特許第6602172号(P6602172)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6602172
(24)【登録日】2019年10月18日
(45)【発行日】2019年11月6日
(54)【発明の名称】金属装飾物及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   A44C 5/00 20060101AFI20191028BHJP
   G04B 37/18 20060101ALI20191028BHJP
【FI】
   A44C5/00 E
   G04B37/18 B
【請求項の数】9
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2015-225401(P2015-225401)
(22)【出願日】2015年11月18日
(65)【公開番号】特開2017-93483(P2017-93483A)
(43)【公開日】2017年6月1日
【審査請求日】2018年5月11日
(73)【特許権者】
【識別番号】000001960
【氏名又は名称】シチズン時計株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100126583
【弁理士】
【氏名又は名称】宮島 明
(72)【発明者】
【氏名】三浦 紗葵
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 雅浩
(72)【発明者】
【氏名】小川 剛主
(72)【発明者】
【氏名】小林 資昭
【審査官】 石井 茂
(56)【参考文献】
【文献】 米国特許出願公開第2007/0082229(US,A1)
【文献】 特開昭47−042206(JP,A)
【文献】 特公昭51−008095(JP,B1)
【文献】 特開2007−006941(JP,A)
【文献】 特開昭63−007343(JP,A)
【文献】 特開2002−285358(JP,A)
【文献】 国際公開第2015/068184(WO,A1)
【文献】 特開2015−010253(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A44C 5/00
G04B 37/18
A44C 27/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
生体に接触して使用されコバルト及びクロムを主成分としモリブデンを含有したCCM合金を用いた金属装飾物の製造方法であって、
前記金属装飾物となる材料の外形形状を加工する外形加工工程と、
前記コバルトの含有量が内部から表面に向かって連続的に減少している遷移層を形成するように、前記材料表層の前記コバルトを除去するコバルト除去工程と、を有し、
前記材料は、前記CCM合金である
ことを特徴とする金属装飾物の製造方法。
【請求項2】
前記材料の表面を研磨する表面研磨工程を有する
ことを特徴とする請求項1に記載の金属装飾物の製造方法。
【請求項3】
前記材料表層の前記コバルト除去工程は、人工汗に前記材料を浸漬する
ことを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の金属装飾物の製造方法。
【請求項4】
前記コバルト除去工程は、前記材料又は前記人工汗の少なくとも一方を振動させる
ことを特徴とする請求項3に記載の金属装飾物の製造方法。
【請求項5】
前記人工汗は、塩化ナトリウム、乳酸、尿素、水酸化ナトリウムのうち少なくとも一つを含む水溶液である
ことを特徴とする請求項3又は請求項4に記載の金属装飾物の製造方法。
【請求項6】
前記コバルト除去工程は、前記材料を陽極酸化する
ことを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の金属装飾物の製造方法。
【請求項7】
前記遷移層の厚さが4.2nm以上16.05nm以下である
ことを特徴とする請求項1から請求項6のいずれか1項に記載の金属装飾物の製造方法。
【請求項8】
生体に接触して使用されコバルト及びクロムを主成分としモリブデンを含有したCCM合金を用いた金属装飾物であって、
前記金属装飾物を構成する前記CCM合金の内部から表面に向かって連続的に前記コバルトの含有量が減少している遷移層を有することを特徴とする金属装飾物。
【請求項9】
