(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明者らは、前述したように、伸線加工性に優れた線材を素材として鋼線を製造し、次にその鋼線から機械部品を製造する過程において、軟質化熱処理を省略しても冷間鍛造が可能であり、かつ、機械部品として成形後に焼入れ焼戻しなどの調質処理を行わなくても、機械部品の引張強さが800MPaを超えるような、線材及び鋼線の成分組成と組織との関係を詳細に調査した。
また、本発明で対象とする非調質機械部品とは、軟質化焼鈍や焼入れ焼戻し処理などの熱処理を省略して、伸線や鍛造などの加工硬化により引張強さを付与した機械部品であり、ここでは、初期断面からの減面率が20%以上である機械部品とする。
【0020】
そして、本発明者らは、高強度機械部品を安価に製造するため、調査で得た冶金的知見に基づいて、線材の熱間圧延時の保有熱を利用したインライン熱処理、及び、その後の鋼線・機械部品までの一連の製造方法について、総合的な検討を進め、以下(a)〜(d)の結論に到達した。
【0021】
(a)線材を伸線加工して得られた鋼線は、高強度化する。しかしながら、高強度化した鋼線は、加工性が劣り、変形抵抗が高く、かつ、加工割れが発生し易い。
(b)高強度鋼線の加工性を向上させるためには、鋼線のベイナイトの体積率を制御すること、ベイナイトブロックの粒径のばらつきを小さくすること、表層部のベイナイトブロックの粒径を微細にすることが有効である。
(c)鋼線のC含有量を質量%で[C%]とし、ベイナイトの体積率を体積%でV
B2とするとき、V
B2が下記式1を満たすことは、鋼線の冷間加工性を高めることに有効である。
V
B2≧75×[C%]+25・・・(式1)
(d)下記(d−1)〜(d−4)を全て満たすことによって、鋼線の冷間加工性を著しく高めることができる。
(d−1)鋼線の長手方向に平行な断面において、鋼線の直径をD
2mmとし、鋼線の表面から鋼線の中心線に向かって深さ0.1D
2mmまでの領域、すなわち、鋼線の第2表層部において、ベイナイトブロックの平均アスペクト比をR1とする。このR1を1.2以上とする。
(d−2)鋼線の長手方向に垂直な断面において、鋼線の表面から前記断面の中心に向かって深さ0.1D
2mmまでの領域、すなわち、鋼線の第3表層部において、R1とベイナイトブロックの平均粒径P
S3とが、下記式2を満たす。
P
S3≦20/R1・・・(式2)
(d−3)鋼線のベイナイトブロックの粒径の標準偏差を8.0μm以下にする。
(d−4)鋼線の長手方向に垂直な断面において、鋼線の直径をD
2mmとしたとき、深さ0.25D
2mmから前記断面の中心までの領域、すなわち第3中心部において、ベイナイトブロックの平均粒径をP
C3とするとき、このP
C3と上記第3表層部のベイナイトブロックの平均粒径P
S3とが、下記式3を満たす。
P
S3/P
C3≦0.95・・・(式3)
【0022】
<ベイナイトブロック>
ここで、ベイナイトブロックとは、詳細は後述するが、一般的には、方位性が整ったbcc鉄からなる組織単位をいう。
ベイナイトブロック粒とは、フェライトの結晶方位が同じと見なせる領域であり、bcc構造の結晶方位マップから、方位差が15°以上となる境界を、ベイナイトブロック粒界とする。
【0023】
また、本発明者らは、上記の鋼線を得るための素材となる、線材の成分組成と組織との関係を詳細に調査した。
上記の鋼線を得るための線材として、伸線加工性を高めるためだけでなく、鋼線の組織を得るためには、ベイナイトの体積率を制御し、ベイナイトブロックの粒径のばらつきを小さくし、表層部のベイナイトブロックの粒径を微細にすることが有効である。具体的には、下記(e−1)〜(e−4)を満たすことによって、線材の伸線加工性を高めて、上記の鋼線の組織を得ることが出来る。
また、ベイナイトブロックの平均粒径が微細になるほど、線材の延性が向上する。
(e−1)線材の組織は、ベイナイト、フェライト及びパーライトからなり、マルテンサイトは含まない。
(e−2)線材のC含有量を質量%で[C%]とし、ベイナイトの体積率を体積%でV
B1とするとき、V
B1が下記式4を満たすことは、鋼線の冷間加工性を高めることに有効である。
V
B1≧75×[C%]+25・・・(式4)
(e−3)線材のベイナイトブロックの平均粒径は5.0μm〜20.0μmであり、このベイナイトブロックの標準偏差は15.0μm以下である。
(e−4)線材の長手方向に垂直な断面において、線材の直径をD
1mmとし、線材の表面から前記断面の中心に向かって深さ0.1D
1mmまでの領域を、線材の第1表層部とする。また、深さ0.25D
1mmから前記断面の中心までの領域を第1中心部とする。そして、第1表層部のベイナイトブロックの平均粒径をP
S1とし、第1中心部のベイナイトブロックの平均粒径をP
C1とするとき、このP
S1とP
C1とが、下記式5を満たす。
P
S1/P
C1≦0.95・・・(式5)
【0024】
次に、本発明者らは、上記の鋼線を冷間鍛造して得られる機械部品について検討を行った。具体的には、引張強さが800MPa以上、特に1200MPa以上の高強度機械部品の耐水素脆化特性に及ぼす成分及び組織の影響について詳細に調査し、優れた耐水素脆化特性を得るための成分及び組織を見出した。
また、このような成分及び組織を得るための方法について、冶金的知見に基づいて検討を重ねた結果、以下の事項が明らかになった。
【0025】
優れた耐水素脆化特性を得るためには、機械部品の表層部の組織を表面と平行な向きに伸長化させることが有効である。
本発明の機械部品は、円柱の軸を有する。
具体的には、その軸の長手方向と平行な断面であるL断面において、軸の直径をD
3とする。
そして、
図3Aに示すように、機械部品において、表面から深さ0.1D
3までの領域、すなわち第4表層部におけるベイナイトブロックの平均アスペクト比R2を1.2以上とすると、機械部品の耐水素脆化特性を向上させることができる。
即ち、十分に伸長化していないベイナイトブロックは耐水素脆化特性にあまり寄与しないため、ベイナイトブロックを伸長化させることが好ましい。
ここで、ベイナイトブロックのアスペクト比R2とは、ベイナイトブロックの長軸の寸法/短軸の寸法で示される比率である。
特に、機械部品において、1200MPa〜1600MPaの引張強さが求められる場合には、第4表層部におけるベイナイトブロックの平均アスペクト比R2を1.5以上とすることが好ましい。
一方、機械部品において、800MPa〜1200MPaの引張強さが求められる場合には、第4表層部におけるベイナイトブロックの平均アスペクト比R2を2.0以下とすることが好ましい。
【0026】
さらに、機械部品は下記(f)〜(h)を全て満たすことによって、加工割れ無く、非調質のままで、十分な耐水素脆化特性を得ることが出来る。
(f)機械部品のC含有量を[C%]とするとき、ベイナイトの体積率V
B3は、体積%で、下記式6を満たす。
V
B3≧75×[C%]+25・・・(式6)
特に、機械部品において、1200MPa〜1600MPaの引張強さが求められる場合には、ベイナイトの体積率V
B3は、体積%で、下記式7を満たすことが好ましい。
V
B3≧45×[C%]+50・・・(式7)
(g)そして、上記のベイナイトブロックの平均アスペクト比をR2としたとき、R2が1.2以上であり、機械部品の軸の長手方向と垂直な断面であるC断面の第5表層部において、ベイナイトブロックの平均粒径P
S5が、単位μmで、下記式8を満たす。
P
S5≦20/R2・・・(式8)
