(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
チタン板は耐食性に優れていることから、化学・電力及び食品製造プラントなどの熱交換器に使用されている。その中でもプレート式熱交換器は、プレス成形によりチタン板に凹凸を付けて表面積をかせぎ熱交換効率を高めており、深い凹凸をつけるため成形性が必要である。
【0003】
JISに規定された工業用純チタンは、加工性に優れる成分系であるため、加工性を必要とする用途に用いられる。一方、工業用純チタンを用いた薄板であっても、薄板表面に酸素、炭素、窒素など軽元素が富化した脆く深い硬化層が存在すると、成形時に割れなどが発生することがあり、加工性を低下させることとなる。
【0004】
成形性に悪影響を及ぼす硬化層を除去するため、連続焼鈍或いは真空雰囲気焼鈍後に酸洗溶削する方法が一般的である。また硬化層の形成を抑えるため特許文献1では、硬化層形成の原因となる冷間圧延で焼き付き付着した油分を、焼鈍前に硝フッ酸水溶液にて酸洗し除去した後、更に7×10
-5Torr以下と相当真空度の良い高真空相当雰囲気で焼鈍することにより、焼鈍時に形成される硬化層も抑制する方法が提案されている。ただしこの方法では、硬化層は軽減され素材の加工性は良くなる方向であるが、酸化膜などの表面皮膜が薄いため容易に工具と金属チタンが接触し、摩擦係数が高まり潤滑に不具合が生じやすいといった問題があった。また、成形加工時、あるいは成形加工後のチタン板表面が軟質であるため、中間製品や最終製品の表面が疵付きやすいという問題を有していた。
【0005】
特許文献2には、冷間圧延後にチタン板の表面を0.2μm以上除去した後、窒化・酸化雰囲気中にて焼鈍するチタン薄板の製造方法が開示されている。冷間圧延後にチタン薄板の表面を0.2μm以上除去することにより、冷間圧延で焼き付き付着した油分を除去し、表面付着炭素起因の硬化層が形成されないので加工性が良好である。また窒化・酸化雰囲気中にて焼鈍するので表面に窒化膜・酸化膜が形成され、工具との潤滑性と耐疵付き性を高める表面特性を有している。
【0006】
特許文献3は、成形性及び潤滑性に優れたチタン材に関するものであり、チタン材の表層において、窒素と酸素と炭素の濃度総和が表面から0.5μm深さで1〜8質量%、5μm深さで0.2質量%以下である表層を有することを特徴とする成形性及び潤滑性に優れたチタン材が記載されている。実態としては、表面の窒素量を所定の量以上に制御することにより、成形性、潤滑性を向上させるという発明の効果を得ており、表層付近における炭素濃度を増大させた例は記載されていない。
【発明を実施するための形態】
【0014】
チタン板を冷間圧延と焼鈍の工程で製造するに際し、冷間圧延で表面に付着した油分を酸洗除去した上で焼鈍を行う従来材を、ここでは「従来軟質材」と呼ぶ。加工性は良好であるが、表面が軟質であるため、耐疵付き性や加工時の潤滑性が不十分である。また冷間圧延で表面に付着した油分を除去せずに焼鈍をおこなう従来材を、ここでは「従来硬質材」と呼ぶ。表面に濃化した炭素による硬化層を有するので耐疵付き性は良好であるが、加工性が低下するため、優れた加工性を必要とする用途に用いるには問題がある。なお、焼鈍で窒化膜や酸化膜が形成されないよう、焼鈍雰囲気は真空焼鈍あるいは不活性ガス雰囲気焼鈍する。
【0015】
上記従来軟質材と従来硬質材について、グロー放電発光分光分析(以下「GDS」という。)によって、表面から深さ方向のO、N、C濃度(質量%)分布を評価した。
図1に従来軟質材、
図2に従来硬質材の評価結果を示す。従来軟質材と従来硬質材の元素分布を比較すると、両者で大きく相違するのは炭素の分布である。従来軟質材(
図1)は表面まで炭素がほとんど含まれていないのに対し、従来硬質材(
