特許第6605139号(P6605139)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6605139高強度かつ高靭性のステンレススチールおよびその加工方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6605139
(24)【登録日】2019年10月25日
(45)【発行日】2019年11月13日
(54)【発明の名称】高強度かつ高靭性のステンレススチールおよびその加工方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20191031BHJP
   C22C 38/58 20060101ALI20191031BHJP
   C21D 8/02 20060101ALI20191031BHJP
【FI】
   C22C38/00 302Z
   C22C38/58
   C21D8/02 D
【請求項の数】7
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2018-522630(P2018-522630)
(86)(22)【出願日】2017年6月5日
(65)【公表番号】特表2018-538438(P2018-538438A)
(43)【公表日】2018年12月27日
(86)【国際出願番号】CN2017087156
(87)【国際公開番号】WO2017215478
(87)【国際公開日】20171221
【審査請求日】2018年4月29日
(31)【優先権主張番号】201610437107.1
(32)【優先日】2016年6月17日
(33)【優先権主張国】CN
【早期審査対象出願】
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】515006157
【氏名又は名称】浙江大学
【氏名又は名称原語表記】Zhejiang University
(74)【代理人】
【識別番号】100205936
【弁理士】
【氏名又は名称】崔 海龍
(72)【発明者】
【氏名】劉 嘉斌
(72)【発明者】
【氏名】王 宏涛
(72)【発明者】
【氏名】方 攸同
【審査官】 河野 一夫
(56)【参考文献】
【文献】 特開2011−202237(JP,A)
【文献】 特開2007−146233(JP,A)
【文献】 特開平04−036441(JP,A)
【文献】 特開平06−207250(JP,A)
【文献】 特開2000−129401(JP,A)
【文献】 中国特許出願公開第101311291(CN,A)
【文献】 中国特許出願公開第102199734(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00 − 38/60
C21D 8/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ステンレススチールであって、
(1)前記ステンレススチールは、質量百分率が0.01%〜0.1%のC、0.05%〜0.2%のN、0.03%以下のP、0.003%以下のS、0.5%〜1%のSi、1.0%〜2.0%のMn、15%〜17%のCrおよび5%〜7%のNiを含有し、残りはFeであり、
(2)前記ステンレススチールはオーステナイトおよび歪み誘起マルテンサイト組織を含み、歪み誘起マルテンサイト組織拡散分布され、紡錘形の形状を有しており、その長軸の平均寸法は50〜1000nmであり、短軸の平均寸法は20〜500nmであり、歪み誘起マルテンサイト組織のステンレススチールにおける体積百分率は1%〜20%であり、歪み誘起マルテンサイト組織とオーステナイト組織とのインターフェースには元素偏析層が存在し、該偏析層の厚さは1〜20nmであり、層内におけるNi、Mn、N、Si元素のモル含有量はそれぞれ各元素のステンレススチールにおける平均モル含有量の1.2〜3倍である、
ことを特徴とするステンレススチール。
【請求項2】
請求項1に記載のステンレススチールの加工方法であって、
オーステナイト系ステンレススチールの原料を固溶化処理し、冷却して試料を取得し、原料の化学元素の組成は、質量百分率が0.01%〜0.1%のC、0.05%〜0.2%のN、0.03%以下のP、0.003%以下のS、0.5%〜1%のSi、1.0%〜2.0%のMn、15%〜17%のCrおよび5%〜7%のNiであり、残りがFeであるステップ(a)と、
