特許第6598013号(P6598013)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6598013
(24)【登録日】2019年10月11日
(45)【発行日】2019年10月30日
(54)【発明の名称】プロトン伝導体および燃料電池
(51)【国際特許分類】
   H01M 8/02 20160101AFI20191021BHJP
   H01B 1/06 20060101ALI20191021BHJP
   H01B 1/08 20060101ALI20191021BHJP
   H01M 4/86 20060101ALI20191021BHJP
   H01M 8/1016 20160101ALI20191021BHJP
【FI】
   H01M8/02
   H01B1/06 A
   H01B1/08
   H01M4/86 B
   H01M8/1016
【請求項の数】15
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2015-207235(P2015-207235)
(22)【出願日】2015年10月21日
(65)【公開番号】特開2016-85967(P2016-85967A)
(43)【公開日】2016年5月19日
【審査請求日】2018年10月3日
(31)【優先権主張番号】特願2014-215905(P2014-215905)
(32)【優先日】2014年10月23日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】503360115
【氏名又は名称】国立研究開発法人科学技術振興機構
(73)【特許権者】
【識別番号】301023238
【氏名又は名称】国立研究開発法人物質・材料研究機構
(74)【代理人】
【識別番号】230104019
【弁護士】
【氏名又は名称】大野 聖二
(74)【代理人】
【識別番号】100149076
【弁理士】
【氏名又は名称】梅田 慎介
(74)【代理人】
【識別番号】100117444
【弁理士】
【氏名又は名称】片山 健一
(72)【発明者】
【氏名】嘉副 裕
(72)【発明者】
【氏名】ピホシュ ユーリ
(72)【発明者】
【氏名】馬渡 和真
(72)【発明者】
【氏名】北森 武彦
(72)【発明者】
【氏名】北村 健二
(72)【発明者】
【氏名】長田 貴弘
(72)【発明者】
【氏名】田畑 修
(72)【発明者】
【氏名】土屋 智由
【審査官】 近藤 政克
(56)【参考文献】
【文献】 特開2004−030928(JP,A)
【文献】 特開2006−196290(JP,A)
【文献】 国際公開第2014/051054(WO,A1)
【文献】 特開2009−164099(JP,A)
【文献】 特開2006−085952(JP,A)
【文献】 特表2008−520079(JP,A)
【文献】 特開2005−332801(JP,A)
【文献】 Angew.Chem.Int.Ed.,2012年,51,p.3573-3577
【文献】 Angew.Chem.Int.Ed.,2007年,46,p.1180-1183
【文献】 J.Phys.Chem.Solids,1996年,57(3),p.325-331
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01M 8/02
H01B 1/06
H01B 1/08
H01M 4/86
H01M 8/10
JSTPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
主面に負電荷を形成する第1の基体と、
前記第1の基体の主面に設けられた第1のプロトン供与層を備え、
前記第1のプロトン供与層の厚みが20nm以下である、ことを特徴とするプロトン伝導体。
【請求項2】
前記第1のプロトン供与層は、表面にプロトン供与性官能基を有する層である、請求項1に記載のプロトン伝導体。
【請求項3】
前記プロトン供与性官能基はシラノール基、リン酸基、チタノール基、スルホン基の何れかである、請求項2に記載のプロトン伝導体。
【請求項4】
前記第1のプロトン供与層はシリコン酸化物層である、請求項1に記載のプロトン伝導体。
【請求項5】
