特許第6597939号(P6597939)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6597939成形性及び耐衝撃性に優れた高強度鋼板、及び、成形性及び耐衝撃性に優れた高強度鋼板の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】6597939
(24)【登録日】2019年10月11日
(45)【発行日】2019年10月30日
(54)【発明の名称】成形性及び耐衝撃性に優れた高強度鋼板、及び、成形性及び耐衝撃性に優れた高強度鋼板の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20191021BHJP
   C22C 38/06 20060101ALI20191021BHJP
   C22C 38/60 20060101ALI20191021BHJP
   C21D 9/46 20060101ALI20191021BHJP
   B21B 1/22 20060101ALI20191021BHJP
   C23C 2/06 20060101ALI20191021BHJP
   C23C 2/28 20060101ALI20191021BHJP
   C23C 2/40 20060101ALI20191021BHJP
【FI】
   C22C38/00 301T
   C22C38/06
   C22C38/60
   C21D9/46 J
   B21B1/22 A
   C23C2/06
   C23C2/28
   C23C2/40
   C22C38/00 301S
   C21D9/46 G
【請求項の数】15
【全頁数】66
(21)【出願番号】特願2019-520911(P2019-520911)
(86)(22)【出願日】2018年12月11日
(86)【国際出願番号】JP2018045552
【審査請求日】2019年4月18日
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000637
【氏名又は名称】特許業務法人樹之下知的財産事務所
(72)【発明者】
【氏名】川田 裕之
(72)【発明者】
【氏名】桜田 栄作
(72)【発明者】
【氏名】佐野 幸一
(72)【発明者】
【氏名】横山 卓史
【審査官】 河野 一夫
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2017/164346(WO,A1)
【文献】 国際公開第2016/035110(WO,A1)
【文献】 米国特許出願公開第2014/0261915(US,A1)
【文献】 国際公開第2007/132436(WO,A2)
【文献】 国際公開第2013/047755(WO,A1)
【文献】 特開2010−209433(JP,A)
【文献】 特開2001−040451(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00 − 38/60
C21D 9/46
B21B 1/22
C23C 2/06
C23C 2/28
C23C 2/40
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
成分組成が、質量%で、
C :0.080〜0.500%、
Si:2.50%以下、
Mn:0.50〜5.00%、
P :0.100%以下、
S :0.0100%以下、
Al:0.001〜2.000%、
N :0.0150%以下、
O :0.0050%以下、
残部:Fe及び不可避的不純物からなり、かつ、下記式(1)を満たす鋼板において、
鋼板表面から1/8t(t:板厚)〜3/8t(t:板厚)の領域のミクロ組織が、体積%で、
針状フェライト:20%以上、
マルテンサイト、焼戻しマルテンサイト、及び、残留オーステナイトの1種又は2種以上からなる島状硬質組織:20%以上
を含み、
残留オーステナイト:2%以上、25%以下であり、
塊状フェライト:20%以下、
パーライト及び/又はセメンタイト:合計で5%以下
に制限され、
前記島状硬質組織において、円相当径1.5μm以上の硬質領域のアスペクト比の平均が2.0以上であり、円相当径1.5μm未満の硬質領域のアスペクト比の平均が2.0未満であり、
前記円相当径1.5μm未満の硬質領域の単位面積当たり個数密度(以下単に「個数密度」ともいう。)の平均が1.0×1010個・m−2以上であり、かつ、3つ以上の視野において、それぞれ5.0×10−10以上の面積において島状硬質組織の個数密度を求めたときに、その最大個数密度と最小個数密度の比が2.5以下である
ことを特徴とする成形性及び耐衝撃性に優れた高強度鋼板。
[Si]+0.35[Mn]+0.15[Al]+2.80[Cr]
+0.84[Mo]+0.50[Nb]+0.30[Ti]
≧1.00 ・・・(1)
[元素]:元素の質量%
【請求項2】
前記成分組成が、さらに、質量%で、
Ti:0.300%以下、
Nb:0.100%以下、
V :1.00%以下
の1種又は2種以上を含む
ことを特徴とする請求項1に記載の成形性及び耐衝撃性に優れた高強度鋼板。
【請求項3】
前記成分組成が、さらに、質量%で、
Cr:2.00%以下、
Ni:2.00%以下、
Cu:2.00%以下、
Mo:1.00%以下、
W :1.00%以下、
B :0.0100%以下
の1種又は2種以上を含む
ことを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の成形性及び耐衝撃性に優れた高強度鋼板。
【請求項4】
前記成分組成が、さらに、質量%で、
Sn:1.00%以下、
Sb:0.200%以下
の1種又は2種を含む
ことを特徴とする請求項1から請求項3のいずれか一項に記載の成形性及び耐衝撃性に優れた高強度鋼板。
【請求項5】
前記成分組成が、さらに、質量%で、Ca、Ce、Mg、Zr、La、Hf、REM(但し、La、Ceを除く。)の1種又は2種以上を合計で0.0100%以下含む
ことを特徴とする請求項1から請求項4のいずれか一項に記載の成形性及び耐衝撃性に優れた高強度鋼板。
【請求項6】
前記高強度鋼板の片面又は両面に、亜鉛めっき層又は亜鉛合金めっき層を有することを特徴とする請求項1から請求項5のいずれか一項に記載の成形性及び耐衝撃性に優れた高強度鋼板。
【請求項7】
前記亜鉛めっき層又は亜鉛合金めっき層が合金化めっき層であることを特徴とする請求項6に記載の成形性及び耐衝撃性に優れた高強度鋼板。
【請求項8】
請求項1から請求項5のいずれか一項に記載の成分を含有する鋳片を1080℃以上、1300℃以下に加熱した後、最高加熱温度から1000℃までの温度領域における熱間圧延条件が式(A)を満たし、更に圧延完了温度を975℃から850℃の区間とする熱間圧延を施す熱間圧延工程と、
熱間圧延が完了してから600℃までの冷却条件が、圧延完了温度から600℃までの温度を15等分した各温度域における変態進行度合いの総和を表す下記式(2)を満たし、かつ、600℃に達した後、後述の中間熱処理を開始するまで20℃毎に算出する温度履歴が、下記式(3)を満たす冷却工程と、
圧下率80%以下の冷間圧延を施す冷間圧延工程と、
(Ac3−30)℃から(Ac3+100)℃の温度に、650℃から(Ac3−40)℃の温度域の平均加熱速度を30℃/秒以上として加熱し、当該加熱温度から(最高加熱温度−10)℃の温度域における滞留時間を100秒以下に制限し、次いで、加熱温度から冷却するに際し、750℃から450℃の温度域の平均冷却速度を30℃/秒以上として冷却する中間熱処理工程と、を実施して得られる熱処理用鋼板に、
(Ac1+25)℃からAc3点の温度に、450℃から650℃における温度履歴を下記式(B)を満たす範囲とし、次いで、650℃から750℃における温度履歴を下記式(C)を満たす範囲として加熱し、
加熱温度に150秒以下保持し、
加熱保持温度から冷却するに際し、700℃から550℃の温度域の平均冷却速度を10℃/秒以上として、550℃から300℃の温度域に冷却し、
550℃から300℃の温度域における滞留時間を1000秒以下とし、
さらに、550℃から300℃の温度域における滞留条件が、下記式(4)を満たす本熱処理工程を実施する
ことを特徴とする請求項1から請求項5のいずれか一項に記載の成形性及び耐衝撃性に優れた高強度鋼板の製造方法。
【数1】
n:加熱炉から取出し後、1000℃に至るまでの圧延パス数
:iパス後の仕上板厚[mm]
:iパス目の圧延温度[℃]
:iパス目の圧延からi+1パス目までの経過時間[秒]
A=9.11×10,B=2.72×10:定数
【数2】
t(n):n番目の温度域における滞留時間[秒]
元素記号:元素の質量%
Tf:熱間圧延完了温度[℃]
【数3】
n:n−1回目の算出時点からn回目の算出時点に至るまでの平均鋼板温度[℃]
n:n回目の算出時における炭化物の成長に関する実効総時間[時間]
Δtn:n−1回目の算出時点からn回目の算出時点に至るまでの経過時間[時間]
C:炭化物の成長速度に関するパラメータ(元素記号:元素の質量%)
【数4】
但し、各化学組成は添加量[質量%]を表す。
F:定数、2.57
:(440+10n)℃から(450+10n)℃までの経過時間[秒]
K:式(3)中辺の値
【数5】
M:定数 5.47×1010
N:式(B)左辺の値
P:0.38Si+0.64Cr+0.34Mo
但し、各化学組成は添加量[質量%]を表す。
Q:2.43×10
:(640+10n)℃から(650+10n)℃までの経過時間[秒]
【数6】
T(n):滞留時間を10等分したときのn番目の時間帯における鋼板の平均温度
Bs点(℃)=611−33[Mn]−17[Cr]−17[Ni]−21[Mo]
−11[Si]+30[Al]+(24[Cr]+15[Mo]
+5500[B]+240[Nb])/(8[C])
[元素]:元素の質量%
Bs<T(n)のとき、(Bs−T(n))=0
t:550〜300℃の温度域における滞留時間の合計[秒]
【請求項9】
前記本熱処理工程前の熱処理用鋼板に、圧下率15%以下の冷間圧延を施すことを特徴とする請求項8に記載の成形性及び耐衝撃性に優れた高強度鋼板の製造方法。
【請求項10】
前記高強度鋼板を200℃から600℃に加熱して焼戻すことを特徴とする請求項8又は請求項9に記載の成形性及び耐衝撃性に優れた高強度鋼板の製造方法。
【請求項11】
前記高強度鋼板に、圧下率2.0%以下のスキンパス圧延を施すことを特徴とする請求項8から請求項10のいずれか一項に記載の成形性及び耐衝撃性に優れた高強度鋼板の製造方法。
【請求項12】
請求項6に記載の成形性及び耐衝撃性に優れた高強度鋼板の製造方法であって、
請求項8から請求項10のいずれか一項に記載の成形性及び耐衝撃性に優れた高強度鋼板の製造方法で製造した成形性及び耐衝撃性に優れた高強度鋼板を、亜鉛を主成分とするめっき浴に浸漬し、高強度鋼板の片面又は両面に、亜鉛めっき層又は亜鉛合金めっき層を形成する
ことを特徴とする成形性及び耐衝撃性に優れた高強度鋼板の製造方法。
【請求項13】
請求項6に記載の成形性及び耐衝撃性に優れた高強度鋼板の製造方法であって、
請求項8から請求項11のいずれか一項に記載の成形性及び耐衝撃性に優れた高強度鋼板の製造方法において550℃から300℃の温度域に滞留する鋼板を、亜鉛を主成分とするめっき浴に浸漬し、高強度鋼板の片面又は両面に、亜鉛めっき層又は亜鉛合金めっき層を形成する
ことを特徴とする成形性及び耐衝撃性に優れた高強度鋼板の製造方法。
【請求項14】
請求項6に記載の成形性及び耐衝撃性に優れた高強度鋼板の製造方法であって、
請求項8から請求項11のいずれか一項に記載の成形性及び耐衝撃性に優れた高強度鋼板の製造方法で製造した成形性及び耐衝撃性に優れた高強度鋼板の片面又は両面に、電気めっきで、亜鉛めっき層又は亜鉛合金めっき層を形成する
ことを特徴とする成形性及び耐衝撃性に優れた高強度鋼板の製造方法。
【請求項15】
請求項7に記載の成形性及び耐衝撃性に優れた高強度鋼板を製造する製造方法であって、
前記亜鉛めっき層又は亜鉛合金めっき層を400℃から600℃に加熱し、亜鉛めっき層又は亜鉛合金めっき層に合金化処理を施す
ことを特徴とする請求項13又は請求項14に記載の成形性及び耐衝撃性に優れた高強度鋼板の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、成形性及び耐衝撃性に優れた高強度鋼板、及び、成形性及び耐衝撃性に優れた高強度鋼板の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、自動車には、車体を軽量化して燃費を高め、炭酸ガスの排出量を低減するため、また、衝突時、衝突エネルギーを吸収して、搭乗者の保護・安全を確保するため、高強度鋼板が多く使用されている。
【0003】
しかし、一般に、鋼板を高強度化すると、成形性(延性、穴広げ性等)が低下し、複雑な形状への加工が困難になるので、成形性(延性、穴広げ性等)と、耐衝撃性を確保し得る強度の両立を図ることは簡単ではなく、これまで、種々の技術が提案されている。
【0004】
例えば、特許文献1には、780MPa級以上の高強度鋼板において、鋼板組織を、占積率で、フェライト:5〜50%、残留オーステナイト:3%以下、残部:マルテンサイト(平均アスペクト比:1.5以上)として、強度−伸びバランス、及び、強度−伸びフランジバランスを改善する技術が開示されている。
【0005】
特許文献2には、高張力溶融亜鉛めっき鋼板において、平均結晶粒径が10μm以下のフェライト、20体積%以上のマルテンサイト、及び、その他の第二相からなる複合組織を形成し、耐食性と耐二次加工脆性を改善する技術が開示されている。
【0006】
特許文献3及び8には、鋼板の金属組織を、フェライト(軟質組織)とベイナイト(硬質組織)の複合組織として、高強度でも高い伸びを確保する技術が開示されている。
【0007】
特許文献4には、高強度鋼板において、占積率で、フェライトが5〜30%、マルテンサイトが50〜95%で、フェライトの平均粒径が円相当直径で3μm以下、マルテンサイトの平均粒径が円相当直径で6μm以下の複合組織を形成して、伸び及び伸びフランジ性を改善する技術が開示されている。
【0008】
