特許第6604156号(P6604156)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2015.5.11 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6604156
(24)【登録日】2019年10月25日
(45)【発行日】2019年11月13日
(54)【発明の名称】構造物の製造方法、ラックの製造方法
(51)【国際特許分類】
   B21J 5/00 20060101AFI20191031BHJP
   B21K 1/76 20060101ALI20191031BHJP
   C21D 6/00 20060101ALI20191031BHJP
   B62D 3/12 20060101ALI20191031BHJP
   F16H 55/26 20060101ALI20191031BHJP
   B21J 1/06 20060101ALI20191031BHJP
【FI】
   B21J5/00 A
   B21K1/76 A
   C21D6/00 W
   B62D3/12 503Z
   F16H55/26
   B21J1/06 A
【請求項の数】3
【全頁数】8
(21)【出願番号】特願2015-225309(P2015-225309)
(22)【出願日】2015年11月18日
(65)【公開番号】特開2016-112617(P2016-112617A)
(43)【公開日】2016年6月23日
【審査請求日】2018年10月9日
(31)【優先権主張番号】特願2014-249537(P2014-249537)
(32)【優先日】2014年12月10日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000001247
【氏名又は名称】株式会社ジェイテクト
(74)【代理人】
【識別番号】110000394
【氏名又は名称】特許業務法人岡田国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】稲垣 良太
(72)【発明者】
【氏名】服部 智哉
【審査官】 飯田 義久
(56)【参考文献】
【文献】 特開2005−120397(JP,A)
【文献】 特表2013−526407(JP,A)
【文献】 特開2014−040907(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B21J 5/00
B21J 1/06
B21K 1/76
B62D 3/12
C21D 6/00
F16H 55/26
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ソルバイト組織とした素材を、素材のA1変態点温度以上の770℃〜740℃の範囲内の温度で構造物の形状に温間鍛造を行い、A1変態点温度を越えている時間を30秒以下として、ソルバイト組織を保持する構造物の製造方法。
【請求項2】
請求項1に記載の前記素材は、鋼材を焼き入れ、焼き戻しによりソルバイト組織としたものである構造物の製造方法。
【請求項3】
請求項1又は請求項2に記載の構造物の製造法によって自動車用ステアリング装置のラックを製造するラックの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車用ステアリング装置のラック等の構造物の製造方法に関する。特に、材料組織をソルバイト組織とした鋼材を変態点温度以上に加熱して構造物の形状に鍛造成形する場合でもソルバイト組織を保持することのできる製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車用ステアリング装置のラックは、その用途上、衝撃加重を受けることがあることから、その構造物の材料特性として、折損せずに曲がることのできる、いわゆる靭性の強いことが要求される。靭性の強い材料組織として、一般にその構造物をソルバイト組織とすることが知られている。ソルバイト組織はフェライトとセメンタイトの混合組織で、マルテンサイトをトルースタイトよりもさらに高い温度(550〜650℃)で焼き戻しすることにより得られる。
【0003】
そのため、自動車用ステアリング装置のラックは、予め、焼き入れ焼き戻しによりソルバイト組織に調質した鋼材に、常温状態でブローチ加工によりラック歯を形成している。このラック歯のブローチ加工による成形加工は、同じピッチ幅で並列に形成された通常のラック歯においては加工可能であるが、スポーツカーのように可変ギヤ比とする場合には、ラック歯のピッチ幅が可変となり異なって形成されていることから、ブローチ加工では加工困難である。
【0004】
