【実施例】
【0050】
以下、実施例に基づいて本発明をより具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に制限されるものではない。
なお、実施例中の単位「M」は、「mol/L」である。
【0051】
(実施例1:Clock遺伝子の機能が欠損したマウスの排尿行動及び行動リズムの解析)
<Clock
Δ19/Δ19マウス>
Clock遺伝子の機能が欠損したマウスとして、C57BL/6系統の遺伝的背景を有する、Clock
Δ19/Δ19マウス(ジャクソン研究所(米国)より入手したものを自家繁殖した)を用いた。
【0052】
<排尿行動の測定>
雄性C57BL/6マウス(野生型、8−12週齢、N=10)と雄性同遺伝的背景Clock
Δ19/Δ19(8週齢、N=8)のそれぞれの排尿行動を、排尿代謝ケージ(小動物用排尿機能測定装置MCM/TOA−UF001、株式会社シンファクトリー製)を用いて測定した(
図1A〜
図1C)。マウスは底面が金網の円筒に入れられ、食餌及び飲水は自由である(
図1A及び
図1C)。全ての糞は、撥水性の特殊なメッシュでトラップされ(
図1D、矢印)、尿のみがメッシュを通り抜けメッシュ下部に設置された精密天秤(GX−8000、株式会社エー・アンド・デイ製)によって経時的に定量される(
図1A)。
【0053】
得られるデータは、排尿回数、排尿量、1回排尿量、及び飲水量であり、いずれも平均値(±標準誤差)で図中に示した。データ収集は、PowerLab
Rdata acquisition systemで自動的に行われ、得られたデータは、LabChart
Rsoftware(ADInstruments社製)で解析した。測定は、一定環境(25℃、照度:300lux、明期06:00−18:00、暗期18:00−翌06:00の明暗周期下、明期開始時刻である6時をZeitgeber Time(ZT)0とした)の条件において、2日間の馴化期間をおいて行った(
図2)。
なお、マウスは夜行性であるため、明期が睡眠期に相当し、暗期が活動期に相当する。
【0054】
Clock
Δ19/Δ19マウス及び野生型マウスについて、排尿量及び飲水量を経時的に測定した結果をそれぞれ
図3A及び
図3Bに示す。
夜間排尿は、以下の通り定義した。明期の排尿を睡眠期の排尿としてカウントし(
図3A、矢印)、それ以外を暗期(活動期)の排尿としてカウントした。ただし、明期に8時間以上の無排尿期がみられた場合、マウスは睡眠しているものと定義し(
図3B、sleeping stage)、その後の暗期の初尿の排尿量を明期の排尿量としてカウントした(
図3B、矢印)。
【0055】
<<排尿回数の比較>>
野生型マウス及びClock
Δ19/Δ19マウスの排尿回数を
図4に示す。その結果、暗期の排尿回数は、両群間で同じであったが、Clock
Δ19/Δ19の明期の排尿回数は、野生型よりも多かった。すなわち、Clock
Δ19/Δ19は野生型と比較し、睡眠期頻尿を示していることが分かった。
【0056】
<<1回排尿量の比較>>
野生型マウス及びClock
Δ19/Δ19マウスの1回排尿量を
図5に示す。なお、1回排尿量は、1回の排尿あたりの排尿量(排尿量/排尿)であり、明期及び暗期における平均値(±標準誤差)を
図5に示した。その結果、野生型マウスの1回排尿量は、ヒトの昼夜のパターンと同じように、暗期より明期の方が多いことが分かった。Clock
Δ19/Δ19の1回排尿量は暗期、明期で同じであった。また、野生型マウスに比較し、Clock
Δ19/Δ19の1回排尿量は少なく、機能的膀胱容量が減少していることが分かった。
【0057】
<<明期又は暗期の総排尿量の比較>>
野生型マウス及びClock
Δ19/Δ19マウスの明期又は暗期の総排尿量を
図6に示す。その結果、Clock
Δ19/Δ19の明期の総排尿量は野生型より有意に多いことが分かった。
