(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6606352
(24)【登録日】2019年10月25日
(45)【発行日】2019年11月13日
(54)【発明の名称】もろみ中のエタノールとグルコースの定量法及び濾過器具
(51)【国際特許分類】
G01N 21/65 20060101AFI20191031BHJP
【FI】
G01N21/65
【請求項の数】9
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2015-107290(P2015-107290)
(22)【出願日】2015年5月27日
(65)【公開番号】特開2016-223789(P2016-223789A)
(43)【公開日】2016年12月28日
【審査請求日】2018年5月2日
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成27年度、国立研究開発法人日本医療研究開発機構、医療分野研究成果展開事業「親指サイズの超小型赤外分光断層イメージングの実利用化」委託研究開発、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】304028346
【氏名又は名称】国立大学法人 香川大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】特許業務法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】和田 健司
(72)【発明者】
【氏名】石丸 伊知郎
【審査官】
伊藤 裕美
(56)【参考文献】
【文献】
特開昭63−187155(JP,A)
【文献】
特表2008−529006(JP,A)
【文献】
特開2014−126383(JP,A)
【文献】
特開2008−000744(JP,A)
【文献】
特開昭57−071604(JP,A)
【文献】
特開昭63−052869(JP,A)
【文献】
国際公開第2009/121416(WO,A1)
【文献】
特開2004−279113(JP,A)
【文献】
特開2002−028649(JP,A)
【文献】
特開昭60−018760(JP,A)
【文献】
特開平07−155163(JP,A)
【文献】
SHAW,A.D. et al.,Noninvasive, On-Line Monitoring of the Biotransformation by Yeast of Glucose to Ethanol Using Dispersive Raman Spectroscopy and Chemometrics,APPLIED SPECTROSCOPY,1999年,Volume 53, Number 11
【文献】
若井 芳則,近赤外分光分析法とその清酒製造への利用,醸協,1992年,第87巻第7号,492-496
【文献】
IVERSEN,J.A. et al.,Quantitative monitoring of yeast fermentation using Raman spectroscopy,Anal Bioanal Chem,2014年,406,4911-4919
【文献】
EWANICK,S.M. et al.,Real-time understanding of lignocellulosic bioethanol fermentation by Raman spectroscopy,Biotechnology for Biofuels,2013年,6:28,1-8,http://www.biotechnologyforbiofuels.com/content/6/1/28
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 21/00−21/74
C12C 7/16−7/17
C12G 1/08
C12H 1/07
G01N 33/02−33/14
G01N 1/00−1/20
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
もろみを濾紙と孔径1μm以下のフィルターを用いてろ過することにより前記もろみ中の固形成分を濾過する工程、得られたろ液中のエタノール濃度とグルコース濃度をラマン分光装置により同時定量する工程を含む、もろみ中のエタノール濃度とグルコース濃度の同時定量方法。
【請求項2】
もろみを濾紙で濾過した後、さらに孔径1μm以下のフィルターを用いて2段階濾過する工程を含む、請求項1に記載のもろみ中のエタノール濃度とグルコース濃度の同時定量方法。
【請求項3】
前記フィルターが、孔径0.45μm以下のフィルターである、請求項1又は2に記載のもろみ中のエタノール濃度とグルコース濃度の同時定量方法。
【請求項4】
ラマン分光装置の励起光が、近赤外領域の励起光である請求項1〜3のいずれか1項に記載のもろみ中のエタノール濃度とグルコース濃度の同時定量方法。
