(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明に係るバーハンドル車両用ブレーキ制御装置について好適な実施形態を挙げ、添付の図面を参照して詳細に説明する。
【0016】
本発明の一実施形態に係るバーハンドル車両用ブレーキ制御装置10は、
図1に示すように、バーハンドル車両12に搭載され、ブレーキシステム14(車輪ブレーキ)の動作を制御する。以下、説明の便宜のためにバーハンドル車両用ブレーキ制御装置10を単に制御装置10ともいう。また、バーハンドル車両12(車両12)としては、自動二輪車や自動三輪車等があげられ、以下の説明では自動二輪車を例に述べていく。
【0017】
制御装置10は、必要に応じて液圧制御(ブレーキ液圧の減圧、増圧又は保持)を行う。例えば、液圧制御には、制動時の車輪18のスリップを抑制するABS制御が含まれる。
【0018】
特に、本実施形態に係る制御装置10は、車両12の旋回中に運転者によりブレーキ操作がなされた場合に、液圧制御の実施に用いる推定車体速度を高精度に算出可能とすることで、旋回状態における車両12の安定性向上を図る。以下では、この制御装置10の理解の容易化のため、まず車両12及びブレーキシステム14について説明する。
【0019】
車両12は、車体16、車輪18(前輪18F、後輪18R)を備える。車体16には、後輪18Rを駆動させるエンジン等の走行駆動装置(不図示)が設けられると共に、運転者が車両12の進行方向を操作するバーハンドル20が設けられる。車両12は、運転者により、バーハンドル20が操作され、また車体16自体が傾斜されることで、所望の方向に旋回する。
【0020】
ブレーキシステム14は、制御装置10の制御下に、前輪18F及び後輪18Rを適宜制動する。このブレーキシステム14は、制御装置10、前輪ブレーキ22F、後輪ブレーキ22R、ブレーキレバー24、ブレーキペダル26、第1マスタシリンダ28及び第2マスタシリンダ30を含む。そして、前輪ブレーキ22Fと第1マスタシリンダ28の間、及び後輪ブレーキ22Rと第2マスタシリンダ30の間には、ブレーキ液の配管32と制御装置10とで構成されるブレーキ液圧の液圧系統34が設けられている。
【0021】
前輪ブレーキ22Fは、前輪18Fに取り付けられて前輪18Fと共に回転する前輪ディスク36Fと、前輪ディスク36Fを挟むパッド(不図示)をブレーキ液圧によって進退させる前輪キャリパ38Fとを備える。同様に、後輪ブレーキ22Rは、後輪18Rに取り付けられて後輪18Rと共に回転する後輪ディスク36Rと、後輪ディスク36Rを挟むパッド(不図示)をブレーキ液圧によって進退させる後輪キャリパ38Rとを備える。
【0022】
ブレーキレバー24は、バーハンドル20の一方(
図1中では右方)に設けられ、同じくバーハンドル20に取り付けられた第1マスタシリンダ28に接続されている。第1マスタシリンダ28は、運転者によるブレーキレバー24の操作力に応じたブレーキ液圧を液圧系統34にかける。
【0023】
ブレーキペダル26は、車体16の所定位置に設けられ、車体16に取り付けられた第2マスタシリンダ30に接続されている。第2マスタシリンダ30は、運転者によるブレーキペダル26の踏み込み操作力に応じたブレーキ液圧を液圧系統34にかける。
【0024】
液圧系統34の配管32は、第1マスタシリンダ28と制御装置10の間を接続する第1配管32F1と、制御装置10と前輪ブレーキ22Fの間を接続する前輪ブレーキ配管32F2と、第2マスタシリンダ30と制御装置10の間を接続する第2配管32R1と、制御装置10と後輪ブレーキ22Rの間を接続する後輪ブレーキ配管32R2とを含む。
【0025】
