特許第6604098号(P6604098)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6604098評価対象薬剤の睡眠期頻尿乃至多尿治療効果の評価方法
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6604098
(24)【登録日】2019年10月25日
(45)【発行日】2019年11月13日
(54)【発明の名称】評価対象薬剤の睡眠期頻尿乃至多尿治療効果の評価方法
(51)【国際特許分類】
   C12Q 1/00 20060101AFI20191031BHJP
   C12Q 1/68 20180101ALI20191031BHJP
   A01K 67/027 20060101ALI20191031BHJP
   G01N 33/15 20060101ALI20191031BHJP
   G01N 33/50 20060101ALI20191031BHJP
【FI】
   C12Q1/00
   C12Q1/68
   A01K67/027
   G01N33/15 Z
   G01N33/50 Z
【請求項の数】6
【全頁数】25
(21)【出願番号】特願2015-175724(P2015-175724)
(22)【出願日】2015年9月7日
(65)【公開番号】特開2017-51102(P2017-51102A)
(43)【公開日】2017年3月16日
【審査請求日】2018年7月31日
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成27年7月25日、http://www.ics.org/Abstracts/Publish/241/000031.pdf、http://www.ics.org/2015にて公開。
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成27年8月12日、http://k−cav.com/nbs22/program/society.html、http://k−cav.com/nbs22/、第22回日本排尿機能学会、プログラム・抄録集、第137頁、日本排尿機能学会誌 第26巻第1号2015にて公開。
(73)【特許権者】
【識別番号】304023994
【氏名又は名称】国立大学法人山梨大学
(74)【代理人】
【識別番号】100107515
【弁理士】
【氏名又は名称】廣田 浩一
(74)【代理人】
【識別番号】100107733
【弁理士】
【氏名又は名称】流 良広
(74)【代理人】
【識別番号】100115347
【弁理士】
【氏名又は名称】松田 奈緒子
(72)【発明者】
【氏名】井原 達矢
(72)【発明者】
【氏名】武田 正之
(72)【発明者】
【氏名】中尾 篤人
(72)【発明者】
【氏名】中村 勇規
【審査官】 鈴木 優志
(56)【参考文献】
【文献】 特開2014−084283(JP,A)
【文献】 Vitaterna et al.,Science,1994年,VOl.264,p.719-725
【文献】 King et al.,Cell,1997年,Vol.89,p.641-653
【文献】 根来宏光ら,日本臨床,2013年,Vol.71, No.12,p.2182-2186
【文献】 Sawada et al.,European Urology,2013年,Vol.64,p.664-671
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 67/02〜67/027
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/DWPI/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
Clock遺伝子の機能が欠損したマウスからなる睡眠期頻尿乃至多尿モデルに対し、評価対象薬剤を投与する工程と、
前記評価対象薬剤を投与した後の前記睡眠期頻尿乃至多尿モデルについて、前記評価対象薬剤に代えて前記評価対象薬剤を溶解可能な溶媒を投与した対照又は何も投与しない対照と比較して、
(1)24時間尿量(質量)に対する睡眠期尿量(質量)の質量%(睡眠期尿量/24時間尿量)が、低下した場合、
(2)睡眠期における排尿回数が、減少した場合、
(3)睡眠期における1回排尿量が、増加した場合、
(4)睡眠期における膀胱の伸展性が、上昇した場合、
(5)活動期における膀胱上皮細胞の伸展刺激感受性が、上昇した場合、並びに
(6)膀胱上皮細胞におけるPer2、Bmal1、Cry1、Piezo1、TRPV4、Connexin26、及びVNUTから選択されるマーカーの発現量が、上昇した場合、
の少なくともいずれかの場合に、前記評価対象薬剤が睡眠期頻尿乃至多尿の治療薬として有用であると評価する工程とを含むことを特徴とする評価対象薬剤の睡眠期頻尿乃至多尿治療効果の評価方法。
【請求項2】
Clock遺伝子の機能が欠損した非ヒト哺乳動物からなる睡眠期頻尿乃至多尿モデルに対し、評価対象薬剤を投与する工程と、
前記評価対象薬剤を投与した後の前記睡眠期頻尿乃至多尿モデルについて、前記評価対象薬剤に代えて前記評価対象薬剤を溶解可能な溶媒を投与した対照又は何も投与しない対照と比較して、
(1)24時間尿量(質量)に対する睡眠期尿量(質量)の質量%(睡眠期尿量/24時間尿量)が、低下した場合、
(2)睡眠期における排尿回数が、減少した場合、
(3)睡眠期における1回排尿量が、増加した場合、
(4)睡眠期における膀胱の伸展性が、上昇した場合、
(5)活動期における膀胱上皮細胞の伸展刺激感受性が、上昇した場合、並びに
(6)膀胱上皮細胞におけるPer2、Bmal1、Cry1、Piezo1、TRPV4、Connexin26、及びVNUTから選択されるマーカーの発現量が、上昇した場合、
の少なくともいずれかの場合に、前記評価対象薬剤が睡眠期頻尿乃至多尿の治療薬として有用であると評価する工程とを含むことを特徴とする評価対象薬剤の睡眠期頻尿乃至多尿治療効果の評価方法。
【請求項3】
評価対象薬剤が、排尿障害治療薬である請求項1から2のいずれかに記載の評価対象薬剤の睡眠期頻尿乃至多尿治療効果の評価方法。
【請求項4】
評価対象薬剤が、経口投与される請求項1から3のいずれかに記載の評価対象薬剤の睡眠期頻尿乃至多尿治療効果の評価方法。
【請求項5】
膀胱の伸展性が、前記膀胱のオルガンバスにおける等尺性張力により測定される請求項1から4のいずれかに記載の評価対象薬剤の睡眠期頻尿乃至多尿治療効果の評価方法。
【請求項6】
膀胱上皮細胞の伸展刺激感受性が、前記膀胱上皮細胞の伸展刺激による細胞内カルシウムの濃度変化により測定される請求項1から5のいずれかに記載の評価対象薬剤の睡眠期頻尿乃至多尿治療効果の評価方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、睡眠期頻尿乃至多尿モデル、及び評価対象薬剤の睡眠期頻尿乃至多尿治療効果の評価方法に関する。
【背景技術】
【0002】
夜間頻尿とは、「夜間、排尿のために1回以上起きなければならない」という訴えであり、夜間多尿とは、24時間の尿量のうち、夜間尿量の割合が多い状態とされ、前記割合(夜間多尿指数)として、高齢者では0.33以上、若年者では0.20以上が提唱されている(非特許文献1参照)。
【0003】
本邦において、夜間頻尿や夜間多尿を有する患者は加齢とともに増加し、頻度の高い下部尿路症状の一つである。日本人男性において、夜間頻尿の罹患率は、50歳以上で60%以上、70歳になると実に90%以上と極めて高い。QOL(Quality of Life)への影響も大きく、睡眠の質の低下や昼間の倦怠感の出現、社会生活への影響が生じ、高齢者においては、夜間頻尿が転倒発生の要因となり、大腿骨頚部骨折のリスクを増加させる。
【0004】
夜間頻尿乃至夜間多尿の原因としては、年齢や高血圧、糖尿病、脳血管障害、薬剤性、腎泌尿器疾患、睡眠障害など多岐にわたり、依然として未解明な部分も多い。対症療法的な治療が行われているが、治療効果はそこまで高くなく、夜間頻尿乃至夜間多尿の病態解明、新規治療薬の開発が望まれている。しかし、夜間頻尿乃至夜間多尿の有用なモデルとなる睡眠期頻尿乃至多尿モデルについては、これまでに報告されていない。
【0005】
哺乳類の覚醒睡眠リズム、血圧変動、その他の昼夜の行動パターンや種々の代謝酵素活性などには1日を1周とした概日リズムがみられる。排尿についても、排尿量、排尿回数、機能的膀胱容量などに概日リズムがみられる(非特許文献2参照)。
【0006】
