(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1のように遠用領域に度数の付加を行えば、非点収差が低減され、快適な視野が得られる。しかしながら、本発明者の鋭意検討により、累進屈折力レンズを装用する装用者にとって、快適な視野だけでは足りないという知見が得られた。詳しく言うと、レンズに対して快適な視野が提供されるように設計がなされたとしても、当該快適な視野は、装用者が快適な姿勢をとりながら得られるものでなければならないという知見を得た。
【0007】
以下、上記の知見を得るに至った元となった事例について述べる。
まず、遠距離と近距離に対応可能な従来の遠近レンズには、装用者が無限遠を見るためのフィッティングポイントが設定されている。
その一方、現在、手元の距離(近距離)を見るのに適し、かつ、パソコンを見る距離(中距離)に適する中近レンズが知られている。ちなみに、中近レンズにおいてもフィッティングポイントが設定されている。この場合のフィッティングポイントとは、装用者が無限遠を見たときに視線がレンズを通過するレンズ上の部分である。
【0008】
しかしながら、中近レンズにフィッティングポイントが設定される場合、無限遠を見るためのフィッティングポイントに、中距離に対応する度数を備えさせるという設計が従来より採用されている。本発明者は、このような従来の設計が、装用者に対して快適な姿勢をもたらせない結果となっているという知見を得た。
詳しく言うと、装用者が中近レンズを装用してパソコンを用いて作業をすると、装用者はフィッティングポイントから下方へと視線を落とすことになる。そうなると、フィッティングポイントにおいて中距離に適する度数が設定されているにもかかわらず、装用者が実際に見るのは当該フィッティングポイントの下の部分であり、中距離に適する度数からずれた度数を備えた部分に視線を通過させながら装用者は作業を行うことになってしまう。そうなると、装用者は中距離に適する度数を備えた部分に視線を通すために顔の向きを変えたり身体を前後に傾けるなど、余計な身体の動きを用いて快適な視野を得ようとする。その結果、たとえ快適な視野が得られたとしても、それは快適な姿勢を崩してまでしてようやく得たものである。この状況下ではレンズを快適に使用しているとは言い難く、装用者に対して「快適な姿勢」をもたらしつつ「快適な視野」が得られるレンズを提供する必要があることに、本発明者は初めて気づいた。
【0009】
本発明の課題は、快適な姿勢で快適な視野が得られる累進屈折力レンズに関する技術を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記の点を解決する手法すなわち「快適な姿勢」と「快適な視野」を両立する手法について、本発明者は鋭意検討した。その結果、中間領域の所定の部分(すなわち、快適な姿勢で目標距離にある物を見ることができ、かつ、目標距離にある物を見る際に視線が通過する部分)に、予め設定された有限の目標距離に対応する度数が備わるように、遠用領域における遠用度数にさらに度数を付加するが、近用領域における近用度数は、度数の付加の前後において同じにする手法を想到した。
【0011】
本発明の第1の態様は、
近くの距離にある物を見るための近用領域と、
前記近くの距離よりも遠くの距離にある物を見るための特定領域と、
前記特定領域と前記近用領域との間の領域であって前記特定領域から前記近用領域へと向かって度数が累進する中間領域と、
を有する累進屈折力レンズであって、
前記近くの距離と前記遠くの距離との間の距離であって予め設定された目標距離に対応する度数が前記中間領域の所定の部分に備わるように、ゼロを超えた度数が前記特定領域の処方度数に上乗せされた、累進屈折力レンズである。
本発明の第2の態様は、第1の態様に記載の態様であって、
前記中間領域の所定の部分はフィッティングポイントの下方に位置する。
本発明の第3の態様は、
近くの距離にある物を見るための近用領域と、
前記近くの距離よりも遠くの距離にある物を見るための特定領域と
前記特定領域と前記近用領域との間の領域であって前記特定領域から前記近用領域へと向かって度数が累進する中間領域と、
を有する累進屈折力レンズの設計方法であって、