図2(A))については、表面付近の炭素含有量が極めて高く、表面からの深さが1μm付近位置から表面に向かって炭素濃度が上昇している。また、表面からの深さ1μm位置よりも深い側についても、従来硬質材の炭素濃度は従来軟質材よりも高い値を示しており、深さ10μm位置においてもまだ炭素濃度に有意な差が見られる。
図2(B)には、
図2(A)と同じ試料について、横軸を20μmまで拡大した図における炭素と窒素の分布を示す。表面から15〜20μm付近まで、炭素を含有する領域が存在することがわかる。なお、表面から深さ方向の窒素濃度分布については、従来軟質材、従来硬質材のいずれも、ほとんど差がなく、表面近傍から内部に至るまでほぼ一定となっている。バルクでの窒素の分析結果は0.005%(質量%)であり、GDSでの結果は、後述するように窒素の基準材がチタンではなかったために高い値を示したものと考えられ、実際には窒素は従来軟質材と従来硬質材の両方で存在していない。これは窒素雰囲気での焼鈍を行っていないためである。酸素濃度分布については、熱間圧延やその後の歪み取り焼鈍を大気中で行っているためにそれらの工程で酸素が侵入したものであるが、このような侵入酸素による品質への影響はわずかであることがわかっており、また、従来軟質材と従来硬質材、あるいは後述の本発明品に同じような分布で含まれており、相互の品質に差を及ぼすものではない。
【0016】
以上説明したように、
図2の従来硬質材における表面からの炭素濃度分布について観察すると、表面付近で炭素濃度が急激に増大するのは表面からの深さが1μmよりも表面側であり、この領域における炭素濃度は表面を硬化させ、耐疵付き性や加工時の潤滑性に影響を及ぼす可能性が高いと推測される。そこで、GDSによって測定された表面から1μmまでの平均炭素濃度を「表層炭素Cs」と呼び、耐摩耗性や表面硬度との関係を評価することとした。
【0017】
一方、従来硬質材を従来軟質材と対比すると、表面から1〜10μmにおける炭素濃度が上昇している。従来硬質材は従来軟質材と比較して加工性が悪くなることがわかっており、表面から1〜10μmにおける炭素濃度の差が加工性に影響を及ぼしているのではないかと着想した。そこで、GDSによって測定された表面から1〜10μmの領域における平均炭素濃度を「中層炭素Cd」と呼び、成形性や板硬度との関係を評価することとした。
【0018】
耐摩耗性の評価として、ボールオンディスク試験後の質量変化で評価した。ボールはφ3/16インチのSUJ2を用い、チタン板と接触して回転させた。試験は無潤滑で荷重3kg、半径15mmの円軌道を500回転させた後の質量変化(mg)を求めた。回転速度は50rpmで行った。
【0019】
成形性評価として、エリクセン試験を行った。エリクセン試験はJIS Z 2247に基づいて行ったが、潤滑には摩擦係数が約0.04の厚さ50μmのPTFEシートを用いた。成形性の評価として、結晶粒径の影響を除くため、酸洗した板を同じ条件で焼鈍し、それとの差をとり、「エリクセン値の変化量(mm)」として評価した。
【0020】
チタン板の硬さ評価を2種類の方法で行った。第1は、チタン板を10gfの荷重で測定したビッカース表面硬度HV
0.01である。表面硬化層の硬さを評価するHV
0.01は圧子が約1〜2μm押し込まれており、この程度の押し込み深さであれば、表面から1μmまでの平均炭素濃度(表層炭素Cs)による表面の硬化状況を評価することができる。また、板厚が0.1mmであっても板厚に占める硬化層の割合は2〜4%であり、成形性には問題ないと考えられる。
【0021】
チタン板の表層のみならず、板内部まで含めた全体の硬度を評価する目的で、荷重1kgfでのビッカース硬度HV
1の測定を行った。HV
1は圧子が約20〜28μm押し込まれており、この程度の押し込み深さであれば、板内部すなわち母材の硬度を評価できており、母材の加工性を評価する指標とできる。