特許文献5には、オーステナイトからフェライトへの変態中の相界面で、主に、粒界拡散で生じる析出現象(相間界面析出)により析出分布を制御して析出させた析出強化フェライトを主相として、強度と伸びの両立を図る技術が開示されている。
【0009】
特許文献6には、鋼板組織をフェライト単相組織とし、フェライトを微細炭化物で強化して、強度と伸びを両立させる技術が開示されている。特許文献7には、高強度薄鋼板において、フェライト相、ベイナイト相、及び、マルテンサイト相とオーステナイト粒の界面にて所要のC濃度を有するオーステナイト粒を50%以上として、伸びと穴広げ性を確保する技術が開示されている。
【0010】
近年、自動車を大幅に軽量化するとともに、耐衝撃性を高めるため、590MPa以上の高強度鋼を使用することが試みられているが、従来技術では、成形性の向上が困難で、成形性(延性、穴広げ性等)に優れた590MPa以上の高強度鋼が求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開2004−238679号公報
【特許文献2】特開2004−323958号公報
【特許文献3】特開2006−274318号公報
【特許文献4】特開2008−297609号公報
【特許文献5】特開2011−225941号公報
【特許文献6】特開2012−026032号公報
【特許文献7】特開2011−195956号公報
【特許文献8】特開2013−181208号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は、自動車の軽量化と耐衝撃性の確保を実現する引張最大強度(TS)が590MPa以上の高強度鋼板において、成形性の向上が求められていることに鑑み、TSが590MPa以上の高強度鋼(亜鉛めっき鋼板、亜鉛合金めっき鋼板、合金化亜鉛めっき鋼板、合金化亜鉛合金めっき鋼板を含む)において、成形性の向上を図ることを課題とし、該課題を解決する高強度鋼板、及び、成形性及び耐衝撃性に優れた高強度鋼板の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、上記課題を解決する手法について鋭意研究した。その結果、素材鋼板(熱処理用鋼板)のミクロ組織を所定の炭化物を内包するラス組織とし、所要の熱処理を施せば、熱処理後の鋼板において、高強度と耐衝撃性を兼ね備えた、成形性に優れたミクロ組織を形成できることを見いだした。
【0014】
本発明は、上記知見に基づいてなされたもので、その要旨は以下のとおりである。
【0015】
〔1〕成分組成が、質量%で、
C :0.080〜0.500%、
Si:2.50%以下、
Mn:0.50〜5.00%、
P :0.100%以下、
S :0.0100%以下、
Al:0.001〜2.000%、
N :0.0150%以下、
O :0.0050%以下、
残部:Fe及び不可避的不純物からなり、かつ、下記式(1)を満たす鋼板において、
鋼板表面から1/8t(t:板厚)〜3/8t(t:板厚)の領域のミクロ組織が、体積%で、
針状フェライト:20%以上、
マルテンサイト、焼戻しマルテンサイト、及び、残留オーステナイトの1種又は2種以上からなる島状硬質組織:20%以上
を含み、
残留オーステナイト:2%以上、25%以下であり、
塊状フェライト:20%以下、
パーライト及び/又はセメンタイト:合計で5%以下
に制限され、
前記島状硬質組織において、円相当径1.5μm以上の硬質領域のアスペクト比の平均が2.0以上であり、円相当径1.5μm未満の硬質領域のアスペクト比の平均が2.0未満であり、
前記円相当径1.5μm未満の硬質領域の単位面積当たり個数密度(以下単に「個数密度」ともいう。)の平均が1.0×1010個・m−2以上であり、かつ、3つ以上の視野において、それぞれ5.0×10−10以上の面積において島状硬質組織の個数密度を求めたときに、その最大個数密度と最小個数密度の比が2.5以下である
ことを特徴とする成形性及び耐衝撃性に優れた高強度鋼板。
[Si]+0.35[Mn]+0.15[Al]+2.80[Cr]
+0.84[Mo]+0.50[Nb]+0.30[Ti]
≧1.00 ・・・(1)
[元素]:元素の質量%
【0016】
〔2〕前記成分組成が、さらに、質量%で、
Ti:0.300%以下、
Nb:0.100%以下、
V :1.00%以下
の1種又は2種以上を含む
ことを特徴とする本発明の成形性及び耐衝撃性に優れた高強度鋼板。
【0017】
〔3〕前記成分組成が、さらに、質量%で、
Cr:2.00%以下、
Ni:2.00%以下、
Cu:2.00%以下、
Mo:1.00%以下、
W :1.00%以下、
B :0.0100%以下
の1種又は2種以上を含む
ことを特徴とする本発明の成形性及び耐衝撃性に優れた高強度鋼板。
【0018】
〔4〕前記成分組成が、さらに、質量%で、
Sn:1.00%以下、
Sb:0.200%以下
の1種又は2種を含む
ことを特徴とする本発明の成形性及び耐衝撃性に優れた高強度鋼板。
【0019】
〔5〕前記成分組成が、さらに、質量%で、Ca、Ce、Mg、Zr、La、Hf、REM(但し、La、Ceを除く。)の1種又は2種以上を合計で0.0100%以下含む
ことを特徴とする本発明の成形性及び耐衝撃性に優れた高強度鋼板。
【0020】
〔6〕前記高強度鋼板の片面又は両面に、亜鉛めっき層又は亜鉛合金めっき層を有することを特徴とする本発明の成形性及び耐衝撃性に優れた高強度鋼板。
【0021】
〔7〕前記亜鉛めっき層又は亜鉛合金めっき層が合金化めっき層であることを特徴とする本発明の成形性及び耐衝撃性に優れた高強度鋼板。
【0022】
〔8〕本発明の成分を含有する鋳片を1080℃以上、1300℃以下に加熱した後、最高加熱温度から1000℃までの温度領域における熱間圧延条件が式(A)を満たし、更に圧延完了温度を975℃から850℃の区間とする熱間圧延を施す熱間圧延工程と、
熱間圧延が完了してから600℃までの冷却条件が、圧延完了温度から600℃までの温度を15等分した各温度域における変態進行度合いの総和を表す下記式(2)を満たし、かつ、600℃に達した後、後述の中間熱処理を開始するまで20℃毎に算出する温度履歴が、下記式(3)を満たす冷却工程と、
圧下率80%以下の冷間圧延を施す冷間圧延工程と、
(Ac3−30)℃から(Ac3+100)℃の温度に、650℃から(Ac3−40)℃の温度域の平均加熱速度を30℃/秒以上として加熱し、当該加熱温度から(最高加熱温度−10)℃の温度域における滞留時間を100秒以下に制限し、次いで、加熱温度から冷却するに際し、750℃から450℃の温度域の平均冷却速度を30℃/秒以上として冷却する中間熱処理工程と、を実施して得られる熱処理用鋼板に、
(Ac1+25)℃からAc3点の温度に、450℃から650℃における温度履歴を下記式(B)を満たす範囲とし、次いで、650℃から750℃における温度履歴を下記式(C)を満たす範囲として加熱し、
加熱温度に150秒以下保持し、
加熱保持温度から冷却するに際し、700℃から550℃の温度域の平均冷却速度を10℃/秒以上として、550℃から300℃の温度域に冷却し、
550℃から300℃の温度域における滞留時間を1000秒以下とし、
さらに、550℃から300℃の温度域における滞留条件が、下記式(4)を満たす本熱処理工程を実施する
ことを特徴とする本発明の成形性及び耐衝撃性に優れた高強度鋼板の製造方法。
【0023】
【数1】
n:加熱炉から取出し後、1000℃に至るまでの圧延パス数
:iパス後の仕上板厚[mm]
:iパス目の圧延温度[℃]
:iパス目の圧延からi+1パス目までの経過時間[秒]
A=9.11×10,B=2.72×10:定数
【0024】
【数2】
t(n):n番目の温度域における滞留時間[秒]
元素記号:元素の質量%
Tf:熱間圧延完了温度[℃]
【0025】
【数3】
n:n−1回目の算出時点からn回目の算出時点に至るまでの平均鋼板温度[℃]
n:n回目の算出時における炭化物の成長に関する実効総時間[時間]
Δtn:n−1回目の算出時点からn回目の算出時点に至るまでの経過時間[時間]
C:炭化物の成長速度に関するパラメター(元素記号:元素の質量%)
【0026】
【数4】
但し、各化学組成は添加量[質量%]を表す。
F:定数、2.57
:(440+10n)℃から(450+10n)℃までの経過時間[秒]
K:式(3)中辺の値
【0027】
【数5】
M:定数 5.47×1010
N:式(B)左辺の値
P:0.38Si+0.64Cr+0.34Mo
但し、各化学組成は添加量[質量%]を表す。
Q:2.43×10
:(640+10n)℃から(650+10n)℃までの経過時間[秒]
【0028】
【数6】
T(n):滞留時間を10等分したときのn番目の時間帯における鋼板の平均温度
Bs点(℃)=611−33[Mn]−17[Cr]−17[Ni]−21[Mo]
−11[Si]+30[Al]+(24[Cr]+15[Mo]
+5500[B]+240[Nb])/(8[C])
[元素]:元素の質量%
Bs<T(n)のとき、(Bs−T(n))=0
t:550〜300℃の温度域における滞留時間の合計[秒]
【0029】
〔9〕前記本熱処理工程前の熱処理用鋼板に、圧下率15%以下の冷間圧延を施すことを特徴とする本発明の成形性及び耐衝撃性に優れた高強度鋼板の製造方法。
【0030】
〔10〕前記本熱処理工程後の鋼板を200℃から600℃に加熱して焼戻すことを特徴とする本発明の成形性及び耐衝撃性に優れた高強度鋼板の製造方法。
【0031】
〔11〕前記本熱処理工程又は焼戻し後の鋼板に、圧下率2.0%以下のスキンパス圧延を施すことを特徴とする本発明の成形性及び耐衝撃性に優れた高強度鋼板の製造方法。
【0032】
〔12〕本発明の成形性及び耐衝撃性に優れた高強度鋼板の製造方法であって、
本発明の成形性及び耐衝撃性に優れた高強度鋼板の製造方法で製造した成形性及び耐衝撃性に優れた高強度鋼板を、亜鉛を主成分とするめっき浴に浸漬し、高強度鋼板の片面又は両面に、亜鉛めっき層又は亜鉛合金めっき層を形成する
ことを特徴とする成形性及び耐衝撃性に優れた高強度鋼板の製造方法。
【0033】
〔13〕本発明の成形性及び耐衝撃性に優れた高強度鋼板の製造方法であって、
本発明の成形性及び耐衝撃性に優れた高強度鋼板の製造方法において550℃から300℃の温度域に滞留する鋼板を、亜鉛を主成分とするめっき浴に浸漬し、高強度鋼板の片面又は両面に、亜鉛めっき層又は亜鉛合金めっき層を形成する
ことを特徴とする成形性及び耐衝撃性に優れた高強度鋼板の製造方法。
【0034】
〔14〕本発明の成形性及び耐衝撃性に優れた高強度鋼板の製造方法であって、
本発明の成形性及び耐衝撃性に優れた高強度鋼板の製造方法で製造した成形性及び耐衝撃性に優れた高強度鋼板の片面又は両面に、電気めっきで、亜鉛めっき層又は亜鉛合金めっき層を形成する
ことを特徴とする成形性及び耐衝撃性に優れた高強度鋼板の製造方法。
【0036】
15〕本発明の成形性及び耐衝撃性に優れた高強度鋼板を製造する製造方法であって、
前記亜鉛めっき層又は亜鉛合金めっき層を400℃から600℃に加熱し、亜鉛めっき層又は亜鉛合金めっき層に合金化処理を施す
ことを特徴とする本発明の成形性及び耐衝撃性に優れた高強度鋼板の製造方法。
【0037】
本発明によれば、成形性及び耐衝撃性に優れた高強度鋼板を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0038】
図1】本発明の成形性及び耐衝撃性に優れた高強度鋼板の製造方法の概要を示す模式図である。
図2A】本発明鋼の組織イメージ図である。
図2B】比較鋼であって一般的な高強度複合組織鋼の組織イメージ図である。
図2C】比較鋼であって特性を改善した高強度複合組織鋼(例えば特許文献1)に関するものの組織イメージ図である。
【発明を実施するための形態】
【0039】
本発明の成形性及び耐衝撃性に優れた高強度鋼板を製造するには、以下の熱処理用鋼板(以下「鋼板a」ということがある。)を製造し、この熱処理用鋼板を熱処理する必要がある。この熱処理用鋼板は、成分組成が、質量%で、
C :0.080〜0.500%、
Si:2.50%以下、
Mn:0.50〜5.00%、
P :0.100%以下、
S :0.010%以下、
Al:0.010〜2.000%、
N :0.0015%以下、
O :0.0050%以下、
残部:Fe及び不可避的不純物からなり、かつ、下記式(1)を満たす鋼板において、
鋼板表面から1/8t(t:板厚)〜3/8t(t:板厚)の領域のミクロ組織が、体積%で、
マルテンサイト、焼戻しマルテンサイト、ベイナイト、及び、ベイニティックフェライトの1種又は2種以上からなり、円相当径0.3μm以上の炭化物を1.0×1010個/m2以上有するラス組織:80%以上
を含む。
[Si]+0.35[Mn]+0.15[Al]+2.80[Cr]
+0.84[Mo]+0.50[Nb]+0.30[Ti]
≧1.00 ・・・(1)
[元素]:元素の質量%
【0040】
本発明の成形性及び耐衝撃性に優れた高強度鋼板(以下「本発明鋼板A」ということがある。)は、成分組成が、質量%で、
C :0.080〜0.500%、
Si:2.50%以下、
Mn:0.50〜5.00%、
P :0.100%以下、
S :0.010%以下、
Al:0.010〜2.000%、
N :0.0015%以下、
O :0.0050%以下、
残部:Fe及び不可避的不純物からなり、かつ、下記式(1)を満たす鋼板において、
鋼板表面から1/8t(t:板厚)〜3/8t(t:板厚)の領域のミクロ組織が、体積%で、
針状フェライト:20%以上、
マルテンサイト、焼戻しマルテンサイト、及び、残留オーステナイトの1種又は2種以上からなる島状硬質組織:20%以上
を含み、
残留オーステナイト:2%以上、25%以下であり、
塊状フェライト:20%以下
に制限され、
前記島状硬質組織において、円相当径1.5μm以上の硬質領域のアスペクト比の平均が2.0以上であり、円相当径1.5μm未満の硬質領域のアスペクト比の平均が2.0未満であり、
前記円相当径1.5μm未満の硬質領域の単位面積当たりの個数密度(個数密度)の平均が1.0×1010個・m−2以上であり、かつ、3つ以上の視野において、それぞれ5.0×10−10以上の面積において島状硬質組織の個数密度を求めたときに、その最大個数密度と最小個数密度の比が2.5以下であることを特徴とする。
[Si]+0.35[Mn]+0.15[Al]+2.80[Cr]
+0.84[Mo]+0.50[Nb]+0.30[Ti]
