(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記ステータには、前記磁路の断面積が他の部位よりも狭くなるように形成された幅狭部が設けられ、該幅狭部の少なくとも一部に前記Cr拡散領域が形成されていることを特徴とする請求項1または請求項2に記載のステッピングモータ。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、従来の技術では、以下のような点で課題が残されている。
上述のロータ用貫通孔周りの2か所に幅狭部を形成した一体型のステータの場合、ロータの駆動原理として、まず幅狭部を磁束飽和させてステータを磁気的に分割し2つの磁極片とした後に、ロータへ漏洩磁束が流れロータが回転する。つまり、電流供給時のコイルから発せられる磁束が幅狭部で消費されてしまう(幅狭部の磁束飽和のために電力が消費されてしまう)ため、幅狭部への磁束損失が生じる問題があった。
【0009】
また、幅狭部が存在することで、ロータ自体からの磁束についても幅狭部で消費されることとなるため、磁気ポテンシャルのピークが得られにくくなり、ロータを磁気的に停止・保持させるための保持力が低下してしまう。その結果、ロータを位置決め部に対応する位置に停止させる動作が不安定となったり、さらには、ロータが180度を超えて回転(脱調)してしまうおそれもある。
【0010】
また、特許文献1に記載の技術では、機械加工によりステータを2分割し、その後溶接にて接合するため、機械的なストレスや溶接過程により歪みや部材の位置ずれが生じやすい。そのため、ロータとステータ間の距離に誤差が生じる問題がある。そのためロータの停止位置のずれや、回転精度の劣化などの不具合が生じやすい問題があった。
また、ステータの外形形状に歪みが生じると、ステータの平坦度が低下し、コイルとステータとの接触面積の減少や、ロータとステータの相互位置のずれが生じやすくなる。その結果、磁気的な効率が低下したり、組立工程にステータが破損してしまうおそれがあり、製品品質の低下を招くおそれがある。
【0011】
そこで、本発明は、このような事情に鑑みてなされたものであり、消費電力の低減(省電力化)と、高保持力によるロータの回転駆動の安定性を向上させることが可能なステッピングモータ、時計用ムーブメント、時
計の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは上記課題を解決すべく鋭意検討した結果、ロータ用貫通孔の周囲に設けられた磁路の一部に、非磁性材料であるCrの溶融凝固部からなるCr拡散領域を形成して当該領域の透磁率を低減させることで、消費電力を低減させ、かかる保持力を向上させうることを見出した。
当該知見によって得られた本発明の要旨は以下の通りである。
【0013】
[1]一体のFe−Ni合金により成形されており、ロータ用貫通孔が設けられており、かつ前記ロータ用貫通孔の周囲に磁路が設けられたステータと、前記ロータ用貫通孔内に回転可能に配設されたロータと、前記ステータに設けられたコイルと、を備えたステッピングモータであって、前記磁路の一部にCrの溶融凝固部からなるCr拡散領域が形成されてい
て、前記Cr拡散領域は、前記Cr拡散領域の形成時にレーザが照射された照射方向において形成され、前記レーザが照射された照射側より前記照射側と対向する側には形成されていない、ことを特徴とするステッピングモータ。
[2]前記Cr拡散領域は、前記Cr拡散領域の形成時にレーザが照射された照射方向において、前記Crの重量比が高い領域の径が、前記レーザが照射された照射側より前記照射側と対向する側の方が小さい、ことを特徴とする上記[1]に記載のステッピングモータ。
【0014】
上記[1]
または[2]に記載のステッピングモータによれば、ロータ用貫通孔の周囲に設けられた磁路の一部に、Crが溶融されることにより拡散されてオーステナイト単相となる非磁性領域が形成されているため、当該領域の透磁率を低減させることができる。その結果、当該領域で消費される磁束が大幅に低減されることからロータを駆動させる漏洩磁束を効率よく確保でき、省電力化を図ることが可能になる。
また、上記[1]
または[2]に記載のステッピングモータによれば、Cr拡散領域の低透磁率化により、ロータ自体から発せられる磁束についても当該領域での消費が抑制され、磁気ポテンシャルの損失を防止することができるため、ロータを磁気的に停止・保持させるための保持力を高めることができ、ロータの回転駆動の安定性を向上させることができる。
