(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記第一の硬質炭素層と前記第二の硬質炭素層との間に、水素含有量が前記第一の硬質炭素層から前記第二の硬質炭素層に向けて増加する傾斜層を有する、請求項1〜3のいずれか一項に記載の摺動部材。
前記基材と前記第一の硬質炭素層との間に、Cr、Ti、Si及びW、その炭化物、窒化物、炭窒化物から選択された一つ以上の材料からなる中間層を有する、請求項1〜4のいずれか一項に記載の摺動部材。
フィルタードカソード法を用いない真空アークイオンプレーティング法によって、基材上に、水素を実質的に含まない厚さが0.35μm以上1.5μm以下である第一の硬質炭素層を形成する第一工程と、
フィルタードカソード法を用いない真空アークイオンプレーティング法によって、前記第一の硬質炭素層上に、水素含有量が5原子%以上25原子%以下の第二の硬質炭素層を形成する第二工程と、
を有し、前記第一工程は、前記第一の硬質炭素層の表面形状が、突出山部高さRpk:0.08μm以上0.90μm以下を満たすように行うことを特徴とする、潤滑油下で使用される摺動部材の製造方法。
【背景技術】
【0002】
近年、自動車エンジンを中心とする内燃機関において、高出力化、長寿命化、燃費向上が求められている。そこで、例えば内燃機関等で使用される摺動部材の摺動面には、摩擦係数が低いことで知られている硬質炭素被膜を形成することが一般的に行われている。この炭素被膜には、ダイヤモンドライクカーボン(DLC)と呼ばれる非晶質炭素が用いられる。DLCの構造的本質は、炭素の結合としてダイヤモンド結合(SP3結合)とグラファイト結合(SP2結合)とが混在したものである。よって、DLCは、ダイヤモンドに類似した硬度、耐摩耗性、熱伝導性、化学安定性を有し、一方でグラファイトに類似した固体潤滑性を有することから、例えば自動車部品などの摺動部材の保護膜として好適である。摺動部材の表面に形成される硬質炭素被膜としては、水素を含有するもの(以下、「水素含有硬質炭素層」と称する)と、水素を含有しないもの(以下、「水素非含有硬質炭素層」と称する)とがある。水素含有硬質炭素層は、摩擦係数が低いが、炭素の結合の手の一部が水素によって終端されているため、母材との密着性が乏しい傾向がある。これに対し、水素非含有硬質炭素層は、摩擦係数は高いが、母材との密着性には優れる傾向がある。この両者を組み合わせた以下のような従来技術がある。
【0003】
特許文献1には、フィルタードカソード法を用いた真空アークイオンプレーティング法によって、基材上に水素非含有硬質炭素層を形成し、プラズマCVD法によって、水素非含有硬質炭素層上に最上層として水素含有量が0.17〜0.34原子%の水素含有硬質炭素層を形成することが記載されている。この技術は、水素非含有硬質炭素層と水素含有硬質炭素層とを組み合わせて、低摩耗性と優れた密着性を両立させるものである。そして、水素非含有硬質炭素層はフィルタードカソード法を用いた真空アーク放電法によってされるため、その表面は高い平坦性を有している。
【0004】
特許文献2には、フィルタードカソード法を用いない真空アークイオンプレーティング法によって、基材上に厚さ0.5〜200nmの水素非含有硬質炭素層を形成し、さらに、真空アークイオンプレーティング法によって、水素非含有硬質炭素層上に、水素含有量が5〜25原子%の水素含有硬質炭素層を形成することが記載されている。この文献に記載の発明では、水素非含有硬質炭素層はフィルタードカソード法を用いない真空アークイオンプレーティング法によって形成されるが、厚さが200nm以下と薄いことから、その表面が高い平坦性を有する点を特徴としている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1,2では、母材と水素含有硬質炭素層との間に、密着性の高い水素非含有硬質炭素層を介在させることによって、硬質炭素被膜全体と母材との密着性を高めることに着目していた。しかしながら、特許文献1,2では、水素非含有硬質炭素層とその上の水素含有硬質炭素層との間の密着性は何ら考慮されていない。本発明者の検討によると、従来技術では厳しい摺動条件下において水素非含有硬質炭素層と水素含有硬質炭素層との間で剥離が生じ、その結果、摺動部材の使用寿命が短くなるという問題があることが判明した。