ゼロを超えた度数を前記特定領域の処方度数に上乗せし、かつ、上乗せ前後において前記近用領域における近用度数を共通させることにより、前記近くの距離と前記遠くの距離との間の距離であって予め設定された目標距離に対応する度数を前記中間領域の所定の部分に備えさせる、累進屈折力レンズの設計方法である。
本発明の第4の態様は、
近くの距離にある物を見るための近用領域と、
前記近くの距離よりも遠くの距離にある物を見るための特定領域と
前記特定領域と前記近用領域との間の領域であって前記特定領域から前記近用領域へと向かって度数が累進する中間領域と、
を有する累進屈折力レンズの製造方法であって、
ゼロを超えた度数を前記特定領域の処方度数に上乗せし、かつ、上乗せ前後において前記近用領域における近用度数を共通させることにより、前記近くの距離と前記遠くの距離との間の距離であって予め設定された目標距離に対応する度数を前記中間領域の所定の部分に備えさせる、累進屈折力レンズの製造方法である。
本発明の第5の態様は、第4の態様に記載の態様であって、
前記特定領域の処方度数に上乗せされるゼロを超えた度数は、前記目標距離と、加入度数(処方値)と、前記ゼロを超えた度数を上乗せする前における、前記中間領域の所定の部分の加入割合から決定される。
本発明の第6の態様は、第4の態様に記載の態様であって、
処方度数に上乗せされる前記度数(ADD(F))は以下の式により表される。
ADD(F)=(ADD(target)−β*ADD)/(1−β)
ADD(target)=D(target)−ACC*ACCratio
なお、
ADDは、前記累進屈折力レンズの加入度数(処方値)であり、
D(target)は、目標距離に対応する度数であり、
ADD(target)は、前記中間領域の所定の部分に備わる処方度数に対する付加度数であって、D(target)から装用者が目標距離にある物を見る際に必要な調節量を差し引いたものであり、
βは、ADD(F)を上乗せする前における、前記中間領域の所定の部分の加入割合であり、
ACCは、装用者が有する調節力または当該調節力を考慮した固定値であり、
ACCratioは、装用者が有する調節力のうち、装用者が目標距離にある物を見る際に使用させる割合である。
本発明の第7の態様は、
近くの距離にある物を見るための近用領域と、
前記近くの距離よりも遠くの距離にある物を見るための特定領域と
前記特定領域と前記近用領域との間の領域であって前記特定領域から前記近用領域へと向かって度数が累進する中間領域と、
を有する累進屈折力レンズの設計システムであって、
ゼロを超えた度数を前記特定領域の処方度数に上乗せし、かつ、上乗せ前後において前記近用領域における近用度数を共通させることにより、前記近くの距離と前記遠くの距離との間の距離であって予め設定された目標距離に対応する度数を前記中間領域の所定の部分に備えさせる制御部を備える、累進屈折力レンズの設計システムである。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、快適な姿勢で快適な視野が得られる累進屈折力レンズに関する技術を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0014】
[実施の形態1]
以下、本実施形態に関し、以下の順序で説明する。
1.累進屈折力レンズ
2.累進屈折力レンズの設計方法(製造方法)
2−1.ベース設計選択工程
2−2.目標距離決定工程
2−3.特定領域への付加度数決定工程
3.本実施形態の効果
4.変形例
なお、本明細書において「加入度数」と「付加度数」とは全く異なるものである。このことは、本明細書を読み進めれば自ずと明らかになるであろう。
【0015】
<1.累進屈折力レンズ>
本実施形態に係る累進屈折力レンズ1は、
図1(a)に示すように、物体側に位置する面(物体側の面2、以降、単に「外面」とも言う。)と、眼球E側に位置する面(眼球側の面3、以降、単に「内面」とも言う。)と、が組み合わされて構成されるレンズである。
【0016】
なお、本実施形態においては説明をわかりやすくするために、外面2が球面またはトーリック面、かつ、内面3が累進面である場合(いわゆる内面累進レンズ)を例示する。本実施形態における累進面とは以下の構成を有するものである。
【0017】
