特許第6604557号(P6604557)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6604557
(24)【登録日】2019年10月25日
(45)【発行日】2019年11月13日
(54)【発明の名称】ピストンリングおよびエンジン
(51)【国際特許分類】
   F16J 9/26 20060101AFI20191031BHJP
   F02F 5/00 20060101ALI20191031BHJP
【FI】
   F16J9/26 C
   F02F5/00 F
   F02F5/00 N
【請求項の数】15
【全頁数】23
(21)【出願番号】特願2017-534064(P2017-534064)
(86)(22)【出願日】2015年8月10日
(86)【国際出願番号】JP2015072681
(87)【国際公開番号】WO2017026042
(87)【国際公開日】20170216
【審査請求日】2018年7月17日
(73)【特許権者】
【識別番号】591029699
【氏名又は名称】日本アイ・ティ・エフ株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】000005326
【氏名又は名称】本田技研工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100078813
【弁理士】
【氏名又は名称】上代 哲司
(74)【代理人】
【識別番号】100094477
【弁理士】
【氏名又は名称】神野 直美
(74)【代理人】
【識別番号】100099933
【弁理士】
【氏名又は名称】清水 敏
(72)【発明者】
【氏名】大城 竹彦
(72)【発明者】
【氏名】三宅 浩二
(72)【発明者】
【氏名】辻岡 正憲
(72)【発明者】
【氏名】吉田 聡
【審査官】 杉山 悟史
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2015/115601(WO,A1)
【文献】 特開2011−133018(JP,A)
【文献】 特開2014−149085(JP,A)
【文献】 国際公開第2012/073717(WO,A1)
【文献】 特開2000−120869(JP,A)
【文献】 特開2000−120870(JP,A)
【文献】 特許第5013445(JP,B2)
【文献】 特許第3355306(JP,B2)
【文献】 特開2008−241032(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16J 9/00 − 9/28
F02F 5/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
外周摺動面および上下面に炭素膜が形成されているピストンリングであって、
前記炭素膜は、膜質が異なる少なくとも2種類の炭素膜層が積層された炭素膜であり、
前記2種類の炭素膜層の層厚比が前記外周摺動面と上下面とで異なっており、
前記炭素膜が、ピストンリング本体側に形成される第1炭素膜層と、表面側に形成される第2炭素膜層とが積層されることにより形成されており、
前記第2炭素膜層が、ラマンスペクトルに基づいて下記の式よりもとめられるラマン係数が36.3以下である
ことを特徴とするピストンリング。
ラマン係数=10÷(ピーク位置×1.08+半値幅)−510
ピーク位置:Gピークの頂点の波長(cm−1
半値幅 :Gピークの半値幅(cm−1
【請求項2】
記上下面における前記第2炭素膜層の層厚が、前記外周摺動面における前記第2炭素膜層の層厚より薄く、
前記第1炭素膜層の層厚に対する前記第2炭素膜層の層厚の比率が、前記外周摺動面の方が前記上下面よりも大きい
ことを特徴とする請求項1に記載のピストンリング。
【請求項3】
前記上下面において、前記第1炭素膜層の層厚が、前記第2炭素膜層の層厚より厚いことを特徴とする請求項1または請求項2に記載のピストンリング。
【請求項4】
少なくとも前記第1炭素膜層がプラズマCVDを用いて形成された炭素膜層であることを特徴とする請求項ないし請求項のいずれか1項に記載のピストンリング。
【請求項5】
チャンバー内に互いの上下面が平行になるように配置された2本以上のピストンリングに対して、
プラズマCVDを用いて、前記第2炭素膜層の上下面における層厚に対する外周摺動面における層厚の比率である第2外周層厚比が、前記第1炭素膜層の上下面における層厚に対する外周摺動面における層厚の比率である第1外周層厚比よりも大きくなる条件で、
前記第1炭素膜層および前記第2炭素膜層が形成されている
ことを特徴とする請求項に記載のピストンリング。
【請求項6】
前記第1炭素膜層および前記第2炭素膜層が、
前記2本以上のピストンリングの上下面または内周面の一部が保持具に保持された状態で配置されて形成されている
ことを特徴とする請求項に記載のピストンリング。
【請求項7】
前記第1炭素膜層および第2炭素膜層のうち、少なくとも第2炭素膜層が自己放電型以外のプラズマCVD装置を用いて形成されていることを特徴とする請求項または請求項に記載のピストンリング。
【請求項8】
コーティング装置として、PIG放電プラズマCVD装置が用いられていることを特徴とする請求項に記載のピストンリング。
【請求項9】
前記第2炭素膜層が、スパッタリングまたはイオンプレーティングのいずれかのPVDを用いて、前記ピストンリング本体をプラズマ発生源からのイオン流に対して前記外周摺動面が垂直、前記上下面が平行であるように配置された状態で形成されていることを特徴とする請求項1ないし請求項4のいずれか1項に記載のピストンリング。
【請求項10】
前記炭素膜の形成に先立って、前記ピストンリング表面に、スパッタリングを用いてチタンまたはクロムからなる金属層が形成されていることを特徴とする請求項1ないし請求項のいずれか1項に記載のピストンリング。
【請求項11】
前記炭素膜の形成に先立って、シラン系ガスを含有する混合ガスを用いたCVDで形成された珪素を含有する炭素層が形成されていることを特徴とする請求項1ないし請求項のいずれか1項に記載のピストンリング。
【請求項12】
前記炭素膜の形成に先立って、前記ピストンリング表面に、スパッタリングを用いてチタンまたはクロムからなる金属層、シラン系ガスを含有する混合ガスを用いたCVDで形成された珪素を含有する炭素膜層の順に形成されていることを特徴とする請求項1ないし請求項のいずれか1項に記載のピストンリング。
【請求項13】
前記ピストンリングの前記外周摺動面および上下面の少なくともいずれか一方と摺動する相手材の材質が、アルミ合金であることを特徴とする請求項1ないし請求項12のいずれか1項に記載のピストンリング。
【請求項14】
硫化ジアルキルジチオカルバミン酸モリブデンを含有する潤滑油が用いられている環境下で用いられることを特徴とする請求項13に記載のピストンリング。
【請求項15】
請求項1ないし請求項14のいずれか1項に記載のピストンリングが用いられていることを特徴とするエンジン。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ピストンリングおよびエンジンに関し、より詳しくは外周摺動面および上下面に炭素膜が形成されているピストンリングおよびこのピストンリングが用いられているエンジンに関する。
【背景技術】