【請求項5】
励起光が785nmのレーザ光である、請求項4に記載のもろみ中のエタノール濃度とグルコース濃度の同時定量方法。
【請求項6】
ラマン分光装置が携帯型の装置である、請求項1〜5のいずれか1項に記載のもろみ中のエタノール濃度とグルコース濃度の同時定量方法。
【請求項7】
もろみが清酒、焼酎、泡盛もしくはマッコリのもろみである、請求項1〜6のいずれか1項に記載のもろみ中のエタノール濃度とグルコース濃度の同時定量方法。
【請求項8】
もろみ中のエタノールとグルコースの濃度を定量するための濾過器具であって、
一方から圧力を印加しながら前記もろみを押し出すための圧力負荷容器と、
圧力が負荷された前記もろみが流入するための第1の開口部と、前記もろみを濾過するための第1のフィルターを装着する領域部と、前記第1のフィルターにより濾過した液状物を送出する第2の開口部と、前記第1のフィルターを装着又は取り替えるための取り付け部とを有する第1のフィルターユニットと、
前記第1のフィルターユニットの前記第2の開口部から送出された液状物が流入するための第1の開口部と、前記液状物をさらに濾過するためのものであって、前記第1のフィルターよりも孔径の小さな第2のフィルターを装着する領域部と、前記第2のフィルターにより濾過した液体成分を送出する第2の開口部とを有する第2のフィルターユニットとを有することを特徴とする濾過器具。
【請求項9】
請求項8の濾過器具を用いた2段階濾過によりもろみ中の固形成分を濾過する工程を含む、請求項1に記載のもろみ中のエタノール濃度とグルコース濃度の同時定量方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、もろみ中のエタノールとグルコースの定量法及び濾過器具に関するものである。
【0002】
また、本発明は、濁り及び/又は着色によるラマン散乱ピークの影響を補正する方法に関するものである。
【背景技術】
【0003】
従来、日本酒等の醸造工程では、ガスクロマトグラフィーによってアルコール度数が定量されているが、時間的・経費的な負荷が大きい。また、糖度については、簡易的に糖尿病患者用糖度計を用いて計測する場合もあるが、消耗品コストが高く計測の正確性に問題があることが、本発明者らの調査によって判明している。一方、アルコール度数については近赤外分光計測を活用した計測機器が販売されている(例えばアントンパール社製 清酒用アルコライザーTS、 http://www.k−tsukamoto.co.jp/htmls/s_bunseki/images/alcolyzer.pdf)。
【0004】
しかし、近赤外分光計測は得られるスペクトルの波長分解能が本質的に低いために複数の成分を含む溶液中の各成分の正確な同定と定量は困難であり、温度等の雰囲気の影響を受けやすく装置が大掛かりで可搬性に乏しく、30 mLと比較的大量の試料量を要し、高価である等の問題がある。特に本発明者の独自の検討により、近赤外分光測定によるアルコール定量値はでんぷん等の成分の共存の影響を顕著に受けることを確認しており、測定結果の信頼性を低下させる要因となる。
【0005】
非特許文献1は、ラマン分光法によりセルロース糖化過程におけるグルコース濃度、および発酵過程におけるエタノール濃度を個別に測定し、非特許文献2は、清涼飲料水中の各種糖類の含有量を分析し、非特許文献3は、ラマン分光法によるエタノール、アセトン、およびメタノール希薄水溶液の定量法を開示し、非特許文献4は、グルコースからのエタノール発酵の過程をラマン分光法でその場解析している。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Determination of glucose and ethanol after enzymatic hydrolysis and fermentation of biomass using Raman spectroscopy, Chien−Ju Shih, Emily A. Smith, Analytica Chimica Acta 653 (2009) 200-206.
【非特許文献2】Visible micro−Raman spectroscopy for determining glucose content in beverage industry, I. Delfino, C. Camerlingo, M. Portaccio, B. Della Ventura, L. Mita, D.G. Mita, M. Lepore, Food Chemistry 127 (2011) 735-742,
【非特許文献3】The Direct Analysis of Fermentation Products by Raman Spectroscopy、THOMAS B. SHOPE, THOMAS J. VICKERS, and CHARLES K. MANN, APPLIED SPECTROSCOPY, Volume 41, Number 5, 1987, 906.
