(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
化学組成が、質量%で、C:0.005〜0.1%、Si:1.2%以下、Mn:2.5〜6.5%、Ni:8.0〜15.0%、Cr:19.0〜25.0%、Mo:0.01〜4.5%、V:0.01〜0.5%、Nb:0.01〜0.5%、Al:0.05%未満、N:0.15〜0.45%、O:0.02%以下、P:0.05%以下、S:0.04%以下、残部:Fe及び不純物であるオーステナイトステンレス鋼を準備する工程と、
成分が、体積%で、H2:0〜20%、N2:0〜50%、残部:Arであるシールドガスを用いて、前記オーステナイトステンレス鋼を、溶接材料を用いずにガスタングステンアーク溶接によって溶接する工程とを備え、
前記ガスタングステンアーク溶接の入熱Qが10.0kJ/cm以下であり、かつ、下記の式(1)を満たす、溶接継手の製造方法。
Q≧−0.18[H2]+5.3…(1)
ただし、式(1)において、Qの単位はkJ/cmであり、[H2]には前記シールドガス中のH2の混合率が体積%で代入される。
【背景技術】
【0002】
近年、化石燃料に代わるエネルギーとして、水素をエネルギーとして利用する輸送機器の実用化研究が進められている。その実用化に際しては、水素を高圧で貯蔵、輸送できる使用環境(以下、水素設備ともいう。)の整備が併せて必要である。水素設備は例えば、高圧水素ガス用機器や液体水素用機器等である。水素設備に使用される材料には、耐水素脆化特性が要求される。
【0003】
国際公開第2004/083476号、国際公開第2004/083477号、国際公開第2004/110695号には、高強度のオーステナイトステンレス鋼が開示されている。これらの文献では、高Mn化することでNの溶解度を高め、かつVを含有させることにより、あるいはVとNbとを複合して含有させることにより、Nによる固溶強化及び窒化物による析出強化を活用することが提案されている。
【0004】
オーステナイトステンレス鋼を構造物として使用する場合、溶接による組み立てが必要であり、溶接部にも母材と同等の強度が要求される。特開平5−192785号公報、特開2010−227949号公報、及び前掲の国際公開第2004/110695号には、Al、Ti及びNbを積極的に活用することにより、800MPaを超える引張強さを有する溶接継手が開示されている。
【0005】
これらの溶接継手は、高強度化のために溶接後熱処理を必要とする。しかし、大型の構造物では、長時間の溶接後熱処理は大きな制約になるとともに、製造コストの増大を招く場合がある。国際公開2013/005570号には、溶接材料のN含有量等を管理することで、溶接金属のN含有量を増大させて、溶接後熱処理をしなくても高強度が得られるようにした溶接継手が開示されている。
【0006】
特開平9−137255号公報には、溶接施工性が改善されたオーステナイトステンレス鋼が開示されている。
【0007】
特開2015−6678号公報には、溶接材料を用いずにガスタングステンアーク溶接によって溶接継手を製造する方法であって、初回の溶接によって得られた溶接金属上に、初回の溶接における溶接入熱よりも低い溶接入熱で1〜8回の後続溶接を実施する溶接継手の製造方法が開示されている。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明者らは、質量%で、C:0.005〜0.1%、Si:1.2%以下、Mn:2.5〜6.5%、Ni:8.0〜15.0%、Cr:19.0〜25.0%、Mo:0.01〜4.5%、V:0.01〜0.5%、Nb:0.01〜0.5%、Al:0.05%未満、N:0.15〜0.45%等を含有するオーステナイトステンレス鋼を、溶接材料を用いずにガスタングステンアーク溶接によって溶接すると、高強度の溶接継手が得られない場合があることを確認した。これは、溶接中に溶融池からNが飛散し、溶接金属のN含有量が減少するためと考えられる。
【0017】
なお、本明細書において、「溶接材料」とは、溶加材、すなわち溶接中に付加する材料(溶接棒や溶接ワイヤ等)を意味し、「溶接金属」とは、溶接部の一部で、溶接中に溶融凝固した金属を意味する。
【0018】
本発明者らは、この問題を解決するため、溶接方法についての詳細な検討を行った。その結果、下記(a)〜(c)の知見を得た。
【0019】