試料を室温において一定の程度に変形させ、変形過程は、マルチパスの小さい変形において変形量を徐々に増やす方式によって行い、各パスの変形量は0.01〜0.1であり、累積変形量0.3以下であるステップ(b)と、
ステップ(b)により処理された試料をアニーリング処理し、冷却してステンレススチールを取得し、ここで、アニーリング温度は50〜550℃であり、アニーリング時間は10min〜100hであるステップ(c)と、
を含む、ことを特徴とするステンレススチールの加工方法。
【請求項3】
前記ステンレススチールの加工方法はステップ(a)〜(c)で構成されている、
ことを特徴とする請求項2に記載のステンレススチールの加工方法。
【請求項4】
ステップ(a)において、固溶化処理の温度は1050℃〜1150℃であり、保温時間は1min〜2hである、ことを特徴とする請求項2または3に記載のステンレススチールの加工方法。
【請求項5】
ステップ(a)において、冷却方式は水焼入れまたは油焼入れである、ことを特徴とする請求項2または3に記載のステンレススチールの加工方法。
【請求項6】
ステップ(b)において、変形方式は圧延、スタンピング、鍛造または引抜きである、ことを特徴とする請求項2または3に記載のステンレススチールの加工方法。
【請求項7】
ステップ(c)において、加熱方式は炉加熱であり、冷却方式は炉冷却または空気冷却である、ことを特徴とする請求項2または3に記載のステンレススチールの加工方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は高強度かつ高靭性のステンレススチール材料およびその加工方法に関し、具体的には高降伏強度かつ高伸び率を有するステンレススチールおよびその加工方法に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車産業は国民経済の発展、技術の進歩および社会の現代化に影響を与える基幹産業であり、重要な地位を有し、我が国では、自動車産業の発展を加速化することを明確に提唱している。自動車産業の発展は鉄鋼材料と密接に関連し、自動車製造業は薄鋼板の最大のユーザであり、燃料消費量を削減し、エネルギーを節約するために、自動車は軽型化の方向へ進まなければならない。このため、自動車用鋼板に対する要求は益々高くなっている。
【0003】
FAWアウディA6、上海フォルクスワーゲンB5、上海通用のBuickセダンおよび一部のファミリーカー等は、高強度、亜鉛めっき鋼板およびレーザー溶接鋼板等を大量に採用している。フォルクスワーゲンシリーズセダン用鋼板はドイツ規格を採用しており、種類は溶融亜鉛めっき、電気亜鉛めっきおよび高強度鋼板などに関わり、最大1800mmの幅に達し、最大4mmの厚さに達している。シトロエンセダン用鋼板はフランス規格を採用し、主に溶融亜鉛めっきであり、シャレードセダン用鋼板は日本規格を採用し、主に合金化溶融亜鉛めっきであり、チェロキージープ用鋼板はアメリカ規格を採用し、溶融亜鉛めっきおよび合金化溶融亜鉛めっきを併用している。
【0004】
熱間圧延された高強度鋼板はフレームなどの大きな応力を受ける部品、様々な車種のサイドメンバーおよびクロスメンバーなどに多く用いられ、このような鋼板は貨物自動車における使用量が大きく、貨物自動車用熱間圧延鋼板の総量の約60%〜70%占める。このため、高い強度が要求されるだけでなく、優れた成形性も要求されている。一般的な自動車用熱間圧延鋼板の最高強度は500MPaであり、Nb、Tiなどの低合金元素を添加することによってその強度を向上させているが、成形性に影響を与えているため、その応用が制限されている。現在、強度レベルを向上させるために、二相鋼およびTRIPスチールが開発されている。
【0005】
二相鋼(高強度鋼) フェライト−マルテンサイト複合組織鋼板の特徴は、微細フェライトマトリックスに約15%の硬質相が分布され、かつ原子固溶化によりさらに強化されていることである。その生産プロセスは、鋼板を圧延する際、フェライトおよびオーステナイトの二相領域にしばらく滞留し、大量のフェライト相が析出し、残留したオーステナイト相のC濃度が増加し、その後、急速冷却方法を用いてオーステナイト組織をマルテンサイト組織に変換させることである。スチール内は主にフェライト相であって、約80%〜90%であるため、その総伸び率は高く、同時に、オーステナイトからマルテンサイトに変換する際に体積が膨張して周辺部分が転位されるため、降伏強度を低減し、良好な成形性を備え、フェライト−マルテンサイト複合組織鋼板の引張強度は550〜650MPaであり、新しく開発されたマルテンサイト複合組織の熱間圧延鋼板の最高強度は780MPaであり、伸び率は21%である。
