(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記改質工程により、前記表層を、残留オーステナイト組織の体積率が0%よりも大きく、かつ、10%未満であるとともに、残部はマルテンサイト組織とする、請求項12に記載の鋼部品の製造方法。
前記焼入れ工程において、オーステナイト化された前記鋼部品を10℃以上40℃以下の冷媒を用いて、臨界冷却速度以上の冷却速度で冷却して焼入れる、請求項12に記載の鋼部品の製造方法。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、実施形態を説明する。
[第1実施形態]
【0021】
[素材鋼の組成]
まず、第1実施形態による歯車部品100に用いられる素材鋼の組成について説明する。なお、素材鋼は、下記組成以外に、残部Fe(鉄)および不可避不純物を含有している。また、歯車部品100は、特許請求の範囲の「鋼部品」の一例である。
【0022】
(C(炭素):0.05質量%以上0.30質量%以下)
Cは、素材鋼の硬さを確保するために添加する元素である。そこで、第1実施形態では、C濃度の下限を0.05質量%として、素材鋼の硬さを確保している。一方、C濃度が0.30質量%を超えると、素材鋼の硬さが必要以上に大きくなり、その結果、素材鋼において靱性が低下するとともに、切削性が低下する。このため、0.30質量%をC濃度の上限とした。素材鋼の硬さ確保の面で、より好ましいC濃度の範囲は、約0.15質量%以上0.30質量%以下である。
【0023】
(Si(ケイ素):1.0質量%以上3.0質量%以下)
Siは、後述する浸炭処理後の徐冷において、結晶粒界に炭化物が析出するのを抑制するため、及び、マルテンサイト組織の焼戻しによる硬さ低下を抑制するために添加する元素である。Siの添加により、粒界炭化物の析出が抑制されるので、浸炭処理後の高密度エネルギー加熱の際に、C(炭素)を十分に固溶した組織を得ることができる。これにより、粒界炭化物に起因する疲労強度の低下が抑制される。なお、第1実施形態では、Si濃度の下限を1.0質量%として、結晶粒界に炭化物が析出するのを抑制することが可能なSi濃度を確保している。一方、Si濃度が3.0質量%を超えると、素材鋼の硬さが必要以上に大きくなり、その結果、素材鋼において切削性が低下する。このため、3.0質量%をSi濃度の上限とした。粒界炭化物析出の抑制および靱性・切削性の低下抑制の面で、より好ましいSi濃度の範囲は、1.0質量%以上約2.5質量%以下であり、さらに好ましくは、約1.5質量%以上約2.0質量%以下である。なお、Siは、製鋼工程における脱酸にも有効である。
【0024】
(Mn(マンガン):0.1質量%以上3.0質量%以下)
Mnは、製鋼工程における脱酸、焼入れ性の向上に有効な元素である。この効果を得るためには、Mn濃度は、0.1質量%以上である必要がある。一方、Mn濃度が3.0質量%を超えると、素材鋼の硬さが必要以上に大きくなり、その結果、素材鋼において切削性が低下する。このため、3.0質量%をMn濃度の上限とした。焼入れ性および切削性の低下抑制の面で、より好ましいMn濃度の範囲は、約0.4質量%以上約2.0質量%以下である。
【0025】
(P(リン):0.03質量%以下)
Pは、結晶粒界に偏析して結晶粒界の強度を低下させるとともに、素材鋼の靱性を低下させるため、極力低減する必要がある。具体的には、P濃度を、0.03質量%以下に小さくする必要がある。
【0026】
(S(硫黄):0.001質量%以上0.150質量%以下)
Sは、素材鋼中でMnSを生成して素材鋼の切削性の向上に有効な元素である。この効果を得るためには、S濃度は、0.001質量%以上である必要がある。ただし、S濃度が0.150質量%を超えると、MnSが結晶粒界に偏析して素材鋼の靱性を低下させるため、0.150質量%を上限とした。切削性の向上および靱性低下抑制の面で、より好ましいS濃度の範囲は、約0.005質量%以上約0.060質量%以下である。
【0027】
(Cr(クロム):0.01質量%以上0.20質量%以下)
Crは、焼入れ性および焼戻し軟化抵抗の向上に有効な元素である。この効果を得るためには、Cr濃度は、0.01質量%以上である必要がある。一方、Cr濃度が0.20質量%を超えると、浸炭処理後の冷却により、粒界炭化物が多く析出してしまう。この粒界炭化物が多く析出してしまうと、浸炭処理後の高密度エネルギー加熱の際にC(炭素)を十分に固溶した組織を得ることができないため鋼部品の疲労強度が低下する。このため、Cr濃度として、0.20質量%を上限とした。焼入れ性・焼戻し軟化抵抗の向上および粒界炭化物の析出抑制の面で、より好ましいCr濃度の範囲は、約0.05質量%以上約0.15質量%以下である。
【0028】
(Al(アルミニウム):0.01質量%以上0.05質量%以下)
Alは、窒化物として加工材中に析出分散することによって、浸炭処理時および高密度エネルギー加熱時に組織の粗大化を抑制して組織を微細化するのに有効な元素である。この効果を得るためには、Al濃度は、0.01質量%以上である必要がある。しかしながら、Al濃度が0.05質量%を超えると、析出物である窒化物が粗大化しやすくなるため、0.05質量%を上限とした。組織の微細化の面で、より好ましいAl濃度の範囲は、約0.02質量%以上約0.04質量%以下である。
【0029】
(N(窒素):0.003質量%以上0.030質量%以下)
Nは、Alなどと各種の窒化物を生成して、浸炭処理時および高密度エネルギー加熱時に組織の粗大化を抑制して組織を微細化するのに有効な元素である。この効果を得るためには、N濃度は、0.003質量%以上である必要がある。しかしながら、N濃度が0.030質量%を超えると、素材鋼の鍛造性が低下するので、0.030質量%を上限とした。組織の微細化および鍛造性の低下抑制の面で、より好ましいN濃度の範囲は、約0.005質量%以上約0.020質量%以下である。
【0030】
また、素材鋼は、任意の合金成分として以下の元素群のうち1種または2種を含有していてもよい。
Mo(モリブデン):約0.01質量%以上約0.50質量%以下。
B(ボロン):約0.0006質量%以上約0.0050質量%以下。
【0031】
Mo、Bは、結晶粒界の強度の向上および焼入れ性の向上に有効な元素であり、組織の強度を向上させる目的で素材鋼に少量含有されてもよい。この効果を得るためには、各々の元素群の濃度は、上記下限値以上である必要がある。しかしながら、各々の元素群の上記上限値を超えて添加しても効果が飽和するので、上記上限値を超えて添加させないのが好ましい。なお、結晶粒界の強度および焼入れ性の向上の面で、より好ましいMo濃度の範囲およびB濃度の範囲は、それぞれ、約0.03質量%以上約0.20質量%以下および約0.0010質量%以上約0.0030質量%以下である。
【0032】
また、素材鋼は、任意の合金成分として以下の元素群のうち1種または2種を含有していてもよい。
Nb(ニオブ):約0.01質量%以上約0.30質量%以下。
Ti(チタン):約0.005質量%以上約0.200質量%以下。
V(バナジウム):約0.01質量%以上約0.20質量%以下。
【0033】
Nb、Ti、Vは組織の粗大化の抑制に有効な元素であり、組織の強度を向上させる目的で素材鋼に少量含有されてもよい。この効果を得るためには、各々の元素群の濃度は、上記下限値以上である必要がある。しかしながら、各々の元素群の上記上限値を超えて添加しても効果が飽和するので、上記上限値を超えて添加させないのが好ましい。なお、組織の粗大化の抑制の面で、より好ましいNb濃度の範囲、Ti濃度の範囲およびV濃度の範囲は、それぞれ、約0.03質量%以上約0.20質量%以下、約0.030質量%以上約0.100質量%以下、および、約0.03質量%以上約0.10質量%以下である。ここで、素材鋼に、MoまたはBのいずれか1種と、Nb、TiまたはVのいずれか1種との2種の元素を含有させてもよい。これにより、結晶粒界の強度の向上および焼入れ性の向上と、組織の粗大化の抑制との両方の観点から組織の強度を向上させることが可能である。
