特許第6607291号(P6607291)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6607291
(24)【登録日】2019年11月1日
(45)【発行日】2019年11月20日
(54)【発明の名称】磁気記録媒体
(51)【国際特許分類】
   G11B 5/64 20060101AFI20191111BHJP
   G11B 5/738 20060101ALI20191111BHJP
   G11B 5/65 20060101ALI20191111BHJP
   G11B 5/02 20060101ALI20191111BHJP
【FI】
   G11B5/64
   G11B5/738
   G11B5/65
   G11B5/02 S
【請求項の数】7
【全頁数】19
(21)【出願番号】特願2018-152434(P2018-152434)
(22)【出願日】2018年8月13日
(62)【分割の表示】特願2015-33336(P2015-33336)の分割
【原出願日】2015年2月23日
(65)【公開番号】特開2018-170067(P2018-170067A)
(43)【公開日】2018年11月1日
【審査請求日】2018年9月5日
(73)【特許権者】
【識別番号】000005234
【氏名又は名称】富士電機株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001243
【氏名又は名称】特許業務法人 谷・阿部特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】中田 仁志
(72)【発明者】
【氏名】森谷 友博
(72)【発明者】
【氏名】島津 武仁
【審査官】 斎藤 眞
(56)【参考文献】
【文献】 特開2014−081973(JP,A)
【文献】 特開2013−257930(JP,A)
【文献】 特開2013−063576(JP,A)
【文献】 特開2013−118044(JP,A)
【文献】 特開2013−175254(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G11B 5/00−5/024
G11B 5/62−5/858
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
非磁性基板と、シード層と、磁気記録層とを含み、
前記磁気記録層は、前記シード層上に形成されており、前記磁気記録層はFe、PtおよびRuを含む規則合金を含み、前記規則合金は、Fe、PtおよびRuの総原子数を基準として、x原子%のFeと、y原子%のPtと、z原子%のRuとを含み、前記x、yおよびzは、以下の式(i)〜(v):
(i) 0.85≦x/y≦1.3;
(ii) x≦53;
(iii) y≦51;
(iv) 0.6≦z≦20;および
(v) x+y+z=100
を満たし、
前記シード層は、Pt金属、MgO、SrTiO3、およびTiNからなる群から選択される材料で形成されていることを特徴とする熱アシスト磁気記録媒体。
【請求項2】
ヒートシンク層をさらに含み、ヒートシンク層は、Cu単体、Ag単体、Au単体、Cu、AgまたはAuを50wt%以上含有する合金、Al−Si合金、Cu−B合金、FeSiAl合金、および軟磁性CoFe合金からなる群から選択される材料で形成されていることを特徴とする請求項1に記載の熱アシスト磁気記録媒体。
【請求項3】
前記規則合金は、L10型規則合金であることを特徴とする請求項1に記載の熱アシスト磁気記録媒体。
【請求項4】
前記磁気記録層は、前記規則合金を含む磁性結晶粒と、非磁性結晶粒界とを備えたグラニュラー構造を有し、前記非磁性結晶粒界は、炭素、ホウ素、炭化物、酸化物および窒化物からなる群から選択される少なくとも1種の材料を含むことを特徴とする請求項1に記載の熱アシスト磁気記録媒体。
【請求項5】
前記磁気記録層は、複数の磁性層を含み、前記複数の磁性層の少なくとも1つが前記規則合金を含む磁性層であることを特徴とする請求項1に記載の熱アシスト磁気記録媒体。
【請求項6】
前記規則合金は、L10型規則合金であることを特徴とする請求項5に記載の熱アシスト磁気記録媒体。
【請求項7】
前記規則合金を含む磁性層は、磁性結晶粒と非磁性結晶粒界とを備えたグラニュラー構造を有し、前記非磁性結晶粒界は、炭素、ホウ素、炭化物、酸化物および窒化物からなる群から選択される少なくとも1種の材料を含むことを特徴とする請求項5に記載の熱アシスト磁気記録媒体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本明細書に記載の発明は、磁気記録媒体に関する。詳細には、本明細書に記載の発明は、エネルギーアシスト磁気記録方式で使用される磁気記録媒体に関する。より詳細には、本明細書に記載の発明は、熱アシスト磁気記録方式で使用される磁気記録媒体に関する。
【背景技術】
【0002】
磁気記録の高密度化を実現する技術として、垂直磁気記録方式が採用されている。垂直磁気記録媒体は、非磁性基板と、硬質磁性材料から形成される磁気記録層を少なくとも含む。垂直磁気記録媒体は、任意選択的に、軟磁性材料から形成されて、磁気ヘッドが発生する磁束を磁気記録層に集中させる役割を担う軟磁性裏打ち層、磁気記録層の硬質磁性材料を目的の方向に配向させるためのシード層、磁気記録層の表面を保護する保護膜などをさらに含んでもよい。
【0003】
近年、垂直磁気記録媒体の記録密度のさらなる向上を目的として、磁気記録層中の磁性結晶粒の粒径を縮小させる必要に迫られている。一方で、磁性結晶粒の粒径の縮小は、記録された磁化(信号)の熱安定性を低下させる。そのため、磁性結晶粒の粒径の縮小による熱安定性の低下を補償するために、磁性結晶粒を、より高い結晶磁気異方性を有する材料を用いて形成することが求められている。
【0004】
