【0007】
本発明に係るバイオ燃料の製造方法(以下、「本方法」と称する)は、光合成微生物と非光合成微生物とを含む混合微生物を、窒素源欠乏培地において共培養する(同一空間で培養する)ことで、光合成微生物が糖を生産する一方、当該生産された糖を炭素源として利用し、非光合成微生物が油(炭化水素)等のバイオ燃料を生産する方法である。生産されるバイオ燃料としては、例えばヘプタデカン等の炭素数1〜20個の短鎖アルカンが挙げられる。
図1に、混合液混合種培養(MCMS:Mixed−Culture Mixed−Species)の概要を示す。従来の細胞の培養方法は、目的とする細胞を純化し一種類の細胞を単純組成の培地で培養する(UCUS:Uni−Culture Uni−Species)ことを特徴としている。この場合、細胞株の純化が困難であったり、目的とする出口産物やそれを生産する培養条件が限定される場合がある。一方、本方法は、混合液混合種培養(MCMS:Mixed−Culture Mixed−Species)を特徴とする。混合液とは、無機物と有機物を成分とする培地であり、混合種とは、光合成微生物を含む2種類以上の細胞が共存することを意味する。特に、混合種培養は「共培養」と位置づけられる。共培養では、単一種純粋培養よりも培養条件や目的生産物の種類に多様性が与えられ、さらには昼夜を問わず油等のバイオ燃料の生産が可能であるので、バイオ燃料の生産量を向上させ、また経費を削減することができる。
本方法において、光合成微生物としては、水と二酸化炭素とを光合成により固定し、ブドウ糖等の有機物を生産する微生物であれば特に限定されないが、例えばシアノバクテリア(原核光合成微生物)が挙げられる。シアノバクテリアとしては、例えばハロミクロネマ属、マイクロキスティス属、リムノスリックス属、シュードアナベナ属等の属に属する微生物が挙げられる。また、ハロミクロネマ属に属する微生物としては、例えば、ハロミクロネマ・エスピーSZ2菌株(以下、「SZ2菌株」等と称する場合がある)又は糖生産能を有するその変異株(例えば自然突然変異株、突然変異誘発処理株)等が挙げられる。
SZ2菌株は、独立行政法人製品評価技術基盤機構特許微生物寄託センター(NPMD)(〒292−0818 日本国千葉県木更津市かずさ鎌足2−5−8 122号室)に平成26年(2014年)12月12日付で寄託されており、その受託番号は、NITE P−01982である。さらに、SZ2菌株は、独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センター(NPMD)(〒292−0818 日本国千葉県木更津市かずさ鎌足2−5−8 122号室)に平成28年(2016年)2月12日付けで受託番号NITE BP−01982として国際寄託へ移管されている。SZ2菌株は、下記の実施例に示す菌学的性質及び16SrRNA遺伝子の相同性分析等により、菌体表面に糖を生産する糸状性シアノバクテリアの一種ハロミクロネマ属に属する新菌株であると同定した。
一方、非光合成微生物としては、光合成微生物以外の糖等の炭素源を利用してバイオ燃料を生産する微生物であれば特に限定されないが、例えばシノリゾビウム属、シノリゾビウム属と近属のリゾビウム属、アゾリゾビウム属、メソリゾビウム属、アグロバクテリム属等に属する微生物が挙げられる。シノリゾビウム属に属する微生物としては、例えば、シノリゾビウム・エスピーST1菌株(以下、「ST1菌株」等と称する場合がある)又はヘプタデカン等の短鎖アルカン生産能を有するその変異株(例えば自然突然変異株、突然変異誘発処理株)等が挙げられる。