【0007】
本発明は上記課題に鑑み、厳しい摺動条件下でも層間剥離が生じにくい摺動部材およびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
特許文献1,2では、水素非含有硬質炭素層上に水素含有硬質炭素層を形成する際、水素非含有硬質炭素層の表面は極力平坦にすることが志向されてきた。しかしながら、本発明者は上記目的を達成するべく、むしろ、水素非含有硬質炭素層の表面を粗面化することを着想した。すなわち本発明者は、表面に凹凸が多い水素非含有硬質炭素層上に水素含有硬質炭素層を形成することによって、当該凹凸によるアンカー効果で両層間の剥離を抑制することを志向した。そして、単に水素非含有硬質炭素層の表面を粗面化するのみならず、当該表面が特定条件の表面形状(凹凸構造)を有する場合に、両層間の剥離を十分に抑制できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0009】
すなわち、本発明の要旨構成は以下のとおりである。
(1)基材と、
該基材上に形成された、水素を実質的に含まない第一の硬質炭素層と、
該第一の硬質炭素層上に形成された、水素含有量が5原子%以上25原子%以下の第二の硬質炭素層と、
を有し、前記第一の硬質炭素層の表面形状が、突出山部高さRpk:0.08μm以上0.90μm以下を満たし、
前記第一の硬質炭素層の厚さが0.35μm以上1.5μm以下であることを特徴とする、潤滑油下で使用される摺動部材。
【0010】
(2)前記第二の硬質炭素層の水素含有量が10原子%超え20原子%以下である、上記(1)に記載の摺動部材。
【0011】
(3)前記第一の硬質炭素層及び前記第二の硬質炭素層の合計厚さが5μm以上である、上記(1)又は(2)に記載の摺動部材。
【0012】
(4)前記第一の硬質炭素層と前記第二の硬質炭素層との間に、水素含有量が前記第一の硬質炭素層から前記第二の硬質炭素層に向けて増加する傾斜層を有する、上記(1)〜(3)のいずれか一項に記載の摺動部材。
【0013】
(5)前記基材と前記第一の硬質炭素層との間に、Cr、Ti、Si及びW、その炭化物、窒化物、炭窒化物から選択された一つ以上からなる中間層を有する、上記(1)〜(4)のいずれか一項に記載の摺動部材。
【0014】
(6)フィルタードカソード法を用いない真空アークイオンプレーティング法によって、基材上に、水素を実質的に含まない厚さが0.35μm以上1.5μm以下である第一の硬質炭素層を形成する第一工程と、
フィルタードカソード法を用いない真空アークイオンプレーティング法によって、前記第一の硬質炭素層上に、水素含有量が5原子%以上25原子%以下の第二の硬質炭素層を形成する第二工程と、
を有し、前記第一工程は、前記第一の硬質炭素層の表面形状が、突出山部高さRpk:0.08μm以上0.90μm以下を満たすように行うことを特徴とする、潤滑油下で使用される摺動部材の製造方法。
【発明の効果】
【0015】
本発明の摺動部材は、厳しい摺動条件下でも層間剥離が生じにくい。また、本発明の摺動部材の製造方法は、厳しい摺動条件下でも層間剥離が生じにくい摺動部材を高い生産性で製造することができる。
【発明を実施するための形態】
【0017】
(摺動部材)
図1を参照して、本発明の一実施形態による摺動部材100は、潤滑油下で使用されるものであり、基材10と、この基材の表面(摺動面側)に形成された中間層12と、この中間層上に形成された、水素を実質的に含まない第一の硬質炭素層14(水素非含有硬質炭素層)と、この第一の硬質炭素層に接して形成された、水素含有量が5原子%以上25原子%以下の第二の硬質炭素層16(水素含有硬質炭素層)と、を有する。なお、本明細書において、第一の硬質炭素層14及び第二の硬質炭素層16、さらには後述する任意の傾斜層を合わせて、「硬質炭素被膜18」と称する。