(h)さらに、ベイナイトブロックの粒径の標準偏差を8.0μm以下にするとともに、かつ、機械部品の第5表層部と第5中心部のベイナイトブロックの平均粒径P
S5及びP
C5とが、下記式9を満たす。
P
S5/P
C5≦0.95・・・(式9)
【0027】
このように、線材、鋼線及び機械部品の成分組成と組織を改良することにより、伸線加工性の良好な線材を得ることができ、その線材を伸線加工した得た鋼線は高強度でかつ冷間加工性に優れる。そして、その鋼線を冷間鍛造して得られる機械部品を、焼入れ焼戻し処理を省略しても高強度化することができ、かつ、機械部品の耐水素脆化特性を向上させることが可能となった。
【0028】
このような焼入れ焼戻しなどの調質処理を行わなくても高強度となる機械部品を得るためには素材である鋼線の段階で、既に、上記特徴のミクロ組織を有するものとし、これを、加工前の熱処理を行わずに、機械構造用部品に加工することが有効である。
すなわち、本実施形態に係る鋼線を用いれば、軟質化熱処理を省略しても冷間鍛造が可能である。
つまり、本実施形態に係る鋼線を用いれば、鋼線の球状化熱処理(軟質化熱処理)の軟質化焼鈍費用と、機械部品を製造する際、鋼線を成形した後の焼入れ焼戻し処理にかかる費用を削減できるので、コスト面等において、有利である。
【0029】
さらに、本実施形態に係る線材は、熱間圧延時の残熱を利用して、圧延後直ちに、2槽からなる溶融塩槽に浸漬して得られる。本実施形態に係る鋼線は、本実施形態に係る線材を冷間での伸線加工によって製造される。この製造方法により、高価な合金元素を多量添加しなくても、ベイナイトの体積率を制御した鋼線を得ることができる。したがって、この製造方法は、安価で、優れた材質特性を得ることができる最良の製造方法である。
【0030】
即ち、本実施形態に係る非調質機械部品は、次のような一連の製造方法によって製造することができる。
まず、ベイナイトを制御すべく成分組成を調整し、熱間圧延を経て、巻き取り及び2段階冷却を行った所望の直径を有する線材を、熱間圧延時の残熱を利用して溶融塩槽に浸漬する。
次に、浸漬した線材を、室温で特定の条件にて伸線加工して、所望の直径を有する鋼線を得る。
そして、鋼線を冷間加工によって機械部品に成形する。
成形後、延性を回復させるための比較的低温の熱処理を行う。この熱処理は、「調質」には該当ない。
【0031】
それ故、従来の製造法や知見では製造が極めて困難であった引張強さ800MPa〜1600MPaの機械部品を安価に得ることができる。
特に、引張強さ1200MPa〜1600MPaの機械部品を安価に得ることができる。
【0032】
以下、本実施形態に係る非調質機械部品用線材、非調質機械部品用鋼線、非調質機械部品について詳細に説明する。
まず、本実施形態における、線材、鋼線、非調質機械部品の化学成分の組成の限定理由についてより詳細に説明する。
以下、成分組成に係る%は、質量%を意味する。
伸線加工、冷間鍛造や成形などの加工では、化学成分は変化しない。そのため、本実施形態に係る線材、鋼線及び機械部品は、同一の化学組成を有する。
【0033】
C:0.18%〜0.65%
Cは、所定の鋼線及び機械部品の引張強さを確保するために含有させる。
C含有量が、0.18%未満では、800MPa以上の引張強さを確保することが困難である。
したがって、C含有量の下限を0.18%とする。
一方、C含有量が、0.65%を超えると、鋼線の冷間鍛造性が劣化する。
したがって、C含有量の上限を0.65%とする。
【0034】
引張強さが800MPa〜1200MPaの機械部品では、C含有量は、0.50%以下であることが好ましい。
一方、引張強さが1200MPa〜1600MPaの機械部品では、C含有量は、0.20%以上であることが好ましい。
鋼線において、高強度と冷間鍛造性とを両立するためには、C含有量は0.21%以上がより好ましく、引張強さが1200MPa〜1600MPaの機械部品では、0.54%以下がより好ましく、引張強さが800MPa〜1200MPaの機械部品では、0.44%以下がより好ましい。
【0035】
Si:0.05%〜1.5%
Siは、脱酸元素として機能するとともに、固溶強化により鋼線及び機械部品の引張強さを高める効果を有する。
Si含有量が0.05%未満では、これらの効果が不十分である。
したがって、Si含有量の下限を0.05%とする。
一方、Si含有量が1.5%を超えると、これらの効果が飽和するとともに、鋼線において冷間加工性が劣化し、機械部品において加工割れが発生しやすくなる。
したがって、Si含有量の上限を1.5%とする。
引張強さが800MPa〜1200MPaの機械部品では、Si含有量は、0.50%以下であることが好ましい。
Siの効果をより十分に得るためには、Si含有量は0.18%以上がより好ましく、引張強さが800MPa〜1200MPaの機械部品では、0.4%以下がより好ましく、引張強さが1200MPa〜1600MPaの機械部品では、0.90%以下がより好ましい。
【0036】
Mn:0.50%〜2.0%
Mnは、ベイナイト変態を促進し、鋼線及び機械部品の引張強さを高める効果を有する。
Mn含有量が0.50%未満では、この効果が不十分である。
したがって、Mn含有量の下限を0.50%とする。
一方、Mn含有量が2.0%を超えると、この効果が飽和するとともに製造コストが増加する。
したがって、Mn含有量の上限を2.0%とする。
機械部品に十分な引張強さ付与することを考慮すると、Mn含有量は、0.60%以上が好ましく、1.5%以下が好ましい。
【0037】
P:0.030%以下
S:0.030%以下
PとSとは、不可避的に鋼に混入する不純物である。
これらの元素は、結晶粒界に偏析して、機械部品の耐水素脆化特性を劣化させる。
したがって、P含有量及びS含有量は少ないほうがよく、P含有量及びS含有量の上限を、いずれも0.030%とする。
冷間加工性を考慮すると、P含有量及びS含有量は、0.015%以下が好ましい。
なお、P含有量及びS含有量の下限は0%を含む。
しかしながら、P及びSは、不可避的に、少なくとも0.0005%程度は鋼に混入する。
【0038】
N:0.0050%以下
Nは、動的歪み時効により、鋼線の冷間加工性を劣化させる。
したがって、N含有量は少ないほうがよく、N含有量の上限を0.0050%とする。
冷間加工性を考慮すると、N含有量は好ましくは0.0040%以下である。
なお、N含有量の下限は、0%を含む。
しかしながら、Nは、不可避的に、少なくとも0.0005%程度は鋼に混入する。
【0039】
O:0.01%以下
Oは、鋼中に不可避的に混入され、Al、Tiなどの酸化物の形態で存在する。
O含有量が多いと、粗大な酸化物が生成して、機械部品として使用時の疲労破壊の原因となる。
したがって、O含有量の上限を0.01%とする。
なお、O含有量の下限は、0%を含む。
しかしながら、Oは、不可避的に、少なくとも0.001%程度は鋼に混入する。
【0040】
以上が、本実施形態に係る非調質機械部品用線材、非調質機械部品用鋼線、及び、非調質機械部品の基本的な成分組成であり、残部は、Fe及び不純物である。
なお、「残部がFe及び不純物である」における「不純物」とは、鋼を工業的に製造する際に、原料としての鉱石、スクラップ、または製造環境などから不可避的に混入するものを指す。
しかしながら、本実施形態における非調質機械部品用線材、非調質機械部品用鋼線、及び、非調質機械部品では、この基本成分に加え、残部のFeの一部の代わりに、Al、Ti、B、Cr、Mo、Nb及びVを含有させてもよい。
【0041】
本実施形態に係る非調質機械部品用線材、非調質機械部品用鋼線、及び、非調質機械部品では、Alを0%〜0.050%、Tiを0%〜0.050%含有してもよい。