また、従来の一体型ステータでは一方の極性でロータを回転させた後に他方の極性でロータを回転させる必要があり、この場合は幅狭部の残留磁束を打消し、かつ幅狭部を磁束飽和させてステータを磁気的に分割し2つの磁極片とさせる必要がある。特に高速運針を行う場合では、短い期間に残留磁束の打消しを含めたロータの回転を終える必要があるが、上記[1]
または[2]に記載のステッピングモータによれば、当該領域の残留磁束が大幅に低減されることで、残留磁束打消しに要していた時間を短縮させることができるため、駆動周波数を上げることができる。
さらに、上記[1]
または[2]に記載のステッピングモータによれば、ステータは構造として一体として形成されるため、従来の二体型ステータを製造する際に懸念されていた機械的なストレスや溶接・接合過程による歪みや部材の位置ずれの発生を回避することができ、磁気的な効率の低下やステータの破損、製品品質の低下を防止することができる。
またさらに、上記[1]
または[2]に記載のステッピングモータによれば、ステータは一体として形成されるため、機械的なストレスが集中しやすい溶接部や接合部がなく、強度の劣化を防止できる。
【0015】
[
3]前記ステータには、前記磁路の断面積が他の部位よりも狭くなるように形成された幅狭部が設けられ、該幅狭部の少なくとも一部に前記Cr拡散領域が形成されていることを特徴とする上記[1]
または[2]に記載のステッピングモータ。
【0016】
上記[
3]に記載の発明によれば、ロータ用貫通孔の周囲に設けられた磁路の一部に幅狭部が設けられ、当該幅狭部の少なくとも一部に前記Cr拡散領域が形成されているため、ロータを駆動させる漏洩磁束をより効率よく確保でき、消費電力の大幅な低減が可能になる。
【0017】
[
4]前記溶融凝固部は、前記幅狭部を含み、前記ロータの安定位置確保のためのロータ用貫通孔に設けられる切り欠き部に干渉しない部分に設けられることを特徴とする上記[
3]に記載のステッピングモータ。
【0018】
上記[
4]に記載の発明によれば、溶融凝固部はロータの回転制御における安定位置を確保する機能を妨げることがない。
【0019】
[
5]前記Cr拡散領域には、Crが15質量%以上かつ80質量%以下含有されていることを特徴とする上記[1]〜[
4]の何れか一項に記載のステッピングモータ。
【0020】
上記[
5]に記載の発明によれば、前記Cr拡散領域の透磁率を大幅に低減させることができる。
【0021】
[
6]前記Cr拡散領域には、Crが18質量%以上かつ55質量%以下含有されていることを特徴とする上記[
5]に記載のステッピングモータ。
【0022】
上記[
6]に記載の発明によれば、前記Cr拡散領域の透磁率を大幅に低減させることができる。
【0023】
[
7]上記[1]〜[
6]の何れか一項に記載のステッピングモータと、前記ステッピングモータにより回転することで時刻を表示する針と、を備えたことを特徴とする時計用ムーブメント。
【0024】
[
8]上記[
7]に記載の時計用ムーブメントを備えたことを特徴とする時計。
【0025】
上記[
7]および[
8]に記載の発明によれば、省電力化と高保持力を兼ね備えたステッピングモータを備えることにより、磁気特性に優れた時計用ムーブメントならびに時計を提供できる。
【発明の効果】
【0033】
本発明によれば、消費電力の低減(省電力化)と、高保持力によるロータの回転駆動の安定性を向上させることが可能なステッピングモータ、時計用ムーブメント、時計、ステッピングモータの製造方法を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0035】
以下、図面を参照しながら、本発明の実施形態に係るステッピングモータ、時計用ムーブメント、時計、ならびにステッピングモータの製造方法について説明する。
尚、以下に示す図面は、本発明の実施形態に係るステッピングモータの構成を説明するためのものであり、図示される各部の大きさや厚さや寸法等は、実際のステッピングモータの寸法関係等とは異なる場合がある。
【0036】
図1は、本発明の実施形態に係るステッピングモータ、時計用ムーブメントを用いた時計を示すブロック図である。本実施形態では、時計の一例としてアナログ電子時計を例示し説明することとする。
【0037】