前記遷移層の厚さが4.2nm以上16.05nm以下である
ことを特徴とする請求項8に記載の金属装飾物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、コバルト及びクロムを含有する合金を用いた金属装飾物及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
コバルト及びクロムを含有するコバルト系合金は高強度、耐食性、非磁性等の優れた特性を有するため、多くの利用価値がある。特に最近高強度と白色光沢の外観から時計や指輪等の装着型の装飾物への用途拡大が見込まれている。
【0003】
特に腕時計がファッション性を考慮して薄型化の傾向が強くなると、薄型の時計外装を作成するための材料として、高強度と白色光沢の外観を有するコバルト系合金への期待が高まっている。
【0004】
しかし、金属性の腕時計外装の場合には人の腕に装着して使用されるため、人体の皮膚に長時間、直接接触していると皮膚に金属アレルギーを生じさせる危険性がある。
【0005】
コバルト系合金は人体の皮膚に長時間、直接接触していると汗によってコバルト系合金中に含まれるコバルトの溶出が促進され、人体の皮膚に金属アレルギーを生じさせることが知られている。
【0006】
従って、高強度と白色光沢の外観を有するコバルト系合金を腕時計外装や指輪のように人体に装着して使用する装飾品に適用する場合には、人体の皮膚に対するコバルトによる金属アレルギーの問題を解決する必要がある。
【0007】
上記人体の皮膚に長時間、直接接触していると皮膚に金属アレルギーを生じさせる金属材料に対して、金属アレルギーの発生を防止する提案がなされている(例えば特許文献1)。
【0008】
以下特許文献1に記載された金属材料に対して、金属アレルギーの発生を防止することに付いて説明する。
【0009】
引用文献1には、生体に接触して用いられるニッケル・チタン合金を用いた医療部品において、体液によってニッケルが溶出して人体の皮膚に金属アレルギーの発生する場合の対策として、医療部品を構成する金属材料において、材料表面のアレルギー物質であるニッケルの含有量が材料内部のニッケルの含有量より低く、材料内部から材料表面に向かって連続的にニッケル及びチタンの含有量が漸減する遷移層を形成している。
【0010】
その遷移層を形成する方法としては、研磨液として炭素数1〜6の脂肪族アルコールを主成分とする無水系電解液を用いて電解研磨をおこなっている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開2007−6941号公報(第4頁、図1
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
引用文献1には、生体に接触して用いられるニッケル・チタン合金を用いた医療部品を
構成する金属材料において、材料表面のニッケルの含有量が材料内部のニッケルの含有量より低く、材料内部から材料表面に向かって連続的にニッケル含有量が漸減する遷移層を形成するために、ニッケル・チタン合金を炭素数1〜6の脂肪族アルコールを主成分とする無水系電解液に浸漬して電解研磨をおこなっている。
【0013】
引用文献1はニッケル・チタン合金を用いた医療部品に関する金属アレルギーの発生を防止する技術である。しかしニッケル・チタン合金は強度が低く、かつ装飾品としての美感が劣るため、腕時計外装や指輪等の装飾品の材料としては不向きである。これに対し本発明の対象材料である強度が高く、美感の優れたコバルト系合金を用いた腕時計のような装着型の装飾品に対して、金属アレルギーの発生を防止する技術についてはいまだ提案されていない。
【0014】
本発明の目的は、上記課題を解決するためにある。すなわち、人体に装着しての使用中に、衣服や物との接触で生じる擦れ傷や表面の形状変形を防止し、表面のくすみ感を感じさせない明るい質感を持ち、皮膚に金属アレルギーを生じさせない、コバルト系合金を用いた金属装飾物及びその製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0015】
上記課題を解決するため本発明の金属装飾物の製造方法は、生体に接触して使用されコバルト及びクロムを主成分としモリブデンを含有したCCM合金を用いた金属装飾物の製造方法であって、金属装飾物となる材料の外形形状を加工する外形加工工程と、前記コバルトの含有量が内部から表面に向かって連続的に減少している遷移層を形成するように、材料表層のコバルトを除去するコバルト除去工程と、を有し、材料は、CCM合金であることを特徴としている。