【0006】
TRIPスチール(高強度鋼) 成形性の制限により、二相鋼は800MPaの強度レベルに達することができない。より高い強度の需要を満たし、強度と可塑性との矛盾を解決するために変態誘起塑性鋼が開発され、TRIPスチールと略称する。TRIPスチールは高伸び性かつ高強度鋼板の期待の星として登場している。TRIPスチールの成分は主にC−Mn−Si合金系であり、その成分の特徴は、炭素の含有量が低く、合金化の度合いが低く、鋼質が純粋のことである。その生産プロセスは、熱間圧延する際、二相領域クリティカルアニーリングおよびベイナイト変換領域保温の熱処理プロセスを採用し、フェライト、ベイナイトおよび約10%の残留オーステナイトの三相組織を有し、10%の残留オーステナイトを有する熱間圧延鋼板は加工成形する際に、残留オーステナイトがマルテンサイト組織に徐々に変換し、硬化によって局所変形を克服し、総伸び率を向上させる。高強度はマルテンサイト、ベイナイトおよび合金元素固溶強化の共通の寄与から由来する。TRIPスチールの性能変化の範囲は、降伏強度が340MPa〜860MPaであり、引張強度が610MPa10〜80MPaであり、伸び率が22%〜37%である。
【0007】
自動車の軽量化および安全性能要求のさらなる向上に伴い、自動車用高強度鋼、特にバンパー用鋼に対して、より高い靭性が要求されている。一般的には、鋼板が1000MPa以上の降伏強度および30%以上の伸び率を有するように要求されている。このような高性能指標は上記二相鋼およびTRIPのいずれも達成不可能な性能レベルである。このため、新型で先進的な高強度かつ高靭性スチールの開発を切実に必要としている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、高強度かつ高靭性のステンレススチールおよびその加工方法を提供することによって、従来材料の加工技術に固有する強度と可塑性とのトレードオフの矛盾を解決することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記技術的課題を解決するために、発明者は様々な研究を行った結果、3XX系ステンレススチールにおいて、所定の母材の基本成分を除き、さらに組織および加工条件を限定する必要があり、拡散分布されたナノマルテンサイトおよびインターフェース元素の偏析によるマルテンサイト失活効果を利用して高強度かつ高靭性の総合的な性能を実現することを見出した。
【0010】
本発明に用いられた技術的課題の解決手段は、以下のとおりである。
本発明に係るステンレススチールは、
(1)前記ステンレススチールは重量百分率が0.01%〜0.1%のC、0.05%〜0.2%のN、0.03%以下のP、0.003%以下のS、0.5%〜1%のSi、1.0%〜2.0%のMn、15%〜17%のCrおよび5%〜7%のNiを含有し、残りがFeであり、各化学成分において、PおよびSは不純物であり、
(2)前記ステンレススチールはオーステナイトおよび歪み誘起マルテンサイト組織を含み、マルテンサイトは不規則な紡錘体に近似する形状であり、その長軸の平均寸法は50〜1000nmであり、短軸の平均寸法は20〜500nmであり、マルテンサイトのステンレススチールにおける体積百分率は1%〜20%であり、マルテンサイトとオーステナイトとのインターフェースには元素偏析層が存在し、該偏析層の厚さは1〜20nmであり、層内におけるNi、Mn、N、Si元素の含有量はそれぞれ各元素のステンレススチールにおける平均含有量の1.2〜3倍である、
との特徴を有する。
【0011】
本発明に係る上記ステンレススチールの加工方法は、
化学元素の組成が要求を満たしている原料を固溶化処理し、冷却して試料を取得し、原料の化学元素の組成は、重量百分率が0.01%〜0.1%のC、0.05%〜0.2%のN、0.03%以下のP、0.003%以下のS、0.5%〜1%のSi、1.0%〜2.0%のMn、15%〜17%のCrおよび5%〜7%のNiであり、残りがFeであるステップ(a)と、
試料を室温において一定の程度変形させ、変形過程はマルチパスの小さい変形(through multi−pass small deformation)において変形量を徐々に増やす方式によって行い、各パスの断面収縮率の増加量は0.01〜0.1であり、累積総断面収縮率は下の式(1)を満たし、
1−exp{−β[1−exp(−αε)]}<0.3 (1)