図1において、アナログ電子時計は、所定周波数の信号を発生する発振回路101、発振回路101で発生した信号を分周して計時の基準となる時計信号を発生する分周回路102、アナログ電子時計を構成する各電子回路要素の制御や駆動パルスの変更制御等の制御を行う制御回路103、制御回路103からの制御信号に基づいてモータ回転駆動用の駆動パルスを選択し出力する駆動パルス選択回路(駆動手段)104、駆動パルス選択回路104からの駆動パルスによって回転駆動されるステッピングモータ105、ステッピングモータ105が発生する検出信号を検出する検出手段としての回転検出回路111、ステッピングモータ105によって回転駆動される輪列(不図示)、当該輪列によって回転駆動され、時刻を表示するための時刻針(
図1の例では時針107、分針108、秒針109の3種類)や日にち表示用のカレンダ表示部110を有するアナログ表示部106を備えている。
本実施形態におけるステッピングモータ駆動装置は、ステッピングモータ105、装置制御回路103、駆動パルス選択回路104及び回転検出回路111により構成されている。
【0038】
また、アナログ電子時計は時計ケース113を備えており、時計ケース113の外面側にアナログ表示部106が配設され、また時計ケース113の内部には時計用ムーブメント(ムーブメント)114が配設されている。
【0039】
発振回路101、分周回路102、制御回路103、駆動パルス選択回路104、ステッピングモータ105、回転検出回路111はムーブメント114の構成要素である。
一般に、時計の動力源、時間基準などの装置からなる時計の機械体をムーブメントと称する。電子式のものをモジュールと呼ぶことがある。時計としての完成状態では、ムーブメントには文字板、針が取り付けられ、時計ケースの中に収容される。
ここで、発振回路101及び分周回路102は信号発生部を構成し、アナログ表示部106は時刻表示部を構成している。回転検出回路111及び負荷検出回路112は回転検出部を構成している。制御回路103及び駆動パルス選択回路104は制御部を構成している。また、発振回路101、分周回路102、制御回路103、駆動パルス選択回路104、回転検出回路111及び負荷検出回路112はステッピングモータ制御回路を構成している。
【0040】
次に、本実施形態に係るステッピングモータ105について詳述する。
図2は、本実施形態に係るステッピングモータ105の正面模式図である。
【0041】
図2において、ステッピングモータ105は、Fe−Ni合金板から機械加工を経て一体として成形され、ロータ用貫通孔203が設けられ、かつロータ用貫通孔203の周囲に磁路Rが設けられたステータ201と、ロータ用貫通孔203内に回転可能に配設された2極のロータ202と、ステータ201と接合された磁心208、磁心208に巻回されたコイル209を備えている。また本実施形態に係るステッピングモータ105は、磁路Rの一部にCrの溶融凝固部からなるCr拡散領域210、211が形成されていることを特徴とする。
【0042】
ステッピングモータ105をアナログ電子時計に用いる場合には、ステータ201及び磁心208はネジ(図示せず)によって地板(図示せず)に固定され、互いに接合される。コイル209は、第1端子OUT1、第2端子OUT2を有している。
【0043】
ロータ収容用貫通孔203は、輪郭が円形とされた貫通孔の対向部分に複数(
図2の例では2つ)の半月状の切り欠き部(内ノッチ)204、205を一体形成した円孔形状に構成されている。これら切り欠き部204、205は、ロータ202の停止位置を決めるための位置決め部として構成されている。例えば、切り欠き部(内ノッチ)204は、ロータが所定位置になると、そのポテンシャルエネルギーが低くなり、ロータの位置を安定させる作用をもたらす。
【0044】
ロータ202は、2極(S極及びN極)に着磁されている。
コイル209が励磁されていない状態では、ロータ202は、
図2に示すように前記位置決め部に対応する位置、換言すれば、ロータ202の磁極軸Aが、切り欠き部204、205を結ぶ線分と直交するような位置(角度θ0位置)に安定して停止している。
【0045】
ロータ用貫通孔203の周囲に設けられた磁路Rの一部(
図2の例では2箇所)に、非磁性材料であるCrの溶融凝固部からなるCr拡散領域210、211が形成されている。ここで、ステータ201の幅狭部の断面の幅を断面幅tとし、磁路に沿った方向の幅をギャップ幅wとする。溶融凝固部210,211は、断面幅tとギャップ幅wとにより画定された領域に形成されている。なお、後述する溶融凝固部の作製方法に起因して、ギャップ幅wは断面幅tと同等かそれ以上の大きさ(w≧t)として形成される。また、溶融凝固部210,211は、ロータ202の回転制御における安定位置を確保する機能を妨げないように、切り欠き部(内ノッチ)204に干渉しない程度までの領域に形成される。なお、断面幅tは、後述する溶融凝固部の作製方法において、ステータ母材に塗布、めっき等されるCrを含まない大きさの幅として定義する。ギャップ幅wは、塗布、めっき等されるCrがステータ母材に接触する面における大きさの幅として定義する。