すなわち内面3においては、近くの距離(例えば40cm〜60cm)を見るための近用領域11が、レンズ1を装用した際のレンズ1における天地方向の地の方向(以降、単に「下方」と言う。)に配される。
その一方、本実施形態においては、近くの距離よりも遠くの距離にある物を見るための特定領域12が近用領域11の上方に配される。本実施形態における特定領域12には特に制限はなく、遠距離(例えば2m〜無限遠)用であっても構わないし、中距離(例えば60cm〜200cm)用であっても構わないが、本実施形態においては特定領域12が中距離用領域である場合を例示する。
なお、近用領域11には基準となる度数を測定するための近用測定基準点が設定されている。同様に、特定領域12にも同様の測定基準点が設定されている。
その上で、本実施形態におけるレンズ1は、特定領域12と近用領域11との間の領域であって特定領域12から近用領域11へと向かって度数が累進する中間領域13を備える。なお、中間領域13のことを累進領域と呼んでも差し支えない。
【0018】
本実施形態の大きな特徴の一つが、近くの距離と遠くの距離との間の距離であって予め設定された有限の目標距離に対応する度数が中間領域13の所定の部分に備わるようにしていることである。そしてそれを実現するための手段として、ゼロを超えた度数を特定領域12の処方度数に上乗せするという手法を採用するということである。
以下、上記の内容の詳細について、本実施形態に至った経緯を交えながら、累進屈折力レンズ1の設計方法(製造方法)として説明する。
【0019】
<2.累進屈折力レンズ1の設計方法(製造方法)>
まず、本実施形態に至った経緯としては以下の通りである。
以下、上記の内容を具体化した一例である、本実施形態に係る累進屈折力レンズ1の設計方法(製造方法)について述べる。
【0020】
本実施形態に係る累進屈折力レンズ1の設計方法は、大きく分けて、ベース設計選択工程と、目標距離決定工程と、特定領域12への付加度数決定工程と、に分けられる。なお、ベース設計選択工程と目標距離決定工程との間の順番は問わないが、本実施形態においては、ベース設計選択工程→目標距離決定工程→特定領域12への付加度数決定工程という順番で付加度数を決定する例について述べる。なお、本実施形態においては、説明を簡素化するために、処方度数(例えば球面度数Sph)をゼロとした場合について述べる。
【0021】
(2−1.ベース設計選択工程)
本工程においては、設計を行う対象となるレンズ1のベース設計を選択する。「ベース設計」とは、累進屈折力レンズ1における主注視線上の度数変化に関する設計のことを指す。なお「主注視線」とは、装用者が上方から下方に向けてレンズ1を通過する際のレンズ1上での視線の軌跡であり、レンズ1において各水平線上での非点収差が最小またはその近傍となっている部分を繋いだ線である。別の言い方をすると、特定領域12における測定基準点と近用領域11における近用測定基準点とを結ぶ線である。
【0022】
もちろん、特定領域12から近用領域11にかけて度数が増加するため、度数増加のスタート地点を含む特定領域12、そして度数増加のゴール地点を含む近用領域11が、複数のレンズ1において異なる場合、当然にしてベース設計が異なることになってしまう。そのため、複数のレンズ1に対し、主注視線上の度数変化を正規化したものを「ベース設計」として使用する。その具体例を示したのが
図2である。ちなみにレンズ1において備えられる処方度数(例えば球面度数Sph)がゼロでない場合であっても、主注視線上の「度数変化」を正規化するため、特に問題は生じない。
【0023】
ここでどのベース設計を採用するかは装用者に依るところが大きい。
例えば、特定領域12から近用領域11に向かった直後から度数が増加する場合だと、特定領域12においては急激な度数の増加が生じるため大きな非点収差が生じて視界に歪みが生じやすくなるものの、近用領域11においては度数が緩やかに増加するため良好な視界が得られる。近用領域11を主として使用する装用者の場合だと、このベース設計を採用するのが好ましい。
