【実施例】
【0037】
以下、本発明について、実施例に基づき説明する。なお、本発明は下記実施例に制限されるものではない。
【0038】
(実施例1)
本発明の効果を確認するために、本発明の実施例に係る鉄含有物質と腐植酸を含む腐植酸供給物質を混合した水域環境保全材料を収容した容器を海中に設置し、水域環境保全材料からの腐植酸鉄の供給性能を調べた。
【0039】
実施例1においては、腐植酸供給物質として、廃木材チップを原料として製造した人工腐植土を用い、先に説明したように、腐植酸供給物質の発酵工程を行った。腐植酸供給物質の発酵工程において、経時的にのべ4回にわたって腐植酸含有量と有機物質含有量とを測定した。腐植酸供給物質の腐植酸含有量は、上記非特許文献3に準拠し、また、腐植酸供給物質の有機物質含有量は、上記非特許文献4に記載の乾式燃焼法に準拠し、測定を行った。測定された有機物質含有量は、微生物の代謝反応による発酵によって、腐植酸や有機酸を生成することができる有機物質、すなわち、腐植酸供給物質の含有量を示す。
【0040】
図1に、測定した結果を示す。
図1は、実施例1の腐植酸供給物質の発酵工程における腐植酸含有量および有機物質含有量の経時変化を示した図である。なお、
図1において、試料番号が大きくなるにしたがって、発酵時間が長くなる。
図1に示すように、有機物質含有量は、試料番号が大きくなるにしたがって低減したことから、経時的に腐植酸供給物質の発酵は進行していることが分かる。一方、腐植酸含有量は、試料番号1では6.9乾燥質量%であり、試料番号2では9.5乾燥質量%まで増加し、試料番号3、試料番号4となるにつれて腐植酸含有量が低減した。このことから、発酵時間の経過に伴い、最初は、腐植酸の含有量が多くなるが、その後、発酵時間が長くなるにつれて、生成された腐植酸が分解されて、腐植酸の含有量が減少したと推定される。なお、
図1から、例えば、試料番号1と試料番号2との間の状態にある発酵途中の腐植酸供給物質と、試料番号2と試料番号3との間の状態にある腐植酸分解途中の腐植酸供給物質とでは、含まれる腐植酸の量が同じになる場合があることから、両者の水域への腐植酸供給量は同じになることが予測される。しかしながら、水域への設置後も腐植酸供給物質が発酵し、腐植酸が生成される可能性があるため、本実施形態においては、両者のうち、試料番号1と試料番号2との間の状態にある発酵途中の腐植酸供給物質を用いることが好ましい。また、発酵が難しい環境に設置する場合であっても、発酵工程に必要とする時間が短くなるため、両者のうち、試料番号1と試料番号2との間の状態にある発酵途中の腐植酸供給物質を用いることが好ましい。
【0041】
次に、上記で得られた腐植酸を含む腐植酸供給物質を用いて、水域環境保全材料を製造した。詳細には、鉄含有物質としては、粒径20mm以下の転炉系製鋼スラグを炭酸化処理して用いた。さらに、下記の表1に示すように、腐植酸含有量が異なる2種類の腐植酸供給物質(
図1の試料番号2及び試料番号4)を用いた。鉄含有物質と腐植酸供給物質の割合が容積比50:50の配合となるようにして混合し、実施例A及び比較例Bの水域環境保全材料として製造した。なお、
図1に示されるように、腐植酸供給物質の発酵工程において、腐植酸供給物質の発酵時間に対する生成された腐植酸と有機物質の含有量の測定を予め行うことにより、実施例Aとして、含有される腐植酸が最も多く、且つ、比較例Bと比べて、水域に水域環境保全材料を設置した後の腐植酸供給源になりうる有機物質を多く含有する腐植酸供給物質を選択した。
【0042】
【表1】
【0043】
上述のように準備した実施例A及び比較例Bの水域環境保全材料を
図2に示した鋼製の容器10にそれぞれ収容して、水深約5mの海中に沈設した。鋼製の容器10には、実施例A、比較例Bともにそれぞれ約1tの水域環境保全材料を、20kg毎に布製袋に充填して収容した。なお、
図2は、実施例1の水域環境保全材料を収納して海中に沈設するための容器10の斜視図である。この容器10の表面11には、容器内部に収容された水域環境保全材料の成分を水域に拡散させるための複数の孔部12が形成されている。
【0044】
