特許第6605463号(P6605463)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6605463
(24)【登録日】2019年10月25日
(45)【発行日】2019年11月13日
(54)【発明の名称】可変容量斜板式圧縮機
(51)【国際特許分類】
   F04B 27/12 20060101AFI20191031BHJP
【FI】
   F04B27/12 Q
【請求項の数】7
【全頁数】16
(21)【出願番号】特願2016-529671(P2016-529671)
(86)(22)【出願日】2015年6月26日
(86)【国際出願番号】JP2015068456
(87)【国際公開番号】WO2015199207
(87)【国際公開日】20151230
【審査請求日】2018年5月18日
(31)【優先権主張番号】特願2014-133192(P2014-133192)
(32)【優先日】2014年6月27日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】500309126
【氏名又は名称】株式会社ヴァレオジャパン
(72)【発明者】
【氏名】寺屋 孝則
(72)【発明者】
【氏名】坂元 克己
(72)【発明者】
【氏名】渡邉 和人
(72)【発明者】
【氏名】河野 雅行
【審査官】 松浦 久夫
(56)【参考文献】
【文献】 特開2003−343440(JP,A)
【文献】 特開2002−031043(JP,A)
【文献】 特開2007−162561(JP,A)
【文献】 特開2009−209739(JP,A)
【文献】 特開2003−097423(JP,A)
【文献】 米国特許出願公開第2003/0086791(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F04B 27/12
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数のシリンダボアが形成されたシリンダブロックと、
このシリンダブロックのフロント側に組み付けられてクランク室を画成するフロントハウジングと、
前記シリンダブロックのリア側に取り付けられ、吸入室および吐出室が形成されたリアハウジングと、
前記シリンダブロックの各シリンダボア内に往復動可能に配設されたピストンと、
前記フロントハウジングと前記シリンダブロックとにより回転自在に支持されたシャフトと、
前記シャフトと一体に回転し、前記シャフトに対して傾斜角が可変に取り付けられた斜板と、
前記斜板の周縁部分と前記ピストンとの間に摺動可能に介在し、前記斜板の回転運動を前記ピストンの往復運動に変換するシューと、
を備え、
前記クランク室内の圧力を制御して前記斜板の前記シャフトに対する傾斜角を制御するために、前記吐出室と前記クランク室とを連通する給気通路、及び、前記クランク室と前記吸入室とを連通する抽気通路を有し、
前記抽気通路の一部を前記シャフトに形成されたオイル分離通路で構成し、このオイル分離通路を、前記シャフトの後端から前端に向かって軸方向に延設された軸孔、及び、径方向に延設されて前記軸孔に連通すると共に前記クランク室に開口する側孔を有して構成されている可変容量斜板式圧縮機において、
前記給気通路は、前記シリンダブロックに形成された通孔を有し、この通孔を前記斜板と対峙する部位に開口して構成されており、
さらに前記抽気通路とは別に、前記クランク室と前記吸入室とを常時連通するバイパス通路を具備し、
前記バイパス通路の前記クランク室と連通する部位は、前記斜板の回転軌跡より径方向外側に位置しており、
前記バイパス通路は、前記シリンダブロックと前記ハウジングとを軸方向で締結するボルトを挿通させるために前記シリンダブロックに形成されたボルト孔の一部又は全部を利用して前記クランク室に連通していることを特徴とする可変容量斜板式圧縮機。
【請求項2】
前記シリンダブロックと前記リアハウジングの間にはバルブプレートが設けられており、前記抽気通路と前記バイパス通路は、それぞれ吸入室に連通する部位に前記バルブプレートに形成されたオリフィス孔を含むことを特徴とする請求項1記載の可変容量斜板式圧縮機。
【請求項3】
前記バイパス通路は、前記ボルト孔とこのボルト孔の内周面に開口された連通路とを有して構成されることを特徴とする請求項1又は2のいずれかに記載の可変容量斜板式圧縮機。
【請求項4】
前記バイパス通路は、前記シリンダブロックのクランク室側の下部からシリンダボアの狭間を通って斜め上方に向けて穿設された第1の通路構成部と、前記シリンダブロックの前記クランク室と対峙する端面とは反対側の端面から前記シャフトと略平行に穿設され、前記第1の通路構成部と連通する第2の通路構成部を含むことを特徴とする請求項1乃至3のいずれかに記載の可変容量斜板式圧縮機。
【請求項5】
前記バイパス通路は、前記クランク室の下部に連通していることを特徴とする請求項1乃至4のいずれかに記載の可変容量斜板式圧縮機。
【請求項6】
前記バイパス通路は、前記シャフトを支持する孔の中心に対して真下の位置を0° とした場合に、前記クランク室との開口端が0°±10°の範囲に形成されていることを特徴とする請求項1乃至5のいずれかに記載の可変容量斜板式圧縮機。
【請求項7】