求められる高い結晶磁気異方性を有する材料として、L10型規則合金が提案されている。国際公開第2013/140469号公報(特許文献1)は、Fe、CoおよびNiからなる群から選択される少なくとも1種の元素と、Pt、Pd、AuおよびIrからなる群から選択される少なくとも1種の元素とを含むL10型規則合金を記載している。代表的なL10型規則合金は、FePt、CoPt、FePd、CoPdなどを含む。
【0005】
しかしながら、高い磁気異方性を有する材料で形成された磁気記録層を有する磁気記録媒体は、大きな保磁力を有し、磁化(信号)の記録が困難である。この記録困難性を克服するために、熱アシスト記録方式、マイクロ波アシスト記録方式などのエネルギーアシスト磁気記録方式が提案されている。熱アシスト記録方式は、磁性材料における磁気異方性定数(Ku)の温度依存性、すなわち高温ほどKuが小さいという特性を利用したものである。この方式では、磁気記録層の加熱機能を有するヘッドを用いる。すなわち、磁気記録層を昇温させて一時的にKuを低下させることにより反転磁界を低減させ、その間に書き込みを行う。降温後はKuが元の高い値に戻るため、安定して記録信号(磁化)を保持できる。国際公開第2013/140469号公報(特許文献1)は、記録時の磁気記録層の面内方向の温度勾配を大きくすることによって、熱アシスト磁気記録を容易にする方法を提案している。
【0006】
熱アシスト記録方式を用いる場合、記録に用いる磁気ヘッドに磁気記録層を加熱する手段を設けることが必要である。しかしながら、磁気ヘッドに対する種々の要求から、採用できる加熱手段には制限が存在する。この点を考慮すると、記録時の磁気記録層の加熱温度を、できる限り低くすることが望ましい。加熱温度の1つの指標として、キュリー温度Tcがある。磁性材料のキュリー温度Tcとは、材料の磁性が失われる温度を意味する。磁気記録層の材料のキュリー温度Tcを低下させることによって、所与の温度における磁気異方性定数Kuを低下させ、より低い加熱温度における記録が可能となる。
【0007】
しかしながら、磁性材料のキュリー温度Tcと磁気異方性定数Kuとの間には強い相関が存在する。一般に、大きな磁気異方性定数Kuを有する材料は、高いキュリー温度Tcを有する。そのため、従来は、加熱温度の低減を優先して、磁気異方性定数Kuを減少させて、キュリー温度Tcを低下させることが行われてきた。この問題に関して、特開第2009−059461号公報(特許文献2)は、複数の磁性層を設け、それぞれの磁性層において異なるKuおよびTcを設定することにより、KuとTcとの相関を緩和する提案がなされている。具体的には、この文献は、第1のキュリー温度Tc1を有する第1層と第2のキュリー温度Tc2を有する第2層とを含み、Tc1がTc2よりも高い磁気記録層を提案している。この磁気記録層においては、Tc2以上の温度に加熱することによって、第1層と第2層との間の交換結合が消失し、第1層への磁化の記録が可能となる。
【0008】
また、他の諸性能を改善する目的で、L10型規則合金に種々の添加元素を導入する試みがなされてきている。たとえば、特開2003−313659号公報(特許文献3)は、L10型規則合金を構成する元素と、添加元素とを含み、酸素含有量が1000ppm以下であるスパッタ用焼結ターゲットを提案している。このターゲットを用いて形成された薄膜は、より低いアニーリング温度においてL10型規則合金の規則化が達成できると記載されている。特に、Cu、Au等を添加した場合には、L10型規則合金の規則化をより促進するとされている。また、特開2003−313659号公報は、L10型構造の磁性結晶粒子間を非磁性体によって分離することが磁気記録密度の向上に寄与することを開示している。磁性結晶粒子間を磁気的に分離するために磁性結晶粒の周囲に配置される非磁性元素および非磁性化合物が列挙されている。そのような材料の例として、Ru、Rhなどを含む各種の材料が記載されている。
【0009】
一方、米国特許出願公開第2003/0162055号明細書(特許文献4)は、(CoX)3Ptまたは(CoX)3PtYの組成を有し、L10型とは異なる規則構造を有する多結晶規則合金からなる磁気記録層を提案している。ここで、添加元素Xは、結晶粒界に移動して磁性結晶粒間の磁気的分離を促進する効果を有し、添加材料Yは、得られる多結晶規則合金の磁気特性、磁性結晶粒の分布および磁気的分離の制御を容易にする効果を有する。米国特許出願公開第2003/0162055号明細書は、添加元素Xの例としてRu、Rhなどを含む各種の材料を記載している。
【0010】
しかしながら、規則合金に添加する材料としてのRuに関する研究はほとんど進んでいないのが現状である。Ruを添加した場合の規則合金の磁気特性、特に、そのような規則合金における温度に対する異方性磁界の勾配についての研究はほとんど進展していない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】国際公開第2013/140469号公報
【特許文献2】特開2009−059461号公報
【特許文献3】特開2003−313659号公報
【特許文献4】米国特許出願公開第2003/0162055号明細書
【非特許文献】
【0012】
【非特許文献1】H. J. Richterら、「Direct Measurement of the Thermal Gradient in Heat Assisted Magnetic Recording」IEEE Transactions on Magnetics、Vol. 49、No. 10、pp. 5378-5381 (2013)
【非特許文献2】五十嵐 万壽和ら、「シミュレーションによる熱アシスト記録の検討 : 記録方式の検討」、信学技報、vol.104、pp.1−6(2004)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明が解決しようとする課題は、熱アシスト磁気記録媒体の加熱記録過程におけるビット遷移幅を小さくすることによって、高い記録密度を実現できる磁気記録媒体を提供することである。より具体的には、本発明が解決しようとする課題は、温度変化に対する異方性磁界の勾配が大きい磁気記録層を有する磁気記録媒体を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明の第1の実施形態の磁気記録媒体の1つの構成例は、非磁性基板と磁気記録層とを含み、前記磁気記録層はFe、PtおよびRuを含む規則合金を含み、前記規則合金は、Fe、PtおよびRuの総原子数を基準として、x原子%のFeと、y原子%のPtと、z原子%のRuとを含み、前記x、yおよびzは、以下の式(i)〜(v):
