(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0010】
次に、本発明の好ましい一実施形態に係る溶接装置1を、図面を参照しながら説明する。
溶接装置1は、鋼板Sが圧延され搬送される搬送路P1の途中に備えられ、鋼板と鋼板を溶接により接続する。溶接装置1は、溶接部20及び溶接部20で溶接された部分を圧下する圧下部30とともに、冷却部40及び加熱部50が共通する移動フレーム10に支持されている。この一体的な支持構造を採用することにより、溶接装置1は溶接を行った直後に、溶接部分を焼入れ及び焼戻しできる。以下、溶接装置1の構成、動作を順に説明した後に、溶接装置1が奏する効果に言及する。
【0011】
[溶接装置1の構成]
溶接装置1は、
図1に示すように、マッシュシーム溶接(mash seam welding,JIS Z 3001)を担う溶接部20と、溶接部20で溶接された部分を加圧する圧下部30と、を備えている。この溶接部分は、
図2に示すように、先行鋼板S1の尾端と後行鋼板S2の先端が重ね合わされた部分を含み、溶接部分以外に比べると肉厚な段差をなしており、圧下部30はこの段差を他の部分と概ね同じ肉厚になるまで押し潰して平坦化の程度を改善する。
また、溶接装置1は、圧下部30で圧下された溶接部分に向けて噴霧水を供給する冷却部40と、噴霧水が供給された溶接部分を加熱する加熱部50と、を備えている。
さらに、溶接装置1は、溶接前に溶接対象である鋼板Sの表面の主に酸化物を除去する黒皮除去部60と、黒皮除去部60により酸化物が除去された鋼板Sの端部をせん断により切除する切断部70と、を備えている。
【0012】
溶接装置1は、溶接部20、圧下部30、冷却部40、加熱部50、黒皮除去部60及び切断部70が、移動フレーム10に支持されている。移動フレーム10は、予め定められた鋼板Sの搬送路P1に対して往復移動するが、溶接部20、圧下部30、冷却部40、加熱部50、黒皮除去部60及び切断部70も、この往復移動に伴って搬送路P1に対して往復移動する。
【0013】
溶接装置1は、冷却部40と加熱部50を備えることで溶接部分の焼入れ及び焼戻しができるので、焼入れ及び焼戻しができる例えば高炭素鋼、TRIP鋼が溶接の対象となる。ここで、高炭素鋼とは、炭素含有量が0.45〜2.00質量%の炭素鋼をいい、例えばJIS S55Cが該当する。また、TRIP鋼(Transformation Induced Plasticity:変態誘起塑性)は、高温域で生成するオーステナイト結晶格子を常温域でも残存させてマルテンサイト結晶格子との混相組織とした鋼である。残存したオーステナイトは結晶格子の微小量の伸縮によりマルテンサイトに変態するので、プレスなどの力を加えると、オーステナイトの特性によって瞬間的には延性を示す。しかし、すぐに安定した硬いマルテンサイト組織に変わり、変形部分の強度が高まる。
ただし、溶接装置1は、焼入れ及び焼き戻しの必要のない鋼を溶接できる。この場合には、冷却部40及び加熱部50を機能させなければよい。
【0014】
[移動フレーム10]
移動フレーム10は、
図1に示すように、側面視した形状がC型の形状を有しており、一方端に高さ方向Hに沿う接続端11Aが設けられ、他方端には開口11Bが設けられる。なお、高さ方向Hは鉛直方向Vと一致する。
移動フレーム10は、
図1(b)に示すように、開口11Bが搬送路P1を向いて配置される。なお、移動フレーム10において、開口11Bが設けられる側を前方(F)、接続端11Aが設けられる側を後方(B)と定義する。
【0015】
移動フレーム10は、接続端11Aに繋がり前方(F)に向けて延びる上下一対の支持台12A,12Bを備えている。支持台12A,12Bは、高さ方向Hに所定の間隔を隔てて長さ方向Lに沿って設けられる。支持台12Aは上方に、支持台12Bは下方に配置される。なお、長さ方向Lは水平方向Hと一致する。
【0016】
支持台12Bは、移動フレーム10を移動させるのに必要な複数の車輪13,13…を、下面14の側に備えている。車輪13は、図示を省略する駆動源により正転又は逆転することにより、移動フレーム10を往復移動させることができる。車輪13はあくまで一例であり、他に例えばリニアガイドを移動手段として利用できる。リニアガイドによれば、移動フレーム10の移動がより円滑でかつ移動フレーム10の上下方向の位置が安定しやすいという利点がある。