【0046】
ここで、本実施形態に係るステッピングモータ105の動作を説明する。
まず駆動パルス選択回路104から駆動パルスをコイル209の端子OUT1、OUT2間に供給して(例えば、第1端子OUT1側を正極、第2端子OUT2側を負極)、
図2の矢印方向に電流iを流すと、ステータ201には破線矢印方向に磁束が発生する。
【0047】
本実施形態では、従来では「幅狭部」とされていた箇所に、低透磁率領域であるCr拡散領域210、211が形成されており、当該領域の磁気抵抗は増大している。そのため、従来の「幅狭部」に相当する領域(Cr拡散領域210、211)を磁気飽和させる必要がなく、容易に漏洩磁束を確保でき、その後、ステータ201に生じた磁極とロータ202の磁極との相互作用によって、ロータ202は
図2の矢印方向に180度回転し、磁極軸が角度θ1位置で安定的に停止する。
尚、ステッピングモータ105を回転駆動することによって通常動作(本発明の各実施の形態はアナログ電子時計であるため運針動作)を行わせるための回転方向(
図2では反時計回り方向)を正方向とし、その逆(時計回り方向)を逆方向としている。
【0048】
次に、駆動パルス選択回路104から、逆極性の駆動パルスをコイル209の端子OUT1、OUT2に供給して(前記駆動とは逆極性となるように、第1端子OUT1側を負極、第2端子OUT2側を正極)、
図2の反矢印方向に電流を流すと、ステータ201には反破線矢印方向に磁束が発生する。
その後、前述と同様に、低透磁率領域であるCr拡散領域210、211が形成されていることから、容易に漏洩磁束を確保でき、ステータ201に生じた磁極とロータ202の磁極との相互作用によって、ロータ202は前記と同一方向(正方向)に180度回転し、磁極軸が角度θ0位置で安定的に停止する。
【0049】
以後、このように、コイル209に対して極性の異なる信号(交番信号)を供給することによって、前記動作が繰り返し行われて、ロータ202を180度ずつ矢印方向に連続的に回転させることができる。
【0050】
このように、ロータ収容用貫通孔203の周囲の磁路の一部に低透磁率領域であるCr拡散領域210、211が形成されているため、当該領域で消費される磁束が大幅に低減でき、ロータ202を駆動させる漏洩磁束を効率よく確保できる。
また、従来では「幅狭部」とされていた箇所にCr拡散領域210、211を形成して低透磁率化させることにより、ロータ202自体から発せられる磁束についても当該領域での消費が抑制される。その結果、磁気ポテンシャルの損失を防止することができ、ロータを磁気的に停止・保持させるための保持力を高めることができる。
また、従来では「幅狭部」とされていた箇所にOUT1側(負極)の磁束で飽和させて回転させた後、OUT2側(正極)で回転させるにはOUT1側(負極)の際に生じた残留磁束を打ち消す必要があったが、当該領域での残留磁束が大幅に低減されているため、残留磁束打ち消しに要する時間が不要となり回転を収束させるまでの時間が短縮できる。そのため、高速運針を行う際の動作安定性を維持することができ、駆動周波数を上げることができる。
【0051】
Cr拡散領域210、211はレーザを用いて溶融拡散させることで形成することができるが、レーザ照射にて当該領域に加えられる熱量により溶融拡散範囲が拡大することでCrの拡散量は変化し、出力が大きければ大きいほど形成されるCr拡散領域210、211は増大する。
【0052】
図3(a)に、縦軸をコイル209の電流値(mA)、横軸を時間(msec)とし、レーザ照射の出力条件(グラフ中のカッコ内に表記)を変化させた、つまりCr拡散領域210、211の体積を変化させた際の、コイルの電流値の経時変化の表すグラフを示す。本グラフはロータの磁石から生じる磁束の影響を除きコイルから発生した磁束のみで飽和状態を確認するため、ロータを外すことで得たグラフである。
なお、本実施形態の比較例として、Crを溶融させて、拡散させず従来の「幅狭部」を形成させた例(グラフ中の「レーザなし」、
図3(b)参照)と、従来の「幅狭部」を切断加工し、ステータを2分割した例(グラフ中の「分離型」、
図3(c)参照)をあわせて示す。
【0053】