概日リズムは、Per、Cry、Bmal、Clockなどの時計遺伝子による転写制御機構により作り出される。時計遺伝子の翻訳産物であるCLOCK−BMAL複合体は、Per、Cryなどの時計遺伝子や時計被制御遺伝子の転写を促進する。一方で、Per及びCryの翻訳産物であるPER及びCRYは、CLOCK−BMAL複合体に負のフィードバックを与えることにより転写を抑制させる。これにより、PerやCryなどの時計遺伝子や時計被制御遺伝子の転写に日内変動が生じ、様々な生理機能、代謝活性の概日リズムを生み出す。時計遺伝子は、これら以外にも数十種類存在し、形成される複雑なフィードバックループが24時間を1周とした正確な概日リズムを作り出している(非特許文献3参照)。
【0007】
時計遺伝子は、生体内の全ての組織に発現し、時計遺伝子の転写制御を受ける時計被制御遺伝子は、全遺伝子の10%〜15%といわれている。時計遺伝子の異常により生じる概日リズム障害は、様々な疾患の原因となっている可能性がある。しかし、個々の時計遺伝子の機能については未解明な部分も多く、排尿機能の制御と時計遺伝子との関連についても未だ明らかになっていない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】本間之夫ら、下部尿路機能に関する用語基準:国際尿禁制学会標準化部会報告.日排尿機能会誌2003;14:278−289
【非特許文献2】Negro et al.,Nature Communications2012;3:809
【非特許文献3】Okamura H,et al.,Adv Drug Deliv Rev.2010;62:876−884
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、従来における前記諸問題を解決し、以下の目的を達成することを課題とする。即ち、本発明は、夜間頻尿乃至夜間多尿の有用なモデルである睡眠期頻尿乃至多尿モデル、及び臨床予見性に優れた、評価対象薬剤の睡眠期頻尿乃至多尿治療効果の評価方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、前記目的を達成するために、鋭意検討した結果、Clock遺伝子の機能が欠損した非ヒト哺乳動物について、1)生理条件下では野生型と同じ昼夜の行動リズムを持つこと、2)野生型では、睡眠時の1回排尿量が覚醒時の1回排尿量より多いが、前記Clock遺伝子の機能が欠損した非ヒト哺乳動物ではそのような昼夜の1回排尿量変化は消失していること、3)排尿回数も昼夜の変化はなくなり夜間多尿パターンを示すこと、及び4)夜間多尿指数(nocturnal Polyuria Index(NPI))に相当する質量%(睡眠期尿量/24時間尿量)が、ヒト若年者では20質量%以上、高齢者では33質量%以上が夜間多尿と定義されているが、前記Clock遺伝子の機能が欠損した非ヒト哺乳動物では33質量%以上と睡眠期多尿を示すこと、並びにこれらの属性により前記Clock遺伝子の機能が欠損した非ヒト哺乳動物が、自然発症型の睡眠期頻尿乃至多尿モデルとしての新たな用途への使用に適することを見出し、本発明の完成に至った。
【0011】
本発明は、本発明者らによる前記知見に基づくものであり、前記課題を解決するための手段としては、以下の通りである。即ち、
<1> Clock遺伝子の機能が欠損した非ヒト哺乳動物からなることを特徴とする睡眠期頻尿乃至多尿モデルである。
<2> 非ヒト哺乳動物が、マウスである前記<1>に記載の睡眠期頻尿乃至多尿モデルである。
<3> 前記<1>から<2>のいずれかに記載された睡眠期頻尿乃至多尿モデルに対し、評価対象薬剤を投与する工程と、
前記評価対象薬剤を投与した後の前記睡眠期頻尿乃至多尿モデルについて、前記評価対象薬剤に代えて前記評価対象薬剤を溶解可能な溶媒を投与した対照又は何も投与しない対照と比較して、
(1)24時間尿量(質量)に対する睡眠期尿量(質量)の質量%(睡眠期尿量/24時間尿量)が、低下した場合、
(2)睡眠期における排尿回数が、減少した場合、
(3)睡眠期における1回排尿量が、増加した場合、
(4)睡眠期における膀胱の伸展性が、上昇した場合、
(5)活動期における膀胱上皮細胞の伸展刺激感受性が、上昇した場合、並びに
(6)膀胱上皮細胞におけるPer2、Bmal1、Cry1、Piezo1、TRPV4、Connexin26、及びVNUTから選択されるマーカーの発現量が、上昇した場合、
の少なくともいずれかの場合に、前記評価対象薬剤が睡眠期頻尿乃至多尿の治療薬として有用であると評価する工程とを含むことを特徴とする評価対象薬剤の睡眠期頻尿乃至多尿治療効果の評価方法である。
<4> 評価対象薬剤が、排尿障害治療薬である前記<3>に記載の評価対象薬剤の睡眠期頻尿乃至多尿治療効果の評価方法である。
<5> 評価対象薬剤が、経口投与される前記<3>から<4>のいずれかに記載の評価対象薬剤の睡眠期頻尿乃至多尿治療効果の評価方法である。
<6> 膀胱の伸展性が、前記膀胱のオルガンバスにおける等尺性張力により測定される前記<3>から<5>のいずれかに記載の評価対象薬剤の睡眠期頻尿乃至多尿治療効果の評価方法である。
<7> 膀胱上皮細胞の伸展刺激感受性が、前記膀胱上皮細胞の伸展刺激による細胞内カルシウムの濃度変化により測定される前記<3>から<6>のいずれかに記載の評価対象薬剤の睡眠期頻尿乃至多尿治療効果の評価方法である。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、従来における前記諸問題を解決し、前記目的を達成することができ、夜間頻尿乃至夜間多尿の有用なモデルである睡眠期頻尿乃至多尿モデル、及び臨床予見性に優れた、評価対象薬剤の睡眠期頻尿乃至多尿治療効果の評価方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1A図1Aは、実施例1の排尿行動の測定に用いた装置を示す図である。
図1B図1Bは、実施例1の排尿行動の測定に用いた装置を示す図である。
図1C図1Cは、実施例1の排尿行動の測定に用いた装置を示す図である。
図1D図1Dは、実施例1の排尿行動の測定に用いた装置を示す図である。
図2図2は、実施例1の飼育スケジュールを示す図である。
図3A図3Aは、実施例1のClockΔ19/Δ19マウスの排尿量及び飲水量を経時的に測定した結果を示すグラフである。
図3B図3Bは、実施例1の野生型マウスの排尿量及び飲水量を経時的に測定した結果を示すグラフである。
図4図4は、実施例1の野生型マウス及びClockΔ19/Δ19マウスの排尿回数を示すグラフである。
図5図5は、実施例1の野生型マウス及びClockΔ19/Δ19マウスの1回排尿量を示すグラフである。
図6図6は、実施例1の野生型マウス及びClockΔ19/Δ19マウスの排尿量を示すグラフである。
図7図7は、実施例1の野生型マウス及びClockΔ19/Δ19マウスの4時間毎の飲水量を示すグラフである。
図8A図8Aは、実施例1の野生型マウスの活動量を経時的に測定した結果を示すグラフである。
図8B図8Bは、実施例1のClockΔ19/Δ19マウスの活動量を経時的に測定した結果を示すグラフである。
図9A図9Aは、実施例2のGsMTx4を活動期(ZT12)に投与した野生型マウス及びClockΔ19/Δ19マウスの排尿回数を示すグラフである。
図9B図9Bは、実施例2のGsMTx4を活動期(ZT12)に投与した野生型マウス及びClockΔ19/Δ19マウスの1回排尿量を示すグラフである。
図9C図9Cは、実施例2のGsMTx4を睡眠期(ZT0)に投与した野生型マウス及びClockΔ19/Δ19マウスの排尿回数を示すグラフである。
図9D図9Dは、実施例2のGsMTx4を睡眠期(ZT0)に投与した野生型マウス及びClockΔ19/Δ19マウスの1回排尿量を示すグラフである。
図10A図10Aは、実施例3のマウス膀胱上皮細胞ex vivo標本での時計遺伝子Per2のmRNA発現経時的変化を測定した結果を示すグラフである。
図10B図10Bは、実施例3のマウス膀胱上皮細胞ex vivo標本での時計遺伝子Bmal1のmRNA発現経時的変化を測定した結果を示すグラフである。
図10C図10Cは、実施例3のマウス膀胱上皮細胞ex vivo標本での時計遺伝子Cry1のmRNA発現経時的変化を測定した結果を示すグラフである。
図10D図10Dは、実施例3のマウス膀胱上皮細胞ex vivo標本での時計遺伝子ClockのmRNA発現経時的変化を測定した結果を示すグラフである。
図10E図10Eは、実施例3のマウス膀胱上皮細胞ex vivo標本でのPiezo1のmRNA発現経時的変化を測定した結果を示すグラフである。
図10F図10Fは、実施例3のマウス膀胱上皮細胞ex vivo標本でのTRPV4のmRNA発現経時的変化を測定した結果を示すグラフである。
図10G図10Gは、実施例3のマウス膀胱上皮細胞ex vivo標本でのConnexin26のmRNA発現経時的変化を測定した結果を示すグラフである。