ST1菌株は、独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センター(NPMD)(〒292−0818 日本国千葉県木更津市かずさ鎌足2−5−8 122号室)に平成26年(2014年)12月12日付で寄託されており、その受託番号は、NITE P−01981である。さらに、ST1菌株は、独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センター(NPMD)(〒292−0818 日本国千葉県木更津市かずさ鎌足2−5−8 122号室)に平成28年(2016年)2月12日付けで受託番号NITE BP−01981として国際寄託へ移管されている。ST1菌株は、下記の実施例に示す菌学的性質及び16SrRNA遺伝子の相同性分析等により、根粒菌シノリゾビウムに属する新菌株であると同定した。
本方法においては、好ましくはSZ2菌株又は糖生産能を有するその変異株とST1菌株又は短鎖アルカン生産能を有するその変異株とを含む混合微生物を使用する。
先ず、本方法においては、光合成微生物と非光合成微生物とを準備する。
光合成微生物は、無機物培地で培養(前培養)し、調製することができる。ここで、無機物培地とは、例えばBG11培地のように栄養源として糖類を含まない培地を意味する。SZ2菌株の場合には、例えば無機物培地としてBG11液体培地[培地組成:0.003mM Na
2−Mg EDTA、0.029mM クエン酸、0.18mM K
2HPO
4、0.30mM MgSO
4・7H
2O、0.25mM CaCl
2・2H
2O、0.19mM Na
2CO
3(無水)、0.03mM クエン酸鉄アンモニウム、1ml/L 微量栄養素(微量栄養素の組成:2.86g/L ホウ酸、1.81g/L MnCl
2・4H
2O、0.22g/L ZnSO
4・7H
2O、0.39g/L Na
2MoO
4・2H
2O、0.08g/L CuSO
4・5H
2O、0.049g/L Co(NO
3)
2・6H
2O)、1.5g/L NaNO
3]を使用し、例えば20〜40℃(好ましくは27〜33℃)の温度下で7〜90日間(好ましくは10〜60日間)振盪(1〜200rpm、好ましくは40〜110rpm)又は静置培養することで、SZ2菌株培養物を準備することができる。
一方、非光合成微生物は、有機物培地で培養(前培養)し、調製することができる。ここで、有機物培地とは、栄養源としてグルコースなどの糖類(あるいは一酸化炭素や二酸化炭素などを除いた炭素を含む化合物の中で炭素と酸素から成るもの)を含有する培地を意味する。ST1菌株の場合には、例えば有機物培地としてLB液体(寒天)培地(培地組成:NaCl 10g/L、Bacto Tryptone Peptone 10g/L、粉末酵母エキス5g/L、寒天培地にする場合は以上にBacto Agarを15g/Lの割合で添加し、これをオートクレーブ後、シャーレに注ぎ固化させる)を使用し、28〜30℃の温度下で1〜数日間(寒天培地の場合は数日〜60日間)振盪(0〜200rpm、好ましくは90〜120rpm)培養することで、ST1菌株培養物を準備することができる。
次いで、本方法では、光合成微生物と非光合成微生物とを組み合わせて混合微生物とし、当該混合微生物を例えば窒素源欠乏培地において共培養する。なお、SZ2菌株には、自然界において共存菌としてST1菌株が共存しており、当該共存下の混合微生物を使用してもよい。
また、光合成微生物と非光合成微生物は、それぞれ単離したものであってよく、あるいは上述の前培養物自体を各微生物として使用することができる。前培養物を使用する場合には、共培養における窒素源欠乏培地に前培養に使用した無機物培地及び/又は有機物培地とが含有されることとなる。窒素源欠乏培地に対する前培養に使用した無機物培地及び/又は有機物培地の割合としては、例えば0〜100容量%(v/v)、好ましくは0.4〜20容量%(v/v)が挙げられる。
混合微生物における光合成微生物と非光合成微生物との混合比としては、例えばSZ2菌株とST1菌株との場合において、2ヶ月間前培養した培養液50mLから集菌したSZ2菌株と前培養した培養液(OD
660=2)5mLから集菌したST1菌株とを1:1とすると、SZ2菌株:ST1菌株=1:0.04〜1:2、好ましくは1:1程度が挙げられる。