【0022】
冷間圧延によって、冷間圧延後のチタン板表面に圧延油起因の炭素含有成分が付着する。そして、冷間圧延後の焼鈍において、チタン板表面に付着した炭素が板の内部に拡散する。表面から1μmまでの平均炭素濃度(表層炭素Cs)については、冷間圧延後に表面に付着する炭素分が多いほど高い値となり、焼鈍での拡散が進行しすぎると表面から1μmよりも深い部分にまで拡散する炭素分が増大するため、表層Csは減少することとなる。表面から1〜10μmの領域における平均炭素濃度(中層炭素Cd)については、焼鈍での拡散によって表面から炭素分が拡散することによって増大する。拡散の程度が大きくなるほど、中層炭素Cdが増大し、また焼鈍前の表面炭素分が多い場合には中層炭素Cdも増大する。
【0023】
冷間圧延条件と冷間圧延後の板表面に付着する炭素量との関係については、1回当たりの圧減率が大きいほど、冷間圧延パス回数が少ないほど、冷間圧延総圧延率が大きいほど、冷間圧延後の板表面に付着する炭素量が増大する。また、使用する圧延油の炭素含有量が多いほど、付着する炭素量は増大する。焼鈍条件と炭素の拡散については、焼鈍温度が高いほど、焼鈍時間が長いほど、拡散の程度が大きくなる。
【0024】
工業用純チタンJIS1種の成分を有するチタンを用い、冷間圧延と真空焼鈍を行って板厚0.5mmのチタン板を製造するに際し、冷間圧延条件と焼鈍条件(温度、時間)を種々変更することにより、種々の表層炭素Cs、中層炭素Cdを有するチタン板を製造した。
【0025】
図3には、横軸を表面から1μmまでの平均炭素濃度(表層炭素Cs)、縦軸を摩耗量としたグラフを示す。
図3から明らかなように、表層炭素Csが増大するほど摩耗量は減少し、表層炭素Csが0.6質量%以上であれば、摩耗量が0.8mg以下となり、従来軟質材と比較して耐摩耗性が改善する。表層炭素Csが0.7質量%以上であれば、摩耗量が0.7mg以下なり、より好ましい。
【0026】
図4には、横軸を表面から1〜10μmの領域における平均炭素濃度(中層炭素Cd)、縦軸をエリクセン値の変化量としたグラフを示す。
図4から明らかなように、中層炭素Cdが低下するほどエリクセン値の変化量は改善し、中層炭素Cdが0.1質量%以下であれば、従来硬質材と比較して成形性が改善する。中層炭素Cdが0.09質量%以下であればより好ましい。0.08質量%以下であればさらに好ましい。
【0027】
以上のように、中層炭素Cdに着目すると、中層炭素Cdを低くするほど、加工性が向上する。一方、チタン板における加工性は、中層炭素濃度以外の影響を受ける。結晶粒径が小さい場合や未再結晶組織、加工組織の場合にはバルクの硬度が高く、加工性が低下する。また、10μmを下回るような細粒組織の場合にも加工性は低下し、合金組成(酸素、炭素、窒素、鉄などの不純物含む)によっても加工性は変化する。そのため、本発明においてチタン板の加工性を十分に確保する上では、中層炭素Cd以外の指標が必要となる。本発明では、内部の硬度を評価している荷重1kgfでのビッカース硬度HV
1を規定することによってチタン板の加工性を担保することとした。HV
1が150以下であれば十分に加工性を確保できるのでよい。望ましくは140以下であり、さらに望ましくは135以下、さらに望ましくは130以下である。また、工業的に不純物元素を低減できる限度があり、HV
1は80以上である。
【0028】
HV
1≦150を確保するためには、上記のように中層炭素Cdを0.1質量%以下とするとともに、使用するチタン素材として、工業用純チタンJIS1種〜2種やJIS11種、14種、17種などで規定する成分のものを用いると好ましい。すなわち、材質として高強度でなければ本発明を適用することが可能である。また、チタン素材には種々の不純物元素が含まれてもよい。耐食チタン合金に含有されるPd,Ru,Pt,Ag,Mo,Nb,Ni,Crなどが含有されてもよい。このような不純物元素含有が許容されることで、用途の多いTi−6Al−4Vや純チタンほどの活用が容易ではない合金スクラップ利用の幅を広げるために有効である。また、腐食環境下での利用の場合で必要とされる場合には、Pdなどの元素によって耐食性を向上させたチタン材を用いることが望ましく、Pd,Pt,Ruなどを意図的に添加してもよい。すなわち、HV