図10H図10Hは、実施例3のマウス膀胱上皮細胞ex vivo標本でのVNUTのmRNA発現経時的変化を測定した結果を示すグラフである。
図11A図11Aは、実施例4のマウス膀胱上皮培養細胞in vitro標本での時計遺伝子Per2のmRNA発現経時的変化を測定した結果を示すグラフである。
図11B図11Bは、実施例4のマウス膀胱上皮培養細胞in vitro標本での時計遺伝子Bmal1のmRNA発現経時的変化を測定した結果を示すグラフである。
図11C図11Cは、実施例4のマウス膀胱上皮培養細胞in vitro標本での時計遺伝子Cry1のmRNA発現経時的変化を測定した結果を示すグラフである。
図11D図11Dは、実施例4のマウス膀胱上皮培養細胞in vitro標本での時計遺伝子ClockのmRNA発現経時的変化を測定した結果を示すグラフである。
図11E図11Eは、実施例4のマウス膀胱上皮培養細胞in vitro標本でのPiezo1のmRNA発現経時的変化を測定した結果を示すグラフである。
図11F図11Fは、実施例4のマウス膀胱上皮培養細胞in vitro標本でのTRPV4のmRNA発現経時的変化を測定した結果を示すグラフである。
図11G図11Gは、実施例4のマウス膀胱上皮培養細胞in vitro標本でのConnexin26のmRNA発現経時的変化を測定した結果を示すグラフである。
図11H図11Hは、実施例4のマウス膀胱上皮培養細胞in vitro標本でのVNUTのmRNA発現経時的変化を測定した結果を示すグラフである。
図12A図12Aは、実施例5のClock遺伝子の機能を阻害したマウス膀胱上皮培養細胞での時計遺伝子Per2のmRNA発現経時的変化を測定した結果を示すグラフである。
図12B図12Bは、実施例5のClock遺伝子の機能を阻害したマウス膀胱上皮培養細胞での時計遺伝子Bmal1のmRNA発現経時的変化を測定した結果を示すグラフである。
図12C図12Cは、実施例5のClock遺伝子の機能を阻害したマウス膀胱上皮培養細胞での時計遺伝子Cry1のmRNA発現経時的変化を測定した結果を示すグラフである。
図12D図12Dは、実施例5のClock遺伝子の機能を阻害したマウス膀胱上皮培養細胞でのPiezo1のmRNA発現経時的変化を測定した結果を示すグラフである。
図12E図12Eは、実施例5のClock遺伝子の機能を阻害したマウス膀胱上皮培養細胞でのTRPV4のmRNA発現経時的変化を測定した結果を示すグラフである。
図12F図12Fは、実施例5のClock遺伝子の機能を阻害したマウス膀胱上皮培養細胞でのConnexin26のmRNA発現経時的変化を測定した結果を示すグラフである。
図12G図12Gは、実施例5のClock遺伝子の機能を阻害したマウス膀胱上皮培養細胞でのVNUTのmRNA発現経時的変化を測定した結果を示すグラフである。
図13A図13Aは、実施例6の野生型マウス膀胱上皮培養細胞への伸展刺激による細胞内カルシウムの濃度変化の経時的変化を測定した結果を示すグラフである。
図13B図13Bは、実施例6のClockΔ19/Δ19マウス膀胱上皮培養細胞への伸展刺激による細胞内カルシウムの濃度変化の経時的変化を測定した結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
(睡眠期頻尿乃至多尿モデル)
本発明の睡眠期頻尿乃至多尿モデルは、Clock遺伝子の機能が欠損した非ヒト哺乳動物からなることを特徴とする。
本発明は、Clock遺伝子の機能が欠損した非ヒト哺乳動物が、睡眠期において頻尿乃至多尿を示すという未知の属性を見出し、この属性により、当該Clock遺伝子の機能が欠損した非ヒト哺乳動物が、自然発症型の睡眠期頻尿乃至多尿モデルとしての新たな用途への使用に適することを見いだしたことに基づく発明である。
【0015】
−Clock遺伝子の機能が欠損した非ヒト哺乳動物−
前記Clock遺伝子の機能が欠損した非ヒト哺乳動物としては、Clock遺伝子の機能が欠損した非ヒト哺乳動物であれば、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができる。
前記Clock遺伝子の機能が欠損した非ヒト哺乳動物は、個体レベルにおいて野生型と同様の、行動の概日リズム、飲水パターン及び総排尿量を示すものの、機能的膀胱容量の低下、睡眠期頻尿及び睡眠期多尿の表現型を示す。
【0016】
前記Clock遺伝子の機能が欠損した非ヒト哺乳動物としては、個体そのものであってもよく、器官、組織及び細胞のいずれかの試料であってもよい。
前記試料としては、前記個体に由来する試料であってもよく、試料レベルでClock遺伝子の機能を阻害した(例えば、siRNA等により機能阻害した)細胞などの試料であってもよい。
前記試料としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができるが、前記器官としては、膀胱、腎臓、尿管、前立腺、尿道が好ましく、前記組織としては、糸球体、腎尿細管、腎集合管;膀胱、尿管、前立腺、尿道等の器官における上皮組織、平滑筋組織、粘膜下組織が好ましく、前記細胞としては、糸球体構成細胞、尿細管細胞、腎集合管細胞;尿管、膀胱、前立腺、尿道等の器官における上皮細胞、平滑筋細胞、粘膜下組織等の構成細胞が好ましい。
【0017】
前記非ヒト哺乳動物としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、マウス、ラット、モルモット等の齧歯類動物;ウサギ、ブタ、イヌ、ネコ、サル、ヒツジ、ウシ、ウマなどの、ヒトを除く哺乳類動物が挙げられる。これらの中でも、マウス、ラット、モルモットが好ましく、マウスがより好ましい。
【0018】
ここで、「Clock遺伝子の機能が欠損した」とは、前記Clock遺伝子の機能が欠損し、結果として前記Clock遺伝子の翻訳産物であるCLOCKタンパク質の機能が欠損することを意味し、前記Clock遺伝子が無効化されていてもよく、前記Clock遺伝子の一部機能が欠損していてもよい。
前記Clock遺伝子の機能を欠損させる方法としては、例えば、前記Clock遺伝子に変異を導入する方法、前記Clock遺伝子の転写段階での機能阻害を行う方法(例えば、siRNA等による機能阻害)などが挙げられる。
前記CLOCKタンパク質の機能の欠損としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、転写活性化領域の欠損、DNA結合領域の欠損、他のタンパク質(転写活性化因子、クロマチンリモデリング因子等)との結合領域の欠損等による転写活性化機能の欠損;前記Clock遺伝子の無効化による前記CLOCKタンパク質の欠損などが挙げられる。これらの中でも、転写活性化機能の欠損が好ましく、マウスClock遺伝子のエクソン19に相当する領域の欠損がより好ましい。
【0019】
前記Clock遺伝子においてCLOCKタンパク質の転写活性化ドメインをコードする領域が欠損した非ヒト哺乳動物としては、例えば、Clockのエクソン19が欠損したマウスであるClockΔ19/Δ19マウスなどが好適に挙げられる。
前記ClockΔ19/Δ19マウスは、Vitaterna et al.,Science,1994,264:719−725、及びKing et al.,Cell,89:641−653において報告された変異型マウスであり、Clock遺伝子をコードする遺伝子のうち、イントロン19の5’側3塩基目のAがTに点変異しており、結果として得られる転写産物においてエクソン19が全て消失し、翻訳産物であるCLOCKタンパク質の転写活性化機能を欠損しているマウスである。前記ClockΔ19/Δ19マウスは、ジャクソン研究所(米国)から入手することができる。
【0020】
−−Clock遺伝子−−
前記Clock遺伝子は、概日リズム(体内時計)を司る時計遺伝子の1つである。前記Clock遺伝子の翻訳物であるCLOCKタンパク質は、Period、Cry等の他の時計遺伝子や時計被制御遺伝子の転写を促進する転写因子であり、様々な生理機能、代謝活性を生み出す。マウスのClock遺伝子は、ジェンバンクアクセッション番号NM_007715に登録されている。
【0021】
(評価対象薬剤の睡眠期頻尿乃至多尿治療効果の評価方法)
本発明の評価対象薬剤の睡眠期頻尿乃至多尿治療効果の評価方法は、本発明の前記睡眠期頻尿乃至多尿モデルを用いた評価方法であり、薬剤投与工程と、評価工程とを含み、更に必要に応じてその他の工程を含む。
本発明の評価対象薬剤の睡眠期頻尿乃至多尿治療効果の評価方法は、in vivoの評価方法であってもよく、in vitroの評価方法であってもよい。
【0022】
<薬剤投与工程>
前記薬剤投与工程は、本発明の前記睡眠期頻尿乃至多尿モデルに対し、評価対象薬剤を投与する工程である。
【0023】
−評価対象薬剤−
