特許第6598106号(P6598106)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6598106脂肪由来幹細胞シート由来の骨細胞又は骨の作製方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6598106
(24)【登録日】2019年10月11日
(45)【発行日】2019年10月30日
(54)【発明の名称】脂肪由来幹細胞シート由来の骨細胞又は骨の作製方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/077 20100101AFI20191021BHJP
   C12N 5/0775 20100101ALI20191021BHJP
   A61L 27/36 20060101ALI20191021BHJP
【FI】
   C12N5/077
   C12N5/0775
   A61L27/36 311
【請求項の数】10
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2015-120615(P2015-120615)
(22)【出願日】2015年6月15日
(65)【公開番号】特開2017-626(P2017-626A)
(43)【公開日】2017年1月5日
【審査請求日】2018年5月9日
(73)【特許権者】
【識別番号】504160781
【氏名又は名称】国立大学法人金沢大学
(74)【代理人】
【識別番号】100088904
【弁理士】
【氏名又は名称】庄司 隆
(74)【代理人】
【識別番号】100124453
【弁理士】
【氏名又は名称】資延 由利子
(74)【代理人】
【識別番号】100135208
【弁理士】
【氏名又は名称】大杉 卓也
(74)【代理人】
【識別番号】100152319
【弁理士】
【氏名又は名称】曽我 亜紀
(72)【発明者】
【氏名】方 向
(72)【発明者】
【氏名】土屋 弘行
(72)【発明者】
【氏名】林 克洋
【審査官】 小林 薫
(56)【参考文献】
【文献】 特開2010−193723(JP,A)
【文献】 特表2004−535808(JP,A)
【文献】 PLOS ONE,2014年 2月19日,vol.9 no.2 e88874,pp.1-6
【文献】 日本整形外科学会雑誌,2014年 8月,vol.88 no.8,p.S1366 1-4-9
【文献】 日本整形外科学会雑誌,2013年,vol.87 no.8,p.S1455 1-PL-5
【文献】 TISSUE ENGINEERING Part A,2009年,vol.15 no.1,pp.13-21
【文献】 Biomaterials,2014年 1月24日,vol.35,pp.3516-3526
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 1/00−7/08
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS/WPIDS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
骨形成能を有する脂肪由来幹細胞シートを、カルシウム濃度が2.25mmol/L〜5.00mmol/Lである骨形成培地で培養することを特徴とする、脂肪由来幹細胞シート由来の骨細胞又は骨の作製方法。
【請求項2】
前記カルシウム濃度は、プロピオン酸カルシウムを前記骨形成培地に添加することにより調整されていることを特徴とする、請求項1に記載の作製方法。
【請求項3】
前記骨形成培地には、少なくとも以下が含まれていることを特徴とする、請求項1又は2に記載の作製方法。
(1)デキサメタゾン
(2)アスコルビン酸−2−リン酸塩
(3)β−グリセロリン酸塩
(4)プロピオン酸カルシウム
【請求項4】
前記骨芽細胞含有脂肪由来幹細胞シートは、脂肪由来幹細胞シートを1.00mmol/L〜2.00mmol/Lのカルシウム濃度である骨芽細胞分化誘導培地で培養することで得られることを特徴とする、請求項1〜3のいずれか1に記載の作製方法。
【請求項5】
前記脂肪由来幹細胞シートは、脂肪由来幹細胞を、細胞分化誘導剤を含まずかつアスコルビン酸又はその塩を添加して調製した細胞培養培地で、スキャホールドを使用しないで、培養することで得られることを特徴とする、請求項1〜4のいずれか1に記載の作製方法。
【請求項6】
前記アスコルビン酸又はその塩が、50μM〜500μMの濃度になるように細胞培養培地に添加されることを特徴とする、請求項5に記載の作製方法。
【請求項7】
前記脂肪由来幹細胞シートが単層の脂肪由来幹細胞シートであることを特徴とする、請求項5又は6に記載の作製方法。
【請求項8】