また、両群間で24時間尿量(質量)に対する睡眠期尿量(質量)の質量%(睡眠期尿量/24時間尿量)を比較した結果を表1に示す。その結果、Clock
Δ19/Δ19の質量%(睡眠期尿量/24時間尿量)は野生型マウスより有意(p<0.01)に高いことが分かった。
【0058】
【表1】
【0059】
<<総排尿量の比較>>
総排尿量(24時間尿量)は、野生型では2,084.83±129.85(μL)、Clock
Δ19/Δ19では2,319.16±94.79(μL)で、両群間で同等であり、有意差が見られなかった。多飲により多尿を示す場合もあるが、Clock
Δ19/Δ19は、そのような傾向のない睡眠期頻尿乃至多尿モデルであることを示している。
【0060】
<<飲水量の比較>>
実施例1における野生型マウス及びClock
Δ19/Δ19マウスの4時間毎の飲水量を
図7に示す。その結果、明期及び暗期における飲水パターンは、両群において暗期に高いという同様のパターンを示し、two−way ANOVAの結果、両群のプロファイル間に有意差は見られなかった。
【0061】
<行動の概日リズムの測定>
雄性C57BL/6マウス(野生型、12週齢、N=8)と雄性同遺伝的背景Clock
Δ19/Δ19(12週齢、N=8)のそれぞれの明暗周期下における活動量を、活動量記録装置(装置名:マウス行動解析用クリーンフード T−CH−M−LE 4×4型、トキワ科学器械株式会社製)及び活動量解析ソフト(製品名:clock LAB、株式会社ニューロサイエンス製)を用いて測定した。活動量記録装置の天井に取り付けられた行動解析センサー(赤外線センサー)で活動量を検出し、12日間に亘る行動パターンを測定した。
食餌及び飲水は自由であり、排尿行動の測定と同様の明暗周期下の一定環境の条件において飼育しながら測定した。
【0062】
<<行動の概日リズムの比較>>
野生型マウス及びClock
Δ19/Δ19マウスについて、活動量を経時的に測定した結果をそれぞれ
図8A及び
図8Bに示す。なお、活動量として、活動量記録装置の赤外線センサーを遮った回数を検出し、
図8A及び
図8B中、10分間当たりの活動量を黒色バーで示した。また、2日間分の測定データを横に並べて示した(ダブルプロット)。
その結果、明期12時間、暗期12時間の明暗周期が維持された生理条件下では、Clock
Δ19/Δ19マウスは、野生型と同様な1日周期の行動リズムを示すことが分かった。
【0063】
以上の結果から、Clock
Δ19/Δ19マウスでは、野生型に比べて顕著に睡眠期の排尿回数及び排尿量が多く、睡眠時における頻尿乃至多尿の症状を呈することが分かった。しかしClock
Δ19/Δ19マウスは野生型と比較して飲水パターンや行動の概日リズムに異常を認めない。したがって、Clock遺伝子の機能が欠損したClock
Δ19/Δ19マウスは、睡眠時における頻尿乃至多尿の自然発症モデルとして用いることができ、この動物を使用することで睡眠時における頻尿乃至多尿や排尿障害治療薬の評価に適用できることが示された。
【0064】
(実施例2:公知の排尿障害治療薬を用いた評価方法)
睡眠期頻尿乃至多尿モデルとして、Clock
Δ19/Δ19マウスを用い、公知の排尿障害治療薬であるGsMTx4の評価を行った。
なお、GsMTx4は、Piezo1受容体拮抗薬であり、そのアミノ酸配列は、「GCLEFWWKCNPNDDKCCRPKLKCSKLFKLCNFSF」(34残基)である。
【0065】
雄性C57BL/6マウス(10−12週齢)、及び雄性Clock
Δ19/Δ19マウス(8週齢)に対し、GsMTx4(株式会社ペプチド研究所製)0.75mg/kgを生理食塩水100μLに溶解し、活動期のZT12(18:00)又は睡眠期のZT0(06:00)に腹腔内投与を行った(
図9A〜
図9D、黒矢印)。