【0016】
上記、金属装飾物の製造方法により、皮膚に金属アレルギーを生じさせることがなく、また衣服や物との接触で生じる擦れ傷や表面の形状変化を防止し、表面のくすみ感を感じさせない明るい質感を持つ金属装飾品を提供できる。
【0017】
上記、金属装飾物の製造方法は、材料の表面を研磨する表面研磨工程を有していてもよい。
【0018】
コバルト除去工程は、人工汗に材料を浸漬することを特徴としている。
【0019】
コバルト除去工程は、材料又は前記人工汗の少なくとも一方を振動させることが好ましい。
【0020】
人工汗は、塩化ナトリウム、乳酸、尿素、水酸化ナトリウムのうち少なくとも一つを含む水溶液であることが好ましい。
【0021】
コバルト除去工程は、材料を陽極酸化してもよい。
【0022】
本発明の金属装飾物は、生体に接触して使用されコバルト及びクロムを主成分としモリブデンを含有したCCM合金を用いた金属装飾物であって、金属装飾物を構成するCCM合金の内部から表面に向かって連続的にコバルトの含有量が減少している遷移層を有することを特徴としている。
【発明の効果】
【0023】
本発明によれば、装着中に衣服や物との接触で生じる擦れ傷や表面変形が生じにくく、表面のくすみ感を感じさせない明るい質感を持ち、皮膚に金属アレルギーを生じさせない、コバルト系合金を用いた金属装飾物及びその製造方法を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
図1】本発明の実施形態における金属装飾物としての腕時計バンドのコマを示す斜視図及び断面図及びコバルトの濃度分布を模式的に示す部分断面図である。
図2】本発明の実施形態における金属装飾物の製造方法を示す工程図である。
図3】本発明の実施形態におけるコバルト系合金の表面からの深さと各成分の含有量との関係を示すグラフである。
図4】本発明の実施形態における従来例と実施例とのコバルト溶出量を比較した結果を示すグラフである。
図5】本発明の実施形態における金属装飾物の製造方法に用いるコバルト除去工程を行う装置の構成を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
本発明のコバルト及びクロムを含有する合金(以下、「コバルト系合金」と記載する)からなる金属装飾物の特徴は、材料内部から材料表面に向かって連続的にコバルト含有量が減少している遷移層を有していることである。
【0026】
以下、図面を用いて本発明の金属装飾物及びその製造方法の具体的な実施形態を詳述するが、本発明はこれらの実施形態によりなんら限定されるものではない。
【0027】
本発明の実施形態としては、装着しているときには常に皮膚に接触し、皮膚との接触時間が長時間となる金属装飾物である腕時計の金属バンドを金属装飾物の事例として説明する。
【0028】
説明に用いる図面は寸法や形状は実際の形状を正確に反映したものではなく、図面を見やすく、また、理解しやすくするため一部誇張しており、発明に直接関係しない一部の要素は省略している。なお、同一または対応する要素には同一番号を付し、重複する説明は省略する。
[本発明の実施形態における腕時計の金属バンドの構成の説明:図1
本発明の実施形態におけるコバルト系合金を用いた金属装飾物の構成を例として説明する。具体的には、コバルト及びクロムを主成分とし、微量のモリブデンを含有したCCM合金と呼ばれる材料を使用した。
【0029】
図1は本実施形態の腕時計の金属バンドのコマ10を示し、図1(a)は、腕時計の金属バンドを構成するコマ10の斜視図であり、図1(b)は、図1(a)のA−A´断面における断面図であり、図1(c)は、図1(b)の部分Bを拡大した断面図である。
【0030】
図1(a)の斜視図で示されるコマ10は、接続ピンで互いに結合されて、腕時計の本体と腕時計の尾錠(バックル)を結ぶ腕時計の金属バンドとなる。
【0031】
図1(b)は金属バンドのコマ10の断面図であり、コマ10のコバルト含有量が高い内部12と、内部12から表面14に向かって連続的にコバルト含有量が減少している遷移層11を示している。
【0032】