1≦150を確保できる場合は不純物元素もしくは添加元素として各種合金元素が含有されてもよい。上記各元素の含有量は目安として0.5質量%以下であるが、Cuは1質量%でも成形性が劣化しない。また、焼鈍温度については、再結晶させるために600℃以上が望ましく、β相の析出を抑制するために850℃以下とするとよい。これにより、α相の形状が針状組織とならず、母材の強度と延性のバランスを確保することができる。
【0029】
以上のとおり、本発明のチタン板において、平均荷重1kgf表面ビッカース硬度HV
1≦150であって、GDSによって測定された表面から1μmまでの平均炭素濃度(表層炭素Cs)が0.6質量%以上であり、GDSによって測定された表面から1〜10μmの領域における平均炭素濃度(中層炭素Cd)が0.1質量%以下であることにより、耐摩耗性と加工性がともに良好なチタン板とすることができる。前記Csが1.0質量%以上であるとより好ましい。
【0030】
本発明のチタン板は、焼鈍前のチタン板表面に炭素を付着し、焼鈍において表層下に炭素が拡散し、表面から1μmまでの領域に高濃度の炭素を含有することによって表面硬度の増大を実現している。表面硬化層が、表面から1μmという十分な深さを有しているため、成形加工によっても表面硬化層が失われることはなく、成形加工後の表面は十分な硬度を有し、耐疵付き性が優れるという格別な効果を奏することができる。
【0031】
本発明のチタン板は、表層炭素Csを0.6質量%以上とすることによって耐摩耗性を確保している。本発明ではこれに加え、表面に窒化膜あるいは酸化膜を形成し、窒化膜や酸化膜による表面硬化を上乗せすることとしても良い。
【0032】
次に、チタン板を10gfの荷重で測定したビッカース表面硬度HV
0.01と、耐摩耗性との関係について評価した。前述のように、HV
0.01は圧子が約1〜2μm押し込まれており、表面の硬化状況を評価することができる。1枚の試料についてランダムに10点で表面硬度HV
0.01を計測し、その平均値を平均表面硬度HV
0.01とした。
図5には、平均表面硬度HV
0.01と摩耗量との関係を示す。
図5によると、平均表面硬度HV
0.01が250の付近には、摩耗量が少なく良好なものと、摩耗量が多いものとが混在している。そこで、
図6において、表面硬度HV
0.01<200の発生率と摩耗量との関係を評価してみた。
図6から明らかなように、表面硬度HV
0.01<200の発生率が25%以下であれば、摩耗量を確実に低減でき、耐摩耗性の良好なチタン板とすることができることがわかった。なお、HV
0.01<200の発生率はランダムに100点測定して求めた。
【0033】
次に、本発明のチタン板の製造方法について説明する。製造方法の重要なポイントについてはすでに説明を行っているが、ここにあらためてまとめて説明する。
【0034】
チタン表面中の炭素は、焼鈍後もしくは焼鈍前に酸洗する場合には、ほとんど存在しなくなり、窒素も窒素雰囲気での焼鈍を行わない限り、ほとんど存在しない。しかし、一般に、冷延焼鈍板の表層に形成される炭素を含む表面硬化層は、圧延する際の圧延油等によって炭素を主成分とした表面付着物が形成される。冷間圧延後に酸洗せずに焼鈍することにより、表面付着物が付着したままで焼鈍されるので、炭素が表面より内部方向に拡散浸透し、表層炭素Csが上がることにより、表面硬化層となる。ところが、通常の方法で、圧延油を用いて圧延し、そのまま圧延油が通常の状態で残ったまま焼鈍すると、表層炭素Csが増大するのみならず、中層炭素Cdまでも増大し、チタン板の加工性を低下させる。