【0018】
(基材)
基材10の材質は、摺動部材の基材として必要な強度を有するものであれば特に限定されない。本実施形態の摺動部材100をピストンリングとする場合、基材10の好ましい材料としては、鋼、マルテンサイト系ステンレス鋼、オーステナイト系ステンレス鋼、高級鋳鉄等が挙げられる。
【0019】
(中間層)
中間層12は、基材10と硬質炭素被膜18との間に形成されることにより基材10との界面の応力を緩和し、硬質炭素膜18の密着性を高める機能を有する。この機能を発揮する観点から、中間層12は、Cr、Ti、Si及びW、その炭化物、窒化物、炭窒化物から選択された一つ以上からなるものとすることが好ましい。中間層は、前記から選択された金属や化合物からなる単層に限定されず、複数層を積層した多層構造としてもよい。中間層12の厚さは、0.02μm以上0.6μm以下であることが好ましい。厚さが0.02μm未満の場合、その上の硬質炭素被膜18との密着性が十分に得られない可能性があり、厚さが0.6μmを超えると、塑性流動を起こしやすくなり、中間層12が剥離しやすくなるからである。
【0020】
中間層12の形成方法としては、例えばスパッタリング法を挙げることができる。洗浄後の基材10をPVD成膜装置の真空チャンバ内に配置し、Arガスを導入した状態で、Cr、Ti又はWCのターゲットを備えたスパッタ源22(
図2参照)を用いて、中間層12を成膜することができる。中間層としてSiCを形成する場合は、テトラメチルシラン(TMS)等、構成元素としてSiを含む炭化水素系ガスを導入し、プラズマCVD法によって中間層12を成膜することができる。この場合はスパッタ源22を使用しない。なお、中間層12の厚さは放電時間により調整できる。
【0021】
(硬質炭素被膜)
硬質炭素被膜18は、基材10上に接して、又は好適には中間層12上に接して形成された第一の硬質炭素層14と、第一の硬質炭素層に接して形成された第二の硬質炭素層16とを有する。
【0022】
第一の硬質炭素層14は、実質的に水素を含まず、非晶質炭素(DLC)のみからなる。非晶質炭素であることは、ラマン分光光度計(Arレーザ)を用いたラマンスペクトル測定により確認できる。ここで、本発明において「実質的に水素を含まない」とは、成膜中の不可避的に発生するリークや、成膜室内壁の吸着ガスが成膜中に放出されることによって混入するガス成分を除き、メタンやジボラン、シランなどの水素を含む化合物を外部より導入することなく第一の硬質炭素層14を形成することを意味し、具体的には、HFS(Hydrogen Forward Scattering)分析による硬質炭素被膜中の水素含有量が3原子%以下であることを意味する。第一の硬質炭素層14によって、基材10及び中間層12と硬質炭素被膜18との間の密着性が高まる。
【0023】
第二の硬質炭素層16は、水素含有量を5原子%以上25原子%以下とする。この範囲であれば有機モリブデン系化合物を含有するオイル潤滑環境下での摺動における摩耗促進が少なく、かつ速い成膜速度との両立が可能となる。水素含有量は、10原子%超え20原子%以下が好ましい。水素含有量が5原子%を下回ると、耐摩耗性は良好であるが、成膜速度が遅く生産性が低い。これに対して、水素含有量が25原子%を超えると、速い成膜速度が得られるが、摩耗量が多く、有機モリブデン系化合物による摩耗が促進された可能性があり、厳しい摺動環境下での用途に適さない。
【0024】
ここで本発明では、第一の硬質炭素層14の表面形状(すなわち、第一の硬質炭素層14と第二の硬質炭素層16との界面の形状)が、突出山部高さRpk:0.08μm以上0.90μm以下を満たすことが肝要である。Rpkが0.08μm未満の場合、第一の硬質炭素層14と第二の硬質炭素層16との間の剥離が生じ、その結果、摺動部材の使用寿命が短くなる。また、Rpkが0.90μmを超えると、第一の硬質炭素層14の上に成膜した第二の硬質炭素層16の表面粗さが大きくなりすぎて、後加工が必要となる。上記観点から、Rpkは、0.08μm以上0.55μm以下であることが好ましい。