実施例A及び比較例Bの水域環境保全材料が収容された容器10を海域への沈設後、18か月間の間、定期的に容器10の上面中央から上方1mの位置で海水を清澄なポリビンに採取することで周囲の海水を採取して、海水に含有される腐植酸鉄を分析した。腐植酸鉄の含有量は、非特許文献5に記載の方法に準拠し、溶存鉄濃度として計量した。さらに、実施例A及び比較例Bの容器10のそれぞれの設置場所に近接した海域であって、実施例A及び実施例Bの水域環境保全材料からの腐植酸鉄溶出の影響のない海域でも定期的に海水を採取し、採取した海水についても同様の計量を行い、溶存鉄濃度のバックグラウンド(基準)とした。そして、計測された実施例A及び比較例Bの各溶存鉄濃度からバックグラウンドとしての溶存鉄濃度を差し引くことにより、腐植酸鉄の各増加量を算出した。
【0045】
実施例Aにおける海水中の溶存鉄濃度から前述のバックグラウンドの溶存鉄濃度との差分である溶存鉄増加量の経時変化を
図3に示す。実施例Aの水域環境保全材料を内蔵した容器10を設置した直後の周囲海水においては、バックグラウンドの溶存鉄濃度に対して15.7μg/リットルの増加があり、設置4ヶ月後では、バックグラウンドの溶存鉄濃度に対して25.3μg/リットルの増加であった。その後、9か月後では、バックグラウンドの溶存鉄濃度に対して3μg/リットルの増加となり、増加量が低減したが、18ヶ月後でも、バックグラウンドの溶存鉄濃度に対して2.7μg/リットルの増加となっており、実施例Aの水域環境保全材料による効果が持続していることがわかった。
【0046】
一方、比較例Bにおける海水中の溶存鉄濃度から前記したバックグラウンドの溶存鉄濃度との差分である溶存鉄増加量の経時変化を
図4に示す。比較例Bの水域環境保全材料内蔵した容器10を設置した直後の周囲海水においては、バックグラウンドの溶存鉄濃度に対して19.0μg/リットルの増加があったが、速やかに増加量が低減し、設置4ヶ月後では、4.2μg/リットルの増加となり、6ヶ月後で1.6μg/リットルの増加量に至り、12ヶ月後には、増加量がほぼゼロとなった。この結果から、比較例Bの水域環境保全材料による効果は、実施例Aに比べて、持続しないことがわかった。
【0047】
図3ないしは
図4の結果に基づいて、実施例Aないしは比較例Bの水域環境保全材料を海水に設置後12ヶ月後までの、実施例Aないしは比較例Bの水域環境保全材料による腐植酸鉄の累積供給量をそれぞれ算出した。表2に、比較例Bに係る累積供給量を100%とした場合の、実施例Aに係る累積供給量の割合を示す。表2に示すように、実施例Aの水域環境保全材料においては、設置後12か月の間、同期間の比較例Bの水域環境保全材料に対して2.3倍の腐植酸鉄の供給を行ったことが確認できた。
【0048】
【表2】
【0049】
このことから、実施例Aの水域環境保全材料によれば、比較例Bの水域環境保全材料と比べて、腐植酸鉄を持続的に海水に供給することができ、且つ、腐植酸鉄の累積供給量も多いことがわかった。すなわち、実施例Aの水域環境保全材料は、比較例Bと比べて、効果的、且つ、持続的に水域に腐植酸鉄、すなわち、鉄イオンを供給することができることがわかった。
【0050】
(実施例2)
本発明の効果を確認するために、本発明の実施例に係る鉄含有物質と腐植酸を含む腐植酸供給物質を混合した水域環境保全材料を収容した容器を海中に設置し、水域環境保全材料としての藻場造成効果を調べた。
【0051】
実施例2においては、実施例1と同様に、腐植酸供給物質として、廃木材チップを原料として製造した人工腐植土を用い、先に説明したように、腐植酸供給物質の発酵工程を行った。腐植酸供給物質の発酵工程において、経時的にのべ4回にわたって、腐植酸供給物質のフルボ酸含有量、フミン酸含有量および有機物質含有量を測定した。フルボ酸含有量とフミン酸含有量は上記非特許文献3に準拠し、また、有機物質含有量は上記非特許文献4に記載の乾式燃焼法に準拠して測定した。
【0052】
図5に、測定した結果を示す。
図5は、実施例2の腐植酸供給物質の発酵工程における腐植酸含有量および有機物質含有量の経時変化を示した図である。なお、
図5においては、試料番号が大きくなるにしたがって、発酵時間が長くなっている。