前記バイパス通路は、前記シャフトを支持する孔の中心に対して真下の位置を0°とした場合に、前記クランク室との開口端が45°±10°の範囲に形成されていることを特徴とする請求項1乃至5のいずれかに記載の可変容量斜板式圧縮機。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、シリンダブロックとこれに組み付けられるハウジングとによって画成されるクランク室内のオイルを適切に調節する構成を備えた可変容量斜板式圧縮機に関する。
【背景技術】
【0002】
この種の圧縮機は、複数のシリンダボアが形成されたシリンダブロックと、このシリンダブロックのフロント側に組み付けられてクランク室を画成するフロントハウジングと、シリンダブロックのリア側にバルブプレートを介して取り付けられ、吸入室および吐出室が形成されたリアハウジングと、を備え、シリンダブロックの各シリンダボア内に往復動可能にピストンを配設し、フロントハウジングとシリンダブロックとによりシャフトを回転自在に支持し、このシャフトに、これと一体に回転すると共に該シャフトに対する傾斜角が可変する斜板を設け、この斜板の周縁部分にシューを介して前記ピストンの係合部を係留させ、斜板の回転運動をシューを介してピストンの往復運動に変換させるようにしている。
【0003】
そして、吐出室とクランク室とを連通させる給気通路と、クランク室と吸入室とを連通させる抽気通路とを設け、例えば、給気通路に制御弁を配設し、この制御弁で吐出室からクランク室に流入する作動流体量を調節することでクランク室内の圧力を制御し、これによって斜板のシャフトに対する傾斜角を変更し、吐出量を制御するようにしている。また、給気通路を介して流入される作動流体中には、オイルが混在しているので、この作動流体をクランク室に供給することでクランク室にオイルが供給されるようになっている。
【0004】
この際、クランク室内に入る流体としては、吐出室から供給される給気ガスと、シリンダボアとピストンとの間のクリアランスから入るブローバイガスとがあり、また、クランク室から出ていく流体としては、抽気通路を介してリアハウジングに形成された吸入室へ出ていく抽気ガスがある。したがって、これらの流体の流れによって、クランク室内のオイル量(潤滑油の量)は、運転条件に応じて変動することになる。
【0005】
ところで、クランク室内のオイル量が少な過ぎると潤滑不良で斜板等の摺動部に焼き付きの恐れがある。そこで、従来においては、クランク室からオイルを持ち出さないようにするために(クランク室内にオイルを保持させるために)、クランク室内にオイルを分離する機能を持たせる等の工夫が検討されている。
【0006】
例えば、下記する特許文献1に示されるピストン型圧縮機においては、クランク室に流入した作動流体を吸入室に逃がすための抽気通路の一部をなす抽気孔をシャフトに形成し、このシャフトに形成された抽気孔を、シャフトの後端から前端側に向けて軸心に沿って設けた軸方向通路と、この軸方向通路と連通しクランク室に開放して抽気通路の入口部を構成する径方向通路とにより構成し、シャフトの回転により生ずる遠心力によって径方向通路から流入した作動流体からオイルを分離するようにしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2003−343440号公報
【特許文献2】特開2006−138231号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、クランク室から吸入室に作動流体を導く抽気通路の一部をシャフトに形成し、シャフトの回転により生ずる遠心力を利用してオイルを分離する構成を備えた可変容量斜板式圧縮機においては、回転数が大きくなるほどオイル分離機能も高まるため、クランク室にオイルが溜まり易くなる。クランク室内にオイルが溜まり過ぎると、粘性の高いオイルを斜板が攪拌することになり、斜板とオイルとのせん断摩擦による発熱で、クランク室内の温度が上昇する不都合がある。
【0009】
このような不都合に対処するため、従来においては、シリンダブロックのシリンダボア狭間部分にバイパス通路を設けてクランク室と吸入室とを連通し、このバイパス通路をOFF運転時(ピストンストロークが最小となるとき)にのみクランク室への連続した開口を可能とし、クランク室と吸入室との圧力差を利用して、クランク室に溜まり過ぎたオイルを吸入室に還流する構成も考えられている(特許文献2参照)。
【0010】
しかしながら、車両に搭載される可変容量型圧縮機は、機関の負荷が大きくなる高回転時においては、ピストンストロークを小さくして吐出量(冷房能力)を小さくし、逆に、アイドル運転時のような低回転時においては、ピストンストロークを大きくして吐出量(冷房能力)を大きくする制御が行われる。
【0011】
したがって、上述した特許文献2で示されるバイパス通路を設けた圧縮機によれば、ピストンストロークが大きくなる低回転時においては、バイパス通路がピストンにより塞がれた状態となりクランク室に常時連通しなくなるので、溜まったオイルを効果的に排出できなくなる。このため、斜板でクランク室内のオイルが攪拌され、クランク室の温度が高まる不都合がある。
【0012】