【0025】
ここで、中間層、第一の硬質炭素層、及び第二の硬質炭素層の厚さ、並びに第一の硬質炭素層の表面のRpkの測定・決定の方法の一例を以下に示す。硬質炭素被膜18の膜厚方向の断面試料を集束イオンビーム(FIB)加工によって製作し、透過型電子顕微鏡像(TEM像)を観察する。そして、基材の断面形状は基材と中間層との境界、中間層の断面形状は中間層と第一の硬質炭素層との境界、第一の硬質炭素層の断面形状は第一の硬質炭素層と第二の硬質炭素層との境界、第二の硬質炭素層の断面形状はこの層の表面又はFIB加工前に設けられる保護層との境界を、得られたTEM像の輝度の変化によって求める。具体的には、輝度の変化が1/2となる箇所を隣接する層間の境界として、基材、中間層、第一の硬質炭素層、及び第二の硬質炭素層の表面形状(断面形状)とする。
【0026】
まず各層の厚さの算出方法は以下のとおりである。基材の断面形状を構成する各測定点に対して最小二乗法によって回帰直線を求め、この直線をx軸、法線方向をy軸とする。そして、中間層、第一の硬質炭素層及び第二の硬質炭素層の各断面形状の測定点の座標を、ここで定めたxy座標に変換する。この時,各層の断面形状の基材からの高さは、それぞれの断面形状のy座標の平均値となる。これより、中間層の厚さは、x軸から中間層の断面形状のy座標の平均値により算出される。同様に、第一の硬質炭素層の厚さは、この層の断面形状のy座標の平均値より中間層の厚さを引くことによって算出され、第二の硬質炭素層の厚さはこの層の断面形状のy座標の平均値より第一の硬質炭素層の断面形状のy座標の平均値を引くことによって算出される。
【0027】
第一の硬質炭素層の表面のRpkは、得られた第一の硬質炭素層の断面形状を基に、表面粗さ計測ソフトウェア等を用いてJIS B0671−2:2002に準拠して算出する。
【0028】
第一の硬質炭素層14及び第二の硬質炭素層16は、フィルタードカソード法を用いない、カーボンターゲットを用いた真空アーク放電によるイオンプレーティング法によって成膜する。真空アーク放電を利用して炭素カソード(グラファイト製)を蒸発、イオン化させることによって、第一の硬質炭素層14を形成する際には、アーク放電にともなってカソードより放出される炭素微小粒子(ドロップレット)が第一の硬質炭素層内に取り込まれることによって、その表面に凸部を形成する。本発明では、この際に所定の成膜条件を採用することによって、上記のRpkを満足する凸部構造を得ることが肝要である。
【0029】
図2〜4を参照して、本実施形態での第一の硬質炭素層14及び第二の硬質炭素層16の成膜について説明する。
【0030】
一定の規模の生産性を有する成膜装置では、
図2,3に示すように、炭素カソードを有するアーク式蒸発源20と、中間層を形成するための金属カソードを有するスパッタ源22を、ターンテーブルを挟んで対面する位置関係に配置されることが多い。これは、例えば炭素カソードを有するアーク式蒸発源20が放電し成膜している時に、ターンテーブルが衝立となってスパッタ源のCrなど金属カソード表面への炭素による被覆を抑制することができるからである。ピストンリングなどのように、概ね回転対称な形状を有する成膜面や平面でない基材に成膜する場合、自公転する回転軸を複数有する多軸のターンテーブルを用いることが一般的である(
図2,3)。
【0031】
炭素カソードを有するアーク式蒸発源20を動作させ、所定膜厚の水素を含まない第一の硬質炭素層14を形成する。その後、引き続いて水素を含有する硬質炭素層を形成する。その際に、成膜の連続性を保つため放電は維持したまま、図示しないガス導入経路よりメタンやアセチレンなどの炭化水素系ガスを導入する。
【0032】
この時、急激な膜質の変化が生じないように炭化水素系ガスの流量は時間の経過とともに多くなるよう制御し、その後、一定の流量とすることが好ましい。これにより、第一の硬質炭素層14と第二の硬質炭素層16との間に、水素含有量が第一の硬質炭素層14から第二の硬質炭素層16に向けて増加する傾斜層を形成することができる。
【0033】