(a)上述のように、溶接金属の強度の低下は、溶接中に溶融池からNが飛散することが原因と考えられる。これを抑制するためには、溶接時の入熱を小さくすればよい。入熱を小さくすれば、溶融池の面積が小さくなり、Nの飛散を抑制することができる。
【0020】
一方、溶接材料を用いない溶接において入熱を小さくすると、溶け込み不足が起こる場合がある。溶け込み不足が起こると、突き合わせ面である被溶接線上に未溶融部が生じ、溶接継手の強度が低下する。
【0021】
したがって、上記化学組成のオーステナイト鋼を、溶接材料を用いないで溶接するためには、入熱を適切に管理する必要がある。具体的には、溶接時の入熱を5.3〜10.0kJ/cmにすれば、溶け込み不足を抑制することができる。
【0022】
(b)シールドガスにH
2を混合させると、溶け込み深さが大きくなり、より小さい入熱で溶接が可能になる。具体的には、入熱Qが10.0kJ/cm以下であり、かつ、下記の式(1)を満たすようにすれば、溶け込み不足を抑制することができる。
Q≧−0.18[H
2]+5.3…(1)
ただし、式(1)において、Qの単位はkJ/cmであり、[H
2]にはシールドガス中のH
2の混合率が体積%で代入される。
【0023】
(c)シールドガスにN
2を混合させると、溶融池からのNの飛散を抑制できるとともに、溶接金属中へNを補填することができる。そのため、溶接金属のN含有量をより高くすることができ、より高強度の溶接金属を得ることができる。
【0024】
以上の知見に基づいて、本発明は完成された。以下、本発明の一実施形態による溶接継手の製造方法について詳述する。
【0025】
本発明の一実施形態による鋼溶接継手の製造方法は、オーステナイトステンレス鋼を準備する工程と、オーステナイトステンレス鋼をガスタングステンアーク溶接によって溶接する工程とを備える。
【0026】
[母材]
本実施形態で用いるオーステナイトステンレス鋼(以下、母材という場合がある。)は、以下に説明する化学組成を有する。以下の説明において、元素の含有量の「%」は、質量%を意味する。
【0027】
C:0.005〜0.1%
炭素(C)は、オーステナイトを安定化するのに有効な元素である。この効果を十分に得るためには、C含有量を0.005%以上にする必要がある。しかしながら、C含有量が高すぎると、溶接時の加熱により粒界に炭化物が形成され、鋼の耐食性及び靱性が低下する。そのため、C含有量は0.005〜0.1%である。C含有量の下限は、好ましくは0.008%である。C含有量の上限は、好ましくは0.08%である。
【0028】
Si:1.2%以下
シリコン(Si)は、脱酸剤として有効な元素であるとともに、耐食性の向上に有効な元素である。Siはさらに、母材製造時にNの溶解度を大きくして、鋼の強度を高めるのに間接的に寄与する。しかしながら、Si含有量が高すぎると、Ni、Cr等と金属間化合物を形成し、熱間加工性を著しく低下させる場合がある。また、溶接金属においては凝固時に柱状晶境界に偏析して液層の融点を下げ、凝固割れ感受性を高める場合がある。そのため、Si含有量は1.2%以下である。Si含有量の下限は、好ましくは0.01%である。Si含有量の上限は、好ましくは1.0%である。
【0029】
Mn:2.5〜6.5%
マンガン(Mn)は、脱酸剤として有効な元素であるとともに、オーステナイトを安定化するのにも有効な元素である。Mnはさらに、母材製造時にNの溶解度を大きくして、強度を高めるのに間接的に寄与する。この効果を十分に得るためには、Mn含有量を2.5%以上にする必要がある。一方、Mn含有量が高すぎると、靱性が低下する。そのため、Mn含有量は2.5〜6.5%である。Mn含有量の下限は、好ましくは2.7%である。Mn含有量の上限は、好ましくは6.0%である。
【0030】
Ni:8.0〜15.0%
ニッケル(Ni)は、安定なオーステナイトを得るための必須の元素である。この効果を十分に得るためには、Ni含有量を8.0%以上にする必要がある。しかしながら、Niは高価な元素であるため、多量の含有はコストの増大を招く。また、Ni含有量が高すぎると、母材製造時のNの溶解度が小さくなる。そのため、Ni含有量は8.0〜15.0%である。Ni含有量の下限は、好ましくは9.0%である。N含有量の上限は、好ましくは14.5%である。
【0031】
Cr:19.0〜25.0%
クロム(Cr)は、使用環境下での耐食性を確保するために必須の元素である。Crはさらに、母材製造時にNの溶解度を大きくして、強度を高めるのに間接的に寄与する。この効果を十分に得るためには、Cr含有量を19.0%以上にする必要がある。一方、Cr含有量が高すぎると、オーステナイトが不安定になり、接ガス環境の種類によっては鋼が脆化する。そのため、Cr含有量は19.0〜25.0%である。Cr含有量の下限は、好ましくは19.2%である。Cr含有量の上限は、好ましくは24.5%である。
