【実施例】
【0040】
以下、本発明を実施例に基づきより具体的に説明する。もっとも、本発明は下記実施例に限定されるものではない。
【0041】
<材料及び方法>
2008年〜2011年の間に横浜市大附属病院において生検により診断された子宮頸部上皮内腫瘍グレード1(cervical intraepithelial neoplasia grade 1, CIN1)症例のうち、経過観察(4〜6ヶ月)の後に再生検でCIN病変のグレードが評価され、病変の進行もしくは消退が評価された38〜86症例を対象とした。各症例の初回生検検体を抗aPKCλ/ι抗体で免疫染色し、得られた結果をその後の病変の進退と対比して、両者の関連性を調べた。
【0042】
常法によりホルマリン固定パラフィン包埋した検体を2μmに薄切した。この切片を以下の手順で処理し、標本を作製した。
(1) 脱パラフィン(Xylen, 5分間×2回)、脱水(Ethanol, 5分間×2回)
(2) 水 5分間
(3) 10mMクエン酸バッファー(pH6.0)に浸漬してオートクレーブ(121℃, 15分間)
(4) 自然冷却, 20分間
(5) PBS 5分間
(6) 0.3% 過酸化水素/脱イオン水に浸漬(室温, 30分間)
(7) PBS 5分間(PBSで5分間に2回洗浄)
(8) ニチレイヒストファイン ブロッキング(10% 正常ウサギ血清/PBS、ニチレイ社)
30分間、室温〜37℃
(9) 一次抗体aPKCλ/ι mAb(BD Bioscience cat.610176 Mouse anti PKCιを250倍希釈で使用)+ウサギ血清(体積10%)+PBS
16時間以上、4℃
(10) PBS 5分間×3回
(11) ニチレイヒストファイン ビオチン化抗マウスIgG二次抗体 30分間
(12) PBS 5分間×3回
(13) ニチレイ ペルオキシダーゼ標識ストレプトアビジン 15分間
(14) PBS 5分間、3回
(15) Diaminobenthidine(DAB)反応2分
(16) ヘマトキシリン1秒
(17) 流水で10分洗浄
(18) 脱水(Ethanol, 5分間×3回)
(19) 透徹(Xylen, 5分間×2回)
【0043】
上記の通りに作製した初回生検検体の標本を顕微鏡下で観察した。aPKCλ/ιのシグナル強度(茶色の濃さ)は半定量的に4分類(陰性、1+、2+、3+)した後、1+以下であった低発現型と2+以上であった高発現型に分類し、細胞内分布については細胞質局在型と核局在型に分類(核と細胞質に同程度に分布している場合は核局在型として分類)して、病変の進退との関連性を評価した。統計学的解析はマン・ホイットニー検定により行なった。すなわち、各症例の経過観察後の病変を無し(正常化)=0、CIN1=1、CIN2=2、CIN3=3とスコアリングし、マン・ホイットニー検定により2群間の比較を行ない、p<0.05を有意差ありとした。
【0044】
さらに、初回生検でCIN1と診断された計86症例について、aPKCλ/ι細胞内局在群と核局在群に分け、診断後の4年間における各群の累積病変進行率及び累積病変消退率をカプラン−マイヤー法により解析した。群間の差はログランク検定により評価した。
【0045】
<結果1>
aPKCλ/ιの細胞内分布が細胞質局在型であったもの及び核局在型であったもののそれぞれについて、aPKCλ/ιシグナル強度が1+〜3+であったCIN1症例の代表的な顕微鏡像を
図1に示した。細胞質局在型(中段)では、核はヘマトキシリンで青色に染色され、細胞質にあるaPKCλ/ιタンパク質がDABにより茶色に染色されている。核局在型(下段)では、シグナル強度1+では核が青色と茶色の両方で同程度に染色されているが、2+以上では茶色の染色が青色よりも濃くなり、3+では核は青色が確認できない程度に濃い茶色に染色されている。なお、対象とした38症例でaPKCλ/ιシグナル強度が陰性の症例は存在しなかった。
【0046】
<結果2>
初回生検標本のaPKCλ/ιシグナル強度を半定量的に分類した結果、1+(低発現型)が18例、2+〜3+(高発現型)が20例であった。各症例の経過観察後の病変の転帰は下記表1の通りであった。
