特許第6598434号(P6598434)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 住友ゴム工業株式会社の特許一覧

特許6598434常磁性ラジカルドープ高分子材料の保管方法
<>
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6598434
(24)【登録日】2019年10月11日
(45)【発行日】2019年10月30日
(54)【発明の名称】常磁性ラジカルドープ高分子材料の保管方法
(51)【国際特許分類】
   C08L 101/00 20060101AFI20191021BHJP
   C08K 5/3435 20060101ALI20191021BHJP
【FI】
   C08L101/00
   C08K5/3435
【請求項の数】3
【全頁数】7
(21)【出願番号】特願2014-137864(P2014-137864)
(22)【出願日】2014年7月3日
(65)【公開番号】特開2016-14119(P2016-14119A)
(43)【公開日】2016年1月28日
【審査請求日】2017年5月15日
【審判番号】不服2018-12581(P2018-12581/J1)
【審判請求日】2018年9月20日
(73)【特許権者】
【識別番号】000183233
【氏名又は名称】住友ゴム工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000914
【氏名又は名称】特許業務法人 安富国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】増井 友美
(72)【発明者】
【氏名】能田 洋平
【合議体】
【審判長】 近野 光知
【審判官】 佐藤 健史
【審判官】 武貞 亜弓
(56)【参考文献】
【文献】 特開2007−284091(JP,A)
【文献】 特開2005−162894(JP,A)
【文献】 特開2010−24820(JP,A)
【文献】 特開昭62−189160(JP,A)
【文献】 登録実用新案第3109389号(JP,U)
【文献】 Takayuki Kumada 外3名著、Dynamic nuclear polarization of high− and low−crystallinity polyethylenes、Nuclear Instruments and Methods in Physics Research A Vol.606 2009年発行、第669〜674頁
【文献】 熊田高之、第2回総合スピン科学シンポジウム(2011年10月15日〜16日)プログラム,“高分子に対する能動核偏極”,[online],[令和1年8月23日検索],インターネット,<URL:https://www.quark.kj.yamagata−u.ac.jp/iss/isssymp/program.html>
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C08L
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
常磁性ラジカルをドープした高分子材料を保管する方法であって、脱酸素条件下で、常磁性ラジカルをドープした高分子材料を遮光性材料で包んだ上で酸素透過度0.1g/m・day・atm以下のフィルム袋に密閉し、該フィルム袋を、前記常磁性ラジカルをドープした高分子材料のガラス転移温度以下の温度で冷凍保管することを特徴とする常磁性ラジカルドープ高分子材料の保管方法であって、
前記フィルム袋は、アルミにPETをラミネートさせたフィルムからなる、常磁性ラジカルドープ高分子材料の保管方法
【請求項2】
前記脱酸素条件が、酸素濃度が20ppm以下の条件である請求項1に記載の常磁性ラジカルドープ高分子材料の保管方法。
【請求項3】
前記脱酸素条件が、酸素濃度が0.02ppm以下の条件である請求項1又は2に記載の常磁性ラジカルドープ高分子材料の保管方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、動的核スピン偏極法に用いる、常磁性ラジカルをドープした高分子材料を保管する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