以下の工程で得られる脂肪由来幹細胞シート由来の
(1)脂肪由来幹細胞を、細胞分化誘導剤を含まずかつアスコルビン酸又はその塩を添加して調製した細胞培養培地で、スキャホールドを使用しないで、培養して、脂肪由来幹細胞シートを得る工程、
(2)上記(1)で得られた脂肪由来幹細胞シートを、カルシウム濃度が1.00mmol/L〜2.00mmol/Lである骨芽細胞分化誘導培地で培養して、骨形成能を有する脂肪由来幹細胞シートを得る工程、及び
(3)上記(2)で得られた骨形成能を有する脂肪由来幹細胞シートを、カルシウム濃度が2.25mmol/L〜5.00mmol/Lである骨形成培地で培養して、脂肪由来幹細胞シート由来のを得る工程。
【請求項9】
請求項1〜7のいずれか1項に記載の作製方法により作製された、脂肪由来幹細胞シート由来の
【請求項10】
請求項1〜7のいずれか1項に記載の作製方法により作製された、脂肪由来幹細胞シート由来の、又は、請求項8若しくは9に記載の脂肪由来幹細胞シート由来のを含む骨形成用生体材料。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、脂肪由来幹細胞シート由来の骨細胞又は骨の作製方法、並びに該作製方法で作製された脂肪由来幹細胞シート由来の骨細胞又は骨に関する。詳しくは、本発明は、骨形成能を有する脂肪由来幹細胞シートを、特定のカルシウム濃度である骨形成培地で培養することを特徴とする、脂肪由来幹細胞シート由来の骨細胞又は骨の作製方法に関する。
【背景技術】
【0002】
(再生医療)
近年、再生医療が注目され、整形外科分野でも、骨再生を目的とした再生医療が実施されている。幹細胞を骨形成系列に分化させ、続いて骨再生に使用することは再生医療における主要な目標である。再生医療分野において、重要な3つのファクターである細胞、制御因子及び足場{以下、スキャホールド(scaffolds)と称する場合がある}が、その地位を確立してきている。
【0003】
(骨芽細胞)
骨形成においては骨芽細胞が重要な役割を果たしている。骨芽細胞は、骨組織において骨形成を行う細胞であり、タンパク質等を産生及び分泌して骨基質をつくる。具体的には、骨芽細胞は、生体内でコラーゲン等の基質タンパク質を分泌し、そこに基質小胞(matrix vesicle)を作る。この基質小胞の周囲にリン酸カルシウムが沈着して骨の基質が完成し、骨芽細胞は最終的にはこの基質の中で骨細胞となる。
骨芽細胞は、間葉系幹細胞から分化するものであり、間葉系幹細胞にデキサメタゾン、β−グリセロリン酸、及びアスコルビン酸を作用させることにより分化誘導できることが知られている。
また、インビトロにおいて多能性幹細胞から分化させた間葉系幹細胞を、骨形成タンパク質(Bone Morphogenetic Protein;BMP)−4、アスコルビン酸−2−リン酸塩、デキサメタゾン及びβ−グリセロリン酸塩を含む培養培地を使用して、ゼラチンでコートした培養プレートで培養することにより、骨芽細胞に分化誘導できたことが開示されている(特許文献1)。
【0004】
(脂肪由来幹細胞)
間葉系幹細胞の1つとして認められている脂肪由来幹細胞(adipose-derived stem cell;以下、ADSCsと称することがある)も、BMSCs、ESCs及びiPSCsに加えて、骨再生医療における使用が検討されている。損傷を受けた組織及び臓器の修復及び再建へのADSCsの利用にはいくつかの選択肢がある。
修復部位へADSCsを直接注入する方法が知られている。また、ADSCsをフィブリン糊などの生物学的接着剤に混ぜて修復部位に注入する方法が知られている。しかしながら、これら方法では皮質骨表面への細胞の生着や固定が困難であった。
【0005】
また、ADSCsを様々な担体と共に移植する方法が知られている。心血管疾患における幹細胞治療において、天然の生物分解性マトリクス(biodegradable matrixes)で構成されたスキャホールドを使用することにより、該治療の大きな制約であった細胞生着の不足を回避することができた(非特許文献1)。しかしながら、この様な方法によっても、細胞を移植部位に確実に固定することは困難であり、細胞が経時的に脱落する問題があった。
【0006】
一方、個々の分散状態にあるADSCs(以下、分散ADSCsと称する場合がある)がシート状に形成してなるADSCsシートが、心血管分野及び形成外科分野において、組織再生に一定の成果を挙げていることが報告されている。
現在利用できるADSCsシートは、大まかに2種類に分けることができ、一方は、CellSeed社の製品などのような特別な担体を支持体とするADSCsシートであり、もう一方は、コラーゲンタンパク質担体と共に移植部位に移植するADSCsシートである。
【0007】
(細胞シート)