支持台12Aと支持台12Bの間に前方側から加熱部50、黒皮除去部60、冷却部40、圧下部30及び溶接部20がこの順に設けられている。
【0017】
移動フレーム10は、少なくとも、搬送路P1から退避する位置(
図1,
図4(a):後退位置)と、移動フレーム10に支持される切断部70が搬送路P1に達し、鋼板Sを完全に切断可能な位置(
図4(c):前進位置)と、の間を往復移動する。移動フレーム10が往復移動する方向は、鋼板Sの溶接方向と同じである。移動フレーム10は多少前進位置を通り越してしまっても、後方に移動して鋼板Sの切断時に位置調整すればよい。後退位置に置かれる移動フレーム10よりも前方側に鋼板Sが搬送される搬送路P1が配置される。移動フレーム10が往復移動することにより、鋼板Sは移動フレーム10の支持台12Aと支持台12Bの間を相対的に進退移動する。この支持台12Aと支持台12Bの間を鋼板Sが移動する経路を移動路P2と称するが、移動路P2と搬送路P1は直交している。
【0018】
移動フレーム10は、搬送路P1から退避する位置において、鋼板Sが搬送されてくるまで待機している。
移動フレーム10は、鋼板Sが搬送されてくると、後退位置から前進位置まで移動する。移動フレーム10が後退位置から前進位置まで移動する往路において、黒皮除去部60により鋼板Sの表面酸化物を除去するとともに、切断部70による鋼板Sの切断が行われる。詳しくは後述するが、この往路の動作が
図4(a),(b),(c)に示されている。
【0019】
移動フレーム10は、往路を移動して前進位置まで達すると、今度は後退位置まで戻る復路を移動する。この復路において、溶接部20、圧下部30、冷却部40及び加熱部50を機能させることにより、溶接、溶接部分の平坦化及び溶接部分の熱処理が連続的に行われる。以下、往路で機能する黒皮除去部60、切断部70について説明した後に、復路で機能する溶接部20〜加熱部50について説明する。
【0020】
[黒皮除去部60]
黒皮除去部60は、鋼板Sの溶接が予定される部分の表面酸化物を除去する。表面酸化物を除去する限り、他の物質を除去しても黒皮除去部60であることに変わりはない。
黒皮除去部60は、
図1(a)に示すように、上下で一対のブラシロール61A,61Bと、ブラシロール61A,61Bのそれぞれを回転可能に支持する支持ロッド62A,62Bと、を備える。本実施形態は、
図1(b)及び
図2(a)に示すように、上下で一対のブラシロール61A,61Bが、搬送路P1の方向に間隔をあけて二対並んで設けられている。
図2(a)に示すように、搬送路P1の上流側αに設けられるブラシロール61A,61Bは、溶接の対象となる一方の鋼板Sの表面酸化物を除去し、搬送路P1の下流側βに設けられるブラシロール61A,61Bは、溶接の対象となる他方の鋼板Sの表面酸化物を除去する。なお、一方の鋼板Sは、他方の鋼板Sよりも先行して溶接装置1に搬送されるので、先行鋼板S1と称され、他方の鋼板Sは、一方の鋼板Sの後に続いて溶接装置1に搬送されるので、後行鋼板S2と称される。なお、両者を区別する必要がないときは鋼板Sと総称する。
【0021】
ブラシロール61Aとブラシロール61Bは、
図1(a)に示すように、移動路P2を挟んで高さ方向Hの上下に互いに対向して配置されている。ブラシロール61Aとブラシロール61Bは、長さ方向L及び幅方向Wの位置が一致するように配置されている。
【0022】
ブラシロール61A,61Bは、
図2(a)に示すように、それぞれの外周面が鋼板Sの上面及び下面に接触して表面酸化物を削り取るなどして除去する。ブラシロール61A,61Bは、表面酸化物を除去することができる限り、除去する具体的な手段は任意であり、例えば硬質な砥粒が外周面に集積される研削砥石、先端が硬質なワイヤが外周面に配列されているブラシなどが適用される。
【0023】
移動路P2よりも上方に配置されるブラシロール61Aは、油圧シリンダ63に支持されており、移動路P2に対して昇降する。ブラシロール61Aを支持する支持ロッド62Aは、油圧シリンダ63のピストン64に繋がるピストンロッドを構成する。