共培養に使用される窒素源欠乏培地としては、窒素源を含まないか、又は通常の培地(例えば、BG11液体培地)中の窒素源に対して窒素源が乏しい(例えば、0〜50%、好ましくは0〜10%の窒素源を含む)培地である。窒素源としては、例えばアンモニア、硫酸アンモニウム、炭酸アンモニウム、塩化アンモニウム、クエン酸鉄アンモニウム、硝酸ナトリウム、硝酸カリウム、硝酸カルシウム等が挙げられる。例えばSZ2菌株とST1菌株との混合微生物の共培養においては、窒素源欠乏培地としてBG11
0液体培地(培地組成:前記のBG11培地組成よりNaNO
3を全部抜いたもの)或いはNaNO
3を部分的(1割〜9割程度)に抜いたBG11培地を使用することができる。なお、窒素源欠乏培地は、非滅菌の蒸留水等を使用して調製したものであってもよい。非滅菌の蒸留水を使用することで、培養コストを削減することができる。
さらに、窒素源欠乏培地には、炭素源及び/又は糖源を添加することが好ましい。炭素源を添加することで、更に炭素源を補強することができる。添加する炭素源としては、例えば酢酸ナトリウム、酢酸カリウム、炭酸ナトリウム等が挙げられる。窒素源欠乏培地への炭素源の添加量は、例えば窒素源欠乏培地における最終濃度1〜数100mM、好ましくは10mM程度となる量である。一方、糖源を添加することで、光合成微生物が生産する糖に加えて、添加した糖源を利用し、非光合成微生物がバイオ燃料を生産することができ、バイオ燃料生産量を向上させることができる。糖源としては、例えば単糖類であるグルコース、キシロース、アラビノース、キシロース、リボース、デオキシリボース、フルクトース、ガラクトース、マンノース等、二糖類であるラクトース、マルトース、トレハロース等、三糖類であるマルトトリース、ラフィノース等、オリゴ糖である、フラクトオリゴ(FOS)糖、ガラクトオリゴ糖(GOS)、マンナンオリゴ(MOS)糖等、多糖類であるグリコーゲン、デンプン、セルロース、デキストリン、グルカン、フルクタン、キチン質等、その他産業廃棄物(廃糖蜜、発酵液、糞尿液、下水等)に含まれる廃棄糖等が挙げられる。窒素源欠乏培地への糖源の添加量は、例えば窒素源欠乏培地における最終濃度0.01〜数百mM、好ましくは0.1〜20mM(本方法では0.5mM程度)となる量である。
共培養は、例えば20〜30℃(好ましくは25〜30℃)の温度条件、0〜500μmolphotons/m
2/s
1(好ましくは10〜100μmol photons/m
2/s
1)の光強度条件(例えば、白色光照射下)、0.04〜12%(好ましくは0.5〜3%)の二酸化炭素ガス供給(0.01〜50L/min、好ましくは0.1〜20L/min)下等の条件下で数日〜30日間(好ましくは5日間程度〜20日間程度)静置又は振盪(10〜200rpm、好ましくは30〜50rpm)培養により行われる。
また、共培養において、所定の暗黒期間を設けることで、培養コストを削減することができる。例えば、照明12時間間隔(すなわち、明/暗(12時間/12時間)サイクル)条件下で共培養を行うことができる。
さらに、共培養後、共培養物を乾燥ストレス(例えば、培地液体の自然乾燥)下で更に培養することで、光合成微生物自身でもバイオ燃料の生産が可能となる。当該培養は、上述の共培養条件に準じた条件下で数日〜数十日間(好ましくは2週間程度〜2ヶ月間程度)静置培養により行われる。
以上に説明した本方法によれば、炭化水素(アルカン)等のバイオ燃料を高収量で生産することができる。例えば、共培養物を酢酸エチル等の溶媒抽出に供することで、バイオ燃料を回収することができる。また、MCMS系で連続的にヘプタデカン等を液体燃料として回収し、その後、培養の最後は共培養物を乾燥させると、乾燥菌体を固形燃料として使用でき、経済的にコスト安な燃料製造法となる。
以下、実施例を用いて本発明をより詳細に説明するが、本発明の技術的範囲はこれら実施例に限定されるものではない。
【実施例3】
【0010】
ハロミクロネマ・エスピーSZ2菌株とシノリゾビウム・エスピーST1菌株との共培養(MCMS培養)によるバイオ燃料生産
3−1.SZ2菌株
