(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記ガラス基板の下面全体が前記被支持領域となるように、前記低摩擦シートが、前記ガラス基板の下面全面とこれに対向する前記支持部材の上面との間に設けられていることを特徴とする請求項1〜5のいずれか1項に記載のガラス基板の熱処理方法。
前記ガラス基板の下面の周縁部を除く領域が前記被支持領域となるように、前記ガラス基板の下面の周縁部が前記低摩擦シートから食み出していることを特徴とする請求項1〜5のいずれか1項に記載のガラス基板の熱処理方法。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1に開示された方法で、薄いガラス基板に熱処理を施した場合、熱処理後のガラス基板の平面方向に大きな歪が生じる場合がある。このような歪が生じると、例えば次のような問題が生じ得る。
【0007】
すなわち、FPDの製造工程では、生産効率を上げて低コスト化を図るために、1枚の大判ガラス基板に回路パターンなどを一括で形成した後、その大判ガラス基板から製品サイズの多数のガラス基板を切り出す、いわゆる多面取りが行われるのが一般的である。この場合、ガラス基板の平面方向に大きな歪が存在すると、切り出した後にガラス基板に歪の開放に伴う変形が生じる。その結果、ガラス基板同士を貼り合わせてパネルを作製する際に、予め形成された回路パターン間にズレが発生し、製品不良の原因になる。
【0008】
本発明は、ガラス基板の熱収縮率を低減するための熱処理で、ガラス基板に歪が生じるのを抑制することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本願発明者等は、支持部材の上にガラス基板を直接載置した状態で熱処理を行って、その間のガラス基板の挙動を観察した。その結果、熱処理後に歪が大きくなったガラス基板の特徴として干渉縞が観察されることが分かった。この干渉縞はガラス基板の下面の被支持領域と支持部材の上面との間に生じた空隙に起因して生じる。この空隙が生じる主たる原因としては、ガラス基板の下面の被支持領域の周縁部(ガラス基板の下面全体を支持する場合は、特にガラス基板の下面と端面が交差する交差部)が支持部材の上面に引っ掛かり、ガラス基板が支持部材の上面に倣うのを阻止しているためと考えられる。そこで、本願発明者等はこのような知見に基づいて本願発明を提案するものである。
【0010】
すなわち、上記課題を解決するために創案された本発明は、支持部材でガラス基板を下方から支持した状態で、前記ガラス基板の熱収縮率を低減するための熱処理を行うガラス基板の熱処理方法であって、少なくともガラス基板の下面の被支持領域の周縁部とこれに対向する支持部材の上面との間に低摩擦シートを配置するとともに、低摩擦シートの上面の静止摩擦係数を0.5以下とし、かつ、低摩擦シートの上面の表面粗さRaをガラス基板の下面の表面粗さRaの5倍以上の大きさとすることを特徴とする。ここで、「表面粗さRa」は、JIS B0601:2001に規定の方法に基づいて測定した値であり、「静止摩擦係数」は、JIS K7125:1999に規定の方法に基づいて測定した値である。また、「被支持領域」は、ガラス基板の下面のうち低摩擦シートによって支持される領域であり、ガラス基板の下面全体のときもあるが、ガラス基板の下面よりも小さいときもある。
【0011】
このような構成によれば、ガラス基板の少なくとも下面の被支持領域の周縁部は、低摩擦シートの上面に接触する。低摩擦シートの上面の静止摩擦係数は0.5以下と小さいため、ガラス基板の下面の被支持領域の周縁部は低摩擦シート上を滑り、ガラス基板がその支持面(低摩擦シートの上面、又は低摩擦シート及び支持部材の上面)に倣うように誘導される。その結果、ガラス基板の下面の被支持領域とその支持面との間に空隙が形成されにくくなり、熱処理に伴う歪の発生を抑制することが可能となる。