ブラシロール61A,61Bにより表面酸化物を除去する際には、ブラシロール61Aを降下させることにより、ブラシロール61Aとブラシロール61Bを鋼板Sに適切な圧力をもって接触させる。
移動路P2よりも下方に配置されるブラシロール61Bは、支持台12Bに固定される支持ロッド62Bに支持されており、ブラシロール61Aと同様に、移動路P2に対して昇降することができる。なお、後述する溶接部20の電極輪21A,21B及び圧下部30の加圧ロール31A,31Bについても、ここで説明した昇降の関係が当てはまる。
【0024】
ブラシロール61A,61Bは、
図2(a)に示すように、先行鋼板S1の後端BEから所定の間隔をあけた領域を除去の対象とするとともに、後行鋼板S2の先端FEから所定の間隔をあけた領域を除去の対象とする。先行鋼板S1の除去の対象領域よりも後端側と後行鋼板S2の除去の対象領域よりも先端側とは、切断部70の切断により取り除かれる。
【0025】
[切断部70]
切断部70は、黒皮除去部60により表面酸化物が除去された先行鋼板S1及び後行鋼板S2の、前述した所定領域を切断して取り除く。
切断部70は、
図1(a)に示すように、図示を省略する駆動源によりそれぞれが昇降する上下で一対のせん断刃71A,71Bを備える。
【0026】
本実施形態は、
図1(b)及び
図2(b)に示すように、上下で一対のせん断刃71A,71Bが、搬送路P1の方向に間隔をあけて二つ並んで設けられている。
図2(b)に示すように、搬送路P1の上流側αに設けられるせん断刃71A,71Bは、先行鋼板S1を切断の対象とし、搬送路P1の下流側βに設けられるせん断刃71A,71Bは、後行鋼板S2を切断の対象とする。
【0027】
せん断刃71Aとせん断刃71Bは、
図1(a)に示すように、移動路P2を挟んで高さ方向Hの上下に互いに対向して配置されている。せん断刃71Aとせん断刃71Aは、長さ方向L及び幅方向Wの位置が一致するように配置されている。
【0028】
[溶接部20]
次に、溶接部20について説明する。
溶接部20は、
図1(a)及び
図2(c)に示すように、上下で一対の電極輪21A,21Bと、電極輪21A,21Bのそれぞれを回転可能に支持する支持ロッド22A,22Bと、を備える。
電極輪21Aと電極輪21Bは、移動路P2を挟んで高さ方向Hの上下に互いに対向して配置されている。電極輪21Aと電極輪21Bは、長さ方向L及び幅方向Wの位置が一致するように配置されている。
【0029】
移動路P2よりも上方に配置される電極輪21Aは、油圧シリンダ23に支持されており、移動路P2に対して昇降する。電極輪21Aを支持する支持ロッド22Aは、油圧シリンダ23のピストン24に繋がるピストンロッドを構成する。
電極輪21A,21Bにより鋼板Sを溶接する際には、電極輪21Aを降下させることにより、電極輪21Aと電極輪21Bを鋼板Sに適切な圧力をもって接触させる。
移動路P2よりも下方に配置される電極輪21Bは、支持台12Bに固定される支持ロッド22Bに支持されている。
【0030】
[圧下部30]
次に、圧下部30について説明する。
圧下部30は、
図1(a)に示すように、溶接部20の前方(F)の側に隣接して設けられており、溶接部20で溶接された鋼板Sの溶接部分を圧下して平坦化する。ここで行われる塑性加工は、 HYPERLINK "http://www.jaroc.co.jp/corp/swaging.html" スウェージング(Swaging)と称される。
【0031】
圧下部30は、
図1(a)及び
図2(d)に示すように、上下で一対の加圧ロール31A,31Bと、加圧ロール31A,31Bのそれぞれを回転可能に支持する支持ロッド32A,32Bと、を備える。なお、
図2及び
図3において、溶接部分は黒塗りで示されている。
加圧ロール31Aと加圧ロール31Bは、移動路P2を挟んで高さ方向Hの上下に互いに対向して配置されている。加圧ロール31Aと加圧ロール31Bは、長さ方向L及び幅方向Wの位置が一致するように配置されている。
【0032】