前記第1の基体の主面に対向する主面を有する第2の基体であって、該主面に負電荷を形成する第2の基体と、
前記第2の基体の主面に設けられた第2のプロトン供与層と、をさらに備え、
前記第1の基体の主面と前記第2の基体の主面の間隔dが50nm以上で800nm以下である、請求項1〜4の何れか1項に記載のプロトン伝導体。
【請求項6】
前記第2のプロトン供与層の厚みが20nm以下である、請求項5に記載のプロトン伝導体。
【請求項7】
前記第2のプロトン供与層は、表面にプロトン供与性官能基を有する層である、請求項6に記載のプロトン伝導体。
【請求項8】
前記プロトン供与性官能基はシラノール基、リン酸基、チタノール基、スルホン基の何れかである、請求項7に記載のプロトン伝導体。
【請求項9】
前記第2のプロトン供与層は、シリコン酸化物層である、請求項5に記載のプロトン伝導体。
【請求項10】
前記第1の基体および前記第2の基体の主面部の少なくとも一方は電極面もしくは強誘電性結晶からなる、請求項5に記載のプロトン伝導体。
【請求項11】
前記第1の基体および前記第2の基体の主面部の何れもが強誘電性結晶からなる、請求項5に記載のプロトン伝導体。
【請求項12】
前記強誘電性結晶はニオブ酸リチウムである、請求項10または11に記載のプロトン伝導体。
【請求項13】
前記プロトン伝導体は、前記第1の基体の主面および前記第2の基体の主面に垂直な2つの側壁を備えており、該2つの側壁の間隔をLとしたとき、R=L/dで定義されるアスペクト比が6以下である、請求項5に記載のプロトン伝導体。
【請求項14】
前記2つの側壁は何れも表面にプロトン供与層を備えている、請求項13に記載のプロトン伝導体。
【請求項15】
請求項1〜4の何れかに記載のプロトン伝導体を水溶液流路として備えた燃料電池。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ナノ空間での高効率なプロトン輸送を可能とするプロトン伝導体およびこれを水溶液流路として備えた燃料電池に関する。
【背景技術】
【0002】
低環境負荷で高効率な次世代電源として水素燃料電池が注目されている。水素燃料電池では、アノード側で水を分解して発生するプロトンをカソード側に輸送するプロトン伝導体が電池の性能を左右する。
【0003】
現在、燃料電池のプロトン伝導体としては高分子製プロトン交換膜が広く用いられている。しかし、この高分子製プロトン交換膜は、燃料電池を高温条件下で長時間動作させると、性能が劣化するという問題がある。次世代電源として水素燃料電池の必要性は急激に高まっており、電池の性能向上に不可欠な高性能プロトン伝導体として本発明の利用価値は高い。一方で、近年は表面の効果が圧倒的に大きいナノ空間を用いた機能デバイスの研究も進みつつあり、将来的にはナノ空間イオン伝導デバイスなども期待される。
【0004】
このような問題に鑑み、Chinenらは、数100nmのサイズのガラス製ナノ流路では、水のプロトン拡散定数が1桁程度上昇することを見出し、さらに、ガラス製ナノ流路が機械的・化学的に安定なプロトン伝導体として動作すること、そして、常温条件下でも従来のプロトン交換膜と同等のプロトン伝導度を達成し得ることを実証した(非特許文献1:Chinen et al., Angew. Chem. Int. Ed., 2012)。
【0005】
Tsukaharaらは、数100nmのナノ流路に閉じ込められた水のプロトン伝導度が上昇する要因を検討し、ナノ流路のガラス壁面近傍50nmにおける水の構造化の寄与が考えられるというモデルを提唱している(非特許文献2:Tsukahara et al., Angew. Chem. Int. Ed., 2007)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Chinen et al., Angew. Chem. Int. Ed., (2012)
【非特許文献2】Tsukahara et al., Angew. Chem. Int. Ed., (2007)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
Tsukaharaらが提唱する上述のモデルによれば、ナノ流路のプロトン伝導度をさらに上昇させるためには、流路中のプロトンを壁近傍に偏在化させて水が構造化した領域のみでプロトンを輸送することが有効であると考えられる。