細胞シートの製造方法は、様々な報告がある。例えば、軟骨細胞、軟骨前駆細胞、滑膜由来細胞、滑膜幹細胞、骨芽細胞、間葉系幹細胞、脂肪由来細胞、又は脂肪由来幹細胞を、支持体や担体上で培養することにより製造する方法が報告されている(特許文献2、3)。また、間葉系幹細胞、滑膜細胞、及び胚性幹細胞から選択される細胞を細胞培養支持体上で培養して、該培養した細胞を、シート状三次元構造体として作製する方法が報告されている(特許文献4)。さらに、脂肪細胞を含有する細胞シートを含む心臓疾患治療用移植材料を製造する方法であって、a)温度応答性高分子が被覆された細胞培養支持体上で、脂肪細胞を含有する細胞群を培養液中で培養する工程、b)培養液の温度を、上限臨界溶解温度以上又は下限臨界溶解温度以下とする工程、c)細胞群を、細胞培養支持体から細胞シートとして剥離する工程、さらに工程c)の前にd)培養液にアスコルビン酸又はその誘導体を加える工程を含む方法が開示されている(特許文献5)。
【0008】
本願発明者らは、骨塊を液体窒素中で凍結後に骨マトリクスを維持し、その後、それを元の位置に戻して固定する液体窒素療法を開発している(非特許文献2−4)。
なお、整形外科分野でのADSCsの応用は、分散ADSCsと他の物質、例えば標準生理食塩水、フィブリンゲル及びコラーゲンゲルなどとの混合物を海綿質骨に注入するといった方法により行われているのみである。
しかしながら、ADSCsは、整形外科分野においては、移植箇所で固定するためにフィブリン糊様の物質を構成成分とする混合物として使用されるため、そのような混合物に含まれるADSCsの濃度には制限がある。
【0009】
(先行技術)
脂肪由来幹細胞を骨芽細胞に分化する試みも知られている。
本発明者らは、脂肪由来幹細胞シートを市販の骨芽細胞分化誘導培地で培養して、骨芽細胞に分化できることを確認したが、骨形成まで確認できなかった(非特許文献5)。
また、L−アスコルビン酸−2−リン酸塩で誘導した脂肪由来幹細胞を公知の培地で培養し、骨形成を示すマーカーを検出できたことが報告されているが、骨形成まで確認できていない(非特許文献6)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】国際公開第2004/106502号パンフレット
【特許文献2】特許第04921353号公報
【特許文献3】特許第04620110号公報
【特許文献4】特許第04943844号公報
【特許文献5】国際公開第2011/067983号パンフレット
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】Arana M, Pena E, Abizanda G, Cilla M, Ochoa I, et al. (2013) Preparation and characterization of collagen-based ADSC-carrier sheets for cardiovascular application. Acta Biomater. 9(4):6075-83.
【非特許文献2】Tsuchiya H, Wan S. L, Sakayama K, Yamamoto N, Nishida H, et al. (2005) Reconstruction using an autograft containing tumour treated by liquid nitrogen. J Bone Joint Surg. 87-B: 218-25.
【非特許文献3】Hayashi K, Tsuchiya H, Yamamoto N, Takeuchi A, Tomita K. (2008) Functional outcome in patients with osteosarcoma around the knee joint treated by minimised surgery. Int Orthop. 32(1): 63-68.
【非特許文献4】Yamamoto N, Tsuchiya H, Tomita K. (2003) Effects of liquid nitrogen treatment on the proliferation of osteosarcoma and the biomechanical properties of normal bone. J Orthop Sci. 8(3):374-80.
【非特許文献5】Xiang Fang, Hideki Murakami, Satoru Demura, et al. (2014) A Novel Method to Apply Osteogenic Potential of Adipose Derived Stem Cells in Orthopaedic Surgery. PLOS ONE. Volume 9 Issue 2 e8874.