移動路P2よりも上方に配置される加圧ロール31Aは、油圧シリンダ33に支持されており、移動路P2に対して昇降する。加圧ロール31Aを支持する支持ロッド32Aは、油圧シリンダ33のピストン34に繋がるピストンロッドを構成する。加圧ロール31A,31Bにより溶接部分に圧力を加える際には、加圧ロール31Aを降下させることにより、加圧ロール31Aと加圧ロール31Bを鋼板Sの溶接部分に適切な圧力を加える。
移動路P2よりも下方に配置される加圧ロール31Bは、支持台12Bに固定される支持ロッド32Bに支持されている。この支持ロッド32Bの伸縮動作により加圧ロール31Bが移動路P2に対して昇降してもよい。
【0033】
詳しくは後述するが、溶接部20により圧延された部分の表面温度は例えば1300℃を超える温度になるが、圧下部30が接することにより当該部分の温度は例えば700℃以下まで下がり、その後、復熱により温度が上昇する。
【0034】
[冷却部40]
次に、冷却部40について説明する。
冷却部40は、
図1及び
図3(a)に示すように、散水ノズル41から圧下部30により平坦化された溶接部分の上面及び下面の両方に向けて冷却水CWを供給する。この冷却水CWの供給により、溶接部分は急冷され、焼入れされることになる。焼入れについて詳しくは後述する。
この冷却水CWは、好ましくは粒状として供給される。粒状としては、粒径の小さいミスト状、ミスと状よりも粒径の大きいシャワー状があるが、ミスト状の冷却水であることが好ましい。理由は以下の通りである。つまり、冷却水をミスト状にすることで使用する水量を少なくする。これにより、水処理の設備を小さくかつ簡単なものにでき、さらに、水量が少なくなることで、圧下部30に及ぶ冷却水の量も少なくなる、という効果が奏されるからである。
【0035】
ここに示す例では、冷却部40は移動路P2を挟む上方及び下方に設けられているが、これは一例にすぎず、十分な冷却能が得られる限り、移動路P2よりも上方だけ又は下方だけに設けることもできる。移動路P2に沿って一つ又は三つ以上の冷却部40を設けることもできる。また、ここでは冷却媒体として冷却水CWの例を示したが、十分な冷却能が得られるのであれば他の冷却媒体、例えばエアを用いることもできる。
【0036】
[加熱部50]
次に、加熱部50について説明する。
加熱部50は、
図1及び
図3(b)に示すように、冷却部40からの冷却水の供給により焼入れされた溶接部分をヒータ51により加熱して、焼戻しする。
【0037】
焼戻しの作用を発揮できる限り、加熱部50が溶接部分を加熱する機構は問わない。例えば、電熱線を用いるヒータ、火炎を用いるヒータ、IH(Induction Heating;誘導加熱)を用いるヒータなどが適用される。
この中で、IHヒータは、電磁コイルから発生させる電磁界を鋼板Sの溶接部分に印加することにより、誘導されたうず電流を溶接部分に流す。鋼板Sは電気的な抵抗を持っているので、流れる電流により溶接部分は発熱する。このように、加熱部50としてIHヒータを用いると、鋼板Sの急速な加熱を実現しやすい。焼戻しについて詳しくは後述する。
【0038】
図3(c)に示すように鋼板Sが加熱部50を通過すると、鋼板Sは周囲の空気により室温まで空冷される。溶接部分で繋がった先行鋼板S1と後行鋼板S2は一体の鋼板Sとして、例えば次の圧延に供される。
ここでは、加熱部50を鋼板Sの下方だけに設けたが、鋼板Sの上方及び下方の両方に設けることもできる。
【0039】
[溶接手順]
次に、溶接装置1を用いて先行鋼板S1と後行鋼板S2を溶接する手順を、さらに
図4及び
図5を参照して説明する。なお、
図4は溶接装置1が往路を移動する過程を示し、
図5は溶接装置1が復路を移動する過程を示している。
【0040】
今、
図4(a)に示すように、後退位置で溶接装置1が待機しているのに対して、先行鋼板S1及び後行鋼板S2のそれぞれが所定の位置まで搬送される。そうすると、
図2(a)に示すように、先行鋼板S1及び後行鋼板S2は、それぞれクランプ65,65により挟み込まれることで、位置が固定される。固定が完了すると、溶接装置1は往路の移動を始める。往路においては、溶接部20及び圧下部30は先行鋼板S1及び後行鋼板S2に接触しないように離れている。また、冷却部40からの冷却水の供給は停止されているとともに、加熱部50も未だ加熱状態にない。
【0041】
