【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ワークロールによって金属板の圧延を繰り返し行うと、ロール表面に凝着物が付着することがある。このような凝着物の凹凸は、被圧延材に転写され、被圧延材の表面疵となり、表面品質が低下する。このような問題は、高い表面性状が要求される用途において顕在化する。また、ワ−クロール表面の凝着物は、中間ロールまたはバックアップロールにも転写されるため、これらのロールの洗浄または交換が必要となり、生産性を著しく阻害することがある。このため、ロール表面への凝着物の付着を防止する必要がある。
【0006】
本発明者らは、純ニッケル金属板の圧延に用いられるワークロール表面を詳細に調べた結果、その凝着物の多くがニッケルを主成分とするものであった。すなわち、凝着物の原因は、主として、被圧延材中の成分であるものと判明した。そして、この付着物が少ないうちは、特に問題とならないが、その凝着物が次第に大きくなっていくことによって上記の問題が顕在化する。対処方法として、圧延時の圧下率を低下させれば、被圧延材中に含まれる元素のロール表面への付着量を減らすことができ、凝着物による表面性状の低下の問題は発生しにくくなる。しかし、圧延パス回数が増加し、生産効率の低下が余儀なくされる。
【0007】
なお、上記のメカニズムは、純ニッケル金属板の圧延ロールに限られず、純チタン金属板、チタン合金板の圧延ロールにおいても同様であり、ワークロールに形成される凝着物の主成分は、チタンであった。
【0008】
特許文献1には、凝着物の付着を防止について全く考慮されていない。
【0009】
本発明は、上記の従来技術の問題を解決するためになされたものであり、ワークロール表面の凝着を防止することができる金属板圧延用ロールを提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、純ニッケル板の圧延に用いられたワークロール(鍛鋼材、表面処理なし)を分割し、表面状態をSEM−EDS装置にて解析した。なお、
図1に示すように、このワークロールは、中間ロール2およびバックアップロール3とともに構成された6段ミルのワークロール4である。6段ミルにおいて、純ニッケル板のワーク1は、所定の間隔で設置されたワークロール対4、4の間を通過することにより圧延される。
図2に示すように、ワークロール4は、例えば、中央にロール部4a、その両外側に小径部4b、両端に大径部4cを備え、ロール部4aの中央部にワーク(図示省略)の摺動部4dがある。本発明者らは、摺動部4dについて圧延中心部、圧延端部などを切断した供試材を観察した結果、ロール表面には、Niの凝着物が付着しており、その凝着物の表層にはFeおよびCrも観察された。なお、ロールのバレル方向位置にもよるが、最大5μm厚み程度の凝着物が観察された。
【0011】
よって、ワークロール表面に付着した凝着物は、被圧延材のNiであることが分かった。また、観察されたFeおよびCrについては、バックアップロールまたは中間ロールに由来する成分が、ワークロールに転写されたものであると推定される。
【0012】
すなわち、バックアップロールまたは中間ロールが摺動条件下で摩耗し、その摩耗粉がワークロールへ転写されし、ワークロール表面で凝集し、凝着した可能性が考えられる。また、製造ラインは、純ニッケル板の冷延だけでなく、SUS鋼板などの冷延も行われる。このとき、ワークロールは、被圧延材の種類によって変更されるが、中間ロール、バックアップロールなどの共通部品は変更されない。このため、純ニッケル板の冷延前に、SUS鋼板などが冷延された場合には、SUS鋼板由来のFe、Crなどの元素が中間ロール、バックアップロールなどの圧延装置に残存し、それががワークロールへ転写されし、ワークロール表面で凝集し、凝着した可能性が考えられる。
【0013】