【0012】
ここで、ガラス基板の下面周縁部と低摩擦シートの上面が密着しすぎると、熱処理後にガラス基板を剥離できなくなるという問題が生じるおそれがある。そこで、本願発明では、低摩擦シートの上面の表面粗さRaをガラス基板の下面の表面粗さRaの5倍以上の大きさとして、両者の密着状態を緩和している。これにより、熱処理後であっても、ガラス基板を低摩擦シートから剥離することが可能となる。
【0013】
上記の構成において、低摩擦シートの厚みは、0.01mm〜2mmであることが好ましい。このようにすれば、低摩擦シートの上面が、支持部材の上面の状態の影響を受けにくくなる。また、低摩擦シートの熱容量が大きくなって熱処理時に大きなエネルギーロスが生じるという問題もない。
【0014】
上記の構成において、低摩擦シートの静止摩擦係数は、0.2以下であることが好ましい。このようにすれば、ガラス基板の下面周縁部が低摩擦シートの上面を一層円滑に滑るため、ガラス基板がその支持面に倣いやすくなる。
【0015】
上記の構成において、低摩擦シートが、層状結晶構造を有する無機物から構成することが好ましい。このようにすれば、摩擦係数が低減しやすくなるとともに、耐熱性を高めることができる。
【0016】
上記の構成において、低摩擦シートが、支持部材の上面に剥離可能に敷設されていることが好ましい。このようにすれば、低摩擦シートが損傷した場合であっても、低摩擦シートを容易に交換することができる。
【0017】
上記の構成において、ガラス基板の下面全体が被支持領域となるように、低摩擦シートが、ガラス基板の下面全体とこれに対向する支持部材の上面との間に設けられていてもよい。このようにすれば、ガラス基板を支持する支持面全体が低摩擦シートで構成されるため、ガラス基板がその支持面に一層円滑に倣う。
【0018】
上記の構成において、ガラス基板の下面の周縁部を除く領域が被支持領域となるように、ガラス基板の下面の周縁部が低摩擦シートから食み出していてもよい。このようにすれば、ガラス基板の食み出し部を利用してガラス基板のハンドリングを行うことができるので、ガラス基板の低摩擦シート上への載置作業や、低摩擦シート上からの取り出し作業が容易になる。
【発明の効果】
【0019】
以上のように本発明によれば、ガラス基板の熱収縮率を低減するための熱処理で、ガラス基板に歪が生じるのを抑制することができる。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、一実施形態に係るガラス基板の熱処理方法について、添付の図面を参照して説明する。
【0022】
図1(a)及び(b)に示すように、熱処理対象のガラス基板1は、支持部材(セッター)2の上面2aに配置された低摩擦シート3の上面3aに載置される。そして、このような支持態様で、ガラス基板1を熱処理装置(熱処理炉)に導入して加熱することで、ガラス基板の熱収縮率を低減するための熱処理工程が実行される。なお、熱処理工程の前に、ガラス基板1を洗浄する洗浄工程を設けてもよい。このような洗浄工程を設けておけば、ガラス基板1の表面に付着した異物が熱処理に伴ってガラス基板1の表面に焼き付くのを防止することができる。
【0023】
以下、ガラス基板1、並びに熱処理工程で使用される低摩擦シート3、支持部材2および熱処理装置10のそれぞれについて詳述する。
【0024】
[ガラス基板]
ガラス基板1は、平面視矩形状をなし、その寸法は好ましくは500mm角以上、より好ましくは700mm角以上、より一層好ましくは1000mm角以上、最も好ましくは1300mm角以上である。一般的に、ガラス基板1の寸法が大きくなるほど、熱処理後のガラス基板1には歪が生じやすくなる。そのため、寸法の大きいガラス基板1ほど、本実施形態の効果を享受しやすくなる。なお、ガラス基板1は、矩形状に限らず、三角形や五角形以上の多角形、円形(楕円形を含む)、不規則形状などであってもよい。
【0025】