【非特許文献4】Noninvasive, On−Line Monitoring of the Biotransformation by Yeast of Glucose to Ethanol Using Dispersive Raman Spectroscopy and Chemometrics, ADRIAN D. SHAW , NAHEED KADERBHAI, ALUN JONES, ANDREW M. WOODWARD, ROYSTON GOODACRE, JEM J. ROWLAND, and DOUGLAS B. KELL, APPLIED SPECTROSCOPY, Volume 53, Number 11, 1999, 1419.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、もろみ中のエタノールとグルコースの簡便かつ正確な定量法及び濾過器具を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
日本酒等の醸造過程では工程管理および製品の品質管理のために、アルコール度数や糖度を随時計測する必要がある。本発明者らは、ラマン分光装置と独自に考案した濾過手法を併用することで、酒類の製造工程中のもろみ等に含まれるアルコールおよびグルコース濃度を簡便、迅速、正確、かつ低コストで計測可能な方法を見出した。
【0009】
本発明は、以下のエタノールと糖の定量法及び濾過器具、並びにラマン散乱ピークの影響を補正する方法を提供するものである。
項1. もろみを1段階濾過もしくは多段階濾過により前記もろみ中の固形成分を濾過する工程、得られたろ液中のエタノール濃度とグルコース濃度をラマン分光装置により同時定量する工程を含む、もろみ中のエタノール濃度とグルコース濃度の同時定量方法。
項2. もろみを濾紙と孔径5μm以下のフィルターを用いてろ過する工程を含む、項1に記載のもろみ中のエタノール濃度とグルコース濃度の同時定量方法。
項3. もろみを濾紙と孔径1μm以下のフィルターを用いてろ過する工程を含む、項1に記載のもろみ中のエタノール濃度とグルコース濃度の同時定量方法。
項4. もろみを濾紙で濾過した後、さらに孔径1μm以下のフィルターを用いて2段階濾過する工程を含む、項3に記載のもろみ中のエタノール濃度とグルコース濃度の同時定量方法。
項5. 前記フィルターが、孔径0.45μm以下のフィルターである、項3又は4に記載のもろみ中のエタノール濃度とグルコース濃度の同時定量方法。
項6. ラマン分光装置の励起光が、近赤外領域の励起光である項1〜5のいずれか1項に記載のもろみ中のエタノール濃度とグルコース濃度の同時定量方法。
項7. 励起光が785nmのレーザ光である、項6に記載のもろみ中のエタノール濃度とグルコース濃度の同時定量方法。
項8. ラマン分光装置が携帯型の装置である、項1〜7のいずれか1項に記載のもろみ中のエタノール濃度とグルコース濃度の同時定量方法。
項9. もろみが清酒、焼酎、泡盛もしくはマッコリのもろみである、項1〜8のいずれか1項に記載のもろみ中のエタノール濃度とグルコース濃度の同時定量方法。
項10. もろみ中のエタノールとグルコースの濃度を定量するための濾過器具であって、
一方から圧力を印加しながら前記もろみを押し出すための圧力負荷容器と、
圧力が負荷された前記もろみが流入するための第1の開口部と、前記もろみを濾過するための第1のフィルターを装着する領域部と、前記第1のフィルターにより濾過した液状物を送出する第2の開口部と、前記第1のフィルターを装着又は取り替えるための取り付け部とを有する第1のフィルターユニットと、
前記第1のフィルターユニットの前記第2の開口部から送出された液状物が流入するための第1の開口部と、前記液状物をさらに濾過するためのものであって、前記第1のフィルターよりも孔径の小さな第2のフィルターを装着する領域部と、前記第2のフィルターにより濾過した液体成分を送出する第2の開口部とを有する第2のフィルターユニットとを有することを特徴とする濾過器具。
