(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明者らは、ボルトの強度を高めつつ、耐水素脆化特性を高める方法について調査及び検討を行い、次の知見を得た。
【0013】
(A)鋼中のPが粒界に偏析すれば、鋼の耐水素脆化特性が低下する。そこで、ボルトの化学組成にネオジム(Nd)を含有させる。この場合、NdはPと結合してNdPを形成する。これにより、Moを必須元素として含有しなくても、Pの粒界偏析が抑制され、鋼の耐水素脆化特性が高まる。NdPは拡散性水素のトラップサイトとなるため、鋼の耐水素脆化特性がさらに高まる。
【0014】
(B)ここで、Ndと結合していないP(以下、Pfreeともいう)が鋼中に存在する。高強度ボルトの表面から10μm深さまでの範囲(以下、表層という)のPfree濃度が低ければ、表層でのPの粒界偏析が抑制され、耐水素脆化特性が向上する。具体的には、1000MPa以上の引張強度を有する高強度ボルトにおいて、鋼の表層のPfree濃度(以下、[Pfree]ともいう)が、式(1)を満たすようにする。
[Psurf]−0.215Nd≦0.015 (1)
ここで、[Psurf]には、表面から10μm深さまでの範囲における平均P濃度(質量%)が代入される。Ndには、Ndの含有量(質量%)が代入される。
【0015】
この場合、高強度ボルトは、1000MPa以上の高い引張強度を有しつつ、優れた耐水素脆化特性を有する。以下、この点について詳述する。
【0016】
図1は、鋼の表層のPfree濃度([Pfree])と、耐水素脆化特性の指標である水素脆化強度比との関係を示す図である。Pの原子量は約31であり、Ndの原子量は約144である。したがって、質量%で、Nd濃度の約0.215倍のPが、NdPとしてNdと結合する。つまり、[Pfree]=[Psurf]−0.215Ndである。
図1は次の方法により得られた。
【0017】
JIS G4053に規格されたSCM435に相当する化学組成を有し、P含有量を0.009〜0.040質量%の範囲で、Nd含有量を0.002〜0.040質量%の範囲で変化させた9種類の供試材を準備した。各供試材の化学成分を表1に示す。
【0019】
直径16mmに熱間鍛伸した各供試材に焼き入れ焼き戻し処理を行い、各供試材から
図2に示す環状切欠き付き試験片を採取した。なお、焼き入れ処理は850℃、焼き戻し処理は400℃×1時間で行った。試験片の直径D1は8mmであり、試験片の中央部には断面がV字の切欠きが形成され、切欠きでの試験片の直径D2は6mmであった。切欠き底の曲率半径は0.1mmであり、切欠きの角度αは60°であった。試験片の表面から10μm深さまでの範囲(表層)の平均P濃度は、各供試材のP含有量に相当した。
【0020】
各試験片に対して、陰極水素チャージ法を用いて、水素を導入した。具体的には、pH3.0の希硫酸中に試験片を浸漬して、電流密度1.0mA/cm
2の陰極電解条件で水素を試験片にチャージした。その後、定荷重引張試験を実施して、破断しなかった最大の負荷応力MS(MPa)を求めた。
【0021】
さらに、焼き入れ焼き戻し処理を行った各供試材から、直径6mmの丸棒引張試験片を採取した。引張試験片を用いて、JIS Z 2241に準拠した引張試験を常温(25℃)、大気中にて実施し、引張強度TS(MPa)を求めた。
【0022】
最大負荷応力MS及び引張強度TSを用いて、次式により水素脆化強度比Wを求めた。
W=MS/TS
【0023】
得られた水素脆化強度比Wに基づいて、
図1を作成した。
【0024】
図1を参照して、表層のPfree濃度[Pfree]が0.002〜0.037質量%の複数の試験片のうち、[Pfree]が0.015質量%以下までは、水素脆化強度比Wが高かった。一方、[Pfree]が0.015質量%を超えると、[Pfree]が0.015質量%以下の場合よりも、耐水素脆化特性が顕著に低下した。つまり、[Pfree]に対する水素脆化強度比Wは、[Pfree]が0.015質量%で変曲点を有した。したがって、[Pfree]が0.015%以下であれば、優れた耐水素脆化特性を示す。