Al、Tiの含有は任意であり、Al含有量及びTi含有量は0%でも良い。
これらの元素は、脱酸元素として機能する他、AlNやTiNを形成して固溶Nを低減し、動的歪み時効を抑制する。
AlNやTiNは、ピン止め粒子として機能して結晶粒を細粒化し、冷間加工性を向上させる。
しかしながら、Al含有量やTi含有量が0.05%を超えると、Al
2O
3やTiO
2などの粗大な酸化物が形成されて、機械部品として使用時の疲労破壊の原因となる場合がある。
そのため、Al含有量及びTi含有量の上限は0.05%が好ましい。
【0042】
Al:0%〜0.050%
Al含有量が0.010%未満では、これらの効果が得られない場合がある。
したがって、これらの効果を確実に得るためには、Al含有量の下限を0.010%とすることが好ましい。
一方、Al含有量が0.050%を超えると、これらの効果が飽和する。
したがって、Al含有量の上限を0.050%とする。
Alの効果をより十分に得るためには、Al含有量は、0.015%以上がより好ましく、0.045%以下が好ましい。
【0043】
Ti:0%〜0.050%
Ti含有量が0.005%未満では、これらの効果が得られない場合がある。
したがって、これらの効果を確実に得るためには、Ti含有量の下限を0.005%とすることが好ましい。
一方、Ti含有量が0.050%を超えると、これらの効果が飽和する。
したがって、Ti含有量の上限を0.050%とする。
Tiの効果をより十分に得るためには、Ti含有量は、0.010%以上がより好ましく、0.040%以下が好ましい。
【0044】
本実施形態に係る非調質機械部品用線材、非調質機械部品用鋼線、及び、非調質機械部品では、Bを0%〜0.0050%含有してもよい。
Bの含有は任意であり、B含有量は0%でも良い。
【0045】
B:0%〜0.0050%
Bは、ベイナイト変態を促進し、鋼線及び機械部品の引張強さを高める効果を有する。
B含有量が0.0005%未満では、この効果が不十分となる場合がある。
したがって、この効果を確実に得るためには、B含有量の下限を0.0005%とすることが好ましい。
一方、B含有量が0.0050%を超えると、この効果が飽和する。
したがって、B含有量の上限を0.0050%以下とする。
Bの効果をより十分に得るためには、B含有量は、0.0008%以上がより好ましく、0.0030%以下が好ましい。
【0046】
本実施形態に係る非調質機械部品用線材、非調質機械部品用鋼線、及び、非調質機械部品では、Cr:0%〜1.50%、Mo:0%〜0.50%、Nb:0%〜0.050%、V:0%〜0.20%含有してもよい。
Cr、Mo、Nb、及びVの含有は任意であり、それぞれの含有量は0%でも良い。
Cr、Mo、Nb、及びVは、ベイナイト変態を促進して、鋼線及び機械部品の引張強さを高める効果を有する。
【0047】
Cr:0%〜1.50%
Cr含有量が0.01%未満では、上記の効果が得られない場合がある。
したがって、この効果を確実に得るためには、Cr含有量の下限は0.01%とすることが好ましい。
一方、Cr含有量が1.50%を超えると、合金コストが上昇する。
したがって、Cr含有量の上限を1.50%とする。
【0048】
Mo:0%〜0.50%
Mo含有量が0.01%未満では、上記の効果が得られない場合がある。
したがって、この効果を確実に得るためには、Mo含有量の下限は0.01%とすることが好ましい。
一方、Mo含有量が0.50%を超えると、合金コストが上昇する。
したがって、Mo含有量の上限を0.50%とする。
【0049】
Nb:0%〜0.050%
Nbは0.005%未満では、上記の効果が得られない場合がある。
したがって、この効果を得るためには、Nb含有量の下限は0.005%とすることが好ましい。
一方、Nb含有量が0.050%を超えると、合金コストが上昇する。
したがって、Nb含有量の上限を0.050%とする。
【0050】
V:0%〜0.20%
Vは0.01%未満では、上記の効果が得られない場合がある。
したがって、この効果を得るためには、V含有量の下限は0.01%とすることが好ましい。
一方、V含有量が0.20%を超えると、合金コストが上昇する。
したがって、Nb含有量の上限を0.20%とする。
【0051】
<F1≧2.0>
また、Bを含有しない場合、もしくはB含有量が0.0005%未満の場合には、下記式10より得られるF1を2.0以上とすることが好ましい。
下記式10において、[C%]は質量%でC含有量を示し、[Si%]は質量%でSi含有量を示し、[Mn%]は質量%でMn含有量を示し、[Cr%]は質量%でCr含有量を示し、[Mo%]は質量%でMo含有量を示す。
F1=0.6×[C%]−0.1×[Si%]+1.4×[Mn%]+1.3×[Cr%]+3.7×[Mo%]・・・(式10)
上記式10で得られるF1を2.0以上とすることにより、線材において、より安定してベイナイトを得ることができる。
【0052】
本実施形態に係る非調質機械部品用線材、非調質機械部品用鋼線、及び、非調質機械部品は、上記成分組成の鋼片を熱間圧延し、特定のミクロ組織を持つ必要がある。
次に、本実施形態に係る非調質機械部品用鋼線、非調質機械部品用線材及び、非調質機械部品の順にミクロ組織の限定理由について説明する。
【0053】
本実施形態に係る非調質機械部品用鋼線は、次の(i)〜(p)の特徴を有する。なお、(i)の成分組成に関しては、既述のため、本段落では割愛する。
(i)上記の化学成分を有する。
(j)質量%での前記C含有量を[C%]とするとき、組織が、体積%で75×[C%]+25%以上のベイナイトを含む。
(k)残部が、フェライト及びパーライトの1つ以上である。
(l)鋼線の長手方向に平行な断面において、前記鋼線の直径をD
2mmとし、前記鋼線の表面から前記鋼線の中心線に向かって深さ0.1×D
2mmまでの領域を前記鋼線の第2表層部とし、前記鋼線の第2表層部における前記ベイナイトブロックの平均アスペクト比をR1とするとき、前記R1が1.2以上である。
(m)前記鋼線の長手方向に垂直な断面において、前記鋼線の直径をD
2mmとし、前記鋼線の表面から前記断面の中心に向かって深さ0.1×D
2mmまでの領域を前記鋼線の第3表層部とし、前記第3表層部での前記ベイナイトブロックの平均粒径をP
S3μmとするとき、P
S3が下記式11を満たす。
P
S3≦20/R1・・・(式11)
(n)前記鋼線の長手方向に垂直な断面において、前記鋼線の直径をD
2mmとし、深さ0.25×D
2mmから前記断面の中心までの領域を前記鋼線の第3中心部としたとき、前記第3表層部での前記ベイナイトブロックの平均粒径P
S3μmと、前記第3中心部での前記ベイナイトブロックの平均粒径P
C3μmとが、下記式(12)を満たす。
P
S3/P
C3≦0.95・・・(式12)
(o)前記ベイナイトブロックの粒径の標準偏差が8.0μm以下である。
(p)引張強さが800MPa〜1600MPaである。
【0054】
<(j)ベイナイトの体積率の下限:75×[C%]+25>
本実施形態に係る鋼線では、ベイナイト組織を制御している。
ベイナイトは、高強度と良加工性とを有する組織である。
ベイナイトの体積率V
Bが、体積%で、下記式13を満たさない場合、鋼線の引張強さが低下するととともに、残部である非ベイナイト組織が破壊の起点となる。
その結果、機械部品を製造する冷間鍛造の際に加工割れが発生し易くなる。
したがって、鋼線のベイナイトの体積率V
Bの下限が、下記式14を満たす必要がある。
V
B≧75