ガラス基板1の厚みは0.7mm以下、好ましくは0.5mm以下、より好ましくは0.4mm以下、最も好ましくは0.3mm以下である。通常、厚みが小さくなるほど、自重が小さくなるため、支持部材2の上面に倣いにくくなる。そのため、厚みの薄いガラス基板1ほど、低摩擦シート3の効果がある。また、ガラス基板1の厚みが小さくなるほど、ガラス基板1を構成部品とする製品(例えば、FPD)の薄型化や軽量化等に対する貢献度も高めることができる。ただし、ガラス基板1の厚みがあまりに小さいと、ガラス基板1に最低限要求される強度を確保することができない。そのため、ガラス基板1の厚みは好ましくは1μm以上、より好ましくは3μm以上、最も好ましくは5μm以上とする。
【0026】
ガラス基板1の歪点は650℃以上、好ましくは660℃以上、より好ましくは670℃以上、最も好ましくは680℃以上である。歪点が高くなるほど、熱収縮率を低減しやすくなる。一方、歪点が高くなり過ぎると、ガラス基板1の生産性が著しく低下するため、ガラス基板1の歪点は、好ましくは725℃以下、より好ましくは720℃以下、最も好ましくは715℃以下である。なお、ここでいう歪点は、ASTM C336に規定の方法に基づいて測定した値である。
【0027】
上述した寸法、厚みおよび歪点を有するガラス基板1は、例えば、ケイ酸塩ガラス、シリカガラス、ホウケイ酸ガラス、ソーダガラス、無アルカリガラス等で形成することができる。本実施形態では、上記した各種ガラスのうち、経年劣化が最も生じ難い無アルカリガラスで形成されたガラス基板を使用する。ここで、無アルカリガラスとは、アルカリ成分(アルカリ金属酸化物)を実質的に含まないガラスを意味し、具体的には、アルカリ成分の含有量が3000ppm以下のガラスを意味する。無アルカリガラスとしては、アルカリ成分の含有量が好ましくは1000ppm以下、より好ましくは500ppm以下、最も好ましくは300ppm以下のものを使用する。
【0028】
ガラス基板1の下面1bの表面粗さRaは、好ましくは2.0nm以下であり、より好ましくは1.0nm以下であり、さらに好ましくは0.5nm以下であり、最も好ましくは0.2nm以下である。なお、ガラス基板1の上面1aの表面粗さRaは、下面1bと同じであってもよいし、異なっていてもよい。
【0029】
ガラス基板1は、例えば、オーバーフローダウンドロー法、スロットダウンドロー法、ロールアウト法、フロート法、アップドロー法、リドロー法により製造される。本実施形態では、オーバーフローダウンドロー法により製造されたガラス基板を使用する。
【0031】
低摩擦シート3は、この実施形態では、ガラス基板1の下面1b全体と、これに対向する支持部材2の上面2aとの間に配置されている。すなわち、この実施形態では、ガラス基板1の下面1b全体がガラス基板1の被支持領域とされる。さらに、低摩擦シート3は、ガラス基板1の外方側に食み出した食み出し部3cを有している。なお、低摩擦シート3は、ガラス基板1の下面1bにおける周縁部1c(図中のハッチング部分)に対応する領域のみに設けられていてもよい。また、食み出し部3cは省略してもよい。すなわち、ガラス基板1の端面と低摩擦シート3の端面とが、面一であってもよい。もちろん、低摩擦シート3の端面が、ガラス基板1の端面よりも僅かに内側に位置していてもよい。この場合、ガラス基板1の下面1bよりもガラス基板1の被支持領域は小さくなる。
【0032】
熱処理に伴うガラス基板1の歪の発生を抑制するためには、低摩擦シート3の上面3aにガラス基板1が十分に倣った状態で熱処理を開始する必要がある。そのため、低摩擦シート3の上面3aの静止摩擦係数は0.5以下に設定されている。低摩擦シート3の上面3aの静止摩擦係数は、好ましくは0.4以下、より好ましくは0.3以下、特に好ましくは0.2以下である。静止摩擦係数が小さいほど、熱処理に伴い生じるガラス基板1の平面方向の歪を抑制できる。なお、低摩擦シート3の下面3bの静止摩擦係数は、特に限定されるものではなく、上面3aと同じであってもよいし、異なっていてもよい。
