特許第6607641号(P6607641)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 日本コーティングセンター株式会社の特許一覧

<>
  • 特許6607641-表面被覆工具 図000002
  • 特許6607641-表面被覆工具 図000003
  • 特許6607641-表面被覆工具 図000004
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6607641
(24)【登録日】2019年11月1日
(45)【発行日】2019年11月20日
(54)【発明の名称】表面被覆工具
(51)【国際特許分類】
   B23B 27/14 20060101AFI20191111BHJP
   B23B 51/00 20060101ALI20191111BHJP
   B23C 5/16 20060101ALI20191111BHJP
   C23C 14/06 20060101ALI20191111BHJP
【FI】
   B23B27/14 A
   B23B51/00 J
   B23C5/16
   C23C14/06 H
【請求項の数】2
【全頁数】8
(21)【出願番号】特願2016-51747(P2016-51747)
(22)【出願日】2016年3月16日
(65)【公開番号】特開2017-185551(P2017-185551A)
(43)【公開日】2017年10月12日
【審査請求日】2016年3月16日
【審判番号】不服2017-12978(P2017-12978/J1)
【審判請求日】2017年9月2日
(73)【特許権者】
【識別番号】000228604
【氏名又は名称】日本コーティングセンター株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100079832
【弁理士】
【氏名又は名称】山本 誠
(72)【発明者】
【氏名】川名 淳雄
(72)【発明者】
【氏名】稲垣 真吾
【合議体】
【審判長】 栗田 雅弘
【審判官】 中川 隆司
【審判官】 見目 省二
(56)【参考文献】
【文献】 特開2003−205404(JP,A)
【文献】 特開2007−119810(JP,A)
【文献】 特開2015−139868(JP,A)
【文献】 Li Chen,Bing Yang,Yuxiang Xu,Fei Pei,Liangcai Zhou,Youg Du,Improved thermal stability and oxidation resistrance of Al−Ti−N coating by Si addition,Thin Solid Films,ELSEVIER,2014年,vol.556,369−375ページ
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23B27/14,B23B51/00,B23C5/16,C23C14/06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
工具材料よりなる母材と、
前記母材の表面に形成された表面皮膜被覆と、
を備え、
前記表面皮膜被覆は、その最外層が、金属成分のみの原子%でAlが70[at%]以上80[at%]以下およびSiが5[at%]以上10[at%]以下で残りTiよりなり、六方晶および立方晶の窒化物または炭窒化物を含み、六方晶の窒化物または炭窒化物を結晶配向比で99.0%以上含む硬質皮膜(以下、a層という。)が成膜されたことを特徴とする、
表面被覆工具。
【請求項2】
前記表面皮膜被覆における前記a層内側に、金属成分のみの原子%でAlが55[at%]以上70[at%]以下で残りTiよりなる窒化物、炭窒化物の硬質被膜(以下、b層という。)が成膜された、2層構造膜であることを特徴とする、請求項1記載の表面被覆工具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は表面被覆工具に係り、特に表面被覆を、六方晶の結晶性を有する耐摩耗性硬質被膜によって形成した表面被覆工具に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、工具、金型、機械部品等の耐摩耗性を向上させるため、イオンプレーティング法等により、その金属材料表面に、Ti系の被覆を形成する処理が知られている。