【0034】
[歯車部品の構造]
次に、
図1〜
図3を参照して、第1実施形態による歯車部品100の構造について説明する。
【0035】
上記素材鋼を加工処理して作製された第1実施形態による歯車部品100は、
図1に示すように、いわゆるピニオンである。この歯車部品100は、加工処理として、粗加工および歯切り加工が行われた後に、浸炭処理、冷却処理、高周波焼入れ処理、焼戻し処理およびショットピーニング処理がこの順に行われることにより作製されている。なお、これらの処理については製造工程の説明において詳述する。また、ショットピーニング処理は、特許請求の範囲の「改質処理」の一例である。
【0036】
歯車部品100では、管部材1の外周面20側に、外側に突出する複数の歯を有する歯部2が設けられている。歯部2は、管部材1の延びる方向に対して傾斜する、歯筋方向に沿って延びる複数の歯面21、歯先面22および歯底面23を有している。また、
図2に示すように、歯面21は、歯先面22と歯底面23とを接続するように歯形方向に延びるように形成されている。
【0037】
図3に示すように、歯車部品100の外周面20側には、外周面20(歯面21、歯先面22および歯底面23)および外周面20の近傍に設けられた表層31と、表層31よりも内側の第1中間層32と、第1中間層32よりも内側の第2中間層33とが形成されている。また、歯車部品100では、内周面24および内周面24の近傍に内周面側層34が形成されている。また、歯車部品100では、第2中間層33と内周面側層34との間である歯車部品100の内側に最内層35が形成されている。
【0038】
表層31は、浸炭処理、冷却処理、高周波焼入れ処理、焼戻し処理およびショットピーニング処理において処理された領域である。具体的には、表層31は、外周面20から外周面20に対して垂直方向に約20μm以上約40μm以下の深さまでの領域である。なお、表層31の深さは、ショットピーニング処理の条件などによって変化させることが可能である。
【0039】
ここで、第1実施形態では、表層31のうち、他の歯車がかみ合う歯面では、浸炭処理により、C濃度が0.85質量%以上1.2質量%以下にされている。このC濃度は、素材鋼のC濃度(0.05質量%以上0.30質量%以下)よりも高い。
【0040】
また、表層31におけるC濃度が0.85質量%以上であることによって、
図4に示すC濃度と鋼材の硬さとの関係(E.C. Bain and H.W. Paxton, Alloying Elements in Steel, 2nd ed.,American Society for Metals, Metals Park, OH, 1961)から、表層のC濃度が0.6質量%で低い場合よりも、硬さを十分に大きくすることが可能である。また、表層のC濃度が1.2質量%を超えると、後述する高周波焼入れ処理において残留オーステナイト組織が多く残留してしまうため、表層31のC濃度の上限は1.2質量%である。なお、表層31のC濃度は、0.85質量%以上約1.1質量%以下であるのが好ましく、約0.9質量%以上約1.05質量%以下であるのがより好ましい。
【0041】
また、第1実施形態では、表層31は、残留オーステナイト組織とマルテンサイト組織とを含んでいる。また、表層31では、残留オーステナイト組織の体積率が0%よりも大きく、かつ、10%未満であり、残部がマルテンサイト組織である。なお、表層31は、大部分がオーステナイト組織とマルテンサイト組織とから構成されていればよく、オーステナイト組織およびマルテンサイト組織以外に不可避の組織(たとえばセメンタイトおよびベイナイト組織など)などが微量含まれていてもよい。これにより、表層31において、柔らかなオーステナイト組織の残留量が10%未満で少なく、かつ、残部はマルテンサイト組織であるので、硬さの大きい表層31を有する歯車部品100を得ることが可能である。なお、ここでいうマルテンサイト組織とは、焼入れにより変態したままのマルテンサイト組織の他、焼入れ後に焼戻しを行った後の焼戻しマルテンサイト組織も含む。
【0042】
また、表層31では、残留オーステナイト組織およびマルテンサイト組織の双方において、粒界炭化物の面積率が2%未満になるように形成されている。なお、粒界炭化物の面積率は、所定の大きさ以上の面積(たとえば、10000μm
2以上の面積)を有する断面を観察して、その断面内に存在する粒界炭化物の面積の割合を導出することにより取得することが可能である。
【0043】
また、第1実施形態では、素材鋼では、浸炭処理後の冷却処理時において初析セメンタイトが結晶粒界に発生するのを抑制するために、Si添加量の増量およびCr添加量の低減が行われている。
【0044】
また、マルテンサイト組織は、高周波焼入れ処理時の急冷により表層31に生成されたマルテンサイト組織と、高周波焼入れ処理において残留した残留オーステナイト組織が、表層31に加えられた力学的エネルギーにより改質されることによって生成されたマルテンサイト組織とを含んでいる。なお、第1実施形態では、力学的エネルギーは、ショットピーニング処理により表層31に加えられている。
【0045】
また、ショットピーニング処理により表層31に加えられた力学的エネルギーにより、表層31に約600MPa以上の圧縮残留応力が生じている。なお、表層31には、約1100MPa以上の圧縮残留応力が生じているのが好ましい。さらに、浸炭処理、高周波焼入れ処理、および、ショットピーニング処理により、表層31において、硬さ(ビッカース硬さ)がHV800以上にされている。なお、表層31におけるビッカース硬さはHV850以上であるのが好ましい。
【0046】
第1中間層32は、浸炭処理、冷却処理、高周波焼入れ処理、焼戻し処理およびショットピーニング処理において処理された領域である。なお、第1中間層32の深さは、ショットピーニング処理の条件などによって変化させることが可能である。
【0047】
第1中間層32では、浸炭処理により、C濃度が素材鋼のC濃度よりも高くされている。また、第1中間層32では、高周波焼入れ処理により残留オーステナイト組織とマルテンサイト組織とが主に生成されているとともに、ショットピーニング処理により残留オーステナイト組織が若干、マルテンサイト組織に変態(改質)している。この結果、第1中間層32では、残留オーステナイト組織の体積率が表層31よりも大きく、かつ、残部はマルテンサイト組織である。
【0048】
また、第1中間層32における表層31側の層では、残留オーステナイト組織の体積率は、約15%以上である。また、ショットピーニング処理により、第1中間層32では、第2中間層33および最内層35よりも大きな圧縮残留応力が生じている。なお、表層31と第1中間層32とから、ショットピーニング処理によって処理されたピーニング処理層PLが形成されている。
【0049】
第2中間層33は、浸炭処理、冷却処理、高周波焼入れ処理および焼戻し処理において処理された領域である。たとえば、第2中間層33は、第1中間層32よりも内側で、かつ、外周面20から外周面20に対して垂直方向に約0.5mm以上約1.5mm以下の深さまでの領域である。内周面側層34は、内周面24から内周面24に対して垂直方向に約0.5mm以上約1.5mm以下の深さまでの領域である。なお、第2中間層33の深さは、浸炭処理の条件などによって変化させることが可能である。第2中間層33では、浸炭処理によりC濃度が素材鋼のC濃度よりも高くされている。なお、表層31と第1中間層32と第2中間層33とから、浸炭処理によって処理された浸炭層CLが形成されている。
【0050】
最内層35は、浸炭処理における熱処理、冷却処理、高周波焼入れ処理において処理された領域である。具体的には、最内層35は、浸炭処理により熱処理が加えられる一方、C濃度が加工前の素材鋼からほとんど変化しない層である。最内層35の硬さは、加工前の素材鋼の硬さよりも大きい。なお、歯車部品100の全体に亘って高周波焼入れ処理が行われている。
【0051】
[歯車部品の製造方法]
次に、
図1〜