炭化水素系ガスの導入を開始した時点において、
図3のAの位置にあるワークホルダー28(ターンテーブルの回転軸に平行な自転軸を有するワーク固定治具)に固定されたワーク表面での被膜形成に着目し、炭化水素系ガスの導入開始時には領域Pに位置する部分のワーク表面に形成された被膜の厚さと炭化水素ガスの流量との関係を模式的に
図4に示す。領域Pではアーク式蒸発源の近くに位置する他の自転軸のワークによって、アーク式蒸発源によって生成されたプラズマが遮蔽されるため、被膜はほとんど形成されない。
【0034】
時間が経過しアーク式蒸発源によって生成されたプラズマに曝される領域Qに入ると、被膜形成が始まり処理時間の経過とともに膜厚が厚くなる。そして領域Qから領域Pに移行すると、また被膜形成が一時的に停止する。このような状況が繰り返されながら被膜形成が進行する。このため、領域Qに滞在する前後の成膜速度や被膜を形成するアーク放電によって炭素カソードより放出された炭素の寄与と炭化水素系ガス成分からの寄与の比率が不連続となるため、形成された被膜の膜質も不連続になる。このため、水素を含まない硬質炭素層と、水素含有硬質炭素層との間には不連続な界面が生じやすく、ピストンリングなどのような過酷な摺動環境下で用いると層間剥離が生じる場合がある。
【0035】
本発明では、第一の硬質炭素層14の表面形状が、突出山部高さRpk:0.08μm以上0.90μm以下を満たすことによって、このような層間剥離を抑制できる。このような表面形状を形成する観点から、第一の硬質炭素層14を成膜する際の条件は、以下のとおりとすることが好ましい。すなわち、バイアス電圧は-150V以上0V以下とすることが好ましく、アーク放電電流は40A以上90A以下とすることが好ましく、第一の硬質炭素層14形成前の基材温度は110℃以下が好ましく、80℃以下がより好ましい。
【0036】
第一の硬質炭素層14の厚さは、成膜時間によって制御することができ、0.35μm以上1.5μm以下とする。厚さが0.35μm未満の場合、第一の硬質炭素層14の表面を粗面化しにくいため、Rpkを本発明の範囲にすることが困難となるからである。また、厚さが1.5μmを超えると、アーク放電にともなってカソードより放出される炭素微小粒子によって第一の硬質炭素層14の表面が粗面化しすぎて、炭素微小粒子が周りの被膜と一体化せず、境界や空孔(ボイド)が生じ、層間剥離が生じるからである。
【0037】
第二の硬質炭素層16を成膜する際の条件は特に限定されないが、以下のとおりとすることが好ましい。すなわち、バイアス電圧は-150V以上0V以下とすることが好ましく、アーク放電電流は40A以上90A以下とすることが好ましく、炭化水素系ガス流量は50sccm以上250sccm以下とすることが好ましい。
【0038】
第一の硬質炭素層14及び第二の硬質炭素層16の合計厚さは5μm以上とすることが好ましく、7μm以上とすることがより好ましい。合計厚さ5μm以上の場合に、その厚さを全て、成膜速度が遅い第一の硬質炭素層で形成したと仮定した場合に比べて、成膜速度を短縮する効果を十分に得ることができる。合計厚さは30μm以下であることが好ましい。30μmを越えても機能上問題はないが、過剰な膜厚であり成膜コストが高くなるからである。
【0039】
(摺動部材)
本発明の実施形態による摺動部材は、エンジンオイルなどの、有機モリブデン系化合物を含有する潤滑油が介在する内燃機関の摺動部に使用されるピストンリング、ピストン、ピストンピン、タペット、バルブリフタ、シム、ロッカーアーム、カム、カムシャフト、タイミングギア、タイミングチェーンに適用することができる。
【0040】
本発明の摺動部材は、有機モリブデン系化合物を含む潤滑油の存在下で使用されることが好ましい。最外層の被膜の水素含有量が5〜25at%であるため、有機モリブデン系化合物を含有した潤滑油下でもMo酸化物との反応による摩耗の進行を比較的抑制できる。
【0041】
潤滑油中の有機モリブデン系化合物は、モリブデンジチオカーバメイト(Mo−DTC)又はモリブデンジチオフォスフェート(Mo−DTP)から選択される1以上の有機モリブデン系化合物であることが好ましい。
