【実施例】
【0018】
図1に示すように、車両用ブレーキ液圧制御装置10は、車両の車輪に付与する制動力(ブレーキ液圧)を適宜制御するものである。本実施例では、バーハンドル車両に搭載され、例えば二輪車の前輪に適用される場合を例にして説明する。
【0019】
車両用ブレーキ液圧制御装置10は、油路(ブレーキ液路)や各種部品が設けられた液圧ユニット100と、液圧ユニット100内の各種部品を制御する制御装置200とを主に備えている。液圧ユニット100は、液圧源であるマスタシリンダ12と、車輪ブレーキ14との間に配置される。
【0020】
液圧ユニット100は、マスタシリンダ12から車輪ブレーキ14への液圧路に設けられる常開型電磁弁である入口制御弁15及び常閉型電磁弁である出口制御弁16(制御弁手段15、16)と、作動液を一時的に貯留するリザーバ13と、入口制御弁15と並列に設けられマスタシリンダ12側への流れのみ許容するチェック弁18と、リザーバ13に貯留された作動液をマスタシリンダ12側へ吐出可能なポンプ部21と、このポンプ部21を駆動するアクチュエータ(モータ)22とが設けられている。制御装置200は、このアクチュエータ22の駆動制御及び入口制御弁15と出口制御弁16の開閉制御をなす制御部30と、車両の走行路面が低摩擦係数路面から高摩擦係数路面に変化(μジャンプ)したと判定する判定部31とを備えている。
【0021】
制御装置200には、車輪23の車輪速度を検出する車輪速度センサ25が接続されている。判定部31により車輪速度が取得され、車輪速度に基づき推定車体速度が算出される。判定部31によるμジャンプ判定の信号、車輪速度及び推定車体速度の信号は制御部30に送られ、制御部30ではμジャンプ判定結果に応じたABS制御等が実行される。このため、ABS制御等の制御向上を図ることができる。
【0022】
まず、通常ブレーキ時、ABS制御時の基本的な動作を説明する。車両用ブレーキ液圧制御装置10は、通常ブレーキ時の通常状態と、ABS制御時の減圧状態、保持状態、増圧状態と、を切り換える機能を有する。
【0023】
通常ブレーキ時;通常状態(すなわち、入口制御弁15及び出口制御弁16に対して電流が供給されていない状態)は、マスタシリンダ12と車輪ブレーキ14を連通する(入口制御弁15が開)とともに、車輪ブレーキ14とリザーバ13の間を遮断する(出口制御弁16が閉)状態である。操作子11を操作すると、マスタシリンダ12からの作動液圧が入口制御弁15を経由して車輪ブレーキ14に作用し、車輪が制動される。
【0024】
ABS制御時;車輪がロックしそうになった時に、制御装置200によって、減圧状態、保持状態、増圧状態が切り換えられることにより、ABS制御が実行される。
ABS制御時の減圧状態は、入口制御弁15及び出口制御弁16に対して電流を流して、マスタシリンダ12と車輪ブレーキ14の間を遮断する(入口制御弁15が閉)とともに、車輪ブレーキ14とリザーバ13を連通する(出口制御弁16が開)状態である。車輪ブレーキ14に通じる作動液が、出口制御弁16を通ってリザーバ13に逃がされ、車輪ブレーキ14に作用している作動液圧が減圧される。
【0025】
ABS制御時の保持状態は、入口制御弁15にのみ電流を流して、マスタシリンダ12と車輪ブレーキ14の間、車輪ブレーキ14とリザーバ13の間をそれぞれ遮断する(入口制御弁15及び出口制御弁16が閉)状態である。車輪ブレーキ14、入口制御弁15及び出口制御弁16で閉じられた流路内に作動液が閉じ込められ、車輪ブレーキに作用している作動液圧が一定に保たれる。
【0026】
ABS制御時の増圧状態は、入口制御弁15及び出口制御弁16への電流供給を停止して、マスタシリンダ12と車輪ブレーキ14との間を連通しつつ(入口制御弁15が開)、車輪ブレーキ14とリザーバ13との間を遮断する(出口制御弁16が閉)状態である。
【0027】
これにより、マスタシリンダ12からの作動液圧によって車輪ブレーキ14の液圧が増圧される。また、ABS制御時は、制御装置200がアクチュエータ22を駆動することでポンプ部21を作動させる。これによって、リザーバ13に一時的に貯留された作動液をマスタシリンダ12側に戻すようになっている。
【0028】
このように、車両用ブレーキ液圧制御装置10は、減圧状態、保持状態及び増圧状態を含む増圧制御を繰り返すことによって、車輪ブレーキ14に作用するブレーキ液圧の液圧制御可能としたものである。