制御装置10は、液圧ユニット42と、液圧ユニット42を制御するECU(Electronic Control Unit)44とを備える。液圧ユニット42の内部には、ブレーキ液の流路と各種部品とによって、液圧系統34を構成する液圧回路40が設けられている。液圧ユニット42の入力ポート及び出力ポートには、第1配管32F1、前輪ブレーキ配管32F2、第2配管32R1、後輪ブレーキ配管32R2が接続されている。
【0026】
図2に示すように、液圧回路40は、第1配管32F1と前輪ブレーキ配管32F2とを連通する前輪ブレーキ用流路41Fと、第2配管32R1と後輪ブレーキ配管32R2とを連通する後輪ブレーキ用流路41Rとを備えている。前輪ブレーキ用流路41Fと後輪ブレーキ用流路41Rは、基本的に同一に形成されており、以下の説明では、前輪ブレーキ用流路41Fの構成を代表的に述べていく。
【0027】
前輪ブレーキ用流路41Fの適宜の箇所には、入口弁46F(後輪ブレーキ用流路41Rでは入口弁46R)、出口弁48F(後輪ブレーキ用流路41Rでは出口弁48R)、チェック弁50、リザーバ52、吸入弁54、ポンプ56、吐出弁58及びオリフィス60等が設けられている。また、前輪ブレーキ用流路41Fは、5つの液路61、62、63、64、65を有する。
【0028】
液路61は、ブレーキ液圧を入口弁46Fに導くため、第1マスタシリンダ28側の第1配管32F1が接続される入力ポートから入口弁46Fの一端までを連通している。
【0029】
液路62は、入口弁46Fの他端から前輪キャリパ38F側の前輪ブレーキ配管32F2が接続される出口ポートまでを連通している。
【0030】
液路63は、液路61からリザーバ52までを連通している。液路63には、出口弁48Fが設けられている。
【0031】
液路64は、リザーバ52からポンプ56の吸入側に連通している。液路65は、ポンプ56の吐出側から液路61に連通している。液路65には、オリフィス60が設けられている。
【0032】
入口弁46Fは、常開型の電磁弁であり、第1マスタシリンダ28と前輪キャリパ38Fとの間(液路61と液路62との間)に設けられる。入口弁46Fは、ABS制御(液圧制御)の非作動状態で開いていることで、第1マスタシリンダ28から前輪キャリパ38Fへのブレーキ液圧の伝達を許容する。その一方で、入口弁46Fは、ABS制御において前輪18Fがスリップしそうになったときに閉じられることで、ブレーキレバー24から第1マスタシリンダ28を介して前輪ブレーキ22Fに加わるブレーキ液圧を遮断する。
【0033】
出口弁48Fは、常閉型の電磁弁であり、前輪キャリパ38Fとリザーバ52との間(液路63)に設けられる。出口弁48Fは、ABS制御の非作動状態で閉じられているが、ABS制御において前輪18Fがスリップしそうになったときに開弁されることで、前輪ブレーキ22Fにかかるブレーキ液圧をリザーバ52に逃がす。
【0034】
チェック弁50は、前輪キャリパ38Fから第1マスタシリンダ28側へのブレーキ液の流入のみを許容する弁であり、入口弁46Fに並列に接続されている。これにより、第1マスタシリンダ28からの液圧の入力が解除された場合に、入口弁46Fを閉じていても、前輪キャリパ38F側から第1マスタシリンダ28へのブレーキ液の流れを許容する。
【0035】
リザーバ52は、出口弁48Fが開弁されることによって流動するブレーキ液を貯溜する。ポンプ56は、吸入弁54及び吐出弁58を備え、液圧ユニット42内に設けられたモータMによって動作し、リザーバ52に貯溜されているブレーキ液を吸入し、そのブレーキ液を第1マスタシリンダ28側へ戻す(吐出する)機能を有している。またオリフィス60は、吐出弁58を介して第1マスタシリンダ28側へ吐出されるブレーキ液の脈動を吸収する。
【0036】
そして
図1及び