その逆に、特定領域12から近用領域11に向かった直後では度数がほとんど増加しない場合だと、特定領域12においては度数が緩やかに増加するため良好な視界が得られるものの、近用領域11においては急激な度数の増加が生じるため大きな非点収差が生じて視界に歪みが生じやすくなる。特定領域12(中距離)を主として使用する装用者の場合だと、このベース設計を採用するのが好ましい。
【0024】
(2−2.目標距離決定工程)
次に、本工程において、装用者にとっての目標距離を決定する。この目標距離は、装用者がレンズ1を眼鏡にした際にどのように眼鏡を使用するかに大きく依存する。例えば、装用者がパソコンを用いて作業をする頻度が高い場合、装用者の眼からパソコンまでの距離を目標距離とし、ここでは仮に80cmとする。なお、この目標距離は「近くの距離(近用領域11の対象となる距離)と遠くの距離(特定領域12の対象となる距離)との間の距離であって予め設定された目標距離」に該当する。
【0025】
この場合、パソコンまでの距離(約80cm)はディオプター(D)に換算すると1/0.8m=1.25Dとなり、最終的に得られるレンズ1を装用者が使用する場合、装用者が快適にパソコンを見るために必要な適度な調節とレンズが持つ度数を合わせて1.25Dが確保されていなければならない。そして、「装用者がパソコンを見る場合のレンズ1の位置」は、「中間領域13の所定の部分であって、目標距離に対応する度数が備わる部分」に該当する。今回の例の場合、レンズ1上においてはフィッティングポイントの下方2.5mmの地点が「中間領域13の所定の部分」となる。ちなみに、装用者が希望する目標距離が決まれば、装用者に応じてレンズ1上の当該所定の部分を決定しても構わないし、例えばパソコンを見る場合の当該所定の部分は通常だとフィッティングポイントの2.5mm下方(別の言い方をするとレンズ1上のフィッティングポイントとは別の部分)となるというように一義的に当該所定の部分を決定しても構わない。
【0026】
上記の例で言うと、フィッティングポイントの2.5mm下方において装用者にとって上記の意味で1.25Dを確保する必要がある。単にこれだけならレンズ1を適宜設計すれば済むのだが、何の制限もなくレンズ1を適宜設計してしまうと、なめらかな加入度数変化が得られず設計が破綻してしまう場合がある。しかも、「快適な視野」を得るために度数の付加を行う場合、レンズ1における「中間領域13の所定の部分」において目標距離に対応する度数を備えさせるとなると、設計の複雑化が避けられない。また、設計や製造の観点のみならず、レンズ1そのものの観点から見ると、当然のことながら、装用者に対して普段の体勢すなわち「快適な姿勢」をもたらしつつ「快適な視野」が得られるレンズ1を提供する必要がある。
ここで、本発明における「快適な姿勢」とは、装用者にとって最も楽な下方視線で中距離を見ているときの姿勢を指す。このとき、頭部や体の不要な変位を伴わないのが理想である。快適な姿勢が実現する具体的な状況として、例えば、近方視用の単焦点レンズを掛けているときや、単焦点レンズ、累進屈折力レンズを問わず、余計な見る努力を強いられない、装用者が既に使い慣れている眼鏡レンズを掛けているときなどが挙げられる。
上記の要望を満足させるレンズ1を製造するために、以下の工程を行う。
【0027】
(2−3.特定領域12への付加度数決定工程)
本工程においては、特定領域12への付加度数の決定を行う。以下、詳述するが、以下の記載においてD( )という符号やADD( )という符号を用いて説明を行う。括弧( )の中には添字が入る。
【0028】
本明細書において符号D(target)とは、目標距離に対応する度数のことを示す。別の言い方をすると符号D(target)は単に距離をディオプター換算(ディオプター=1/距離(m))したものに過ぎない。なお、本明細書における「目標距離に対応する度数」とは、単に距離をディオプター換算したものを示す。
仮に、処方度数(球面度数)が2.0Dであった場合、符号D(target)に2.0Dを足した値が、目標距離に対応する「絶対値としての」度数となる。
【0029】
また、本明細書において符号ADD( )とは、特定領域12における測定基準点の度数をゼロとしたときに、レンズ1上の所定の部分においてゼロからどれだけ度数が増加しているかを表す。つまり、符号ADD( )は、特定領域12における測定基準点の度数からの増加分を示す値である。なお、処方度数が2.0Dであってもゼロであっても付加度数の計算方法は変わらない。その一方で、加入度数(処方値)に対応する符号ADDは、()をつけないで表記する。
