは、前駆体膜10aに含まれるLi等を含む不純物を、溶媒や前駆体の分解物等とともに除去するが、風速を0.1m/秒以上とするので、前駆体膜10aの表面側から除去される不純物の量が、前駆体膜10aの底面側から除去される不純物の量よりも大きくなり、十分な濃度傾斜を有する焼成膜101を得ることができる。また、風速を1.0m/秒以下とするので、前駆体膜10aからの物質除去のスピードが速すぎて、焼成膜101にクラックが発生することを防ぐことができる。風速は、0.4m/秒以上0.6m/秒以下がより好ましい。風速の観測点を基板12上面から10mmの高さhとするのは、仮焼膜10b上面からの物質除去に与える影響を正確に把握するためである。
【0043】
仮焼工程は、例えば、150℃以上450℃以下、1分以上10分以下の条件で実施するのが好ましく、仮焼温度は200℃以上400℃以下がより好ましく、300℃以上375℃以下が更に好ましい。また仮焼時間は2分以上5分以下がより好ましい。仮焼工程は、溶媒を除去するとともに前駆体を熱分解又は加水分解して複合酸化物に転化させるために実施することから、空気中、酸化雰囲気中、又は含水蒸気雰囲気中で実施することが好ましい。このため、キャリアガスGとしては、例えば、空気、水蒸気、水蒸気を含む窒素ガス等を利用することができる。なお、塗布工程と仮焼工程は、それぞれ1回ずつ実施してもよいが、仮焼膜10bが所望の膜厚になるように、塗布工程と仮焼工程を複数回繰り返してから、次の焼成工程を実施してもよい。
【0044】
(4) 焼成工程
焼成工程では、仮焼膜10bを焼成して結晶化させ、焼成膜101を形成する。焼成は、例えば、600℃以上800℃以下、1分以上5分以下の条件が好ましく、焼成時間は650℃以上750℃以下が更に好ましい。焼成は、RTA(Rapid Thermal Annealing)装置を用いた赤外線のランプ加熱による急速昇降温熱処理(RTA処理)で実施することができる。RTA処理で焼成する場合、昇温速度は、例えば、2.5℃/秒以上100℃/秒以下が好ましく、20℃/秒以上100℃/秒以下がより好ましい。焼成の雰囲気は、例えば、酸素、窒素等或いはこれらの混合ガス等が好ましい。上述の塗布工程、仮焼工程、焼成工程を少なくとも3回ずつ実施することにより、複数の焼成膜101からなる強誘電体膜10が得られる。
【0045】
〔電子部品〕
本実施形態の電子部品は、例えば、薄膜コンデンサ、キャパシタ、IPD、DRAMメモリ用コンデンサ、積層コンデンサ、トランジスタのゲート絶縁体、不揮発性メモリ、焦電型赤外線検出素子、圧電素子、電気光学素子、アクチュエータ、共振子、超音波モータ、電気スイッチ、光学スイッチ又はLCノイズフィルタ素子の複合電子部品等の電子部品であって、上述の強誘電体膜10を有するものである。これら電子部品は、上述の強誘電体膜10を有するので、優れた寿命信頼性を備える。
【実施例】
【0046】
次に本発明の実施例を比較例とともに詳しく説明する。
<実施例1>
試薬特級の酢酸鉛三水和物(Pb源)、酢酸ランタン(La源)、テトラチタニウムイソプロポキシド(Ti源)、テトラジルコニウムブトキシド(Zr源)につき、特許文献1に記載の方法により、超純水からの再結晶を2回繰り返して高純度化し、前駆体とした。金属原子比Pb/La/Zr/Tiが110/3/52/48となるように、前駆体をそれぞれ秤量し、これらを反応容器内のプロピレングリコールに添加して合成液を調製した。この合成液を、窒素雰囲気中、150℃の温度で60分間還流した後、蒸留により脱溶媒した。その後、安定化剤としてアセチルアセトンを添加し、150℃で60分間還流した。
【0047】
次に、上記合成液にプロピレングリコールを添加することにより、前駆体の合計濃度が酸化物換算で35質量%になるまで希釈した。更に、エタノールを加え、前駆体の合計濃度が酸化物換算で25質量%まで希釈した。次いで、ポリビニルピロリドン(k値=30)を前駆体1モルに対して0.025モルとなるように添加し、室温で24時間撹拌することにより、強誘電体膜形成用の液組成物を得た。ICP(サーモフィッシャーサイエンティフィック社製)を用いて液組成物中のLi、Na、Kの濃度を測定したところ、その合計濃度は、10質量ppmであった。
【0048】
続いて、塗布工程を実施した。スピンコーター上にセットしたPt/TiO/SiO/Si基板上に液組成物を滴下し、3000rpmの回転速度で30秒間スピンコートし、基板上に前駆体膜を形成した。上記のスピンコーターの回転速度と時間は、1回の焼成工程で得られる焼成膜の膜厚が90nmになるように設定されたものである。
【0049】
次に、仮焼工程を実施した。ホットプレート装置のサセプタの上に前駆体膜を有する基板を載せ、基板上面から10mmの高さにおける風速が1m/秒となるようキャリアガス(ドライエアー)を流した状態で、300℃、5分間保持することにより、前駆体を複合酸化物に転化させ仮焼膜を形成した。なお、風速は、熱線式風速計(カスタム社製、型式CW−60)により測定した。
【0050】
続いて、焼成工程を実施した。RTA装置を用い、酸素ガスを1分当たり2リットル流す雰囲気中で、昇温速度30℃/秒にて700℃まで昇温し、1分間保持した。これにより、基板の下部電極上に、膜厚が90nmの焼成膜を形成した。塗布工程から焼成工程までのプロセスを3回繰り返すことにより、3層の焼成膜101からなり、膜厚が270nmの強誘電体膜を得た。なお、膜厚は、走査型電子顕微鏡(HITACHI s4300)により測定した。ICP(サーモフィッシャーサイエンティフィック社製)を用いて、強誘電体膜の金属原子比Pb:La:Zr:Tiを測定したところ、103/3/52/48であった。