図5に示すように、腐植酸供給物質の有機物質含有量は、試料番号が大きくなるにしたがって低減したことから、経時的に腐植酸供給物質の発酵は進行していることが分かる。一方、フルボ酸含有量は、試料番号1では4.4乾燥質量%であり、試料番号2では6.1乾燥質量%まで増加し、試料番号3、試料番号4となるにつれてフルボ酸含有量が低減した。また、フミン酸含有量は、試料番号が大きくなるにしたがって、すなわち経時的に一貫して、増加傾向を示したことから、熟成の進行によってフミン酸含有量は増えることが確認された。すなわち、熟成が進みすぎた場合にはフルボ酸がフミン酸に変質し、フミン酸の含有量が増加することが確認された。本実施形態において用いる腐植酸供給物質としては、熟成が進みすぎフミン酸が増加する傾向にある試料番号3、4よりもフルボ酸を多く含み、且つ、フミン酸が少ないことから、試料番号2が最適である。
【0053】
次に、上記で得られたフルボ酸を含む腐植酸供給物質を用いて、水域環境保全材料を製造した。詳細には、鉄含有物質としては、実施例1と同様に、粒径20mm以下の転炉系製鋼スラグを炭酸化処理して用いた。さらに、下記の表3に示すように、フルボ酸含有量が異なる2種類の腐植酸供給物質(
図5の試料番号2及び試料番号4)を用いた。鉄含有物質と腐植酸供給物質の割合が容積比50:50の配合となるようにして混合し、実施例C及び比較例Dの水域環境保全材料として製造した。なお、
図5に示されるように、腐植酸供給物質の発酵工程において、腐植酸供給物質の発酵時間に対する生成されたフルボ酸、フミン酸及び有機物質の含有量の測定を予め行うことにより、実施例Cとして、含有されるフルボ酸が最も多く、比較例Dと比べて、水域に水域環境保全材料を設置した後の腐植酸供給源になりうる有機物質を多く含有し、且つ、フミン酸の含有量が少ない腐植酸供給物質を選択した。
【0054】
【表3】
【0055】
上述のように準備した実施例C及び比較例Dの水域環境保全材料を、実施例1と同様に、
図2に示した鋼製の容器10にそれぞれ収容して、水深約5mの海中に沈設した。鋼製の容器10には、実施例C、比較例Dともにそれぞれ約1tの水域環境保全材料を、20kg毎に布製袋に充填して収容した。
【0056】
実施例C及び比較例Dの水域環境保全材料が収容された容器10を海域への沈設後、各容器10を設置した周囲の海域における海藻類の繁茂状況を定期的に観察した。詳細には、実施例Cおよび比較例Dの水域環境保全材料が収容された容器10の中心から東西南北の方角に沿って5m離れた位置の海底に50cm四方の調査区をそれぞれ4区設定し、各区での海藻類の繁茂状況を観察した。なお、10月に容器10を沈設し、沈設後概ね3か月ごとに調査を行った。その結果、表4に示すように、比較例Dの水域環境保全材料の周囲の各区画に比べて実施例Cの水域環境保全材料の周囲の各区画での海藻類の生育がよかった。
【0057】
【表4】
【0058】
さらに、上述の各区での海藻被度を調べた。海藻被度とは、各区画の海底面全体に対する海藻に覆われている海底の面積の割合である。その結果、容器10の沈設後の約半年後の5月において、実施例Cに係る区画の海藻被度の平均値が55%であり、比較例Dに係る区画の海藻被度の平均値は16%であった。また、繁茂した主要な海藻であるヤナギモクについて、実施例Cに係る区画、比較例Dに係る区画からそれぞれ30本採取して葉長を計測した結果、平均葉長が実施例Cでは37cm、比較例Dでは23cmであった。つまり、実施例Cの水域環境保全材料によれば、比較例Cの水域環境保全材料と比べて、海藻被度が3.4倍、海藻葉長が1.6倍になるという結果が得られた。したがって、実施例Cによれば、鉄イオンを必要とする海藻類等の増殖を効果的に惹起し、効果的に水域環境保全を達成することができることがわかった。
【0059】
以上に説明した実施例1及び実施例2から、本発明にかかる実施例によれば、鉄イオンを持続的に水域に供給することを可能とする効果を得ることができる。さらに、水域に、効果的、且つ、持続的に鉄イオンを供給することができ、その結果として海藻生長に代表される水域環境保全が達成できることは明らかである。
【0060】
以上、添付図面を参照しながら本発明の好適な実施形態について詳細に説明したが、本発明はかかる例に限定されない。本発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者であれば、特許請求の範囲に記載された技術的思想の範疇内において、各種の変更例または修正例に想到し得ることは明らかであり、これらについても、当然に本発明の技術的範囲に属するものと了解される。