【0033】
ここで、低摩擦シート3の上面3aの表面平滑性が高すぎると、低摩擦シート3とガラス基板1が過度に密着し、熱処理中にガラス基板1が割れたり、熱処理後にガラス基板1が低摩擦シート3に貼り付いて両者を分離できなくなったりする場合がある。また、ガラス基板1を低摩擦シート3の上面3aに載置する際に、接触箇所が順次貼り付いて、ガラス基板1が低摩擦シート3の上面3aに十分倣い難くなる場合もある。特に、ディスプレイ用途で使用されるガラス基板には高い表面平滑性が要求されるため、表面粗さRaが極めて小さいガラス基板(例えば、Raが0.2nm程度)が一般的に使用されているため、このような問題が生じやすい。そこで、低摩擦シート3の上面3aとガラス基板1の下面1bの密着を緩和するために、低摩擦シート3の上面3aの表面粗さRaは、ガラス基板1の下面1bの表面粗さRaの5倍以上の大きさに設定されている。好ましくは10倍以上、より好ましくは20倍以上、最も好ましくは50倍以上である。
【0034】
低摩擦シート3の上面3aの表面粗さRaは、0.02μm以上であることが好ましい。より好ましくは0.05μm以上、より一層好ましくは0.1μm以上、さらに好ましくは0.2μm以上、最も好ましくは0.5μm以上である。上記範囲内に設定しておくことで、ガラス基板1と低摩擦シート3との貼り付きを抑制することができる。一方、表面粗さRaが大きすぎると、静止摩擦係数が大きくなるため、低摩擦シート3の上面3aの表面粗さRaは、5μm以下にすることが好ましい。なお、低摩擦シート3の下面3bの表面粗さRaは、特に限定されるものではなく、上面3aと同じであってもよいし、異なっていてもよい。
【0035】
ガラス基板1の下面1bの表面粗さRaをRa1、支持部材2の上面2aの表面粗さRaをRa2とした時、低摩擦シート3の厚みは、Ra1とRa2の合算値より大きいことが好ましい。より好ましくはRa1+Ra2+10μm以上、さらに好ましくはRa1+Ra2+50μm以上、最も好ましくはRa1+Ra2+100μm以上である。上記範囲に設定しておくことで、ガラス基板1と支持部材2を容易に分離することができ、低摩擦シート3の機能を享受しやすくなる。一方、低摩擦シート3の厚みが大きすぎると、熱容量が大きくなり、熱処理時のエネルギーロスが増大する。また、低摩擦シート3の作製コストも高騰するおそれがある。そのため、低摩擦シート3の厚みは、Ra1+Ra2+2000μm以下にすることが好ましい。具体的には、低摩擦シート3の厚みは、0.01mm〜2mmであることが好ましい。
【0036】
低摩擦シート3は、支持部材2から取り外し可能な形態にしておくことが好ましい。このようにすれば、低摩擦シート3が損傷した場合に容易に交換することができる。その結果、低摩擦シート3の損傷に伴うガラス基板1の品質低下を抑制しやすくなる。具体的には、例えば、低摩擦シート3は支持部材2の上面2aに接着層等を介することなく直接敷設されるとともに、低摩擦シート3の下面3bの表面粗さRaが支持部材2の上面2aの表面粗さRaよりも大きく設定される。
【0037】
低摩擦シート3は、層状の結晶構造を有する無機物で構成されていることが好ましい。層状の結晶構造を有する無機物は、例えば、グラファイト、ボロンナイトライド、二硫化モリブデン、タルク、マイカ等がある。中でも、安価でシート状に製造しやすい点から、グラファイトを用いることが好ましい。低摩擦シート3を構成する上記無機物の純度は、質量%で99.0%以上であることが好ましい。より好ましくは99.5%以上、さらに好ましくは99.8%以上、最も好ましくは99.9%以上である。純度が高いほど、例えば、金属等の不純物に起因したガラス基板への擦り傷が抑制できる。本実施形態では、上記した各種無機物のうち、比較的安価で大型化も容易な純度が99.9%のグラファイトを使用する。
【0038】