項11. 項10の濾過器具を用いた2段階濾過によりもろみ中の固形成分を濾過する工程を含む、項1に記載のもろみ中のエタノール濃度とグルコース濃度の同時定量方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明により、日本酒等の酒類の製造工程中のもろみ等に含まれるアルコールおよびグルコース濃度を簡便、迅速、正確、かつ低コストで計測可能となる。さらに、アルコールや等を含む食品類や各種製品の製造工程管理や製品の品質管理に活用できる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】ろ過処理を施していないもろみ試料、エタノール水溶液およびグルコース水溶液のラマン散乱スペクトル図(計測時間10秒)である。
【
図2】(a)0.45μmフィルターでろ過処理を施したもろみ試料、エタノール水溶液およびグルコース水溶液のラマン散乱スペクトル図(計測時間10秒)である。(b)0.45μmフィルターでろ過処理を施したもろみ試料およびエタノール水溶液の872cm
−1におけるラマン散乱強度(計測時間10秒)と、エタノール濃度の相関を表す図である。
【
図3】(a)20vol/vol%のエタノール共存下におけるグルコース水溶液のラマン散乱スペクトル図(計測時間60秒)である。(b)20vol/vol%のエタノール共存下におけるグルコース水溶液の1120cm
−1におけるラマン散乱強度(計測時間60秒)と、グルコース濃度の相関を表す図である。
【
図4】種々のろ過処理を施したマッコリ試料の872cm
−1付近のラマン散乱スペクトル図(計測時間10秒)である。
【
図5】この発明の2段階ろ過および計測ユニットの構造を示す図である。
【
図6】0.45μmフィルターで1段階ろ過、あるいはNo.5Aろ紙と0.45μmフィルターで2段階ろ過を施した月桂冠にごり酒試料の872cm
−1付近のラマン散乱スペクトル図(計測時間10秒)である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
ラマン分光法は振動分光法であり、近赤外分光法と比較してより分離した明確なピークを示すことから、複雑な混合物中の特定成分の同定・定量が容易であるという特徴がある。また、水に対する感度が低く、水溶液中での計測に適している。
【0013】
本発明は、ろ過手法と各成分濃度の決定手法から構成される。本発明者らは、もろみ中に固形分が浮遊している試料の場合には、エタノールやグルコースの濃度の正確な計測がほぼ不可能であること、および適切なろ過手法によって一定以上の大きさの固形物を除去すれば正確な定量が可能となることを見出した。
【0014】
もろみとしては、清酒、焼酎、泡盛、マッコリなどのもろみが挙げられるが、コメ、ムギ(大麦、小麦など)、サツマイモなどの原料に麹菌を付着させて麹を調製し、その後酵母により発酵させて得られるもろみであれば、本発明の方法の測定対象となる。
【0015】
もろみのろ過手法としては、固形物を除去するために、好ましくは孔径1μm以下のフィルター、例えば孔径0.45 μm以下のフィルターを少なくとも使用し、1種類ないしは複数種類のフィルターを選択して1段階あるいは多段階ろ過を行う。特に、2段階上のろ過方式とすることで、ろ過に要する時間や労力を大きく軽減できる。もろみを孔径0.45 μm以下のフィルターで濾過すると、目詰まりにより濾過に非常に長い時間がかかる。例えば、もろみを濾紙で濾過して大きな固形物を濾過し、その後、孔径5μmのフィルターで濾過し、さらに孔径1μm以下(例えば孔径0.45μm)のフィルターで濾過する3段階濾過や、濾紙で濾過した後、孔径1μm以下(例えば孔径0.45 μm)のフィルターでろ過することで、濾過に要する時間を大幅に短縮でき、かつより高精度の定量測定を実現できる。