【0029】
次に、車両の走行路面が低摩擦係数路面(低μ路とも呼ぶ)から高摩擦係数路面(高μ路とも呼ぶ)に変化(μジャンプ)したことの判定手段について説明する。
【0030】
図2(a)はABS制御時における時間と速度の相関図であり、実線は車輪速度を示し、想像線は車両の推定速度を示す。また、Tnは今回の増圧制御の増圧時間、Tn−1は1回前の増圧制御の増圧時間、Tn−2は2回前の増圧制御の増圧時間、Tn−3は3回前の増圧制御の増圧時間を示す。
【0031】
ABS制御時、ブレーキ液圧の増圧状態、保持状態及び減圧状態を含む制御サイクルを繰り返すことで、全体として車輪速度が徐々に低下していき、車両の推定速度も徐々に低下する。
【0032】
図2(a)(b)では、時刻t13までは車両の走行路面が低μ路であり、時刻t13で、車両の走行路面が低μ路から高μ路に変化したものとする。
【0033】
図2(a)は、車輪速度を示し、
図2(b)は、ブレーキ液圧を示している。ブレーキ液圧P1は走行路面が低μ路において車輪がロック傾向となる圧力(低μ路ロック相当液圧とも呼ぶ)であり、ブレーキ液圧P2は走行路面が高μ路において車輪がロック傾向となる圧力(高μ路ロック相当とも呼ぶ)である。
【0034】
ABS制御時、走行路面が低μ路である場合には、ブレーキ液圧が低μ路ロック相当液圧に達すると、減圧制御によりブレーキ液圧が減圧される(時刻t1、t4、t7、t10)。減圧制御の後、保持制御によりブレーキ液圧が一定に保持され(時刻t2、t5、t8、t11)、その後、増圧制御によりブレーキ液圧が増圧され(時刻t3、t6、t9、t12)、このような制御サイクルが繰り返される。
【0035】
図2では今回の制御サイクルCnの途中(時刻t13)までは、走行路面が低μ路であり、今回の制御サイクルCnの途中から、車両の走行路面が高μ路に変化している。走行路面が高μ路の場合、低μ路ロック相当液圧P1よりも大きな高μ路ロック相当液圧P2に達するまで増圧される。このため、1回前までの制御サイクルでは、増圧時間Tn−3、Tn−2、Tn−1は大きくは変化しないが、今回の制御サイクルCnでは、直近の増圧制御の増圧時間Tn−3、Tn−2、Tn−1と比較して、今回の増圧時間Tnが大幅に長く(大きく)なる。そして、増圧時間Tn>Tth1となった時点(時刻t14)で、μジャンプと判定する。
【0036】
以上に述べた車両用ブレーキ液圧制御装置における、走行路面が低μ路から高μ路に変化したことを判定するフローを次に説明する。
図3に示すように、ABS制御時において判定部31は、ステップ番号(以下、STと記す。)01で、保存されている直近の3回分の増圧制御の増圧時間Tn−3、Tn−2、Tn−1を読込む。
【0037】
ST02で、増圧時間Tn−3、Tn−2、Tn−1の最大値をTmaxとする。
ST03で、最大値Tmaxに所定のオフセット値αを加算し、判定時間Tth1(=Tmax+α)を設定し、この判定時間Tth1をしきい値とする。
ST04で、今回の増圧制御の増圧時間Tnを計測する。
【0038】
ST05で、今回の増圧制御の増圧時間Tnが、判定時間Tth1を超えたか判定し、超えた場合(ST05:YES)はST06に進み、超えない場合(ST05:NO)はST7に進む。
ST06で、タイヤに対する走行路面の摩擦係数が低摩擦係数(低μ)から高摩擦係数(高μ)に変化した(μジャンプ)信号を発生し、ST07に進む。
ST06の後、又は、ST05でTn≦Tth1の場合、ST07で、2回前の増圧制御の増圧時間Tn−2をTn−3に書き換え、1回前の増圧制御の増圧時間Tn−1をTn−2に書き換える。
ST08で、Tn−1の値を今回の増圧時間Tnで書き換える。
ST09で、書き換えた増圧時間Tn−3、Tn−2、Tn−1を記憶し、終了する。
【0039】
以上に述べたように、液圧制御中に、今回の増圧制御の増圧時間Tnが、過去の増圧制御の増圧時間Tn−3、Tn−2、Tn−1に基づいて設定される判定時間Tth1(Tmax+α)を超えたか判定する。そして、今回の増圧制御の増圧時間Tnが判定時間Tth1(Tmax+α)を超えた場合に、車両の走行路面が低摩擦係数路面から高摩擦係数路面に変化したと判定する。
【0040】