熱処理後のガラス基板1において、歪や熱収縮率のバラツキに影響を及ぼさない範囲で、ガラス基板1に対する低摩擦シート3の大きさを小さくすることができる。このようにすれば、ガラス基板1の載置及び取り出し作業が容易になる。作業性を考慮した場合、ガラス基板1の下面1b全体の面積に対する低摩擦シート3の面積の割合は、0.5以上1.0以下にすることが好ましい。より好ましくは0.6以上1.0未満、さらに好ましくは0.7以上1.0未満、最も好ましくは0.7以上0.9以下である。
【0039】
以上のように、低摩擦シート3の静止摩擦係数と表面粗さRaを設定すれば、次のような効果を享受できる。すなわち、
図2(a)に示すように、ガラス基板1の下面1bの周縁部1c(特に、下面1bと端面1dの交差部1x)が、低摩擦シート3の上面3aに引っ掛かり、ガラス基板1と低摩擦シート3との間に空隙Cが形成される状態は維持されにくい。
図2(a)の状態が一時的に生じたとしても、ガラス基板1の下面1bの周縁部1cが低摩擦シート3の上面3aを外方側(X方向)に向かって滑り、これに伴ってガラス基板1の下面1bが下降(Y方向)しながら低摩擦シート3に接近する。また、
図2(a)の状態からガラス基板1がさらに下降することで、ガラス基板1の下面1bの周縁部1cが低摩擦シート3の上面3aと面接触し始めたとしても、ガラス基板1の下面1bの周縁部1cが低摩擦シート3の上面3aを外方側(X方向)に向かって滑り、これに伴ってガラス基板1の下面1bが下降(Y方向)しながら低摩擦シート3に接近する。これにより、
図2(b)に示すように、ガラス基板1が低摩擦シート3の上面3aに正しく倣う。その結果、ガラス基板1の下面1bと低摩擦シート3の上面3aとの間に空隙Cが形成されにくくなり、熱処理に伴う歪の発生を抑制することが可能となる。また、
図2(b)に示すように、ガラス基板1が低摩擦シート3に倣った状態で熱処理を行っても、両者は過度に密着していないので、熱処理後に低摩擦シート3からガラス基板1を容易に分離することも可能となる。
【0040】
[支持部材]
支持部材2は、熱処理対象のガラス基板1及び低摩擦シート3を下方側から支持するものであり、ガラス、セラミックス、金属等の耐熱性を有する材料を使用することができる。中でも、支持部材2としては、熱膨張係数が低く、耐熱衝撃性が高い結晶化ガラスを用いることが好ましい。
【0041】
支持部材2の厚みは、0.5〜4.0mmであることが好ましい。より好ましくは0.5〜3.5mm、より一層好ましくは0.5〜3.0mm、さらに好ましくは0.5〜2.5mm、最も好ましくは1.0〜2.5mmである。上記範囲に設定しておくことで、支持部材2が熱変形する可能性が低く、また支持部材2の熱容量が大きくなって熱処理時に大きなエネルギーロスが生じることもない。したがって、ガラス基板1の熱処理を精度よく、且つ効率的に行うことができる。
【0043】
熱処理を実行する熱処理装置は、搬送装置を備えないバッチ式炉又は枚葉式炉を使用することが好ましい。このような炉は、ガラス基板1が静置状態で熱処理を受けるため、搬送に伴うガラス基板1の滑動を抑制できる。その結果、ガラス基板1の面内で均一な温度分布を保ちやすくなり、熱収縮率のバラツキや、温度分布に起因した歪や形状の悪化を抑制できる。また、熱処理中に炉内部材との衝突による破損の可能性も低減できる。本実施形態では、
図3に示すように、バッチ式炉の熱処理装置10を使用する。
【0044】
図3に示すように、熱処理装置10は、ガラスチャンバー11と、ガラス棚12を載置した状態でガラスチャンバー11に対して昇降移動する昇降台13と、ガラスチャンバー11を収容した炉壁14と、ガラスチャンバー11を外部から加熱するヒーター15とを備える。この熱処理装置10は、クリーンルーム内に配設される。要するに、熱処理工程はクリーンルーム内で実行される。
【0045】