溶接装置1の移動フレーム10が往路の移動を進めると、
図2(a)及び
図4(b)に示すように、黒皮除去部60が鋼板S(先行鋼板S1,後行鋼板S2)に達し、さらに鋼板Sを通過するので、鋼板Sの表面酸化物が除去される。
【0042】
さらに溶接装置1が往路の移動を進め前進位置に達すると、
図2(b)及び
図4(c)に示すように、切断部70が鋼板S(先行鋼板S1,後行鋼板S2)に達する。次いで、せん断刃71Aを降下させるとともにせん断刃71Bを上昇させて、先行鋼板S1と後行鋼板S2のそれぞれを切断する。
以上で往路における手順を終えるので、溶接装置1は次に復路を移動する。溶接装置1が往路を移動する際には、溶接部20及び圧下部30は先行鋼板S1及び後行鋼板S2に接触するように準備がなされ、冷却部40から冷却水の噴霧が行われる。
【0043】
溶接装置1が復路の移動を開始すると、鋼板Sは切断部70を抜け出た後に、
図5(a)に示すように、溶接部20及び圧下部30を順に通過する。先行鋼板S1と後行鋼板S2は、溶接部20を通過することで
図2(c)に示すように溶接される。次いで、圧下部30を通過することで
図2(d)に示すように溶接部分が他の部分と概ね同じ程度の肉厚まで平坦化される。
【0044】
圧下部30により押し潰された溶接部分は、
図5(b)に示すように、冷却部40まで達すると、ミスト状として供給される冷却水CWが付着するので急冷される。この急冷により、溶接部分は焼入れされる。
【0045】
溶接装置1が復路の移動を進めると、
図5(c)に示すように、鋼板Sは加熱部50の上を通過する過程で所定の温度まで加熱されることで、焼入れされた溶接部分は焼戻しがなされる。
溶接装置1が復路の移動をさらに進めると、
図5(d)に示すように、溶接装置1は後退位置まで戻り、先行鋼板S1と後行鋼板S2を溶接する一連の手順が完了する。そうすると、先行鋼板S1と後行鋼板S2が繋がった鋼板Sは次工程に向けて搬送される。
【0046】
[溶接部分の温度履歴]
先行鋼板S1と後行鋼板S2の溶接部分は、溶接部20による溶接、圧下部30による押し潰し、冷却部40による急冷及び加熱部50による加熱を経る。この溶接部分の温度履歴の一例を、
図6を参照しながら説明する。
図6に示される温度は鋼板Sの表面を観察した温度である。なお、
図6はTRIP鋼の温度履歴を例示している。
【0047】
図6に示すように、溶接部20により溶接が行われると鋼板Sの溶接部分(以下、単に溶接部分)の温度は急激に上昇し、例えば1300℃以上のピーク温度T1に達する。したがって、溶接部分は、オーステナイト(γ)組織が母相となる。溶接部20による溶接は圧下を伴い、再結晶温度域で圧延されているものとみなせるので、オーステナイト(γ)相は微細化される。鋼板Sが溶接部20を抜け出ると、周囲の空気により冷却されるので、溶接部分の温度はT2まで下がる。
【0048】
さらに、溶接部分は、圧下部30に接すると冷却媒体としての圧下部30を介して熱が奪われるので、さらに溶接部分は温度T2から急激に下がり温度T3に達する。ただし、この温度低下は、圧下部30に接する溶接部分の表面及びその近傍の範囲に限る。一例として、圧下部30を通過する過程で1100℃〜500℃の範囲で温度が下がる。
圧下部30による段差の平坦化の過程で、再結晶していないオーステナイト(γ)相を平坦に延ばす。これにより、変態の核生成サイトとなる界面面積が大きくなる。
【0049】
溶接部分は、圧下部30を通過すると、温度が高くなる。これは、圧下部30の接触による温度低下がその表面及び表面近傍に限られる一方、高い温度が維持されている表面から離れた領域からの熱の供給により温度T4まで復熱する。復熱した後には、溶接部分は空冷されるので、温度T5まで下がる。
【0050】
溶接部分は、復熱が終えると、冷却部40からの冷却水が供給されるので、温度T5から急激に温度が下がり焼入れされる。温度が急激に下がった後は、温度の低下が小さく抑えられながら、温度T6まで下がり、焼入れがなされる。温度の低下が小さく抑えられるのは、冷却水が噴霧される領域を溶接部分が通過し終えたからである。
冷却水の供給による溶接部分が急冷されることによって、変態の駆動力が増大され、フェライト(α)粒の成長が抑制される。
【0051】