(i) 0.85≦x/y≦1.3;
(ii) x≦53;
(iii) y≦51;
(iv) 0.6≦z≦20;および
(v) x+y+z=100
を満たすことを特徴とする。ここで、前記規則合金は、L10型規則合金であってもよい。また、前記磁気記録層は、前記規則合金を含む磁性結晶粒と、非磁性結晶粒界とを備えたグラニュラー構造を有してもよい。前記非磁性結晶粒界は、炭素、ホウ素、炭化物、酸化物および窒化物からなる群から選択される少なくとも1種の材料を含んでもよい。
【0015】
本発明の第2の実施形態の磁気記録媒体の1つの構成例は、前述の第1の実施形態の構成例において、前記磁気記録層は、複数の磁性層を含み、前記複数の磁性層の少なくとも1つが前記規則合金を含む磁性層であることを特徴とする。ここで、前記規則合金は、L10型規則合金であってもよい。また、前記規則合金を含む磁性層は、前記規則合金を含む磁性結晶粒と、非磁性結晶粒界とを備えたグラニュラー構造を有してもよい。前記非磁性結晶粒界は、炭素、ホウ素、炭化物、酸化物および窒化物からなる群から選択される少なくとも1種の材料を含んでもよい。
【発明の効果】
【0016】
上記の構成を採用することによって、温度変化に対する異方性磁界の勾配が大きい磁気記録層を有する磁気記録媒体を提供することができる。得られた磁気記録媒体は、加熱記録過程におけるビット遷移幅が縮小し、高密度の磁気記録に対応できる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】第1の実施形態の磁気記録媒体の1つの構成例を示す断面図である。
図2】第2の実施形態の磁気記録媒体の1つの構成例を示す断面図である。
図3】磁気記録層の組成とキュリー温度Tcとの関係を示すグラフである。
図4】キュリー温度Tcより60℃低い温度における、磁気記録層の組成と温度変化に対する異方性磁界の勾配dHk/dTとの関係を示すグラフである。
図5】キュリー温度Tcより40℃低い温度における、磁気記録層の組成と温度変化に対する異方性磁界の勾配dHk/dTとの関係を示すグラフである。
図6】キュリー温度Tcより20℃低い温度における、磁気記録層の組成と温度変化に対する異方性磁界の勾配dHk/dTとの関係を示すグラフである。
図7】室温における、磁気記録層の組成と異方性磁界Hkとの関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0018】
第1の実施形態の磁気記録媒体の1つの構成例は、非磁性基板と磁気記録層とを含み、前記磁気記録層はFe、PtおよびRuを含む規則合金を含み、前記規則合金は、Fe、PtおよびRuの総原子数を基準として、x原子%のFeと、y原子%のPtと、z原子%のRuとを含み、前記x、yおよびzは、以下の式(i)〜(v):
(i) 0.85≦x/y≦1.3;
(ii) x≦53;
(iii) y≦51;
(iv) 0.6≦z≦20;および
(v) x+y+z=100
を満たす。たとえば、図1に示す構成例では、磁気記録媒体は非磁性基板10、磁気記録層30、および任意選択的に設けてもよいシード層20を含む。
【0019】
非磁性基板10は、表面が平滑である様々な基板であってもよい。たとえば、磁気記録媒体に一般的に用いられる材料(NiPメッキを施したAl合金、強化ガラス、結晶化ガラス等)、あるいはMgO等を用いて、非磁性基板10を形成することができる。
【0020】
磁気記録層30は、単一の層であってもよい。単一の層で構成される磁気記録層30は、Fe、Pt、およびRuを含む規則合金を含む。規則合金は、L10型規則合金であってもよい。原子%単位で表されるFe、Pt、およびRuの含有量x、yおよびzは、前述の式(i)〜(v)を満たす。
【0021】
熱アシスト記録方式における加熱記録工程において、磁気記録層30はキュリー温度Tc付近まで加熱され、引き続いて冷却される過程で磁化を記録する。以下、実際に磁化が記録される温度を、「実質記録温度」と称する。また、磁性材料のキュリー温度Tcとは、磁性材料の強磁性が失われる温度を意味する。磁性結晶粒の微細化にともなって、磁性結晶粒のキュリー温度Tcは、バルク材料のキュリー温度Tcよりも低下する。加えて、記録磁界の印加を行うため、熱アシスト記録方式では、キュリー温度Tcよりも低い温度で磁化の書込みおよび固定を行うことができる。
【0022】
熱アシスト記録方式において、ヘッドに搭載された加熱手段による加熱スポット中心と、書込み磁極の中心とは異なる位置に存在する。一般的には、加熱手段は、レーザーを含む。加熱スポット中心と書込み磁極の中心との間の距離は、好ましくはビット長程度に設定される。そのため、実際に書き込みがなされる書込み磁極の中心の温度(すなわち、実質記録温度)は、加熱スポット中心における最大加熱温度よりも低い。実質記録温度は、加熱スポット内の温度勾配とビット長との積程度であると見積もられる。熱アシスト記録方式の磁気記録媒体において用いられる代表的な面記録密度(テラビット米平方インチ、Tbpsi)における温度勾配(℃/nm)とビット長(nm)との関係を第1表に示す。
【0023】
【表1】
【0024】
以上に示した関係から、実質記録温度は、最大加熱温度よりも約140℃低い。熱アシスト磁気記録を行うためには、実質記録温度をキュリー温度Tcに十分に接近させる必要がある。そのため、最大加熱温度をキュリー温度Tcより十分に高い温度に設定する必要がある。一方で、加熱手段に対して過剰な負荷をかけないために、最大加熱温度を可能な限り低くすることが望ましい。たとえばH. J. RichterらのIEEE Transactions on Magnetics, Vol. 49, No. 10, pp. 5378-5381 (2013)(非特許文献1)に開示されているように、最大加熱温度は、通常、キュリー温度Tcよりも約100℃高い温度に設定されている。その結果、実質記録温度は、キュリー温度Tcよりも約40℃低い温度に設定される。