図2は、SZ2菌株の顕微鏡写真(x 1,000:(A)光学顕微鏡観察、(B)蛍光顕微鏡観察)である。
図2において、棒は10μmである。SZ2菌株を、BG11液体培地50mLを含有する100mL容三角フラスコで3週間振盪(100rpm)培養した。以上の条件下では、優先種はSZ2藻細胞であり、ST1細胞(矢印)等の共存菌は僅かに観察される程度であった。1細胞当たりの長辺は、SZ2菌株では約3〜5μmであり、ST1菌株では約0.7〜2μmであった。蛍光顕微鏡(励起460−495nm/放射510nm,オリンパスBX53/DP72)観察では、光合成微生物特有の自家蛍光が認められた。SZ2細胞の凝集体では、糸状性細胞の周りに多糖と思われる物質の蓄積が認められた。
3−2.SZ2菌株の糖生産
図3は、SZ2菌株の糖生産を示す写真である。
PAS染色(Periodic acid−Schiff stain)は、中性多糖類(グリコーゲン、キチン、ヘパリン、粘液タンパク質、糖タンパク質、糖脂質等)の検出法である。過ヨウ素酸はグルコース残基を選択的に酸化してアルデヒドを生成し、シッフ試薬によって赤紫色を呈す。
図3(A):SZ2菌株をBG11液体培地で4週間静置培養した後、培養液1mLを回収して遠心し、藻菌体を集菌した。蒸留水で藻を洗浄後、再び遠心して蒸留水を捨てた。集菌細胞に0.5%(w/v)過ヨウ素酸(periodic acid,和光純薬製)水溶液を300μL加え懸濁後、3分放置した。その後、過ヨウ素酸水溶液を遠心して捨てた。これに蒸留水を加え洗浄し、遠心して蒸留水を捨てた。シッフ試薬(Schiff’s reagent,和光純薬製)を加え、藻を懸濁した。13分放置後、シッフ試薬を遠心して捨てた。これを3回繰り返した後、蒸留水を加え洗浄し遠心して、顕微鏡観察の試料とした。これを光学顕微鏡(オリンパスBX53/DP72)観察した。細胞内、細胞外表面に多糖の蓄積が観察された(
図3(A)において、棒は10μmである)。
図3(B):
図3(A)に示す試料を更に2ヶ月間静置培養した後、多糖を生産した細胞を塊ごとシャーレに移した時の様子を示す。SZ2細胞塊の周りの白いフィルム様部分が蓄積した多糖である。(
図3(B)において、棒は1cmである)。
3−3.SZ2菌株とST1菌株共存下でのST1菌株による炭化水素生産
図4は、SZ2菌株とST1菌株共存下でのST1菌株による炭化水素生産を示す写真である。
ST1菌株が共存しているSZ2藻細胞をBG11培地で3週間培養後(
図2)、培養液50mLを回収し遠心して、細胞塊を新たな窒素欠乏BG11
0液体培地50mL(100mL用三角フラスコ内)へ移植した。BG11
0液体培地には炭素源の補強として、予め最終濃度10mMになるように酢酸ナトリウム(pH7.0)を添加しておいた。以上の培地を通常大気中で白色蛍光灯照射下(30μmol photons/m
2/s
1)で10日間静置培養した後、液体培地1mLを回収した。炭化水素の蓄積を確認するため、Nile Red(和光純薬)を最終濃度10μMになるよう培地に添加し細胞を染色し、これを光学顕微鏡(
図4(A))並びに蛍光顕微鏡(励起460−495nm/放射510nm,
図4(B))で観察した。
光学顕微鏡観察の結果、窒素欠乏条件下で培養すると糸状性SZ2藻細胞を取り囲むようにしてST1細胞の増殖が認められた。これによりSZ2細胞とST1細胞の比率は、BG11培地での培養では圧倒的にSZ2細胞が優先種で占められているのに対し、BG11
0培地では相対的にST1細胞が増加していることが明らかとなった。一方、蛍光顕微鏡観察の結果、ST1細胞内に顕著な炭化水素の蓄積が認められた(
図4(A)及び(B)において、棒は10μmである)。
3−4.炭化水素生産におけるSZ2菌株とST1菌株の相性
SZ2株培養液より単離純化したST1株細胞の培養液を3種類のシアノバクテリア藻培養液に添加混合し、ST1株の相手となる藻細胞と「共培養」することにより、ST1株による炭化水素生産における相手藻細胞の相性を検証した。
結果を