図2に示すように、車両12は、前輪18Fの速度(前輪車輪速FV)を検出する前輪車輪速センサ66F、及び後輪18Rの速度(後輪車輪速RV)を検出する後輪車輪速センサ66Rを備える。以下、前輪車輪速センサ66F及び後輪車輪速センサ66Rをまとめて車輪速センサ66ともいう。車輪速センサ66は、通信線69を介して制御装置10に通信可能に接続されている。なお、
図1及び
図2中では、ブレーキ液の流路を太い実線で描き、センサ等の信号を送信する通信線69を細い実線で描いている。
【0037】
さらに、車両12は、車両12の傾斜状態であるバンク角θを検出するバンク角センサ68を備える。本実施形態において、バンク角センサ68は、車両12に取り付けられた加速度センサ68a及び角速度センサ68bを組み合わせたセンサ群として構成されている。なお、バンク角センサ68は、この構成に限らず公知のものを適用してよく、例えば、周知の傾斜角センサを適用することができる。
【0038】
加速度センサ68aは、3軸以上の加速度を検出可能なセンサが適用されるとよく、本実施形態では、少なくとも車体16の正面視で左右方向(幅方向)にかかる加速度を検出する機能を有する。また角速度センサ68bは、車体16の角速度としてロール角速度及びヨー角速度を検出するジャイロセンサが適用されている。加速度センサ68a及び角速度センサ68bは、通信線69を介して制御装置10に通信可能に接続されている。
【0039】
ブレーキシステム14(制御装置10)のECU44は、図示しないプロセッサ、メモリ及び入出力インターフェースを備えるコンピュータ(マイクロコントローラを含む)として構成されている。ECU44は、メモリに記憶されたプログラムをプロセッサが演算処理することで、液圧ユニット42の動作を制御する制御手段として構成されている。特に、ECU44は、走行路のカーブ等における車両12の旋回状態で、制動力により車輪18がスリップしそうと判断された場合に、ブレーキ液圧を適宜調整してスリップを抑制する液圧制御を行う。
【0040】
図3に示すように、運転者は、車両12を左方向又は右方向に旋回する際に、車体16の姿勢を左側又は右側に傾ける。これにより車両12には、バンク角θに応じて左右方向の力がかかる。そして、車両12が旋回している最中に、運転者の制動操作がなされると、車両12が減速して減速度を生じ、左右方向の力に合成するかたちで前後方向の力がかかることになる。
【0041】
ECU44は、旋回中に運転者によりブレーキ操作がなされて車輪18がスリップしそうな場合に、ブレーキ液圧を調整して車輪18のスリップを抑制するように構成されている。
【0042】
このため、ECU44の内部には、
図4に示すように、車輪速取得手段70、加減速状態判別手段72、バンク角取得手段74、旋回状態判別手段76、推定車体速度設定手段78、車体速度決定手段80、スリップ率算出手段82及び弁制御手段84が設けられる。なお、以降のECU44の機能ブロックの説明においても、主に、前輪18Fを制御する構成を例に述べていく。
【0043】
車輪速取得手段70は、車輪速センサ66(前輪車輪速センサ66F、後輪車輪速センサ66R)から検出値を受信する。そして、受信した検出値を前輪車輪速FV及び後輪車輪速RVの情報としてメモリに一時的に記憶し、また前輪車輪速FV、後輪車輪速RVを、加減速状態判別手段72、推定車体速度設定手段78及びスリップ率算出手段82に出力する。
【0044】
加減速状態判別手段72は、受けとった前輪車輪速FV、後輪車輪速RVに基づき加減速度を算出し、さらに各車輪18の加速状態又は減速状態を判別する。例えば前輪18Fの前輪車輪速FVから加減速度を算出する場合は、所定の時間間隔T離れた2つの前輪車輪速FVを用いる(
図8A及び