【0025】
実際の実質記録温度は、磁気記録装置の設計思想などに依存して変動する。好ましくは、実質記録温度は、キュリー温度Tcより40℃低い温度を中心とする、キュリー温度Tcより60℃低い温度からキュリー温度Tcより20℃低い温度までの範囲内であることが想定される。
【0026】
記録密度を向上させるためには、実質記録温度における、温度変化に対する異方性磁界(Hk)の勾配(dHk/dT)を大きくすることが必要である。なぜなら、dHk/dTを大きくすることによって、記録ビット間のビット遷移幅を小さくすることができるからである。磁気記録媒体における「記録ビット間のビット遷移」とは、たとえば、磁化が垂直上方に向いている領域と、磁化が垂直下方に向いている領域との間の領域を意味する。五十嵐 万壽和ら、「シミュレーションによる熱アシスト記録の検討 : 記録方式の検討」、信学技報、vol.104、pp.1−6(2004)(非特許文献2)によれば、ビット遷移幅は、記録時に隣接ビットの磁化が反転しない長さで規定され、より具体的には0.5×ビット長である。記録磁界をHsw、記録磁界勾配の分散をσHswとしたとき、ビット遷移幅を5σの精度で見積もると、ビット遷移幅は、5×(2×σHsw)/(dHsw/dT)で与えられる。ここで、記録磁界勾配dHsw/dx=(dHsw/dT)×(dT/dx)であり、また、およそdHsw/dT=0.5×(dHk/dT)である。現状の熱アシスト磁気記録で想定される、温度勾配dT/dx=5℃/nm、記録磁界Hsw=2.5kOe(約199A/mm)、規格化された記録磁界分散σHsw/Hsw=7%なる条件において、面記録密度4.0Tbpsiのビット長8.0nmを満たすには、dHk/dTが170Oe/℃(13.5A/mm・℃)より大きいことが好ましい。よって、想定される実質記録温度の全範囲において、dHk/dT>170Oe/℃(13.5A/mm・℃)の条件を満たすことが要請される。熱アシスト磁気記録においては実質記録温度が低下するほど磁気記録が困難になるため、キュリー温度Tcより60℃低い温度においてdHk/dTを170Oe/℃(13.5A/mm・℃)より大きくすることによって、上記の要請を満たすことができる。本発明者らは、上記の式(i)〜(v)を満たすFePtRu規則合金を用いることによって上記の要請を満たすことができることを見いだした。
【0027】
また、磁気記録層30の規則合金を、第3元素として用いるRuを有して構成することにより、高いKuを維持しながら低いTcを得ることができる。この理由は現時点では未だ充分に解明されておらず、また、理論に拘束されるわけではないが、以下のように考えることができる。
【0028】
強磁性層間に、Ru、Cu、Crなどの非磁性遷移金属で構成される薄い結合層を挟むことで、隣接する強磁性層が反強磁性交換結合することはよく知られている。反強磁性結合エネルギーは、元素の種類、挟む層の構成などによって変化する。各元素における反強磁性交換結合エネルギーの最大値を比較すると、結合層としてRuを用いた時に大きくなる。Ruを用いた場合の反強磁性交換結合エネルギーが特に大きく、Cuなど他の元素を用いた場合の10倍以上の値を取る。また、Ruは、小さな膜厚においても前述の効果を発揮できることが知られている。本発明者らの実験によれば、FePt等の規則合金に対してRuを添加することで、Cu等の他の元素を添加する場合に比べて、同じKuにおいて、飽和磁化Msが小さくなることが判明した。これらの点を総合して考慮すれば、添加したRuを介してスピンの向きが反対のカップルが生じる反強磁性結合に類似した現象が生じているものと推察される。このようにして、規則合金の内部の一部において、第3元素として用いるRuを介した反強磁性的な結合が生じることにより、比較的低温で全体のスピンの乱れを生じさせやすくなり、Tcを低下させているものと考えられる。
【0029】
本実施形態において、規則合金は、必ずしもすべての原子が規則構造を有していなくてもよい。規則構造の程度を表わす規則度Sが所定の値以上であれば、本実施形態の規則合金として用いることができる。規則度Sは、磁気記録層をX線回折(XRD)により測定し、測定値と完全に規則化した際の理論値との比により算出される。L10型規則合金の場合は、規則合金由来の(001)および(002)ピークの積分強度を用いて算出する。測定された(001)ピーク積分強度に対する(002)ピーク積分強度の比の値を、完全に規則化した際に理論的に算出される(001)ピーク積分強度に対する(002)ピーク積分強度の比で除算することで規則度Sを得ることができる。このようにして得られた規則度Sが0.5以上であれば、磁気記録媒体として実用的な磁気異方性定数Kuを有する。
【0030】
あるいはまた、単一の層で構成される磁気記録層30は、前述の規則合金で構成される磁性結晶粒と、磁性結晶粒を取り囲む非磁性結晶粒界とで構成されるグラニュラー構造を有してもよい。非磁性結晶粒界を構成する材料は、炭素、ホウ素、炭化物、酸化物、および窒化物を含む。非磁性結晶粒界に用いることができる酸化物は、SiO2、TiO2、およびZnOを含む。非磁性結晶粒界に用いることができる窒化物は、SiNおよびTiNを含む。グラニュラー構造において、それぞれの磁性結晶粒は、非磁性結晶粒界によって磁気的に分離される。この磁気的分離は、磁気記録媒体のSNR向上に有効である。
【0031】
本実施形態に用いられる規則合金に、1種または複数種の第4元素をさらに導入してもよい。Ruの効果を阻害しない限り、各種の元素を第4元素として用いることができる。たとえば、第4元素の非制限的な例は、Ag、Cu、Co、Mn、Cr、Ti、Zr、Hf、Nb、Ts、Al、およびSiを含む。
【0032】