【0002】
自動車などのエンジンでは、ピストンにピストンリングが装着されており、ピストンリングを相手材であるスリーブ(シリンダー)の壁面と摺動させている。このため、ピストンリングには、低摩擦性および耐摩耗性が求められており、従来より、ピストンリングの外周摺動面にダイヤモンドライクカーボン(DLC)などの炭素膜を形成させることが行われている。
【0003】
しかし、近年、エンジンが高出力、高回転化されたことや、ピストンにアルミニウム(Al)合金製ピストンが用いられるようになったことなどにより、ピストンリング溝の摩耗が問題となっている。そこで、この問題に対処するため、ピストンリングの外周摺動面に加えて、上下面にもダイヤモンドライクカーボンなどの炭素膜を形成する技術が検討されている(例えば、特許文献1〜5参照)。
【0004】
このとき、ピストンリングへの炭素膜の形成は、通常、成膜装置のチャンバー内に、複数本のピストンリングを配置して行われている。しかし、外周摺動面と上下面とでは、形成される炭素膜に要求される特性が異なっている。例えば、外周摺動面には耐摩耗性に加えて、摺動相手であるスリーブに対する低摩擦性が求められている。一方、上下面には耐摩耗性に加えて、低相手攻撃性および作動中のピストンリングのガタツキなどによりピストンリング溝が傷つくことで発生する焼き付きを防止する耐凝着性が求められている。
【0005】
このため、ピストンリングの外周摺動面と上下面とに対して同じ処理条件で成膜することを前提としている特許文献1〜4では、外周摺動面と上下面との膜質は同じであるか、膜形成時のセット位置による成膜状態の差程度にしか異ならず、外周摺動面と上下面とのそれぞれにおいて要求される異なる特性に合わせた成膜が十分に行われているとは言えなかった。
【0006】
そこで、ピストンリングの外周摺動面と上下面とのそれぞれにおいて要求される異なる特性に合わせた膜質の炭素膜を形成する技術として、特許文献5に示す技術が提案されている。具体的には、特許文献5では、プラズマCVDにより硬質炭素膜を形成するときに、ピストンリングの上下面がプラズマ発生源からのイオン流と平行、外周面がイオン流に対して直角になるようにチャンバー内にピストンリングをセットすることにより、外周摺動面と上下面とで異なる膜質の炭素膜を同時に形成している。
【0007】
しかし、この場合、それぞれの面に形成される各炭素膜の互いの成膜状態に影響を与えない程度に、ピストンリングの各上下面間の間隔を拡げて配置しておく必要があるため、1つのチャンバー内に配置できるピストンリングの数量が減少して生産性の低下を招く恐れがある。また、複数本のピストンリングをこのように配置しても、外周摺動面と上下面とで異なる膜質をそれぞれ最適化させることは容易ではない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2000−120869号公報
【特許文献2】特開2000−120870号公報
【特許文献3】特許第5013445号公報
【特許文献4】特許第3355306号公報
【特許文献5】特開2008−241032号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
そこで本発明は、外周摺動面と上下面とにそれぞれの要求性能に適応するように最適化された膜質の炭素膜が生産性良く形成されたピストンリングを提供すると共に、このようなピストンリングが用いられた高性能なエンジンを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者は、上記課題を解決するために種々の実験と検討を行う中で、1つの面上に膜質(特性)が異なる2種類の炭素膜層を形成させて積層することにより炭素膜を形成した場合、膜質(特性)が異なる2種類の炭素膜層の層厚比を変化させることにより、積層された炭素膜の特性を制御できることに着目した。
【0011】
そして、異なる2種類の炭素膜層の層厚比を調整するという簡略な手段にも関わらず、上下面および外周摺動面のそれぞれの層厚比を互いに異ならせて積層するだけで、上下面および外周摺動面で互いに異なった膜質の炭素膜を形成することができることを見出した。
【0012】
また、炭素膜層を適切に制御して積層することにより、上下面および外周摺動面のそれぞれの層厚比を適切に調整することができ、その結果、上下面および外周摺動面のそれぞれに適応した炭素膜が形成されたピストンリングが得られることを見出した。
【0013】
本発明に関連する第1の技術は上記の知見に基づくものであり
外周摺動面および上下面に炭素膜が形成されているピストンリングであって、
前記炭素膜は、膜質が異なる少なくとも2種類の炭素膜層が積層された炭素膜であり、
前記2種類の炭素膜層の層厚比が前記外周摺動面と上下面とで異なっている
ことを特徴とするピストンリングである。
【0014】
そして、本発明者は、上記した外周摺動面における各炭素膜層の層厚比と上下面における各炭素膜層の層厚比とが、互いに異なっている炭素膜を生産性良く形成する具体的な方法について検討した。
【0015】
生産性を向上させるためには、多数のピストンリングを上下面が対向するように近接してチャンバー内に配置して、各炭素膜層を成膜させることが好ましい。
【0016】
そこで、本発明者は、このような各炭素膜層の成膜に際して、炭素膜層の成膜時における付き回りの良さと悪さとに着目した。ここで言う「付き回りの良さ」とは、プラズマ密度を高くしプラズマシースを狭くすることにより、狭い隙間であっても基板上に十分に炭素膜層を形成できることを言い、例えば、原料ガスとして分解し易いガスを使用して圧力を高くすると共にバイアス電圧を低くする等の手段を採ることにより実現することができる。そして、「付き回りの悪さ」とは、上記とは逆に、プラズマ密度を低くしプラズマシースを広くすることにより、狭い隙間では基板上に十分には炭素膜層を形成できないことを言い、例えば、原料ガスとして分解し難いガスを使用して圧力を低くすると共にバイアス電圧を高くする等の手段を採ることにより実現することができる。
【0017】
具体的には、最初に付き回りの良い成膜条件で上下面および外周摺動面に第1炭素膜層を成膜すると、近接した上下面にもプラズマが十分に入り込むため、十分な厚みで上下面に第1炭素膜層を成膜することができる。
【0018】
そして、次に、付き回りの悪い成膜条件で上下面および外周摺動面に第2炭素膜層を成膜すると、近接した上下面にはプラズマが十分に入り込まないため、上下面に第2炭素膜層が成膜されにくい。このため、上下面では、第1炭素膜層に対する第2炭素膜層の層厚比が小さくなる。
【0019】
一方、外周摺動面には、付き回りの良い条件で成膜された第1炭素膜層、付き回りの悪い条件で成膜された第2炭素膜層のいずれも十分な厚みで成膜することができる。このため、外周摺動面では、第1炭素膜層に対する第2炭素膜層の層厚比が小さくならない。
【0020】
この結果、第1炭素膜層に対する第2炭素膜層の層厚比(第2炭素膜層は上層に形成される炭素膜層であるため、以下、「上層膜厚比」ともいう)を、外周摺動面の方が上下面よりも大きくなるようにすることができるため、外周摺動面では第2炭素膜層の膜質を発揮させ、上下面では第1炭素膜層の膜質を発揮させることができる。
【0021】