図8Bも参照)。そして、今回の前輪車輪速FV
nから前回の前輪車輪速FV
n-1を差し引くことで、前輪車輪速FVの減速量δが算出される。この減速量δの、時間間隔Tにおける変化率によって、加減速度が算出される。車輪18が減速していれば、減速量δ(加減速量)はマイナスの値となる。
【0045】
つまり、加減速状態判別手段72は、加減速量がプラスであれば加速状態を判別し、マイナスであれば減速状態を判別し、その判別結果を推定車体速度設定手段78に通知する。また、加減速状態判別手段72は、減速状態を判別すると、算出した減速量δ(又は時間間隔Tと減速量δから得られる前輪加減速度FA)を推定車体速度設定手段78に出力する。勿論、後輪18Rに関しても、加速状態又は減速状態を判別し、また後輪車輪速RVの減速量δ、或いは後輪加減速度RAを出力する。
【0046】
バンク角取得手段74は、加速度センサ68aの検出値Sa及び角速度センサ68bの検出値Sbを受信すると、これらの検出値Sa、Sbから車体16の傾斜姿勢であるバンク角θを算出する。この場合、バンク角取得手段74は、検出値Saに含まれる車両12の左右方向にかかる加速度と、検出値Sbに含まれるロール角速度及びヨー角速度の各成分とを組み合わせてバンク角θを算出する。そして、バンク角取得手段74は、算出したバンク角θをメモリに一時的に記憶すると共に、このバンク角θを旋回状態判別手段76及び推定車体速度設定手段78に出力する。
【0047】
旋回状態判別手段76は、受け取ったバンク角θに基づき、車両12の旋回状態又は直進状態等を判別する。旋回状態判別手段76は、バンク角θに対応した角度閾値(不図示)を有し、バンク角θが所定の角度閾値以上となり且つその状態が所定時間継続した場合に、車両12の旋回状態を判別する。その一方で、バンク角θが所定の角度閾値未満、又はバンク角θの所定の角度閾値以上の状態が直ちに解消された場合には、車両12の直進状態を判別する。
【0048】
推定車体速度設定手段78は、ECU44がブレーキシステム14(入口弁46F、出口弁48F)を制御する際に用いる推定車体速度PVVを設定する。この場合、推定車体速度PVVは、前輪車輪速FVから推定される前輪推定車体速度FVVと、後輪車輪速RVから推定される後輪推定車体速度RVVとがある。例えば、推定車体速度PVVは、スリップ率算出手段82においてスリップ率SLを算出する際に使用される。以下、これまでの説明と同様に、前輪推定車体速度FVVの算出について代表的に詳述する。
【0049】
推定車体速度設定手段78は、車両12の旋回中において、加減速状態判別手段72の前輪18Fの減速量δと、バンク角θとを用いて、前輪推定車体速度FVVを算出する。前輪車輪速FVの減速量δは、所定の時間間隔Tが一定であることから、前回の前輪車輪速FV
n-1、今回の前輪車輪速FV
n、及び前輪加減速度FAの情報を含んでいる。
【0050】
ここで、車両12は、ブレーキ操作で車輪18が減速する際に、路面の摩擦力やタイヤのグリップ力等によって、減速度(マイナスの加速度)の物理的な限界値DLが存在する。例えば前輪加減速度FAが1Gの限界値DL(前輪減速度限界値FDL)を超えることを検出した場合には、前輪減速度限界値FDLに基づく変化量γで前輪推定車体速度FVVが減速したと推定することが好ましい。これにより、前輪車輪速FVから前輪推定車体速度FVVを推定する際に、その推定値が実際の車体速度AVV(実車体速度)により近い値となる。
【0051】
そして車両12が旋回状態の場合には、車両12が直進状態の場合よりも、減速度の物理的な前輪減速度限界値FDLがさらに弱くなる。直進状態の前輪減速度限界値FDL(1G)の変化量γをそのまま適用すると、旋回時の前輪推定車体速度FVVの精度が低下してしまう。そのため、本実施形態に係る推定車体速度設定手段78は、車両12の旋回状態で、バンク角θに応じて前輪減速度限界値FDLを低減速度(弱い減速度)側に補正するように構成している。