図3および
図5〜
図7を参照して、第1実施形態による歯車部品100の製造方法について説明する。
【0052】
(準備および前加工処理)
図5に示すように、まず、上記した組成を有する素材鋼(棒鋼)を準備する。この素材鋼は、素材鋼のC濃度(0.05質量%以上0.30質量%以下のいずれか)に対応するA3変態点(オーステナイト−フェライト変態点)より高い温度になるように加熱されることによって、焼きならしが行われている。
【0053】
そして、素材鋼を所定の長さに切断後、粗加工を施すことにより筒状に成形するとともに、加工材(素材鋼に加工が施された鋼材)の外周面20(
図2参照)に歯切りを行う(前加工処理)。この際、加工材は、全体に亘って、主にフェライト組織とパーライト組織とから構成されている。
【0054】
(浸炭処理および冷却処理)
そして、前加工処理後の加工材に対して、浸炭処理を行う。この浸炭処理では、酸素濃度が低い減圧環境の浸炭炉(図示せず)内において、加工材に対してC(炭素)の浸透と拡散を行う。つまり、加工材に対して真空浸炭処理を行う。ここで、浸炭炉内に導入される炭化水素系ガスによる浸炭時間と拡散時間とは、歯車部品100完成後の表層31(
図3参照)のC濃度を考慮して定められる。
【0055】
これにより、外周面20からC(炭素)が浸透・拡散することによって、C濃度が素材鋼のC濃度よりも高い浸炭層CL1および内周面側層が形成される。なお、浸炭層CL1の外周面20側の部分(完成後の歯車部品100の表層31に対応する部分)では、C濃度が0.85質量%以上1.2質量%以下にされている。この際、加工材200の全体が、主にオーステナイト組織となる。
【0056】
その後、減圧環境の浸炭炉内において、オーステナイト化された加工材200を、マルテンサイト変態させる臨界冷却速度未満の冷却速度で冷却(徐冷)する(冷却工程)。これにより、加工材200の表面(外周面20および内周面)側の部分が主にパーライト組織となり、内部に向かってフェライト組織が増えていく。ここで、加工材200の表面側の部分では、C濃度が高いため、結晶粒界にセメンタイト等の粒界炭化物が析出しやすい。この粒界炭化物が結晶粒界に過剰に析出してしまうと、後の高周波焼入れ処理においてCを十分に固溶した組織を得ることができずに、Cの不足による硬さの低下(変態後のマルテンサイト組織の硬さ不足)だけでなく、加工材の疲労強度の低下の原因となる。そこで、第1実施形態では、素材鋼において、Si濃度を1.0質量%以上3.0質量%以下に高くするとともに、Cr濃度を0.01質量%以上0.20質量%以下に低くすることによって、結晶粒界に粒界炭化物が析出するのを抑制している。
【0057】
また、冷却工程では、オーステナイト化された加工材200をマルテンサイト変態させる臨界冷却速度未満の冷却速度で冷却(徐冷)することによって、パーライト組織よりも体積の大きなマルテンサイト組織が加工材200に生じるのが抑制される。これにより、熱処理に起因する歪み(熱処理歪み)が加工材200に生じるのが抑制される。
【0058】
(高周波焼入れ処理および焼戻し処理)
そして、浸炭処理および冷却処理後の加工材200に対して、高周波焼入れ処理を行う。まず、
図6に示すように、高密度エネルギー加熱により加工材200を加熱する。具体的には、所定の高周波(たとえば、約10kHzや約100kHzの周波数)による高密度エネルギーを加工材200に集中的に加えることによって、加工材200を誘導加熱する。この際、加工材200の温度がAcm変態点以上になるように加工材200の全体を加熱して昇温させる。なお、Acm変態点は、浸炭層CL1の外周面20側の部分のC濃度に対応する、オーステナイト化温度である。これにより、加工材200の全体が、主にオーステナイト組織となる。
【0059】
その後、加工材200を急冷する。具体的には、約10℃以上約40℃以下の水(冷媒)を直接的に加工材200に接触させて加工材200を冷却する。たとえば、室温程度(約25℃)の冷媒を用いて、加工材200を冷却する。これにより、表面(外周面20および内周面)側の部分において、オーステナイト組織の一部がマルテンサイト組織(焼入マルテンサイト組織)に変態した加工材300が形成される。なお、加工材300では、浸炭処理後の浸炭層CL1が焼入れにより硬化されて浸炭層CL2になるとともに、浸炭層CL2の内部に素材鋼よりも硬さが向上した最内層35が形成される。また、内周面側層134が焼入れにより硬化されて、内周面側層34になる。また、この際、C濃度と冷媒温度とに基づいてオーステナイト組織の一部がマルテンサイト組織に変態し、残部はオーステナイト組織(残留オーステナイト組織)として残留する。
【0060】
ここで、
図7に、所定の冷媒温度におけるC濃度と残留オーステナイト組織との関係を示したグラフを示す。このグラフから、C濃度が高い場合には、残留オーステナイト組織(γ
R)の体積率が大きくなりやすいことが確認できる。
【0061】
ここで、油冷の場合には、冷媒温度が140℃程度で高いため、C濃度に対する残留オーステナイト組織(γ
R)の体積率が大きくなりやすい。それに対して、第1実施形態による水冷の場合には、冷媒温度が25℃程度と低いため、C濃度が0.85質量%以上1.2質量%以下であったとしても、残留オーステナイト組織(γ
R)の体積率が大きくなるのを確実に抑制することが可能である。
【0062】
たとえば、C濃度が1.0質量%である場合に、油冷(冷媒温度T=140℃)を用いると、残留オーステナイト組織(γ
R)の体積率が80%を超えて大きくなる。この場合、残留オーステナイト組織の体積率がその後のショットピーニング処理により改質可能な割合を大幅に超えているため、ショットピーニング処理後に残留オーステナイト組織が多く残留してしまい、その結果、表層の硬さが小さくなってしまう。一方で、C濃度が1.0質量%である場合に、水冷(冷媒温度T=25℃)を用いることによって、残留オーステナイト組織(γ
R)の体積率を25%程度に抑えることが可能である。これにより、ショットピーニング処理後に残留する残留オーステナイト組織の量を低減することが可能である。
【0063】
そして、
図6に示すように、加工材300の温度を約600℃より低い温度に加熱することによって、加工材300を焼き戻す。
【0064】
なお、高周波焼入れ処理および焼戻し処理により、浸炭層CL2の外周面20側の部分(完成後の歯車部品100の表層31に対応する部分)では、靱性を確保しつつ、硬さが向上している。しかしながら、残留オーステナイト組織の影響により、浸炭層CL2の外周面20側の部分の硬さは不十分である。
【0065】
(ショットピーニング処理)
最後に、加工材300の外周面20に対して、ショットピーニング処理(改質工程)を行う。具体的には、加工材300を回転させながら、加工材300の外周面20に対してメディア(投射材)を所定の圧力で噴射する。この際、第1段階として、メディアを加工材300の外周面20に噴射する。これにより、浸炭層CL2の深部にまで力学的エネルギーが加えられる。その後、第2段階として、第1段階のメディアよりも径の小さなメディアを加工材300の外周面20に噴射する。これにより、浸炭層CL2の外周面20側の部分に力学的エネルギーが加えられる。これらにより、浸炭層CL2の外周面20側の部分において、残留オーステナイト組織の一部が改質されてマルテンサイト組織に変態する。この結果、浸炭層CL2の外周面20側の部分が、0%よりも大きく、かつ、10%未満の体積率の残留オーステナイト組織と、残部であるマルテンサイト組織とを含む表層31になる。
【0066】
この際、表層31に対応する浸炭層CL2では、ショットピーニング処理前の状態において残留オーステナイト組織(γ
R)の体積率が大きくなることが抑制されていることによって、その後のショットピーニング処理において、残留オーステナイト組織をマルテンサイト組織に改質する量(体積)を抑制することができる。これにより、ショットピーニング処理における力学的エネルギー量(メディアの噴射圧力の大きさなど)および処理時間などを特別に大きな値に設定しなくとも、一般的なショットピーニング処理の条件によって、表層31に残留オーステナイト組織を改質したマルテンサイト組織を十分に生成することが可能である。