このように、今回と過去の増圧時間から、車両の走行路面が低摩擦係数路面から高摩擦係数路面に変化したことを判定できることから、従来技術のように車体減速度を推定する必要がなく、簡易な方法で、且つ、車両の走行路面が低摩擦係数路面から高摩擦係数路面に変化(μジャンプ)したことを精度良く判定することができる。
【0041】
さらに、判定時間に達する前の段階で、μジャンプ確認のために増圧レートを上げることで、実際に低摩擦係数路面から高摩擦係数路面へのμジャンプが生じている場合にはロック相当液圧も高くなっていることから、増圧レートを上げても今回の増圧制御はしばらく継続され、結果として、今回の増圧制御の増圧時間が判定時間を超えてμジャンプと判定される。一方、実際にμジャンプが生じていない場合には増圧レートを上げると、すぐブレーキ液圧がロック相当液圧に達するはずであり、今回の増圧制御の増圧時間が判定時間を超えず、μジャンプであるとの判定は行われない。例えば実際にはμジャンプが生じていないにも関わらず、何らかの要因で増圧時間が長くなるような状況で、上記のように増圧レートを意図的に上げることで、誤判定を抑えて、μジャンプ判定の精度をより向上できる。
【0042】
なお、実施例では、判定時間を直近の3回分の増圧制御の増圧時間に基づき設定したが、これに限定されず、直近2回以下、直近5回以上、2回前から4回前分など、過去の増圧制御の増圧時間であれば、どの回の増圧制御の増圧時間に基づいて判定時間を設定しても差し支えない。
【0043】
また、実施例では、直近の増圧制御の所定回数分の増圧制御の増圧時間のうち最大値に所定のオフセットを加算することで判定時間としたが、これに限定されず、過去の増圧制御の所定回数分の増圧時間の平均値に所定のオフセット値を加算することで判定時間としても差し支えない。さらには、上記の最大値や平均値や任意の回の値に、オフセット値を加算したものと判定時間としたが、これに限定されず、上記の最大値や平均値や任意の回の値に、1.1倍や1.2倍など所定の係数を乗じたものを判定時間としてもよい。
【0044】
次に判定手段の変更例について説明する。
図4(a)(b)は
図2(a)(b)の変更例を説明する図であり、今回の制御サイクルにおいて、判定時間Tth1よりも短い規定時間Tth2になったときに、増圧レートを上げる点が上記の実施例と異なっている。
【0045】
ABS制御時、走行路面が低μ路である場合には、ブレーキ液圧が低μ路ロック相当液圧に達すると、減圧制御によりブレーキ液圧が減圧される(時刻t21、t24、t27、t30)。減圧制御の後、保持制御によりブレーキ液圧が一定に保持され(時刻t22、t25、t28、t31)、その後、増圧制御によりブレーキ液圧が増圧され(時刻t23、t26、t29、t32)、このような制御サイクルが繰り返される。
【0046】
図4では今回の制御サイクルCnの途中(時刻t33)までは、走行路面が低μ路であり、今回の制御サイクルCnの途中から、車両の走行路面が高μ路に変化している。走行路面が高μ路の場合、低μ路ロック相当液圧P1よりも大きな高μ路ロック相当液圧P2に達するまで増圧される。このため、1回前までの制御サイクルでは、増圧時間Tn−3、Tn−2、Tn−1は大きくは変化しないが、今回の制御サイクルCnでは、直近の増圧制御の増圧時間Tn−3、Tn−2、Tn−1と比較して、今回の増圧時間Tnが大幅に長く(大きく)なる。そして、増圧時間Tn>Tth1となった時点(時刻t35)で、μジャンプと判定する。
【0047】
判定時間に達する前の段階で、μジャンプ確認のために増圧レートを上げることで、実際に低摩擦係数路面から高摩擦係数路面へのμジャンプが生じている場合にはロック相当液圧も高くなっていることから、増圧レートを上げても今回の増圧制御はしばらく継続され、結果として、今回の増圧制御の増圧時間が判定時間を超えてμジャンプと判定される。一方、実際にμジャンプが生じていない場合には増圧レートを上げると、すぐブレーキ液圧がロック相当液圧に達するはずであり、今回の増圧制御の増圧時間が判定時間を超えず、μジャンプであるとの判定は行われない。例えば実際にはμジャンプが生じていないにも関わらず、何らかの要因で増圧時間が長くなるような状況で、上記のように増圧レートを意図的に上げることで、誤判定を抑えて、μジャンプ判定の精度をより向上できる。
【0048】
尚、実施例では、前輪のみに車輪用ブレーキ液圧制御装置を設けた例を示したが、後輪のみに設けても、両輪に設けるものであってもよい。