飼育は、マウス排尿代謝ゲージを用いて、自由食餌及び自由飲水で一定環境(25℃、照度:300lux、明期06:00−18:00、暗期18:00−翌06:00の明暗周期下、明期開始時刻である6時をZeitgeber Time(ZT)0とした)の条件にて行い、投与前日、投与日及び投与1日後の計3日間の測定を行った。
実験に用いた個体数(N)は、それぞれ野生型ZT12投与群(N=10)、Clock
Δ19/Δ19ZT12投与群(N=9)、野生型ZT0投与群(N=12)、及びClock
Δ19/Δ19ZT0投与群(N=9)であった。
【0066】
GsMTx4を活動期(ZT12)に投与したマウスの排尿回数及び1回排尿量を、それぞれ
図9A及び
図9Bに示す。また、GsMTx4を睡眠期(ZT0)に投与したマウスの排尿回数及び1回排尿量を、それぞれ
図9C及び
図9Dに示す。
その結果、ZT12投与により投与日の活動期での排尿回数は、両群で低下するが、その後の睡眠期の排尿回数に対する影響は乏しく、投与1日後をみてみるとGsMTx4の効果はなくなっていることが分かった(
図9A)。しかし、1回排尿量は、両群においてZT12投与後でも上昇が持続しており、1回排尿量の上昇は投与日の野生型群で顕著であることが分かった(
図9B)。
【0067】
一方、ZT0投与においては、活動期の排尿回数に対する影響は両群でそれほど大きくないが、睡眠期の排尿回数はClock
Δ19/Δ19群で著明に低下することが分かった(
図9C)。野生型群は、もともと睡眠期の排尿回数が少ないため、睡眠期の排尿回数抑制効果は乏しいと考えられる。Clock
Δ19/Δ19群の排尿回数抑制効果は、投与後でも持続していることが分かった(
図9C)。1回排尿量に対する影響は、ZT12投与群とほぼ同じであることが分かった(
図9D)。
【0068】
このように、Piezo1受容体拮抗薬の投与による、排尿回数抑制及び1回排尿量増加が両群で確認できたが、睡眠期の排尿への影響は、Clock
Δ19/Δ19群がより顕著であった。また、薬剤投与直後から投与後の変化は、薬剤の血中濃度が直に排尿抑制に作用するものと考えられるが、新たに、投与時間により薬効の持続時間が変化することが明らかとなった。
【0069】
(実施例3:マウス膀胱上皮細胞ex vivo標本での時計遺伝子、Piezo1、TRPV4、Connexin26、及びVNUTのmRNA発現経時的変化)
<マウス膀胱上皮細胞ex vivo標本由来のRNAの調製>
雄性C57BL/6マウス(野生型、8−12週齢)、及び雄性Clock
Δ19/Δ19マウス(8週齢)を、自由食餌及び自由飲水で一定環境(25℃、照度:300lux、明期06:00−18:00、暗期18:00−翌06:00の明暗周期下、明期開始時刻である6時をZeitgeber Time(ZT)0とした)の条件において、10日間以上馴化させ、ZT0より4時間毎に膀胱を摘出した。なお、全てのタイムポイントにおいて、野生型(N=4)及びClock
Δ19/Δ19(N=3)から採取した試料を用いて独立に解析を行った。
膀胱上皮をメスにて鋭的に剥離し、RNeasy
TM Mini Kit(Qiagen社製)を用いてRNA抽出し、ex vivo標本に由来するRNAを調製した。
【0070】
<mRNA発現経時的変化の測定>
Piezo1、TRPV4、Connexin26、VNUT、代表的な時計遺伝子のmRNAをスマートサイクラー(Cephied社製)及びSYBR
TM green(Molecular Probes社製)を用いた定量的RT−PCRにより測定した。
内部補正遺伝子としては、時間変動の少ない2個の遺伝子の比(Eif2a/Tbcc)を用いた。
なお、Eif2a遺伝子は、真核生物翻訳開始因子2(Eukaryotic translation initiation factor 2)aサブユニットをコードする遺伝子(ジェンバンクアクセッション番号:NM_001005509)であり、Tbcc遺伝子は、tubulin−specific chaperone Cをコードする遺伝子(ジェンバンクアクセッション番号:NM_178385.3)である。