そして、このとき、第1炭素膜層を上下面で要求される膜質(例えば、低相手攻撃性)に適応した炭素膜層、第2炭素膜層を外周摺動面で要求される膜質(例えば、低摩擦性)に適応した炭素膜層として、上記のようにして、上層膜厚比を外周摺動面の方が上下面よりも大きくなるようにさせると、外周摺動面では第2炭素膜層の膜質、即ち、外周摺動面で要求される膜質(例えば、低摩擦性)を発揮させることができる一方、上下面では第1炭素膜層の膜質、即ち、上下面で要求される膜質(例えば、低相手攻撃性)を発揮させることができる。この結果、上下面と外周摺動面のそれぞれに最適化された膜質の炭素膜が形成されたピストンリングを生産性良く提供することができる。
【0022】
具体的に、上下面で要求される低相手攻撃性を発揮させることができる炭素膜層としては、金属などと反応し難く、鉄(Fe)やAlと凝着し難い、炭素(C)と水素(H)の含有比率の合計が80at%以上で殆どがCとHのみからなる炭素膜層を好ましく挙げることができ、90at%以上であればより好ましい。なお、この炭素膜層において、耐久性を確保するためには、第1炭素膜層のナノインデンテーション硬度として15GPa以上であることが好ましく、20GPa以上であることがより好ましい。
【0023】
また、下記の式で表されるラマン係数(ラマン評価係数)が36.3以下の炭素膜においては、摺動相手であるスリーブがAl合金製の場合に、現在広く用いられているCrNコートのピストンよりも摩擦係数が低くなる。このため、外周摺動面で要求される低摩擦性を発揮させることができる第2炭素膜層はラマン係数が36.3以下の炭素膜であることが好ましい。なお、この炭素膜層においても、CとHの含有比率の合計は80at%以上であることが好ましく、90at%以上であればより好ましい。
ラマン係数=10÷(ピーク位置×1.08+半値幅)−510
ピーク位置:Gピークの頂点の波長(cm−1
半値幅 :Gピークの半値幅(cm−1
【0024】
そして、このような第1炭素膜層と第2炭素膜層とを、上記のように、上層膜厚比が外周摺動面で上下面よりも大きくなるように積層させることにより、外周摺動面における炭素膜を低摩擦性が優れた炭素膜、上下面における炭素層を低相手攻撃性が優れた炭素膜に形成させることができる。
【0025】
また、第1炭素膜層と第2炭素膜層の双方が、CとHの含有比率の合計が80at%以上の炭素膜層であると、上下面で凝着が発生してピストンリング溝の摩耗を招くことを抑制するだけでなく、外周摺動面においても、Al合金製のスリーブ(シリンダー)との凝着の発生を抑制することができる。
【0026】
本発明に関連する第2〜第4の技術は上記の知見に基づくものあり、本発明に関連する第2の技術
前記炭素膜が、ピストンリング本体側に形成される第1炭素膜層と、表面側に形成される第2炭素膜層とが積層されることにより形成されており、
前記上下面における前記第2炭素膜層の層厚が、前記外周摺動面における前記第2炭素膜層の層厚より薄く、
前記第1炭素膜層の層厚に対する前記第2炭素膜層の層厚の比率が、前記外周摺動面の方が前記上下面よりも大きい
ことを特徴とする第1の技術に記載のピストンリングである。
【0027】
そして、本発明に関する第3の技術は、
前記上下面において、前記第1炭素膜層の層厚が、前記第2炭素膜層の層厚より厚いことを特徴とする第2の技術に記載のピストンリングである。
【0028】
また、本発明に関する第4の技術は、
前記第2炭素膜層が、ラマンスペクトルに基づいて下記の式より求められるラマン係数が36.3以下の炭素膜層であることを特徴とする第2の技術または第3の技術に記載のピストンリングである。
ラマン係数=10÷(ピーク位置×1.08+半値幅)−510
ピーク位置:Gピークの頂点の波長(cm−1
半値幅 :Gピークの半値幅(cm−1
【0029】
次に、本発明に関する第5の技術は、
少なくとも前記第1炭素膜層がプラズマCVDを用いて形成された炭素膜層であることを特徴とする第2の技術ないし第4の技術のいずれかに記載のピストンリングである。
【0030】
プラズマCVDはガスを原料とする成膜法であるため、生成されたプラズマは狭い隙間にも入り込むことができ、付き回りを良くすることができ、第1炭素膜層の成膜方法として好ましい。
【0031】
そして、複数のピストンリングを上下面を対向させて小さな間隔でセットした場合でも、上下面により確実に第1炭素膜層を形成することができ、また、上下面で第1炭素膜層の層厚を第2炭素膜層の層厚より厚くすると共に、外周摺動面における上層膜厚比が上下面における上層膜厚比よりも大きくなるように容易に制御することができる。
【0032】
また、ガスを原料とすることにより、容易に、CとHの含有比率の合計が80at%以上の第1炭素膜層を形成させることができる。
【0033】
本発明に関する第6の技術は、
チャンバー内に互いの上下面が平行になるように配置された2本以上のピストンリングに対して、
プラズマCVDを用いて、前記第2炭素膜層の上下面における層厚に対する外周摺動面における層厚の比率である第2外周層厚比が、前記第1炭素膜層の上下面における層厚に対する外周摺動面における層厚の比率である第1外周層厚比よりも大きくなる条件で、
前記第1炭素膜層および前記第2炭素膜層が形成されている
ことを特徴とする第5の技術に記載のピストンリングである。
【0034】
プラズマCVDを用いて、上記の条件で一貫成膜することにより、上下面と外周摺動面のそれぞれに要求される膜質に適応した異なる膜質の炭素膜が形成されたピストンリングを、高い生産性で提供することができる。
【0035】
本発明に関する第7の技術は、
前記第1炭素膜層および前記第2炭素膜層が、
前記2本以上のピストンリングの上下面または内周面の一部が保持具に保持された状態で配置されて形成されている
ことを特徴とする第6の技術に記載のピストンリングである。
【0036】
2本以上のピストンリングを円筒状の保持具のように、ピストンリング内周面全体を保持具に接触させた場合、ピストンリングの輪の内側にプラズマが発生しなくなるため、第1炭素膜層の形成に際して、付き回りが悪化する。一方、ピストンリングの上下面または内周面全体を保持具に接触させるのではなく、その一部のみを保持具で保持させた場合、ピストンリングの輪の内側にもプラズマを発生させることができるため、前記した付き回りの悪化を改善することができる。
【0037】
本発明に関する第8の技術は、
前記第1炭素膜層および第2炭素膜層のうち、少なくとも第2炭素膜層が自己放電型以外のプラズマCVD装置を用いて形成されていることを特徴とする第6の技術または第7の技術に記載のピストンリングである。
【0038】
プラズマCVDを用いることにより、前記したように、第1炭素膜層および第2炭素膜層を一貫成膜することができるが、自己放電型のプラズマCVD装置の場合、第1炭素膜層を成膜した後、第2炭素膜層を成膜しようとすると、既に成膜されている第1炭素膜層が絶縁体であるため、第2炭素膜層を成膜するためにプラズマを発生することが困難になり、プラズマ状態が大きく変化して、処理条件を自由に選択することが難しくなる恐れがある。
【0039】
これに対して、少なくとも第2炭素膜層の形成に、他にプラズマ源を持つコーティング装置を用いた場合には、第1炭素膜層と第2炭素膜層の処理条件を比較的自由に選択することができ好ましい。
【0040】
本発明に関する第9の技術は、
コーティング装置として、PIG放電プラズマCVD装置が用いられていることを特徴とする第8の技術に記載のピストンリングである。