【0047】
【表1】
【0048】
表1の結果をグラフ化したものを
図2に示す。初回生検でCIN1と判定された症例のうち、aPKCλ/ιのシグナル強度が1+であった低発現型の18症例では、その後CIN2〜CIN3に増悪した症例が3例(増悪率17%)であった。これに対し、シグナル強度が2+又は3+であった高発現型の20症例では、その後CIN2〜CIN3に増悪した症例が13症例(増悪率65%)であり、低発現型と比べて有意に(p=0.0015)増悪していた。この結果は、前がん病変部におけるaPKCλ/ιの発現量が高い場合にはその後有意に病変が増悪することを示している。
【0049】
また、初回生検標本のaPKCλ/ιの細胞内局在を分類した結果、CP(細胞質に局在)に分類された症例が19例、N(核に局在、又は核と細胞質に同程度に分布)に分類された症例が19例であった。各症例の経過観察後の病変の転帰は下記表2の通りであった。
【0050】
【表2】
【0051】
表2の結果をグラフ化したものを
図3−1に示す。初回生検でaPKCλ/ιが細胞質に局在していた19症例では、その後CIN2〜CIN3に増悪した症例が3例のみ(増悪率15%)であった。一方、核局在型の19症例ではその後に増悪した症例が13例(増悪率68%)であり、細胞質局在型症例と比べて有意に(p=0.001)増悪していた。この結果は、前がん病変部におけるaPKCλ/ιの細胞内分布が核局在型であった場合にはその後有意に病変が増悪することを示している。
【0052】
86症例についての累積病変進行率(増悪率)の解析結果を
図3−2に示す。4年間の累積進行率は核局在群では63.1%、細胞質局在群では9.4%であり、aPKCλ/ι核局在型症例では病変が進行しやすいことが本解析においても確認された。また、4年間の積病変消退率の解析結果を
図3−3に示す。CIN1病変消退率(CIN1の消退=「CIN1が組織学的に正常上皮に戻ること」と定義)として見たときも、核局在症例では病変が消退しにくく、aPKCλ/ιの核局在は病変増悪因子であることが確認された。
【0053】
<結果3>
市販のp16染色キット(CINtec p16 Histology、ロシュ社)をキット添付のプロトコールに従って使用し、初回生検標本のp16の発現量を調べてp16陰性又はp16陽性に分類した。その結果、p16陰性が11例、p16陽性が27例であった。各症例の経過観察後の病変の転帰は下記表3の通りであった。
【0054】
【表3】
【0055】
表3の結果をグラフ化したものを
図4に示す。初回生検でp16陰性であった症例では、その後CIN2〜CIN3に増悪した症例が3例(増悪率27%)であり、一方でp16陽性であった症例ではその後増悪した症例が13例(増悪率48%)であった。増悪率に有意差は認められなかったが(p=0.61)、p16陽性であった症例はその後増悪する傾向にあるといえる。
【0056】
<結果4>
結果2及び3の結果から、aPKCλ/ιの細胞内分布とp16評価を組み合わせて初回生検標本を分類し、経過観察後の各症例の病変の転帰との関連を調べた。結果を表4及び
図5に示す。
【0057】
【表4】
【0058】
初回生検でCIN1であった38症例のうち、
aPKCλ/ι細胞質局在かつp16陰性の症例は増悪率0%、
aPKCλ/ι細胞質局在かつp16陽性の症例は増悪率25%、
aPKCλ/ι核局在の症例は増悪率68%、
という結果であった。aPKCλ/ιが細胞質局在型であった症例については、p16評価を併用するとさらにリスク分類を細分化することができる。
【0059】
<結果5>