【0008】
本発明は、上述の知見に基づきなされたもので、その目的とするところは、ナノ流路のプロトン伝導度を顕著に上昇させること、そして、斯かるプロトン伝導体を水溶液流路として利用することにより、低環境負荷で高効率な次世代電源としての燃料電池を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するために、本発明に係るプロトン伝導体は、主面に負電荷を形成する第1の基体と、前記第1の基体の主面に設けられた第1のプロトン供与層を備え、前記第1のプロトン供与層の厚みが20nm以下である、ことを特徴とする。
【0010】
好ましくは、前記第1のプロトン供与層は、表面にプロトン供与性官能基を有する層である。
【0011】
また、好ましくは、前記プロトン供与性官能基はシラノール基、リン酸基、チタノール基、スルホン基の何れかである。
【0012】
例えば、前記第1のプロトン供与層はシリコン酸化物層である。
【0013】
好ましい態様として、前記第1の基体の主面に対向する主面を有する第2の基体であって、該主面に負電荷を形成する第2の基体と、前記第2の基体の主面に設けられた第2のプロトン供与層と、をさらに備え、前記第1の基体の主面と前記第2の基体の主面の間隔dが50nm以上で800nm以下であるプロトン伝導体とすることができる。
【0014】
好ましくは、前記第2のプロトン供与層の厚みが20nm以下である。
【0015】
また、好ましくは、前記第2のプロトン供与層は、表面にプロトン供与性官能基を有する層である。
【0016】
さらに、好ましくは、前記プロトン供与性官能基はシラノール基、リン酸基、チタノール基、スルホン基の何れかである。
【0017】
例えば、前記第2のプロトン供与層は、シリコン酸化物層である。
【0018】
好ましい態様では、前記第1の基体および前記第2の基体の主面部の少なくとも一方は電極面もしくは強誘電性結晶からなり、或いは、前記第1の基体および前記第2の基体の主面部の何れもが強誘電性結晶からなる。
【0019】
この場合、例えば、前記強誘電性結晶はニオブ酸リチウムである。
【0020】
好ましい態様として、前記プロトン伝導体は、前記第1の基体の主面および前記第2の基体の主面に垂直な2つの側壁を備えており、該2つの側壁の間隔をLとしたとき、R=L/dで定義されるアスペクト比が6以下であるようにすることができる。
【0021】
好ましくは、前記2つの側壁は何れも表面にプロトン供与層を備えている。
【0022】
また、本発明に係る燃料電池は、上述のプロトン伝導体を水溶液流路として備えた燃料電池である。
【発明の効果】
【0023】
本発明によれば、主面に負電荷を形成する第1の基体の主面に設けられた第1のプロトン供与層の厚みを20nm以下に設計することにより、このプロトン伝導体を水溶液流路とした場合に、当該流路中のプロトンを壁近傍に偏在化させて水が構造化した領域のみでプロトンを輸送することが可能となる。その結果、ナノ流路のプロトン伝導度を顕著に上昇させることができる。
【0024】
そして、このようなプロトン伝導体を水溶液流路として利用することにより、低環境負荷で高効率な次世代電源としての燃料電池が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0025】
図1】本発明に係るプロトン伝導体の構成例を概念的に説明するための図である。
図2】ナノ流路に形成されるプロトン移動相モデルを概念的に説明するための図である。
図3A】ニオブ酸リチウムを負電荷を形成し得る基体主面部とし、プロトン供与層をSiO2膜とした場合の、プロトン拡散係数の厚み依存性等を確認するために供した試料の構成を説明するための図である。
図3B】ニオブ酸リチウムを負電荷を形成し得る基体主面部とし、プロトン供与層をSiO2膜とした場合の、プロトン拡散係数の厚み依存性等を確認した結果を説明するための図である。
図4】ニオブ酸リチウムを負電荷を形成し得る基体主面部とし、プロトン供与層をSiO2膜とした場合における、プロトン供与層の表面電位ΦsのSiO2膜厚依存性を示す図である。