図3(a)に示すように、「分離型」の電流波形は、コイルに駆動パルスをかけた際の電流値の立ち上がりが急峻となっている。一方、「レーザなし」の場合の電流波形は、立ち上がりが緩やかとなっており、「幅狭部」を磁気飽和させるために電力を消費していることが分かる。
Cr拡散領域210、211を形成した例(サンプル♯1〜♯6)の電流波形を見ると、レーザの出力強度(熱量)を高めるにしたがい「分離型」の電流波形側にシフトしている。つまり、局所的に熱を加えることで、溶融凝固部の範囲が拡大し、Cr拡散領域210、211を増大させるにしたがい「分離型」の磁気特性に近づく傾向にあることが分かる。サンプル#1が印加熱量0.4J(出力強度1kW)によるもの、サンプル#2が印加熱量0.6J(出力強度1.5kW)によるもの、サンプル#3が印加熱量0.8J(出力強度2.5kW)によるもの、サンプル#4が印加熱量1.0J(出力強度2.5kW)によるもの、サンプル#5が印加熱量1.2J(出力強度3kW)によるもの、サンプル#6が印加熱量1.4J(出力強度3.5kW)によるものである。なお、レーザ出力強度は熱源の出力電力(kW)であり、これに印加時間や絞り等を考慮することで、印加熱量(J)が決定される。
以上のことから、「幅狭部」に相当する領域にCr拡散領域210、211を形成することで、「幅狭部」を有する従来のステッピングモータにおいて「幅狭部」を磁気飽和させるために要した消費電力(
図3(a)のグラフ中を塗りつぶした面積)を低減できる(省電力化)ことが分かる。
【0054】
図4(a)、(b)に、Cr拡散領域210、211の形成領域近傍の拡大模式図を示す。
Cr拡散領域210、211は、
図4(a)に示すように、従来「幅狭部」とされた領域、つまり、ロータ収容用貫通孔203の端部からステータ201の端部までの領域全体にわたって形成されてもよく、
図4(b)に示すように、その領域の一部に形成されていてもよい。
ロータ202を駆動させる漏洩磁束をより効率よく確保する(前述の消費電力をより低減させる)観点からは、
図4(a)に示すようにロータ収容用貫通孔203の端部からステータ201の端部までの領域全体にわたってCr拡散領域210、211を形成することが望ましいが、
図3(a)のグラフで示したとおり、Cr拡散領域210、211が小さい場合や、Cr拡散領域210、211の形成領域が従来「幅狭部」とされた領域中の一部だけとされても、前述の効果は享受できる。
【0055】
図5に、横軸をロータ202の磁極軸の角度(deg)、縦軸を磁気ポテンシャル(単位は任意)とし、
図3(a)で示した「レーザなし」と「♯6」の2つ例におけるトルクの変化を示す。
磁気ポテンシャルが最も低い角度が静止位置となり、最も高い角度はロータが回転するにあたり越えなければならないピークになる。最も高い角度と最も低い角度のピーク差はロータが保有している保持力を示し、ムーブメントの保持トルクに相当することを示す。
本実施形態のステッピングモータ105は静止位置が45°になるように切り欠き部204、205を備えているため、45°が最も磁気ポテンシャルが低い。これに対して135°が最も磁気ポテンシャルが高く、ロータ202はこの角度を越えられなければ静止位置である45°に逆転してしまい、時計の運針に必要な回転力を得られないことになる。
図5より、本実施形態にかかる#6の例について、従来の「レーザなし」よりも、磁気ポテンシャルのピーク差が高いことが確認でき、保持トルクが高いことを示している。
なお、#6の例の場合、幅狭部が非磁性領域となることで、「レーザなし」とは磁束の挙動が変化する。つまり、Cr拡散領域の位置や形状等により、「♯6」と「レーザなし」とは、
図5で示すグラフにおいてはそれぞれ僅かに異なる挙動(磁気ポテンシャルがピークを示す角度がずれる)を示すが、本明細書においては、「♯6」と「レーザなし」との間において、前述の「ピーク差」すなわちムーブメントの保持トルクの変化を観察しやすいように、両者の各ピークが生じる角度を合致させるよう表記している。
【0056】
なお、本実施形態に係るステッピングモータ105において、
図6に示すように、磁路Rの断面積が他の部位よりも狭くなるように形成された幅狭部213、214が設けられてもよい。この幅狭部213,214は、従来の「幅狭部」と異なり、Cr拡散領域210、211に形成されている。幅狭部213、214を備える場合、Cr拡散領域210、211は幅狭部213、214の少なくとも一部に形成される。
【0057】