【0032】
Mo:0.01〜4.5%
モリブデン(Mo)は、マトリックスに固溶し又は炭窒化物として析出し、鋼の強度を高める。Moはまた、使用環境下での耐食性の向上に有効な元素である。この効果を十分に得るためには、Mo含有量を0.01%以上にする必要がある。しかしながら、Moは高価な元素であるため、多量の含有はコストの増大を招く。また、Mo含有量が高すぎるとオーステナイトが不安定になる。そのため、Mo含有量は0.01〜4.5%である。Mo含有量の下限は、好ましくは0.5%である。Mo含有量の上限は、好ましくは4.0%である。
【0033】
V:0.01〜0.5%
バナジウム(V)は、マトリックスに固溶し又は炭窒化物として析出し、鋼の強度を高める。この効果を得るためには、V含有量を0.01%以上にする必要がある。しかしながら、V含有量が高すぎると、炭窒化物が多量に析出して延性が低下する。そのため、V含有量は0.01〜0.5%である。V含有量の下限は、好ましくは0.05%である。V含有量の上限は、好ましくは0.4%である。
【0034】
Nb:0.01〜0.5%
ニオブ(Nb)は、マトリックスに固溶し又は炭窒化物として析出し、鋼の強度を高める。この効果を得るためには、Nb含有量を0.01%以上にする必要がある。しかしながら、Nb含有量が高すぎると、炭窒化物が多量に析出して延性が低下する。そのため、Nb含有量は0.01〜0.5%である。Nb含有量の下限は、好ましくは0.05%である。Nb含有量の上限は、好ましくは0.4%である。
【0035】
Al:0.05%未満
Al(アルミニウム)は、Si及びMnと同様、脱酸剤として含有される。しかしながら、Al含有量が高すぎると、多量の窒化物が形成され、鋼の延性が低下する。そのため、Al含有量は0.05%未満である。Al含有量は、好ましくは0.04%以下である。
【0036】
N:0.15〜0.45%
窒素(N)は、マトリックスに固溶するとともに微細な窒化物を形成し、鋼の強度を高める。この効果を十分に得るためには、N含有量を0.15%以上にする必要がある。しかしながら、N含有量が高すぎると、製造時の熱間加工性が低下する。そのため、N含有量は0.15〜0.45%である。N含有量の下限は、好ましくは0.16%である。N含有量の上限は、好ましくは0.42%である。
【0037】
本実施形態で用いられる母材の化学組成の残部は、Fe及び不純物である。ここでいう不純物とは、鋼の原料として利用される鉱石やスクラップから混入する元素、あるいは製造過程の環境等から混入する元素をいう。
【0038】
不純物のうち、O、P、及びSの含有量はそれぞれ、次に述べる範囲に制限する。
【0039】
O:0.02%以下
酸素(O)は、鋼中に不純物として含まれる。O含有量が高すぎると、製造時の熱間加工性が低下するとともに、溶接金属の靱性及び延性が低下する。そのため、O含有量は、0.02%以下である。O含有量は、好ましくは0.01%以下である。
【0040】
P:0.05%以下
リン(P)は、鋼中に不純物として含まれる。P含有量が高すぎると、製造時の熱間加工性が低下する。P含有量は低いほど好ましいが、極端な低減は製造コストの増大を招く。そのため、P含有量0.05%以下である。P含有量は、好ましくは0.03%以下である。
【0041】
S:0.04%以下
硫黄(S)は、鋼中に不純物として含まれる。S含有量が高すぎると、製造時の熱間加工性が低下する。S含有量は低いほど好ましいが、極端な低減は製造コストの増大を招く。そのため、S含有量は0.04%以下である。S含有量は、好ましくは0.03%以下である。
【0042】
[ガスタングステンアーク溶接]
上記の化学組成を有する母材を、溶接材料を用いずに、ガスタングテンアーク溶接によって溶接する。ガスタングステンアーク溶接は、以下の条件で実施する。
【0043】
[シールドガス]
本実施形態におけるガスタングステンアーク溶接では、成分が、体積%で、H
2:0〜20%、N
2:0〜50%、残部:Arであるシールドガスを用いる。本実施形態において、H
2及びN
2は、任意の成分である。すなわち、本実施形態で用いるシールドガスは、H
2及びN
2の、一方又は両方を含んでいなくてもよい。
【0044】
H
2:0〜20体積%