以降、説明を簡略化するために、処方度数がゼロである場合について説明する。
【0030】
図3は、中近レンズ1のベース設計を有する累進屈折力レンズ1において、加入度数(処方値)であるADDが2.0Dの場合の、主注視線上の距離と実際の度数との関係を示すグラフである。なお、目標距離は上記の実施形態と同様に80cm(=1.25D)とし、目標距離に対応するレンズ1上の位置(中間領域13の所定の部分)はフィッティングポイントの下方2.5mmとする。また、実線は、特定領域12への度数の付加前のレンズを指し、破線は、特定領域12への度数の付加後のレンズを指す。
【0031】
ここで、特定領域12への付加度数の決定を行うのに先立ち、レンズ1の加入度数(処方値)であるADDがどのように決定されたのかについて検討する。
【0032】
D(N-target)は、近用領域11において想定される近用距離に対応する度数である。レンズ1のADDを決定する前に、通常、検眼者は装用者が有する調節力ACCのうち使用させる割合ACCN-ratioを決定する。ACCN-ratioは装用者の有する調節力の1/2〜2/3程度にするのが一般的であるため、本実施形態においてはACCN-ratio=0.5とし、装用者が近用距離にある物を見るときに調節力ACCの半分を使用させるように設定する。これらの関係を表したものが(式1)である。
ADD=D(N-target)−ACC*ACCN-ratio・・・(式1)
つまり、通常、レンズ1においては、装用者が有する調節力ACCが考慮されている。こうすることによりADDを低く抑えることができ、レンズ1に発生する収差を低減することが可能となる。
以上の内容を踏まえて、以下、本実施形態について説明する。
【0033】
図3に示すように、目標距離に対応するレンズ1上の位置(中間領域13の所定の部分)におけるD(target)、および、レンズ1における当該所定の部分におけるADD(target)は以下の関係を有する。
D(target)=ADD(target)+ACC*ACCratio・・・(式2)
これを変形させると、以下の式になる。
ADD(target)=D(target)−ACC*ACCratio・・・(式3)
ACCratioは、装用者が有する調節力のうち、装用者が目標距離にある物を見る際に使用させる割合である。
【0034】
その一方、付加度数を上乗せする前の状態について着目する。ベース設計選択工程で正規化された状態だと、主注視線上の距離と、0〜1へと正規化された加入度数との関係を示すグラフである
図2(先述)に示すようになる。
【0035】
その後、この正規化されたグラフ(
図2)において、目標距離決定工程で決定した目標距離に対応する「レンズ1上の所定の部分」での加入割合を読み取る。上記の前提に従えば、フィッティングポイントの下方2.5mmにおける加入割合はβ(ここでは0.363)となる。
【0036】
つまり、“本工程前の”レンズ1上の所定の部分(フィッティングポイントの下方2.5mm)での加入割合β(0.363)を、“最終的に”レンズ1上の所定の部分で必要となる加入割合へと引き上げる処置が必要となる。本実施形態においては、この処置を具体的に実現する手段として、「目標距離に対応する度数を特定領域12に備えさせつつ」、「特定領域12への度数の付加」「付加度数の上乗せ前後において近用領域11における近用度数を共通させる」を用いることが、本実施形態における大きな特徴の一つである。処方度数においては、通常、特定距離(遠用距離や中距離)に対する球面度数そして加入度数が定められている。つまり、当該球面度数と加入度数(処方値)とを合計した近用度数は、レンズ1メーカーの側でおいそれと変更することはできない。そのため、「上乗せ前後において近用度数を共通させる」という条件が必要になる。なお、「上乗せ前後において近用度数を共通させる」という内容は、付加度数の上乗せ前後において近用度数を一定とすることを含むし、付加度数の上乗せ前後において近用度数が多少変動したとしても装用者の手元にレンズが渡る際には問題が生じないレベルの微小な変動しか生じていない場合も含む。