各群における4時間毎の継時的変化の統計学的解析には、one−way ANOVAを用いた。また、両群間での経時的変化の解析には、two−way ANOVAを用いた。
【0071】
マウス膀胱上皮細胞ex vivo標本での時計遺伝子Per2、Bmal1、Cry1、及びClock、並びにPiezo1、TRPV4、Connexin26、及びVNUTのmRNA発現経時的変化を測定した結果を、それぞれ
図10A〜
図10Hに示す。
【0072】
その結果、膀胱上皮のみにおいても、時計遺伝子の発現を確認した(
図10A〜
図10D)。野生型において、Per2は明期の終わりにPeakを認め、暗期の終わりにnadirがくる概日変動を認めた(p<0.01)。一方で、Bmal1は、Per2とほぼ逆の位相で概日リズムを呈していた(p<0.05)。Cry1も発現周期に概日リズムを認めた(p<0.01)。ClockのmRNAに時間変動は見られないとされており、膀胱上皮においても同様の結果であった(有意差なし、統計解析:one−way ANOVA)。Per2、Bmal1、Cry、Clock以外の時計遺伝子(Cry2、Dbp、E4bp4、RORα、及びRev−erbα)に関しても、その他の組織において報告されている通りの概日リズムを伴うmRNA発現を認めた(データ未掲載)。
【0073】
一方で、Clock
Δ19/Δ19では、時計遺伝子のmRNA発現における概日リズムは、すべて消失していた(有意差なし)。Clock
Δ19/Δ19のこれら以外の時計遺伝子mRNA発現変化は統計学的な有意差を持つものも存在したが、概日リズムではない変動であった(データ未掲載)。
【0074】
膀胱上皮の伸展刺激受容体であるPiezo1及びTRPV4、ATP放出に関与するVNUT、並びにギャップジャンクションタンパク質Connexin26について、これらのタンパク質をコードする膀胱上皮の機能制御に関与する遺伝子のmRNA発現は、野生型では暗期の始まり(ZT12)にpeakを認め、明期の半ば(ZT4)にnadirを呈する形での概日リズムを認めた(それぞれ、p<0.01、p<0.01、p<0.05及びp<0.01)。
一方で、Clock
Δ19/Δ19では、その発現リズムは全て消失していた(有意差なし)。
これらの遺伝子の発現リズムは、時計遺伝子の発現リズムと相関するように変化しており、尿意の伝達に概日リズムが存在することを示唆する。
【0075】
(実施例4:マウス膀胱上皮培養細胞in vitro標本での時計遺伝子、Piezo1、TRPV4、Connexin26、及びVNUTのmRNA発現経時的変化)
<マウス膀胱上皮由来の培養細胞の調製>
雄性C57BL/6マウス(野生型、8−12週齢)と雄性同遺伝的背景Clock
Δ19/Δ19(8週齢)から、以下の方法により膀胱上皮培養細胞を作製した。
各マウスより膀胱を摘出し膀胱を反転した。反転した膀胱内に膀胱頚部からPBS(和光純薬工業株式会社製)を100μL注入し、膀胱を拡張した後、膀胱頚部を結紮した(everted bladder ballの調製)。次いで、膀胱を9.2U/mLのパパイン(Worthington biochemical corporation製)溶液中で37℃、25分間インキュベートし、その後、DMEM(和光純薬工業株式会社製)中に移し替え、膀胱上皮細胞を鈍的に剥離した。細胞を1、000rpmで5分間の遠心分離を行い、DMEMに再懸濁した後、0.05mg/mLのフィブロネクチン(和光純薬工業株式会社製)でコーティングした3.5cmディッシュ(Theromo Fisher Scientific社製;或いは、実験に応じて同社製の6ウェルプレート、又は24ウェルプレートを適時使用した)上に播種し、播種3時間後で10体積%FBS(和光純薬工業株式会社製)を含むDMEMを添加した。
実験系により、1個体の膀胱から得られた膀胱上皮細胞を3分割〜6分割して播種した。なお、全てのタイムポイントにおいて、野生型(N=5)及びClock