≧1.00 ・・・(1)
[元素]:元素の質量%
【0041】
本発明の成形性及び耐衝撃性に優れた高強度鋼板(以下「本発明鋼板A1」ということがある。)は、
本発明鋼板Aの片面又は両面に、亜鉛めっき層又は亜鉛合金めっき層を有する
ことを特徴とする。
【0042】
本発明の成形性、靱性、及び、溶接性に優れた高強度鋼板(以下「本発明鋼板A2」ということがある。)は、
本発明鋼板A1の亜鉛めっき層又は亜鉛合金めっき層が合金化めっき層である
ことを特徴とする。
【0043】
上記の熱処理用鋼板の製造方法(以下「製造方法a」ということがある。)は、鋼板aを製造する製造方法であって、
鋼板aの成分組成の鋳片を、1080℃以上、1300℃以下に加熱した後、最高加熱温度から1000℃までの温度領域における熱間圧延条件が前記式(A)を満たし、更に圧延完了温度を975℃から850℃の区間とする熱間圧延を施す熱間圧延工程と、
熱間圧延が完了してから600℃までの冷却条件が、圧延完了温度から600℃までの温度を15等分した各温度域における変態進行度合いの総和を表す前記式(2)を満たし、かつ、600℃に達した後、後述の中間熱処理を開始するまで20℃毎に算出する温度履歴が、式(3)を満たす冷却工程と、
圧下率80%以下の冷間圧延を施す冷間圧延工程と、
(Ac3−30)℃から(Ac3+100)℃の温度に、650℃から(Ac3−40)℃の温度域の平均加熱速度を30℃/秒以上として加熱し、当該加熱温度から(最高加熱温度−10)℃の温度域における滞留時間を100秒以下に制限し、次いで、加熱温度から冷却するに際し、750℃から450℃の温度域の平均冷却速度を30℃/秒以上として冷却する中間熱処理工程とを実施する。
【0044】
本発明の成形性及び耐衝撃性に優れた高強度鋼板の製造方法(以下「本発明製造方法A」ということがある。)は、鋼板aを、(Ac1+25)℃からAc3点の温度に、450℃から650℃における温度履歴を、前記式(B)を満たす範囲とし、次いで、650℃から750℃における温度履歴を前記式(C)を満たす範囲として加熱し、
加熱温度に150秒以下保持し、
加熱保持温度から、700℃から550℃の温度域の平均冷却速度を10℃/秒以上として、550℃から300℃の温度域に冷却し、
550℃から300℃の温度域における滞留時間を1000秒以下とし、
さらに、550℃から300℃の温度域における滞留条件が、前記式(4)を満たす本熱処理工程を実施することを特徴とする。
【0045】
本発明の成形性及び耐衝撃性に優れた高強度鋼板の製造方法(以下「本発明製造方法A1a」ということがある。)は、本発明鋼板A1を製造する製造方法であって、
本発明製造方法Aで製造した成形性及び耐衝撃性に優れた高強度鋼板を、亜鉛を主成分とするめっき浴に浸漬し、鋼板の片面又は両面に、亜鉛めっき層又は亜鉛合金めっき層を形成する
ことを特徴とする。
【0046】
本発明の成形性及び耐衝撃性に優れた高強度鋼板の製造方法(以下「本発明製造方法A1b」ということがある。)は、本発明鋼板A1を製造する製造方法であって、
本発明製造方法Aで製造し、550℃から300℃の温度域に滞留する鋼板を、亜鉛を主成分とするめっき浴に浸漬し、鋼板の片面又は両面に、亜鉛めっき層又は亜鉛合金めっき層を形成する
ことを特徴とする。
【0047】
本発明の成形性及び耐衝撃性に優れた高強度鋼板の製造方法(以下「本発明製造方法A1c」ということがある。)は、本発明鋼板A1を製造する製造方法であって、
本発明製造方法Aで製造した成形性及び耐衝撃性に優れた高強度鋼板の片面又は両面に、電気めっきで、亜鉛めっき層又は亜鉛合金めっき層を形成する
ことを特徴とする。
【0048】
本発明の成形性及び耐衝撃性に優れた高強度鋼板の製造方法(以下「本発明製造方法A2」ということがある。)は、本発明鋼板A2を製造する製造方法であって、
本発明鋼板A1の亜鉛めっき層又は亜鉛合金めっき層を400℃から600℃に加熱し、亜鉛めっき層又は亜鉛合金めっき層に合金化処理を施すことを特徴とする。
【0049】
以下、鋼板aとその製造方法(製造方法a)、及び、本発明鋼板A、A1、及び、A2と、それらの製造方法(本発明製造方法A、A1a、A1b、A1c、及び、A2)について、順次説明する。
【0050】
最初に、鋼板a及び本発明鋼板A、A1、A2(以下「本発明鋼板」と総称することがある。)の成分組成の限定理由について説明する。以下、成分組成に係る%は、質量%を意味する。
【0051】
成分組成
C:0.080〜0.500%
Cは、強度と耐衝撃性の向上に寄与する元素である。Cが0.080%未満であると、添加効果が十分に得られないので、Cは0.080%以上とする。好ましくは0.100%以上、より好ましくは0.140%以上である。
一方、Cが0.500%を超えると、鋳造スラブが脆化して割れ易くなり、生産性が著しく低下するので、Cは0.500%以下とする。さらに、多量のCは溶接性を劣化させるので、良好なスポット溶接性を確保する点で、Cは0.350%以下が好ましく、0.250%以下がより好ましい。
【0052】
Si:2.50%以下
Siは、鉄系炭化物を微細化し、強度と成形性の向上に寄与する元素であるが、鋼を脆化する元素でもある。Siが2.50%を超えると、鋳造スラブが脆化して割れ易くなり、生産性が著しく低下するので、Siは2.50%以下とする。また、SiはFe結晶を脆化させる元素であり、耐衝撃性を確保する点で、2.20%以下が好ましく、2.00%以下がより好ましい。
下限は0%を含むが、0.010%未満に低減すると、ベイナイト変態時、粗大な鉄系炭化物が生成し、強度及び成形性が低下する場合があるので、Siは0.005%以上が好ましい。より好ましくは0.010%以上である。
【0053】
Mn:0.50〜5.00%
Mnは、焼入れ性を高めて、強度の向上に寄与する元素である。Mnが0.50%未満であると、焼鈍の冷却過程で軟質な組織が生成して、所要の強度を確保することが難しくなるので、Mnは0.50%以上とする。好ましくは0.80%以上、より好ましくは1.00%以上である。
一方、Mnが5.00%を超えると、鋳造スラブの中央部にMnが濃化して、鋳造スラブが脆化して割れ易くなり、生産性が著しく低下するので、Mnは5.00%以下とする。また、多量のMnは溶接性を低下させるので、良好なスポット溶接性を確保する点で、Mnは3.50%以下が好ましく、3.00%以下がより好ましい。
【0054】
P:0.100%以下
Pは、鋼を脆化し、また、スポット溶接で生じる溶融部を脆化する元素である。Pが0.100%を超えると、鋳造スラブが脆化して割れ易くなるので、Pは0.100%以下とする。スポット溶接部の強度を確保する点で、0.040%以下が好ましく、0.020%以下がより好ましい。
下限は0%を含むが、Pを0.0001%未満に低減すると、製造コストが大幅に上昇するので、実用鋼板上、0.0001%が実質的な下限である。
【0055】
S:0.0100%以下
Sは、MnSを形成し、延性、穴広げ性、伸びフランジ性、及び、曲げ性などの成形性や、溶接性を阻害する元素である。Sが0.0100%を超えると、成形性及び溶接性が著しく低下するので、Sは0.0100%以下とする。良好な溶接性を確保する点で、0.0070%以下が好ましく、0.0050%以下がより好ましい。
下限は0%を含むが、0.0001%未満に低減すると、製造コストが大幅に上昇するので、実用鋼板上、0.0001%が実質的な下限である。
【0056】
Al:0.001〜2.000%
Alは、脱酸材として機能するが、一方で、鋼を脆化し、また、溶接性を阻害する元素でもある。Alが0.001%未満であると、脱酸効果が十分に得られないので、Alは0.001%以上とする。好ましくは0.010%以上、よりが好ましくは0.020%以上である。
一方、Alが2.000%を超えると、粗大な酸化物が生成し、鋳造スラブが割れ易くなるので、Alは2.000%以下とする。良好な溶接性を確保する点で、Al量は1.500%以下が好まく、1.100%以下とすることが更に好ましい。
【0057】
N:0.0150%以下
Nは、窒化物を形成し、延性、穴広げ性、伸びフランジ性、及び、曲げ性などの成形性を阻害する元素であり、また、溶接時、ブローホール発生の原因になり、溶接性を阻害する元素である。Nが0.0150%を超えると、成形性と溶接性が低下するので、Nは0.0150%以下とする。好ましくは0.0100%以下、より好ましくは0.0060%以下である。
下限は0%を含むが、Nを0.0001%未満に低減すると、製造コストが大幅に上昇するので、実用鋼板上、0.0001%が実質的な下限である。
【0058】
O:0.0050%以下
Oは、酸化物を形成し、延性、穴広げ性、伸びフランジ性、及び、曲げ性などの成形性を阻害する元素である。Oが0.0050%を超えると、成形性が著しく低下するので、Oは0.0050%以下とする。好ましくは0.0030%以下、より好ましくは0.0020%以下である。
下限は0%を含むが、Oを0.0001%未満に低減すると、製造コストが大幅に上昇するので、実用鋼板上、0.0001%が実質的な下限である。
【0059】
[Si]+0.35[Mn]+0.15[Al]+2.80[Cr]
+0.84[Mo]+0.50[Nb]+0.30[Ti]
≧1.00 ・・・(1)
後述の熱処理用鋼板の製造には、中間熱処理中に炭化物を適度に溶存させ、一定量以上の微細な炭化物を得る必要がある。炭化物が過度に溶け易い場合、中間熱処理中に全ての炭化物が消失してしまうため、所定の熱処理用鋼板が得られない。このため、炭化物の溶解速度を緩める元素種の添加量からなる上記式(1)を満たす必要がある。
【0060】
式(1)の左辺:[Si]+0.35[Mn]+0.15[Al]+2.80[Cr]+0.84[Mo]+0.50[Nb]+0.30[Ti]:1.00以上
【0061】
上記式(1)の左辺において、[元素]は元素の質量%であり、各[元素]の係数は、本発明鋼板aの製造工程において、Siが炭化物の溶解を抑制し、最終製品の本熱処理後の鋼板の強度、成形性、及び、耐衝撃性のバランスの向上に寄与する寄与度を1とし、このSiの寄与度1と、各元素の寄与度を比較したときの比率である。
【0062】
鋼板の成分組成において、上記式(1)の左辺が1.00未満であると、熱処理用鋼板中に十分な炭化物が生成せず、本熱処理後の鋼板の特性が劣化する。熱処理用鋼板中に十分に炭化物を残存させ、特性を改善するためには、上記式(1)の左辺を1.00以上とする必要がある。好ましくは1.25以上で、より好ましくは1.50以上である。
【0063】
上記式(1)の左辺の上限は、各元素の上限で定まるので限定しないが、過度に、上記式(1)の左辺の値を高めると、熱処理用鋼板における炭化物のサイズが過度に粗大化し、さらに、その後の熱処理工程においても、粗大な炭化物が残存する場合があり、却って鋼板の特性が低下する懸念があるので、上記式(1)の左辺は4.00以下が好ましく、3.60以下がより好ましい。
【0064】
本発明熱処理用鋼板及び本発明高強度鋼板の成分組成は、上記成分を含有し、残部はFe及び不可避的不純物からなる。上記元素の他、特性向上のため、Feの一部に代えて以下の元素を含んでもよい。
【0065】
Ti:0.300%以下
Tiは、析出物による強化、フェライト結晶粒の成長抑制による細粒化強化及び再結晶の抑制による転位強化によって、鋼板強度の向上に寄与する元素である。Tiが0.300%を超えると、炭窒化物が多量に析出して、成形性が低下するので、Tiは0.300%以下が好ましい。より好ましくは0.150%以下である。
下限は0%を含むが、Tiの強度向上効果を十分に得るには、0.001%以上が好ましく、0.010%以上がより好ましい。
【0066】
Nb:0.100%以下
Nbは、析出物による強化、フェライト結晶粒の成長抑制による細粒化強化及び再結晶の抑制による転位強化によって、鋼板強度の向上に寄与する元素である。Nbが0.100%を超えると、炭窒化物が多量に析出して、成形性が低下するので、Nbは0.100%以下が好ましい。より好ましくは0.060%以下である。
下限は0%を含むが、Nbの強度向上効果を十分に得るには、0.001%以上が好ましく、0.005%以上がより好ましい。
【0067】
V:1.00%以下
Vは、析出物による強化、フェライト結晶粒の成長抑制による細粒化強化及び再結晶の抑制による転位強化によって、鋼板強度の向上に寄与する元素である。Vが1.00%を超えると、炭窒化物が多量に析出して、成形性が低下するので、Vは1.00%以下が好ましい。より好ましくは0.50%以下である。
下限は0%を含むが、Vの強度向上効果を十分に得るには、0.001%以上が好ましく、0.010%以上がより好ましい。
【0068】
Cr:2.00%以下
Crは、焼入れ性を高め、鋼板強度の向上に寄与する元素であり、C及び/又はMnの一部に替わり得る元素である。Crが2.00%を超えると、熱間加工性が低下して生産性が低下するので、Crは2.00%以下が好ましい。より好ましくは1.20%以下である。
下限は0%を含むが、Crの強度向上効果を十分に得るには、0.01%以上が好ましく、0.10%以上がより好ましい。
【0069】
Ni:2.00%
Niは、高温での相変態を抑制し、鋼板強度の向上に寄与する元素であり、C及び/又はMnの一部に替わり得る元素である。Niが2.00%を超えると、溶接性が低下するので、Niは2.00%以下が好ましい。より好ましくは1.20%以下である。
下限は0%を含むが、Niの強度向上効果を十分に得るには、0.01%以上が好ましく、0.10%以上がより好ましい。
【0070】
Cu:2.00%以下
Cuは、微細な粒子で鋼中に存在し、鋼板強度の向上に寄与する元素であり、C及び/又はMnの一部に替わり得る元素である。Cuが2.00%を超えると、溶接性が低下するので、Cuは2.00%以下が好ましい。より好ましくは1.20%以下である。
下限は0%を含むが、Cuの強度向上効果を十分に得るには、0.01%以上が好ましく、0.10%以上がより好ましい。
【0071】
Mo:1.00%以下
Moは、高温での相変態を抑制し、鋼板強度の向上に寄与する元素であり、C及び/又はMnの一部に替わり得る元素である。Moが1.00%を超えると、熱間加工性が低下して生産性が低下するので、Moは1.00%以下が好ましい。より好ましくは0.50%以下である。