温度T6を過ぎると、今度は溶接部分の温度が上昇に転じる。これは、溶接部分が加熱部50に達したためであり、この温度上昇は、溶接部分が加熱部50を通過し終えるのに対応する温度T7まで続く。その後、溶接部分は室温まで空冷される。この温度上昇及び降下により溶接部分は焼戻しされる。
【0052】
ここで、焼入れ及び焼戻しについて説明する。
焼入れとは、鋼を変態点以上に加熱してオーステナイト組織(面心立方格子)の状態から急冷することによって、他の組織が析出しないように、マルテンサイト組織(体心正方格子)に変態させる鋼を硬化する処理をいう。
溶接装置1は、溶接部20による溶接、圧下部30による段差の平坦化及び冷却部40による冷却水の供給を通じて、焼入れを施すことができる。
【0053】
焼入れ中に、マルテンサイトが生じ始める温度をMs点、マルテンサイト変態が完了する温度をHf点という。マルテンサイト変態は、温度の降下につれて進行するために、Ms点に達すれば、徐冷しても変態が進行する。したがって、自然放冷によっても焼入れできるが、冷却部40を用いて強制的に冷却することによって、溶接を行うのに必要なサイクルタイムの増加を最小限に抑えることができる。
図6にMs点の一例を示しているが、冷却水の供給による強制冷却によって、溶接部分をMs点未満に冷却し、高炭素鋼について好ましくはMf点未満まで冷却する。
【0054】
次に、焼戻しについて説明する。
焼戻しは、焼入れを行った鋼について、硬さを減少させるとともに粘さを増加させる目的で行われる熱処理である。焼戻しはAc1変態点以下の温度に加熱するが、粘さを重視する場合には高めの温度、例えば400℃以上の温度で、また、硬さを重視する場合には低めの温度、例えば200℃前後とされる。
【0055】
[効 果]
以下、本実施形態に係る溶接装置1が奏する効果について説明する。
はじめに、本実施形態の溶接装置1によれば、溶接部20による溶接と圧下部30による段差の平坦化をした後に、直ちに焼入れのための冷却及び焼き戻しのための加熱ができる。したがって、溶接装置1によれば、溶接部分の組織の再結域での結晶粒微細化、未再結晶域での結晶粒平坦化、焼入れ、焼戻しができるので、溶接部分の機械的性質を向上できる。これにより、溶接された先行鋼板S1と後行鋼板S2からなる鋼板Sをその後に圧延しても、溶接部分が欠陥の原因になるおそれが著しく低くなる。
本発明者らは、(a)、(b)のそれぞれの工程を経た溶接部分のエリクセン値の評価を行った。その結果、本実施形態に対応する(b)、つまり焼入れ、焼戻しすることにより、エリクセン値が80%程度まで回復する。この値は、焼鈍する(a)の2倍程度に達する。この結果より、溶接装置1の効果が実証された。なお、以下のエリクセン値(%)は、母材を100とした場合の比として表している。
(a)圧下部30による平坦化後に焼鈍し
(b)圧下部30による平坦化後に焼入れ、焼戻し
【0056】
しかも、溶接装置1によれば、冷却部40及び加熱部50が溶接部20及び圧下部30と同期して移動する復路において、焼入れのための冷却及び焼き戻しのための加熱ができる。したがって、溶接装置1によれば、先行鋼板S1と後行鋼板S2を溶接するのに要するサイクルタイムを最小限に抑えることができる。
また、焼入れ直後に焼戻しを行うことができるので、焼入れ後に長時間放置しておくと生じうる置割れを確実に避けることができる。
【0057】
加えて、溶接装置1によれば、後退位置から前進位置に向かって、溶接部20、圧下部30、冷却部40及び加熱部50は移動フレーム10に固定されているので、相対的な位置が変わらない。したがって、溶接から焼戻しまでの工程の間隔、例えば、圧下部30による段差の平坦化と冷却部40による強制冷却の間隔、冷却部40による強制冷却と加熱部50による焼戻しのための加熱の間隔を一定にできる。これにより、繰り返して行われる溶接において、焼入れ及び焼戻しの条件が一定になるので、溶接部分の機械的性質を安定して向上できる。
【0058】
以上、本発明の好適な実施形態を説明したが、本発明の主旨を逸脱しない限り、上記実施形態で挙げた構成を取捨選択したり、他の構成に置き換えたりすることができる。
特に、溶接装置1は、冷却部40から冷却水が噴霧されるので、この冷却水を適切に処理することが、圧下部30による段差の平坦化の効果を確保する上で重要である。そこで、