【0025】
また、
図1を参照して、[Pfree]が0.015質量%以下の場合、[Pfree]が低下するほど、より優れた耐水素脆化特性を示した。
【0026】
高強度ボルトの水素脆化の基点のほとんどは、ボルトの不完全ねじ部の表面、又は、ねじ底部の表面である。高強度ボルトの表面から10μm深さまでの範囲において、Ndと結合していないP(Pfree)の濃度が0.015質量%以下であれば、優れた耐水素脆化特性を示す。
【0027】
ボルトの製造工程中、冷間鍛造工程では、冷間鍛造前のボルト用鋼材の表面に潤滑皮膜が形成される。潤滑皮膜として通常、リン酸塩皮膜が利用される。冷間鍛造後、リン酸塩皮膜が形成されている鋼材に対して焼入れ及び焼戻しを実施すれば、熱処理中にリン酸塩皮膜中のPが鋼材の表面から内部に浸入する。そのため、高強度ボルトの表層の平均P濃度が高くなる。
【0028】
たとえば、Pを含有しない非リン系の潤滑皮膜を用いる、又は、リン酸塩皮膜を用いた後、焼入れ工程前に鋼材の表面を洗浄又は酸洗して、リン酸塩皮膜を表面から除去する。この場合、高強度ボルトの表層の平均P濃度が高くなるのを抑制できる。
【0029】
以上の知見に基づいて完成した本発明による高強度ボルトは、質量%で、C:0.24〜0.40%、Si:0.01〜0.50%、Mn:0.5〜2.0%、P:0.020%以下、S:0.020%以下、Cr:0.2〜0.7%、Al:0.005〜0.050%、B:0.001〜0.005%、Ti:0.007〜0.100%、N:0.002〜0.008%、Nd:0.001〜0.100%、Nb:0〜0.050%、Mo:0〜0.30%、及び、V:0〜0.30%を含有し、式(1)を満たす。
[Psurf]−0.215Nd≦0.015 (1)
ここで、[Psurf]には、表面から10μm深さまでの範囲における平均P濃度(質量)が代入される。Ndには、Ndの含有量(質量%)が代入される。
【0030】
上記高強度ボルトの化学組成は、Nb:0.001〜0.050質量%、及び、V:0.01〜0.30質量%からなる群から選択される1種以上を含有してもよい。さらに、上記高強度ボルトの化学組成は、Mo:0.01〜0.30質量%を含有してもよい。
【0031】
本発明による高強度ボルト用鋼は、上述の化学組成を有する。
【0032】
以下、本発明による高強度ボルト及び高強度ボルト用鋼について詳述する。なお、元素に関する「%」は、特に断りがない限り、質量%を意味する。
【0033】
[化学組成]
本実施形態の高強度ボルトの化学組成は、次の元素を含有する。
【0034】
C:0.24〜0.40%
炭素(C)は、他の合金元素に比べて合金コストが安く、鋼の強度及び焼入れ性を高める。C含有量が0.24%以上であれば、1000MPa以上の降伏強度が得られる。一方、C含有量が高すぎれば、鋼の耐水素脆化特性が低下する。したがって、C含有量は0.24〜0.40%である。高い強度と焼入れ性を得るため、C含有量の好ましい下限は0.27%である。高い耐水素脆化特性を得るため、C含有量の好ましい上限は0.37%である。
【0035】
Si:0.01〜0.50%
シリコン(Si)は、鋼の強度及び焼入れ性を高める。Siはさらに、Fe系炭化物εを安定化して焼き戻し軟化抵抗を高める。Siにより焼戻し軟化抵抗を高めることができるため、高温焼戻しを実施して鋼の耐水素脆化特性を高めることができる。Si含有量が低すぎればこの効果が得られない。一方、Si含有量が高すぎれば、鋼の表面が脱炭する。したがって、Si含有量は0.01〜0.50%である。Si含有量の好ましい上限は0.15%である。
【0036】
Mn:0.5〜2.0%