動的核スピン偏極法に用いる試料においては、核スピン偏極度の向上のため、試料内への常磁性ラジカルのドープが行われている。該物質をドープする手法としては、蒸気浸透法などの方法が取られている。
【0003】
蒸気浸透法でドープした試料は、中性子小角散乱やNMR測定まで安定状態で保管することが不可欠であるが、その保管方法は確立しておらず、保管方法によって酸素の混入やラジカルの揮発などが生じ、その結果、核スピン偏極度の値が変化し、実験誤差が大きくなるという問題があった。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、前記課題を解決し、常磁性ラジカルをドープした高分子材料を長期間、安定に保管する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明は、常磁性ラジカルをドープした高分子材料を保管する方法であって、脱酸素条件下で、常磁性ラジカルをドープした高分子材料を酸素透過度0.1g/m・day・atm以下の容器に密閉することを特徴とする常磁性ラジカルドープ高分子材料の保管方法に関する。
【0006】
上記方法は、脱酸素条件下で、前記高分子材料を遮光性材料で包んだ上で前記容器に密閉する方法であることが好ましい。
【0007】
上記方法は、脱酸素条件下で、表面に遮光性物質を蒸着させた容器に密閉する方法であることが好ましい。
【0008】
上記方法は、常磁性ラジカルドープ高分子材料を25℃以下の温度で保管する方法であることが好ましい。
【0009】
上記方法は、前記常磁性ラジカルをドープした高分子材料のガラス転移温度以下の温度で保管する方法であることが好ましい。
【発明の効果】
【0010】
本発明の保管方法を用いることで、常磁性ラジカルをドープした高分子材料を長期に安定して保管することが可能となる。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明の常磁性ラジカルドープ高分子材料の保管方法(以下、本発明の保管方法とも記載する)は、脱酸素条件下で、常磁性ラジカルをドープした高分子材料を酸素透過度0.1g/m・day・atm以下の容器に密閉する方法である。常磁性ラジカルをドープした高分子材料を脱酸素条件下で酸素透過度の低い容器に密閉することで、保管開始時及び保管時における酸素の存在による高分子材料の核スピン偏極率の低下を抑制することができる。
ここで、脱酸素条件下とは、酸素の存在による高分子材料の核スピン偏極率の低下を充分に抑制することができる酸素濃度にある条件を意味し、具体的には、酸素濃度が20ppm以下の条件が好ましい。より好ましくは、0.02ppm以下の条件である。
本発明の保管方法では、脱酸素条件下で高分子材料を容器に密閉した後、該容器を保管する雰囲気は特に制限されず、空気雰囲気下で保管してもよく、脱酸素条件下で保管してもよいが、酸素透過度0.1g/m・day・atm以下の容器に密閉されていることや設備面を考慮すると、空気雰囲気下で保管することが好ましい。
【0012】
本発明の保管方法では、常磁性ラジカルをドープした高分子材料を酸素透過度0.1g/m・day・atm以下の容器に密閉することになるが、ここでいう密閉とは、高分子材料の核スピン偏極率の低下を充分に抑制することができる程度に容器内部と外側との間の気体の流通が抑制された、実質的に密閉状態にあればよいが、容器内部と外側との間の気体の流通が遮断された完全密閉状態が好ましい。
【0013】
本発明の保管方法は、脱酸素条件下で、前記高分子材料を遮光性材料で包んだ上で前記容器に密閉する方法であることが好ましい。このようにすることで、光が原因となる高分子材料自体の経時変化による劣化を抑制し、高分子材料内のラジカルの拡散を防ぐことができる。これにより、均一にラジカルが分布した状態を維持することができるため、核スピン偏極度の低下をより充分に防ぐことができる。
高分子材料を遮光性材料で包む場合、高分子材料の一部に遮光性材料で覆われていない部分があっても、遮光性材料を用いない場合に比べて核スピン偏極度の低下を防ぐ効果は大きいが、核スピン偏極度の低下抑制の効果を充分に得るため、高分子材料の全体が遮光性材料で包まれていることが好ましい。
【0014】