幅狭部213、214は、ステータ201の外端部、かつロータ収容用貫通孔203を挟んで対向する位置に切り欠き部(外ノッチ)206、207を形成することにより、構成される。つまり、各外ノッチ206、207とロータ収容用貫通孔203間に幅狭部213、214が形成される。
【0058】
幅狭部213、214を備えることにより、ロータを駆動させる漏洩磁束をより効率よく確保でき、消費電力の大幅な低減が可能になる。
【0059】
また、本実施形態に係るステッピングモータ105において、Cr拡散領域210、211のCr濃度は、Fe−Ni合金板からなるステータ201中のCr濃度よりも高くなるよう構成されている。これにより、Cr拡散領域210、211の透磁率を低減させることができる。Cr拡散領域210、211の低透磁率化の観点から、Cr拡散領域210、211のCr濃度は15質量%以上かつ80質量%以下とすることが望ましい。
【0060】
また、本実施形態に係るステッピングモータ105において、ステータ201はFe−Ni合金より構成されるが、透磁率の大きいFe−Ni合金を用いることが好ましい。例えば、Fe−38%Ni−8%Cr(いわゆる38パーマロイ)を例示できる。
図14の状態図より、Fe−38%Ni−8%Crのキュリー温度は500K以上であるが(点X)、Crが15質量%以上では、キュリー温度が300Kとなって常温でオーステナイト相となる(点X’)。つまり、ステッピングモータ105の駆動が要求される常温付近においては、Crが15質量%以上でステータ201の非磁性状態を確保できる。なお、
図14はTernary alloys Between Fe、Co or Ni and Ti、V、Cr or Mn (Landolt−Bornstein new Series III/32A)188項から引用した状態図である。
【0061】
以上、
図2に示すような、1ステータ−1コイルからなる2極ステータを例に挙げて本実施形態に係るステッピングモータ105を説明してきたが、本実施形態の他の形態として、1ステータ−2コイルからなる3極ステータを備えたステッピングモータに対しても、本発明を適用できる。
【0062】
3極ステータを備えたステッピングモータは、ロータの回転方向を制御しながら安定動作させることで知られている。
ここで、2極ステータ方式にて逆転駆動を実現させる場合、逆方向にロータを回転させるために、逆転パルス出力前にロータを所定の位置まで誘導するパルスが必要となり、励磁区間が正方向の場合よりより2〜3倍以上となる。そのため、正方向の回転と逆方向の回転とで設定できる周波数に差があるため、逆方向の回転が遅いという欠点があった。しかし、3極ステータとすることで、回転方向を決定するパルス供給後、回転を行うため、正方向の回転と逆方向の回転とで同じパルス形態及び周波数で運針できるというメリットがある。
【0063】
しかしながら、3極ステータは副磁極を有しているため、2極ステータよりも保持力が低い傾向がある。
また、1回転の中で複数回パルスの極性の切り替えが生じるため、従来「幅狭部」とされている領域に生じた残留磁束を打ち消しながら回転させないといけないという安定動作上の課題もある。
そこで、上述してきた2極ステータの場合と同様に、ロータ用貫通孔の周囲の磁路の少なくとも一部、このもしくは従来「幅狭部」とされている領域の少なくとも一部に、Cr拡散領域を形成して、低透磁率化を図ることで、高速運針時の安定性向上し、更なる高速運針が実現できる。
【0064】
本発明に係るステッピングモータによれば、ロータ用貫通孔の周囲に設けられた磁路の一部にCr拡散領域が形成されているため、当該領域の透磁率を大幅に低減できる。その結果、当該領域で消費される磁束が大幅に低減されることからロータを駆動させる漏洩磁束を効率よく確保でき、省電力化を図ることが可能になる。
【0065】
また、本発明に係るステッピングモータによれば、Cr拡散領域の低透磁率化により、ロータ自体から発せられる磁束についても当該領域での消費が抑制され、磁気ポテンシャルの損失を防止することができる。そのため、ロータを磁気的に停止・保持させるための保持力を高めることができ、ロータの回転駆動の安定性を向上させることができる。特に、高速運針を行う場合では、当該領域での残留磁束打ち消しに必要な時間を短縮させることができ、駆動周波数を上げることができる。
【0066】
さらに、本発明に係るステッピングモータによれば、ステータは一体として形成されるため、従来の二体型ステータを製造する際に懸念されていた機械的なストレスや溶接・接合過程による歪みや部材の位置ずれの発生を回避することができ、磁気的な効率の低下やステータの破損、製品品質の低下を防止することができる。その上、機械的なストレスが集中しやすい溶接部や接合部が形成されることがないため、強度の劣化を防止できる。