【0052】
具体的には、
図5に示すように推定車体速度設定手段78の内部には、補正量設定手段86、限界値設定手段88、比較処理手段90及び推定車体速度算出手段92が設けられている。また、推定車体速度設定手段78には、バンク角・補正量マップ94及び前輪基準限界値FDL0が予め記憶されると共に、算出された前輪推定車体速度FVVを記憶する記憶手段78a(メモリの記憶領域)が設けられている。
【0053】
補正量設定手段86は、バンク角取得手段74から受けとったバンク角θに基づき、後記の車両減速度基準限界値DL0を低減速度側に補正する補正量ΔGを設定する。この補正量ΔGは、前輪18Fの減速度(負の値)に対応した加速度の値(正の値)で設定される。補正量設定手段86は、記憶手段78aから読み出したバンク角・補正量マップ94を参照し、バンク角θを引数とした補正量ΔGを抽出する。そして、抽出した補正量ΔGを限界値設定手段88に出力する。
【0054】
バンク角・補正量マップ94は、
図6に示すように横軸をバンク角θとし、縦軸を補正量としたグラフで表すことができる。
図6中の補正線96は、バンク角θが0°からバンク角閾値αまでの範囲において補正量が0であり、バンク角閾値α以上になると、バンク角θが大きくなるほど補正量が線形的に増加するように設定される。なお、バンク角θと補正量の対応関数は、任意に設計することが可能であり、例えば、実験等によってバンク角θと補正量が非線形に(多項式関数で)対応付けされてもよい。
【0055】
図5、
図7A及び
図7Bに示すように、限界値設定手段88は、旋回時に前輪18Fが減速する際における、減速度の物理的な限界値DL(前輪減速度限界値FDL)を設定する。限界値設定手段88は、補正量設定手段86から補正量ΔGを受けとると、記憶手段78aに記憶されている補正前の基準値である車両減速度基準限界値DL0(前輪基準限界値FDL0)に補正量ΔGを加えて補正限界値DL1(前輪補正限界値FDL1)を算出する。前輪基準限界値FDL0はマイナスの値であり、補正量ΔGはプラスの値であることから、前輪減速度限界値FDLがバンク角θに応じて低減速度側に補正されることになる。
【0056】
例えば、補正前の前輪基準限界値FDL0に補正量ΔGが加わることで、補正後の前輪補正限界値FDL1は、減速の低下率が緩やかになる。つまり、バンク角θが一定であるとした場合、横軸が時間で、縦軸が速度の
図7Bに示すグラフでは、前輪補正限界値FDL1は、2点鎖線で示す前輪基準限界値FDL0から傾きが緩やかになるように補正される。
【0057】
図5に戻り、推定車体速度設定手段78の比較処理手段90は、限界値設定手段88が設定した前輪減速度限界値FDL(前輪補正限界値FDL1、又は補正を行わない場合には前輪基準限界値FDL0)と、前輪車輪速FVの減速量δとを比較する。そして、減速量δが前輪減速度限界値FDLの変化量γよりも小さい場合には、減速量δをそのまま適用する。その一方で、前輪車輪速FVの減速量δが前輪減速度限界値FDLの変化量γよりも大きい場合には、変化量γを適用する。つまり、比較処理手段90は、減速量δと変化量γのうち、速度が高いほうを選択(ハイセレクト)する。
【0058】
また、推定車体速度算出手段92は、比較処理手段90の選択結果を受けて推定車体速度PVV(前輪推定車体速度FVV)を算出する。具体的には、記憶手段78aから前回の前輪推定車体速度FVV
n-1を読み出して、選択された減速量δ又は変化量γを前回の前輪推定車体速度FVV
n-1に加えることで、今回の前輪推定車体速度FVV
nを得る。
【0059】