【0041】
PIG(Penning Ionization Gauge)放電プラズマCVDは、狭ピッチ間で優先的に強い放電状態を実現させ、均一な高密度のプラズマを発生させることができるため、第1炭素膜層の形成に際して、より一層付き回りよく炭素膜層を形成することができる。
【0042】
本発明に関する第10の技術は、
前記第2炭素膜層が、スパッタリングまたはイオンプレーティングのいずれかのPVDを用いて、前記ピストンリング本体をプラズマ発生源からのイオン流に対して前記外周摺動面が垂直、前記上下面が平行であるように配置された状態で形成されていることを特徴とする第4の技術または第5の技術に記載のピストンリングである。
【0043】
PVDは付き回りが悪い成膜法であり、ピストンリング本体をプラズマ発生源からのイオン流に対して外周摺動面が垂直、上下面が平行であるように配置された状態で、ガスを原料とするプラズマCVDにより良い付き回りで形成された第1炭素膜層の上に第2炭素膜層を成膜させることにより、外周摺動面では厚く、上下面では薄く第2炭素膜層を形成させることができる。
【0044】
本発明に関する第11の技術は、
前記炭素膜の形成に先立って、前記ピストンリング表面に、スパッタリングを用いてチタンまたはクロムからなる金属層が形成されていることを特徴とする第1の技術ないし第10の技術のいずれかに記載のピストンリングである。
【0045】
チタン(Ti)やクロム(Cr)からなる金属層は、炭素膜に比べて鉄材との密着性に優れているため、第1炭素膜層の形成に先立って、これらの金属層が設けられることにより、第1炭素膜層の密着性を十分に確保することができる。
【0046】
本発明に関する第12の技術は、
前記炭素膜の形成に先立って、シラン系ガスを含有する混合ガスを用いたCVDで形成された珪素を含有する炭素層が形成されていることを特徴とする第1の技術ないし第10の技術のいずれかに記載のピストンリングである。
【0047】
第1炭素膜層は、鉄(Fe)やアルミニウム(Al)などと凝着しにくくする必要があるため、ピストンリング表面との密着性も確保しにくいが、第1炭素膜層の形成に先立って、シラン系ガスを含有する混合ガスを用いたCVDで珪素を含有する炭素膜をピストンリング表面との密着性が良い条件で作製しておくことにより、十分な密着性を確保することができる。
【0048】
また、珪素を含有する炭素膜層がCVDにより形成されているため、上下面においても密着性の確保が可能となる。
【0049】
本発明に関する第13の技術は、
前記炭素膜の形成に先立って、前記ピストンリング表面に、スパッタリングを用いてチタンまたはクロムからなる金属層、シラン系ガスを含有する混合ガスを用いたCVDで形成された珪素を含有する炭素膜層の順に形成されていることを特徴とする第1の技術ないし第10の技術のいずれかに記載のピストンリングである。
【0050】
炭素膜よりもピストンリング表面との密着性の良い層を、スパッタリングによる金属層、CVDによる珪素を含有する炭素膜層の順に形成することにより、摺動面では金属層および珪素を含有する炭素膜層により十分な密着性が得られ、上下面では珪素を含有する炭素膜層により十分な密着性を得ることができる。
【0051】
本発明に関する第14の技術は、
前記ピストンリングの前記外周摺動面および上下面の少なくともいずれか一方と摺動する相手材の材質が、アルミ合金であることを特徴とする第1の技術ないし第13の技術のいずれかに記載のピストンリングである。
【0052】
本発明に係るピストンリングは、低相手攻撃性に優れた第1炭素膜層と低摩擦性に優れた第2炭素膜層とが積層された炭素膜が、その膜厚比を変えて、外周摺動面と上下面とに形成されている。
【0053】
このため、摺動する相手材が、摩耗し易くピストンリングに付着しやすいアルミ(Al)合金が相手材であっても、ピストンリングのガタツキなどにより発生する焼き付きの発生が抑制される。
【0054】
本発明に関する第15の技術は、
硫化ジアルキルジチオカルバミン酸モリブデンを含有する潤滑油が用いられている環境下で用いられることを特徴とする第14の技術に記載のピストンリングである。
【0055】
Al合金との摺動の場合、Mo−DTCを含有する潤滑油中でも異常摩耗が起きないため、本発明の効果が一層顕著に発揮される。
【0056】
本発明に関する第16の技術は、
第1の技術ないし第15の技術のいずれかに記載のピストンリングが用いられていることを特徴とするエンジンである。
【0057】
上記のような本発明に係るピストンリングが用いられていることにより、ピストンリングとピストンやスリーブなどとの摺動部分において、例えば、低相手攻撃性、低摩擦性を発揮させることができ、高出力、高回転化や軽量化にとって好適な高性能のエンジンを提供することができる。
【0058】
本発明は、上記した第1〜第16の技術に基づく発明であり、請求項1に記載の発明は、
外周摺動面および上下面に炭素膜が形成されているピストンリングであって、
前記炭素膜は、膜質が異なる少なくとも2種類の炭素膜層が積層された炭素膜であり、
前記2種類の炭素膜層の層厚比が前記外周摺動面と上下面とで異なっており、
前記炭素膜が、ピストンリング本体側に形成される第1炭素膜層と、表面側に形成される第2炭素膜層とが積層されることにより形成されており、
前記第2炭素膜層が、ラマンスペクトルに基づいて下記の式よりもとめられるラマン係数が36.3以下である
ことを特徴とするピストンリングである。
ラマン係数=10÷(ピーク位置×1.08+半値幅)−510
ピーク位置:Gピークの頂点の波長(cm−1
半値幅 :Gピークの半値幅(cm−1
【0059】
そして、請求項2に記載の発明は、
前記上下面における前記第2炭素膜層の層厚が、前記外周摺動面における前記第2炭素膜層の層厚より薄く、
前記第1炭素膜層の層厚に対する前記第2炭素膜層の層厚の比率が、前記外周摺動面の方が前記上下面よりも大きい
ことを特徴とする請求項1に記載のピストンリングである。
【0060】
そして、請求項3に記載の発明は、
前記上下面において、前記第1炭素膜層の層厚が、前記第2炭素膜層の層厚より厚いことを特徴とする請求項1または請求項2に記載のピストンリングである。
【0061】
そして、請求項4に記載の発明は、
少なくとも前記第1炭素膜層がプラズマCVDを用いて形成された炭素膜層であることを特徴とする請求項1ないし請求項3のいずれか1項に記載のピストンリングである。
【0062】
そして、請求項5に記載の発明は、
チャンバー内に互いの上下面が平行になるように配置された2本以上のピストンリングに対して、
プラズマCVDを用いて、前記第2炭素膜層の上下面における層厚に対する外周摺動面における層厚の比率である第2外周層厚比が、前記第1炭素膜層の上下面における層厚に対する外周摺動面における層厚の比率である第1外周層厚比よりも大きくなる条件で、
前記第1炭素膜層および前記第2炭素膜層が形成されている
ことを特徴とする請求項4に記載のピストンリングである。
【0063】
そして、請求項6に記載の発明は、
前記第1炭素膜層および前記第2炭素膜層が、
前記2本以上のピストンリングの上下面または内周面の一部が保持具に保持された状態で配置されて形成されている
ことを特徴とする請求項5に記載のピストンリングである。
【0064】
そして、請求項7に記載の発明は、