磁気記録層30は、好ましくは、基板の加熱を伴うスパッタ法にて形成される。磁気記録層30を形成する際の基板温度は、300〜800℃の範囲内であることが好ましい。特に好ましくは、基板温度は400〜500℃の範囲内である。この範囲内の基板温度を採用することにより、磁気記録層30中のL10型規則合金材料の規則度Sを向上させることができる。あるいはまた、FeおよびPtからなるターゲット、およびRuからなるターゲットである2つのターゲットを用いるスパッタ法を採用してもよい。あるいはまた、Feからなるターゲット、Ptからなるターゲット、およびRuからなるターゲットである3つのターゲットを用いるスパッタ法を採用してもよい。これらの場合、それぞれのターゲットに別個に電力を供給することによって、磁気記録層30の規則合金中のFe、PtおよびRuの比率を制御することができる。
【0033】
グラニュラー構造を有する磁気記録層30の形成の際には、磁性結晶粒を形成する材料と非磁性結晶粒界を形成する材料とを所定の比率で混合したターゲットを用いてもよい。あるいはまた、磁性結晶粒を形成する材料からなるターゲットと、非磁性結晶粒界を形成する材料からなるターゲットとを用いてもよい。前述のように、磁性結晶粒を形成するためのターゲットとして複数のターゲットを用いてもよい。この場合、それぞれのターゲットに別個に電力を供給して、磁気記録層30中の磁性結晶粒と非磁性結晶粒界との比率を制御することができる。
【0034】
第2の実施形態の磁気記録媒体の1つの構成例は、磁気記録層が複数の磁性層から構成される点において、第1の実施形態の磁気記録媒体と相違する。本実施形態において、複数の磁性層の少なくとも1つは、第1の実施形態に記載した式(i)〜(v)を満たすFePtRu規則合金を含む。本明細書において、第1の実施形態で説明した規則合金を含む磁性層を、「磁性層A」と呼称する。磁性層Aは、非グラニュラー構造を有してもよいし、グラニュラー構造を有してもよい。磁気記録層が複数の磁性層Aを含む場合、それぞれの磁性層Aは、独立的に、グラニュラー構造または非グラニュラー構造のいずれを有してもよい。望ましくは、磁性層Aは、グラニュラー構造を有する。
【0035】
本実施形態の磁気記録層は、前述の規則合金を含まない少なくとも1つの磁性層を含んでもよい。言い換えると、磁性層A以外の複数の磁性層の少なくとも1つは、前述の規則合金を含まなくてもよい。本実施形態において、前述の規則合金を含まない磁性層を、「磁性層B」と呼称する。磁性層Bは、非グラニュラー構造を有してもよいし、グラニュラー構造を有してもよい。磁気記録層が複数の磁性層Bを含む場合、それぞれの磁性層Bは、独立的に、グラニュラー構造または非グラニュラー構造のいずれを有してもよい。磁性層Bは、たとえば、Fe、CoおよびNiからなる群から選択される少なくとも1種の第1元素と、Pt、Pd、AuおよびIrからなる群から選択される少なくとも1種の第2元素とを有する規則合金を含んでもよい。言い換えると、磁性層Bは、Ruを有する規則合金を含まない層であってもよい。規則合金は、L10型規則合金であってもよい。好ましいL10型規則合金は、FePt、CoPt、FePd、およびCoPdを含む。特に好ましいL10型規則合金は、FePtである。
【0036】
たとえば、磁性層Bは、磁性層Aとは異なるキュリー温度Tcを有する、Tc制御を目的とした層であってもよい。Tc制御を目的とする磁性層Bは、グラニュラー構造を有することが望ましい。グラニュラー構造を有する磁性層Bの磁性結晶粒は、たとえば、Co、Feのうちのいずれか1つを少なくとも含む磁性材料で形成することができる。また、この磁性材料は、Pt、Pd、Ni、Mn、Cr、Cu、Ag、Auのうちの少なくともいずれか1つをさらに含むことが好ましい。例えば、CoCr系合金、CoCrPt系合金、FePt系合金、FePd系合金等を用いて、Tc制御を目的とする磁性層Bを形成することができる。磁性材料の結晶構造は、L10型、L11型、L12型等の規則構造、hcp構造、fcc構造等とすることができる。また、非磁性結晶粒界は、炭素、ホウ素、SiO2、TiO2、およびZnOからなる群から選択される酸化物、またはSiNおよびTiNからなる群から選択される窒化物を含んでもよい。
【0037】
あるいはまた、磁性層Bは、キャップ層であってもよい。キャップ層は、磁性層の層内で磁気的には連続な層であることができる。この連続磁性層を配置することにより、磁気記録媒体としての磁化反転を調整することができる。連続磁性層を構成する材料はCo、Feのうちのいずれか1つを少なくとも含む材料とすることが好ましく、さらにPt、Pd、Ni、Mn、Cr、Cu、Ag、Au、希土類元素のうちの少なくともいずれか1つを含むことが好ましい。例えば、CoCr系合金、CoCrPt系合金、FePt系合金、FePd系合金、CoSm系合金等を用いることができる。連続磁性層は多結晶あるいは非晶質のいずれで構成してもよい。多結晶で構成する場合の結晶構造は、L10型、L11型、L12型等の規則構造、hcp構造(六方最密充填構造)、fcc構造(面心立方構造)等とすることができる。
【0038】
本実施形態の磁気記録層は、2つの磁性層の間の磁気的な交換結合を調整するために、当該磁性層の間に交換結合制御層を配置してもよい。記録温度における磁気的な交換結合を調整することにより、反転磁界を調整することができる。交換結合制御層は、所望する交換結合に応じて、磁性を有する層または非磁性の層のいずれであってもよい。記録温度における反転磁界の低減効果を高めるためには非磁性層を用いることが好ましい。
【0039】
磁性層Bは、記録を保存する温度において磁性層Aと協働して記録したい情報(例えば、0、1の情報。)に対応する磁化を保持する作用、および/または、記録する温度において第1磁性層と協働して記録を容易にする作用を有する。この目的に資するために、上述したTc制御を目的とする磁性層、キャップ層に代えて、もしくはTc制御を目的とする磁性層、キャップ層に加えて、他の磁性層を付加することができる。例えば、磁気特性を制御する磁性層、マイクロ波アシスト磁気記録に向けた強磁性共鳴周波数を制御する磁性層等を付加してもよい。ここで、制御される磁気特性は、磁気異方性定数(Ku)、反転磁界、保磁力Hc、飽和磁化Msなどを含む。また、付加する磁性層は、単層でもよく、あるいは異なる組成を有するなどの異なる層を積層した構成であってもよい。また、異なる構成を有する複数の第2磁性層を付加してもよい。