図5】表面にプロトン供与性官能基を有する溶融石英ガラスの基体中に縦横がR(nm)の矩形断面を有するチャネル(流路)を形成した場合の、水分子の動き易さの程度を示すスピン−格子時間の逆数(図5(A))と水素結合組換の活性化エネルギ(図5(B))を調べた結果を示す図である。
図6】本発明に係るプロトン伝導体を用いて形成された一態様のナノ流路の、プロトン拡散係数のアスペクト比(R=L/d)依存性を調べた結果を示す図である。
図7】本発明に係るプロトン伝導体により水溶液流路を形成するための工程の一例を示す図である。
図8】本発明に係るプロトン伝導体により水溶液流路を形成するための工程の他の例を示す図である。
図9】LN基板の主面領域にナノ流路加工を施す他の例を説明するための図である。
【発明を実施するための形態】
【0026】
以下に、図面を参照して、本発明に係るプロトン伝導体について説明する。
【0027】
図1は、本発明に係るプロトン伝導体の構成例を概念的に説明するための図である。この図では、2つの基体を数100nmの間隔を設けてナノ流路とした態様を示している。
【0028】
第1および第2の基体(10a、10b)は、その主面に負電荷を形成する基体である。第1の基体10aの主面には、例えば20nm以下の厚みの第1のプロトン供与層20aが設けられている。第1の基体10aの主面に対向する主面を有する第2の基体10bの主面にも、例えば20nm以下の厚みの第2のプロトン供与層20bが設けられている。第1の基体10aと第2の基体10bの主面間の間隔dは、例えば、50nm以上で800nm以下に設計されており、この基体間がプロトン性溶媒30の流路となる。
【0029】
第1のプロトン供与層20aは、表面にプロトン供与性官能基を有する層であり、このプロトン供与性官能基として、シラノール基、リン酸基、チタノール基、スルホン基を例示することができる。このような第1のプロトン供与層20aは、例えば、シリコン酸化物層である。
【0030】
第2のプロトン供与層20bも同様に、表面にプロトン供与性官能基を有する層であり、このプロトン供与性官能基として、シラノール基、リン酸基、チタノール基、スルホン基を例示することができ、例えば、シリコン酸化物層である。
【0031】
図1に示したように、第1の基体10aの主面部および第2の基体10bの主面部には表面負電荷が形成され、この負電荷が、ナノ流路に供給された水溶液中のプロトン伝導度を上昇させる。水溶液中では、水分子間のホッピングによるプロトン移動が拡散に寄与するが、上記プロトン伝導度の上昇効果は、基体(10a、10b)の主面に形成された負電荷が水溶液中のプロトンを引き寄せ、プロトン供与層(20a、20b)の近傍に形成される「高速移送領域」におけるプロトンの伝導が効率的になされることによる。
【0032】
図1中にtで示した領域は、プロトン供与層(20a、20b)の近傍に形成されるプロトンの「高速移送領域」であり、概ね50nm程度と考えられる。
【0033】
図2は、ナノ流路に形成されるプロトン移動相モデルを概念的に説明するための図で、このモデルでは、図2(A)に図示したように、例えば溶融石英ガラスのようなプロトン供与層の表面には1〜2分子層程度の吸着層が存在し、図2(B)に図示したように、この吸着層領域において生じる分子間相互作用により、水溶液にプロトンの供与がなされる。
【0034】
この吸着層の近傍に100分子層程度(50nm程度)の厚みで「高速移送領域」が形成される。そして、この「高速移送領域」のプロトンの拡散係数はバルク水溶液領域でのプロトン拡散係数の約20倍程度であり、固体高分子膜のそれに比較しても約7倍程度である。従って、この「高速移送領域」でのプロトンの伝導が効率的になされれば、ナノ流路のプロトン伝導効率は顕著に高まることとなる。
【0035】
図1に示した基体(10a、10b)の主面に形成された負電荷は、水溶液(例えば水)中のプロトンを、静電ポテンシャルによりこの「高速移送領域」に引き寄せ、プロトンの偏在化を生じさせてナノ流路のプロトン伝導の効率を顕著に高める。
【0036】
このような負電荷を形成し得る基体主面部は、例えば、自発分極性材料や電極で形成し得る。つまり、基体主面部は、強誘電性結晶面や電極面などとすることができる。このような基体主面部とされる強誘電性結晶としては、ニオブ酸リチウムを例示することができる。
【0037】