図7〜
図12を参照しながら、冷却水を適切に処理するいくつかの方策について説明する。
【0059】
[圧下部30の防水カバー35]
はじめに、
図7(a)に示すように、圧下部30に防水カバー35を備える例を説明する。
防水カバー35は、加圧ロール31A,31Bが溶接部分(段座部分)に接触するために必要な開口35Aを除いて、加圧ロール31A,31Bの周囲を取り囲む。加圧ロール31A,31Bを防水カバー35で覆うことにより、冷却部40から吐出された冷却水CWが加圧ロール31A,31Bに付着するのを抑制できる。これにより、加圧ロール31A,31Bの温度低下が軽減できるので、圧下される鋼板Sの温度低下も軽減でき、加圧ロール31A,31Bによる、溶接部分の段差を圧下する能力の低下を防ぐ。
【0060】
防水カバー35は、加圧ロール31A,31Bを回転駆動させるのに必要な電動モータ、減速機などの付帯機器36が隣接して設けられている場合には、付帯機器36を覆うことができる。この付帯機器36も防水カバー35で覆われることにより、水がかからないので、電機部品の故障を防止できる。
【0061】
防水カバー35の効果を顕著にするために、
図7(b)に示すように、防水カバー35の裾の部分(圧下部30と冷却部40の間)であって、冷却部40に対向する側にエアナイフ37を設けることができる。エアナイフ37は、本実施形態における第一止水機構を構成する。
エアナイフ37は、小量の圧縮ガス、典型的には圧縮エアで周囲の大気を引き込み、エアが高速で流れるカーテン38を生成する。カーテン38は、防水カバー35の開口35A,35Aと冷却部40の間にあって、鋼板Sの上面及び下面のそれぞれに吹き付けられる。エアは圧下部30の側から冷却部40の側に向けて傾いて吹き付けられることが好ましい。そうすれば、冷却部40から吐出された冷却水がカーテン38を越えて防水カバー35の開口35Aに達するおそれはほとんどない。
なお、ここでは防水カバー35に付随してエアナイフ37を設ける例を示したが、防水カバー35を設けることなくエアナイフ37を設けることもできる。また、圧縮ガスとして圧縮エアの例を示したが、窒素ガス、アルゴンガスなどの非酸化性ガスを圧縮ガスとして用いることもできる。
【0062】
[冷却部40の飛散防止フード43]
次に、
図8(a),(b)に示すように、冷却部40から吐出される冷却水CWが飛散する範囲を規制する飛散防止フード43の例を説明する。
【0063】
飛散防止フード43は、
図8(a),(b)に示すように、フード本体44と、フード本体44の鋼板Sと対向する縁に設けられるスカート45と、を備えている。
フード本体44は、図中の下端部が開口とされた箱型の形状を有しており、冷却部40の冷却水を吐出する部分がその内部に収容されるように設けられる。また、フード本体44は、スカート45が設けられる先端縁が鋼板Sの上面又は下面の近傍に配置される。
【0064】
スカート45は、複数のステンレス鋼製の細線の集合であるブラシからなる。それぞれの細線の一方端がフード本体44の縁に固定され、他方端は鋼板Sに接するか鋼板Sから微小間隔だけ離れて、ブラシが鋼板Sに向かって伸びるように配置されている。
【0065】
以上のように、飛散防止フード43を設けることにより、冷却部40から吐出された冷却水を飛散防止フード43の内部に閉じ込めることができる。これにより、圧下部30の加圧ロール31A,31Bに向けて冷却水が飛散することがないかあったとしても微量に抑えられるので、加圧ロール31A,31Bに冷却水が付着することがない。これにより、圧下部30が段差を圧下する能力の低下を防ぐ。また、飛散した冷却水が溶接部20、加熱部50などの他の機器に付着するのを抑制できるので、これら機器の劣化を抑制できる。
【0066】
また、冷却部40から吐出されたのちに浮遊していた冷却水は、飛散防止フード43の内部に閉じ込められるので、自由落下する、飛散防止フード43の内壁面を伝って落下する、スカート45に補足されるなどして鋼板Sに付着し、冷却能の向上に寄与する。
【0067】