図5に示す。使用したシアノバクテリア3種のうち、SZ2株以外の2種はそれぞれ純化株を用いた。3週間BG11培地で前培養した各種藻細胞液50mLに相当する菌体を遠心回収し、第3−3節で説明したBG11
0液体培地(酢酸ナトリウム=酢酸Na添加)へ懸濁した。これに予め一晩LB液体培地で培養(30℃、110rpm振盪培養)したST1細胞培養液1mL(OD
660=2)を遠心分離して集菌した量に相当する湿潤菌体を直接とって、上記50mL BG11
0液体培地へ移植した。これを第3−3節で記述したように大気中(0.04%CO
2ガス含む)で5日間静置培養した。その後、細胞をNile Red染色して蛍光顕微鏡観察を行った。
その結果、BG11液体培地を使用してST1株と各種藻を共培養した場合は、いずれの共培養下でも炭化水素生産は殆ど認められなかった。一方、BG11
0(窒素源欠乏)培地で共培養した場合、ST1株による炭化水素生産量は、SZ2株>PCC6803株>ABRG5−3株との共培養の順に高かった。この結果から、ST1株による炭化水素生産時に共存させる相手藻に関しては特異性が認められ、元々自然界から分離された時のST1株と共存するSZ2藻との相性が一番良い事が明らかとなった。
図5において略語は以下を示す:SZ2,Halomicronema sp.SZ2;PCC6803,Synechocystis sp.PCC6803(パスツール研究所(仏国,パリ)保存株;かずさDNA研究所(千葉県木更津市かずさ鎌足2−6−7)より分譲);ABRG5−3,Limnothrix/Pseudanabaena sp.ABRG5−3(FERM P−22172;特開2013−198473号公報)。また、
図5において、棒は10μmである。さらに、
図5において、ST1株による炭化水素(油)生産の有無: 有,+;無,−。
3−5.炭化水素生産における培地組成条件
SZ2株とST1株の菌体組み合わせ、培地中の窒素源の有無並びに酢酸ナトリウム(酢酸Na,最終濃度10mM)添加の有無について、第3−4節に示す培養条件により飼育した菌体をNile Redにより染色し、ST1株の炭化水素生産における培地組成条件について検証した。
結果を
図6に示す。先ず、ST1細胞が炭化水素を一番効率良く生産する条件としては、SZ2藻細胞との共培養(MS:Mixed−Species)で窒素欠乏(BG11
0培地使用)条件下且つ培地に炭素源の補強剤として酢酸ナトリウムを添加した場合であった(
図6上段左)。この組み合わせより培地を窒素欠乏にしなければ(BG11培地使用)、ST1細胞の炭化水素の顕著な蓄積は認められなかった(
図6上段右)。このことは、ST1細胞の効率的な炭化水素生産にはSZ2藻細胞との共培養が有効であり、且つ窒素源欠乏培地で培養することが必須ということが明らかとなった。
次に、単離純化されたST1株のみを用いて同様の実験を行ったところ、窒素源欠乏培地で酢酸ナトリウムを添加した場合は、ST1株単独培養(UCUS:Uni−Culture Uni−Species)でも炭化水素を生産していた(
図6中段左)。しかしながら、その生産能は、SZ2株と共培養した場合に比べて低かった。また酢酸ナトリウムを添加していても、培地が窒素欠乏になっていなければST1株の炭化水素生産は認められなかった(
図6中段右)。
以上により、ST1株の炭化水素生産は、炭素源を供給し、且つ窒素源を欠乏した場合に限り可能なことが示唆された。従って、SZ2藻細胞との共培養では、SZ2藻細胞表面に生産された多糖をST1株が炭素源として利用し、炭化水素生産の効率を高めている(
図6上段左)のではないかと推察された。ST1細胞の炭化水素生産に炭素源が必要な事は、単離純化したST1細胞のみを培養した場合、窒素欠乏の有無にかかわらず、培地へ炭素源となる酢酸ナトリウムを添加しなければ、生産が認められない事と矛盾しない(
図6下段左右)。
なお、
図6において、棒は10μmである。また、
図6において、ST1株による炭化水素(油)生産の有無: 有,+;無,−。