εは断面収縮率であり、αは積層欠陥エネルギー(SFE)に関連するパラメータであり、関連する積層欠陥エネルギーのαに対応するデータを調べることによってαが得られ、βは該試料のマルテンサイト相変態化学的駆動エネルギーに関連するパラメータであり、化学的駆動エネルギーのβに対応するデータを調べることによってβを求めることができ、nは前指数因子であり、一般的には2を取るステップ(b)と、
ステップ(b)により処理された試料をアニーリング処理し、冷却してステンレススチールを取得し、ここで、アニーリング温度は50〜550℃であり、アニーリング時間は10min〜100hであるステップ(c)と、
を含む。
【0012】
ステップ(a)において、高強度を取得し、オーステナイト領域を拡大するために、原料にCおよびN元素を添加しているが、Cの含有量が0.1%を超える場合またはNの含有量が0.2%を超える場合、粒界にCr炭化物が析出して、鋼材の可塑性を低下させるため、その上限をそれぞれ0.1%および0.2%に定める。室温において該ステンレススチールに歪み誘起マルテンサイト効果を持たせるために、原料にCrおよびNi元素を添加しているが、CrおよびNi元素を過剰に添加する場合、材料の積層欠陥エネルギーが高過ぎて室温においてマルテンサイト相変態が発生することができず、添加が少なすぎると、材料が冷却過程においてマルテンサイトに相変態することが早すぎてしまうため、CrおよびNi元素の含有量をそれぞれ15%〜17%および5%〜7%に限定する。
【0013】
さらに、ステップ(a)において、固溶化処理の温度は1050℃〜1150℃であり、保温時間は1min〜2hであり、冷却方式は水焼入れまたは油焼入れである。
【0014】
本発明は高強度を取得し、前述の歪み誘起マルテンサイト効果を利用するために、ステップ(b)では室温において試料に対して一定の程度の加工変形を行なうことにより、一部のオーステナイトをマルテンサイトに変換させる。マルテンサイトの含有量が少な過ぎると、強化効果が顕著でないが、マルテンサイトの含有量が高過ぎると、可塑性に深刻な影響を与えるため、マルテンサイトの含有量を1%〜20%にコントロールする。マルテンサイトの強化作用を効果的に発揮させるために、マルチパスの小さい変形の変形方式によって、発生した歪み誘起マルテンサイトを不規則な紡錘体に近似する形状にし、その長軸の平均寸法は50〜1000nmであり、短軸の平均寸法は20〜500nmである。さらに、ステップ(b)において、変形方式は圧延、スタンピング、鍛造または引抜きである。ここで、積層欠陥エネルギーおよび相変態駆動エネルギーは、いずれも材料の化学成分により決定され、材料の化学成分が決定された場合、その対応する積層欠陥エネルギーおよび相変態駆動エネルギーも決定される。積層欠陥エネルギーは、下の式(2)によって算出することができる。
SFE=−53+6.2(%Ni)+0.7(%Cr)+3.2(%Mn)+9.3(%Mo) (2)
式(2)において、%Ni、%Cr、%Mnおよび%Moはこれらの元素のステンレススチールにおけるそれぞれの重量百分率を表す。
【0015】
本発明のステップ(c)では、可塑性を低下させない条件において、さらに降伏強度を向上させるために、ステップ(b)によるマルチパスの小さい変形後の試料に対し、長時間の低温アニーリングを行う。Ni、Mn、SiおよびNがオーステナイト拡張元素であるため、それらのマルテンサイトにおけるエネルギーはオーステナイトにおけるエネルギーよりも高く、マルテンサイトからオーステナイトへ拡散する傾向がある。本発明の50〜550℃における10min〜100hのアニーリング処理によって、上記元素を拡散させ、マルテンサイトとオーステナイトとのインターフェースに集中させてインターフェース偏析領域を生成し、該偏析領域の生成は、マルテンサイト周りがより安定したオーステナイトに囲まれて拘束され、後続の変形において継続して生長することができずに不活性化し、それにより試料を変形過程において改めて転位運動、堆積によってマルテンサイトの核形成を誘起しなければならないようにする。さらに、ステップ(c)において、加熱方式は炉加熱であり、冷却方式は炉冷却または空冷である。
【0016】
本発明の好ましい前記ステンレススチールの加工方法は、ステップ(a)〜(c)で構成されている。
【発明の効果】
【0017】