下限は0%を含むが、Moの強度向上効果を十分に得るたには、0.01%以上が好ましく、0.05%以上がより好ましい。
【0072】
W:1.00%以下
Wは、高温での相変態を抑制し、鋼板強度の向上に寄与する元素であり、C及び/又はMnの一部に替わり得る元素である。Wが1.00%を超えると、熱間加工性が低下して生産性が低下するので、Wは1.00%以下が好ましい。より好ましくは0.70%以下である。
下限は0%を含むが、Wの強度向上効果を十分に得るには、0.01%以上が好ましく、0.10%以上がより好ましい。
【0073】
B:0.0100%以下
Bは、高温での相変態を抑制し、鋼板強度の向上に寄与する元素であり、C及び/又はMnの一部に替わり得る元素である。Bが0.0100%を超えると、熱間加工性が低下して生産性が低下するので、Bは0.0100%以下が好ましい。より好ましくは0.0050%以下である。
下限は0%を含むが、Bの強度向上効果を十分に得るには、0.0001%以上が好ましく、0.0005%以上がより好ましい。
【0074】
Sn:1.00%以下
Snは、結晶粒の粗大化を抑制し、鋼板強度の向上に寄与する元素である。Snが1.00%を超えると、鋼板が脆化し、圧延時に破断することがあるので、Snは1.00%以下が好ましい。より好ましくは0.50%以下である。
下限は0%を含むが、Snの添加効果を十分に得るには、0.001%以上が好ましく、0.010%以上がより好ましい。
【0075】
Sb:0.200%以下
Sbは、結晶粒の粗大化を抑制し、鋼板強度の向上に寄与する元素である。Sbが0.200%を超えると、鋼板が脆化し、圧延時に破断することがあるので、Sbは0.200%以下がこのましい。より好ましくは0.100%以下である。
下限は0%を含むが、Sbの添加効果を十分に得るには、0.001%以上が好ましく、0.005%以上がより好ましい。
【0076】
本発明鋼板の成分組成は、必要に応じて、Ca、Ce、Mg、Zr、La、Hf、REMの1種又は2種以上を含んでもよい。
【0077】
Ca、Ce、Mg、Zr、La、Hf、REMの1種又は2種以上:合計で0.0100%以下
Ca、Ce、Mg、Zr、La、Hf、REMは、成形性の向上に寄与する元素である。Ca、Ce、Mg、Zr、La、Hf、REMの1種又は2種以上の合計が0.0100%を超えると、延性が低下する恐れがあるので、上記元素は、合計で0.0100%以下が好ましい。より好ましくは0.0070%以下である。
Ca、Ce、Mg、Zr、La、Hf、REMの1種又は2種以上の合計の下限は0%を含むが、成形性向上効果を十分に得るには、合計で0.0001%以上が好ましく、0.0010%以上がより好ましい。
なお、REM(Rare Earth Metal)は、ランタノイド系列に属する元素を意味する。REMやCeは、多くの場合、ミッシュメタルの形態で添加するが、La、Ceの他に、ランタノイド系列の元素を不可避的に含有していてもよい。
【0078】
本発明鋼板の成分組成において、上記元素を除く残部は、Fe及び不可避的不純物である。不可避的不純物は、鋼原料から及び/又は製鋼過程で不可避的に混入する元素である。また、不純物として、H、Na、Cl、Sc、Co、Zn、Ga、Ge、As、Se、Y、Zr、Tc、Ru、Rh、Pd、Ag、Cd、In、Sn、Sb、Te、Cs、Ta、Re、Os、Ir、Pt、Au、Pbを、合計で0.010%以下含んでもよい。
【0079】
次に、本発明鋼板のミクロ組織について説明する。
【0080】
ミクロ組織を規定する領域:鋼板表面から1/8t〜3/8t(t:板厚)
通常、鋼板表面から1/4t(t:板厚)を中心とする、1/8t(t:板厚)〜3/8t(t:板厚)の領域のミクロ組織が、鋼板全体の機械特性(成形性、強度、延性、靱性、穴広げ性等)を担うので、本発明鋼板A、A1、及び、A2(以下「本発明鋼板A」と総称することがある。)においては、鋼板表面から1/8t(t:板厚)〜3/8t(t:板厚)の領域のミクロ組織を規定する。
【0081】
そして、本発明鋼板Aにおいて、鋼板表面から1/8t(t:板厚)〜3/8t(t:板厚)の領域のミクロ組織を、熱処理によって、所望のミクロ組織とするため、鋼板aにおいて、同じく、鋼板表面から1/8t(t:板厚)〜3/8t(t:板厚)の領域のミクロ組織を規定する。
【0082】
まず、鋼板aの、鋼板表面から1/8t(t:板厚)〜3/8t(t:板厚)の領域のミクロ組織(以下「ミクロ組織a」ということがある。)について説明する。以下、ミクロ組織に係る%は、体積%を意味する。
【0083】
ミクロ組織a
マルテンサイト、焼戻しマルテンサイト、ベイナイト、及び、ベイニティックフェライトの1種又は2種以上からなり、円相当径0.1μm以上の炭化物を1.0×1010個/m2以上有するラス組織:80%以上
【0084】
ミクロ組織aは、マルテンサイト、焼戻しマルテンサイト、ベイナイト、及び、ベイニティックフェライトの1種又は2種以上からなり、円相当径0.1μm以上の炭化物を1.0×1010個/m2以上有するラス組織を80%以上含む組織とする。このラス組織が80%未満の本発明鋼板aに熱処理を施しても、本発明鋼板Aにおいて、所要のミクロ組織を得ることができず、優れた成形性を確保できないので、上記ラス組織は80%以上とする。好ましくは90%以上である。
【0085】
ミクロ組織aがラス組織であると、熱処理(焼鈍)により、ラス境界に、同じ結晶方位のフェライトに囲まれた微細なオーステナイトが生成し、ラス境界に沿って成長する。ラス境界に沿って成長したオーステナイト、即ち、一方向に伸長したオーステナイトは冷却処理によって一方向に伸長した島状硬質組織を形成し、強度と成形性の向上に大きく寄与する。
【0086】
鋼板aのラス組織は、所定の熱延・冷延条件で製造した鋼板に、所要の中間熱処理を施して形成することができる。ラス組織の形成については後述する。
【0087】
焼戻しマルテンサイト、ベイナイト、及び、ベイニティックフェライトの個々の体積%は、鋼板の成分組成、熱延条件、冷却条件で変動するので、特に限定しないが、好ましい体積%について説明する。
【0088】
マルテンサイトは、本熱処理により焼戻しマルテンサイトとなり、既存の焼戻しマルテンサイトと相俟って、本発明鋼板Aの成形性−強度バランスの向上に寄与する。一方、熱処理用鋼板aが多量のマルテンサイトを含むと、強度が上昇し、曲げ性が劣化するため、切断や形状矯正処理といった工程の生産性を阻害する。この観点から、ラス組織中のマルテンサイトの体積%は30%以下が好ましく、15%以下がより好ましい。
【0089】
焼戻しマルテンサイトは、本発明鋼板Aの成形性−強度バランスの向上に大きく寄与する組織である。また、熱処理用鋼板の強度を過剰に上げることがなく、さらに曲げ性にも優れるため、生産性の向上を目的として積極的に利用する組織である。熱処理用鋼板aにおける焼戻しマルテンサイトの体積分率は30%以上が好ましく、50%以上がより好ましく、100%でも構わない。
【0090】
ベイナイト、及び、ベイニティックフェライトは、マルテンサイト、及び、焼戻しマルテンサイトと比べて低強度であり、生産性の向上を目的として積極的に活用しても構わない。一方、ベイナイト中に炭化物が生成してCを消費するので、熱処理用鋼板aにおける体積分率は50%以下が好ましい。
【0091】
ミクロ組織aにおいて、その他組織(パーライト、セメンタイト、塊状フェライト、残留オーステナイト等)は20%未満とする。
【0092】
塊状フェライトは、結晶粒内にオーステナイトの核生成サイトを有しないので、焼鈍(後述する本熱処理)後のミクロ組織において、オーステナイトを含まないフェライトとなり、強度の向上に寄与しない。
【0093】
また、塊状フェライトは、母相オーステナイトと特定の結晶方位関係を有しない場合があり、塊状フェライトが増えると、焼鈍時、塊状フェライトと母相オーステナイトの境界に、母相オーステナイトと結晶方位が大きく異なるオーステナイトが生成することがある。フェライトの周辺に新たに生成した、結晶方位が異なるオーステナイトは粗大かつ等方的に成長するので、機械特性の向上に寄与しない。
【0094】
残留オーステナイトは、一部が、焼鈍時、粗大かつ等方化するので、機械特性の向上に寄与しない。特に、熱処理用鋼板の形状矯正に必要な曲げ性を確保する観点から、曲げ加工時に破壊の起点として働き得る残留オーステナイトは10%以下に制限することが好ましく、5%以下がより好ましい。
【0095】
パーライトとセメンタイトは、焼鈍時、オーステナイトに変態し、粗大かつ等方的に成長するので、機械特性の向上に寄与しない。それ故、その他組織(パーライト、セメンタイト、塊状フェライト、残留オーステナイト等)は20%未満とする。好ましくは10%未満である。
【0096】
ラス組織中の円相当径0.1μm以上の炭化物:1.0×1010個/m2以上
ラス組織中に炭化物が存在していると、ミクロ組織の固溶炭素量が少なくなっていて、ミクロ組織の変態温度が高くなり、急冷しても、鋼板の形状・寸法が良好に維持されるし、また、鋼板の強度が低下し、鋼板の切断及び形状矯正が容易となり、2回目の熱処理が実施し易くなる。炭化物は、2回目の熱処理で、マクロ組織に溶け込んで、硬質組織の生成サイトを形成する。
【0097】
上記ラス境界のサイトとは異なり、このサイトはラス組織内に存在するので、生成したオーステナイトは、針状フェライトの内部で等方的に成長し、冷却処理によって特定の方向に大きく成長していない微細かつ等方的な島状硬質組織を形成して、鋼板の耐衝撃特性を高めることができる。
【0098】
炭化物の円相当径が0.1μm未満であると、硬質組織の生成サイトとして機能しないので、円相当径が0.1μm以上の炭化物を個数計測の対象とする。円相当径0.1μm以上の炭化物の単位面積当たり個数密度(以下単に「個数密度」ともいう。)が1.0×1010個/m2未満であると、核生成サイトの個数が不十分となり、また、ミクロ組織の固溶炭素量が十分に低減しないので、上記炭化物の個数密度は1.0×1010個/m2以上とする。好ましくは1.5×1010個/m2以上、より好ましくは2.0×1010個/m2以上である。
【0099】
上記炭化物のサイズの上限は特に定めないが、過度に粗大な炭化物は、熱処理用鋼板を熱処理しても溶けきらずに残留し、強度、成形性、及び、耐衝撃性を劣化させる場合があり好ましくない。また、過度に粗大な炭化物は、鋼板の形状矯正において破壊の起点となる可能性がある。以上2つの観点から、円相当径が0.1μm以上の炭化物の平均円相当径は1.2μm以下が好ましく、0.8μm以下がより好ましい。
【0100】
上記炭化物の個数密度は、鋼板のC量及び熱処理条件(後述する)に依るので、その上限は定めないが、2回目の熱処理で、全ての炭化物が溶けきらない場合があるので、5.0×1012個/m2程度が実質的な上限である。
【0101】
次に、本発明鋼板Aの、鋼板表面から1/8t(t:板厚)〜3/8t(t:板厚)の領域のミクロ組織(以下「ミクロ組織A」ということがある。)について説明する。ミクロ組織に係る%は、体積%を意味する。
【0102】
ミクロ組織A
ミクロ組織Aは、鋼板aのミクロ組織aに、所要の熱処理(後述する本熱処理)を施して形成される。ミクロ組織Aは、ミクロ組織aの組織形態を引き継いで形成される針状フェライト及び一方向に伸長した島状硬質組織と、所要の熱処理で形成される等軸状の島状硬質組織を含む組織である。この点が、本発明鋼板Aの特徴である。
【0103】
針状フェライト:20%以上
ミクロ組織a(焼戻しマルテンサイト、ベイナイト、及び、ベイニティックフェライトの1種又は2種以上からなり、円相当径0.1μm以上の炭化物を1.0×1010個/m2以上有するラス組織:80%以上)に、所要の加熱処理を施すと、ラス状のフェライトが合体し針状となり、その結晶粒界に、一方向に伸長したオーステナイト粒が生成する。
【0104】
さらに、加熱処理後、所定の条件で冷却処理を施すと、一方向に伸長したオーステナイトは一方向に伸長した島状硬質組織となり、ミクロ組織Aの成形性−強度バランスが向上する。
【0105】
針状フェライトが20%未満であると、粗大かつ等方的な島状硬質組織の体積%が著しく増加し、ミクロ組織Aの成形性−強度バランスが低下するので、針状フェライトは20%以上とする。成形性−強度バランスをより高める点で、針状フェライトは30%以上が好ましい。
【0106】
一方、針状フェライトが80%を超えると、島状硬質組織の体積%が減少し、強度が大きく低下するので、針状フェライトは80%以下が好ましい。高強度化の点で、針状フェライトの体積%を低減し、島状硬質組織の体積%を高めることが好ましく、この観点から、針状フェライトは65%以下がより好ましい。
【0107】
マルテンサイト、焼戻しマルテンサイト、及び、残留オーステナイトの1種又は2種以上からなる島状硬質組織:20%以上
島状硬質組織を構成する個々の組織の体積%は、鋼板の成分組成や熱処理条件に依るので特定しないが、好ましい体積%は、以下のとおりである。
【0108】
マルテンサイト:30%以下
鋼板強度を担う組織であるが、30%を超えると、鋼板の耐衝撃性が低下するので、30%以下が好ましい。より好ましくは15%以下である。下限は0%を含む。
【0109】
焼戻しマルテンサイト:80%以下
焼戻しマルテンサイトは、鋼板の成形性及び耐衝撃性を損なわずに、鋼板強度を高める組織である。鋼板の強度、成形性及び耐衝撃性を十分に高めるため、焼戻しマルテンサイトは10%以上が好ましい。より好ましくは15%以上である。
【0110】
一方、焼戻しマルテンサイトが80%を超えると、鋼板強度が上昇しすぎて、成形性が低下するので、焼戻しマルテンサイトは80%以下が好ましい。より好ましくは60%以下である。
【0111】
残留オーステナイト:2%以上25%以下
残留オーステナイトは、鋼板の成形性、特に、延性を大きく改善する組織である。この効果を十分に得るため、残留オーステナイトは2%以上が好ましく、5%以上がより好ましい。
一方、残留オーステナイトは耐衝撃性を阻害する組織である。残留オーステナイトが25%を超えると、優れた耐衝撃性を確保することができないので、残留オーステナイトは25%以下が好ましい。より好ましくは20%以下である。
【0112】
島状硬質組織における硬質領域のアスペクト比
円相当径1.5μm以上の硬質領域の平均アスペクト比:2.0以上
円相当径1.5μm未満の硬質領域の平均アスペクト比:2.0未満