本発明は、係る事情に鑑みてなされたものであり、斜板へのオイル供給を確保しつつ、どのような運転状態においても過剰なオイルがクランク室に溜まることを防ぐことが可能な可変容量斜板式圧縮機を提供することを主たる課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記課題を達成するために、本発明に係る可変容量斜板式圧縮機は、複数のシリンダボアが形成されたシリンダブロックと、このシリンダブロックのフロント側に組み付けられてクランク室を画成するフロントハウジングと、前記シリンダブロックのリア側に取り付けられ、吸入室および吐出室が形成されたリアハウジングと、前記シリンダブロックの各シリンダボア内に往復動可能に配設されたピストンと、前記フロントハウジングと前記シリンダブロックとにより回転自在に支持されたシャフトと、前記シャフトと一体に回転し、前記シャフトに対して傾斜角が可変に取り付けられた斜板と、前記斜板の周縁部分と前記ピストンとの間に摺動可能に介在し、前記斜板の回転運動を前記ピストンの往復運動に変換するシューと、を備え、前記クランク室内の圧力を制御して前記斜板の前記シャフトに対する傾斜角を制御するために、前記吐出室と前記クランク室とを連通する給気通路、及び、前記クランク室と前記吸入室とを連通する抽気通路を有し、前記抽気通路の一部を前記シャフトに形成されたオイル分離通路で構成し、このオイル分離通路を、前記シャフトの後端から前端に向かって軸方向に延設された軸孔、及び、径方向に延設されて前記軸孔に連通すると共に前記クランク室に開口する側孔を有して構成されている圧縮機であって、前記給気通路は、前記シリンダブロックに形成された通孔を有し、この通孔を前記斜板と対峙する部位に開口して構成されており、さらに前記抽気通路とは別に、前記クランク室と前記吸入室とを常時連通するバイパス通路を具備し、前記バイパス通路の前記クランク室と連通する部位は、前記斜板の回転軌跡より径方向外側に位置しており、前記バイパス通路は、前記シリンダブロックと前記ハウジングとを軸方向で締結するボルトを挿通させるために前記シリンダブロックに形成されたボルト孔の一部又は全部を利用して前記クランク室に連通していることを特徴としている。
【0014】
したがって、給気通路のクランク室に臨む端部(給気通路の一部を構成するシリンダブロックに形成された通孔)が斜板と対峙するシリンダブロックの部位に開口しているので、給気通路を介して吐出室からクランク室へ供給されるオイル混じりの作動流体が斜板に向かって直接供給されることになる。これにより、斜板に対して潤沢なオイルの供給を確保することが可能となる。
【0015】
ところで、シャフトには、抽気通路の一部をなすオイル分離通路が形成され、シャフトの回転により生ずる遠心力によって側孔から流入する作動流体からオイルを分離するようにしているので、クランク室から吸入室に流出するオイルを少なくすることが可能となる。ところが、シャフトの高回転時においては、オイル分離通路によるオイルの遠心分離機能が高くなるので、クランク室に過剰なオイルが溜まりやすくなる。しかし、クランク室と吸入室とは、バイパス通路によっても常時連通しているので、クランク室と吸入室との圧力差によりクランク室内のオイルが排出されることになり、クランク室内の過剰なオイルの蓄積を防ぐことが可能となる。
【0016】
また、クランク室は、バイパス通路を介して吸入室に常時連通しているので、ピストンストロークの大きさに関わらず、バイパス通路を介してクランク室内のオイルを排出することが可能であり、クランク室の過剰なオイルの蓄積を防ぐことが可能となる。このため、いかなる運転状態においても、クランク室内のオイルが過剰に溜まっていることはなく、斜板によってオイルが攪拌されることがなくなり、クランク室の温度上昇を防ぐことが可能となる。
【0017】
ここで、前記バイパス通路の前記クランク室と連通する部位(シリンダブロックの連通路がクランク室と連通する部位)は、前記斜板の回転軌跡より径方向外側に位置していることが望ましい。
給気通路を介して供給されるオイルは、斜板に吹き付けられた後に、斜板の回転で径方向外側へ吹き飛ばされ、斜板の回転軌跡の外側に至るが、このようなオイルは、斜板の潤滑に供した後のオイルであり、そのまま排出しても斜板の潤滑を阻害することがない。仮に、斜板の回転軌跡の外縁より径方向内側でバイパス通路(連通路)がクランク室に連通していると、給気通路を介して斜板に吹き付けられるオイルが、斜板の潤滑に供する前もしくは供している途中でバイパス通路によって吸いよせられ吸入室へ排出されることになり、斜板の潤滑を損なう恐れがある。そこで、斜板の回転軌跡より径方向外側にバイパス通路を連通させることで、斜板の十分な潤滑を確保すると共に、斜板の潤滑に寄与していないオイルを排出してクランク室に過剰にオイルが溜まることを防ぐようにしている。
【0018】
さらに、前記バイパス通路(シリンダブロックの連通路)は、前記シリンダブロックと前記ハウジングとを軸方向で締結するボルトを挿通させるために前記シリンダブロックに形成されたボルト孔の一部又は全部を利用して前記クランク室に連通させるようにするとよい。
このような構成により、バイパス通路の入り口を形成するためにボルト孔の位置等を設計変更する必要がなくなり、また、バイパス通路の入り口がボルト孔の開口端周縁に形成されることにより(ボルトとボルト孔の内周面との間の隙間で形成されることにより)、クランク室内で撹拌された作動流体の乱れが抑えられ、安定してオイルを吸入室に逃がすことが可能になる。
【0019】
また、前記抽気通路は、シリンダブロックとリアハウジングの間に設けられたバルブプレートに形成されたオリフィス孔を介して前記オイル分離通路を前記吸入室に連通し、前記バイパス通路は、前記バルブプレートに形成された他のオリフィス孔を介して前記連通路を前記吸入室に連通することが望ましい。
オイル分離通路を介して吸入室に導かれる抽気ガスの流れとバイパス通路を介して吸入室に導かれるオイルの流れを独立させることで、一方の流れが他方の流れによって阻害される不都合がなくなり、また、各オリフィス孔の大きさを調節することで、抽気ガスの量やオイルの排出量を個別に適切な量に調節することが可能となる。