前記評価対象薬剤としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、公知の治療薬、被検薬、及び医薬品候補となる試験化合物のいずれであってもよく、天然化合物及び合成化合物のいずれであってもよい。
また、前記治療薬としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、排尿障害治療薬、利尿薬、非ステロイド系抗炎症薬、抗男性ホルモン剤、漢方、抗利尿ホルモン剤、抗うつ薬、生物毒乃至植物製剤などが挙げられる。
【0024】
−排尿障害治療薬−
前記排尿障害治療薬としては、例えば、抗コリン薬、α1受容体遮断薬、β3受容体刺激薬、PDE5阻害薬、5α還元酵素阻害剤などが挙げられる。
【0025】
前記抗コリン薬としては、例えば、プロピベリン、オキシブチニン、トルテロジン、ソリフェナシン、イミダフェナシンなどが挙げられる。
前記α1受容体遮断薬としては、例えば、タムスロシン、ナフトピジル、シロドシン、プラゾシン、テラゾシン、ウラピジル、アルフゾシンなどが挙げられる。
前記β3受容体刺激薬としては、例えば、ミラベグロンなどが挙げられる。
前記PDE5阻害薬としては、例えば、タダラフィルなどが挙げられる。
前記5α還元酵素阻害剤としては、例えば、フィタステリド、デュタステリドなどが挙げられる。
【0026】
前記利尿薬としては、例えば、アゾセミド、フロセミドなどが挙げられる。
前記非ステロイド系抗炎症薬としては、例えば、ロキソプロフェンなどが挙げられる。
前記抗男性ホルモン剤としては、例えば、クロルマジノン、アリルエストレノールなどが挙げられる。
前記漢方としては、例えば、牛車腎気丸、柴苓湯、ブシ沫などが挙げられる。
前記抗利尿ホルモン剤としては、例えば、バソプレシン、デスモプレシンなどが挙げられる。
前記抗うつ薬としては、例えば、イミプラミンなどが挙げられる。
前記生物毒乃至植物製剤としては、例えば、レスベラトロール、フラボキサート、カプサイシン、レジニフェラトキシン、セルニチンポーレンエキス、ボツリヌストキシン、GsMTx4などが挙げられる。
【0027】
前記睡眠期頻尿乃至多尿モデルに対し、前記評価対象薬剤を投与する方法としては、特に制限はなく、目的に応じて各薬剤に適した投与経路、投与タイミング、投与量、投与スケジュール等の投与条件を適宜選択することができる。
前記投与経路としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、経口投与、腹腔内投与、皮下投与、静脈内投与などが挙げられる。これらの中でも、経口投与が好ましい。
【0028】
前記投与条件としては、例えば、前記GsMTx4を評価する場合は、0.01mg/kg〜10mg/kg(例えば、0.75mg/kg)を生理食塩水10μL〜500μL(例えば、100μL)に溶解した溶液を腹腔内投与することが好ましい。
【0029】
或いは、前記評価対象薬剤を投与する方法としては、評価しようとする投与経路、投与タイミング、投与量、投与スケジュール等の投与条件を適宜選択することができる。これにより、各々の薬剤について、適した投与条件を評価し選定することが可能となる。
【0030】
本発明が、in vitroの評価方法の場合には、前記試料に前記評価対象薬剤を投与すればよい。
前記試料としては、前記Clock遺伝子の機能が欠損した非ヒト哺乳動物の個体に由来する、器官、組織及び細胞の少なくともいずれかの試料、又は試料レベルで前記Clock遺伝子の機能を欠損させた試料であれば特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができるが、前記器官としては、膀胱、腎臓、尿管、前立腺、尿道が好ましく、前記組織としては、糸球体、腎尿細管、腎集合管;膀胱、尿管、前立腺、尿道等の器官における上皮組織、平滑筋組織、粘膜下組織が好ましく、前記細胞としては、糸球体構成細胞、尿細管細胞、腎集合管細胞;尿管、膀胱、前立腺、尿道等の器官における上皮細胞、平滑筋細胞、粘膜下組織等の構成細胞が好ましい。
本発明が、in vitroの評価方法の場合には、前記評価対象薬剤を投与する方法としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜公知のin vitro実験の各種条件を選択することができ、例えば、前記評価対象薬剤を含む培地を前記試料に投与すればよい。
【0031】
<評価工程>
前記評価工程は、前記評価対象薬剤を投与した後の前記睡眠期頻尿乃至多尿モデルについて、前記評価対象薬剤に代えて前記評価対象薬剤を溶解可能な溶媒を投与した対照又は何も投与しない対照と比較して、(1)24時間尿量(質量)に対する睡眠期尿量(質量)の質量%(睡眠期尿量/24時間尿量)が、低下した場合、(2)睡眠期における排尿回数が、減少した場合、(3)睡眠期における1回排尿量が、増加した場合、(4)睡眠期における膀胱の伸展性が、上昇した場合、(5)活動期における膀胱上皮細胞の伸展刺激感受性が、上昇した場合、並びに(6)膀胱上皮細胞におけるPer2、Bmal1、Cry1、Piezo1、TRPV4、Connexin26、及びVNUTから選択されるマーカーの発現量が、上昇した場合、の少なくともいずれかの場合に、前記評価対象薬剤に睡眠期頻尿乃至多尿の治療効果があると評価する工程である。
【0032】
ここで、「低下した場合」、「減少した場合」又は「上昇した場合」とは、前記対照と比較して、低下、減少、上昇などの変化が有意に観察されること、すなわち、統計的解析により有意差(p<0.05)があることを意味する。
前記統計的解析としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、student’s t−test、one−way ANOVA(一元配置分散分析)、two−way ANOVA(二元配置分散分析)などが挙げられる。
また、「睡眠期頻尿乃至多尿の治療効果がある」とは、睡眠期頻尿及び睡眠期多尿の少なくともいずれかの治療効果があること、乃至治療薬の候補薬剤として有用であることを意味する。
【0033】
前記対照とは、前記評価対象薬剤に代えて、前記評価対象薬剤を溶解可能な溶媒のみを投与するか、何も投与しないこと以外は、前記睡眠期頻尿乃至多尿モデルと同様に処理した対照マウスを意味する。
前記溶媒としては、前記評価対象薬剤を溶解することができ、医薬的に許容されるものであれば、特に制限はなく、使用する前記評価対象薬剤に応じて適宜選択することができ、例えば、生理食塩水、蒸留水、ジメチルスルホキシドなどが挙げられる。
【0034】
−(1)質量%(睡眠期尿量/24時間尿量)の低下−
前記評価対象薬剤を投与した後の前記睡眠期頻尿乃至多尿モデルについて、前記評価対象薬剤に代えて前記評価対象薬剤を溶解可能な溶媒を投与した対照又は何も投与しない対照と比較して、24時間尿量(質量)における睡眠期尿量(質量)の質量%(睡眠期尿量/24時間尿量)が低下した場合に、前記評価対象薬剤に睡眠期頻尿乃至多尿の治療効果があると評価することができる。
【0035】
前記睡眠期とは、ヒトなどの昼行性の動物では暗期を意味し、マウスなどの夜行性の動物では明期を意味する。また、活動期とは、ヒトなどの昼行性の動物では明期を意味し、マウスなどの夜行性の動物では暗期を意味する。
前記明期及び暗期としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができるが、24時間周期の明暗周期であることが好ましい。
前記明暗周期としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、明期12時間及び暗期12時間の明暗周期、明期10時間及び暗期14時間の明暗周期、明期14時間及び暗期10時間の明暗周期などが挙げられる。
【0036】
前記24時間尿量(質量)に対する睡眠期尿量(質量)の質量%(睡眠期尿量/24時間尿量)の測定方法としては、例えば、前記睡眠期頻尿乃至多尿モデルについて、排尿代謝ケージ(小動物用排尿機能測定装置MCM/TOA−UF001、株式会社シンファクトリー製)を用いて明期12時間及び暗期12時間の明暗周期下で飼育しながら排尿量を経時的に測定し、1日当たりの排尿量の合計質量(24時間尿量)に対する睡眠期12時間における排尿量の合計質量(睡眠期尿量)の割合を算出する方法などが挙げられる。
ただし、前記測定方法において、睡眠期に8時間以上の無排尿期がみられた場合、前記睡眠期頻尿乃至多尿モデルは睡眠しているものと定義し、その後の活動期の初尿の排尿量を睡眠期の排尿量としてカウントする。
【0037】
−(2)睡眠期における排尿回数の減少−