HPV感染は子宮頸がんの発がんに必要な因子である。HPVの型により子宮頸がん発症リスクは異なる。一般的なHPV型判定検査では主に13種類の型(16型、18型、31型、33型、35型、39型、45型、51型、52型、56型、58型、59型、68型)がハイリスクとされ、中でも16型及び18型が特にハイリスクとされる。病変進行のリスク因子(p16の発現に加えさらにHPV感染とaPKCλ/ι局在パターン)と病変の進行の関連を調べるため、aPKCλ/ι、HPV感染及びp16を説明変数としてCIN1病変の進行について多変量解析(多変量Cox回帰比例ハザード分析)を行なった。HPVのタイピングは、子宮頸部のぬぐい液から解析する場合は積水メディカル社のClinichip(登録商標)を使用して行なった。ホルマリン固定パラフィン包埋からDNAを抽出する場合は、PCRで特異的な部位を増幅し、増幅産物を制限酵素で切断し、その分解産物の大きさからHPVの型を解析する方法(Nagano H, Yoshikawa H, Kawana T, et al. Association of multiple human papillomavirus types with vulvar neoplasias. J Obstet Gynaecol Res 1996; 22: 1-8.)を用いた。HPV感染については、16型、18型、31型、33型、35型、39型、45型、51型、52型、56型、58型、59型、68型をハイリスクHPVと定義した。HPVの分類は、ハイリスク型陰性、16/18以外のハイリスク型、16/18型、及び不明(解析するサンプルが現存しないか,HPVの検出検査のために必要な検体量が確保できない検体)の4つのサブグループに分類した。
【0060】
CIN1病変の増悪と各説明変数の関連をコックス回帰比例ハザード分析により評価した結果を表5に示す。aPKCλ/ιが細胞質に局在するCIN1症例の病変が進行する割合を1とすると,aPKCλ/ιが核に局在する症例で病変が進行する割合は3.59であった(p=0.02)。同様に、HPV16/18型陽性の症例はHPV陰性の症例と比較して、病変が増悪しやすかった。aPKCλ/ιの核局在とHPV16/18型は、それぞれ独立に、CIN1病変が進行するリスク因子であることが明らかとなった。
【0061】
【表5】
【0062】
CIN1症例の中でHPV16/18型以外のハイリスクHPV陽性症例群とハイリスクHPV陰性症例群の2つのサブグループとに分けて解析をした。各サブグループ内で累積病変進行率をカプラン−マイヤー法及びログランク検定にて解析した結果を
図6に示す。いずれのHPV感染サブグループ内でも、aPKCλ/ιの核局在は細胞質局在と比較して病変進行リスクが有意に高いことが明らかとなった。ハイリスクHPV陽性(16/18型以外)の症例でも、aPKCλ/ιが細胞質局在の場合は4年後も病変の増悪が認められず(
図6左)、またハイリスクHPV陰性でもaPKCλ/ιが核局在だと病変の増悪が認められた(
図6右)。従って本発明の方法の適用により、例えば16/18型以外のハイリスクHPV陽性症例の中でも、病変が増悪する可能性が高い症例と低い症例を精度よく予測することができる。
【0063】
CIN1病変の消退と各説明変数の関連をコックス回帰比例ハザード分析により評価した結果を表6に示す。aPKCλ/ιの核局在とHPV16/18型は、それぞれ独立に、CIN1病変の消退を予測する因子であることが明らかとなった。aPKCλ/ιが細胞質に局在するCIN1症例の病変が消退する割合を1とすると,aPKCλ/ιが核に局在する症例で病変が消退する割合は0.41であった(p=0.02)。同様に、HPV16/18型陽性の症例はHPV陰性の症例と比較して、病変が消退しにくいことが明らかとなった。
【0064】
【表6】
【0065】
CIN1症例をハイリスクHPV陽性症例群(HPV16/18型を除く)とハイリスクHPV陰性症例群とに分けて累積病変消退率をカプラン−マイヤー法及びログランク検定にて解析した結果を
図7に示す。いずれのHPV感染サブグループでも、aPKCλ/ιの核局在は細胞質局在と比較して病変が有意に消退しにくいことが明らかとなった。
【0066】
<CIN2症例を対象とした解析結果>
初回生検での診断結果がCIN2であった約40症例を対象とし、初回生検組織のaPKCλ/ιの発現解析結果とその後の病変の転帰との関連を調べた。その結果、核局在型症例ではCIN1〜病変なしに改善した割合が26%であるのに対し、細胞質局在型症例では改善率は60%であった。病変の転帰に有意差は認められなかったものの(p=0.46)、CIN2の核局在型症例では細胞質局在型症例よりも病変が改善し難い傾向が認められた。