【0035】
本発明に規定するような、表層炭素Csを高めて所定の量とし、一方で中層炭素Cdを十分に低い値とするためには、焼鈍前の表面の炭素量と焼鈍後の板面平面内の炭素分布が重要である。ここで、焼鈍前の表面の炭素量が少ないと、焼鈍後の面内硬度分布に引き継がれる。そのため、表面に適切な量の炭素を存在させておく必要がある。
【0036】
ただし、これは最終焼鈍の前においてのみ重要である。すなわち、仕上げ焼鈍前に冷延板表面に炭素を分布させておく必要がある。そのため、仕上げ冷延と仕上げ焼鈍、または炭素の付着工程が重要であり、中間冷延や中間焼鈍は特に問わない。
【0037】
本発明において、焼鈍前のチタン表面に付着する炭素源として、冷間圧延の圧延油を用いることができる。それ以外の方法として、均一性を重視した蒸着や、汎用設備で実施可能な冷間圧延、グラファイト粉の散布など方法は問わない。冷間圧延やグラファイト粉散布では均一に付着させるために、凹凸を低減した圧延や圧延油の種類、サンプルするグラファイト粉の粒度などを製造方法にあった条件に設定すると好ましい。
【0038】
焼鈍前の炭素量を制御するにあたって、冷間圧延条件は表面炭素を増加させるには、1パスあたりの圧下率の増加、総圧下率増加、パス数低減、圧延油中の炭素量増加等を行うことで可能である。
【0039】
所定の炭素を表面に付着させたのちには、仕上げ焼鈍を行う。この目的は、表面硬化層以外の内部を焼鈍により十分に軟化させて成形性を確保するためである。あわせて、焼鈍前に表面に付着していた炭素が内部に拡散する。焼鈍条件を選択する上では、付着させた炭素の拡散の結果、表層炭素Csを0.6質量%以上に保持するとともに、中層炭素Cdを0.1質量%以下に保持することのできる焼鈍条件を選択することが重要である。
【0040】
焼鈍方法はバッチ式でも、連続式でもよく、昇温や冷却条件は特に制限するものではない。しかし、焼鈍温度は重要であり、600℃以上850℃以下が望ましい。これは再結晶させるために600℃以上が望ましく、β相の析出を抑制するために850℃以下とする。これは、β相が存在して冷却すると、α相の形状が針状組織となり、母材の強度と延性のバランスを損ねるためである。
【0041】
また、焼鈍条件では、高温、長時間で1〜10μmまでの炭素量(中層炭素Cd)は増加し、表面〜1μmの炭素量(表層炭素Cs)は低下する。当然ながら、同じ焼鈍条件でも焼鈍前に炭素が表面に多量に存在する方が焼鈍後の各領域の炭素量は増加する。すなわち、焼鈍温度は、600℃以上850℃以下の範囲内においても、焼鈍前の表面炭素付着量により、調整する必要がある。焼鈍温度が高いと表面からの炭素が深く浸透するため、付着炭素量が高いほど焼鈍温度を低くしなければ1μm〜10μmの深さのCdを低くすることはできない。
【0042】
仕上げ焼鈍後は形状矯正、調質圧延などを実施してもかまわない。しかし、過度な形状矯正などの塑性加工は母材の成形性を低下させる原因となるため、適切な条件は矯正方法に応じて設定する。
【0043】
なお、焼鈍方法は外観を損ねないようにArガスなどの非酸化雰囲気で行うことが好ましい。ただし、窒素雰囲気は外観の観点からは好ましくない。これは、窒化物膜形成によって変色するためである。そのため、美観を重視するならば、Arもしくは真空雰囲気が望ましい。一方、窒素雰囲気で焼鈍を行うことにより、表層に濃化した炭素に基づく表面硬化と、表面に窒化膜を形成することによる表面硬化との相乗効果を得ることもできる。また、酸化性雰囲気で焼鈍を行うことにより、表層に濃化した炭素に基づく表面硬化と、表面に酸化膜を形成することによる表面硬化との相乗効果を得ることもできる。
【実施例】
【0044】