3−6.MCMS培養による5L規模のバイオ燃料生産
SZ2株とST1株との共培養によるバイオ燃料生産の実用化に向けた基盤技術を確立するため更に、(1)5リットル(5L)規模でのMCMS培養技術、(2)MCMS培養により生産される油の成分について検証した。(1)に関しては、特に経費軽減のため、BG11
0培地作製には滅菌水の代わりに蒸留水を使用し、照明も12時間(12h)間隔の暗黒を設けることとした。以下に、培養と燃料成分分析について記述する。
藻株には本来ST1株が共存しているが、予め培養したSZ2株培養液に単離したST1株培養液を所定の濃度で添加することにより、炭化水素を蓄積生産することが可能であることは
図5で示されている。MCMS培養に関しては、一ヶ月間BG11液体培地(無機物培地)で培養したSZ2藻株培養液1Lに対し、単離純化したST1株をLB液体培地(有機物培地)に接種し一晩30℃で振盪培養(110rpm)したST1細胞(OD
660≒2)0.2Lを混合し、この1.2L混合種液を新しいBG11
0液体培地3.8L(滅菌処理はしていない蒸留水をベースに作製)へ移した(培地総量5LのMCMS培地に対し、10mMとなるよう酢酸ナトリウムを添加)。培養装置は、厚さ2mmの箱型プラスチック容器(縦20cmx横12cmx高さ16cm)であった。これに0.5%二酸化炭素ガス(15L/min)をシリコンチューブで供給した。この培地を、白色蛍光灯(30μmol photons/秒/m
2)下、明暗(12h/12h)サイクル条件で19日間培養した。
培養後、培養液50mLを回収し、遠心により菌体を集めた。以後、酢酸エチルを用いて回収菌体から炭化水素を回収し(特開2013−198473号公報参照)、そのうち一部の試料をとってGC−MS分析に供した(特開2013−198473号公報参照)。
結果を
図7に示す。上記試料液中に内標準物質(対照区)として最終濃度20ppmになるよう調製して添加されたエイコサン(C
20H
42)のピーク(retention time=18.18min)に対し、アルカン(ヘプタデカン、C
17H
36)を示すretention time(14.60min)にメジャーなピークが観察された。このピーク面積と内標準物質のピーク面積との比[relative value(%)=(value of C
17H
36/value of C
20H
42)x100%]は122%であり、これより計算されたSZ2+ST1細胞乾燥重量当たりに占めるヘプタデカンの生産量は約5%であった。これに別の燃料物質と思われるマイナーなピークが幾つか観察され、これらを足し合わせると細胞乾燥重量当たり〜約10%のバイオ燃料の生産量が確認された。乾燥重量当たりのヘプタデカンを含む燃料の生産量を10%とし、1トン規模のMCMS液体培地からの生産量を試算すると0.1kgのバイオ燃料生産量に相当する。ヘプタデカンは軽油相当であるので、1%燃料に混ぜる場合には約5〜10Lの燃料としてトラック等の走行に使用可能と考えられる。
以上により、5L規模MCMS培養によりバイオ燃料アルカンを生産するに至った。培地の大部分を占めるBG11
0は未滅菌の蒸留水を用いたことからその分、経費軽減が達成された。また、その培養条件下では、SZ2株とST1株の両者が常に培養液中で優先種であった。更に、培地には0.5%(大気中の12.5倍)二酸化炭素ガスを培地に供給することにより、温室効果ガスの有効利用も期待された。一方、BG11
0(無機物培地)へのLB培地(有機物培地)の混合(=MC、Mixed Culture)では、12時間間隔の暗黒を入れながらでもSZ2+ST1混合種(=MS、Mixed Species)培養でも燃料生産が成立する事から、これも培養経費軽減に繋がるものとして多いに期待された。
3−7.燃料蓄積の経時変化
第3−6節に示したMCMS培養条件下でのバイオ燃料の経時的な蓄積に関して検証し、その結果を
図8に示す。