このため、可変ギヤ比のラックを得るために、鋼材を加熱してピッチ幅の異なるラック歯を鍛造することが考えられる。しかし、従来、この種の構造物の鍛造は、900℃付近まで鋼材が加熱され、亜熱間鍛造で行われる。この亜熱間鍛造で行われた構造物の材料組織は、フェライト・パーライト組織となる。この組織は靭性が低く、ラックの中で靭性が要求されるものには適用できない。
【0005】
ソルバイト組織を得る別の製造方法として、先に、鋼素材を加熱して鍛造加工によりラック歯を形成した後、この鍛造加工した構造物を焼き入れ焼き戻し調質してソルバイト組織とする方法がある。しかし、この製造方法は、ソルバイト組織を得る調質工程が、通常のラック歯の製造方法の場合と前後逆となる。通常のラックを製造するに際しては、多くの場合、調質工程によりソルバイト組織とした鋼素材を鋼素材メーカから入手してブローチ加工のみを行うことにより製作している。
【0006】
また、この調質工程を後工程とする方法は、ラック歯を成形した後、焼き入れ焼き戻し等の調質を行うため、その調質処理においてラック歯の形状精度に影響を与える恐れがある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特許第5467710号公報
【特許文献2】特許第2904505号公報
【特許文献3】特開2008−285076公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上述からソルバイト組織を得る調質工程を前工程として、後工程の工夫により構造物の材料組織をソルバイト組織を保持した状態とする加工法の提案が望まれている。このため本発明者らは、複雑な構造物の成形加工が可能な変態点温度以上に加熱して行う鍛造加工に着目して鋭意実験を重ねた。
【0009】
而して、本発明は上記により着目した発明者らの実験の結果、創案されたものであって、本発明が解決しようとする課題は、予め、材料組織をソルバイト組織とした鋼素材を、変態点温度以上に加熱して構造物に鍛造加工する場合であっても、ソルバイト組織を保持した製造方法を得ることにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するため、本発明は次の手段をとる。
【0011】
本発明に係る構造物の製造方法は、ソルバイト組織とした素材を、素材のA1変態点温度以上の770℃〜740℃の範囲内の温度で構造物の形状に温間鍛造を行い、A1変態点温度を越えている時間を30秒以下として、ソルバイト組織を保持する。
【0012】
上記本発明によれば、予め、鋼素材の材料組織をソルバイト組織としておき、この素材を加熱して構造物の形状に鍛造を行う製造方法であっても、素材のA1変態点温度以上の770℃〜740℃の範囲内の温度で、かつ、素材のA1変態点温度以上とする時間を短時間として鍛造を行うことによりソルバイト組織を保持することができる。なお、発明者らの実験結果によれば、変態点温度を越えている時間を30秒以下であると、構造物の材料組織として良好なソルバイト組織を得ることができる。
【0013】
上述の本発明の構造物の製造方法における素材は、鋼材を焼き入れ、焼き戻しによりソルバイト組織としたものであるのが好ましい。
【0014】
なお、上述の本発明の製造方法の構造物は、自動車用ステアリング装置のラックであるのが好ましい。特に、可変ギヤ比のラック歯に本発明の製造方法を用いることにより、通常のラック歯の製造法と同じように、鋼材をソルバイト組織とする調質工程を前工程とする製造方法とすることができる。
【発明の効果】
【0015】
本発明は、上述した製造方法とすることにより、予め材料組織をソルバイト組織とした鋼材を、変態点温度以上に加熱して構造物を鍛造加工する場合であっても、ソルバイト組織を保持した構造物を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1】本発明の実施形態の自動車用ステアリング装置のラックアンドピニオン式を示す構成図である。
図2】鍛造工程を行う際の調質素材の温度変化線図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明の実施形態を説明する。図1は自動車用ステアリング装置のラックアンドピニオン式の構成図を示し、本発明の構造物が可変ギヤ比タイプのラックの場合である。
【0018】
図1のラックアンドピニオン式のステアリング装置10は、ステアリングホイール12の操舵がラックアンドピニオン機構22,24を介して左右の前輪30,30に伝えられて、前輪30,30を転舵する。ステアリングホイール12はステアリングシャフト13の上端に取付けられている。ステアリングシャフト13はステアリングポスト14に回転可能に支承されている。ステアリングポスト14は不図示の自動車の車体部材に取付けられている。ステアリングシャフト13の下端は2個の継手16,18を介してリンク部材20によりピニオン22に連結されている。ステアリングホイール12の操舵は、このピニオン22までは回転運動として伝えられる。