Δ19/Δ19(N=5)から採取した試料を用いて独立に解析を行った。
【0076】
<マウス膀胱上皮培養細胞in vitro標本由来のRNAの調製、及びmRNA発現経時的変化の測定>
48時間後に10体積%FBSを含むDMEMを入れ替え、サンプル回収は播種から72時間後から4時間毎で行った。回収の12時間前より50体積%馬血清(商品名:HI horse serum、Gibco,BRL社製)による同期刺激を2時間与え、同期刺激より12時間後をcircadian time(CT)0とし、細胞を回収した。ex vivoサンプルと同様の方法でmRNAを抽出し、定量的RT−PCRで遺伝子発現リズムを測定した。各群における4時間毎の経時的変化の統計学的解析には、one−way ANOVAを用いた。
【0077】
マウス膀胱上皮培養細胞in vitro標本での時計遺伝子Per2、Bmal1、Cry1、及びClock、並びにPiezo1、TRPV4、Connexin26、及びVNUTのmRNA発現経時的変化を測定した結果を、それぞれ
図11A〜
図11Hに示す。
その結果、膀胱上皮由来の培養細胞において、時計遺伝子の発現リズムを確認した。野生型におけるPer2のmRNA発現は、CT0をnadir、CT12をpeakとする概日リズムを呈していた(p<0.05)。一方で、Clock
Δ19/Δ19でのPer2のmRNA発現は、そのリズムが消失していた(有意差なし)。ex vivoでの結果を参考にし、CT0−CT12を相対的な明期、CT12−CT0を相対的な暗期と設定した。
野生型におけるBmal1のmRNAも同様に概日リズムを認めた(p<0.01)。peak値はCT16とPer2よりわずかにずれていた。Clock
Δ19/Δ19において、Bmal1のmRNA発現には、有意な経時的変化を認めたが(p<0.05)、野生型のような概日リズムではない変動であった。
【0078】
Cry1におけるmRNA発現の経時的変化もPer2と同じであり、野生型においては、CT0をnadir、CT12をpeakとする概日リズムを呈していた(p<0.01)。一方で、Clock
Δ19/Δ19(p<0.05)では、そのリズムが消失していた。
ClockのmRNA発現については、ex vivo標本では概日リズムを伴わなかったが、in vitroにおいては、概日リズムを認めた(p<0.01)。
その他の時計遺伝子(Cry2、Dbp、E4bp4、RORα、及びRev−erbα)にもPer2、Cry1と同じようなmRNA発現の概日リズムを認めた(データ未掲載)。
【0079】
野生型において、伸展刺激受容体のPiezo1、TRPV4、ATPトランスポーターのVNUT、ATPチャネルのConnexin26で、それらのmRNAの発現に概日リズムを認めた(それぞれ、p<0.05、p<0.05、p<0.05及びp<0.05)。
一方、Clock
Δ19/Δ19においては、TRPV4、Connexin26、VNUTで概日リズムの消失を認めた(有意差なし)。Piezo1では経時的変化に有意差を認めたが(p<0.05)、野生型のような概日リズムではない変動であった。
【0080】
また、Per2、Bmal1、Cry1、Piezo1、TRPV4、Connexin26、及びVNUTのマーカーのいずれについても、野生型に比べてClock
Δ19/Δ19においてmRNAの発現量が下方制御されていることが分かった。
【0081】
以上の結果から、培養細胞においても、ex vivoと同様の遺伝子の発現パターンが認められることが分かった。これにより、Clock
Δ19/Δ19由来の膀胱上皮細胞を用いたin vitro系においても、これを睡眠期頻尿乃至多尿モデルとして、評価対象薬剤の睡眠期頻尿乃至多尿治療効果の評価方法に使用できることが分かった。
また、前記マーカーについては、野生型に比べてClock