前記評価対象薬剤を投与した後の前記睡眠期頻尿乃至多尿モデルについて、前記評価対象薬剤に代えて前記評価対象薬剤を溶解可能な溶媒を投与した対照又は何も投与しない対照と比較して、睡眠期における排尿回数が減少した場合に、前記評価対象薬剤に睡眠期頻尿乃至多尿の治療効果があると評価することができる。
【0038】
前記睡眠期における排尿回数としては、例えば、排尿代謝ケージ(小動物用排尿機能測定装置MCM/TOA−UF001、株式会社シンファクトリー製)を用いて測定することができる。
【0039】
−(3)睡眠期における1回排尿量の増加−
前記評価対象薬剤を投与した後の前記睡眠期頻尿乃至多尿モデルについて、前記評価対象薬剤に代えて前記評価対象薬剤を溶解可能な溶媒を投与した対照又は何も投与しない対照と比較して、睡眠期における1回排尿量が増加した場合に、前記評価対象薬剤に睡眠期頻尿乃至多尿の治療効果があると評価することができる。
【0040】
前記睡眠期における1回排尿量としては、例えば、排尿代謝ケージ(小動物用排尿機能測定装置MCM/TOA−UF001、株式会社シンファクトリー製)を用いて測定することができる。
【0041】
−(4)睡眠期における膀胱の伸展性の上昇−
前記評価対象薬剤を投与した後の前記睡眠期頻尿乃至多尿モデルについて、前記評価対象薬剤に代えて前記評価対象薬剤を溶解可能な溶媒を投与した対照又は何も投与しない対照と比較して、睡眠期における膀胱の伸展性が上昇した場合に、前記評価対象薬剤に睡眠期頻尿乃至多尿の治療効果があると評価することができる。
【0042】
前記膀胱の伸展性の測定方法としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜公知の方法を選択することができ、例えば、前記睡眠期頻尿乃至多尿モデルとして前記個体に由来する前記膀胱を用い、前記膀胱のオルガンバスにおける等尺性張力により測定する方法などが挙げられる。前記膀胱のオルガンバスにおける等尺性張力により測定する方法としては、例えば、市販のオルガンバスシステム(Danish Myo Technology、Denmark)を用いた方法、Eur Urol.2013;64(4):664−71等の文献に記載された方法などが挙げられる。
【0043】
−(5)活動期における膀胱上皮細胞の伸展刺激感受性の上昇−
前記評価対象薬剤を投与した後の前記睡眠期頻尿乃至多尿モデルについて、前記評価対象薬剤に代えて前記評価対象薬剤を溶解可能な溶媒を投与した対照又は何も投与しない対照と比較して、活動期における膀胱上皮細胞の伸展刺激感受性が上昇した場合に、前記評価対象薬剤に睡眠期頻尿乃至多尿の治療効果があると評価することができる。
【0044】
前記膀胱上皮細胞の伸展刺激感受性の測定方法としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜公知の方法を選択することができ、例えば、前記膀胱上皮細胞の伸展刺激による細胞内カルシウムの濃度変化により測定する方法、伸展刺激により放出されるATP濃度をルシフェリン等の生物発光を利用して測定する方法などが挙げられる。
前記細胞内カルシウムイオンの濃度変化を測定する方法としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、プローブを用いて蛍光輝度変化により測定する方法などが挙げられる。
【0045】
前記プローブとしては、例えば、カルシウムイオン指示薬、Genetically−encoded Ca2+ indicator(GECI)などが挙げられる。
前記カルシウムイオン指示薬としては、Ca2+蛍光プローブ(Fura2AM等)、生物発光Ca2+指示薬(エクオリン等)、Ca2+感受性指示薬(アルセナゾIII等)などが挙げられる。
前記細胞内カルシウムイオンの濃度変化の評価方法としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、前記細胞内カルシウムイオンの濃度変化の、振幅の大きさ、起こる頻度、起こる細胞数等により評価する方法などが挙げられる。
【0046】
−(6)膀胱上皮細胞におけるPer2、Bmal1、Cry1、Piezo1、TRPV4、Connexin26、及びVNUTから選択されるマーカーの発現量の上昇−
前記評価対象薬剤を投与した後の前記睡眠期頻尿乃至多尿モデルについて、前記評価対象薬剤に代えて前記評価対象薬剤を溶解可能な溶媒を投与した対照又は何も投与しない対照と比較して、膀胱上皮細胞におけるPer2、Bmal1、Cry1、Piezo1、TRPV4、Connexin26、及びVNUTから選択されるマーカーの発現量が上昇した場合に、前記評価対象薬剤に睡眠期頻尿乃至多尿の治療効果があると評価することができる。
【0047】
前記マーカーとは、Per2、Bmal1、Cry1、Piezo1、TRPV4、Connexin26、及びVNUTから選択される少なくともいずれかのmRNA及びタンパク質の少なくともいずれかを意味する。
前記Per2、Bmal1、及びCry1は、概日リズム(体内時計)を司る時計遺伝子である。マウスのPer2、Bmal1、及びCry1は、それぞれジェンバンクアクセッション番号NM_011066、NM_007489、及びNM_007771に登録されている。
前記Piezo1は、侵害性機械刺激を感知する受容体をコードする遺伝子であり、マウスのPiezo1は、ジェンバンクアクセッション番号NM_001037298.1に登録されている。
前記TRPV4は、浸透圧刺激、圧刺激、温度刺激、及び機械刺激の少なくともいずれかを感知する受容体をコードする遺伝子であり、マウスのTRPV4は、ジェンバンクアクセッション番号NM_022017.1に登録されている。
前記Connexin26は、細胞間結合タンパク質をコードする遺伝子であり、マウスのConnexin26は、ジェンバンクアクセッション番号NM_008125に登録されている。
前記VNUTは、ATPなどのヌクレオチドを輸送するタンパク質をコードする遺伝子であり、マウスのVNUTは、ジェンバンクアクセッション番号NM_183161に登録されている。
【0048】
本発明者らは、膀胱上皮培養細胞in vitro標本について、野生型では前記マーカーのmRNA発現に概日リズムが観察されるのに対し、前記睡眠期頻尿乃至多尿モデルではその概日リズムが消失し、mRNAの発現量が下方制御されていることを見出した。また、細胞レベルでClock遺伝子の機能を欠損させた膀胱上皮培養細胞においても、前記マーカーのmRNA発現の概日リズムが消失し、mRNAの発現量が下方制御されていることを見出した。
したがって、前記マーカーについては、野生型に比べて前記睡眠期頻尿乃至多尿モデルにおいてmRNAの発現の概日リズムが消失し、mRNAの発現量が下方制御されていることから、睡眠期頻尿乃至多尿からの機能回復のためには、これらのマーカーの発現量が上昇すること(特に、peakを示す時間帯におけるマーカーの発現量が上昇すること)を指標として、前記評価対象薬剤に睡眠期頻尿乃至多尿の治療効果があると評価することができることが分かった。
【0049】
前記膀胱上皮細胞における前記マーカーの発現量を測定する方法としては、例えば、前記個体から採取した膀胱上皮細胞、野生型由来の膀胱上皮細胞を試料レベルでClock遺伝子の機能を欠損させた試料などを用いた、定量的RT−PCR(mRNAレベルでの検出;例えば、リアルタイムRT−PCR)、ウエスタンブロッティング(タンパク質レベルでの検出)等;前記個体から採取した膀胱上皮組織の試料を用いた、in situハイブリダイゼーション(mRNAレベルでの検出)、免疫組織染色(タンパク質レベルでの検出)等;により測定する方法などが挙げられる。
【実施例】
【0050】
以下、実施例に基づいて本発明をより具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に制限されるものではない。
なお、実施例中の単位「M」は、「mol/L」である。
【0051】
(実施例1:Clock遺伝子の機能が欠損したマウスの排尿行動及び行動リズムの解析)
<ClockΔ19/Δ19マウス>
Clock遺伝子の機能が欠損したマウスとして、C57BL/6系統の遺伝的背景を有する、ClockΔ19/Δ19マウス(ジャクソン研究所(米国)より入手したものを自家繁殖した)を用いた。
【0052】
<排尿行動の測定>
雄性C57BL/6マウス(野生型、8−12週齢、N=10)と雄性同遺伝的背景ClockΔ19/Δ19(8週齢、N=8)のそれぞれの排尿行動を、排尿代謝ケージ(小動物用排尿機能測定装置MCM/TOA−UF001、株式会社シンファクトリー製)を用いて測定した(図1A図1C)。マウスは底面が金網の円筒に入れられ、食餌及び飲水は自由である(図1A及び図1C)。全ての糞は、撥水性の特殊なメッシュでトラップされ(図1D、矢印)、尿のみがメッシュを通り抜けメッシュ下部に設置された精密天秤(GX−8000、株式会社エー・アンド・デイ製)によって経時的に定量される(図1A)。