本発明の室温における変形により製造されたステンレススチールの降伏強度は600MPa以上に達し、伸び率は30%に達し、後続のアニーリングによって試料の降伏強度は1000MPa以上に向上し、伸び率は30%以上に維持される。したがって、本発明により製造されるステンレススチールは、高強度かつ高靭性を備えているだけでなく、従来材料の加工技術に固有する強度と可塑性とのトレードオフの矛盾を回避している。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1】本発明の実施例1に係る工学的応力歪み曲線であり、図において、1は室温における加工変形により得られた試料であり、2は室温における加工後、さらに長時間の低温アニーリングにより得られた試料である。
図2】本発明におけるX線のスペクトル線であり、図において、1は実施例1の室温における加工変形により得られた試料であり、2は実施例17の室温における加工変形により得られた試料である。
図3】本発明の実施例3に係る室温における加工変形により得られた試料の透過型電子顕微鏡の中心暗視野の写真であり、写真における白くて明るい領域はマルテンサイトである。
図4a】本発明の実施例1に係る室温における変形かつ低温熱処理後に得られた試料の3次元アトムプローブ結果のインターフェース元素の偏析領域分布図である。
図4b】本発明の実施例1に係る室温における変形かつ低温熱処理後に得られた試料の3次元アトムプローブ結果のマトリックスおよびインターフェースにおけるCr、Ni、Mn、SiおよびN元素の分布曲線である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、具体的な実施例によって、本発明の技術的課題の解決手段についてさらに説明するが、本発明の保護範囲はこれらに限定されない。
【0020】
(実施例1)
重量百分率が0.01%のC、0.2%のN、0.03%のP、0.003%のS、0.5%のSi、1.0%のMn、15%のCrおよび5%のNiを含有し、残りがFeであるスチールに対し、1050℃で2h保温した後、水焼入れする。得られた試料を室温においてマルチパス圧延変形させるが、各パスの圧延変形量は0.05であり、累積総変形量は0.2である。その後、得られた試料を450℃で24h保温し、空冷する。透過型電子顕微鏡を用いて、得られた試料内部のマルテンサイトの形状と寸法を観察し、X線回折で得られた試料のマルテンサイトの含有量を測定する。「GB/T228.1−2010 金属材料引張試験の第1部分:室温試験方法」に基づいて引張試験を行い、試料の降伏強度および伸び率を測定する。3次元アトムプローブを用いて、試料におけるマルテンサイト周りの成分を測定する。
【0021】
(実施例2)
用いられた材料成分は0.1%のC、0.2%のN、0.03%のP、0.003%のS、0.5%のSi、1.0%のMn、15%のCrおよび5%のNiで、残りはFeであり、その他の内容はいずれも実施例1と同様である。
【0022】
(実施例3)
用いられた材料成分は0.1%のC、0.05%のN、0.03%のP、0.003%のS、0.5%のSi、1.0%のMn、15%のCrおよび5%のNiで、残りはFeであり、その他の内容はいずれも実施例1と同様である。
【0023】
(実施例4)
用いられた材料成分は0.05%のC、0.1%のN、0.02%のP、0.001%のS、0.5%のSi、1.0%のMn、15%のCrおよび5%のNiで、残りはFeであり、その他の内容はいずれも実施例1と同様である。
【0024】
(実施例5)
用いられた材料成分は0.05%のC、0.15%のN、0.02%のP、0.001%のS、1%のSi、2.0%のMn、15%のCrおよび5%のNiで、残りはFeであり、その他の内容はいずれも実施例1と同様である。
【0025】
(実施例6)
用いられた材料成分は0.05%のC、0.15%のN、0.02%のP、0.001%のS、0.5%のSi、1.0%のMn、17%のCrおよび5%のNiで、残りはFeであり、その他の内容はいずれも実施例1と同様である。
【0026】
(実施例7)
用いられた材料成分は0.05%のC、0.15%のN、0.02%のP、0.001%のS、0.5%のSi、1.0%のMn、15%のCrおよび7%のNiで、残りはFeであり、その他の内容はいずれも実施例1と同様である。
【0027】
(実施例8)
用いられた材料成分は0.05%のC、0.15%のN、0.01%のP、0.001%のS、0.8%のSi、1.5%のMn、16%のCrおよび6%のNiで、残りはFeであり、その他の内容はいずれも実施例1と同様である。
【0028】
(実施例9)