【0016】
ラマン分光装置により濾過前のもろみであっても測定値は得られるが、この測定値はエタノール濃度と全く相関が認められないことを本発明者は確認した。もろみを濾紙で濾過したろ液では、もろみ試料によりエタノール濃度とラマン分光装置による測定値の相関性が不十分な場合があり、測定誤差が大きくなり得る。孔径1μm以下(例えば孔径0.45 μm)のフィルターでろ過することでこのような測定誤差は許容範囲に抑制される。濾紙によるろ過は、常圧での自然濾過で行ってもよいが、減圧濾過もしくは加圧濾過で濾過してもよい。例えば、注射器の先端に濾紙を内部に含むフィルターユニットを接続し、プランジャを引くことでろ液を注射筒内に引き込み、その後フィルターユニットを孔径1μm以下(例えば孔径0.45 μm)のフィルターユニットに交換し、プランジャを押すことで、2段階濾過を行うことができる。
【0017】
フィルターの材質によっては洗浄すれば、フィルターの再利用が可能である。或いは、フィルターは一回の濾過ごとに交換することができる。例えば、フィルターとして濾紙を含むフィルターユニットを使用する場合、濾紙を交換することにより繰り返し使用することができる。メンブランフィルターなどの孔径1μmより小さいフィルターを含むフィルターユニットは、目詰まりをしない限り複数回使用できるが、フィルターを交換しない使い捨てのフィルターユニットが作業効率の改善から好ましい。
【0018】
好ましいフィルターの孔径は0.45μ以下であるが、孔径0.025μm以上が濾過時間を長時間化しないようにするために好ましい。さらに、孔径0.20μm以上がより好ましい。
【0019】
ラマン分光装置は、携行可能なハンディタイプのラマン分光装置が市販されており、ハンディタイプのラマン分光装置を使用することが、清酒や焼酎などの醸造の現場で簡便にエタノールとグルコースの濃度を定量するのに好ましい。ハンディタイプのラマン分光装置としては、株式会社エス・ティ・ジャパンが販売するハンディラマン分光器(サーステック・インディケーター)が好ましく例示される。
【0020】
ラマン分光装置の励起光は、レーザ光が用いられる。レーザ光は、近赤外領域のレーザ光が好ましく、例えば785nmのレーザ光が挙げられる。例えば532nmのレーザ光を励起光として用いてもよいが、この場合、蛍光によるノイズのために測定感度が低下する。
【0021】
一方、785 nmといった比較的長波長の励起光を用いるハンディラマン分光装置の場合、蛍光に妨害されることはない。
【0022】
エタノールの定量は、アルコールに特有の872 cm
−1付近の散乱ピークを使用して行うことができ、グルコースの定量は、グルコースに特有の594および1120 cm
−1付近の散乱ピークを使用することができる。これらのアルコール及びグルコースに特有の散乱ピークの強度に基づきレシオメトリーあるいは単変量解析/多変数解析で、エタノールおよびグルコース濃度を、広い濃度範囲(エタノール0.1〜100%、グルコース0.1〜30%程度)にわたって再現よく正確に且つ同時に計測可能となる。計測に必要な試料量は、1mLもあれば十分であり、0.75 mL程度でも十分に測定できる。もろみには、でんぷん等の他の成分が共存しているが、これらの存在は、エタノールとグルコースの定量には悪影響を及ぼさない。
【0023】
ラマン散乱測定に用いるセルのサイズは、必要な測定対象試料を最小化するため、できるだけ薄く小型のセルが望ましいが、薄すぎるあるいは小型すぎるセルを用いるとラマン散乱信号強度が低下し、感度や精度の低下および測定に長時間を要するので好ましくない。セルの厚さは0.5〜10 mm、受光面サイズが10〜400 mm
2程度が望ましく、セルの厚さ1〜2 mm、受光面サイズが25〜100 mm
2程度がより望ましい。
【0024】
セル材質は、750〜1000 nmの波長の光に対して90%以上の透過率を有するガラスあるいは透明なプラスチック製が望ましい。