以下、
図8A及び
図8Bを参照して、前輪推定車体速度FVV(今回の前輪推定車体速度FVV
n)の算出について詳述する。
図8A及び
図8Bのグラフは、横軸が時間で縦軸が速度であることから、前輪車輪速FVの速度変化を示している。また、
図8Aと
図8Bは、前回の前輪推定車体速度FVV
n-1を算出した時点t
n-1において、前輪推定車体速度FVV
n-1が共に同じ値である。
【0060】
そして、
図8Aは、前輪車輪速FVの減速量δが小さい場合を示している。すなわち、時点t
n-1から時間間隔Tを経過した時点t
nにおける減速量δの絶対値は、バンク角θに基づき設定された前輪減速度限界値FDL(前輪補正限界値FDL1)の変化量γの絶対値よりも小さい。換言すれば、前輪加減速度FAが前輪減速度限界値FDLよりも小さい減速度となっている。
【0061】
このように前輪加減速度FAが前輪減速度限界値FDLよりも小さい減速度になっていることで、比較処理手段90は、検出している減速量δを用いて今回の前輪推定車体速度FVV
nを算出することを選択する。この選択を受けて、推定車体速度算出手段92は、時点t
nの前輪車輪速FV
n(前回の前輪推定車体速度PVV
n-1に減速量δを加えた値)を、今回の前輪推定車体速度FVV
nとして算出する。
【0062】
これに対し
図8Bは、前輪車輪速FVの減速量δが大きい場合を示している。すなわち、時点t
n-1から時間間隔Tを経過した時点t
nにおける減速量δの絶対値は、バンク角θに基づき設定された前輪減速度限界値FDL(補正限界値DL1)の変化量γの絶対値よりも大きい。換言すれば、前輪加減速度FAが前輪減速度限界値FDLよりも大きい減速度となっている。
【0063】
このように前輪加減速度FAが前輪減速度限界値FDLよりも大きい減速度になっている場合は、比較処理手段90は、前輪減速度限界値FDLを用いて今回の前輪推定車体速度FVV
nを算出することを選択する。この場合、推定車体速度算出手段92は、時点t
nの速度として前回の前輪推定車体速度FVV
n-1に変化量γを加えた値を、今回の前輪推定車体速度FVV
nとして算出する。
【0064】
なお、ECU44は、後輪18Rの後輪車輪速RVについても同様の処理を行う推定車体速度設定手段78を別に備えている。つまり、ECU44は、後輪車輪速RVの減速量δと、バンク角θとに基づき、後輪推定車体速度RVVを算出する。そのため、各推定車体速度設定手段78からは、前輪推定車体速度FVVと後輪推定車体速度RVVが出力される。
【0065】
図4に戻り、ECU44の車体速度決定手段80は、前輪推定車体速度FVVと後輪推定車体速度RVVから車体速度VVを決定(取得)する。車体速度VVは、前輪推定車体速度FVVと後輪推定車体速度RVVのうちいずれか高い値のものを選択することで得ることができる。或いは、車体速度決定手段80は、前輪推定車体速度FVVと後輪推定車体速度RVVの平均をとって車体速度VVとしてもよい。車体速度決定手段80は、車体速度VVを得ると、スリップ率算出手段82にこの車体速度VVを出力する。
【0066】
スリップ率算出手段82は、車体速度決定手段80が出力した車体速度VVを受けると、前輪車輪速FV又は後輪車輪速RVに基づき前輪18F又は後輪18Rのスリップ率SL(FSL、RSL)を算出する。例えば、スリップ率算出手段82は、車体速度VVと前輪車輪速FVの差を前輪18Fのスリップ率FSLとして算出し、車体速度VVと後輪車輪速RVの差を後輪18Rのスリップ率RSLとして算出する。そして、スリップ率算出手段82は、算出したスリップ率SLを弁制御手段84に出力する。
【0067】