上記遮光性材料は、光を遮ることができる材料であれば特に制限されないが、アルミニウム箔、スチール箔等が好ましい。
【0015】
更に、脱酸素条件下で、表面に遮光性物質を蒸着させた容器に密閉する方法もまた、本発明の保管方法の好ましい実施形態である。
表面に遮光性物質を蒸着させた容器に密閉することによっても、上記高分子材料を遮光性材料で包んだ上で前記容器に密閉する方法と同様の効果を得ることができる。表面に遮光性物質を蒸着させた容器は、一部に遮光性物質を蒸着させていない部分があっても、遮光性物質を蒸着させた容器を用いない場合に比べて核スピン偏極度の低下を防ぐ効果は大きいが、核スピン偏極度の低下抑制の効果を充分に得るため、容器の表面全体に遮光性物質を蒸着させたものが好ましい。
また、上記2つの光劣化を防ぐ方法の両方を行うこと、すなわち、脱酸素条件下で、前記高分子材料を遮光性材料で包んだ上で、それを表面に遮光性物質を蒸着させた容器に密閉することがより好ましい。
【0016】
上記遮光性物質は、光を遮ることができる材料であれば特に制限されないが、アルミニウム、ステンレススチール等が好ましい。
【0017】
本発明の保管方法に用いる容器は、単一の材料から形成されたものであってもよく、複数の材料から形成されたものであってもよい。複数の材料から形成された容器には、上記遮光性物質を蒸着させた容器が含まれる。
また、本発明の保管方法に用いる容器としては、フィルム袋が好ましい。
本発明の保管方法に使用可能なフィルム袋の材料としては、アルミ/PETラミネートフィルム等が挙げられる。
【0018】
本発明の保管方法は、常磁性ラジカルドープ高分子材料を25℃以下の温度で保管する方法であることが好ましい。高分子材料の保管温度を25℃以下にすることで、高分子材料自体の経時劣化の進行を遅くし、ラジカルが均一に分散した状態を維持し、核スピンの偏極度の低下を抑制することができる。
高分子材料の保管温度は、該高分子材料のガラス転移温度以下であることが好ましい。
【0019】
上記高分子材料の保管温度、高分子材料のガラス転移温度以下の温度であることがより好ましい。高分子材料をガラス転移温度以下の温度とすることで高分子材料がガラス状態になり、これにより高分子材料自体の経時変化による劣化がより充分に抑制され、ラジカルが均一に分散した状態を維持し、核スピンの偏極度の低下を抑制することができる。
高分子材料のガラス転移温度は、示差走査熱量測定により測定することができる。
【0020】
本発明の保管方法を用いる、常磁性ラジカルをドープした高分子材料を製造するために、高分子材料に常磁性ラジカルをドープする方法は、高分子材料中へ常磁性ラジカルがドープされる限り特に制限されないが、高分子材料に常磁性ラジカルを蒸気浸透させる方法が好ましい。蒸気浸透させる場合、高分子材料と常磁性ラジカル化合物とを脱酸素条件下で共存させた状態で静置する方法を好適に用いることができる。なお、ここで脱酸素条件下の意味は、上述したものと同じである。
【0021】
上記常磁性ラジカルをドープした高分子材料を製造するために用いる常磁性ラジカル化合物としては特に限定されず、2,2,6,6−テトラメチルピペリジン1−オキシル(TEMPO)、4−オキソ−2,2,6,6−テトラメチルピぺリジンN−オキシル(TEMPONE)、1−オキシル−2,2,6,6−テトラメチル−4−ヒドロキシピぺリジン(TEMPOL)、などが挙げられる。中でも2,2,6,6−テトラメチルピペリジン1−オキシル(TEMPO)が好ましい。
【0022】
上記常磁性ラジカルをドープした高分子材料を製造するために用いる高分子材料としては、ゴム、樹脂などが挙げられる。また高分子材料は、ゴムや樹脂に適宜配合剤を添加したゴム組成物や樹脂組成物であってもよい。
ゴムとしては、天然ゴム(NR)、イソプレンゴム(IR)、ブタジエンゴム(BR)、スチレンブタジエンゴム(SBR)、ブチルゴム(IIR)、クロロプレンゴム(CR)、エチレン−プロピレン−ジエンゴム(EPDM)、アクリロニトリル−ブタジエンゴム(NBR)などの従来公知のジエン系ゴムなどが挙げられる。
【0023】
上記樹脂としては、ポリエチレン、ポリスチレン等が挙げられる。
【0024】