前記第1炭素膜層および第2炭素膜層のうち、少なくとも第2炭素膜層が自己放電型以外のプラズマCVD装置を用いて形成されていることを特徴とする請求項5または請求項6に記載のピストンリングである。
【0065】
そして、請求項8に記載の発明は、
コーティング装置として、PIG放電プラズマCVD装置が用いられていることを特徴とする請求項7に記載のピストンリングである。
【0066】
そして、請求項9に記載の発明は、
前記第2炭素膜層が、スパッタリングまたはイオンプレーティングのいずれかのPVDを用いて、前記ピストンリング本体をプラズマ発生源からのイオン流に対して前記外周摺動面が垂直、前記上下面が平行であるように配置された状態で形成されていることを特徴とする請求項1ないし請求項4のいずれか1項に記載のピストンリングである。
【0067】
そして、請求項10に記載の発明は、
前記炭素膜の形成に先立って、前記ピストンリング表面に、スパッタリングを用いてチタンまたはクロムからなる金属層が形成されていることを特徴とする請求項1ないし請求項のいずれか1項に記載のピストンリングである。
【0068】
そして、請求項11に記載の発明は、
前記炭素膜の形成に先立って、シラン系ガスを含有する混合ガスを用いたCVDで形成された珪素を含有する炭素層が形成されていることを特徴とする請求項1ないし請求項のいずれか1項に記載のピストンリングである。
【0069】
そして、請求項12に記載の発明は、
前記炭素膜の形成に先立って、前記ピストンリング表面に、スパッタリングを用いてチタンまたはクロムからなる金属層、シラン系ガスを含有する混合ガスを用いたCVDで形成された珪素を含有する炭素膜層の順に形成されていることを特徴とする請求項1ないし請求項9のいずれか1項に記載のピストンリングである。
【0070】
そして、請求項13に記載の発明は、
前記ピストンリングの前記外周摺動面および上下面の少なくともいずれか一方と摺動する相手材の材質が、アルミ合金であることを特徴とする請求項1ないし請求項12のいずれか1項に記載のピストンリングである。
【0071】
そして、請求項14に記載の発明は、
硫化ジアルキルジチオカルバミン酸モリブデンを含有する潤滑油が用いられている環境下で用いられることを特徴とする請求項13に記載のピストンリングである。
【0072】
そして、請求項15に記載の発明は、
請求項1ないし請求項14のいずれか1項に記載のピストンリングが用いられていることを特徴とするエンジンである。
【発明の効果】
【0073】
本発明によれば、外周摺動面と上下面とにそれぞれの要求性能に適応するように最適化された膜質の炭素膜が生産性良く形成されたピストンリングを提供すると共に、このようなピストンリングが用いられた高性能なエンジンを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0074】
図1】ピストンリングの斜視図および断面図である。
図2】本発明の一実施の形態における炭素膜形成装置の構成を模式的に示す図である。
図3】炭素膜形成装置の基板にピストンリングをセットした状態を示す側面図である。
図4】本発明の一実施の形態における保持具の形状を模式的に示す平面図である。
図5】炭素膜の摩擦係数の測定方法を説明する斜視図である。
図6】耐久性評価試験の試験方法を説明する斜視図である。
図7】本発明の一実施の形態における外周摺動面と上下面の各炭素膜層の成膜レートおよび上層膜厚比を示す図である。
図8】外周摺動面に対する耐久性評価試験の試験結果を示す図である。
図9】原料ガスのTMS比率と炭素膜の摩耗量との関係を示す図である。
図10】原料ガスのTMS比率と摺動相手の摩耗量との関係を示す図である。
図11】Mo−DTCを含有する潤滑油中での炭素膜の摩耗量を示す図である。
図12】ラマン係数の算出方法を説明する図である。
図13】本発明の一実施の形態における第2炭素層のラマン係数と摩擦係数の関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0075】
以下、本発明を実施の形態に基づき説明する。なお、以下においては、形成される炭素膜層を、低相手攻撃性に優れた第1炭素膜層と低摩擦性に優れた第2炭素膜層の2層として説明する。
【0076】
1.ピストンリング
(1)全体構成
はじめにピストンリングについて説明する。図1はピストンリングを示す図であり、(a)、(b)はそれぞれ斜視図および断面図である。図1に示すように、ピストンリング1には、スリーブに対して摺動する外周摺動面11とピストンのリング溝に当たる上下面12とが形成されている。
【0077】
本実施の形態のピストンリングは、外周摺動面11および上下面12において、下層として先に形成される低相手攻撃性に優れた第1炭素膜層と、上層として後から形成される低摩擦性に優れた第2炭素膜層という膜質が異なる2つの炭素膜層が積層されて炭素膜が形成されている。
【0078】
そして、上下面12の炭素膜における第2炭素膜層の層厚は外周摺動面11の炭素膜の第2炭素膜層の層厚より薄く、第1炭素膜層の層厚に対する第2炭素膜層の層厚の比率(上層膜厚比)が外周摺動面11の方が上下面12よりも大きくなるように形成されている。
【0079】
このように、ピストンリング1の外周摺動面11と上下面12に対して、膜質が異なる2つの炭素膜層を膜厚比を変えて積層し、第2炭素膜層の第1炭素膜層に対する層厚比を、外周摺動面の方が上下面よりも大きくなるようにすることにより、ピストンリング1の外周摺動面11においては低摩擦性に優れた炭素膜が、また上下面12においては低相手攻撃性に優れた炭素膜が形成される。
【0080】
(2)ピストンリング本体
ピストンリング本体は、従来より使用されているものを用いることができ、材質は特に限定されない。例えば、ステンレススティール材、鋳物材、鋳鋼材、鋼材等の鉄材が用いられる。また、表面に窒化処理が行われていたり、CrメッキやCrN被膜がコートされていたりしても問題ない。
【0081】
なお、炭素膜との密着性を向上させるため、適宜、以下に例示するような表面処理が施されていることが好ましい。
【0082】
例えば、スパッタリングを用いてTiまたはCrからなる金属層がピストンリング本体の表面に予め形成されるような表面処理である。この場合、金属層の膜厚等は、公知の技術を用いて、炭素膜との密着性が好適になるように調整される。
【0083】
また、シラン系ガスを含有する混合ガスを用いたCVDでSiを含有する炭素膜層がピストンリング本体の表面に予め形成されるような表面処理であってもよい。この場合、Siを含有する炭素膜層の厚みは、炭素膜層との十分な密着性が実現できるように適宜決定される。
【0084】
さらに、スパッタリングを用いた金属層を形成した後、シラン系ガスを含有する混合ガスを用いたCVDでSiを含有する炭素膜層を形成する表面処理であってもよい。
【0085】
これらの表面処理により形成される各層の厚みは、これら表面処理層の上に形成される炭素膜との十分な密着が実現できるよう適宜決定される。
【0086】
(3)炭素膜層
a.第1炭素膜層
第1炭素膜層としては、前記したように、低相手攻撃性に優れた炭素膜層を形成する。このような炭素膜層としては、CとHの合計が80at%以上の炭素膜層が好ましく、CとHのみからなる炭素膜層がより好ましい。
【0087】