マンガン(Mn)は、鋼の強度及び焼入れ性を高める。Mnはさらに、鋼中のSをMnSとして固定する。これにより、FeSが結晶粒界に生成するのを抑制できる。FeSの生成が抑制されれば、赤熱脆性が抑制され、熱間延性が高まる。Mn含有量が低すぎれば、この効果が得られない。一方、Mn含有量が高すぎれば、鋼の耐水素脆化特性が低下する。したがって、Mnの含有量は0.5〜2.0%である。Mn含有量の好ましい上限は1.0%である。
【0037】
P:0.020%以下
燐(P)は不純物である。Pは粒界に偏析して鋼の靭性及び耐水素脆化特性を低下する。したがって、P含有量は0.020%以下である。P含有量の好ましい上限は0.015%であり、さらに好ましくは0.010%である。P含有量はなるべく低い方が好ましいが、製造コストを考慮すれば、P含有量の好ましい下限は0.003%である。
【0038】
S:0.020%以下
硫黄(S)は不純物である。Sは、Feと結合して結晶粒界にFeSを形成し、鋼の熱間延性を低下する。したがって、S含有量は0.020%以下である。S含有量の好ましい上限は0.015%であり、さらに好ましくは0.010%である。S含有量はなるべく低い方が好ましいが、製造コストを考慮すれば、S含有量の好ましい下限は0.003%である。
【0039】
Cr:0.2〜0.7%
クロム(Cr)は鋼の強度、焼入れ性、及び、焼戻し軟化抵抗を高める。Cr含有量が低すぎれば、これらの効果が得られない。一方、Cr含有量が高すぎれば、Pの粒界偏析が助長される。したがって、Cr含有量は0.2〜0.7%である。
【0040】
Al:0.005〜0.050%
アルミニウム(Al)は、微細析出物(Al
2O
3やAlN)を生成し、旧オーステナイト粒径の粗大化を抑制する。Al含有量が低すぎれば、この効果が得られない。一方、Al含有量が高すぎれば、この効果が飽和する。したがって、Al含有量は、0.005〜0.050%である。本実施形態において、Al含有量とは、全Alの含有量である。
【0041】
B:0.001〜0.005%
ボロン(B)は、鋼の焼入れ性を高める。B含有量が低すぎれば、この効果が得られない。一方、B含有量が高すぎれば、この効果が飽和する。したがって、B含有量は、0.001〜0.005%である。B含有量の好ましい上限は0.003%である。
【0042】
Ti:0.007〜0.100%
チタン(Ti)は、鋼中のNをTiNとして固定し、BNの生成を抑制する。したがって、Bを含有する場合、Tiも含有することにより、Bの焼入れ性を高める効果が十分に発揮される。Tiはさらに、微細な析出物(Ti(CN)及びTiC)を生成して、旧オーステナイト粒径の粗大化を抑制する。Ti含有量が低すぎれば、これら効果が得られない。一方、Ti含有量が高すぎれば、これらの効果が飽和する。したがって、Ti含有量は、0.007〜0.100%である。鋼中のNを固定するためには、質量%で、N量の3.4倍以上のTi量を添加することが好ましい。
【0043】
N:0.002〜0.008%
窒素(N)は、Alと反応してAlN、及びTiと反応してTi(CN)などの微細析出物を形成する。微細析出物は、旧オーステナイト粒径の粗大化を抑制する。N含有量が低すぎれば、この効果が得られない。一方、N含有量が高すぎれば、窒化物及び炭窒化物を形成する金属元素と反応しきれなかったNがBと反応してBNとなり、Bの焼入れ性向上効果が大きく損なわれる。したがって、N含有量は、N:0.002〜0.008%である。N含有量の好ましい上限は0.005%である。
【0044】
Nd:0.001〜0.100%
ネオジム(Nd)は、Pと結合してNdPを形成する。NdPの生成により、Pの粒界偏析が抑制され、鋼の靭性及び耐水素脆化特性の低下が抑制される。NdPは拡散性水素のトラップサイトとなるため、鋼の耐水素脆化特性がさらに高まる。Ndはさらに、MnSを微細化する。微細なMnSは水素のトラップサイトとなるため、鋼中の拡散性水素の濃度が低下し、耐水素脆化特性が高まる。Nd含有量が低すぎれば、これらの効果が得られない。一方、Nd含有量が高すぎれば、これらの効果が飽和する。したがって、Nd含有量は、0.001〜0.100%である。Nd含有量の好ましい下限は0.005%である。Nd含有量の好ましい上限は0.050%である。