【0051】
<実施例2〜9、比較例1〜4>
表1に記載のように、各種の条件を変更した以外は、実施例1と同様にして強誘電体膜を形成した。具体的には、一部の実施例において、スピンコーターの回転速度と時間を調整して焼成膜の膜厚を変更した。また、一部の実施例において、工程の繰り返し回数(焼成回数)と強誘電体膜の膜厚を変更した。一部の実施例及び比較例においては、再結晶による高純度化の回数の変更によりLi等の濃度の異なる液組成物を用いた。一部の比較例において、仮焼工程における風速を変更した。実施例9について、前駆体の金属原子比Pb/La/Zr/Tiを110/0/52/48とした。
【0052】
<評価>
実施例及び比較例で形成した強誘電体膜について、下記の方法で、膜中のLi等の合計濃度と濃度傾斜、寿命信頼性を評価した。これらの結果を以下の表1に示す。
【0053】
(1) Li等の合計濃度
Li等の合計濃度をICP(サーモフィッシャーサイエンティフィック社製)を用いて測定した。
【0054】
(2) Li等の濃度傾斜
Li等の濃度傾斜をAES(アルバック社製)を用いて図2に示すような膜厚方向のLi等の濃度分布を測定した。各焼成膜の一方の面におけるLi等の濃度を、他方の面におけるLi等の濃度で割って濃度傾斜を求め、全焼成膜の濃度傾斜を平均した数値を表1に示した。
【0055】
(3) 寿命信頼性
寿命特性評価は、通常使用される条件よりも高負荷(高温・高電圧)な環境下に晒した加速試験(HALT:highly−accelerated life testing)により行った。実施例および比較例それぞれの強誘電体薄膜の上に、ドット状(面積:3.5×10−2mm)の白金薄膜をスパッタリング法にて成膜し上部Pt電極を形成して同一基板上に複数のキャパシタ構造を形成した後、酸素雰囲気中700℃で1分間再加熱して、評価サンプルを得た。
【0056】
薄膜キャパシタの上部Pt電極と下部Pt電極とを電気的に接続し、薄膜キャパシタを125〜205℃まで加熱した状態で10〜20Vの電圧を印加し、電圧印加時間と各キャパシタに流れるリーク電流値を計測した。時間が経過するとキャパシタ劣化に伴う絶縁破壊が生じ、リーク電流が急激に増大する様子が確認されるため、この測定データから各キャパシタが絶縁破壊に至るまでの時間を読み取った(TDDB(time−dependent dielectric breakdown、経時絶縁破壊)評価)。具体的には、リーク電流値が100μAを超えた時点で絶縁破壊が起きたと見なし、複数の絶縁破壊時間データに対してWeibull分布解析による統計処理を行い、キャパシタ全数の63.2%が絶縁破壊した時間を平均破壊時間(mean time to failure;以下、MTFという。)とした。バルクのキャパシタについては、次の経験式(1)が知られている。
【0057】
【数1】
【0058】
ここでtはMTF、Tは試験温度、Vは直流印加電圧、Eは活性化エネルギー、Nは電圧加速係数、kはボルツマン定数であり、添え字の1,2は温度や印加電圧に対する任意の条件を表す。上記式(1)から、キャパシタの寿命時間には温度Tと印加電圧Vが影響することが判る。今回、上記の関係式を薄膜キャパシタに適用した。上記式(1)において電圧Vを一定(V=V)にすると、
【0059】
【数2】
【0060】
となり(ここでKは温度に対する定数)、温度の逆数とMTFの対数表示とは線型関係となる。これを用いて、温度に対する加速因子である活性化エネルギーEを見積もることができる。同様にして、上記式(1)において温度Tを一定(T=T)にすると、
【0061】
【数3】
【0062】
となり(ここでKは印加電圧に対する定数)、電圧に対する加速因子である電圧加速係数Nを見積もることができる。この二つの加速因子E、Nの値を使って、85℃まで加熱して5Vの電圧を印加した状態でのMTFを外挿し、この値を予測寿命と見積もった。得られた結果を次の表1に示す。
【0063】
【表1】
【0064】
表1から、本発明の製造方法の範囲内で形成し、所定範囲のLi等の合計濃度と濃度傾斜を有する実施例の強誘電体膜は、予測寿命が長く、優れた寿命信頼性を備えていることがわかった。Li等の合計濃度の低い液組成物を用いた比較例1の強誘電体膜は、濃度傾斜が小さく、実施例に比べて予測寿命が短かった。仮焼工程の風速を小さくした比較例2の強誘電体膜は、Li等の合計濃度が高く、濃度傾斜が大きく、実施例に比べて予測寿命が短かった。仮焼工程の風速を大きくした比較例3の強誘電体膜では、目視で確認できるクラックが発生した。Li等の合計濃度の高い液組成物を用いた比較例4の強誘電体膜は、Li等の合計濃度が高く、実施例に比べて予測寿命が短かった。
【産業上の利用可能性】
【0065】
本発明の強誘電体膜は、薄膜コンデンサ、キャパシタ、IPD、DRAMメモリ用コンデンサ、積層コンデンサ、トランジスタのゲート絶縁体、不揮発性メモリ、焦電型赤外線検出素子、圧電素子、電気光学素子、アクチュエータ、共振子、超音波モータ、電気スイッチ、光学スイッチ又はLCノイズフィルタ素子の複合電子部品等の電子部品に利用できる。
図1
図2
図3