【0019】
このピニオン22の回転運動は噛み合って配置されるラック24に軸方向運動として伝えられる。ラック24は軸方向にラック歯が並べられた状態として長尺状に形成されており、このラック歯にラックの軸線に対してやや斜めに配置されたピニオン22が噛み合って配置される。このラック24とピニオン22は筒状のラックアンドピニオンハウジング26内に配置されている。ラック24の両端は夫々リンク部材28,28を介して左右の前輪30,30を転舵可能に連結されており、ラック24の軸方向移動により左右の前輪30,30が左右に転舵する。
【0020】
本実施形態のラック24とピニオン22の噛み合いは、可変ギヤ比となる噛み合い構成とされている。すなわち、可変ピッチの噛み合いとされており、ラック歯のピッチが変化させられて構成されている。
【0021】
なお、ステアリング装置10には操舵力をアシストする装置を備えられることがあり、本実施形態のステアリング装置10にもステアリングポスト14の下端部に電動モータ32が備えられている。
【0022】
次に、ラック歯のピッチが変化させられて構成される本実施形態のラック24の製造方法を説明する。本実施形態の製造方法は、調質工程と鍛造工程を有する。先ず、調質工程によりラックの素材である鋼材を焼き入れ、焼き戻しによりソルバイト組織とする。本実施形態の鋼材材質は炭素鋼で、例えばS45C,S25Cである。これを調質工程によりソルバイト組織を得る。この調質工程は一般に知るれている公知の方法で行えばよい。例えば、次のように行う。すなわち、調質工程は一種の焼き戻しであって、800〜900℃に加熱した後急冷し(焼き入れ)、450〜650℃に再加熱(焼き戻し)してソルバイト組織を得る。より具体的には、焼き入れは、バッチ型焼き入れ炉で、焼き入れ温度850℃で焼く、5時間保持した後、冷却液を用いて急冷する。炉内雰囲気はカーボンポテンシャル0.5%とする。焼き戻しは、焼き戻し炉で、焼き戻し温度500〜550℃で約2時間保持した後、空冷する。なお、このような調質工程によりソルバイト組織とした調質素材を得ることは、鋼材メーカで汎用に行われており、容易に得ることができる。
【0023】
次に、材料組織をソルバイト組織とした調質素材を用いて鍛造工程によりラック歯を成形加工する。この鍛造工程において、鍛造後においても調質素材のソルバイトを保持するためには、調質素材を変態点温度を超えた付近ですばやく鍛造することが重要であることが、発明者らの実験によって確認された。すなわち、実験を繰り返し行ったところ、材料組織をソルバイト組織とした調質素材を変態点(720℃)を超え、変態点温度を超えている時間が長いと、材料組織がフェライト・パーライト組織に戻ってしまうことが分かった。
【0024】
図2は調質処理した鋼材を鍛造処理する際の、処理時間経過に伴う素材の温度変化を示す線図である。この線図の実線で示す線図は本実施形態の鍛造工程の製造方法の場合であり、破線で示す線図は比較例の鍛造工程の製造方法の場合である。実線の変化線図は後述の実験例1〜4(本実施形態)の場合であり、破線の変化線図は後述の実験例5〜6(比較例)の場合である。なお、この線図における温度軸と時間軸の変位は必ずしも精度良く示されていなく理解を容易とするためにイメージ図として示した。本発明者らは実験により、ソルバイト組織とした調質素材を鍛造するとき、変態点温度(720℃)を超えている時間が長いとソルバイト組織が失われる知見を得た。実線で示す線図のX範囲が変態点温度を超えている時間であり、破線で示す比較例の線図のX´範囲より短いことによりソルバイト組織が失われないことが分かった。
【0025】
鍛造工程では、一般に、加熱、鍛造、空冷、水冷が行われる。図2において、aは加熱線、bは鍛造線、cは空冷線、dは水冷線である。変態点温度を超える加熱線aの時間、鍛造を行う鍛造線bの時間、鍛造後、空冷する空冷線cの時間、変態点温度までの水冷する水冷線dの時間の総和である。そのうち、鍛造を行う時間は通常1〜3秒であり、長くても5秒程度までの範囲であり、鍛造する構造物により決まってくる。また、空冷時間を決める空冷線cの冷却勾配は常に一定の冷却勾配である。このためX範囲の時間の長さは、鍛造温度と、常温から鍛造温度まで上昇させる加熱勾配によって変動することになる。したがって、X範囲の時間を短くするためには、鍛造温度を変態点温度を超えた温度でなるべく低くするのと、鍛造温度まで上昇させる加熱勾配をおおきくすることが必要とされている。
【0026】