一方、本発明者らは、特許文献1に記載される技術に従って、TiN層をワークロール表面に形成して純ニッケル金属板の圧延を実施し、圧延に用いたワークロールについて、上記と同様に、表面状態をSEM−EDS装置にて解析したところ、ワークロールへのニッケルの凝着が確認された。これは、TiNは高硬度であり、耐摩耗性の面では優れている反面、摩擦係数が0.6〜0.8と高く、圧延時(摺動時)に被圧延材由来の成分が付着したと考えられる。このため、被圧延材の表面性状を維持するためには、圧延荷重の低減、圧延速度の低下などを余儀なくされ、生産効率の悪化が避けられない。
【0014】
なお、被圧延材のNiは、TiNを構成するTi粒子と、室温近傍においても化学的に親和性を有しており、特に凝着しやすいと考えられる。
【0015】
そこで、本発明者らは、高い硬度を有し、十分な耐久性を有するとともに、摩擦係数が低く、被圧延材由来の成分の凝着が発生しないような表面処理方法について検討した結果、ダイアモンドライクカーボン(以下「DLC」と記す。)に着目した。DLCとは、ダイアモンド結合およびグラファイト結合が混在したアモルファス構造の物質である。DLCは、アモルファス構造を有しているため、結晶粒界を持たず、TiNなどの硬質膜と比べて非常に平滑な表面を有する。そして、DLCの摩擦係数は、ダイアモンド結合/グラファイト結合比にも拠るが、高い場合でも0.15以下であり、TiNに代表される従来の硬質保護膜よりも格段に低い。特に、ニッケルと、DLCは、化学的に非親和であることも大きな理由であると考えられる。
【0016】
ところで、ロール基材に用いられる中炭素鋼材は、その線熱膨張係数(以下、「β」と呼ぶ。)が約10〜11×10
−6/℃であるのに対して、DLCのβは、1.0〜2.0×10
−6/℃であり、大きな差異がある。このため、ロール基材表面に直接DLCを被覆した場合には、接着界面に内部残留応力が存在することになる。すなわち、DLC被覆層側には引張応力が、ロール基材側には圧縮応力がそれぞれ負荷される。従って、DLC被覆層がロール基材から剥離するおそれがある。DLC被覆層の剥離が発生すると、被圧延材の表面性状を劣化させる。このため、DLC被覆層とロール基材との密着性を強化する必要がある。
【0017】
そこで、本発明者らは、βがDLC被覆層およびロール基材の中間帯域にある硬質保護膜を、DLCとロール基材界面に中間層として組み込むこととを検討した。本発明者らがロール基材表面に直接DLCを被覆した場合の密着力を測定したところ、最大でも30Nに留まる。しかし、中間層として、炭化珪素(β=3.7)、炭化チタン(同8.0)、クロム(同4.9)、珪素(同3.0)、ニオブ(同7.0)を適用した場合、密着力が最小でも40Nまで上昇する傾向を確認した。
【0018】
一般に、被圧延材の生産効率を上げる策として、圧延パス回数をより少なく抑えることが有効である。圧延パス進行に伴って被圧延材の板厚は制御されるため、ワークロールの荷重を引き上げることが出来れば、板厚制御に要する圧延パスを減らすことが可能となる。しかしながら、ワークロールの荷重を引き上げた場合、ワークロールに負荷される摩擦力の上昇が必至なため、硬質保護膜の剥離が生じ易くなる。そのため、ワークロールの荷重設定値と硬質保護膜の密着力には密接な関係がある。つまり、密着力を引き上げることが出来れば、ワークロールの荷重を引き上げることも可能となる。
【0019】
例えば、密着力が30Nに留まる場合、硬質保護膜を剥離させないため、ワークロールの荷重は100ton以下に抑える必要があった。上述の各種の中間層を設けて密着力が40N以上となった場合、荷重は150ton以上に引き上げることが可能となった。
しかしながら、ワークロールへの硬質保護膜形成に拠り、ワークロール作製に要する工具コストの増額が不可避である以上、さらなる生産効率改善が求められる。圧延パス回数をさらに少なく抑えるには、上述の荷重をより引き上げ、最低200ton以上に設定する必要がある。
【0020】