×[C%]+25・・・(式13)
ここで、[C%]とは、鋼線のC含有量を示す。
なお、鋼線において、1200MPa〜1600MPaの引張強さが要求される場合には、鋼線のベイナイトの体積率V
Bの下限は、体積%で、下記式14を満たすことが好ましい。
V
B≧45
×[C%]+50・・・(式14)
また、ベイナイトの体積率V
Bは、後述の線材の製造方法により決定し、本実施形態に係る鋼線、この鋼線の素材となる線材及びこの鋼線を冷間鍛造して得られる機械部品において、変化することなく一定である。
【0055】
<(k)残部組織:フェライト、パーライト>
本実施形態に係る鋼線は、ベイナイト以外の残部組織として、フェライトやパーライトを含むことができる。
一方、マルテンサイトは、機械部品を成形する冷間鍛造の際の割れを発生し易くする。
そのため、本実施形態に係る鋼線は、マルテンサイトを含有しない方が好ましい。
【0056】
<(l)ベイナイトブロックの平均アスペクト比R1:1.2以上>
本実施形態に係る鋼線は直径D
2mmを有する。
この鋼線において、長手方向と平行な断面であるL断面で測定する第2表層部のベイナイトブロックの平均アスペクト比R1は、1.2以上である。
鋼線の第2表層部において、L断面で測定したベイナイトブロックの平均アスペクト比R1が1.2未満のとき、冷間加工性が低下する。
そのため、ベイナイトブロックの平均アスペクト比R1を1.2以上とする。
なお、平均アスペクト比R1は、ベイナイトブロック粒の短径に対する長径の比率である。
ここで、第2表層部とは、
図2Aに示すように、鋼線の表面から深さ0.1×D
2mmまでの領域を示す。
鋼線において800MPa〜1200MPaの引張強さを要求される場合には、冷間加工性と引張強さとの両立させるために、ベイナイトブロックの平均アスペクト比R1が2.0以下であってもよい。
また、鋼線において1200MPa〜1600MPaの引張強さを要求される場合には、冷間加工性と引張強さとの両立させるために、ベイナイトブロックの平均アスペクト比R1が1.5以上であってもよい。
【0057】
<(m)第3表層部のベイナイトブロックの平均粒径P
S3:20/R1以下>
本実施形態に係る鋼線は直径D
2mmを有する。
この鋼線において、長手方向と垂直な断面であるC断面で測定する第3表層部のベイナイトブロックの平均粒径P
S3は、単位μmで、下記式15を満たす。
C断面で測定した第3表層部のベイナイトブロックの平均粒径P
S3μmが下記式15を満たさない場合、即ち、(20/R1)μmを超えると、鋼線の冷間鍛造性が劣化する。
ここで、第3表層部とは、
図2Bに示すように、鋼線のC断面において、鋼線の表面から深さ0.1×D
2mmまでの領域を示す。
P
S3≦20/R1・・・(式15)
【0058】
<(n)P
S3/P
C3≦0.95>
本実施形態に係る鋼線において、鋼線の長手方向に垂直な断面において、鋼線の直径をD
2mmとし、鋼線の表面から深さ0.1×D
2mmの領域、すなわち第3表層部のベイナイトブロックの平均粒径P
S3μmと、深さ0.25×D
2mmから中心までの領域、すなわち第3中心部のベイナイトブロックの平均粒径P
C3μmとは、下記式16を満たす。
PS3/PC3≦0.95・・・(式16)
ここで、P
S3とは単位μmで、鋼線の第3表層部におけるベイナイトブロックの平均粒径を示し、P
C3とは単位μmで、鋼線の第3中心部におけるベイナイトブロックの平均粒径を示す。
P
S3とP
C3との比率が0.95を超えると、冷間鍛造時に、加工割れが発生し易くなる。
したがって、上記ベイナイトブロックの平均粒径の比率P
S3/P
C3を0.95以下とする。
鋼線において、上記ベイナイトブロックの平均粒径の比率P
S3/P
C3の好ましい上限は、0.90である。
【0059】
<(o)ベイナイトブロックの粒径の標準偏差:8.0μm以下>
本実施形態に係る鋼線において、ベイナイトブロックの粒径の標準偏差は8.0μm以下である。
鋼線において、ベイナイトブロックの粒径の標準偏差が8.0μmを超えると、ベイナイトブロックの粒径のばらつきが大きくなり、機械部品への冷間鍛造の際に加工割れが発生しやすくなる。
したがって、鋼線において、ベイナイトブロックの粒径の標準偏差の上限を8.0μmとする。
【0060】
<(p)引張強さ:800MPa〜1600MPa>
本実施形態に係る鋼線において、引張強さは800MPa〜1600MPaである。
本実施形態は、引張強さで800MPa以上の非調質機械部品を得ることを基本としているため、機械部品に加工する前の鋼線にも同程度の引張強さが求められる。
一方、1600MPaを超える鋼線は、鋼線から機械部品を冷間鍛造で製造することが困難である。
それ故、鋼線の強度として、引張強さを800MPa〜1600MPaとする。
好ましい引張強さは1200MPa〜
1600MPa、より好ましくは1240MPa〜1560MPa、さらに好ましくは1280〜1460MPa未満である。
【0061】
上記のような本実施形態に係る非調質機械部品用鋼線を得るためには、その素材となる線材が次の(q)〜(v)の特徴を有する必要がある。なお、(q)の成分組成に関しては、既述のため、本段落では割愛する。
(q)上記の化学成分を有する。
(r)質量%での前記Cの含有量[C%]とするとき、組織が、体積%で75×[C%]+25%以上のベイナイトを含む。
(s)残部が、マルテンサイトを含まないフェライト及びパーライトの1つ以上である。
(t)前記組織のベイナイトブロックの平均粒径が5.0μm〜20.0μmである。
(u)前記ベイナイトブロックの粒径の標準偏差が15.0μm以下である。
(v)前記線材の長手方向に垂直な断面において、前記線材の直径をD
1mmとし、前記線材の表面から前記断面の中心に向かって深さ0.1×D
1mmまでの領域を前記線材の第1表層部、深さ0.25×D
1mmから前記断面の中心までの領域を前記線材の第1中心部としたとき、前記第1表層部での前記ベイナイトブロックの平均粒径P
S1μmと、前記第1中心部での前記ベイナイトブロックの平均粒径P
C1μmとが、下記式17を満たす。
P
S1/P
C1≦0.95・・・(17)
【0062】
<(r)ベイナイトの体積率の下限:75×[C%]+25>
上記の通り、本実施形態に係る鋼線では、ベイナイト組織を制御している。ベイナイトの体積率V
Bは、伸線加工によって変化することが無いため、本実施形態に係る鋼線を得るためには、線材の段階で、ベイナイトの体積率V
Bを制御する必要がある。
ベイナイトの体積率V
Bが、体積%で、下記式18を満たさない場合、良好な伸線加工性が得られないだけでなく、残部である非ベイナイト組織が破壊の起点となる。
したがって、線材のベイナイトの体積率V
Bの下限が、下記式18を満たす必要がある。
V
B≧75
×[C%]+25・・・(式18)
ここで、[C%]とは、線材のC含有量を示す。
なお、鋼線において、上記式14を満たす必要があり、C含有量が0.20%〜0.65%の時は、線材のベイナイトの体積率V
Bの下限は、体積%で、下記式19を満たすことが好ましい。
V
B≧45
×[C%]+50・・・(式19)
【0063】
<(s)残部組織:フェライト、パーライト>
本実施形態に係る鋼線の素材となる線材は、ベイナイト以外の残部組織として、フェライトやパーライトを1つ以上含むことができる。
一方、マルテンサイトは、伸線加工の際に断線を発生させ、伸線加工性を悪化させる。
そのため、この線材はマルテンサイトを含有しない。
【0064】
<(t)ベイナイトブロックの平均粒径:5.0μm〜20.0μm>