なお、この第1炭素膜層は、低相手攻撃性の点からはCとHのみからなることがより好ましいが、ピストンリング本体との密着性をよくするため、また、耐摩耗性を向上させ、相手攻撃性を低減するために、Siを少量含有させてもよい。
【0088】
例えば、近年、エンジンの潤滑油にMo―DTCを含有する潤滑油が多く用いられるようになっており、このような用途にCとHのみからなる炭素膜層で形成した炭素膜を用いた場合には異常摩耗が発生する恐れがあるが、少量のSiを含有させることによって異常摩耗の発生を防止することができる。
【0089】
また、第1炭素膜層の耐久性を十分に確保するためには、第1炭素膜層は、20GPa以上のナノインデンテーション硬度を有していることが好ましい。
【0090】
b.第2炭素膜層
第2炭素膜層としては、前記したように、低摩擦性に優れた第2炭素膜層を形成する。このような炭素膜層としては、例えば、前記のようにラマン係数が36.3以下の炭素膜層が好ましい。そして、少なくとも摺動相手となるスリーブがAl合金製の場合には、第1炭素膜層と同様に、CとHの合計が80at%以上であることが好ましい。
【0091】
c.炭素膜の形成
上記した第1炭素膜層および第2炭素膜層が積層された炭素膜の具体的な形成方法について、その一例をあげて以下に説明する。
【0092】
イ.第1炭素膜層の形成
第1炭素膜層は、PIG放電プラズマCVD装置のチャンバー内に複数個のピストンリング1が、上下面12同士が平行に対向するよう並列に配置された後、プラズマCVD法により形成される。
【0093】
PIG放電プラズマCVD装置を用いた成膜法は、付き回りが良く、狭い間隔で配置された面にも均一な成膜が可能であるため、ピストンリング1の外周摺動面11および上下面12の双方に対して、第1炭素膜層を十分に形成させることができる。また、原料ガスを高い効率で活性な原子、分子、イオンに分解して成膜するため、直流パルスを基板に印加することにより生成させた原子、分子、イオンを高エネルギーで照射しながら堆積させることができ、密着性に優れた炭素膜層を形成することができる。
【0094】
図2はPIG放電プラズマCVD装置の構成を模式的に示す図であり、PIG放電プラズマCVD装置2には、基板21、PIGガン22、スパッタガン23、基板21を支持する支持具に連結されたモーター24およびチャンバーが設けられている。また、PIGガン22には導入ガスであるアルゴン(Ar)ガスの給気口が設けられ、チャンバーには真空ポンプに連結された排気口と原料ガスを供給するための給気口とが設けられている。そして、図3は複数本のピストンリングを基板21にセットした状態を示す側面図であり、図4はピストンリング1を所定の間隔で基板にセットするための保持具3の形状を模式的に示す平面図である。
【0095】
鉛直に立設された基板21に保持具3で挟んでセットされた複数本のピストンリング1は、第1炭素膜層の形成に先立って、表面を清浄にするための前処理が施される。具体的には、チャンバー内を排気して所定の真空度にした後、所定の流量でArガスを給気すると共にPIGガンを作動させて熱電子を放出することによりArプラズマを発生させる。次に、基板21に所定のバイアス電圧を印加しながらモーター24により基板21をArプラズマを中心として所定の時間旋回させることによりピストンリング1にArイオンを照射してピストンリング1の表面をエッチングする。これにより、ピストンリング1の表面が清浄化される。
【0096】
次に、チャンバー内に所定の流量でArガスと炭化水素ガスなどの原料ガスを導入して、チャンバー内に原料プラズマを含むプラズマPを発生させ、基板21に所定のバイアス電圧を印加して前処理を完了したピストンリング1に所定の時間、プラズマPを照射する。これにより、外周摺動面11および上下面12の双方に第1炭素膜層が形成される。
【0097】
なお、原料ガスである炭化水素ガスとしては、アセチレン、ベンゼン、トルエン、メタン、シクロヘキサン、エタンなどを用いるとCとHの合計が80at%以上の炭素膜層を形成させることができる。また、CとHの合計が80at%を下回らない範囲で、Siを含有させるために、モノメチルシラン、テトラメチルシラン(TMS)などのシラン系ガスを混合してもよい。
【0098】
また、PIG放電プラズマCVD装置において、ピストンリング1を保持する保持具としては、例えば、図4に示すような、ピストンリング1の上下面12の一部のみを保持する保持具3を用いることが好ましい。このような保持具で保持することにより、プラズマが内部に入り込み易くなり、ピストンリング1の上下面12における炭素膜の付き回りが良くなる。
【0099】
ロ.第2炭素膜層の形成
第1炭素膜層の形成が完了すると、引き続いて、第1炭素膜層の上に第2炭素膜層が形成される。ここでは、第1炭素膜層を形成するときよりも付き回りの悪い成膜条件の下で第2炭素膜層を成膜させる。これにより、外周摺動面11では十分に第2炭素膜層を形成させることができる一方、上下面12では狭い間隔にプラズマが入りきらず第2炭素膜層の形成が抑制される。
【0100】
このとき、基板への印荷電圧やガス圧などの条件によりチャンバー内のプラズマ密度が低く、プラズマシースが厚い条件にすることで、付き回りを悪くしてもよいが、炭化水素ガスとして、第1炭素膜層で使用した炭化水素ガスよりも分解され難い炭化水素ガスを用いることにより、より簡単に付き回りの悪い環境にすることができる。
【0101】
また、上記の炭化水素ガスにより第2炭素膜層を作製した場合、CとHの合計が80at%以上の炭素膜層を形成させることができるが、Siを含有させるために、モノメチルシラン、テトラメチルシラン(TMS)などのシラン系ガスを混合してもよい。
【0102】
なお、上記においては、PIG放電プラズマCVD装置を用いて第1炭素膜層および第2炭素膜層を一貫成膜しているが、これはあくまで一例であり、例えば、第2炭素膜層の形成に自己放電型以外のプラズマCVD装置を用いて成膜することもできる。
【0103】
この場合、プラズマ源を別に備えているため、処理条件の自由度が高くなり、自己放電型のプラズマCVD装置を用いて第2炭素膜層を形成する際の問題、具体的には、先に成膜された第1炭素膜層の電気抵抗が大きいことなどにより第2炭素膜層を形成する際のプラズマ状態が大きく変化して、処理条件を自由に選択できないという問題が発生せず、膜質をより重視した好適な条件の下で第2炭素膜層を形成することができる。
【0104】
また、第2炭素膜層の形成に際して、付き回りの悪い成膜手法として、スパッタリングやイオンプレーティングなどのPVDを採用することもできる。この場合、プラズマ源からのイオン流に対して、外周摺動面11が垂直に、上下面12が平行になるようにピストンリング1を配置し、対向する上下面の間にイオンが入り難くなるようにして、第2炭素膜層の形成を行う。なお、図2には、このスパッタリングに用いられるスパッタガン23を記載している。
【0105】
2.エンジン
本実施の形態のエンジンは、車両や船舶その他種々の装置、機器に用いられるものであり、上記のような低摩擦性に優れた外周摺動面と低相手攻撃性に優れた上下面を有するピストンリングが用いられていることにより、Al合金製ピストンが用いられて高出力、高回転化が図られた近年のエンジンであっても、車両用エンジンとして好適に使用することができる。
【0106】
なお、エンジンのピストン、スリーブとしては、上記したAl合金製に限定させず、また、潤滑油の種類等についても特に限定されず、それぞれの使用条件に応じてピストンリングの炭素膜の膜質を最適化することにより、対応することができる。