【0067】
また、浸炭層CL2のうち、表層31よりも内側が、ショットピーニング処理により力学的エネルギーが加えられた層として、第1中間層32になる。ここで、表層31よりも内側の第1中間層32おける残留オーステナイト組織の体積率は、表層31よりも大きくなるとともに、残部はマルテンサイト組織になる。そして、浸炭層CL2のうち、第1中間層32よりも内側が、ショットピーニング処理により力学的エネルギーが加えられなかった層として、第2中間層33になる。また、これらのショットピーニング処理により、表層31および第1中間層32(ピーニング処理層PL)には圧縮残留応力が生じる。
【0068】
また、ショットピーニング処理により外周面20に形成された凹凸をならす(平坦にする)ため、ショットピーニング処理後に外周面20に対して鏡面仕上げなどの仕上げ加工を施してもよい。なお、鏡面仕上げは、砥石を用いて研磨することによって行うことが可能である。これにより、
図1〜
図3に示す歯車部品100が作製される。
【0069】
(第1実施形態の効果)
第1実施形態では、以下のような効果を得ることができる。
【0070】
第1実施形態では、上記のように、表層31のC濃度を0.85質量%以上にすることによって、表層のC濃度が0.6質量%の場合よりも表層31の硬さを大きくすることができる。また、表層31のC濃度を1.2質量%以下にするとともに、表層31における残留オーステナイト組織の体積率が、0%よりも大きく、かつ、10%未満であるとともに、表層31の残部はマルテンサイト組織であるように構成する。また、表層31のC濃度を1.2質量%以下にするのに加えて、素材鋼において、Si濃度を1.0質量%以上にし、Cr濃度を0.20質量%以下にする。これらにより、表層31の粒界炭化物の面積率を2%未満にして、粒界炭化物に起因する歯車部品100の疲労強度の低下を抑制することができる。この結果、歯車部品100の破損を抑制して、歯車部品100の長寿命化を図ることができる。さらに、表層31のC濃度が1.5質量%の場合と異なり、表層31に柔らかなオーステナイト組織(残留オーステナイト組織)が10%以上残留するのを抑制することができるので、表層31のビッカース硬さをHV800以上に十分に大きくすることができる。
【0071】
また、第1実施形態では、上記のように、表層31のC濃度を約0.9質量%以上にすれば、表層31の硬さをより効果的に大きくすることができる。
【0072】
また、第1実施形態では、上記のように、表層31のC濃度を約1.1質量%以下にすれば、柔らかな残留オーステナイト組織が表層31に多く残留するのをより抑制することができるとともに、結晶粒界に炭化物などの炭化物が析出するのをより抑制することができる。
【0073】
また、第1実施形態では、上記のように、第1中間層32の表層31側の層は、約15%以上の体積率のオーステナイト組織を含む。これにより、マルテンサイト組織により第1中間層32の硬さをある程度大きくしつつ、柔軟なオーステナイト組織の量を表層31よりも多くすることによって、歯車部品100の硬さと靱性との両方を確保することができる。
【0074】
また、第1実施形態では、上記のように、表層31に約1100MPa(約600MPa)以上の圧縮残留応力を生じさせる。これにより、歯車部品100の使用時に表層31に亀裂が発生したとしても、約600MPa以上の圧縮残留応力により亀裂の進行を効果的に抑制することができる。これにより、歯車部品100の長寿命化を図ることができる。
【0075】
また、第1実施形態では、上記のように、素材鋼のSi濃度を約1.5質量%以上にすれば、セメンタイトが結晶粒界に残留するのを効果的に抑制することができる。また、素材鋼のSi濃度を約2.0質量%以下にすれば、素材鋼の硬さが必要以上に大きくなるのを効果的に抑制することができる。
【0076】
また、第1実施形態では、上記のように、素材鋼が、任意成分として以下の元素群のうち1種または2種を含有している。
Mo(モリブデン):約0.01質量%以上約0.50質量%以下。
B(ボロン):約0.0005質量%以上約0.0050質量%以下。
このように構成すれば、歯車部品100において、結晶粒界の強度の向上および焼入れ性の向上を図ることができるので、組織の強度を向上させることができる。
【0077】
また、第1実施形態では、上記のように、素材鋼が、任意成分として以下の元素群のうち1種または2種を含有している。
Nb(ニオブ):約0.01質量%以上約0.30質量%以下。
Ti(チタン):約0.005質量%以上約0.200質量%以下。
V(バナジウム):約0.01質量%以上約0.20質量%以下。
このように構成すれば、歯車部品100において、組織の粗大化の抑制を図ることができるので、組織の強度を向上させることができる。
【0078】
また、第1実施形態の製造方法では、上記のように、焼入れ後の表面硬さを大きくするために、表層31のC濃度を共析点におけるC濃度よりも高い0.85質量%以上1.2質量%以下にするとともに、焼入れ後の加工材300の外周面20およびその近傍に存在する残留オーステナイト組織をマルテンサイト組織に変態するために力学的エネルギーを与える。ここで、浸炭工程において表層31のC濃度を共析点におけるC濃度よりも高い0.85質量%以上にすると、浸炭工程に続く冷却工程において結晶粒界にセメンタイト等の炭化物が生成しやすくなるものの、炭化物の生成を抑制するSiに関して、Si濃度を1.0質量%以上にし、炭化物の生成を促進しやすいCrに関して、炭化物の生成を抑制するためにCr濃度を0.20質量%以下にした素材鋼を用いている。これにより、表層31のビッカース硬さをHV800以上に十分に大きくすることができるとともに、炭化物の生成を抑制して、表層31における粒界炭化物の面積率を2%未満にすることができるので、粒界炭化物に起因する歯車部品100の疲労強度の低下を抑制することができる。この結果、歯車部品100の破損を抑制して、歯車部品100の長寿命化を図ることができる。
【0079】
また、第1実施形態の製造方法では、上記のように、高密度エネルギー加熱により加工材200(鋼部品)を加熱して、加工材200をAcm変態点以上の温度まで昇温させた後、オーステナイト化された加工材200をマルテンサイト変態させる臨界冷却速度以上の冷却速度で冷却(急冷)して焼入れることにより、加工材200におけるオーステナイト組織の一部をマルテンサイト化させる。これにより、加熱された加工材200を約10℃以上約40℃以下の水(冷媒)を用いて焼入れることによって、加熱された加工材を約140℃の冷媒で焼入れる場合と比べて、加工材200におけるオーステナイト組織のより多く部分をマルテンサイト化させて、加工材300における残留オーステナイト組織の体積率を小さくすることができる。この結果、ショットピーニング処理後の表層31における残留オーステナイト組織の体積率を確実に小さくすることができる。
【0080】
また、第1実施形態の製造方法では、上記のように、浸炭工程の後、加工材200がマルテンサイト変態する冷却速度未満の冷却速度で、加工材200を冷却する。これにより、加工材200に対して浸炭処理(熱処理)を行ったとしても、その後の冷却工程において、加工材200がマルテンサイト変態する冷却速度未満の冷却速度で加工材200が冷却されるので、熱処理に起因する歪み(熱処理歪み)が加工材200(歯車部品100)に生じるのを抑制することができる。
【0081】
また、第1実施形態の製造方法では、上記のように、改質工程により、表層31を、残留オーステナイト組織の体積率が0%よりも大きく、かつ、10%未満であるとともに、残部はマルテンサイト組織であるように形成する。これにより、表層31に柔らかなオーステナイト組織(残留オーステナイト組織)が多く残留するのを抑制することができるので、表層31のビッカース硬さをHV800以上に十分に大きくすることができる。
【0082】