上記の通り、本実施形態に係る鋼線を得るためには、線材の段階で、ベイナイトブロックの平均粒径を制御する必要がある。
線材において、ベイナイトブロックの平均粒径が20.0μmを超えると、鋼線への伸線加工の際に割れが発生し易くなるだけでなく、伸線加工後の鋼線において、ベイナイトブロックの粒径のばらつきが大きくなる。
したがって、線材のベイナイトブロックの平均粒径の上限を20.0μmとする。
一方、線材において、ベイナイトブロックの平均粒径を5.0μm未満とするためには、製造方法が複雑になり製造コストが上昇する。
したがって、線材のベイナイトブロックの平均粒径の下限を5.0μmとする。
【0065】
<(u)ベイナイトブロックの粒径の標準偏差:15.0μm以下>
上記の通り、本実施形態に係る鋼線を得るためには、線材の段階で、ベイナイトブロックの粒径のばらつきを制御する必要がある。
そのため、線材において、ベイナイトブロックの粒径の標準偏差は15.0μm以下である。
線材のベイナイトブロックの粒径の標準偏差が15μmを超えると、ベイナイトブロックの粒径のばらつきが大きくなり、伸線加工後の鋼線の冷間加工性を悪化させる場合がある。
したがって、線材において、ベイナイトブロックの粒径の標準偏差の上限を15μmとする。
【0066】
<(v)P
S1/P
C1≦0.95>
上記の通り、本実施形態に係る鋼線を得るためには、線材の段階で、表層部のベイナイトブロックの粒径を制御する必要がある。
図1に示すように、線材の長手方向に垂直な断面において、線材の直径をD
1mmとしたとき、線材の表面から深さ0.1×D
1mmの領域を第1表層部とし、深さ0.25×D
1mmから断面の中心までの領域を第1中心部とする。
第1表層部のベイナイトブロックの平均粒径P
S1と、第1中心部のベイナイトブロックの平均粒径P
C1とは、下記式20を満たす。
P
S1/P
C1≦0.95・・・(式20)
ここで、P
S1とは単位μmで、線材の第1表層部におけるベイナイトブロックの平均粒径を示し、P
C1とは単位μmで、線材の第1中心部におけるベイナイトブロックの平均粒径を示す。
線材において、P
S1とP
C1との比率が0.95を超えると、伸線加工の際に割れが発生し易くなるだけでなく、鋼線の冷間加工性を悪化させる。
したがって、線材において、上記ベイナイトブロックの平均粒径の比率P
S1/P
C1を0.95以下とする。
上記ベイナイトブロックの平均粒径の比率P
S1/P
C1の好ましい上限は、0.90である。
【0067】
このように製造された鋼線を、所望の引張強さ及び耐水素脆化特性を有する機械部品とするには、鋼線の線径をD
3mmとしたとき、表面から0.1×D
3mmまでの領域における組織の態様が重要である。
【0068】
本実施形態に係る鋼線を冷間加工することで、本実施形態に係る非調質機械部品を得ることができる。
本実施形態に係る非調質機械部品は、円柱の軸を有し、次の(I)〜(VIII)の特徴を有する。なお、(I)の成分組成に関しては、既述のため、本段落では割愛する。
(I)上記の化学成分を有する。
(II)質量%での前記Cの含有量[C%]とするとき、組織が、体積%で75×[C%]+25%以上のベイナイトを含む。
(III)残部が、フェライト及びパーライトの1つ以上である。
(IV)軸の長手方向に平行な断面において、前記軸の直径をD
3mmとし、前記軸の表面から前記軸の中心に向かって深さ0.1×D
3mmまでの領域を前記機械部品の第4表層部とし、前記機械部品の第4表層部におけるベイナイトブロックの平均アスペクト比をR2とするとき、前記R2が1.2以上である。
(V)前記軸の長手方向に垂直な断面において、前記軸の直径をD
3mmとし、前記軸の表面から前記断面の中心に向かって深さ0.1×D
3mmまでの領域を前記機械部品の第5表層部とし、前記第5表層部での前記ベイナイトブロックの平均粒径をP
S5μmとするとき、P
S5が下記式21を満たす。
P
S5≦20/R2・・・(式21)
(VI)前記軸の長手方向に垂直な断面において、前記軸の直径をD
3mmとし、深さ0.25×D
3mmから前記断面の中心までの領域を前記機械部品の第5中心部としたとき、前記第5表層部での前記ベイナイトブロックの平均粒径P
S5μmと、前記第5中心部での前記ベイナイトブロックの平均粒径P
C5μmとが、下記式22を満たす。
P
S5/P
C5≦0.95・・・(式22)
(VII)前記ベイナイトブロックの粒径の標準偏差が8.0μm以下である。
(VIII)引張強さが800MPa〜1600MPaである。
【0069】
本実施形態に係る非調質機械部品において、上記(I)〜(VII)の限定理由は、上記の本実施形態に係る非調質機械部品用鋼線の上記(i)〜(o)のそれぞれの特徴の限定理由と同じである。
その理由は、鋼線から冷間鍛造にて機械部品を製造する過程において、成分及び組織の体積率は変化せず、ベイナイトブロックの粒径の標準偏差、平均アスペクト比、表層部の平均粒径の中心部の平均粒径に対する比率は、ほとんど変化しないためである。
さらに、鋼線の直径D
2mmと機械部品の円柱の軸の直径D
3mmが一致しても良い。
また、前記非調質機械部品はボルトであっても良い。
【0070】
<(VIII)引張強さ:800MPa〜1600MPa>
本実施形態に係る非調質機械部品において、引張強さは800MPa〜1600MPaである。
本発明は、引張強さで800MPa以上の非調質機械部品を得ることを基本としている。部品としての強度が引張強さで800MPa未満では、本発明を適用する必要がない。
一方、1600MPaを超える部品は、水素脆化特性が劣化する。
それ故、部品強度として、引張強さを800MPa〜1600MPaとする。
好ましい引張強さは1200MPa〜
1600MPa、より好ましくは1240MPa〜1560MPa、さらに好ましくは1280〜1460MPa未満である。
【0071】
次に、本実施形態に係る非調質機械部品用鋼線、非調質機械部品用線材及び非調質機械部品の組織の測定方法について説明する。
<ベイナイトの体積率の測定方法>
ベイナイトの体積率は、例えば、走査型電子顕微鏡で、線材のC断面、すなわち、線材の長手方向に垂直な断面を1000倍の倍率で撮影し、画像解析して求める。
例えば、線材のC断面において、線材の表層(表面)近傍(第1表層部)、1/4D
1部(線材の表面から線材の中心方向、すなわち深さ方向に線材の直径D
1の1/4離れた部分)、及び、1/2D
1部(第1中心部:線材の中心部分)を、それぞれ、125μm×95μmの領域で撮影する。
その領域内のそれぞれのベイナイトの面積を測定し、その合計値を観察領域で除算することによって、ベイナイトの面積率は得られる。
なお、非ベイナイト組織の面積率は、100%より、ベイナイトの面積率を減算することによって得られる。
観察面、すなわちC断面に含まれる組織の面積率は、組織の体積率と等しいので、画像解析で得た面積率が、組織の体積率である。
なお、鋼線及び機械部品のベイナイトの体積率も、同様に測定することができる。
【0072】
<ベイナイトブロックの粒径の定義>
ベイナイトブロックとは、次のことを意味する。
例えば、EBSD装置(Electron Back Scatter Diffraction Patterns)で測定したbcc構造の結晶方位マップにおいて、方位差が15°以上となる境界をベイナイトブロック粒界とする。
そして、後述の方法によって得られた一つのベイナイトブロック粒の円相当粒径を、ベイナイトブロックの粒径と定義する。
【0073】
<ベイナイトブロックの平均粒径の測定方法>