【0020】
ボルト孔の一部を利用する態様としては、バイパス通路を前記ボルト孔とこのボルト孔の内周面に開口された連通路とを有して構成するとよい。また、ボルト孔の全部を利用する態様としては、バイパス通路を前記ボルト孔とこのボルト孔の終端からシリンダグロックの端面に形成された溝とを有して構成するとよい。
【0021】
さらに、バイパス通路は、前記シリンダブロックのクランク室側の下部からシリンダボアの狭間を通って斜め上方に向けて穿設された第1の通路構成部と、前記シリンダブロックの前記クランク室と対峙する端面とは反対側の端面から前記シャフトと略平行に穿設され、前記第1の通路構成部と連通する第2の通路構成部とを含むように形成してもよい。
このような構成とすることで、バイパス通路(連通路)のクランク室に連通する側を斜板の回転軌跡より径方向外側に位置させ、その上でバルブプレートと対峙する側(吸入室と連通する側)を径方向の任意の位置に形成することが可能となる。
【0022】
クランク室内のオイルは斜板に吹き飛ばされることによってミスト状となるが、重力の影響によりクランク室の下部付近の方がよりオイル密度が濃い状態となる。そこでクランク室内のオイルを効果的に排出するためには、バイパス通路はクランク室の下部に連通していることが望ましい。
例えば、前記シャフトを支持する孔の中心に対して真下の位置を0°とした場合に、前記バイパス通路は、前記クランク室との開口端が0°±10°の範囲に形成されるものであっても、また、前記クランク室との開口端が45°±10°の範囲に形成されるものであってもよい。
【発明の効果】
【0023】
以上述べたように、本発明によれば、シャフトにオイル分離通路を形成し、このオイル分離通路を介してクランク室を吸入室に連通している可変容量型圧縮機において、給気通路を斜板と対峙するシリンダブロックの部位に開口させて、吐出室からクランク室へ導入されるオイル混じりの作動流体を斜板に供給可能とし、また、クランク室と吸入室とを常時連通するバイパス通路を設けて、クランク室内のオイルを排出できるようにしたので、斜板に対する潤滑を確保しつつ、運転条件に拘らずクランク室の過剰なオイル溜まりを防ぐことが可能となり、オイルの撹拌によるクランク室の温度上昇を防ぐことが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
図1図1は、本発明に係る圧縮機の構成例を示す断面図である。
図2図2(a)は、シリンダブロックのクランク室に臨む端面を示す図であり、図2(b)は、シリンダブロックのバルブプレートに臨む端面を示す図である。
図3図3は、バイパス通路とその形成法を示す図であり、(a)はシリンダブロックのクランク室に臨む端面から見た図、(b)は側断面図である。
図4図4は、本発明に係る圧縮機のボルト孔の位置が異なる例が示されており、最下部のボルト孔を利用してバイパス通路が形成されている場合を示すもので、図4(a)は、シリンダブロックのクランク室に臨む端面を示す図であり、図4(b)は、シリンダブロックのバルブプレートに臨む端面を示す図である。
図5図5は、図4で示すボルト孔の配置を有する圧縮機において、最下部のボルト孔の隣のボルト孔を利用してバイパス通路が形成されている場合を示すもので、シリンダブロックのクランク室に臨む端面を示す図である。
図6図6は、図4で示すボルト孔の配置を有する圧縮機において、最下部のボルト孔の2つ隣のボルト孔を利用してバイパス通路が形成されている場合を示すもので、シリンダブロックのクランク室に臨む端面を示す図である。
図7図7は、高速運転時(高速高負荷運転時と高速低負荷運転時)での耐久試験と、液起動試験とを行なった結果を示すもので、(a)は、クランク室内の残油量について、従来例と実施例1〜3とを比較したグラフであり、(b)は、冷凍サイクル内のオイル循環率(OCR)について、従来例と実施例1〜3とを比較したグラフであり、(c)は、耐久試験中のクランク温度について、従来例と実施例1〜3とを比較したグラフであり、(d)は、液起動試験による圧縮機の起動時間について、従来例と実施例1〜3とを比較したグラフである。
図8図8は、本発明に係るバイパス通路の他の構成例を示す圧縮機の断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下、この発明の最良の実施形態を添付図面を参照しながら説明する。
【0026】
図1において、圧縮機は、シリンダブロック1と、このシリンダブロック1のフロント側を覆うように組付けられ、シリンダブロック1との間にクランク室2を画成するフロントハウジング3と、シリンダブロック1のリア側にバルブプレート4を介して組み付けられたリアハウジング5と、を有して構成されている。これらフロントハウジング3、シリンダブロック1、バルブプレート4、及び、リアハウジング5は、締結ボルト6により軸方向に締結されている。
【0027】
フロントハウジング3とシリンダブロック1とによって画設されるクランク室2には、前端がフロントハウジング3から突出するシャフト7が収容されている。このシャフト7のフロントハウジング3から突出した部分には、図示しない駆動プーリが設けられ、駆動プーリに与えられる回転動力をクラッチ板を介してシャフト7に伝達するようにしている。
【0028】
また、このシャフト7の前端側は、フロントハウジング3との間に設けられたシール部材10を介してフロントハウジング3との間が気密よく封じられると共にラジアル軸受11にて回転自在に支持されており、シャフト7の後端側は、シリンダブロック1の略中央に形成された収容孔12に収容されるラジアル軸受13を介して回転自在に支持されている。ここで、ラジアル軸受け11,13は、転がり軸受けであっても、プレーンベアリングであってもよい。