また、第1実施形態の製造方法では、上記のように、ショットピーニング処理により、浸炭層CL2の外周面20側の部分(完成後の歯車部品100の表層31に対応する部分)における残留オーステナイト組織を改質させる。これにより、容易に浸炭層CL2の外周面20側の部分におけるオーステナイト組織を改質して、マルテンサイト組織を生成することができる。
【0083】
また、第1実施形態の製造方法では、上記のように、残留オーステナイト組織を改質させた後に、ショットピーニング処理により形成された凹凸をならすため、追加して表層31の外周面20を鏡面仕上げなどの仕上げ加工を施してもよい。これにより、歯車部品100のかみ合い効率を向上することができる。
【0084】
また、第1実施形態の製造方法では、上記のように、焼入れ工程において、オーステナイト化された加工材200(鋼部品)を約10℃以上約40℃以下の冷媒(約25℃の冷媒)を用いて急冷して焼入れる。これにより、加工材200におけるオーステナイト組織の一部を十分にマルテンサイト変態させることができる。
【0085】
また、第1実施形態の製造方法では、上記のように、高周波焼入れ処理後で、かつ、ショットピーニング処理前に、加工材300(鋼部品)を焼き戻す。これにより、焼入れにより低下したマルテンサイト組織(焼入マルテンサイト組織)の靱性を焼戻しにより回復させることができるので、歯車部品100における靱性を向上させることができる。
【0086】
また、第1実施形態の製造方法では、上記のように、浸炭工程において、減圧環境下で加工材(歯車部品)に浸炭処理を施す。これにより、浸炭処理時の熱に起因して加工材の表面の粒界などにSiの酸化物などが形成されることを抑制することで、表面の粒界強度が低下することを抑制できる。
【0087】
[第1実施例]
次に、第1実施例として、上記第1実施形態の効果を確認するために行った残留オーステナイト組織の体積率の測定、硬さ測定、残留応力測定、疲労強度測定、および、粒界炭化物の面積率測定について説明する。
【0088】
(実施例1の歯車部品の構成)
まず、第1実施形態に対応する実施例1の歯車部品100(
図1〜
図3参照)を作成した。具体的には、まず、表1で示す鋼番Aの化学成分から構成され、焼きならしが行われた素材鋼(棒鋼、
図5参照)を準備した。なお、この鋼番Aの素材鋼は、本実施形態で示した組成範囲内に含まれている。また、鋼番Aの素材鋼のビッカース硬さは、HV140程度である。そして、素材鋼に対して切断、粗加工および歯切りを行った。
【0090】
その後、前加工処理後の加工材に対して浸炭処理を行うことによって、表層31のC濃度を1.0質量%にした。その後、浸炭炉内で加工材200(
図5参照)を徐冷した。
【0091】
そして、浸炭処理および冷却処理後の加工材200に対して、高周波焼入れ処理を行った。まず、加工材200がオーステナイト化するように温度がAcm変態点(約800℃)より高い1000℃になるように、加工材200を誘導加熱した。その後、25℃の水を直接的かつ連続的に加工材200に接触させて加工材200を冷却することによって、加工材200を急冷した。
【0092】
そして、急冷後の加工材300(
図6参照)の温度を600℃より低い150℃にすることによって、焼戻しを行った。
【0093】
最後に、加工材300の外周面20に対して、ショットピーニング処理を行った。まず、第1段階として、0.8mmの径を有するメディアを加工材300の外周面20に噴射した。その後、第2段階として、0.2mmの径を有するメディアを加工材300の外周面20に噴射した。最後に、加工材300の外周面20を砥石で研磨することによって、外周面20に対して鏡面仕上げを行った。これにより、実施例1の歯車部品100を作製した。
【0094】
(体積率および残留応力の測定)
まず、実施例1の歯車部品100における残留オーステナイト組織(γ
R)の体積率と残留応力とを測定した。具体的には、まず、歯面21に対して電解研磨を行うことにより、歯面において所定の厚みだけ除去した。そして、露出した表面(断面)を、X線回折法により残留オーステナイト組織の体積率と残留応力とを測定した。また、残留応力に関しては、歯面21の歯筋方向(
図1参照)に働く残留応力を測定した。なお、参考例1として、ショットピーニング処理を行う前の加工材300においても、実施例1の歯車部品100と同様に、残留オーステナイト組織の体積率の測定を行った。
【0095】
(体積率の測定結果)
図8に残留オーステナイト組織の体積率の測定結果を示す。歯面21(外周面20)からの深さが35μm以内の表層31では、ショットピーニング処理前には多くて23%近くの体積率であった残留オーステナイト組織の体積率が、ショットピーニング処理後では10%以上小さくなり、1%以上10%未満になった。これは、ショットピーニング処理により、表層31における残留オーステナイト組織がマルテンサイト組織に変態したからであると考えられる。
【0096】
また、歯面21(外周面20)からの距離が200μm以内で、かつ、表層31を除く第1中間層32では、残留オーステナイト組織の体積率が10%以上になった。つまり、第1中間層32では、残留オーステナイト組織の体積率は、表層31よりも大きくなった。また、第1中間層32のうち、歯面21(外周面20)からの距離が50μm以上100μm以下の領域(第1領域)では、残留オーステナイト組織の体積率が15%以上になった。一方、第1中間層32のそれ以外の領域(第2領域および第3領域)においては、残留オーステナイト組織の体積率が15%未満になった。なお、高周波焼入れ処理により、表層31および第1中間層32に対応する部分(浸炭層CL2、
図6参照)のほとんど全体において、残留オーステナイト組織を除き、マルテンサイト組織になっていると考えられる。
【0097】
なお、実施例1の歯車部品100の表層31において、残留オーステナイト組織の平均の体積率が5%になった。
【0098】
(残留応力の測定結果)
図9に、歯面21における残留応力の測定結果を示す。なお、正の残留応力は互いに離れる方向に働く引張残留応力であり、負の残留応力は互いに近づく方向に働く圧縮残留応力である。
【0099】
表層31の残留応力は、1100MPa以上の圧縮残留応力(−1100MPa以下の残留応力)であり、非常に大きな圧縮残留応力が発生していることが確認できた。これにより、ショットピーニング処理により、表層31に大きな圧縮残留応力を発生させることが可能であることが確認できた。さらに、表層31において、大きな圧縮残留応力が発生していることから、亀裂の進行が抑制されることが確認できた。また、第1中間層32の残留応力としては、表層31側において大きな圧縮残留応力が発生していることが確認できた。
【0100】
(硬さ測定)
次に、上記実施例1の歯車部品100のビッカース硬さを、JIS Z 2244に基づいて測定した。具体的には、ショットピーニング処理を行った外周面のうちの歯面21における表層31のビッカース硬さ(歯面21のビッカース硬さ)をそれぞれ測定した。また、300℃に加熱した後冷却した熱処理後の実施例1の歯車部品100を用いて、歯車部品100の歯面21における表層31のビッカース硬さを測定した。この際、測定する断面に加える試験力を300gfにした。
【0101】
図10に示すビッカース硬さの測定結果から、表層31のビッカース硬さは、HV800以上(HV890)になることが確認できた。これにより、歯車部品100の最外層である表層31において、十分な硬さを有していることが確認できた。この結果、歯車部品100の破損を効果的に抑制することができると考えられる。
【0102】
また、300℃の熱処理後であっても、表層31においてHV790程度のビッカース硬さが得られた。つまり、熱処理後の表層31では、熱処理前の表層31よりも1割程度しか硬さが減少しなかった。これは、Si増量が素材鋼に対して行われていることによると考えられる。なお、この硬さの減少量の少なさは、他の層(第1中間層32、第2中間層33、最内層35)においても同様である。これにより、歯車部品100が高温環境下に配置された場合、および、歯車部品100が他の歯車部品とかみ合うことにより熱が発生した場合などであっても、歯車部品100の硬さの低下を抑制することが可能であることが確認された。