【0113】
一方向に伸長した粗大な島状硬質組織は、鋼板の加工硬化能を大きく改善し、強度及び成形性を高める組織である。一方、塊状の粗大な島状硬質組織は、変形に伴い内部に破壊が発生し易く、成形性が劣位となる。以上の観点から、鋼板の強度−成形性バランスを十分に高めるには、円相当径が1.5μm以上の粗大な島状硬質組織の平均アスペクト比を2.0以上とする必要がある。強度−成形性バランスをより高めるには、平均アスペクト比は2.5以上が好ましく、3.0以上がより好ましい。
【0114】
主に、フェライトの粒内に生成する微細な島状硬質組織は、周囲のフェライトとの界面で剥離し難く、歪みを加えても破壊が発生し難いので、強度−成形性の改善に寄与する組織である。特に、等方的に成長した微細な島状硬質組織は、破壊の伝播サイトとして働き難く、鋼板の耐衝撃特性を損なうことなく、強度−成形性バランスを高める組織である。
【0115】
一方、一方向に伸長した微細な島状硬質組織は、フェライトの粒内にあって破壊の伝播サイトとして強く働くので、耐衝撃性を損なう組織である。それ故、鋼板の耐衝撃性を十分に確保するには、円相当径が1.5μm未満(好ましくは1.44μm以下)の微細な島状硬質組織の平均アスペクト比を2.0未満とする必要がある。耐衝撃性をより高めるには、平均アスペクト比は1.7以下が好ましく、1.5以下がより好ましい。
微細な島状硬質組織の単位面積当たりの個数密度(以下単に「個数密度」ともいう。)が少ない場合、一部の島状硬質組織および/またはその周辺に応力および/またはひずみが集中して破壊の起点や伝播経路として働く。このため、円相当径が1.5μm未満の微細な島状硬質組織の個数密度の平均は1.0×1010個/m以上とする。破壊の伝播経路として働きにくくするには2.5×1010個/m以上とすることが好ましく、4.0×1010個/m以上とすることが更に好ましい。
また、微細な島状硬質組織が一部に偏在していると、破壊の伝播に際して島状硬質組織が疎な領域において一部の島状硬質組織および/またはその周辺に応力および/またはひずみが集中して破壊が伝播しやすくなる。この現象を防ぐには微細な島状硬質組織の個数密度が一定に近いことが好ましい。具体的には、3つ以上の視野において、それぞれ5.0×10−10以上の面積において円相当径が1.5μm未満の島状硬質組織の個数密度を求め、それぞれの視野における島状硬質組織の個数密度のうち最大の値を最小の値で除した値を2.5以下に制限する。この値は2.0以下であることが好ましく、1.0に近いほど好ましい。
【0116】
塊状フェライト:20%以下
塊状フェライトは、針状フェライトと競合する組織である。塊状フェライトの体積%が増大するほど、針状フェライトの体積%が減少するので、塊状フェライトは20%以下に制限する。塊状フェライトは少ない方が好ましく、0%でも構わない。
【0117】
残部:ベイナイト+ベイニティックフェライト+不可避的生成相
ミクロ組織Aの残部は、ベイナイト、ベイニティックフェライト、及び/又は、不可避的生成相である。
【0118】
ベイナイト及びベイニティックフェライトは、強度と成形性のバランスに優れた組織であり、針状フェライトとマルテンサイトが十分な体積%で確保されていれば、ミクロ組織に含まれていても構わない。ベイナイトとベイニティックフェライトの体積%の合計が40%を超えると、針状フェライト及び/又はマルテンサイトの体積%が十分に得られない場合があるので、ベイナイトとベイニティックフェライトの体積%の合計は40%以下が好ましい。
【0119】
ミクロ組織Aの残部組織における不可避的生成相は、パーライト、セメンタイト等である。パーライト及び/又はセメンタイトの体積%が増大すると、延性が低下し、成形性−強度バランスが低下するので、パーライト及び/又はセメンタイトの体積%は、合計で5%以下が好ましい。
【0120】
ミクロ組織Aを形成することにより、優れた成形性−強度バランスを確保することができ、成形性と耐衝撃性に優れた本発明鋼板Aを得ることができる。
【0121】
図2に、鋼板のミクロ組織のイメージを模式的に示す。あくまで説明のために模式的に示す図にすぎず、本発明のミクロ組織が本図によって規定されるものではない。図2Aが本発明鋼のミクロ組織Aのイメージ図であり、針状フェライト3、円相当径1.5μm以上の硬質領域(粗大な島状硬質組織(アスペクト比:大)4)、円相当径1.5μm未満の硬質領域(微細な島状硬質組織(アスペクト比:小)5)を表現している。図2Bは比較鋼であって一般的な高強度複合組織鋼の場合であり、塊状フェライト1と粗大な島状硬質組織(アスペクト比:小)2を表現している。図2Cは比較鋼であって特性を改善した高強度複合組織鋼(例えば特許文献1)に関するものであり、針状フェライト3と粗大な島状硬質組織(アスペクト比:大)4を表現している。
【0122】
ここで、組織の体積分率(体積%)の決定方法について説明する。
【0123】
鋼板から、鋼板の圧延方向に平行な板厚断面を観察面とする試験片を採取する。試験片の観察面を研磨した後、ナイタールエッチングし、板厚の表面から1/8t(t:板厚)〜3/8t(t:板厚)の領域において、1以上の視野にて、合計で2.0×10-92以上の面積を電界放射型走査型電子顕微鏡(FE−SEM:Field Emission Scanning Electron Microscope)で観察し、各組織(残留オーステナイト以外)の面積分率(面積%)を解析する。
【0124】
経験的に、面積分率(面積%)≒体積分率(体積%)であることが解っているので、面積分率を以て体積分率(体積%)とする。
【0125】
なお、ミクロ組織Aにおける針状フェライトとは、FE−SEMによる組織観察において、結晶粒の長径と短径の比であるアスペクト比が3.0以上であるフェライトを指す。また、塊状フェライトとは、同様にアスペクト比が3.0未満のフェライトを指す。
【0126】
ミクロ組織中の残留オーステナイトの体積分率は、X線回折法によって解析する。上記試験片の板厚の表面から1/8t(t:板厚)〜3/8t(t:板厚)の領域において、鋼板面に平行な面を鏡面に仕上げ、X線回折法によってFCC鉄の面積分率を解析する。その面積分率を以て残留オーステナイトの体積分率とする。
【0127】
ミクロ組織(鋼板の圧延方向に平行な板厚断面)において、マルテンサイト、焼戻しマルテンサイト、及び、残留オーステナイトの1種又は2種以上から構成される部分を「島状硬質組織」と呼ぶ。これら3種類の組織はいずれも硬質であるため「硬質」と名付けた。また、ミクロ組織Aにおいて、軟質なフェライトによって囲まれている、観察組織において連結している領域をもってひとつの「島」とみなす。これにより、島状硬質組織を円相当径1.5μm以上と未満に分けてアスペクト比を評価するに際し、一つの島を一つの粒として扱うことができる。
【0128】
本発明鋼板Aは、鋼板の片面又は両面に、亜鉛めっき層又は亜鉛合金めっき層を有する鋼板(本発明鋼板A1)でもよく、また、亜鉛めっき層又は亜鉛合金めっき層に合金化処理を施した合金化めっき層を有する鋼板(本発明鋼板A2)でもよい。以下、説明する。
【0129】
亜鉛めっき層及び亜鉛合金めっき層
本発明鋼板Aの片面又は両面に形成するめっき層は、亜鉛めっき層、又は、亜鉛を主成分とする亜鉛合金めっき層が好ましい。亜鉛合金めっき層は、合金成分として、Niを含むものが好ましい。
【0130】
亜鉛めっき層及び亜鉛合金めっき層は、溶融めっき法又は電気めっき法で形成する。亜鉛めっき層のAl量が増加すると、鋼板表面と亜鉛めっき層の密着性が低下するので、亜鉛めっき層のAl量は0.5質量%以下が好ましい。亜鉛めっき層が、溶融亜鉛めっき層の場合、鋼板表面と亜鉛めっき層の密着性を高めるため、溶融亜鉛めっき層のFe量は3.0質量%以下が好ましい。
【0131】
亜鉛めっき層が、電気亜鉛めっき層の場合、めっき層のFe量は、耐食性の向上の点で、0.5質量%以下が好ましい。
【0132】
亜鉛めっき層及び亜鉛合金めっき層は、Ag、B、Be、Bi、Ca、Cd、Co、Cr、Cs、Cu、Ge、Hf、Zr、I、K、La、Li、Mg、Mn、Mo、Na、Nb、Ni、Pb、Rb、Sb、Si、Sn、Sr、Ta、Ti、V、W、Zr、REMの1種又は2種以上を、耐食性や成形性を阻害しない範囲で、含有してもよい。特に、Ni、Al、Mgは、耐食性の向上に有効である。
【0133】
合金化めっき層
亜鉛めっき層又は亜鉛合金めっき層に合金化処理を施して、鋼板表面に、合金化めっき層を形成する。溶融亜鉛めっき層又は溶融亜鉛合金めっき層に金化処理を施す場合、鋼板表面と合金化めっき層の密着性の向上の点で、溶融亜鉛めっき層又は溶融亜鉛合金めっき層のFe量は7.0〜13.0質量%が好ましい。
【0134】
本発明鋼板Aの板厚は、特に、特定の板厚範囲に限定されないが、汎用性や製造性を考慮すると、0.4〜5.0mmが好ましい。板厚が0.4mm未満であると、鋼板形状を平坦に維持することが難しくなり、寸法・形状精度が低下するので、板厚は0.4mm以上が好ましい。より好ましくは0.8mm以上である。
【0135】
一方、板厚が5.0mmを超えると、製造過程で、加熱条件及び冷却条件の制御が困難となり、板厚方向において均質なミクロ組織が得られない場合があるので、板厚は5.0mm以下が好ましい。より好ましくは4.5mm以下である。
【0136】
本発明製造方法(本発明製造方法A)は、図1に示すように、熱延工程(製造方法a)を、式(A)を満たすように実施し、式(2)、および式(3)を満たすように冷却工程を実施することにより、所望の大きさの炭化物を鋼内部の全体に均質に形成させる。次に、冷間圧延工程、さらに所定の条件で中間熱処理工程を行うことにより、炭化物を溶かしきらずに加熱し、その後急冷することによりラス組織を鋼内部に形成させる。
最後に、本熱処理工程において、始めは式(B)を満たすように急速に温度を上げ、オーステナイト変態が始まる頃から式(C)を満たすように加熱処理を緩め、その後急冷する。冷却後半おいて、式(4)を満たすように冷却することにより、オーステナイト分率を制御して、針状組織を主体に2種類の島状硬質組織を有する組織を形成する。
以下、製造方法a、及び、本発明製造方法A、A1a、A1b、及び、A2について詳述する。
【0137】
最初に、製造方法aについて説明する。
【0138】
製造方法aは、所定の成分組成の鋳片を1080℃以上、1300℃以下に加熱した後、最高加熱温度から1000℃までの温度領域における熱間圧延条件が式(A)を満たし、更に圧延完了温度を975℃から850℃の区間とする熱間圧延を施す熱間圧延工程と、熱間圧延が完了してから600℃までの冷却条件が、圧延完了温度から600℃までの温度を15等分した各温度域における変態進行度合いの総和を表す下記式(2)を満たし、かつ、600℃に達した後、後述の中間熱処理を開始するまで20℃毎に算出する温度履歴が、下記式(3)を満たす冷却工程と、(Ac3−30)℃から(Ac3+100)℃の温度に、650℃から(Ac3−40)℃の温度域の平均加熱速度を30℃/秒以上として加熱し、当該加熱温度から(最高加熱温度−10)℃の温度域における滞留時間を100秒以下に制限し、次いで、加熱温度から、750℃から450℃の温度域の平均冷却速度を30℃/秒以上として冷却する中間熱処理工程とを実施する。
【0139】
製造方法aの工程条件について説明する。
【0140】
熱処理を施す鋼板
製造方法aは、鋼板aの成分組成の鋼板に中間熱処理を施して、鋼板aを製造する方法である。熱処理を施す鋼板は、鋼板aの成分組成を有し、常法に従って熱間圧延及び冷間圧延して製造した鋼板であればよい。好ましい熱延条件は、次の通りである。
【0141】
熱延温度
鋼板aの成分組成の溶鋼を、連続鋳造や薄スラブ鋳造等の常法に従って鋳造し、熱間圧延に供する鋼片を製造する。鋼片を、一旦常温まで冷却した後、熱間圧延に供する際、加熱温度は1080℃から1300℃が好ましい。
加熱温度が1080℃未満であると、鋳造に起因する粗大な介在物が溶解せず、熱間圧延後の工程で、熱延鋼板が破断する恐れがあるので、加熱温度は1080℃以上が好ましい。より好ましくは1150℃以上である。
一方、加熱温度が1300℃を超えると、多量の熱エネルギーが必要となるので、1300℃以下が好ましい。より好ましくは1230℃以下である。また、上記溶鋼を鋳造後、1080℃から1300℃の温度域にある鋼片を、直接、熱間圧延に供してもよい。
【0142】
熱間圧延は、鋼板内部の再結晶を進め均質性を高めるために行う加熱温度が1000℃以上の区間における圧延と、圧延後の相変態を均質に進めるために適正なひずみを導入する1000℃未満の区間における圧延とに分けられる。
鋼板の均質性を高める加熱温度が1000℃以上の区間における圧延では、再結晶を進めγ粒径を微細化し、粒界に沿った炭素の拡散によって鋼板内部の均質性を高めるため、その圧延条件は式(A)を満たす必要がある。また、当該温度区間における合計圧下率は75%以上であることが好ましい。
【0143】
【数7】
n:加熱炉から取出し後、1000℃に至るまでの圧延パス数
:iパス後の仕上板厚[mm]
:iパス目の圧延温度[℃]
:iパス目の圧延からi+1パス目までの経過時間[秒]
A=9.11×10,B=2.72×10:定数
【0144】
式(A)の値が大きいほど鋼板の均質性は高まるが、過度に式(A)の値を高めることは高温域での圧下率を過剰に増やし、組織を粗大化させるため、式(A)の値は4.50以下に留めることが好ましい。鋼板の均質性を高める観点から、式(A)の値は1.50以上であることが好ましく、2.00以上であることが更に好ましい。
【0145】
1000℃未満の区間における圧延の合計圧下率は50%以上であることが好ましく、その圧延完了温度は975℃から850℃であることが好ましい。
【0146】
圧延完了温度:850℃から975℃
圧延完了温度は850℃から975℃が好ましい。圧延完了温度が850℃未満であると、圧延反力が増大して、形状・板厚の寸法精度を安定して確保することが困難となるので、圧延完了温度は850℃以上が好ましい。一方、圧延完了温度が975℃を超えると、鋼板加熱装置が必要となり、圧延コストが上昇するので、圧延完了温度は975℃以下が好ましい。
【0147】
熱間圧延完了から600℃までの冷却工程は、下記式(2)を満たす範囲で施すことが好ましい。下記式(2)は、圧延完了温度から600℃までの温度を15等分した各温度域における変態進行度合いの総和を表す式である。