【0040】
本実施形態の磁気記録層において、複数の磁性層の少なくとも1つがグラニュラー構造を有することが望ましい。グラニュラー構造を有する層は、磁性層Aであってもよいし、磁性層Bであってもよい。また、グラニュラー構造を有する2つの磁性層が隣接する場合、それらの磁性層の非磁性結晶粒界を形成する材料が異なることが望ましい。異なる材料を用いて隣接する磁性層の非磁性結晶粒界を形成することによって、磁性層中の磁性結晶粒の柱状成長を促進して、規則合金の規則度を向上させること、ならびに磁性結晶粒の磁気的分離を向上させることが可能となる。
【0041】
本実施形態の磁気記録層を構成する複数の磁性層のうち、規則合金を含まない層は、スパッタ法(DCマグネトロンスパッタリング法などを含む)、真空蒸着法などの当該技術において知られている任意の方法を用いて形成することができる。規則合金を含まずに、グラニュラー構造を有する層の形成においては、第1の実施形態で説明したように、磁性結晶粒を形成する材料と非磁性結晶粒界を形成する材料とを所定の比率で混合したターゲットを用いるスパッタ法を用いてもよい。あるいはまた、磁性結晶粒を形成する材料からなるターゲットと、非磁性結晶粒界を形成する材料からなるターゲットとを用いるスパッタ法によって、グラニュラー構造を有する層を形成してもよい。一方、複数の磁性層のうち規則合金を含む層は、第1の実施形態に説明したように、規則合金を含む層を、基板の加熱を伴うスパッタ法にて形成することが好ましい。
【0042】
第2の実施形態の磁気記録媒体の1つの構成例は、磁気記録層が第1磁性層と第2磁性層とからなる。第2磁性層は、第1磁性層の上に形成される。たとえば、図2に示す構成例では、磁気記録媒体は非磁性基板10、第1磁性層31および第2磁性層32からなる磁気記録層30、および任意選択的に設けてもよい保護層40を含む。
【0043】
第1磁性層31は、磁性結晶粒と、非磁性結晶粒界とを備えたグラニュラー構造を有する。第1磁性層31の磁性結晶粒は、第1の実施形態で説明した式(i)〜(v)を満たすFePtRu規則合金を含まない。具体的には、第1磁性層31の磁性結晶粒は、Fe、CoおよびNiからなる群から選択される少なくとも1種の第1元素と、Pt、Pd、AuおよびIrからなる群から選択される少なくとも1種の第2元素とからなる規則合金で形成される。規則合金は、L10型規則合金であってもよい。好ましいL10型規則合金は、FePt、CoPt、FePd、およびCoPdを含む。特に好ましいL10型規則合金は、FePtである。
【0044】
また、第1磁性層31の非磁性結晶粒界は炭素を含む。好ましくは、第1磁性層31の非磁性結晶粒界は炭素で構成される。前述の規則合金を用いる場合、炭素は拡散性に優れた材料であり、酸化物、窒化物などと比較して磁性結晶粒の位置から非磁性部まで速やかに移動する。この結果、磁性結晶粒が炭素と良く分離して磁性結晶粒を構成する規則合金の規則度が向上する。また均質な磁性結晶粒を形成しやすい。
【0045】
第1磁性層31は、0.5〜4nm、好ましくは1〜2nmの膜厚を有することが望ましい。この範囲の膜厚を用いることによって、磁性結晶粒の規則度の向上および磁気的分離の向上の両方を達成することが可能となる。また、炭素が磁性結晶粒の頂面にまで拡散することを抑制するためにも、第1磁性層31が前述の範囲内の膜厚を有することが望ましい。
【0046】
第2磁性層32は、磁性結晶粒と、非磁性結晶粒界とを備えたグラニュラー構造を有する。第2磁性層32の磁性結晶粒は、第1の実施形態で説明した規則合金からなる。具体的には、規則合金は、Fe、PtおよびRuを含み、前述の式(i)〜(v)を満たす組成を有する。規則合金は、L10型規則構造を有してもよい。
【0047】
また、第2磁性層32の非磁性結晶粒界は、炭素およびホウ素の混合物、またはSiO2を含む。好ましくは、第2磁性層32の非磁性結晶粒界は、炭素およびホウ素の混合物、またはSiO2で構成される。すなわち、第2磁性層32の非磁性結晶粒界は、第1磁性層31の非磁性結晶粒界と異なる材料で形成される。第1磁性層31および第2磁性層32の非磁性結晶粒界を異種の材料で形成することにより、第2磁性層32の磁性結晶粒を、第1磁性層31の磁性結晶粒の上で柱状成長させることが可能となる。第1磁性層31の磁性結晶粒の上に第2磁性層32の磁性結晶粒を形成することによって、第1磁性層31および第2磁性層32の膜厚を貫通する磁性結晶粒が形成される。このような磁性結晶粒の形成は、隣接する磁性結晶粒の間の交換相互作用を低減する。この効果によって、磁気記録媒体に対する高密度の磁気記録が可能となる。
【0048】
第2磁性層32は、0.5〜10nm、好ましくは3〜7nmの膜厚を有することが望ましい。この範囲の膜厚を用いることによって、磁性結晶粒の規則度の向上を達成することができる。また、この範囲の膜厚を用いることによって、第2磁性層32の磁性結晶粒が合体して巨大な結晶粒を形成されることを抑制して、第2磁性層32の磁性結晶粒の磁気的分離を向上させることができる。
【0049】
本明細書に記載の磁気記録媒体は、非磁性基板10と磁気記録層30との間に、密着層、ヒートシンク層、軟磁性裏打ち層、下地層、およびシード層20からなる群から選択される1つまたは複数の層をさらに含んでもよい。また、本明細書に記載の磁気記録媒体は、磁気記録層30の上に保護層40をさらに含んでもよい。さらに、本明細書に記載の磁気記録媒体は、磁気記録層30または保護層40の上に液体潤滑剤層をさらに含んでもよい。
【0050】