相関の解析方法は、レシオメトリーあるいは単変量解析/多変数解析が挙げられ、相関関係式は測定対象試料と標準試料の設置位置やセルサイズに依存するが、線形、指数、多項式、対数、累乗近似法等が適用可能である。
本発明の濾過器具は、一方から圧力を印加しながら前記もろみを押し出すための圧力負荷容器と、第1のフィルターユニットと、第2のフィルターユニットとを有する(
図5)。
図5では、圧力負荷容器は注射器であり、シリンジ(Syringe)とプランジャを備えている。
【0025】
第1のフィルターユニットは、圧力が負荷された前記もろみが流入するための第1の開口部と、前記もろみを濾過するための第1のフィルターを装着する領域部と、前記第1のフィルターにより濾過した液状物を送出する第2の開口部と、前記第1のフィルターを装着又は取り替えるための取り付け部とを有する。第1の開口部は、
図5において、上側の開口部であり、ジョイント(Joint)により圧力負荷容器と接続される。第2の開口部は、
図5において、下側の開口部であり、ジョイント(Joint)により第2のフィルターユニットと接続される。
図5において、第1のフィルターは濾紙(Filter paper)であり、前記領域部に装着されている。第1のフィルターは、
図5に示されるSeal ringのような取り付け部で装着又は取り替えることができる。第1のフィルターとして濾紙を使用する場合、濾紙は濾過のたびに交換することが望ましい。濾紙を交換すれば第1のフィルターユニットは繰り返し使用できる。
【0026】
第2のフィルターユニットは、前記第1のフィルターユニットの前記第2の開口部から送出された液状物が流入するための第1の開口部と、前記液状物をさらに濾過するためのものであって、前記第1のフィルターよりも孔径の小さな第2のフィルターを装着する領域部と、前記第2のフィルターにより濾過した液体成分を送出する第2の開口部とを有する。第1の開口部は、
図5において、上側の開口部であり、ジョイント(Joint)により第1のフィルターユニットと接続される。第2の開口部は、
図5において、下側の開口部であり、ジョイント(Joint)により石英セル(Quarts cell)またはガラスセル(glass cell)と接続される。
図5において、第2のフィルターは第1のフィルターよりも目の細かいフィルターであればよく、目の細かい濾紙を使用してもよいが、0.45μmのメンブランフィルターを使用するのがより好ましい。第2のフィルターとしてメンブランフィルターを使用した場合、交換することなく複数回(例えば2〜4回)使用することができる。第2のフィルターユニットに前記第2のフィルターを装着又は取り替えるための取り付け部をさらに備え、第2のフィルターを交換するようにしてもよい。
【0027】
本発明により、従来法と比較して飛躍的に軽量小型で可搬性に優れ、経済的にも有利で、性能面でも格段に優れた測定法が提供できる。
【実施例】
【0028】
以下に参考例、実施例及び試験例を挙げて本発明を更に具体的に説明するが、これらは本発明を限定するものではない。
【0029】
なお、ハンディタイプのラマン分光装置として、株式会社エス・ティ・ジャパンが販売するサーステック・インディケーターを使用し、露光時間(10.0 sec,60.0 sec)、励起波長785 nmで測定を行った。
実施例1
1.実験
1.1)日本酒もろみ試料および標準試料の調製
日本酒製造メーカーから提供を受けた3種の清酒もろみ(清酒もろみ仕込み2号、清酒もろみ仕込み8号、および清酒もろみ仕込み18号)約10 mLをガラスシリンジに採取し、0.45μmの細孔を有するフィルター(直径25 mm)を用いてろ過し、無色透明試料を調製した。なお、もろみ2号、8号、および18号はそれぞれ醸造段階終期、中期、および初期の段階にあるもろみであり、ガスクロマトグラフを用いて分析したアルコール濃度はそれぞれ20.1vol/vol%、16.9vol/vol%、および5.1vol/vol%である。一方、検量用の試料としてエタノール(和光純薬)を5〜30vol/vol%含有する水溶液を調製した。同様にグルコース(和光純薬)を1〜300g/L(0.1〜10wt%)含有する水溶液を調製した。