【0029】
シリンダブロック1には、図2に示されるように、前記ラジアル軸受13等が収容される前記収容孔12と、この収容孔12を中心とする円周上に等間隔に配された複数のシリンダボア14とが形成されており、それぞれのシリンダボア14には、ピストン20が往復摺動可能に挿入されている。
【0030】
前記シャフト7には、クランク室2内において、該シャフト7と一体に回転するスラストフランジ15が固定されている。このスラストフランジ15は、シャフト7に対して略垂直に形成されたフロントハウジング3の内壁面にスラスト軸受16を介して回転自在に支持されている。そして、このスラストフランジ15には、リンク部材17を介して斜板18が連結されている。
【0031】
斜板18は、シャフト7上に設けられたヒンジボール19を介して傾動可能に保持されているもので、スラストフランジ15の回転に同期して一体に回転するようになっている。これらスラストフランジ15とこれにリンク部材17を介して連結された斜板18とによって、シャフト7の回転に同期して回転する動力伝達機構が構成されている。
【0032】
前記ピストン20は、シリンダボア14内に挿入される頭部20aと、クランク室2に突出する係合部20bとを軸方向に接合して構成されているもので、係合部20bを一対のシュー21を介して斜板18の周縁部分に係留させている。
【0033】
したがって、シャフト7が回転すると、これに伴って斜板18が回転し、この斜板18の回転運動がシュー21を介してピストン20の往復直線運動に変換され、シリンダボア14内においてピストン20とバルブプレート4との間に画成された圧縮室25の容積が変更されることになる。
【0034】
リアハウジング5には、吸入室31とこの吸入室31の外側に形成された吐出室32とが形成され、バルブプレート4には、吸入室31と圧縮室25とを吸入弁(図示せず)を介して連通する吸入孔26と、吐出室32と圧縮室25とを吐出弁(図示せず)を介して連通する吐出孔27とが形成されている。
【0035】
そして、本構成例においては、リアハウジング5、バルブプレート4、及びシリンダブロック1に形成された通孔40a,40b,40cによって吐出室32とクランク室2とを連通する給気通路40が形成され、また、リアハウジング5には、給気通路40の途中に圧力制御弁42が配置されている。この圧力制御弁42の内部には弁機構(図示せず)が設けられており、この弁機構の開度を調節することにより、給気通路を通って吐出室32からクランク室2へ流入する冷媒流量が調節され、クランク室2の圧力が制御されるようになっている。
【0036】
この給気通路40は、クランク室2に臨む端部が前記斜板18と対峙するシリンダブロック1の端面、好ましくは、シュー21と摺動する斜板18の摺接部分のやや内側と対峙する部分に開口し、吐出室32から圧力制御弁42を介して送られる冷媒に混じるオイルを斜板18のシュー21との摺接面に供給するようにしている。
【0037】
また、シャフト7には、以下述べるオイル分離通路43が設けられ、このオイル分離通路43、シャフト7の後端とバルブプレート4の間の空間46、バルブプレート4に形成されたオリフィス孔44により、クランク室2と吸入室31とを連通する抽気通路45が形成されている。
シャフト7に形成されるオイル分離通路43は、シャフト7の軸心上に後端から前端に向かって中程まで形成される軸孔43aと、この軸孔43aに連通し、シャフト7の径方向に形成されてクランク室2に開口する側孔43bとにより構成され、シャフト7の回転により生ずる遠心力によって側孔43bから流入する作動流体からオイルを分離する機能を有している。
なお、クランク室2からシャフト7の後端とバルブプレート4の間の空間46までは、上記オイル分離通路43を経由して作動流体が流入するほか、ラジアル軸受け13が収容される収容孔12とシャフト7の間を経由した少量の作動流体の流入も許容している。
【0038】
さらに、本圧縮機においては、上記抽気通路45とは別に、クランク室2と吸入室31とを連通するバイパス通路50が形成されている。このバイパス通路50は、シリンダブロック1に形成される連通路51と、この連通路51に連通し、バルブプレート4に形成されたオリフィス孔52とを有して構成されている。
このバイパス通路の一部をなすオリフィス孔52は、上記抽気通路45の一部をなすオリフィス孔44に対して小さい面積(例えば50〜70%)に設定され、バイパス通路を経由して吸入室に排出される作動流体が過剰にならないようにしている。
【0039】
バイパス通路50のクランク室2と連通する部位(シリンダブロック1に形成された連通路51がクランク室2に連通する部位)は、斜板18の回転軌跡(図2において、一点鎖線で示す)より径方向外側に位置しているもので、この例では、バイパス通路50(連通路51)を最も下側に位置する締結ボルト6を挿通させるボルト孔53のクランク室2に開口する開口端近傍の内周壁に開口している。
なお、ここで言う「回転軌跡より径方向外側に位置している」とは、厳密に回転軌跡の外側に位置するものだけでなく、斜板の摺接部の潤滑に供した後のオイルを吸い出すのに適した位置を含む概念である。
【0040】