【0053】
得られるデータは、排尿回数、排尿量、1回排尿量、及び飲水量であり、いずれも平均値(±標準誤差)で図中に示した。データ収集は、PowerLabdata acquisition systemで自動的に行われ、得られたデータは、LabChartsoftware(ADInstruments社製)で解析した。測定は、一定環境(25℃、照度:300lux、明期06:00−18:00、暗期18:00−翌06:00の明暗周期下、明期開始時刻である6時をZeitgeber Time(ZT)0とした)の条件において、2日間の馴化期間をおいて行った(図2)。
なお、マウスは夜行性であるため、明期が睡眠期に相当し、暗期が活動期に相当する。
【0054】
ClockΔ19/Δ19マウス及び野生型マウスについて、排尿量及び飲水量を経時的に測定した結果をそれぞれ図3A及び図3Bに示す。
夜間排尿は、以下の通り定義した。明期の排尿を睡眠期の排尿としてカウントし(図3A、矢印)、それ以外を暗期(活動期)の排尿としてカウントした。ただし、明期に8時間以上の無排尿期がみられた場合、マウスは睡眠しているものと定義し(図3B、sleeping stage)、その後の暗期の初尿の排尿量を明期の排尿量としてカウントした(図3B、矢印)。
【0055】
<<排尿回数の比較>>
野生型マウス及びClockΔ19/Δ19マウスの排尿回数を図4に示す。その結果、暗期の排尿回数は、両群間で同じであったが、ClockΔ19/Δ19の明期の排尿回数は、野生型よりも多かった。すなわち、ClockΔ19/Δ19は野生型と比較し、睡眠期頻尿を示していることが分かった。
【0056】
<<1回排尿量の比較>>
野生型マウス及びClockΔ19/Δ19マウスの1回排尿量を図5に示す。なお、1回排尿量は、1回の排尿あたりの排尿量(排尿量/排尿)であり、明期及び暗期における平均値(±標準誤差)を図5に示した。その結果、野生型マウスの1回排尿量は、ヒトの昼夜のパターンと同じように、暗期より明期の方が多いことが分かった。ClockΔ19/Δ19の1回排尿量は暗期、明期で同じであった。また、野生型マウスに比較し、ClockΔ19/Δ19の1回排尿量は少なく、機能的膀胱容量が減少していることが分かった。
【0057】
<<明期又は暗期の総排尿量の比較>>
野生型マウス及びClockΔ19/Δ19マウスの明期又は暗期の総排尿量を図6に示す。その結果、ClockΔ19/Δ19の明期の総排尿量は野生型より有意に多いことが分かった。
また、両群間で24時間尿量(質量)に対する睡眠期尿量(質量)の質量%(睡眠期尿量/24時間尿量)を比較した結果を表1に示す。その結果、ClockΔ19/Δ19の質量%(睡眠期尿量/24時間尿量)は野生型マウスより有意(p<0.01)に高いことが分かった。
【0058】
【表1】
【0059】
<<総排尿量の比較>>
総排尿量(24時間尿量)は、野生型では2,084.83±129.85(μL)、ClockΔ19/Δ19では2,319.16±94.79(μL)で、両群間で同等であり、有意差が見られなかった。多飲により多尿を示す場合もあるが、ClockΔ19/Δ19は、そのような傾向のない睡眠期頻尿乃至多尿モデルであることを示している。
【0060】
<<飲水量の比較>>
実施例1における野生型マウス及びClockΔ19/Δ19マウスの4時間毎の飲水量を図7に示す。その結果、明期及び暗期における飲水パターンは、両群において暗期に高いという同様のパターンを示し、two−way ANOVAの結果、両群のプロファイル間に有意差は見られなかった。
【0061】
<行動の概日リズムの測定>
雄性C57BL/6マウス(野生型、12週齢、N=8)と雄性同遺伝的背景ClockΔ19/Δ19(12週齢、N=8)のそれぞれの明暗周期下における活動量を、活動量記録装置(装置名:マウス行動解析用クリーンフード T−CH−M−LE 4×4型、トキワ科学器械株式会社製)及び活動量解析ソフト(製品名:clock LAB、株式会社ニューロサイエンス製)を用いて測定した。活動量記録装置の天井に取り付けられた行動解析センサー(赤外線センサー)で活動量を検出し、12日間に亘る行動パターンを測定した。
食餌及び飲水は自由であり、排尿行動の測定と同様の明暗周期下の一定環境の条件において飼育しながら測定した。
【0062】
<<行動の概日リズムの比較>>
野生型マウス及びClockΔ19/Δ19マウスについて、活動量を経時的に測定した結果をそれぞれ図8A及び図8Bに示す。なお、活動量として、活動量記録装置の赤外線センサーを遮った回数を検出し、図8A及び図8B中、10分間当たりの活動量を黒色バーで示した。また、2日間分の測定データを横に並べて示した(ダブルプロット)。
その結果、明期12時間、暗期12時間の明暗周期が維持された生理条件下では、ClockΔ19/Δ19マウスは、野生型と同様な1日周期の行動リズムを示すことが分かった。
【0063】
以上の結果から、ClockΔ19/Δ19マウスでは、野生型に比べて顕著に睡眠期の排尿回数及び排尿量が多く、睡眠時における頻尿乃至多尿の症状を呈することが分かった。しかしClockΔ19/Δ19マウスは野生型と比較して飲水パターンや行動の概日リズムに異常を認めない。したがって、Clock遺伝子の機能が欠損したClockΔ19/Δ19マウスは、睡眠時における頻尿乃至多尿の自然発症モデルとして用いることができ、この動物を使用することで睡眠時における頻尿乃至多尿や排尿障害治療薬の評価に適用できることが示された。
【0064】
(実施例2:公知の排尿障害治療薬を用いた評価方法)
睡眠期頻尿乃至多尿モデルとして、ClockΔ19/Δ19マウスを用い、公知の排尿障害治療薬であるGsMTx4の評価を行った。
なお、GsMTx4は、Piezo1受容体拮抗薬であり、そのアミノ酸配列は、「GCLEFWWKCNPNDDKCCRPKLKCSKLFKLCNFSF」(34残基)である。
【0065】
雄性C57BL/6マウス(10−12週齢)、及び雄性ClockΔ19/Δ19マウス(8週齢)に対し、GsMTx4(株式会社ペプチド研究所製)0.75mg/kgを生理食塩水100μLに溶解し、活動期のZT12(18:00)又は睡眠期のZT0(06:00)に腹腔内投与を行った(図9A図9D、黒矢印)。
飼育は、マウス排尿代謝ゲージを用いて、自由食餌及び自由飲水で一定環境(25℃、照度:300lux、明期06:00−18:00、暗期18:00−翌06:00の明暗周期下、明期開始時刻である6時をZeitgeber Time(ZT)0とした)の条件にて行い、投与前日、投与日及び投与1日後の計3日間の測定を行った。
実験に用いた個体数(N)は、それぞれ野生型ZT12投与群(N=10)、ClockΔ19/Δ19ZT12投与群(N=9)、野生型ZT0投与群(N=12)、及びClockΔ19/Δ19ZT0投与群(N=9)であった。
【0066】
GsMTx4を活動期(ZT12)に投与したマウスの排尿回数及び1回排尿量を、それぞれ図9A及び図9Bに示す。また、GsMTx4を睡眠期(ZT0)に投与したマウスの排尿回数及び1回排尿量を、それぞれ図9C及び図9Dに示す。
その結果、ZT12投与により投与日の活動期での排尿回数は、両群で低下するが、その後の睡眠期の排尿回数に対する影響は乏しく、投与1日後をみてみるとGsMTx4の効果はなくなっていることが分かった(図9A)。しかし、1回排尿量は、両群においてZT12投与後でも上昇が持続しており、1回排尿量の上昇は投与日の野生型群で顕著であることが分かった(図9B)。
【0067】
一方、ZT0投与においては、活動期の排尿回数に対する影響は両群でそれほど大きくないが、睡眠期の排尿回数はClockΔ19/Δ19群で著明に低下することが分かった(図9C)。野生型群は、もともと睡眠期の排尿回数が少ないため、睡眠期の排尿回数抑制効果は乏しいと考えられる。ClockΔ19/Δ19群の排尿回数抑制効果は、投与後でも持続していることが分かった(図9C)。1回排尿量に対する影響は、ZT12投与群とほぼ同じであることが分かった(図9D)。
【0068】
このように、Piezo1受容体拮抗薬の投与による、排尿回数抑制及び1回排尿量増加が両群で確認できたが、睡眠期の排尿への影響は、ClockΔ19/Δ19群がより顕著であった。また、薬剤投与直後から投与後の変化は、薬剤の血中濃度が直に排尿抑制に作用するものと考えられるが、新たに、投与時間により薬効の持続時間が変化することが明らかとなった。
【0069】
(実施例3:マウス膀胱上皮細胞ex vivo標本での時計遺伝子、Piezo1、TRPV4、Connexin26、及びVNUTのmRNA発現経時的変化)
<マウス膀胱上皮細胞ex vivo標本由来のRNAの調製>