シールドガスにH
2を混合させると、溶け込み深さが大きくなり、より小さい入熱で溶接が可能になる。小さい入熱で溶接することで、溶融池からのNの飛散を抑制し、溶接継手の強度を向上させることができる。H
2の混合率が高いほど、溶け込み深さを大きくできる。一方、20体積%を超えてH
2を混合しても、溶け込み深さは飽和する。したがって、H
2の混合率は0〜20体積%である。H
2の混合率の下限は、好ましくは0.1体積%であり、さらに好ましくは1体積%である。
【0045】
N
2:0〜50体積%
シールドガスにN
2を混合させると、溶融池からのNの飛散を抑制できるとともに、溶接金属中へNを補填することができる。そのため、溶接金属のN含有量をより高くすることができ、より高強度の溶接金属を得ることができる。N
2の混合率が高いほど、よりこの効果が得られる。一方、N
2の混合率が50体積%を超えると、ブローホールと呼ばれる溶接欠陥が生じる。したがって、N
2の混合率は0〜50体積%である。N
2の混合率の下限は、好ましくは0.1体積%であり、さらに好ましくは0.5体積%である。N
2の混合率の上限は、好ましくは40体積%であり、さらに好ましくは30体積%である。
【0046】
本実施形態におけるガスタングステンアーク溶接では、バックシールドガスを用いてもよい。バックシールドガスの成分は特に限定されないが、例えばAr、N
2、及びこれらの混合ガスである。特に、N
2を用いることが好ましい。バックシールドガスにN
2を用いることで、溶接金属の強度を安定的に向上させることができる。
【0047】
[入熱]
本実施形態におけるガスタングステンアーク溶接では、入熱Qが10.0kJ/cm以下であり、かつ、下記の式(1)を満たす。
Q≧−0.18[H
2]+5.3…(1)
ただし、式(1)において、Qの単位はkJ/cmであり、[H
2]にはシールドガス中のH
2の混合率が体積%で代入される。
【0048】
上述のように、シールドガスにH
2を混合させると、溶け込み深さが大きくなり、より小さい入熱で溶接が可能になる。入熱Qが−0.18[H
2]+5.3よりも小さければ、溶け込み深さが不足し、被溶接線上に未溶融部が生じる場合がある。一方、入熱Qが10.0kJ/cmを超えると、溶融部分が大きくなりすぎ、アンダーカットや溶け落ちが生じる等、溶接継手の健全性が低下する場合がある。
【0049】
入熱Qが小さいほど、溶融池の面積が小さくなり、Nの飛散を抑制することができる。これによって、溶接金属のN含有量を高くでき、溶接継手の強度を向上させることができる。したがって、入熱Qは、式(1)が成立する範囲において、小さい方が好ましい。入熱Qは、好ましくは8.0kJ/cm以下であり、さらに好ましくは7.0kJ/cm以下である。
【0050】
以上の製造方法によって、溶接継手が製造される。本実施形態によって製造される溶接継手は、母材と、溶接中に母材が溶融凝固して形成される溶接金属とを備えている。
【0051】
本実施形態の製造方法によれば、溶接時の溶け込み不足を抑制することができる。そのため、本実施形態の製造方法によって製造された溶接継手は、1回溶接で製造された場合であっても、高い強度を有する。
【0052】
一般に、溶接金属は急冷凝固組織であるため、固溶化熱処理等を実施して製造される母材とは異なり、凝固過程において、高温で生成したフェライトが室温まで残存する場合がある。フェライトは、水素環境下では、脆化して破壊の起点となる。特に、面積率で20%を超えるフェライトが連続的に存在する場合、連結、伝播して溶接金属の耐水素脆化特性を低下させる。
【0053】
本実施形態の製造方法によれば、溶接金属のフェライトの量を安定して20%以下にすることができる。そのため、本実施形態の製造方法によって製造された溶接継手は、優れた耐水素脆化特性を有する。
【0054】
以上、本発明の実施形態を説明したが、上述した実施形態は本発明を実施するための例示に過ぎない。よって、本発明は上述した実施形態に限定されることなく、その趣旨を逸脱しない範囲で、上述した実施形態を適宜変形して実施することが可能である。
【実施例】
【0055】
以下、実施例によって本発明をより具体的に説明する。本発明はこれらの実施例に限定されない。
【0056】
表1に示す化学組成を有する符号A〜Cの材料を実験室溶解して鋳込んだインゴットから、熱間鍛造、熱間圧延、及び熱処理により、板厚2.5mm、幅60mm、長さ100mmの溶接母材用鋼板を作製した。この溶接母材用鋼板の長手方向と平行な端面に、