ガラスチャンバー11は、下端を開口させた有蓋筒状をなし、その内部に熱処理空間Sを有する。このガラスチャンバー11は、石英ガラスを一体成形することで有蓋筒状に形成されており、継ぎ目のない連続した面によって、熱処理空間Sを区画形成している。
【0046】
ガラス棚12は、上下方向に多段状に設けられた複数の収容部16を有し、各収容部16は、昇降台上に立設された少なくとも一対の柱部12aと、柱部12aに対して着脱可能に取り付けられた棚板12bとで区画形成される。柱部12aおよび棚板12bは、何れも石英ガラスで形成されている。本実施形態では、棚板12bとして格子状の枠体を採用しており、棚板12bの上面には複数のピン状突起が設けられている。そして、横姿勢のガラス基板1が低摩擦シート3を備えた支持部材2で下方側から支持され(以下、これを「アセンブリ」ともいう)、ピン状突起により下方側から支持される。
【0047】
昇降台13は、ガラス棚12を載置した石英ガラス製の載置部13aを有し、この載置部13aが上昇位置に位置したとき、ガラスチャンバー11の下端開口部を閉塞され、ガラス棚12が熱処理空間S内に配置される。一方、載置部13aが下降位置まで下降したとき、載置部13aに載置されたガラス棚12に対し、アセンブリの積み込み及び積み降ろしが行われる。
【0048】
炉壁14は、下端を開口させた有蓋筒状をなし、その全体が耐火物で構成されている。炉壁14の側部内壁面にヒーター15が取り付けられている。ヒーター15としては、例えば、ニクロム系発熱体に代表される金属系の発熱体が使用される。
【0049】
熱処理装置10には、ガラスチャンバー11を外部から冷却する冷却手段(例えば、送風機)を別途設けてもよい。このような冷却手段を設けておくことにより、ヒーター15で加熱された熱処理空間の雰囲気を効率よく冷却することができる。
【0050】
次に、以上の構成を有する熱処理装置により実行される熱処理工程を説明する。熱処理工程では、昇温ステップ、保温ステップおよび降温ステップが順に実施される。
【0051】
昇温ステップの実施に先立って、昇降台13の載置部13aを下降位置に位置させ、ガラス棚12の各収容部16にアセンブリを積み込んでから、昇降台13を上昇移動させてガラス棚12をガラスチャンバー11内の熱処理空間Sに配置する。なお、各収容部16に対するアセンブリの積み込み(および熱処理後における各収容部16からのアセンブリの積み降ろし)は、例えば、アセンブリを下方側から支持可能なロボットフォークによって行われる。
【0052】
昇温ステップは、ガラス基板1の温度を所定温度まで上昇させるステップであり、ここではガラス基板1が10℃/分以上、好ましくは15℃/分以上、一層好ましくは20℃/分以上の昇温速度で昇温するようにヒーターの出力が調整される。ただし、ガラス基板1の昇温速度が速過ぎると、ガラス基板1が破損等する可能性が高まることから、昇温速度は100℃/分以下、より好ましくは80℃/分以下とする。
【0053】
そして、昇温ステップでは、ガラス基板1の温度が所定温度になるまでガラスチャンバー11(ガラスチャンバー11内の熱処理空間S)が外部から加熱される。ガラス基板1の歪点をT[単位:℃]としたとき、ガラス基板1の温度が、好ましくはT℃以下、より好ましくは(T−10℃)以下、より一層好ましくは(T−20℃)以下、さらに好ましくは(T−30℃)以下、特に好ましくは(T−40℃)以下、最も好ましくは(T−50℃)以下となるまでガラスチャンバー11が加熱される。これにより、熱処理に伴うガラス基板1の形状変化を可及的に防止しつつ、ガラス基板1の熱収縮率を低減することができる。ただし、ガラス基板1が十分に加熱されなければ、ガラス基板1の熱収縮率を適切に低減することができない。そのため、ガラスチャンバー11は、ガラス基板1の温度が(T−200℃)以上になるまで加熱される。
【0054】
保温ステップでは、所定温度になるまで加熱されたガラス基板1を、上記所定温度のままで所定時間(具体的には0.5〜60分間)保持する。これにより、個々のガラス基板1の熱収縮率を適切に低減しつつ、ガラス基板1の相互間での熱収縮率のバラツキを低減できる。