雄性C57BL/6マウス(野生型、8−12週齢)、及び雄性ClockΔ19/Δ19マウス(8週齢)を、自由食餌及び自由飲水で一定環境(25℃、照度:300lux、明期06:00−18:00、暗期18:00−翌06:00の明暗周期下、明期開始時刻である6時をZeitgeber Time(ZT)0とした)の条件において、10日間以上馴化させ、ZT0より4時間毎に膀胱を摘出した。なお、全てのタイムポイントにおいて、野生型(N=4)及びClockΔ19/Δ19(N=3)から採取した試料を用いて独立に解析を行った。
膀胱上皮をメスにて鋭的に剥離し、RNeasyTM Mini Kit(Qiagen社製)を用いてRNA抽出し、ex vivo標本に由来するRNAを調製した。
【0070】
<mRNA発現経時的変化の測定>
Piezo1、TRPV4、Connexin26、VNUT、代表的な時計遺伝子のmRNAをスマートサイクラー(Cephied社製)及びSYBRTM green(Molecular Probes社製)を用いた定量的RT−PCRにより測定した。
内部補正遺伝子としては、時間変動の少ない2個の遺伝子の比(Eif2a/Tbcc)を用いた。
なお、Eif2a遺伝子は、真核生物翻訳開始因子2(Eukaryotic translation initiation factor 2)aサブユニットをコードする遺伝子(ジェンバンクアクセッション番号:NM_001005509)であり、Tbcc遺伝子は、tubulin−specific chaperone Cをコードする遺伝子(ジェンバンクアクセッション番号:NM_178385.3)である。
各群における4時間毎の継時的変化の統計学的解析には、one−way ANOVAを用いた。また、両群間での経時的変化の解析には、two−way ANOVAを用いた。
【0071】
マウス膀胱上皮細胞ex vivo標本での時計遺伝子Per2、Bmal1、Cry1、及びClock、並びにPiezo1、TRPV4、Connexin26、及びVNUTのmRNA発現経時的変化を測定した結果を、それぞれ図10A図10Hに示す。
【0072】
その結果、膀胱上皮のみにおいても、時計遺伝子の発現を確認した(図10A図10D)。野生型において、Per2は明期の終わりにPeakを認め、暗期の終わりにnadirがくる概日変動を認めた(p<0.01)。一方で、Bmal1は、Per2とほぼ逆の位相で概日リズムを呈していた(p<0.05)。Cry1も発現周期に概日リズムを認めた(p<0.01)。ClockのmRNAに時間変動は見られないとされており、膀胱上皮においても同様の結果であった(有意差なし、統計解析:one−way ANOVA)。Per2、Bmal1、Cry、Clock以外の時計遺伝子(Cry2、Dbp、E4bp4、RORα、及びRev−erbα)に関しても、その他の組織において報告されている通りの概日リズムを伴うmRNA発現を認めた(データ未掲載)。
【0073】
一方で、ClockΔ19/Δ19では、時計遺伝子のmRNA発現における概日リズムは、すべて消失していた(有意差なし)。ClockΔ19/Δ19のこれら以外の時計遺伝子mRNA発現変化は統計学的な有意差を持つものも存在したが、概日リズムではない変動であった(データ未掲載)。
【0074】
膀胱上皮の伸展刺激受容体であるPiezo1及びTRPV4、ATP放出に関与するVNUT、並びにギャップジャンクションタンパク質Connexin26について、これらのタンパク質をコードする膀胱上皮の機能制御に関与する遺伝子のmRNA発現は、野生型では暗期の始まり(ZT12)にpeakを認め、明期の半ば(ZT4)にnadirを呈する形での概日リズムを認めた(それぞれ、p<0.01、p<0.01、p<0.05及びp<0.01)。
一方で、ClockΔ19/Δ19では、その発現リズムは全て消失していた(有意差なし)。
これらの遺伝子の発現リズムは、時計遺伝子の発現リズムと相関するように変化しており、尿意の伝達に概日リズムが存在することを示唆する。
【0075】
(実施例4:マウス膀胱上皮培養細胞in vitro標本での時計遺伝子、Piezo1、TRPV4、Connexin26、及びVNUTのmRNA発現経時的変化)
<マウス膀胱上皮由来の培養細胞の調製>
雄性C57BL/6マウス(野生型、8−12週齢)と雄性同遺伝的背景ClockΔ19/Δ19(8週齢)から、以下の方法により膀胱上皮培養細胞を作製した。
各マウスより膀胱を摘出し膀胱を反転した。反転した膀胱内に膀胱頚部からPBS(和光純薬工業株式会社製)を100μL注入し、膀胱を拡張した後、膀胱頚部を結紮した(everted bladder ballの調製)。次いで、膀胱を9.2U/mLのパパイン(Worthington biochemical corporation製)溶液中で37℃、25分間インキュベートし、その後、DMEM(和光純薬工業株式会社製)中に移し替え、膀胱上皮細胞を鈍的に剥離した。細胞を1、000rpmで5分間の遠心分離を行い、DMEMに再懸濁した後、0.05mg/mLのフィブロネクチン(和光純薬工業株式会社製)でコーティングした3.5cmディッシュ(Theromo Fisher Scientific社製;或いは、実験に応じて同社製の6ウェルプレート、又は24ウェルプレートを適時使用した)上に播種し、播種3時間後で10体積%FBS(和光純薬工業株式会社製)を含むDMEMを添加した。
実験系により、1個体の膀胱から得られた膀胱上皮細胞を3分割〜6分割して播種した。なお、全てのタイムポイントにおいて、野生型(N=5)及びClockΔ19/Δ19(N=5)から採取した試料を用いて独立に解析を行った。
【0076】
<マウス膀胱上皮培養細胞in vitro標本由来のRNAの調製、及びmRNA発現経時的変化の測定>
48時間後に10体積%FBSを含むDMEMを入れ替え、サンプル回収は播種から72時間後から4時間毎で行った。回収の12時間前より50体積%馬血清(商品名:HI horse serum、Gibco,BRL社製)による同期刺激を2時間与え、同期刺激より12時間後をcircadian time(CT)0とし、細胞を回収した。ex vivoサンプルと同様の方法でmRNAを抽出し、定量的RT−PCRで遺伝子発現リズムを測定した。各群における4時間毎の経時的変化の統計学的解析には、one−way ANOVAを用いた。
【0077】
マウス膀胱上皮培養細胞in vitro標本での時計遺伝子Per2、Bmal1、Cry1、及びClock、並びにPiezo1、TRPV4、Connexin26、及びVNUTのmRNA発現経時的変化を測定した結果を、それぞれ図11A図11Hに示す。
その結果、膀胱上皮由来の培養細胞において、時計遺伝子の発現リズムを確認した。野生型におけるPer2のmRNA発現は、CT0をnadir、CT12をpeakとする概日リズムを呈していた(p<0.05)。一方で、ClockΔ19/Δ19でのPer2のmRNA発現は、そのリズムが消失していた(有意差なし)。ex vivoでの結果を参考にし、CT0−CT12を相対的な明期、CT12−CT0を相対的な暗期と設定した。
野生型におけるBmal1のmRNAも同様に概日リズムを認めた(p<0.01)。peak値はCT16とPer2よりわずかにずれていた。ClockΔ19/Δ19において、Bmal1のmRNA発現には、有意な経時的変化を認めたが(p<0.05)、野生型のような概日リズムではない変動であった。
【0078】
Cry1におけるmRNA発現の経時的変化もPer2と同じであり、野生型においては、CT0をnadir、CT12をpeakとする概日リズムを呈していた(p<0.01)。一方で、ClockΔ19/Δ19(p<0.05)では、そのリズムが消失していた。
ClockのmRNA発現については、ex vivo標本では概日リズムを伴わなかったが、in vitroにおいては、概日リズムを認めた(p<0.01)。
その他の時計遺伝子(Cry2、Dbp、E4bp4、RORα、及びRev−erbα)にもPer2、Cry1と同じようなmRNA発現の概日リズムを認めた(データ未掲載)。
【0079】
野生型において、伸展刺激受容体のPiezo1、TRPV4、ATPトランスポーターのVNUT、ATPチャネルのConnexin26で、それらのmRNAの発現に概日リズムを認めた(それぞれ、p<0.05、p<0.05、p<0.05及びp<0.05)。
一方、ClockΔ19/Δ19においては、TRPV4、Connexin26、VNUTで概日リズムの消失を認めた(有意差なし)。Piezo1では経時的変化に有意差を認めたが(p<0.05)、野生型のような概日リズムではない変動であった。
【0080】
また、Per2、Bmal1、Cry1、Piezo1、TRPV4、Connexin26、及びVNUTのマーカーのいずれについても、野生型に比べてClockΔ19/Δ19においてmRNAの発現量が下方制御されていることが分かった。