本実施形態では、実験結果から鍛造温度を770℃〜740℃の範囲とした。例えば、900℃にすると変態点を大きく超えているのでソルバイト組織が失われる。740℃未満の温度では、型の面圧が所定値を超え、型の寿命を大きく損なう。本実施形態では、実験結果から720℃を超えている時間を30秒以下の範囲とした。例えば、変態点720℃を超えている時間を45秒にすると、ソルバイト組織が失われる。以上から、本実施形態の鍛造工程は、熱間鍛造ではなく、温間鍛造となる。
【0027】
本発明者らが上記の通り知見する結果となった鍛造工程の実験例を次に示す。いずれの実験例の場合も材料組織をソルバイト組織とした調質素材を用いて行った。
[実験例1(本実施形態)]
・調質素材を750℃まで加熱して、750℃で温間鍛造によりラック24を成形した。 温間鍛造時の面圧は、所定値以下であった。(評価:◎)
・そして、鍛造後、空冷し、400℃から水冷した。変態点720℃を超えている時間は 30秒であった。
・その結果、ラック24の材料組織は鍛造後においても純粋のソルバイト組織であった。 (評価:◎)
[実験例2(本実施形態)]
・調質素材を761℃まで加熱して、761℃で温間鍛造によりラック24を成形した。 温間鍛造時の面圧は、所定値以下であった。(評価:◎)
・そして、鍛造後、空冷し、400℃から水冷した。変態点720℃を越えている時間は 27秒であった。
・その結果、ラック24の材料組織は鍛造後においても純粋のソルバイト組織であった。 (評価:◎)
[実験例3(本実施形態)]
・調質素材を740℃まで加熱して、740℃で温間鍛造によりラック24を成形した。 温間鍛造時の面圧は、所定値以下であった。(評価:◎)
・そして、鍛造後、空冷し、400℃から水冷した。変態点720℃を越えている時間は 30秒であった。
・その結果、ラック24の材料組織は鍛造後においても純粋のソルバイト組織であった。 (評価:◎)
[実験例4(本実施形態)]
・調質素材を770℃まで加熱して、770℃で温間鍛造によりラック24を成形した。 温間鍛造時の面圧は、所定値以下であった。(評価:◎)
・そして、鍛造後、空冷し、400℃から水冷した。変態点720℃を越えている時間は 30秒であった。
・その結果、ラック24の材料組織は鍛造後においても純粋のソルバイト組織であった。 (評価:◎)
[実験例5(比較例)]
・調質素材を900℃まで加熱して、亜熱間鍛造によりラック24を成形した。亜熱間鍛 造時の面圧は、所定値以下であった。(評価:◎)
・そして、鍛造後、空冷し、800℃から水冷した。変態点720℃を越えている時間は 45秒であった。
・その結果、ラック24の材料組織は、鍛造後においてはソルバイト+マルテンサイト組 織となった。(評価:×)
[実験例6(比較例)]
・調質素材を900℃まで加熱して、亜熱間鍛造によりラック24を成形した。亜熱間鍛 造時の面圧は、所定値以下であった。(評価:◎)
・そして、鍛造後、空冷し、400℃から水冷した。変態点720℃を越えている時間は 60秒であった。
・その結果、ラック24の材料組織は、鍛造後においてはフェライト+パーライト組織と なった。(評価:×)
【0028】
上記した実施形態によれば、材料組織をソルバイト組織とした調質素材は、専門工場(会社)において汎用に製作されているので、この調質素材を用いてステアリング装置のラック24を、純粋のソルバイト組織を確保したまま製作することができる。このため、鍛造した後でソルバイト組織とするための調質工程をわざわざ設ける必要もなく、精度良くラック24を製造することができる。また、少量生産の可変ギヤ比タイプのラック24のために調質工程を後工程とする専用の製造ラインを設定する必要がない。すなわち、調質工程を前工程としてラック歯を形成するための成形工程を後工程とする同種の製造ラインとすることができ、製造ライン設備を簡素とすることができる。尤も、通常のラックの成形も本実施形態で行う場合には、一種類の製造ラインで済み、より製造ライン設備を簡素とすることができる。
【0029】
以上、本発明の実施形態について説明したが、本発明はその他各種の形態でも実施できる。
【0030】
例えば、構造物がステアリング装置のラック、特に、可変ギヤ比タイプのラックの場合について説明したが、勿論、通常のラックの場合であってもよい。なお、ラック以外でも車輪のハブホイールにも適用することができる。
【0031】
また、上述の鍛造工程の後で、ラック歯の表面硬度を固くするため、高周波焼入れ処理することがある。
【符号の説明】
【0032】
10 ステアリング装置
12 ステアリングホイール
13 ステアリングシャフト
14 ステアリングポスト
16 継手
18 継手
20 リンク部材
22 ピニオン
24 ラック
26 ラックアンドピニオンハウジング
28 リンク部材
30 前輪
図1
図2