本発明者らは、上記の課題を解決するために様々な検討を行い、基材と硬質保護膜との間に中間層を設けることを考えた。本発明者らは、その中間層について鋭意研究を重ねた結果、中間層を複層構造とし、しかも各層を構成する材料を種々選択することにより、密着力をさらに60N以上まで引き上げることに成功した。その結果、所期荷重値である200tonの実現に至った。
【0021】
上述の密着力が大幅に上昇したメカニズムとして以下を推察する。すなわち、βがDLC被覆層とロール基材の中間帯域に、複数層の中間層を設けることによって、ロール基材表面に直接DLCを被覆した場合のような過度な内部残留応力が生じず、DLC被覆層/中間層/ロール基材の各接着界面の内部残留応力は相対的に小さく抑えられる。内部残留応力を完全に無くすことは理論的に不可能であるものの、相対的に小さく抑え、さらに多層構造内部で段階的に当該負荷を分散させることにより、DLC剥離に至る密着力しきい値が高くなると推察される。
【0022】
詳細には、ロール基材に面した第一中間層にはβが8.0〜9.4であるチタン炭化物、チタン窒化物ならびにチタン炭窒化物のうち、少なくとも1種から成る硬質膜を設けた。最表層側に面した第二中間層にはβが3.0〜4.0である炭化珪素から成る硬質膜を設けた。このような多層膜構造の皮膜を形成したロールは、ロール基材、第一中間層、第二中間層、最表層のDLC膜の順にβが傾斜的に減ぜられている。各接触界面に生じる内部残留応力はβ値の差が小さいほど低く抑えられるため、硬質保護膜の密着力が大幅に改善された所以と考えられる。また上述の第二中間層は炭化膜であるため、炭素を主成分とする最表層のDLC膜との化学的親和性が良好であり、密着力をさらに強化させたと考えられる。
【0023】
本発明は、上記の知見に基づきなされたものであり、下記の金属板圧延用ロールを要旨とする。
【0024】
(1)Ni、TiおよびCrから選択される1種以上を含有する、金属板を圧延するのに用いるロールであって、ロール基材と、ダイアモンド結合およびグラファイト結合が混在したアモルファス構造のダイアモンドライクカーボン被覆層と、前記ロール基材と前記ダイアモンドライクカーボン被覆層との接着界面に形成した複数層の中間層を備え、前記複数層の中間層が、金属炭化物、金属窒化物および金属炭窒化物から選択される一種以上からなる、金属板圧延用ロール。
【0025】
(2)前記複数層の中間層が、前記ロール基材に面した第一中間層と、前記ダイアモンドライクカーボン被覆層に面した第二中間層を備え、前記第一中間層が、チタン窒化物、チタン炭化物およびチタン炭窒化物から選択される一種以上からなり、前記第二中間層が、炭化珪素からなる、上記(1)の金属板圧延用ロール。
【0026】
(3)前記中間層が、前記第一中間層および前記第二中間層の二層からなる、上記(1)または(2)の金属板圧延用ロール。
【0027】
(4)前記ロール基材、前記第一中間層、前記第二中間層および前記ダイアモンドライクカーボン被覆層の線熱膨張係数をそれぞれβ
1、β
2、β
3およびβ
4とするとき、β
1>β
2>β
3>β
4の関係を満足する、上記(2)または(3)の金属板圧延用ロール。
【0028】
(5)前記ダイアモンドライクカーボン被覆層表面の摩擦係数が、0.15以下である、上記(1)〜(4)のいずれかの金属板圧延用ロール。
【0029】
(6)前記ダイアモンドライクカーボン被覆層の厚さが、1〜10μmである、上記(1)〜(5)いずれかの金属板圧延用ロール。
【0030】
(7)前記ダイアモンドライクカーボン被覆層が、ダイアモンド型結晶構造を有する炭素化合物とグラファイト型結晶構造を有する炭素化合物の結晶比率で、前記ダイアモンド型結晶構造を有する炭素化合物の割合が60〜80%である、上記(1)〜(6)のいずれかの金属板圧延用ロール。
【0031】
(8)99.5質量%以上のNiまたはTiを含有する、金属板を圧延するのに用いるロールである、上記(1)〜(7)のいずれかの金属板圧延用ロール。