バイパス通路50の一部を構成する連通路51は、ボルト孔53の開口端近傍の内周壁に一端が開口し、この部位から隣り合うシリンダボア14の狭間を通過するようにリア側に向かって、且つ、シリンダブロックの中心軸に向かって(この例では、斜め上方に向かって)形成された第1の通路構成部51aと、シャフト7と略平行に形成され、一端部が第1の通路構成部51aと連結し、他端がシリンダブロック1のリア側端面に開口する第2の通路構成部51bとにより構成されている。
【0041】
ボルト孔53は、フロント側からリア側にかけて均一な径に形成されているものではなく、図3にも示されるように、リア側においては締結ボルト6とのクリアランスが小さく、この部分よりフロント側は相対的に径を大きくして締結ボルト6とのクリアランスが大きくなっている。第1の通路構成部51aは、このボルト孔53のクランク室2に開口する内径が相対的に大きい部分に開口されており、ボルト孔53の開口端からドリルαを斜め下方から挿入し、ボルト孔53の開口端近傍から隣り合うシリンダボアの狭間を斜め上方へ穿設して形成される。また、第2の通路構成部51bは、シリンダブロック1のオリフィス孔52と整合したリア側端面の位置から、ドリルβで、収容孔12の軸方向に穿設するか鋳造(鋳抜き)によって形成される。
【0042】
なお、第1の通路構成部51aは、第2の通路構成部51bよりも小径に形成され、製造上のバラツキが生じても、互いの通路構成部を連結できるようにしている。
【0043】
以上の構成において、駆動プーリに与えられる回転動力によりシャフト7が回転すると、斜板18が回転され、この斜板18の回転運動がシュー21を介してピストン20の往復直線運動に変換され、ピストン20がシリンダボア14内を往復動し始める。このピストン20の往復動により、シリンダボア14内においてピストン20とバルブプレート4との間に形成される圧縮室25の容積が変更され、吸入行程時においては、吸入弁によって開閉される吸入孔26を介して吸入室31から圧縮室25に作動流体を吸引し、圧縮行程時においては、吐出弁によって開閉される吐出孔27を介して圧縮された作動流体を圧縮室25から吐出室32に吐出するようにしている。
【0044】
圧縮機の吐出量は、ピストン20のストロークによって決定され、このストロークは、ピストン20の前面にかかる圧力、即ち圧縮室25の圧力と、ピストン20の背面にかかる圧力、即ちクランク室2内の圧力との差圧によって決定される。具体的には、クランク室2内の圧力を高くすれば、圧縮室25とクランク室2との差圧が小さくなるので、斜板18の傾斜角度(揺動角度)が小さくなり、このため、ピストン20のストロークが小さくなって吐出容量が小さくなり、逆に、クランク室2の圧力を低くすれば、圧縮室25とクランク室2との差圧が大きくなるので、斜板18の傾斜角度(揺動角度)が大きくなり、このため、ピストン20のストロークが大きくなって吐出容量が大きくなる。
【0045】
加速時等の高回転時においては、圧力制御弁42によって給気通路40を介して吐出室32からクランク室2へ供給される冷媒ガス量が多くなり、クランク室圧が高められる。
したがって、斜板18の揺動角が小さくなり(ピストンストロークが小さくなり)、吐出量が少なくなる。このようなときには、シャフト7の回転が速いため、オイル分離通路43によるオイル分離機能が大きくなり、クランク室2にオイルが溜まりやすくなる。しかし、クランク室2にはバイパス通路50が常時連通しているので、クランク室2に溜まるオイルは、クランク室2と吸入室31との圧力差によってこのバイパス通路50を介して吸入室31に排出され、過剰なオイルがクランク室2に溜まることはなくなる。
【0046】
過剰なオイルがクランク室から排出されるため、クランク室内には、斜板18で掻き揚げる程のオイルは存在しなくなるが、本構成においては、給気通路40が斜板と対峙する部位に開口しているので、給気通路40を介して導入される冷媒ガスに混在しているオイルが斜板18に直接供給されることになる。したがって、クランク室内のオイル量に拘らず、斜板に対する十分な潤滑を確保することが可能となる。
【0047】
この際、給気通路40を介して供給されるオイルは、斜板18に吹き付けられた後に、斜板18の回転で径方向外側へ吹き飛ばされ、その後、重力によって下方へ導かれ、バイパス通路50を介して排出される。バイパス通路50を介して排出されるオイルは、斜板18の潤滑に供した後のオイルであり(斜板18の潤滑に寄与していないオイルであり)、斜板18の潤滑が損なわれる恐れはない。
【0048】
このように、本構成によれば、給気通路40を斜板18に対峙して開口させることで斜板18の十分な潤滑を確保すると共に、バイパス通路50を斜板18の回転軌跡より径方向外側でクランク室2に連通させることで斜板18の潤滑に寄与していないオイルのみを排出して過剰なオイルがクランク室2に溜まることを防ぐようにしている。
【0049】
また、上述の構成においては、バイパス通路50がクランク室2の下部に設けられたボルト孔53の内周面に開口されているので、クランク室2に溜まったオイルを効果的に排出することが可能となり、また、バイパス通路50を形成するために既存のボルト孔53の位置を利用するので、バイパス通路を形成するためにボルト孔の位置等を設計変更する必要もなくなる。
しかも、バイパス通路の入り口が締結ボルト6が挿入されているボルト孔53の開口端となることにより(締結ボルト6とボルト孔53の内周面との間の隙間となることにより)、クランク室内の作動流体が撹拌されて乱れていても、作動流体はバイパス通路に流入する際に乱れが抑えられ、安定してオイルを吸入室に逃がすことが可能となる。
【0050】