弁制御手段84は、スリップ率SLに基づき液圧ユニット42の入口弁46F、46R及び出口弁48F、48Rの開閉制御を行う。例えば、弁制御手段84は、前輪18Fのスリップ率FSLが所定の閾値(不図示)以上であることに基づきABS制御の減圧開始を判定し、入口弁46Fを閉弁すると共に出口弁48Fを開弁し、前輪キャリパ38Fが前輪ディスク36Fにかけるブレーキ液圧(キャリパ圧)を下げる。そして、キャリパ圧が減圧されると、入口弁46F、出口弁48Fを閉弁して、その状態で一定に保持する。さらに、車両12の減速が抑制された場合には、入口弁46Fを開弁してキャリパ圧を再び上げる制御を行う。
【0068】
本実施形態に係る制御装置10は、基本的には以上のように構成されるものであり、以下、その動作及び効果について説明する。なお、以下の動作説明も、これまでと同様に、前輪18Fに対する制御について代表的に述べていく。
【0069】
運転者は、車両12の走行中に走行路のカーブ等において、車体16を傾斜させることで旋回する。従って、旋回中は、車体16のバンク角θが変動する。そして車両12の走行中に、
図4に示すECU44(制御装置10)のバンク角取得手段74は、加速度センサ68a、角速度センサ68bから検出値Sa、Sbを受信して、バンク角θを定常的に算出している。また旋回状態判別手段76は、バンク角θの検出結果に基づいて車両12の旋回状態又は直進状態を判別している。
【0070】
一方、ECU44の車輪速取得手段70は、前輪車輪速センサ66F及び後輪車輪速センサ66Rから前輪車輪速FV及び後輪車輪速RVを受信している。この受信に伴い、加減速状態判別手段72は、前輪車輪速FV及び後輪車輪速RVの減速量δを算出し、各車輪18の加速状態又は減速状態を判別する。
【0071】
また、推定車体速度設定手段78は、車両12の加速状態又は減速状態にかかわらず前輪推定車体速度FVV、後輪推定車体速度RVVを算出している。そして、旋回状態判別手段76が車両12の旋回状態を判別した場合には、バンク角θを加味した前輪推定車体速度FVV、後輪推定車体速度RVVを算出する。
【0072】
図5に示すように、前輪推定車体速度FVVの算出では、まず補正量設定手段86によりバンク角θに基づく前輪減速度限界値FDLの補正量ΔGを設定する。そして限界値設定手段88において、前輪基準限界値FDL0に補正量ΔGを加えることで、前輪補正限界値FDL1を算出し、前輪減速度限界値FDLとして比較処理手段90に出力する。
【0073】
比較処理手段90では、前輪車輪速FVの減速量δ(すなわち、前輪加減速度FA)と、前輪減速度限界値FDLの変化量γとを比較する。そして、減速量δと変化量γの各絶対値が|δ|<|γ|の場合には、減速量δを選択し、推定車体速度算出手段92において前回の前輪推定車体速度FVV
n-1に減速量δを加えて今回の前輪推定車体速度FVV
nを算出する。逆に、減速量δと変化量γの各絶対値が|δ|≧|γ|の場合には、変化量γを選択し、推定車体速度算出手段92において前回の前輪推定車体速度FVV
n-1に変化量γを加えて今回の前輪推定車体速度FVV
nを算出する。
【0074】
ここで
図9を参照して、車両12の旋回時に前輪車輪速FVが大きく減速した場合の前輪推定車体速度FVVの変化について説明する。なお、
図9中では、一定のバンク角θで車両12が傾斜していると仮定している。この場合、車輪速取得手段70が取得する前輪車輪速FVは、旋回中の車両12の制動によって、時間経過に伴い大きく減少している。このように前輪車輪速FVが大きく減少している場合に、従来の前輪推定車体速度FVV’の算出方法では、バンク角θを考慮せずに前輪車輪速FVに沿って前輪推定車体速度FVV’を得ていた。このため
図9の上図中の点線で示すように、従来の前輪推定車体速度FVV’は、実際の車体速度AVVよりも大幅に低い速度で変化する値となっていた。