Ti系被覆としては、TiN系、TiCN系、TiAlN系などが存在するが、TiAlN系の耐摩耗硬質被膜は、TiN系、TiCN系の被膜に比較して高温特性が優れているため、特に、表面被覆切削工具のために開発され、従来困難であった調質鋼の切削などの、過酷な条件下での使用を可能とした。これによって、切削工具に関して、TiAlN系表面被覆が定着し、未だ一定の評価を得ている。
ここに、TiAlN系表面被覆の背景技術として、例えば、特許文献1、2が存在する。
【0003】
特許文献1の耐摩耗性被膜被覆部材(以下、第1従来例という。)は、基材表面に形成する被膜の金属成分について、Al量を60〜70[at%]としている(段落「0012」)。TiAlN系被膜は、その結晶構造にNaCl型領域とZnS型領域を含んでおり、領域の比率がAl量によって変化するが、NaCl型領域が耐摩耗性に有利であるため、全体をNaCl型領域とするAl量を特定したものである。
第1従来例では、例えば、被膜厚4.5μm、直径6mmφの超硬ドリル(実施例4)において、穴明個数7100個、被膜厚4μm、直径6mmφのハイスドリル(実施例5)において、穴明個数2500個の寿命を達成している。
【0004】
特許文献2の硬質皮膜被覆工具(以下、第2従来例という。)は、著しく耐摩耗性に優れ、耐酸化性のTiAlN系被膜(a層)と、耐摩耗性、耐酸化性を有するとともに密着性に優れたTiSiN系被膜(b層)とを採用し、母材直上にb層を配置するとともに、a層、b層を交互に積層して、耐摩耗性、耐酸化性、密着性を確保している。そして、a層は金属成分のみでSiが10[at%]以上60[at%]以下、b層は金属成分のみでAlが40[at%]超え75[at%]以下、B、Si、V、Cr、Y、Zr、Nb、Mo、Hf,Ta、Wの1種または2種以上で10[at%]未満、残り、Tiとしている。
第2従来例では、例えば、外径8mmφの超硬合金6枚刃エンドミルおよび超硬合金インサートに被膜厚4μmの被膜を成膜した場合、34.75〜36.50[m]の工具寿命を達成している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特許第2644710号公報
【特許文献2】特許第3248897号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、窒化物、炭窒化物の硬質被膜を含む表面被覆工具の寿命を改善することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
前記目的を達成するために、
請求項1の表面被覆工具は、工具材料よりなる母材と、前記母材の表面に形成された表面皮膜被覆とを備え、前記表面被膜被覆は、その最外層に、金属成分のみの[at%]でAlが55[at%]以上80[at%]以下およびSiが5[at%]以上10[at%]以下で残りTiよりなる窒化物、炭窒化物で構成された硬質被膜(以下、a層という。)が成膜される。
【0008】
請求項2の表面被覆工具は、表面皮膜被覆における前記a層内側に、金属成分のみの原子%でAlが55[at%]以上70[at%]以下で残りTiよりなる窒化物、炭窒化物の硬質被膜(以下、b層という。)が成膜された、2層構造とされる。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、窒化物、炭窒化物の硬質被膜を含む表面被覆工具の寿命を改善し得る。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1図1は、本発明に係る表面被覆工具の実施例における、被膜の組成、結晶性、硬度を示す表1である。
図2図2は、本発明に係る表面被覆工具の実施例における、工具寿命を示す表2である。
図3図3は、本発明に係る表面被覆工具の実施例における、耐摩耗性表面被覆被膜a層と、比較例のa層のX線回折測定結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0011】
次に、本発明に係る表面被覆工具の好適な実施例1を、図面を参照しつつ説明する。
【実施例】
【0012】
本発明者は、耐摩耗性に特化した立方晶(NaCl型)組織が工具寿命に関して有利であるという従来の常識(第1従来例)に対して、むしろ六方晶組織を含むTiAlN系耐摩耗性表面被覆被膜に注目し、種々の添加成分の効果を研究した。その結果、Siの添加と被覆条件の最適化により、切削工具の寿命を著しく改善できる知見を得るに至った。被膜に六方晶組織を形成することによって、硬度の過度の上昇を抑制しつつ耐摩耗性を高め得ることが判明した。硬度は極端に高まると、負荷に起因した応力が増大して靭性が低下することがあるが、このような靭性低下が防止される。