さらに、上述の構成においては、抽気通路45のオリフィス孔44とバイパス通路のオリフィス孔52とが別々設けられているので、オイル分離通路43(抽気通路45)を介して吸入室31に導かれる抽気ガスの流れとバイパス通路50を介して吸入室31に導かれるオイルの流れを独立させることが可能となり、一方の流れが他方の流れによって阻害される不都合がなくなる。したがって、各オリフィス孔の大きさを調節することで、抽気ガスの量やオイルの排出量を所望の特性が得られるように個別に調節することが可能となる。
【0051】
ところで、上述した例では、バイパス通路50(連通路51)を最も下側に位置するボルト孔53を利用し、しかもこのボルト孔53をクランク室2の最下部(シャフトに対して鉛直方向下方となる位置)にある例を示したが、バイパス通路50は、斜板18の回転軌跡よりも径方向外側でクランク室2に連通させるのであれば、クランク室2の最下部に限定されるものではない。
【0052】
ボルト孔53は、圧縮機の設置箇所や設計上の都合から必ずしもクランク室2の最下部に形成されるとは限らず、例えば、図4に示されるように、最下部のボルト孔53がシャフト7(収容孔12)の真下ではなく、ラジアル軸受13を介してシャフト7を支持するシリンダブロック1の収容孔12の中心に対して真下の方向を0°と規定した場合、収容孔12の中心に対して0°±10°の範囲に形成され、その隣のボルト孔βが収容孔12の中心に対して45°±10°の範囲に形成され、さらにその隣のボルト孔γが収容孔12の中心に対して90°±10°の範囲に形成されている場合において、斜板18へのオイル供給を確保しつつ、どのような運転状態においても過剰なオイルがクランク室2に溜まることを防ぐ観点からは、上記の何れのボルト孔53を利用してバイパス通路50を形成するようにしてもよい。
【0053】
上述したいずれのボルト孔を利用することも可能であることを確認するために、バイパス通路50を構成する連通路51が、図4に示される構成において、最下部のボルト孔αの内周面に開口するもの(0°±10°の位置)を実施例1とし、バイパス通路50を構成する連通路51が、図5に示されるように、最下部のボルト孔αの隣のボルト孔βに開口するもの(45°±10°の位置)を実施例2とし、バイパス通路50を構成する連通路51が、図6に示されるように、最下部のボルト孔αの2つ隣のボルト孔γに開口しているもの(90°±10°の位置)を実施例3とし、バイパス通路を設けない既存の構成(従来例)と比較するために、下記する耐久試験と液起動試験とを行ない、その結果を評価した。
【0054】
(耐久試験について)
まず、低速回転時においては、シャフトによる遠心分離機能も低く、クランク室に保持されるオイルが比較的少ないこと、またオイルが撹拌されて発熱する度合いも少ないことから、オイルの溜まり過ぎによるクランク室内の温度の過上昇は殆ど問題にならない。
そこで、高速運転時において、冷凍サイクルの熱負荷が高い場合(高速高負荷)と熱負荷が低い場合(高速低負荷)とで耐久試験を行い、クランク室内の残油量、冷凍サイクル内のオイル循環率(OCR)、及び耐久試験中のクランク室の温度(クランク温度)をバイパス通路がない従来例と比較した。その結果を図7(a)〜(c)に示す。
【0055】
ここで、高速高負荷運転においては、可変容量圧縮機の吐出容量が大きくなることから、圧縮機の仕事量も大きくなり、クランク室の温度も高めになる。しかし、冷凍サイクルを循環する大量の冷媒とともに冷凍サイクルからオイルも圧縮機に戻りやすくなるため、圧縮機内にオイルが殆ど保持されていなくても、冷凍サイクル内を循環するオイルによって圧縮機内の摺動部品の潤滑を確保できる状態である。
【0056】
一方、高速低負荷運転時においては、可変容量圧縮機の吐出容量も小さくなることから、圧縮機の仕事量も小さくなり、クランク室の温度も低めになるが、冷凍サイクルを循環する冷媒が少なくなるため、オイルが冷凍サイクル内に停留しがちとなり、冷凍サイクルを循環する冷媒に混じるオイルによって圧縮機内の潤滑を期待することができない状態である。
【0057】
(液起動試験について)
クランク室に停留する液体は、オイルだけでなく、冷媒が液化して溜まることがある。即ち、圧縮機が稼働されずに長時間停止していると、冷凍サイクル内の圧力が平衡し、冷凍サイクル中の最も温度の低い部位(最も熱容量が大きい部位)である圧縮機内で冷媒が液化し、クランク室に液冷媒が溜まることが知られている。
【0058】
このような圧力が平衡した状態から圧縮機を起動させようとする場合、圧縮機の稼働により吸入室の圧力が低下し、これに伴い制御圧室の冷媒が抽気通路を介して吸入室に排出されるようになる。しかしながら、制御圧室内に液冷媒が溜まっていると、制御圧室内は気相冷媒と液相冷媒が共存する平衡状態となるため、制御圧室の冷媒が抽気通路を介して吸入室に排出されても、制御圧室の圧力は飽和圧力のまま維持されることとなる。このため、全ての液冷媒が気化して抽気通路から排出されるまでは制御圧室の圧力が下がらず、吐出容量制御が行えなくなる(吐出容量が増加しなくなる)不都合がある。
そこで、クランク室内の液冷媒を速やかに吸入室に排出し、圧縮機が起動するまでの時間を短縮することが要請されるので、バイパス通路を設けたことによる圧縮機の起動時間の変化についても併せて評価することが望ましい。
従来例と実施例1〜3について、圧縮機の起動時間を測定した結果を図7(d)に示す。
【0059】
上の耐久試験と液起動試験を行なった結果、各実施例について次のような知見が得られた。
(実施例1について)