【0067】
なお、本発明に係るステッピングモータは、ステッピングモータを使用する各種電子機器に適用可能であるが、特に、時計用ムーブメントとして好適であり、磁気特性に優れた時計用ムーブメントを提供できる。
また当該時計用ムーブメントを備えた時計についても磁気特性の向上を図ることが可能であり、例えば、カレンダ機能付きアナログ電子腕時計、クロノグラフ時計をはじめ、各種のアナログ電子時計に適用可能である。
【0068】
次に、上述してきたステッピングモータ105の製造方法について説明する。
本実施形態に係るステッピングモータ105の製造方法は、Fe−Ni合金板に対して機械加工を行って、ロータ用貫通孔203とロータ用貫通孔203の周囲に配置された磁路Rとを有するステータ素材201aを形成する工程と、ステータ素材201aの少なくとも一部に拡散用のCr材を配置する工程と、Cr材にレーザを照射して磁路Rの内部にCr材を溶融させてCr拡散領域210、211を形成する工程と、を備えることを特徴とする。
以下、本実施形態に係る製造方法における各条件について説明する。
【0069】
まず、Fe−Ni合金板に対して打ち抜き加工等の機械加工を行って、ロータ用貫通孔203とロータ用貫通孔203の周囲に配置された磁路Rとを有するステータ素材を形成する。切り欠き部(内ノッチ)204、205についてもこの工程で併せて形成することができる。
また、切り欠き部(外ノッチ)206、207を形成して幅狭部213、214を設ける場合(
図6参照)は、この工程で併せて形成するとよい。
【0070】
ステータ素材201aは透磁率の大きいFe−Ni合金を用いることが好ましい。例えば、Fe−38%Ni−8%Cr(いわゆる38パーマロイ)を例示できる。
【0071】
次に、ステータ素材201aの少なくとも一部に溶融拡散用のCr材を配置し、当該Cr材にレーザを照射して磁路Rの内部にCr材を溶融拡散させてCr拡散領域210、211を形成する。
具体的には、例えば、粉末状の金属クロムが含まれるペーストを前記磁路の少なくとも一部に塗布して当該ペーストにレーザを照射して溶融拡散させてもよい。または予め、ステータ素材201aの表面にクロムめっき層を形成しておき、当該クロムめっき層のうち、磁路Rの少なくとも一部に形成されたクロムめっき層にレーザを照射して溶融拡散させてもよい。めっきの場合は、ステータ母材を覆う状態の実現性等を考慮して、Crの質量比率として80%を超えることはない。または、前述のペーストではなく粉末であってもよい。
なお、幅狭部213、214を設ける場合(
図6参照)は、
図7(a)、(b)に示すように、切り欠き部(外ノッチ)206、207に前述のペーストやクロムめっき層を形成してよい。
【0072】
Cr材を溶融することにより、拡散させる際のレーザ照射の条件には特に限定せず、所望のCr拡散領域となるよう適宜調整してよい。
【0073】
次に、Cr拡散領域210、211を形成してステータ201を得た後、ロータ用貫通孔203内にロータ202を配設するとともに、ステータ201と任意の固定手段によって磁心208を固定し、この磁心208にコイル209を巻回させることで、ステッピングモータ105を製造することができる。
なお、ステッピングモータ105をアナログ電子時計に用いる場合には、ステータ201及び磁心208はネジ(図示せず)によって地板(図示せず)に固定する。
【0074】
以上説明した製造方法により、本実施形態に係るステッピングモータ105を製造することができる。
【0075】
ここで、Cr拡散領域210、211において、加工条件の違いによる溶融状態とCr含有率を調査した。
図8は、「♯2(0.6J)」の例のCr拡散領域210、211の厚み方向と垂直な断面(
図4(a)、(b)において、紙面と平行な方向)の走査型電子顕微鏡(Scanning Electron Microscope、SEM)像を示す。
図9は、
図8を部分的に拡大した走査型電子顕微鏡像である。
図9において、四角い線で囲んだ領域1、2、3は、表1の上側1、中央2、下側3に対応する。
まず、Cr拡散領域210、211における、観察部分に、日本電子社製のIB−09020CP(商品名)を用いて、クロスセクションポリッシャ(CP)加工を行った。加速電圧を7kVとした。