任意選択的に設けてもよい密着層は、その上に形成される層とその下に形成される層(非磁性基板10を含む)との密着性を高めるために用いられる。密着層を非磁性基板10の上面に設ける場合、密着層は、前述の非磁性基板10の材料との密着性が良好な材料を用いて形成することができる。そのような材料は、Ni、W、Ta、Cr、Ruなどの金属、前述の金属を含む合金を含む。あるいはまた、非磁性基板10以外の2つの構成層の間に密着層を形成してもよい。密着層は、単一の層であってもよいし、複数の層の積層構造を有してもよい。
【0051】
任意選択的に設けてもよい軟磁性裏打ち層は、磁気ヘッドからの磁束を制御して、磁気記録媒体の記録・再生特性を向上させる。軟磁性裏打ち層を形成するための材料は、NiFe合金、センダスト(FeSiAl)合金、CoFe合金などの結晶質材料、FeTaC,CoFeNi,CoNiPなどの微結晶質材料、CoZrNb、CoTaZrなどのCo合金を含む非晶質材料を含む。軟磁性裏打ち層の膜厚の最適値は、磁気記録に用いる磁気ヘッドの構造および特性に依存する。他の層と連続成膜で軟磁性裏打ち層を形成する場合、生産性との兼ね合いから、軟磁性裏打ち層が10nm〜500nmの範囲内(両端を含む)の膜厚を有することが好ましい。
【0052】
本明細書に記載の磁気記録媒体を熱アシスト磁気記録方式において使用する場合、ヒートシンク層を設けてもよい。ヒートシンク層は、熱アシスト磁気記録時に発生する磁気記録層30の余分な熱を効果的に吸収するための層である。ヒートシンク層は、熱伝導率および比熱容量が高い材料を用いて形成することができる。そのような材料は、Cu単体、Ag単体、Au単体、またはそれらを主体とする合金材料を含む。ここで、「主体とする」とは、当該材料の含有量が50wt%以上であることを示す。また、強度などの観点から、Al−Si合金、Cu−B合金などを用いて、ヒートシンク層を形成することができる。さらに、センダスト(FeSiAl)合金、軟磁性のCoFe合金などを用いてヒートシンク層を形成し、ヒートシンク層に軟磁性裏打ち層の機能(ヘッドの発生する垂直方向磁界を磁気記録層30に集中させる機能)を付与することもできる。ヒートシンク層の膜厚の最適値は、熱アシスト磁気記録時の熱量および熱分布、ならびに磁気記録媒体の層構成および各構成層の厚さによって変化する。他の構成層との連続成膜で形成する場合などは、生産性との兼ね合いから、ヒートシンク層の膜厚は10nm以上100nm以下であることが好ましい。ヒートシンク層は、スパッタ法(DCマグネトロンスパッタリング法などを含む)、真空蒸着法などの当該技術において知られている任意の方法を用いて形成することができる。通常の場合、ヒートシンク層は、スパッタ法を用いて形成される。ヒートシンク層は、磁気記録媒体に求められる特性を考慮して、非磁性基板10と密着層との間、密着層と下地層との間などに設けることができる。
【0053】
下地層は、上方に形成されるシード層20の結晶性および/または結晶配向を制御するための層である。下地層は単層であっても多層であってもよい。下地層は、Cr金属、または主成分であるCrにMo、W、Ti、V、Mn、Ta、およびZrからなる群から選択される少なくとも1種の金属が添加された合金から形成される非磁性膜であることが好ましい。下地層は、スパッタ法などの当該技術において知られている任意の方法を用いて形成することができる。
【0054】
シード層20の機能は、下地層などのその下にある層と磁気記録層30との間の密着性を確保すること、上層である磁気記録層30の磁性結晶粒の粒径および結晶配向を制御することである。シード層20は非磁性であることが好ましい。加えて、本明細書に記載の磁気記録媒体を熱アシスト磁気記録方式において使用する場合には、シード層20が熱的なバリアとして磁気記録層30の温度上昇および温度分布を制御することが好ましい。磁気記録層30の温度上昇および温度分布を制御するために、シード層20は、熱アシスト記録時の磁気記録層30の加熱の際に磁気記録層30の温度を速やかに上昇させる機能と、磁気記録層30の面内方向の伝熱が起こる前に、深さ方向の伝熱によって磁気記録層30の熱を下地層などの下層に導く機能とを両立することが好ましい。
【0055】
上記の機能を達成するために、シード層20の材料は、磁気記録層30の材料に合わせて適宜選択される。より具体的には、シード層20の材料は、磁気記録層の磁性結晶粒の材料に合わせて選択される。たとえば、磁気記録層30の磁性結晶粒がL10型規則合金で形成される場合、Pt金属、またはNaCl型の化合物を用いてシード層を形成することが好ましい。特に好ましくは、MgO、SrTiO3などの酸化物、あるいはTiNなどの窒化物を用いてシード層20を形成する。また、上記の材料からなる複数の層を積層して、シード層20を形成することもできる。磁気記録層30の磁性結晶粒の結晶性の向上、および生産性の向上の観点から、シード層20は、1nm〜60nm、好ましくは1nm〜20nmの膜厚を有することが好ましい。シード層20は、スパッタ法(RFマグネトロンスパッタ法、DCマグネトロンスパッタリング法などを含む)、真空蒸着法などの当該技術において知られている任意の方法を用いて形成することができる。
【0056】
保護層40は、磁気記録媒体の分野で慣用的に使用されている材料を用いて形成することができる。具体的には、Ptなどの非磁性金属、ダイアモンドライクカーボンなどのカーボン系材料、あるいは窒化シリコンなどのシリコン系材料を用いて、保護層40を形成することができる。また、保護層40は、単層であってもよく、積層構造を有してもよい。積層構造の保護層40は、たとえば、特性の異なる2種のカーボン系材料の積層構造、金属とカーボン系材料との積層構造、または金属酸化物膜とカーボン系材料との積層構造であってもよい。保護層40は、スパッタ法(DCマグネトロンスパッタリング法などを含む)、CVD法、真空蒸着法などの当該技術において知られている任意の方法を用いて形成することができる。
【0057】
液体潤滑剤層は、磁気記録媒体の分野で慣用的に使用されている材料(たとえば、パーフルオロポリエーテル系の潤滑剤など)を用いて形成することができる。液体潤滑剤層は、たとえば、ディップコート法、スピンコート法などの塗布法を用いて形成することができる。