ベイナイトブロックの粒径は、例えば、EBSD(Electron Back Scatter Diffraction Patterns)装置を用いて測定できる。
具体的には、線材については、線材の長手方向と垂直な断面であるC断面において、線材の直径をD
1mmとしたとき、表面から深さ0.1×D
1mmの領域、即ち第1表層部及び上記の第1中心部で測定する。
ここで、第1中心部とは、
図1に示すように、線材の表面より中心方向に直径D
1mmの1/4離れた位置から中心までの領域である。
言い換えると、線材の深さ1/4D
1mm〜1/2D
1mmの領域が第1中心部である。
そして、第1表層部と第1中心部とにおいて、それぞれ、275μm×165μmの領域を測定し、視野内のベイナイトブロックの円相当径より、各ベイナイトブロックの体積を算出し、その体積平均を平均粒径と定義する。
そして、ベイナイトブロックの平均粒径は、第1表層部と第1中心部との平均粒径である。
なお、鋼線及び機械部品においても同様の方法によって、測定することができる。
【0074】
<ベイナイトブロックの標準偏差の測定方法>
ベイナイトブロックの粒径の標準偏差は、上述の第1表層部と第1中心部とにおいて、45°おきに1箇所ずつ測定し、それぞれの測定値の分布により、求めることができる。
なお、鋼線及び機械部品においても同様の方法によって、算出することができる。
【0075】
<ベイナイトブロックの平均アスペクト比の測定方法>
ベイナイトブロックの平均アスペクト比は、次の方法により、測定できる。
具体的には、
図2Aに示すように、鋼線の長手方向と平行な断面であるL断面において、断面の中心線に向かって、表面から深さ0.1×D
2mmまでの範囲、即ち第2表層部にて、275μm×165μmの領域をEBSDを用いて測定する。
その領域における各ベイナイトブロックを円または楕円と見なし、長径と、長径に対して垂直な短径より、アスペクト比を算出し、それらの計算値を平均することによって、第2表層部におけるベイナイトブロックの平均アスペクト比R1を得ることが出来る。
なお、機械部品においても同様の方法によって、R2を測定することができる。
【0076】
<P
S1のP
C1に対する比率の測定方法>
線材の第1表層部のベイナイトブロックの平均粒径P
S1と中心部のベイナイトブロックの平均粒径P
C1との比率は、次の方法により得られる。
図1に示すように、線材の長手方向と垂直な断面であるC断面において、線材の直径をD
1mmとするとき、表面から深さ0.1×D
1mmの領域を第1表層部とする。
また、
図1に示すように、線材の表面から中心方向に、直径D
1mmの1/4離れた部分1/4D
1部から1/2D
1部までの領域、即ち線材の第1中心部とする。第1表層部及び第1中心部にて、それぞれ、275μm×165μmの領域をEBSDを用いて測定する。
そして、P
S1のP
C1に対する比率は、それぞれの領域で測定したベイナイトブロックの円相当径より、上記の方法により、平均粒径を求め、第1表層部のベイナイトブロックの平均粒径P
S1を第1中心部のベイナイトブロックの平均粒径P
C1で除して得ることができる。
なお、鋼線においても、同様の方法によってP
S3のP
C3に対する比率を求めることができる。
また、機械部品においても同様の方法によって、P
S5のP
C5に対する比率を求めることができる。
【0077】
上記の化学組成と組織とを満足することで、冷間加工性に優れた鋼線、その鋼線の素材となる伸線加工性に優れた線材、及び高強度と水素脆化特性とを両立できる機械部品を得ることができる。
上記の線材、鋼線及び機械部品を得るためには、後述する製造方法により線材、鋼線及び機械部品を製造すればよい。
次に、本実施形態に係る線材、鋼線及び機械部品の好ましい製造方法について説明する。
【0078】
本実施形態に係る線材、鋼線及び機械部品は、以下のようにして製造することができる。
なお、以下に説明する線材、鋼線及び機械部品の製造方法は、本実施形態に係る線材、鋼線及び機械部品を得るための一例であり、以下の手順及び方法で限定するものではなく、本発明の構成を実現できる方法であれば、如何なる方法をも採用することが可能である。
【0079】
本実施形態に係る線材、鋼線及び機械部品を製造する場合、ベイナイトの体積率、ベイナイトブロックの平均粒径、ベイナイトブロックの粒径の標準偏差、表層部のベイナイトブロックの平均アスペクト比、表層部のベイナイトブロックの平均粒径、及び表層部と中心部とのベイナイトブロックの平均粒径との比率が、既に述べた各条件を確実に満たし得るように、鋼の化学成分や各工程、及び各工程における条件を設定すれば良い。
また、機械部品に必要とされる引張強さに応じて、製造条件を設定することが出来る。
【0080】
<線材及び鋼線の製造方法>
まず、所定の成分組成からなる鋼片を加熱する。
次いで、加熱した鋼片を熱間圧延し、900℃超でリング状に巻き取る。
その後、後述するような1次冷却、2次冷却を含む2段階冷却を行い、次いで、恒温保持(恒温変態処理)を行って、線材を得る。
1次冷却として、巻取り終了温度から600℃までを、20℃/秒〜100℃/秒の1次冷却速度で冷却し、さらに、2次冷却として、600℃から500℃までを、20℃/秒以下の2次冷却速度で冷却する。
2段階冷却後、恒温保持(恒温変態処理)を行い、次いで、伸線加工をすることによって、上記のミクロ組織を有する本実施形態に係る非調質機械部品用鋼線を製造することができる。
【0081】
巻取温度は、変態後のベイナイト組織に影響する。
巻取温度が900℃以下では、ベイナイトブロックの粒径の標準偏差が大きくなり、鋼線の冷間加工性や機械部品において加工割れが発生する場合がある。
そのため、巻取り温度は900℃超とする。
【0082】
巻取り後の1次冷却速度が20℃/秒未満であると、ベイナイトブロックの粒径の標準偏差が大きくなり、鋼線の冷間加工性や機械部品において加工割れが発生する場合がある。
一方、600℃から500℃までの2次冷却速度が20℃/秒を超えると、ベイナイトの体積率は上記式18を満たすことが出来ない。
したがって、巻取終了温度から600℃までを、20℃/秒〜100℃/秒の1次冷却速度で冷却し、600℃から500℃までを、20℃/秒以下の2次冷却速度で冷却する。
【0083】
具体的に、2段階冷却は次のような方法で行われる。熱間圧延時の残熱を利用し、線材を溶融塩槽に浸漬して、恒温ベイナイト変態を生じさせる。すなわち、巻取終了後、直ちに線材を、350℃〜500℃の溶融塩槽1に浸漬させ600℃まで冷却し、次いで500℃まで冷却する2段階冷却を行う。その後、溶融塩槽1に連続する350℃〜600℃の溶融塩槽2に浸漬させて恒温保持を行う。
溶融塩槽1への浸漬時間は5秒〜150秒とし、溶融塩槽2への浸漬時間は5秒〜150秒とする。
溶融塩槽1と溶融塩槽2との合計の浸漬時間は40秒以上とする。
特に、機械部品に1200MPa〜1600MPaの引張強さが要求される場合には、溶融塩槽1への浸漬時間は25秒〜150秒とし、溶融塩槽2への浸漬時間は25秒〜150秒とすることが好ましい。
また、機械部品に1200MPa〜1600MPaの引張強さが要求される場合には、溶融塩槽1と溶融塩槽2との合計の浸漬時間は60秒以上とすることが好ましい。
【0084】
恒温変態処理により生成したベイナイトは、連続冷却処理により生成したベイナイトと比較して、ベイナイトブロックの粒径のバラつきが小さい。
【0085】
上記の通り、溶融塩槽への浸漬時間は、線材の充分な温度保持と生産性の点から、いずれの槽でも5〜150秒とする。
なお、溶融塩槽に所定時間保持した後の冷却は、水冷でも放冷でもよい。