【実施例】
【0042】
試験片として、φ6mm×長さ12mmのSUJ2製円柱を基材とし、その曲面に以下の条件で、表1に記載の実施例及び比較例に示すとおり中間層及び硬質炭素被膜を形成した。
図2,3に示すようなアーク式蒸発源を備える成膜装置の真空チャンバ内に基材を配置した。
【0043】
成膜はこの曲面全体ではなく軸方向に沿った曲面の一部に形成した。成膜しない部分を利用して基材を成膜用のワークホルダー28に保持した。そして使用したターンテーブル26は自転軸を備えた複数のワークホルダーを有し、各自転軸のP.C.D.は600mmである。その内の1軸に、基材を保持した成膜冶具を取り付けた。残りの自転軸には、φ89のSUS304TPD製のダミーポールを配置した。ターンテーブルの回転速度は4rpm、自転軸は4×127/23=22.1rpmとした。
【0044】
硬質炭素被膜の成膜に先立ち、SUJ2製円柱は洗浄を行い、ターンテーブルの1つの自転軸に設置した後に真空排気し、ヒーター30を用いて試験片の温度が200℃以下の範囲で加熱し、吸着成分の放出を促した。そして、放電洗浄及び中間層の形成を実施した。
【0045】
中間層形成後、続けて同一チャンバ内で、第一の硬質炭素層を形成し、さらに第二の硬質炭素層を形成した。アーク式蒸発源には、グラファイト製炭素カソード(炭素99原子%以上)を取り付けた。第二の硬質炭素層の成膜時には、炭化水素系ガスとしてアセチレンとともにアルゴンを混合して導入した。実施例の第一の硬質炭素層は、バイアス電圧:-150V以上0V以下、アーク放電電流:40A以上90A以下、第一の硬質炭素層形成前の基材温度:110℃以下の条件で所定時間成膜を行うことで形成した。比較例1及び比較例2の第一の硬質炭素層は、前記実施例と同一条件について、成膜時間を変更して形成した。実施例の第二の硬質炭素層は、バイアス電圧:-150V以上0V以下、アーク放電電流:40A以上90A以下、炭化水素系ガス流量:50sccm以上250sccm以下の条件で所定時間成膜を行い形成した。比較例3及び比較例4の第二の硬質炭素層は、前記実施例の条件について炭化水素系ガス流量を記載範囲外として形成した。
【0046】
(Rpk、膜厚、成膜速度の評価)
既述の方法で、TEM像から第一の硬質炭素層の表面におけるRpkを求めた。また、同じTEM像を用いて、既述の方法で、中間層、第一の硬質炭素層及び第二の硬質炭素層の厚さを求めた。結果を表1に示す。得られた硬質炭素被膜の厚さを成膜時間で除することによって、成膜速度を算出した。実施例1〜5及び比較例1〜5における第一の硬質炭素層の成膜速度の平均値を1とした際の、第一及び第二の硬質炭素層の全体(硬質炭素被膜)の成膜速度を指数化して、表1に示す。
【0047】
(第二の硬質炭素層の水素含有量の測定)
硬質炭素被膜の水素含有量は、平坦又は曲率半径が十分に大きく測定上平面と見なせる領域に形成された被膜を、RBS(Rutherford Backscattering Spectrometry)/HFS(Hydrogen Forward Scattering Spectrometry)により、測定する。
【0048】
まず、平面に水素含有量が異なる被膜が形成された複数の基準試料をRBS/HFSにより被膜中の水素含有量(単位:原子%)を測定する。次に、この基準試料をSIMS(二次イオン質量分析法:Secondary Ion−microprobe Mass Spectrometry)により、水素と炭素のそれぞれの二次イオン強度を測定する。そして、これらの比率とRBS/HFSによって求めた水素含有量とから、炭素含有量を求める。
【0049】
基準試料として、鏡面研磨した平坦な試験片(焼入処理したSKH51材ディスク、φ25×厚さ5(mm)、硬度がHRC60〜63、表面粗さRa0.02μm以下)に炭素被膜を形成した。
【0050】