例えば、近年主流となっているTiSi系やCrAl系の硬質被膜は、ナノインデンターによるビッカース換算値で3000〜3500程度の硬度を有するが、本発明による硬質被膜は2600程度の硬度である。
このような硬質皮膜(以下、a層という。)を最外層に設けた耐摩耗性表面被覆被膜は工具寿命を著しく改善し得る。
【0013】
実施例の表面被覆工具は、 高速度鋼、超硬合金、サーメット、セラミックス等の工具材料よりなる母材の表面に表面皮膜被覆を設けたもので、表面被膜被覆は、図1のa層、b層の硬質皮膜によりなる2層構造である。b層は母材表面に成膜され、a層は、b層表面、すなわち最外層に成膜される。これによって、b層の耐摩耗性・応力緩和効果と、a層による耐酸化性による母材保護効果の相乗効果として、極めて高い耐久性が得られる。
【0014】
a層の形成に際しては、TiAlSi合金ターゲットを、カソードアーク放電方式イオンプレーティング装置にセットし、適正なバイアイス電圧、窒素ガス圧、成膜温度の条件の下でb層表面に成膜する。
【0015】
b層の形成に際しては、TiAl合金ターゲットを、カソードアーク放電方式イオンプレーティング装置にセットし、適正なバイアイス電圧、窒素ガス圧、成膜温度の条件の下で母材表面に成膜する。
【0016】
図1の表1に示すように、試料番号1〜5、6〜10、11〜15、16〜20、21〜25、それぞれ5種の窒化系試料成膜に際して、a層成膜のためのターゲットは、Tiを15[at%]、25[at%]、35[at%]、30[at%]、40[at%]と変化させ、これにともなって、Alを80[at%]、Al:70[at%]、Al:60[at%]、Al:60[at%]、55[at%]と変化させる。この場合、残部はSiであるが、Siは5[at%]、5[at%]、10[at%]、5[at%]、5[at%]とする。一方、b層成膜のターゲットは、試料番号1〜5について、Al:70[at%]、Ti:30[at%]、試料番号6〜10について、Al:67[at%]、Ti:33[at%]、試料番号11〜15について、Al:60[at%]、Ti:40[at%]、試料番号16〜20について、Al:55[at%]、Ti:45[at%]、試料番号21〜25について、Al:50[at%]、Ti:50[at%]とする。
【0017】
前記a層の組成、性能を確認するために、母材表面に単独で成膜し、X線回折測定を行い、得られた回折スペクトルの分析の結果は、例えば、図3のとおりであり、試料番号1、2の実施例で六方晶の発現が確認された。これに対して、試料番号26の比較例では六方晶は生じていない。
そして、六方晶、立方晶の配向比率、Hv換算硬度は、図1、表1のとおり、六方晶:15.0[%]〜99.9[%]、立方晶:0.1[%]〜85.0[%]、Hv換算硬度 2510〜2655であり、六方晶の配向比が高められ、かつ硬度が低い傾向にある。
【0018】
従来、立方晶(NaCl型)のTiAlN系耐摩耗性表面被覆被膜を成膜するためには、Alを65[at%]以下に抑えるべきとの定説があり、それ以上になるとAlNに起因する六方晶が析出し、立方晶と混相化するとされていた。この定説を検証するなかで、従来は六方晶が析出しないとされていた、Al:60[at%]の条件で、Siの添加を行い、その添加量を0[at%]、5[at%]、10[at%]と変化させた。その結果、図1に示すように、六方晶の生成が確認された。すなわち、六方晶発現には、Al濃度のみでなく、Si添加量も寄与し、Si添加量によって六方晶混相比が変化するという新たな知見が得られた。
【0019】
一方。従来の立方晶主体の硬質皮膜(実施例の母材表面の被膜に対応して便宜的にb層という。)単層の比較例(図2、表2、試料番号26〜30)では、b層成膜のターゲットを、試料番号1〜5、6〜10、11〜15、16〜20、20〜25の組に対応して、Tiを30[at%]、30[at%]、40[at%]、45[at%]、50[at%]、Alを70[at%]、67[at%]、60[at%]、55[at%]、50[at%]と変化させる。
【0020】
図2の表3に示すように、試料番号32〜36の炭窒化系試料成膜に際して、a層成膜のためのターゲットは、Tiを15[at%]、25[at%]、35[at%]、30[at%]、40[at%]と変化させ、これにともなって、Alを80[at%]、Al:70[at%]、Al:60[at%]、Al:60[at%]、55[at%]と変化させる。そして、残部はSiであるが、Siは5[at%]、5[at%]、10[at%]、5[at%]、5[at%]とする。b層成膜のターゲットは、Al:60[at%]、Ti:40[at%]で一定とする。