【0086】
なお、浸漬槽として、溶融塩槽ではなく、鉛浴槽や流動床などの設備を使用しても、同様の効果が得られる。
しかしながら、環境や製造コストの観点から、溶融塩槽が優れている。
以上の方法により、本実施形態に係る鋼線の素材となる線材は製造することができる。
【0087】
なお、本実施形態に係る線材から鋼線を製造する際の伸線加工においては、減面率を10%〜80%とする。
伸線加工の減面率が10%未満の場合、加工硬化が不十分となり、引張強さが不足する。
一方、減面率が80%を超えると、鋼線から機械部品を製造する冷間鍛造の際に加工割れが発生し易くなる。
【0088】
なお、機械部品において1200MPa〜1600MPaの引張強さが要求される場合には、伸線加工において、減面率を20%〜90%とすることが好ましい。
伸線加工の減面率が20%未満の場合、機械部品の耐水素脆化特性が劣化する。
一方、減面率が90%を超えると、鋼線から機械部品を製造する冷間鍛造の際に加工割れがいっそう発生し易くなる。
なお、伸線加工の減面率は、30%〜86%が好ましい。
【0089】
このようにして得られた鋼線を用いて、最終の機械部品へ成形加工するが、上記ミクロ組織の特徴を維持するため、成形加工前に熱処理は行わなくても良い。
このようにして得られた鋼線を冷間鍛造、すなわち冷間加工することにより、引張強さが800MPa〜1600MPaである非調質機械部品が得られる。
本実施形態に係る機械部品では、引張強さを800MPa以上とする。
機械部品として要求される引張強さが800MPa未満の場合には、本実施形態に係る鋼線を適用する必要がない。特に1200MPa以上の場合に、耐水素脆化特性の向上が顕著である。
一方、機械部品として要求される引張強さが1600MPaを超える場合には、本実施形態に係る機械部品を冷間鍛造で製造することが困難であるとともに、機械部品の耐水素脆化特性が劣化する。
そのため、機械部品の引張強さを800MPa〜1600MPaとする。
【0090】
本実施形態に係る機械部品は、機械部品として、このままでも高強度である。
しかしながら、降伏強度・降伏比、又は、延性という、機械部品として必要な他の材質特性を向上させるために、部品形状に冷間鍛造した後、機械部品を、200℃〜600℃に10分〜5時間保持し、その後、冷却してもよい。
なお、この熱処理は、調質のための熱処理には該当しない。
【実施例】
【0091】
次に、本発明の実施例について説明する。
しかしながら、実施例での条件は、本発明の実施可能性及び効果を確認するために採用した一条件例であり、本発明は、この一条件例に限定されるものではない。
本発明は、本発明の要旨を逸脱せず、本発明の目的を達成する限りにおいて、種々の条件を採用し得るものである。
【0092】
表1に成分組成を示す。なお、表中の下線は、本発明の範囲外であることを示す。
実施例に供した鋼の成分組成において、C含有量を[C%]とし、Si含有量を[Si%]とし、Mn含有量を[Mn%]とし、Cr含有量を[Cr%]とし、Mo含有量を[Mo%]として、下記式Gにより、F1を計算した。
得られたF1を、表1に示す。
F1=0.6×[C%]−0.1×[Si%]+1.4×[Mn%]+1.3×[Cr%]+3.7×[Mo%]・・・(G)
【0093】
これらの鋼種からなる鋼片を、線径13.0mm、または16.0mmに熱間圧延した。
熱間圧延後、表2−1に記載の巻取温度で巻取り、同じく表2−1に記載の方法にて2段階冷却と恒温保持(恒温変態処理)を行い、線材を得た。
【0094】
表2−1に、熱間圧延後の巻取り温度、溶融塩槽1の温度及び保持時間、巻取温度から600℃までの1次冷却速度、600℃から500℃までの2次冷却速度、及び、溶融塩槽2での恒温保持温度と恒温保持時間を示す。
2段階冷却後、恒温変態処理を行った線材に、同じく表2−1に示す減面率で伸線加工を施して、鋼線を得た。
【0095】
表2−2−1に線材の組織を、表2−2−2に鋼線の組織を示す。なお、線材におけるベイナイトの体積率と、鋼線におけるベイナイトの体積率は一致する。
ベイナイトの体積率V
B(単位:体積%)について、下線は下記式Hを満たさないものである。
V
B≧75×[C%]+25%・・・(H)
また、組織の残部における、Fはフェライト、Pはパーライト、Mはマルテンサイトを示す。
ベイナイトの体積率は、走査型電子顕微鏡で、線材のC断面、すなわち、線材の長手方向に垂直な断面を1000倍の倍率で撮影し、画像解析して求めた。
線材のC断面において、線材の表層(表面)近傍(第1表層部)、1/4D
1部(線材の表面から線材の中心方向、すなわち深さ方向に線材の直径D
1の1/4離れた部分)から1/2D
1部までの範囲(第1中心部:線材の中心部分)を、それぞれ、125μm×95μmの領域で撮影した。
その領域内のそれぞれのベイナイトの面積を測定し、その合計値を観察領域で除算することによって、ベイナイトの面積率は得た。
なお、非ベイナイト組織の面積率は、100%より、ベイナイトの面積率を減算することによって得た。
観察面、すなわちC断面に含まれる組織の面積率は、組織の体積率と等しいので、画像解析で得た面積率が、組織の体積率である。
鋼線の体積率も上記の方法で求めた。
【0096】
表2−2−1における線材のベイナイトブロックの平均粒径については、下記の方法により測定した。
EBSD装置で測定したbcc構造の結晶方位マップにおいて、方位差が15°以上となる境界をベイナイトブロック粒界とした。
線材については、線材の長手方向と垂直な断面であるC断面において、線材の直径をD
1mmとしたとき、表面から深さ0.1×D
1mmの領域、即ち第1表層部及び上記の第1中心部で測定した。
ここで、第1中心部とは、
図1に示すように、線材の表面より中心方向に直径D
1mmの1/4離れた位置から中心までの領域である。
第1表層部と第1中心部とにおいて、それぞれ、275μm×165μmの領域を測定し、視野内のベイナイトブロックの円相当径より、各ベイナイトブロックの体積を算出し、その体積平均を平均粒径と定義した。
そして、ベイナイトブロックの平均粒径は、第1表層部と第1中心部との平均粒径とした。
表2−2−1において、ベイナイトブロックの平均粒径が5.0μm〜20.0μmの範囲にないものには下線を付した。
【0097】
表2−2−1における線材のベイナイトブロックの粒径の標準偏差、及び表2−2−2における鋼線のベイナイトブロックの粒径の標準偏差については、下記の方法により測定した。
線材におけるベイナイトブロックの粒径の標準偏差は、上記の第1表層部の測定値及び第1中心部の測定値のそれぞれの分布により求めた。鋼線の場合には、第3表層部及び第3中心部の測定値のそれぞれの分布により求めた。
表2−2−1において、ベイナイトブロックの標準偏差が15.0μmを超えるものに下線を付し、表2−2−2において、ベイナイトブロックの標準偏差が8.0μmを超えるものに下線を付した。
【0098】
表2−2−1に線材の第1表層部におけるベイナイトブロックの平均粒径P
S1及び第1中心部におけるベイナイトブロックの平均粒径P
C1を示す。
表2−2−2に鋼線の第3表層部におけるベイナイトブロックの平均粒径P
S3及び第3中心部におけるベイナイトブロックの平均粒径P
C3を示す。
線材の第1表層部及び第1中心部、及び鋼線の第3表層部及び第3中心部におけるベイナイトブロックの平均粒径P
S1、P
C1、P
S3及びP
C3(単位:μm)は、次の方法によって測定した。EBSDを用いて、それぞれ、275μm×165μmの領域を測定し、視野内のベイナイトブロックの円相当径より、各ベイナイトブロックの体積を算出し、その体積平均を平均粒径として得た。