基準試料の成膜は反応性スパッタリング法を用い、雰囲気ガスとしてアセチレン、アルゴン、水素を導入して行った。そして、第1の基準試料の被膜に含まれる水素量は導入する水素流量と全体の圧力を変えることによって調整した。このようにして水素と炭素のみによって構成され、水素含有量の異なる硬質炭素被膜を形成し、これらの基準試料の炭素被膜の組成(水素を含めたすべての元素)をRBS/HFSによって評価した。そして基準試料に形成された硬質炭素被膜全体の成分の中で水素と炭素の合計が98原子%以上、且つ水素を除いた成分の中で炭素が97原子%以上であることを確認した。
【0051】
次に基準試料の被膜をSIMSで分析し、水素と炭素の二次イオン強度を測定した。ここでSIMS分析はピストンリングやカムシャフトなどのように平面でない部分での測定ができる。したがって基準試料の同一の被膜につき、RBS/HFSによって得られた水素量と炭素量(単位:原子%)とSIMSによって得られた水素と炭素の二次イオン強度の比率との関係を示す実験式(検量線)を求めることで実際の摺動部材について測定したSIMSの水素と炭素の二次イオン強度から水素量と炭素量を算定することができる。
【0052】
次に、実際の摺動部材に形成された被膜をSIMSにより分析し、上記実験式を用いて水素量と炭素量の比率を求めた。なお、SIMSによる二次イオン強度の値は少なくとも被膜表面から20nm以上の深さ、且つ50nmの範囲において観測されたそれぞれの元素の二次イオン強度の平均値を採用した。そして炭素を含む水素以外の元素についてはさらにEDX(エネルギー分散X線分光法:Energy Dispersive X−ray spectrometry)やWDX(波長分散X線分光法:Wavelength−dispersive X−ray spectrometry)によって測定した。これらの結果より、被膜の水素を含む組成比率を評価することができる。このように測定した第二の硬質炭素層の水素含有量を表1に示した。
【0053】
(被膜摩耗量の評価)
上記で作製した実施例、比較例の試験片の硬質炭素被膜を形成した面を、算術平均粗さRa0.03μm以下となるようにラッピングフィルム(ダイヤモンド#4000)により研磨し、以下の方法で、往復動試験を行った。
【0054】
各実施例および比較例の試験片について、摺動相手材(ランダムな方向に研磨することで表面粗さRa:0.05〜0.08μmの範囲に調整したSUJ2製ディスク)を用いて、
図5に模式図を示した振動摩擦摩耗試験(オプチモール社:SRV4試験機)により、次の試験条件で往復動試験を行い、試験終了時における摩擦係数を測定した。
試験時間 : 60min
荷重 : 400N
往復動周波数 : 50Hz
振幅 : 3mm
潤滑油 : エンジンオイル(0W−20/有機Mo添加オイル)
潤滑油温 : 80℃
【0055】
このような往復動試験による被膜摩耗量は以下の方法で求めた。共焦点型レーザ顕微鏡(オリンパス製、型式:LEXT OLS4000)を用いて、往復動試験後の摺動部近傍を含めた被膜表面の三次元形状を測定した。まず往復動試験に供する前の被膜を形成した円筒の側面の三次元形状を測定し、円筒の回転対称軸に対して垂直方向(摺動方向)の表面形状を10箇所測定した(
図6(A))。そして1番目の形状からn番目の形状の平均を求めた。そして、試験後の摺動部近傍においても同様に10箇所測定し、摺動方向に平行な表面形状の平均値を求めた。これらの形状の差より、往復動試験によって摩耗した被膜の断面積を算出した(
図6(B))。実施例1の被膜摩耗量を基準(1.00)とした指数値として、結果を表1に示す。
【0056】
(被膜損傷の有無の評価)
試験片の摺動面(表面)を目視又は光学顕微鏡(100〜400倍)で観察し、被膜損傷の有無を以下の基準で評価した。試験片の摺動面に100μm以上の大きさのピットが認められる場合を「ピット状欠落」、第一硬質炭素層と第二硬質炭素層の層間が剥離しているものを「層間剥離」と表記した。
【0057】
【表1】
【0058】
表1から明らかなように、第一の硬質炭素層の表面形状が、突出山部高さRpk:0.08μm以上0.90μm以下を満たす場合に、第一の硬質炭素層と第二の硬質炭素層との間の剥離が起きなかった。