図1に示す開先加工を実施した。
図1中の数値は、寸法を表す。2つの溶接母材用鋼板の開先加工を施した端面同士を突き合わせて、ガスタングステンアーク溶接により、溶接材料を用いずに、1回溶接を実施した。
【0057】
【表1】
【0058】
比較例として、溶接材料を用いて、同様の溶接を実施した。溶接材料として、表2に示す化学組成を有する符号Zの材料を実験室溶解して鋳込んだインゴットから、熱間鍛造、熱間圧延及び機械加工して作製した外径1.2mmの溶接ワイヤを用いた。なお、表2において、「−」は、該当する元素の含有量が不純物レベルであることを示す。
【0059】
【表2】
【0060】
上記にしたがって、表3に示す試験符号J1〜J31の溶接継手を作製した。各溶接継手の溶接条件を表3に示す。なお、表3において、「溶接材料」の欄の「−」は、溶接材料を用いずに溶接したことを示す。
【0061】
【表3】
【0062】
[溶接施工性試験]
各溶接継手を被溶接線と垂直な方向に切断し、溶接部断面を現出させ、溶け込み形状を観察した。突き合わせ面に未溶融部分が残っている場合、溶け込み不足と判断した。突き合わせ面に未溶融部分がなく、十分な溶け込み深さが得られている場合、優れた溶接施工性を有すると判断した。
【0063】
[引張試験]
各溶接継手から引張試験片を採取した。引張試験片は、平行部の中央が溶接金属となるように採取した。引張試験片を用いて、常温で引張試験を実施した。引張強さが690MPa以上となる場合、水素設備に用いられる材料に要求される強度を有すると判断した。
【0064】
[低歪速度引張試験]
引張強さが690MPa以上であった溶接継手から、低歪速度引張試験片を採取した。低歪速度引張試験片は、平行部の中央が溶接金属となるように採取した。低歪速度引張試験片を用いて、大気中、及び85MPaの高圧水素環境中で低歪速度引張試験を実施した。歪速度は3×10
−5/秒とした。高圧水素環境中での破断絞りの値が大気中での破断絞りの値の90%以上であった場合、優れた耐水素脆化特性を有すると判断した。
【0065】
表4に各試験の結果を示す。
【0066】
【0067】
表4において、「断面観察」の欄の「○」は突き合わせ面に未溶融部分がなかったことを示し、「×」は突き合わせ面に未溶融部分が残っていたこと、又は突き合わせ面が溶け落ちて健全な溶接継手が得られなかったことを示す。「引張試験」の欄の「○」は引張強さが690〜800MPaであったことを示し、「◎」は引張強さが800MPaよりも大きかったことを示し、「×」は引張強さが690MPa未満であったことを示す。「低歪速度引張試験」の欄の「○」は、高圧水素環境中での破断絞りの値が大気中での破断絞りの値の90%以上であったことを示し、「×」は高圧水素環境中での破断絞りの値が大気中での破断絞りの値の90%未満であったことを示す。「引張試験」及び「低歪速度引張試験」の欄の「−」は、当該試験を実施していないことを示す。
【0068】
試験符号J2、J4、J6、J8、J10〜J13,J15〜J21の溶接継手は、優れた溶接施工性を有し、引張強さが690MPa以上であり、高圧水素環境中での破断絞りの値が大気中での破断絞りの値の90%以上であった。このうち、N
2を含むシールドガスを用いて製造された試験符号J18〜J21の溶接継手は、引張強さが800MPaよりも大きかった。
【0069】
試験符号J1、J3、J5、J7、J9、及びJ14の溶接継手は、溶け込み深さが不十分で、突き合わせ面に未溶融部分が残っていた。これは、溶接時の入熱が低すぎたためと考えられる。未溶融部分が残った結果、これらの溶接継手の引張強さは690MPa未満であった。
【0070】
試験符号J22〜J24の溶接継手は、引張強さが690MPa未満であった。これは、母材のN含有量が低すぎたためと考えられる。
【0071】
試験符号J25〜J27の溶接継手は、引張強さは高かったものの、高圧水素環境中での破断絞りの値が大気中での破断絞りの値の90%未満であり、水素脆化感受性が高かった。これは、母材のNi含有量が低すぎたため、オーステナイトの安定性が悪く、溶接金属中に多量のフェライトが残存したためと考えられる。
【0072】
試験符号J28〜J30の溶接継手は、溶け込み深さが不十分で、突き合わせ面に未溶融部分が残っていた。これは、溶接時に溶接材料を用いたため、入熱が不足したためと考えられる。
【0073】
試験番号J31の溶接継手は、溶接金属が溶け落ち、健全な溶接継手が得られなかった。これは、溶接時の入熱が高すぎたためと考えられる。