【0103】
(C濃度の測定)
次に、上記実施例1の歯車部品100のC濃度を電子線マイクロアナライザを用いて測定した。具体的には、実施例1の歯車部品100において、ショットピーニング処理を行った外周面20のうちの歯面21における表層31のC濃度(歯面21のC濃度)を測定した。
【0104】
測定結果としては、実施例1の表層31におけるC濃度は0.99%であり、十分な硬さと適正な残留オーステナイト組織の体積率を両立できるC濃度であることが確認された。
【0105】
(疲労強度測定)
次に、上記実施例1の歯車部品100の疲労強度を評価した。具体的には、動力循環式歯車試験機を用いて、歯車部品100の歯元(歯面21と歯底面23との境界)における曲げ疲労強度と歯面21における面疲労強度とを評価した。この際、潤滑油としてオートマチックトランスミッションフルードを用い、潤滑油温80℃および回転数2000rpmの条件下で試験を行った。また、歯元における曲げ応力が500MPa、歯面における最大面圧が2000MPaとなるトルクを歯車部品100に与え、1000万回を目標サイクルとした。
【0106】
曲げ疲労強度の評価および面疲労強度の評価としては、共に、1000万回応力を加えた後でも実施例1の歯車部品100に破損は生じなかった。この結果、実施例1の歯車部品100は、1000万回繰り返し加えられる応力に耐えることができる高い疲労強度を有していることが確認できた。これは、主に表層31の硬さが大きいことに基づいて、歯車部品100の疲労強度が大きくなったためと考えられる。
【0107】
(粒界炭化物の面積率測定)
次に、実施例1の歯車部品100における表層31の粒界炭化物の面積率を測定した。具体的には、まず、歯面21に対して垂直に歯車部品100を切断し、露出した断面を鏡面研磨した。その後、ナイタール液(硝酸が添加されたアルコール溶液)を用いて断面を腐食させることによって、断面に粒界炭化物を現出させた。そして、光学顕微鏡を用いて表層31における断面の撮影を倍率500倍で行った。そして、撮影された所定の大きさの面積を有する断面に対して画像処理を行うことによって、粒界炭化物とその他の部分とを二値化により区別した。そして、粒界炭化物の面積率(=(断面における粒界炭化物の面積/断面全体の面積)×100)(%)を導出した。
【0108】
面積率の測定結果としては、実施例1の歯車部品100における表層31では、粒界炭化物は観察されず、その結果、粒界炭化物の面積率は0%であった。これは、Si濃度を1.0質量%以上にし、Cr濃度を0.20質量%以下にすることにより、炭化物が結晶粒界に析出するのを抑制することができたためであると考えられる。
【0109】
[第2実施例]
次に、第2実施例として、上記第1実施形態の効果を確認するために、複数の素材鋼を用いて歯車部品を作製し、各々の歯車部品における、表層のC濃度、残留オーステナイト組織の体積率、粒界炭化物の面積率、歯面の表層における硬さおよび疲労強度を比較した。
【0110】
(素材鋼の組成)
まず、素材鋼(棒鋼)として、上記した素材鋼A以外に、表1に示す素材鋼B〜Lを準備した。
【0111】
ここで、素材鋼A〜Jは、本実施形態で示した組成範囲内に含まれる一方、素材鋼KおよびLは、本実施形態で示した組成範囲内に含まれない。具体的には、素材鋼Kでは、Si濃度が本実施形態で示した組成範囲(1.0質量%以上3.0質量%以下)よりも小さく、素材鋼Lでは、Cr濃度が本実施形態で示した組成範囲(0.01質量%以上0.20質量%以下)よりも大きい。
【0112】
そして、上記第1実施例の実施例1と同様にして歯車部品を作製した。具体的には、素材鋼B〜Lを用いて、それぞれ、実施例1〜10、比較例1および2の歯車部品を作製した。また、素材鋼Aを用いる一方、上記第1実施例の実施例1とは浸炭処理の条件を異ならせることによって、比較例3および4の歯車部品を作製した。具体的には、比較例3として、C濃度が0.85質量%未満(0.74質量%)になるように浸炭処理を行うことによって、比較例3の歯車部品を作製した。また、比較例4として、C濃度が1.2質量%を超える(1.25質量%)ように浸炭処理を行うことによって、比較例4の歯車部品を作製した。また、参考例2として、素材鋼Aを用いるとともに、ショットピーニング処理を行わない点以外は上記第1実施例の実施例1と同様にして、参考例2の歯車部品を作製した。
【0113】
そして、作製した各々の歯車部品に対して、上記第1実施例と同様に、表層のC濃度、残留オーステナイト組織の体積率、粒界炭化物の面積率、歯面の表層における硬さおよび疲労強度を測定(評価)した。測定(評価)結果を表2に示す。
【0115】
測定(評価)結果としては、実施例1〜10のように、上記実施形態で示した組成範囲内に含まれる素材鋼を用い、かつ、表層のC濃度を0.85質量%以上1.2質量%以下にし、臨界冷却速度以上の冷却速度で冷却して焼入れ、外周面側のオーステナイト組織に対して力学的エネルギーを与えることによって、残留オーステナイト組織の体積率を0%よりも大きく、かつ、10%未満にし、表層における粒界炭化物の面積率を2%未満にすることができ、その結果、表層のビッカース硬さを、HV800以上にすることが可能であることが確認できた。また、実施例9を除く実施例1〜8および10では、表層のビッカース硬さを、HV850以上により大きくすることが可能であることが確認できた。また、上記特性を有する実施例1〜10の歯車部品では、疲労強度の評価において、1000万回応力を加えた後であっても破損は生じなかった。つまり、実施例1〜10の歯車部品は高い疲労強度を有していることが確認できた。
【0116】
一方、比較例1および2のように、上記実施形態で示した組成範囲内に含まない素材鋼を用いた場合には、たとえ実施例1〜10と同様の製造方法により歯車部品を作製したとしても、表層における粒界炭化物の面積率が2%以上になった。そして、疲労強度の評価において、比較例1および2の歯車部品は、1000万回の応力印加に耐えられずに、試験途中で歯元が折れ、破損した。この結果、上記実施形態で示した組成範囲内に含まない素材鋼を用いた場合には、十分な疲労強度を有する歯車部品を作製することができないことが確認できた。
【0117】
また、比較例3および4のように、上記実施形態で示した組成範囲内に含まる素材鋼を用いたとしても、表層のC濃度が0.85質量%未満にされた場合または1.2質量%を超える場合には、表層のビッカース硬さがHV800未満になった。そして、疲労強度の評価において、比較例3および4の歯車部品では、歯面の表層におけるビッカース硬さが小さいことに起因して、試験途中で歯面に穴(ピッチング)が形成された。この結果、表層のC濃度が0.85質量%未満にされた場合または1.2質量%を超える場合には、十分な疲労強度を有する歯車部品を作製することができないことが確認できた。特に、表層のC濃度が1.2質量%を超える比較例4では、残留オーステナイト組織の体積率が58%と大幅に大きくなり、歯面における表面のビッカース硬さもHV522に大幅に小さくなった。
【0118】
また、参考例2のように、上記実施形態で示した組成範囲内に含まる素材鋼を用いたとしても、ショットピーニング処理のように、外周面側のオーステナイト組織に対して力学的エネルギーを与える処理を行わない場合には、残留オーステナイト組織の体積率が19%と大きくなり、表層のビッカース硬さがHV720になった。そして、疲労強度の評価において、参考例2の歯車部品では、歯面の表層におけるビッカース硬さが小さいことに起因して、試験途中でピッチングが形成された。この結果、外周面側のオーステナイト組織に対して力学的エネルギーを与える処理を行わない場合には、十分な疲労強度を有する歯車部品を作製することができないことが確認できた。
【0119】
[第2実施形態]