【0037】
以上の関係を前提とした上で、特定領域12への付加度数を算出する。この算出の概要について、
図3を用いて説明する。
図3は、主注視線上の距離と実際の度数との関係を示すグラフである。実線は、特定領域12への度数の付加前のレンズ1を指し、破線は、特定領域12への度数の付加後のレンズ1を指す。
【0038】
ここで、特定領域12への度数の付加前のレンズ(実線)に着目する。特定領域12への度数の付加後のレンズ1(破線)において特定領域12(中距離)に対して付加度数ADD(F)が付加されている。
【0039】
一方、ここで特定領域12への度数の付加後のレンズ1(破線)に着目する。特定領域12への度数の付加後のレンズ1(破線)における加入度数は、特定領域12における度数と近用領域11における近用度数との差分(すなわちADD−ADD(F))に相当する。この加入度数に、正規化した際のβを乗ずることにより、本工程である特定領域12への付加度数決定工程前の、「レンズ1上の所定の部分(フィッティングポイントの下方2.5mm)」での加入度数が算出できる。すなわち、当該加入度数はβ*(ADD−ADD(F))に相当する。
【0040】
その結果、
図3を見ると、以下の式が成り立つ。
ADD(target)=ADD(F)+β*(ADD−ADD(F))・・・(式4)
上記の(式4)を特定領域12への付加度数ADD(F)が求まるように整理すると、以下の式となる。
ADD(F)=(ADD(target)−β*ADD)/(1−β)・・・(式5)
【0041】
目標距離に対して装用者が使用する調節力の割合ACCratioに応じ、付加すべき付加度数ADD(F)が変化する。そこで、装用者が目標距離にある物を見る際の調節力の割合ACCratioに関し、目標距離に対応するレンズ上の位置において、ACCratioがADD(target)に比例する場合について例示する。
この場合、以下の式が成り立つ。
ACCratio=ACCN-ratio*ADD(target)/ADD・・・(式6)
ここで、γ=ACCratio/ACCN-ratioとすると、ADD(target)=γADDとなり、以下の式が成り立つ。
ADD(F)=ADD*(γ−β)/(1−β)・・・(式7)
【0042】
上記の場合について具体的な数値を用いた具体的計算例を以下に示す。ここでは以下の条件設定とする。
D(target)=1.25D(80cm)
D(N-target)=2.5D(40cm)
ADD=2.00D
ACC=1.00D
ACCN-ratio=0.5
β=0.363
その結果、まず、ACCratioは(式3)および(式6)よりACCratio=0.25となり、γ=0.5となる。その結果、(式7)よりADD(F)=0.43Dとなる。
【0043】
つまり、上記の前提に従えば、特定領域12への付加度数を0.43Dとすることにより、装用者はレンズ1を通してパソコンを見る際に、レンズ1上の所定の部分(フィッティングポイントの下方2.5mm)において、違和感なく80cmの距離を適切に見ることが可能となる。
【0044】
しかも、目標距離に対応する位置に備える度数と付加度数とを別々に設定しなくて済む。
詳しく言うと、特許文献1においては、確かに遠用部に付加度数を設けているものの、そもそも目標距離に対応する位置に備える度数についての記載が無いことから、目標距離に対応する位置に所定の度数を備えさせようとしても、各度数を別途設定しなければならない。そうなると、光学設計に多くの時間を費やすことになる。ただ一人の眼鏡を製造するのならまだしも、世界中から受注がある場合には、光学設計に多くの時間を費やすことは現実的ではない。
その一方、上記の手法を用いることにより、目標距離に対応する位置に備える度数が決定し、その他の要素(ベース設計や加入度数(処方値)等)が既知であれば、付加度数を自ずと導き出せる。これは、光学設計の容易化を促すことになり、ひいてはレンズ1を迅速に提供可能となる。
【0045】
本工程を簡潔にまとめると、以下の表現となる。
「ゼロを超えた度数を前記特定領域12の処方度数に上乗せし、かつ、上乗せ前後において前記近用領域11における近用度数を共通させることにより、近くの距離と遠くの距離との間の距離であって予め設定された目標距離に対応する度数を中間領域13の所定の部分に備えさせる。」