【0045】
本実施の形態による高強度ボルトの化学組成の残部は、Fe及び不純物からなる。ここで、不純物とは、高強度ボルトを工業的に製造する際に、原料としての鉱石、スクラップ、又は製造環境などから混入されるものであって、本実施形態の高強度ボルトに悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。例えば、ミッシュメタルによりNd添加を行った場合、ミッシュメタルに含まれる他の希土類元素(Ce、Laなど)が不純物として鋼中に含まれるが、これらの元素は耐水素脆化特性および引張強さには影響を及ぼさない。
【0046】
[任意元素について]
上述の高強度ボルトはさらに、Feの一部に代えて、Nb及びVからなる群から選択される1種以上を含有してもよい。これらの元素はいずれも任意元素であり、結晶粒を微細化して鋼の耐水素脆化特性を高める。
【0047】
Nb:0〜0.050%
ニオブ(Nb)は、任意元素であり、含有されなくてもよい。含有される場合、Nbは、微細な炭化物、窒化物、及び炭窒化物を生成し、結晶粒(旧オーステナイト粒)を微細化する。結晶粒の微細化により、鋼の耐水素脆化特性が高まる。Nbは特に、Tiと共に安定な(Nb、Ti)(CN)を生成し、鋼を細粒化する。Nbが少しでも含有されれば、この効果がある程度得られる。しかしながら、Nb含有量が高すぎれば、この効果が飽和する。したがって、Nb含有量は、0〜0.050%である。Nb含有量の好ましい下限は0.001%である。Nb含有量の好ましい上限は0.030%である。
【0048】
V:0〜0.30%
バナジウム(V)は任意元素であり、含有されなくてもよい。含有される場合、Vは、微細な炭化物及び窒化物を形成し、結晶粒(旧オーステナイト粒)を微細化する。これにより、鋼の耐水素脆化特性が高まる。Vが少しでも含有されれば、この効果がある程度得られる。しかしながら、V含有量が高すぎれば、この効果が飽和する。したがって、V含有量は、0〜0.30%である。V含有量の好ましい下限は0.01%である。
【0049】
本発明による高強度ボルトはさらに、Feの一部に代えて、Moを含有してもよい。
【0050】
Mo:0〜0.30%
モリブデン(Mo)は任意元素であり、含有されなくてもよい。含有される場合、Moは、鋼の強度、焼入れ性、及び焼戻し軟化抵抗を高める。Moが少しでも含有されれば、この効果がある程度得られる。しかしながら、Mo含有量が高すぎれば、製造コストが高くなる。したがって、Mo含有量は、0〜0.30%である。Mo含有量の好ましい下限は0.01%である。Mo含有量の好ましい上限は0.15%である。
【0051】
なお、本発明による高強度ボルト用鋼は、上述の化学組成を有する。
【0052】
[表層のPfree濃度]
本発明による高強度ボルトでは、表層のPfree濃度([Pfree])が0.015%以下である。前述のとおり、[Pfree]が0.015%以下であれば、水素脆化強度比Wを高く維持することができ、優れた耐水素脆化特性が得られる。
【0053】
[Pfree]=[Psurf]−0.215Nd
ここで、[Psurf]には、表面から10μm深さまでの範囲における平均P濃度が代入される。Ndには、Ndの含有量(質量%)が代入される。
【0054】
平均P濃度は次の方法で求められる。高強度ボルトを表面に対して垂直に切断して、サンプルを採取する。観察表面に対して鏡面研磨加工仕上の処理を行う。測定点において、表面から10μm深さまでの範囲(つまり表層)におけるP濃度を、0.5μmピッチで、電子線マイクロアナライザ(EPMA:Electron Probe Micro Analyser)により求める。求めたP濃度の平均を、平均P濃度(%)と定義する。