図1(c)は、図1(b)に示すコマ10の皮膚に接する面の内部12及び遷移層11を含む点線で囲まれた部分Bを拡大した部分断面図であり、コバルト13は、内部12では濃度が高く、遷移層11においては、内部12から表面14に向かって連続的に濃度が低下している様子を模式的に表している。なお、遷移層の厚さは4.2nmから16.05nm程度である。
[本発明における金属装飾物の製造方法の説明:図2
次に、コバルト系合金からなる金属バンドのコマ10を例として本発明の金属装飾物の
製造方法を説明する。本発明における金属装飾物の製造方法は、金属バンドのコマ10となるコバルト系合金材料からコマ10の外形形状を加工する外形加工工程と材料の表面を研磨する表面研磨工程と材料表層のコバルトを除去するコバルト除去工程とを有する。
【0033】
図2は、第1の金属装飾物の製造方法の工程図であり、コバルト系合金材料からコマ10の外形形状を加工する外形加工工程S1と材料の表面を研磨する表面研磨工程S2と人工汗に浸漬する方法で材料表層のコバルトを除去するコバルト除去工程S3を有することを示している。
【0034】
まず、コバルト系合金材料からコマ10の外形形状を加工する外形加工工程S1と材料の表面を研磨する表面研磨工程S2を説明する。
【0035】
コバルト及びクロムを含むコバルト系合金からコマ10の外形形状を加工する外形加工工程S1としては、例えば、塑性加工の一つである、金属素材に打撃・圧力を加える事で目的の外形形状を作る鍛造加工や切削加工などが挙げられる。
【0036】
外形加工されたコマ10の表面を研磨する表面研磨工程S2としては、綿布等で作られたバフに研磨剤を付着させ、バフを回転させながら材料の表面に押し当てて表面を研磨して光沢面にするバフ研磨が適している。
【0037】
コマ10の表面を鏡面や光沢面とする必要がない場合は、表面研磨工程S2を省略することも可能である。
【0038】
次に、コバルト系合金材料表層のコバルトを除去するコバルト除去工程S3について説明する。コバルト除去工程S3としては、コバルト系合金からなるコマ10を30℃に温度管理した人工汗に約24時間浸漬することにより、コマ10表層のコバルトを人工汗中に溶出させて除去する。
【0039】
本実施形態では、コマ10を人工汗に30℃で24時間浸漬したが、アレルギー物質の溶出量の評価方法である欧州における金属製品に対する規制EN1811人工汗浸漬試験でのコバルト溶出量と作業性とを考慮して時間や温度を適宜決定することができる。
【0040】
人工汗としては、塩化ナトリウムを含む水溶液を主成分とするものが好ましいが、さらに水酸化ナトリウム、乳酸、尿素などを添加しても良い。本実施形態では、塩化ナトリウム0.5wt%、乳酸0.1wt%、尿素0.1wt%、水酸化ナトリウム0.1モルと水とを混合して1リットルとした人工汗を用いてコバルト除去工程を行った。
【0041】
人工汗は、JIS L0848:2004、ISO 105−E04、ATTCC15−2002、ATTSなどで規定される酸性又はアルカリ性の人工汗を用いることができるが、その組成のみに限定されることは無く、コバルトの溶出を促進する効果のある人間の汗の成分と類似したものが使用できる。
【0042】
人工汗によるコバルト除去工程S3では、人工汗に浸漬したコマ10又は人工汗の少なくとも一方を振動させることが好ましく、人工汗に浸漬されたコマ10の表面にはコバルトが溶出した人工汗が留まることがなく、絶えず新鮮な人工汗が接し、コマ10表層のコバルトの除去が促進され、コバルト除去工程S3の短時間化が可能となる。
【0043】
上記とは別のコバルト除去工程S3としては、コバルト系合金からなるコマ10を陽極とし、陰極との間に電解液を介して直流電流を通電することにより、陽極酸化を行う方法がある。陰極の材料としては、例えば、白金、銅などを挙げることができる。陽極酸化に
より、陽極の表面の金属がイオン化して電解液中に溶出するが、陽極がコバルト及びクロムを含有するコバルト系合金であるとき、クロムよりもコバルトの方がイオン化しやすく、多く溶出するために、陽極とした金属装飾物の表層のコバルト含有量が減少する。
【0044】
本発明の金属装飾物の製造方法における各加工工程の順番は、材料の外形形状を加工する外形加工工程S1、材料の表面を研磨する表面研磨工程S2を経て、金属装飾物の最終製品としての形状とした後、人工汗に浸漬する処理や陽極酸化処理を施して完成品とするコバルト除去工程S3の順番とするのが最も簡単である。しかし、金属装飾物の形状によっては陽極酸化されにくい部分が存在する場合もあるので、そのような場合には、均一な陽極酸化処理が可能な形状でコバルト系合金を陽極酸化処理したのち、皮膚と接触する部分のコバルト含有量が少ない遷移層を破壊することなく、皮膚と接触しない部分の外形形状加工や研磨加工をすることも可能である。