図8において、グラフの横軸は培養日数を、縦軸は内標準物質であるエイコサン(最終濃度20ppm)に対するヘプタデカンの生産量の相対値[relative value(%)=(value of C
17H
36/value of C
20H
42)x100%]を示す。また、白抜き丸のグラフは集菌細胞内のヘプタデカン蓄積量を示し、黒塗りの菱形のグラフはその時の細胞上澄液(培養液)に含まれるヘプタデカン量である。これにより12日目では37%、17日目では133%、22日目では79%の蓄積率を示した。以上により、5L規模でのMCMS培養では、第3−6節に示した培養装置と培養条件下では、17日前後でバイオ燃料の蓄積が良く、その辺りの時期が回収に適していることが明らかとなった。
3−8.SZ2菌株とST1菌株の混合比と燃料生産量
第3−4節に示す培地と培養条件を以下のように改変して試験した。2ヶ月間BG11培地で前培養したSZ2藻細胞液50mLに相当する菌体を遠心回収し、BG11
0液体培地(酢酸ナトリウム添加)へ懸濁した。これに予め一晩LB液体培地で培養(30℃、110rpm振盪培養)したST1細胞培養液5mL(OD
660=2)を遠心分離して集菌した量に相当する湿潤菌体を直接とって上記50mL BG11
0液体培地へ移植した。これをSZ2量:ST1量=1:1とした。例えば、SZ2量:ST1量=1:2の場合は、上記ST1細胞培養液10mL(OD
660=2)を遠心分離し集菌した。以上を2%CO
2ガス濃度に制御された培養インキュベーター内(12h−明/12h−暗)でレシプロ式振盪(40rpm)しながら5日間培養した。培養後は、菌体を遠心して回収し、第3−6節と第3−7節で記述した方法により試料を調製し、GC−MS分析によってヘプタデカンの生産量を測定した。なお、単離純化したST1株を培地に添加しない場合、生産されるヘプタデカンの量を値100とした。
結果を
図9(A)に示す。なお、
図9(A)において、縦軸は、内標準物質として添加したエイコサン(20ppm)に対して生産されたヘプタデカンの生産量の相対値を示し、また、横軸は、SZ2株(50mLに相当する菌体量)に添加したST1株量(培養液XmLを遠心して集菌し、これをSZ2培養液に添加)を示す。
図9(A)に示すように、濃度一定(20ppm)で添加している内標準物質に対する相対的なヘプタデカンの合成量を調べたところ、SZ2量:ST1量=1:1の比率(50mL SZ2培養液に対し5mLのST1培養液に相当)で混合した場合が、最大の生産量(収穫率)を示した。これによりバイオ燃料をMCMS培養系で生産させる場合、SZ2藻細胞培養液に添加するST1細胞量にある特定の比率が有効であることが明らかとなった。
3−9.糖添加培地/明暗条件での油生産
MCMS培養において培地に外部から糖(有機物)を添加し、暗黒12時間を含む(培養時の電力の節約に繋がる)12h−明/12h−暗(12時間ずつ明暗)培養条件下での油生産量を検証した。
図9(A)に示す結果から、SZ2量(50mLからの菌体量に相当):ST1量(5mLからの菌体量に相当)=1:1、あるいはST1株のみ(5mLからの菌体量に相当)に設定し、第3−8節に示す培地と条件で培養する際、グルコース(Glucose=Glc)を所定の濃度で添加した。培養後は、菌体を遠心して回収し、第3−6〜3−8節で記述した方法により試料を調製し、GC−MS分析によってヘプタデカンの生産量を測定した。なお糖無添加の場合、生産されるヘプタデカンの量を値100とした。
結果を
図9(B)及び(C)に示す。なお、
図9(B)及び(C)において、縦軸は、内標準物質として添加したエイコサン(20ppm)に対して生産されたヘプタデカンの生産量の相対値を示し、また、横軸は、培地へのグルコース(Glc)添加量(最終濃度)を示す。
図9(B)に示すように、濃度一定(20ppm)で添加している内標準物質に対する相対的なヘプタデカンの合成量を調べたところ、SZ2+ST1混合培養系においては、糖無添加の場合と比較して、ブドウ糖を最終濃度で0.5mM添加した明暗培養条件で約1.5倍増加を示した。以上によりMCMS培養では、SZ2藻が生産する多糖に加え、培地の外から添加する糖も燃料生産量を向上させる一因となり、且つ暗黒(照明電力の軽減に繋がる)を取り入れながら従属栄養条件下でも燃料生産が可能であることが実証された。