工業用純チタンJIS1種の熱間圧延板に歪取り焼鈍を行い、表面の酸化スケールを表面切削して除去した。その後、総冷延率20〜95%で板厚0.5mmまで5パスで圧延した。圧延油は炭素の含有量が80%以上の鉱物油を用いた。加えて、表面硬化層を形成しないように冷延板を酸洗した板も作製した(比較例1)。これに、570〜820℃での真空焼鈍を行った。比較例1が従来軟質材、比較例3が従来硬質材に該当する(以上表1参照)。また、表2、3に示すように、JIS2種(本発明例11)および各種不純物元素を含む場合(本発明例12〜30)のチタン材についても行った。
【0045】
焼鈍後のチタン板表面付近の深さ方向炭素分布は、GDS(HORIBA製 GD−Profiler2)により評価した。φ4mmの領域を表面から深さ20μm以上の領域まで測定した。測定した元素は、酸素、窒素、炭素、チタンであり、酸素、窒素および炭素定量化に際しては、各測定値を、酸素については酸化亜鉛(酸素を19.8質量%)を、窒素についてはオーステナイト系ステンレス鋼(窒素を0.3質量%含有)を、炭素についてはチタン合金(炭素を0.12質量%含有)をそれぞれ用いて較正し、純チタン(JIS1種)における測定部位(深さ)に対応させることにより、各元素の深さ方向分析を行った。また、深さ方向に表面〜1μmまでを1000点以上、1〜10μmまでを2000点以上となる測定点数で測定した。深さ方向の測定間隔は一定とし行った。この結果から、最表面から深さ1μmを超えない1μmに最も近い位置の点までの平均炭素濃度(表層炭素Cs)、および深さ1μmを超える最も1μmに近い点から深さ10μmを超えない最も10μmに近い点までの平均炭素濃度(中層炭素Cd)を求めた。純チタン(JIS1種)における測定部位(深さ)に対応させることにより、各元素の深さ方向分析を行った。
【0046】
耐摩耗性の評価として、ボールオンディスク試験後の質量変化で評価した。ボールはφ3/16インチのSUJ2を用い、チタン板と接触して回転させた。試験は無潤滑で荷重3kg、半径15mmの円軌道を500回転させた後の質量変化を求めた。回転速度は50rpmで行った。摩耗量0.8mg以下を合格とした
【0047】
成形性評価として、エリクセン試験を行った。エリクセン試験はJIS Z 2247に基づいて行ったが、潤滑には摩擦係数が約0.04の厚さ50μmのPTFEシートを用いた。成形性の評価として、結晶粒径の影響を除くため、酸洗した板を同じ条件で焼鈍し、それとの差をとることで評価した。エリクセン値の変化量が−0.3mm以上を合格とした。
【0048】
荷重10gfおよび1kgfでの表面ビッカース硬度試験を行った。10gfでは5×5mmの領域をランダムに100点測定し、面内分布を測定した。1kgでは5回測定し、これらの平均値で評価した。
【0049】
製造条件と試験結果を表1〜3に示した。
【0050】
【表1】
【0051】
本発明例1〜10は、いずれも、表層炭素Csが本発明範囲内であって摩耗量が少なく、中層炭素Cdも本発明範囲内であって成形性は表面硬化層を除去した従来軟質材である比較例1と同等の成形性を有している。
【0052】
一方、比較材2、3は、製造時の冷延率が高く、焼鈍温度も比較的高いことから、中層炭素Cdが規定より高くなりすぎているためにエリクセン値が−0.5〜−0.8mmと基準値より悪化しており成形性に劣る。また、比較材1は表面炭素濃化層を酸洗除去し表面に炭素を含まず、比較例4は圧延率が低すぎて表面炭素量が不足していることから、いずれも表層炭素Csが規定に達しておらず、耐摩耗性が不十分であった。
【0053】
【表2】
【0054】
【表3】
【0055】
表2、3に示す本発明例11〜30では高酸素もしくは合金元素を含有するが、工業用純チタンJIS1種を用いた表1に示す本発明例と同様の効果を得ることができた。