なお、線材の第1表層部及び第1中心部、及び鋼線の第3表層部及び第3中心部については、上記の通りである。
また、表2−2−1において、第1中心部のベイナイトブロックの平均粒径P
C1に対する第1表層部のベイナイトブロックの平均粒径P
S1の比が下記式Iを満たさないものに下線を付した。
P
S1/P
C1≦0.95・・・(I)
表2−2−2において、第3中心部のベイナイトブロックの平均粒径P
C3に対する第3表層部のベイナイトブロックの平均粒径P
S3の比が下記式Jを満たさないものに下線を付した。
P
S3/P
C3≦0.95・・・(J)
【0099】
表2−2−2において、鋼線の第2表層部におけるベイナイトブロックの平均アスペクト比R1は、次の方法により測定した。
鋼線の長手方向と平行な断面であるL断面において、断面の中心線に向かって、表面から深さ0.1×D
2mmまでの範囲、即ち第2表層部にて、275μm×165μmの領域を、EBSDを用いて測定した。
その領域における各ベイナイトブロックを円または楕円と見なし、長径と、長径に対して垂直な短径より、アスペクト比を算出し、それらの計算値を平均することによって、第2表層部におけるベイナイトブロックの平均アスペクト比R1を得た。
表2−2−2において、第2表層部の平均アスペクト比R1が1.2未満のものに下線を付した。
また、鋼線において、第2表層部の平均アスペクト比R1と第3表層部のベイナイトブロックの平均粒径P
S3との関係が、下記式Kを満たさない場合、下線を付した。
P
S3≦20/R1・・・(K)
【0100】
表2−3に線材の伸線加工性について示す。
線材の伸線加工性は、線材から鋼線への伸線加工時に断線が1回でも起こった場合に、伸線加工性が「不良」と判断した。
また、表2−3に鋼線の引張強さと冷間加工性とについて示す。
引張強さは、JIS Z 2201の9A試験片を用い、JIS Z 2241の試験方法に準拠した引張試験を行って評価した。
冷間加工性は、変形抵抗と限界圧縮率とにより評価した。
まず、伸線加工後の鋼線を機械加工して、φ5.0mm×7.5mmの試料を作成した。
そして、その試料用いて、同心円状に溝がついた金型で端面を拘束して圧縮した。
この時、歪み1.0に相当する圧縮率57.3%で加工した時の最大応力(変形抵抗)を求め、割れが発生しない最大の圧縮率(限界圧縮率)で評価した。
鋼線の引張強さが800MPa〜1200MPaのとき、圧縮率57.3%で加工した時の最大応力が1100MPa以下のとき、変形抵抗が「良」と判定した。また、割れが発生しない最大の圧縮率が70%以上のとき、限界圧縮率が「良」と判定した。
鋼線の引張強さが1200MPa〜1600MPaのとき、圧縮率57.3%で加工した時の最大応力が1200MPa以下のとき、変形抵抗が「良」と判定した。また、割れが発生しない最大の圧縮率が60%以上のとき、限界圧縮率が「良」と判定した。
なお、線材を伸線加工して、目的の組織を持つ鋼線が出来なかった場合の線材については、比較例である。
【0101】
引き続き、鋼線を冷間鍛造、すなわち冷間加工し、さらに、熱処理を行って機械部品を得た。
鋼線の冷間鍛造後に施した熱処理の熱処理温度と保持時間とを表3−1に示す。
なお、表3−1において、機械部品No.1001〜1018及び1042は機械部品に800MPa〜1200MPaの引張強さが要求される場合の実施例であり、機械部品No.1019〜1036は機械部品に1200MPa〜1600MPaの引張強さが要求される場合の実施例である。
【0102】
表3−1において、機械部品のベイナイトの体積率、組織の残部、ベイナイトブロックの粒径の標準偏差、ベイナイトブロックの第4表層部の平均アスペクト比R2、ベイナイトブロックの第5表層部の平均粒径P
S5、ベイナイトブロックの第5表層部の平均粒径P
C5、及び20/R2及びP
S5/P
C5を示す。
これらは、鋼線と同様の方法で測定を行った。
表3−1において、下記式Lを満たさないベイナイトの体積率については下線を付した。
V
B≧75×[C%]+25%・・・(L)
表3−1において、ベイナイトブロックの標準偏差が8.0μmを超えるものに下線を付した。
表3−1において、第4表層部の平均アスペクト比R2が1.2未満のものに下線を付した。
表3−1において、第4表層部の平均アスペクト比R2と第5表層部のベイナイトブロックの平均粒径P
S5との関係が、下記式Mを満たさない場合、下線を付した。
P
S5≦20/R2・・・(M)
また、表3−1において、第5中心部のベイナイトブロックの平均粒径P
C5に対する第5表層部のベイナイトブロックの平均粒径P
S5の比が下記式Nを満たさないものに下線を付した。
P
S5/P
C5≦0.95・・・(N)
【0103】
表3−2に、機械部品の引張強さと耐水素脆化特性とを示す。
引張強さは、鋼線と同様、JIS Z 2201の9A試験片を用い、JIS Z 2241の試験方法に準拠した引張試験を行って評価した。
耐水素脆化特性は、次の方法により評価した。
まず、鋼線をボルトに加工し、引張強さが800〜1200MPaのボルトでは、電界水素チャージによって2.0ppmの拡散性水素を試料に含有させ、引張強さが1200〜1600MPaのボルトでは、0.5ppmの拡散性水素を試料に含有させた。
その後、試験中に水素が試料から大気中に放出しないようにCdめっきを施した。
次いで、大気中で最大引張荷重の90%の荷重を負荷し、100時間の経過後の破断の有無を確認した。
そして、破断が生じていないものを「良」と評価し、破断が生じたものを「不良」と評価した。
【0104】
【表1】
【0105】
【表2-1】
【0106】
【表2-2-1】
【0107】
【表2-2-2】
【0108】
【表2-3】
【0109】
【表3-1】
【0110】
【表3-2】
【0111】
鋼線No.105、113及び120は、溶融塩槽保持時間の合計が短かった。その結果、ベイナイト以外の残部としてマルテンサイトが生成して、伸線加工時の断線により鋼線を製造できなかった。
鋼線No.137は、C含有量が少ないため、マルテンサイトが生成して、伸線加工時の断線により鋼線を製造できなかった。
鋼線No.138は、C含有量が多いため、マルテンサイトが生成して、伸線加工時の断線により鋼線を製造できなかった。
鋼線No.139は、Si含有量が多いため、マルテンサイトが生成して、伸線加工時の断線により鋼線を製造できなかった。
鋼線No.140は、Mn含有量が少ないため、マルテンサイトが生成して、伸線加工時の断線により鋼線を製造できなかった。
鋼線No.141は、Mn含有量が多いため、マルテンサイトが生成して、伸線加工時の断線により鋼線を製造できなかった。
【0112】
鋼線
No.110、111、114、115、118、124、125、127、128、136及び142では、巻取温度が低い場合、または/及び冷却、恒温変態処理が十分ではないため、上記のいずれかの性質の1つ以上を満たすことができなかった。
その結果、線材として良好な伸線加工性は得られたものの、鋼線として良好な冷間加工性を得ることは出来なかった。
また、鋼線
No.110、111、114、115、118、124、125、127、128、136及び142を用いて冷間鍛造により製造した機械部品
No.1010、1011、1014、1015、1018、1024、1025、1027、1028、1036及び1042は、上記のいずれかの性質の1つ以上を満たすことができなかった。その結果、良好な耐水素脆化特性が得られないか、加工割れが起きていた。もしくは、その両方であった。