【0055】
前述のとおり、冷間鍛造時の潤滑剤であるリン酸塩石けん皮膜をボルト表面に付着させたまま焼入れ焼戻し処理を行えば、当該皮膜に含まれるPが鋼中に浸入する。鋼中に浸入したPにより、表層のP濃度が上昇し、通常、0.1%を超える。したがってこの場合、本発明で規定されるNd含有量(0.001〜0.100%)では、全てのPをNdPとしてトラップすることは困難である。
【0056】
また、Pの原子量は約31であり、Ndの原子量は約144である。したがって、質量%で、表面P濃度の約4.6倍のNdを含有させれば、NdPによりPをトラップしてPの無害化が図れる。しかしながら、この方法では、製造コストが大幅に増加する。
【0057】
したがって、Ndにより耐水素脆化特性を向上させるためには、焼入れ焼戻し時に、鋼材表面からPが鋼中に浸入することを抑制する必要がある。その抑制方法はたとえば、非リン系の潤滑皮膜を用いる、又は、焼入れ焼戻し前にリン酸塩皮膜をボルト表面から除去する等である。
【0058】
[製造方法]
本発明による高強度ボルトの製造方法の一例について説明する。初めに、周知の製造方法により高強度ボルト用鋼を製造する(素材製造工程)。その後、高強度ボルト用鋼を用いて、高強度ボルトを製造する(ボルト製造工程)。以下、各工程について説明する。
【0059】
[素材製造工程]
上述の化学組成を有する溶鋼を製造する。溶鋼を用いて連続鋳造法により鋳片を製造する。又は、溶鋼を用いて造塊法によりインゴットを製造する。製造された鋳片又はインゴットを分塊圧延して鋼片にする。鋼片を熱間加工して、高強度ボルト用鋼材(線材)とする。熱間加工はたとえば、熱間圧延である。
【0060】
[ボルト製造工程]
ボルト製造工程では、ボルト用鋼材を用いて高強度ボルトを製造する。ボルト製造工程は、伸線工程、冷間鍛造工程、及び、焼入れ及び焼戻し工程を含む。以下、それぞれの工程について説明する。
【0061】
[伸線工程及び冷間鍛造工程]
初めに、線材に対して伸線加工を実施して鋼線を製造する。伸線加工は、一次伸線のみであってもよいし、二次伸線等、複数回の伸線加工を実施してもよい。伸線時において、線材の表面に潤滑皮膜を形成する。潤滑皮膜はたとえば、リン酸塩皮膜や非リン系の潤滑皮膜である。
【0062】
好ましくは、Pを含有しない非リン系の潤滑皮膜を用いる。又は、リン酸塩皮膜を用いた場合、後述の焼入れ工程前において、鋼材(鋼線)表面を洗浄又は酸洗して、リン酸塩皮膜を表面から除去する。洗浄はたとえば周知のアルカリ洗浄である。この場合、製造された高強度ボルトの表層のPfree濃度が0.015%以下となる。
【0063】
[冷間鍛造工程]
伸線後の鋼材を所定の長さに切断して、切断された鋼材に対して冷間鍛造を実施してボルトを製造する。冷間鍛造時においても、伸線工程と同様の潤滑皮膜を鋼材表面に再度形成してもよい。また、伸線工程で潤滑皮膜を形成した後、再度潤滑皮膜を形成することなく冷間鍛造を実施してもよい。
【0064】
なお、強度が高すぎるボルト用鋼材(線材)の軟化を目的として、伸線工程前及び冷間鍛造工程前に、軟化熱処理を複数回実施してもよい。また、上記伸線工程は省略されてもよい。
【0065】
[焼入れ及び焼戻し工程]
冷間鍛造により製造されたボルトに対して、周知の条件で焼入れ及び焼戻しを実施して、ボルトの引張強度を1000MPa以上に調整する。上述のとおり、焼入れ焼戻し前のボルトの表面にリン酸塩皮膜が形成されている場合、焼入れ焼戻しによりボルト表面からPが浸入してしまう。そこで、本実施形態では、伸線工程及び冷間鍛造工程での潤滑皮膜として、非リン系の潤滑皮膜を用いる、又は、焼入れ焼戻し前にリン酸塩皮膜をボルト表面から除去する。これにより、焼入れ焼戻し中にPが鋼材表面から鋼中に浸入することがなく、焼入れ焼戻し後の高強度ボルトの表層のPfree濃度が0.015%以下になる。
【0066】