【非特許文献6】Yu J, Tu YK, Tang YB, Cheng NC.(2014) Stemness and transdifferentiation of adipose-derived stem cells using L-ascorbic acid 2-phosphate-induced cell sheet formation. Biomaterials. 2014 Apr;35(11):3516-26.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
脂肪由来幹細胞シートを骨芽細胞に分化する方法が知られている。しかしながら、該方法では、実際の骨の形状まで分化することができないのが現状である。
これにより、本発明の課題は、脂肪由来幹細胞を実際の骨の形状まで分化することができる方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、上記目的を達成すべく、鋭意研究を行った。骨形成能を有する脂肪由来幹細胞シートを、特定のカルシウム濃度である骨形成培地で培養することにより、実際の骨の形状まで分化することができることを確認した。
以上により、本発明は、これら知見により達成したものである。
【0014】
即ち、本発明は以下に関する。
「1.骨形成能を有する脂肪由来幹細胞シートを、カルシウム濃度が2.25mmol/L〜5.00mmol/Lである骨形成培地で培養することを特徴とする、脂肪由来幹細胞シート由来の骨細胞又は骨の作製方法。
2.前記カルシウム濃度は、プロピオン酸カルシウムを前記骨形成培地に添加することにより調整されていることを特徴とする、前項1に記載の作製方法。
3.前記骨形成培地には、少なくとも以下が含まれていることを特徴とする、前項1又は2に記載の作製方法。
(1)デキサメタゾン
(2)アスコルビン酸−2−リン酸塩
(3)β−グリセロリン酸塩
(4)プロピオン酸カルシウム
4.前記骨芽細胞含有脂肪由来幹細胞シートは、脂肪由来幹細胞シートを1.00mmol/L〜2.00mmol/Lのカルシウム濃度である骨芽細胞分化誘導培地で培養することで得られることを特徴とする、前項1〜3のいずれか1に記載の作製方法。
5.前記脂肪由来幹細胞シートは、脂肪由来幹細胞を、細胞分化誘導剤を含まずかつアスコルビン酸又はその塩を添加して調製した細胞培養培地で、スキャホールドを使用しないで、培養することで得られることを特徴とする、前項1〜4のいずれか1に記載の作製方法。
6.前記アスコルビン酸又はその塩が、50μM〜500μMの濃度になるように細胞培養培地に添加されることを特徴とする、前項5に記載の作製方法。
7.前記脂肪由来幹細胞シートが単層の脂肪由来幹細胞シートであることを特徴とする、前項5又は6に記載の作製方法。
8.以下の工程で得られる脂肪由来幹細胞シート由来の骨細胞又は骨、
(1)脂肪由来幹細胞を、細胞分化誘導剤を含まずかつアスコルビン酸又はその塩を添加して調製した細胞培養培地で、スキャホールドを使用しないで、培養して、脂肪由来幹細胞シートを得る工程、
(2)上記(1)で得られた脂肪由来幹細胞シートを、カルシウム濃度が1.00mmol/L〜2.00mmol/Lである骨芽細胞分化誘導培地で培養して、骨形成能を有する脂肪由来幹細胞シートを得る工程、及び
(3)上記(2)で得られた骨形成能を有する脂肪由来幹細胞シートを、カルシウム濃度が2.25mmol/L〜5.00mmol/Lである骨形成培地で培養して、脂肪由来幹細胞シート由来の骨細胞又は骨を得る工程。
9.前項1〜7のいずれか1項に記載の作製方法により作製された、脂肪由来幹細胞シート由来の骨細胞又は骨。
10.前項1〜7のいずれか1項に記載の作製方法により作製された、脂肪由来幹細胞シート由来の骨細胞若しくは骨、又は、前項8若しくは9に記載の脂肪由来幹細胞シート由来の骨細胞若しくは骨を含む骨形成用生体材料。」
【発明の効果】
【0015】
本発明の作製方法によれば、実際の骨の形状の脂肪由来幹細胞シート由来の骨(参照:図2)を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1】脂肪由来幹細胞シートが細胞培養支持体(ホルダー)に掛けてあることを示す。
図2】実施例2で作製した脂肪由来幹細胞シート由来の骨細胞又は骨の外観形状図。
図3】実施例2で作製した脂肪由来幹細胞シート由来の骨細胞又は骨のALP染色図(10倍)。