【0148】
【数8】
t(n):n番目の温度域における滞留時間[秒]
元素記号:元素の質量%
Tf:熱間圧延完了温度[℃]
【0149】
上記式(2)を満たす冷却処理を施した熱延鋼板は、ミクロ組織が均質であり、炭化物が分散して存在するので、さらに冷間圧延した鋼板に中間熱処理を施した熱処理用鋼板においては、炭化物も均質に分散し、さらに、熱処理用鋼板に本熱処理を施して得られる高強度鋼板においては、島状硬質組織の分散も平準化され、強度−成形性バランスが向上する。
【0150】
一方、熱延の冷却工程が上記式(2)を満たさない場合、高温で相変態が過度に進行し、炭化物が偏在した熱延鋼板となる。この熱延鋼板に冷延・中間熱処理を施した熱処理用鋼板においては、炭化物が不均一に分散し、さらに、熱処理用鋼板に本熱処理を施して得られる鋼板においては、島状硬質組織が偏在し、強度−成形性バランスが低下する。この観点から、上記式(2)の左辺は0.80以下が好ましく、0.60以下がより好ましい。
【0151】
熱間圧延完了後600℃に至ってから、熱処理用鋼板を製造するための加熱処理(後述する中間熱処理)を開始するまでの間の20℃毎に算出する温度履歴は、下記式(3)を満たすことが好ましい。下記式(3)中辺は、時間の経過(nの増加)に伴って成長する炭化物の成長度合いを表す式であり、下記式(3)の中辺の値(中間熱処理開始前に最終的に到達したときの値)が大きいほど、炭化物が粗大化していることを期待できる。
【0152】
【数9】
n:n−1回目の算出時点からn回目の算出時点に至るまでの平均鋼板温度[℃]
n:n回目の算出時における炭化物の成長に関する実効総時間[時間]
Δtn:n−1回目の算出時点からn回目の算出時点に至るまでの経過時間[時間]
C:炭化物の成長速度に関するパラメータ(元素記号:元素の質量%)
【0153】
上記式(3)の中辺が1.00未満であると、熱処理用鋼板を得るための中間熱処理を開始する直前の鋼板に存在する炭化物が過度に微細であり、中間熱処理によって、鋼板中の炭化物が消失する懸念があるので、上記式(3)の中辺は1.00以上が好ましい。
【0154】
一方、上記式(3)の中辺が1.50を超えると、鋼板中の炭化物が過度に粗大となり、炭化物の個数密度が低減し、中間熱処理後の炭化物の個数密度が不足する懸念があるので、上記式(3)の中辺は1.50以下が好ましい。特性をより改善する点で、上記式(3)の中辺は1.10以上1.40以下がより好ましい。
【0155】
なお、熱処理用鋼板を得るための中間熱処理を開始するまでに、鋼板をAc3点以上に加熱した場合は、その時点で、上記式(3)の中辺はゼロとなり、再び600℃に至ってから以降の温度履歴についてのみ計算する。
【0156】
熱間圧延後の冷間圧延工程
下記中間熱処理前の熱延鋼板に冷間圧延を施すことにより 、組織が均質な加工組織となり、そののちの加熱処理(中間熱処理)において均質に多数のオーステナイトが生じ、組織が微細となり、特性が改善する。なお、冷間圧延の圧下率が80%を超えると中間熱処理中に局所的に過剰に再結晶が進行し、その周辺に塊状組織が発達する場合があることから、冷間圧延率は80%以下とする。組織微細化の効果を十分に得るには、圧延率は30%以上とすることが好ましい。圧延率が30%未満では、加工組織の発達が不十分となり、均質なオーステナイトの生成が進行しない場合がある。
【0157】
熱延・冷延鋼板の中間熱処理工程
巻き取った冷延鋼板中の炭化物のサイズを調整するため、冷延鋼板に、適宜の温度と時間の中間熱処理工程を実施する。中間熱処理工程は、(Ac3−30)℃から(Ac3+100)℃の温度に加熱するに際し、650℃から(Ac3−40)℃の温度域の平均加熱速度を30℃/秒以上として加熱し、当該加熱温度から(最高加熱温度−10)℃の温度域における滞留時間を100秒以下に制限し、次いで、加熱温度から冷却するに際し、750℃から450℃の温度域の平均冷却速度を30℃/秒以上として冷却する。また、鋼板をAc3点以上に加熱した後、再度室温まで冷却しても構わない。
【0158】
冷延鋼板に、中間熱処理前に1回以上の酸洗を施してもよい。酸洗で、冷延鋼板の表面の酸化物を除去して清浄化すると、鋼板のめっき性が向上する。
【0159】
鋼板加熱温度:(Ac3−30)℃から(Ac3+100)℃
加熱速度限定温度域:650℃から(Ac3−40)℃
上記温度域の平均加熱速度:30℃/秒以上
冷延鋼板を(Ac3−30)℃以上に加熱する。鋼板加熱温度が(Ac3−30)℃未満であると、塊状の粗大なフェライトが残存し、高強度鋼板の機械特性が大きく低下するので、鋼板加熱温度は(Ac3−30)℃以上とする。好ましくは(Ac3−15)℃以上、より好ましくは(Ac3−5)℃以上である。
【0160】
一方、鋼板加熱温度が(Ac3+100)℃を超えると、鋼板中の炭化物が消失するので、加熱温度は(Ac3+100)℃以下とする。炭化物の消失をより抑制する点で、加熱温度は(Ac3+80)℃以下が好ましく、(Ac3+60)℃以下がより好ましい。
【0161】
鋼板を加熱する際、650℃から(Ac3−40)℃の温度域は、30℃/秒以上の平均加熱速度で加熱する。炭化物の溶解速度が速い、650℃から(Ac3−40)℃の温度域における平均加熱速度を30℃/秒以上とすることで、炭化物の溶解を抑え、冷却開始まで炭化物を残存させることができる。それ故、650℃から(Ac3−40)℃の温度域における平均加熱速度は50℃/秒以上が好ましく、70℃/秒以上がより好ましい。
【0162】
鋼板のAc1点及びAc3点は、加熱前の熱延鋼板から小片を切出し、1100℃で加熱した後に10℃/秒で室温まで冷却する均質化処理を施した後、室温から1100℃まで10℃/秒で加熱する際の体積膨張曲線を測定して求める。また、十分な実験データに基づいた経験式によって計算した計算結果などで代替しても構わない。
【0163】
最高加熱温度から(最高加熱温度−10)℃の温度域における滞留時間:100秒以下
最高加熱温度から(最高加熱温度−10)℃の温度域における滞留時間を100秒以下に制限する。滞留時間が100秒を超えると、炭化物が溶け込んで、円相当径0.1μm以上の炭化物の個数密度が1.0×1010個/m2未満に減少するので、加熱温度での滞留時間は100秒以下とする。好ましくは60秒以下、より好ましくは30秒以下である。
【0164】
滞留時間の下限は特に定めないが、0.1秒未満とするには、加熱完了直後に急速に冷却する必要があり、実現には多大なコストが必要となるので、滞留時間は0.1秒以上が好ましい。
【0165】
冷却速度限定温度域:750℃から450℃
上記温度域の平均冷却速度:30℃/秒以上
熱延鋼板を、(Ac3−30)℃から(Ac3+100)℃の温度域に加熱した後、加熱温度からの冷却に際し、750〜450℃の温度域の平均冷却速度を30℃/秒以上として冷却する。この冷却により、上記温度域における塊状フェライトの生成を抑制することができる。この一連の加熱・冷却により、ミクロ組織aを形成することができる。
【0166】
450℃未満の温度域の冷却条件は特に規定しなくても、熱処理用鋼板(鋼板a)を得ることができる。450℃から200℃における滞留時間が短い場合、より低温でラス状組織が生成し、結晶粒径が微細化するので、熱処理用鋼板を本熱処理した高強度鋼板において、ミクロ組織が微細化し、強度−成形性バランスが向上する。この観点から、450℃から200℃の温度域における滞留時間は60秒以下が好ましい。
【0167】
一方、450℃から200℃における滞留時間を長くすると、ラス状組織の生成温度を高め、熱処理用鋼板を軟質化し、鋼板の巻取りや切断に要するコストを低減することができる。この観点から、450℃から200℃における滞留時間は60秒以上が好ましく、120秒以上がより好ましい。
【0168】
中間熱処理後の鋼板に冷間圧延を施すことは、中間熱処理の加熱および冷却によって鋼板内部に生じた熱ひずみを除去し、鋼板の平坦度を高めるため、好ましい。但し、冷間圧延の圧下率が15%を超えると、中間熱処理により形成したラス状組織に過剰に転位が蓄積し、続いての本熱処理中に塊状組織を生じるため、冷間圧延率は15%以下とすることが好ましい。
【0169】
中間熱処理後の鋼板を冷間圧延する際、圧延前、又は、圧延パス間で、鋼板を加熱してもよい。この加熱で、鋼板が軟質化し、圧延中の圧延反力が低減し、鋼板の形状・寸法精度が向上する。ただし、加熱温度は700℃以下が好ましい。加熱温度が700℃を超えると、ミクロ組織の一部が塊状のオーステナイトとなり、Mn偏析が進行して、粗大な塊状Mn濃化領域が生成する恐れがある。
【0170】
この塊状Mn濃化領域は、未変態のオーステナイトとなり、焼鈍(本熱処理)工程においても塊状のまま残存し、鋼板に塊状で粗大な硬質組織が生成して、延性が低下する。加熱温度が300℃未満であると、十分な軟質化効果が得られないので、加熱温度は300℃以上が好ましい。上記酸洗及び冷間圧延は、上記加熱の前と後のいずれで行ってもよいし、又は、上記加熱の前及び後で行ってもよい。
【0171】
次に、本発明製造方法A、本発明製造方法A1a、本発明製造方法A1b、本発明製造方法A1c、及び、本発明製造方法A2について説明する。
【0172】
本発明製造方法Aは、本発明鋼板Aを製造する製造方法であって、
鋼板aを、(Ac1+25)℃からAc3の温度に、450℃から650℃における温度履歴を下記式(B)を満たす範囲とし、次いで、650℃から750℃における温度履歴を下記式(C)を満たす範囲として加熱し、
加熱温度に150秒以下保持し、
加熱保持温度から、700℃から550℃の温度域の平均冷却速度を10℃/秒以上として、550℃から300℃の温度域に冷却し、
550℃から300℃の温度域における滞留時間を1000秒以下とし、
さらに、550℃から300℃の温度域における滞留条件が、下記式(4)を満たす本熱処理工程を実施することを特徴とする。
【0173】
本発明製造方法A1aは、本発明鋼板A1を製造する製造方法であって、
本発明製造方法Aで製造した成形性及び耐衝撃性に優れた高強度鋼板を、亜鉛を主成分とするめっき浴に浸漬し、鋼板の片面又は両面に、亜鉛めっき層又は亜鉛合金めっき層を形成する
ことを特徴とする。
【0174】
本発明製造方法A1bは、本発明鋼板A1を製造する製造方法であって、
本発明製造方法Aにおいて550℃から300℃の温度域に滞留する鋼板を、亜鉛を主成分とするめっき浴に浸漬し、鋼板の片面又は両面に、亜鉛めっき層又は亜鉛合金めっき層を形成する
ことを特徴とする。
【0175】
本発明製造方法A1cは、本発明鋼板A1を製造する製造方法であって、
本発明製造方法Aで製造した成形性及び耐衝撃性に優れた高強度鋼板の片面又は両面に、電気めっきで、亜鉛めっき層又は亜鉛合金めっき層を形成する
ことを特徴とする。
【0176】
本発明製造方法A2は、本発明鋼板A2を製造する製造方法であって、
本発明鋼板A1の亜鉛めっき層又は亜鉛合金めっき層を400℃から600℃に加熱し、亜鉛めっき層又は亜鉛合金めっき層に合金化処理を施す
ことを特徴とする。
【0177】
本発明製造方法Aの工程条件について説明する。
【0178】
本熱処理工程
鋼板aを、(Ac1+25)℃からAc3点範囲の鋼板加熱温度に加熱するに際し、450℃から650℃における温度履歴を下記式(B)を満たす範囲とし、次いで、650℃から750℃における温度履歴を下記式(C)を満たす範囲として加熱し、加熱温度に150秒以下保持する。
【0179】
鋼板加熱温度:(Ac1+25)℃からAc3点
鋼板加熱温度が(Ac1+25)℃未満であると、鋼板中のセメンタイトが溶け残り、機械特性が低下する懸念があるので、鋼板加熱温度は(Ac1+25)℃以上とする。好ましくは(Ac1+40)℃以上である。
一方、鋼板加熱温度の上限はAc3点とする。鋼板加熱温度がAc3点を超えると、全てのミクロ組織がオーステナイトとなり、ラス組織が消滅して、ラス組織に起因して生成する針状フェライトが得られないので、鋼板加熱温度はAc3点以下とする。本発明鋼板aのラス組織を引き継ぎ、機械特性を一層高める点で、鋼板加熱温度は(Ac3−10)℃以下が好ましく、(Ac3−20)℃以下がより好ましい。鋼板加熱温度を、実施例の表では「最高加熱温度」と表示している。
【0180】
加熱速度限定温度域:450℃から650℃
平均加熱速度:式(B)
【0181】
【数10】
但し、各化学組成は添加量[質量%]を表す。
F:定数、2.57
:(440+10n)℃から(450+10n)℃までの経過時間[秒]
K:式(3)中辺の値
【0182】
式(B)は熱延工程における炭化物の生成・成長挙動を表す式(3)と中間熱処理後の炭化物サイズを支配する同工程における450℃から650℃の区間における温度履歴、並びに炭化物サイズに強く影響する化学組成の項からなる式であり、450℃から650℃の温度域における温度履歴が式(B)を満たさない場合、鋼板aのミクロ組織aの炭化物が減数成長し、加熱終了時、等方的な微細オーステナイトが得られず、微細な島状硬質組織の平均アスペクト比が過度に増大するので、上記限定温度域における温度履歴は式(B)を満たす必要がある。
式(B)左辺の値は小さいほど好ましいが、式(3)中辺の値を下回ることはなく、これが下限となる。また、式(B)左辺の値が大きいと炭化物の減数成長が進むことから、式(B)左辺の値は3.00以下であることが好ましく、2.80以下であることが更に好ましい。
【0183】
上記限定温度域における平均加熱速度の上限は特に設定しないが、100℃/秒を超えると、減数成長は起きないが、効果は飽和するので、100℃/秒が実質的な上限である。
【0184】
加熱速度限定温度域:650℃から750℃
平均加熱速度:式(C)
【0185】
【数11】
M:定数 5.47×1010
N:式(B)左辺の値
P:0.38Si+0.64Cr+0.34Mo
但し、各化学組成は添加量[質量%]を表す。
Q:2.43×10
:(640+10n)℃から(650+10n)℃までの経過時間[秒]
【0186】
式(C)は熱延工程における炭化物の生成・成長挙動を表す式(B)と炭化物の安定性に強く影響する化学組成の項からなる式であり、650℃から750℃の温度域における平均加熱速度が式(C)を満たさない場合、熱処理用鋼板における0.1μm以上の微細炭化物からの核生成が十分に進行せず、ラス境界を核生成サイトとしてオーステナイトが生成して、等方的な微細オーステナイトが得られず、微細な島状硬質組織の平均アスペクト比が過度に増大するので、上記限定温度域における温度履歴は式(C)を満たす必要がある。