[遷移層の説明:図3
図3(a)及び図3(b)は本発明の金属装飾物のコマ10の表面からの深さと各合金成分の含有量との関係を示すグラフであり、具体的な遷移層11の状態を示している。
【0045】
図3(a)は、人工汗にコマ10を浸漬した場合のコマ10表面からの深さと各合金成分の含有量との関係を示すグラフであり、図3(b)は、コマ10を陽極酸化した場合のコマ10表面からの深さと各合金成分の含有量との関係を示すグラフである。
【0046】
図3(a)及び図3(b)のグラフは、図1(c)に示す遷移層11の中でのコバルト系合金の各成分の含有量の分布状況を示しており、コマ10の表面をアルゴンスパッタリングで掘りながら、コマ10の表面から深さ25nmまでX線光電子分光分析(XPS)を行って観察したものである。
【0047】
図3(a)及び図3(b)に示すグラフの横軸はコマ10を構成する材料表面からの深さであり、縦軸は各成分の含有量である。材料表面においては酸素Oの含有量が高いが、材料内部に向かうと酸素Oの含有量は低下する。材料表面におけるコバルトCoの含有量P1は、クロムCrの含有量と比較すると微量であるが、材料表面より深い領域では、コバルトCoの含有量P2がクロムCrの含有量の約2.5倍となる本来の合金組成となっている。
【0048】
コバルトCoの分布に着目すると、図3(a)の人工汗にコマ10を浸漬した場合については、深さ4.2nmでの含有量P2から表面での含有量P1に向かってコバルト含有量が減少している。すなわち、材料の内部から表面に向かって、連続的にコバルト含有量が減少している遷移層11が4.2nmの厚みで形成されている。
【0049】
図3(b)のコマ10を陽極酸化した場合については、深さ16.05nmでの含有量P2から表面での含有量P1に向かってコバルト含有量が減少している。すなわち、材料の内部から表面に向かって、連続的にコバルト含有量が減少している遷移層11が16.05nmの厚みで形成されている。
[コバルト溶出の評価:図4
また、コバルトの溶出量の評価として、欧州における金属製品に対する規制であるEN1811人工汗浸漬試験を行った。人工汗に試験品(コマ10)を一週間浸漬したときに溶出する金属イオン量を評価する試験である。
【0050】
その結果のグラフを図4に示す。バフ研磨品は、図2に示す金属装飾物の製造方法の外形加工工程及びバフ研磨による表面研磨工程後の状態のものであって、表層のコバルトを除去する処理を行うコバルト除去工程の前の段階であるため、コマ10のコバルトイオン溶出量は、グラフL1で示される0.25μg/cmと多い。それに対してコバルト除
去工程後の状態である人工汗浸漬品及び陽極酸化品のコマ10では、X線光電子分光分析装置の検出限界値以下の0.05μg/cm以下であったため、便宜上グラフL2では0.05μg/cm/weekと示している。
【0051】
すなわち、本発明の金属装飾物は、人工汗浸漬品又は陽極酸化品ともにコマ10の内部12から表面14に向かって連続的にコバルト含有量が減少している遷移層11を有しているため、コマ10表面からのコバルトの溶出量を大幅に減少させることができ、金属装飾物を装着した場合の金属アレルギーの発生を低減することができる。
【0052】
人工汗浸漬品の遷移層11の厚みは4.2nmであるが、上記試験によりコバルト溶出量が大幅に減少しているため、遷移層11の厚みとして少なくとも4.2nm以上であればコバルトの溶出によるアレルギーの発生を低減することが可能であることがわかる。
【0053】
また、コバルトの含有量が減少している遷移層11はその厚さが4.2nmや16.05nmと非常に薄いため、コバルト系合金が持つ特性が保たれることにより、高強度でかつ、高い耐食性と白色光沢性を呈する金属装飾物を得ることができる。
【0054】
次に、図を用いて、本発明の金属装飾物の製造方法におけるコバルト除去工程を詳述する。
[人工汗浸漬によるコバルト除去工程S3の説明:図5(a)]
まず、コバルト系合金による金属装飾物を人工汗に浸漬する方法で材料表層のコバルトを除去する方法について、図5(a)を用いて詳述する。
【0055】