図4】実施例2で作製した脂肪由来幹細胞シート由来の骨細胞又は骨のHE染色図(左図4倍、右図10倍)。
図5】実施例2で作製した脂肪由来幹細胞シート由来の骨細胞又は骨のアリザリンレッド染色図(10倍)。
【発明を実施するための形態】
【0017】
(本発明の概要)
本発明は、骨形成能を有する脂肪由来幹細胞シートを特定のカルシウム濃度である骨形成培地で培養することにより、実際の骨の形状まで分化することができる脂肪由来幹細胞シート由来の骨細胞又は骨の作製方法、並びに該作製方法で作製された脂肪由来幹細胞シート由来の骨細胞又は骨に関する。
より詳しくは、以下の工程で得られる脂肪由来幹細胞シート由来の骨細胞又は骨である。
(1)脂肪由来幹細胞を、細胞分化誘導剤を含まずかつアスコルビン酸又はその塩を添加して調製した細胞培養培地で、スキャホールドを使用しないで、培養して、脂肪由来幹細胞シートを得る工程。
(2)上記(1)で得られた脂肪由来幹細胞シートを、カルシウム濃度が1.00mmol/L〜2.00mmol/Lである骨芽細胞分化誘導培地で培養して、骨形成能を有する脂肪由来幹細胞シートを得る工程。
(3)上記(2)で得られた骨形成能を有する脂肪由来幹細胞シートを、カルシウム濃度が2.25mmol/L〜5.00mmol/Lである骨形成培地で培養して、脂肪由来幹細胞シート由来の骨細胞又は骨を得る工程。
【0018】
本発明の脂肪由来幹細胞シート由来の骨細胞又は骨は、骨の欠損部分に直接移植することができるという利点を有する。
また、本発明の脂肪由来幹細胞シート由来の骨細胞又は骨は、その力学的強度が高いため、それ自身を単独で修復部位に移植されたときにその部位に固定できる利点を有する。
【0019】
(幹細胞)
「幹細胞(stem cell)」とは、複数系統の細胞に分化できる能力(多分化能)と、細胞分裂を経ても多分化能を維持できる能力(自己複製能)を併せ持つ細胞をいう。幹細胞は、発生の過程や組織・器官の維持において細胞を供給する役割を担っている。幹細胞には、全ての系統の細胞に分化することのできる胚性幹細胞、通常は分化系統が限定されている成体幹細胞(組織幹細胞、体性幹細胞)、胚体外組織を除く全ての系統に分化する多能性を有し、人工的に作製された人工多能性幹細胞等が知られている。
【0020】
(脂肪由来幹細胞)
「脂肪由来幹細胞(adipose-derived stem cell;ADSCs)」は、脂肪組織に存在する幹細胞である。主に間葉系幹細胞で構成され、骨髄由来の幹細胞と同様に、骨芽細胞、軟骨細胞、心筋細胞、脂肪細胞、肝細胞、血管内皮細胞及びインスリン分泌細胞等の多種類の細胞に分化することができる多能性を有する。脂肪組織は採取が容易であり、また多量の幹細胞を含むため、脂肪由来幹細胞は容易かつ大量に調製することが可能である。
【0021】
(脂肪由来幹細胞の分離及び精製)
脂肪組織からの脂肪由来幹細胞の分離及び精製は、従来報告された公知の方法を参考にして実施できる。例えば、文献Arterioscler Thromb Vasc Biol. 2009;29:1723-1729に記載の方法を用いることができる。あるいは、市販のヒト脂肪由来幹細胞(例:Invitrogen社製品)を使用することもできる。
【0022】
(脂肪由来幹細胞シート)
「脂肪由来幹細胞シート(ADSCsシート)」は、個々別々の分散状態にある脂肪由来幹細胞がシート状を形成してなる細胞構築物をいう。
「単層の脂肪由来幹細胞シート」とは、脂肪由来幹細胞が一層のシート状態を形成してなり、重層構造や三次元構造を形成していない細胞構築物をいう。
本明細書において、個々別々の分散状態にあるADSCsを単にADSCs又は分散ADSCsといい、シート状に形成してなるADSCsをADSCsシートという。
【0023】
(脂肪由来幹細胞の由来)
ADSCs及びADSCsシートは、哺乳動物の脂肪由来のものであればいずれでもよく、哺乳動物として、ヒト、サル、ブタ、ブタ、ウマ、ウシ、ウサギ、ヒツジ、ヤギ、ネコ、イヌ、モルモット等を例示できる。
好ましくは、ヒトの脂肪由来のADSCs及びADSCsシートである。
さらに、脂肪由来幹細胞シート由来の骨細胞又は骨は、骨形成用生体材料として使用される場合、同種ADSCs及び同種ADSCsシート由来であることが好ましく、自家ADSCs及び自家ADSCsシート由来であることがさらに好ましい。