以上の製造工程により、本実施形態の高強度ボルトが製造される。
【実施例】
【0067】
表2の化学組成を有する溶鋼を真空溶解炉で製造した。
【0068】
【表2】
【0069】
上記溶鋼を用いて、造塊法によりインゴットを製造した。インゴットを熱間鍛伸して、直径16mmの丸棒(本発明における高強度ボルト用鋼に相当)を製造した。製造された丸棒から、
図2に示す環状切欠き付き耐水素脆化試験片を機械加工にて採取した。採取された耐水素脆化試験片の表面に対して、表2に示す潤滑剤を塗布して潤滑皮膜を形成した。その後、潤滑皮膜を付けたままの耐水素脆化試験片、及び丸棒に対して、焼入れ焼戻しを実施した。焼入れ温度は表2に示すとおりであった。焼戻しは、いずれの試験番号においても400℃で1時間保持した。焼入れ焼き戻しを実施した丸棒から、直径6mmの丸棒引張試験片を機械加工にて採取した。以上の製造工程により、高強度ボルトを模擬した耐水素脆化試験片、及び丸棒引張試験片を製造した。
【0070】
[耐水素脆化特性試験]
各試験番号の耐水素脆化試験片に対して、陰極水素チャージ法を用いて、水素を導入した。具体的には、pH3.0の希硫酸中に試験片を浸漬して、電流密度1.0mA/cm
2の陰極電解条件で水素を試験片にチャージした。その後、定荷重引張試験を実施して、破断しなかった最大の負荷応力MS(MPa)を求めた。
【0071】
[引張試験]
さらに、同じ試験番号の丸棒引張試験片を用いて、JIS Z 2241に準拠した引張試験を常温(25℃)、大気中にて実施し、引張強度TS(MPa)を求めた。最大負荷応力MS及び引張強度TSを用いて、次式により水素脆化強度比Wを求めた。
W=MS/TS
【0072】
[表面P濃度測定試験]
耐水素脆化特性試験後の試験片の切欠き部の断面を研磨した。切欠き底の表面から10μm深さまでの範囲の平均P濃度を電子線マイクロアナライザ(EPMA:Electron Probe Micro Analyser)を用いて測定した。具体的には、0.5μmピッチでP濃度を測定し、その平均値を平均P濃度(質量%)と定義した。
【0073】
[試験結果]
表2に、表層平均P濃度、表層のPfree濃度、引張強さ(TS)、及び水素脆化強度比(W)の試験結果を示す。
【0074】
試験番号1〜7の化学組成は適切であり、製造条件も適切であった。そのため、各試験番号の表層のPfree濃度は0.015%以下であった。その結果、引張強さTSが1000MPa以上であり、かつ、水素脆化強度比が0.7以上であり、優れた強度及び耐水素脆化特性を示した。
【0075】
一方、試験番号8のC含有量及びMn含有量は低すぎた。その結果、引張強度が1000MPa未満であり、強度が低かった。
【0076】
試験番号9のC含有量は高すぎた。その結果、水素脆化強度比Wが低かった。
【0077】
試験番号10のMn含有量は高すぎた。その結果、水素脆化強度比Wが低かった。
【0078】
試験番号11のP含有量は高すぎた。その結果、表層のPfree濃度が高すぎ、水素脆化強度比が低かった。
【0079】
試験番号12のN含有量は高すぎた。その結果、引張強度が1000MPa未満であった。BNが形成され、焼入れ性が低かったためと考えられる。
【0080】
試験番号13ではNdが含有されなかった。そのため、表層のPfree濃度が高すぎ、水素脆化強度比が低かった。
【0081】
試験番号14では、化学組成は適切であるものの、冷間鍛造時の潤滑剤として、リン酸塩石けん皮膜を使用し、リン酸塩石けん皮膜を供試材の表面に付着させたまま焼入れ焼戻し処理を実施した。そのため、表層のPfree濃度が高すぎ、水素脆化強度比が低かった。
【0082】
以上、本発明の実施の形態を説明した。しかしながら、上述した実施の形態は本発明を実施するための例示に過ぎない。したがって、本発明は上述した実施の形態に限定されることなく、その趣旨を逸脱しない範囲内で上述した実施の形態を適宜変更して実施することができる。