図8は好ましい例として防水カバー35を設けているが、本実施形態は、防水カバー35を設けることなく飛散防止フード43だけを設けることもできる。同様に、飛散防止フード43はスカート45を備えているが、フード本体44の開口端を鋼板Sの上面又は下面に近接していれば、スカート45を省くこともできる。また、ここではスカート45としてステンレス鋼製の細線からなるブラシの例を示したが、樹脂製の細線からなるブラシを用いることができるし、ブラシ以外のスカートを用いることもできる。
もっとも、ステンレス鋼製ブラシによるスカート45は、鋼板Sに接するほどに近くに設けても、装置の運転に支障なくフード本体44と鋼板Sとの間の隙間を塞ぐことができるのに加えて、耐久性に優れている。したがって、フード本体44の外部に冷却水が飛散するのを防止して、冷却水の利用効率をあげる観点からは、ステンレス鋼製ブラシによるスカート45を用いることが好ましい。
【0068】
[冷却部40の排気ダクト46]
次に、
図9(a),(b)に示すように、冷却部40から吐出される冷却水CWを強制的に回収する排気ダクト46の例を説明する。排気ダクト46は、本実施形態における第二止水機構を構成する。
【0069】
排気ダクト46は、
図9(a)、(b)に示すように、飛散防止フード43の幅方向Wの一方の側に設けられている。排気ダクト46は、ダクト本体46Aと、ダクト本体46Aと飛散防止フード43を繋ぐ吸気口46Bと、ダクト本体46Aに回収された冷却水CWを外部に排気される図示を省略する排気口と、を備えている。ダクト本体46Aは、全部又は一部が蛇腹状の伸縮自在な可撓性の配管で構成される。排気ダクト46は、図示を省略するファンの回転等により飛散防止フード43の内部に減圧力を作用させることができる。
【0070】
以上のように、排気ダクト46を設けることにより、冷却部40から吐出された冷却水を強制的に排気する。これにより、圧下部30の加圧ロール31A,31Bに向けて冷却水が飛散するのが抑制されることによって、加圧ロール31A,31Bに冷却水が付着するのが抑制されるので、圧下部30による段差を圧下する力を維持できる。また、飛散した冷却水が溶接部20、加熱部50などの他の機器に付着するのを抑制できるので、これら機器の劣化を抑制できる。また、排気ダクト46の吸気口46Bは、散水ノズル41を挟んで加圧ロール31A,31Bとほぼ反対側に設けられるので、冷却水の加圧ロール31A,31Bへの飛散を効果的に抑制できる。
【0071】
図9は冷却部40を収容する飛散防止フード43の側方に排気ダクト46を設ける例を示したが、本実施形態はこれに限定されず、
図10(a),(b)に示すように、排気ダクト46を冷却部40よりも後側に設けることもできる。この排気ダクト46においても以上で説明したのと同様の効果を得ることができる。
【0072】
図9及び
図10は、鋼板Sを挟む上下の双方に排気ダクト46を備える例を示しているが、本実施形態はこれに限定されず、鋼板Sを挟む上下の一方又は双方に排気ダクト46を備える。上下の一方だけに排気ダクト46を設ける場合には、上側に設けることが好ましい、下側は冷却水が自由落下すれば圧下部30などの機器に付着する可能性が低いからである。
【0073】
また、
図9及び
図10に示した例は、防水カバー35(
図7)及び飛散防止フード43(
図8)を備えるが、本実施形態は排気ダクト46だけを設けることもできる。排気ダクト46だけを設ける場合も、排気ダクト46を冷却部40よりも後側に設けることができるし、鋼板Sを挟む上下の一方又は双方に排気ダクト46を設けることができる。
【0074】
また、
図11に示すように、冷却部40よりも後段側にスクレーパ48を設けることができる。スクレーパ48は、鋼板Sの上方に設けられ、鋼板Sの上面に堆積する冷却水をかき取り、冷却水を飛散防止フード43に閉じ込めるか、排気ダクト46を介して系外に排気するのに寄与する。これにより、冷却水が加熱部50に流れたり、鋼板Sの下面に流れたりするのを防止できる。
スクレーパ48の先端部分にエアノズル49を取り付け、このエアノズル49から圧縮ガス、例えば圧縮エアを鋼板Sに向けて吹き付けることが好ましい。これにより、冷却水を飛散防止フード43に閉じ込めるか、排気ダクト46を介して系外に排気するのに寄与する。このエアノズル49は本実施形態の第二止水機構を構成する。