これらの領域1、2、3および基材(Crを溶融することにより、Crを拡散させていない領域)について、エネルギー分散型X線分析(Energy Dispersive x−ray Spectroscopy、EDS)を行った。結果を表1に示す。
走査型電子顕微鏡としては、電界放出型走査型電子顕微鏡(FE−SEM)(商品名:IB−09020CP、日本電子社製)を用いた。加速電圧を5kVとした。
EDSマッピング分析を、サーモフィッシャーサイエンティフィック社製のNORAN SYSTEM7(商品名)を用いて、加速電圧を15kVとした。
【0076】
図10は、「♯4(1.0J)」の例のCr拡散領域210、211の厚み方向と垂直な断面(
図4(a)、(b)において、紙面と平行な方向)の走査型電子顕微鏡(Scanning Electron Microscope、SEM)像を示す。
図11は、
図10を部分的に拡大した走査型電子顕微鏡像である。
図11において、四角い線で囲んだ領域1、2、3は、表1の上側1、中央2、下側3に対応する。
これらの領域1、2、3および基材(Crを溶融することにより、Crを拡散させていない領域)について、「♯2(0.6J)」の例と同様にして、EDS分析を行った。結果を表1に示す。
【0077】
図12は、「♯6(1.4J)」の例のCr拡散領域210、211の厚み方向と垂直な断面(
図4(a)、(b)において、紙面と平行な方向)の走査型電子顕微鏡(Scanning Electron Microscope、SEM)像を示す。
図13は、
図12を部分的に拡大した走査型電子顕微鏡像である。
図13において、四角い線で囲んだ領域1、2、3、4は、表1の上側1、中央2、下側3、外周部4に対応する。
これらの領域1、2、3、4および基材(Crを溶融することにより、Crを拡散させていない領域)について、「♯2(0.6J)」の例と同様にして、EDS分析を行った。結果を表1に示す。
【0079】
表1の結果から、Cr拡散領域210、211には、主成分としてCr、Fe、Niが含まれており、微量成分としてC、O、Al、Siが含まれていることが確認された。
また、表1の結果から、レーザを照射して形成したCr拡散領域210、211では、基材と比較してCr含有率が高いことが確認された。
以上の結果から、Cr拡散領域210、211は低透磁率領域を形成していると言える。
【0080】
以上のような構成により、いわゆる幅狭部(ロータ収容用貫通孔周囲の断面積が極小となる部分付近)に、負極と正極との両極側から交互に連続して磁束が作用される場合、溶融凝固部として形成するCrの質量%濃度を、15質%以上、かつ、80%以下とすることで、直前の磁束作用により残留する残留磁束を低減することができる。そして、当該残留磁束の打消しに要する時間が短縮され、ロータの回転を収束させるまでの時間を短縮することができることで、連続する次の回転の駆動制御を容易とすることができる。そのため、たとえば高速運針を行う際には、動作安定性を維持しつつ駆動周波数を上げることができる。
また、いわゆる幅狭部におけるCrの質量濃度の下限値を、例えば#6において示した18%〜20%付近とすることで、残留磁束をほぼゼロとすることができ、残留磁束打消しに要する時間も最小とすることができる。これにより、例えば256Hz程度の高い駆動周波数においても、安定動作可能とすることができる。
また、いわゆる幅狭部におけるCrの質量濃度の上限値を、例えば#2において示した45%〜55%付近とすることで、残留磁束を低減でき、残留磁束打消し時間を高速運針において無視できるほど低減できるとともに、Cr塗布量(めっき等を含む)を現実的な範囲に抑えることができる。これにより、より実現性の高い高速運針可能なステッピングモータを提供できる。
【0081】
本発明のステッピングモータの製造方法によれば、ステータは一体として形成するため、切断等の機械的なストレスや溶接・接合過程による歪みや部材の位置ずれを発生させることなく、磁気的な効率の低下やステータの破損、製品品質の低下、強度の劣化を防止することができる。その上、磁路の一部にCr拡散領域を形成して透磁率の低減を図ることから、省電力化と高保持力を兼ね備えたステッピングモータを容易に製造することができる。
【0082】
また従来では、低透磁率の領域を調整する場合、ステータを機械的に分割する加工方法やその条件、挿入する非磁性体の調整等、工程数が多い上に製造条件を多く変更・調整しなければならず、結果製造コストの増大を招くおそれがあった。しかし、本発明によれば、ステータ素材に切断等の加工を施すことなく、レーザ照射の条件を調整することのみで、Cr拡散領域(低透磁率領域)を所望のものに調整できる。