本発明の保管方法は、60日保管後の常磁性ラジカルドープ高分子材料の核スピン偏極度保持率が80%以上であることが好ましい。核スピン偏極度保持率がこのような値であると、核スピン偏極度の低下が充分に抑制されているということができる。核スピン偏極度保持率は、より好ましくは、90%以上であり、更に好ましくは、95%以上である。
核スピン偏極度保持率は、実施例に記載の方法により測定することができる。
【実施例】
【0025】
実施例に基づいて、本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらのみに限定されるものではない。
【0026】
(高分子材料の調製)
1.高分子複合材料配合
SBR (日本ゼオン社製 SBR NS116R) 100部
シリカ(エボニック社製 Ultrasil VN3) 56.8部
ステアリン酸(日本油脂(株)製のステアリン酸)3部
酸化亜鉛(三井金属鉱業(株)製の亜鉛華1号)2部
シランカップリング剤(デグッサ社製のSi69(ビス(3−トリエトキシシリルプロピル)テトラスルフィド))4.5部
硫黄(鶴見化学(株)製の粉末硫黄)2部
加硫促進剤(大内新興化学工業(株)製のノクセラーNS(化学名:N−tert−ブチル−2−ベンゾチアジルスルフェンアミド))1部
加硫促進剤(大内新興化学工業(株)製のノクセラーD(化学名:1,3−ジフェニルグアニジン))1部
を用いた。
2.高分子複合材料の製造
上記配合内容にしたがい、1.7リットルの密閉型バンバリーミキサーで、硫黄、加硫促進剤を除く配合成分を温度が150℃に達するまで3〜5分間混練りし、ベース練りゴムを得た。つぎに、ベース練りゴムと硫黄および加硫促進剤をオープンロールで混練りし、得られた混練物を加硫して高分子複合材料を得た。
【0027】
(常磁性ラジカルドープ高分子複合材料の調製)
上記高分子複合材料の調製で得られた高分子複合材料を、厚さ1mmにスライス後、15mm×15mmに切り出し、脱酸素条件下で常磁性のラジカル化合物(東京化成(株)製のTEMPO(化学名:2,2,6,6−Tetramethylpiperidine 1−Oxyl Free Radical))と共存させ40℃で1週間静置してTEMPOを高分子複合材料に蒸気浸透させ、常磁性ラジカルドープ高分子複合材料を得た。
【0028】
(常磁性ラジカルドープ高分子複合材料中のラジカル濃度測定)
上記ラジカルをドープした高分子複合材料を表面から0.3mm×5mm×1mmで切り出した試料を試料1とした。また、高分子材料表面をそれぞれ0.35mmずつ切り落とし、中央部分から0.3mm×5mm×1mmで切り出した試料を試料2とした。試料1、試料2に含まれるラジカル濃度をESRにより定量した。ESR測定はBRUKER社製ELEXSYS E500を用いた。標準物質としてマンガンを同時に測定することで強度補正を行い、ラジカル量の定量を行った。
常磁性ラジカルドープ高分子複合材料中のラジカル濃度は、30mMであった。
【0029】
(常磁性ラジカルドープ高分子複合材料中の保管)
実施例
上記常磁性ラジカルドープ高分子複合材料の調製で得られたTEMPOラジカルを30mMドープした高分子複合材料を脱酸素(酸素濃度0.02ppm以下)条件下で試料の全体をアルミ箔で包み、ラミジップAL−9(生産日本社製)で密閉し、60日間、−80℃で冷凍保管した。常磁性ラジカルドープ高分子複合材料はガラス化しており、ガラス転移温度以下の温度での保管になっていることを確認した。
【0030】
比較例
上記常磁性ラジカルドープ高分子複合材料の調製で得られたTEMPOラジカルを30mMドープした高分子複合材料を空気下で直接、低密度ポリエチレン製のユニパックD−4(生産日本社製)に入れて室温で60日間保管した。
【0031】
(核スピン偏極度保持率測定)
1.核スピン偏極度測定
核スピン偏極度は、温度4.2[K],磁場強度3.35[Tesla]での熱平衡条件下での核スピン偏極度0.0816%を基準とし、増幅される核スピン強度から温度1.1[K]での核スピン偏極度を見積もった。
2.核スピン偏極度保持率
ラジカルドープ直後の高分子複合材料の核スピン偏極率45を基準として、実施例、比較例の核スピン偏極度保持率を以下の式から求めた。結果を表1に示す。
実施例では、核スピン偏極度の低下がほとんどないことが分かった。一方、比較例では、核スピン偏極度が著しく低下することが確かめられた。
【0032】
【数1】
【0033】
【表1】