【実施例】
【0107】
以下、各炭素膜層の膜質を評価する実験(実験1)、各炭素膜層が積層されて炭素膜が形成されたピストンリングの各面における炭素膜の膜質を評価する実験(実験2)、炭素膜層にSiが含有されることによる相手攻撃性および耐久性の変化を評価する実験(実験3)、ラマン係数が異なる各種の第2炭素膜層のベースオイル(潤滑油)下における性能を評価する実験(実験4)の順に説明を行って、本発明をより具体的に説明する。
【0108】
[1]実験1
本実験1では、ピストンリングを想定した基板上に、第1炭素膜層、第2炭素膜層に相当する炭素膜層(炭素膜層1、炭素膜層2)を個別に形成させたものを試験体として作製して、各炭素膜層の膜質を評価した。
【0109】
1.試験体の作製
最初に、密着層として、スパッタリングによる厚み0.6μmのTi層、TMSとアセチレンとの混合ガスを用いたCVD法による厚み0.6μmのSi−DLC層を、この順で形成したSUJ−2製の円柱基板上に、PIG放電プラズマCVD装置を用いて、付き回りの良い成膜条件で厚み6μmの炭素膜層1を成膜させ、第1の試験体とした。具体的には、導入ガスとしてArガス20ccmおよび炭化水素ガスA(アセチレン、トルエン、ベンゼン等)75ccmを用い、ガス圧0.4Pa、基板バイアス電圧−500V、放電電流5Aの成膜条件下で、2時間15分の成膜を行った。
【0110】
次に、第1の試験体と同様の密着層を形成したSUJ−2製の円柱基板上に、PIG放電プラズマCVD装置を用いて、付き回りの悪い成膜条件で厚み4μmの炭素膜層2を成膜させ、第2の試験体とした。具体的には、導入ガスとしてArガス20ccmおよび炭化水素ガスB(シクロヘキサン、メタン、エタン等)80ccmを用い、ガス圧0.4Pa、基板バイアス電圧−500V、放電電流10Aの成膜条件下で、3時間45分の成膜を行った。
【0111】
なお、形成された各炭素膜層におけるCとHの含有比率の合計は、いずれも、80at%以上であった。
【0112】
2.試験方法
得られた2つの試験体に形成された各炭素膜層について、摩擦係数および硬度(ナノインデンテーション硬度)を測定した。
【0113】
(1)摩擦係数の測定
図5に示す測定方法により、形成された各炭素膜層の摩擦係数を測定した。具体的には、ILSAC GF−5グレードに準拠した粘度SAE 0W−20のエンジンオイルの環境下において、各試験体の炭素膜層形成面Sを、SUJ−2製のプレート基材4に荷重40Nで押圧しながら、振幅2mmで左右方向(円柱材4の長手方向と垂直の方向)の矢印に沿って10Hzで摺動させ、このときの摩擦係数を測定した。
【0114】
(2)硬度(ナノインデンテーション硬度)の測定
上記各単層膜層に対し、エリオニクス社製インデンテーション硬度計(ENT−1100a)を用いて、測定荷重:300mgfでナノインデンテーション硬度を測定した。
【0115】
3.結果
摩擦係数および硬度の測定結果を、成膜時の処理条件(成膜条件)と併せて表1に示す。
【0116】
【表1】
【0117】
4.評価
炭素膜層2は、表1に示すように小さな摩擦係数を示すが、硬度の低い炭素膜層であることが分かる。
【0118】
一方、炭素膜層1は、表1より、大きな摩擦係数を示すことが分かる。しかし、その一方で、ナノインデンテーション硬度は20GPa以上であり、優れた耐久性が確保できることを示している。
【0119】
[2]実験2
本実験2では、第1炭素膜層および第2炭素膜層が積層されて炭素膜が形成されたピストンリングを作製し、外周摺動面と上下面とにおける各炭素膜の膜質を評価した。
【0120】
1.試験体の作製
まず、外径76mm、幅2.5mm、厚さ1.2mmでステンレス窒化鋼製のピストンリング186本を準備し、チャンバー内に、2mm間隔で上下面同士が平行に対向するように配置した。なお、ピストンリングを保持する保持具としては、図4に示した保持具3を用いた。
【0121】
第1炭素膜層の形成に先立って、ピストンリングの表面にTi層およびSi含有炭素膜からなる密着層を形成する処理を行った。
【0122】
次に、処理後のピストンリングの外周摺動面および上下面に、実験1で炭素膜層1を形成した時と同じ成膜条件で第1炭素膜層を形成し、その後、第1炭素膜層の上に、実験1で炭素膜層2を形成した時と同じ成膜条件で第2炭素膜層を形成することで、試験体(炭素被膜サンプル)を作製した。なお、各層の成膜時間は1時間とした。
【0123】
外周摺動面および上下面に形成された各炭素膜層の層厚を、成膜レートで表2および図7に示す。なお、表2には、外周摺動面と上下面に形成された炭素膜のそれぞれについて、第1炭素膜層の層厚に対する第2炭素膜層の層厚の比率である上層膜厚比、および各炭素膜層の上下面における層厚に対する外周摺動面における層厚の比(外周層厚比)、即ち、第1炭素膜層における外周層厚比(第1外周層厚比)と、第2炭素膜層における外周層厚比(第2外周層厚比)も併せて示した。なお、図7において、縦軸は左側が成膜レート(μm/h)、右側が上層膜厚比であり、それぞれ、棒グラフ、直線のデータに対応している。
【0124】
【表2】
【0125】
表2および図7より、この試験体においては、上下面にも第1炭素膜層が十分に形成されており、上下面の第2炭素膜層の層厚が外周摺動面の第2炭素膜層の層厚より薄く形成されていることが分かる。
【0126】
また、外周摺動面および上下面において第1炭素膜層の層厚が第2炭素膜層の層厚より厚く形成されており、外周摺動面における上層膜厚比が上下面における上層膜厚比よりも大きくなっていることが分かる。
【0127】
さらに、第2炭素膜層の外周層厚比(第2外周層厚比)が、第1炭素膜層の外周層厚比(第1外周層厚比)より大きくなっていることが分かる。
【0128】
2.試験方法
図6に示す耐久性評価試験により、外周摺動面および上下面の各炭素膜における耐久性を評価した。具体的には、摺動面にILSAC GF−5グレードに準拠した粘度SAE 0W−20のエンジンオイルを1滴(5μl)滴下した後、鋳鉄製のスリーブから切出したスリーブ切出し片5に、温度80℃の雰囲気下で、上記炭素被膜サンプルの外周摺動面の炭素膜層形成面Sを、荷重40Nで押圧しながら、振幅24mmで矢印で示す前後方向に20Hzで摺動させて、摩擦係数が0.5を超えるまでの時間を焼き付き発生時間(かじり時間)として測定し、耐久性の評価とした。また、外周摺動面にCrNが被膜されたピストンリング(CrN被膜サンプル)、外周摺動面にCrめっきが施されたピストンリング(Crめっきサンプル)についても、併せて同様に測定して耐久性の評価とした。
【0129】
3.結果
各試験における測定結果を表3および図8に示す。なお、図8において、横軸は経過時間、縦軸は摩擦係数である。
【0130】
【表3】
【0131】
4.評価
表3および図8より、外周摺動面において、現在ピストンリングの被膜として広く用いられているCrNやCrめっきよりも耐久性に優れた炭素膜が形成されていることが分かる。
【0132】
[3]実験3
本実験3では、炭素膜層にSiが含有されることによる相手攻撃性および耐久性の変化を評価した。
【0133】
1.試験体の作製