式(C)の値が1.00未満ではラス境界を核生成サイトとするオーステナイト変態が優先して起こるため、所定の組織が得られない。ラス境界での核生成を避け、微細な炭化物からの核生成を優先させるには、式(C)の値は1.00以上であることが必要であり、1.10以上であることが好ましく、1.20以上であることが更に好ましい。
式(C)の値が5.00を超えると、一部の核生成サイトから発生したオーステナイトが成長し、微細炭化物の取り込みやオーステナイト同士の合体が進行し、粗大な塊状の組織が発達する。オーステナイトの過度の成長を回避するため、式(C)の値は5.00以下とする必要があり、4.50以下であることが好ましく、3.50以下であることが更に好ましい。
【0187】
加熱保持時間:150秒以下
鋼板aを上記条件で鋼板加熱温度(最高加熱温度)まで加熱し、鋼板加熱温度〜(鋼板加熱温度−10℃)の温度域に150秒以下保持する。加熱保持時間が150秒を超えると、ミクロ組織がオーステナイトとなり、ラス組織が消滅する恐れがあるので、加熱保持時間は150秒以下とする。好ましくは120秒以下である。加熱保持時間の下限は特に設定しない。0秒でも構わないが、粗大炭化物を完全に溶解させるため、10秒以上が好ましい。
【0188】
冷却速度限定温度域:700℃から550℃
平均冷却速度:10℃/秒以上
加熱温度に150秒以下保持した本発明鋼板aを冷却するに際し、700℃から550℃の温度域を平均冷却速度10℃/秒以上で冷却する。平均冷却速度が10℃/秒未満であると、塊状フェライトが生成し、針状フェライトが十分に得られない恐れがあるので、700℃から550℃の温度域における平均冷却速度は10℃/秒以上とする。好ましくは25℃/秒以上である。
平均冷却速度の上限は、冷却設備の冷却能力の上限であり、200℃/秒程度が限度である。
【0189】
冷却停止温度:550℃から300℃
滞留時間:1000秒以下
700℃から550℃の温度域を平均冷却速度10℃/秒以上で冷却した本発明鋼板aを、550℃から300℃の温度域の温度まで冷却し、この温度域で、1000秒以下滞留させる。滞留時間が1000秒を超えると、オーステナイトが、ベイナイト、ベイニティックフェライト、パーライト及び/又はセメンタイトに変態して減少して、十分な体積分率の島状硬質組織が得られないので、上記温度域での滞留時間は1000秒以下とする。
【0190】
島状硬質組織の体積分率を増大し、強度をより高める点で、上記温度域で滞留時間は700秒以下が好ましく、500秒以下がより好ましい。滞留時間は短いほど好ましいが、0.3秒未満とするには、特殊な冷却設備が必要となるので、0.3秒以上が好ましい。
【0191】
また、残留オーステナイトを形成し、鋼板の延性をより改善するには、上記温度域での滞留条件が下記式(4)を満たすことが好ましい。
【0192】
【数12】
T(n):滞留時間を10等分したときのn番目の時間帯における鋼板の平均温度
Bs点(℃)=611−33[Mn]−17[Cr]−17[Ni]−21[Mo]
−11[Si]+30[Al]+(24[Cr]+15[Mo]
+5500[B]+240[Nb])/(8[C])
[元素]:元素の質量%
Bs<T(n)のとき、(Bs−T(n))=0
t:550℃から300℃の温度域における滞留時間の合計[秒]
【0193】
上記式(4)は、550℃から300℃の温度域における相変態によって、未変態のオーステナイトにCが濃化する動向を表す式である。上記式(4)の左辺が1.00を超えると、Cの濃化が不十分となり、オーステナイトが、室温までの冷却過程で変態してしまい、十分な量の残留オーステナイトを得ることができない。それ故、残留オーステナイトを十分に確保するには、上記式(4)の左辺は1.00以下が好ましい。好ましくは0.85以下、より好ましくは0.70以下である。
【0194】
本発明製造方法Aにおいては、本熱処理後の鋼板を200〜600℃に加熱して、焼戻処理を施してもよい。焼戻処理を施すことで、ミクロ組織中のマルテンサイトが強靭な焼戻しマルテンサイトとなり、特に、耐衝撃性が向上する。この観点から、焼戻温度は200℃以上が好ましく、230℃以上がより好ましい。
【0195】
一方、焼戻温度を過度に高温にすると、粗大な炭化物が生成し、強度及び成形性が低下するので、焼戻温度は600℃以下が好ましく、550℃以下がより好ましい。焼戻処理の時間は、特に特定の範囲に限定されない。鋼板の成分組成、これまでの熱履歴に応じて適宜設定して構わない。
【0196】
本発明製造方法Aにおいては、本熱処理後の鋼板に、圧下率2.0%以下のスキンパス圧延を施してもよい。上記鋼板に、圧下率2.0%以下のスキンパス圧延を施すことにより、鋼板の形状・寸法精度を高めることができる。なお、スキンパス圧延の圧下率が2.0%を超えても、それ以上効果が上がることは期待できず、かつ、圧下率上昇による組織変化による弊害が懸念されるため、圧下率は2.0%以下とすることが好ましい。さらに、本発明製造方法Aにおいては、スキンパス圧延の後に、焼戻処理を施してもよく、逆に、焼戻処理の後に、スキンパス圧延を施してもよい。また、焼戻処理の前と後の両方で、鋼板にスキンパス圧延を施しても構わない。
【0197】
亜鉛めっき層と亜鉛合金めっき層
本発明製造方法A1a、本発明製造方法A1b、及び、本発明製造方法A1cにより、本発明鋼板Aの片面又は両面に、亜鉛めっき層又は亜鉛合金めっき層を形成する。めっき法は、溶融めっき法、又は、電気めっき法が好ましい。
【0198】
本発明製造方法A1aの工程条件について説明する。
【0199】
本発明製造方法A1aは、本発明鋼板Aを、亜鉛を主成分とするめっき浴に浸漬し、本発明鋼板Aの片面又は両面に、亜鉛めっき層又は亜鉛合金めっき層を形成する。
【0200】
(めっき浴の温度)
めっき浴の温度は450℃から470℃が好ましい。めっき浴の温度が450℃未満であると、めっき液の粘度が上昇して、めっき層の厚さを適確に制御することが困難となり、鋼板の外観が損なわれるので、めっき浴の温度は450℃以上が好ましい。
【0201】
一方、めっき浴の温度が470℃を超えると、めっき浴から多量のヒュームが発生し、作業環境が悪化し、作業の安全性が低下するので、めっき浴の温度は470℃以下が好ましい。
【0202】
めっき浴に浸漬する本発明鋼板Aの温度は400℃から530℃が好ましい。鋼板温度が400℃未満であると、めっき浴の温度を450℃以上に安定して維持するために、多量の熱量を必要とし、めっきコストが上昇するので、鋼板温度は400℃以上が好ましい。より好ましくは430℃以上である。
【0203】
一方、鋼板温度が530℃を超えると、めっき浴の温度を470℃以下に安定して維持するために、多量の抜熱が必要となり、めっきコストが上昇するので、鋼板温度は530℃以下が好ましい。より好ましくは500℃以下である。
【0204】
(めっき浴の組成)
めっき浴は、亜鉛を主体とするめっき浴であり、めっき浴の全Al量から全Fe量を引いた有効Al量が0.01〜0.30質量%のめっき浴が好ましい。亜鉛めっき浴の有効Al量が0.01質量%未満であると、亜鉛めっき層又は亜鉛合金めっき層中へのFeの侵入が過度に進み、めっき密着性が低下するので、亜鉛めっき浴の有効Al量は0.01質量%以上が好ましい。より好ましくは0.04%以上である。
【0205】
一方、亜鉛めっき浴の有効Al量が0.30質量%を超えると、地鉄と、亜鉛めっき層又は亜鉛合金めっき層の界面に、Al系酸化物が過剰に生成し、めっき密着性が著しく低下するので、亜鉛めっき浴の有効Al量は0.30質量%以下が好ましい。Al系酸化物は、後の合金化処理において、Fe原子及びZn原子の移動を妨げ、合金相の形成を阻害するので、めっき浴の有効Al量は0.20質量%以下がより好ましい。
【0206】
めっき浴は、めっき層の耐食性や加工性の向上を目的として、Ag、B、Be、Bi、Ca、Cd、Co、Cr、Cs、Cu、Ge、Hf、Zr、I、K、La、Li、Mg、Mn、Mo、Na、Nb、Ni、Pb、Rb、Sb、Si、Sn、Sr、Ta、Ti、V、W、Zr、REMの1種又は2種以上を含有してもよい。
【0207】
なお、めっき付着量は、鋼板をめっき浴から引き上げた後、鋼板表面に窒素を主体とする高圧ガスを吹き付けて、過剰なめっき液を除去して調製する。
【0208】
本発明製造方法A1bの工程条件について説明する。
【0209】
本発明製造方法A1bは、本発明製造方法Aで成形性及び耐衝撃性に優れた高強度鋼板を
製造するにあたり、550℃から300℃の温度域に滞留する鋼板を、亜鉛を主成分とするめっき浴に浸漬し、該高強度鋼板の片面又は両面に、亜鉛めっき層又は亜鉛合金めっき層を形成する。
【0210】
めっき浴への浸漬は、550℃から300℃の温度域における滞留の任意のタイミングにおいて実施することができる。550℃に到達後、すぐに、めっき浴へ浸漬し、その後、550℃から300℃の温度域に滞留することができる。また、550℃に到達後、任意の時間550℃から300℃に滞留した後、めっき浴へ浸漬し、さらに、該温度域に滞留してから、室温まで冷却することができる。また、550℃に到達後、任意の時間550℃から300℃に滞留した後、めっき浴へ浸漬し、即座に、室温まで冷却しても構わない。
【0211】
上記以外の事項は、本発明製造方法A1aと同じである。
【0212】
本発明製造方法A1cの工程条件について説明する。
【0213】
本発明製造方法A1cは、本発明鋼板Aの片面又は両面に、電気めっきで、亜鉛めっき層又は亜鉛合金めっき層を形成する。
【0214】
(電気めっき)
通常の電気めっき条件で、本発明鋼板Aの鋼板の片面又は両面に、亜鉛めっき層又は亜鉛合金めっき層を形成する。
【0215】
亜鉛めっき層又は亜鉛合金めっき層の合金化
本発明製造方法A2においては、本発明製造方法A1a、本発明製造方法A1b、又は、本発明製造方法A1cで、本発明鋼板Aの片面又は両面に形成した亜鉛めっき層又は亜鉛合金めっき層を、400℃から600℃に加熱して合金化する。加熱時間は2〜100秒が好ましい。
【0216】
加熱温度が400℃未満、又は、加熱時間が2秒未満であると、合金化が十分に進行せず、めっき密着性が向上しないので、加熱時間は400℃以上、加熱時間は2秒以上が好ましい。
【0217】
一方、加熱温度が600℃を超え、又は、加熱時間が100秒を超えると、合金化が過度に進行して、めっき密着性が低下するので、加熱温度は600℃以下、加熱時間は100秒以下が好ましい。特に、加熱温度が高まると、鋼板の強度が低下する傾向にあるので、加熱温度は550℃以下がより好ましい。
【0218】
なお、合金化処理はめっき処理後の任意のタイミングに施して構わない。例えば、めっき処理後、一旦、室温まで冷却してから、改めて加熱して合金化処理を施してもよい。
【実施例】
【0219】
次に、本発明の実施例について説明するが、実施例での条件は、本発明の実施可能性及び効果を確認するために採用する一条件例である。本発明は、この一条件例に限定されるものではない。本発明は、本発明の要旨を逸脱せず、本発明の目的を達成する限りにおいて、種々の条件を採用し得る。
【0220】
(実施例:熱処理用鋼板の製造)
表1及び表2に示す成分組成の溶鋼を鋳造して鋼片を製造する。次に、鋼片を、表3及び表4に示す条件で鋼片に熱間圧延と冷間圧延を施し、適宜、熱処理(焼戻し)を施して鋼板とする。焼戻し熱処理を行った場合、表3、表4において、「焼戻温度」欄に数値を記載している。
【0221】
【表1】
【0222】
【表2】
【0223】
【表3】
【0224】
【表4】
【0225】
表3及び表4に示す鋼板に、表5〜表7に示す条件で中間熱処理を施し、適宜冷間圧延を施して熱処理用鋼板とする。中間熱処理工程のうち、冷却工程の「滞留時間2」は、450〜200℃における滞留時間を意味する。冷間圧延を行った場合、表5〜7において、「冷間圧延率」欄に数値を記載している。表8〜表10に、得られる熱処理用鋼板のミクロ組織を示す。一部の鋼板については、分割し、複数の異なる条件で熱処理を施す。
【0226】
【表5】
【0227】
【表6】
【0228】
【表7】
【0229】
【表8】
【0230】
【表9】
【0231】
【表10】
【0232】
(実施例:高強度鋼板の製造)
表8〜表10に示す熱処理用鋼板に、表11〜表14に示す条件で本熱処理を施し、適宜、スキンパスや熱処理(焼戻し)施す。参考として、加熱処理中の450〜650℃における平均加熱速度を「平均加熱速度1」、650〜750℃における平均加熱速度を「平均加熱速度2」とし表中に記載している。鋼板加熱温度(最高加熱温度)での保持時間を表中で「滞留時間1」と表示している。冷却工程において、700℃から550℃の温度域の平均冷却速度を表中で「平均冷却速度」と表示し、冷却を停止して滞留を始める温度を「冷却停止温度」と表示し、冷却工程における滞留時間を「滞留時間2」と表示している。スキンパス圧延を行った場合、表11〜14において、「スキンパス圧延率」欄に数値を記載している。焼戻し熱処理を行った場合、表11〜14において、「焼戻処理」欄に数値を記載している。
一部の熱処理用鋼板には、表11〜表14に示す本熱処理と並行して、表15に示す条件でめっき処理を施す。表15の「表面」欄において、EGは電気めっき法、GIは溶融めっき法(亜鉛めっき層を形成)、GAは溶融めっき法(亜鉛合金めっき層を形成)を意味する。
【0233】
【表11】
【0234】
【表12】
【0235】
【表13】
【0236】
【表14】
【0237】
【表15】
【0238】
表16〜表23に、得られる高強度鋼板のミクロ組織と特性を示す。表中の「表面」において、CRはめっき処理なし、EG、GI、GAは表15と同様の意味である。表中の「組織分率」欄において、針状α、塊状αはそれぞれ針状フェライト、塊状フェライトを意味する。また、(マルテンサイト)、(焼戻マルテンサイト)、(残留オーステナイト)は島状硬質組織の内訳を意味する。パーライト及び/又はセメンタイトの合計を「その他」と表示している。「島状硬質組織」欄において、円相当径1.5μm未満を「<1.5μm」、円相当径1.5μm以上を「≧1.5μm」と表示している。最大個数密度と最小個数密度の比を「個数密度比」と表示している。
【0239】