用いられた固溶化の温度は1150℃であり、時間は1minであり、冷却方式は水焼入れであり、その他の内容はいずれも実施例1と同様である。
【0029】
(実施例10)
用いられた固溶化の温度は1100℃であり、時間は30minであり、冷却方式は油焼入れであり、その他の内容はいずれも実施例1と同様である。
【0030】
(実施例11)
用いられた室温における変形方式は圧延ではなく、スタンピングであり、その他の内容はいずれも実施例1と同様である。
【0031】
(実施例12)
用いられた室温における変形方式は圧延ではなく、鍛造であり、その他の内容はいずれも実施例1と同様である。
【0032】
(実施例13)
用いられた室温における変形方式は圧延ではなく、引抜きであり、その他の内容はいずれも実施例1と同様である。
【0033】
(実施例14)
用いられた室温における圧延パスの変形量は0.01であり、その他の内容はいずれも実施例1と同様である。
【0034】
(実施例15)
用いられた室温における圧延パスの変形量は0.1であり、累積変形量は0.3であり、その他の内容はいずれも実施例1と同様である。
【0035】
(実施例16)
用いられた室温における圧延の累積変形量は0.15であり、その他の内容はいずれも実施例1と同様である。
【0036】
(実施例17)
用いられた室温における圧延パスの変形量は0.01であり、累積変形量は0.1であり、その他の内容はいずれも実施例1と同様である。
【0037】
(実施例18)
室温における圧延後に用いられたアニーリングプロセスは、550℃で行った10minのアニーリングであり、その他の内容はいずれも実施例1と同様である。
【0038】
(実施例19)
室温における圧延後に用いられたアニーリングプロセスは、50℃で行った100hのアニーリングであり、その他の内容はいずれも実施例1と同様である。
【0039】
(実施例20)
室温における圧延後に用いられたアニーリングプロセスは、150℃で行った50hのアニーリングであり、その他の内容はいずれも実施例1と同様である。
【0040】
(比較例1)
用いられた材料成分は0.2%のC、0.25%のN、0.03%のP、0.003%のS、0.5%のSi、1.0%のMn、15%のCrおよび5%のNiで、残りはFeであり、その他の内容はいずれも実施例1と同様である。
【0041】
(比較例2)
用いられた材料成分は0.05%のC、0.1%のN、0.03%のP、0.003%のS、0.5%のSi、1.0%のMn、20%のCrおよび5%のNiで、残りはFeであり、その他の内容はいずれも実施例1と同様である。
【0042】
(比較例3)
用いられた材料成分は0.05%のC、0.1%のN、0.03%のP、0.003%のS、0.5%のSi、1.0%のMn、17%のCrおよび9%のNiで、残りはFeであり、その他の内容はいずれも実施例1と同様である。
【0043】
(比較例4)
用いられた材料成分は0.05%のC、0.1%のN、0.03%のP、0.003%のS、0.5%のSi、1.0%のMn、13%のCrおよび5%のNiで、残りはFeであり、その他の内容はいずれも実施例1と同様である。
【0044】
(比較例5)
用いられた材料成分は0.05%のC、0.1%のN、0.03%のP、0.003%のS、0.5%のSi、1.0%のMn、17%のCrおよび3%のNiで、残りはFeであり、その他の内容はいずれも実施例1と同様である。
【0045】
(比較例6)
用いられた室温における圧延の各パスの変形量は0.2であり、その他の内容はいずれも実施例1と同様である。
【0046】
(比較例7)
用いられた室温における圧延の累積変形量は0.5であり、その他の内容はいずれも実施例1と同様である。
【0047】
(比較例8)
室温における圧延後に用いられたアニーリングプロセスは、650℃で行った24hのアニーリングであり、その他の内容はいずれも実施例1と同様である。
【0048】
(比較例9)
室温における圧延後に用いられたアニーリングプロセスは、250℃で行った5minのアニーリングであり、その他の内容はいずれも実施例1と同様である。
【0049】
上記実施例の結果は表1および表2に示すとおりである。
表1は上記実施例において、長時間の低温アニーリングにより得られた試料のマルテンサイトの含有量および寸法である。
【表1】
【0050】
表2は上記実施例において、室温における変形により得られた試料および長時間の低温アニーリングにより得られた試料の降伏強度および伸び率である。