【0075】
これに対し、本実施形態に係る推定車体速度設定手段78は、バンク角θに基づき前輪減速度限界値FDLを低減速度側に補正する(
図7B参照)。このため、前輪車輪速FVの減速が比較的緩い(減少量が小さい)場合でも、推定車体速度設定手段78内で前輪減速度限界値FDL(前輪補正限界値FDL1)を選択する機会が増加することとなる(
図8A及び
図8B参照)。
【0076】
その結果、前輪推定車体速度FVVは、従来の前輪推定車体速度FVV’よりも実際の車体速度AVVの近くに補正される。なお、前輪減速度限界値FDL(前輪補正限界値FDL1)の変化量γは、実際の車体速度AVVの減少量を下回らないように(|γ|>|AVV減少量|)、実験等により予め規定される。従って、前輪推定車体速度FVVは、
図9の上図中において、実際の車体速度AVVよりも低速側で、しかもこの車体速度AVVの傾斜よりも多少傾斜が急になるよう算出される。
【0077】
このように算出された前輪推定車体速度FVVは、スリップ率算出手段82において車体速度VV(前輪推定車体速度FVV)から前輪車輪速FVを差し引くことで得られるスリップ率SLが大きなものとなる。つまり
図9の上図に示される前輪推定車体速度FVVを用いることで、スリップ率SLは、
図9の下図に示されるように時間経過に伴い山形に変化するようになる。そのため、弁制御手段84は、このスリップ率SLに応じてABS制御を精度よく実施することができる。
【0078】
なお、後輪ブレーキ22Rの制御も、前輪ブレーキ22Fの制御とは別に行われ、上記と同様の処理がなされる。
【0079】
以上のように、本実施形態に係る制御装置10は、旋回中の推定車体速度PVV(前輪推定車体速度FVV)の減速度の限界値(前輪減速度限界値FDL)を、バンク角θに基づいて補正する。よって推定車体速度PVVを精度よく算出することができる。すなわち、推定車体速度設定手段78は、バンク角θが大きくなると、前輪推定車体速度FVVの変化量が小さくなるように前輪減速度限界値FDLを補正するので、車輪18の速度が大きく減少した場合に、この前輪減速度限界値FDLが前輪推定車体速度FVVの算出に設定される。これにより、前輪推定車体速度FVVが実際の車体速度AVVに近い値となる。従って、前輪推定車体速度FVVを用いて算出するスリップ率SLの計算精度が向上され、ECU44は、液圧制御を適切なタイミング且つ良好に実施することができる。
【0080】
また、制御装置10は、バンク角θがバンク角閾値α以上になった段階で限界値の補正を開始する。従って、車線変更等の微小な動作におけるバンク角θで、限界値の補正が行われることを抑制することができる。さらに、制御装置10は、バンク角θが大きくなるほど限界値の補正量ΔGを大きくすることで、バンク角θが大きい時にはより小さな減速量で限界値(前輪減速度限界値FDL)が適用されることになる。これにより、実際の車体速度AVVに推定車体速度PVVをより近づけることができる。
【0081】
またさらに、バンク角取得手段74は、車両12の左右方向の加速度、ロール角速度、ヨー角速度に基づきバンク角θを算出することで、高精度なバンク角θを得ることができる。よって、限界値の補正をより精度よく実施することができる。
【0082】
なお、本発明は、上述の実施形態に限定されず、発明の要旨に沿って種々の改変が可能である。例えば、本実施形態では、バンク角θが大きくなるほど、前輪減速度限界値FDLの補正量ΔGを大きくする構成としていた。しかしながら、前輪減速度限界値FDLの補正量ΔGは、バンク角θがバンク角閾値αを超えると、所定の補正量だけ低減速度側に変化する構成でもよい。或いは、前輪減速度限界値FDLの補正量ΔGは、バンク角θの所定範囲毎に、低減速度側に段階的に変化する構成でもよい。