【表16】
【0240】
【表17】
【0241】
【表18】
【0242】
【表19】
【0243】
【表20】
【0244】
【表21】
【0245】
【表22】
【0246】
【表23】
【0247】
強度及び成形性は、引張試験及び穴広げ試験を行って評価する。JIS Z 2201に記載の5号試験片を作製し、引張軸を鋼板の幅方向として、JIS Z 2241に従って引張試験行なう。穴広げ試験は、JIS Z 2256に従って行う。
【0248】
引張強度が590MPa以上の高強度鋼板において、引張最大強度TS(MPa)、全伸びEl(%)、穴広げ性λ(%)からなる、下記式(5)が成り立つ場合、成形性−強度バランスに優れた鋼板と判定する。
TS1.5×El×λ0.5≧4.0×106 ・・・(5)
【0249】
靭性を評価するため、シャルピー衝撃試験を行う。鋼板の板厚が2.5mm未満の場合は、板厚の合計が5.0mmを超えるまで鋼板を積層してボルトで締結し、2mm深さのVノッチを付与した積層シャルピー試験片を作製する。それ以外の条件は、JIS Z 2242に従って行う。
【0250】
脆性破面率が50%以上となる延性−脆性遷移温度TTRが−50℃以下で、かつ、脆性遷移後の衝撃吸収エネルギーEBと室温における衝撃吸収エネルギーERTの比、EB/ERTが0.25以上となる場合、靭性に優れた鋼板と判定する。
【0251】
実験例83〜93は、鋳造した鋼材の成分組成が本発明の範囲を外れ、所定の熱処理用原板及び高強度鋼板が得られない比較例である。
【0252】
実験例84は、鋼板が含有するCが0.080質量%を下回る例であり、熱処理用鋼板において、ラス状組織及び所定の炭化物が得られず、かつ、高強度鋼板において、十分な量の島状硬質組織が得られない例であり、TS(引張強度)が劣位である。なお、円相当径1.5μm未満の島状硬質組織の個数密度が0.0であったため、個数密度比の評価は行っていない。
【0253】
実験例85は、鋼板が含有するCが0.500質量%を超える例であり、鋳造工程においてスラブが破断するため、熱処理用鋼板及び高強度鋼板が得られない。実験例86は、鋼板が含有するSiが2.50質量%を超える例であり、鋳造工程においてスラブが破断するため、熱処理用鋼板及び高強度鋼板が得られない。
【0254】
実験例87は、鋼板が含有するMnが5.00質量%を超える例であり、鋳造工程においてスラブが破断するため、熱処理用鋼板及び高強度鋼板が得られない。実験例88は、鋼板が含有するMnが0.50質量%を下回る例であり、熱処理用鋼板においてラス状組織が十分に得られず、高強度鋼板において、針状フェライトが十分に得られない例であり、強度−成形性バランス及び耐衝撃特性が劣位である。
【0255】
実験例89は、鋼板が含有するPが0.100質量%を超える例であり、鋳造工程においてスラブが破断するため、熱処理用鋼板及び高強度鋼板が得られない。実験例90は、鋼板が含有するSが0.0100質量%を超える例であり、多量の介在物が発生するため、熱処理用鋼板及び高強度鋼板の成形性が著しく低下する例である。
【0256】
実験例91は、鋼板が含有するAlが2.000質量%を超える例であり、鋳造工程においてスラブが破断するため、熱処理用鋼板及び高強度鋼板が得られない。実験例92は、鋼板が含有するNが0.0150質量%を超える例であり、多量の粗大窒化物が発生するため、熱処理用鋼板及び高強度鋼板の成形性が著しく低下する例である。
【0257】
実験例93は、鋼板が含有するNが0.0150質量%を超える例であり、多量の粗大窒化物が発生するため、熱処理用鋼板及び高強度鋼板の成形性が著しく低下する例である。実験例83は、鋼板の成分組成が式(1)を満たさない例であり、熱処理用鋼板の炭化物密度が不十分となり、高強度鋼板におおいて、微細な島状硬質組織のアスペクト比が大きくなり、耐衝撃性が低下する例である。
【0258】
実験例13、18、26、52、69、74は、熱処理用鋼板を製造するための熱延工程において、製造条件が本発明の範囲を外れ、所定のミクロ組織の熱処理用鋼板が得られず、本熱処理後の特性が劣位となる比較例である。
【0259】
実験例95(熱処理用鋼板65)は、式(A)外れであり、熱延鋼板におけるミクロ組織が不均質となり、本熱処理後の鋼板において島状硬質組織が不均質に分散するため耐衝撃性が低下する例である。
【0260】
実験例52(熱処理用鋼板32)及び実験例74(熱処理用鋼板47)は、熱延工程における冷却条件が式(2)を満たさない例であり、熱処理用鋼板における炭化物密度が不十分となり、高強度鋼板において、微細な島状硬質組織のアスペクト比が大きくなり、耐衝撃性が低下する例である。
【0261】
実験例13(熱処理用鋼板6)及び実験例26(熱処理用鋼板15)は、熱間圧延してから熱処理までの温度履歴が式(3)下限を満たさない例であり、熱処理用鋼板における炭化物密度が不十分となり、高強度鋼板において、微細な島状硬質組織のアスペクト比が大きくなり、耐衝撃性が低下する例である。
【0262】
実験例18(熱処理用鋼板9)及び実験例69(熱処理用鋼板43)は、熱間圧延してから熱処理までの温度履歴が式(3)上限を満たさない例であり、熱処理用鋼板に粗大な炭化物が残留し、熱処理用鋼板において、炭化物密度が不十分となる例である。このため、熱処理用鋼板の成形性が低下し、かつ、高強度鋼板において、微細な島状硬質組織のアスペクト比が大きくなり、耐衝撃性が低下する。
【0263】
実験例5、15、25、33、50、57、63、67、73、及び、98は、熱延鋼板を中間熱処理して熱処理用鋼板を製造する工程において、製造条件が本発明の範囲を外れ、所定のミクロ組織の熱処理用鋼板が得られず、本熱処理後の特性が劣位となる比較例である。
【0264】
実験例5(熱処理用鋼板1B)及び実験例73(熱処理用鋼板46B)は、650℃から(Ac3−40)℃の温度域における平均加熱速度が遅く、熱処理用鋼板において、炭化物密度が不十分となり、高強度鋼板において、微細な島状硬質組織のアスペクト比が大きくなり、耐衝撃性が低下する例である。
【0265】
実験例25(熱処理用鋼板14B)及び実験例50(熱処理用鋼板30B)は、最高加熱温度が低く、熱処理用鋼板において、十分な量のラス組織が得られない例であり、高強度鋼板において、強度−成形性バランス及び耐衝撃性が低下する。
【0266】
実験例57(熱処理用鋼板35B)は、最高加熱温度が高く、熱処理用鋼板において、炭化物密度が不十分となる例である。このため、熱処理用鋼板において、過度にCが固溶し、熱処理用鋼板の成形性が劣位となる。また、高強度鋼板において、微細な島状硬質組織のアスペクト比が大きくなり、耐衝撃性が低下する。
【0267】
実験例15(熱処理用鋼板7B)及び実験例33(熱処理用鋼板19B)は、最高加熱温度での滞留時間が長く、熱処理用鋼板において、炭化物密度が不十分となる例である。このため、熱処理用鋼板において、過度にCが固溶し、熱処理用鋼板の成形性が劣位となる。また、高強度鋼板において、微細な島状硬質組織のアスペクト比が大きくなり、耐衝撃性が低下する。
【0268】
実験例63(熱処理用鋼板39B)及び実験例67(熱処理用鋼板41B)は、750℃から450℃における冷却速度が遅く、熱処理用鋼板において、塊状フェライトの割合が高くなり、ラス状組織が得られないため、高強度鋼板における強度−成形性バランス及び耐衝撃性が低下する。
【0269】
実験例98(熱処理用鋼板68)は、熱処理用鋼板の冷間圧延率が大きい例であり、熱処理用鋼板においてラス状組織が崩れるため、高強度鋼板において、所定のミクロ組織が得られず、強度−成形性バランス及び耐衝撃性が低下する。
【0270】
表7〜表9に示す実験例のうち、上記比較例に係る鋼板を除く鋼板は、本発明の熱処理用鋼板であり、本発明の所定の熱処理を施すことで、成形性及び耐衝撃特性に優れた高強度鋼板を得ることができる。
【0271】
実験例3、4、17、39、45、48、55、65、79、及び、94、99〜104は、本発明の熱処理用鋼板を本熱処理するにあたり、熱処理条件が本発明の範囲を外れる例であり、成形性及び耐衝撃特性に優れた高強度鋼板が得られない比較例である。
【0272】
実験例4及び実験例48は、450℃から650℃の温度域における加熱速度が不足し、高強度鋼板において、微細な島状硬質組織のアスペクト比が大きくなり、耐衝撃性が低下する例である。
【0273】
実験例45は、650℃から750℃の温度域における加熱速度が過大であり、高強度鋼板において、微細な島状硬質組織のアスペクト比が大きくなり、耐衝撃性が低下する例である。実験例17及び実験例79は、最高加熱温度が低く、多量の炭化物が溶け残り、高強度鋼板において、強度、成形性、及び/又は、耐衝撃特性が低下する例である。
【0274】
実験例55は、最高加熱温度が高く、ラス状組織が完全に消失し、高強度鋼板において、強度−成形性バランス及び耐衝撃性が低下する例である。実験例39及び実験例80は、最高加熱温度における滞留時間が長く、ラス状組織が完全に消失し、高強度鋼板において、強度−成形性バランス及び耐衝撃性が低下する例である。
【0275】
実験例3及び実験例101は、700℃から550℃の温度域における平均冷却速度が不足し、塊状フェライトが過剰に生成する例であり、高強度鋼板において、強度−成形性バランス及び耐衝撃性が低下する。
【0276】
実験例51及び実験例102は、550℃から300℃の温度域における滞留時間が長く、変態が過度に進行して、島状硬質組織が得られない例であり、高強度鋼板において、強度−成形性バランスが低下する。
実験例94、99は式(C)低め外れであり、高強度鋼板において、微細な島状硬質組織の個数密度が不十分であり、耐衝撃性が低下する例である。
実験例100は式(C)高め外れであり、アスペクト比の小さい粗大な塊状の島状組織が発達し、高強度鋼板において、強度−成形性バランス及び耐衝撃性が低下する例である。
実験例4、103は式(B)外れであり、等方的な微細島状組織が十分に得られず、高強度鋼板において、耐衝撃性が低下する例である。
実験例104は式(4)外れであり、残留オーステナイトが得られず、高強度鋼板において、強度−成形性バランスが低下する例である。
【0277】
表19〜表267に示す実験例のうち、上記比較例に係る鋼板を除く鋼板は、本発明の成形性及び耐衝撃性に優れた高強度鋼板であり、本発明の製造条件によって、成形性及び耐衝撃性に優れた高強度鋼板が得られることが解る。
【0278】
実験例47(熱処理用鋼板29)は、熱処理用鋼板を製造するにあたり、熱間圧延工程において式(2)を満たさなかったため、熱延鋼板を、一旦、Ac3点以上まで加熱し、式(2)及び式(3)を満たす条件で、冷却及び焼戻処理をした後、表4〜表6に示す熱処理を施すことで、本発明の熱処理用鋼板が得られる例であり、さらに、表10〜表17に示す熱処理を施すことで、本発明の成形性及び耐衝撃性に優れた高強度鋼板が得られる。本実験例に限り、表2の式(2)、式(3)の欄には、熱間圧延後の加熱・冷却工程における結果を記載している。
【0279】
実験例16、21、28、32、54は、鋼板を溶融亜鉛浴へ浸漬することで、本発明の成形性及び耐衝撃性に優れた高強度亜鉛めっき鋼板が得られる例である。実験例16、21は、550℃から300℃の温度域における滞留処理が完了する直後に、亜鉛浴へ浸漬し、室温まで冷却する例である。
【0280】
一方、実験例28及び実験例32は、550℃から300℃の温度域に滞留する間に亜鉛浴へ浸漬する例である。実験例32は、表10〜表17に示す熱処理を施した後、焼戻処理と同時に亜鉛浴へ浸漬する例である。
【0281】
実験例7、12、24、72、及び、78は、鋼板を溶融亜鉛浴へ浸漬した後に合金化処理を施すことで、本発明の成形性及び耐衝撃性に優れた高強度合金化亜鉛めっき鋼板が得られる例である。
【0282】
実験例12、及び、24は、550〜300℃の温度域における滞留処理が完了する直後、に亜鉛浴へ浸漬し、合金化処理を施した後に、室温まで冷却する例である。
【0283】
実験例72は、550℃から300℃の温度域に滞留する間に亜鉛浴へ浸漬した後、滞留処理が完了してから合金化処理を施し、室温まで冷却する例である。実験例78は、550℃から300℃の温度域に滞留する間に亜鉛浴へ浸漬した後、滞留処理が完了してから室温まで冷却し、焼戻処理及び合金化処理を同時に施す例である。実験例7は、表10〜表17に示す熱処理を施した後、焼戻処理の直前に亜鉛浴へ浸漬し、焼戻処理及び合金化処理を同時に施す例である。
【0284】
実験例9、42、及び、82は、電気めっき処理により、本発明の成形性及び耐衝撃性に優れた亜鉛めっき高強度鋼板が得られる例である。実験例42、及び、82は、表10〜表17に示す熱処理を施した後、電気めっき処理を施す例である。実験例9は、表10〜表17に示す熱処理を施した後、電気めっき処理を施し、さらに、表10〜表17に示す焼戻処理を施す例である。
【0285】
前述したように、本発明によれば、成形性及び耐衝撃性に優れた高強度鋼板を提供することができる。本発明の高強度鋼板は、自動車の大幅な軽量化と、搭乗者の保護・安全の確保に好適な鋼板であるので、本発明は、鋼板製造産業及び自動車産業において利用可能性が高いものである。
【符号の説明】
【0286】
1 塊状フェライト
2 粗大な島状硬質組織(アスペクト比:小)
3 針状フェライト
4 粗大な島状硬質領域(アスペクト比:大)
5 微細な島状硬質領域(アスペクト比:小)
【要約】
質量%でC0.080〜0.500%、Si2.50%以下、Mn0.50〜5.00%、P0.100%以下、S0.0100%以下、Al0.001〜2.500%、N0.0150%以下、O0.0050%以下、残部Fe及び不可避的不純物からなり、所定の式を満たす鋼板は、表面から1/8t〜3/8tの領域のミクロ組織が、体積%で針状フェライト20%以上、残留オーステナイトを含む島状硬質組織20%以上を含み、残留オーステナイト2%以上、25%以下、塊状フェライト20%以下に制限され、島状硬質組織は、円相当径1.5μm以上の硬質領域のアスペクト比の平均が2.0以上であり、円相当径1.5μm未満の硬質領域のアスペクト比の平均が2.0未満であり、円相当径1.5μm未満の硬質領域の個数密度の平均が1.0×1010個・m−2以上であり、島状硬質組織の個数密度の最大及び最小個数密度の比が2.5以下である。
図1
図2A
図2B
図2C