同種ADSCs及び同種ADSCsシートとは、同じ動物種に由来するADSCs及びADSCsシートを意味する。
自家脂肪由来幹細胞シート由来の骨細胞又は骨とは、骨移植を受ける対象自身に由来するADSCsシート由来の脂肪由来幹細胞シート由来の骨細胞又は骨であることを意味する。
【0024】
(骨分化能)
「骨分化能」とは、骨芽細胞、骨細胞又はそれらの前駆細胞に分化する能力をいう。すなわち、骨分化誘導条件下で、骨芽細胞、骨細胞又はそれらの前駆細胞に分化する能力をいう。骨分化誘導条件は、インビボ及びインビトロのいずれの条件下であってもよい。インビトロの骨分化誘導として、デキサメタゾン、β−グリセロリン酸、及びアスコルビン酸を含む培地での培養や、BMP−4、アスコルビン酸−2−リン酸塩、デキサメタゾン及びβ−グリセロリン酸塩を含む培養培地での培養を例示できる。
【0025】
(脂肪由来幹細胞シートの作製方法)
本発明の脂肪由来幹細胞シート(特に、骨分化能を有する脂肪由来幹細胞シート)の作製方法では、細胞培養支持体を添加していない培養容器内に、細胞分化誘導剤を含まない細胞培養培地にアスコルビン酸又はその塩を添加して調製した溶液を加え、該溶液中で、脂肪由来幹細胞を培養することを特徴とする。
【0026】
細胞培養に使用する容器は、細胞培養用に一般的に使用されているものであれば特に限定されず、シャーレやフラスコなどの細胞培養容器を例示できる。接着性の細胞であれば、このような細胞培養容器の壁面に接着して増殖し、浮遊性の細胞であれば、培養溶液中に遊離の状態で増殖する。このような細胞培養容器を基体と称することがある。
【0027】
(細胞培養支持体)
「細胞培養支持体」とは、細胞の付着及び増殖、あるいは細胞による三次元構造の構築を目的として基体に被覆又は積層されたコーティング材料で形成された構造体をいう。細胞培養支持体として、高分子が架橋した三次元網目構造体であるハイドロゲルやコラーゲンマトリクス等を好ましく例示できる。
細胞培養支持体を添加していない培養容器として、例えば通常市販されているシャーレや細胞培養フラスコ等を例示できる。
【0028】
(アスコルビン酸又はその塩)
本発明に係る方法で使用するアスコルビン酸は、L−アスコルビン酸又はその誘導体、例えばL−アスコルビン酸−2−グルコシドやL−アスコルビン酸−2−リン酸等であり、好ましくはL−アスコルビン酸−2−リン酸である。
アスコルビン酸の塩とは、ナトリウム塩又はカルシウム塩等の薬理学的に許容される塩であればいずれの塩であってもよい。
アスコルビン酸−2−リン酸は、間葉系細胞のコラーゲンタンパク質分泌を増加させるが、該細胞に他の影響は何ら与えないことが報告されている。
細胞培養培地に添加されるアスコルビン酸又はその塩は、最終濃度が10μM〜800μM、好ましくは50μM〜500μM、より好ましくは100μM〜200μM、最も好ましくは約150μMになるように細胞培養培地に添加する。
【0029】
(細胞培養培地)
細胞培養培地は、ADSCsの培養に一般的に使用されている培養培地を使用することができる。例えば、ダルベッコ改変イーグル培地(Dulbecco's modified Eagle's medium;DMEM)、α−最小必須培地(alpha-Minimum Essential Media;α−MEM)を好ましく例示できるが、特に限定されない。
【0030】
(脂肪由来幹細胞の培養条件)
ADSCsの培養条件は一般的に知られている培養条件を採用することができる。
ADSCsシートの作製のためのADSCs培養日数は、3日〜15日、好ましくは4日〜13日、より好ましくは5日〜10日、さらに好ましくは7日〜10日、最も好ましくは約7日間である。
【0031】
(骨形成能を有する脂肪由来幹細胞シート)
本発明の骨形成能を有する脂肪由来幹細胞シートは、脂肪由来幹細胞シートを、骨芽細胞分化誘導培地で培養して得ることができる。
【0032】
(骨形成能を有する脂肪由来幹細胞シートの作製方法)
骨芽細胞分化誘導培地は、カルシウム濃度が1.00mmol/L〜2.00mmol/Lであり、必須成分として骨芽細胞分化誘導剤を含む。
骨芽細胞分化誘導剤とは、幹細胞や骨系列前駆細胞を、骨芽細胞に分化させ得る薬剤をいう。骨芽細胞分化誘導剤として、公知の骨芽細胞分化誘導剤をいずれも使用することができるが、デキサメタゾン、アスコルビン酸、アスコルビン酸−2−リン酸、アスコルビン酸−2−リン酸塩、β−グリセロリン酸、BMP−4、β−グリセロリン酸塩を例示することができる。