【0055】
降温ステップでは、ガラス基板1の温度を徐々に降下させる。降温速度は、好ましくは1℃/分以上、より好ましくは5℃/分以上、より一層好ましくは10℃/分以上とする。これにより、降温ステップの処理時間を短縮しつつ、ガラス基板1の生産性を高めることができる。ただし、降温速度が速過ぎると、ガラス基板1の熱収縮率を十分に低減することができないことに加え、ガラス基板1の反りが大きくなる可能性が高まる。そのため、降温速度は100℃/分以下が好ましく、80℃/分以下が一層好ましい。
【0056】
なお、ガラス基板1中に残留する歪は、歪により生じる応力として以下に述べる方法で測定される。ガラス基板1中の歪は光学的な複屈折の測定、すなわち直交する直線偏光波の光路差の測定で見積もることができる。光路差をR(nm)として、歪により発生する応力(正確には偏差応力)F(MPa)は、F=R/(C×L)として表される。ここで、Lは偏光波が通過した距離(cm)であり、C(nm/cm)はガラスによって決まる比例定数で光弾性定数と呼ばれる。
【0057】
熱処理後のガラス基板1において、残留する歪により生じる最大応力は、1MPa以下であることが好ましい。より好ましくは0.8MPa以下、さらに好ましくは0.6MPa以下、最も好ましくは0.5MPa以下である。上記範囲であれば、分割切断してもガラス基板1の変形を抑制することができる。
【0058】
以上、本発明の実施形態に係るガラス基板の熱処理方法について説明を行ったが、本発明の実施の形態はこれに限定されるわけではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲で種々変更を施すことが可能である。
【実施例】
【0059】
支持部材の上面に低摩擦シートを配置し、その低摩擦シートの上面にガラス基板を載置した状態で熱処理を施した場合(以下、これを「実施例」ともいう)、支持部材の上面にガラス基板を直接載置した状態で熱処理を施した場合(以下、これを「比較例1及び比較例2」ともいう)のそれぞれにおいて、熱処理前後でガラス基板の平面方向の歪を確認する確認試験を行った。
【0060】
確認試験の実施に際しては、実施例では支持部材/低摩擦シート/ガラス基板からなるアセンブリを4個準備し、比較例1及び2では支持部材/ガラス基板からなるアセンブリを4個準備した。そして、これら各アセンブリに熱処理を施した。
【0061】
熱処理対象のガラス基板は、実施例、比較例1及び比較例2で共通である。ガラス基板としては、厚さ0.5mmで、730mm×920mmの矩形状のガラス基板(具体的には、日本電気硝子株式会社製の無アルカリガラス基板OA−11)を用いた。ガラス基板は、線熱膨張係数が37×10
−7/℃(30〜380℃)、歪点は685℃、光弾性定数が30nm/cmである。また、ガラス基板の下面の表面粗さRaは0.2nmである。なお、ガラス基板の上面の表面粗さRaは、確認試験の結果に直接影響しないが、ガラス基板の下面と同程度である。
【0062】
支持部材は、実施例、比較例1及び比較例2で、表面粗さRa及び静止摩擦係数以外の条件は共通である。支持部材としては、厚さ4mmで、830mm×1020mmの矩形状の結晶化ガラス板(具体的には、日本電気硝子株式会社製のネオセラムN−0)を用いた。この支持部材の線熱膨張係数は−1×10
−7/℃(30〜750℃)である。支持部材の上面の表面粗さRaは、比較例1では0.8μm、比較例2では0.5nmである。支持部材の上面の静止摩擦係数は、比較例1では1.3、比較例2では0.8である。なお、比較例1、2では、上記の結晶化ガラス板の表面を研磨によって調整したものを用いた。実施例における支持部材の上面の表面粗さRa及び静止摩擦係数は、確認試験の結果に直接影響しないため測定していないが、比較例1と同程度のものを用いた。