なお、図1に示した例では、2つの基体を数100nmの間隔を設けてナノ流路とした態様を示したが、本発明は必ずしもこの態様に限られない。第1の基体10aの主面に設けられた第1のプロトン供与層20aを好ましい厚みに設計することで、プロトンの高速移送は可能である。本発明において、このプロトン供与層の好ましい厚みとは、20nm以下である。
【0038】
図3Aおよび図3Bは、ニオブ酸リチウムを負電荷を形成し得る基体主面部とし、プロトン供与層を2酸化シリコン膜(SiO2膜)とした場合の、プロトン拡散係数の厚み依存性等を確認するために供した試料の構成を説明するための図および確認結果を説明するための図である。
【0039】
図3Aに示したように、この評価に供した試料のうち、試料(a)は、矩形断面を有するナノ流路(縦300nmで横300nm)を第1の石英ガラス基板上に作製し、これを5nmの厚さのSiO2層を形成した第2の石英ガラス基板と貼り合わせたものである。また、試料(b)〜(d)は、矩形断面を有するナノ流路(縦300nmで横300nm)を石英ガラス基板上に作製し、自発分極性強誘電体であるニオブ酸リチウム(LN)に5〜20nmの厚さのSiO2層を形成した基板と貼り合わせたものである。さらに、試料(e)は、矩形断面を有するナノ流路(縦300nmで横300nm)を第1のLN基板上に作製し、これを5nmの厚さのSiO2層を形成した第2のLN基板と貼り合わせたものである。これらの試料のナノ流路にプロトン性溶媒として水を満たし、蛍光pHプローブを用いてナノ空間におけるプロトン拡散定数を評価した。なお、比較のために上述のプロトン拡散定数上昇効果がない1.6μmのマイクロ流路も準備し、そのプロトン拡散係数を図3B中に破線で示した。
【0040】
図3Bに、これら5つの試料のナノ流路中でのプロトン拡散係数を示した。ガラスを基体10aとした試料(a)(SiO2層厚5nm)のプロトン拡散係数は概ね1.3×10-82/sであり、これまで報告(非特許文献1)されている値とほぼ同じであるのに対し、ニオブ酸リチウム(LN)を基体10aとした試料(d)(SiO2層厚5nm)のプロトン拡散係数は概ね2.0×10-82/sであり、プロトン拡散係数は1.5倍以上に高まっている。さらに、ナノ流路を形成した第1のLN基板と、5nmの厚さのSiO2層を形成した第2のLN基板とを貼り合わせた試料(e)のプロトン拡散係数は約2.3×10-82/sであり、そのプロトン拡散係数は試料(a)の約1.8倍にまで高まっている。
【0041】
ニオブ酸リチウム(LN)を基体10aとしプロトン供与層20をやや厚めのSiO2膜とした試料(b)(SiO2層厚20nm)および試料(c)(SiO2層厚10nm)のプロトン拡散係数はそれぞれ、概ね1.6×10-82/sおよび1.75×10-82/sとなっており、試料(a)に比較して1.2〜1.4倍程度の高い値を示している。また、試料(b)〜(d)から得られた実験結果は、プロトン供与層のプロトン拡散係数を高める効果は、その厚みに依存することを示している。
【0042】
試料(a)のプロトン拡散定数は、プロトン拡散定数上昇効果がない1.6μmのマイクロ流路で測定された値の2倍程度であった。一方、基体として強誘電体LNを用いた試料(d)では、プロトン拡散定数が3倍程度まで上昇し、LN基板同士を貼り合せて得られた試料(e)では、プロトン拡散定数が3.3倍程度まで上昇している。
【0043】
図4は、ニオブ酸リチウムを負電荷を形成し得る基体主面部とし、プロトン供与層をSiO2膜とした場合における、プロトン供与層の表面電位ΦsのSiO2膜厚依存性を示す図である。
【0044】
この図に示した結果では、プロトン供与層の表面電位Φsは、厚み3nmで最大値を示しており、SiO2膜の厚み20nmよりも薄くなるにつれて顕著に高まり、特に5nm以下の厚みで極めて高い値を示している。つまり、プロトン供与層の厚みを20nm以下に設計することで、プロトン供与層の表面電位Φsを高めることができる。
【0045】
プロトン供与層の表面電位Φsが高いほど、上述したプロトンの偏在化が生じ、「高速移送領域」にプロトンを引き寄せてナノ流路のプロトン伝導の効率を高める効果が大きくなる。
【0046】