試料番号26〜30のa層の六方晶、立方晶の配向比率、Hv換算硬度は、六方晶:20.0〜99.0[%]、立方晶:1.0〜80.0[%] 、Hv換算硬度:2013〜2755であり、六方晶の配向比が高められ、かつ硬度が低い傾向にある。
【0021】
実施例(試料番号1〜25、32〜36)および比較例(試料番号26〜31)について、以下の工具寿命測定を行った。
すなわち、超硬合金の工具材料を母材とした、6枚刃の硬質被膜被覆エンドミル(WCエンドミル)、硬質被膜被覆ドリル(WCドリル)、高速度鋼の工具材料を母材とした硬質皮膜ドリル(HSSドリル)を用い切削試験を行った。工具寿命はエンドミルでは刃先の欠けないしは摩耗等により工具が切削不能となった時の切削長とし、ドリルでは切削不能となった加工穴数とした。
【0022】
6枚刃超硬エンドミルの切削条件は、側面切削、ダウンカット、被削材SKD11(硬さHRC60)、切り込みAd7.5mm×Rd0.15mm、切削速度100m/min、送り0.057mm/tooth、エアーブロー使用とした。そして、凝着が激しくなり切削不能になった時を寿命と判定した。
試料番号1〜25の寿命は、図1、表1のとおりであり、129〜220[m]、平均179[m]であった。また、試料番号32〜36の寿命は、図2、表3のとおりであり、137〜220[m]、平均173[m]であった。
これに対して、比較例(試料番号26〜30)は、47〜72[m]、平均61[m]、試料番号31で55[m]あり、実施例は比較例よりも長寿命である。
【0023】
超硬工具鋼ストレートシャンクドリルの切削条件は、被削材SCM440(硬さHRC28)、回転数7958min&#8722;1、送り0.19mm/revとし、高速度鋼ストレートシャンクドリルの切削条件は被削材SCM440(硬さHRC28)、回転数2160min&#8722;1、送り0.09mm/revとし、いずれの切削も水溶性切削液使用とした。そして、エンドミルの寿命と同様、凝着が激しくなり切削不能になった時を寿命と判定した。
【0024】
超硬工具鋼ストレートシャンクドリルでの試料番号1〜25の寿命は、2117〜3033[穴]、平均2532[m]であった。また、試料番号32〜36の寿命は、1997〜2997[穴]、平均2455[m]であった。
比較例(試料番号26〜30)は、905〜1002[穴]、平均957[穴]、試料番号31で914[穴]であり、実施例は比較例よりも長寿命である。
【0025】
高速度鋼ストレートシャンクドリルでの試料番号1〜25の寿命は、1679〜2215[穴]、平均2003[m]であった。また、試料番号32〜36の寿命は、1700〜2100[穴]、平均1947[穴]であった。
比較例(試料番号26〜30)は、617〜742[穴]、平均715[穴]、試料番号31で736[穴]であり、実施例は比較例よりも長寿命である。
【0026】
以上より、a層の組成は、金属成分のみの原子%でAlが55[at%]以上80[at%]以下およびSiが5[at%]以上10[at%]以下で残りTiよりなる窒化物、炭窒化物で構成すべきである。
また、b層の組成は、金属成分のみの原子%でAlが55[at%]以上70[at%]以下で残りTiよりなる窒化物、炭窒化物の硬質被膜(以下、b層という。)で成膜すべきである。
【0027】
なお、表面被覆被膜の被覆方法は、特に限定されるものではないが、被覆母材への熱影響、工具の疲労強度、被膜の密着性等を考慮した場合、比較的低温で被覆でき、被覆した被膜に圧縮応力が残留する被覆方法、すなわち、前記カソードアーク放電方式イオンプレーティング、もしくはスパッタリング等の被覆母材側にバイアス電圧を印加する物理蒸着法(PVD)であることが望ましい。
【0028】
以上のとおり、本発明の耐摩耗性硬質被膜被覆鋼材は、従来の表面被覆工具に比べ切削加工の高速化、無潤滑化、耐酸化性及び耐摩耗性に優れた公知のTiAlN系被膜と組み合わせたときに優れた切削性能を発揮し、更に上記の過酷な加工環境下においても、被膜剥離及び異常摩耗が生じることなく、耐摩耗性の著しい改善に極めて有効である。
【産業上の利用可能性】
【0029】
以上の実施例では、母材表面にb層を成膜し、b層表面にa層を成膜する2層構造の実施例のみについて説明したが、a層とb層の間、またはb層と母材の間に、さらに硬質皮膜を成膜することも可能である。
さらに本発明の被膜は、従来のTiAlNの耐酸化性、耐熱性を向上させていることから、従来TiAlNで使用されている金型、機械部品の耐熱性、耐摩耗性被膜として適用することも可能である。
図1
図2
図3