さらに、
図9(C)に示すように、上記の培養条件下で、純化したST1株のみの培地(ST1単一培養系)にグルコースを添加した場合、同様に最終濃度0.5mMの時にヘプタデカン生産量が無添加の約1.6倍となった。また糖添加量と生産されるヘプタデカン生産量との関係は、SZ2+ST1混合培養系とST1単一培養系で似ていた。この結果は、SZ2+ST1混合培養系で主にヘプタデカンを生産しているのは、ST1細胞の方であるとする
図4〜7の結果を強く支持するものであった。またST1株単独でも窒素源欠乏培地に炭素源(酢酸Na)が添加されれば、炭化水素(ヘプタデカン)の蓄積量が増加するという
図6の結果と矛盾しない。
以上により、MCMS培養系においては、BG11培地で生育した50mL相当に対するSZ2株の液体培地(ST1株が潜在的に共存している)にLB培地で予め培養したST1株を5mL(SZ2培養液の10分の1に相当する菌体量)を添加し、これに有機物栄養源として酢酸Naを10mM、糖源としてグルコースを0.5mM程度で同時に混ぜ、さらに窒素欠乏培地で2%炭酸ガスを供給すると、共存菌であるST1株から昼夜(明暗)を問わず、ヘプタデカン油を効率良く生産する新技術が確立された。
3−10.乾燥ストレスによるSZ2藻の油生産
図9(B)の試験後、綿栓付フラスコ内のSZ2+ST1菌体培養液から1週間ほど培養した菌体を回収し、顕微鏡観察を行い、炭化水素生産を確認した(
図10の上段)。一方、SZ2(+ST1)藻を含む培養液を2ヶ月程度静置し、綿栓付フラスコ内の培地液体の自然乾燥を促した。その後、ほんの少しだけ水分を含んだ乾燥菌体を同様に顕微鏡観察した(
図10の下段)。顕微鏡観察では、培養液(あるいは自然乾燥した菌体に少量のBG11
0培地を添加して混ぜた後)に蛍光染色剤Nile Redを最終濃度10μMになるように添加した。数分間放置後、菌体を遠心により集め、これを蛍光顕微鏡(OLYMPUS BX53/DP72)で観察した(
図10において、棒は10μmである)。
図10において、左列は光学フィルター(BF)で観察した結果であり、右列は青色蛍光フィルター(BW)で観察した結果である。
図10中株名の太字は、その条件下で油を主に蓄積している菌体を示す。
Nile Red染色による蛍光顕微鏡観察では、
図10の上段ではST1が、下段でSZ2細胞が優先して黄色に光って見え、油の蓄積が伺えた。
以上の結果、通常のMCMS培養条件ではST1菌株が炭化水素生産を優先して行うが、乾燥ストレスはSZ2藻自身による油の生産を可能にすることが明らかとなった。
それ故、乾燥ストレスによりSZ2藻内に蓄積された油成分をFID(Flame Ionization Detector,水素炎イオン化型検出器)により分析した。その結果を
図11に示す。
図11(A)は、
図10の下段に示したSZ2藻細胞内油組成をFIDにより分析した結果を示す。上3段は脂肪酸並びにヘプタデカンの内標準を供した。4段目は、SZ2株が優先種の試料をFID分析した結果である。検出されたバイオ燃料を「*」で示した。
図11(B)は、パネルAの結果より検出された脂肪酸並びにヘプタデカン(バイオ燃料)の蓄積量を相対値(%)で示した。
以上の結果、乾燥ストレス下のSZ2藻では、C16やC18の脂肪酸メチルエステル化合物及びヘプタデカン(C
17H
36)等バイオ燃料が検出された。
以上、本願によりMCMS培養系でST1による効率の良い燃料の生産が可能である。更にMCMS培養後、乾燥ストレスによりSZ2藻自身でもバイオ燃料の生産が可能である。実用化を考えると、MCMS系で連続的にヘプタデカン等を液体燃料として回収し、その後、培養の最後はSZ2(+ST1)を乾燥させると、固形燃料として使用できる可能性があり、経済的にコスト安な燃料製造法となりえる。