【0030】
1.2)日本酒もろみ試料のラマン散乱スペクトル計測
ろ過処理を施していない日本酒もろみ試料約4 mLを、パイレックス(登録商標)ガラス製のバイエル瓶に加え、携帯型ラマン分光器(エス・ティー・ジャパン社Serstech Indicator)に装着して後方散乱モードでラマン散乱スペクトルを計測した。なお、励起レーザー波長は785 nmであり、計測時間は10秒、あるいは60秒に設定した。測定範囲は400 cm
−1〜1400 cm
−1とした。
【0031】
図1に、計測時間10秒における、ろ過処理を施していない3種のもろみ、エタノール20vol/vol%水溶液、およびグルコース2.0wt%含有水溶液のラマン散乱スペクトルを示した。もろみ試料およびエタノール水溶液は872 cm
−1、1020 cm
−1、1080 cm
−1、および1450 cm
−1にエタノールに起因する散乱ピークを示したが、その散乱強度と濃度間には直線的明確な相関は認められず、必要とされる最低限の精度(エタノール、グルコースともに0.5%程度)での定量は困難であった。例えば醸造段階終期にあるもろみ試料2号はほぼ20vol/vol%のエタノールを含有するが、その散乱強度は20vol/vol%エタノール水溶液と比較して著しく低かった。
【0032】
そこで、各種手法によるもろみ試料の前処理の影響を検討したところ、0.45μmの細孔を有するフィルターを用いてろ過することで、エタノールの定量的測定が可能となることを見出した。
図2(a)に、計測時間10秒における、ろ過処理を施した3種のもろみ、エタノール20vol/vol%水溶液、およびグルコース20g/L(2.0wt%)含有水溶液のラマン散乱スペクトルを示した。ろ過処理を施していない場合と比較してもろみ試料の散乱強度が上昇し、さらに1120 cm
−1付近にグルコースに起因する散乱ピークが認められた。
図2(b)には、ろ過処理を施したもろみ試料と精製水、および既知濃度のエタノール水溶液の872 cm
−1における散乱強度を、エタノール濃度に対してプロットした結果を示した。決定係数R
2が0.9983と、極めて良好な直線関係が認められ、ほぼ要求精度での定量が可能であることが示された。
【0033】
エタノールとグルコースが共存する場合のグルコースの検量限界および精度を評価するため、エタノール10vol/vol%およびグルコースを1〜100 g/L含有する水溶液に対して、計測時間60秒でラマン散乱測定を行った結果を、
図3(a)に示した(縦軸は吸光度換算した数値を表示してある)。872 cm
−1のエタノールに起因する散乱ピーク強度は飽和しており定量的変化を示さない一方、その他の散乱ピークの強度は増大し、1120 cm
−1付近にグルコースに起因する散乱ピークが明確に認められた。また、
図3(b)に1120 cm
−1における散乱強度を、グルコース濃度に対してプロットした結果を示した。決定係数R
2が0.9956と、極めて良好な直線関係が認められ、0.1%以上のグルコースの存否を確認できることが判明した。なお、エタノールに起因する1080 cm
−1の吸収ピークのすそ野がこの波長領域まで伸びていることに起因して、グルコースを含有しない場合にも一定の散乱強度が示された。
【0034】
以上の結果を単変量および多変量解析することで、エタノールおよびグルコースの同時定量が可能である。ろ過処理を施したもろみ試料について、872 cm
−1および1120 cm