【0058】
[実施例]
平滑な表面を有する(001)MgO単結晶基板を洗浄し、非磁性基板10を準備した。洗浄後の非磁性基板10を、スパッタ装置内に導入した。非磁性基板10を350℃に加熱した後に、圧力0.44PaのArガス中で、非磁性基板10から320mmの距離に配置したPtターゲットを用いたRFマグネトロンスパッタ法により、膜厚20nmのPtシード層20を形成した。
【0059】
次に、シード層20を形成した非磁性基板10を350℃に加熱した後に、圧力0.60PaのArガス中で、FePtターゲットおよびRuターゲットを用いるRFマグネトロンスパッタ法により、膜厚10nmのFePtRu磁気記録層30を形成し、図1に示す構造を有する磁気記録媒体を得た。ここで、FePtターゲットおよびRuターゲットを非磁性基板10から320mmの距離に配置した。また、種々の組成を有するFePtターゲットを用いて、磁気記録層のFeの含有量x(原子%)およびPtの含有量y(原子%)を調整した。さらに、FePtターゲットに印加する電力を300Wに固定し、Ruターゲットに印加する電力を0〜240Wに変化させて、磁気記録層30のRuの含有量z(原子%)を調整した。得られた磁気記録層30の組成を、第2表〜第6表に示す。また、得られた各サンプルの磁気記録層30のXRDにより、磁気記録層30がL10型規則合金からなることを確認した。
【0060】
振動試料型磁力計(VSM)を用いて、得られた磁気記録媒体の飽和磁化Msを測定した。また、得られた磁気記録媒体を室温(25℃)〜400℃に加熱して、振動試料型磁力計(VSM)を用いて、それぞれの温度Tにおける飽和磁化Ms(T)を測定した。測定温度Tと飽和磁化の二乗Ms2(T)をプロットし、最小二乗法により回帰直線を得た。得られた回帰直線をMs2=0の点まで外挿し、キュリー温度Tcを求めた。各サンプルのキュリー温度Tcを、第2表〜第6表に示す。
【0061】
さらに、異常ホール効果を用いて、得られた磁気記録層30の磁気異方性定数Kuを求めた。具体的には、室温(25℃)において、7Tの外部磁場の下で磁気トルク曲線を測定し、得られたトルク曲線のフィッティングにより、室温における磁気異方性定数Ku(RT)を算出した。略語「RT」は、室温(25℃)を意味する。
【0062】
続いて、式(1)を用いて、所望の温度Tにおける磁気異方性定数Ku(T)を求めた。
【0063】
Ku(T)=Ku(RT)×[Tc−T]/[Tc−RT] (1)
【0064】
さらに、式(2)を用いて、所望の温度Tにおける飽和磁化Ms(T)および磁気異方性定数Ku(T)から、温度Tにおける異方性磁界Hk(T)を求めた。
【0065】
Hk(T)=2×Ku(T)/Ms(T) (2)
【0066】
最後に、基準温度の近傍におけるHk(T)の値から、温度変化に対する異方性磁界の勾配dHk/dTを求めた。本実施例では、基準温度として、キュリー温度よりも60℃低い温度、キュリー温度よりも40℃低い温度、およびキュリー温度よりも20℃低い温度を用いた。各サンプルの温度変化に対する異方性磁界の勾配dHk/dTを、第2表〜第6表に示す。また、各サンプルの室温におけるHkを第2表〜第6表に示す。
【0067】
図3に、磁気記録層の組成に対するキュリー温度Tcの変化を等高線で示した。図4〜6に、磁気記録層の組成に対するdHk/dTの変化を等高線で示した。図4はキュリー温度よりも60℃低い温度におけるdHk/dTの変化を示し、図4はキュリー温度よりも40℃低い温度におけるdHk/dTの変化を示し、図4はキュリー温度よりも20℃低い温度におけるdHk/dTの変化を示す。図7に、室温における、磁気記録層の組成に対する異方性磁界Hkの変化を等高線で示した。なお、図3図7注の黒丸は、第2表〜第6表に記載した各サンプルの組成を示す。
【0068】
【表2】
【0069】
【表3】
【0070】
【表4】
【0071】
【表5】
【0072】
【表6】
【0073】
(評価)
図3に示されるように、磁気記録層30中のRuの含有量が増大するほど、磁気記録層30のキュリー温度Tcが低下する傾向がある。また、同程度のRuを用いた場合、x/yが約1.15の付近に、磁気記録層30のキュリー温度Tcの最大値が存在する。そして、最大値を示す組成からFeの含有量xが増加しても、Ptの含有量yが増加しても、キュリー温度Tcが低下する。なお、規則合金中のFeをRuで置換する場合よりも、PtをRuで置換する場合の方が、キュリー温度Tcの値の変化が小さいことが分かる。
【0074】
一方、図7に示されるように、Ruの含有量zが少なくなるほど、Ptの含有量に対するFeの含有量の比x/yが1.0に近づくほど、異方性磁界Hkの値が増大することが分かる。また、規則合金中のFeをRuで置換する場合よりも、PtをRuで置換する場合の方が、異方性磁界Hkの値の変化が小さいことが分かる。
【0075】
さらに、図4図6に、磁気記録層30の組成と、温度変化に対する異方性磁界の勾配dHk/dTとの関係を示す。図4はキュリー温度Tcより60℃低い温度における値を示し、図5はキュリー温度Tcより40℃低い温度における値を示し、図6はキュリー温度Tcより20℃低い温度における値を示す。また、図4図6に、式(i)〜(v)を満たす領域を、破線の六角形で示した。
【0076】
各温度におけるdHk/dTの値は同様の傾向を示す。具体的には、zが約12であり、かつx/yが約0.9〜1.15である場合に、各温度におけるdHk/dTの値が最大となる。図4に示される最も磁気記録が困難であるキュリー温度Tcより60℃低い温度においても、式(i)〜(v)を満たす領域の組成を有することによって、ビット遷移幅の縮小に必要な170Oe/℃(13.5A/mm・℃)より大きいdHk/dTを達成できることが分かった。
【符号の説明】
【0077】
10 非磁性基板
20 シード層
30 磁気記録層
31 第1磁性層
32 第2磁性層
40 保護層
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7