図5は、表面にプロトン供与性官能基を有する溶融石英ガラスの基体中に縦横がR(nm)の矩形断面を有するチャネル(流路)を形成した場合の、水分子の動き易さの程度を示すスピン−格子時間の逆数(図5(A))と水素結合組換の活性化エネルギ(図5(B))を調べた結果を示す図である。
【0047】
これらの図に示された結果に依れば、第1の基体の主面と第2の基体の主面の間隔dに相当するR値が800nm以下の領域で、ナノ流路中の水分子間水素結合ネットワークが形成されて水分子は顕著に動きにくくなり(図5(A))、その結果、水素結合組換によるプロトンの水分子間ホッピング移送の活性化エネルギは顕著に低くなる(図5(B))。
【0048】
このチャネルサイズ効果と、上述した基体主面に形成された負電荷によるプロトン伝導の高効率化効果を同時に実現する構成とすれば、プロトン伝導度を顕著に上昇させたプロトン伝導体が実現できる。なお、上述のとおり、プロトン供与層の表面近傍に形成される「高速移送領域」の厚みは概ね100分子層程度(50nm程度)であるから、第1の基体の主面と第2の基体の主面の間隔dに相当するR値は50nm以上であることが好ましい。
【0049】
つまり、本発明のプロトン伝導体のある態様として、主面に負電荷を形成する第1の基体と、この第1の基体の主面に設けられた第1のプロトン供与層と、第1の基体の主面に対向する主面を有する第2の基体であって、該主面に負電荷を形成する第2の基体と、この第2の基体の主面に設けられた第2のプロトン供与層と、を備え、第1の基体の主面と第2の基体の主面の間隔dが50nm以上で800nm以下である、構成のものとすることができる。
【0050】
図6は、上記構成において、さらに、第1の基体の主面および第2の基体の主面に垂直な2つの側壁を備えた、断面が矩形のナノ流路を形成し、これら2つの側壁の間隔をLとしたときの、プロトン拡散係数のアスペクト比(R=L/d)依存性を調べた結果を示す図である。
【0051】
これらのナノ流路の高さ(深さ:d)は170nmであり、側壁間隔Lの異なる4つのナノ流路を形成して、アスペクト比(R=L/d)が1〜11の間でプロトン拡散係数Dを測定した。
【0052】
なお、この実験に用いたナノ流路は何れも、2つの側壁の表面にプロトン供与層としてのシリコン酸化物層を備えている。
【0053】
アスペクト比Rが11のナノ流路のプロトン拡散係数は、バルク水溶液領域でのプロトン拡散係数に等しい。しかし、アスペクト比Rが概ね6よりも小さいナノ流路では、プロトン拡散係数は顕著な上昇傾向を示す。従って、本発明のプロトン伝導体をナノ流路として用いる場合には、上記で定義付けられるアスペクト比が6以下であることが好ましい。
【0054】
上述したような本発明に係るプロトン伝導体は、これを水溶液流路として備えた燃料電池としての利用に特に好適である。
【0055】
そのような水溶液流路を形成するに際し、その手法に特別な制限はないが、例えば、下記のようにして形成することができる。
【0056】
図7は、本発明に係るプロトン伝導体により水溶液流路を形成するための工程の一例を示す図である。
【0057】
先ず、一方の基板となるガラス基板にナノ流路加工を施し(S101)、他方の基板となるLN基板上にスパッタリング法によりSiO2薄膜を形成する(S102)。これらの基板の主面に表面活性化処理を施し(S103)、その後、主面同士を接合する(S104)。
【0058】
ここで、ガラス基板とLN基板は熱膨張率が略2桁異なるため、1000℃程度の高温で熱融着させた場合には、室温に戻した際の熱歪に起因する割れやソリあるいは流路の変形等を生じ易い。そこで、上記ステップS103において、基板の両主面に、酸素プラズマ処理を行い、表面活性化させた後に貼り合せる(S104)ようにすることが好ましい。ステップS104での貼り合せ(接合)において、5000N程度の圧力を与えて6時間程度室温で保持すると、十分な強度の接合面が得られる。なお、上記表面活性化処理は、必ずしも両方の基板主面に施す必要はなく、何れか一方の基板の主面に施すようにしてもよい。
【0059】
図8は、本発明に係るプロトン伝導体により水溶液流路を形成するための工程の他の例を示す図で、この例では、第1の基板と第2の基板の何れもが、強誘電性結晶であるニオブ酸リチウム(LN)である。つまり、この態様では、第1の基体および第2の基体の主面部の何れもが強誘電性結晶であるLNとなっている。