インビトロにおける骨芽細胞分化誘導は、骨芽細胞分化誘導剤を加えた培養培地中で、幹細胞や骨系列前駆細胞を、培養することにより実施できる。骨芽細胞分化誘導剤を加える培養培地は、一般的に使用されている培地であればいずれも使用できるが、DMEM、α−MEMを好ましく例示することができる。
培養条件は、骨芽細胞分化誘導剤を含む細胞培養培地中で、本発明に係る作製方法で作製された脂肪幹細胞シートを培養し、該シート中での骨芽細胞の分化誘導を検出することにより適宜変更して設定することができる。
骨芽細胞の分化誘導の検出は、公知方法、例えばALP染色(ALP staining)やアリザリンレッド染色、あるいはALP活性の測定により実施することができる。
【0033】
(脂肪由来幹細胞シート由来の骨細胞又は骨)
本発明の脂肪由来幹細胞シート由来の骨細胞又は骨は、骨形成能を有する脂肪由来幹細胞シートを、カルシウム濃度が2.25mmol/L〜5.00mmol/Lである骨形成培地で培養して得ることができる。
本発明の脂肪由来幹細胞シート由来の骨細胞又は骨は、図2に記載のように、実際の骨のような形状や硬さまで分化された状態を意味する。
【0034】
(脂肪由来幹細胞シート由来の骨細胞又は骨の作製方法)
骨形成培地とは、骨形成能を有する脂肪由来幹細胞シートを骨細胞又は骨に分化させ得る培地を意味する。骨形成培地は、公知の培地{α−MEM、DMEM培地等}に、好ましくは、デキサメタゾン、β−グリセロリン酸、アスコルビン酸、BMP−4、アスコルビン酸−2−リン酸、アスコルビン酸−2−リン酸塩、β−グリセロリン酸塩、及び/又は、プロピオン酸カルシウムを含む。
なお、骨形成培地中のカルシウム濃度は、2.25mmol/L〜5.00mmol/L、好ましくは2.40mmol/L〜3.00mmol/Lである。なお、公知の培地を使用する場合において、培地のカルシウム濃度を調整するために、好ましくは、プロピオン酸カルシウムを使用する。
【0035】
培養条件は、骨形成能を有する脂肪由来幹細胞シートを骨形成培地で培養し、該シート中での骨細胞又は骨の分化誘導を検出することにより適宜変更して設定することができる。
培養時間は、特に限定されないが、1日〜十数か月である。
培養温度は、特に限定されないが、室温でも十分に分化誘導することできるが、好ましくは約37℃である。
骨細胞又は骨の分化誘導の検出は、公知方法、例えばALP染色、HE染色やアリザリンレッド染色、あるいはALP活性の測定により実施することができる。
【0036】
(骨形成用生体材料)
骨形成用生体材料とは、骨移植、骨再生及び骨再建のために使用する材料をいう。
本発明の骨形成用生体材料は、本発明の作製方法により作製された脂肪由来幹細胞シート由来の骨細胞若しくは骨を含む。特に、本発明の骨形成用生体材料では、該骨細胞若しくは骨が力学的強度を有し、かつ自身単独で骨修復部位に移植して固定されるので、スキャホールドを必要としないことが特徴である。
【0037】
以下、実施例を示して本発明をより具体的に説明するが、本発明は以下に示す実施例によって何ら限定されるものではない。
【実施例1】
【0038】
(脂肪由来幹細胞シートの作製方法)
以下の方法により、脂肪由来幹細胞シートを作成した。詳細は、以下の通りである。
【0039】
(脂肪由来幹細胞の作製)
ヒト脂肪由来幹細胞は、Life Technologies社より購入した。ADSCsの細胞表面タンパク質の特徴は、フローサイトメトリーにより解析しており、CD29、CD44、CD73、CD90、CD105及びCD166陽性であり、CD14、CD31、CD45及びLin1陰性である。
凍結保存されていたhADSCsを融解した後、10%牛胎仔血清(FBS)(NICHIREI BIOSCIENCES社)及び1%ペニシリン−ストレプトマイシン溶液(P/S)(Wako Pure Chemical Industries社)を加えたDMEM(Wako Pure Chemical Industries, Ltd社)にけん濁し、37℃で1日間インキュベーションした。
前記1日間のインキュベーション後、活性化したhADSCsの形態が円形から紡錘形に変化することが、光学顕微鏡により観察した。これらの形態の変化は、細胞からのコラーゲン線維性タンパク質の分泌によるものであり、コラーゲン線維性タンパク質を分泌した細胞はシャーレの底に接着した。