また、本実施形態における付加度数、すなわち、特定領域の処方度数に上乗せされる「ゼロを超えた度数」は、目標距離と、加入度数(処方値)と、ゼロを超えた度数を上乗せする前における中間領域の所定の部分の加入割合(本実施形態で言うところのβ)とから決定される。
【0046】
また、本工程に加えベース設計選択工程および目標距離決定工程を簡潔にまとめると、以下の表現となる。
「設計を行う対象となるレンズ1のベース設計を選択するベース設計選択工程と、
近くの距離と遠くの距離との間の距離であって、装用者にとっての目標距離を決定する目標距離決定工程と、
ベース設計選択工程で選択されたベース設計と特定領域12に所定の処方度数とを有する累進屈折力レンズ1に対し、ゼロを超えた度数を特定領域12の処方度数に上乗せし、かつ、上乗せ前後において近用領域11における近用度数を共通させることにより、前記目標距離決定工程により予め決定された目標距離に対応する度数を中間領域13の所定の部分に備えさせる、特定領域12への付加度数決定工程と、を有する。」
【0047】
以上のように設計されたレンズ1は、物としての特徴も有する。この特徴とは、先にも挙げたように、近くの距離と遠くの距離との間の距離であって予め設定された目標距離に対応する度数が中間領域13の所定の部分に備わるようにしていることである。そしてそれを実現するための手段として、ゼロを超えた度数が特定領域12の処方度数への上乗せを採用している。
【0048】
ちなみに、以上のように設計されたレンズ1は、通常、処方箋やレンズ袋等により、処方度数が判別できる状態となっている。市販のレンズ1が本実施形態に係るレンズ1の技術的範囲に属するか否かは、特定領域12の測定基準点にて測定された度数が処方度数を超えているか否かを調べることにより判別可能である。別の言い方をすると、本実施形態のレンズ1は上記の詳述した内容により一義的に特定可能である。また、目標距離に対応する中間領域13の所定の部分についても、目標距離を設定する以上、レンズ1の仕様書や袋等に目標距離および当該所定の部分についての記載があるのが通常であり、本実施形態のレンズ1は上記の詳述した内容により一義的に特定可能である。なお、フィッティングポイントや測定基準点等の位置は、通常、レンズ1に刻印されている隠しマークから識別可能である。
【0049】
なお、上記の手法で設計されたレンズ1に対する、眼鏡フレームに嵌るまでの具体的な加工(研削、研磨、コーティング等々)は公知の手法を用いても構わない。そのため、上記の内容はレンズ1の設計方法として説明したが、公知の手法である具体的な加工を組み合わせることにより本実施形態はレンズ1の製造方法としての側面を有する。
【0050】
<3.本実施形態の効果>
本実施形態によれば、まず、各々の装用者が眼鏡を装用した際に見たい距離を快適な視野で見ることができる。これは、特定領域12に対する度数の付加のおかげで、非点収差が低減されたことに伴うものである。それに加え、本実施形態においては、フィッティングポイントとは別に目標距離に対応する度数を中間領域13の所定の部分に備えさせることにより、装用者に対して普段の体勢すなわち「快適な姿勢」をレンズ1によりもたらすことが可能となる。その結果、「快適な姿勢」と「快適な視野」を両立することも可能となる。
さらに、上記のように付加度数の算出方法を確立したことにより目標距離に対応する位置に備える度数と付加度数とを別々に設定しなくて済む。その結果、光学設計の容易化を促すことになり、ひいてはレンズ1を迅速に提供可能となる。
【0051】
<4.変形例>
本実施形態においては内面累進レンズに関して説明したが、外面2が累進面、内面3が球面またはトーリック面である外面累進レンズであっても、両面に累進面を有する両面累進レンズであっても、それ以外の形状を有する累進屈折力レンズであっても、本発明は適用可能である。
【0052】