【0081】
以上の結果から、培養細胞においても、ex vivoと同様の遺伝子の発現パターンが認められることが分かった。これにより、ClockΔ19/Δ19由来の膀胱上皮細胞を用いたin vitro系においても、これを睡眠期頻尿乃至多尿モデルとして、評価対象薬剤の睡眠期頻尿乃至多尿治療効果の評価方法に使用できることが分かった。
また、前記マーカーについては、野生型に比べてClockΔ19/Δ19においてmRNAの発現の概日リズムが消失し、mRNAの発現量が下方制御されていることから、睡眠期頻尿乃至多尿からの機能回復のためには、これらのマーカーの発現量を上昇させること(特に、peakを示す時間帯におけるマーカーの発現量を上昇させること)が重要であることが推測された。
【0082】
(実施例5:Clock siRNAによりClock遺伝子の機能を阻害したマウス膀胱上皮培養細胞における時計遺伝子、Piezo1、TRPV4、Connexin26、及びVNUTのmRNA発現経時的変化)
<Clock siRNAによる機能阻害>
雄性C57BL/6マウス(野生型、8−12週齢)と雄性同遺伝的背景ClockΔ19/Δ19(8週齢)から、実施例4と同様の方法により、膀胱上皮培養細胞をフィブロネクチンコーティングのディッシュ上に播種した。
細胞播種より3時間後、clock siRNA(Stealth RNAiTM,ClockMSS203030、Invitrogen社製)10μMと、LipofectamineTM RNAi MAX(Invitrogen社製)とをOpti−MEM(Life Technologies社製)に溶解し、膀胱上皮培養細胞にトランスフェクトした。
【0083】
培地を48時間後に10体積%FBSを含むDMEMに交換した。細胞回収12時間前より、実施例4と同様に馬血清刺激を2時間加え、CT0より4時間毎に細胞回収を開始した。回収した細胞から、実施例4と同様の方法でmRNAを抽出して定量的RT−PCRにより、mRNA発現の経時的変化を測定した。
各群における4時間毎の経時的変化の統計学的解析には、one−way ANOVAを用いた。
【0084】
Clock遺伝子の機能を阻害したマウス膀胱上皮培養細胞での時計遺伝子Per2、Bmal1、及びCry1、並びにPiezo1、TRPV4、Connexin26、及びVNUTのmRNA発現経時的変化を測定した結果を、それぞれ図12A図12Gに示す。
その結果、野生型の膀胱上皮培養細胞にClock siRNAを導入してClock遺伝子の機能を阻害したことにより、時計遺伝子や伸展刺激受容体などのmRNA発現リズムが消失することが分かった(いずれも有意差なし)。このmRNA発現パターンは、ClockΔ19/Δ19の膀胱上皮培養細胞におけるパターンとほぼ同じ傾向であった。
【0085】
以上の結果から、細胞レベルで野生型の膀胱上皮培養細胞のClock遺伝子の機能を欠損させた場合においても、ClockΔ19/Δ19に由来する膀胱上皮培養細胞と同様のmRNA発現リズムを再現できることが分かった。このことから、in vitroでの評価対象薬剤の睡眠期頻尿乃至多尿治療効果の評価方法については、ClockΔ19/Δ19などのClock遺伝子の機能が欠損した個体に由来する試料(細胞など)に加えて、細胞レベルでClock遺伝子の機能を欠損させた場合も、使用できることが分かった。
【0086】
(実施例6:マウス膀胱上皮培養細胞への伸展刺激による細胞内カルシウムの濃度変化の経時的変化測定)
<マウス膀胱上皮由来の培養細胞の調製>
雄性C57BL/6マウス(野生型、8−12週齢)と雄性同遺伝的背景ClockΔ19/Δ19(8週齢)から、以下の方法により膀胱上皮培養細胞を作製した。
各マウスより膀胱を摘出し膀胱を反転した。反転した膀胱内に膀胱頚部からPBS(和光純薬工業株式会社製)を100μL注入し、膀胱を拡張した後、膀胱頚部を結紮した(everted bladder ballの調製)。次いで、膀胱を9.2U/mLのパパイン(Worthington biochemical corporation製)溶液中で37℃、25分間インキュベートし、その後、DMEM(和光純薬工業株式会社製)中に移し替え膀胱上皮細胞を鈍的に剥離した。細胞を1,000rpmで5分間の遠心分離を行い、DMEMに再懸濁した後、伸展刺激を加えるため、細胞をフィブロネクチンでコーティングしたelastic silicone chambers(STB−CH−04、ストレックス株式会社製)に1個体の膀胱から得られた膀胱上皮細胞を6分割して播種した。
なお、各タイムポイントCT0、CT4、CT8、CT12、CT16及びCT20において野生型(N=83、52、92、41、53及び57)及びClockΔ19/Δ19(N=46、100、75、47、76及び58)から採取した試料を用いて独立に解析を行った。
【0087】
<伸展刺激>
伸展刺激を加える12時間前に馬血清(商品名:HI Horse serum、Gibco、BRL社製)を50体積%含むDMEMにより2時間の同期刺激を加え、同期刺激より12時間後をcircadian time(CT)0とし、CT0からCT20の4時間毎に細胞に伸展刺激を加えた。伸展刺激装置(STB150、ストレックス株式会社製)に置かれたsilicone chambersに対し、100μm、100μ/secで伸展刺激を加えた。
【0088】
<細胞内Ca2+流入量の測定>
5μMのCa2+蛍光プローブFura2AM(Life Technologies製)と0.02体積%の界面活性剤pluronicF−127(Sigma−Aldrich社製)とをローディングバッファー(BSS:150mM NaCl、5mM KCl、1.8mM CaCl、1.2mM MgCl、25mM HEPES及び10mM グルコース、NaOHでpH7.4に調整)に懸濁し、培養細胞に加え、室温で1時間静置することによりFura2AMをローディングした。
【0089】
次いで、伸展刺激装置に培養細胞をセットし、BSSで洗浄後、更に30分間静置した。伸展刺激前5分間、伸展刺激後5分間で、340nm及び380nmの励起光によって得られる蛍光(それぞれ、F340及びF380と称する)の蛍光強度変化を蛍光顕微鏡(TE−2000−U、株式会社ニコン製)と高感度CCDカメラ(ORCA−R2、浜松ホトニクス株式会社製)を用い測定した。
蛍光強度変化比率(F340/F380)を、画像処理システム(Aquacosmos Ver2.6、浜松ホトニクス株式会社製)で数値化した。変化率は、伸展刺激後のCa2+の増加peak値から伸展刺激前の値を引くことにより算出した。
【0090】
野生型マウス及びClockΔ19/Δ19マウスに由来する膀胱上皮培養細胞への伸展刺激による細胞内カルシウムの濃度変化の経時的変化を測定した結果をそれぞれ図13A及び図13Bに示す。
その結果、野生型において、膀胱上皮培養細胞へ伸展刺激を加えた際の細胞内Ca濃度は概日リズムを認めた(図13A)。これは伸展刺激受容体Piezo1やTRPV4のmRNA発現と同じリズムである。同じ伸展刺激に対して、これらの受容体発現量がの少ない睡眠期はCa2+流入が少なく尿意を感じにくい状況といえる。一方で、受容体の発現量が多い活動期においてはCa2+流入量が多く尿意を感じ易くなっている状況といえる。
ClockΔ19/Δ19においても有意変動はあるが、野生型で観察された概日リズムとは異なる変動パターンを示し、野生型に比べてCa2+流入量が下方制御されることが分かった(図13B)。昼夜による尿意の調節がない状態であり、常にある一定の尿量で排尿をしている状況のため、睡眠期頻尿を引き起こしていると考えられる。
【0091】
以上の結果から、前記Clock遺伝子の機能が欠損した非ヒト哺乳動物が、自然発症型の睡眠期頻尿乃至多尿を示すことが明らかとなった。これらの表現型は、ヒト高齢者の夜間頻尿乃至夜間多尿とほぼ同じであることから、睡眠期頻尿乃至多尿モデルとして有用であることが分かった。
また、前記睡眠期頻尿乃至多尿モデルを用いた評価対照薬剤の睡眠期頻尿乃至多尿治療効果の評価方法に適用できることが分かった。本発明の評価方法は、現行の治療薬及びその投与条件を評価し、再考して治療効果を高めるために利用できることに加え、新規治療薬の評価や、睡眠期頻尿乃至多尿の病態解明に役立つものと考えられる。
図1A
図1B
図1C
図1D
図2
図3A
図3B
図4
図5
図6
図7
図8A
図8B
図9A
図9B
図9C
図9D
図10A
図10B
図10C
図10D
図10E
図10F
図10G
図10H
図11A
図11B
図11C
図11D
図11E
図11F
図11G
図11H
図12A
図12B
図12C
図12D
図12E
図12F
図12G
図13A
図13B