図5(a)は人工汗浸漬処理装置60の構成を示す模式図であり、容器62には人工汗61が満たされている。本製造方法での人工汗61は、L−ヒスチジン塩酸塩一水和物及び塩化ナトリウムを含む水溶液を主成分とするものであり、具体的にはL−ヒスチジン塩酸塩一水和物0.05wt%、塩化ナトリウム0.5wt%、乳酸0.1wt%、尿素0.1wt%、水酸化ナトリウム1モルと水を混合して1リットルの人工汗を作成し用いた。容器62は超音波振動発生器63と結合されている。
【0056】
コマ10を篭64の中に入れ、篭64を駆動機65に吊るし、駆動機65を動作させて篭64を下げて人工汗61の中に移動してコマ10を人工汗61に浸漬した。人工汗61を30℃に保ちながら24時間浸漬した。
【0057】
なお、コマ10を人工汗61に浸漬している際に、コマ10または人工汗61の少なくとも一方を振動させてもよい。具体的な方法としては、駆動機65を動作させてコマ10が入った篭64を上下方向や左右方向に振動させたり、超音波振動発生器63を動作させて容器62に超音波振動を与えて人工汗61を超音波振動させる方法などが挙げられる。駆動機65及び超音波振動発生器63の両者を同時に動作させて、コマ10及び人工汗61の両方に同時に振動を与えてもよい。
【0058】
上記のような振動により、コマ10の表面に絶えず新鮮な人工汗61を接触させることで表層からコバルトの溶出が促進されるため、コマ10を人工汗61に浸漬する処理時間を短くすることができる。
【0059】
また、図示していないが、マグネチックスターラーや撹拌羽根などを用い、容器62内の人工汗61を撹拌することで人工汗61に振動を与えても良い。さらには、超音波振動と撹拌を同時に行って人工汗61に振動を与えても良い。
[陽極酸化によるコバルト除去工程S3の説明:図5(b)]
次に、陽極酸化によるコバルト除去工程S3を図5(b)を用いて説明する。
【0060】
陽極酸化によるコバルト除去工程S3では、コマ10を電解液中に浸漬し、電界をかけて陽極酸化処理を行うことで、材料の内部から表面に向かって連続的にコバルト含有量が減少している遷移層11を形成することができる。
【0061】
図5(b)は、陽極酸化によるコバルト除去工程S3に使用する陽極酸化処理装置70の構成を示す模式図である。陽極酸化処理装置70を構成する電解液容器75には電解液74が満たされている。電解液74は、メタンスルホン酸とグリコール酸を主成分とするものを使用した。
【0062】
コマ10を金属製保持具71に保持された状態にして電解液74に浸した。ここで、コマ10は、金属製保持具71と電気的に接続されている。
【0063】
電解液74の温度は、75℃に設定し、電源73を用いて、陽極となる金属製保持具71と銅製の陰極72の間に0.72Aの電流を20分間流して、金属製保持具71と電気的に接続されているコマ10を陽極酸化した。
【0064】
ここで、陽極と陰極の配置を対称形にすることは、コマ10への陽極酸化をより均一にする方法として効果的である。例えば、電解液容器75を円筒形にし、陰極72を円筒形の電解液容器75の内壁に沿った円筒状にし、コマ10をその中心に配置して陽極酸化する方法は、コマ10と陰極の間の距離が均一になるので、陽極酸化の均一化に効果的である。
【0065】
本発明による金属装飾物は、その材料が高強度で明るい表面状体を有するコバルト系合金であるので、人体に装着しての使用中に、衣服や物との接触で生じる擦れ傷や表面の形状変化が起こりにくく、表面のくすみ感を感じさせない明るい質感を持ち、さらに、材料の内部から表面に向かって連続的にコバルト含有量が減少している遷移層を有していることにより、皮膚へのコバルトの溶出量が減少し、皮膚に金属アレルギーを生じさせない。
【0066】
また本発明による金属装飾物の製造方法は、高精度で均一な特性を有する金属装飾物を再現性良く大量に製造できるものである。
【産業上の利用可能性】
【0067】
本発明の金属装飾物及びその製造方法は、皮膚への金属アレルギーの発生がなく、装着中の擦れ傷の発生や表面形状の変形を防止し、表面が明るい質感を呈する金属装飾物を提供するものであり、金属製の時計ケースや指輪等、人体に装着する全ての金属装飾品に適応することができる。
【符号の説明】
【0068】
10 腕時計バンドのコマ
11 遷移層
12 内部
13 コバルト
14 表面
60 人工汗浸漬処理装置
61 人工汗
62 容器
63 超音波振動発生器
64 篭
65 駆動機
70 陽極酸化処理装置
71 金属保持具
72 陰極
73 電源
74 電解液
75 電解液容器
図1
図2
図3
図4
図5