【表2】
【0051】
表3は上記実施例において、長時間の低温アニーリングにより得られた試料の3次元アトムプローブ試験によって得られた元素の含有量である。
【表3】
【0052】
分析結果は以下のとおりである。
実施例1〜8は成分のマルテンサイトの形態、含有量および寸法に対する影響作用を考察した例である。実施例1〜8はいずれも含有量が1%〜20%であり、長軸が100〜1000nmであり、短軸が20〜500nmである紡錘体のマルテンサイトを取得している。一方で、比較例1はCおよびNの含有量が高過ぎるため、大量のCr化合物が生成し、比較例2はCrの含有量が高過ぎるため、フェライト領域を拡大させ、オーステナイト領域を小さ過ぎるようにさせ、マルテンサイトの含有量が高く、かつ互いに接続されてブロック状のマルテンサイトを形成するようにさせてしまい、比較例3はNiの含有量が高過ぎるため、オーステナイト領域を顕著に拡大させ、かつオーステナイトが安定し過ぎるため、室温における加工変形段階で歪み誘起マルテンサイト効果が発生できず、組織内にマルテンサイトが無い。また、比較例4はCrの含有量が低過ぎるため、Niの含有量の高過ぎに相当し、よってオーステナイトが安定し過ぎて、室温における加工変形段階で歪み誘起マルテンサイト効果が発生できず、組織内にマルテンサイトが無い。なお、比較例5はNiの含有量が低過ぎるため、オーステナイトが不安定し過ぎて、固溶化冷却過程において完全にマルテンサイト組織に変換される。以上の結果は、材料成分が本発明により開示された範囲を満たさない限り、合理的なマルテンサイトの含有量および寸法を得られないことを表明する。
【0053】
実施例1、9および10は固溶化処理方式の材料微細構造および性能に対する影響作用を考察した例である。水焼入れや油焼入れに関わらず、本発明に規定の保温温度および時間の範囲内であれば、いずれも理想的なマルテンサイト形態、含有量およびサイズの微細構造を得ることができ、低温熱処理後、強度が顕著に向上し、かつ伸び率を低下させない優れた力学的特性を示している。
【0054】
実施例1、11〜13は室温における変形方式の材料微細構造および性能に対する影響作用を考察した例である。圧延、押出、鍛造または引抜きに関わらず、いずれも理想的なマルテンサイト形態、含有量およびサイズの微細構造を得ることができ、低温熱処理後、強度が顕著に向上し、かつ伸び率を低下させない優れた力学的特性を示している。
【0055】
実施例1、14〜17は室温におけるパスの変形量および累積変形量の材料微細構造および性能に対する影響作用を考察した例である。本発明により限定されたパスの変形量の範囲および累積変形量の範囲内であれば、いずれも理想的なマルテンサイト形態、含有量およびサイズの微細構造を得ることができ、低温熱処理後、強度が顕著に向上し、かつ伸び率を低下させない優れた力学的特性を示している。実施例1および実施例14から分かるように、パスの変形量が小さいほど、得られるマルテンサイトの寸法が小さく、強化効果が相対的に顕著である。パスの変形量が限定された範囲を超える場合、例えば比較例6の場合、低温処理後、強度が顕著に向上し、かつ伸び率を低下させないという効果を実現することができない。実施例1および実施例15から分かるように、限定された範囲内の累積変形量が大きいほど、マルテンサイトの含有量が高く、強化効果も顕著であり、低温アニーリング後、伸び率が低下しない特性を維持することができる。累積変形量が制限を超える場合、例えば比較例7の場合、マルテンサイトの含有量が高く、強化が顕著であるが、伸び率が低く、高強度かつ高靭性の目的を達成することができない。
【0056】
実施例1、18〜20は室温における変形後、アニーリング温度および時間の材料微細構造および性能に対する影響作用を考察した例である。本発明により限定されたアニーリング温度範囲および時間範囲内であれば、いずれも理想的なマルテンサイト形態、含有量および寸法の微細構造を得ることができ、低温熱処理後、強度が顕著に向上し、かつ伸び率を低下させない優れた力学的特性を示している。アニーリング温度が限定された範囲を超える場合、例えば比較例8の場合、マルテンサイトがオーステナイトに逆相変態し、Cr化合物を生成し、材料特性を深刻に劣化させる。アニーリング時間が短過ぎる場合、例えば比較例9の場合、合金元素は拡散および集中される時間がない。表3に示すように、明らかな元素の偏析層が生成されておらず、強度が顕著に向上し、伸び率を低下させない効果を実現することができない。
図1
図2
図3
図4a
図4b