Δ19/Δ19においてmRNAの発現の概日リズムが消失し、mRNAの発現量が下方制御されていることから、睡眠期頻尿乃至多尿からの機能回復のためには、これらのマーカーの発現量を上昇させること(特に、peakを示す時間帯におけるマーカーの発現量を上昇させること)が重要であることが推測された。
【0082】
(実施例5:Clock siRNAによりClock遺伝子の機能を阻害したマウス膀胱上皮培養細胞における時計遺伝子、Piezo1、TRPV4、Connexin26、及びVNUTのmRNA発現経時的変化)
<Clock siRNAによる機能阻害>
雄性C57BL/6マウス(野生型、8−12週齢)と雄性同遺伝的背景Clock
Δ19/Δ19(8週齢)から、実施例4と同様の方法により、膀胱上皮培養細胞をフィブロネクチンコーティングのディッシュ上に播種した。
細胞播種より3時間後、clock siRNA(Stealth RNAi
TM,ClockMSS203030、Invitrogen社製)10μMと、Lipofectamine
TM RNAi MAX(Invitrogen社製)とをOpti−MEM(Life Technologies社製)に溶解し、膀胱上皮培養細胞にトランスフェクトした。
【0083】
培地を48時間後に10体積%FBSを含むDMEMに交換した。細胞回収12時間前より、実施例4と同様に馬血清刺激を2時間加え、CT0より4時間毎に細胞回収を開始した。回収した細胞から、実施例4と同様の方法でmRNAを抽出して定量的RT−PCRにより、mRNA発現の経時的変化を測定した。
各群における4時間毎の経時的変化の統計学的解析には、one−way ANOVAを用いた。
【0084】
Clock遺伝子の機能を阻害したマウス膀胱上皮培養細胞での時計遺伝子Per2、Bmal1、及びCry1、並びにPiezo1、TRPV4、Connexin26、及びVNUTのmRNA発現経時的変化を測定した結果を、それぞれ
図12A〜
図12Gに示す。
その結果、野生型の膀胱上皮培養細胞にClock siRNAを導入してClock遺伝子の機能を阻害したことにより、時計遺伝子や伸展刺激受容体などのmRNA発現リズムが消失することが分かった(いずれも有意差なし)。このmRNA発現パターンは、Clock
Δ19/Δ19の膀胱上皮培養細胞におけるパターンとほぼ同じ傾向であった。
【0085】
以上の結果から、細胞レベルで野生型の膀胱上皮培養細胞のClock遺伝子の機能を欠損させた場合においても、Clock
Δ19/Δ19に由来する膀胱上皮培養細胞と同様のmRNA発現リズムを再現できることが分かった。このことから、in vitroでの評価対象薬剤の睡眠期頻尿乃至多尿治療効果の評価方法については、Clock
Δ19/Δ19などのClock遺伝子の機能が欠損した個体に由来する試料(細胞など)に加えて、細胞レベルでClock遺伝子の機能を欠損させた場合も、使用できることが分かった。
【0086】
(実施例6:マウス膀胱上皮培養細胞への伸展刺激による細胞内カルシウムの濃度変化の経時的変化測定)
<マウス膀胱上皮由来の培養細胞の調製>
雄性C57BL/6マウス(野生型、8−12週齢)と雄性同遺伝的背景Clock
Δ19/Δ19(8週齢)から、以下の方法により膀胱上皮培養細胞を作製した。
各マウスより膀胱を摘出し膀胱を反転した。反転した膀胱内に膀胱頚部からPBS(和光純薬工業株式会社製)を100μL注入し、膀胱を拡張した後、膀胱頚部を結紮した(everted bladder ballの調製)。次いで、膀胱を9.2U/mLのパパイン(Worthington biochemical corporation製)溶液中で37℃、25分間インキュベートし、その後、DMEM(和光純薬工業株式会社製)中に移し替え膀胱上皮細胞を鈍的に剥離した。細胞を1,000rpmで5分間の遠心分離を行い、DMEMに再懸濁した後、伸展刺激を加えるため、細胞をフィブロネクチンでコーティングしたelastic silicone chambers(STB−CH−04、ストレックス株式会社製)に1個体の膀胱から得られた膀胱上皮細胞を6分割して播種した。