シャーレは予備加温したリン酸緩衝生理食塩水(PBS)(Wako Pure Chemical Industries, Ltd.)で静かに3回すすぎ、非接着細胞を除去した。残っているhADSCsを10%FBS及び1%P/Sを加えたDMEM中で培養し、そしてそれらがシャーレの面積の90%を覆うように増殖するまで継代培養した。継代3代目のhADSCsを以下で使用した。
【0040】
(脂肪由来幹細胞シートの作製)
継代3代目のhADSCsを、10cmシャーレに1×10細胞/シャーレで播種し、10%FBS及び1%P/Sを添加したDMEM中でオーバーコンフルエントになるまで培養し(約1週間)、hADSCsシートを作製した。
作製培地は、10%FBS、50μMアスコルビン酸−2−リン酸塩、1%P/Sを含むものである。培地は1週間の間、3日毎に交換した。
【実施例2】
【0041】
(骨形成能を有する脂肪由来幹細胞シートの作製)
実施例1で作製した脂肪由来幹細胞シートを骨芽細胞分化誘導培地で培養し、骨形成能を有する脂肪由来幹細胞シートの作製を行った。詳細は、以下の通りである。
【0042】
(骨形成能を有する脂肪由来幹細胞シートの作製)
実施例1で作製した脂肪由来幹細胞シートを、骨芽細胞分化誘導培地(10%FBS、0.1μMデキサメタゾン、150μMアスコルビン酸−2−リン酸塩、10mMβ−グリセロリン酸塩及び1%P/Sを含むα−MEM培地)で、約37℃で約1週間培養して、骨形成能を有する脂肪由来幹細胞シートを作製した。
【実施例3】
【0043】
(脂肪由来幹細胞シート由来の骨細胞又は骨の作製)
実施例2で作製した骨形成能を有する脂肪由来幹細胞シートを骨形成培地で培養し、脂肪由来幹細胞シート由来の骨細胞又は骨の作製を行った。詳細は、以下の通りである。
【0044】
(骨芽細胞又は骨細胞の作製)
実施例2で作製した骨形成能を有する脂肪由来幹細胞シートを細胞培養支持体(ホルダー:参照:図1)に掛けて、骨形成培地で、約37℃で約15週間培養した。
骨形成培地は、10%FBS、0.1μMデキサメタゾン、50μMアスコルビン酸−2−リン酸塩、10mMβ−グリセロリン酸塩及び1%P/Sをα−MEM培地に添加し、さらに、プロピオン酸カルシウムを添加して、該培地中のカルシウム濃度を2.5mmol/Lに調整して得た。
【実施例4】
【0045】
(骨分化能を有する脂肪由来幹細胞シートが骨細胞又は骨への分化の確認)
実施例3で作製した脂肪由来幹細胞シート由来の骨細胞又は骨の特性を確認した。詳細は、以下の通りである。
【0046】
(外観形状の確認)
実施例3で作製した脂肪由来幹細胞シート由来の骨細胞又は骨は、図2で示すように、骨の形状まで分化していることを確認した。
【0047】
(カルシウム含有量の確認)
実施例3で作製した脂肪由来幹細胞シート由来の骨細胞又は骨の一部を自体公知の方法により3日間の脱灰をした。そして、脱灰前の質量と脱灰後の質量を比較した。脱灰前の質量が0.0032gであり、脱灰後の質量が0.0015gであったことにより、実施例3で作製した脂肪由来幹細胞シート由来の骨細胞又は骨の成分の53%以上がカルシウムに相当することを確認した。一般的な骨に含まれているカルシウム含有量を考慮すれば、本発明の脂肪由来幹細胞シート由来の骨細胞又は骨の強度は、十分にあることを確認した。
【0048】
(各染色による骨形成の確認)
自体公知の染色方法により、実施例2で作製した本発明の脂肪由来幹細胞シート由来の骨細胞又は骨を1日脱灰した後に染色した。
図3から明らかなように、ALP染色により、骨に分化していることを確認した。
図4から明らかなように、HE染色により、骨に分化していることを確認した。
図5から明らかなように、アリザリンレッド染色により、骨に分化していることを確認した。
【0049】
(総論)
本発明の骨細胞又は骨の作製方法で得られた脂肪由来幹細胞シート由来の骨細胞又は骨は、実施例3で示すように、骨まで十分に分化していることを確認した。脂肪由来幹細胞がこのような形状や強度の骨まで分化できることは報告されておらず、本発明により初めて成し得ることができた。
【産業上の利用可能性】
【0050】
本発明によれば、実際の骨の形状まで分化することができる脂肪由来幹細胞シート由来の骨細胞又は骨の作製方法を提供することができる。
図1
図2
図3
図4
図5