実施例1は、バイパス通路50が最も下のボルト孔αに開口しているため、高速高負荷耐久試験においても、高速低負荷耐久試験においても、圧縮機終了後のクランク室の残油量は殆どゼロであった。クランク室2の残油量がないことから潤滑油の撹拌による発熱がないため、クランク温度は従来技術に比べて十分に低くなっている。特に、高速高負荷条件おいては、OCRが非常に大きく(5.7%)、冷凍サイクル内を循環するオイルによってコンプレッサ内部の潤滑が確保されているため、クランク温度の上昇が防がれていると思われる。
これに対して、高速低負荷においては、冷凍サイクル内を循環するオイルが少なく(OCR:0.5%)、クランク温度は実施例2,3に比べるとやや高くなっている。このことから、潤滑油はやや不足気味であったと思われるが、クランク温度は従来例と比べれば十分低くなっており、潤滑油の斜板へのオイル供給は確保されている状態である。
また、液起動試験においては、従来例が起動するまでに67秒要したのに対し、実施例1では30秒で起動している。バイパス通路50が最下部のボルト孔αに開口していることから、クランク室2の下部に停留した冷媒を最も早く排出できたためであると思われる。
【0060】
(実施例2について)
実施例2は、バイパス通路50が最下部のボルト孔αの隣のボルト孔βに開口しているため、高速高負荷耐久試験、高速低負荷耐久試験ともに、撹拌されない程度の適量のオイルが圧縮機終了後に残っていた。クランク温度は、実施例1,2,3中で最も低く、最も好ましいオイル量がクランク室2に確保されていたと思われる。
一方、液起動試験においては、起動時間が35秒であり、実施例1よりもやや遅れがみられた。これはバイパス通路の開口位置が最下部のボルト孔でないため、クランク室2の停留した液冷媒のうち最下部に停留した液冷媒は速やかに排出することができなかったためであると思われる。しかしながら、従来例に比べれば、起動時間が約半分まで短縮されており、バイパス通路を設けたことによる効果は大きい。
【0061】
(実施例3について)
実施例3は、耐久試験におけるクランク室内の残油量やクランク温度は実施例2とほぼ同じような結果を示した。これに対して、液起動試験においては、起動時間が53秒であり、実施例2よりもさらに遅れがみられた。これは、クランク室に停留した液冷媒が実施例2よりも多くなったためであると思われる。しかしながら、高速耐久試験においては、実施例2と同様、過剰なオイルがクランク室に溜まることは防がれており(従来例よりも大幅に残油量が減っており)、クランク温度の上昇も抑えられている。
【0062】
したがって、実施例1〜3のいずれについても、斜板18へのオイル供給を確保しつつ、高速高負荷、高速低負荷のいずれの運転状態においても過剰なオイルがクランク室に溜まることを防いでクランク温度の上昇が抑えられており、バイパス通路を有しない従来例よりも良好な結果が得られている。
よって、バイパス通路のクランク室と連通する部位は、少なくともシャフト7と同程度の高さ(シャフトを支持する収容孔12の中心に対して真下の位置を基準として(0°として)、90°±10°の位置)かそれより低い位置であり、且つ、斜板の回転軌跡より径方向外側に位置させることが望ましく、起動時間をさらに加味すれば、より好ましくは、45°±10°の位置かそれより低い位置とすることが好ましい。
【0063】
尚、上述の例では、オリフィス52に連通する連通路51を第1の通路構成部51aと第2の通路構成部51bとにより構成した例を示したが、図8に示されるように、シリンダブロック1がバルブプレート4と接する端面においてボルト孔53とオリフィス孔52とを連通する溝56を形成し、前記連通路51を、ボルト孔53とこのシリンダブロック1の端面に形成された溝56とにより構成してもよい。
【0064】
このような構成においても、バイパス通路50の入り口を形成するためにボルト孔の位置等を設計変更する必要がなくなることに加え、バイパス通路の入り口が締結ボルト6を挿通するボルト孔53の開口端となることにより(ボルトとボルト孔の内周面との間の隙間となることにより)、クランク室内で撹拌された作動流体の乱れが抑えられ、安定してオイルを吸入室に逃がすことが可能になる。また、バイパス通路50(連通路51)を形成するために、ボルト孔の全体を利用し、シリダブロックの端面に溝を形成するだけで済むので、シリンダブロック1に孔を穿設する必要がなくなり、バイパス通路の形成が極めて容易となる。
【0065】
また、上述した構成例では、抽気通路45のオリフィス孔44とバイパス通路50のオリフィス孔52とを別々に形成した例を示したが、一方のオリフィス孔を共用するようにしてもよい。
例えば、図1及び図8の構成において、オリフィス孔52をなくし、シリンダブロック1のバルブプレート4と対峙する端面に連通路51と収容孔12とを連通する連通溝55を形成し、抽気通路45のオリフィス孔44をバイパス通路50のオリフィス孔として利用するようにしてもよい。
【符号の説明】
【0066】
1 シリンダブロック
2 クランク室
3 フロントハウジング
4 バルブプレート
5 リアハウジング
6 締結ボルト
7 シャフト
14 シリンダボア
18 斜板
20 ピストン
25 圧縮室
31 吸入室
32 吐出室
40 給気通路
43 オイル分離通路
43a 軸孔
43b 側孔
44 オリフィス孔
50 バイパス通路
51 連通路
51a 第1の通路構成部
52b 第2の通路構成部
52 オリフィス孔
53 ボルト孔
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8