【0060】
先ず、第1のLN基板にナノ流路加工を施し(S201)、この第1のLN基板と第2のLN基板の主面上にスパッタリング法によりSiO2薄膜を形成する(S202)。このとき、貼り合せ後の層厚が例えば5nmとなるようにSiO2薄膜の成膜条件を設定する。そして、これらのLN基板の主面に表面活性化処理を施し(S303)、その後、主面同士を接合する(S204)。
【0061】
なお、この態様では基板間の熱膨張率の差はないが、接合時の熱歪に起因する割れやソリあるいは流路の変形等が生じないように、なるべく低温で貼り合せることが好ましい。そこで、この態様においても、上記ステップS203において、基板の両主面に、酸素プラズマ処理を行い、表面活性化させた後に貼り合せる(S204)ようにすることが好ましい。上述したように、ステップS204での貼り合せ(接合)において、5000N程度の圧力を与えて6時間程度室温で保持すると、十分な強度の接合面が得られる。なお、上記表面活性化処理は、必ずしも両方の基板主面に施す必要はなく、何れか一方の基板の主面に施すようにしてもよい。
【0062】
なお、図8に示した態様では、第1のLN基板の主面領域を部分的にエッチング除去してナノ流路加工を施しているが、このような加工によらず、例えば図9に示したように、先ず第1のLN基板の主面にシリコン等の薄膜を形成し(図9(a))、その後に薄膜の一部をエッチング等により除去してナノ流路加工を施し(図9(b))、次いで、SiO2薄膜を形成する(図9(c))ようにしてもよい。
【0063】
以上説明したように、本発明により、流路中のプロトンを壁近傍に偏在化させて水が構造化した領域のみでプロトンを輸送することが可能となる。その結果、ナノ流路のプロトン伝導度を顕著に上昇させることができる。
【0064】
そして、このようなプロトン伝導体を水溶液流路として利用することにより、低環境負荷で高効率な次世代電源としての燃料電池が提供される。
【0065】
なお、上述したプロトン伝導体は、下記の構成を有するプロトン伝導体としても整理できる。
【0066】
主面に負電荷を形成する第1の基体と、前記第1の基体の主面に設けられた第1のプロトン供与層と、前記第1の基体の主面に対向する主面を有する第2の基体であって、該主面に負電荷を形成する第2の基体と、前記第2の基体の主面に設けられた第2のプロトン供与層と、を備え、前記第1の基体の主面と前記第2の基体の主面の間隔dが50nm以上で800nm以下である、ことを特徴とするプロトン伝導体。
【0067】
このプロトン伝導体において、前記第1のプロトン供与層および前記第2のプロトン供与層は、表面にプロトン供与性官能基を有する層であることが好ましい。
【0068】
好ましくは、前記プロトン供与性官能基はシラノール基、リン酸基、チタノール基、スルホン基の何れかである。
【0069】
好ましくは、前記第1のプロトン供与層および前記第2のプロトン供与層は、シリコン酸化物層である。
【0070】
また、好ましくは、前記シリコン酸化物層の厚みが20nm以下である。
【0071】
好ましい態様では、前記第1の基体および前記第2の基体の主面部の少なくとも一方は電極面もしくは強誘電性結晶からなり、或いは、前記第1の基体および前記第2の基体の主面部の何れもが強誘電性結晶からなる。
【0072】
この場合、例えば、前記強誘電性結晶はニオブ酸リチウムである。
【0073】
好ましい態様として、前記プロトン伝導体は、前記第1の基体の主面および前記第2の基体の主面に垂直な2つの側壁を備えており、該2つの側壁の間隔をLとしたとき、R=L/dで定義されるアスペクト比が6以下であるようにすることができる。
【0074】
好ましくは、前記2つの側壁は何れも表面にプロトン供与層を備えている。
【0075】
また、上述のプロトン伝導体を水溶液流路として備えた燃料電池とすることができる。
【産業上の利用可能性】
【0076】
本発明は、ナノ空間での高効率なプロトン輸送を可能とするプロトン伝導体およびこれを水溶液流路として備えた燃料電池を提供する。
【符号の説明】
【0077】
10a 第1の基体
10b 第2の基体
20a 第1のプロトン供与層
20b 第2のプロトン供与層
30 プロトン性溶媒
図1
図2
図3A
図3B
図4
図5
図6
図7
図8
図9