次に、第2実施形態について説明する。第2実施形態では、特許請求の範囲の「鋼部品」として、歯車部品100ではなく軸部材400を用いた例について説明する。
【0120】
[軸部材の構造]
まず、
図11〜
図14を参照して、第2実施形態による軸部材400の構造について説明する。なお、第1実施形態による歯車部品100と同様の構成については、適宜説明を省略する。
【0121】
上記第1実施形態において歯車部品100に用いた素材鋼の組成と同様の素材鋼を加工処理して作製された第2実施形態による軸部材400は、
図11および
図12に示すように、いわゆるピニオンシャフトである。この軸部材400は、上記第1実施形態の歯車部品100と同様に、加工処理として粗加工が行われた後に、浸炭処理、冷却処理、高周波焼入れ処理、焼戻し処理およびショットピーニング処理がこの順に行われることにより作製されている。
【0122】
軸部材400は、円柱状の支持軸401の軸方向に延びる外周面が転動面402となっている。支持軸401には、油路穴403が形成されている。油路穴403は、径方向の中心において軸方向に延びる主油路穴403aと、転動面402に開口し、転動面402に潤滑油を供給する分岐油路穴403bとを含んでいる。主油路穴403aは、軸方向の一方側の端面部404aに開口するとともに、軸方向の他方側の端面部404b近傍まで延びている。なお、端面部404aおよび404bは、特許請求の範囲の「軸方向端面部」の一例である。
【0123】
図13に示すように、軸部材400の外周面側では、転動面402および転動面402の近傍に設けられた表層431と、表層431よりも径方向内側の第1中間層432と、第1中間層432よりも径方向内側の第2中間層433と、第2中間層433よりも径方向内側の最内層435とが形成されている。また、
図14に示すように、端面部404aおよび端面部404bでは、端面側層441が形成されている。なお、端面側層441よりも軸方向内側には、最内層435が位置している。また、転動面402、端面部404aおよび404bは、鏡面仕上げなどが施されることにより研磨されている。
【0124】
表層431は、上記第1実施形態の表層31と同様の性質を有している。つまり、表層431は、浸炭処理により、C濃度が0.85質量%以上1.2質量%以下にされている。また、表層431では、残留オーステナイト組織の体積率が0%よりも大きく、かつ、10%未満であり、残部がマルテンサイト組織である。また、表層431では、残留オーステナイト組織およびマルテンサイト組織の双方において、粒界炭化物の面積率が2%未満になるように形成されている。
【0125】
第1中間層432は、上記第1実施形態の第1中間層32と同様の性質を有している。つまり、第1中間層432では、残留オーステナイト組織の体積率が表層431よりも大きく、かつ、残部はマルテンサイト組織である。また、第2中間層433および最内層435は、それぞれ、上記第1実施形態の第2中間層33および最内層35と同様の性質を有している。
【0126】
図14に示すように、端面側層441は、浸炭処理、冷却処理、高周波焼入れ処理および焼戻し処理において処理された領域である。つまり、端面側層441は、外周面に施される処理と比較して、ショットピーニング処理を除く処理が行われた領域である。なお、端面側層441では、浸炭処理により、軸方向外側から内側に向かって、C濃度が高くなるように構成されている。
【0127】
また、端面部404aおよび404b近傍の端面側層441には、上記したようにショットピーニング処理が行われていない。このため、端面部404aおよび404bには、オーステナイト組織の一部が変態した焼入マルテンサイト組織が存在する一方、転動面402の表層431などと異なり、力学的エネルギーに起因するマルテンサイト組織は存在しない。この結果、端面側層441(端面部表層442)の残留オーステナイト組織の体積率は、転動面402の表層431における残留オーステナイト組織の体積率よりも大きい。また、端面部表層442の硬さは、転動面402の表層431における硬さよりも小さい。さらに、端面部404aおよび404bには、力学的エネルギーに起因する圧縮残留応力は生じていない。
【0128】
なお、第2実施形態による軸部材400の製造方法における浸炭処理、冷却処理、高周波焼入れ処理、焼戻し処理およびショットピーニング処理は、それぞれ、上記第1実施形態の浸炭処理、冷却処理、高周波焼入れ処理、焼戻し処理およびショットピーニング処理と同様であるので、説明を省略する。
【0129】
(第2実施形態の効果)
第2実施形態では、以下のような効果を得ることができる。
【0130】
第2実施形態では、上記のように、転動面402において、表層431のC濃度を0.85質量%以上にするとともに、表層431のC濃度を1.2質量%以下にするとともに、表層431における残留オーステナイト組織の体積率が、0%よりも大きく、かつ、10%未満であるとともに、表層431の残部はマルテンサイト組織であるように構成する。また、表層431のC濃度を1.2質量%以下にするのに加えて、素材鋼において、Si濃度を1.0質量%以上にし、Cr濃度を0.20質量%以下にする。これらにより、上記第1実施形態と同様に、軸部材400の破損を抑制して、軸部材400の長寿命化を図ることができる。さらに、表層431のC濃度が1.5質量%の場合と異なり、表層431に柔らかなオーステナイト組織(残留オーステナイト組織)が10%以上残留するのを抑制することができるので、表層431のビッカース硬さをHV800以上に十分に大きくすることができる。
【0131】
また、第2実施形態では、上記のように、端面部表層442の残留オーステナイト組織の体積率を、転動面402の表層431における残留オーステナイト組織の体積率よりも大きくする。また、端面部表層442の硬さを、転動面402の表層431における硬さよりも小さくする。これにより、転動面402の表層431における硬さを十分に向上させることができる。また、端面部表層442の硬さを小さくすることによって、軸部材400を他の部材と接合するためのかしめ加工およびレーザ溶接などを容易に行うことができる。なお、第2実施形態のその他の効果は、上記第1実施形態の効果と同様である。
【0132】
次に、上記第2実施形態の効果を確認するために行った軸部材400の転動疲労試験について説明する。
【0133】
(実施例11の軸部材の構成)
まず、第2実施形態に対応する実施例11の軸部材400(
図11および
図12参照)を作成した。具体的には、まず、表1で示す鋼番Bの化学成分から構成され、焼きならしが行われた素材鋼を準備した。なお、この鋼番Bの素材鋼は、本実施形態で示した組成範囲内に含まれている。そして、素材鋼に対して切断および粗加工を行った。
【0134】
その後、前加工処理後の加工材に対して浸炭処理を行うことによって、表層431のC濃度を1.0質量%にした。その後、浸炭炉内で加工材を徐冷した。
【0135】
そして、浸炭処理および冷却処理後の加工材に対して、高周波焼入れ処理を行った。まず、加工材がオーステナイト化するように温度がAcm変態点(約800℃)より高い1000℃になるように、加工材を誘導加熱した。その後、25℃の水を直接的かつ連続的に加工材に接触させて加工材を冷却することによって、加工材を急冷した。
【0136】
そして、急冷後の加工材の温度を600℃より低い150℃にすることによって、焼戻しを行った。
【0137】
最後に、加工材の転動面402に対して、ショットピーニング処理を行った。まず、第1段階として、0.8mmの径を有するメディアを加工材の転動面402に噴射した。その後、第2段階として、0.2mmの径を有するメディアを加工材の転動面402に噴射した。最後に、加工材の転動面402を砥石で研磨することによって、転動面402に対して鏡面仕上げを行った。また、端面部404aおよび404bに対しては、微鏡面仕上げを行った。これにより、実施例11の軸部材400を作製した。
【0138】