なお、各タイムポイントCT0、CT4、CT8、CT12、CT16及びCT20において野生型(N=83、52、92、41、53及び57)及びClock
Δ19/Δ19(N=46、100、75、47、76及び58)から採取した試料を用いて独立に解析を行った。
【0087】
<伸展刺激>
伸展刺激を加える12時間前に馬血清(商品名:HI Horse serum、Gibco、BRL社製)を50体積%含むDMEMにより2時間の同期刺激を加え、同期刺激より12時間後をcircadian time(CT)0とし、CT0からCT20の4時間毎に細胞に伸展刺激を加えた。伸展刺激装置(STB150、ストレックス株式会社製)に置かれたsilicone chambersに対し、100μm、100μ/secで伸展刺激を加えた。
【0088】
<細胞内Ca
2+流入量の測定>
5μMのCa
2+蛍光プローブFura2AM(Life Technologies製)と0.02体積%の界面活性剤pluronicF−127(Sigma−Aldrich社製)とをローディングバッファー(BSS:150mM NaCl、5mM KCl、1.8mM CaCl
2、1.2mM MgCl
2、25mM HEPES及び10mM グルコース、NaOHでpH7.4に調整)に懸濁し、培養細胞に加え、室温で1時間静置することによりFura2AMをローディングした。
【0089】
次いで、伸展刺激装置に培養細胞をセットし、BSSで洗浄後、更に30分間静置した。伸展刺激前5分間、伸展刺激後5分間で、340nm及び380nmの励起光によって得られる蛍光(それぞれ、F340及びF380と称する)の蛍光強度変化を蛍光顕微鏡(TE−2000−U、株式会社ニコン製)と高感度CCDカメラ(ORCA−R2、浜松ホトニクス株式会社製)を用い測定した。
蛍光強度変化比率(F340/F380)を、画像処理システム(Aquacosmos Ver2.6、浜松ホトニクス株式会社製)で数値化した。変化率は、伸展刺激後のCa
2+の増加peak値から伸展刺激前の値を引くことにより算出した。
【0090】
野生型マウス及びClock
Δ19/Δ19マウスに由来する膀胱上皮培養細胞への伸展刺激による細胞内カルシウムの濃度変化の経時的変化を測定した結果をそれぞれ
図13A及び
図13Bに示す。
その結果、野生型において、膀胱上皮培養細胞へ伸展刺激を加えた際の細胞内Ca濃度は概日リズムを認めた(
図13A)。これは伸展刺激受容体Piezo1やTRPV4のmRNA発現と同じリズムである。同じ伸展刺激に対して、これらの受容体発現量がの少ない睡眠期はCa
2+流入が少なく尿意を感じにくい状況といえる。一方で、受容体の発現量が多い活動期においてはCa
2+流入量が多く尿意を感じ易くなっている状況といえる。
Clock
Δ19/Δ19においても有意変動はあるが、野生型で観察された概日リズムとは異なる変動パターンを示し、野生型に比べてCa
2+流入量が下方制御されることが分かった(
図13B)。昼夜による尿意の調節がない状態であり、常にある一定の尿量で排尿をしている状況のため、睡眠期頻尿を引き起こしていると考えられる。
【0091】
以上の結果から、前記Clock遺伝子の機能が欠損した非ヒト哺乳動物が、自然発症型の睡眠期頻尿乃至多尿を示すことが明らかとなった。これらの表現型は、ヒト高齢者の夜間頻尿乃至夜間多尿とほぼ同じであることから、睡眠期頻尿乃至多尿モデルとして有用であることが分かった。
また、前記睡眠期頻尿乃至多尿モデルを用いた評価対照薬剤の睡眠期頻尿乃至多尿治療効果の評価方法に適用できることが分かった。本発明の評価方法は、現行の治療薬及びその投与条件を評価し、再考して治療効果を高めるために利用できることに加え、新規治療薬の評価や、睡眠期頻尿乃至多尿の病態解明に役立つものと考えられる。