本実施形態においては特定領域12が中距離用の領域である場合について述べたが、特定領域12が遠距離用であっても構わない。さらに言うと、特定領域12が、近用領域11で設定する距離よりもわずかに遠いものの近距離と呼んで差し支えない距離のための領域であっても構わない。この場合に対応するのはいわゆる近近レンズと呼ばれる累進屈折力レンズである。このレンズ1においては、装用者は主に近用領域11に視線を向けながら作業を行い、時折、目標距離(副次距離)に視線を向ける。なお、このような近近レンズにおいても、目標距離に対応するレンズ1上の部分をサブとして扱いつつ、近用領域11をメインとして扱えば(すなわち目標距離と近用領域11に対応する距離との重要性を交代させれば)、本発明の技術的思想により十分カバーすることが可能である。
【0053】
本実施形態においては目標距離が、レンズ1でいうとフィッティングポイントから下方の位置に対応する有限距離の場合について述べた。その一方、フィッティングポイントから上方の位置だったり側方の位置であっても構わない。一例であるが、レンズ1においてフィッティングポイントから上方の位置を使用する場合としては、看板に関する作業など見上げる動作を必要とする者が使用するレンズ1が挙げられる。側方の位置を使用する場合としては、倉庫において廊下を進行しながらの左右の貨物確認を行うなどの作業を行う者が使用するレンズ1が挙げられる。
【0054】
[実施の形態2]
上記の実施形態においては、レンズ1において装用者の調節力を加味した上で加入度数(処方値)が設定され、その上で、「付加度数」を設定する際においても装用者の調節力を加味した例を挙げた。
その一方、本実施形態においては、加入度数(処方値)の決定の際には装用者の調節力を加味する一方、「付加度数」を設定する際に装用者の調節力を加味しない例(詳しくは後述するがACCratio=0の場合)や、上記の実施形態とは異なりACCratioが一定の場合について述べる。
【0055】
ACCratio=0の場合、(式3)においてADD(target)=D(target)となるので、(式5)は以下の式となる。
ADD(F)=(D(target)−β*ADD)/(1−β)・・・(式8)
この場合、加入度数(処方値)であるADDが大きくなればなるほど、付加度数ADD(F)の付加量は減る。
【0056】
上記の場合について具体的な数値を用いた具体的計算例を以下に示す。なお、ACCratio=0以外の条件については上記の実施形態と同様の条件とする。その結果、(式8)よりADD(F)=0.823Dとなる。
【0057】
ACCratioが一定の場合すなわちACCratio=ACCN-ratioの場合、装用者が目標距離にある物を見る際にも、近用距離にある物を見るときと同等の高い割合で調節力を使用する場合を想定している。
図3の記載から、以下の関係が導き出せる。
D(N-target)=ADD+ACC*ACCN-ratio・・・(式9)
この式と、前提となるACCratio=ACCN-ratioとを加味し、ADD(F)の(式5)を整理すると、以下の式となる。
ADD(F)=(D(target)−D(N-target))/(1−β)+ADD・・・(式10)
【0058】
上記の場合について具体的な数値を用いた具体的計算例を以下に示す。なお、ACCratio=ACCN-ratio以外の条件については(場合1)と同様の条件とする。その結果、(式10)より、ADD(F)=0.038Dとなる。
【0059】
ちなみに装用者の調節力に応じて上記の「調節力」を適宜設定しても
構わない。例えば装用者の調節力が0.25Dを下回る場合、調節力としては一律に0.25Dと設定するという処置を行っても構わない。逆に装用者の調節力が高い場合は、(2.75−ADD)を調節力としても構わない。なお、本実施形態において、ADD≦2.5Dの場合には、この式を用いて調節力を求めている。
【0060】
以上、本発明の実施形態について説明してきたが、本発明は、上述した実施形態に何等限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内において種々に改変することができる。一例としては、上記のような設計工程をシステム化したもの(システムや装置)が挙げられる。例えば、コンピュータの制御部により、特定領域12への付加度数決定手段を制御し、ベース設計、目標距離、その他必要なデータから付加度数を算出することも可能である。また、当該システムを稼働するためのプログラムやそれを格納する媒体は、本発明の技術的思想が適用されたものであることは言うまでもない。