また、実施例11に対する比較例5として、SUJ2(JIS4805 2008に準拠)からなる鋼材からなり、実施例11の軸部材400と同じ外形形状を有する軸部材を準備した。そして、SUJ2からなる軸部材に対して、1000℃で高周波焼入れを行った後に、150℃で焼戻しを行うことによって、比較例5の軸部材を作製した。つまり、比較例5の軸部材では、実施例11の軸部材400とは素材鋼の組成が異なるとともに、浸炭処理およびショットピーニング処理が行われていない。
【0139】
(転動疲労試験)
そして、実施例11の軸部材400および比較例5の軸部材に対して、転動疲労試験を行った。転動疲労試験では、円筒型転動疲れ試験機(NTN製)を用いて、荷重600kgf/mm
2および回転数46240rpmの試験条件で、サイクル試験を行った。この際、軸部材の転動面となる軸部材の外周面に円筒型転動疲れ試験機の回転部材が当接するようにした。そして、転動面においてフレーキング(剥離)が発生した際の総回転数(サイクル数)を、実施例11の軸部材400のおよび比較例5の軸部材の転動面における耐久性の指標とした。
【0140】
(転動疲労試験の結果)
図15に転動疲労試験の結果を示す。転動疲労試験の結果としては、実施例11の軸部材400のサイクル数は、比較例5の軸部材のサイクル数の17倍程度になった。これにより、実施例11の軸部材400の転動面402は、比較例5の軸部材の転動面と比べて、非常に大きな転動耐久性を有していることが確認できた。これは、表層431の粒界炭化物の面積率が小さいことにより、疲労強度の低下が抑制されたことと、表層431における残留オーステナイト組織の体積率の低下およびマルテンサイト組織の体積率の向上により、表層431の硬さが大きくなったこととによるものであると考えられる。
【0141】
[変形例]
なお、今回開示された実施形態および実施例は、すべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は、上記した実施形態および実施例の説明ではなく特許請求の範囲によって示され、さらに特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更(変形例)が含まれる。
【0142】
たとえば、上記第1実施形態では、特許請求の範囲の「鋼部品」の一例として、歯車部品を示し、上記第2実施形態では、特許請求の範囲の「鋼部品」の一例として、軸部材(ピニオンシャフト)を示したが、本発明はこれに限られない。特許請求の範囲の「鋼部品」は、歯車部品および軸部材以外に、ベアリング等の軸受部品などであってもよい。また、歯車部品についても、上記第1実施形態以外の歯車部品、たとえば、軸方向の長さが短く(厚みが薄い)歯車部品などであってもよい。さらに、軸部材についても、上記第2実施形態(ピニオンシャフト)以外のシャフトであってもよい。また、特許請求の範囲の「鋼部品」は、シャフト以外の駆動部品であってもよい。
【0143】
また、上記第1実施形態では、表層および表層よりも内側の層(第1中間層)以外にも、第2中間層、内周面側層および最内層を歯車部品に形成した例を示した。また、上記第2実施形態では、表層および表層よりも内側の層(第1中間層)以外にも、第2中間層および最内層を軸部材の転動面に形成した例を示したが、本発明はこれに限られない。歯車部品に、C濃度が0.85質量%以上1.2質量%以下である表層であって、残留オーステナイト組織の体積率が0%よりも大きく、かつ、10%未満であり、粒界炭化物の面積率が2%未満である表層と、残留オーステナイト組織の体積率が表層よりも大きく、かつ、残部はマルテンサイト組織である表層よりも内側の層とが形成されていればよい。
【0144】
また、上記第1および第2実施形態では、残留オーステナイト組織に対して力学的エネルギーを加える方法として、加工材に対してショットピーニング処理を行った例を示したが、本発明はこれに限られない。力学的エネルギーを加える方法としては、ショットピーニング処理に替えて、たとえば、気泡崩壊を利用したキャビテーションピーニング処理、レーザを用いたレーザーピーニング処理、圧力を加えた状態で研磨するバニッシュ研磨や砥石を用いた研磨などの研磨処理、および、加工材を0℃以下に冷却するいわゆるサブゼロ処理などを行ってもよい。また、これらの処理を組み合わせて、残留オーステナイト組織に対して力学的エネルギーを加えてもよい。
【0145】
また、上記第1および第2実施形態では、高周波焼入れ処理、焼戻し処理の後にショットピーニング処理を行った例を示したが、本発明はこれに限られない。たとえば、ショットピーニング処理前で、かつ、高周波焼入れ処理、または、焼戻し処理の後に、加工材を研磨する研磨工程を加えてもよい。
【0146】
また、上記第1および第2実施形態では、加工材に対して、高密度エネルギー加熱として高周波加熱を行った例を示したが、本発明はこれに限られない。たとえば、高密度エネルギー加熱として、高周波加熱の代わりに、レーザ照射または電子ビーム照射を行うことにより、加工材を加熱してもよい。
【0147】
また、上記第1および第2実施形態では、高周波焼入れ処理において、加工材の全体を加熱した例を示したが、本発明はこれに限られない。少なくとも表層および表層よりも内側の層において、高周波焼入れ処理が行われていればよい。この際、高密度エネルギー加熱を行うことにより、表層および表層よりも内側の層に対応する部分のみを集中的に加熱してAcm変態点以上に昇温させることが可能である。具体的には、上記第1実施形態においては、歯車部品の歯が形成されている側にのみ焼入れ処理を行ってもよいし、内周面のみに焼入れ処理を行ってもよい。また、上記第2実施形態においては、転動面にのみ焼入れ処理を行ってもよい。
【0148】
また、上記第1および第2実施形態では、高周波焼入れ処理において、加工材を約25℃の水を冷媒として用いて急冷した(臨界冷却速度以上の冷却速度で冷却した)例を示したが、本発明はこれに限られない。たとえば、高周波焼入れ処理において、水以外の冷媒で急冷してもよい。具体的には、添加材を加えた水や油で加工材を急冷してもよい。
【0149】
また、上記第1および第2実施形態では、砥石により加工材の外周面を研磨して鏡面仕上げを行った例を示したが、本発明はこれに限られない。たとえば、砥石とは別の研磨装置を用いて研磨して鏡面仕上げを行ってもよい。具体的には、バレル研磨、化学研磨、および、研磨材を噴射することによる研磨などにより、加工材の外周面を研磨して鏡面仕上げを行ってもよい。
【0150】
また、上記第2実施例では、素材鋼を10種用いた例を示したが、本発明はこれに限られない。素材鋼は、実施例に記載した化学成分を含有する素材鋼に限られず、実施形態に記載した化学成分の範囲内の素材鋼であればよい。
【0151】
また、上記第1および第2実施形態では、高周波焼入れ処理後で、かつ、ショットピーニング処理(力学的エネルギーを加える処理)前に、加工材を焼き戻す例を示したが、本発明はこれに限られない。たとえば、力学的エネルギーを加える処理の後に加工材(鋼部品)を焼き戻してもよいし、力学的エネルギーを加える処理の前に加工材(鋼部品)を焼き戻した後、力学的エネルギーを加える処理の後に再度加工材(鋼部品)を焼き戻してもよい。また、加工材に対して焼戻しを行わずに、高周波焼入れ処理および力学的エネルギーを加える処理のみを行ってもよい。
【0152】
また、上記第2実施形態では、軸部材の軸方向端面部にショットピーニング処理を行わない例を示したが、本発明はこれに限られない。軸部材の転動面だけでなく軸方向端面部にも、ショットピーニング処理を行ってもよい。この場合、軸方向端面部には、転動面と同様の層構造が形成され、軸方向端面部における疲労強度が大きくなるとともに耐摩耗性が向上する。
【0153】
また、上記第2実施形態の構成において、軸部材の軸方向端面部に対して切削加工を行うことによって、端面部表層およびその内側の層からなる端面部側層の一部または全部を除去してもよい。これにより、切削後の軸方向端面部の表面の硬さを、切削前の軸方向端面部の表面の硬さよりも小さくすることで、軸方向端面部において、軸部材を他の部材に固定するためのかしめ加工やレーザ溶接などをより容易に行うことが可能である。