【0063】
低摩擦シートには、厚さ200μmで、730mm×920mmの矩形状のグラファイト(純度99.9%以上)を用いた。低摩擦シートの上面は、表面粗さRaが1.0μmであり、静止摩擦係数が0.1〜0.2である。なお、低摩擦シートの下面の表面粗さRa及び静止摩擦係数は、確認試験の結果に直接影響しないが、低摩擦シートの上面と同程度である。
【0064】
熱処理条件は、実施例、比較例1及び比較例2で共通である。熱処理条件は、室温程度のガラス基板を10℃/分の昇温速度で650℃まで昇温させた後、650℃で3分間保持し、さらにその後、60℃/分の降温速度でガラス基板を室温まで降温させる、というものである。なお、試験に用いた全てのガラス基板で、熱処理前の歪により生じる最大応力値は0.3〜0.4MPaであった。
【0065】
上記の確認試験の試験結果を表1に示す。
【0066】
【表1】
【0067】
表1からも明らかなように、実施例では、ガラス基板の支持面を構成する低摩擦シートの上面の静止摩擦係数は0.5以下であり、かつ、低摩擦シートの上面の表面粗さRaはガラス基板の表面粗さRaの5倍以上である。一方、比較例1では、ガラス基板の支持面を構成する支持部材の上面の静止摩擦係数は0.5超であり、かつ、支持部材の上面の表面粗さRaはガラス基板の表面粗さRaの5倍以上である。また、比較例2では、ガラス基板の支持面を構成する支持部材の上面の静止摩擦係数は0.5超であり、かつ、支持部材の上面の表面粗さRaはガラス基板の表面粗さRaの5倍未満である。
【0068】
その結果、実施例においては、全ての試料で熱処理後のガラス基板で歪により生じる最大応力の値は0.3〜0.4MPaであり、熱処理による変化は見られなかった。これに対し、比較例1においては、熱処理後のガラス基板で最大応力値が1.0MPaを超える大きな値になっていた。さらに、比較例2では、支持部材の上面の表面粗さRaがガラス基板の表面粗さRaの5倍未満であるため、ガラス基板と支持部材が過度に密着し、熱処理時にガラス基板と支持部材の熱膨張差が生じた際に、その熱膨張差によってガラス基板が破損するに至った(熱処理中に破損)。従って、本発明に係る熱処理方法は、熱処理に伴う歪の発生を抑制する上で有用であると言える。
【0069】
上記の確認試験に併せ、熱処理に伴ってガラス基板がどの程度熱収縮するか、すなわちガラス基板の熱収縮率を評価した。ガラス基板の熱収縮率は、以下の(1)−(5)に示す手順で測定・算出した。
(1)
図4(a)に示すように、ガラス基板の試料として160mm×30mmの短冊状試料Gを準備する。
(2)粒度1000の耐水研磨紙を用いて、短冊状試料Gの長辺方向の両端部のそれぞれにおいて、端縁から長辺方向中央側に20〜40mm程度シフトした位置に短辺方向に延びるマーキングMを形成する。
(3)マーキングMを形成した短冊状試料を長辺方向に沿って二分割し、試料片Ga、Gbを作製する。
(4)両試料片Ga,Gbのうち、何れか一方の試料片(ここでは試料片Gb)のみを熱処理装置で熱処理する。熱処理は、5℃/分の昇温速度で常温から500℃まで昇温→500℃で1時間保持→5℃/分の降温速度で常温まで降温、という手順で実施した。
(5)試料片Gbに上記態様で熱処理を施した後、熱処理していない試料片Gaと、熱処理を施した試料片Gbとを並列に配置し、両試料片Ga,GbでのマーキングMの位置ずれ量ΔL
1、ΔL
2をレーザ顕微鏡で読み取り、下記の数式に基づいて熱収縮率[単位:ppm]を算出する。なお、下記の数式中のL
0は、熱処理前のマーキングM間の離間距離である。
熱収縮率=[{ΔL
1(μm)+ΔL
2(μm)}×10
3]/L
0(mm)
【0070】
上記の手順で測定・算出したガラス基板の熱収縮率は、何れも10ppm程度と非常に小さい値となっていた。
【0071】
以上より、本発明は、ガラス基板の熱収縮率を低減しつつ、熱処理に伴う歪の発生を抑制する上で有用であることが理解される。