−1の散乱ピーク強度を基に単変量解析を施したところ、もろみ2号はアルコール濃度20.4vol/vol%、グルコース濃度7.2wt%、もろみ8号はアルコール濃度16.9vol/vol%、グルコース濃度9.8wt%、もろみ18号はアルコール濃度5.1vol/vol%、グルコース濃度25.6wt%が算出され、上記のガスクロマトグラフ法による計測結果とほぼ完全に一致した(±0.2%以下)。
【0035】
1.3)ろ過方法の検討
日本酒もろみの場合には0.45μmの細孔を有するフィルターによるろ過が必要であった。しかし、10 mLのろ過を完了するのに30分以上を要する。そこで市販のマッコリ(眞露375 mL瓶)を対象として、種々の細孔径のフィルターの効果を検討するとともに、多段階ろ過による処理の迅速化を検討した。
図4には、計測時間10秒におけるマッコリのラマン散乱スペクトルに及ぼす、テフロン(登録商標)(PTFE)フィルターに加えて、ろ紙(No.2)、ガラスフィルター(G3)、三角巾、ガーゼ等によるろ過が、872 cm
−1における散乱強度に与える影響を示した。なお、ろ過処理なしではこの領域には明確な散乱ピークは認められなかった。その結果、0.45μmの細孔を有するフィルターでのろ過で、再現性よく定量可能であり、さらに0.20μmの細孔を有するフィルターでろ過しても顕著な変化は認められなかった。一方、ろ紙によるろ過では定量的な分析は不可能であった。
【0036】
一方、
図5に示した器具を活用して、ろ紙によるろ過後に0.45μmPTFEフィルターで2段階ろ過を施すことで、効率良く迅速にろ過が完了可能となる。例えば、月桂冠にごり酒(300 mL瓶)について、直径9.2 mmのガラス製シリンジに直径32 mmの0.45μmPTFEフィルターを装着した場合、当初の0.5 mL弱までのろ過は5 kg程度の圧力で実施できるが、その後ろ過に必要な力が10 kg以上まで急激に増大し、ろ過が極めて困難となった。フィルター上ににごり酒由来の固形成分が蓄積したためと考えられる。一方、
図5に示した、直径25 mm(有効直径21 mm)のNo.5Aろ紙と0.45μmPTFEフィルターを組み合わせた治具を用いた場合、当初の1.0 mL強まで5 kg以下の負荷で、1分以内に迅速にろ過可能である。さらに、ろ紙は容易に交換できることから、試料中の固形成分の量および粒子径に応じて最適なろ紙の選択が可能である。さらに、ろ紙のみを交換することでPTFEシリンジフィルターは2〜4回程度繰り返し利用となり、ろ過に要する消耗品のコストを大幅に低減できる。
【0037】
図6に、月桂冠にごり酒(300 mL瓶、エタノール10.5%)を0.45μmPTFEフィルターのみでろ過した試料、No.5Aろ紙および0.45μmPTFEフィルターで2段階ろ過を施した試料、およびにごり酒をそのまま計測した場合のラマン散乱スペクトルを示した。ろ過処理無しでは872 cm
−1のエタノールに起因するピークはほとんど認められなかったが、1段階および2段階ろ過の場合には等強度の明確なピークが確認され、2段階ろ過の有効性が実証された。
【0038】
なお、本実施例の濾過方法では2段階濾過方式及び0.45μmフィルターを使った例を示したが、濾紙で濾過し、5μmフィルターで濾過した後、さらに0.45μmフィルターで濾過する3段階濾過でも良好な結果を得ることを確認している。
また、本実施例では、
図5に示した濾過器具の場合について説明したが、本発明はこれに限定されない。例えば、本実施例では直径9.2 mmのガラス製シリンジを用いたが、圧力を負荷して第1のフィルターユニットにもろみを押し込むことができればどのような構造であってもよい。さらに、第1のフィルターユニットと第2のフィルターユニットに配置するフィルターとして、第1のフィルターユニットのフィルターの孔径に比べて、第2のフィルターユニットのフィルターの孔径を小さくすることで、短時間に効率よく、高精度の定量測定が可能なろ液を得ることができる。
【産業上の利用可能性】
【0039】
本発明は、日本酒、焼酎等の醸造酒・蒸留酒や、アルコール、等を含む製品の製造工程管理あるいは製品の検査に使用可能である。