原料ガス中のTMS比を、図9図10に菱形で示す値に変化させたこと以外は、実験1と同じ成膜条件で第1炭素膜層を形成し、その後、実験1と同じ成膜条件で第2炭素膜層を形成した5種類の試験体(上下面想定コロサンプル)を作製した。なお、形成された第1炭素膜層の膜厚はいずれの上下面想定コロサンプルにおいても1.5μm、第2炭素膜層の膜厚はいずれの上下面想定コロサンプルにおいても0.1μmになる様に成膜時間も調整した。
【0134】
また、実験1と同じ成膜条件で第1炭素膜層を厚さ2.7μmで形成し、その後、実験1と同じ成膜条件で第2炭素膜層を厚さ1.1μmで形成した試験体(外周摺動面想定コロサンプル)も作製した。
【0135】
2.試験方法
(1)相手材がAl合金の場合のコロサンプルおよび相手材の摩耗量測定
実験1で摩擦係数を測定したのと同様の方法により、摺動を行い、摺動相手であるプレート基材4およびコロサンプルに被膜された炭素膜層の摩耗量を測定して相手攻撃性および耐久性の評価とした。ただし、本実験では、プレート基材4の材質をAl合金(A351)に変更している。
【0136】
(2)Mo−DTCを含有する潤滑油中でのコロサンプルの摩耗量測定
上下面想定コロサンプルの内、TMS比0と0.66のコロサンプルについては、試験方法(1)の評価の際に、エンジンオイル中にMo−DTCをモリブデン(Mo)換算で800ppm添加した試験を、Al合金(A351)製およびSUJ−2製のプレートを相手材として追加で行った。
【0137】
3.結果
(1)相手材がAl合金の場合のコロサンプルおよび相手材の摩耗量
コロサンプルの摩耗量測定結果を図9に、プレート基材4の摩耗量測定結果を図10に示す。
【0138】
(2)Mo−DTCを含有する潤滑油中でのコロサンプルの摩耗量測定
コロサンプルの摩耗量測定結果を図11に示す。
【0139】
4.評価
(1)相手材がAl合金の場合の耐久性および相手攻撃性
図9および図10より、上下面想定コロサンプルでは、Si含有量を0at%から増加させていくと、10at%まではコロサンプルおよびプレート基材の摩耗量が減少するものの、さらにSi含有量を増やすと摩耗量が増加し、Si含有量が20at%を超えると、0at%よりもコロサンプルおよびプレート基材の摩耗量が大きくなることがわかる。
【0140】
このため、摺動相手がAl合金の場合、炭素膜層のSi含有量は20at%以下である(CとHの含有比率の合計が80at%以上である)ことが望ましい。
【0141】
また、上下面想定コロサンプルと外周摺動面想定コロサンプルを比較すると、コロサンプルおよびプレート基材の摩耗量は上下面想定コロサンプルの方が小さく、耐久性および相手攻撃性に優れていることがわかる。
【0142】
このため、摺動相手がAl合金製であることが多い、上下面への被膜としては上下面想定コロサンプルの膜質が優れている。
【0143】
(2)Mo−DTCを含有する潤滑油中での耐久性
図11より、Siを含まない上下面想定コロサンプルを、Mo−DTCを含有する潤滑油中で、SUJ−2製プレートと摺動させるとひどく摩耗するが、Al合金製プレートと摺動させた場合には、Siを含む上下面想定コロサンプルと同程度の摩耗しかしていないことがわかる。
【0144】
このため、摺動相手がAl合金製の場合には、Mo−DTCを含有する潤滑油中においても、Siを含まない炭素膜層が使用できる。
【0145】
以上の各実験の結果より、ピストンリングの外周摺動面と上下面とに炭素膜を形成するに際して、チャンバー内へのピストンリングの配置方法、成膜条件、成膜手法を適宜選択して、各炭素膜層の形成毎に付き回りの良否を調整することにより、同じ手法、同じ条件の下で外周摺動面と上下面とに成膜した場合、外周摺動面と上下面との間で炭素膜層の層厚比を変えることができ、各炭素膜層の膜質と各炭素膜間の層厚比とに応じて、外周摺動面と上下面において形成される炭素膜の膜質を制御できることが確認できた。
【0146】
[4]実験4
本実験4では、ラマン係数が異なる各種の炭素層のベースオイル下における摩擦係数を評価した。
【0147】
1.試験体の作製
ステンレス窒化鋼製のリング上にスパッタリングにより厚み0.6μmのTi層を形成させた基材上に、TMSとCとの混合ガスを用いてCVD法により、厚み0.6μmのSi−DLC層を密着層としてコートした。
【0148】
次いで、表7に示すように、コイル電流、バイアス電圧などの成膜条件を変化させて、炭素膜層を成膜した。その際の、成膜後の全膜厚、炭素膜層の成膜速度、基材近くの冶具温度を表7に合わせて示す。なお、表7において、No.1−1、No.1−2など、枝番が付いたサンプル(試験体)は、同一バッチにてセット位置を変えて作製したサンプル、具体的には基材をセットした高さが異なっているサンプルである。
【0149】
2.試験方法
(1)ラマン測定方法およびラマン係数の算出方法
a.測定条件
使用機器:日本分光社製 NRS−5100
励起波長:532nm
グレーティング:1800l/mm
測定域 :1400cm−1中心(874〜1873cm−1
レーザーの強度、測定時間:炭素膜層の膜質が変化しない範囲
【0150】
b.ラマン係数算出方法
上記測定条件の下で得られた図12のラマンスペクトル(サンプルNo.2)を例に挙げて、以下、ラマン係数を算出する手順について説明する。
【0151】
まず、900cm−1付近と1800cm−1付近の強度の低い箇所を結ぶ直線を引いてベースラインとする。次いで、Dピーク(1350cm−1付近)とGピーク(1550cm−1付近)の2つのピークにガウス関数を適用してピーク分離し、ピーク分離により得られたGピークの半値幅とピーク位置から下式によりラマン係数を算出する。
ラマン係数=10÷(ピーク位置×1.08+半値幅)−510
ピーク位置:Gピークの頂点の波長(cm−1
半値幅 :Gピークの半値幅(cm−1
【0152】
(2)摩擦係数の測定
以下の摺動条件で摩擦係数を測定した。
相手材:アルミ合金製スリーブの切出し片
潤滑油:ベースオイル
荷重 :60N
速度 :600rpm
時間 :10分
温度 :120℃
なお、摺動試験時のセット状態は、図6に示す状態とほぼ同じになっている。
【0153】
3.評価結果
Gピーク半値幅、ピーク位置、ラマン係数および摩擦係数をCrNの摩擦係数と併せてまとめて表4に示す。また、図13に摩擦係数を縦軸、ラマン係数(ラマン評価係数、単位:a.u.)を横軸として摩擦係数とラマン係数の関係を示す。
【0154】
【表4】
【0155】
表4に示す通り、本実験では炭素層としてラマン係数が34.4〜40.1の各種炭素膜層が形成された。また、図13から摩擦係数とラマン係数との間にはリニアに近い明確な相関性があり、表4および図13からラマン係数が36.3以下の場合に摩擦係数がCrNの0.110を下回ることが分かった。そのため、スリーブの材質がAl合金の場合、第2炭素層のラマン係数は36.3以下が望ましい。
【0156】
以上、本発明を実施の形態に基づいて説明したが、本発明は上記の実施の形態に限定されるものではない。本発明と同一および均等の範囲内において、上記の実施の形態に対して種々の変更を加えることができる。
【符号の説明】
【0157】
1 ピストンリング
2 PIG放電プラズマCVD装置
3 保持具
4 プレート基材
5 スリーブ切出し片
11 外周摺動面
12 上下面
21 基板
22 PIGガン
23 スパッタガン
24 モーター
P プラズマ
S 炭素膜層形成面
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13